第七話 主人公、強化トレーニングに励む、そして、カワイイ娘も強くなる

 僕たち「アウトサイダーズ」が、新たな三人目の女神、「剣の女神」ブレンダと出会ってから五日後のこと。

 僕たち「アウトサイダーズ」は、元「槌聖」たち一行との戦いに備え、メルの故郷でもあるサーファイ連邦国にて、バカンスも取りつつ、強化トレーニングに取り組むことを決め、サーファイ連邦国をふたたび訪れることになった。

 大小100以上の島々で構成され、世界一青くて美しい海を持つ南国の島国、サーファイ連邦国。

 ほんの一月前、サーファイ連邦国は元「槍聖」沖水たち一行率いる海賊団によって一時国を占拠され、国が崩壊寸前の危機にまで追い込まれた。

 僕たち「アウトサイダーズ」が、元「槍聖」たち一行と海賊団を討伐してから約一ヶ月、いまだ元「槌聖」たち一行による被害の爪痕は残っており、元「槍聖」たち一行の襲撃で沈められた軍艦の残骸が海を漂っている。

 正確には、近くにある島の浜辺近辺にまで漂着し、残骸の一部が海の上から突き出て、剥き出しのまま残っている、という表現が適切であろう。

 僕たちは「海鴉号」に乗って、サーファイ連邦国の南にある島、フラワーコーラル島を訪ねた。

 フラワーコーラル島には、「コーラル・リゾートホテル」と呼ばれるリゾート施設があり、僕たちはこのリゾートホテルでバカンスも楽しみながら、強化トレーニングに励むことを計画した。

 フラワーコーラル島に上陸すると、僕たちは真っ直ぐに目的のホテルへと歩いて向かった。

 本来、観光産業が盛んなサーファイ連邦国のリゾート地の一つとして有名にも関わらず、島内を歩いている観光客は少ない。

 先月に起こった、元「槌聖」たち率いる海賊団によるサーファイ連邦国占拠事件の影響のためか、島を訪れる観光客の数は回復には至っていないと見える。

 ダーク・ジャスティス・カイザー海賊団自体は既に壊滅しているが、壊滅直前に海賊団を脱退した海賊共の生き残り、海賊団の残党が一部、サーファイ連邦国内にとどまり、ヒッソリと活動を続けていると、島を訪ねる前に情報を耳にした。

 海賊団と一緒に裏ビジネスをしていて、僕たち「アウトサイダーズ」によって本部が壊滅したサーファイ連邦国の闇ギルドの残党も残っていると聞く。

 異世界の悪党全員に復讐して地獄へ落とすことをポリシーとしている僕にとっては、自分が殺し損ねた復讐のターゲットが今も生きていて、ふたたび悪事を働いていると聞き、今すぐにでも海賊団の残党共を見つけ出して、皆殺しにしてやりたいと、怒りと殺意が沸々と沸き上がってくる。

 「海賊団の残党共、帰ってきてやったぞ。強化トレーニングも兼ねて、お前たち全員、復讐して今度こそ地獄に叩き落してやる。首を洗って待ってろ。」

 港から海沿いを東に歩いて約10分ほど行くと、目的のコーラル・リゾートホテルがあった。

 元いた世界のモルディヴやタヒチにあるような、美しく澄んだ青い海と白い砂浜が隣にある、ラグジュアリーな雰囲気が漂う、南国感とオシャレ感のある水上コテージが幾つも立ち並んでいる。

 ホテルのフロントがある事務所を僕たちは訪ねた。

 フロントの受付係の女性は、僕たち「アウトサイダーズ」の一行が入って来るなり、少々驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔で僕たちに向かって訊ねてきた。

 「いらっしゃいませ。コーラル・リゾートホテルへようこそ。失礼ですが、お客様は宿泊のご予約はされていらっしゃいますでしょうか?本日、団体のお客様のご予約は入っていないのですが?」

 「こんにちは。すみません。予約はしていないんですが、宿泊はできますか?急遽、この国を訪ねることになりまして、予約をする暇がなかったものでして。予約が必要なら、部屋が空いていないのでしたら、他を訪ねます。1ヶ月ほど泊まりたいと思っていたんですが。」

 「1ヶ月でございますか?少々、お待ちください・・・お待たせいたしました。スタンダードコースのお部屋でしたら空いております。それ以上のコースのお部屋は生憎、予約で埋まっておりまして。いかがなさいますか?」

 「では、スタンダードコースでお願いします。ええっと、大人9人、子供1人、全員で10名です。宿泊は1ヶ月、朝食と夕食付きでお願いします。」

 「かしこまりました。お部屋ですが、3人部屋が二部屋、4人部屋が一部屋となります。当ホテルは全室禁煙となっておりますのであらかじめご了承ください。お食事は全てルームサービスとなっております。その他オプションサービスをご利用の場合は、追加料金が発生いたします。宿泊代金のお支払いですが、チェックアウト時に清算をお願いいたします。何かご質問等はございますでしょうか?」

 「いえ、特にはありません。」

 「それでは、こちらの宿泊者名簿にサインをお願いします。」

 「分かりました。」

 僕がホテルの受付係より説明を聞き終え、宿泊名簿とペンを受け取ってチェックインの手続きを進めていると、玉藻たち他のパーティーメンバーが僕に訊ねてきた。

 「少しお待ちください、丈様!すみません、受付の方、もっと大きな部屋、10人部屋は空いておりませんでしょうか?」

 「申し訳ございません。当ホテルのお部屋は最大4名様までのご利用となっております。5人以上のお部屋は用意しておりません。ご要望に沿えず、誠に申し訳ございません。」

 「そ、そうですか?コホン。では、ここは丈様とわたくしとメルさんで3人部屋をお一つ取りましょう。メルさんのお世話はお任せください、丈様。」

 「ちょっと待ったぁー!玉藻、抜け駆けは無しだぜ!メルの世話なら俺にだってできる!ここは公平に、ジャンケンで決めようぜ?」

 「玉藻、自分で抜け駆け禁止を言っておいてサラッと抜け駆けしようとするのは卑怯。ここは酒吞の言う通り、公平に決めるべき。」

 「玉藻殿、抜け駆けはダメだ。我もここは公平に決めるべきだと意見する。」

 「玉藻の姉御~、メルをダシにして抜け駆けなんてズルいじゃんよ~。アタシら全員、公平に決めなきゃじゃんよ?」

 「本来ならば正妻である妾が婿殿と同室であるべきだが、ここは協定に従い、公平に決めるとしよう。玉藻よ、妾の前で簡単に抜け駆けできるなどとは思わぬことだ。」

 「私にだって丈様やメルさんと同室になる権利があります。玉藻さん、皆さん、ここは公平公正に決めるべきです。ブレンダ様もきっとそう仰るに違いありません。」

 「ウチがいることも忘れてもらっちゃあ、困るっしょ。ジョーちんと一緒の部屋に泊るのはウチだっしょ。ウチの本気をみんなに見せてあげますわ~。」

 「やはり、こうなりましたか。では、皆さん、ここは公平に、誰が丈様と一緒の部屋に泊るのか、決めるといたしましょう。丈様、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?すぐに終わりますので。」

 玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌ、スロウの八人は、互いに視線で火花を散らしながら、誰が主人公と同じ部屋に泊るのか、争うのであった。

 「え、ええっと~、別に構わないけど、できれば早く決めてくれないかな?後のお客さんの迷惑になるからさ。」

 「パパ~、お姉ちゃんたち何でバチバチしてるの~?」

 「さ、さぁ~?パパも良くは分からないけど、多分よっぽどメルと一緒の部屋に泊りたいんじゃないのかな~?」

 「そうなの~?え~とね、メル、ゾーイお姉ちゃんと一緒にお泊りしたい、なの。」

 メルがその一言を言った瞬間、玉藻たち女性陣が一瞬でギョッとした表情を浮かべながら、僕とメルの方を見つめてくる。

 それからスロウの口元がニヤリと一瞬笑い、スロウが目を瞑り、すぐにパッチリと目を開け、ゾーイと意識を交代した。

 「メルちゃん、一緒にお兄ちゃんと同じお部屋に泊りましょう。私もメルちゃんとたくさんお話ししたいし、遊びたいです。良いですよね、お兄ちゃん?」

 「ん!?ああっ、メルがそう言うなら、そうしよっか。じゃあ、僕とメルとゾーイで一部屋とることにしよう。」

 「なっ!?お、お待ちください、丈様!?」

 「め、メル、な、何で、ゾーイと一緒に泊まりたいんだ?お、俺じゃダメなのか?」

 「メルちゃん、私は?私じゃダメなの?」

 「め、メル殿、我と一緒に泊まらんか?何故、ゾーイ殿が良いのだ?」

 「メル、アタシじゃあダメか?グレイお姉ちゃんと一緒が良いよな?」

 「め、メルよ、妾と一緒に泊まりたくはないか?妾では不満か?」

 「メルさん、私は、私はどうですか?マリアンヌお姉ちゃんと一緒に泊まりませんか?」

 「メル、ゾーイお姉ちゃんと一緒が良い、なの。ゾーイお姉ちゃんとはまだあんまりお話ししてないから、もっとお話ししたい、なの。後ね、キュウちゃんとジュウちゃんのお世話も一緒にしたい、なの。ゾーイお姉ちゃん、キュウちゃんたちのお世話上手なの。メルがトレーニングしてても、キュウちゃんたちのお世話お願いできるの。」

 キュウちゃん、ジュウちゃんと言うのは、僕が元「弓聖」たち一行の討伐の時に使ったキバタンという種類のオウムの生き残りで、現在はメルがペットとして大事に可愛がっている二羽のオウムのことである。

 最近はメルにお世話を任せていて、僕も時々餌をやったり、話しかけたりしていたが、ゾーイがメルと一緒にキバタンたちを仲良くお世話しているところを何度も見たことを、今更ながら思い出した。

 「「「「「「「あっ!」」」」」」」」

 玉藻たちも、僕と同じように思い出したようだ。

 「キュウちゃんたちのことは私に任せてください。メルちゃんがトレーニングしている間も、私がちゃんとお世話してあげますから。一緒にキュウちゃんたちのこととか、お兄ちゃんのこととか、いっぱいお話ししましょうね、メルちゃん?」

 「やったー、なの!ゾーイお姉ちゃんと一緒にお泊り、なの!」

 「そういう訳ですので、すみませんが、皆さん、今回は私がお兄ちゃんとメルちゃんと一緒に泊まります。兄妹水入らず、じゃなかった、家族水入らずといきましょう。よろしくお願いします、お兄ちゃん?」

 「んっ?ああっ、まぁ、よろしく。確かに兄妹で泊まった方がお互い気を遣わずに済むし、バカンスも楽しみやすいかもな。」

 「お兄ちゃんの言う通りです!兄妹で一緒に泊まるのが一番健全で楽しいはずです!妹こそ正義なのです!」

 ドヤ顔をしながら、玉藻たちに向かって大声で自慢気に語るゾーイであった。

 「くっ!?ゾーイさん、何のためらいもなく妹権限を使ってくるとは!?ゾーイさん、もっとおしとやかな方と思っておりましたが、どうやら私たちの思い違いだったと、良く分かりました!義妹と言えど、これからは一切容赦しませんからね!く、悔しいー!?」

 「ゾーイ、俺の前で丈の家族面したこと、後でたっぷりと後悔させてやるぜ!妹権限なんて卑怯な手は、次からは通じねえからな!覚えてろよ!」

 「ブラコン恐るべし!ブラコンは私の敵!ゾーイ、スロウ、二人とも後でキッチリと締める!」

 「ゾーイ殿、貴殿からの宣戦布告、確かに受け取ったぞ!我らは今日からはライバルだ!それを忘れるな!」

 「ゾーイ、いや、このブラコン!妹だからって、アタシは容赦しねえからな!後でたっぷりと吠え面かかせてやるじゃんよ!」

 「ゾーイよ、言うようになったではないか、ええっ、ブラコンの泥棒猫めが!?もし、婿殿にちょっとでもおかしな真似をしてみろ、その時は例え妹でも容赦はせん!妾が婿殿の正妻であることを忘れるでないぞ、小娘!生意気な相棒にも調子に乗るなと、よく伝えておけ!死にたくなければな?」

 「ゾーイさん、あなたがとても不健全な妹だということが良く分かりました!あなたがとてもあざとくて、最も油断できない最大の障害だと認識しました!ブラコン上等です!この喧嘩、受けて立ちます!」

 「はて、皆さんの仰っていることは良く分かりません。兄と妹が同じ部屋に泊ることの一体、何がいけないんでしょうか?兄と妹が仲良しなことの何が問題だと?ねぇ~、お兄ちゃん?メルちゃん?」

 「えっ!?ま、まぁ、兄妹は、家族は仲が良いのが一番だよ、うん!?さてと、サッサとチェックインの手続きを済ませようっと!?」

 「パパとゾーイお姉ちゃんが一緒にお泊りしちゃダメなの?仲良しだから大丈夫だと思う、なの?」

 メルの何気ない一言で場に張り詰めた空気が漂う中、急いでチェックインの手続きを済ませた僕だった。

 結果、僕とメルとゾーイ(&スロウ)で一部屋、玉藻と酒吞と鵺で一部屋、エルザとグレイとイヴとマリアンヌで一部屋、それぞれ別れてホテルに泊まることになった。

 それと、受付係の人が宿泊者名簿に書かれた僕の名前を見た瞬間、急に顔色が青ざめ、僕の顔をガン見してきてから、支配人を呼んでくるだの、スイートコースの部屋を今すぐ用意するだの言ってきたが、丁重に申し出を断らせてもらった。

 「女神公認の勇者」という肩書で特別扱いされて碌なことがなかったし、先にスイートコースを予約している他のお客に迷惑をかけることにもなるからである。

 コーラル・リゾートホテルへの宿泊が決まり、部屋に荷物を置いたりした後、僕たちは一旦ホテルを出て、ホテルの近くのレストランでみんなで一緒に昼食を食べた。

 昼食の時も何故か、少しピリピリとした空気が流れていて、僕はあまり食事を楽しめなかった。

 昼食後、僕たちは「海鴉号」に乗って一度、フラワーコーラル島を離れて、サーファイ連邦国の首都があるサーファイ島へと向かった。

 サーファイ島の南側の港に船を一時停泊させると、イヴの瞬間移動でサーファイ島の中央の首都へと移動した。

 首都の街中へと到着すると、僕たちは首都の大通りを歩いて、目的地であるサーファイ連邦国冒険者ギルド本部へと向かった。

 大通りを東に向かって約10分ほど歩くと、横長で三階建ての、木製の、三角屋根を持つ高床式の大きな建物が見えた。

 入り口は木製の両開きとなっていて、入り口前には木の階段がある。

 入り口の上の方には、「サーファイ連邦国冒険者ギルド本部」という看板がかかっている。

 つい一月前、このサーファイ連邦国冒険者ギルド本部は、元「槍聖」たち一行によってギルドに所属している冒険者、ギルド職員のほとんどを虐殺され、壊滅状態にあった。

 元「槍聖」たち一行討伐後、サーファイ連邦国政府の要請により、世界各国の冒険者ギルドからギルド再建のために支援の手が差し伸べられ、増援の冒険者や職員などが派遣され、建て直しが進められていると聞いている。

 僕が所属するラトナ公国政府が真っ先に支援を申し出て、中心となって再建のための支援を行っている。

 外から見た感じ、再建は進んでいる様子で、ギルドの中には冒険者や職員、依頼主などがいて、入り口から人の出入りも確認できる。

 「あれからもう一月か。血の海だったこのギルドが無事、再建に向かっているようで良かった。それじゃあ、中に入るとしようか。」

 僕が先頭を切って、入り口の扉を開き、仲間たちと共にギルドへと入って行く。

 僕はギルドに入ると、受付には向かわず、最初に依頼書が張ってある掲示板へと向かった。

 掲示板の前に着くと、僕はパーティーメンバーたちに向かって言った。

 「みんな、好きな依頼書を選んでくれ。自分のトレーニングになりそうな依頼を選ぶように。トレーニングもしながら、依頼も解決して、一石二鳥というわけだ。できれば、ハズレ依頼を優先的に受けるようにしよう。僕はメルとマリアンヌとスロウと一緒にトレーニングをする。トレーニングの合間に、各々バカンスも楽しんでくれ。依頼の受付は各自でやってくれ。それと、スロウ、一緒に来い。お前の冒険者登録の手続きをする。トレーニング期間は一ヶ月間を想定しているけど、場合によっては切り上げる可能性もある。依頼が未達成にならないよう注意するように。みんなから何か質問はあるかい?」

