第3~5の異界の扉

「さっきのよりは楽しかったかな」

「そうだろうね、まだ君には合ってたと思う」

一人と一匹は再び扉の部屋に戻ってきた。

「今度は扉が白黒にならないんだね」

「白黒? 何のことだい?」

どうやらクロちゃんには色が見えてないらしい。


「次も楽しいといいな」

「どうしても合う合わないはあるからね」

「じゃあ次は灰色のこの扉にする」

「わかった。あーあーだから触らないの」

今までのように扉を開くとクロちゃんが扉の先を覗きこんだ。

「ここは最初に言っておくと君には退屈かもしれない」


「ここはおそらく全扉の中で最も哲学的な世界だ。君はおろかもと居た世界の人間ですらいったい何割が理解できるか」

灰色の空に地面。そこに広すぎる空間には少なすぎる人間が座禅を組んでいる。

「ここでは誰も声をかけてはくれないよ」

クロちゃんの声がおかしい。耳ではなく頭に直接流れてきている。

「静かだろ? ここでは静寂は大切な構成要素なんだ」

「どうして誰も動こうとも話そうともしないの?」

「必要ないからだろう、そういうしがらみから解放されようとしているんだ」


「ここは日本人も多くいるんだね」

「ほとんどアジア人さ」

「扉の世界にも国があるの?」

「ないよ、結果的に地域による偏りがあるだけ」

初めて見る風景なのに既視感を覚える。

「どこかで見たことある気がする」

「そんなはずはないと思うけど……。あっ、でも君たちの遠い先祖が作った世界でもあるから、そのせいかもね」


「ここにいる人たちはずっとこのまま? 何もしないでいるの?」

すれ違う人連れ違う人に個性が全く見られない。もちろん体格や顔は異なるのだが全体で捉えると同じようにしか見えない。

「ずっとではないよ。でもほとんど永遠に近い時間待ってるんだ」

「待つって、何を?」

「誰かをだよ」


「ようやく戻ってきたね、すごい歩いた気がするけど」

「疲れたかい? 僕はまだまだ平気だよ」

「ううん、疲れてない」

扉の世界では時間がわからないし疲労も感じない。不思議な感覚だ。

「クロちゃんが言った通り退屈な場所だった」

「似たような世界がかなりあって少しずつ違うんだけどそれは省こうか」


「由美ちゃん扉の色変わった?」

「うん。消えてる」

今回と1つ目だけは消えて先ほどのは色が残ったままだ。

「さてと次はどれにしようか?」

「さっきのは寂しい所だったし派手なのもある?」

「2つ目のの扉に近い世界はあるけど……。うーん」

「じゃあそれにしよ」


赤い扉の世界にはいると早々に屈強な数人の男たちに囲まれた。

「クロちゃん、この人たち怒ってるの?」

今までは外国に人の言葉も理解できたがこの人たちの言葉は一切わからない。

「少し間見学するだけですよ、居座りはしません」

クロちゃんは言葉がわかるのか男たちを説得している。


男の一人がチラッと私を横目で見ている。

その目には怒気が含まれている。扉の世界でここまでの悪意を向けられたのは初めてだ。

「わかりました、引き返しますよ。戻ろう由美ちゃん」

諦めたのかクロちゃんの声にも苛立ちを感じる。


「子供には優しい人が多いって言ってたのに」

「多いだけさ。ごめんね、いやな思いしたね」

「ううん、そうでもないよ」

言葉がわからないことが幸いしてそこまで気分を害さなかった。

「ちょっと僕が迂闊だったかな。見学くらいなら子供相手にそこまでむきにもならないだろうって甘く考えていた」

「見れなかったとなるとちょっとさっきのドアの世界が気になるなぁ」


「今の学んだ。その2つ隣の黄色の扉も無しだ」

今出てきた扉の隣は色の残っている金色の扉、さらに隣に黄色の扉がある。

「どうせそこも追い出される、行くだけ無駄にする」

先程の出来事が不快だったのか、私以上に機嫌を損ねている。

「まぁまぁクロちゃん落ち着いてよ」

「はぁ……僕が逆に宥められるとはね」


