第7話 学園……修羅
永世中立宗教都市国家、イド王国最大の都エナスカ。
そこは華やかな街並みが広がった大都会。
ヤハネ全土で信仰される最大の宗教、拝水教の主神ダーヴァを祀る大神殿があり、永世中立ということもあって各国から巡礼に訪れる者が絶えず、まるで祭りの最中であるかのように賑わっていた。
そして当然、イド王立魔法騎士学園も俺の想像を超えるもので――。
「ここで、これから俺は学ぶことになるのか……」
広大な敷地。立派な庭園。見事なレンガと御影石からなる三階建ての本館。
回廊で繋がる三つの別館。食堂棟に、教会、寮棟、研究棟、教師や学園関係者の居住地に、駐屯する兵達の詰所。そして幾つも配された塔。
非常時には砦としての役割も果たす建造物群に俺は圧倒されていた。
一番小さな建物でも我が屋敷よりよっぽど大きいではないか……。
一度タリア達と別れた俺は事前の案内にあった通り、礼拝堂にて執り行われた入学式に参加。
滞りなく全ての行程を終えると、案内役による簡単な説明が始まり、そこで聞かされた指定の教室へ各々移動を開始する。
その際のことだ。
渡り廊下にて気分の悪い光景を目にしてしまう。
「なんだかこの辺り、妙に臭わないか? マルクトーよ」
「本当だ、臭いねルーベンス!」
わざとらしく鼻を摘まんだ二人の貴族の少年が、周囲に聞こえるような声で会話をしていたのだ。
俺はこの二人のことを、以前父に連れられて行った貴族達の集まりで見かけて知っていた。
金の長髪を後ろで縛り、美麗な容姿でありながら臭いと言い出した方の少年がルカーム伯の息子、ルーベンス・シュヴァイツァー。
そしてくるくるの栗毛で小太りなルーベンスの腰巾着の方は、メドー伯の息子マルクトー・テスベルクだ。
相も変わらず、この二人は何も成長していないようだ。
いや、より悪い方向へ成長してしまったな。
まるで絵に描いたような悪しき貴族ではないか……。
この魔法騎士学園では生徒が腕章をつける決まりになっており、貴族や王族、またはそこに類する者は赤色。
それ以外の者は黄色――つまり必然的に平民か、それよりも下の身分である奴隷等の賤民ということになる。
この学園へは実力さえあれば誰でも身分関係なく入学することができたが、入学試験には少なくない費用が掛かることもあり、そもそも受験に臨むほとんどが貴族であった。
さらには魔法や武芸の英才教育を受けられる環境にある方が当然有利であり、必然的に合格者に占める貴族の割合も高くなる。
だからこそそんな中に混じって入学してくる天然物――平民はそれだけで貴族達の高いプライドを傷付けた。
極め付きはこの学園出身者で、魔王を討った勇者クレイオンの存在。
彼もまた、平民の出だったのである。
そういった事情から平民の存在が面白くないこの貴族の少年達は、なおも三文芝居を続けた。
「ああ、臭くて当然だ。よく見ればそこかしこに庶民共が紛れ込んでいるじゃあないか」
ルーベンスはたまたま近くに居た、グレーの短髪をツーブロックに刈り上げ、ハツラツとした雰囲気の少年へと、まるでゴミでも見るかのような眼差しを向ける。
この黄腕章の少年は何も言い返さなかったが、不満を滲ませ、ギロリと二人を睨み返していた。
ピクリとルーベンスが眉を動かす。
「……他者にそのような目を向けるなど、全く躾がなっていないな。やはり黄腕章、親の程度が知れるというものよ」
「ルーベンスの言う通りだね! おい、なんとか言ったらどうだ? 卑しい庶民。何か言うべきことがあるだろう?」
「悪臭を放ち皆に迷惑をかけているのだ。謝るのが筋なんじゃあないのかな? それとも庶民とはそんな常識すらも持ち合わせていないのかな?」
「まるで家畜だねぇ! おい、謝れよ! ブヒー! ブヒーってな!」
バシッ! と、マルクトーが黄腕章の少年の頭を叩いた。
それをルーベンスを含めた周囲の赤腕章の生徒達も、ニヤニヤと眺めている。
他の黄腕章の生徒達はといえば、無駄な騒ぎを起こさないよう、また関わり合いにならぬよう、この様子をただただ傍観していた。
渦中の少年も黙ったまま何もやり返そうとしないことから、貴族との厄介ごとをこのままやり過ごそうとしているのだろうことがわかる。
だが、俺にそれはできなかった。
貴族が問題を起こすのならば、同じ貴族の私が対処すればいいのだ!
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