【中間選考突破!!】異世界が嫌いな俺が異世界をブチ壊す ~ジョブもスキルもありませんが、最強の妖怪たちが憑いているので全く問題ありません~
第五話 【処刑サイド:槌聖外仲間たち】槌聖たち、逃亡生活の末に捕まる、そして、人体実験の被験体となる
第五話 【処刑サイド:槌聖外仲間たち】槌聖たち、逃亡生活の末に捕まる、そして、人体実験の被験体となる
時は遡り、勇者たちが王都を壊滅させ、犯罪者としてインゴット王国に捕まり、そして、王城の地下牢から脱獄した日のこと。
勇者たちは脱獄した後、一時カナイ村の森に潜伏していたが、王国や冒険者ギルドから犯罪者として指名手配され、その上、ギルドによって制限措置を施され、勇者たちは勇者のジョブを失い、ジョブが「犯罪者」になり、レベルも0になってしまった。
その事実にショックを受け、勇者たちはリーダーの「勇者」島津と対立、ついに分裂してしまったのであった。
勇者たちの分裂後、「大魔導士」姫城たち一行や「聖女」花繰たち一行、「槍聖」沖水たち一行、「弓聖」鷹尾たち一行同様、ダンジョン攻略に動き始めた勇者の一団があった。
「槌聖」にして「雷の勇者」
他の勇者一行が一度王都へと戻り、ダンジョン攻略のため準備を進める中、「槌聖」山田たち一行の動きは少し違っていた。
リーダーである「槌聖」山田の指示の下、カナイ村を出てしばらく歩いた後、彼らは道中にあった馬車の停留所で、馬車を見つけ、すぐにアメジス合衆国の方向へと向かった。
途中でアメジス合衆国行きの特急馬車に乗り換えると、そのままアメジス合衆国まで馬車に乗って行くのであった。
インゴット王国とアメジス合衆国の国境付近にも、インゴット王国によって一応非常線は張られていたが、王都壊滅を受け、警戒に当たる騎士たちは少なかった上、インゴット王国の騎士たちの国への忠誠心は存外低かった。
形ばかりで急ごしらえの非常線の網の目を上手く掻い潜り、国境を越え、「槌聖」山田たち一行は、アメジス合衆国北西部の山の中にあるゼギン村にて馬車を途中下車した。
いかにも山の中の、人が少なそうな農村で途中下車するという山田の指示に、仲間たちの中には少なからず不安や疑問をおぼえる者もいた。
「なぁ、剛太郎、こんな何も無さそうな山の中の村で降りたりして、どうする気だよ?地図を見る限りじゃ、町まではまだ遠いし、ダンジョンからも結構距離があるぞ?トイレ休憩でも無いってんなら、目的は何だよ?」
「槌士」
「心配すんなぁ~、鉄矢~。俺は俺なりにちゃんと考えてるんだなぁ~。今の俺たちの力じゃあ、すぐにダンジョン攻略なんてできねぇんだなぁ~。下手に人がたくさんいるところに顔を出せば、俺たちみんな指名手配犯として見つかって、逮捕されちゃうんだなぁ~。だから、ここは下手に動かず、こういう小せえ山ん中で様子見するのが一番良いんだなぁ~。俺たちはじっくり時間をかけて少しづつダンジョンを攻略すれば良いんだなぁ~。」
「なるほどな。まぁ、金はそれなりにあるし、こんな山の中までわざわざ俺たちを探しに来る奴はいないし、ここで様子見しながら準備するのが安牌かもな?」
「でもよ~、寝泊まりとか食事とかはどうすんだよ?ずっと野宿だとか、サバイバル生活しろだとか、俺たちには無理だぜ?サバイバル用の装備とか持ってねえし、サバイバルの経験なんて皆無じゃん、俺ら?それに、山の中を不審者が大勢うろついてるとか、ホームレスが住み着いたとか噂が立つかもしれねえぜ?そこんトコロはどうする気だよ、剛太郎?」
「槌士」
「真~、お前、俺がお前より勉強できないからって疑ってんのかぁ~?俺だってちゃんと頭使う時は頭使うんだぞ~。ここは山ん中のド田舎だ。俺たちのことを知ってる奴なんてほとんどいねえはずだぁ~。だから、村ん中を歩いていても、誰も俺たちのことなんか気にしねえ。寝床が欲しけりゃ、その辺で住み込みのアルバイトすれば、どうにかなるんだなぁ~。こんな田舎じゃ、若い奴を雇いてぇ農家はいるはずだしよ。それに、金なら十分持ってるから心配いらないんだなぁ~。」
「そりゃあ、こんなド田舎なら身バレする可能性は低いだろうけどよ~。でも、住み込みでバイトするって、大丈夫かよ?本人確認とかされたりしねえかよ?ギルドカード見られたら、一発でアウトだぜ?」
「身分証がいるかどうか、先に聞いて、身分証がいらねえトコロでアルバイトすれば問題ないんだなぁ~。この村にねえなら、他の村を探せばいいんだなぁ~。時間ならたっぷりあるからなぁ~。」
「そうだぜ、真。もっと気楽に考えろよ。剛太郎の言う通りだぜ。ここまで何事もなく来れた。田舎なら俺たちの手配書だとか、情報だとか、特に入ってくることもねえ。異世界にはSNSどころか、スマホもカメラもねえ。身バレすることなんて早々ねえよ。身分証出せって言われた時は、今お役所で手続き中です、っとか言って、適当に誤魔化しゃいいんだよ。だろ?」
「槌士」
「ガッハッハ!賢太の言う通り!俺たちが指名手配中の脱獄犯だと知る奴など、こんな田舎にはいないだろう!剛太郎の言う通り、ここは堂々としながら、アルバイトでもして、ゆっくりダンジョン攻略の用意を進めればいいはずだ!ガハハハっ!」
「槌士」
そんな大王の頭を、山田がコツンと殴り、注意する。
「痛っ!?」
「馬鹿野郎!声がデケぇ!誰が聞いてっか分かんねえだろうが!気ぃ付けろ、元康!」
「す、すまん、剛太郎!」
「ったく、お前はいつも声がデケぇぞ!俺たちと話す時以外は、お前はずっと黙ってるんだなぁ~。」
「元康がこんなんで本当に大丈夫かよ?俺は正直、まだ不安だぜ。早く勇者に戻りてぇよ、マジで。」
山田と大王のやり取りを見て、これからの逃亡生活への不安を露わにする庄内であった。
リーダーである山田の提案に従い、山田たち一行はゼギン村の中を歩きながら、住み込みでアルバイトができる農家がないか、探し回った。
村の中をしばらく散策していると、村の中央にある掲示板に小さな貼り紙が張ってあるのを見つけた。
貼り紙には、とある牧場でのアルバイト募集中、と書かれていた。
採用条件もそこそこ合っていたので、山田たちは貼り紙で広告をしていた、ゼギン村の北の端にある、とある牧場を訪ねた。
「スクイーズ牧場」と看板の出ている牧場の事務所で待っていると、牧場主で代表と名乗る、50代後半の、頭頂部が禿げ、肌は少し日焼けし、デップリと太った体格の、身長160cmほどの、少々卑屈そうな顔つきの男性が、山田たち一行の前に現れた。
「おめぇらかぁ~?アルバイト募集の広告見て、ウチで働きてぇーってのは?」
「そ、そです!お、俺たち、みんな、故郷の田舎さ出て都会に働きば行ったんですけど、やっぱ都会は合わなくって!そんでも、故郷には帰りづらいもんで、何とか新しい食い扶持さ見つけなきゃなんなくて!ここでぇー、アルバイトさせてもらいながら、酪農の勉強して、五人でいつか俺たちの牧場作って一旗揚げてぇなぁー、と思ってですね!アルバイト募集って貼り紙見てここさ来たんですけど、まだ募集ってやってるんかなぁ~、社長さん?」
山田が、故郷を出たばかりの田舎者の若者を装う演技をしながら、牧場主の男に訊ねる。
「しゃ、社長だなんてオーバーな言い方は止してけろ。まぁ、オラがここの牧場主、オーナーなんだべさ。オラのことは、オーナーか、ボルシーさん、とでも呼んでけれ。アルバイトの募集ならやってるべ。ちょうど若えモンを新しく雇いてぇと思ってたところでよ。後5人か6人欲しいところだけども、まぁ、ええか。でも、牧場で働くのは大変だぞ?おめぇら、牛飼いの経験はあんのか?故郷では何やってただ?」