「次はどれにしようか、さすがに入り口で追い出されるのはもう嫌だよ」

「さっき言った扉以外ならもう大丈夫だとは思うよ」

「じゃあそっちの緑のにする」

「ここなら間違いなく門前払いってことはないね」


「えっ」

緑の扉を潜ると今までと全く趣を異にする光景が広がっていた。

「クロちゃん、ここは私がいた世界じゃないの?」

「違うよ、とても似ているけどね」

辺り一面には大きな木々と花々。全体的にもと居た世界より一回り大きく見える。


「誰もいないね、すごい静かな場所」

「よく周りを見てごらん」

そう言われ、目を凝らし周囲を見回す。

「……クロちゃん、あれってもしかして眼?」

木々の表面が顔のように見える。最初樹皮がそう見えるだけかと思ったがじっと見つめると目に当たる部分が動いている。


「反応が鈍いのは仕方がない、気の遠くなるような長い時間こうしているんだ」

木の顔はゆっくりと口をパクパクと動かしている。

「何か言いたいのかな?」

「ゆっくりで大丈夫ですぜ」

「すまんな、人と話すのは久しぶりでな」

間延びして少し聞き取りにくい。

「我々のうちで話す分にはもっとゆっくりでな、世間話に君たちの時間で数年は費やしてしまう」

「そんなに……」

「そもそも話すことなどそうそうないからな、困ることはないよ」


「ところで君たちは迷い込んだのかね?」

「見学です、えっと……」

「そうかそうか。好きに呼んでくれていいよ」

「おじさんはずっとここにいるの?」

「ずっとずっと昔にここに来た。ここに来た時は君たちと同じように人の姿をしていた」

「なんで木になっちゃったんですか?」

「なんで? 過程なら覚えていない。理由ならここはそう言うもんだとしか言えん」

「おじさん以外の人もここにいるの? 例えばあっちの木とか?」

「いるさ、でも人かどうかはわからん。いずれ私もそうなる」

「よくわからない」

「私も知識としては理解していない。経験・希望・観念、頭で理解しているのでは身体で、全身で感じている」


「お嬢さんは他の世界も見てきたのであろう。なぜ自分がここにいるか少しずつわかってきたのではないかね?」

「そろそろ失礼しますよ。見学をここだけで終わらせるにはもったいない世界ですからね」

「そうかね。他の連中にもよろしく頼むよ、久しぶりに話せて楽しかった」

クロちゃんは今、会話を無理やり終わらせたように見えた。


「何をずっと考えているんだい?」

道中話さずにずっと考え込んでいた。

「私がここにいる理由」

「考えることではないよ、必ず理解できる時が来る。無理に悩む必要はないよ」


しばらく緑の道を歩いていくと真っ赤な花が咲き誇っている野原にたどり着いた。

「クロちゃん、この花何?」

「彼岸花よ、綺麗でしょ?」

答えたのはクロちゃんではなかった。


「言葉を話す花なんて珍しいでしょ」

「そうでもないですよ、巡り合わせの問題ですな」

「あら、人の言葉を話す猫ちゃんもいるんじゃ珍しくもなってことかしら」

「さっき木のおじさんと話したの」

「あぁ、なるほどね」


「あなたずいぶん若いのにここにいるのね。私も若かったけどあなたほどじゃないわ」

声や口調からすると女性なのだろうか。

「若いと目立つの?」

「そりゃあ目立つわよ。可哀そうに」

「なんで?」

「なんでって……。もしかしてまだわかってないのね」

風に揺られたのか花はクロちゃんの身体を撫でる。

「まぁいいわ。いいところだからゆっくりとしていくといいわ。何か困ったら私でもいいし木のおじさんとやらでもいいからいつでも言ってね?」

「ありがとうございます」


同じ方向に歩き続けていたはずだがいつの間にか扉が目の前にあった。

「あれ? 戻ってきちゃったね」

「いつの間にかぐるっと回ってきたんだね。そろそろもどろうか」

「うん、ここは綺麗で楽しかった」

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