第7話
夜が明けた。僕はいつも睡眠が長いので起きた頃には既に全員が色々と朝の活動を開始している。
あるものは軽い体操をして、あるものは朝食を食べて、またあるものは既に輪を作ってこの世界について語り合っている。
僕はその中でゾンビの様に項垂れて列を為す集団に紛れて丘を下ろうと決めた。
昨日は風呂に入ることが出来なかったので、せめて体を拭いておきたかったのだ。
しかしキャンプファイヤーの隣で戸山という名札が付いたままのボロ布を拝借した所で、会長様からの御言葉があった。
『昨夜の巡回中、新たなモンスターが発見された。水溜まりのような見た目で、危険を察知すると水玉を飛ばしてくるらしい。危険はないようだが十分に注意してくれ。特記事項はこれくらいだけど、第一発見者の副会長。よければ詳しい生態や発見方法、あとは倒し方なんかを皆に共有して貰えないかな?』
キャンプ地にいる人間、つまり一五人全員が耳を傾ける中、彼女が前へ出ると僕はその分距離をとる。後ろへ後ずさりして、僕は榊原の鋭い視線から逃げるように踵を返した。あいにく第一発見者は僕も同じ、彼女から新たに知れることはない。あと、なんとなく引け目もあった。
「やっ、どこへ行くんだい?」
高いところから落とされたみたいに心臓が大きくはねた。後ろを振り返るとさわやかな笑みを浮かべる生徒会長様が、僕の横に立っていた。……瞬間移動でもしたか? そんな疑いは持ちつつも表面化しないよう勤め僕は言う。
「川ですよ。体を洗うにしても人目のない今が絶好の機会ですから」
「それはいい考えだ。実は女子生徒達は昨日の内に体を清めていたみたいでね。詳しくは聞かなかったが私も当初は羨んだものさ。どうかな? 折角だしご一緒しても」きっとあれは暫く終わらないよ。と付け足して。
よく喋るやつだ。とはいえ彼とは事の概要を知ている者同士である。無理に遠ざける意味も拒否する理由も見当たらなかったので頷いておいた。僕としても聞きたいことがあったし。
そうして丘を降りると小さな小川にたどり着いた。
幅は三メートル程、運動神経が良ければ飛び越えられるくらいだ。川は小石と落ち葉、枯れ木とが集まってできたような見た目で、とてもよく透き通っている。
「マンティコアの肉、あとどれくらい持つんですか?」その質問に佐々木はワイシャツを脱ぎながら難しい顔をした。
「肉は朝起きた時点で軽い変色や異臭も見られた。現在は干し肉にしたり、しっかりと火を通すことで食中毒を予防しているけれど、やはりそれでも劣化の方が早いだろうし。持って後三日という所かな」
あまり芳しくない数字だ。それほどまでに劣化が早いのか、それとも高校生の食欲が旺盛なのか。
「私も好き好んで食べているわけではないし、何より食料がある今のうちに別の安定した食料源は確保しておきたい。頼みの川も、この通りだしね」言って、佐々木は水を手で掬い顔に掛ける。
川の中には幾ばくかの黒い魚が泳いでいた。サイズは数センチくらいだが生憎僕にはそれが稚魚か成魚かは分からない。少なくとも、この程度の魚を幾ら取った所で15人の育ち盛りの高校生たちの腹を満たせるとは思えなかった。
「救助の見込みはあるんですか?」
「現状一晩が経っても救助に来る見込みはなかったし、政府や自衛隊も二次災害は警戒しているのかもしれない。そもそも、あの鉛筆みたいな異物だって校門前の一ケ所だけとは限らないしね」
つまり、見込みはないという事か。
最悪小学校みたいな、更に優先度が高く人が密集した場所に出現しないとも言い切れないし。
小学生達の前にアレが出現したとして、果たしてアレに触れられたら勇者だ!! という会話にならない可能性はあるだろうか。ないな。全世界津々浦々の小学校を見渡してもそれはあり得ない。
「君は冷静だと聞いているから言っておくけど、なんならこのダンジョンと呼ばれる世界と元の場所では進む時間の速度も違うかもしれない」
確か相対性理論だったか。光の速度に近づけば時間速度が遅くなるとか。いや、早くなるんだったか? 興味もなかったので記憶があいまいだ。
「それが本当なら全員には言えませんね」為政者なら、尚のこと。
本当に救助が来るのか、食料は持つのか。モンスターは襲ってこないのか。さらなる脅威はないのか。
なんていう現状の恐怖にプラスして、戻ったところで地球はめちゃくちゃに荒れているかもしれない。
浦島太郎みたいに知り合いは全員死んでいるかもしれない。そんな情報が投下されればパニックになりかねないだろう。