「ええっと、俺は家が牛飼いやってて、経験がありますだ。他の四人は牛飼いの経験はねえけど、体力なら人一倍ありますだ。力仕事ならみんな、自信がありますだ、オーナーさん?」
「そうかぁ~。まぁ、仕事の内容は決まってるだし、おめぇらみんな若いし、すぐに仕事覚えるはずだし、大丈夫だろさぁ~。えっと、時給は700リリア、一日10時間、みっちり牛の世話をしてもらうべ。週休二日制で、おめぇらには交代でシフトに入ってもらうべ。採用期間は半年だ。最初の一週間は研修期間って奴で、オラや他のスタッフが一緒に付いて周って、仕事を教えるだ。採用条件は特にねぇ。未経験でもOKさ。何か、他に聞きてぇことはあっか?」
「あ、あの~、俺たちみんな、今金があんまし無くてですね、できりゃ~、その~、住み込みで働かしてほしんですけども?」
「住み込みかぁ~。できなくもねけども、その辺にいくらでも貸家で空いてる物件あっからよ、どっか借りるのはどうだぁ~?小せえけど、ちゃんとした不動産屋が近くにあっから、身分証さえありゃあ、すぐに借りれるべ?」
「いやぁ~、俺たち出来れば、間近で酪農の仕事さ勉強したいんで、やっぱし住み込みがいいんだなぁ~。それに~、今、お役所で新しい身分証を作る手続きしてっけども、役所の人から時間がかかるって言われて、しばらく待ってなきゃいけねくて~?住み込みじゃあ、働かせてはもらえねえっすか?」
「ん~、住み込みでもいいべ。一応、アルバイトのための寮も作ってから、寮を使わせてやるべ。ただ~、昔使ってた納屋を作り直したもんだから、ちっとばかし窮屈に感じっかもしんねえが、そんでも良ければ貸してやるべ。住み込みだと、給料からちょっぴし家賃なんかを差っ引くことになるけども、ええか?」
「も、もちろんですだぁ~!寮を貸してもらえるなら助かるんだなぁ~!よろしくお願いしますだなぁ~、オーナー!」
「おう、オラの方こそよろしくだなぁ~!いやぁ~、最近は住み込みで働きたいとか言う若い奴は少ないから、ちぃっと驚いたけども、こっちは大助かりさぁ~!年がら年中、ずっと牧場にいるってわけにもいかねえしよ~、オラがいなくても牛の世話をしてくれる人間がいるのは大助かりだべ!よろしくなぁ~、若いの!おっと、一応、おめぇらの名前、教えてもらえるか?」
「えっと、ご、ゴウです!」
「て、テツです!」
「ま、マコです!」
「け、ケンです!」
「や、ヤスです!」
「ゴウに、テツに、マコに、ケンに、テツ、だな!覚えやすくていいなぁー!オラは、ボルシー・スクイーズだぁー!期待してっからなぁー、おめぇら!そんじゃ、早速、牧場ん中を案内するべ!寮も今日からすぐに使ってもらって結構だ!おめぇら、オラの後に付いてこいな!ハハハっ!」
こうして、山田たち一行は何とか山田の機転もあって、無事、スクイーズ牧場にて、住み込みでアルバイトできることになった。
それから、山田たち一行の、牧場での逃亡生活兼アルバイト生活が始まった。
朝5時前には起床、朝5時30分から牛の乳しぼり、牛への餌やり、牛舎の掃除、牧草地の手入れ、仔牛への哺乳、牛の健康チェックなど、沢山の業務をこなさねばならず、仕事が終わるのは、いつも夜7時過ぎであった。
実家が農家で牛の世話の経験がある山田以外の四人にとって、牧場でのアルバイトは想像以上に過酷であった。
初めて経験する仕事であることに加え、とにかく体力を消耗する内容ばかりの仕事のため、全員が運動部で格闘技経験者で、人より多少体力があると言っても、最初の内はかなり堪えた。
一日二時間の休憩時間があっても、食事やトイレなどを手早く済ませる必要があり、疲弊した体と精神を癒すには不十分だった。
住み込みで働き始め、牧場の隅にある寮を借りて生活しているが、元は納屋だったためか、水道もトイレも風呂も寮の外側に備え付けで、おまけに旧式で不便だった。
ベッドも簡易ベットで、あまり寝心地は良くない。
壁は木製で薄く、時々隙間風が入ってくるため、寒暖差が激しい山の中にあり、夜は日中と比べて寒いため、寮の室内は寒かった。
納屋だった当時の、牛の糞の臭いが建物全体にいまだ染みついていて、それが山田たちの気分をさらに害した。
家賃や食事代、水道代という名目で給料からお金が差っ引かれ、本来は月給14万リリアもらえるはずが、月給8万リリアの支給となった。
個室ではなく、大部屋で男五人で共同生活、毎日10時間牧場でひたすら肉体労働、給料は薄給、休みの日も疲れてほとんど寮でゴロ寝するだけ、山の中のド田舎のため特に娯楽と呼べるモノもない、若い女性はほとんどおらず、中年か高齢の女性ばかりで異性との出会いさえない。
21世紀の地球の日本で育った現代っ子で、異世界に召喚されてからは勇者としてインゴット国王たちに甘やかされ、華やかな王都で好き放題贅沢な暮らしをしていたこともあって、牧場でアルバイトとして働き始めて約一ヶ月が経つ頃には、山田たち一行のストレスは、既に限界寸前であった。
たった一人、リーダーで「槌聖」の山田一人を除いてだが。
スクイーズ牧場でアルバイトを始めてからちょうど一ヶ月経ったある日の深夜。
寮の外には、寝ているリーダーの山田を残し、広原たち他の四人の仲間たちが、声を潜めながら密談を行っていた。
「なぁ、どう思うよ、最近の俺たち?」
広原の疑問に、庄内、年見、大王の三人が、それぞれ意見を述べる。
「どう思うって、そりゃあ、やっぱあんまし良くはねえだろうよ?毎日朝から晩までこき使われるし、給料は安いし、寮は臭くて寒くて居心地悪過ぎだし。別に俺ら金には困ってねえんだしよ、不動産屋に相談して、寮よりもっといい家借りて暮らすこともできただろ?つか、一ヶ月働いて給料がたったの8万リリアってのもおかしくねえか?こんなボロい納屋を借りただけで給料40%カットって、絶対ぼったくってるぜ、あの禿げオーナー?」
「俺も真と同じだぜ。流石にこれはキツ過ぎるぜ。朝5時起きってだけでもマジキツいってのによ、それから夜遅くまでずっと、ひたすら牛の世話、力仕事ばっかで、ぶっちゃけ休む暇なんてほとんどねえしよ。大体よ、あのデブオーナー、ちょっと仕事のペースが遅いってだけで滅茶苦茶怒鳴りつけてくるしよ~。嫌味もめっちゃ言ってくるし。ぜってぇ、ここ、ブラック企業だぜ?俺たち以外のバイトも全然入ってこねえし、本職のスタッフも二人しかいねえし、このままじゃあ、過労死するかもだぜ?この牧場は辞めて、どっかよそで、もっとマシなバイト先見つけた方が良くないか?」
「確かに、俺も、最近、このままここで働くのはどうかと思うようになった。体力なら自信はあったが、正直、ここの仕事は俺にはキツ過ぎる。飯はあまり美味くないし、風呂には満足に入れんし、ベッドの寝心地も良くない。筋肉痛が取れず、疲れは溜まるばかりだ。それに、朝から晩まで牛の世話をするばかりで、全く戦闘のトレーニングができていない。この一ヶ月、全くハンマーを握っていない。フォークなら握っていたが。干し草を集めるためにな。しかし、剛太郎の奴はもうしばらくここで働くつもりでいるらしいぞ?アイツを説得するのは難しくはないか?」
「元康、ここは何としてでも剛太郎の奴を説得しなくちゃあならない。田舎に隠れて、アルバイトをしながらダンジョン攻略の準備をする、この考え自体は悪くはないと、俺も思う。だけど、ここは、この牧場はダメだ。このままだと、俺たち全員、あのオーナーに散々こき使われた挙句、碌にダンジョン攻略の準備もできないまま、半年を無駄にすることになる。俺たちの本当の目標は、ダンジョンを攻略して、「聖槌」を手に入れて、勇者として復帰することだろう?このままこの牧場でアルバイトを続けるのはマズい。それに、ここ一ヶ月の新聞が事務所にあったからもらって読んだんだが、宮古野、「黒の勇者」に関する記事が載っていた。どれも新聞の一面記事で、しかも、宮古野の奴に、姫城たちと花繰たちが殺されたって言う内容だ。15人もアイツに殺されたと書いてある。おまけに、世界樹を救った救世主だの、暴君率いるズパート帝国の軍隊50万人を打ち破った英雄だの、とんでもなくヤバい内容まで書いてあった。宮古野の奴はマジで強くなってる。俺たちを即皆殺しにできるくらいにな。新聞を今、持ってる。読んでみろよ、お前ら。」
