第九話 主人公、とある女性シンガーと出会う

 僕たち「アウトサイダーズ」が強化トレーニングとバカンスのため、サーファイ連邦国に来てから15日目のこと。

 僕はその日、他のパーティーメンバーたちにメルたちのコーチ兼護衛役を任せ、メルとマリアンヌの二人にトレーニングの内容を伝え、自主練に励むよう指示すると、早朝、とあるモンスターの討伐依頼を処理するため、一人、サーファイ連邦国の東側へと向かった。

 ここ約2週間あまりの強化トレーニングで身に着けた新たな戦闘能力を試すため、僕は一人、サーファイ連邦国の東側に向かって空を飛んで移動する。

 もう一つ目的もあるのだが、今は説明は省かせてもらう。

 僕は依頼書を頼りに、サーファイ連邦国の東側にあるやや大きな島、エンジェル・シャーク島付近の海域へと向かった。

 依頼書によると、約一月前から、シーサーペントという大型モンスターの群れが突如、エンジェル・シャーク島付近の海域に現れ、エンジェル・シャーク島付近を通る船を見境無しに襲うようになった、とのことである。シーサーペントは昼夜を問わず、島周辺の海域を通る漁船や観光客船、貨物船などを襲い、船に乗っている人間たちを食い殺し、多数の死傷者が出た上、襲われた船は全て沈没させられる被害が出ているとのこと。現在、エンジェル・シャーク島周辺の海域は通行を原則禁止されていて、そのために漁業や海運業、観光業など、島の各産業が軒並みダメージを受けているそうだ。

 シーサーペントが島周辺の海域を徘徊しているため、他国へ帰省予定の観光客の大部分が、エンジェル・シャーク島から出られないため、困っているとのこと。

 この依頼もサーファイ連邦国海軍が最終的に引き受け討伐する予定だったが、一月前、元「槌聖」たち一行の襲撃により海軍が壊滅してしまったため、討伐が見送られ、現在に至る、とのことである。何度か冒険者ギルドから冒険者パーティーが派遣され、シーサーペントの群れの討伐を試みたが、討伐は全て失敗に終わり、負傷者や被害が出たため、討伐は現在、見送られている状況である、とのこと。

 討伐する数は全部で2匹。依頼のランクはSランクで、討伐報酬は300万リリアと、相場の約3分の1以下の金額。依頼主は、エンジェル・シャーク島の漁業組合、海運業者組合、観光事業者組合などの各種事業者の連名で依頼書に記載されている。

 この依頼も、高ランクで報酬が相場以下、冒険者たちから基本避けられがちの依頼、通称ハズレ依頼と呼ばれる案件の一つに該当する。

 シーサーペントとは、体長20m~30mほどの、全身がヌルりとした水色の皮に覆われた巨大な海蛇のような姿をしたモンスターである。体には、薄い水色の尾鰭、背鰭、胸鰭が生えている。Aランクモンスターに該当し、Aランクモンスター最大級の巨体を持っていることが大きな特徴の一つでもある。巨大で細長い海蛇のような体で海の中から海上にいる船や、海上付近にいる獲物に襲い掛かり、全身で巻き付いて獲物を絞め殺したり、船を押しつぶしたりすることができる、恐るべき怪力の持ち主でもある。巨大な頭部の口の中には、強力な神経毒を含んだ鋭く長い大きな牙が生えていて、この牙に噛まれると、獲物は毒のせいで全身が麻痺し、最悪の場合、死に至るとのことである。巨体でありながら海の中を高速で泳ぐことができる能力がある。普段は海底の砂に身を隠し、獲物が頭上を通りかかると一気に海上へと浮上して襲い掛かる性質も持っている、とのこと。性格は非常に獰猛で攻撃的、肉食で人間だけでなく、下級モンスターの肉も好んで食べる、とのこと。

 異世界召喚物の物語やファンタジー系のゲームなどに頻繁に登場することで有名なモンスターとして知られている。明確な伝承は存在しないが、UMA、未確認生物の一種として、取り上げられることが多い。

 話を戻すと、僕は一度、近くの無人島らしき小島の浜辺へと着陸すると、シーサーペントを討伐するための準備を始めた。

 僕はジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出すと、如意棒に青白い霊能力のエネルギーをゆっくりと注ぎ込み、如意棒を、黒い大きな錨へと変形させた。

