第2話 三下

 俺は自慢の健脚で野を越え山を越え、馬でも丸一日掛かるほどの道を苦もなく順調に進んでいた。

……途中までは俺に何か問題が起こった訳ではなく、外的要因によるもの。

 イド王国東側の隣国、ワートナー帝国とサラーガ共和国からの道とぶつかる交通の要衝に差し掛かった時のこと。

 少女の叫び声と複数の男の怒声が耳に届いたのだ。

「キャァァァッ!」

「止まれぇ!」

――なんだ!? 

 急いで声のする方へ向かうと、そこには荷馬車の馭者の少女と、荷物と共に荷台に乗った少女がおり、それを五人のならず者が取り囲んでいるではないか。

……賊か。

 それもただの賊でなく、装備を見たところ騎士崩れ。

 厄介な相手に絡まれているな。さあどう出たものか。

 なるべく穏やかにこの場を収める方法はないものと思案していると、馭者台から真っ赤な髪をなびかせながら少女が降り、護身用だろうか、腰に差していた小剣を抜いた。

 それを見た賊達が一斉に噴き出す。

「ぶわっはっは! この娘やる気だぜぇ!?」

「おもしれぇ、ちょっくら遊んでやるか?」

「おい、傷物にはすんなよ? どっちも中々の上玉だ! 高く売れるぞ! あの剣も業物に見えるな」

「んなこたぁわかってんだよ。でだ、誰から嬢ちゃんの相手をするんだ? 俺からいいか?」

「おう、たっぷり可愛がってやれよ」

 この会話を聞いていた馭者の少女は、その鋭く強い意思を感じさせる目をさらに鋭くさせ、堪らずこう吐き捨てた。

「……ゲスが」

 この一言に、賊達の目が変わる。

 まずいな……。

 少女の構えはしっかりとしており、賊の言うように手にしている小剣もなかなかの代物に見えた。

 どうやら使えるようではあるが、それにしてもあまりに多勢に無勢。

 仕方なく、俺はこの場に介入することに決める。

「おい貴様ら、庶民の少女を大の大人が寄ってたかって何事だ?」

 突如現れた俺へと、一斉に賊の目が向いた。

 その内の一人がふざけた調子で言い返す。

「おいおいボクちゃん、俺達はただ通行税をいただこうとしてるだけだぜぇ? 邪魔しないでくれるかなぁ?」

「通行税? 関所ならば別の場所にあるはずだが? そもそも、誰から許可を貰っているというのだ?」

「そりゃあもちろんクワイ伯様よ!」

「バカを言え。我がターミア家が貴様らのような者と関わり合いになるものか。どうやら他所の土地から流れてきたようだな」

 俺の正体を知った賊は態度を一変させた。

「チッ。ここの領主のとこのガキか? めんどくせぇ……」

 別の賊が続く。

「おい構うことはねぇ! こいつもやっちまおうぜ!」

「……そうだな。おいボクちゃん。護衛もつけずに一人でこんな所に来ちまったのが運の尽きだな! お前の親からも身代金をたんまりせしめてやるぜ!」

「それは無理だ」

「あぁん!?」

「貴様らはこれからこの俺、ハルノ・ターミアにやられるのだからな」

 それにそもそもターミア家にそんな金銭的余裕は無い。

 そう心の中で付け加えておいた。

 賊はこの発言に逆上。

「こンッのォッ……ボンボン小僧がぁっ!? お前ら! まずはコイツからやっちまうぞ!」

「ふむ、そちらから来てくれるのか、手間が省けるな。だがその気の短さは命取りだぞ」

「はっ!? 脅しのつもりか? おい、かかれっ!」

 リーダー格の男がそう命令すると、手下の賊達は迷うことなくそれぞれが手斧に剣、槍に棍棒を構えて一斉に飛び掛かる。

 だが俺は余裕で懐から一枚の金貨を取り出すと、悠長にそれを手首のスナップも利かせながら指でピンと高く頭上へ弾いてやった。

「てんめぇ舐めやがって!?」

 賊達による統制の取れた連携。

 たかがならず者と見誤れば、正規の騎士でさえ即座にやられてしまうだろう。

 だがこれらの攻撃を俺は――避ける。

――避ける。――避ける。――避ける! 

 踏み込みの時点で動きを見切っていた俺は、全ての攻撃を難無く回避し続けていた。

「お仕置きだ」

 斬撃の最中ではあったが、俺はようやく剣の柄に手を掛け――。

 ザシュッ! 

「ぐああああっ!?」

 血煙が舞う。

 俺は瞬時に四人の賊それぞれに、一太刀ずつ斬撃を浴びせやった。

 そしてそのたった一つの的確な斬撃で、賊達は地面へと吸い込まれるように倒れていく。

 落下してくるコインをキャッチしてから、こう吐き捨ててやった。

「この程度か」

 一部始終を馬車の荷台から、布に巻かれた棒状の物に抱き着きながら見ていた少女が呆然としながらも呟く。

「凄い……」

 馭者の少女も続いた。

「なんと圧倒的で、美しい……。それに今の剣筋……」

 だが、まだ終わった訳ではない。

 賊はもう一人、それもリーダー格の男が残っている。

「てめぇ小僧……。少しばかり剣が得意だからといい気になるなよぉっ!?」

 仲間をやられ、怒り心頭となったこの賊は懐から小さな杖を取り出すと、それをこちらに向かい構えた。

「魔法かっ!?」

 馭者の少女がそう叫ぶのとほぼ同時に火属性の攻撃魔法、火音(カノン)が放たれる。

 一瞬で杖の先に火球が生じ、それが火の粉の尾を引きながら矢と同等のスピードで一直線に俺の眼前へと迫った。

 ゴォォォッ! 

「危ないっ!?」

 荷台の少女がそう叫んだ時には、既に回避は絶望的。

 このまま直撃する。

 そう誰しもが思ったことだろう。

 しかし俺にその攻撃が当たることはない。

「くだらん」

 スパァッ! 

 一刀両断。

 真っ二つに割られた火球は威力を殺がれ、消え入りながら俺の体を左右に掠め、後方へ通り過ぎていく。

 俺にはこの程度の魔法、最初から回避の選択は無かったのだ。

 いや、回避する必要すら無かったと言った方が正しいか。

「魔法を……斬ったぁ!?」

 唖然とする賊の長に言ってやった。

「何を驚く? 別に不可能なことじゃないだろう? それに遅すぎて見てからカット余裕だったぞ。小物が」

 脂汗を額に浮かべ、体を震わせながら賊の長はか細く声を絞り出す。

「み……み……」

「み?」

「見……逃して……下さい……」

 俺はつい一瞬ぽかんとしてから、怒りと軽蔑を込めた目を向けた。

「……仲間がやられたのに、自分の命だけは惜しいか?」

「おっ、お願いします……どうか……どうか……!」

 なんと惨めなだろうか。

 これ以上一瞬たりともこの賊と空間を共にしていたくない。

 苛立ちながら告げる。

「……目障りだ。消えろ」

「はっはい! 今すぐっ!」

 まさに脱兎のごとく男はこの場から去っていった。

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