広原がアイテムポーチから新聞を取り出し、他の三人に新聞を渡した。
広原に言われ、新聞を読んだ庄内、年見、大王の三人は、新聞記事の内容に驚き、一気に困惑と焦りの表情を浮かべた。
「おい、これ全部マジかよ!?だとしたら、こんなクソみたいな牧場でアルバイトしてる場合じゃねえだろ?すぐにでもパワーアップしてダンジョン攻略しねえと、マジで俺たち全員、宮古野の奴に殺されるかもじゃねえか?鉄矢、何でもっと早くこのこと言わねんだよ?」
「や、ヤベえじゃねえかよ!?ま、マジで宮古野の奴、とんでもなく強くなってんじゃねえか!?つか、こんなのチート過ぎんだろ?どうやって、こんな奴に勝つ方法があんだよ?誰だよ、アイツのこと、能無しとか言った馬鹿は?ああっ、下長飯、あのクズ教師だ、チクショー!?」
「み、宮古野、あ、アイツが、あの弱そうな男がこれほどまでに強くなっているとは!?鉄矢の言う通りだ!このまま、ここで働いていては、俺たちはただこき使われて、強くもなれず、半年後に、み、宮古野の奴に殺されることになりかねん!?一刻も早く、ここを離れて、少しでも強くならなければならん!お、俺たち全員、宮古野に恨まれている!おまけに、アイツは女神公認の勇者で、俺たち全員討伐せよと、神託まで出ている!俺たちは一刻も早く、勇者に復帰しなければ、こ、このままでは、どこへ行っても処刑されることになりかねんぞ!?」
「はっきり言って、俺たち五人を取り巻く状況は最悪だ。日々、悪化していると言っても良い。身を隠すのも大切だが、一日も早くパワーアップする必要がある。せめて、ダンジョン攻略をできるぐらいにな。それと、宮古野の奴に追いつかれる前にだ。俺たちに残されている時間はあまり多くはない。真、賢太、元康、剛太郎の奴を説得するのを手伝ってくれ。アイツだって、この新聞記事を見たら、すぐにここを出たいと思うはずだ。明日、仕事が終わった後、みんなで一緒に話をしよう。良いよな、三人とも?」
「了解だ、鉄矢。マジで時間がねえのが良く分かったぜ、くそっ。」
「OK、鉄矢。こりゃあ、マジでのんびりアルバイトしてる場合じゃねえな。」
「俺も了解だ、鉄矢。俺も少々、いや、大分甘く考えていた。このままでは良くない。俺たちに一番必要なのは、やはり鍛練だ。くっ、自分がいかに腑抜けていたか、今更だが身に染みる思いだ。」
「頼むぞ、三人とも。剛太郎の奴は一度キレると手が付けられないからな。何が癇に障って暴れ出すか分からない。まぁ、今回はそういう心配はほとんどいらないとは思うけどよ。」
翌日。
早朝、午前6時過ぎのこと。
いつものように牛舎でアルバイトを始めた山田たち一行であったが、とある異変に気が付いた。
異変に気が付いたのは、庄内であった。
「おい、牛が一頭、足りねえぞ?ここにいた奴がいねえ。誰か、ここにいた牛のこと知らねえか?」
「俺は知らないんだなぁ~?」
「俺も知らないな?賢太、お前、知ってるか?」
「いや、俺も知らねえ。昨日はスタッフの二人が夜見てたんだし、スタッフの奴らに聞けば分かるんじゃね?」
「賢太の言う通りだ。きっと、牛に何かあって、それでスタッフの二人が牛を外に連れ出したんだろう。後で二人に聞けば大丈夫だろうよ、真。」
「ん~!?でも、それなら、事前に俺たちに知らせるはずじゃねえか?乳搾りのノルマだってあるんだしよ。それに、来た時、格子の扉が開けっ放しだっだんだよ。扉は必ず閉めるようにって言われてただろ?本職の二人がこんなミスするとは、どうも俺には思えねえんだよ?何か引っかかんだよなぁ~?」
「真~、それはお前の考え過ぎなんだなぁ~。扉のことはきっとうっかりミスなんだなぁ~。後でスタッフかオーナーに聞けば、すぐに分かるんだなぁ~。とにかく、今は朝の仕事をさっさと済ませるのが先なんだなぁ~。」
山田にそう言われ、庄内と他の三人は渋々、仕事を再開した。
午前9時。
早朝の業務を終え、牧場の事務所で山田たちが朝食を一緒に食べていると、ボルシーと本職のスタッフ二人が、慌てた様子で事務所に駆け込んで来て、それから朝食を食べている山田たちに、血相を変えた表情を浮かべながら言った。
「おめぇら、朝飯を食ってる時にすまねえ!ちょっくらオラの話を聞いてくれ!マズいことになっただ!マコ、おめぇに言われて牛舎を調べたら、牛が一頭盗まれてることが分かっただ!牛泥棒だ、牛泥棒!しかも、盗んだのは多分、ゴブリンだべ!?これはちょいと、面倒なことになってきたべ!」
「ご、ゴブリン!?」
ボルシーから、ゴブリンが牧場の牛を盗んだかもしれないという話を聞いて、山田たち五人の顔に緊張が走った。
特に、リーダーである山田は、驚きと動揺で手が震え、顔や首から冷汗を流している。
「ご、ゴブリンが牛を盗んだかもしれないって、本当ですか、オーナー!?」
「ああっ、恐らくなぁ、テツ。牧場の中を調べてみたら、西側の柵が壊されていただ。それに、牛の足跡と、ゴブリンみてえな足跡があっただ。ゴブリンは足跡の数から見て、多分5匹ぐれえだ。ホブとかじゃなくて、普通の奴だ。」
「な、何だ、たったの5匹じゃないっすか?5匹くらいなら、俺たちでも何とか追っ払えるでしょ?ただのゴブリンなんすよね?」
「馬っ鹿野郎!?ケン、おめぇ、いくら何でも考えが甘ぇだよ!?「ゴブリンは1匹見たら、100匹いると思え!」ってのが常識だろうが!?そりゃ、大抵は10匹か20匹くれぇの群れですむけどもよ。でもな、万が一、ちゅうこともあるだ。ちっこいのでも、アイツらは大人の男よりも力はあるし、すばしっこいし、悪知恵も働くし、群れたらもっと質が悪いだ。もし、100匹もいたら、牧場も村もあぶねえ。ったく、スタッフ二人、おめぇらがちゃんと見張ってたら、こんな大事にはならなかったんだべ?」
「す、すみません!?」
「す、すんません、オーナー!?」
「ったく、しっかりしろや!伊達に高い給料払ってんじゃねえべ!ゴウたちの方がよっぽど働いてるだ!おっと、話を戻すだ!とにかく、一大事なのは確かだべ!オラは今から、村長たちにゴブリンが出たことを知らせに言ってくるだ!それと、近くの町まで行って、応援を頼んでくるだ!二、三日の間、牧場を留守にすっが、その間、ゴウ、テツ、マコ、ケン、ヤス、おめぇらにはオラがいない間、牧場の番を頼むからな!もちろん、その分のボーナスは出すべ!スタッフの二人を残していくから、ゴブリンが出た時は二人と一緒に追っ払うのを手伝ってくれな?」
「お、オーナー、で、でも、お、俺たち、も、モンスター、となんて、ほとんど戦ったことがねくて、その~、あんまし、自信がねえんだけども?」
「ゴウ、一番ガタいの良いおめぇがそんな弱気でどうする?そんなんじゃあ、一人前の酪農家にはなれねえど?ゴブリンが牧場を襲うなんて、牛飼いにとっちゃあ、よくあることだべ!おめぇも実家が牛飼ってたなら、よく分かってるはずだ!な~に、心配すんなべさ!ちゃんと応援は呼ぶし、いざって時の対策も用意してあるだべ!コイツがあっから、とりあえずは大丈夫だべ!」
ボルシーは、近くにあった、中身の入った大きな麻袋を手に取ると、机の上に置いて、山田たちの前で袋の口を開き、袋の中身を見せた。
袋の中には、紫色の小さなくす玉のようなアイテムが大量に詰まっていた。
