第8話 側室になられたらどうですか

 糸のように目を細めてミリアは根岸くららという名の少女を見る。頭のてっぺんからつま先まで見たと思ったら、ミリアはかっとアーモンド型の瞳を見開いた。

 じっくりと観察されるように見られて、くららは半歩たじろいた。


 すっとミリアは立ち上がると姿を消した。

 くららの眼には消えたようにしか見えなかった。

 有人はミリアの動きを視認することができた。

 ミリアは加速の特技スキルをつかったのだ。

 きっちりと計ったことは有人はないが、その速さは音速を超えるはずだ。勇者の仲間パーティーの一人なら使えて当然の特技スキルだ。

 有人が見た感じミリアには敵意や殺気のようなものは微塵も感じられない。


 まばたきより速くミリアはくららの前にあらわれる。ミリアはくららの細く小さな身体を抱きしめた。その特大巨乳にくららの顔を押し当てる。

 くららは宙ぶらりんになり、その巨乳の膨らみに無理矢理顔を押し当てたれ、窒息寸前だ。

「はーお兄様、なんですかこのかわいいだけの生き物は……」

 うっとりとした表情でミリアはくららを力強く抱きしめている。

 ミリアの力では彼女が骨折しかねないと思った有人はミリアをくららから引き剥がす。


 このちょっとした騒ぎに周囲の視線が集まる。

 ただでさえミリアは目立つ存在なのに騒ぎをおこすなんて。有人は頭が痛くなる思いだ。


「失礼いたしましたわ。わたくしとしたことがこの方の可愛らしさに取り乱しましたわ」

 やや乱れた制服のブレザーの整え、ミリアはパイプ椅子に座りなおす。


「こちらのお方がお兄様の恋人なのですか?」

 ミリアは言った。

 恋人という単語の響きにくららは耳の先まで赤くする。

「ああっ、そうだよ」

 肯定する有人の言葉を聞き、くららは風邪をひいたときのように体が熱くなるのを感じる。しかし、風邪のような辛さはなく、この熱さは心地よいものだった。


「ふーん……」

 ミリアは形の良い顎に指先をあて、わずかな時間思案する。


「わかりしたわ。このお方をお兄様の側室としてお迎えしてもかまいませんわ。お父様、お母様にはわたくしから口添えしてもよろしくてよ」

 にこりと微笑み、ミリアは一人うんうんと頷く。


 側室という言葉を聞き、くららはわかりやすく困惑している。結婚なんてのはまだまだ先の話だと思っていたが、そんなことをはるかに飛び越えて側室として迎えるなんて言われてしまった。


「おいおい、ミリア何を言っているんだ。結婚なんてまだまだ先の話だよ」

 軽く笑い、有人は否定する。

 確かにまだまだ先だと有人は考えている。

 くららのことは好きだけど自分は学生だ。

 少なくともくららが大学を卒業してから、じっくりとそういう話をしたいと有人は考えている。その考えはもちろん他人に話したことはないが。


「あらお兄様ったら気の長い話ですわね。五歳のとき、わたくしと結婚してくださると約束したでわないですか。賢者ミハエル様とお母様もその場にはいらしましたわね」

 何故か勝ち誇ったようにミリアは高い位置の腰に手をあて、そう言った。

 ミリアも高身長で有人よりも二、三センチメートルほど低いぐらいだ。


 そんな子供のときの戯言を本気にされてもと有人は思った。それと同時に王宮の庭園でミリアと遊んでいた時、その様な約束をした事を思い出した。

 ミリアの言う通りあの場所にはエドワードの師匠であるミハエルとサーリアがいた。

 ミリアが言うにはその二人が証人となるので約束を違えることは許されないのだと。


「ええっと、ミリアさん。あなたは有人君の妹ですよね」

 たまらずくららはそう言った。

 放っておけばエロゲーにでてくる巨乳エルフに有人を奪われかねないと女の勘が告げていた。

 誰かが言っていた。

 女の敵は女だと。

 それはある種の真実だとくららは思った。


「あらそんなことはなんの問題でも障害でもございませんわ。ファーリア王国では実の兄妹きょうだいでの婚姻もみとめられていますの。それに一夫多妻も一妻多夫もですわよ。サーリアお母様一筋のお父様が珍しいぐらいですわ」

 ミリアは冷静に言った。

 たしかに異世界のファーリア王国は日本とは違う倫理観である。

 かと言って五歳の時の子供の約束を持ち出されても困ると有人は思った。


「ミリア、今の僕はこっちの生活のほうが大事なんだ。そんなに僕を困らせるなら帰ってくれないか」

 仕方なく有人は言った。

 妹との結婚なんて、こんなところで言われても即答できるはずはない。それはくららも同じだ。

 ちゃんとした大人になってからそういうことは考えたいと有人は思う。

 ちらりとくららを見ると結婚とか側室とかいう言葉を聞いたからだろうか目をぐるぐると回して、今にも倒れそうだ。

 有人はそっと手を伸ばし、くららの細い身体を支える。


「そんな、そんなわたくし、ようやくこちらに来れましたのに。やっとお兄様にお会い出来たのに。恋い焦がれたお兄様にやっと会えたのに……」

 宝石のようなキラキラとした青い瞳からミリアは大粒の涙をぼろぼろと流した。


 どうやら騒ぎを聞きつけた司書の先生がこちらに向かって来るのが見えたので、有人はくららとミリア二人の手を引き、図書館をでた。

 

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