第三話 【処刑サイド:インゴット王国新宰相】新宰相、暗躍を開始する

 元「勇者」島津 勇輝の処刑執行から二週間後のこと

 「剣の女神」ブレンダが、異世界アダマスに新たな女神として降臨したことを発表してから二日後のこと。

 午後8時55分。

 インゴット王国の王都の中央にそびえ立つ、巨大な黄金の城の、「宰相執務室」と表札が出ている部屋に、一人の貴族風の若い男性が机に向かって書類の山を相手に、デスクワークを行っていた。

 その人物は身長185cm、セピア色の髪をナチュラルマッシュヘアーの髪型でまとめ、色白で細身で長身、四角いレンズに金色のフレームの眼鏡を顔にかけ、茶色いチュニックとジャケットを着ている、20代後半の若い貴族風の男性であった。

 顔はあまり表情豊かとは言えず、能面のような、とてもクールで理知的な雰囲気を漂わせている。

 彼の名は、セピア・ド・プレーティー。28歳。

 退任したブラン前宰相の息子で、後任として選ばれたインゴット王国の若き新宰相である。尚、プレーティー家の長男でもある。

 宰相執務室でデスクワークを行っていたセピアは、一端手を休めると、壁時計の方に目を向け、一人呟いた。

 「もうそろそろだな。」

 その時、宰相執務室のドアを三回、ノックする音が聞こえた。

 それから、大柄な人物が一人、ドアを開けて、セピアのいる宰相執務室の中へと入ってきた。

 「失礼いたします、セピア宰相閣下!」

 「こんな時間に呼び出してすまない、マホガニー軍務大臣。」

 「いえ、兄上、宰相閣下からのお呼びとあれば、私は何時でも駆けつけますので。」

 「勤務時間中ではあるが、今は私とお前の二人だけだ。兄上で構わんよ、マホガニー。」

 「はい、兄上!」

 セピアの言葉に、大柄な人物は満面の笑みを浮かべて答える。

 執務室に入ってきた人物の名は、マホガニー・ド・プレーティー。

 身長195cmの長身で、筋骨隆々とした体格の持ち主である。

 マホガニー色の髪を、トップをオールバックのように逆立て、サイドを刈り上げた、ツーブロックのベリーショートヘアーにしている。

 スプルース色の厚手の軍服を着込んでいて、腰のベルトには、鞘に納まった180cmほどの大きさのツーハンドソードを提げている。

 顔つきは体格に似合わず、中性的な顔立ちをしていて、茶色い瞳に白い肌、そして、中性的な声の持ち主でもある。

 しかし、表情からは、やや無愛想で軍人気質な、いかつい雰囲気を漂わせている。

 年齢は25歳。不祥事により退任した前軍務大臣に代わり、インゴット王国の軍務を担当する新任の軍務大臣を務める人物である。尚、プレーティー家の次男でもある。

 午後9時00分。

 宰相執務室のドアを三回、ノックする音が聞こえた。

 それから、やや長身で細身の人物が一人、ドアを開けて、セピアたちのいる宰相執務室の中へと入ってきた。

 「お疲れ~、兄貴たち!」

 「遅い!兄上を待たせるとは一体、どうゆうつもりだ、カークス!?今すぐこの場で叩っ斬るぞ!」

 マホガニーが腰の鞘から素早くツーハンドソードを抜き、刀身の先を、カークスと呼ばれる人物へと、怒りの形相を浮かべながら向ける。

 「ちょっ、落ち着けって、マホガニー兄さん!?ちゃんと待ち合わせの時間通りに来たじゃねえかよ?なぁ、そんなにかっかすんなよ?」

 「社会人なら5分前集合は当たり前だ!何より、ご多忙な身である兄上を待たせるなど、万死に値する行為だ!そこに直れ、カークス!」

 「二人とも、私の前で喧嘩は止めろ。マホガニー、カークスを許してやれ。カークスはちゃんと時間通りに来た。カークスがギリギリに来るのはいつものことだ。私は別に気にしてはいない。剣を納めろ、マホガニー。」

