第15話 圧勝

 ついに俺から仕掛ける。

 ザッ! 

 全速力での突進。

 しかしお互いの剣の間合いに入ったところで、踏み込みを見切らせぬ素早く細やかなステップで、アリネを翻弄した。

 つもりだったが――。

「あらハルノ様、ダンスのお誘いでしょうか?」

「舐めるなよ!」

 誰が見ても手本のように美しい型から放つ、俺の一閃。

――その連撃。

 それをなんとアリネは全て捌きながら、なおも口撃を止めない。

「激しさだけで女を満足させようするのは、三流のやることでございます」

「うるさいっ!」

 まさに柳に風。

 俺は一旦距離を取り、懐から硬貨を取り出した。

 それを見たライナライアがクラスメイト達に注視を促す。

「あれは!? みんなよく見ておくがいい!」

 ピンと、俺はコインを弾いた。

 そこから勝負は一瞬で決する。

「……その程度でございますか? お坊っちゃま」

 勝者アリネ。

 全速で仕掛けたはずの俺は、目にも止まらぬ速さのアリネによる怒濤の剣撃で返り討ちに合い、元居た位置にまで激しく吹き飛ばされていたのだ。

 その際俺は意地でも硬貨だけは地に落ちる前にキャッチしていたが、負けは誰の目にも明らか。

「よく見えなかったが、あの丁寧な口調の可憐な黒髪少女が勝ったぞ!?」

「あの子メイドさんなのかな? 強いし可愛いね!」

「今の一瞬で何回斬りつけたんだ? というか、あんな剣筋初めて見たな……」

 クラスメイト達が口々にアリネの強さに驚き、同時に俺の無様なやられっぷりを笑う。

「あいつ人形みたいに吹っ飛んでたな!」

「ってかお坊っちゃまて……ははっ」

「お坊っちゃま! ぶわっはっは!」

 そんな様子を面白くなさそうに見ているものが居た。

 ルーベンスだ。

「あんな女の何が凄いというのだ! まともな型も何もあったものじゃあない醜い剣だ! 気分が悪いな! 所詮は下賤な民の我流だろうが、邪道も邪道! 美しさの欠片も無い!」

 それを聞いていたリックスが提案する。

「そこまで言うならアンタも彼女とやってみたらどうだ? ルカーム伯さんよ?」

 面白いように狼狽えながらも、ルーベンスはなんとか言い返した。

「おっ、女が相手では貴族の私は本気を出せない!」

 うまく切り抜けたつもりだったろう。

 だがこの発言がまずかった。

「聞き捨てならんなルーベンス」

 ブレジナが聞いていたのだ。

「あっべっ別にせ、先生のことを言った訳では――」

「相手が教師の私であればどうだ? 女といえども、本気を出せるだろう? 見たところ怪我もしていないし、もう一試合くらいどうということはないよな?」

「それは……」

「なんだ私では不満か? ならば貴様に本気を出して貰うために、こちらも本気を出さねばなるまいな」

「そっ、それは……!?」

「早く抜きたまえルーベンス。それとも臆したか?」

「はあ!? 大人が子供と本気でやろうというのですか!?」

「なぁに、殺しはしないさ」

「なっ、なんて情緒不安定な教師だ……!? 女としての欲求が満たされないことからくる不満を私達生徒で晴らそうと言うのですね!?」

 あいつ余計なことを……終わったな。

 生徒達は我関せずと、事態を傍観していた。

 ビキビキと血管を浮き立たせ、ブレジナが鬼のような顔で告げる。

「よろしい。では決闘の代わりにルーベンス、マルクトー両名には放課後特別に私が直々の指導をしよう」

「は?」

「なんで僕までぇっ!?」

「朝の一件を忘れたとは言うまいな? 貴様らは嬉し過ぎてションベンを漏らすことになるだろう。楽しみにしておくように……」

 事の成り行きを見守った後で、タリアは寂しそうにライナライアへ向かって言った。

「ハルノ君、負けちゃったね……」

「ええ、驚きました。ただ、アリネの方が明らかに実力が上でした」

「うん……」

「……さあ、では気を取り直してこちらも決着をつけましょうか、タリア様。どうやら私達が最後になってしまったようですよ」

「わかった、やろうっ! ……あ、ララちゃん! スカートがめくれて葉っぱが見えてるよっ!?」

「なっ、えっ!?」

 ライナライアが下を確認した時だ。

「隙ありっ!」

――ごちんっ! 

「あいだッ!?」

 タリアとライナライアの勝負は、タリアの杖での殴打で決着。

 いや、魔法使わないのかよ。

 そう誰もが思うような幕切れであった。


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