第4話 アンモニア臭のする水属性魔法

 馭者の少女はなぜか不服そうに訊ねてくる。

「それよりも貴様こそ、こんなところに一人で何をしている? 貴族なのだろう? 馬車や護衛はどうした?」

「貴族だからと皆が皆馬や馬車に乗っているとは限らないだろう。それに護衛の必要が無いことは今しがたわかったはずだが?」

「なるほど、クワイ伯には金銭的余裕が無いと見た」

「まあそうとも言うな。間違ってはいない」

 これにもう一人の少女が、先程の焼き増しのようにプンプンと怒った。

「もうっ! 本当にララちゃんは失礼なんだからっ! すぐに喧嘩するしっ!」

「も、申し訳ありません!」

「謝る相手も違うしっ!」

「申し訳ありませんでした」

「構わん。貴様ごとき庶民からどう言われようが、なんとも思わないからな」

 眉間に思いきりシワを寄せてギロリと馭者の少女から睨まれ、さすがの俺も少しだけ傷付いたが顔には出さすにおく。

「あの、ハルノ君」

 ハルノ君という呼び方に違和感はあったが、そこはスルーして返事をした。

「なんだ?」

「もしかしてだけど、このタイミングでこの場所に居るってことは、君も王立魔法騎士学園に行くのかなーって思ったんだけど」

「うむ、その通りだ」

「ほんとっ!? だったら道も同じだし、よかったら私達と一緒に行かない? こんな荷物を運ぶための馬車の荷台だけど、助けて貰ったお礼にぜひ乗っていってよ!」

 正直、歩かないで済むのであればそうしたかった。

「……いいのか? いや、しかし礼とはいえ庶民に甘え世話になるなど……」

 そう葛藤していると――。

「これから学友になるんだから、貴族も庶民もないよっ! そうでしょっ? ハルノ君っ!」

「むっ……確かにそうだな」

「うんっ! そうだよっ!」

「俺が高等部でお前が中等部という歳の違いはあるが、同じ学舎の生徒であることに違いないか」

「違いあるよっ!?」

「えっ、いや、だって学友だと先に言ったのはそっち――」

「そうじゃなくてっ! 私も高等部なのっ!」

 ムーッと、頬を膨らませご機嫌斜めなのをアピールする少女へ、素直に謝る。

「……すまない。つい小さかったもので……」

「背がちっちゃいからって中等部とかひどいよっ!?」

「いや、胸も」

「もっとひどかったっ!?」

「――ぷっ、ははっ!」

 つい俺は噴き出してしまった。

 この子と一緒なら、退屈な道中も楽しいものになりそうだ。

 俺は先程の申し出をありがたく受け入れることにした。

「……ならば、お言葉に甘えるとしよう」

 しかし、馭者の少女はこれをよく思わないようで――。

「なりませんタリア様!」

「どうして? ハルノ君は恩人だし、お礼をして当然でしょ?」

「礼ならば金貨でも握らせてやればいいでしょう!? この貧乏貴族ならむしろそちらを喜ぶはずです!」

「だから失礼だよっ!? それにハルノ君は強くて一緒に居てくれれば安心だよ? 魔法騎士学園に入学する新入生同士でもあるし、お礼にもなって一石三鳥だよっ?」

「護衛ならば私が居るではありませんか!?」

「でも一人より二人の方がもーっと安心だよ?」

「それは――ッ!?」

「はいっ! 決まりだねっ! そういうことだからハルノ君っ! 遠慮せずに乗ってねっ?」

 大分強引な説得に見えたが、そこまで言ってくれるのならばと俺はその好意を受け入れる。

「あ、ああ。それではよろしく頼む」

「乗って乗ってっ!」

「失礼する」

 少女に続き、俺も荷台に乗った時だ。

 ピチャッと靴から水音がする。

「……濡れている」

 少女の顔がみるみる紅潮し、目に涙が溜まっていった。

「あっあっごめんっ!? 忘れてたっ!? わたっ、私のおしっ――汚れてっ!? ごめんねっ!?」

 涙目で取り乱す少女。

「貴様タリア様を辱しめたな!?」

 キレる少女。

「いや、俺も忘れていた。これは自分自身のミスだ」

 そう自身を卑下することで、この場を収めようとしたのだが――。

「フォローされると逆に惨めだよぉっ!?」

「タリア様に惨めな思いをさせるとはなんたる無礼! 詫びろ詫びろ詫びろぉっ!」

「……なんかすまん。いやほんとすまん」

 もうなんか、ただただ謝ることしかできなかった。

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