 「いえ、私は特にございません、丈様。」

 「俺も質問はねえぜ、丈。」

 「私も特にはない、丈君。」

 「我も質問はない、ジョー殿。」

 「アタシも特にはねえじゃんよ、ジョー。」

 「妾も特にはないな、婿殿。」

 「私も特にはございません。全てお任せいたします、ジョー様。」

 「ウチも質問はナッシングだよ、ジョーちん。よろしくね~、ジョーちん。」

 「メルも質問はありません、なの。パパ、よろしくお願いします、なの。」

 「全員、質問は無しだね。みんなやる気も十分で何よりだ。今回の強化トレーニングで僕たちは今まで以上に強くなるんだ。そして、更に強くなった僕たちの姿を、あのブレンダの前で見せつけるんだ。最後に、更にパワーアップした力で元「槍聖」たち一行を全員、復讐して地獄に叩き落す。それじゃあ、みんな張り切っていこう!」

 「「「「「「「「オー!」」」」」」」」、「オー、なの!」

 僕たち「アウトサイダーズ」は強化トレーニングに向けて、それぞれ掲示板より各自、自分の強化トレーニングに合わせた依頼書を選び、剥がしていくのであった。

 僕は数枚の依頼書を選んで掲示板より剥がすと、メルとマリアンヌとスロウの三人を連れて、ギルドの受付カウンターへと向かった。

 受付カウンターに着くと、20代前半の青いロングストレートヘアーに褐色の肌のサーファイ連邦国人らしい受付嬢が僕たちに話しかけてきた。

 「いらっしゃいませ。サーファイ連邦国冒険者ギルド本部へようこそ。ご新規のお客様でいらっしゃいますね。本日は当ギルドにどういった御用事でしょうか?依頼の受注、依頼の斡旋、それとも、冒険者登録でしょうか?」

 「こんにちは。初めまして。僕たちは冒険者です。今回は依頼の受注に来ました。それと、後ろにいる緑の服を着た彼女の冒険者登録と、パーティーメンバーへの登録手続きも併せてお願いします。」

 「かしこまりました。では、手続きを進めさせていただきますので、お客様のギルドカードをご提示いただけますでしょうか?」

 「分かりました。メル、マリアンヌ、二人もギルドカードを出してくれ。」

 「分かりました。」

 「分かったのー!」

 僕とマリアンヌとメルの三人は、それぞれ自分のギルドカードを受付嬢へと渡した。

 「拝見いたします。ええっと、名前は、ジョー・ミヤコノ・ラトナ、パーティーネームは「アウトサイダーズ」、ランクはSランク、ジョブなし、スキルなし・・・えっ!?」

 受付嬢が僕のギルドカードの内容を読んだ瞬間、急に顔色が青く変わった。

 それから、僕の顔を信じられないといった感じで、ジーっと凝視してくる。

 「た、大変失礼とは存じますが、ま、まさか、く、「黒の勇者」様で、い、いらっしゃいますでしょうか?」

 「えっ、「黒の勇者」!?」

 「おい、「黒の勇者」様って今、聞こえなかったか?」

 「く、「黒の勇者」様って、あの、「黒の勇者」様か?」

 「神々公認の勇者、絶対に手を出しちゃあいけないって言う、あの「黒の勇者」様か?あのガキがか?」

 「馬鹿!?大きな声で滅多なこと言うんじゃねえ!死にてぇのか、おめぇ!どっからどう見ても噂通りの姿してるだろうが!?」

 「急いでギルドマスターを呼んでこなくちゃ!?ギルマスに怒られるわ!?」

  受付嬢の声を聞いて、周りにいた冒険者たちやギルド職員、お客たちが一斉に僕の方を見ながら騒ぎ始めた。

 「えっと、まぁ、偶に「黒の勇者」なんてあだ名で呼ばれることもあります。初めまして。「アウトサイダーズ」のパーティーリーダーを務めております、ジョー・ミヤコノ・ラトナと言います。僕のことは気軽にジョーとでも呼んでください。その、勇者と呼ばれるのは個人的にあまり好かないものでして。」

 「い、言え、「黒の勇者」様を呼び捨てにするなど、とんでもございません!ラトナ大公家の方で、神々公認の勇者様であるあなた様を呼び捨てになどしたら、どのような罰が下ることになるか!?」

 「いえいえ、僕なんてまだまだ新米の冒険者ですから、別にお気になさらないでください。親しい人はみんな普通に、僕のことはジョーと呼んでくれます。女神様も勇者だからと言って、僕を特別扱いはしない、ただの同僚だと言ってくれてますし。僕自身、「黒の勇者」という呼ばれ方は好きじゃないんです、本当に。普通にジョーさんとか、ジョーとかで呼んでください。じゃないと、一応勇者であるこの僕を私的に利用しようとして、神罰が当たった、どこかの国のギルドみたいに潰されるかもしれませんよ。物理的な意味で。この冒険者ギルドはそうじゃないと思っているんですが?」

 「め、滅相もございません!?当ギルドは決して、ゾイサイト聖教国の冒険者ギルドのような杜撰な経営は行っておりません!勇者の私的利用など、そのようなことは決して考えておりません!現在、各国から支援をいただき、再建の真っ最中、新装開店したばかりです、はい!」

 「それは良かった。なら、僕のことはどうか気軽にジョーと呼んでください。ただのS級冒険者として扱っていただければ結構です。ええっと、良ければあなたのお名前を伺っても?」

 「へっ!?あっ、は、ハンナ・イエローシーホースと申します?」

 「ハンナさんですね?僕はジョーと言います。短い間ですが、少しばかりこちらにご厄介になります。どうかよろしくお願いします、ハンナさん。」

 僕はハンナと名乗る受付嬢に向かって営業スマイルを浮かべながら、右手を差し出し、握手を求めた。

 「こ、こちらこそよろしくお願いします、じょ、ジョーさん?」

 「はい、よろしくお願いします、ハンナさん。では、早速ですが、手続きの方を進めていただいてもよろしいでしょうか?後、ギルドマスターさんは別に呼んでいただかなくても結構です。何かとお忙しいと思いますので。」

 「か、かしこまりました!超特急でお手続きを進めさせていただきます!少々、お待ちください!」

 握手を交わしながら挨拶を終えると、受付嬢ことハンナさんは大急ぎで手続きを進めてくれるのであった。

 「ジョーちん、いつもあんな感じで女の子口説いてんの~?あれじゃあ、勘違いされても文句言えないよ~、マジ?」

 「ジョー様、本気で女性を口説いているわけではないと分かっていますが、もう少しご自分の立場を理解してください。あんな風に男性から、しかも勇者から優しく接されたら、好意を持たれていると誤解されかねません。もっと事務的な対応でよろしいかと。今のはかなりフランクすぎます。」

 スロウとマリアンヌが顔を顰めながら、僕に向かって注意してきた。

 「あのなぁ~、二人とも、僕は別に口説いてなんかないから。普通に同業者として挨拶しただけだから。これでも、陰キャのコミュ障なりに頑張って、フランクで丁寧な挨拶の仕方ってのを覚えたんだぞ。大体、今の挨拶のどこに女性を口説いてる要素があった?ただの営業スマイルに挨拶だろ?どこぞの恋愛脳丸出しの元勇者と一緒にしないでくれ。二人こそ、トレーニングはもう始まっていることを忘れないように。分かったね?」

 「はぁ~。そっちこそ、本当に分かってんのかね~?受付嬢たちがさっきからキャッキャッ言いながら自分を見てることにっしょ。」

 「ジョー様は女性からの好意に無自覚すぎます。あの受付嬢の赤くなった顔が見えていないとは。ジョー様には恋愛スキルの強化トレーニングの方が大事だと、私には思えてきました。はぁ~。」

 スロウとマリアンヌは小言を呟きながら、ため息をつく。

 「お姉ちゃんたち、朝からピリピリしてて変なの~?」

 そんな二人を、幼いメルは不思議そうな表情を浮かべながら見つめるのであった。

 尚、近くのカウンターで同じく手続きをしていた、玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴの他の六人も、主人公とハンナのやり取りを見て、スロウとマリアンヌの二人と同じように、顔を顰め、それから、はぁ~っと、深くため息をつくのであった。

 冒険者ギルドで無事、手続きを終えると、僕たち「アウトサイダーズ」は、各自分かれて、それぞれ強化トレーニングに取り組み始めた。

 僕、メル、マリアンヌ、スロウの四人は、イヴの瞬間移動でサーファイ島の東側の浜辺へと転送してもらい、強化トレーニングをすることにした。

 誰もいない東側の浜辺で、僕はメルたち三人を見ながら言った。

 「当初の予定通り、今日からこの四人で一緒に強化トレーニングを行うとする。僕とスロウは戦闘能力の強化開発、メルとマリアンヌは戦闘方法の習得だ。メルとマリアンヌのコーチは主に僕が担当する。スロウにもサブとして手伝ってもらう。本来、非戦闘職のジョブを持つ二人が戦闘方法を身に着けるのは大変なことだとは分かっている。けれど、僕は二人ならできると信じている。次の目的地であるアメジス合衆国は別名「犯罪の国」と呼ばれるほど危険な場所だ。元「槌聖」たち一行との戦いもこれまで以上の激戦となる可能性が予想される。激戦地へと赴く以上、二人には最低限、自衛のための手段を持っている必要がある、と僕は考えた。決して無理強いはしないし、最前線で戦わせるつもりはないが、万が一に備え、ある程度戦えるようになってもらう。パーティーリーダーとして、コーチとして二人を、手加減なしで鍛える。トレーニングが順調に進めば、ハズレ依頼を使った実戦テストにも参加してもらう。スロウ、お前も「アウトサイダーズ」の正式なパーティーメンバーとなった以上、さらなる強さを身に着けてもらうぞ。覚悟は良いな、三人とも?」

 「はい、メル、絶対に強くなります、なの!よろしくお願いします、なの!」

 「覚悟なら出来ております、ジョー様!ご指導よろしくお願いいたします!」

 「ウチだってモチのロン!ぜってぇー、パワーアップして、あのいけ好かねえ女神に阿保面かかせてやるっしょ!」

 「その意気だ!では早速、トレーニング開始だ!メル、マリアンヌ、僕に付いてきてくれ!」

 僕は三人の意気込みを確認すると、スロウを残し、メルとマリアンヌを連れて50mほど離れた位置に歩いて移動した。

 海をバックにしながら、僕はメルとマリアンヌに向かって説明を始める。

 「二人にはまず、自分の魔力を自由にコントールできる方法を覚えてもらう。体の中を流れる魔力を体の外側へと流す。それから、魔力のエネルギーを全身に身に纏う。僕をよく見ていてくれ。」

 僕は二人にそう言うと、全身からゆっくりと青白く光る霊能力のエネルギーを放出し、霊能力のエネルギーを全身に纏ってみせた。

 「僕の場合は霊能力だが、こうやって体の内側を流れる魔力を体の外側へと流して覆うイメージでやってみてくれ。最初は、手だけに魔力を身に纏えるようになるところからやってみようか。少しでも長い時間、全身に魔力を身に纏うことができるようになれば、最初のステップは合格だ。それじゃあ、二人ともやってみようか。」

 「はい、頑張りますなの!」

 「分かりました、ジョー様!」

 メルとマリアンヌはそう言うと、早速トレーニングを開始した。

 メルは両手の拳を握りしめながら、マリアンヌは両手の手の平を上に向けながら、それぞれ体の内側を流れる魔力を体の外へと放出して身に纏おうとする。

 「むむむ~!?」

 メルが一生懸命、両手の拳を握りしめながら、白い魔力のエネルギーを少しづつ拳に集めていく。

 メルの両手の拳が魔力のエネルギーを身に纏い、徐々に光を増してゆく。

 一方、マリアンヌは両手の手の平を上に向けながら、白い魔力のエネルギーをゆっくりと流し、両手全体を滑らかに覆うような感じで魔力を集めていく。

 メルと比べると滑り出しは順調に見える。

 マリアンヌの両手がゆっくりと魔力のエネルギーに覆われていく。

 マリアンヌの両手全体が魔力のエネルギーを身に纏う。ただ、メルよりも魔力のエネルギーの輝きが、光が弱いことが少し気になった。

 「ふぅー、ふぅー!」

 二人が両手に魔力のエネルギーを纏い始めてから三分ほどが経過した頃、マリアンヌが先に魔力の放出が止まった。

 さらにそれから三分後、メルの魔力の放出が止まった。

 「ふぅ~、ふぅ~。もう、限界、なの!」

 「はぁ~、まだちょっと息切れがします!メルさん、私よりも長く魔力を身に纏えるとは驚きました!本当にすごいです!」

 「二人ともお疲れ様。メル、六分も魔力を身に纏えるなんて凄いな。初めてで、一回目でここまでできるとは、パパもびっくりだよ。でも、魔力切れを起こして倒れたらいけないから、無理はしちゃダメだよ。だけど、よく頑張りました。」

 「えへへ~!パパの戦ってるところ真似してみたらできたの~!」

 「そっかー!メルはパパのことをよく見てるなー!今の調子で、パパみたいにできるようになれば合格だよ!」

 「うん!メル、もっともっと練習して上手になります、なの!」

 「よしよし。焦らず、無理をせず、練習すれば、きっとできるようになるからねー!」

 僕は笑いながら、メルの頭を撫でるのであった。

 「まさか、メルさんに先を越されるとは思っていませんでした。私なりに頑張ってみたのですが?」

 「マリアンヌ、お前も初めてでよくやった方だと思うぞ。滑り出しは順調だったし、形にはなっていた。ただ、メルと比べて、身に纏う魔力のエネルギーの量が少なく見えた。魔力切れを意識し過ぎているところはないか?あまり深くは考えずに、もっと思いっきり魔力を放出してみてもいいかもしれない。でも、本来自分が持つジョブとスキルとは無関係の、戦闘職向けの使い方を覚えようとしているんだ。三分身に纏えたのだって、結構良い線入ってると、僕は思うぞ。まだトレーニングは始まったばかりなんだ。焦らず、無理せず、目標を達成できれば良いんだ。これぐらいでめげてしまっていたらダメだぞ。良いな?」

 「はい。ジョー様の言う通りですね。くよくよしていても何も解決しませんし。ひたすらトレーニングに励むのみです。メルさんに負けないよう、頑張ります!」

 「その意気だ。五分休憩だ。五分経ったら、今と同じようにトレーニングをするんだ。苦しいと思ったところでまた、五分休憩を入れる。トレーニングと五分休憩を交互に入れる形でやるように。僕は僕でトレーニングをする。聞きたいこととかあったら、遠慮なく質問してくれ、二人とも。」

 「分かった、なの!」

 「了解しました!」

 僕はメルとマリアンヌに自主トレを行うよう指示すると、二人から10mほど離れ、一人トレーニングを始めた。

 「さてと、それじゃあ僕もトレーニングを始めるとしよう。ここなら、瞬間移動のトレーニングにはピッタリだ。」

 僕はそう言うと、両目を瞑り、その場で深呼吸をした。

 それから、重力操作と空間操作の効果を持つ紫色の霊能力のエネルギーを、全身からゆっくりと解放し、紫色の霊能力を全身に身に纏った。

 僕は自分から見て左前方に50m離れた位置にある、浜辺の大きな石を見た。

 大きな石を見ながら、紫色の霊能力のエネルギーを身に纏った右手を前に突き出した。

 「目標、50m左前方の石。行くぞ!瞬間移動!」

 右手が紫色に一瞬、強く光り輝いた直後、僕は立っていた場所から50m左前方にある大きな石の、ほんの5㎝手前の位置まで瞬間移動した。

 「おっと、危ない!1m手前に移動したつもりだったけど、大分ギリギリだったな!後ちょっとで石に激突してたな!物体の転送は、船の上である程度練習してできるようになったけど、僕自身の移動はまだまだだな!まぁ、とにかく練習あるのみだ!瞬間移動をマスターできるようになれば戦術の幅はさらに広がる!必ずマスターしてやる!」

