第11話

 焚き火の前で密談を繰り広げること十五分ほど。極道の親分みたいな喋り方をする四十万にも慣れてきたあたりで、残りの四人が帰ってきた。


 手には鳥が一匹。満面の笑みで談笑する彼らを見て、僕は自分も行けば良かったと後悔していた。何せこの草原は生き物を見つける事自体が困難なのだ。


 幼い頃、公園の舐め腐った鳩を追いかけてはその全てに逃げられてきた僕が野生の生き物と戯れるためには、向こうから襲いかかってくるのを待つか、あのチャラ男が捕まえてきた獲物を袋叩きにするかの二択である。


 嬉々として生き物を惨殺したいとまでは思わないが、しかしゲームに準じた世界ならば経験値やレベルアップといった概念もある可能性だって少なくない。

 こうしてみんなが経験を積んでいく中、僕だけがいつまでも指を咥えて眺めっているだけでは、いざと言うときに遅れをとってしまうかもしれないのだ。


 次第に精悍な顔つきとなるオタク共に。


 いや、僕もサブカルという幅広いジャンルは網羅していないけれど、ゲームという括りだけで見たら十分にオタクと言えるのか。

 なんて考えていると、丘の頂上にまで登ってきた石田が僕らの顔を見て吹き出した。


「いや、暗っ! お通夜って感じじゃん!」


 仮りにもハイドとやらのスキルを使っただろうに、彼はさしてつかれた様子もなくそういった。これはこいつがタフなのか、それともそういうものなのか。

 どちらにせよこのチャラ男が使うハイドは間違いなく強力な能力だと言える。


 強力なモンスターからは強力なスキルが詰められたオーブがドロップすると考えれば不自然はないが、だとすればあの時に僕も狂ったふりをしてオーブを強奪しておけばよかった。


 しかしそうなると次に気になるのはあの鳥が持つスキルオーブだ。果たしてどの様なスキルが封じ込められているのだろう。


 小型犬くらいもあるサイズの鳥が羽をむしられる光景を眺めながら、僕は拾ってきた薪を焚火に放り込んだ。と、同時に。引っこ抜かれた茶色い羽もどこかへ行ってしまう前に燃やされる。


 燃えた羽が風に乗ってどこかへ飛んでいたような気もするけれど、僕の興味はねじ切られた鳥の生首に注力されていた。


 鳥自体が小型犬くらい大きいからと言っても哺乳類と鳥畜生では脳みその大きさも違う。当然頭の大きさにも確たる差があるので、もしかしたらスキルオーブ自体が小さい可能性もあるのだ。


 スキルはオーブのサイズによる影響を受けるのか、そして生物の種類によって能力の傾向はどう変化するのか。様々な思惑が胸中を渦巻く只中、石で殴られ続けていた鳥の頭が漸く砕けた。


現れたのは羽の色によく似た茶色い石。サイズは小指の爪先ほど。暴走の危険も考えてチャラ男は少し離れた場所に追いやられていたけれど、これくらいなら別段仲間外れにする事も無かったのかもしれない。


 いや、折角の機会である。スキルオーブの分配は公平に、未だ何も持っていない人から行くべきだろう。……今回に関して言えば僕は一切討伐に関与してないので譲ってもらえるとは思っていないけれど。


「う、うわぁぁぁぁ!! これは拙者の物で御座るッッ!!!」主体となって鳥の解体を行っていた狸が、飛び掛かるようにして鳥の頭を抱き締めた。


 何事かとも思ったが、どうやら今回は彼がおかしくなってしまったらしい。姫小松との考察では精神が低いとスキルオーブの誘惑に負けてしまうという結論に至っていた。この中で狸の精神が二番目に低いというならそれも納得できるのだが。


「……もしかして俺っちもこんなんになってた感じ?」と。チャラ男は魔石を見ても至極冷静でいるのだから不思議である。


 もしやこの男、モンスターを倒しすぎてレベルが上がり精神力が高くなったのだろうか?


