第十一話 【処刑サイド:三悪獣人】三悪獣人、インゴット王国にテロ犯人として捕まる、そして、復讐計画は思わぬ方向に頓挫する

 「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈と、主人公率いる冒険者パーティー「アウトサイダーズ」が、サーファイ連邦国にて強化トレーニングを開始した頃。

 三悪獣人こと、ユリウス・アポロ・ホーク、ガッツ・ロック・モンキー、ライブラ・マギ・フォックスの三人の獣人の男たちは、「黒の勇者」こと主人公へと復讐をするため、ペトウッド共和国より馬車で陸路を東に約3週間ほどかけて進み、目的地であるインゴット王国へと無事到着した。

 ユリウス、ガッツ、ライブラ、この三人の男たちは、かつてはペトウッド共和国を治める、獣人六派閥の筆頭貴族で、現国会議員たちの長男、次期当主候補たちであった。

 しかし、ペトウッド共和国最高議会議長決定戦において、主人公によって大敗し、大衆の面前で大恥をかかされ、それまでの信頼、名誉が地に落ちてしまった。

 さらに、自分たちが、元「槍聖」たち一行とワイヒー・ライアーが奴隷の女性たちをモデルに作り、闇ギルド経由で販売した違法ポルノのエロ写真を購入、所持している事実を、主人公によって世間に暴露された結果、彼ら三人はペトウッド共和国警備隊に、違法ポルノの購入及び所持の罪で逮捕された。釈放後は、所属する獣人の派閥を追放、筆頭貴族である実家からは勘当されることになった。

 エロ写真を買ったことで、周囲の人間、特に女性たちから目の敵にされ、変態や女性の敵、性犯罪者と非難され、彼ら三人は共に、社会的抹殺と言う名の処刑を受け、故郷であるペドウッド共和国内での居場所を完全に失ってしまったのであった。

 逆恨みから「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈への復讐を誓った三人は、一致団結して、故郷であるペトウッド共和国をなけなしの金を持って飛び出し、主人公への復讐計画を進めるため、インゴット王国へと旅立ったのである。

 だがしかし、ユリウスたち三人の主人公への復讐計画は早くも失敗の兆しを見せることとなった。

 なけなしの金を使い、三週間かけて馬車でようやくインゴット王国へと辿り着いたユリウスたちであったが、彼らが主人公への復讐を行おうにも、彼ら三人を取り巻く環境は予想以上に悪かった。

 より正確に言えば、「黒の勇者」こと主人公に復讐できる状況ではなかった。

 ユリウスたちがインゴット王国に到着する五日前、突如、新たな女神を名乗る存在、「剣の女神」ブレンダが、異世界アダマスに降臨した。

 「剣の女神」ブレンダが、「光の女神」リリアの更迭を伝えるとともに、人間及び獣人たちをリリアに代わって管理し、魔族への差別や迫害、攻撃を止めるよう警告をした。人間及び獣人たちを、野蛮で凶悪で、他の知的生命体の存続を脅かす、危険な存在であると非難し、警告に従わない場合は神罰を下す、とも警告した。

 さらに続けて、「黒の勇者」こと主人公は、神々が認める正式な勇者であり、正当な理由なく主人公に危害を加えることは許さない、とも、全人類に向けて通達した。

 「剣の女神」ブレンダはアダマスに降臨後、世界各地にランダムに飛び回り、闇ギルドの構成員や犯罪者たちを見つけると、直接その手で神罰を与えて回っていた。

 女神が犯罪者たちを直接取り締まり、神罰を与えて回っている、という衝撃的な事実、ニュースを聞いて、世界中の犯罪者たち、世界中の人間たちが戦慄した。

 「黒の勇者」こと主人公にいたっては、元「弓聖」鷹尾たち一行と堕天使たち率いる犯罪者集団を壊滅させ、さらに女神の神託を改竄して悪用したカテリーナ聖教皇とリリア聖教会本部、ゾイサイト聖教国政府に、女神リリアに代わって神罰を下すなど、世界中の人々を戦々恐々とさせる活躍ぶりであった。

 「黒の勇者」が神々公認の勇者で、女神に代わって神罰を下せる、原則不可侵の存在となった事実を知らされ、世界中の誰もが「黒の勇者」を、「剣の女神」ブレンダ同様に決して刺激してはいけない、怒らせてはいけない存在だと思うのであった。

 このような状況の中で、ユリウスたちがいくら、インゴット王国にいる、同胞と呼ぶエロ写真を買って逮捕された元犯罪者たち、それから、闇ギルドの犯罪者たちに、「黒の勇者」こと主人公に対する復讐計画への協力、参加を呼び掛けても、ほとんどの者たちが一様に首を横に振り、ユリウスたちの申し出を断るのであった。

 ユリウスたちがインゴット王国に到着してから一週間後。

 深夜、インゴット王国王都の、闇ギルド本部やブラックマーケットなどがあるスラム街の、とある廃墟と化した、空きビルの地下一階の部屋に、ユリウス、ガッツ、ライブラは集まり、話し合いを行っていた。

 だが、三人の表情は明らかに暗く、怒りや不満、不安などの感情に満ちていた。

 「くそっ!?どいつもこいつも意気地なしの役立たずばっかりだ!何が闇ギルドだ!?裏社会の支配者が聞いて呆れる!「黒の勇者」に手を出したら神罰が下るから怖いだと!?神々を敵に回すリスクは犯せないだと!?犯罪者が今更神罰を恐れて勇者一人殺せない、なんて泣き言を言うなんて、情けないにも程がある!他のエロ写真を買った連中も怖気づきやがって!男としてのプライドがないのか?期待外れもいいところだ、まったく!くそっ!?」

 「ユリウス、お前の気持ちは分かるぜ。だがよ、「黒の勇者」、アイツに手を出すことは絶対に許さないって女神様たちに直接言われたんだぜ?アイツに迂闊に手を出したら、「剣の女神」ブレンダ様が最悪、俺たちを殺そうとしてくるってわけだぜ?実際、マジで「剣の女神」様が悪人を捕まえて神罰を下して回ってるらしいじゃねえか?人間相手はともかく、女神様を敵に回すのは、そりゃ無茶ってもんだぜ?下手したら、神々とやらが怒って、俺様たちどころか、人間全員に神罰を下して人類滅亡なんてことになったら最悪どころの話じゃないぜ?はっきり言うが、「黒の勇者」に復讐するのは止めにしねえか?」

 「ガッツの言う通りです。「黒の勇者」に迂闊に、正当な理由なく手を出せば神罰を下す、「剣の女神」ブレンダ様ははっきりとそう言い切りました。そして現在、「剣の女神」ブレンダ様が世界中を飛び回って、犯罪者は見つけ次第、ご自身の手で捕まえ、神罰を下して回っています。もし、私たちが「黒の勇者」へ復讐するために行動しているところを「剣の女神」様にうっかり見つかりでもすれば、最悪、私たち三人の命はそこで終わる可能性もあります。ただでさえ、あの怪物染みた強さを持つ、神々公認のお墨付きが出ている「黒の勇者」を敵に回すことさえ、危険な賭けとも言えます。私たちの世界で最も支配力がある組織、一大勢力で、「光の女神」リリア様のお膝元と呼ばれているリリア聖教会本部さえ、「黒の勇者」は女神に代わって神罰を下し、崩壊寸前に追い込むほどの強さ、権力まで持っています。協力者抜きに、私たち三人だけで「黒の勇者」に復讐するのは、はっきり言ってほぼ不可能です。ユリウス、あなたの気持ちはよく分かりますが、この圧倒的に不利な状況を覆らせることは一生かけても無理ではないかと考えます。それでも、あなたは「黒の勇者」への復讐を諦めないおつもりですか?」