「お、オーナー、こ、これは何ですだ?」
「んっ?何って、毒玉に決まってるべ?ゴウ、おめぇ、毒玉見んの初めてか?」
「へ、へぇ~、そうです!」
「そうかぁ~!まぁ~、毒玉も最近は結構値が高くて、ここより小せえ村とかじゃあ使ってねぇかもな。おっと、素手で触るんじゃねえぞ。使う時は事前に手袋を嵌めてから手に持つんだべ。コイツには、Dランクモンスターのキラー・ビーの毒が入っているんだべ。後、モンスターが嫌がる臭いの成分とかも詰まってる。コイツをゴブリンの頭に投げつけると、玉が割れて、中から毒の煙が出て、ゴブリンを痺れさせたり、臭いで追っ払うことができる優れモンだべ。一個5万リリアもすっけど、鼻の利くモンスターや、毒に弱いモンスターには効果てき面だ。コイツが1,000個もあっから、おめぇらでもゴブリンを追っ払えるはずだ。煙を吸わねえよぉに、風下に立つんじゃねえぞ。分からねえことがあったら、スタッフの二人に聞けば何とかなるべ。後、おめぇら、この後、交代で柵の補強と修理も手伝ってくれ。ウチの柵は結構頑丈に作ってあったはずだけども、ゴブリンの奴ら、きっと柵を壊せるほどの武器を手に入れて、ソイツを使ってるんだろうべ。できる限りのことをしなきゃなんねぇ。そういうわけだ。よろしく頼んだべ、おめぇら?」
「わ、分かりましただ!お、俺たちに任してくださいだ!」
「おぅ、よろしくな!まぁ、大したことにはならねぇと思うし、プロの牛飼いを目指すおめぇらにとっては良い経験になるはずだ!でも、気合い入れて牛を守れよ、おめぇら!そいじゃあ、しばらく留守にすっけど、よろしくなぁ~!」
ボルシーは山田たちに留守番を頼むと、急いで身支度を整え、町に応援を頼むため、牧場を後にするのであった。
ボルシーが外出すると、山田たちは朝食を食べ終えた後、通常業務もこなしながら、ゴブリンの襲撃に備えて、先輩スタッフの指示に従いながら、柵の修理に補強、ゴブリンを追い払うための罠を仕掛けるなど、ゴブリンへの対策に励んだ。
スクイーズ牧場でのアルバイトを辞める相談をしようと考えていた矢先に、まさかのゴブリン襲撃事件発生で、山田以外の四人は、山田へと相談しづらい状況になったことに内心、悩んだ。
山田がボルシーに向かって留守を引き受けると言ってしまったことが、さらに拍車をかけてしまっていた。
午後11時。
本職のスタッフ二人と交代し、夜の牧場内を見回ることになった山田たちは、ランタンと毒玉の入ったアイテムポーチを装備して、五人で牧場内を見回っていた。
「鉄矢~、賢太~、お前らは休憩時間のはずなんだな~?見回りなら、俺と真と元康の三人でやるから、大丈夫なんだな~?」
首を傾げながら訊ねてくる山田に、広原、庄内、年見、大王の四人は、今しかないと、意を決した表情を浮かべながら、山田に向かって言った。
「剛太郎、こんな時に言うのは心苦しいんだが、ここでのアルバイトは辞めないか?どこかよそで、もっと待遇の良い場所で、一緒に働かないか?」
「は、はぁ~!?て、鉄矢、お前、いきなり何言ってるんだなぁ~!?今はそんなこと話してる時じゃねえんだな?ゴブリンから牧場を守る仕事があるんだな、俺たちには?」
「それは、剛太郎、お前が俺たちに相談もせず、お前が勝手に引き受けちまったからだろうがよ?俺たち四人は、お前以外は元から引き受ける気なんてなかったんだよ。もう引き受けちまったから後戻りできねえけどよ。けど、オーナーが戻ってきたら、一緒に牧場を辞めて、ここを出るぞ。はっきり言って、このままじゃあ、俺たち全員、ここで飼い殺しにされて、そのまま終わっちまうぜ?お前だって、薄々勘づいてるだろ?」
「な、何馬鹿なこと言ってんだ、真ー!?ここを出るったって、ここより他に行く当てなんてねえんだな!今はここで身を隠すのが一番良いに決まってるんだなぁー!勝手にお前らで話進めてんじゃねぇー!?」
怒った山田が、庄内の胸倉を掴んで、庄内に詰め寄る。
周りにいる他の三人が慌てて、強引に山田と庄内を引き離す。
「お、落ち着けって、剛太郎!?真も悪気があって言ったわけじゃねえ!ただ、実際、この牧場でのアルバイトを続けるのには、俺も他の三人も反対だ!ここはマジでブラックだ!それに、俺たちにはもうあんまし時間がねえんだよ!鉄矢、例の新聞を出してくれ!アレを見れば、俺たちの言ってることがお前にも分かるはずだぜ、剛太郎?」
「とにかく、落ち着いて俺たちの話を最後まで聞け、剛太郎!賢太の言う通り、俺たちには時間が無い!宮古野、「黒の勇者」の奴はとんでもなく強くなっている!このままでは、俺たち全員、ダンジョンを攻略する前に、全員、あの男に殺されることになりかねんのだ!既に、他の勇者たちが何人も奴に殺されているらしい!ここでアルバイトだけしているわけにはいかんのだ、剛太郎!分かってくれ?」
「剛太郎、この新聞を全部読んでくれ!この新聞を読めば、お前の考えは変わるはずだ!俺たちの言ってることも分かるはずだ!俺たちの周りの状況は日々、悪化している!このまま、あのオーナーにここで良い様にこき使われていたら、本当に破滅しかねないんだ!とにかく、俺たちの話を聞いてくれ!?お前が俺たちのリーダーだから、こうして真剣に頼んでいるんだ?分かってくれ、な?」
広原たちが真剣な表情で自分に話しかけていることに気が付き、山田は冷静さを取り戻すと、暗がりの中、ランタンで照らしながら、広原が差し出した新聞を読んだ。
そして、新聞に書いてある内容に、新聞の第一面にデカデカと記事で書かれてある「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈のこれまでの活躍と、クラスメイトの他の元勇者たちが主人公によって討伐されたこと、頼みの綱である光の女神リリアが「黒の勇者」を正式な勇者と認め、山田たち元勇者を全員討伐せよ、という内容の神託を授けたこと、これらのショッキングな事実を伝える内容を読んで、途端に動揺し、顔を青ざめさせ、恐怖で慄くのであった。
「こ、こんな、こんなの嘘だぁー!?み、宮古野が、あ、アイツが本物の勇者ー!?お、俺たち全員、偽勇者だから殺せだー!?女神様が、お、俺たちを見放したー!?こ、こんなの全部、インチキなんだなぁー!?宮古野が、宮古野が強いはずねえんだなぁー!?お、お前ら、こんなデタラメの新聞なんかでビビってんじゃねえぞー!?」
「落ち着け、剛太郎!信じたくない気持ちは俺も分かるが、全部本当の話だ!新聞は二社分あって、記事の内容はほとんど一緒。事務所にある他の雑誌の記事も、ほぼ同じ内容だった。スタッフの人たちにもさり気なく聞いてみたけど、記事の内容は全部、本当のことらしい。宮古野、「黒の勇者」は正式に女神公認の勇者になった。俺たち元勇者全員をアイツに討伐させよ、っていう女神からの命令が出ている。それから、姫城たち、花繰たち、15人も宮古野の奴に殺されている。宮古野の奴はとんでもなく強くなってる。俺たち全員、女神から目を付けられてしまった。このまま、ダンジョン攻略もできず、強くもなれず、ただここでアルバイトしているわけにはいかなくなった。宮古野の奴が俺たちを見つける前に、一刻も早く強くなって、最低でもダンジョンを攻略しなきゃならない。半年余裕がある、なんて言ってられない状況なんだ。俺の言ってることが分かるよな、剛太郎?」
