四杯目 初めての気持ち

「ここの会話は…それから、次のシーンの構成を…」


絶賛執筆中のレド。

気づいたら、もう外は暗くなっていた。


「レ・ド・さん?そんなに眉間にしわ寄せてちゃ駄目ですよ!それとも…レド様の方がいいですか~?」


クイッとレドのサングラスをあげる。


「…サヤさん、また言って申し訳ないが…男たらしがすぎるぞ。今日見ていたが、かなりの数の男性客が君に惚れているようだね?」


「言いましたよ~?私、モテモテだって。仲良くしてると皆、私のコーヒーの虜になっちゃうんですよ。」


「コーヒーじゃなく、明るく優しい君にだと思うがね。またはその両方か。」


サヤはため息をつく。

今日の混み具合は異常なレベルだ。

さすがのサヤも、仮面を被り続けることに疲れたらしい。


「はぁ…私、元々こんな明るい性格じゃないんですけどね…」


「元はどんな感じなんだ?」


「根暗で…ナヨナヨしてて…シャイ?って言うんですかね。人付き合いが苦手な感じでした。接客業をするようになってから、今に至ります。」


レドは驚く。てっきり、友達と毎日パーティーを開いてるぐらいだと思っていたからだ。そこで常連客の話でもしてるのかと…


「シャイ…俺と一緒だな。俺は友達も一人もいない。唯一、担当の編集者がいるぐらいだよ。そいつとも、仲がいいわけじゃないがな。」


「意外です…てっきり舎弟とかに兄貴~って呼ばれてるものかと。」 


「…俺はマフィアじゃないんだぞ?舎弟なんかいないさ。」


(友達は多い方じゃないんだな…男をとっかえひっかえしてるものかと思っていたから意外…レド、頑張れよ!)


少し安心感を覚えていたレド。それはサヤも同じだった。


(レドさん…愛人とか何人もいそうだったから、これで存分に落とせる!)


まぁ…サヤは違う方向のようだが。


「ところで…呼び方!レドさんとレド様どっちがいいですか~?メイド喫茶風に呼んでほしかったらそっちにしますけど…」


「…君が言うことは本気なのか、はたまた冗談なのかがわからない。俺にはそういう趣味はないから、そのままでいいよ。」


「うふふ…じゃあレドさん!どんな女性が好みですか?」


飲んでいたコーヒーを吹きかける。

突然切り込んでくるものだから、驚くのも無理はない。


「唐突だな…別に好みとかはない。好きになった人が好きっていうだけだ。」


「じゃあ、今までの交際経験とかって…?」


「一度もないよ。…もちろん、君はあるんだろう?」


サヤは返答に困る。

実のところ…サヤに交際経験はない。暗い性格のときなど、誰も振り向いてくれなかったのだ。

今でこそモテモテだが、付き合うとかはもちろん…キスもしたことがない。


「そ…そりゃあ、ありますよ~?えっちだってしたことありますし?何でも経験済みですよ?」


少し焦って返したからか、言葉が変である。

しかし、レドはそれをまともに受けてしまった。


「そうか…羨ましいよ…愛し合える相手がいたんだな。その時だけだったとしても、そういう相手がいることは大事だ。」


「…レドさんっていくつなんですか?私はまだ若いですけど、レドさんたまに大人っぽいこと言いますからわかりません。」


「俺は…いや、教えない。何でも教える訳にはいかないよ…」


サヤは頬を膨らませる。

それを笑ってレドが突っつく。


「サヤさんはかわいらしいね。小説の主人公みたいだ。っと…セクハラになっちゃうかな?嫌だったらすまない…」


やっと正面から褒めてもらえて、サヤは少し照れている。

鈍感なレドはそれに気づかない。


「顔が赤いぞ…?熱でもあるんじゃないか?」


そう言って、サヤの頬に手を触れる。

いきなり触られたサヤは、とても驚いた表情で…


「ほわぁあ!?レドさん、突然何するんですか!?」


「ん?熱があるかと思って確認しただけだが…」


こういう時は超鈍感である。


(レドさんってこういうとこあるからな…びっくりしちゃうよ…かっこいいな…)


自分が思ったことにハッとする。

今まで客に対してそんなことを思ったことはない。


「違う違う!そんなことないもん!」


「?? どうしたんだ?」


「何でもないです!私はレジやってくるので!」


気持ちを紛らわせるため、誰もいないレジに向かった。

それを不思議に思いながらも、レドは執筆に戻った。


閉店の時…


「サヤさん、また明日。今日も寒いから、気をつけて…」


「レ…レドさん、ありがとうございました…」


客全員が帰った後、後片付けをしていると…


カランカランッ…

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