異界を覗く猫
杠明
第1~2の異界の扉
「お嬢ちゃんずいぶんとお若いな」
目の前ででっぷりとした黒猫が人の言葉を話している。
「猫さん、話せるの?」
「我々のほとんどは話せるよ、話さないだけでね」
「そ、そうなんだ」
話しているうちに声が異様に反響していることに気が付いた。
「猫さん猫さん、ここはどこ? そういえば私は何でここにいるの?」
どこを見ても真っ白で壁がどこにあるかわからないほど広い。
「どっちの質問にも申し訳ないが答えられない。そういう契約なんだ」
そう言うと猫はそっぽを向いてしまった。
「混乱してるところ申し訳ないがそろそろ行くとしようか」
黒猫の後ろには半円状にカラフルな扉が並んでいる。
「どこへ行くの? ドアがいっぱいあるけど……」
「どれがいい? 君が選ぶんだ」
「そんなこと言われても、わかんないよ」
「そうだね、一つずつ見て回るとしよう。まずはここから行こうか」
猫はぴょいっと飛び器用に青い扉のドアノブを回した。
「さあ行こうか、ところでお嬢ちゃん名前は?」
「由美」
「由美ちゃん、よろしく」
青い扉を
「猫さん、ここどこなの?」
「僕の傍を離れないでね、ここはちっとばかり血の気が多い奴が多いから」
黒猫と一緒に歩いていると後ろから数匹の大きな犬が自分たちを追い越していった。
「あれは犬じゃないよ、狼。君にはでっかい犬に見えても仕方ない」
「絶滅したんじゃないの?」
「おや、年の割には物を知っているね。でもここは日本じゃないからね」
そのまましばらく歩いていると黄金の広間に出た。
「すごい、綺麗だね」
「そうかい? 僕には悪趣味に映るな」
黒猫は目を細めて異議を唱えた。
「猫さんは名前なんていうの?」
「最近はずっと野良だったからね。好きに呼んでくれていいよ」
「クロちゃんとか?」
「なんでクロちゃん? もっと他のない? かっこいいの」
「思いつかない。どんなのがいいの?」
「そうだな、ウェルギリウスとかそんな感じの名前」
「誰? それ」
結局クロで納得してもらった。
そのまま真っすぐ進むと大きな椅子が現れた。
「おっきい椅子だね、私なら十人は座れそう」
「あまり近寄らないでね、面倒事はごめんだから」
「面倒事って何?」
振り返ってクロを見る。
「そうだぞ、小さき友よ。面倒事とは失礼ではないか」
いつの間にか大きな椅子にはそのサイズに相応しい大きな老人が座っていた。
「小さき友と、その後友人かね? 些かここに相応しからぬ御仁のようだが」
大きな老人は5メートルはありそうなほどの巨体だ。胸元まである立派な真っ白な髭をなでている。椅子の背には大きなカラスが二羽止まっている。
「気を悪くしないで、悪気はないんだ」
クロちゃんは慰めてくれたがおじいさんの話す言葉古めかしくよくわからなかった。
「友よ、分かっているであろうがその少女にここは似合わぬ」
「わかっております。これはマニュアル通りってやつです」
「ではもう十二分であろう、今日は宴の日だ。早々に去るといい」
「クロちゃん、宴って?」
「どうせ帰りに分かる。ではこれで失礼します」
「宴に巻き込まれんようにな、ワシが指示してもどうせ聞きやしない……まだ幼いのに不憫なことだ」
おじいさんは私を見て初めて表情を変えた。
「陛下、あまり余計なことを」
クロちゃんが言い終わる前に大きな老人は消えていた。
「あんな大きい人見たことない」
「そりゃあそうだ。だって人間じゃないからね」
「そうなんだ? でも大きいこと以外は人間っぽい見た目だったよ」
「遠い昔に人間が作り出したものだからね、自分たちに似せたんだ」
「どういうこと?」そう言い終わる前に怒声があちこちで聞こえてきた。
「急ごう、巻き込まれると面白くない」
「これは珍しい、女……と呼ぶには幼過ぎるな。なぜここにいるのだね?」
「見学ってやつですよ、旦那」
「おや君がいるのも珍しいな猫スケ、狼と鷲以外を見るのなんて久しぶりだ」
