第9話

 思い返せば佐々木と僕が裏で繋がっていると言うのは僕と佐々木だけが知ることで、僕の容疑は未だ殆どの者からして晴れてはいないのだ。


 だからといって男女で別行動というのは四十万がどうこう以前にグループを二分しかねない選択である。


 僕らは四十万達を飼い殺す為にある程度の木端を切り離し団結を固めるつもりが、いつの間にか男子そのものがそっくりそのまま四十万グループに入ってしまったようなものなのだから。

 しかも、今更止めようだなんて言えない雰囲気で。アホ以外。


 当然誰もが浮かない表情をしていた事は記憶に新しい。


「この遠征はもう誰にも止められない。せめて此方は被害に遭った女生徒を説得し、君達が帰ってきてからも一団に溶け込みやすくなるよう手を回しておく。だから頼むよ紫煙君、説得でも共闘でも切り崩しでもいい。其方も其方で、ある程度犯人からの自供か反省を促しておいてくれ」


 なんて佐々木から無理なお願いをされたのがつい数十分前。

 僕はいっそ下着泥棒がお前であればよかったと毒を吐いてから集まった5人へ合流をした。


 今回の目的は塔までの道のりの威力偵察。本格的な遠征までに何度か演習をするための一回でしかない。

 僕に与えられた任務は本遠征が始まる前にゴタゴタを解決しておくこと。


「じゃなきゃ横領した事を皆にばらしちゃうぞ」と、語尾にハートか音符でも付きそうな声色で脅されたのである。


「マジ!? しゅわっち年末模試学年18位かよ!!」

「そう褒めるなよ。僕の本領は生物学だ」


 そして現在。なぜか僕は石田に絡まれていた。しゅわっちというのはどうやら僕の事らしい。

 彼は人の名前を呼ぶ時、後ろに「っち」を付ける習性があるのだが、僕の場合香箱っちも志遠っちも語呂が悪いとのことで志遠を改変して、しゅわと読んでいる。


 この手の人間は理由なんて多分持っていない。理由を持って人の名前を呼ぶ奴は、自分の事を俺っちとは呼ばないのだ。


 いつ感極まってウェーイと叫び出すか悍ましく思っている中、僕らの行軍が始まったのだった。


「じゃあ、しゅわっちもゲームとか詳しい感じ!?」

「そっすね」

「マジかよパねぇ!!先輩頼みますよ!!」


 誰が先輩だ。お前も二年だろ。というか僕は何を頼まれたのだ。


 しかし問題としては彼が存外悪いやつではないと言う事。憎めれば楽にでもなったのだろうが、残念にも彼の言動は空っぽ且つ鬱陶しいだけで悪意は見受けられない。


 そして、女子生徒の下着をコソコソと盗む奴には思えないのだ。下着に価値を見出せる程高尚な頭を持っていないと言う意味ではなく、欲しければ欲しいと言ってしまいそうだから。


 ともかく、石田による一方的な会話のキャッチボールの最中。僕は他の人間を観察していた。


 石田の向こうを歩く四十万は無表情。常にスカした顔で何を考えているのか分からな買った。ともすればずっこけ三人組の誰よりも暗いと言えるかもしれない。


 イケメンは黙っていても絵になるのだからずるいのだ。いや、雄弁は銀、沈黙は金というし、元から黙っている方が良いのだろうか。


 それともあのことわざは黙っていても事を有利に進めらる奴を褒めていただけだったのかも。

 どちらにせよ今となってはそれを確認する手段すら僕は持ち合わせていなかった。昨日まではギリギリ懐中電灯やカメラとしては使えていたのだが、今となってはただの鉄の板未満でしかない。


 さて、と。僕は前を歩く騒がしい連中を見る。女三人寄れば姦しいというが、男が3人寄っても姦しいとはこれいかに。


 しかし女々しいとも少し違う。何せ彼らは自らこの遠征に立候補してきたのだから。寧ろ雄々しいとさえ言える。


 とりわけ騒がしいのは言うまでも無く狸で、やはりこの世界が如何に素晴らしいかと力説していた。モヤシもそれに賛同し、そして高笑いを挙げている。


 根暗に関してもツッコミを入れて会話に参加しているけれど、残り2人に比べると勢いが足りない。


 どちらかと言うと冷静なタイプらしいが、後ろの僕らをチラチラと振り返っている。


 ついて来ている事を確認しているのか、大声だけで中身のない会話に参加したいのか。


 それとも別の思惑があるのか。前髪が隠れてさ言えなければわかったのかもしれない。


「しかし僕だけが質問攻めに合うのも不公平だろ。昨日から色々と不審な所が多いんだし、今度は僕の質問に答えてくれよ」


 咄嗟に石田は四十万の顔を見る。すると彼はふうっと息を吐いて呟いた。


「これから共闘しようって相手から疑われ続けるのも収まりが悪りぃ。……話してやれ。シュワッチは佐々木ともつながっているしな」


 四十万は最後のセリフを溜めてそう言った。


「マッチ…分かったって。ゲロっちゃえばいい感じだろ」


 四十万がマッチと呼ばれる姿に内心で笑いを堪えながら、僕は続ける。


「手始めに湊のことについてだが。いや、そもそも。モンスターから摘出した石を額に押し当てると新しい機能が身体に追加されるという認識は間違っていないか」


「えぇ、もしかしてシュワッチ分かっていて聞いた感じ?」


 彼はそう言ったがミーハーの意見だ。これはあくまでも前提として存在する共通認識の再確認で、ゲーマーならある程度察しがついている筈。 


 そして何もスキルを手に入れていない状況では全てが想像の領域を超えないけれど、使用することで能力を得られるあれらの石は、スキルを封じ込めた魔石というジャンルになるのかもしれない。


 僕は石田の言葉にとりあえず頷いて続ける。


「それで、湊の事だが。あいつは遠視? 千里眼? の能力をどのモンスターから手に入れたんだ?」


「なんて事ぁねぇ……角が生えただけの、単なる兎だ」


 彼らはそれを倒したのか、それとも死体から頂戴しただけか。

 どちらにせよ草原と兎はセットと言ってもいいくらい、殆ど類語みたいな関係だ。そこまで希少性の高いものでは無いと思っても良いだろう。


 嘘をつかれていては僕には確かめる手段なんてないが。


「能力に隠し事はないな?」

「……俺達が嘘をついているってぇ? いやあ、いい。当然の疑問だ。一応、現在の俺達が何かを隠していたりミスリードを引き起こす様な事は説明していないとでも付け足しておけば安心できだろ?」


 事実と反している事があっても故意ではないと。


「信用しよう。では本題に……」


 そこまで行った時、四十万が待てといった。流石に一度に色々なことを引き出そうとしてしまったか。てっきり僕はそう思っていたのだけれど。


「この先ぁ前の連中にも聴いてもらう」

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