 霊能力のエネルギーを調整しながら、約300mある太くて長い鎖の左右の先端には、大きさ約10mほどのストックレスタイプの巨大な黒いアンカーが一つずつ付いている。

 僕は巨大な黒い錨を生み出すと、腰のアイテムポーチから一個当たり5㎏はある、牛のブロック肉の塊をいくつか取り出し、アンカーの先端へと突き刺していく。

 牛のブロック肉を突き刺した巨大な黒い錨を両手に持つと、僕は怪力の効果を持つ赤い霊能力と、飛行能力の効果を持つ銀色の霊能力を解放し、全身に身に纏い、それから黒い鎖を持ったまま、シーサーペントが出没する海域のポイントの一つへと空を飛んで向かった。

 午前11時過ぎ。

 僕はシーサーペントの出没ポイントの上空に到着すると、ゆっくりと牛のブロック肉を突き刺した巨大な黒い錨を海底へと下ろしていく。

 餌が付いた黒い鎖を二つ下ろし、両脇に太い鎖を挟んで掴んだまま、僕は空中で制止し、シーサーペントが餌に食いつくのをジッと待つ。

 「これが一般的なやり方だと聞いたけど、上手くいくといいな。本当は大型船を借りてこうやって討伐するらしいけど、船のレンタル料だけで結構高いしな。餌だって一個5万リリアの牛のブロック肉をたくさん買わなくちゃいけないし、地味にお金がかかるんだよな、シーサーペントの討伐って。そりゃあ、ハズレ依頼扱いになってもおかしくはないか。早く餌にかかってくれよ。じゃなきゃ、こっちは損するだけだからな。頼むぞ、本当。」

 僕は上空で独り言を呟きながら、シーサーペントの群れが餌に食いつくのをひたすら待ち続ける。

 餌の付いた鎖を海に下ろしてから約40分後、ようやく獲物が餌に食いついた。

 僕が両脇に挟み、手でも掴んでいる鎖を力強く引っ張る感触、振動が伝わってきた。

 僕はすぐに「霊視」で海の中を透視すると、水色の皮膚の巨大な海蛇が二匹、僕の用意した錨の先端に付いている牛肉へと食らいつき、海底へと牛肉ごと錨を引きずりこもうと海の中で暴れ回っている。

 さらに「千里眼」の能力でステータスを確認し、錨に食らいついているのが二匹ともシーサーペントであることを確認した。

 「よし!ようやく餌に食らいついてきたな、海蛇ども!早速、討伐開始だ!行くぞ!」

 僕は赤い霊能力と銀色の霊能力をさらに解放すると、シーサーペントが食らいついたままの錨を一気に引っ張り、そのまま全速力でエンジェル・シャーク島へと真っ直ぐ飛んで行く。

 シーサーペントたちが僕に引っ張られていることに気が付き、抵抗を試みるが、錨の先端がシーサーペントの口の中を刺し貫いていてガッチリと掴んでいる。

 シーサーペントたちは、僕の怪力と超スピードの飛行で一気に海中を引きずられていく。

 エンジェル・シャーク島の人が誰もいない浜辺まで到着すると、僕は一気に鎖を引っ張り上げ、海中から錨に食らいついたままのシーサーペントを空中高くまで引き上げると、鎖のスナップも活かしながら、勢いよく砂浜へとシーサーペント二匹の体を叩きつけた。

 「セイヤー!」

 「「キシャーーー!?」」

 砂浜へと勢いよく叩きつけられ、怯み、ジタバタともがき続けるシーサーペントたちを空中高くから見下ろしながら、僕はシーサーペントたちに止めを刺そうとする。

 「空間操作!」

 僕はさらに重力操作能力と空間操作能力の効果を持つ紫色の霊能力を解放して右手に纏った。

 「セヤー!」

 僕がシーサーペントの一匹の頭上目がけて空中から右の拳を真っ直ぐに振り下ろすと、拳を振り下ろした直後、僕の右拳の先と、シーサーペントの頭上の空間にそれぞれ、小さな穴がぽっかりと開いた。