 「くっ!?分かりました、兄上!」

 「ふぅ~、助かったー!ありがとよ、セピア兄さん。ったく、マホガニー兄さんのブラコンぶりには、いつもヒヤヒヤさせられるぜ。」

 最後に執務室に入ってきた人物の名は、カークス・ド・プレーティー。

 身長180cmで、とても細身の体格の持ち主である。ガリガリと痩せていて、肌も病人のように青白く、あまり健康的には見えない。

 カーキー色のクセっ毛のあるロングヘアーの髪型をしていて、ボルドー色のチュニックとジャケットを着ている、若い貴族風の男性の格好をしている。

 茶色い瞳に、垂れ目で、表情はどこか無気力で暗く、卑屈そうな雰囲気を漂わせている。声はどこか、やさぐれた雰囲気を感じさせる。

 年齢は23歳。不祥事を起こしたワイヤー・ライアーに代わり、新政権より任され、新たにインゴット王国国立図書館の新館長を務めている人物でもある。尚、プレーティー家の三男でもある。

 「マホガニー、カークス、二人とも夜遅くに呼び出してすまない。実は二人に大事な話がある。人払いはすませてあるから、盗聴される危険はない。」

 「盗聴されたらヤバい話ねぇ~?それって、どれくらいヤベえんだよ、セピア兄さん?」

 「口を慎め、カークス!黙って兄上の話を聞けばいいのだ!」

 「いや、確かにカークスの言う通りだ。これからお前たち二人に話す内容は、正直に言えば、私たちの命に関わる恐れがある。そして、このインゴット王国を根底からひっくり返すくらいにな。関わりたくないと言うなら、今すぐにこの部屋を立ち去るがいい。私はお前たちに強制などしない。好きにしろ。」

 セピアの言葉を聞いて、マホガニーとカークスは目を丸め、思わず息を飲んだ。

 しかし、二人はすぐに覚悟を決めたかのような表情を浮かべると、セピアに言った。

 「私は何時でも、何処へでも、最後まで兄上に付いて行きます!この剣とともに!」

 「俺がセピア兄さんを裏切るなんて、そんなことするわけねえだろ?どんだけヤバかろうと、俺は兄さんに最後まで付いて行くだけさ。」

 二人の返事を聞いて、セピアは静かに微笑んだ。

 「ありがとう、マホガニー、カークス。それでこそ、私が愛する弟たちだ。この世の中で唯一信じられる家族だ。私のせいでお前たちを危険な目に遭わせることになるだろう。だが、これだけは約束する。私たち兄弟があの日誓った、「炎の約束」は必ず果たす。この私の命に代えても、お前たちと交わしたあの約束は必ず果たしてみせる。どうか、この私に最後まで力を貸してくれ。」

 「もちろんです、兄上!」

 「俺たちの命、好きに使ってくれよ、兄さん。そうか、ついに俺たち兄弟の悲願達成の時が来たわけか?ようやく来たんだな、セピア兄さん?」

 「ああっ、その通りだ、カークス、マホガニー。ようやく、私たち三兄弟の願いを叶えるチャンスが巡って来たわけだ。「炎の約束」を果たすための準備を、今、整えつつある。詳しい話をするから、まぁ座って、最後まで私の話を聞いてくれ。」

 セピアはそう言うと、自分のデスクから立ち上がり、執務室のソファーへと座った。

 セピアに続いて、セピアの反対側のソファーに、マホガニーとカークスが腰かけた。

 「お前たち二人も知っての通り、インゴット王国は現在、崩壊の危機に直面している。愚鈍な国王一族と、国王派の貴族たちによる杜撰な政権運営、そして、元勇者たちがこれまでに引き起こしたトラブルが原因による多額の損害賠償金、これらのために現在、王国は約24兆1,000億リリアの各国への損害賠償金と、各国より借りている支援金約11兆リリア、占めて36兆1,000億リリアという途方もない数字の莫大な金額の損失を抱えている。だが、これはあくまで表向きの数字であり、実際はそれ以上の損失を抱えている。現在、新しい顔ぶれで新政権を運営し、何とか王国再建に取り組んではいるが、はっきり言って、現状のやり方では、王国再建は不可能だ。このままだと、五年後には王国は支援金の返済が間に合わなかったとして、各国に領土の10%を譲渡することになり、王国は一気に衰退することは確実だ。当然、貴族、国民たちはこれに反発するだろう。そうなれば、内乱や紛争が起き、最悪、王国は地図から抹消されることにもなりかねない。最悪の未来は、私たちのすぐ傍まで迫りつつある危機的状況なのだ。」