 「当たり前だ!「黒の勇者」、あの男のせいで、僕は全てを失ったんだ!ホーク家次期当主の座も、家族も、派閥も、友人も、名誉も、ファンの女の子たちも、これまでに積み上げてきたモノ全部だ!たかがエロ写真を買っただけなのに、周りからは性犯罪者扱い、変態扱いされ、蔑まれる毎日だ!冒険者ランクだって、AからCにまで下がった!冒険者ギルドに行っても厄介者扱いされる!他にまともな就職先を探そうにも断られるんだぞ!アルバイトだって素性がバレたらすぐに解雇されてしまう!これほどの恥辱を、生き地獄を一生味わいながら無様に生き続けるなんて、そんなこと、そんなこと、絶対に許せるものか!?」

 ガッツ、ライブラからの不安の声に、声を荒げて怒りと不満を露わにし、荒れるユリウスであった。

 「僕は、僕は絶対に、あの憎っき「黒の勇者」に復讐する!例え一生かかっても、何を犠牲にしようとも、どんなに卑劣な手を使っても、必ずだ!「剣の女神」が何だ、神罰が何だ、僕にはそんなことどうだっていいことだ!僕の全てを懸けて、僕の男としてのプライドがある限り、「黒の勇者」に僕は復讐してみせる!ガッツ、ライブラ、抜けたいなら勝手に抜けるがいいさ!いつまでも「黒の勇者」からも世間からも逃げ回って、復讐もできずに情けなく終わる、惨めな男、負け犬として一生生きるがいい!僕は一人でも「黒の勇者」に復讐する!分かったか?」

 「勝手に人を負け犬呼ばわりすんじゃねえ、ロリコンのナルシスト野郎が!この俺様を誰だと思っていやがる!猿獣人派筆頭貴族、モンキー家のガッツ・ロック・モンキー様だぞ!男の中の男と呼ばれた俺様があんなクソガキ勇者に一生怯えて逃げ回る負け犬になんぞなるかよ!「黒の勇者」なんぞ、今度こそこの俺様の怪力でひねり潰してやるぜ!ユリウス、ライブラ、テメエらこそ引っ込んでろや、ああん?」

 「天才魔術士たるこの私を勝手に負け犬呼ばわりするのは止めていただきましょう!ロリコンのナルシストと、巨乳好きの脳筋馬鹿では、あの捻くれた性格の怪物勇者に勝つことは不可能です!狐獣人派筆頭貴族、フォックス家始まって以来の若き天才魔術士と呼ばれる、頭脳派であるこの私、ライブラ・マギ・フォックス以外に、「黒の勇者」に勝てる人間などおりません!「黒の勇者」を罠に嵌めて、合法的に、そして、私の至高の魔術で確実に息の根を止め、復讐して御覧に入れます!ユリウス、ガッツ、あなた方こそ引っ込んでいてもらいましょうか?」

 「巨乳好きの脳筋馬鹿と、熟女好きのカス魔法使いが、偉そうなことをほざくな!さっきまで「黒の勇者」に復讐したくないとビビッていた腰抜けの分際で、この僕をロリコンだの、ナルシストだの馬鹿にするんじゃない!変態でプライドの無い臆病者のお前たちに何ができる?「黒の勇者」に本気で復讐すると、絶対に逃げないと、お前たちに言う度胸はあるのか、ガッツ、ライブラ?どうだ、言ってみせろよ?」

 「上等だぜ!「黒の勇者」に復讐してやる!必ず、この俺様の怪力で奴をぶっ殺してやるぜ!テメエら二人より先に、必ずなー!」

 「良いでしょう!この私の至高の魔法で「黒の勇者」を必ず仕留めて復讐すると約束しましょう!天才であるこの私の頭脳と魔法さえあれば、必ず実行可能です!これなら文句はないですね、お二人とも?」

 ユリウスの挑発に、ガッツとライブラの怒りに火が付き、「黒の勇者」への復讐をユリウスの前で二人は改めて宣言した。

 「フっ。それでこそ、僕が見込んだ男だ、ガッツ、ライブラ。筆頭貴族の元次期当主候補だっただけのことはある。各派閥の次世代を率いる若手のリーダーを務めていた僕たちが一生、負け犬であっていいわけがない。例えどんな手段を使ってでも、女神に邪魔されようとも、必ず「黒の勇者」に復讐して、男としてのプライドを、意地を見せてこそ、真の獣人の男だ。そうだろ?」

 「ユリウス、テメエ、わざと俺様たちを怒らせやがったな?ちっ、また上手く乗せられちまったぜ、くそっ。」

 「どこかの、あの憎たらしい薄ら笑みを浮かべる勇者みたいな真似をしてくれるじゃあありませんか?まぁ、おかげで少しばかり、元気が出ましたがね?」

 「ガッツ、ライブラ、僕たち三人が力を合わせれば、必ずいつか「黒の勇者」に復讐できる。インゴット王国の連中は期待外ればかりで少々残念だったが、それぐらいで諦めていては男が廃る、だろ?僕たち三人だけでも「黒の勇者」に復讐できれば、それで良いんだ。協力者探しも継続はするが、一番の目的を忘れちゃあいけない。協力者がかえって復讐の足手纏いになる可能性もある。ベストメンバーである僕たち三人がパワーアップして、綿密な作戦計画を練って実行さえできれば、必ず「黒の勇者」に復讐できる。二人の意思はよく分かった。改めて復讐計画について三人で話し合うとしよう。」

 ユリウスの言葉に納得し、改めて廃墟で「黒の勇者」への復讐に向けた作戦計画の準備について話し合う、ユリウス、ガッツ、ライブラの三人であった。

 翌日、午後11時過ぎ。

 インゴット王国王都の中心部にある、インゴット王国国立博物館の近くの裏路地。

 その裏路地に、夜遅く、ユリウス、ガッツ、ライブラの三人は黒いローブを上から羽織ながら、姿を隠し、秘かに行動していた。

 「ガッツ、ライブラ、二人とも準備は良いな?最後の確認だ。まず、僕がガッツを抱えて空を飛んで博物館の屋上上空まで移動、僕とガッツの二人が屋上で警備をしている連中を眠らせる。次に、僕がライブラを屋上へと運び、警備員から奪った鍵で屋上の出入り口のドアを開けて、博物館の中へと潜入する。潜入後は、姿を隠しながら館内を進み、収蔵庫の前まで移動する。収蔵庫の入り口前に着いたら、入り口のドアの鍵をライブラが開ける。鍵が開いたら、収蔵庫の部屋の中に入り、目的の品である「フェンリルの剥製」を見つけ、ガッツが「フェンリルの剥製」を解体して回収する。回収後はふたたび、僕がガッツ、ライブラの二人を抱えて屋上から空を飛んで逃げる。今言った作戦を二時間以内に遂行する必要がある。一秒たりとも無駄にはできない。頼んだぞ、二人とも。」

 「了解だぜ。」

 「了解です。」

 「ライブラ、例の壺を出してくれ。」

 「分かりました。二人とも、マスクと手袋を着用してください。今出しますね。」

 ライブラはそう言うと、腰のアイテムポーチから30㎝ほどの大きさの茶色い壺を取り出すと、ガッツにその壺を渡した。

 壺を渡してマスクと手袋を自分も着用すると、ライブラはユリウスとガッツの二人に向かって説明する。

 「事前に説明はしていますが、その壺の中にはアルラウネの花粉が大量に入っています。即効性の眠り毒の効果がありますので、うっかり吸ってしまうと、最低でも二時間は毒の効果で起きられません。散布する時は絶対に吸わないよう、注意してください。散布する前にマスクがキチンと着用できているか、確認してから使ってください。ガッツ、気を付けてくださいよ?」