 二つの空間通しを繋ぐ空間の穴を通って、霊能力を纏った僕の右拳がシーサーペントの頭部へと直撃し、シーサーペントの頭部を押しつぶして破壊した。

 「キシャーーー!?」

 続いて、僕は右足に紫色の霊能力のエネルギーを纏わせると、残り一匹のシーサーペントの頭部目がけて、霊能力のエネルギーを纏った右足を振り下ろした。

 「セイ!」

 空中から右足を振り下ろした瞬間、僕の右足の先と、残り一匹のシーサーペントの頭上の空間にそれぞれ、小さな穴がぽっかりと開いた。

 二つの空間通しを繋ぐ空間の穴を通って、霊能力を纏った僕の右足の蹴りがシーサーペントの頭部へと直撃し、シーサーペントの頭部を僕の右足が貫通し、脳味噌を破壊した。

 「シャーーー!?」

 残り一匹のシーサーペントも僕に止めを刺され、砂浜の上でたちまち絶命した。

 討伐対象であるシーサーペント二匹の死亡を空中から確認した僕は、霊能力を身に纏ったまま、討伐したシーサーペント二匹の死体の傍へと着陸した。

 僕がシーサーペント二匹を討伐する音を聞きつけ、近くを通りがかった人たちが一体何事かと、遠巻きにこちらを見ようと集まってくるのが見えた。

 僕はそんな周囲の様子を気にすることなく、シーサーペントの死体の回収作業に取り掛かるのであった。

 「よしよし。ちゃんと二匹とも死んでいる。空間操作能力の実戦テストは成功と言ってもいいだろうな。おまけに、頭部は若干傷ついてはいるけど、死体の状態はほとんど丸々一匹、体が綺麗に残っている。一匹はメルの冒険者用の服の素材に全部使うとして、残り一匹はギルドに買い取ってもらうことにしよう。シーサーペントのほぼ無傷の死体なら剝製を欲しがるコレクターに高く売れるはずだろうし。間違いなく、400万リリアは値が付く。これで元手は回収できるし、報酬はプラスでもらえるだろうし、何より、メルの服の素材が手に入った。これだけあれば、完璧な冒険者用の服が作れる。シーサーペントの革を使っていると聞けば、きっとメルも喜んでくれるはずだ。早くメルにプレゼントするのが楽しみだなぁー。」

 僕が満面の笑みを浮かべながら、討伐したシーサーペントたちの死体をアイテムポーチに入れて回収作業を行っていると、後ろからパチパチと、大きな拍手が聞こえてきた。

 「流石は「黒の勇者」様ですね!私、ちょっと前からあなたがモンスターを討伐するところを見ていました!たったお一人であんな大きなモンスターを二匹も退治されるなんて、本当に、本当に凄いです!私、とっても感動しました!」

 僕が拍手と声を聞いて、後ろを何気なく振り返ると、僕のすぐ後方、5mくらい後ろに、一人の若い女性が立っていた。

 その女性は、身長165cmほどで、色白の肌に、銀色の瞳、ピンク色の強いピンクホワイトの長い髪を、前髪をパツンと切り揃えた、姫様カットの髪型の持ち主である。

 Bカップほどの胸に、スレンダーながら凹凸のある体形で、薄いピンク色のイヴニングドレスを身に纏い、足には、薄いピンク色のサンダルを履いている。

 美しい澄んだ銀色の瞳に、二重瞼のパチンとした目で、美少女モデルのように整った顔立ちをしている。

 年齢は僕と同じ10代後半くらいに見える。

 だが、その女性の持つオーラと言うか、雰囲気と言うか、明らかにキラキラとしていて、眩しくて、清楚さも感じさせるが、圧倒的な一軍女子、陽キャオブ陽キャ、ラブコメだとか恋愛物語だとか青春物だとかに登場する、THE・ヒロインといった感じの、現実にこんな可愛くて清楚系の、性格もスタイルも良い女の子なんているはずないのに、実際に物語の中から飛び出てきました的な、現実に本当にいたんだこんな美人、というようなことを思わせるような、陰キャの僕とは明らかに生きる世界が違う美人であった。

 性格までは分からないけど、パッと見、理想のヒロイン、って言われたら、こんな感じの子みたいな、眩しすぎるほどの圧倒的陽キャ女子オーラを感じる。

 「えっと、あの、すみません。危ないので、一般の方は離れてもらえますか?冒険者ではありませんよね、あなた?死体とは言え、何が起こるか分からないので、回収が終わるまでは離れていてください。すみませんが、ご協力をお願いします。」

