第5話魔王との決戦
アルトは七カ国同盟軍総司令官であるハヤトの執務室を一人で訪れた。
「魔王の正体がわかりました」
アルトは言葉を噛みしめる。
「そうか……」
ハヤトは数秒ほど天井を見上げる。
視線をアルトに戻す。
ハヤトと視線を交差させたアルトは魔王軍攻略の作戦案を進言する。
「わかった、手はずは整えよう」
ハヤトはどこかあきらめたような表情を浮かべた。少なくともアルトにはそう思えた。
「総司令官閣下、いや父さん。一つ聞いてもいいですか?」
アルトはじっとハヤトを見つめる。
「なんだ?」
ハヤトは言った。
「母さんのことは愛していますか?」
アルトは問う。
「ああっ、サーリアのことは他の誰よりも愛している」
ハヤトは力強く断言した。
その答えを聞き、アルトは微笑む。その笑みは何かを決意したかのような、そんな笑みであった。
一月後、同盟軍は魔王軍との最終決戦の場をガーベリアン平原に決め、進軍する。
魔王軍元帥のギルアは同盟軍を迎え撃つべく、進軍を開始した。
しかし、これは大規模な陽動作戦であった。
同盟軍と魔王軍が決戦を行っている間、アルトたちは魔王の居城を攻めるのである。
魔王軍のほとんどはガーベリアン平原に進軍していて、魔王城は手薄であった。それでも魔王を守る獣兵士と近衛騎士は一万を数えた。
魔王がいるであろう大広間に続く廊下でアルトたちは近衛騎士とアークデーモンの兵団に囲まれた。
「ここは俺たちにまかせろ」
魔剣士のシュウが村雨を抜刀する。
「このセリフ、言ってみたかったんだよな」
シュウは不敵な笑みを浮かべ、アルトを見る。
「あなただけにいい格好をさせませんよ」
神官のエドワードが聖なる杖をかまえる。
「アルト、この戦いが終わったら結婚すんですよ。式には来てくださいね」
にこりとエドワードはアルトに笑みを向ける。
「そいつはフラグだぞ」
シュウが言うとエドワードが首をふる。
「それは違います。戦場では希望を捨てたものから、死んでいくのです」
エドワードは断言した。
「わかったエド。俺がフラグをへし折ってやる」
シュウは笑う。決して希望を捨てない、いい笑みであった。
二人を交互にアルトは見た。
「わかった。まかせる」
そう言い、二人に背を向け走り出した。
聖女ミリアと魔女リンダが続く。
ついにアルトたちは魔王がいるであろう大広間へとたどり着く。
目の前の巨大な扉を開けるとそこに世界を混沌と恐怖に陥れた魔王がいるはずだ。
アルトは両手に力をこめ、扉を開ける。
ギギギッと鈍い音がする。
大広間から異様な空気が漏れる。
これは魔王が発する瘴気にほかならない。
「なんて禍々しいの」
リンダが言う。
彼女の言う通り、凶悪で禍々しい空気であった。
こんなものを発するのはやはり魔王である。
「油断したら、精神を持っていかれるわ」
美しい顔をしかめながら、ミリアが言う。
「間違いない。奥にいるのが魔王だ」
アルトは瘴気にあてられながらも、歯を食いしばり言う。
「アルト、良く聞いてちょうだい。私とミリアの全魔力をつぎ込んだら、あの魔瘴気を数秒ほど晴らすことができるの」
魔女リンダはミリアの瞳をみる。
ミリアはこくりと頷く。
「お兄様、私たちにまかせて。決着は勇者が決めるのよ」
ミリアは呪文の詠唱を始める。
それにあわせて、リンダも詠唱を始める。
ミリアとリンダの同時詠唱が始まると、だんだんと魔瘴気が薄くなっていく。
アルトはハヤトから受け継いだ勇者の剣を振るい、魔瘴気を払いながら、床をける。
魔瘴気が晴れるのはわずかな時間だ。
それを逃せば、魔王には近づけなくなる。
アルトは床を蹴り、勇者の剣を大きくふりながら、駆けた。
駆けに駆け、ついに魔王その人を視界にとらえた。目測で魔王との距離は十歩ほど。
そこにいたのはごく平凡な黒髪の女性だった。年のころは四十代半ばぐらいだろうか。
ぼんやりとした目で何かぶつぶつと言っている。
アルトはさらに駆け、その女性を抱きしめた。
「母さん、帰ってきたよ。
アルトの言葉を聞いた女性の虚ろな瞳に光が戻る。
魔瘴気はどこへともなく消えていた。
「あ、有人なの……」
その女性は言った。
「そうだよ、有人だよ。もう誰も憎まなくていいんだ」
アルトは美也子を強く抱きしめる。
「さあ、帰ろう。勇者の加護を使えば元の世界に戻れるんだ」
そのアルトの言葉のあと、二人はまばゆい光に包まれる。
光が消えたあと、アルトと魔王も消えていた。
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