 「分かってるっつーの!何度も言われなくても使い方はちゃんと覚えてるから心配いらねえよ!ったく、もう少し俺様のことを信用しろよ?」

 「あなたがうっかり屋なところがあるからですよ、ガッツ。壺が重すぎて、私やユリウスには持てませんからね。本当ならこういった道具は、魔術士である私が取り扱うべきなんですが、今回は仕方ないのであなたに任せます。一個150万リリアもする壺です。無駄にしないよう、大事に扱ってください。」

 「分かった、分かった。そう心配すんなって。とにかく、俺とユリウスに任せろ。」

 「本当に頼みましたよ。初っ端から作戦失敗されるのは御免ですからね。」

 「心配はいらないよ、ライブラ。僕がガッツの傍に付いてサポートするから大丈夫さ。それじゃあ、ガッツ、行くぞ。」

 「了解だ!そいじゃあ、いっちょおっぱじめるか!」

 アルラウネの花粉が大量に入った壺を両手に持つガッツを抱えて、ユリウスは背中の翼を広げて、全力でガッツと共に空を飛んで行く。

 闇夜の上空をユリウスとガッツの二人は飛んで進み、国立博物館の屋上の出入り口の真上に当たる上空へと着いた。

 屋上には数人の武装した警備員に、王国軍の騎士たちがいて、屋上の出入り口前を見張って警備している。

 「ガッツ、屋上に着いた。花粉をバラまけ。」

 「了解だぜ。」

 小声でやり取りを終えると、ガッツは壺の蓋を開け、壺を斜め下に傾けながら、真下に見える、博物館屋上の出入り口前を警備する警備員、騎士たちに向かって、壺の中に入っている大量のアルラウネの花粉をバラまいていく。

 壺を持ったガッツを抱えながら、屋上上空をゆっくりと警備員たちに気付かれないよう旋回飛行しながら、ユリウスは飛行し、アルラウネの花粉を散布していく。

 ユリウスとガッツが上空から散布した、大量の黄色いアルラウネの花粉を吸いこんでしまい、屋上にいた警備員たちは眠り毒の効果を持つ花粉にやられ、バタバタとその場で眠り込んで倒れていく。

 屋上の警備員たちが全員、アルラウネの花粉で眠らされたのを確認したユリウスは、ガッツを屋上へと降ろすと、急いでライブラの下へと飛んで行き、ライブラを抱えて博物館の屋上入り口前へと運んだ。

 屋上で眠って倒れている警備員の一人から屋上の出入り口のドアの鍵を奪うと、ドアの錠を奪った鍵で開けた。

 「ユリウス、ガッツ、お疲れ様です。では、二人とも、中に入る前に、この「マナ・ジャマー・マント」を上から羽織ってください。これを羽織っていれば、魔力検知機の目をごまかせます。博物館の館内、特に収蔵庫付近は警備が強化されているそうです。魔力検知機を内蔵した警備用人造ゴーレムが何体も館内を巡回して警備しています。この「マナ・ジャマー・マント」を羽織っていれば、私たちの魔力を隠し、マントの表面に施されている特殊な金属繊維が空気中の魔力を吸収して、周囲と同化することができます。マントから体を出さない限り、私たちは空気と同化したも同然です。ただし、このマントでは人間の視覚はごまかせん。熱検知センサーなどもごまかせません。マントから体を出して魔力検知機の前に出てもアウトです。一応、私の方でも大まかな警備体制を事前に調査しましたが、油断は禁物です。よろしいですね?」

 表面が鈍い銀色の大きなマントを一つずつ、ユリウスとガッツに手渡しながら、ライブラは説明と注意を行う。

 「了解だ、ライブラ。僕もガッツも下見を行って、収蔵庫までのコースや警備体制は把握している。慎重に進めば問題ない。行くぞ、二人とも。」

 「このマント、本当に大丈夫か?ピカピカ光ってるし、中の警備員に見られたら一発で気付かれるぜ?ブラックマーケットで買ったらしいが、本当に信用できんのかよ?」

 「こればかりは信用する外ありませんね。ただ、一個300万リリアはした品物です。決して安い買い物じゃあありません。ブラックマーケットでもそれなりに信用のある店で購入しましたから、性能は確かなはずです。時間がありません。警備員に注意さえすれば、私たちの存在は見つかることはないでしょう。とにかく、先を急ぎましょう。後、残り1時間45分です。」

 「マナ・ジャマー・マント」を上から羽織ってすっぽりと全身を覆ったユリウスたちは、ユリウスを先頭に、夜の館内を慎重に、音を立てずに一歩一歩、歩いて進んで行く。

 途中、警備用の人造ゴーレムとすれ違ったり、警備員たちが前方の廊下を巡回していたり、ということがあったが、三人は上手く警備の目をかいくぐり、目的の部屋である、国立博物館の収蔵庫の部屋の入り口前へと到着した。

 収蔵庫の入り口前に到着するなり、ライブラが入り口のドアの前へと立ち、腰のアイテムポーチから、緑色の小人の手首のようなモノを取り出した。

 緑色の小人の手首の先、五本の指の先には金色の鍵のような握られていて、手首と鍵は一体化している造りだ。

 ライブラは、緑色の小人の手首と一体化した金色の鍵のような魔道具を、収蔵庫の入り口のドアの鍵穴へと差し込もうとする。

 鍵が合わないと分かると、鍵の先端部分のパーツを外し、より細長く小さな金色の鍵へと交換する。

 パーツを交換した鍵を鍵穴に差し込み、ライブラはそのまま無言で、鍵をドアの鍵穴に差し込んだまま、入り口のドアの鍵が開くのを待ち続ける。

 「おい、まだかよ?さっさとしねえと、警備の奴らが来るぞ?」

 「静かに。もう少しで開きますから、ちょっと黙っていてください。鍵のサイズは合っていますから、もうすぐで開きます。」

 急かすガッツを、ライブラが窘める。

 ライブラが、不気味な鍵を、収蔵庫のドアの入り口に差し込んでから約2分後、カチャン、という音を立てて、収蔵庫のドアの鍵が開いた。

 「開きました。ユリウス、ガッツ、二人とも中には入ってください。」

 ライブラがドアの取っ手をマントで覆った右手で開けながら、ユリウスとガッツの二人に急いで収蔵庫の部屋の中へと入るよう、指示する。

 ライブラがドアの鍵を開けると、ユリウス、ガッツ、ライブラの順に、収蔵庫の部屋の中へと潜入した。

 「よくやってくれた、ライブラ。流石は「獣魔術士」の名家出身だ。魔道具に詳しい君を仲間に出来て本当に良かったよ。」

 「どういたしまして、とでも言っておきましょう。「グレムリン・ハンド・キー」、このピッキング用アイテムの性能のおかげですよ。事前にこれの使い方は練習していましたから、ある程度自信はありました。しかし、精密機械を狂わせるグレムリンの能力を持つこのアイテムを使ったとしても、収蔵庫のドアの鍵を開けるのにはもう少し時間がかかるかもしれないと思っていました。予想よりも大分早く鍵を開けることができて、私も少しホッとしました。」

 「流石はライブラだぜ。しっかし、よくそんな気色悪いアイテムを平気で触れるよな。俺様は見た目からして無理だぜ。」

 「気色悪いとは何ですか!?この「グレムリン・ハンド・キー」と私がいなければ、ここへ侵入することはできなかったんですよ!50万リリアもするこの素晴らしい魔道具を気色悪いとは何と失礼な!?」

 「しー!?声が大きい、ライブラ!静かにするんだ!ガッツ、余計なことを言うんじゃない!ライブラに後でちゃんと謝れよ!二人とも、喧嘩は忘れて、「フェンリルの剥製」を手に入れることに集中するんだ!せっかくここまでやってきた苦労が水の泡になってしまう!「フェンリルの剝製」がこの収蔵庫の中にあることは確かな情報だ!職員の女の子から聞き出した情報だ、間違いない!大きさは40mほどあるらしいから、僕たちでもすぐに見つけられるはずだ!アレを武具の素材として入手できれば、戦力強化は間違いなしだ!後、1時間しか残っていない!急ぐぞ!」

