第10話 王女のカリスマと彼女の不機嫌
有人は自室を出て、キッチンへと向かう。
ちょうど母親の美也子がリビングにあらわれる。
「母さん、おかえり」
有人がそう言うと美也子はただいまと返事をする。美也子はそのまま洗面所に行き、手を洗う。
有人はそのままキッチンに行き、晩御飯の準備をする。
この日の晩御飯は美也子の好きな豆乳鍋だ。鍋の具材は白菜にしめじ、しいたけ、厚揚げ、薄切りの豚肉、鶏肉の肉団子である。具材が余ったら明日は八宝菜にでもしようかなと有人は考える。
手際良く野菜を有人は切る。
しかしこっちの世界は便利だと有人は思う。スーパーに行けば食材が買えるのだ。
勇者として魔王軍との戦いでの旅は、食材を揃えるだけでも一苦労だった。魔物を解体し、その肉を食べたこともある。森や山に入り、食材を探し回ったこともある。シュウがおかしな茸を食べて女体化した時は腹を抱えて笑った。賢者ミハエルにシュウは元に戻してもらった。
リンダなどは元に戻らないほうがいいのにと言っていた。
今ではそれも良い思い出だ。
たしかにミリアの言う通り、またあの仲間たちと会うのも悪くないのかも知れない。
死亡フラグをへし折ったエドワードや幼友だちでもあるシュウに会いたい。
黒衣の魔女リンダともまた語りあいたい。
晩御飯の豆乳鍋の用意をリビングのテーブルに並べているとルームウェアに着替えてきた美也子がやってきた。
二人は鍋をつつく。
「母さん、来週面接に行ってくるよ」
有人はそう言い、肉団子をパクリと食べる。生姜がきいていてなかなかうまい。
有人は異世界での冒険のおかげで料理がうまい。
あの時の粗末な食材に比べたら、現在日本の野菜やお肉は極上の品物だ。
「ねえ有人、ほんとうにそれでいいの?」
美也子は有人の顔を見る。
「うん、それでいい。高校を出たら働くよ」
「学費のことは気にしなくていいのよ」
「気にしてなんかいないよ。僕は自分の力で生きたいんだ」
その言葉を聞き、美也子はふーと息を吐く。
「まったく強情なのは誰に似たんだか……」
半ばあきれた顔で美也子は言った。
翌日、学校の教室に入るとその中心にミリアがいた。クラスのほとんどの人間がミリアを囲んでいる。
「ミリアさん、Chicktak始めたのね」
クラスの女子の一人が言う。
「ええせっかくスマートフォンを手に入れましたので、使ってみましたの。わたくしの動画どうしてたか?」
ミリアが訊く。
「むちゃくちゃ可愛い。私、フォローしたわ」
そのあと、他の生徒も私も僕もと続く。
「ミリアさんってスタイルいいのね。うらやましいわ」
「ミリアさん、シャンプー何使っているの。私教えてほしい」
「ミリアさん、また動画投稿してよ」
など質問と称賛の声があふれる。
ミリアはそれに一つづつていねいに返答していく。
たしかに勇者の
「わたくし、Instagenom(画像投稿サイト)とXTar(短文投稿サイト)も始めましたの。よろしければフォローして下さるかしら」
そう言い、ミリアは皆にスマートフォンの画面を見せる。
クラスの生徒ほとんどが輪になり、そのミリアのスマートフォンに自分のスマートフォンをかざし、アカウントを読み取っていく。
「ちっ主人公気取りの
その声は限りなく小さいものだったが、有人の優れた聴力はそれを聴き逃さない。
その声は根岸くららのものだった。
彼女には珍しく語気が荒く、言葉使いも荒い。
「やあ、おはようくらら」
ちらりと有人はくららを見て、挨拶する。
「あっおはよう、有人君」
いつもの優しく、おっとりしたくららの声に戻っていた。
「ミリアのことは放っておいたほうがいいよ。あいつの適応力は半端ないからね」
有人はくららに言う。
同じ様に有人はサーリアから王族としての教育を受けた。だけどあのように皆に好かれるように立ち振舞うことはできない。あれは持って生まれたカリスマという才能だと有人は考える。
「そうね、そうするわ」
くららはにこりと答えた。
口は笑っていたが、目は笑っていないように有人には思えた。
その日も授業は滞りなく終わる。
ほとんどの学生が進路が決まっているので、高校三年の三学期などというものは消化試合に近い。
この日の放課後、またミリアが何かしらちょっかいをかけてくると有人は思ったが、ミリアは忙しそうに帰り支度をし、帰っていった。
「今日は忙しいのですの、愛しのお兄様。もしわたくしのことが気になりましたら、お兄様だけにわたくしの特別な画像をお送りいたしますわ。それではご機嫌よう」
可愛く手を振り、ミリアは帰って行った。
ほどなくしてどちゃくそエロい画像が送られてくるのがそれはくららには極秘だ。
「とっととどっかに行け、牛乳女め」
まともや聞こえるか聞こえないかの小さな声でくららはボソリと言った。
今日のくららは荒れてるなと考えた有人はその日も手を繋いて帰ることにした。
手を繋いでいる間だけはくららはご機嫌であった。
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