第4話

 時間も経ち焚き火の精力もどんどんと弱まる中。真っ赤に燃える木の束が迸る。


「つまり、このステータスという物は自分の能力や技能を数字や単語として表現してくれるとかな?」似合わない妄言の如き戯言を真面目しくさった顔で言い放つ会長は、目の前に現れた羊皮紙に指先で触れて確かめている。


 特にクリックしたところで何も起こらなかったが、触り心地は確かに存在するのだ。適応が早いのは四六時中スマホを持つ現代っ子だからか彼の順応力か。あるいは生存本能か。


「しかし不思議なのは数値の合計が全員四十で固定だというてんだ。一応足の速さや力の強さといったところは数値を見て納得ができるけれど、どうして鈴木くんや森田君みたいにこの世界に精通している者達は軒並み魔攻や魔坊が高いのだろうね」


「それは、ええと、ゲームなので平等性かと。」縮こまってモヤシは言った。


「ははーん。現代社会における弱者がこの場所で遅れを取らない為の救済処置ってわけや。対して強みがない奴ほどこの魔法は伸びるいう事やな」いつの間にか女子達にもみくちゃにされていたハズの姫こまつは僕の隣で呟く。

 それ、絶対に他の奴らに言うなよ。


「弱者か、それなら姫小松は褒めるところがないらしい」

「アホぬかせ。このプリチーフェイスが見えとらんのか」


 それを自分で言うあたり、とにかく性格は悪い。

 

「いやでも魔法高いんだろ」

「せやかて身体能力が低いんは事実やしなぁ。ていうか身体のスペックなら女子は基本男に勝てへんし。軒並み魔法高いみたいやで」


 こいつ、ちゃっかり情報だけは抜いていやがる。しかし性別で能力に差が出るのは少し不満だな。僕だって魔法を使いたかったのに。いや、まあ。身体能力も別に高くはないが。


「なぁ、そういう感じで魔法以外のステータスが参照している場所とか色々教えてくれないか?」

「友達、ほんまにおらへんねんな。じゃあ交換条件であんたのステータス見せえや」


 情報のためならやむなし。しかし現れた羊皮紙を覗き込みに来た姫小松は、難しい顔をしていた。


「まず生命に関しては文字通り生命力を意味しとるらしい。体力とか持久力とかな。多分やけどゲームにおけるヒットポイントを表すから、攻撃をどれだけ耐えられるか見たいな意味あいもあるんと違うかな」


「物攻物防に関しては現実と変わらん。要は腕力と攻撃に対する耐久力みたいなもん。どちらも男の方が高くて、ガタイのええ奴ほど尚高いから間違いあらへんやろ」


「瞬発だけは男女でほとんど変わらへんかったわ。多分瞬発いうてもゲームでよくある器用さとかも含めたステータスなんやろ。もしかしたら柔軟性みたいな意味もあるんと違う? 知らんけど」


 無責任とも思えたがこの数時間で他の人間と比べ判明したことと考えれば贅沢も言っていられない。


「精神はなんていうか生理的耐性とか、なんとか。まあグロに耐性があるやつは高そうやったよ。うん。あとは図太い奴も高そうやったけど」


 図太いと言われるよりも、図太いと言われてマジになる人間だと思われてる事が、僕はかなしかった。


「で、運命はつまり運勢。自分の努力じゃどうにもならへん変数。つまり容姿とか出自とか地頭とか。まあ、才能がある言われる人は大体これが高いわ。ステータスなんかもろ才能やし、せやから逆に魔攻防が高いやつ。つまり現実でしょうもなかったやつは大体運命が低いとも言い換えられるわな」


「その言い振りだと姫小松って運命低いのか」

「なんや、容姿が良すぎて運命も高いと思うた?」

「調子に乗るなと言いたいところだが。そうだな、頭も悪くなさそうだし。なんだ? 実家が凄く貧乏とか?」

「お、あたりや」

「じゃあ晩飯にザリガニとか出ただろ」

「でたわ。出た出た。たまに姉貴が摘んできた山菜とかも並んだで」

「本当か!? 実は僕の家も釣ってきた魚がよく並ぶ家だったんだが」


「怖いわ急にテンション高なるやん。せやけどあんたん家も貧乏かぁ、変なところで共通点見つけてもうたな」

「まあ、俺の家は親父が死んでちょっとだけ裕福になったけど」

「それは、なんかよかったなあとも言えへんわなぁ。保険金やろ?」

「いや、酒ヤニギャンブル中毒のDV男だったから。確か死亡保険は借金返済に消えた筈だ」

「あんた、ようそれで運命三も保ててるなぁ」

「母親がビットコインで当てたのは流石にデカかったか」

「毒親とビットコインは等価交換ちゃうて。あんた運命力たったの三やからな」


 焚き火に放り込まれた木の束が弾けると、会長が切り出した。


「ステータスという存在は大体みんな理解出来たと思う。では次にスキルについて話したいんだけど……実は誰も持っていなかったらしい。だから代わりに、マンティコアから出てきた石について話をしたいと思う」そうして持ち上げたのは件の玉。


