第6話


「物語の主人公ではないんで分かりませんが。因みに今読んでいるのは?」


「『長年パーティを支えていた俺が追放ですか!? ~最強スキル「縁の下」で美少女たちと成り上がる。今更土下座してももう遅い~ 素晴らしき人脈に乾杯を!!!』というライトノベルね」


なんだその闇鍋みたいなタイトルは。絶対に入っては行けないタイプの大学サークルが宴会で使う音頭も入ってるし……


「何というか、ハハ、乱読派なんですね」

「最初こそ文字がぎっしり詰め込まれた表紙に気圧されてしまったけれど、そこは薄い内容とでバランスをとっているのよ」

「違うと思いますよ。誰に教えられたんですかそんな事」


 多分この人、余りにも開いた行間を読み込みすぎておかしくなったんだ。


「この間、毬が丁度鈴木君にそんな事を言っていた所を見たわ」

「元凶じゃねぇですか」 


 可愛そうに。果たして狸は怒ったか悲しんだか泣いたか。


「しかし姫小松のおかげで本来交わるはずのない僕らの運命が交差した。どうです?人脈に乾杯でもしておきますか?」


 すると彼女はその足取りを緩め。


「次に死ぬのは私たちかもしれないのだから。そんな暇があるなら献杯でもしておきなさい」


 と、なんだかうまく纏めたのであった。まるで釈然としないけれど。


 しかしいくらか話していてこの人の性格が掴めてきた。言葉遣いは丁寧で、眠っている人間を起こさない気遣いもできる。理由は生まれか育ちか立場かプライドかは分からないし全部かもしれないけれど、何れかが鬩ぎ合って抽出された人格があの詰めたくも強かな女性。


 だがその根幹は徹底した怖がりとネガティブな思考にある。


 仮に間違っていたとしても構わない。強がってはいるけど、年相応にかわいらしいところもあるじゃん。そうでも思っていないと、いつか僕は彼女に失礼な事を言ってしまいそうなのである。

 口が出るだけならまだマシだが、その剣呑な雰囲気に飲まれて手をだせばおしまいだ。社会的に。


 とはいえそろそろ一時間が経つ。これが終われば言葉遣いにいちいち気を付けなければならない様な会話も無くなり、グッスリ眠ることができるだろう。


 そんな事をぼんやりと考えていると、僕は正面の何かにぶつかって吹き飛んだ。

 眩む視界で見たのは榊原の背中。なんだ、副会長でしたか。タンクローリーかと思いましたよ。……いつかこんな事をポロッと言わないければいいが。


「クソッ、どうかしましたか?」言ってから気が付いた。立ち止まった彼女の数メートル前方から唐突に水溜まりが現れたのだ。


 正確には、隆起した地面に近づいて隙間に溜まった水溜まりを視認できるようになったという方が正しいか。


「なにかしら、これは」油断なく、簡潔に言う榊原。


 しかし問題は、その水溜まりの表面がランダムに揺れ動いていることだ。風も虫の音も無い静かな夜だから、これ以上ない程に際立つ不気味さがあった。 


「多分、スライムというモンスターかと」


 数あるファンタジー小説において最も多く出演するであろうその雑魚モンスターに遭遇することができて、僕の心臓は昼間とは違う意味で高鳴っていた。


 ゲームには余り登場しないのもありその感動たるや。一時間も歩いて見つからなかったのだから、半ばあきらめていたというのも大きい。


 近づいても呑気に縦揺れを続けている様子を見るに光を受容する器官が存在しないのかもしれない。


 中央には水晶のような玉。マンティコアと同じく脳にコアがあるのならスアイムの頭はあのあたりなのだろう。もしくはタコやイカと同じ頭足類か、ウニみたくこれ自体が頭という可能性だって考えられる。


 うかうかする僕をよそに、榊原は手に持っていた松明をゆっくりと近づけていく。


 僕はマンティコアの時と同じくこのモンスターが待ち伏せ型だという事も考慮して彼女の後ろに隠れていたが、当てははずれて勢いよく水蒸気が上がった。

 水分の占める割合が大きいせいで熱に弱いのだろう。それにしても蒸発は早いが。


 その時、スライムの体が大きく揺れて水玉が飛ばされた。僕は榊原の服を後ろに引っ張ろうとしたが、彼女はそれよりも早く横へ移動する。


「あっ」

 結果、直線状にいた僕の足に水がかかった。念のために距離をとって靴を脱いだが、溶けているといった事はないらしい。


「……一応、人を呼んできましょう。足の容体が変化して動けなくなっては二度手間ですから」その先を伝える必要もなく、彼女は無表情で首を振る。


「鈴木君と、会長あたりを連れて来るわ。あと、お水も」 


 お願いしますと言って分かれてすぐ。僕は靴を履いて持っていた松明をスライムに近づける。


 彼女の引け目を利用した様だが、実際これでも足を負傷していた可能性だってあるのだ。無傷なのは結果論。避けなかったのは僕の責任だが、それを言うなら不用心な榊原の責任はさらに大きくなる。


 とにかく、僕は報われるべきだ。具体的にはモンスターとの戦闘経験という一点において、これを独り占めするくらいは許されて然るべきである。


 そんな理論武装をして水溜まりに石や砂を投げ込みながら、とうとうスライムが動けなくなるまで炙り続けた。


 残ったのは動かなくなったただの水と、イヤホン程の小石。僕は幾つかの松明が此方へやってくる光景を眺めながら、残った石を拾い上げてブレザーの裾で拭き尻のポケットへ詰め込んだ。


 その後、水筒に汲まれた水で足を洗う僕が彼らにした説明はなんとも情けない話だが、スライムは逃げ出したけれど、僕は腰が抜けて追えなかったというもの。


 本当は揺れるのと水を吐き出す以外何もできなかったのだから、今となってはスライムだったか判断するのも難しかった。


 鈴木は自分の目でスライムを見れなかったと嘆いていたが、見たら見たでがっかりしていたかもしれない。スライムの粘液には服だけを溶かす効能なんて無かったのだ。せいぜいが相性の悪い化粧水を使った時のような、ピリピリとした痛みがあるだけ。


 佐々木は腰が抜けたにしては落ち着いているね。と僕を称えつつ疑ってはいたが、一人の時と大勢でいる時では違うというフワフワした言い訳をするとそれ以上追及することはなかった。追及する意味もないと判断したのか。


 ともかく、僕らは一時間が立ったのでそのまま彼らに見張りを引き渡して眠ることと相なった。その後に判明したことは明日の朝にでも共有しようと約束をして。


 その後、寝床に戻った僕が悩んだ挙句に魔石を使わなかったことは言うまでもないだろう。朝までグッスリ眠れたことも、また、言うまでもないのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る