 「コホン!取り乱して失礼しました!ユリウスの言う通りです!急いで剥製を見つけて回収し、ここを出なければいけません!」

 「そうだな!そいじゃあ、さっさと見つけて、回収してトンズラするとしようぜ!」

 ユリウス、ガッツ、ライブラの三人は、慎重に収蔵庫の中を歩いて進みながら、目的の品である「フェンリルの剥製」を探し回る。

 収蔵庫の奥へと進んで行くこと、収蔵庫の中へと潜入してから約20分が経過した頃、ユリウスたちは、巨大なコンテナサイズの大きな木製の木箱がいくつも並んでいる陳列コーナーを見つけた。

 急いでたくさんの木箱の中を三人で手分けして探していると、ガッツがとある木箱の蓋を開けながら、ユリウスとライブラに小声で呼びかける。

 「おい、これじゃあねえかー?二人ともこっちへ来てくれー!馬鹿でかい狼みてえな奴の剥製があるぜぇー!コイツが「フェンリルの剝製」じゃねえかー?」

 ガッツに呼ばれ、木箱の中身を見たユリウスとライブラは、笑みを浮かべながら、喜びの声を上げる。

 「間違いない!銀色の毛並みに、口からはみ出んほどの鋭い光沢のある無数の牙、40mを軽く超える巨体の狼、正にSSランクモンスターのフェンリルだ!伝説通りの姿だ!」

 「ええっ、ユリウス、これが私たちの探している「フェンリルの剝製」で間違いないはずです!記録にある通りの姿をしています!かつて、多くの勇者パーティーを全滅、あるいは壊滅寸前にまで追い詰め、多くの勇者に、歴戦の猛者たちを苦しめ、殺した、伝説の巨狼フェンリルを、剥製とは言え、この目で実際に拝めるとは、実に興奮します!流石はインゴット王国国立博物館の、年に一度しか限定公開されない特別展示品、超国宝級のコレクションです!これを武具に作り替えてしまうのはちょっともったいない気もしますが、これを素材に使えれば「黒の勇者」に対抗できる可能性は確かですよ!」

 「ああっ、ライブラ、コイツを上手く武具に作り替えることができれば、あの「黒の勇者」に必ず対抗できる!必ずあの男に勝てる!何せ、このフェンリルの牙と爪には、光の女神リリア様が作った、女神の力を宿した勇者専用の武器、聖武器にヒビを入れ、歴代の勇者たちを恐怖させた逸話があるほどの破壊力がある、という話だ!毛皮や骨には、オリハルコンを含むあらゆる鋼鉄を用いた武器の直撃にも軽く耐えてしまうと言われている!さらには、サラマンダー以上の高熱の火炎を吐く器官まで持っていて、大抵の武器はその火炎で溶かされ、使い物にならなくなってしまうほどだそうだ!「勇者殺し」や「女神泣かせ」、「反逆の魔獣」、なんてあだ名がついてるくらいだ!この「フェンリルの剥製」を素材に使った武具を使えば、例え化け物染みた強さを持つ「黒の勇者」と言えど、絶対に無傷では済まない!奴の体に確実にダメージを与えることも、奴のどんな攻撃も防ぐこともできる!僕たち自身の戦闘能力もさらに向上させることができれば、必ず「黒の勇者」を殺して復讐できる!ガッツ、急いでこの剥製を解体して、運び出してくれ!残り40分以内に回収して脱出だ!頼んだぞ!」

 「おう!力仕事は俺様に任せな!20分以内にバラしてやるぜ!解体作業はお手の物だぜ!」

 「クククっ!「黒の勇者」、このフェンリルを素材に使った最強の武具でお前を殺してやる!僕たち三人を本気で怒らせたことをたっぷりと後悔させてやる!復讐の時が来るのを楽しみに待っているがいいさ!」

 ユリウス、ガッツ、ライブラは笑みを浮かべながら、国立博物館より「フェンリルの剝製」を盗み、「黒の勇者」こと主人公への復讐計画の第一歩がこのまま順調に進むと、そう思っていた。

 だがしかし、ユリウスたちが思うほど、現実は甘くはなかった。

 気付かぬユリウスたちの背後からゆっくりと、全長2メートルの黒い金属製の、赤い目を持つ警備用人造ゴーレムが歩いて近づいてきていた。

 黒い警備用人造ゴーレムはユリウスたちの後方5mほどの位置で、静かに歩みを止め、静止した。

 ユリウスたちのいる方向をジッと、赤く光る目が見つめる。

 その直後、警備用人造ゴーレムが、博物館中に響き渡るほどの大きな音声を発した。

 「シンニュウシャ、ハッケン!シンニュウシャ、ハッケン!シンニュウシャ、ハッケン!~」

 警備用人造ゴーレムが音声を発した瞬間とほぼ同時に、博物館の警報システムがリンクして作動し、博物館の館内と、博物館の外に、警報のサイレンが鳴り響く。

 背後から近づいてきた黒い警備用人造ゴーレムの存在に気付いたユリウスたちは、自分たちの存在が警備用人造ゴーレムに発見されたと分かり、途端に慌てふためき始めた。

 「なっ!?どうして、僕たちのことが分かるんだ!?」

 「おい、ライブラ、テメエ、話が違うじゃねえか!?」

 「ば、馬鹿な!?警備用人造ゴーレムに搭載されているのは魔力検知機だけのはず!?くっ、他の警備システムが内蔵されているのか?」

 「ガッツ、急いで解体しろ!牙だけでも取り外せ!」

 「くそっ、無茶言うなよ!今始めたばっかりなんだぜ!簡単に外せるわけねえだろうが!」

 「ユリウス、ここは一時撤退しましょう!このままでは捕まってしまいます!急いで脱出しましょう!」

 「こ、ここまで来て、くっ!?ガッツ、ライブラ、急いで逃げるぞ!今日のところは引き上げる!」

 「ちっ!?ここまで来てかよ!くそがっ!」

 ユリウス、ガッツ、ライブラの三人は「フェンリルの剝製」を盗むのを止め、警備用人造ゴーレムを振り切って、走って急いで逃げようとする。

 しかし、背中を見せて走って逃げるユリウスたちの方を振り向くなり、突然、警備用人造ゴーレムの頭部の口に当たる部分が開くなり、細長い銃身、ロングバレルのような物が飛び出し、それから、逃げるユリウスたちの背中に向けて、口の銃身から高速で白い何かが無数に発射された。

 警備用人造ゴーレムの口から発射された白い物体が、ユリウスたちの体に背後からいくつもぶつかって破裂する。

 白い物体がぶつかって破裂するなり、白い物体から飛び出た中身が、ユリウスたちの全身に絡みつき、ユリウスたちの体が白い粘液のような物で絡めとられ、彼らの動きを封じ込める。