「何あれ」「水晶玉?」


「これはあのモンスターの脳から出てきた物だ。鈴木君達曰く魔石やそれに準ずるものだというが、一応昼間に取り合いになったから僕が預かる形で保管していたんだ。特に体調に変化はなかったから壊したりしない限り危険性がないのは確認済みだ。しかしいまいちこれが何に役立つのかはわからない。誰か、何か試してみたいことはないかな?」


 そんな会話が飛び交う中、姫小松が溢す。


「さっき揉めたっていうたん、あれのせいやったりする?」

「まあ、あれのせいだ。なんというか覚悟しておけよ。全員少しおかしくなるから」


 断言した通り、会長が言い終えるや否や、周囲の様子がガラリと、変わった。なんというか剣呑な雰囲気だ。特にすでに昼間にソレを見ていたものは一触即発といった具合である。


「問題は、なぜおかしくなってしまうとそうでない人間がいるのか」


 気でも違ったように会長へ向かって走りゆく生徒たちは、あらかじめ備えていたらしい数人の生徒たちによって捉えられていた。その数は六人。男子が二人で女子が四人。ただし女子のうち二人は四十万によって拘束されている。


 僕は一度見ていたおかげでおかしくなった人間を見ることに対する耐性ができていたけれど、さしもの姫小松とて流石に今度ばかりは顔をしかめていた。


「そもそもあれが本当にスキルオーブやとして、狂ってまで手に入れたいか?」

「さあな。せめて名前と効果、フレーバーテキストくらいまで分かったなら或いは」

「せやねんなぁ、効果も分からずに人が狂うなんておかしいやろ」

「いや、逆かもしれないぞ。分からないからこそ狂っている可能性だってある」

「……どないいうこっちゃ」


「つまり、この世界にはいわゆるところの鑑定スキルなんて存在しない。もしくはそれすらもスキルであるとする。中身が何かも分からない状態で産廃になるかもしれないアイテムを入手しても意味はないし、最悪デメリットだけを受けてしまうかもしれない。だからこの世界における有用なアイテムなんかには本能に訴えるだけの何かがあって、必要とする人間を強くひきつける。とかな」


「欲しいものは本能でわかる説な。せやかてそれがトラップかもしれへん以上無暗に触れたないし、何よりも冷静な判断を失うくらいまで狂うんはやっぱり不自然やろ」


 これ以上の机上論は蛇足か。


「姫小松って顔が広いんだろ?あの連中の共通点は分からないのか?」

「女子生徒が多いな」

「な事は見たら分かる。じゃなくてもっとステータス方面からだよ」


「幾ら顔が広いからってウチが全員のステータス覚えとるわけないやろ……ほんま、ここから出たら何か奢りいや」


 文句は言いながらも教えてはくれるらしい。死ねば奢らずに済むだろうが、あいにく僕はまだ生きていたかった。ケチが付いて心証が悪くなれば情報だって滞るかもしれないし、ここは素直に必要経費だと割り切っておこう。


「その時は喜んで」それを聞いて頷いた姫小松は、近くで騒いでいた女子を指さした。


「四十万はんに捕まえられた二人の内の右側左ん喪女は二年の漫研部員、藤本美穂、魔攻寄りやけど物攻も共に高い二刀流のアタッカーや。一応防御も生命を犠牲に高かったはずやよ」


 彼女は俺も知っていた。先の討論で狸を論破していた論客だと記憶していたからだ。


「所謂キョロ充であがり症。臆病者の調子乗りやから絶対に権力だけは手に入れたらアカンタイプやなぁ」

「その補足いるか?」


「で、右側の白くて華奢なあれは家庭科部の一年、白川 怜。顔はええけど圧倒的にぶりっ子でメンヘラやから好かれるか嫌われるかの二択になるわ」

「いや、能力」

「あぁはいはい。あれは運命がやけに高いだけで基本全部平均やよ。RPGやったら特殊職業系やろなぁ」


 とにかく姫小松が白川を嫌っていることだけは伝わった。彼女自身チヤホヤされて満更でもないくせに、同族嫌悪だろうか。


「次にソコの病的な女は元総合科学研究同行会の三年、斧山 倭文。純粋な魔法使いって感じのステータスやな。魔攻と魔防が高くてそれなりに防御もHPも高い。代わりに瞬発と運命が低いけど」

「元? 今は無所属か?」


「元々はウチと同じ元総合科学研究会やってんけど余りにもネガティブでヤンデレ気質なせいで新入部員から尽く不気味がられとってん。結果、総化学会は人員が足らず廃部になったんやけど、まさかこんな形で再開するとは思わんかったわ」


「嫌に危険な部活名だな……しかし嫌ってる様な語り草には聞こえなかったが」

「そりゃあウチは一番楽な所を選んだだけやったし廃部になってもノーダメージよ。何よりあん子、傍から見とる分にはおもろいねんで」


「そんで、男二人から羽交い絞めにされとるチャラい男、石田 俊介。あれも元やけどバスケ部のエース張っ取ったはずやで。ステータスは物攻と瞬発が特化したスピードアタッカーで、魔法関係はからっきし。ステータスに認められた名実ともに勝ち組の陽キャやわな。四十万はん同様に女癖が悪うてようクラスの女と問題起こしとったわ。ありゃあ分そろそろ女だけやなし男にまで手ぇ出すで」あんま近づきいなや、と笑う。


