第9話 おもしれー男

 金糸のような髪をゴージャスに縦巻きにした、声の主の美しい少女を見たマルクトーがその名を呼ぶ。

「あっ、パンジー!」

 ルーベンスはといえば、顔を歪めながらボソリとこう呟いた。

「チッ、パンジーか……」

 それを彼女は聞き逃さない。

「そうよパンジーよ。悪い?」

「いえ……」

 この騒ぎを見物していた野次馬達が、この少女について口々に話し出した。

「おい、あれってウォルメイユ閣下のところの三女の、確かパンジー・ウォルメイユ様だ……」

「あれがパルフプス公の三女……美しい」

 件の二人が姿勢を正す。

 ルーベンスは鼻血も拭かずに言った。

「お見苦しいところをお見せ致しました、レディ・パンジー」

 マルクトーもしおらしくなって謝る。

「ごめんよパンジー……」

「よろしい! ……以後立場をわきまえ、このような馬鹿らしい騒ぎを起こしませんように! わかりましたか?」

「はい」と、二人は揃って頷いた。

 俺も最敬礼で告げる。

「お騒がせしましたこと、お詫び致します。私はクワイ伯の長男、ハルノ・ターミアと申します。以後お見知りおきを」

「クワイ伯のところの。わかってくれればいいのです。それにどうせ、あなたの方はそこのお馬鹿二人に絡まれただけではなくて?」

「たとえそうだとしても、乗せられてしまった私にも非があります」

「立派なのね。これから共に学べることが嬉しいわ! ハルノ卿」

「お褒めに預かり光栄です」

「よしてよ、同じ生徒という立場なんですから。そんなお行儀のよさは抜きに行きましょう」

「……はい」

「それではごめん遊ばせ」

 パンジーがこの場を後にするのに合わせ、ルーベンスとマルクトーも去っていった。

……悪態をつきながら。

 やれやれ楽しい学生生活になりそうだと、俺は自虐的に思うのだった。

 そこへ、ルーベンスに絡まれていた黄腕章の生徒が笑顔で話し掛けてくる。

「なぁあんた、ハルノ卿……だっけか?」

「ああ」

「助けてくれてありがとな!」

「気にするな。同じ貴族としてルーベンス卿の振舞いが許せなかっただけだ」

「そんな謙遜すんなよ! 初日から赤腕章様と問題を起こして、他の黄腕章連中の立場まで悪くしたくなかったし、俺からは絶対に手を出せなかったから本当に助かったんだぜ?」

「ふむ、何も言い返さなかったのは他者を思いやっての行動だったか。平民にしては見上げた心がけだ。尊敬に値するな」

「褒めんなよー!? 照れんだろー!?」

 少年はバシバシと俺の肩の辺りを叩いた。

「バイオレンスな照れ隠しだな。普通に痛いぞ」

「おっとすまんすまん! ……あ、そうそう、俺はリックスって言うんだ! ただのリックスだ! よろしくな!」

「俺はハルノ・ターミアだ。これからよろしく頼む、タダノ・リックス」

「おう! ――ってただのは名前じゃないからな!? ハルノ卿!」

「ふむ、それは失礼した。それと卿は付けずともよい」

「じゃあ遠慮なく呼び捨てで……ハルノ!」

「うむ、タダノ」

「へへっ――って言ったそばから!?」

「これは冗談だ」

「冗談のテンションじゃなかったぞ!? まったく、貴族の冗談は笑えねぇな! ははっ!」

「笑っているではないか」

「ほんとだ!? はははっ!」

「面白い男だ」

「そんじゃ俺は先に教室に行くぜ! あんま廊下をチョロチョロして、まーた嫌味な赤腕章様に絡まれても嫌だからな」

「ふっ、それがいいだろう」

「じゃあまたな!」

 そう言うなり、リックスは廊下を駆けて行く。

 悪目立ちをしてしまった俺はまだ時間に余裕もあったため、あえて少し遠回りをした。

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