 「王国が崩壊するか否かの危機に直面していることは存じております、兄上。ですから、兄上を新宰相に据え、私たち兄弟と、兄上が信頼を置く部下たちとともに、王国再建のため、こうして毎日取り組んでいるではありませんか?無駄な軍務予算の削減に、王国軍の組織再編、女性騎士や女性官僚の積極的登用などに取り組んできたではありませんか?それでも不足だと?」

 「俺だって、国立図書館の新館長として、問題の無い範囲で、貴重な図書館のこれまでに集めてきたコレクションの売買を仕切って、金を集めたんだぜ。美術館の方も、専門でもねえのに、あっちの方のコレクションの売買も兄さんに頼まれたから、必死に勉強して、何とか売り捌いているがよ。結構な額を稼いだはずだぜ?ちょっとは建て直しの資金になってると思ってたけど、そんなに厳しいのか、ウチ?兄貴が財務を仕切っててもか?」

 「二人の協力には感謝している。だが、この約一ヶ月、私なりに王国の財政状況を徹底的に調べ、お前たちにも協力してもらったが、現状の対策では、王国再建は不可能だと、私は判断した。組織再編を行っても、トップはあの愚鈍な国王のままだ。国王一族と、前宰相であった愚かで最低な父、国王派で私腹を肥やしていた前大臣たち、連中がこれまで好き勝手してきたせいで、王国の金庫にはほとんど蓄えが残っていなかった。国王派の連中が国の金に勝手に手を付け、散財したり、汚職を行ったり、帳簿の改竄を行ったりしてきたせいで、王国政府の財務状況は最悪の一言だ。元勇者たちの召喚以前から、すでに王国は崩壊の危機にあったと言える。この私自ら、王国の財務状況を徹底的に調査した結果だ。はっきり言って、国王と父上たちは、手遅れなのを半ば承知で、私たちに問題を勝手に丸投げして押し付けてきた、というのが正直な感想だ。さらには、国王が退位した後の後釜は、あの世間知らずで、国王と大差ない愚鈍ぶりの、マリアンヌ王女だ。あの王女が、愚鈍な国王一族の者がふたたび王国のトップになったところで、状況は今と大して変わらないはずだ。どうせ、私たち部下に頼りっ切りで、大したこともできないだろう。王国再建を実現させる、そのためには、国王派を一掃する、それ以外に道はない。」

 「こ、国王派を一掃!?つ、つまり、兄上と私たちでクーデターを起こすおつもりなのですか、兄上?」

 「へぇ~。兄さんと俺たちでクーデターを起こして、国王のクソジジイどもを一掃するか?セピア兄さんにしては随分、過激なことを思いついたもんだな?っで、兄さんのことだ、もうとっくに段取りはつけているんだろ?」

 「フっ。まぁな。と言っても、クーデターを起こすのは、もう少し先だ。何より、私たち兄弟だけでクーデターを起こすわけではない。クーデターには、王国の民たちにも協力してもらう。国王たちのこれまでの失策や醜態、不祥事のために王国が崩壊寸前の危機にあるのは、国民の誰もが知っていることだ。国民たちの、国王たちへの不満はいまだ根強い。私たち兄弟は、国民たちがクーデターを起こしやすいようお膳立てをするのだ。ついでに、クーデターに乗じて、私たち兄弟が新しい国の主導権を握り、愚かな国王たちに代わって、新たな国を作る。忌まわしい女神の傀儡に成り果て、汚職や不正を見逃し、堕落し切り、民を蔑ろにする今の王政に、私たちで終止符を打つ。そのための準備として、まず、コレを用意した。」