「鉄矢の言う通りだぜ、剛太郎。こんなクソみたいな牧場であの嫌味な禿げオーナーにこき使われている場合じゃあねえぜ。最低でもダンジョンを攻略して、「聖槌」を手に入れられなきゃ、俺たち五人とも一環の終わりだ。マジで宮古野の奴に殺されて、THE・ENDになりかねねえ。だからよ、ゴブリンの件が片付いたら、サッサと牧場は辞めて、どっか他所に移るとしようぜ。ぶっちゃけ、俺たち別に金に困っちゃいねえんだ。バイトなんぞする必要もねえんだ。どっか、人の少ねえ場所に隠れながら、今よりもっと強くなる方法見つけて、一秒でも早くダンジョンを攻略しなくちゃならねえ。それが今一番、俺たちがやるべきことのはずだ。そうだろ?」
「鉄矢と真の言う通りだぜ、剛太郎。こんなクソみたいな牧場でアルバイトしてるだけとはいかねえ。のんびりアルバイトしながら隠れてコソコソやってる余裕はねえ。マジにな。俺も新聞読んだけどよ、姫城たちはモンスターの力を手に入れたり、花繰たちは呪いのアイテム使ったり、軍隊を味方につけたり、他の勇者の連中は色々とやってるみたいだし、俺たちも俺たちで何でも良いからパワーアップする方法見つけて、ちょっとでも強くならないとマズいぜ?消えた前田たちなんかは、ヤバいドラッグ使ってダンジョン攻略しようとしてた、って話だろ?とにかくよ~、早く強くなんねえと、マジで宮古野の奴に殺されるかもだぜ、おい?」
「剛太郎、俺たちはここでアルバイトだけしているわけにはいかんのだ。俺も俺自身、考えが甘かったと、最近の自分は弛んでいたと反省している。俺たちの目標は、強くなってダンジョンを攻略し、無事勇者に返り咲くことのはずだ。だが、この一ヶ月、碌にトレーニングすらできていない。体は動かしているが、決して強くはなっていない。宮古野、あの男との差は開くばかり。そして、俺たちに残されている時間もあまりないと見える。剛太郎、みんなで一緒にここを出よう。新しい場所で、俺たちなりに強さを磨き、一日でも早くダンジョンを攻略しに行こう。それ以外に、俺たちに道はない。決断の時だ、剛太郎。」
広原、庄内、年見、大王の四人が、リーダーの山田に、牧場を一緒に辞めるよう説得を試みる。
だが、当の山田は、広原たちの意見や、新聞記事の内容のことよりも、他のことで頭がいっぱいだった。
「嘘だ?嘘なんだな?宮古野が、アイツが、アイツが俺より強ええはずねえ?アイツは、ただの、ただの弱っちい雑魚なんだな?俺にぶっ飛ばされるだけの、く、クソ雑魚野郎なんだな?アイツが、アイツが勇者になれるわけねえんだな?」
山田は、広原たちが周りにいるにも関わらず、青い表情を浮かべて、俯きながら、ブツブツと独り言を呟き、両足を若干震わせながら、立ち尽くすのであった。
「お、おい、剛太郎、俺たちの話を聞いているのか?」
「剛太郎、何震えてんだ?おい、ちゃんと俺たちの話聞いてるのかよ?」
「ご、剛太郎、大丈夫か?宮古野の奴が強くなったのがそんなに気になんのかよ?」
「剛太郎、剛太郎、聞いているのか、剛太郎?返事をしろ!何をブツブツと言っている?ま、まさか、宮古野の奴にビビっているのか?」
広原たちの質問にも答えず、ブツブツと下を向いて独り言を呟いていた山田であったが、急に大王の投げかけた最後の言葉に反応し、顔を真っ赤にして、大王へと掴みかかった。
「お、俺はビビッてなんかいねえ!?俺が、俺が、宮古野なんかにビビったりはしねえんだな!?俺を、俺を馬鹿にすんじゃねえ、元康!?」
「す、すまん、剛太郎!?わ、悪かった!?お前を馬鹿にするつもりはないんだ!こ、この手を緩めてくれ!?疑って悪かった、剛太郎!?」
「落ち着け、剛太郎!?元康にも悪気はない!お前の様子が変だったからだ!宮古野のことを気にしているなら、みんな同じだ!とにかく、元康を離せ、なっ?」
広原に説得され、大王の胸倉を掴むのを止め、正気を取り戻した山田であった。
「剛太郎、とにかく、オーナーが帰ってきたら、一緒にここを辞めて、他所へ移ろう。それで、強くなる方法を見つけて、一緒にダンジョンを攻略しよう。お金ならあるし、宮古野の奴だって、遠い海の向こうにいるし、ある程度時間もあるんだ。ここからはスピードアップして、マジでやれば、俺たちなら絶対、宮古野の奴より強くなれる。ダンジョンだって攻略できる。俺たち地球では、格闘のジャンルで結構有望な若手アスリートだったろ?素手の喧嘩だって、他の勇者たちの中では一番強い。ちょっとパワーアップすれば、宮古野の奴なんて楽勝でぶっ飛ばせる。そう言いたいんだろ、剛太郎?」
「あ、ああっ、そうなんだな、鉄矢!俺たちなら、宮古野の奴をぶっ飛ばすなんて、楽勝なんだな!ちょっと強くなったぐらいで調子に乗ってるド素人のアイツに、柔道全国一位のこの俺が負けるわけねえんだな!元康、賢太、真、宮古野の奴なんか大したことはねえ!あんな弱っちい、もやし野郎にビビる必要はねえ!分かったんだな?」
広原におだてられ、急に機嫌を直し、強気になる山田だった。
それから、広原たちの提案に従い、ボルシーが牧場に帰ってきたら、山田たち一行は牧場を辞めることに決めた。
ボルシーが帰ってくるまでの間、牧場をゴブリンの襲撃から守るため、警備とアルバイトに励むのであった。
ゴブリンによる牛泥棒の事件が発覚し、山田たち一行がスクイーズ牧場を警備し始めてから二日後のこと。
午後7時30分。
牧場の事務所で一緒に夕食を食べている山田たち一行の前に、近くの町まで応援を呼びに行っていた牧場のオーナーであるボルシーが、牧場へと帰ってきて、姿を現した。
しかし、ボルシーの後ろには、鎧を身に着け、剣や槍、盾などで武装した騎士風の格好の男性たちが20人ほど立っていた。
騎士風の男性たちの、山田たち一行を見る目は厳しく、まるで獲物を見つめる猟犬のような眼差しである。
ボルシーはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、騎士風の男性たちに向かって言った。
「ヘヘヘ、警備隊の旦那方ぁ~、コイツらが例の、指名手配中の元勇者でさぁ~!一番デカいのが、お探しの元「槍聖」ですだ!ヘヘヘっ!」
ボルシーの言葉を聞いて、ボルシーが自分たちを裏切り、自分たちをアメジス合衆国の警備隊に売ったことを、山田たち五人は即座に理解した。
だが、一瞬、逃げるのが遅れてしまった。
「全員、確保ー!」
ボルシーの隣にいる隊長らしき男の掛け声が響き渡った直後、山田たち五人はたちまち、警備隊の騎士たちによって身柄を取り押さえられ、両腕に手錠を嵌められ、拘束されてしまった。
「隊長、アイテムポーチより、ギルドカードと武器を押収いたしました!ギルドカードには、手配中の元勇者の名前と、「犯罪者」Lv.0、Lランク等の表記がありました!指名手配中の元勇者で間違いありません!」
「ご苦労!◇月〇日、午後7時31分△秒、指名手配中の容疑者五人を現行犯逮捕!罪状は、インゴッド王国での国際テロ、及び脱獄!お前たち五人には、黙秘権と弁護士を呼ぶ権利がある!だが、実刑は免れないモノだと、覚悟しておくんだな!ボルシー・スクイーズ、逮捕への御協力、感謝する!」
「いやぁ~、市民として当然の義務を果たしたってだけですだぁ~、警備隊の旦那ぁ~。ヘヘヘっ、それで~、その~、肝心の懸賞金の分け前なんですがね~?」
「フっ。一々、言われなくても分かっている。懸賞金の10億リリアの半分、5億リリアはお前のモノだ、ボルシー。前金として5,000万リリアは今、この場で支払う。残りは、後で冒険者ギルド北支部の銀行を通して支払うから安心しろ。ただし、約束通り、コイツらの逮捕の件について外部には一切、口外するな。外の連中に聞かれた時は、勝手にバイトを辞めて出て行った、とでも言え。それと、残りの金を下ろす時は、ゴブリン討伐作戦の協力への国からの特別報酬という名目であることを忘れるな。もし、コイツらの件について誰かにしゃべってみろ。その時は、お前も、お前から秘密を聞いた人間も命は無い。どこかのマフィアがお前の命を狙ってきても、我々ではお前を守り切れる保障はできない。分かったな、ボルシー?」