「単独行動なんてもってのほか、現在僕らが持ち得る一番の武器はカッターナイフでもキャンプファイヤーでもなく社会性を持つ集団であることですから」
「やはり君はよく周りが見えているね。……でも、人間は肝心な時こそ瓦解しやすいから。何時かは言わなきゃいけない事さ、頃を見計らってね」
佐々木はそういって再び笑った。そして、唐突に。
「そういえば、スライムが落とした石はもう使っちゃったのかな?」
ドキリとした。情報の漏洩元は考えるまでもなかったが、まさか今になっていうとは思っていなかったのだ。
「どうしてそんな事を聞くんですか?」
「ただの想像だよ。昆虫記を書いたファーブル曰く、追跡できない生物はいないらしいけど、スライムとやらが逃げた痕跡は無かったからね。あれ?言ったのはダーウィンだったかな?」
初めから決めつけられているのは少し不満にも思うが、とはいえ事実でもあるので言い返すことはできない。寧ろ変な嘘をいう前に腹が割れていると判明してよかった。
「……まだですよ」
「じゃあ、他の数人が使った事を確認してから自分も後を追いかけるつもりだったんだね。いや、まだ使っていないならそれでいいんだ」
なんだか意味深なことを言っている。怪訝な雰囲気が出てしまっていたのか、佐々木は咄嗟に手を振って「秘密にするつもりはないよ。いつかバレる事だし」と、笑った。
「今日の朝早く、副会長から相談されてね。夜の内に干していた下着が亡くなったという女子生徒がいるって。とはいえ犯人に直接言って刺激するのもよくないし、ちょっと勿体ぶっただけなんだよ。プライバシーもあるしね」
夜中に活動していたのは全員がそうだ。
「全員が容疑者なら僕にも言わない方が良かったんじゃありませんか?」
「いや、君だけはない。私が犯人なら、あの副会長と一緒に見回る日に事を起こさないからね」
なるほど、確かに僕も榊原と一緒にいるうえで女子生徒の下着を持ったまま行動はしたくない。絶対に。
「それと、実は犯人の目星は付いているんだ」
「石田ですね。マンティコアの石を取り込んだ後の彼は不自然な所が多かった」
となれば佐々木が僕を疑ったのも石関連でという事か。
「その割には僕に対してステータスを見せろと言わない様ですが」
僕があの石を使って不思議な能力を開花させていない保障なんてない。
「それを言う必要はないよ。君は自主的に証拠を僕に見せてくれる。いや、現物をくれるのかな?」
「穏やかじゃありませんね。生徒会長様が直々に一般生徒からカツアゲですか?」
「嫌な言い方をしてくれるね。これは君のためでもあるんだよ?」
「常套句ですね。もしかしてここへ来る前にも日常的に言ってましたか?随分と板についていますけど」
憎まれ口をたたきはするが、ここで圧倒的なカリスマを持つ生徒会長に目をつけられても面白くない。
「そりゃあ毎月校門の前で持ち物検査をしていたから……」そこまで言って彼は首をかしげる。
「言っておくけど、本当にカツアゲじゃないよ?脅しでもない。これを許すと横入が横行してしまうだろう?だって君のソレは、副会長が最初に見つけて戦っていたスライムから手に入れた物なんだから」
……あぁ、そういう。
「ちょっとくらいお目こぼし頂いても良いんですよ?」
「そうはいかない。僕もそんな悪い人は居ないと信じているけれど、『人の出来心を不必要に誘いかねない』ルールなんて初めから無い方がマシだ」……これは「サンチャゴ」の言葉を私になり解釈したものだけど。と佐々木は付け足した。
「それに、もう一部始終を見られてしまったから。目を零そうにも私と君だけの問題でもないだろう?」そうして肩をすくめる会長様。
「お構いなく、ウチの口は条件によっては南京錠より固く閉じるで」
後ろを振り返ると、上目遣いのガキ畜生が居た。
「……南京錠ってハンマーでぶん殴れば開くらしいぞ」
「怖うわっ。それを知ってるんも怖いけど、本人を前に言うんは流石に犯罪者一歩手前お兄さんすぎるやろ」語呂がいい言葉を面白半分に作り出しやがって。
「それで、姫小松さんはどうしてここへ来たんだい?」
「ちょっとした事件が起きただけや。ここから数キロ離れた場所に塔が見つかったらしいで」
果たしてこの小学生は事態の大きさを理解しているのかいないのか。緊張感のない声で言う。
「あと、そのけったいな上半身はよ隠しいやレディーの前やで」
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