 僕は瞬間移動能力をマスターするため、浜辺にある石や流木などを目印に、瞬間移動のトレーニングをひたすら繰り返すのであった。

 午後4時。

 トレーニング開始から約3時間後。

 僕は同じく浜辺でトレーニングをしているであろう、スロウの下を訪ねた。

 スロウは浜辺で、一人座禅のような格好で座っていた。

 「お疲れ、スロウ。トレーニングは順調かい?」

 僕が訊ねると、スロウがゆっくりと両目を開き、返事をした。

 「お疲れ~、ジョーちん。ウチは今さっき、自分の新しい可能性に、新境地に気が付いたんよ。フッフッフ、我ながら自分の才能が怖いでございまする。」

 「新境地?ええっと、それはつまり、新しい能力とか新しい戦法を見つけたってことか?」

 「フッフッフ。その通り。ウチが見つけたウチの新しい能力が覚醒すれば、さらにレベルアップすれば、「マジ無敵なんじゃね?」、とみんなに言わせてしまうほどの激ヤバな力にね。」

 「それは凄いな。っで、具体的にはどんな力なんだ?無敵って言うからには、神王様とか言う、神界の最高神も軽く倒せるくらいか?」

 「そ、そんなわけねえっしょ!?神王様を倒すとか無理だから!神王様に喧嘩売るなんて自殺しに行くようなもんだから!冗談でも神王様を倒すとかぜってぇーに言っちゃダメだから!マジNGワードだから!」

 「お前が無敵とか言うからだろ。まぁ、冗談はさておき、新しく見つけた能力とやらを見せてくれ。お前なりに結構自信があるのは分かるしさ。」

 「ふぅ~。ジョーちん、神王様の悪口は絶対に言っちゃダメだからね。マジ気を付けろっしょ。ブレンダの奴にチクられでもしたらマジでヤバいことになるっしょ。ええっと、ウチの新しい能力だけど、見せてあげるっしょ。ジョーちん、ウチの右手を見てて。」

 スロウは落ち着きを取り戻すと、僕に自分の右手を見るように言った。

 スロウの右手を見ると、手の平の上に、ピンク色の小さな貝殻が一つチョコンと乗っていた。

 「よ~く見ててね。それじゃあ、行きまする。」

 スロウは、ピンク色の貝殻を持った右手を握りしめた。

 それから、スロウの右手がターコイズグリーン色に光り輝いた。

 10秒ほど右手を握りしめ、光が消えると、スロウはふたたび右手を開いた。

 スロウの右手を見ると、手の平の上にある貝殻の色が、鮮やかなピンク色から白色に変化している。

 貝殻自体もどこかボロボロというか、劣化したように見える。

 「貝殻の色が白く変わっている。まるで貝が劣化したような・・・そうか、貝殻の時間だけを急速に進めさせたんだな?」

 「ピンポ~ン!流石はジョーちん!ジョーちんの言う通り、貝殻だけに対象を絞って、時間を一気に進めさせたんよ!もっと詳しく言うと~、ウチが直に触れた物の時間だけを超早送りできることに気が付いたんよ~!これを使えば、どんな生き物もたちまち老化させることも、骨だけにしちゃうこともできるんですわ~!どう、マジで凄くな~い?」

 「確かに凄いな。触れた相手を老化させる能力か。中々ユニークで恐ろしい力だ。老化ができるなら、その逆もできるわけだ。ただ、相手に直接触れないと効果を発揮しない、つまり、相手の懐にまで入らないといけない、というデメリットがあるな。時間を止める能力と組み合わせれば、格下相手には決定打になる。老化を回復する方法なんてまず無いしな。問題は格上相手、自分よりレベルが上の相手にどこまで通用するかだ。女神相手だと効果は薄そうだし。いや、隙を作って、その間に敵の武装に触れて、武装を劣化させて破壊して敵の戦力をダウンさせる戦法もアリだな。直に触れずともこの能力で攻撃できるようになれば、さらに破壊力は増すな。逆に時間を戻して自分や味方を回復させる、なんて使い方もあるな。開発しがいのある能力じゃないか。」

 「ジョーちん、ウチよりめっちゃ興奮して楽しそうだし。マジで戦闘狂だわ~。ジョーちん、君はもっと青春した方が良いよ。いつも血まみれでバイオレンスな復讐ばっかの生活は良くないと思うっしょ。マジで。」

 「生憎、青春なんてモノに興味はない。僕の青春は、このクソみたいな異世界に召喚されて完全に終わったんだ。そもそも、元から陰キャのコミュ障でぼっちだったしな。それに、今の僕には、異世界の悪党どもに復讐するという生き甲斐がある。大事な家族に仲間だっている。復讐ばっかの人生も、まぁ、そこそこだが悪くはないよ。そんなことより、スロウ、お前の新しい能力は実にユニークで強力だ。今の調子でドンドン能力を開発してモノにしてくれ。上手くモノにできれば、パワーアップ間違いなしだ。期待しているぞ。」

 「了解っと。新しい能力はぜってぇー、使いこなせるようになってみせるっしょ。でも、明日はお休みするっしょ。高級リゾートでのバカンスも楽しみたいからね~。」

 「はぁ~。別にバカンスを楽しむのは構わないが、休んでばっかでトレーニングをサボらないように。ゾーイが付いているから大丈夫だとは思うけど。」

 「これでも、トレーニングしながらキュウちゃんとジュウちゃんのお世話も同時にしてて、ウチも結構忙しいんよ、マジ。バカンス無しじゃあ、絶対無理~。」

 「そうだったな。でも、遊び過ぎてウカウカしてる間に、他のみんなとドンドン差が開いたりしてもいけないからな。バカンスもほどほどにな。それじゃあ、僕はメルとマリアンヌの様子を見てくるとするよ。」

 僕はスロウと話を終えると、浜辺でトレーニング中のメルとマリアンヌの様子を見に行くのであった。

 午後5時。

 トレーニング初日を終え、他のパーティーメンバーたちと再び合流すると、僕たちは「海鴉号」に乗って、サーファイ島を離れ、フラワーコーラル島のコーラル・リゾートホテルへと戻った。

 水上コテージで夜の海を見ながら、メルとゾーイ(&スロウ)と一緒に楽しく夕食を食べるのであった。

 スタンダードコースとは言えど、流石は高級リゾートホテルと言うべきか、夕食はサーファイ連邦国自慢の海産物を使ったコース料理で、豪華で新鮮でどれも美味だった。

 「はい、お兄ちゃん、あ~ん❤」

 「パパ、あ~ん、なの!」

 「はいはい、ありがとう、ゾーイ、メル。」

 主人公とメルとゾーイ(&スロウ)が楽しく夕食を食べている姿を、他のコテージに泊まる、玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌの七人が恨めしそうな表情を浮かべながら三人を見ていることに、主人公こと宮古野 丈は全く気が付いていなかった。

 お風呂を済ませた後、僕とメルとゾーイ(&スロウ)の三人は、ベッドをくっつけて一緒に寝ることになった。

 特大のフカフカのシングルベッドが三つあり、メルとゾーイの二人が僕の傍で一緒に寝たい、と言うので、お互いのベッドをくっつけて、家族三人仲良く一緒に寝るのであった。

 主人公とメルとゾーイの三人がベッドをくっつけて仲良く一緒に寝ている姿を、他のコテージから、玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌの七人が、険しい表情を浮かべながら、ほぼ一晩中監視していることに、主人公は気付いていなかった。

 サーファイ連邦国で強化トレーニングを始めてから一週間後。

 トレーニング八日目。

 メルとマリアンヌの強化トレーニング第一弾の仕上がりは、多少バラつきはあれど、まずまずといった感じであった。

 「パパ~、メル、また長く光れるようになったの~!」

 「ああっ、凄いな、メル!11分連続で魔力を身に纏えるようになるなんて、予想以上の成長だ!トレーニングを頑張って偉いなぁー、メルは!」

 「えへへ~!もっともっと、トレーニングを頑張ります、なの!」

 メルは魔力のエネルギーを全身に身に纏える時間が、トレーニング初日より大幅に伸び、今では11分連続で身に纏えるようになった。

 纏っている魔力のエネルギー量も多くて力強く、それでいて安定している。

 「はぁー、はぁー!またメルさんとの差が開いてしまいました!すみません、ジョー様!」

 「お前も成長はしているぞ、マリアンヌ。連続で7分、魔力を身に纏えるようにようになっている。トレーニング初日から着実に進歩はしている。使用時間は確実に伸びている。ただ、身に纏っている魔力のエネルギーが少ないことの方が気にはなるな。体内の潜在的な魔力量も、レベルも、メルよりお前の方が上だ。けど、身に纏っている魔力の量は明らかにメルよりも少ない。本来出せる最大出力を出し切れていないように見える。原因は断定できないが、もしかしたら「巫女」のジョブとスキルが足枷になっているかもしれないな。」

 「「巫女」のジョブとスキルが成長の足枷になっている、ですか?」

 「前に言ってただろ。「巫女」のジョブとスキルのレベル上げをするために、常にリリアからいつ、どこにいても神託を受け取れるよう無意識にスキルを常時発動する体づくりをやってきたって。もしかしたらだが、今も無意識に体が「巫女」のスキルを常時発動していて、その分の魔力のエネルギーが、リソースが割かれていることが、出力不足の原因になっているんじゃないか、と僕は睨んでいる。と言っても、僕自身、非戦闘職の人間に戦い方を教えるのは初めてだ。僕の教え方やトレーニング方法に問題があるのかもしれない。あるいは、精神的な問題も考えられる。リリアの「巫女」である、という意識が強過ぎて、自分が戦闘職のジョブを真似することに内心、不安だったり、忌避感だったりを、無意識に心の中に抱いていたりだとか、な。でも、自分で課題があることが分かっているなら、それも十分な進歩だ。伸びしろがないわけじゃあないんだ。焦る必要はない。」

 「ありがとうございます、ジョー様。「巫女」のジョブとスキルが、「巫女」であるという意識が私自身の成長の邪魔になっているかもしれない・・・」

 「「巫女」のジョブとスキルはかなり特殊だし、お前から聞いた話でそう思っただけだ。けど、試しに、自分がリリアの「巫女」だということを忘れてトレーニングしてみてはどうだ?「巫女」のスキルを止められるなら、一度止めてみてはどうだろう?リリアがアダマスの担当女神に復帰する時期は未定なんだし、お前が生きている間に復帰する保証はないんだ。まぁ、お前自身の矜持だとか誇りだとかにも関わる話だ。やるかやらないかはお前が決めろ、マリアンヌ。「アウトサイダーズ」のメンバーとして強くなりたいと本気で思うならな。」

 僕は悩むマリアンヌにアドバイスを送るのであった。

 実際、マリアンヌも成長はしている。

 連続して7分間、魔力のエネルギーを全身に身に纏えるようになった。

 トレーニング初日に比べたら、確実に成長してはいる。

 ただ、5歳のメルに比べて全身に身に纏える魔力のエネルギーの量が少ない、出力が弱いのは、やはり気になる。

 全身に身に纏える魔力のエネルギーの量が、今後のパワーやスピード、防御力などの身体強化、魔力の応用など、今後の成長、強化に大きく影響するからである。

 最前線で戦わせるつもりはないが、今後の戦いにおいて、実戦下での後方支援を頼んだり、単独での自衛が必要になる可能性は決して否定できない。

 マリアンヌの抱える課題を解決できる他の方法がないか、コーチである僕自身も探していくつもりだ。

 「メル、マリアンヌ、トレーニングの最初のステップは二人とも合格だ。今日から第一ステップの練習に加えて、第二ステップの訓練も行うとする。新しいトレーニングの内容は、肉体の強化だ。魔力を身に纏った状態で、走ったり、スパーをしたり、色々と動いてもらう。これからが本当のトレーニング開始と言ってもいい。まずは50m走をやってみよう。どこまで早く走れるか、スピードを強化できるか挑戦だ。」

 僕はメルとマリアンヌの二人に向かって説明すると、約50m前方にある浜辺の大きな石を指さした。

 「あそこにちょうど大きな石がポツンと一つ、砂の上にあるのが見えるか?二人には魔力を全身に身に纏った状態で、あの石の傍まで全速力で走ってもらう。僕がお手本を見せるから、それを真似してやってみてくれ。」

 僕は二人にそう言うと、二人から少し離れた後、クラウチングスタートの体勢をとった。

 全身から青白い霊能力のエネルギーを解放すると、全身に霊能力のエネルギーを身に纏った。

 「5、4、3、2、1、スタート!」

 僕はクラウチングスタートの体勢から、全身に霊能力のエネルギーを身に纏った状態で、前方50m先に見える石の傍まで、一瞬で砂浜を駆け抜けた。

 超高速で、一瞬青い閃光が砂の上を走った。

 ほんの一秒、一瞬とも呼べる間に、僕は砂の上を走り抜き、50m前方にある大きな石のすぐ横へと移動していた。

 「今のが、魔力を使ったスピード強化の例だ。使い方を覚えていく内に、もっと速く走れるようになる。二人にはまず、この50m走を10本、やってもらう。準備が出来たら、ドンドン始めてくれ。分かったかぁ、二人とも?」

 「分かったー、なの!」

 「分かりましたー、ジョー様ー!」

 「休憩は自由に取って良いからなぁ。10本走り終えたら教えてくれ。」

 僕はそう言うと、大きな石の上に腰かけ、トレーニングする二人の様子を見守りながら、自分の強化トレーニングも行う。

 僕は紫色の霊能力のエネルギーを解放して身に纏うと、重力操作のトレーニングを始めた。

 「重力操作!」

 僕は紫色の霊能力を解放しながら、正面に見えるヤシの木に向かって右手を向けた。

 次の瞬間、大きなヤシの木が突如、地面から根っこごと一緒に引き抜かれ、ドンドンと宙へと浮かび上がっていく。

 それから、30mほど上空の空中で、ヤシの木は制止した。

 ヤシの木に向かって重力操作の能力を使用したが、コントールは順調である。

 僕はふたたび重力操作の能力を使い、空中に浮かばせたヤシの木をゆっくりと地上へと降ろしていく。

 「トレーニングは順調ですか、ジョー・ミヤコノ・ラトナ?」

 突然、聞き覚えのある女性の声が背後から聞こえ、僕が後ろを振り返ると、いつの間にか、鏡のようにピカピカと磨き抜かれた銀色のフリューテッドアーマーを身に纏い、背中には四枚二対の白い翼を生やし、腰と背中に計二本の銀色の剣を装備した、長い銀髪に銀色の瞳を持つ、長身の人外の女性が、僕の背後へと立っていた。

 クソ女神ごと「光の女神」リリアの後任で、新たに異世界アダマスの管理を担当する第三の女神、「剣の女神」ブレンダであった。

 尚、神界から派遣された僕の新しい上司でもある。

 突然のブレンダの来訪に僕が驚く中、ブレンダは微笑みながら僕に言った。

 「お久しぶりです、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。ようやく時間ができましたので、早速報告も兼ねて、顔を見に伺わせていただきました。突然訪ねてしまったので驚かせてしまったでしょうか?」

 「お、お久しぶりです、ブレンダ。できれば、事前に連絡をいただけると助かります。連絡をいただけたら、キチンとおもてなしの用意もできましたし。後、背後から音もなく近寄るのは止めてください。あなたの気配は今一掴みにくいので、正直ビックリしてしまいます。僕は大してサプライズには強くない方なので。」

 「それは申し訳ないことをしました。上司としてもう少し茶目っ気も必要かと思ったのですが、お気に召さないようでしたら止めましょう。次からは会う前に事前に連絡を寄越すようにします。見たところ、強化トレーニングは順調そうですね。それに、何やら興味深い取り組みを行っているようですね?」

 ブレンダが、50m走をしているメルとマリアンヌの方を見ながら僕に訊ねる。

 「メルとマリアンヌのことですか?二人も一緒に強化トレーニングをやってもらっています。体内の魔力を自由に操作して、パワーやスピード、防御力などの身体強化、それに攻撃魔法への応用などができるようになることが目標です。トレーニングのコーチは僕が担当してやっています。」