「ヘヘヘっ、分かっていますだよ、警備隊の旦那ぁ~。いやぁ~、たまたま依頼に行った町のギルドの掲示板に貼ってある手配書を見てたら、ウチのバイトと人相書きも名前もよく似ていたもんで、もしかしてと思って旦那方に相談してみたら、本当に指名手配中の元勇者だったとは、オラも驚きましただよ。今時、ウチに住み込みで働きたいとか言う奴はほとんどいねえし、こき使っても全然出て行く様子はねえし、何かワケありの奴らだと薄々思ってたんでさぁ~。まっさか、一人懸賞金2億の指名手配犯だとは、夢にも思いませんでしただよ。ヘヘヘっ、5億の懸賞金もありゃあ、もっともっと牧場を大きくして、オラは息子に後を任して、楽な隠居生活ができますだぁ~。いやぁ~、これだから、牧場経営は止められねえだよ。脛に傷ある奴を上手く騙してこき使って、たっぷり搾りとった後、テキトーなところに売っ払う。本当に良い商売だべさ、ヘヘヘっ!」
「ハハハっ!相変わらずだな、ボルシー!まぁ、お前のおかげで俺たちもソコソコ稼がせってもらっているがな!俺たちも今回は5億リリアの大物を手に入れられて、今からでもすぐに休暇を取って、カジノで遊びたい気分だよ!思いもかけないボーナスが手に入ったもんだ!だけど、今回手に入れた獲物は特別だ!国のお偉いさん方も目を付けている連中だ!うっかりコイツらのことを外で話せば、俺たちだってヤバいんだ!気を付けろよ、ボルシー?」
「へい、分かりましただ、旦那ぁ~。これからもよろしくお願いしますだ、ヘッヘッヘ。」
ボルシーと、警備隊の隊長は、山田たち一行を捕まえられたことに、10億リリアの懸賞金が手に入るとあって、大笑いしながら喜ぶ。
「こ、この人でなしー!?お、俺たちを売るなんて、最低なんだな、この野郎ー!?」
「くそっ!?俺たちは勇者だ!俺たちは事件とは無関係だ!やったのは全部、他の勇者たちだ!離せ!」
「くそがっ!?だから、俺はアルバイトには反対だったんだよ!こんなブラック牧場なんてサッサと辞めて出て行きゃ、こんなことにはならなかったんだ、くそっ!?」
「し、死にたくねぇー!?処刑なんて嫌だー!?」
「くっ!?オーナー、覚えていろ!俺たちを裏切った恨みは必ず晴らしてやるぞ!俺たちはいつか必ず、アンタを殺しに戻って来るからなぁー!?」
山田、広原、庄内、年見、大王が、それぞれ、ボルシーの顔を見ながら、恨み言や後悔の言葉をぶつけるのであった。
そんな山田たちに、冷たい眼差しと薄ら笑みを向けながら、ボルシーは言った。
「犯罪者が何、一丁前の人間みてえなこと言ってるだぁー?最後に、刑務所の飯より美味い飯食わせて、まともな寝床で寝かせて、おまけに金までやったんだから、感謝しろや、人間のクズがよ~。おめぇらみてえな馬鹿で間抜けなクズ騙して、搾り取っても、何にも罰は当たらねえべさ。まぁ、最後にたんまり稼がせてくれてありがとな。冥土の土産に、オラから礼ぐらいは言ってやるだ。ホント、ありがとさんよ、抜作(笑)。警備隊の旦那ぁ、とっととコイツら連れて行ってくだせえな。仕事の邪魔でさぁ~。」
「協力感謝する。またこの調子で頼むぞ、ボルシー。コイツらを詰所まで連れて行け!」
「ち、チクショー!?覚えていろなんだなぁー、クソオーナー!」
悪態をつきながらも、ボルシーに身柄を売り飛ばされ、アメジス合衆国の警備隊に逮捕され、警備隊の詰所へと連行されていく山田たち一行であった。
「槌聖」山田たち一行が、アメジス合衆国の警備隊によって逮捕されてから十日後のこと。
アメジス合衆国の首都の西側、海沿いの一角に、アメジス合衆国軍本部が置かれている巨大な軍事基地があった。
アメジス合衆国軍本部基地内にある、見た目はアメリカのレブンワース刑務所にもよく似た、巨大な軍刑務所の一つに、山田たち一行は捕らえられていた。
山田たち一行が収監されている軍刑務所の名前は、オキシー刑務所。
アメジス合衆国で最も警戒厳重な刑務所の一つに挙げられ、約5,000人の、元アメジス合衆国軍将兵の囚人たちが収容されている。
ゼギン村にて警備隊によって逮捕された後、山田たち一行はすぐに首都へと移送され、首都に到着後は、警備隊による取り調べを受けた。
それから、即日、首都の裁判所にて、傍聴人はいない、秘密裏の刑事裁判を受けさせられ、山田たち五人全員に、有罪判決が下され、全員に死刑が宣告された。
何とか死刑だけは回避したいと、控訴を求めたが、山田たちの弁護を担当する国選弁護人を名乗る弁護士は、山田たちの訴えにはほとんど耳を貸さず、適当でやる気なしといった態度で、控訴の手続きは無理だと言って、あっさりと山田たちの訴えを聞き流した。
裁判とは名ばかりで、警備隊、検察、弁護士、裁判所、裁判に携わる全員がグルで、最初から山田たち一行を有罪、死刑判決に追い込むよう仕組まれていた、でっちあげ裁判だったのは、明らかだった。
死刑判決を言い渡された山田たち一行は、判決確定後、すぐにオキシー刑務所へと収監された。
刑務所の地下の最下層にある、分厚い鋼鉄製の壁と扉に覆われ、警戒厳重な独房の一つに、全身を手錠と鎖で拘束され、身動きはほとんど取れず、完全な監禁状態であった。
窓がなく、牢獄には微かな灯りがあるだけで薄暗く、自分たちの声以外に、物音や人の声が聞こえてくることもない。
元「弓聖」鷹尾のような、脱獄のための知識もなく、全員が脳筋の部類である上、厳重に拘束され、スキルどころか魔力も使えないため、山田たちが脱獄できる可能性はゼロであった。
死刑判決を言い渡され、明日にでも処刑されかねない絶体絶命のピンチに追い込まれ、山田たち全員の顔は、恐怖と絶望に染まり切っていた。
特に、リーダーで「槌聖」の山田は、死への恐怖から、五人の中で特に一番取り乱し、恐怖していた。
「~死にたくねぇー!?死にたくねぇよー!?死にたくねぇー!?死にたくねぇー!?・・・」
錯乱状態で無様に泣いて、ただひたすら喚き散らす山田である。
「うるせぇー!?静かにしろや、アホリーダー!泣いてる暇があったら、ちょっとは脱獄のためのアイディアでも考えろよ!ったく、こんな間抜けの意気地なしに付いて行くんじゃなかっぜ!島津の奴の方がまだマシだったぜ!くそっ!?」
「剛太郎、いい加減泣くのは止めろ。泣いたって、何も解決しない。とにかく、何とかしてこの刑務所から脱獄する方法を見つけることに集中しろ。」
「脱獄なんて、無理に決まってるじゃねえかよ~!?鷹尾さんもいねえのに、俺たちだけでそんなことできっかよ!?あ~、マジで人生終わった~!くそがっ!?」
「賢太の言う通りだ。俺たちだけでは、脱獄など不可能だ。俺たちには脱獄のための知識も用意もない。脱獄に使えるスキルも魔法もない。おまけに、全身をこのように厳重に拘束されていてはな。剛太郎、泣くのは止めろ。ここは潔く腹を切る覚悟を決めろ。せめて、武人としての誇りを持って死ぬことだけを考えろ。お前も、皆も、よくやった。道半ばで死ぬことになるのは無念だが、これが俺たちの定めだったと、そう思うのだ。」
庄内、広原、年見、大王の四人がそれぞれ、自分の意見を述べるのであった。
山田たち一行が絶望の淵にある中、突如、彼らのいる独房の重い扉が開いた。
山田たちが驚き、目を凝らす中、独房の扉の向こうより、数人の人物が独房の中へと入って来た。
護衛らしき屈強な騎士たちに付き添われながら、スーツを着た背の高い中年男性と、白衣を着た科学者風の初老の男性が、山田たちの方へとゆっくりと歩いて近づいてくる。
「彼らが、例の元「槌聖」とその仲間で間違いはないのですね、ドクター・ロトワング?」