 セピアはそう言うと、懐から二枚の紙幣を取り出すと、テーブルの上に置いた。

 マホガニーとカークスは、セピアがテーブルの上に置いた紙幣を手に取ると、紙幣を観察する。

 「これが、クーデターのための準備ですか?ただの1万リリア紙幣にしか見えませんが、兄上?」

 「スンスン。いや、ちょっと待て、マホガニー兄さん。この札、微妙にだが、臭いが違うぜ。ホントにかすかだがよ、使われてるインクの臭いが、ちょっと違うように感じるぜ、俺には?」

 「流石だな、カークス。絵描きのお前なら気付くかもしれないと思っていたが、こんなにも早く気付くとはな。驚いたぞ。お前の言う通り、今、お前たち二人が手に持っている紙幣は、私が作らせた偽札だ。中々の出来栄えだろ?」

 「に、偽札!?あ、兄上、偽札を作ることは立派な犯罪です!一体何を考えて・・・」

 「クーデターを計画してる時点で、俺たち全員、国家反逆罪だろ?偽札作りなんて、むしろ可愛い方だぜ。だろ、セピア兄さん?」

 「マホガニー、カークス、二人ともよく聞いてくれ。インゴット王国は今、途方もない金額の損失を抱えている。愚鈍な国王たちが作った借金のために、王国はいずれ崩壊する。王国を、そして、国民の未来を守るためには、今現在抱えている莫大な国の損失、財政問題を解決する以外に道はない。解決できなければ、国も民も、何もかもが失われる。私だって、本来なら、偽札などに頼りたくはない。だがしかし、王国の窮状を打破するには、偽札が必要なのだ。この偽札は、私が信頼できる人物たちを集めて作った偽札のサンプルだ。材料はこだわり抜き、原版は実際に使用されている本物を参考に約一万種類用意し、作成させた。闇ギルドの関係者は一切使っておらず、元造幣局の職員や、腕に覚えのある絵師、技術者などを雇って、秘密裏に製造させている。秘密が漏れることはないよう、細心の注意を払い、対策を施している。話を戻すが、この精巧に作った偽札を大量生産し、これを使って少しずつ国の借金を返済していく。偽札の精度をさらに向上させ、四年以内に確実に各国への返済義務を完了させる計画だ。また、この偽札を、国王派の貴族や騎士たちにバラまく。連中のほとんどは、例のエロ写真を買った罪で職を失うか、左遷させられ、多額の借金や慰謝料を抱えて困っている。そんな連中に、王国政府からの生活支援金という名目で大量の偽札を配る。連中は何の疑いもせず、喜んで受け取るだろうさ。配る時は、間抜けな国王の名前を使うから、万が一、バレることがあっても、責任は国王に向かう。偽札を使って財政を建て直しつつ、貴族たちを買収する。後は、国王が裏金をこっそりため込んでいて、それを国王派の貴族たちにバラまいて、民を蔑ろにして自分たちは悠々自適な生活を送っていた、というスキャンダルを捏造してバラまく。もう一つは、偽札の存在が先に明るみになった時は、国王が偽札を作って、国王派の連中とグルになって、私利私欲のためにふたたび犯罪に走った、というスキャンダルを捏造してバラまく。どちらをとっても、国王と国王派の連中は失脚し、クーデターを免れない。偽札作りと財政再建は、私たちがそのまま引き継ぐ。そして、クーデターは成功し、国王たちを一掃し、私たちは新たな国を手に入れ、国を再建する。最終的に、私たちは理想の国を作り、「炎の約束」をこの手で果たす。以上が私の考えた筋書きだ。どうかな、二人とも?」

 「流石は兄上です!このマホガニー、感服いたしました!兄上の用意周到な計画ならば、クーデターも、国の再建も、必ず実現できましょう!」

 「確かに、兄さんの考えたこの計画なら、クーデターが成功する確率は高い。国王のクソジジイどもも一掃できる。けど、この偽札だが、まだ完璧とは言えねえな。俺みたいに絵に心得がある奴、普段から金を扱う商人たち、高レベルの鑑定士、それに、鼻が利く狼獣人、こういった連中相手だと、さっきみたいにすぐに偽札だとバレる可能性があるぜ。紙質とデザインは本物とそっくりだが、やっぱりインクの臭い、コイツはまだまだ改良しねえといけねえと思うぜ、セピア兄さん?」