 走りながら床に倒れたユリウスたちの体は、体に着いた白い粘液のせいで床ともくっついてしまい、床に固定され、拘束される。

 警備用人造ゴーレムの口から発射された白い物体、白い粘液の正体は、超強力な粘着力を持つ、特殊な鳥もちであった。

 鳥もちが絡みついて、床に倒れ、床に固定され、身動きをとれなくされ、拘束されたユリウスたちは、必死に鳥もちからの脱出を試み、床の上でもがく。

 「くそっ!?これは何だ!?う、動けない!?」

 「くそがっ!?ベタベタと絡みついてきて、う、動けねえ!?」

 「くっ!?こ、これは恐らく、鳥もち、あるいは接着剤の一種です!?ね、熱を加えれば外れるはずです!二人ともそのまま動かないでください!狐火炎熱唱!」

 ライブラが右手に持っている杖の先端から炎の魔法を発動し、火の勢いを調整しながら、自身の体に絡みつく鳥もちに向けて、杖の先端より炎を放つ。

 しかし、ライブラがいくら炎を放っても、鳥もちは燃えることはなく、逆にドンドンと急速に硬化して、固まってしまうのであった。

 「な、何っ!?私の炎を受けても溶けないだと!?逆に固まってしまうのが速くなるだと!?ど、どういうことです、これは!?」

 「は、早くなんとかしろや、ライブラ!?この使えねえカス魔法使いが!」

 「黙れ、脳筋馬鹿!?少し黙っていてください!あなたこそ役立たずでしょうが、ガッツ!」

 「二人とも喧嘩は止めろ!とにかく、これを何とかすぐに外す方法を考えるんだ!ガッツ、お前の怪力でも外せないのか?床ごと強引に破壊して外すことはできないのか?」

 「ダメだ!さっきからやってるが、全然、外せねえぜ!床をブッ叩いてもびくともしねえ!ハンマーはアイテムポーチの中だ!おまけに左腕がこのベトベトのせいで床にくっついて使えねえ!くそっ!?お前の方はどうだ、ユリウス?」

 「翼が両方ともやられて、飛び上がって剥がすことができない!粘着力が強すぎる!僕の腕力じゃあ床も破壊できない!くそっ、他に、他に手段は無いのか?」

 ユリウスたちが必死に鳥もちから逃れる手段を模索する中、収蔵庫の入り口のドアを開けて、博物館を警備する、武装した警備員たち、王国の騎士たちが10人以上現れ、ユリウス、ガッツ、ライブラの三人を取り囲んで、包囲した。

 「無駄な抵抗は止めろ、盗人ども!お前たちの力じゃあ、その鳥もちを取り除くのは不可能だ!ソイツはラトナ公国で開発された、最新の特殊な鳥もちだ!おい、この間抜けな盗人どもに手錠をかけろ!」

 リーダーらしき男の騎士が命令するなり、他の警備の騎士たちがユリウス、ガッツ、ライブラの三人の両手に手錠をかける。

 ユリウスたちに手錠をかけた後、警備の騎士たちが懐よりスプレー缶を取り出すと、スプレー缶の先より赤い液体を鳥もちに向けて噴射すると、たちまちユリウスたちの全身に絡みつき、全身を拘束していた鳥もちが溶け落ちていく。

 驚くユリウスたちの反応を無視して、警備の騎士たちはユリウスたちのアイテムポーチを取り上げ、ポーチの中を漁って、中身を取り出した。

 ユリウスたち三人のギルドカードが出て来て、カードの記載内容を見て、ユリウスたちの名前を確認すると、リーダーらしき騎士の男が、ユリウスたちの顔を見ながら言った。

 「〇月△日午前0時28分◇□秒、窃盗未遂の容疑で現行犯逮捕する。ユリウス・アポロ・ホーク、ガッツ・ロック・モンキー、ライブラ・マギ・フォックス、お前たち三人には黙秘権と弁護士を呼ぶ権利がある。だが、このインゴット王国国立博物館の、それも収蔵庫に侵入し、盗みを働こうとした以上、内容によっては厳罰は免れないと覚悟しておくんだな。ったく、一体どこからここに潜り込んで来たんだ?お前たちのせいで上から怒鳴られることになって、こっちはいい迷惑だ。にしても、獣人の泥棒とは珍しいな?この国じゃあ、獣人はあまり見かけんからな。名前も分かっていることだし、調べればすぐに詳しい身元も分かるだろう。しっかし、警備用のゴーレムにあっさり捕まるような間抜けどもで助かったよ。首はどうにかつながったな。おい、この間抜けの盗人どもを詰所に連行しろ。たっぷりと朝まで事情聴取してやる。連れて行け。」

 リーダーらしき男の騎士に命じられ、ユリウス、ガッツ、ライブラの三人は逮捕され、近くの王国警備隊の詰所へと連行されていく。

 「くそっ!?誰が間抜けだ!?覚えていろ、騎士面をしたクズ野郎ども!」

 「チクショー!?痛ええだろうが!もっと丁寧に扱えや、コラっ!?」

 「この私を間抜けの盗人呼ばわりしたことを後で後悔させてあげますよ!絶対に訴えて吠え面をかかせてやりますから!」

 ユリウスたちの態度に呆れる騎士たちを前に、悪態をつきながら、逮捕され、警備隊の詰所へと連行されていく、ユリウス、ガッツ、ライブラの三人であった。

 結局、ユリウスたち三人は「フェンリルの剝製」を国立博物館より盗み出すことはできず、あっさりと王国警備隊によって逮捕され、その後朝まで、警備隊の詰所で事情聴取を受け、たっぷりとしぼられ、詰所の留置所に三人一緒に放り込まれた。

 留置所の牢屋の中で、ユリウスたちは碌に反省もせず、三人で言い争っていた。

 「何が、僕たち三人なら成功間違いなし、だ?ロリコンのナルシスト野郎、テメエの話に乗った俺が馬鹿だったぜ!カス魔法使い、テメエもテメエの道具も役立たずだしよ!今日限りでテメエらとは縁を切るぜ!ホントに最悪だぜ!」

 「黙れ、脳筋馬鹿!力仕事以外は使えない役立たずが、偉そうなことを言うな!カス魔法使いのアドバイスなんて聞くべきじゃあなかった!ガッツ、ライブラ、お前たち二人とも間抜けの役立たずだってことがよく分かったよ!もっとお前たちより有能な奴を仲間に引き入れるべきだったよ!二度と僕の前に現れるな、間抜けの変態ども!」

 「間抜けで役立たずの変態はあなたたちでしょうが、ユリウス、ガッツ!私の頭脳と道具が無ければ、今回の計画はそもそも実行不可能でしたよ!力仕事しか取り柄のない脳筋馬鹿と、ナンパしか取り柄のないリーダー気取りのナルシストに、この私にケチをつける資格なんてありませんよ!大体、計画の実行が早過ぎたんですよ!もっと情報収集をしてから計画を実行すべきだと私が提案したのに、それを断ったのはあなたたち二人でしょうが?これだから、頭の悪い人間は嫌いなんですよ!金輪際、あなたたちとは関わりませんから!」

 「うるさいぞ、そこの三人!黙って大人しくしていろ!他の連中にも迷惑だ!お前たち三人だけ朝飯は抜きにするぞ!大人しく裁判が来るのを待ってろ!分かったな!」

 留置所の警備をしている騎士から注意され、ユリウスたちは渋々、喧嘩するのを止めた。

 ユリウスたち三人が逮捕されてから三日後のこと。

 時と場所は変わり、インゴッド王国王城、午後8時50分。

 インゴット王国の王都の中央にそびえ立つ、巨大な黄金の城の、「宰相執務室」と表札が出ている部屋に、一人の貴族風の若い男性が机に向かって書類の山を相手に、デスクワークを行っていた。

 その人物は身長185cm、セピア色の髪をナチュラルマッシュヘアーの髪型でまとめ、色白で細身で長身、四角いレンズに金色のフレームの眼鏡を顔にかけ、茶色いチュニックとジャケットを着ている、20代後半の若い貴族風の男性であった。