 「失礼ながら、メル・アクア・ドルフィン・ラトナ、マリアンヌ・フォン・インゴット、彼女たち二人は確か、非戦闘職にカテゴライズされるジョブとスキルの持ち主だったはずです。非戦闘職のジョブとスキルの持ち主は、基本的に戦闘向けの訓練を行わない、非戦闘職のジョブとスキルに合わせたトレーニングや魔力の操作を行うことが常識だと、前任である「光の女神」リリア様より伺っています。非戦闘職である彼女たちに、戦闘職向けのトレーニングを行うことは、このアダマスではかなり異質、非常識的な行為だと思われるのですが、何故、あの二人に戦闘のトレーニングを行わせるのですか?」

 「僕は決して、非戦闘職である二人が戦闘のトレーニングを行うことが無意味だとは思っていません。逆に、非戦闘職の人間だから戦闘職向けのトレーニングを行っても無意味だ、と言う考え方や意見が、僕には不思議に聞こえます。確かに、戦闘職のジョブとスキルを元から持っていれば、トレーニングをすれば、すぐに戦えるようになるでしょう。ある程度の成長も見込めます。けど、女神から与えられた自分のジョブとスキルが戦闘向きではない、そんな理由で強くなることを諦める必要は全くないと、僕は信じています。現に、僕は何のジョブもスキルも持っていません。戦闘職どころか、非戦闘職ですらありません。魔力だって持っていません。けど、僕には運よく霊能力があって、仲間たちの助けも借りて、努力を重ねた末に、霊能力を使った戦い方を見出しました。霊能力を使った戦い方を、エルザとグレイにも教えたら、二人は自分のジョブとは全く異なる戦い方を習得しました。そして、メルとマリアンヌ、二人はエルザとグレイほどにはないにしても、着実に魔力を使った戦い方を身に着けつつあります。クソ女神の加護だの、異世界の常識だの、そんなことは僕たち「アウトサイダーズ」には関係ありません。強くなるのに、女神の加護は必要ありません。一番大事なのは、強くなりたいという揺るぎない覚悟と、たゆまぬ努力だと、僕はそう思います。「剣の女神」であるあなたの前で、ただの人間の癖につい偉そうなことを言ってしまいました。すみません、ブレンダ。」

 「いえ、あなたの言いたいことは分かります、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。「光の女神」リリアから何の加護も与えられず、異世界に放置され、それでも、この異世界をあなたなりに苦労しながらも救ってきた、真の勇者であるあなただからこそ、説得力のある言葉です。あなたの言葉に、これまでの体験には全く嘘がありません。女神から与えられた加護に縛られるだけの人生や人生観、世界観が、このアダマスに存在する人間たちの成長あるいは可能性を阻害している。アダマス担当女神となった私にとって、実に興味深く、参考になる意見です。女神の加護の在り方、認識が異世界の創造に与える影響について、改めて見直し、考える必要がありそうです。「闇の女神」イヴ様ともいずれ、そのことについて議論してみるとしましょう。あなたがあの二人に施したトレーニングの成果が、アダマスの人間たちに変化をもたらすきっかけになるかもしれませんね、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。」

 「ハハハっ。そこまでオーバーなことになるとは思いませんが、クソ女神の加護に胡坐をかいて調子に乗っている異世界のクズ共の鼻っ柱を少しでもへし折れたら、僕は十分嬉しいですね。でも、一番大切なのは、二人の身の安全を少しでも守れる選択肢が増えることですけど。」

 「フフっ。あなたのリリア様嫌いは相変わらずですね。あなたのその気持ち、私にも最近、よく分かってきました。彼女の問題行動の多さには、お目付け役である私も、神王様たちも手を焼いていて、正直困っています。」

 「あのクソ女神、また何かやらかしたんですか?まさか、そのせいでまた何かとんでもない事件が起こったんじゃあ?元「槌聖」たち一行に何か余計なことでもしてるんじゃ?」

 「言え、あなたの仰ってるようなことは起きていません。「光の女神」リリア様、彼女が神王様の言いつけを破ったり、ちょっとした仕事上の軽いトラブルを起こしたり、と、そのせいで私や神王様、他の神々たちに多少、迷惑がかかった程度のことです。アダマスにはほとんど影響はありませんので、ご心配なく。それはさておき、ジョー・ミヤコノ・ラトナ、あなたに幾つかご報告したいことがあります。もう少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 「ええっ、僕は大丈夫です、ブレンダ。」

 「ありがとうございます。では、まず、あなたの気になっていた元「槌聖」たち一行の動向についてです。先日、あなたにお会いした後、私はすぐに問題の、元「槌聖」たち一行が収監されているアメジス合衆国の、とある軍刑務所を訪ねました。元「槌聖」たち五人の元勇者は現在、アメジス合衆国の首都にある「オキシー刑務所」と呼ばれる軍刑務所に収監されていて、人体実験を受ける極刑を下され、人体実験を今も受けている最中です。大統領と、彼らの人体実験を担当する軍の責任者に会って、話を聞きました。アメジス合衆国政府の主張では、元「槌聖」たち一行には国際法に則り、「光の女神」リリア様の神託にも従い、裁判にて死刑判決が確定、法的手続きにも則った結果、元「槌聖」たち一行の同意の下、人体実験の被験体として肉体を提供、利用され、処刑される罰が執行された、とのことです。元「槌聖」たち一行のサインが書かれた同意書も確認しました。元「槌聖」たち一行は人体実験の影響で自我が無く、厳重に拘束された上で、非人道的ともとれる実験に肉体を使われ、酷使される罰を受けているのも事実です。生き地獄、と表現できなくもありません。彼らは「ゴーレム・サイボーグ」と呼ばれる強化兵士に関する人体実験を受け、肉体を改造され続けているようです。元「槌聖」たち一行が暴走した場合、彼らはLv.250相当のモンスターとなって被害を及ぼす可能性があります。アメジス合衆国政府は、彼らが軍の厳重な監視下の下、完璧な制御下に置かれていると主張していて、暴走の危険性はまず、あり得ないとも言っています。元「槌聖」たち一行は既に処刑執行済みで、彼らには人権はなく、あくまで人体実験の被験体だと。利用するにしても、侵略戦争目的での使用はせず、領土の防衛、災害時の応援、その他国益や国家の安全保障に関わる問題の解決のみに使用する、との主張です。人体実験への利用価値が無くなれば、即廃棄処分するとも言っています。私の能力を使い、彼らの本心を探りましたが、彼らの主張に嘘はありませんでした。ただ、元「槌聖」たち一行の逮捕及び処刑執行の事実を公表していない件について訊ねたところ、彼らに施す人体実験が国際法に大きく違反するモノであるため、それと、国の最新技術も使用する関係上、秘匿性が高いため、未公表の対応を取らざるを得なかったと、アメジス合衆国政府は言っています。女神である私の判断に最終的には従うが、法的にも技術的にも元「槌聖」たち一行への対応は問題ない、このまま引き続き対応を任せてほしい、というのが彼らの言い分です。元「槌聖」たち一行が受けている人体実験に関する資料も、最大限公開できる範囲の研究資料を渡してもらいました。私も不安はありますが、現状、アメジス合衆国政府はでき得る限りの対応を取っていると、私は判断し、私自身による元「槌聖」たち一行への神罰執行は一時、見送りました。近い内に、元「槌聖」たち一行の存在や処刑執行の事実について国際社会に公表するよう、念押しをしてきました。勇者であるあなたの意見を聞かせてください、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。」

 ブレンダからの報告を聞いて、僕はしばらくその場で考え込んだ後、ブレンダに向かって返事をした。

 「報告をありがとうございます、ブレンダ。アメジス合衆国政府の言い分は分かりました。話の筋は一見、通っているように聞こえます。あなたの能力で、大統領たちが噓をついていなかったことも分かります。ですが、僕はやはりアメジス合衆国の主張を信用することはできません。Lv.250の「ゴーレム・サイボーグ」でしたか?元「槌聖」たち一行は全員、凶悪なテロリストです。インゴット王国の王都を壊滅させる「ボナコン・ショック事件」を含め、これまでに数々の世界規模のテロ事件を起こしてきた連中です。元「槌聖」の山田 剛太郎とその仲間たちは、元いた世界では、表向きは有名な若手アスリートでもありましたが、裏で暴力事件やいじめなどをいくつも起こしてきた、暴力の常習犯でした。僕も連中の暴力の元被害者です。元「槌聖」たち一行は全員、冷酷で卑劣な暴力魔です。そんな連中を危険な兵器、いえ、モンスターに改造して平和利用したい、なんて、僕から見れば正気とは思えません。仮に元「槌聖」たち一行が暴走して、自我まで取り戻して、暴れ始めたら、きっと取り返しのつかない事態になります。アメジス合衆国政府、メトリアン大統領たちは何かを隠しています。嘘はついていないのでしょうが、真実は、肝心の部分は見せてはいない。僕の元いた地球にこんな言葉があります。「木を隠すなら森の中。」たくさんの真実の中に一番重要な真実を紛れさせて隠す。メトリアン大統領の言葉の中には、僕たちがまだ辿り着いていない真実が、災厄の種が隠されているように、僕には思えます。僕の考え、推測はこんなところです、ブレンダ?」

 「ご意見ありがとうございます。「木を隠すなら森の中。」、ですか?なるほど。アメジス合衆国政府、厳密に言えば、メトリアン大統領には何か私たちがまだ知らない、何か隠された思惑があり、その思惑のために元「槌聖」たち一行を利用しようと計画している、というのがあなたの考えですね?もし、あなたの考えが当たっていて、それがアダマスの平和と秩序を乱すような事態を引き起こすことになっては一大事です。アメジス合衆国政府やメトリアン大統領の動向について、私の方でも独自に、秘密裏に調査を行おうと思います。直接加護を与えていないため、現在地程度しか把握できないのがネックではあるんです。ジョー・ミヤコノ・ラトナ、あなたでしたら、すぐに声や体の状態等もリアルタイムで把握できるのですが。こればかりは仕方ありません。」

 「そ、そうですか?隠密調査が必要なら何時でも手を貸しますよ。僕は何時でも、自分の存在を消せる「認識阻害幻術」が使えます。大抵の場所には潜入できます。僕と一緒なら、すぐにアメジス合衆国の重要施設にも簡単に潜入できます。ご要望があれば、暗殺もスパイもお手の物ですよ、ブレンダ?」

 「それは頼もしいですね。ですが、今は遠慮しておきましょう。調査は私だけでまず、行います。必要と感じた時は、あなたの手を借りるとします。あなたは大事な強化トレーニングの真っ最中です。トレーニングの方を優先してください。万が一の時、私がすぐに頼れるのはあなただけですから、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。」

 「分かりました。お気遣いいただきありがとうございます、ブレンダ。僕で良かったら、何時でも力を貸しますので、遠慮せず頼ってください。」

 「ありがとうございます。それと、もう一つ報告があります。「光の女神」リリア様の適性試験についてです。六日前、神王様立会いの下、リリア様の女神としての適性の有無を試す適性試験が開始されたそうです。試験期間は一年間、試験のお題は、三つの異世界が抱える社会問題の解決、だそうです。リリア様がアダマスより選んだ人間たちを異世界に派遣させ、リリア様が選んだアダマスの人間たちがどのようにして異世界の問題を解決していくのか、その様子を観察して点数をつけ、最終的に合格の有無を判断される、とのことだそうです。ただ、試験開始前にすでにいくつかトラブルを起こしていることもあって、かなりの高得点あるいは成果を出せなければ、アダマス担当の女神から外されることが後から決まったそうです。リリア様がアダマス担当の女神として復帰できる目途はさらに遠のいたと言えます。リリア様のせいで辛い思いをなさってきたあなたにとっては朗報かと思い、お知らせしました、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。」

 「そうですか!あのクソ女神が女神をクビになる可能性がさらに高まったわけですか?それは確かに朗報です!あのクソ女神がさっさと試験に落ちて、女神をクビになって、そのまま真っ直ぐ地獄に落ちてくれたら、これほど嬉しいことはありませんね!それを聞いて、ますますトレーニングのモチベーションが上がりました!」

 「それはお知らせした甲斐がありました。あなたならきっと、喜ぶであろうことは分かっていましたが。」

 「でも、あのクソ女神が選んだ人間たちを他の異世界に送った、と言いましたね。それも三つもです。クソ女神の選んだ人間となると、恐らく全員、どうしようもない人間のクズあるいは悪党に違いないですよ?他の異世界が今のアダマスみたいなことになったりしたら・・・」

 「それは大丈夫でしょう。異世界に派遣された人間たちの監督は、現地の異世界を担当する女神たちが試験官となって行うので、アダマスのような世界規模の混乱が引き起こされることがないよう、未然に防止する体制が整えられている、とのことだそうです。解決してもらう問題も戦争や外交問題などとは無縁だと伺っています。ただ、リリア様がアダマスより異世界に派遣する人材として選んだ人間たちなのですが、全員、エロ写真と呼ばれる違法ポルノを購入した罪で逮捕された前科があるらしく、そのことで派遣前に他の女神たちとトラブルになったそうで、神王様も気にしておられるのは事実です。」

 「はぁー!?あの最低最悪のエロ写真を買った、変態の性犯罪者たちを選んで異世界に送ったんですか?あのクソ女神、一体、何を考えて?いや、マジで頭おかしいんじゃないですか?何で神王様も、他の女神様たちも、クソ女神のキチガイな提案を断らないんですか?派遣したら100%問題を起こすこと間違いなしじゃないですか?」

 「リリア様によると、最初は全く犯罪歴が無い、アダマスの人間たちの中でも選りすぐりの人材を派遣するつもりだったそうですが、最初に集めた候補者たち全員に断られてしまったそうです。それで、仕方なく、前科はあれど、能力があり、更生の意思がある人間たちを新たに候補に加え、異世界へ派遣する人材を決めることになったそうです。アダマスは現在、元勇者たちの起こした世界規模、国家規模の数々のトラブルに見舞われた影響で人手不足にあるため、最も優秀な人材を集めることができなかったそうです。しかし、神王様たちが、前科がある人間たちの異世界への派遣を許可したことには明確な理由があります。私自身は試験には全く関わっていませんが、神王様が今回の試験で何を試されるおつもりでいらっしゃるのか、何となくですが私には分かります。ジョー・ミヤコノ・ラトナ、あなたがもし、試験を受けたとしたら、すぐにでも神王様は合格を言い渡されると思いますよ。試験を受ける必要すらないと仰るかもしれません。」

 「ハハハっ!それはいくら何でも買い被り過ぎですよ、ブレンダ!僕は、ただの人間で、異世界の悪党どもに復讐する、優しい復讐の鬼、ですから!褒めていただけるのは嬉しいことではありますけどね!クソ女神が選んだ性犯罪者どものせいで他の異世界が大変なことにならないか、その後始末を頼まれたりしないか、そっちの方がむしろ気になります。これ以上、異世界関係の面倒事に巻き込まれるのは嫌なので。」

 「そのようなことにならないよう、神王様たちも最善を尽くしておられるはずですから、心配はいりませんよ。アダマス唯一の勇者で多忙な身の上であるあなたにこれ以上、迷惑がかかることにならないよう、担当女神である私が責任を持って対処しますので。報告は以上になります。他に何か、私に聞きたいこと、相談したいことはありませんか?」

 「元「槌聖」たち一行が受けている人体実験についての研究資料のコピーをいただけますか?万が一に備えて、連中の能力を少しでも正確に把握しておきたいので。」

 「分かりました。今夜中に研究資料のコピーを届けに、後でまた伺います。他には?」

 「いえ、他にはありません。報告をありがとうございます、ブレンダ。ああっ、最後に一つだけ。ブレンダ、女神であるあなたが世界各地を回って、犯罪者やマフィア、闇ギルドに直接神罰を下している、という噂を小耳に挟んだのですが、本当ですか?」