 「お前の言う通りだ、カークス。簡単に見破られてしまうようでは、完璧な偽札とは呼べない。コイツが使い物にならなくては、せっかく立てた計画は一から立て直さねばならない。本物の紙幣に使われるインクだが、インクの調合は機密らしく、造幣局の一部の職員しか知らない機密事項らしい。インクの調合技術の開発を主導しているのは、隣のラトナ公国の造幣局だということまでは分かっている。本物の紙幣は、特定の光を浴びせると発光する特殊インクになっている。発光する仕組みまでは再現が難しい、というのが現場の意見だ。しかし、お前の指摘したインクの臭いの違い、これは材料を変更すれば、修正可能だと思われる。カークス、手が空いているなら、お前にも偽札作りに少し協力してほしいんだが?」

 「兄さんの頼みとあれば、喜んで手伝うぜ。偽札作りか。中々面白い仕事だな。完璧な偽札を作って届けてやるよ。待っててくれ、兄さん。」

 「カークス、兄上からのたっての依頼だ。必ず、そして、一刻も早く、完璧な偽札を作って、兄上に届けろ。もし、できなければ、その時はこの俺の剣が容赦なくお前の首を叩き斬ることになる。そのことを忘れるなよ?」

 「へいへい。分かってるってば、マホガニー兄さん。もうちょっと、俺のことを信じてくれよ。俺が兄さんたちからの頼まれごとをミスったことなんて、一度もないだろ?」

 「お前が横着な性格で、いつも期限ギリギリに仕事をするから、こうして口酸っぱく言ってるんだ。兄上に少しでも迷惑をかけることは絶対に許さん。」

 「分かってます、分かってますってば!本当に、セピア兄さんのこととなるとうるさいんだから、マホガニー兄さんはよ~。」

 「二人とも、じゃれつくのはそれくらいにしておけ。カークス、お前にはこの後、偽札作りの工房まで案内する。完璧な偽札を作ってくれることを期待しているぞ。マホガニー、お前にも工房を案内しよう。ついでに、私たち二人の護衛も頼む。工房は王城の割とすぐ傍にある。お前たち二人の護衛には先に帰ってもらうよう伝えろ。今日は王城にこもって私と一緒に仕事をするから、とでも伝えればいい。」

 「かしこまりました、兄上!護衛はこの私にお任せください!」

 「了解だぜ、兄さん!まぁ、俺たち兄弟に護衛なんていらねえだろうけど!特に、セピア兄さんならな。」

 「隠密行動とは言え、油断は禁物だ、カークス。私たちはお互いに国の要職に就く身だ。いつ、誰が、どこから、襲ってくるか分からない身だ。私たち兄弟の力が多少、人より優れているからと言っても、決して過信してはいけない。これから私たちは王国政府、国王派の連中の敵となる。奴らを敵に回す以上、常に用心が必要だ。奴らは間抜けだが、敵を葬るためなら、どんな手段も厭わない冷酷非情な獣だ。連中の鼻に引っかからないよう、気を付けろ。」

 「兄上の言う通りだ、カークス。気を抜いてドジを踏むなよ?」

 「分かってますよ。俺が用心深いのはよく知ってるはずだろ、兄さんたち?」

 「まぁな。私たち三人の中で一番、用心深くて勘が良いのはお前だ、カークス。器用さと要領の良さは、お前が一番だろうな。」

 「不真面目さもでしょうな、兄上。」

 「一言余計だっつの、マホガニー兄さん。この中で一番嫌味ったらしいのは、何気に兄さんだよな。」

 「なっ!?俺は別に嫌味ったらしくはないぞ!?嫌味ったらしいのはお前の方だろうが、カークス?」

 「ハハハ!いや、カークスの言う通りかもしれんぞ?初めて会った時の、お前の私に対するキツい態度は、今でもよく覚えているぞ、マホガニー?お前は真面目なのが長所だが、もう少し丸くなった方が良い。そうでないと、何時まで経っても嫁の貰い手が現れないぞ?」