 顔はあまり表情豊かとは言えず、能面のような、とてもクールで理知的な雰囲気を漂わせている。

 彼の名は、セピア・ド・プレーティー。28歳。

 退任したブラン前宰相の息子で、後任として選ばれたインゴット王国の若き新宰相である。尚、プレーティー家の長男でもある。

 宰相執務室でデスクワークを行っていたセピアは、一端手を休めると、壁時計の方に目を向け、一人呟いた。

 「ふむ、もうそろそろ来る頃だな。」

 その時、宰相執務室のドアを三回、ノックする音が聞こえた。

 それから、大柄な人物が一人、ドアを開けて、セピアのいる宰相執務室の中へと入ってきた。

 「失礼いたします、セピア宰相閣下!」

 「こんな時間に呼び出してすまない、マホガニー軍務大臣。」

 「いえ、兄上、宰相閣下からのお呼びとあれば、私は何時でも、どこからでも駆けつけますので。」

 「今は兄上で構わんよ、マホガニー。頼んでいた例の三人は連れて来てくれたか?」

 「はい、兄上!よし、その三人を部屋に入れろ!とっとと入れ、盗人ども!」

 大柄な人物はセピアに返事をすると、女性騎士たちに指示を出し、連行してきた三人の獣人の男たちを、宰相執務室の中へと入らせた。

 執務室に入ってきた大柄な人物の名は、マホガニー・ド・プレーティー。

 身長195cmの長身で、筋骨隆々とした体格の持ち主である。

 マホガニー色の髪を、トップをオールバックのように逆立て、サイドを刈り上げた、ツーブロックのベリーショートヘアーにしている。

 スプルース色の厚手の軍服を着込んでいて、腰のベルトには、鞘に納まった180cmほどの大きさのツーハンドソードを提げている。

 顔つきは体格に似合わず、中性的な顔立ちをしていて、茶色い瞳に白い肌、そして、中性的な声の持ち主でもある。

 表情はやや無愛想で軍人気質な、いかつい雰囲気を漂わせている。

 年齢は25歳。不祥事により退任した前軍務大臣に代わり、インゴット王国の軍務を担当する新任の軍務大臣を務める人物である。尚、プレーティー家の次男でもある。

 それと、公式には伏せているが、実は男装をした女性でもある。

 「お前たちは部屋の外でしばらく待機していろ。ほら、とっとと入れ。セピア宰相閣下の御前だ。いちいち手間をかけさせるな、盗人のクズども。」

 マホガニーは女性騎士たちに部屋の外で待機するよう指示を出すと、手錠をされながらノロノロと歩く三人の獣人の男たちの尻に蹴りを入れ、執務室の中へと早く入るよう命令する。

 手錠をされて連行されてきた三人の獣人の男たちとは、ユリウス、ガッツ、ライブラのことである。

 「痛っ!?」

 「痛ってぇー!?」

 「ぐっ!もっと優しく扱いなさい!何と乱暴な!?」

 「黙れ、盗人のクズども!お忙しい宰相閣下がわざわざ貴様らなどに会いたいと言うから連れてきたんだ!ごちゃごちゃと無駄口を叩くようなら、今すぐその首を刎ねるぞ!」

 「落ち着け、マホガニー。別に私は急いではいない。今日の分の仕事はほとんど済ませてある。心配は無用だ。そこの三人はもう少し丁重に扱ってやれ。」

 「はっ!失礼しました。良かったな、盗人ども。兄上の寛大さに感謝するがいい。」

 「くそっ!」

 「ちっ!」

 「けっ!」

 マホガニーがユリウスたち三人をセピアのいる宰相執務室に連れてきてから約5分後のこと。

 午後8時55分。

 宰相執務室のドアを三回、ノックする音が聞こえた。

 それから、やや長身で細身の人物が一人、ドアを開けて、セピアたちのいる宰相執務室の中へと入ってきた。

 「お疲れ~、兄貴たち!」

 最後に執務室に入ってきた人物の名は、カークス・ド・プレーティー。

 身長180cmで、とても細身の体格の持ち主である。ガリガリと痩せていて、肌も病人のように青白く、あまり健康的には見えない。

 カーキー色のクセっ毛のあるロングヘアーの髪型をしていて、ボルドー色のチュニックとジャケットを着ている、若い貴族風の男性の格好をしている。

 茶色い瞳に、垂れ目で、表情はどこか無気力で暗く、卑屈そうな雰囲気を漂わせている。声はどこか、やさぐれた雰囲気を感じさせる。

 年齢は23歳。不祥事を起こしたワイヤー・ライアーに代わり、新政権より任され、新たにインゴット王国国立図書館の新館長を務めている人物でもある。尚、プレーティー家の三男でもある。国立博物館の仕事も一部、担当している。

 「遅いぞ、カークス!兄上を待たせるとはどういうつもりだ!?盗人どもより先にお前の首を刎ねてやろうか!?」

 「ちょっ、落ち着けって、マホガニー兄さん!?今日はちゃんと約束の5分前には来ただろ?何で怒られなきゃなんねぇんだよ?」

 「5分前ではない!正確には4分45秒前だ!大体、一番身軽なお前が私よりも到着が遅れること自体、問題だ!そこに直れ、カークス!」

 「マホガニー、そんなにカリカリするな。カークスはちゃんと集合時間を守っている。カークスも大事な仕事を任されて忙しい身だ。それにいつものことだ。そこにいる三人のせいでイラついているのは分かるが、カークスに当たるのは止めるんだ。良いな?」

 「す、すみません、兄上。」

 「助かったぜ~、セピア兄さん。それで、そこにいる三人が例の三人かい?俺も報告は受けちゃあいたが、ウチの国立博物館の、それも収蔵庫に盗みに入るなんて、馬鹿な奴らだぜ。そんで、コイツらの実家からの返事はどうだったんだ?」

 「カークス、マホガニー、残念ながらこの三人の実家に問い合わせてみたが、いずれも当家とは一切関係ない、既に勘当しており、国籍も剥奪し、追放している。保釈金も賠償金も一切、支払う意思はない。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ、との返事だった。ペトウッド共和国を治める国会議員の、筆頭貴族の実の息子だと報告で聞いて、せめて我がインゴッド王国が抱えるペトウッド共和国への賠償金の支払い額を減らす口実に利用できないかと思ったが、それもダメだった。そこにいるユリウス・アポロ・ホーク、ガッツ・ロック・モンキー、ライブラ・マギ・フォックスの三人だが、三人とも違法ポルノのエロ写真を購入、所持した罪で逮捕され、実家や派閥から追放されていることが分かった。今は三人とも名家出身というだけのただの犯罪者だ。交渉材料としての利用価値は皆無と言っても差し支えないだろう。」

 「ちっ。ちょっとは金になるかと思ったが、マジで使えねえな。ただのボンボンの、間抜けな犯罪者かよ。ったく、じゃあ、コイツら三人、他に使い道なんてねえんじゃねえかい、兄さん?」

 「使い道ならあるぞ、カークス。コイツら三人とも、エロ写真なんぞ買った変態の性犯罪者で、今回は我がインゴッド王国の国立博物館に押し入り、国宝である「フェンリルの剥製」を盗み出そうとした盗人どもだ。我がインゴッド王国が、他国の貴族出身であろうと、犯罪者には厳しい刑罰を執行できる法治国家であることを証明する材料に使える。コイツらを公開処刑すれば、国民、他国、そして、「剣の女神」ブレンダ様にも我が王国の再建をアピールすることができる。即刻処刑いたしましょう、兄上。」

 「しょ、処刑!?ちょ、ちょっと待ってくれ!?」

 「俺たち、処刑されるほどの罪は犯していねえはずだぞ!?処刑される覚えはねえぞ!?」

 「そうです!私たちは確かに罪を犯しましたが、今回はただの窃盗未遂ですよ!?せいぜい、執行猶予付きの懲役刑程度の量刑のはずです!不当な処罰は法律で禁止されています!そもそも、裁判だってまだ受けていませんよ、私たち三人は!?」