 「まぁー、それは邪魔をしてしまって、申し訳ありません。でしたら、もう少し離れたところから見させていただいてもよろしいでしょうか?決して邪魔はいたしませんので。」

 「は、はぁ~。でしたら、後10mくらい後ろに離れてもらえれば結構です。まだ死体の確認中でして、回収作業中は絶対に死体には近づかないでください。死体が爆発したりすることもあるので。」

 「はい、分かりました。では、後ろから見学させていただきますね。」

 女性はそう言うと、僕の指示通りに後ろへと下がり、ジッと僕がシーサーペントの死体を回収するのを、興味深そうに見つめてくる。

 正直に言うと、見られながらの作業はやりづらい。

 僕は死体の状態を細かく調べ終えると、シーサーペントの死体をアイテムポーチに入れて回収し終えた。

 「よし。討伐任務完了。それじゃあ、帰るとするか?」

 「お疲れ様でした、「黒の勇者」様!冒険者の方は普段、あんな風にお仕事されていらっしゃるんですね!私、冒険者の方がモンスター討伐をする姿をしっかり見たのは初めてでした!あっ、私、ローズ・ミドラーと言います!歌手をやっています!あの、もし、良かったら、サインをいただけないでしょうか?お願いします!」

 先ほどのピンク色の髪の女性が、ふたたび僕の方へと近づいてきて、どこからかピンク色の表紙のノートとサインペンを取り出し、ノートを開いて差し出しながら、僕にサインを求めてきた。

 「さ、サイン!?僕の、ですか?僕、サインなんてやったことないんですけど?僕のサインなんて多分、価値なんてほとんどありませんよ?名前を書くくらいしか、できませんけど、下手くそでも良いのなら?」

 「はい、もちろんです!私、「黒の勇者」様の大ファンなんです!もしかしたら、と思って見ていたら、本物の勇者様に会えるなんて、すっごい感激です!是非是非、サインをお願いします!」

 「アハハハ!?そうですか?僕で良かったらサインしますよ。ここに僕の名前を書けばいいんですね?」

 「はい、お願いします!後、ローズさんへ、って一言も書いていただけますか?」

 「わ、分かりました。ええっと、ちょっと待っててくださいね?」

 僕は若干照れながらも、差し出されたノートにサインを書くのであった。

 「ええっと、書きました。こんな感じで良かったでしょうか?慣れていないモノでして。」

 「はい!ありがとうございます!一生の宝物に、家宝にさせてもらいます!本当にありがとうございます、「黒の勇者」様!」

 「喜んでもらえたなら良かったです。それじゃあ、僕はそろそろ行きますね。では、これにて失礼します。」

 僕はそう言って、ローズと名乗る女性の前からそそくさと立ち去ろうとする。

 「あ、あの、待ってください!良かったら一緒にお昼を食べてもらえないでしょうか?私、歌手をやっているんですけど、作詞も作曲もやっていまして、実はあなたを題材にした新曲を書きたいな、って前から思っていたんです!「黒の勇者」様に直接取材できるなんて、滅多にできることじゃあありませんし!昼食代なら私が全額、お支払いします!是非、インタビューをさせていただけないでしょうか?決してお時間はとらせません!どうか、お願いします、「黒の勇者」様?」

 「しゅ、取材!?僕にインタビューしたい、ですか?でも、僕はその、あまり、人と話すのは上手くはない方でして。お話できることと言ったって、モンスター討伐とか、悪人退治だとか、復讐とバイオレンスまみれの、血生臭い話しかできませんよ?とてもあなたのような方が歌う歌の材料には使えないかな~、と思うんですけど?ほとんど没ネタになっちゃう気がするんですけど?」

 「大丈夫です!私、まだ新人で無名ですけど、作曲には自信があります!どんなネタでも歌にデキる自信があります!それに、今、世界中で話題の「黒の勇者」様の生の冒険譚を歌詞に使えるなんて、絶対に大ヒット間違いなしです!どうか取材させてください、「黒の勇者」様?」

 ローズと名乗る女性から頭を下げられて頼まれ、僕は彼女からの取材の申し出を断りづらくなってしまった。

 「ええっと、なら、今日の午後2時までなら取材にお付き合いさせていただきます。僕も予定があるものでして、その時間までなら、簡単な内容の取材ならお受けできますが、どうでしょうか、ローズ、さん?」