 「ええっ、本当です。アダマスの治安改善及び治安維持のため、犯罪者たちを見つけた場合はその場で即拘束、または神罰を与えています。と言っても、直接命を奪ったりはしていません。あくまで犯罪抑止のために必要最低限の罰を与えているだけです。私はアダマスに着任したばかりで、この異世界のことを全て知っているわけではありません。アダマス各地を巡り、視察を行うことが本来の目的でして、犯罪者の検挙はそのついでです。しかし、アダマスの治安の悪さは、私が聞いていた以上です。世界各国に闇ギルドなる巨大な犯罪組織があり、犯罪の発生数も多い。特に、アメジス合衆国とインゴット王国、この二つの国の犯罪発生率、犯罪者数は極めて高い。「剣の女神」であるこの私のアダマスへの介入後も、アダマスの人間たちの堕落ぶり、犯罪の発生は収まりません。各国政府に犯罪防止策のさらなる徹底を求めるつもりでもありますが、改善の兆しがない場合、私はこれまで以上に厳しい介入を行わざるを得ません。直接、私の剣で本当に地獄へと落とさなければならないかもしれません。」

 「何せ、元「槍聖」たちが奴隷を使って作った違法ポルノのエロ写真を買った変態のクズが1,000万人以上もいるクソみたいな世界ですからね。インゴット王国の国王なんて、エロ写真に100億リリアも使った、どうしようもないクソ国王で、そんな人間のクズが大国の国家元首をいまだに名乗っているんですよ。おまけに、今も裏社会を通じてエロ写真が秘かに売買されていて、この前も、ゾイサイト聖教国の枢機卿で、元聖騎士団団長の男を、その件で逮捕するのに協力したりもしました。これはあくまで僕の持論です。アダマスの人間は全部で三種類に分けられます。一つは、何の罪も無く善良な心を持つ守るべき人間、一つは、罪を犯せど確かな更生の意志を持った人間のクズ、最後に、更生の意志も可能性も全く無い、救いようのない、地獄に落とす以外に罪を償う方法を持たない、最低最悪のクズもしくは悪党、この三つです。一番最後に言った最低最悪のクズもしくは悪党が、大体6割ぐらいですね。実際はもっと多いかもしれません。このアダマスという異世界は、これまでずっと悪党が野放しにされてきた世界です。クソ女神のリリアが植え付けて育てた悪意が人間全体に広がり、深く根付いているクソ異世界です。他人の大事なモノを土足で踏みじって、傷つけて、奪って、そんな外道な行いをする奴は見つけ次第、即地獄に落とす。悪党を地獄に落とすことを躊躇う必要はないと思います。正義による悪への復讐からは誰も逃れることができないことを、もっとはっきりと教えてやらなきゃ、このクソみたいな異世界はずっとこのままですよ、きっと。」

 「中々辛辣な意見ですね。勇者であるあなたから見ても、このアダマスの人間たちは堕落しているように見える。女神である私以上に厳しい目で見ざるを得ないほど心が腐敗していると。参考意見として胸に留めておきます。悪党が野放しにされてきた世界、そんな歪んだ世界と人間を創ることに私の同族が手を貸していた。悲しいことですが、確かにそれが事実です。だからこそ、知的生命体を保護、育成する女神として、私はこのアダマスに正義と秩序を取り戻さなければならないのです。それが、「剣の女神」の名を賜った私の使命ですから。」

 「微力ながら、僕もお手伝いします、ブレンダ。僕は悪党なら躊躇わず、即復讐して地獄に落としますから、少しはあなたの負担を物理的に軽くできるかもしれません。」

 「ありがとうございます。ですが、勇者と言えど過激すぎる方法はできれば控えてください。女神である私より、勇者であるあなたに出会う方が怖い、と噂になっていますよ、ジョー・ミヤコノ・ラトナ?」

 「それは嬉しいですね。悪党どもに怖がってもらえるなんて、僕には喜び以外ありませんよ。まぁ、ご忠告は頭の片隅に一応、留めておきます。」

 僕とブレンダは笑い合いながら、話をするのであった。

 僕とブレンダが話をしていると、メルとマリアンヌの二人が僕たちの方へと歩いてやってきた。

 「パパー、10回、ちゃんと走った、なの!ブレンダ様、こんにちは、なの!」

 「ブレンダ様、ご無沙汰しております。ジョー様、50m走10本、走り切りました。」

 「お疲れ様、二人とも。魔力を身に纏った状態でちゃんと50m走っていたな。休憩を取ったら、また同じように10本、走ってもらう。体が慣れていけば、その内、今よりずっと、何倍も速く走れるようになる。頑張れ、二人とも。」

 「お久しぶりです、メル・アクア・ドルフィン・ラトナ、マリアンヌ・フォン・インゴット。強化トレーニング頑張ってください。私も陰ながら応援しています。私でお手伝いできることがあったら、いつでも相談してください。こちらにはこれからも顔を出す予定ですので。皆さん、良かったら、冷たいアイスコーヒーを一緒に飲みませんか?水筒に入れて持ってきました。もちろん、私が淹れたコーヒーです。お菓子もあります。」

 「ありがとうございます。では、せっかくなのでご馳走になります。メルにはコーヒーはまだ早いから、パパの水筒の冷たいお茶を飲ませてあげよう。」

 「は~い、なの!ブレンダ様、ご馳走になります、なの!」

 「ありがとうございます、ブレンダ様。」

 「いえいえ。お菓子はこの前、私が話した神界で話題のドーナツです。たくさんあるので、好きなモノを食べてください。」

 「わ~い!やった~、なの!」

 僕とメルとマリアンヌの三人は、ブレンダよりコーヒーとドーナツをご馳走になった。

 ブレンダの淹れたコーヒーは、以前自己紹介の際にコーヒーを淹れるのが得意だと言っていたが、確かに美味しかった。

 蒸し暑いサーファイ連邦国の砂浜にいるため、アイスコーヒーの形で飲むとより美味しく感じた。

 僕たちがコーヒーとドーナツを楽しんでいると、スロウが不満げな顔をしながら、僕たちの方にやって来た。

 「ジョーちんたち、ずる~い!ウチを仲間外れにして、自分だけドーナツ食べるとか~!ウチも食べる~!」

 「お疲れ、スロウ。ドーナツとアイスコーヒーはブレンダが用意してくれたものだ。ちゃんと一言御礼言ってから食べろよ?」

 「げっ!?堅物清楚ビッチ女神!?また、来てやがるし!?」

 「お久しぶりです、「怠惰の堕天使」スロウラルド。私の淹れた自慢のコーヒーとドーナツが欲しければ、どうぞ。一応、あなたも、直属ではありませんが、私の部下ではあります。上司として、強化トレーニングに励むあなたを労うのは当然です。良かったら、遠慮なく食べてください。」

 「けっ!ウチはおめぇーのことなんか認めてねえから!おめぇーの淹れたコーヒーなんてぜってぇー、飲まねえし!ドーナツもいらねえっしょ!とっとと帰れや、堅物清楚ビッチ女神!」

 「スロウ、お前、いくら何でも失礼だぞ!?ブレンダにちゃんと謝れ!ドーナツもコーヒーも本当に美味しいぞ?本当に食べなくても良いのか?」

 「ふ、フン!う、ウチはその程度で買収されるようなチョロい女じゃないんよ!んっ、べぇー!」

 スロウはブレンダに向かってあっかんべー、をすると、不機嫌な表情を浮かべながら、僕たちの前から走って去って行った。

 「す、すみません、ブレンダ!スロウは後でちゃんと厳しく叱っておきますので!」

 「いえ、気にしないでください。スロウラルドが私を嫌っていることは分かっています。彼女とは私なりに少しづつ距離を詰めていけたら、と思っています。私も元は天使でしたが、ああいうタイプの天使の同期はいませんでした。同じ元天使で、同じ勇者を慕う女性、だからでしょうね、反発し合うことになるのは。」

 「は、はぁ~?まぁ、根は良い奴なんですよ、スロウは。ちょっとマイペース過ぎるところもありますけど。」

 「そうですね。確かに根は良い方だとは私も思います。」

 「はぁ~。ジョー様、きっと二人の会話の意味が分かっていないのでしょうね。はぁ~。」

 マリアンヌがため息を吐きながらボソッと呟くとともに、そんな大人四人の姿を、ドーナツを食べながら不思議そうに見つめるメルの姿があった。

 ブレンダにアイスコーヒーとドーナツをご馳走になった後、僕たちはブレンダと別れ、ふたたび各自、強化トレーニングに汗を流すのであった。

 その日の夜。

 僕は夕食を食べ終えると、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌが泊っている水上コテージを訪ねた。

 「お疲れ様、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌ。」

 「おおっ、ジョー殿!お疲れ様である!」

 「お疲れさん、ジョー!アタシらに何か用か?」

 「お疲れ様である、婿殿!妾のことが恋しくなって会いに来てくれたのか?」

 「お疲れ様です、ジョー様!このような時間に私たちに何か御用がありますのでしょうか?」

 「ああっ、仕事の話だよ。イヴに少し相談したいことがあるんだ。イヴ、相談に乗ってもらえるかな?」

 「むっ!?仕事の話なのか?はぁー。婿殿はそういう男であったな。それで、妾に相談とは何だ、一体!?」

 「新しい武器の開発、といったところだよ。出来れば、二人だけで内密に話を進めたい。もしかしたら、徹夜の作業になるかもしれないけど、良いかな?」

 「了解した。」

 「僕の泊まってるコテージに来てくれ。リビングで詳しい話をしたい。」

 僕はイヴを連れて、自分の泊まっている水上コテージへと戻った。

 メルとゾーイ(&スロウ)には先に寝てもらっている。

 リビングルームで僕はイヴと話を始めた。

 「相談と言うのは、メルとマリアンヌ、二人に新しい専用の武器を作ってあげられないかと思っているんだ。二人の成長と適性に合わせた、ブラックオリハルコン製の武器を作って渡してあげたいと思っている。すでに僕の方で武器の種類だったり、こういった機能を取りつけてほしい、といったアイディアをノートに書いてまとめてきた。君の意見を聞かせてほしい、イヴ。」

 僕はイヴに、アイディアをまとめたノートのページを広げながら、ノートを渡した。

 「どれどれ・・・ふむふむ。なるほど。婿殿の考えは分かった。婿殿の希望している機能を全て取り付けることは可能だ。闇の女神にして天才であるこの妾に不可能はない。しかし、あの二人に銃を持たせるとは、大胆なことを思いついたものだな、婿殿。5歳のメルに銃を持たせるのはまだ早くはないか?万が一、事故が起こったりしては大変ではないか?」

 「そんなことにならないために、君に依頼しているんだ、イヴ。君が作った銃で、尚且つ僕がしっかりと扱い方を指導すれば、事故は絶対に起きない。メルなら大丈夫だ。メルは賢くて良い子だ。きっと、正しく銃を使ってくれる。それに、メルを守るためには銃が必要だと、僕は思った。異世界の悪党どもやモンスターたち、そういった危険な連中がそこら中にウジャウジャいるこの危険な異世界を生き抜くためにはね。それで、話を戻すけど、地球製の銃の設計データを僕にも見せてもらうことはできるかな?候補の銃を絞り込む参考にできたらと思ってさ。」

 「銃の設計データを見たいのだな?それなりに量があるが、見せることは可能だ。しばし待て、婿殿。まったく、婿殿のメルへの溺愛っぷりには困らせられるな。少し妬けてしまうぞ、本当に。」

 イヴはそう言って苦笑しながら右手の指をパチンと鳴らし、紙媒体の資料で、地球製の銃の詳細な設計データを僕の前に出して、リビングのテーブルの上へと出現させた。

 僕はそれから徹夜で銃の設計データの資料を読み込み、メルとマリアンヌの二人に渡す銃の設計データの候補を、イヴの意見も聞きながら絞り込むのであった。

 さらに五日後、トレーニング20日目。

 メルとマリアンヌの二人にある程度戦い方の基礎を教え込んだ僕は、いつもトレーニングを行っているサーファイ島の東側にある浜辺にて、二人のために用意した新しい武器を手にしながら、二人の前で説明を始めた。

 「今日でトレーニングは20日目となった。メル、マリアンヌ、二人ともここまでよく頑張った。二人の成長に合わせて、僕の方で二人のための専用武器を作って用意した。実際に作ったのはイヴだから、後で彼女にちゃんと御礼を言うように。それでは、新しい武器を二人にプレゼントするとしよう。まずはメルの分だ。」

 僕はメルに、黒い金属製のメリケンサックと、黒いサブマシンガンによく似た銃を贈った。

 「パパ、ありがとう、なの!とっても嬉しい、なの!」

 「どういたしまして。メル、今から使い方を教えるから、最後までよくパパの話を聞くんだよ。」

 「はい!分かったの!」

 「よろしい。まず、この穴が四つ空いた武器は、メリケンサックと言って、手に嵌めて使う武器なんだ。こうやって、穴に指を入れて、それから強く握り締めて、敵に向かってパンチするんだ。トレーニングの時のように、このメリケンサックにも魔力を流して一緒にパンチすれば、その辺にある大きな石なんて木っ端微塵にぶっ飛ばせるようになる。後で一緒に使い方を練習しようね?」

 「は~い、分かりました、なの!」

 「それとメルにもう一つ、武器をあげます。これは、MP 7と言う銃です。この武器はメリケンサックよりも重いし、とっても強い武器です。使い方を間違えたら、大怪我をすることにもなります。でも、正しく使えば、強いモンスターを一発で倒すこともできます。銃をあげる前に、パパと約束をしてもらいます。銃を悪い大人とモンスター以外に向けてはいけません。撃つのもダメです。銃を使っている時に、銃口を絶対に覗いてはいけません。パパが教えたやり方以外で銃を使ってはいけません。今言ったパパとの約束をきちんと守ると約束できるなら、この銃をあげます。メルは良い子だから、パパとの約束をきちんと守れるよね?」

 「はい!メルはパパとの約束、ちゃんと守ります、なの!」

 「よし!約束だ!では、このMP 7をメルにあげよう!約束を守って、大事に使うんだぞ!」

 「やったー、なの!パパ、ありがとう、なの!ずっと、ずっと大事に使うなの!」

 「後で詳しい使い方を教えるから、一緒に練習しよう。それと、メルにもう一つ、パパからとっておきのプレゼントだ。じゃじゃーん、メルのための冒険者用の服を用意しました!Aランクモンスターのシーサーペントの革を使った軽くて丈夫な服一式だ!これを着れば、今日からメルも本格的に冒険者の仲間入りだぞ!」

 僕は腰のアイテムポーチから、全て水色のレザーでできた、ライダースジャケット、パンツにベルト、それから、手首まで覆うグローブに、ブーツ、水色のレザーのアイテムポーチ、そして、子供用サイズの白いシャツという組み合わせの、子供用サイズの冒険者用の装備一式を取り出し、メルへと手渡した。

 「やったー!パパとお揃いなの!とってもカッコイイなの!ありがとう、パパ!」

 「グローブの上からでもメリケンサックは嵌めて使えるし、革自体は伸縮性もあるからずっと着てても苦しくはないそうだ。メルが好きな水色というのもポイントの一つだ。いやぁ、こんなに喜んでもらえて、パパも頑張って討伐した甲斐があるよ。」

 「ジョー様、まさかメルさんの服に使われているシーサーペントの革は、ジョー様が討伐されたのですか?」

 「んっ?そうだよ。シーサーペントの討伐依頼が出てたから、討伐したついでに革をもらって、武器屋に頼んで作ってもらったばかりの、出来立てほやほやのオーダーメイドだよ。メルは水色が好きだし、シーサーペントの革が似合うと思って、前からずっと狙っていて、ついに実現したよ。見ろよ、あのメルの笑顔を。父親として感無量だよ。」

