第10話


 彼はそう言って石田にアイコンタクトを送る。石田は彼の視線に気がついていなかったけれど、それでも以心伝心よろしく前を歩く連中へ走り行く。


 その事に真っ先に気がついたのは、先程から何度もチラチラと僕等の方を振り返っていた根暗だった。


「曲者!!」「出会え出会え!!」という会話が聞こえてすぐ。四人はわざわざ此方までやって歩いてきた。


 僕は、それで。と前置きをしてから口を開く。


「石田の能力か、それとも泥棒についてか。どちらから教えてくれるんだ?」


 それを聞いたモヤシと狸の二人は、神棚の下段に座る若手芸人みたいなオーバーリアクションで反り返った。全く想像だにしていなかったのだろう。


「こいつら……ちったぁ面白れぇな」と四十万はやはり眠たい時の肉食動物みたいな顔で呟いた。僕からすればお前も十分面白い部類に入るよ。


「じゃあ俺っちの能力から体験してもらう感じで」


 石田がそう言った途端。彼は瞬きの間に、僕らの前から突如として姿を消した。


 いや、消えたという表現は正しくない。チャラ男は先ほどから一歩も動かないまま未だに僕らの前で変顔をしているのだから、例えるなら極端に影が薄くなったというべきだろう。


 それはまるで僕らがまだ二十人も居た頃、近くの茂みに隠れていた巨大な生物に気が付けなかった時のように。気配が消え、認識を歪め、世界から嫌われたように、爪弾きにされたように。