 蹲り頭痛に喘ぐ狸は腹を弾ませながら、ついに地面へ体を投げ出した。

 燃える羽が纏わり舞おうとお構いなし、土下座の耐性で叫びながら何度目かになる頭突きを大地へお見舞いした所で、ようやく痛みが収まったらしい。


「う、ウッドベル殿、平気に御座いますか?」


 狸は返事すらせずに黙ってステータスを呼び起こすと、内容を一瞥して大きく頷いた。

 続いてモヤシ根暗チャラ男がプライバシーもへったくれもなくソレを覗き込み、目を見開く。たった数十センチの距離で一体何が怒ったのか。漠然と意識を巡らせていた筈が、気が付けば僕はノンデリの仲間入りをして狸のステータスを盗み見る。


【スキル】

『ストーンバレッド』


 そこには、以上の様な文面が馬鹿みたいに記載されていた。まるで出来の悪いライトノベルを呼んでいるかのような光景だ。


 だが疑いようもない事実でもある。


「何が書いてるってんだぁよう」極道の組長がここに来て始めて少しだけ感情を露わにした声で言った。


「恐らく、魔法が使える様になったのかと。ハイ、多分ですけど」


組長は腕を汲んだまま目を瞑り、ため息交じりに低く唸る。


「魔法ってぇと、あれか。火やら雷やらをだしたり、空を飛んだりってぇ……夢物語の」


 誰も彼の言葉には返事をしなかった。確たる証拠が無かったのだ。


 これまでも実際に視点を空へ移動させたり、目の前で存在が認識出来なくなったりと、殆ど魔法みたいな事は目にしていたのも当然事実。

 ストーンバレッドという、名前からして石を打ち出すだけのスキルと何が違うのかと。石なら俺にだって投げられるわい、と。そう思うかもしれないが、やはりそれっぽい横の文字列を見るとテンションが上がってしまう辺り僕も男の子であるという事だ。


「使ってみましょうぞ!! いざ。いざ!!」そういってモヤシは狸の肩を揺らす。

 その声に感化されたのか、狸は瞳を輝かせて素早く立ち上がった。


 丁度、塔があろう方角に向かって斜に立ち足を肩幅に広げる。そうして腕を前に突き出して大きく息を吸い込んだ瞬間。彼の掌に小さな、小さな砂粒の如き物体が生まれた。


 しかしソレには僕らが落胆するよりも早く変化が起こる。

 周囲から僅かな砂塵が周囲の地面から幾本も舞い込み、その小石に集結していくのだ。数秒後にはサイズが倍になり、その後も指数関数的にそのサイズを大きくしていく。


 やがて拳程の大きさにまで成長した時、その石は何の脈略もなく彼方へと飛んで行った。その光景には当の本人である狸自身も何が起こったのか分かないといった風に目を丸くしている。


 遠くで砂埃が舞い上がったと同時、僕らはようやく我に帰った。

 呼吸すら、瞬きすら忘れていたのだと。苦しいという感情を思い出してから、僕は実感する。


 たかが数秒の空白を取り戻すように、大きく息を飲み込んだ。


 狸は再びその場にへたりこんでしまい、肩を上下刺せている。叶うなら僕もそうしたかったのだが、きっと既に同じ様な反応をしているのだろう。


「ひぃ、ひぃ」という狸の気持ちの悪い引き笑いに、気が付けば僕らは全員で笑っていた。



 それからどれくらいの時間が経ったか。散々その時の興奮を語り合いながら昼食を取り終えて、血眼になって件の鳥畜生を探しながら塔に向かい歩いていると。


『ブワーーン』という、夏の蚊が耳元で鳴らす羽音を、町内放送で流した様な音が聞こえてきた。


 不快感に身を竦めつつも出所を探って当たりを見渡せば、隣の丘の麓に海老の様な生き物を発見した。


 体表はマットな質感の青緑色で、幾つもの節から構成されている。十より沢山ある足は昆虫と思えないほど太く、分厚く。

 細長い背中には尻尾の様な形をした半透明な羽。片側にある互いに溶け合った二枚をワンセットに左右で一対、それが前後に計八枚。むき出しの形で、今に飛び立たんと激しくはためいていた。

 代わりなのか、ふざけているのか。尻尾は猫背を辞めて細長い二本の針に変形していえう。

 頭はノッペリとシンプルな流線型、目に当たる器官は見当たらないが、頭頂部からは風にたなびく立派な髭か、触角かが生えていた。


 太陽が西に向かって少しだけ傾き始めた頃の出来事である。

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