 「ジョー様、娘の服を作るためだけにシーサーペントを討伐するとは、す、凄すぎです!」

 「いや、ジョーちん、親馬鹿にも程があんでしょ?娘の服作るためだけにシーサーペント狩ってくるパパとか、普通あり得ねえっしょ?やっぱ変わってるわ~、この親子。」

 マリアンヌとスロウが苦笑しながら言った。

 「さて、次にマリアンヌ、お前には、この三つの装備をやる。」

 僕はマリアンヌに向かってそう言うと、黒いレイピアに、黒いバックラー、そして、黒いスナイパーライフルによく似た銃を持ち出して、見せる。

 「お前には事前にある程度、解説をしておく。まず、この三つの装備には、素材としてブラックオリハルコンが使われている。さらに、リフレクトメタルの加工が施してあって、一度自分の魔力を流し込めば、お前以外の人間がこれらの武器を使用することはできない。魔力を使った敵のあらゆる攻撃、防御、魔法などを無効化できる効果に、通常のオリハルコンの100倍の強度と100倍の魔力の伝導率、という効果まで持っている。エルザの剣や、グレイのパルチザンと同等の機能を持っている。レイピアとバックラーは今、お前が使っているモノとほぼ同じデザインだ。それに加えて、今回、遠距離狙撃用の武器として、この銃、SR-25をモデルにしたスナイパーライフルも用意した。この銃をお前専用の武器として用意したのには理由がある。それは、状態異常攻撃を使ってくる敵への対抗策としてだ。強化トレーニングを経て、メルは最大で2分、全身に死の呪いを身に纏えるようになったが、マリアンヌ、お前はまだ、死の呪いを身に纏うことができない。魔力による魔法攻撃の再現にもやや不安定な部分がある。そこで、その弱点をカバーするため、僕はスナイパーライフルによる遠距離からの精密射撃を対策として思いついた。このSR-25には、ブラックオリハルコンと火薬を用いた専用の実弾があって、その威力は分厚い鉄板を軽く貫く程だ。この銃自体の重量は約5㎏あり、やや重い。けれど、有効射程距離は最大600mあり、反動の少ない設計であることから、精密で威力のある遠距離射撃が可能だ。セミオートと言って、引き金を引くだけで連射もできる。装弾数は20発。マガジンと呼ばれる部品を交換することで、すぐに20発新たに装弾して撃つこともできる。このSR-25を上手く使いこなせるようになれば、遠距離から状態異常攻撃を使ってくる敵を、攻撃の範囲外より狙撃して一発で仕留めることができる。空を飛ぶ敵にもある程度有効だ。より詳しい使い方はこれから教える。それと、この銃の存在や技術をインゴット王国に教えることは許可しない。お前のクソ親父のクソ国王どもに教えたり、渡したりしたら、間違いなく悪用するに決まっているからな。後、クソ女神のリリアにも教えることは絶対に禁止だ。今言った僕との約束を必ず守ると誓うなら、この銃をお前に預ける。それだけの価値がある代物だ。約束できるか?」

 「分かりました。この銃のことは絶対に、お父様にもリリア様にも、誰にも口外いたしません。今、この場にて、インゴット王国王女として、勇者を支える者の一人として、生涯に渡り、お約束いたします、ジョー様。」

 「信じているぞ、マリアンヌ。では、この銃をお前に預ける。絶対に失くすなよ。大事に、慎重に扱うように。」

 「はい。ありがたく頂戴いたします、ジョー様。大事に使わせていただきます。」

 「よろしい。それと、レイピアにバックラー、SR-25、今渡した三つの武器全てに、それぞれ四つ小さな球状の魔石が付いているが、それには魔力のエネルギーを貯蔵できる機能がある。一つの魔石に、Aランクレベル相当の魔力を最大25%貯めることができる。事前に武器に魔力を貯めておくことで、魔力の出力不足を補うことも、魔法攻撃等の使用もできるようになるそうだ。武器を使う時に魔力を武器に流すと魔石が青く発光して、貯めた魔力を消費すると光を失う。魔力の消費量がある程度分かるように設計してある。この機能はメルの武器にも組み込んである。より効率的に魔力を使って戦うことができるはずだ。実戦での活躍を期待しているぞ。」

 「は、はい!頑張ります!」

 マリアンヌが武器を受け取りながら、緊張した面持ちで返事をする。

 「ねぇ~、ジョーちん、ウチは~?ウチには何かないの?」

 「お前には銃も新しい武器もいらないだろ。新しく開発した能力があるんだし、元から強いんだから必要ないだろ?」

 「え~!?ウチも新しい武器が欲しい~!ウチも銃使いた~い!」

 「狙撃用の武器なんてお前の戦闘スタイルには合わないし、特にいらないだろ?お前に合う銃を探すこと自体、大変なんだぞ?どうしても欲しいなら、イヴに相談しろ。」

 「む~。ジョーちんのケチ。」

 「ケチで結構。さて、それじゃあ、早速、銃の射撃トレーニングを行う。メル、マリアンヌの順にトレーニングを行う。体と頭に自分の銃の使い方をしっかりと刻み込んでもらう。三日以内に使い方をマスターしてもらうつもりでビシバシ教えるからな。良いね、二人とも?」

 「はい!分かりました、なの!」

 「はい!ご指導、よろしくお願いします!」

 「む~!二人ばっかり良いなぁ~!」

 少々不満げな表情のスロウを尻目に、銃の射撃トレーニングにやる気を出すメルとマリアンヌの二人を見て、自身もさらにやる気を出す僕であった。

 トレーニング23日目。

 僕はメル、マリアンヌ、スロウの三人を連れて、「海鴉号」に乗ってサーファイ連邦国の北東に位置する小さな島、ミンク・ホエール島の近くへと向かった。

 目的は、モンスター討伐のハズレ依頼を利用した実戦トレーニングである。

 依頼書によると、約一月前からミンク・ホエール島周辺の海域に、レモラというモンスターの群れが突如現れ、住み着いてしまったそうだ。レモラの群れが、ミンク・ホエール島周辺の海域を通る船や、島の漁師たちが乗る漁船の航行を妨害する、漁業や観光産業の妨げになる、レモラに攻撃されて負傷者が出る、などの被害が出て困っているとのこと。

 討伐する数は全部で約1,000匹。依頼のランクはAランクで、討伐報酬は100万リリアと、相場の5分の1の金額。依頼主は、ミンク・ホエール島の漁業組合。

 高ランクで報酬が相場以下、依頼内容の難易度が高い依頼、通称ハズレ依頼と呼ばれる案件の一つで、冒険者たちからは基本的に避けられがちなモノであったりもする。

 レモラとは、コバンザメによく似た体長1mほどの青白い鱗を持つ魚型のモンスターである。Fランクモンスターで、頭部に大きな吸盤があって、その吸盤で獲物の魚や船の船体にくっつく、という特徴がある。レモラの吸盤の持つ吸引力は強力で、一度くっつかれると簡単に剝がすことはできない上、レモラの大群にくっつかれると大抵の船は動けなくなってしまう。さらに、攻撃を加えられると全身から冷気を放ち、冷気で敵を凍らせる、あるいは負傷させる、という厄介な攻撃をしてくる。

 異世界召喚物の物語にはあまり登場しないモンスターだが、ファンタジー系のゲームに時々、登場することがある。また、伝承ではたった一匹で巨大な船を動けなくするほどの力がある怪魚の一種として描かれている。

 依頼書に書かれているレモラの大群がよく出没するポイントまで到着すると、「海鴉号」をそのポイントの海の上で停止させた。

 「さて、今日から実戦を用いた戦闘トレーニングを行う。今回の討伐対象は、Fランクモンスター、レモラの群れだ。相手はFランクとは言え、1,000匹以上の大群で、依頼のランク自体はAランクに該当するため、危険な相手であることに変わりはない。レモラは海の中を泳いでいる上、下手に攻撃をしかけると冷気を吹きかけてくる。そこで、今回はレモラの習性を利用して、レモラがこの船に吸盤でくっついて攻撃してきた瞬間を狙って仕留める作戦を行う。レモラがこの船に引き寄せられたところを見計らって、僕が重力操作の能力でレモラの群れを一気に海中から空中へと引っ張りあげる。僕がレモラの群れを引っ張ってる間、「海鴉号」の操縦はスロウ、お前に任せる。「海鴉号」をミンク・ホエール島の港まで動かしてくれ。島に上陸後、レモラの群れを適当な浜辺へと降ろす。後は、メル、マリアンヌ、二人にレモラへ止めを刺してもらう。一度陸に上がってしまえば、レモラはただの陸に上がって弱って動けない魚と大して変わらない。けど、油断は禁物だ。噛み付いてきたり、冷気を吹きかけてきたり、抵抗してくることもあるだろう。確実に弱っているところを、トレーニングで身に着けたパワーや、新しい武器で一匹ずつ仕留めていくように。1,000匹となると結構な数だが、モンスターの討伐に慣れる良い練習台になるはずだ。万が一の時は僕とスロウがサポートに入るから安心してくれ。以上が今回の作戦内容だ。メル、マリアンヌ、スロウ、三人ともよろしく頼むぞ。」

 「はい、分かりました、なの!」

 「了解しました、ジョー様!」

 「OK、ジョーちん!メルちゃんもマリアンヌも頑張ってちょ!」

 「では、作戦開始だ。獲物がかかるのを待つとしよう。レモラが船にくっついたのが分かったら、僕にそっと教えてくれ。それまでは各自、待機だ。」

 僕はメルたちに作戦内容を説明し、指示すると、獲物がかかるのを待った。

 午後2時過ぎ。

 僕たちが乗る「海鴉号」の周りに、今回の討伐対象であるレモラの群れが集まってきた。

 「パパ、おっきいお魚さんがたくさん来たなの。」

 「どれどれ。本当だ。ようやくレモラの群れのご登場だ。メル、教えてくれてありがとう。マリアンヌ、スロウ、レモラが現れたぞ。作戦開始だ。戦闘の用意は良いな?」

 「準備はできてます、ジョー様。」

 「ウチは何時でもOKだよ、ジョーちん。」

 「メルも準備できてます、なの、パパ。」

 「了解。それじゃあ、始めるとしよう。」

 お互いに小声で合図をすると、僕たちはレモラ討伐作戦を開始した。

 全身より紫色の霊能力のエネルギーを解放し、紫色の霊能力を全身に身に纏うと、僕は船体にくっつき、群がるレモラの大群に向かって、左手を突き出しながら能力を発動する。

 「重力操作!」

 次の瞬間、船体に群がっているレモラの大群が、僕の重力操作能力の攻撃を受けた影響で体にかかる重力を大幅に減らされたため、海中から強引に引き上げられ、ドンドン空中へと浮かび上がっていき、船の真上より約20mの高さの空中で、ジタバタ体を動かしながら浮かんでいる。

 レモラの大群が一斉に冷気を放って抵抗しようとするが、冷気は風に流され、真下にいる僕たちに降りかかることはなく、全員ノーダメージである。

 「獲物は一匹残らず捕獲成功だ。スロウ、このまま港まで船を動かしてくれ。ゆっくりで頼む。」

 「OK、ジョーちん。」

 僕は船の操縦席にいるスロウに合図すると、スロウは「海鴉号」をミンク・ホエール島の港まで、ゆっくりとしたスピードで動かす。

 レモラの大群が空中に浮かんで漂っている奇妙な光景が広がっていた。

 ミンク・ホエール島の港に近づくなり、島民や観光客、周囲の船に乗っている人たちなどが、「海鴉号」に併せて空中を漂い移動するレモラの大群を見て、一体何事かと驚いた表情を浮かべながら、こちらを見てくる。

 ミンク・ホエール島の港に一旦、「海鴉号」を停泊させると、僕たちはそのままレモラの大群を空中に浮かべながら、すぐ傍の浜辺へと降り立った。

 僕は重力操作能力を使って、空中からゆっくりとレモラの大群を砂浜の上へと降ろしていく。

 レモラの大半は既に海中からある程度の時間引き上げられて空中を漂っていたため、さらに陸へと揚げられた影響で、えら呼吸が出来ず、ほとんど死にかけている。

 「ここまでは作戦通りだ。メル、マリアンヌ、レモラへの止めはまかせた。死にかけているとは言え、油断せず、慎重に近づいて確実に殺すんだ。良いな?」

 「はい、分かりました、なの!」

 「了解しました!」

 メルはメリケンサックを両手に嵌め、マリアンヌは右手にレイピア、左手にバックラーを構え、全身と武器に魔力のエネルギーを身に纏いながら、砂浜に横たわるレモラの群れへと、慎重に近づいていく。

 「えいっ!」

 メルがメリケンサックを嵌めた右拳を、砂の上に横たわるレモラの腹部へと思いっきり振り下ろした。

 メルのメリケンサックを嵌めた右拳が、レモラの腹部に直撃し、腹部を貫通すると同時に押し潰して、レモラの息の根を止めた。

 「よし、なの!」

 メルはレモラを倒せたことを喜びながら、他のレモラにも同じようにメリケンサックを嵌めた拳を叩き込んで、レモラたちに止めを刺していく。

 一方、マリアンヌは、左手に持つバックラーでガードしながら、レモラへと近づき、それから、右手に持つレイピアの剣先でレモラの腹部を刺し貫いていく。

 「はっ!」

 マリアンヌが繰り出すレイピアの刺突を腹部に受け、腹部を刺し貫かれて、レモラは止めを刺されるのであった。

 「よし!」

 マリアンヌはレモラを倒せたことで自信を持てたようで、他のレモラにも同じようにレイピアによる刺突攻撃を繰り出し、レモラたちに止めを刺していく。

 「二人とも、ペース配分にも注意するように。時間はたっぷりあるからな。確実に一匹ずつ殺すことが目的であることを忘れないように。休憩も何時でもとってもらって大丈夫だ。後、余裕があれば、銃を使っての攻撃もやってみてくれ。」

 「分かったー、なの!」

 「了解しましたー!」

 僕はマリアンヌとメルに指示をすると、レモラの群れに止めを刺していく二人の様子を傍で見守るのであった。

 「お疲れ~、ジョーちん。二人とも順調そうで良かったね~。動けねえレモラに止め刺すくらいできなきゃ、キビしいからね~。」

 「お疲れ、スロウ。お前も操船の腕が大分、上達したな。おかげで助かったよ。メルとマリアンヌにはモンスター相手とは言え、殺しには慣れてもらわなきゃあいけない。ビビッて本番で動けないようでは、敵に止めを刺すのを躊躇うようでは、この先旅に付いてくることはできない。まぁ、あの感じなら、精神面は問題なしだな。」

 「レモラの群れを海から無理やり引っ張り上げて、そのまま陸まで空中に浮かべながら引きずり回す、なんて荒業、ジョーちんぐらいにしかできねえっしょ。ジョーちんがいなきゃあ、レモラ1,000匹相手に実戦トレーニングするとか、マジあり得ねえし。メルちゃんもマリアンヌもホント、幸せ者ですわ~。」

 「お褒めいただきどうも。コーチとして、二人の成長の役に立っているなら、僕は嬉しい限りだよ。」

 「ところでジョーちん、さっきから野次馬が集まっきて、ウチらを見ながら何か騒いでるけど、どうする?邪魔ならウチが追っ払ってくっけど?」

 「今は別に結構だ。トレーニングの邪魔になった時は頼むとするよ。どうせ、連中は見ているだけでこっちには近づいてこないだろう。死にかけとは言え、レモラの大群に迂闊に近寄るほど、馬鹿じゃあないだろうし。それよりも、メルたちを見守ることに集中しよう。」

 僕はスロウとの会話を終えると、一生懸命レモラの群れの討伐に励む、メルとマリアンヌの姿をスロウとともに傍で見守るのであった。

 午後4時。

 レモラ1,000匹に止めを刺し終えたメルとマリアンヌの二人に、僕とスロウは近づいて声をかけた。

 「お疲れ様、メル、マリアンヌ。初めてのモンスター討伐はどうだった?武器も使い慣れてきたみたいだし、僕は良かったと思うぞ。」

 「パパー、お疲れ様です、なの!メルね、いっぱいいっぱい、モンスターを倒した、なの!全然怖くなかったのー!」

 「ふぅー!お疲れ様です、ジョー様!レモラはメルさんと二人で一匹残らず止めを刺しました!止めを刺すだけとは言え、モンスターの討伐がいかに大変な仕事なのか、改めてよく分かりました!現場で、最前線で戦う冒険者や騎士の方々の苦労が伝わってきました!」

