第19話 努力の理由
「だからこそ俺は必死になり、自分の信じるノブレスオブリージュのためにも剣の腕を磨くしかなかったのだ……」
「そう……だったんだ……。ハルノ君の剣と意思の強さには、そんな事情があったんだね……」
魔法研究者によれば細胞内に共生するマギカンドリアが精神をエネルギーに魔素を生成。
それが人に還元、集積され魔力として利用することが可能となっているそうだ。
このマギカンドリアだが、研究者の間では太古の昔は別々に生きていた哺乳類と単細胞生物が自然と共生関係になっていったという説と、ウイルスとして人に感染し、うまく共生できた個体が今の人類になったという二つの説が支持され、専門家達の意見を二分ている。
他にもマギカンドリアが宇宙から飛来したという突拍子もない説もあり、こちらはこちらで一部の専門家から根強い人気があった。
とにかく、このマギカンドリア自体に問題があるか、肉体的に問題があるか、あるいは脳機能に問題があれば、魔法不全という不幸が起こってしまうのだ。
「まあ幸いなことに、俺には身の回りの世話を焼いてくれる者が居たから、そこまで日常生活に支障もなく過ごせたがな」
「あっ、それってもしかしてアリネちゃん?」
「……まあ、そういうことになる」
「アリネちゃん、凄く優秀だもんねっ! 私、一目でわかっちゃったよっ!」
ここで何を思ったのか、タリアがニヤニヤとしながら肘でハルノをつっつく。
「あー、もしかしてハルノ君って……アリネちゃんのこと好きでしょぉー?」
「はあっ!? いや、そんなことはない!」
少なくとも今は――ではあったが。
「あれー? 違ったのかー。そうだと思ったんだけどなー」
タリアは「てへへ」と笑みを浮かべた。
かと思えば――。
「あーっ、それともララちゃんとかっ!?」
「無い無いっ!? というかさっきから一体なんの話をしているのだ!?」
「ごめんごめんっ! 女の子は恋ばなが大好きなのっ! 許してねっ!」
「……許す。話を戻すが、そういうことだ。父上や母上は何も言わないが、さぞがっかりしたことだろうな」
「……でも凄いね。そこから本当にあんなに剣が強くなっちゃうなんて、立派だよ、ハルノ君は……」
「立派か……。拠り所が剣しか無かっただけの男が……」
「私だって人よりは色々と苦労したつもり。でもハルノ君はそれ以上の思いをしてきたんだろうなっていうのはわかるよ」
「……買い被りだ」
俺は思う。
やはりタリアも、その種類こそちがえど自分と同じく苦労が多かったろうと。
こんな体の小さな少女が、普通の人間が知らないような苦労をしてきたのだな……。
今は普通の少女そのものだが、当然公務では求められる振る舞いや、立場に見合った発言を求められ、要求されるスキルも並みでは無いはずだ。
――にも拘らずそんな苦労は一切見せず、一国の王の実子でありながらそれを周囲に気取ることもなく、ユーモラスで愛嬌もあり、本気で他人に共感し、ひねくれたところもなく真っ直ぐ、強い信念を持ち、人の目を見る。
その純真さに輝く眼差しは眩い程で、笑顔や仕草も花のように可憐そのもの。
――かわいい。
そううっかり無意識の内に口を突いて出そうになる。
「……ハルノ君?」
そんなところを、上目遣いで至近距離から当の本人に顔を見上げられ、俺は狼狽した。
――はっ!? なんと柔らかそうな唇!?
「ハルノ君? どうしたの?」
ギリギリのところを理性で堪えて答える。
「ああいや、なんでもないっ! ボーッとしてしまっただけだ!」
「ほんとーっ?」
そう首を傾げて訊くタリアがまた可愛くて、堪らず俺はプイッと顔ごと目を背けた。
「あー怪しいーっ!」
「あっ、怪しくなどない! ――とにかくだ! そういうことなのだ! この件は諦めてくれ!」
「……でも私はやっぱり、ハルノ君だと思う」
「いや、今話を聞いて――」
「――ううん、話を聞いたからこそ余計にハルノ君が相応しいと思った! だからお願い、この剣の柄を握ってみて?」
「しかし……」
「魔法が使えないことならわかったよ? でも魔剣を持った経験は?」
「無いが……?」
「なら魔力を魔剣に込めることはできるかもしれないよっ?」
「だから魔力を放出できないと――」
「試すくらいいいでしょっ!? もしかしたらできるかもしれないよっ? 星剣の方からハルノ君の魔力を引き出してくれるかもしれないしっ! それとも……恐い?」
「い、いや……」
図星だった。
魔法もダメな上に、魔剣までダメだという事実を突き付けられることが。
剣の道を志す以上、もちろん魔剣への憧れもあったし、もしかしたらという淡い期待も持っていた。
だからこそ突然訪れたこの機会に、すっかり及び腰になってしまっていたのだ。
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