第3話
そして千里と祥久は現在、二人仲良く獣の居た茂みの陰に埋葬されている。感覚として宿敵の住処に埋めるのはどうかとも議論されていたが、荒らされるよりはましだろうという意見が出てから反対派の主張も弱まった。
それよりも、今回の功労者である二人を野ざらしにしておくという罪悪感が勝ったのだろう。一応はキャンプの火で焼くという案もあるにはあったのだが、素人が触りたくないとか現場をそのままでとか話し合ってそのままの形で埋められた。放置しておくのは嫌だが、自分たちで更に傷つけるのも嫌だったという事だ。
隣には川路の死体も埋められた。厳正なる判断の結果集められた男たちの手で掘られた穴に。その後も男グループは解散することを許されず、ゲーマー達の意見に従って異形の腹をかっ開くという作業に従事していた。テンプレでは、中に魔石が埋め込まれているのだという。
勿論丘の上でそんな事をすれば他の野生動物、ひいてはまだ見ぬ異形を呼び寄せる結果となりうるので、男たちは何が悲しいかライオンみたいな生き物を転がすようにして丘の下にまで持って行った。
手ごろな刃物が祥久の持っていたカッターナイフという事もあり随分と苦戦はしたが、その賢明なる努力の結果、異形の脳みその中から、拳台の大きさをした半透明な丸い石を見つけることができた。
腹のほうはその他多くの哺乳類と変わらず胃や腸が詰まっているだけだったが、十五人程のグループが数日は生きて行けるであろうだけの肉を入手に成功。
幸い周囲の偵察をしていた物が小川を見つけておいてくれたおかげで、僕らは体についた血と、人面ライオンの肉をきれいに洗い流すことができたであった。
そして現在、僕らは揺らめく炎を中心に少し早い夕食を囲んでいる。
主食は下から炙られる肉の塊。傍らには食べられそうな植物や木の実なんかもそれられていたが、食事中だというのに楽し気な雰囲気などはなく、僕らは等しく沈痛な面持ちで、堂々巡りの会話を楽しんでいた。
「ていうか、ここどこな感じ?俺っちそろそろ帰りたい感じなんだけど」
というのは茶髪のチャラい男の言。もとより鬱憤が溜まっていたのもあるだろう。数時間前の光景が目に焼き付いたまま放心状態であったものすら、その発言には大きく同意している。
鈴木を責める様な形になったのは偶然というか白羽の矢だが、真摯に答えたとしてもこの場所は知らない場所という解答が関の山だった。
しかして鈴木の「RPGゲームの中に入ったというのが近いですな」という表現は現代高校生の多くを納得はさておき理解させるには十分だったらしい。
「そこのオタクが正しいことを言っているとしてぇよう、どうやって帰るんだ? ここは見晴らしが良くて接近には気づけるとしても。……俺はじっとなんてしてられねぇぞ」それこそ大型の猫科猛獣みたいな顔をして、四十万。
それに対して小太りのオタク鈴木とヒョロガリで不健康そうな大林。そして小柄で目が隠れるくらい前髪の長い森田がヒソヒソと話し合う。クラスでもよく教室の端の割に大きな声で話をしていたずっこけ三人組だ。僕はそれぞれを狸、モヤシ、根暗となずけた。
彼らは何とか結論を出したのか、代表の鈴木が答える。
「全員がここへ来る前に死んでいない。世界的な変動があったわけでもない。今は下校時間中だからクラス単位での転移ではない。直前に地面から生える謎のオブジェクトに触れ、その周辺にいた人物だけが移動した。これらの断片をつなぎ合わせると、ここは異世界ではなくダンジョンやそれに準ずる場所であると思うのですが、どうですかな?」
どう、と言われてもそれでハイ分かりましたとはならないだろう。しかし狸は水死体みたいな人差し指をピンと立てて続ける。