 「ありがとうございます!全然大丈夫です!昼食がてら、取材をさせてください!よろしくお願いします!では、私の泊まっているホテルのレストランでお話を聞かせてください、「黒の勇者」様!」

 こうして、僕はローズさんに案内され、彼女の泊まっているホテルのレストランにて、彼女から取材を受けることになった。

 浜辺から北東に約20分ほど歩いた海岸線沿いにある、ゴルフ場やテニスコート、大型プール、温泉浴場、水族館、レストラン&カフェ、屋外ライブステージ、いくつもの水上コテージなど大きな敷地にたくさんの豪華リゾート施設が立ち並んだ、巨大な高級リゾートホテルが、僕たちの目の前に現れた。

 「ここがローズさんの泊まっているホテルですか?ここって、ものすごく高級な感じがするんですが?」

 「はい。このコーラル・グランド・リゾートホテルに私は泊まっています。ここのライブステージのディナーショーで歌わせてもらっています。ショーの評判が良いと言われて、ホテルの方から特別に割安でスーパースイートコースのお部屋に泊らせてもらっています。おかげさまで、安心して作曲に集中することができて、とても感謝しています。」

 「す、スーパースイートコースの部屋に泊っているんですか?しかも、ホテル側からの特別待遇で、ですか?歌の実力でスーパースイートコースに格安で泊めてもらえるなんて、凄すぎますよ?もしかして、ローズさんって本当は結構、有名な方だったりしますか?僕が単に芸能関係に詳しくないド素人だからで、僕の方こそもっと敬意を払わなくちゃいけないんじゃ?」

 「クスっ。いえ、本当に私は無名の、売り出し中の新人歌手ですよ。歌手デビューはほんの最近なんです。スーパースイートコースに泊める機会をいただけたのは、本当に運が良かったからとしか言えません。ホテルの支配人さんがとても音楽に関心のある方で、オーディションで支配人さんの目に留まったのは、とても幸運なことだったと思っています。あっ、あそこがレストランです。あそこで是非、取材をさせてください、「黒の勇者」様。」

 僕はローズさんに案内され、ホテルのレストランで昼食を奢ってもらう代わりに、彼女からの取材インタビューに答えた。

 僕は話せる範囲で、これまでも僕のインゴット王国からゾイサイト聖教国までの、約半年間に渡る、異世界での冒険と、異世界の悪党どもへの復讐を行う、復讐の旅路について話した。

 「僕は周りの皆さんが思っているような、高潔なカッコいい勇者様、清廉潔白な正義の味方、なんかじゃないんですよ。ただの冒険者で、そして、異世界の悪党どもに正義と復讐の鉄槌を下す、優しい復讐の鬼、なんです。「黒の勇者」様なんて大層なあだ名で呼ばれるような人間じゃあありません。正直に言うと、勇者なんて呼ばれるのは嫌なんです。勇者なんて僕から見たら、僕を冤罪で処刑して、他にも散々悪事を働いた罪人共ですから、あの連中と同じ名前で呼ばれる気がして、気分が悪くなるんですよ。勇者なんてクソくらえ、なんてね。あっ、今の発言はオフレコでお願いします。ブレンダ様は別に気にしないんですけど、周りの人間は凄く気にするみたいで。お願いしますね。他に、何か僕に聞きたいことはありますか?」

 「少々驚きました。お話を聞くと、新聞や雑誌の記事の情報、噂なんかとは実物は、勇者様ご本人が真逆とは言いませんけど、大分イメージと印象が違うんだなと。ああっ、すみません。私、何度も何度も、あなたのことを「黒の勇者」様と呼んでしまいました。すごくお嫌、でしたよね?本当にごめんなさい!」

 「あ、謝らないでください!別に、ローズさんは何も悪くありませんよ!僕の個人的な事情で、一般人のあなたでは分からないことですから!「黒の勇者」と呼ばれることにも多少、耐性はついてきたので、そんなに気になさらないでください!良かったら、僕のことは気軽にジョーと、読んでください!親しい人や、事情を知っている人はみんな、ジョーと呼んでくれるので、そっちの名前で呼んでもらえると、僕は落ち着くので、すごく助かります!」