 しかし彼女の読みはある意味間違っていなかった。それは野球のエースたる石田がどうして部を辞めたのか、そのことについて聞こうとしたときのことである。


「次に………あ。」


 彼は自らを抑え込んでいた二人の男子の内、手頃な所にいた方に向かって肘打ちをしたのだ。


「ほんとだ、手を出したな」

「アホぬかせあれは肘や」


 なんて他人行儀な会話をしている間にも、一人では抑えきれなくなった石田は佐々木の方へと走り彼から石を強奪した。とはいっても元より抵抗する気なんてさらさらなかったのか、佐々木は薄ら寒い笑みでスッと身を引いていた。


 腐っても生徒会長がしていい顔ではない。対照的に石田の所属するグループのリーダーである四十万は無表情。女二人を抱き寄せながらも、しかし石田の後姿を眺めるだけにとどまっている。


「ヒィッ……」っと、女子たちの間から小さな悲鳴がこぼれた。

 石田はその石を噛んだり舐めたり捏ね繰り回したり。とにかく尋常ではない行動を繰り返していた。しかしそれは同時に、使いあぐねているというか、持て余しているようにも見える。


 口に押し込もうとするが、入らない。胸に抱くが、腹に抱えるが、変化はない。とうとう顔中に押し当てていると、それは偶然か丁度額のあたりで石が急速に消えた。


 まるで氷が解ける様を早回しでみているかの如く、浸食融合して消えたのだ。


 しかしその全てを吸収しきったあたりで、石田は暗い原っぱに突っ伏した。


「何や、今度はアイテムボックスか? マップ機能か?」姫小松がそういったのは、石だが頭を抱えて苦しんでいたからだ。


 僕もそうだが、ここへ来たばかりの時に起こった唐突な頭痛を思い出したのだろう。あの直後からはステータスという謎の紙が自由に出し入れできるようになったし、再び同じようなことが起こったならば次も何か新たな拡張機能が追加されていたとしても驚きはしない。


「みんな! 一応彼から離れておこう!!」会長の顔に戻った四十万はそういって皆を誘導すると、自分は最前列で見守った。僕も爆発物の近くにでもいるような意識をもって待ち構える。


 しかし皆の期待とは裏腹に、それ以降石田はぱたりと起き上がり、テヘペロと言った具合に軽く謝罪をして元の場所に戻った。話を聞くに、自分朧げな記憶しか残っておらず、しかも何か新たな能力に目覚めたとかではないのだという。


 今か今かと待ち構えていた僕にとってはつまらない結果となったが、それを悲しむ程空気が読めない訳でもない。


「結局、どうしてあいつらだけがおかしくなったんだろうな」そんな僕の疑問に。

「そりゃあ精神ステータスが低かったんやろ」彼女はいつから分かっていたのか、歴然と答える。


 いわれればメンヘラだのヤンデレだの、ネガティブだの、あがり症だの、暴力的だの、キョロ充だのと。どいつもこいつもメンタルが弱かったり自制心が低かったりで。いかにも精神力が低そうな奴らだった。


そうして彼女は欠伸を一つ。向こうで女子たちが大きな倒木に軽く腰を掛けて姫小松を呼んでいる。どうやらそろそろ就寝の時間らしい。


 見張りは二人一組で、ランダムに選出される。時間が来れば起こされて、松明を持ち丘の周囲を警戒の名のもとに練り歩き回る。後はキャンプファイアーに木を足したり。そして一時間が経てばまた次のやつを起こして眠るとのこと。時間は一時間で、僕は8番目だから凡そ丑三つ時。あみだくじの結果、僕は副会長の榊原という奴と一緒らしい事が分かった。


「小松っちゃん、あの男子と何話してたの?」

「別に大したことやあらへんよ、果物を徴収しとっただけや。あの獣肉、アンモニア臭くて食えへんかったさかい」


 見れば、僕の分の果物はきれいさっぱり消えていた。

 キャー可愛い!! なんて持て囃されながら、彼女は数人の女子たちと一緒にキャンプファイアーの向こう側へと消えた。所謂仕切り。女子たちは一方的な不可侵条約を結び、風上を占拠している。


 姦しい女子たちの中では珍しく物静かな人物。姫小松のもたれかかる、嫌に目力の鋭い美人から最後に値踏みするような睨みを向けられたが。

 まあ、一応見た事のある顔だった。


 生徒会の副会長様は全校集会においても殆ど喋らないが、あそこまで冷たすぎる対応と鋭すぎる雰囲気の美人なんてそう相違ないのだから。嫌でも記憶に残るというもの。


 それにしても僕は彼女を怒らせでもしたのだろうか。思い当たる父子といえば姫小松とずっと喋っていたくらいだが……ああいう堅物に限って可愛いものが好きという設定は古今東西に溢れている。


 僕はここへきて初めて感じたストレスに胃を抑えながら、疲れた体を地面の鞄に投げ出したのだった。

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