第12話 魔王の最期

「魔法少女なんだそれは……」

 ローブ姿の赤髪の幼女はくららの姿を見て睨む。

 ぐっと歯を食いしばっていた。


「夢と希望を守る美少女よ」

 勝ち誇った顔でくららは答える。

 ご自慢の黒髪をかきあげる。

 左手を腰にあて、右脇に黒革の魔導書をかかえる。


「美少女って自分で言ってて恥ずかしくないか」

 赤髪の幼女は驚愕の顔でそう言った。

 その後自分の手のひらを見る。ぺたぺたと自分の顔を触る。

「実体化しているだと……」

 その声は明らかに驚愕の色に染められていた。


「まったく恥ずかしくないわ。だって本当の事だから」

 くららは言い、眼鏡を外し襟首にそれをかける。

 豊かな黒髪をふるふると左右にふる。

 魔法少女になったときだけ彼女の視力は2.0になる。分厚いレンズの眼鏡を外したくららは正真正銘の美少女であった。それはあのミリアに負けないほどのだ。

 かつかつとヒールを鳴らして歩みより、赤髪の幼女の頭に分厚い魔導書の背を叩きつける。


「ぐへっ」

 赤髪の幼女はカエルが潰れた時のような声をあげ、身体を図書館の床にめり込ませる。

 腰まで埋まり、赤髪の幼女は身動きが取れなくなる。

「痛い痛い痛い!!」

 両手で頭を押さえ、赤髪の幼女は涙を流す。


「貴様はいったいどれだけの人間を言葉巧みに道を踏み外させたのだ。見たところ貴様は人の憎悪や嫉妬を自身のエネルギーに変える存在とみたが、今は全盛期の一割もないといったところか……」

 くららは魔導書を胸に抱えて、そう分析する。

 図星を突かれた赤髪の幼女はぐぬぬっとうめき声をあげる。

「どうやら正解のようね。あなたのような存在は魔法少女は許さないわ。ドリー厶ブックオープン」

 黒革の魔導書はくららの手の上でパラパラとめくれる。くららの身体が眩しい光につつまれる。

 めくれる魔導書のページがちぎれ、周囲を舞う。

 数百ページにも及ぶそれは螺旋状にくららの周囲を回転したあと、赤髪の幼女の身体に襲いかかる。


「ぎゃあっ!!」

 それは断末魔の悲鳴だった。

 赤髪の幼女は切り刻まれたローブだけを残し、どこかへ消えた。

「ちっまだ逃げるだけの力を残していたか。まあいいわ。ああなっては復活もできないでしょうね。さあ、勉強しなくちゃね」

 くららはそう言い、魔導書を閉じた。

 ドリームワールドを閉鎖し、もとの乙女チックな部屋に戻る。

 くららは何事もなかったように受験勉強を再開した。

 



 かつて異世界で魔王とまで呼ばれた存在は魔法少女により、その身体を粉々に切り刻まれ、異空間を漂った。どうやらそのエネルギーは一パーセントも残っていない。どうにかして、何かに取り憑いてエネルギーを回復しないと今度こそ消滅してしまう。

 どうにかしして現世にたどり着いた魔王は急ぎ取りつくべき人間を探した。

 早くしないと消滅してしまう。

 消えかける最中、魔王は運良く心に隙のある人物をみつけた。


 

 佐山さやま麻菜美まなみは今年で三十歳になる主婦であった。

 麻菜美は三十歳だが、童顔で年よりは三つ四つ若く見られることが多い。スタイルはまあ普通かなと麻菜美は思っている。密かに腰とお尻にお肉がついてきたのが悩みだ。少し前まではけていたスキニーのデニムがはけなくなっていた。

 どうせなら胸についたらいいのにと麻菜美は思っている。

 とある日の夕方、彼女はいらいらしていた。

 それはスーパーマーケットからの帰り道のことである。

 夫の昌彦まさひこに今夜の晩御飯は何がいいかと訊いたら、簡単なものでいいよ唐揚げなんかと言われた。

 はあっ唐揚げが簡単だって!!

 鶏肉を調味料につけて、油であげる。

 冬とはいえ、揚げ油の前にたつのは熱い。それに油の処理も面倒だ。

 それが簡単なものという認識の昌彦が許せない。

 しかも訊いた時、昌彦はスマートフォンをいじっていた。その態度も許せない。

 そう言えば前に簡単に冷やし中華でいいよなんてのたまっていた。

 はあっ冷やし中華が簡単だって!!

 玉子を焼いて薄切りにして、ハムとキュウリも薄切りにして。麺を茹でて、冷水でさらす。

 そしてそれを皿にもりつけ、調味料をかける。

 昌彦は簡単というがけっこうな工程を踏まないといけない。それを理解しないで簡単なんて言う昌彦の考えが理解できない。

 どうして私の苦労もわからないで簡単なんて言えるのだろうか。


 いらいらしながら帰り道を歩いていると麻菜美は頰に生暖かい風を感じた。この真冬にどうしただろうかと彼女は思った。

 そんなに面倒なら私が代わってあげるわ。

 その声音はとても魅力的なものだった。

 言っている意味は麻菜美にはさっぱりわからないが。

 周囲を見渡すが、誰もいない。

 直後、全身に耐え難い激痛がはしる。

 思わず倒れそうになる。

 激痛はすぐにおさまる。

 あれっと麻菜美は思った。

 自分自身が目の前にいる。

 よく似た人間ではない。

 もう一人の自分がそこにいるのだ。

 自分そっくりの人物は何食わぬ顔で歩き出す。

 麻菜美は大声でその人物を呼び止める。

 しかし彼女は止まることなく歩き続ける。

 こんなに大声を出しているのに周囲の人たちは誰も気づかない。

 どうして?

 麻菜美の頭の中に疑問が駆けめぐる。

 言いようのない不安と恐怖にかられながら、麻菜美はもう一人の自分を追いかける。

 もう一人の自分は平然と帰宅し、なんと料理を始めた。

 鼻歌を歌いながら鶏肉をあげていく。

「どうした機嫌がいいじゃないか」

 昌彦がもう一人の自分に話しかける。

 気づいて、そいつは偽物よ。私はここにいるのよ!!

 麻菜美は叫ぶがその声は昌彦には届かない。

「ほらあなた、一つ揚がったわ。はい、あーんして」

 菜箸で唐揚げを一つつかむとそいつは昌彦の口近くに持っていく。

「お、おう」

 戸惑いながら昌彦は唐揚げを食べる。

「美味い!!」

 彼は感嘆の声をあげる。

「そううれしいわ。今日はいっぱい食べてね」

 うふふっと微笑し、もう一人の自分は昌彦にキスをした。昌彦はわかりやすいほどに鼻の下を伸ばした。

 麻菜美はそのキスをしているもう一人の自分と目があったような気がした。

 そのもう一人の自分の視線に見下されているような気がした。

「あなた面倒何でしょう。私が代わってあげるわ」

 その声は帰り道に突如囁きかけてきたものと同じだった。


 麻菜美は恐る恐る自分の手のひらを見た。

 それは半透明になっていた。

 だんだんと透明になっていく。

 しばらくして跡形もなく消えた。

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