 「そうですか?なら、ジョーさん、とお呼びしてもいいですか?」

 「ええっ、もちろんです、ローズさん!」

 「なら、私のことも遠慮なく、ローズと呼び捨てにしてください。私とジョーさんは同い年なんですから?」

 「い、いや、その、呼び捨ては流石に失礼過ぎるかと。ローズ、さんじゃあ、ダメですか?」

 「クフフフ!いえ、無理強いはよくありませんね。ちょっと名残惜しいですけど、ローズさんで結構です。ジョーさんは本当に謙虚な方、なんですね。」

 「謙虚と言いますか、ただ陰キャでぼっち気質で、何でも真面目にやらないと落ち着かない性分なだけなんですよ。謙虚かどうかと言われると、そこまで言われる自信は正直、ないです。」

 「私はジョーさんのそういったところが、すごく良いと思います。神々があなたのことを公認の勇者だとお認めになった理由が、気に入られている理由が私には分かります。ジョーさんはとっても優しい人だからなんだな、って。」

 「アハハハ!?優しいは優しいでも、優しい復讐の鬼ですけどね。でも、あなたにそう言って褒めていただけて僕も嬉しい限りです。あっ、すみません。いつの間にか2時を過ぎていました。そろそろ、仕事に戻らないといけないので、僕はこれにて失礼させてもらいます。昼食、ごちそうになりました。取材は、没ネタばっかりでガッカリされたかもしれませんが、許してください。ローズさん、歌手活動、頑張ってくださいね。微力ながら応援しています。それじゃあ、失礼します。」

 「あっ、待ってください!良かったら、これをどうぞ。私のディナーショーのライブチケットです。一人分の参加チケットになりますけど。私は後、2週間くらいはこちらのホテルにご厄介になる予定です。お時間がある時に、もし、ご興味がありましたら、是非一度、私のステージを見に来てください。ライブは毎日、午後7時から午後8時の間でやっています。是非、私の歌を聞いてもらえますか、ジョーさん?」

 「もちろん、喜んで。必ず、時間を作ってライブ、観に行きます。絶対に観に行きますから。それじゃあ、またお会いしましょう、ローズさん。」

 「はい!お待ちしています、ジョーさん!」

 ローズさんから彼女のライブチケットをもらった僕は、ギルドへの報告や、別件のモンスターの討伐依頼の処理のため、ローズさんからの取材インタビューを終えると、彼女と別れて、レストランを出て、ふたたび空を飛んで次の仕事へと向かった。

 「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈への取材インタビューを終えたローズの下に、黒い執事服を着た、60代前半くらいに見える、口元に白いちょび髭を生やした、一人の老紳士が現れ、彼女に話しかけた。

 「ご無事で何よりです、ローズ様。「黒の勇者」とのお話はいかがでしたか?」

 「そうですね、セバス、とても謙虚で優しい方に、私には見えました。もっと荒々しくて怖い方だと思っていましたが、お話ししてみると、とても普通な方でした。勇者とは思えないくらい、とても穏やかで、正直で、ちょっと自信なさげで、どこか哀しみを背負っているようで、でも、とても優しくて温かい心を持っている方なんだと、私はそう感じました。あなたは「黒の勇者」、いえ、ジョーさんのことをどう思いましたか?」