「このあたりでも最も高い丘の上から見てもそうなのですから、周囲に村や街がないというのは確実、そういう意味でもやはり転移の可能性は低くなりますなぁ……さて、皆さんにここがダンジョンだと理解していただけたところで脱出方法ですが、異世界ならいざ知らずダンジョンならそれは簡単ですぞ。それは単純、ボスを倒してクリアすればよろしい。もはや周知の事実ですかな?」
「ややっ、ウッドベル殿、それを庶民に求めるのは少々酷かと」
そんな面白コントを見せられた皆の反応は冷ややかだった。まあ、彼の言っている事が正しいとして、それでも全員の気持ちを表すなら「お前みたいな奴のいう事なんで信用できるか」になるのだが。奇しくも同じことを思っていたらしい風紀委員の戸山が代弁してくれた。
「お前が言うことは信用ならないな。根拠を出しなさい、根拠を」といった風に。
「必要ですかな? 根拠が。この世界がゲームの設定やシステムを踏襲しており、拙者は様々なゲームに精通している。それだけでも根拠となりえると愚行致しますぞ」コポォ。と、下水口から溢れる泡みたいな笑いを上げて、狸は言った。
「俺が言っているのは仮定です。確かに悲観的ですが、楽観的な希望的観測による願望よりは一考するにしても有意義でしょう? それに君はあの獣を見たことがあったか? 名前は、生体は知っていたか?」
「勿論!! 名前はマンティコア。人面を持ち人の言葉を真似る生物でござる」
「ならばなぜその場で言わなかった。あの救援の声はマンティコアのもので、待ち伏せているから近づいてはいけないと。猛獣のごとき力を持っていて人を簡単に殺す事ができて、毒を出す尻尾を持っていると。俺の記憶が正しければお前は腰を抜かして呆然としていましたね。肝心な時に情報を出せない頭でっかちのせいで!! 俺の親友が命を落としたんだぞ!!?」
「祥久君の一件で戸山君が傷ついた事は理解できるけど。でも、あんな状況じゃ知識があろうとなかろうと動けなかったさ。僕もそうだったし、それは君も同じだろう? 寧ろ祥久君が凄すぎたんだ。あんな事は誰にもできないよ」
そうして口を挟んだ委員長らしき男。
―――違う、思い出した。彼は委員長ではなく「佐々木 充」生徒会長だ。
「今の僕らにできることは協力することだ。それができなきゃ皆の命が危険にさらされる。安全第一、目指すはここから犠牲なしに脱出すること。皆、そのためにも意見は何でも言ってほしい。ちょっとした疑問も歓迎だよ」ただし、不確定事項で皆の不安を煽るのはなしだ。
そう締めくくると不思議や不思議、いつの間にか佐々木の演説時間になっていた。気が付けば三人組はおろか戸山すら空気となっていた事はさておき。
それでも彼の持つ独特な雰囲気のおかげで多くの生徒が落ち着きを取り戻しやる気になったことは疑いようもない。ああいうのをカリスマと呼ぶのだろうか。
そうして佐々木が言い終わるや否や、皆は彼を中心として議論を始めてしまった。
「まったくご機嫌な演説だ」
「死者を出汁に票数稼ぎをしたことが、そないに気に入らへんの?」
僕のつぶやきは隣で静かに肉を見つめていた幼女に耳ざとく聞かれていたらしい。
「やっかみみたいに言うなよ。僕だって少し前にちょっとしたもめごとに巻き込まれているんだ。愚痴ぐらいいいだろ」
揉め事? そう聞き返して欲しくて言った訳でもなかったが、秘め事ではないので無視をされると寂しく感じる自分に嫌気がさす。メンヘラか、僕は。
「なぁ、人間を食うた獣の肉は、果たして獣肉っていえるんやろか」
人間を食べた獣を食べたら人間を食べた事になるのかという事を言っているのだろうか?