 「あ、兄上まで、そのようなことを言わないでください!?お、俺は別に結婚とか興味ありませんので!?兄上の役に立つことが、俺の望みです!兄上との約束を果たすことが、俺の人生ですから!」

 「マホガニー兄さんも大変だなぁ~。まぁ、俺も兄さんたちとの約束を果たすことが、一番の生き甲斐って奴だけど。」

 「私も同じ思いだよ、マホガニー、カークス。こんな私を、娼婦の子供として生まれた、余所者であった私を、家族として、兄として受け入れてくれたお前たち二人には、本当に感謝している。お前たち二人を守るためなら、私は何だってする。」

 セピアの言葉に、辛そうな表情を浮かべながら、マホガニーとカークスは答える。

 「それは、俺も同じです、兄上。俺は、俺は、本妻の子でありながら、父上の望むモノを何一つ持って生まれてこなかった。プレーティー家に代々伝わる、炎の「魔術士」の才能を持っていなかった。兄上のように頭も良くなかった。ジョブが「剣士」で、おまけに、俺は、女だった。表向きは男として振る舞い、生きるよう父上に言われ、それでも、私は才能無しとして、父上からも、母上からも見放されていた。家の者たちからも、出来損ないと陰で呼ばれ、蔑まれていた。そんな俺に、温かい言葉をかけてくれたのは、兄上だけでした。冷たく当たる俺を、「オトコオンナ」と呼んで、いつも虐めてくる貴族のいじめっ子たちから庇ってくれた。俺には「剣士」の才能がある、そう言っていつも励ましてくれたのは、兄上だけです。兄上にとっては、プレーティー家に引き取られたことは不幸だったかもしれませんが、俺にとって、兄上は、今も昔も、最高の兄上です。」

 「俺もだよ、セピア兄さん。俺の母さんは、第二夫人で、下級貴族出身だった。俺はクソ親父に無理やり孕まされてデキた子供だった。それに、俺は生まれつき超病弱だった。兄さんほどの才能も無かった。いつも「妾の子供」と呼ばれて、周りから馬鹿にされてた。いつも自分の部屋に籠って、ベッドの上で本を読むか、絵を描くかしている俺の前に、兄さんが現れた。母親がすぐ死んで、屋敷ではいつも独りぼっちだった俺を、兄さんはいつも優しく励ましてくれた。俺の知らない外の世界の話をいっぱいしてくれたし、俺の描いた絵を褒めてくれた。一緒に絵本を読んでくれたこともあったなぁ。セピア兄さんが来てくれたおかげで、マホガニー兄さんとも一緒に話せるようになったんだよなぁ。俺がこうして図書館で働いて、親父からくだらないと言われ続けた絵を描き続けられるのも、全部、セピア兄さんのおかげだ。兄さんは、俺たち兄弟の希望の灯だよ。」

 「マホガニー、カークス、ありがとう。私は、私から母を奪ったプレーティー家を憎んでいた。私は娼婦である母と、決して裕福ではないが、二人だけで静かに仲良く暮らしていた。自分の父親のことについて、母から聞かされることはなかった。けど、それでも、優しい母と二人で暮らせる生活に満足していた。だが、私は、母からの言いつけを破ったばかりに、全てが壊れた。私が、私が、母を死に追いやった。あれほど自分のスキルを使うなと、炎の魔法を使うなと言われていたのに、私は、いじめっ子たちから身を護るために、炎の魔法を使ってしまった。そのせいで、私が特殊な炎の魔法を使えることが噂で広まり、その噂を聞きつけた父上が現れ、強引に私と母を引き離した。父上は私を、生き別れた、死んだ元恋人との間に生まれた子供だと周囲には説明し、私を勝手にプレーティー家の長男にした。私の、「黒炎連天」の力に目を付け、利用するためだ。私は、私と母を無理やり引き離し、今も都合の良い道具のように扱う父上を、ブラン・ド・プレーティーを絶対に許さない。あの男は口封じのために私の母を殺したのは分かっている。私から母を奪い、私の人生を奪い、大切な兄弟であるマホガニー、カークス、お前たち二人を虐げてきた、あの男だけは許すわけにはいかない。私たち兄弟から幸せを奪い続ける邪悪なあの男に復讐する。私たち兄弟の復讐の炎は、決して消えることはない。「炎の約束」は必ず果たす。私たち三人で、父上も、国王も、この腐り切った王国も、何もかも焼き尽くす。」