 「じょ、ジョーさん!?ローズ様、相手は勇者です!もっと警戒すべき相手であることを忘れないでください!オホン。確かに、見た目や話しぶりは、ごく普通の、年頃の人間の少年に見えました。勇者の割に、どこか覇気がないと言いますか、いかにも地味で平凡な印象に見えます。ですが、やはり「黒の勇者」、あの少年は得体が知れません。「黒の勇者」がシーサーペント二体を単独で討伐する姿を、私も遠方より観察、調査しておりました。正直に申しますと、噂以上の、信じられない戦闘能力です。たった一人でシーサーペント二体を海中から引き上げ、さらに空を自力で飛んで陸地まで引きずり回すなど、とても人間業ではございません。シーサーペントに止めを刺したあの攻撃は、恐らく空間操作能力を応用したモノと推察いたします。人間一人の身で、何の補助も受けず、空間を自在に操作できるなど、あまりに規格外です。しかし、最も恐れるべき点は、「黒の勇者」、あの人間の少年からは一切の魔力が検知されない、ということです。シーサーペントとの戦闘中に、「黒の勇者」のステータス鑑定を試みました。しかしながら、結果はジョブもスキルも一切なし、体内の魔力量ゼロ、という、全くの予想外の結果でした。測定機器の故障を疑いましたが、故障箇所は全く無く、機械は正常に動作していたことは確認いたしました。戦闘中に魔力があの勇者の体から放出されることも一切、ありませんでした。魔力を一切使わずに、Sランク以上のモンスターを単独で、自力で倒せる未知の戦闘能力、未知のエネルギーを、「黒の勇者」は持っている危険性が浮上いたしました。戦闘時におけるあの少年の、モンスターと戦う姿は、最早勇者と評するのも生温い、人間の姿をした怪物、いえ、悪魔を想像させるほどの、見ているだけでゾッとする、得体のしれない迫力がありました。亡き先代、アイアン様、過去の魔王、過去の勇者、過去の英雄たち、彼らを軽く凌駕する恐ろしい何かに、私には見えました。「黒の勇者」の戦闘時の記録映像は完璧に全て記録しております。急ぎ映像を研究部門へと回し、「黒の勇者」の戦闘能力の秘密を解き明かし、かの勇者への対策を全力で押し進めるべきかと考えます。あの勇者は、「黒の勇者」は、本当に得体が知れません、ローズ様。」

 「セバス、あなたの言うことも一理あります。あなたの言った「黒の勇者」の戦闘能力に関する分析結果も非常に興味深い内容です。ですが、私があなたに訊ねているのは、「黒の勇者」、ジョーさんの表面的な部分ではなく、内面的な部分をあなたがどう見たか、ということです。ジョーさんは自分の守りたい人たちを守るために戦っている、異世界の悪党どもに正義と復讐の鉄槌を下すために戦っている、自分は勇者ではなく、ただの優しい復讐の鬼だと、私に向かってそうはっきりと言いました。彼が私にその話をしている時の、優しくて、でも、どこか哀しみや辛さを背負い込んでいる苦し気な表情が、あなたには見えなかったのですか?私はジョーさんが得体のしれない怪物なんかには見えません。怪物でもない、勇者でもない、ただ、自分の大切なモノを守るために、大切な人たちを守るために不器用ながらも懸命に戦う、優しい心を持った人間に見えました。彼の行動や言葉は、それらは全て、真っ直ぐで純粋で優しい他者を思う心から生まれたモノだと、私は彼と話して確信しました。他人とは違う見た目を持っているから、違う力を持っているから、考え方が違うから、だからと言って、自分とは違うから、よく分からないから、という理由で他者を勝手に危険な存在として扱い、差別するというのはよくありません。その考え方は、闇の女神イヴ様の教え、我々魔族の掲げる理念に反します。セバス、疑うことも大事ですが、信じることも大事なことです。私もあなたも、ジョーさんの全てを知ったわけではありません。憶測だけで、彼のことを貶めるような発言は控えなさい。よろしいですね?」

 「はっ!ローズ様の仰る通りです!無礼な発言をお許しください!「黒の勇者」、いえ、ジョー・ミヤコノ・ラトナ氏への失言は二度といたしません!ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした、ローズ様!」

 「頭を上げてください、セバス。あなたならちゃんと分かってくれていると、私は最初から信じていますから。話はこれくらいにして、私は早速、自分の部屋でインタビューでもらった言葉を下に、新曲の作曲作業に取り掛かります。公務の時間が来た時は教えてください。それと、今夜のライブステージの準備もお願いします。よろしくお願いしますね、セバス・ゼネラルマネージャー?」

 「かしこまりました、ローズ様。公務からライブステージ、歌手活動のマネジメントまで、全てこの私にお任せください。私、今はゼネラルマネージャーですので。」

 「フフフっ。頼もしいマネージャさんですね。頼りにしていますよ。はぁ~、ジョーさん、本当にステージを観に来てくれるでしょうか?本当に来てくれると嬉しいです。」

 マネージャであるセバスと、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈について語り合う、謎多き若手女性歌手、ローズ・ミドラーなのであった。

 主人公、宮古野 丈と、謎多き女性シンガー、ローズ・ミドラー、この二人の出会いが異世界アダマスに、そして、主人公の異世界での復讐の旅にどのような影響を今後、もたらすのか、それは誰にも全く分からない。








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