第8話

 姫小松について丘を駆け上がると、全員がそろい踏みをして一人の女を取り囲んでいた。先の言葉から鑑みるに彼女が塔を見つけたという人物だろう。


「だーかーらー! あーしが見たのはあっちら辺。鳥さんの視点になってアンタ達だって見たんだから間違いないって」


 聞いているだけで頭が居たくなりそうな声だった。甲高いとか耳に触るとかじゃなくて、もっと単純に相性が悪い声だったのだ。


 女子にしては身長が高く、まさに黒ギャルといった風貌。髪はセミロングで派手な金色に染めている。武器みたいに長い爪にはゴテゴテとしていて重たそうな装飾が付いている。ひと昔前に流行ったデコ電みたいだ。そして、不自然に膨らんだ胸を四十万の腕に押し付けている。


 なんだ、この色々と足りない女は。骨董市か? それとも見本市か?


 と、思って考え直す。鳥さんの目になって僕らを見下ろしていた。メルヘンながらに興味深い言葉を思い出したのだ。


 明らかに常軌を期した発言だが、そもそもの現状が尋常では無いのだからイチイチ考えていては身が持たない。


 しかし彼女はその内容については幾らでも惜しげもなく同じ文言を文鳥みたく繰り返してくれるものの、その概要については答えようとしていなかった。

 まるで相手にしていないのだ。つまり、能力の根源については黙秘している。


 何故か。順当に考えればそれが明るみになると折角のアドバンテージが消えてしまうからだろう。自分が振りになることを敢えて教えてやる必要は無いと。


 とはいえそれは、ここにいる多くの現代高校生にとってはある程度ばれているに違いない。単純に、モンスターが決まって残す石の効能だ。


 しかし明確な証拠も又同時に、未だ見つかっていない。明るみになっていない。

 だから、直ぐにばれる秘密を敢えて隠す理由は単なる時間稼ぎなのだと推察できる。或いは人を小ばかにして面白がる内輪ノリか。


「詳しく説明してくれるかな」佐々木はやはりにこやかな笑みのまま言ったが、その黒ギャルからしても説明した以上に隠している事は無かったらしい。


 寧ろ困ってしまったという具合に隣の四十万を見上げている。

 これは手引きしているのは彼だという事か。


 しかし問題は既に石田を含めた、石を取り込んだらしき人間が全て四十万のグループに集まっていることだ。


 協力が大切だと散々偉そうに講釈を垂れていたそのすぐあとにパワーバランスを崩しかねない状況。

 いっそ慰めの言葉でも掛けてやろうと思って佐々木を見るが、その表情は昏くなかった。


「今の話が本当なら、凄い発見だよ!!」彼はそういって両手を上げる。

 勝算がなくなって、文字通りお手上げ状態かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。


「昨日の夜、当番で鈴木君と見回りをしている間に話をしていたんだけど、もしかしたらこの場所には誰も助けには来ないんじゃないかっていう相談をしていたんだ。勿論仮定の話だから誰にも言わなかったけどね。でも、それだけじゃない。昨日倒されたマンティコアだって「リスポーン」するならここも安全じゃないってね」


 すると女子たちがヒィッと悲鳴を漏らした。流石に今すぐどうこうなるという話ではないだろうが、あえてこの話をした佐々木の意図はなんとなく理解できて来た。


「それで、どうかな? 早速だけどその塔へ行ってみるというのは。もしかしたら起死回生の一手を打てるかもしれないよ」


 場所も確認しない存在も認められない状況での提案は、つまりグループの分断を意味していた。

 元より個として強い団結力がありそうな四十万組を追い出そうというのではない。むしろその逆。それ以外でガチガチに結託して彼らを飼殺すという択だ。


「しかしですね。全体の方針としては救助が来るまで待機という事担っているでしょう。今になってその決定を覆すのですか」と、戸山が言った。


「全体としてはね。でも救助が来ないという可能性はあらかじめ考慮しておくべきだ。皆だって無人島に漂流して救助を待つ間、ただボウっと浜辺で海を眺めている訳じゃないだろう?」何人か、彼の意図に気が付いた者だけが笑った。


「救助が遅れる可能性だってあるし、それまでに私たちが飢え死にするという事態は一番に避けなければいけないことだ。現状ではまだ安定した食料減もないし、捜索の腕を広げるという意味では凄く合理的だと思うけど」


 死に直結しているという現状を再確認させてから救助の遅れで餓死を仄めかす。そしてすかさず希望を与える。うまいやり方だ。為政者が好みそうな。


 ここで否定をすれば、それは安定を取ったというよりも妨害をしているととられかねない。ただでさえゲーマー達からの不評を勝っているのだから、彼らに否定する権利はなかった。


「それはそうとして、グループはどう分けるんですか」と、戸山。さてはこいつも分かって援護をしているな。


「せ、拙者は行きたいでござる!!」ゲーマーらしく知的好奇心が強い狸を含めたモヤシ、根暗の三人が手を挙げた。


「唯一、塔の場所を知っているミナトさんには付いて行って欲しいかな」

「なんであーしがこんなキモオタ何かと一緒に……」

 あの黒ギャルは湊というのか。なんて感慨に浸っていると。

「俺も行こう。……丁度、動きたかった所だ」そういって四十万が前に出た。


 これで残った男は僕、佐々木、戸山、そして石田。

 僕と佐々木は裏でつながっているとして、正義漢っぽい戸山。残るチャラい石田。

 下着泥棒? やれるものならやってみろ、といった布陣だ。考えたな佐々木め。


 ここで石田が行くといって泥棒が終われば四十万組以外で団結が固くなる。残っても泥棒はできないだろうが、だとしても四十万グループ以外で団結させられた石田は何食わぬ顔で四十万の元へ戻り辛い。

 どの面フレンズの誕生だ。


問題があるとすれば下着泥棒を告発した女子の勘違いだったパターン。いや、その場合もどの面フレンズか。なら、最たる障壁は石田が着いて行ったと見せかけて隠れているパターン。これを防ぐには。


「じゃー俺も」なんて、石田が言い出した瞬間に。

「このままじゃ湊さん一人だけで心細いよね。……そうだ、榊原さんも付いて行ってくれないかな?」と、まるで親切みたいな顔をして身内を送り出すこと。


「アホか、いくらミナが戦えるから言うてまだ二人やろ。ウチも行く」


計算違いがあったとすれば、このガキの空気読み能力を甘く見ていたくらいか。

 しかもこいつ、友達を心配すると見せかけて自分の欲望を優先しているから質が悪い。


 というか、やっぱり副会長は戦える人だったか。そうだよな。何かしら武術をやっていないと説明が付かない鋭さと肝の座り方だ。


「それでもまだ三人だけど……というか姫小松さんは戦えないよね?」


それはきっと彼女を引き戻す為に咄嗟に出た言い訳だったのだろう。


「あぁもう面倒臭い。湊アンタもう塔の場所だけ言うてここおりや」


 全てが面倒くさくなった様に放り投げる姫小松。出たり入ったり自由な彼女とは違い、他の者のフットワークはそれほど軽くない。


 特に、そろそろ動きたかったといってしまった四十万なんかは今更辞退を言い難いだろう。

 結果的に男子だけを大幅に隔絶する絶好のシチュエーションを作りだした姫小松だったが、しかして彼女は次の瞬間。


「アンタもキモオタの仲間やろ、行ってきてきい」


 そう、僕に向けて言ったのだった。

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