 「兄上・・・」

 「兄さん・・・」

 悲壮な覚悟を胸に抱く長兄セピアの姿を見て、マホガニーとカークスはセピアの傍に寄って、肩を回すのでった。

 「マホガニー、カークス、私に付いてきてくれ。共に、あの日の約束を果たそう。」

 「もちろんです、兄上。」

 「どこまでも一緒だぜ、兄さん。」

 セピアたちはお互いの顔を見ながら、クーデター決行のため、復讐のため、決意を露わにした。

 「セピア兄さん、計画については理解した。兄さんの計画なら、成功間違いなしだろうよ。だがよ、兄さんの計画の障害になりそうな奴らは、国王派以外にもいるぜ。例の、「剣の女神」と、「黒の勇者」だ。あの物騒な連中はどうするよ?噂じゃあ、「剣の女神」は直接、自分の手で犯罪組織を潰して回っているそうじゃねえか?女神が直接神罰を下しに来るとかで、犯罪者どころか、一般市民も震えるほど、とにかく容赦ないらしいぜ?俺たちが偽札を作っているってのがあの女神にバレたら、間違いなく殺されるかもだぜ?それに、「黒の勇者」、あの勇者もヤベえ。あの勇者のせいで、元勇者も、元勇者に関わった悪人どもも、全員、皆殺しにされてる。ついこの間も、隣のゾイサイト聖教国の、聖教皇が直接、奴の手にかかってやられた。そのせいで、ゾイサイト聖教国は崩壊寸前だって話じゃねえか?「黒の勇者」はとにかく悪党嫌いの潔癖症だって、話だぜ?「黒の勇者」、奴に目を付けられた悪党は必ず殺される、そういう噂だ。連中が邪魔してきた時の対策についても考えておいた方が良いぜ?なぁ、マホガニー兄さん?」

 「確かに、カークスの言う通りです、兄上。例えクーデターに成功しても、「剣の女神」と「黒の勇者」、連中が俺たちの犯罪を暴き、神罰を下すと言って、俺たちを襲ってくる恐れがあります。あの女神と勇者の動きを封じる策は確かに必要です。」

 「心配するな、マホガニー、カークス。「剣の女神」と「黒の勇者」のことは、私も承知している。まだ準備段階だが、「剣の女神」と「黒の勇者」への対抗策も、ちゃんと考えてある。既に用意を始めさせている。連中への対抗策も整い次第、計画を本格的に進めるつもりだ。私たちの最終目的、「炎の約束」を果たすことができれば、私の命など惜しくはないさ。私たちの理想とする国に、世界に、女神も勇者も不要だ。私たちの復讐は誰にも止められはしない。誰も、私たち三人の炎は消せはしない。」

 「流石だぜ、セピア兄さん。やっぱり兄さんは頼りになるぜ。」

 「当たり前のことを言うな、カークス。兄上は常に俺たちの考えの先を行っておられるのだ。俺たちは兄上を信じてついていくのみだ。そして、兄上を護る剣と盾になるのだ。」

 「マホガニー、カークス、お前たち二人には、絶対に後悔だけはさせない。女神だろうと、勇者だろうと、私たち兄弟が力を合わせれば、必ず連中を跳ね除け、理想を実現させることができる。共に、最後まで頑張ろう。」

 セピア、マホガニー、カークスの、プレーティー三兄弟は、自らの理想を実現するため、クーデターを起こし王国を転覆させるため、彼ら三兄弟の目標である「炎の約束」を果たすため、暗躍を開始した。

 インゴット王国新宰相、セピア・ド・プレーティーと、その兄弟たちによって、インゴット王国に大きな変化がもたされようとしていた。

 インゴット国王たちの破滅は、プレーティー三兄弟の暗躍によって、さらに加速していく。

 そして、「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈が戦い、復讐する、新たな異世界の悪党たちが現れたのであった。
































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る