第8話 肉体言語

「さすがに目に余るぞ。マルクトー卿、ルーベンス卿」

「誰? こいつ。僕のこと知ってるっぽいんだけど」

 ポカンとするマルクトーの代わりに、ルーベンスが対応する。

「ああ、誰かと思えば。確かクワイのハルノ卿……だったかな?」

「ああ、そうだ」

 嫌味な表情を浮かべながら、ルーベンスは続けた。

「これはこれは辺境のクワイ伯のご子息様。あのすり鉢状の盆地から、幾重にも連なる山々を越えて遥々の通学、さぞかし大変だったことでしょう?」

 これにマルクトーが噴き出す。

「――ぷっ! こいつわざわざそんな田舎から来てんのかよ! あーでも、辺境伯ってことは凄いのか?」

「いいや、別に辺境伯という訳ではない。彼のところは本当にただの辺境をたまたま治めているだけにすぎないんだ」

「じゃあ辺境伯ならぬ田舎伯様だね!? ぶわっはっは! 自治を認められた田舎の豪族風情が、よくも僕達に話し掛けられたものだね君ぃ?」

 馬鹿にはされ慣れている俺は、意に介さず自身の言うべきことだけを伝えた。

「なんと下らない。俺のことはいいが、黄腕章だからと見下す姿勢は美しくないぞ。その口は学友を貶すためにあるというのか?」

 すぐにマルクトーが表情を歪めながら反論する。

「はあ? 学友? この平民を学友と思えってぇ? 無ぅー理無理無理無理ぃ!」

 呆れながら、俺は呟いた。

「貴族の風上にもおけないヤツらだな」

 この言葉にルーベンスが反応する。

「……なんだと? もう一度言ってみてくれないか?」

「貴族の風上にも置けないと言ったんだ。今度は聞こえたか?」

 パサッ! 

 その瞬間俺の胸に、ルーベンスから手袋が投げ付けられた。

「……その意味するところは理解しているのだな? ルーベンス卿」

「当然だ田舎貴族が。それともなにか? 臆したか?」

「勝負を受けよう。さあ、抜け」

「いいね! この私相手にまだその態度を貫くか!? 何か言い遺すことがあれば聞いてやるぞ? ハルノ卿!」

「時間が惜しい。さっさと済ませよう」

「はっ! 気取りおって! あの世で後悔させてやる!」

 ルーベンスが美しい所作で小剣を抜いて構える。

「おおっ! 決闘だ!」

 場が一気に騒然となり、いつの間にやら周囲に人だかりもできていた。

 ギャラリーが増えたことでノッてきたのか、余計に芝居がかった態度でルーベンスが告げる。

「さあ、貴様も抜くのだハルノ卿!」

「剣など不要」

 俺は剣の代わりに懐からコインを取り出し、それを弾いて遊んだ。

 それを見たルーベンスが額に青筋を浮かべる。

「どうした? 来ないのか?」

 この挑発に、ますますルーベンスはイラ立ちを露わにした。

「どこまでも腹立たしいヤツめっ!? 己の愚かさを呪いながら死ねっ!」

 猛スピードの突進と、その勢いに乗った突き攻撃。

 小剣の切っ先が丸腰の俺の心臓を捉えた――かに見えたが。

「なっ!?」

 一体何が起こったのか、周囲の者も、その当事者すらも理解できなかっただろう。

 俺はルーベンスの小剣を取り上げ、空手にしてやったのだ。

 コインをキャッチしつつ、こう言ってやる。

「ふむ、赤子程度の握力しか無いようだな。剣が落ちそうだったからすっぽ抜ける前に預かっておいたぞ?」

「なっ!? こっ、こンのぉっ!? 安い手品をぉっ!?」

 激怒したルーベンスが俺の顔面に拳を繰り出した。

 ボグゥッ! 

 クロスカウンター。

 後出しのはずのこちらの拳の方が、ルーベンスの頬にめり込む。

 遅すぎるんだよ。

「――ンガァッ!?」

 ガクリと膝から崩れ落ちるルーベンスは、口の中を切ったのだろう。

 唇の端から血を垂らしながら、なおも吠えた。

「わ、私は剣よりも槍と魔法の方が得意なのだぁっ!? こうなったらとことんまで付き合って貰うぞ田舎者ぉぉぉ!?」

「俺の拳にも勝てない剣だものな。得意なはずがなかったな」

「貴ッ様ぁぁっ!?」

 その時だ。

「ストップ!」

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