 ユリウスたち三人が、セピアたちに向かって反論する。

 「ユリウス・アポロ・ホーク、ガッツ・ロック・モンキー、ライブラ・マギ・フォックス、君たち三人が盗もうとしたのは、我がインゴッド王国の国立博物館の収蔵庫で厳重に保管、管理されている国宝の「フェンリルの剝製」だ。あの「フェンリルの剝製」は使い道次第では強力な武器、兵器の材料にも使用できる、大変危険な品だ。君たちは王国警備隊からの取り調べに対し、金に困っていたので貴重な剥製であるアレをブラックマーケットで売って金に換えるつもりだった、と供述している。だがしかし、王国警備隊や検察の調査によると、君たち三人はいずれも「黒の勇者」、ラトナ公国のジョー・ミヤコノ・ラトナ子爵に復讐したい、彼を殺害したい、そう仕切りに周囲に言っていたという証言が複数、確認されているそうだ。ブラックマーケットで君たちに違法な魔道具を売った店の店員の一人が、ライブラ・マギ・フォックス、君から「黒の勇者」を殺せるほどの武具の素材を持ってくるから、武具の製作に協力してほしい、そのように君から直接相談を持ち掛けられたことも証言している。君たち三人の行為はただの窃盗未遂では済まない。何しろ、神々公認の勇者である「黒の勇者」を殺すための武器を作るために、「フェンリルの剝製」を武器の素材として盗み、危険な武器あるいは兵器を作るつもりだった、という疑いが浮上した。実際に「フェンリルの剝製」を盗まれ、武器に転用され、「黒の勇者」に危害を加えられでもしたら、それこそテロ罪に該当する。我が王国の信用は完全に失われ、「剣の女神」ブレンダ様、神々から我が王国は神罰を下され、王国が滅びることにも繋がりかねない事態に発展する恐れがある。現在、捜査当局で捜査が進められているが、証人に物証、動機を裏付ける証言もある以上、「フェンリルの剝製」を盗もうとしただけとは言え、このままでは間違いなく、裁判で君たちはテロ罪に問われ、良くて終身刑、最悪、死刑だ。いくら腕の良い弁護士に弁護を頼んでも、ただの窃盗未遂では済まされない。これはほぼ確実と言ってもいい。君たちの御実家に相談しようとしても無意味だ。そもそも、君たちはもうペトウッド共和国の国民ですらない。無国籍の犯罪者だ。実家からも勘当されている。本当に愚かなことを思いついてしでかしてくれたな、君たち。何か私の言葉に反論や意見があるなら聞くが、概ね間違いはないはすだ、どうかね?」

 セピアからの説明に、ユリウス、ガッツ、ライブラの三人の顔色は青ざめ、恐怖で反論もできず、押し黙ることしかできなかった。

 「三人とも反論はなし、捜査当局の友人から話を聞いた通りらしいな。「フェンリルの剝製」を盗んで武器を作った程度で「黒の勇者」を殺せる、復讐できるなんて、君たち三人とも本当に元A級冒険者なのか?ペトウッド共和国を率いる三派閥の筆頭貴族の次期当主候補だったのかね?正直、信じ難いレベルの浅い考えだ。はっきり言うが、「フェンリルの剝製」で作った武器程度で「黒の勇者」を殺すなんて不可能だ。そもそも、傷すら付けるのだって土台無理な話だ。「黒の勇者」、彼の戦闘能力は我々が把握している情報から推定するに、SSランクモンスター50体以上に該当するとの報告が、我が王国の軍事部門より私の下に報告が届いている。だが、それはあくまで推定値で、実際はそれ以上の戦闘能力を保有している可能性が高い、正確な計測は困難とも報告を受けている。SSランクモンスター1体分の剥製から作った武器程度じゃあ、絶対に彼には通用しない。ゾイサイト聖教国が密かに開発していた大量破壊兵器「ミストルティン」1万本を、たった一本で小さな都市を一瞬で焼き払う兵器を全て無力化できるほどの力を持っている、との情報もある。「黒の勇者」は神々公認の、史上最強最高の戦闘能力を持った勇者で、これまでの勇者を軽く凌駕する、女神がこのアダマスに派遣した最強の生物兵器、と言っても過言じゃあない。君たち如きで本気で「黒の勇者」をどうにかできると思っていたのなら、馬鹿を通り越した、キチガイだな。世間知らずにも程がある。そんな調子でよく、ペトウッド共和国の筆頭貴族の次期当主候補を名乗れた者だと、逆に感心するよ。エルザ最高議長や、君たちの兄弟姉妹がペトウッド共和国の次期当主候補や若手のリーダーに就いてくれて、私も良かったと思っている。君たち三人が国会議員にでもなっていたら、もし、最高議長にでもなっていたら、ペトウッド共和国は確実に君たちの代で衰退、最悪、滅んでいた可能性大だ。「黒の勇者」が、ジョー・ミヤコノ・ラトナ子爵が議長決定対抗戦でペトウッド共和国に介入してくれたことを本当に感謝している。君たち三人に政治家は絶望的に不向きだ。お話にならない愚かさだ。さて、おしゃべりはこれくらいにして、本題に入るとしよう。ユリウス・アポロ・ホーク、ガッツ・ロック・モンキー、ライブラ・マギ・フォックス、君たち三人はこれから裁判を受けるが、終身刑、あるいは死刑判決を受ける可能性はほぼ確実だ。別に私は君たち三人の行く末がどうなるかなど、興味はない。ただ、我が国の軍事研究部門のとある研究者が、君たちが死刑囚になった場合、君たちを人体実験の被験体として提供してもらえないか、との相談を受けている。詳しい実験の内容は明かせないが、君たちの肉体が、その研究者の研究の人体実験用の肉体サンプルに適している可能性がある、とのことだ。私やインゴッド王国政府としては、その研究者が進めるとあるプロジェクトの一日も早い成功、完成を願っている。君たち三人が人体実験に志願してくれるなら、実験の成功如何によっては、命を繋ぎとめることは可能かもしれない。もちろん、君たちの身柄は王国政府、軍の厳重な管理下に置かれることになる。勝手に脱走しようとすれば、即座に処分される。しかし、人体実験が成功し、大人しく我が国の管理下に置かれ、我が国の新たな予備戦力となり、プロジェクトの成功発展に貢献することを約束してくれるなら、インゴット王国宰相であるこの私が、特別に君たちが、形ばかりだが、延命できるよう取り計らっても構わない。最終的には司法や国王陛下の判断も必要だが、現状死刑か否かの瀬戸際に追い詰められている君たちにとっては、決して悪い話ではないと思うが、どうかな?人体実験の被験体候補は君たち以外にもいるし、あくまで君たちに死刑判決が下った場合、そういう選択肢もある、ということだ。まぁ、裁判が終わるまでの間、ゆっくりと牢屋の中で考えて決めてくれたまえ。考えが定まった時は、近くにいる騎士に伝えてくれ。この話は強制でも取引でもない。ただの提案だ。マホガニー、要件は済んだ。もう、この三人を留置所に帰してもらって大丈夫だ。頼んだよ。」

 「はっ!かしこまりました、兄上!ほら、とっとと出ろ、変態の盗人ども!私も兄上も忙しいんだ!ウジウジしてないで、とっとと部屋を出ろ!宰相閣下の仕事の邪魔になる!」

 セピアに指示され、マホガニーがユリウス、ガッツ、ライブラに、宰相執務室をすぐに出るよう、命令して急かす。

 宰相執務室の入り口のドアを出る直前になって、ユリウスが急に立ち止まり、セピアに向かって大声で話しかけた。

 「待ってくれ!じ、人体実験の被験体になる!死刑判決が出ても、人体実験に協力するなら、王国政府の管理下に入るなら、僕の命を助けてくれる、それで間違いないんだな、宰相?」

 「口を慎め、変態の盗人!宰相閣下と呼べ!第一、お前のような変態の蛆虫の言葉など信用できるものか?」

 「だよな~?マホガニー兄さんの言う通りだぜ?ユリウスとか言ったか?お前みたいな世間知らずの間抜けのボンボンの話を信じろ、って言うのは無理があるぜ?今だってビビって震えてるじゃねえか?直前になって、やっぱり人体実験は嫌ですだとか、早く楽にしてくださいだとか言われても、兄さんたちも俺も、他の連中も迷惑するんだよ。思いつきで言われても困るんだよ。兄さんの言う通り、よ~く考えてから返事をしな。まだ死刑になったわけじゃねえしよ?」