 「お疲れ~、二人とも~。メルちゃんもマリアンヌも、ちゃんと止め刺せて偉いじゃん。冒険者っぽくなってきたね~。この調子で頑張るっしょ。」

 「メル、マリアンヌ、二人ともよく頑張ったな。でも、まだトレーニングは終わりじゃないぞ。レモラの死体を回収して、最後にギルドへ行って依頼達成の報告までして、討伐依頼は完了だ。みんなでレモラの死体を回収するぞ。1,000匹いるか、ちゃんと数も数えながら回収するように。」

 「分かったー、なの!」

 「了解しました!」

 「ウチも手伝うの~?はぁ~、ダルいな~。」

 「つべこべ言わず、お前も手伝え、スロウ。帰りの船は僕が操縦するから、帰りは寝てもらっても大丈夫だ。ほら、さっさと仕事を終わらせるぞ。」

 「は~い、分かりましたよ~。」

 僕たちはレモラの群れの死体の回収作業を終えると、「海鴉号」に乗って、冒険者ギルドのあるサーファイ島へと向かった。

 それから、冒険者ギルドの受付にて、レモラの群れの討伐依頼達成の報告を済ませ、フラワーコーラル島のコーラル・リゾートホテルへと戻ったのであった。

 トレーニング24日目。

 僕はメル、マリアンヌ、スロウの三人を連れて、「海鴉号」に乗ってサーファイ連邦国の北北西に位置する小さな島、バタフライ・レイ島の近くへと向かった。

 モンスター討伐のハズレ依頼を利用した実戦トレーニングの第二回目である。

 依頼書によると、約二月前からバタフライ・レイ島の入り江にある洞窟に、サハギンというモンスターの群れが突如現れ、住み着いてしまったそうだ。武装したサハギンの群れが、バタフライ・レイ島周辺の海域を通る船や、島の漁師たちが乗る漁船を襲撃し、船の積み荷を強奪する、死傷者が多数出る、などの深刻な被害をもたらしている、とのこと。

 サーファイ連邦国海軍が最終的に引き受け討伐する予定だったが、一月前、元「槌聖」たち一行の襲撃により海軍が壊滅してしまったため、討伐が見送られ、現在に至る、とのことである。

 討伐する数は全部で約200匹。依頼のランクはAランクで、討伐報酬は150万リリアと、相場の金額より50万リリア安い。依頼主は、バタフライ・レイ島の漁業組合。

 この依頼も、高ランクで報酬が相場以下、冒険者たちから避けられがちの依頼、通称ハズレ依頼と呼ばれる案件の一つに該当する。

 サハギンとは、体長150cmから体長2mほどの、緑がかった水色の鱗を持つ、二足歩行の半魚人のような姿をしたモンスターである。Eランクモンスターで、背中には背鰭があり、尻からは魚の尾鰭がついた長い尾を生やしている。両手の五本の指には水かきが生えている。最大の特徴は、人間のように武器を使って攻撃してくる点である。ある程度の知能があり、主に銛を好んで使って人間や獲物の魚を攻撃してくる。また、銛に限らず、人間から奪った槍や剣、斧なども使って攻撃してくることもある。集団で常に行動し、海の中から武器を片手に、船や船に乗る人間を襲うことから、「海ゴブリン」という別名で呼ばれることもあるモンスターで、性格は非常に凶暴で攻撃的であるとのこと。

 異世界召喚物の物語やファンタジー系のゲームなどに頻繁に登場することで有名なモンスターとして知られている。特に伝承があるわけではなく、とあるゲームのキャラクターや、半魚人に関する物語などが由来だと、以前本などで読んだことがある。

 午前11時。

 僕たちは認識阻害幻術で自分たちと「海鴉号」の姿を完全に消した状態で、ゆっくりと手配書に書かれている、バタフライ・レイ島の入り江の傍へと近づいていく。

 入り江の入り口手前で一旦、船を停止させると、僕は「霊視」で入り江周辺や、入り江の奥に見える、サハギンたちの巣となっている洞窟の中などを透視して、偵察を行う。

 「なるほど。洞窟の入り口に見張り役が二匹。それと、入り江の入り口から洞窟の入り口までの水中に10匹。残りのサハギンたちは洞窟の奥に固まっている。水中に潜んでいる10匹が本当の見張り役兼警備役で、入り江に近づいてきた人間を奇襲して迎撃する、というわけか。巣となっている洞窟には罠は仕掛けられていない。数はかなりいるし、大型の個体も複数いる点では少し厄介ではあるが、大した問題じゃあない。」

 僕は偵察と分析を終えると、他の三人に向かって指示を出す。

 「サハギンたちの動きは分かった。これより、サハギン討伐作戦に関する説明を行う。まず、このまま姿を消した状態で入り江内へとゆっくりと進入する。船が洞窟の入り口付近まである程度近づいたところで船を停止。それから、海中にいるサハギン10匹を僕が重力操作の能力で海中から一気に引きずりあげる。そして、洞窟の入り口前にいる2匹とまとめて一気に始末する。見張り役たちを始末したら、僕とメルの二人で洞窟内に突入し、奇襲攻撃を仕掛けて洞窟内にいるサハギンたちを仕留める。洞窟の外へと逃げようとする奴らの始末は、マリアンヌとスロウ、二人に任せる。海中に逃げられる前に、洞窟の入り口から出てきたところを一匹残らず、必ず始末するように。メル、マリアンヌ、再度確認するが、銃の予備のマガジンはちゃんと持ってきているな?」

 「はい、ちゃんと持ってます、なの!」

 「予備のマガジン、確認しました!」

 「よろしい。メルはMP7を使ってパパと一緒に洞窟へと突撃してサハギンを攻撃、マリアンヌは船のフライブリッジよりSR-25を使って洞窟から出てきたサハギンを狙撃、スロウは洞窟の入り口前で待機して、マリアンヌが討ち漏らしたサハギンを仕留める。作戦終了の合図は、僕とメルが洞窟から出てくる時に送る。スロウ、操船を一時任せる。作戦は以上だ。今日は実際に動くモンスターを相手に戦う。スピード重視で一気に、確実に敵を仕留めることを心掛けるように。三人とも分かったな?」

 「はい、分かりました、なの!」

 「了解しました!」

 「OK、ジョーちん!」

 「では、作戦開始だ!」

 スロウが「海鴉号」を操縦し、船はゆっくりと姿を消した状態のまま、サハギンたちの巣窟である入り江の中を進んでいく。

 入り江の奥に見える洞窟の入り口まで、約50mほど離れた位置まで船を進めて停止させると、デッキにいる僕は全身から紫色の霊能力のエネルギーを解放し、紫色の霊能力を全身に身に纏う。

 僕はジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出して右手に持つと、如意棒に霊能力のエネルギーを流し込み、瞬時に如意棒をS&W M29そっくりの黒い大型リボルバーへと変形させた。

 右手に持つ拳銃に霊能力のエネルギーを注ぎ込み、シリンダー内に霊能力の弾丸を作り出して装填する。

 それから、右手を頭上へと掲げると、黒い拳銃のトリガーを引いて、一発の弾丸を放った。

 「重力弾!」

 銃口から紫色の霊能力の弾丸が一発、空中高くへと発射され、途中で弾丸が炸裂した。

 弾丸が炸裂した瞬間、入り江内の海中に潜んでいたサハギン10匹が、重力操作の攻撃の影響で、肉体にかかる重力が大幅に減少し、海中から空中高くへと強制的に引きずり揚げられる。

 「キシャー!?」

 海中から強制的に空中高くへと引き上げられ、混乱しているサハギンたちを、僕は重力のパワーや方向を変化させ、洞窟の入り口付近で見張り役をしている2匹のサハギンに向かって、空中に漂うサハギンたちを思いっきり放り投げてぶつけた。

 洞窟の入り口前で、ぶつかって互いに絡まり合ってよろめくサハギンたちに向かって、僕はすかさず右手に持つ拳銃を向け、トリガーを引き、連射する。

 霊能力の弾丸に頭や胸、腹を貫かれ、大穴を開けられ、サハギンたちはたちまちその場で絶命する。

 「見張りは始末した!行くぞ、みんな!」

 僕は他の三人に向かってそう言うと、銀色の霊能力のエネルギーを解放し、重ねて全身に身に纏うと、メルを左手で抱きかかえながら、船のデッキより空中を飛んで移動し、洞窟の入り口前へと着陸した。

 MP7を両手で持って構えるメルに僕は指示する。

 「メル、これから洞窟の中へと突撃する!モンスターは僕たちのことが全く見えない!生きているからと言って怖がる必要はない!サハギンを見たら、慌てず、ただ相手に銃をぶっ放せ!サハギンは一匹残らず、撃ち殺せ!弾が撃てなくなったら、すぐに新しいマガジンへ交換するんだ!銃が使えない時はメリケンサックを使うんだ!良いね?」

 「はい!分かりました、なの、パパ!」

 「よし!じゃあ、突撃開始!」

 僕はメルとともに、銃を構えながらゆっくりと洞窟の中を歩いて進んで行く。

 そして、洞窟内でサハギンを見かける度にすかさず、銃のトリガーを引き、サハギンを撃ち殺していく。

 10分ほど歩いて奥へと進むと、180匹以上のサハギンたちが武器を片手に、洞窟の奥で固まっていた。

 認識阻害幻術で姿や気配を完全に消しているため、サハギンたちは僕とメルが近くにいてもまるで気付かない。

 「メル、ここが敵の本丸だ!サハギンたちは一匹残らず、ぶち殺す!思いっきり銃をぶっ放せ!」

 「はい、なの!行きます、なの!」

 僕がメルに指示を出すと、メルは小さい体でMP 7をしっかりと握って抱きかかえながら、サハギンの群れに向かって、銃を連射していく。

 ブラックオリハルコン製の弾丸が、見えない弾丸の雨となって、洞窟内にいるサハギンたちへと襲い掛かる。

 突然、銃撃され、頭や胸、腹を弾丸で貫かれ、体に大穴を開け、大量の血を流して倒れていく仲間たちを見て、サハギンの群れは洞窟内で大混乱となった。

 僕もメルと一緒に、右手に持つ黒いリボルバーより霊能力の弾丸をサハギンたちへと撃ち、目の前に見えるサハギンたちを撃ち殺していく。

 襲撃者である僕たちの姿や、見えない銃撃に対応できないと分かって、何匹かのサハギンが僕たちの横を猛ダッシュで走り抜け、洞窟の外へと逃げ出そうとする。

 一方、洞窟の入り口前では、マリアンヌとスロウの二人が待機していた。

 洞窟内から必死に走って洞窟の入り口まで逃げてきたサハギンの生き残りを、「海鴉号」のフライブリッジにいるマリアンヌが、SR-25を両手で持って構えながら、トリガーを引き、一匹ずつ船の上から狙撃して倒していく。

 マリアンヌの狙撃によって胸や腹部を弾丸で撃ち抜かれ、体に大穴を開けられて、サハギンの生き残りたちは洞窟の入り口付近で絶命する。

 マリアンヌの狙撃を逃れた残りのサハギンを、両手に黒い鎖鎌を持ったスロウが、右手に持つ鎖分銅が先端に付いた鎖をブンブンと振り回しながらサハギンの頭へと叩きつけて、サハギンの頭を粉々に叩き割る、あるいは左手に持つ鎌でサハギンの喉元を掻っ斬るなどして、海中に潜って逃げようとするサハギンたちを、海に入る直前に仕留めていく。

 洞窟内にいたサハギンたちの討伐を終えると、僕はメルを連れて一緒に洞窟の外へと出ようとする。

 洞窟の入り口付近までやってくると、僕はマリアンヌとスロウに向かって大声で合図を送った。

 「マリアンヌ、スロウ、二人ともお疲れ様ー!洞窟内にいた奴らは始末したぞー!そっちはどうだー?」

 「お疲れ様です、ジョー様ー!外に逃げようとしたサハギンたちは始末しましたー!」

 「ジョーちん、お疲れ~!外に逃げようとした奴らは一匹残らず、ウチらで始末したから大丈夫だよ~!」

 「了解したー!二人ともよくやってくれたー!それじゃあ、死体の回収を手伝ってくれー!」

 僕たちはサハギンの群れを討伐すると、ふたたび合流し、四人で一緒にサハギンの死体の回収作業を行った。

 回収作業を終えると、僕たちは「海鴉号」の船内で一緒に昼食を食べた。

 昼食後、冒険者ギルドのあるサーファイ島へと向かった。

 それから、冒険者ギルドに到着すると、冒険者ギルドの受付にて、レモラの群れの討伐依頼達成の報告を済ませた。

 「メル、マリアンヌ、二人ともよく頑張ったな。動いているモンスターを相手に最後まで戦い抜いた。銃での狙撃もよくできていた。この調子で頑張ってくれ。」

 「はい!メル、もっともっと、モンスターを倒します、なの!頑張るなの~!」

 「了解しました!私もメルさんに負けないよう、頑張ります!」

 「二人ともいい感じじゃ~ん!その調子で頑張れ~!」

 僕、メル、マリアンヌ、スロウの四人はお互いを労い、笑いながらギルドを後にし、フラワーコーラル島のコーラル・リゾートホテルへと戻ったのであった。

 トレーニング25日目。

 僕はメル、マリアンヌ、スロウの三人を連れて、「海鴉号」に乗ってサーファイ連邦国の西に位置する無人島、ボブテイル・スクイッド島の近くへと向かった。

 モンスター討伐のハズレ依頼を利用した実戦トレーニングの第三回目である。

 依頼書によると、約一月前から、スキュラというモンスターの群れが突如ボブテイル・スクイッド島に現れ、住み着いてしまったそうだ。スキュラの群れが夜になると、島周辺の海域を通る船を襲い、船に乗っている人間たちを食い殺し、多数の死傷者が出る被害が出ているとのこと。現在、ボブテイル・スクイッド島周辺の海域は通行を原則禁止されていて、そのために漁業や海運業、観光業などがダメージを受けているそうだ。

 この依頼もサーファイ連邦国海軍が最終的に引き受け討伐する予定だったが、一月前、元「槌聖」たち一行の襲撃により海軍が壊滅してしまったため、討伐が見送られ、現在に至る、とのことである。それと、スキュラの群れが発生した原因だが、元「槌聖」たち一行率いる海賊団の襲撃で亡くなった人たちの死体の一部が大量にボブテイル・スクイッド島に漂着し、その死体の肉がスキュラの群れを引き寄せた可能性がある、とのことである。

 討伐する数は全部で約10匹。依頼のランクはAランクで、討伐報酬は250万リリアと、相場の2分の1の金額。依頼主は、サーファイ連邦国の海運業者の商会ギルド。

 この依頼も、高ランクで報酬が相場以下、冒険者たちから避けられがちの依頼、通称ハズレ依頼と呼ばれる案件の一つに該当する。

 スキュラとは、体長5mほどの、上半身は緑色の肌を持つ人間の女性の姿で、下半身は蛸のような八本の巨大な触手を生やしているモンスターである。Cランクモンスターで、下半身から生えている太くて長い八本の触手で獲物を掴んで捕食する。触手の持つ吸盤に加え、触手自体が怪力を持っていて、一度スキュラの触手に捕まると逃れることは難しいと言われる。触手には再生能力があり、斬り落としてもある程度の時間が経てば再生できる。上半身の口から大量の墨を吐く能力もあり、敵や獲物に吹きかけて目くらましに使ってくることがある。夜行性で昼間は海中でほとんど過ごすらしく、また、海中の暗くて狭い場所を好む性質もあるそうだ。性格は非常に凶暴で攻撃的、肉食で特に人間の肉を好んで食べる、とのこと。

 異世界召喚物の物語やファンタジー系のゲームなどに頻繁に登場することで有名なモンスターとして知られている。ギリシャ神話など多くの伝承にも登場し、十二本の垂れ下がった足と六本の長い首、三列に並んだ歯を持つ怪物、あるいは上半身は女で下半身は魚、胴体から六頭の犬が生えている怪物など、その容姿は様々な形で伝えられている。