「ヒヒっ、ええっ、間違いありません、メトリアン大統領。能力チェックを行い、元「槌聖」と元勇者であることは確認いたしました。」
「ふむ。君が言うなら、間違いないですね。これが元「槌聖」ですか?体格はそれらしくは見えますが、今さっきまで泣きじゃくっていたようにも見えますね?お世辞にも、「七色の勇者」の中で最も腕力に優れた、豪快で豪胆な勇者にはとても見えない、ただの体格がちょっと良いだけの、根は臆病者の、頭の弱そうな子供にしか見えないのですが?ドクター・ロトワング、君はどう見ますか?」
「まぁ、大統領の仰る通りかと。私も正直言いますと、かなりガッカリした、と言うのが本音です。能力チェックをした際、彼らの実際の能力数値が、たったのLv.20しかないと分かった時、かなり驚きましたよ。マイナスの意味で、です。まさか、情報通り、本当に低レベルだとは。モンスターを一匹も討伐したこともなく、勇者としての成長が終わっている、ここまで最悪な勇者を見たのは、きっと私たちくらいでしょう。しかし、こんなクズでも、一応、勇者のジョブとスキルは持っています。我々が自由に利用可能な勇者の肉体サンプルが手に入る機会は、早々ありません。人体実験に協力を申し出る勇者なんて、後にも先にも、簡単には手に入らないでしょうし。私の方で足りない部分は補いますので、被験体の第一号には打ってつけかと。実験に耐えられないようであれば、すぐに廃棄処分いたします。いかがです、大統領?」
「ふ~む。そうですねぇ~?」
科学者風の男に説明を受け、スーツ姿の男は、顎を手で触りながら、山田たちを見て、その場で考え込む。
スーツ姿の男の特徴は、身長190cmの長身で、白い肌、体格が良く、オールバックの金髪に、目力の強い紫色の瞳、口元にはロワイヤルゴーティスタイルの金色の口髭を生やしている、40代後半の中年男性、といった容姿である。
ライトグレーの高級なビジネススーツを身に纏い、紫色のネクタイを首に巻いている。
スーツ姿の男性の名前は、エドワード・メトリアン。48歳。
アメジス合衆国の現大統領を務める男である。
メトリアン大統領はしばらく考え込んだ後、山田たち一行に向かって言った。
「元「槌聖」諸君、話が聞こえていたと思いますが、私はアメジス合衆国大統領、エドワード・メトリアンと言います。君たちは全員、死刑が確定した死刑囚です。一応、裁判も行いましたが、君たちの死刑判決が覆る可能性は全くありません。そもそも、「光の女神」リリア様が君たちを即刻、討伐せよとの神託を既に授けている状況です。女神の神託は、我が国の法律よりも優先されます。わざわざ裁判を行ったのは、あくまで形式上必要だとの意見があったからです。君たちを実際に手にかけるのは私たちですしね。そんな話はさておき、君たちの死刑判決を覆すことは絶対にできません。けれど、死刑の方法には、少しばかり選択肢があります。一つは、このまま絞首刑に処されてすぐに死ぬ。こちらを選べば、苦痛を伴うことなく楽に死ねます。もう一つは、人体実験の被験体になり、死よりも辛い生体実験を受け、生きながら死に続ける。どちらかの二択です。後者を選んだとしても、君たちには自由どころか、命の尊厳さえも与えられず、体を散々弄り回されて、毎日激痛を味わい、利用価値が無くなれば廃棄処分される運命です。まぁ、実験の進捗如何によっては、多少命が延びることもあるでしょう。君たちの好きな方を選んでください。こうして死に方を選べることが如何に幸せなことか、いくら頭の鈍い死刑囚の君たちでも分かるはずです。私も、ドクター・ロトワングも、多忙な身です。今すぐに選んでください。選ぶ意思がないと言うのであれば、絞首刑一択です。さぁ、君たちの答えを聞かせてください?」
メトリアン大統領からの問いに、山田たち一行は一瞬悩んだ。
リーダーの「槌聖」山田一人を除いてだが。
「う、受ける!?実験でも、何でも受けるんだなぁー!?お、俺は、し、死にたくないんだなぁー!?た、頼む!?」
「おい、剛太郎、正気か、お前!?人体実験なんて、何されるか分からないんだぞ?」
「剛太郎、お前、もう少し考えろよ!?ちょっと頭使えば、実験の方がヤバいって分かんだろうが!?即決すんな、馬鹿!」
「ど、どっちもアウトだろうが!?いや、ここで分けわかんねえ人体実験受けたい、とか、迂闊に言うなよ!?馬鹿過ぎんだろ?」
「剛太郎、お前には武人としての誇りがないのか!?柔道全国一位の誇りはどうした!?目の前にいる連中が俺たちの命も、誇りさえも踏みにじる下衆だと分からないのか?お前は自分の言ってることが情けないとは思わないのか?」
「う、うるせぇー!?お、俺が死刑なんて受けるハメになったのは、全部、役立たずのお前らのせい、なんだなぁー!?お、俺は、こんなところで死ぬ男じゃないんだなぁー!?お、俺は、「槌聖」だぁー!?お前らみたいな、弱っちい役立たずとは違うんだなぁー!?俺は、俺は、生きる!生きるためなら、何だってできるんだなぁー!?俺は、まだ、死にたくはねぇー!?」
広原、庄内、年見、大王の四人が、人体実験を受けると言った山田に対し、猛反対し、説得を試みようとする。
そんな山田たち一行の姿を、冷ややかな表情でメトリアン大統領は見ている。
「元「槌聖」は、人体実験の被験体になることを希望、他の四人は絞首刑の執行を希望、という解釈で良いかな、君たち?元「槌聖」君、人体実験に参加するなら、後で同意書にサインをもらうのでよろしく。参加は強制ではなく、君の自由意思を尊重し、同意を得た上で行う、ということを忘れないでくれたまえ。それと、一度同意書にサインすると撤回はできないことも忘れないでほしい。他の四人の元勇者君、絞首刑の執行を希望なら、今すぐ刑を執行する準備が出来ています。死刑執行前に、このオキシー刑務所では死刑囚に対し、最後の晩餐として好きなモノを食べさせる慣例になっているそうです。あまり高いモノは駄目だそうが、できる限り希望は聞くとのことです。後で刑務官たちが希望を聞くそうだから、遠慮なくリクエストしてくれたまえ。私だったら、最後の晩餐は、ビーフシチューが良いなぁ~。我がアメジス合衆国は香辛料の生産も盛んでしてね。我が国特産の香辛料をふんだんに使ったビーフシチューは絶品なんですよ。特に私の妻の作るビーフシチューは最高でね。おっと、つい愛妻自慢をしてしまった。だが、最後の晩餐に我が国自慢のビーフシチューを楽しんでみるのもおすすめですよ。最後の晩餐が終わり次第、すぐに楽にしてあげましょう。一瞬で苦しむ暇もなくあの世に行けるから安心したまえ。明日の朝までには刑の執行が完了するでしょう。最終確認です。元「槌聖」以外は絞首刑を選択希望、それで間違いないですね?」
メトリアン大統領が山田たちに向かって、絞首刑の執行か、人体実験の被験体になるか、冷静ながらも威圧感、凄みを感じさせる強い目線を向けて、訊ねる。
「お、俺は受ける!だ、だから、お、俺の、い、命だけは助けてくれぇー!?」
「剛太郎、お前!?くそっ、死刑執行まで大して時間はない!こ、このままじゃあ、くっ!?」
「チクショー!?俺らの足元見やがって、くそがっ!?だけど、マジで時間がねえぜ?」
「どうしたら良いんだよ、おい!?脱獄する暇なんてねえじゃんかよ?」
「お、俺は、人体実験など受けんぞ!?お、俺には、武人としての誇りがある!ここで誇りを捨てるわけには、ぐっ!?」