クロちゃんと話している男は金色の鎧で胴を覆い、腕と脛はむき出しになっている。背には大きな盾、腰には古めかしい剣を帯びている。
「旦那、急がないと宴に遅れますぜ」
「なに構わぬ、どうせ俺がこない限りは終わらん。ゆっくりしてやるのも友愛よ」
さっきまでいた館の方向から再び怒声が聞こえる。
「どうだいお嬢さん、戦も見物していくかい?」
「戦? 戦って戦争ってこと?」
「なんだ猫スケから聞いてないのかい? ここには戦士しかいないからね、自然そうなる」
「戦争ってそんな」
「旦那、本日はこれで失礼しますよ。この子には刺激が強すぎますゆえ」
「おじいさんが言ってた宴って戦争のことだったんだ」
「知る必要がなかったからね、言わなかった。どうせ君はここを選ばない」
「選ぶ? 私が?」
「さあ戻ったよ」
気が付くと最初の扉の前に戻ってきていた。
「さて次はどれにする? 選んでいいよ」
今来た青い扉はモノクロ調に色を失っている。
「じゃあこの金色のドアにする」
「無難な扉だね、さっきみたいなところじゃない」
そういうとまた飛んでドアノブを器用に開けた。
「私がやろうか? クロちゃん器用だとは思うけど大変じゃない?」
「ダメ、君はまだ触っちゃダメなんだ」
「さっきほどじゃないがここも古い世界でね、ほら上を見てごらん」
言われるがまま顔を上げてみると数多くの星や惑星が見える。
「すごい綺麗、プラネタリウムみたい」
「見てるだけじゃわかりにくいがここでは天が地の周囲を回っているんだ、すべての中心はここにある」
「どうしてそれが古いってことになるの?」
「そっか、君にはまだちょっと早かったね」
「さっきもそうだけどここにいる人たちアメリカ人? 金髪ばっかり」
「ほとんど西洋人、日本人に会える可能性はほとんどないね」
「そうなんだ、外国に一人ぼっちは嫌だな」
「早くもここもダメってことだね。どうする? もう引き返すかい?」
「見るだけでもいいの? それならもう少し見てみたい。ここ綺麗だし」
「もちろん、じゃあ進もうか。危険はないけど広いし迷いやすいから離れないでね」
ここはなだらかなデコボコ道が続き傍に小川、たまに小さな木がある。建物は全く見えない。多くの人とすれ違うが誰も私に気を留めない。
「ねえクロちゃん、みんな何してるのかな?」
「何もしてないよ、する必要がないからね」
「仕事とか学校とかないの?」
「ここにはそんな煩雑なものはない。苦痛のない世界でその時を待っているんだ」
「その時って?」
「誰も覚えちゃいないよ、そういうもんさ」
「おい、ここは畜生の来るところじゃないぞ、道を間違えたか」
木陰で横になっていた男性が声をかけてきた。
「先生少々お言葉が汚いですぞ、子供もいるのですから」
「これは失礼。……ずいぶんと珍しい新入りだな」
例に漏れず金髪碧眼、ただ頭部の天辺は禿げ上がっている。来ている者は粗末な布を羽織っているだけでどこを見ていいか困ってしまう。
「こちらは見学ですよ、もしかしたらお世話になるかもしれません」
「そうか、昔なら間違いなく弾かれたであろうが今は寛容だからな」
「よろしくお願いします」
会話についていけず何とか挨拶だけをした。
「うむ、見学ということは他も回るのであろう? ここはよい所だ。困ったら私を訪ねなさい」
「いい人だったね、クロちゃん知り合い?」
「どうだったかな、大抵の扉の住民は子供には優しいよ」
「大人になったら優しくないの?」
「そんなことはないと思うよ、子供は特にって意味」
扉へ引き返し歩いていると遠くで鳥の影が見えた。
「さっきの扉にはカラスとか狼がいたけどここにも鳥がいるんだね」
「由美ちゃん目がいいね。僕には見えない、しかし鳥はいないと思うけど」
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