 午後7時。

 高さ約50m、面積2,500㎡ほどの岩ばかりの小島、海の上にポツンと突き出た大きな岩とも呼べるボブテイル・スクイッド島に、僕たち四人は昼間の内に上陸していた。

 認識阻害幻術で姿を完全に消した状態で、スキュラが好んで活動する夜になるのを待っていた。

 日が沈み、夜の暗闇が僕たちの周囲を包む中、月明かりだけを頼りに、僕はメル、マリアンヌ、スロウの三人に指示を出す。

 「夜になったので、これよりスキュラの群れの討伐作戦を行う。作戦内容だが、まず、僕が灯りを灯したランタンを10個、円状に島全体へと置いていく。ランタンを置いた後、僕が島の上で大きな音を立てて騒ぐ。ランタンの灯りと物音で、島の真下にある岩穴に潜んでいるスキュラたちを海中からおびき寄せる。スキュラの群れが島に上陸したところを、メル、マリアンヌの二人で攻撃し、仕留める。奴らの隙は僕が作る。ただし、今回の作戦では攻撃の際、全員にかけている認識阻害幻術は一時解除する。スキュラの方からも僕たちの姿は丸見えだ。これまでのトレーニングで培ったスピード、パワー、魔法、戦闘技術、その全部を最大限活かしてターゲットを確実に仕留めてもらうことが目標だ。尚、今回は地形が狭いため、銃の使用は原則禁止する。味方に誤射する危険性が高いからな。メルはメリケンサック、マリアンヌはレイピアを使ってそれぞれ戦うように。相手はCランクモンスターで、八本の触手で敵を絡め取って絞め殺すのが特徴だ。とにかく、力が強い。触手に掴まれないよう、注意しろ。殺す時は頭か心臓を狙って、一撃で潰すんだ。不意打ちでも何でも、とにかく急所を素早く狙って仕留めるように。それと、口から目くらましの墨を吐いてくるから、墨を食らわないように。墨自体に毒などは含まれていないが、目に入ったら動きを封じられて隙が生まれてしまう恐れがある。これまでのトレーニングの成果を全て出し切れば、二人ならきっと倒せる。万が一の場合は、僕とスロウの二人がサポートに入る。スキュラを一匹でも自力で倒せたら合格だ。以上が作戦内容だ。覚悟は良いな、メル、マリアンヌ?」

 「はい!大丈夫です、なの!」

 「覚悟はできております!何時でもいけます!」

 「二人ともこれが最終試験、って奴だねぇ~。気合入ってる感じで良いねぇ~。何かあってもウチとジョーちんがちゃんとサポートするから、心配ナッシングだからね~。」

 「よろしい。スロウもサポートをよろしく頼む。では、作戦開始だ。下準備を始めるとしよう。武器を構えて三人は待機だ。」

 僕はメルたちに指示を出すと、三人の傍を離れ、腰のアイテムポーチからランタンを取り出して、ランタンに灯りを灯しながら、島をグルっと囲むように灯りを灯したランタンを10個、置いていく。

 ランタンの配置を終えると、僕は島の中央の、高く突き出た岩へと駆け寄る。

 認識阻害幻術を解除して、僕は青白い霊能力のエネルギーを解放し、全身に身に纏った。

 それから、ジャケットの左の胸ポケットより如意棒を取り出すと、右手に持ち、如意棒に霊能力のエネルギーを注ぎ込み、黒いハルバードへと変形させた。

 右手に持つ黒いハルバードを何度も岩へと振り下ろし、ガキーンという音を何度も立てる。

 ハルバードが何度も岩へとぶつかる衝撃音が小さな島全体へと響き渡る。

 しばらくして、島中に置かれたランタンの灯りと、ハルバードが岩へとぶつかる甲高い衝撃音に誘われて、島の真下の、海中の岩穴に潜んでいたスキュラの群れが続々と、ボブテイル・スクイッド島へと上陸し始めた。

 僕はすぐさま紫色の霊能力のエネルギーを解放し、全身に身に纏うと、大声で他の三人に合図した。

 「攻撃開始!」

 合図を送ると、僕は「瞬間移動能力」を発動し、上陸したスキュラの一匹の背後へと回り、素早くハルバードを縦に振り下ろし、背後からハルバードの斧の刃でスキュラの頭を叩き斬った。

 「ヴァアー!?」

 ハルバードで頭部を真っ二つに叩き斬られ、スキュラはその場で絶命した。

 僕に仲間の一匹を殺されたことに他のスキュラたちが気が付き、僕の方へと向かって襲おうとしてくる。

 僕は瞬間移動ですぐにスキュラの群れの後方へと移動する。

 「こっちだよ、バ~カ!」

 僕が大声で笑いながら、ハルバードの柄で地面を叩き、スキュラの群れを挑発する。

 僕に挑発され、ますます怒り狂うスキュラの群れを、僕は瞬間移動で何度もスキュラの群れの前後左右へと移動し、撹乱する。

 僕に攪乱され、隙が生まれたスキュラの群れに向かって、メルとマリアンヌがそれぞれ全身に魔力のエネルギーを身に纏い、武器を使って奇襲攻撃を仕掛ける。

 「えい!」

 「はっ!」

 メルが素早く一匹のスキュラの背後へと回って飛び上がり、右手全体と、右拳に嵌めたメリケンサックにより魔力のエネルギーを集中させ、パワーを強化して、メリケンサックを嵌めた右拳から右ストレートパンチを、スキュラの後頭部へと繰り出した。

 メルの右ストレートパンチが炸裂し、スキュラの頭部を潰して破壊した。

 一方、マリアンヌも素早く一匹のスキュラの背後へと回り、右手全体と、右手に持つレイピアにより魔力のエネルギーを集中させ、パワーを強化して、右手に持つレイピアから鋭く力強い刺突を、スキュラの心臓目掛けて繰り出した。

 マリアンヌのレイピアによる刺突が背後からスキュラの心臓を貫き、破壊した。

 「よし、なの!」

 「まずは一匹!」

 スキュラを瞬間移動で撹乱しながら、メルとマリアンヌの二人がスキュラを単独で仕留めた姿を見て、僕は喜びの笑みを浮かべながら、目の前に見えるスキュラを一匹、ハルバードで真っ二つに叩き斬る。

 メルとマリアンヌの存在に気が付き、他のスキュラたちが二人にも慌てて反撃しようとするが、スキュラたちの反撃は一歩遅かった。

 メルは右手に魔力のエネルギーを集中させ、白く光り輝く、野球ボールくらいの大きさの小さな魔力の球を手の平の上に生み出した。

 そして、右手に生み出した小さな魔力の光る球を、自分に迫りくるスキュラの方へと素早く投げつけた。

 メルの投げつけた魔力の球を、スキュラが体にぶつかる直前で触手でガードしようとしたが、魔力の球が触手に触れた瞬間、ドカーンと勢いよく爆発して、ガードしていた触手ごとスキュラの上半身を吹き飛ばした。

 「よっしゃー、なの!」

 一方、マリアンヌは右手に持つレイピアの刃に魔力のエネルギーを集中させると、金色に光り輝く、長さ5mほどの光の刃を生み出してレイピアの刀身に纏わせ、光の刃を生み出したレイピアを真っ直ぐに、自分に迫りくるスキュラへと振り下ろした。

 マリアンヌのレイピアの刀身から発生した大きな光の刃が、スキュラの頭から全身を真っ二つに斬り裂くのであった。

 「二匹目!」

 メルとマリアンヌが攻撃魔法も使ってスキュラを仕留めた姿を見て、僕は笑みを浮かべる。

 僕とメルとマリアンヌが戦っている間、スロウもスキュラたちと一人、戦っていた。

 攪乱され、隙の生まれたスキュラたちの背後へと素早く近づき、スキュラの後頭部を右手で掴み、右手をターコイズグリーン色に光り輝かせながら、新しい能力を発動して攻撃する。

 「時間逆行!」

 スロウに後頭部を掴まれ、触手で反撃を試みるスキュラたちであったが、反撃をする前にスロウの新しい能力でたちまち全身の細胞が老化し、ミイラ化して死んでしまうのであった。

 わずか5秒足らずで肉体を急速に老化させられて殺され、さらに時間を止める能力で攻撃も回避され、スロウの周りにいた三匹のスキュラは、スロウの手で瞬殺された。

 残り一匹のスキュラをハルバードで叩き斬って殺すと、僕はメルたちに声をかけた。

 「メル、マリアンヌ、スロウ、作戦終了だ!スキュラの群れは討伐完了だ!海中にも生き残りはいない!メル、マリアンヌ、二人ともよく頑張ったな!実戦形式のトレーニングはこれで無事、終了だ!パワーも魔法も合格点だ!本当によく頑張った!」

 「パパー、メル、ちゃんと一人でモンスターを倒したなのー!」

 「うん!偉いなぁー、メル!」

 「爆弾もちゃんと効いた、なの!メルの爆弾でぶっ飛ばしてやった、なの!」

 「ああっ、ちゃんと見てたぞー!Cランクモンスターを木っ端微塵にするなんて、すごいぞ!流石はパパの娘だ!メルは本当に凄いなぁー!」

 「やったー、なの!パパが凄いって、褒めてくれたのー!もっともっと、凄い爆弾作れるようになるなのー!」

 「そうか、そうか!メルならもっと凄い破壊力の爆弾だって作れるようになれるさ!史上最年少で、史上初の非戦闘職のS級冒険者になるのだって夢じゃないかもな!いやぁ、これからが本当に楽しみだなぁー!」

 スキュラを倒せたことを喜び、嬉しそうに僕に抱き着いてくるメルを、僕は笑いながら褒めるのであった。

 「5歳の娘に爆弾を作らせて喜ぶ父親とかマジ、ヤバくね?魔力だけでモンスターぶっ殺せる爆弾を作れる5歳児もマジでヤバいんだけど。早くウチらがメルちゃんのママにならないと、ドンドンヤバいことになるんじゃね?」

 「懸念していた通りに、悪い方向の教育が実現して、予感が的中してしまいました。本当にメルさんが爆弾魔法を使えるようになるとは。既に同年代の、戦闘職のジョブを持つ子供よりも明らかに強いです、今のメルさんは。ジョー様の言うように、将来、史上最年少で、史上初の非戦闘職のS級冒険者になるかもしれません。ですが、一歩間違えたら、戦闘狂の軍人や殺し屋にもなりかねません。ジョー様のメルさんへの教育はやはり過激すぎます。私たちでメルさんへの教育をより適切に、早めにサポートしないと取り返しのつかないことになるような気がしてたまりません。はぁ~。」

 スロウとマリアンヌが、主人公とメルの会話の様子を見ながら、不安気な表情を浮かべて不安を吐露する。

 僕はマリアンヌの方に顔を向け、マリアンヌに話しかけた。

 「マリアンヌ、お前もよく頑張ったな。光の刃を生み出す攻撃魔法、中々の威力だったぞ。魔力のコントール次第で、リーチを伸ばしたり、パワーを強化したり、光の刃自体を斬撃にして飛ばしたり、とか、工夫の余地はまだまだあるはずだ。他の魔法攻撃もできないか、これからもドンドンチャレンジしてみろ。戦術の幅が広がって、お前自身の成長にも繋がるはずだしな。」

 「ありがとうございます、ジョー様。これからも私なりに研鑽を積むつもりです。父のスキルを参考に攻撃魔法を再現してみました。光の剣を魔法として再現できたのには、私も驚きました。ジョー様のトレーニングのおかげです。」

 「へぇー。あのクソ国王のスキルを再現してみたか。そういや、腰に金色の、装飾がたくさん付いた悪趣味な剣をぶら下げていたなぁー。あれで僕を斬り殺そうとしてきたよなぁー、お前のクソ親父の奴。思い出してきたら、急にムカついてきたな。そうか、クソ国王のスキルは光の剣なのか。あのクズに光の剣なんて本当に似合わないな。いつかあの悪趣味な剣をへし折って、まとめてぶっ飛ばしてお返ししてやらなきゃだなぁー。」

 「す、すみません、ジョー様!?あ、あの時は、私もお父様も、本当にどうかしていました!お父様は処刑の時のことを深く、深く反省しておられます!どうか、どうか、お父様を殺すことだけはお許しください!」

 「はっきり言っておくが、僕はお前のクソ親父のクソ国王を許すつもりは全くないからな。あのクソ国王は娘のお前と違って、根が正真正銘の人間のクズで悪党だからな。どうせ、国王を辞めてもまた何か悪事を働くに決まってるからな。まぁ、僕が手を下す前に、ブレンダに神罰を下されて最悪、即地獄行きもあり得るよな。あのクソ国王が更生するだとか、改心するだとか、僕にはあまり現実的には思えないんだよなぁ。今すぐにでも厳重に幽閉して隠居させた方がいいと、僕は思うんだが?」

 「うっ!?か、返す言葉がございません・・・」

 「マリアンヌ、ゾーイがドンマイ、って言ってるっしょ。お互い、碌でもない父親のせいで苦労しているから気持ちがよく分かるだって。いくら血が繋がっていても、クズ親なら一発ぶん殴って目覚まさせるくらいしなきゃダメだと、ウチも思うっしょ。話に聞いてる限りじゃあ、ゾーイのクソ親父とあんまし変わんないクズ野郎らしいけど。元気出せっっしょ。」

 「ありがとうございます、ゾーイさん、スロウさん。お父様が皆様にご迷惑をおかけしてしまい、本当に、本当に申し訳ございません。母が生きていた頃は、もっとしっかりしていたそうなのですが。本当にすみません。」

 「お前の母親?お前を産んですぐに亡くなったと前に言ってたっけ?お前の母親が、奥さんが亡くなって、今みたいなクソ国王になったと?ああっ、あれか、奥さんがしっかり者で旦那さんの手綱を握って上手く行ってるタイプの家庭だな。国王は微妙だけど、王妃が優秀で政治も家庭も上手に切り回している、って奴だ。僕の元いた地球にも、そういう王妃で歴史の偉人が結構、いたよ。そうか。お前の母親が、王妃が生きていたら、お前も国王も、インゴット王国ももう少しまともだったかもな。まともな母親が傍にいることが如何に大事なことか、よく分かったよ。」

 「うっ!?私は、私は良い母親になれる自信がなくなってきました・・・」

 「まさかのブーメラン!ウチもゾーイもまともな母親いねえし、まともな母親をちゃんと見たことねえし!これは、ちょっとマズいっしょ!ジョーちんのこと、悪く言えなくなったし!」

 主人公の発言に少々、ショックを受けるマリアンヌとスロウであった。

 「さてと、おしゃべりはこれくらいにして、仕事の後始末をするぞ。スキュラの死体を回収するぞ。全部で10匹だ。とっとと死体を回収して、みんなで一緒にトレーニング成功のお祝いのディナーを楽しむとしようか。」

 「は~い、分かった~、なの!」

 「オホン。了解しました。」

 「お祝い!?よっしゃー!なら、さっさと回収するっしょ!今日は食べて、食べまくるっしょ!」

 「食べ過ぎでお腹壊したりするなよ、スロウ?それじゃあ、急いで回収するとしようか。」

 僕たちは笑いながら、討伐したスキュラの群れの死体の回収作業を行うのであった。

 回収作業を終えると、僕たちは「海鴉号」に乗って、冒険者ギルドのあるサーファイ島へと向かった。

 それから、冒険者ギルドに到着すると、冒険者ギルドの受付にて、スキュラの群れの討伐依頼達成の報告を済ませた。

 ギルドから、フラワーコーラル島のコーラル・リゾートホテルへと戻ると、僕の泊まっている水上コテージにパーティーメンバー全員を集め、メルとマリアンヌの強化トレーニング成功を祝うささやかなお祝いパーティーを開いた。

 まだ幼い、5歳のメルが、Cランクモンスターのスキュラ2匹を一人で討伐したという報告を聞いて、玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴの六人は驚くと同時に、メルの成長をとても喜んだ。

 可愛い娘であるメルが成長したことに、逞しくなっていくことに、父親として、パーティーリーダーとして、とても嬉しく思う僕であった。

 元「槌聖」山田たち一行討伐に向けた強化トレーニングは順調に進んでいる。

 残るハズレ依頼の処理と自主トレーニングで、僕たち「アウトサイダーズ」の強化トレーニングは完了する。

 僕たち「アウトサイダーズ」は異世界の悪党どもに復讐するためなら、どこまでも強くなり、どこまでも悪党を追いかけ、必ず悪党ども全員に正義と復讐の鉄槌を下し、地獄に叩き落す。

 新たな復讐の旅へと出発する日はもうすぐそこまで迫っている。



























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