「脱獄なんてできるわけないでしょう。君たち、自分たちの置かれている立場や状況が分かっていますか?仮に脱獄できたとしても、君たちに最早、勇者としての価値は皆無です。ただの脱獄犯に過ぎません。女神様は君たちは要らない、そう仰っているんですよ。私たちも別に君たちのことは大して必要だとは思っていません。後、武人としての誇りがどうたらと言っていますが、勇者失格で、モンスターを一匹も討伐できない、それどころか、モンスターの前から何度も逃げ出す臆病者の君たちが、武人だの誇りだの言うのは、ただのジョークにしか聞こえませんよ?君たちは勇者失格の臆病者の死刑囚、人体実験のサンプルになるくらいにしか価値がないんです。人体実験の被験体にでもなることぐらいに、社会に貢献できる道も可能性もありません。君たちをサッサと処刑しないと、私も、この国も、女神様の不興を買って、他からも不興を買って迷惑なことになるんです。はぁー。では、元「槌聖」以外は絞首刑の執行を希望、ということでよろしいですね。ドクター・ロトワング、刑務官の方々、彼らへの刑の執行をお願いします。私はこれにて失礼させていただきます。元勇者の諸君、さようなら。」
メトリアン大統領はそう言うと、山田たち一行に背を向け、独房を出ようとする。
「ま、待ってくれ、大統領!?お、俺も、俺も人体実験に参加する!」
「くそっ!?俺も、俺も人体実験とやらに参加するぜ、くそっ!?」
「な、なら、お、俺も人体実験にさ、参加する!参加するよ!?」
「鉄矢、真、賢太!?ぐっ!?くそぉー!?俺も、俺も、人体実験に参加する!?このまま、このまま情けない男のレッテルを貼られたまま、死にたくはない!」
メトリアン大統領に迫られ、広原、庄内、年見、大王の四人は、苦渋の決断ながら、考えを変え、人体実験の被験体になる道を選んだ。
山田たち五人全員が人体実験への参加を希望する、という返事を聞いて、メトリアン大統領は歩みを止め、山田たちの方を振り返ると言った。
「五人全員、人体実験の被験体になることを希望、ですか?被験体の数が増えるのは悪くはありませんね。まぁ、君たちにはあまり期待していませんけど。ドクター・ロトワング、刑務官の方々、彼らに人体実験参加への手続きと、刑の執行をお願いします。ドクター・ロトワング、後のことは任せます。人体実験の進捗状況については逐一、私に報告をお願いします。サンプルとしてはイマイチかもしれませんが、あなたの実験が無事、成果を出してくれると信じています。よろしくお願いしますね?」
「ヒヒっ!かしこまりました、大統領閣下!どんなにクズみたいなサンプルでも、この私の才能と技術があれば、すぐに完璧な兵器として仕上げて御覧に入れます!どうか、ご心配なく!」
「頼もしい限りですよ、ドクター・ロトワング。我が愛するアメジス合衆国のさらなる発展のために、あなたを雇い入れたのです。我が祖国のためならば、私はできうる限りのことをします。頼みましたよ、ドクター。では、これにて失礼。」
口元に笑みを浮かべながら、メトリアン大統領は最後にそう言い残すと、護衛の騎士たちとともに、山田たち一行のいる独房を去って行った。
メトリアン大統領が独房を去った後、ドクター・ロトワングと呼ばれる男が、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、山田たちの方を見つめる。
ボサボサの灰色の髪に、赤い瞳、灰色の無精髭を口元に生やし、グレーのシャツに黒のパンツ、白い白衣を着て、足にはグレーの長靴を履いた、身長170cmほどの、猫背で細身の、50代後半の不気味な男。
山田たちの目の前にいるこの不気味な男は、通称、ドクター・ロトワング。
アメジス合衆国軍事研究所の所長で、アメジス合衆国の武器装備の研究、開発に携わる科学者である。年齢55歳。
「錬金術士」として一級の腕前を持つ男で、生命工学、モンスターの生態研究のエキスパートでもある。
そして、インゴッド王国の闇医者で、モンスター・プラントと呼ばれる違法な移植手術を得意とする、あのドクター・フランケンの実の甥でもある。
山田たち一行の顔を見ながら、ドクター・ロトワングは彼らに話しかける。
「ヒヒヒっ!初めまして、元「槌聖」と元勇者のモルモット諸君!私は、ドクター・ロトワング!君たちの人体実験を担当する科学者だ!そして、世界最高の頭脳を持つ、世界最高の超天才錬金術士だ!モルモット諸君、君たちはこれから、この私の手で、生まれ変わることとなる!そう、歴代最強の勇者も魔王も目じゃない、史上最強にして最高の生物兵器に、だ!ちょこっと脳味噌をいじくり回すが安心したまえ!ちゃんと麻酔は使うからね!ギリギリ痛みには耐えられるよ、多分?まぁ、失敗しても最悪、廃人になって失敗作として廃棄されるだけだ!もちろん、貴重な失敗のデータサンプルとして死体の一部は活用させてもらうから、安心して廃人になってくれたまえよ!ヒッヒッヒッヒ!」
ドクター・ロトワングの狂気に染まった不気味な笑みを見て、山田たち一行全員に、これまでに味わったことのない悪寒と恐怖がたちまち襲ってきた。
「や、やっぱり、嫌だぁー!?だ、大統領、大統領を呼んでくれなんだなぁー!?」
「きゃ、キャンセルだ!?人体実験なんてやっぱり無理だ!?キャンセルさせてくれぇー!?」
「む、無理無理無理無理!?全っ然安心できねえよ、くそがっ!?実験には絶対参加しねえ!100%お断りだ!」
「廃人になんてなりたくねぇー!?頼むー、キャンセルさせてくれぇー!?」
「も、モルモットになるなど、絶対に御免だ!俺は、俺は普通に人間として死にたい!人体実験には参加せんぞ、絶対!」
「今更キャンセルなんてできませんよ~、モルモット諸君。同意書には絶対にサインしてもらうからね。ちょこっと私特製のお薬を飲めば、す~ぐにサインしたくなるはずだから。ヒヒヒっ、大丈夫。君たちの肉体は天才であるこの私が精魂込めて改造してあげよう。さぁて、楽しい楽しい実験の始まりですよ~。ヒハハハっ!(笑)」
「嫌だー!?だ、誰か、女神様、誰でも良いから助けてくれー!?」
山田たち五人の悲痛な叫びは誰にも届くことはなく、山田たちは半強制的に、ドクター・ロトワングによる人体実験の被験体になった。
「槌聖」山田たち一行の逃亡生活は、悪質なオーナーが運営するブラック牧場で散々、奴隷のようにこき使われ、懸賞金目当てに身柄をアメジス合衆国に売り渡され、最終的には、怪しげな人体実験の被験体として肉体を弄り回される、という、最低最悪な結末へと至った。
だが、この話はここでは終わらない。
アメジス合衆国大統領エドワード・メトリアンの思惑、ドクター・ロトワングによる狂気の人体実験、アメジス合衆国にのさばる悪党たち、そして、人体実験を受け改造された元「槌聖」山田たち一行の存在、これらが後に異世界アダマスに、さらなる混乱と危機を招くこととなる。
けれども、元「槌聖」たち一行がどこへ逃げ延びようが、どんなにパワーアップしようが、彼らが地獄へと落ちる運命から逃れることはできない。
「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈は、元「槌聖」たち一行全員を皆殺しにして復讐するまで、どこまでも追いかけて追い詰め抜くという、執着という言葉は生温い、復讐心を胸に、猛烈に復讐の道を走り続けているからだ。
主人公による、地獄の果てまで憎き異世界の悪党を追いかけ復讐する、決して何者であろうと逃れることのできない、正義と復讐の鉄槌がすぐそこまで迫っていることに、元「槌聖」たち一行は誰も気が付いてはいない。
人体実験よりも凄惨で、無慈悲で、圧倒的で、悪党は絶対に逃げることのできない、最強の復讐鬼による復讐が、これからふたたび始まろうとしていた。
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