 マホガニー、カークスの二人が、ユリウスに向かって言った。

 「ぼ、僕は本気だ!本気で人体実験に志願する!絶対に後から断ったりはしない!だから、死刑判決の場合は、どうかご助力願いたい!この通りだ!」

 ユリウスが、セピアに向かって頭を下げて頼み込む。

 「別に志願してもらうのは一向に構わないが、私も約束できるわけじゃあない。私一人の判断でどうこうできる話ではないしね。ユリウス・アポロ・ホーク、君が私たちの提案に乗り、最後まで約束を守る保証もない。仮に君に死刑判決が下され、人体実験の被験体になれる可能性が出てきた時は、君の人体実験への志願に力を貸してあげよう。期待はしていないが、一応、今の君の発言は覚えておこう。ああっ、気が変わった時はなるべく早く連絡してくれ。私も担当者も忙しい身なんでね。マホガニー、彼を連れて行ってくれ。」

 「はい、兄上!ほら、用が終わったなら、さっさと出ろ!」

 「待ってくれ!お、俺様も、その人体実験を受けるぜ?嘘じゃねえ!本当だ!頼むぜ、宰相閣下!?」

 「わ、私も人体実験に参加します!ま、万が一、死刑になった場合、他に生き残れる可能性は、選択肢はありません!私も参加します!信じてください、宰相閣下!?」

 「ガッツ・ロック・モンキー、ライブラ・マギ・フォックス、君たち二人も人体実験の被験体に志願すると?別にそれは構わないが、くれぐれも思いつきで、その場しのぎの感情で言われては困る。一応、国を挙げた、貴重な国の予算を注いだ、大事な研究プロジェクトでもあるんだ。人体実験自体、それも著しく生命に関わるほどのレベルとなると、実験直前に複数人の志願者に断られると、プロジェクトに大きな支障をきたす恐れがある。君たちが参加するのは国の事業の一つだ。私も研究者たちも決してお遊びでやってるわけじゃあない。君たちの発言は覚えておく。本当に人体実験の被験体になる意思があるのなら、私もプロジェクトに関わる人間の一人として、できる限りのことはする。約束しよう。マホガニー、この二人にもお帰りいただいて結構だ。」

 「はっ、兄上!ほら、お前たち二人とも用が済んだなら、とっとと出ろ!宰相閣下のお仕事の邪魔だ!後で参加したくないとか言ってうるさく喚くようなら、叩き斬ってやるからな、変態の盗人ども!おい、この二人も留置所に戻しておけ!私はもう少し、宰相閣下と話をする!後は頼んだぞ!」

 マホガニーに指示され、宰相執務室前の廊下で待機していた女性騎士たちが、ユリウス、ガッツ、ライブラの三人を留置所へと連行していく。

 部下の女性騎士たちが執務室前を去ったのを確認すると、マホガニーとカークスの二人が、セピアに話しかける。

 「兄上、本当にあの変態の盗人どもを使うおつもりなのですか?正直に申しまして、全く信用できないですし、役に立つとは思えません。人体実験に耐えることすら無理だと思うのですが?」

 「セピア兄さん、俺もあの三人は今一、信用できねえな?アイツら三人とも、相当な阿保で間抜けだぜ?碌に調べもせず、セキュリティーが強化された国立博物館の収蔵庫に盗みに入る間抜けなんだぜ?「レイスの涙」が元聖女たちに盗まれて、ズパート帝国でテロ事件に使われて、ウチがそのせいで馬鹿みてえな額の賠償金を請求されて、何時までも簡単に盗まれるような警備体制を敷いてるわけねえってのによ。あの三馬鹿、収蔵庫にいた警備用ゴーレムを、普通の警備用のゴーレムと勘違いしてたぐらいだぜ?全身ブラックオリハルコン製のパーツでできた、超頑丈で、馬力はSランクモンスター3体分、おまけに超高性能の、空気中の微粒子レベルの魔力の違いを検知できる最新の魔力検知機付きの、2億リリアもした、特注の警備用人造ゴーレムだってことを全然知らずに、盗みに入った間抜けっぷりだぜ?普通のとは色が違う時点で、まず気付いてすぐに逃げたはずだぜ?ユリウスとか言うのは鷲獣人で目が良いはずだから、暗がりでも色の違いに真っ先に気付けたはずだぜ?絶対に収蔵庫を歩いていたら、あの黒いゴーレムとすれ違いざまに、ゴーレムの色の違いに気付くべきだ。当日警備した連中から話を聞いた限りじゃあ、真後ろに接近されるまで、全然気づかずに、あっさり鳥もちを撃たれて三人とも床に転がってたらしいぜ。はっきり言って、アイツら全員、お頭の方が弱すぎる。実験とやらが成功しても、戦力には実際、使えねえんじゃねえか?頭の方まで強化できるんなら、まだ何とかなるかもしれねえけどよ?」

 「マホガニー、カークス、お前たち二人の言いたいことは分かる。私も別に、あの獣人三人組には期待していない。偶々、ドクター・フランケンがあの三人を人体実験の被験体に使いたい、そう言ってきたからだ。少しでも被験体の数が増えるなら、プロジェクトの成功の確率を上げるかもしれないから、一応、あの三人に話を持ちかけただけに過ぎない。あの三人以外にも被験体の候補者はいる上、実際にあの三人を被験体に使って実験が成功する保証もない。ただ、想像以上に、かなり人格や思考能力が残念だったのには私も少々、驚かされた。あの三人がペトウッド共和国を率いる政治家にならなかったことは、正に我が国にとって、いや、世界にとっても幸いだったと言える。あんな愚物どもと一緒に政治の仕事は絶対にできないし、御免だ。こればかりは「黒の勇者」に感謝しているよ。あの三人の使い道については、私とドクターの方でもよく検討するつもりだ。必要なら、お前たちの意見も取り入れて運用方針を決める。何とか使い物になってくれるよう、努力はしてみる。そう心配するな、二人とも。」

 「兄上がそう仰るのであれば、兄上の決定に従うまでです。全く、もう少しまともに使える連中だったら良かったのですが。兄上のお手を煩わせるとは、本当にけしからん、腹の立つ変態の盗人どもだ。」

 「俺も兄さんの考えに従うまでさ。要は、あの三馬鹿には特に期待はせず、見込みが出てきた時は、それなりに使い物になるようにするってわけだろ?俺も兄さんたち同様、アイツらには特に期待なんぞしてねえし、部下に使いたくもねえ。アイツらは敵に突撃させる以外に使い道がマジで思いつかねえ。突撃すらできねえ気もするがよ。」

 「ハハハっ!とにかく、あの三人の大まかな使い道が決まっただけでも良しと考えるとしよう。ちょっとでも仕事が捗るに越したことはないからな。」

 セピアの言葉に、苦笑するマホガニーとカークスの二人であった。

 こうして、ユリウス、ガッツ、ライブラ、三悪獣人の、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈への復讐計画は初っ端から失敗し、自分たちも思わぬ方向に頓挫することになった。

 ユリウスたち三悪獣人が人体実験を受ける日は来るのか、人体実験が無事に成功するのか、彼らが実験の末にどう変わるのか、それが分かるのはもう少し先のこととなる。

 だが、ユリウスたち三悪獣人が人体実験を受けて生まれ変わろうと、どんなに強くなろうと、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈が、彼ら三人の異世界の悪党に正義と復讐の鉄槌を下し、皆殺しにして地獄へと叩き落す、壮絶な復讐を受ける悲惨な運命が待ち受けていることに変わりはないのである。

 三悪獣人の破滅への道が、さらにここから一歩前進する。





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