「人間だって雑食だから色々食べてるし、元をたどれば全て植物になるだろ。植物だって栄養源は水と光だし、その理論で言えば人間を食べた肉を食べても水を飲んだことに他ならない。それとも獣肉は単なる獣肉でしかないか。どちらの理論でも人間を食ったことにはならないだろ。嫌なら食うな」
そうして僕は肉を齧った。
ゴム繊維の束を噛んだみたいな途方もない無力感に負けじと顎に力を込めれば、ケミカルな油が口腔に溜まりアンモニア臭が鼻を突く。
まるで噛み切る事は出来ないのに、噛めば噛む程に味は濃厚になっていくのだ。
えずきながら飲み込んでも吐く息自体が腐臭みたいで、それがいつまでもねっとりと鼻腔に絡まりつづける。
二口目にはどうしても食手が働かなかった。悪寒が走り、脂汗が背中を伝う。
見れば姫小松もそこら辺の草を食みながら同じような顔をしていた。青臭い生の雑草の方がマシか。
僕も全く同じ意見だ。
「気に入ったなら残りは姫小松にあげるよ」
「……いらんn」
そんな会話をしている間にも、議論は進んでいた。少し注意を向けてみると丁度、ソウっと手を上げた気弱そうな女生徒が立ち上がったところだった。
「に、二年三組、藤原由美です……です。」
どうやら下校時間中という事で各学年が入り混じっているらしく、名前と顔を一致させるためにも発言前にクラスと名前をいうようにしているらしい。
「あの、あのう。外にいる人は、わたっ、私たちが居なくなったことに気づいていますよね、ね。それなら自衛隊の人とかが助けに来てくれるまで待つというはどうでしょうか……どうでしょう?」そうおずおずといった。吃音は元からか大人数の前で喋り慣れていないのか。とはいえその意見は至極全うだった。
「確かにその通りだね。安全のためにもここを動かないというのはひどく正しいと思うよ。でも鈴木さん達有識者の意見も聞いて見たいかな」
そうして話を振られた狸は、以前に釘を刺されても頼られた事によるうれしさ半分。しかし嫌な事でも聞かれたのか面倒くささ半分で立ち上がった。
まさか、テンプレでは救助なんて来なかったから考えていなかっただなんて言わないだろうな。ちゃんとした理由を出してくれよ。いざとなれば僕は一人でもヒリ付く冒険を求めて単独行動をする所存だが、できれば周囲には肉盾もとい仲間がいるに越したことはないんだ……なんて狸を応援してみる。
「いやまぁ、それには一理あるでござる」
おい、もうちょっと頑張れよ。テンプレとか何とか云って皆を封建につ入れていってくれよ。しかしそんな思いが伝わるわけもなく。彼が納得したせいで全体の方針としては停滞に傾いていた。
「なにを呻いとんねん」思わず落胆が声に出ていたらしく、姫小松が馬鹿にしたように言った。
「そりゃあ僕はてっきりこれから草原を探索するのだとばかり思っていたからな」
「せやかてあんなバケモン間近で見せられて冒険心をくすぐられる奴は少ないやろ」
これは不思議、僕も論破されてしまった。既に三人も死んでいる関係上、寧ろここまでで発狂していないのは強かとすら言えるのかもしれない。それはカリスマと慰めのおかげだろうが。
とはいえ腐ってもゲーマーの狸。知識欲は人一倍あるようで、彼はやはり水まんじゅうみたいな指を立てて、一つ。
「こうしてただ待つだけというのも不安でござろう。折角なら今後何が起こっても対処できるよう、ステータスについての理解を深めておくというのはいかがでござろうか? 勇者殿の摩訶不思議な動きについても何か分かるやもしれませぬぞ」そんな提案をした。
まあ、大いなる自然にこの身ひとつで飛び出す前、座学をしておくのも悪くはない。考察なら特に頭数が多いほうが良いし。
「それは素晴らしき名案ですな。我も賛同いたしますぞ」と、もやしが云えば根暗やその他も続き、議論が開始された。
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