 存在を確認する事すら難しくなっていたのだ。


 目の前で実演されてようやく気が付ける程度で、事前に能力を行使されてから近づかれては、正面化から首筋にナイフを突きつけられた後でも絶対に認知できないとさえ思った。


「はい、笑って笑って!! どう? 俺っちの能力、バレちゃった感じ?」


 僕は両の頬をチャラ男に引っ張られたままの耐性で固まってしまっていた。


 バレたバレないの話ではない。見える見えないの話でもない。

 触れられた事にさえ気づけないのなら、存在するだけで再警戒しなくてはならない能力だ。


 ともすればこの瞬間にも、僕の後ろでマンティコアがほくそ笑んでいるかもしれないのだから、常にそんな事を考えなければならなくない呪いをかけられたようなものだ。


「……認識阻害、もしくはカモフラージュといった所ですかな?」と、モヤシ。冷や汗を流しているあたり、彼も能力の恐ろしさに気が付いているらしい。


「おぉ!! 当たり!! ステータスに乗ってる名前は「ハイド」ってんだけど。流石にデメリットというか制限は分かんねっしょ?」


「制限は時間、デメリットは動けない。とかになるんですかね。はい」


 奇しくも僕は根暗と全く同じ事を考えていた。


「間違っちゃねぇ感じだけどなぁ。いちおー正確に言っとくと、「すっげぇ疲れる」ってな感じ!! 走ったあととかってよりは、雨の日の朝みたいな」


 お前のさじ加減だろ。と唾を飛ばしたくなる気持ちを抑え、それを敢えて言語化してみるとする。


 ゲーム的に考えるなら体力や魔力。或いはそれらとは別に存在する第三の数値が枯渇したと考えるべきだろう。

 いうなればスキルポイントなりエネルギーポイントと言ったところか。気力という見方もできるかもしれない。


 そして、僕らの認識を歪めている間はその数値がどんどん減っていくと。

 結局それがどれほどの制限になっているかと言うのは、仮称エネルギーポイントが回復するまでの時間に起因している。


「さっきは限界まで能力を使ったから能力を解いたんだろう? 今使ったらどれくらい持続させられる?」


「しゅわっちマジ鬼コーチすぎるって。今はもう無理、ってか今日一日何にもしたくねぇって感じだわ」


 こういう手合いはどうせ数分後にはバカ騒ぎをしているのだろうが。

 しかし一日というのは嘘にしてもエネルギーを復活させるにはある程度時間を置く必要があるらしい。


 気になるのはエネルギーが切れた直後は今ほど疲れた様子もなかったという事だが。

 今考えても仕方がないか。


「それで、お前は」「いやいやシュワッチ。俺っちの事はスケッチって呼んでって言ったじゃん」


 言われてない。いや、それともこいつの中では自己紹介で名前を発表したら何かしらの公式に当てはめてあだ名を確定するという決まり事でもあるのだろうか。


 確かこいつは石田、石田……俊介? 宗介だったか? どちらにせよ尻のスケにッチを着けてスケッチになるわけだが。


「とにかくお前は、その能力で女子の下着をさくっと盗んだわけだ」


「スケッチだって。じゃなくて!! そうじゃないって事を証明する為によんだ感じっしょ!?」


「自首でもすりゃあ……幾らか罪は軽くなるらしいが」


「ちょっ、マッチ!?」


「冗談」と、本当に感情の読めない顔で四十万は言った。


 この二人、何かに似ていると思ったらあれだ。極道の組長と使い走り。


「兎も角、俺たちゃぁスケッチを心から信用してんだぁよう……自ら能力を開示した事やその他の能力の情報を話した事ぁ、信用に加点しておいてくれぇよう」


「それは今後の成り行き次第かな」


そして一度話しが終わったことを確認すると、根暗が気を利かせて手をたたいた。


「難しい話は終わりましたよね。ハイ。じゃあ僕からも聞かせてほしいんですけど、兎を捕まえたのはその能力ですか?」


「そうそう!! 俺っちマジ凄いっしょ!?」


「じゃあお前昼飯取ってこい」

「しゅわっちマジ鬼コーチって感じだって」


「すまねぇが、木と林と森もついて行っちゃあくれねぇか?そいつ足は早えぇがどうにも頭が弱い……その点、お前等が居れば安心だろうよ」


 その言葉に根暗を除いた二人が鼻を膨らませる。期待されて悪い気はしないか。


「拙者が居れば百人力でござるよ」


「はは。面白いですなウッドベル殿。マッチさんが安心だと言ったのは私がいるからですぞ」


「体よく派遣されただけだと思いますけど。ハイ、なんでもありません」


 二人がまじめにやっている所がまた面白いんだよなぁ、これ。


 集合場所はこの丘の上で。煙を焚いておくから、三十分で一度帰ってくるという約束をして解散と相なった。


「うまく分断された……ってぇ所か?」丘を登りながら、四十万は此方も見ずにそういった。


「少なくとも腹は割って話したいな。何の成果もなしに帰ったら会長様に何を言われるか分かったもんじゃない」


 それに分断というなら、そもそも四十万がチャラ男の後押しをしなければ良かっただけの話である。


「単刀直入に言うが、お前達のグループは佐々木達から問題視されている。理由は言うまでもないが、あまりにも単独行動が多く輪を乱しかねないからだ」 


「……理解しているつもりだぁよう。人の嫉妬心も、集団ってぇ事の強みも。ある程度はぁよう……だが、今の俺達がやらにゃならんのは仲良しごっこじゃぁなくて……強くなることだろうが」


 どうあっても彼の心づもりは変わらないようだ。そのことだけははっきりと理解ができた。

 優位性を失って足元を見られるのも面白くないから組長には言わないけれど、別に僕は佐々木の手先ではないのだ。なんというか、一方的に弱みを握られていたみたいな感じで、グループに所属する限り目をつけられても面白くないからやってるだけである。


 極道組も特段反旗を翻すつもりは今のところはなさそうだし、そもそもそれができないように今の内から分断をしたのだ。将来的には知らないが、今しばらくは大人しくしているだろうと判断している。


 そして、それは僕としても全く同じ考えだ。

 ならばどうだろう。同じ人間に頭を下げながらも舌を出している間柄として、ここは敬愛すべきブリカスに敬礼をしながら三枚舌外交なんてどうだろうか。

 

「じゃあ、僕から求める条件は一つ」

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