第七.五章 幕間

第一話 【処刑サイド:光の勇者】勇者島津、指名手配犯として逮捕される、そして、処刑される

 時は遡り、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈とその仲間たちが、元「弓聖」鷹尾たち一行を討伐する約四ヶ月前のこと。

 勇者たちがインゴット王国の王都を壊滅させ、犯罪者としてインゴット王国に捕まり、そして、王城の地下牢から脱獄した日のこと。

 勇者たちは脱獄した後、一時カナイ村の森に潜伏していたが、王国や冒険者ギルドから犯罪者として指名手配され、その上、ギルドによって制限措置を施され、勇者たちは勇者のジョブを失い、ジョブが「犯罪者」になり、レベルも0になってしまった。

 その事実にショックを受け、勇者たちはリーダーの「勇者」島津と対立、ついに分裂してしまったのであった。

 勇者たちの分裂後、「大魔導士」姫城たち一行や「聖女」花繰たち一行、「槍聖」沖水たち一行、「弓聖」鷹尾たち一行など、他の勇者たちがチームを組んでダンジョン攻略に向かう中、一人、他の勇者たちと組むことができず、取り残された者がいた。

 「光の勇者」にして「勇者」、そして勇者筆頭である、島津しまづ ゆうである。

 勇者筆頭として勇者たちによる無謀なボナコンの群れの討伐を指揮したものの、討伐は失敗、仲間たちをほっぽって自分は先に逃げ出し、挙句の果てにSランク相当のボナコンの群れを王都に引き入れ、王都を壊滅寸前に追い込む「ボナコン・ショック事件」を起こし、主犯格として王国政府に捕まる大失態を犯したのであった。

 島津のプライドの高さや焦り、短絡的な考え方が、「ボナコン・ショック事件」の発生、勇者たちの逮捕、勇者の資格剥奪、勇者たちの処刑決定、という最悪の事態を招いたことは、誰の目にも明らかであった。

 そんな島津の数々の大失態に呆れた他の勇者たちが、島津を見限り、島津抜きで自分たちだけでダンジョン攻略をしようと考えるのは、至極当然の結果である。

 他の勇者たちに見限られ、一人カナイ村の近くの森の廃屋に取り残された島津は、逆恨みから、他の勇者たちにインゴッド王国国王たち、マリアンヌ、そして、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈への復讐を誓うのであった。

 さて、一人だけとなり、脱獄した死刑囚のテロリストとしてインゴット王国政府などから指名手配されることになった島津だが、たった一人でも必ず勇者の資格と力を取り戻してみせる、と意気込んでいた。

 「僕が真の「勇者」なんだ。エリートで「光の勇者」であるこの僕こそ、女神様に選ばれた、唯一魔王を倒せる存在なんだ。他の勇者ども、それに宮古野、アイツらはただのオマケか紛い物に過ぎない。真の「勇者」は僕一人だけだ。だけど、本物の聖剣が無い以上、僕は「勇者」として覚醒はできない。聖剣がなきゃ、話にならない。」

 「勇者」専用の聖武器、聖剣は約二カ月前、秘かに主人公によって、「光の迷宮」とともに木っ端微塵に破壊されてしまっていた。

 聖剣のレプリカは持っているが、レプリカで覚醒することはできない、そうハッキリとインゴット国王たちから言われていたため、島津にとって、聖剣の紛失は大きな悩みの種であった。

 「いや、待てよ。あの無能で馬鹿な国王たちの調査なんて信用していいものだろうか?あの愚かな国王たちのことだ、まともに聖剣の行方を調査するわけがない。宰相や騎士どもも適当に調査して、適当に報告したに違いない。うん。きっとそうだ。勇者である僕自身が自分の目で確認するべきことだったんだ。聖剣はきっと、まだ「光の迷宮」にあるに違いない。本物の聖剣さえ手に入れれば、僕は真の「勇者」として覚醒できる。フハハハ、待っていろ、役立たずのゴミクズども。」

 狂気に染まった笑みを浮かべながら、島津は本物の聖剣を手に入れるため、自ら「光の迷宮」跡に赴き、聖剣の行方を調査することを決めた。

 廃屋を出ると、島津はしばらく歩いた後、馬車の停留所を見つけ、急いで「光の迷宮」のあるインゴット王国北東部の森へと向かう馬車に乗った。

 道中の村や町で、フード付きの茶色いローブやランタン、食料、キャンピングセットなどを買い、顔を隠しながら、馬車を乗り継いで、遠回りして、約十日かけて、目的地である「光の迷宮」がある王国北東部の森に到着した。

 以前は観光名所でもあったが、現在は危険なモンスターたちが時々徘徊する危険な森となってしまい、「光の迷宮」を観ようとする観光客はほとんどいない、という有り様である。

 森を出入りするのは、モンスターの討伐を依頼された冒険者か、あるいは王国の騎士ぐらいである。

 「光の迷宮」のある森の前へと着くと、島津は周囲を警戒しながら、一人森の中を歩いて進んで行く。

 他の人間に見つかるのも厄介だが、モンスターに見つかるのはもっと不味かった。

 Lv.0で「犯罪者」の今の島津では、モンスターなどに見つかって襲われれば、たちまち殺されてしまうくらいに弱体化していたからである。

 Fランクモンスターの相手さえできない、という危険で無防備な状態同然であった。

 けれども、本物の聖剣を手に入れる必要がある以上、リスクを覚悟の上で島津は一人、「光の迷宮」目掛けて、ゆっくりと、音を立てず、慎重に木々の後ろに隠れながら、危険な森の中を進んで行くのであった。

 森の北側に向かって、姿を隠しながら、真っ直ぐ、ゆっくりと歩き始めてから約一時間後のこと、森を抜けた島津の目の前に、灰色の巨大な瓦礫の山と化した「光の迷宮」の跡地が現れた。

 国王や宰相たちの報告同様、大量の瓦礫の山と化した「光の迷宮」の姿を見て、島津は驚き、内心焦りを感じた。

 「こ、これが「光の迷宮」!?ほ、本当に瓦礫の山じゃないか!?い、いや、崩壊したことは既に分かっていたことだ。周りには特に誰もいない。モンスターもいないな。大丈夫だ。王国のボンクラの騎士どもと、勇者であるこの僕は違う。エリートで真の「勇者」である僕なら、すぐに聖剣を見つけることができる。女神様の加護だってあるんだ。僕なら必ず、聖剣を見つけることができる。よし、行くぞ!」

 島津は自分を鼓舞すると、「光の迷宮」跡地の瓦礫の山へと歩いて向かって行く。

 そして、瓦礫の山にできた、人一人通れるほどの大きさの穴から、瓦礫の山の地下空間へと入っていく。

 穴の先は、かつての「光の迷宮」の第二階層へと続く階段が広がっていた。

 島津はランタンで周りを照らしながら、階段を下り、暗い地下空間を進んで行く。

 途中の瓦礫や泥、水溜まり、埃などを避けながら、慎重に階段を下りて進み、聖剣があるとされる、迷宮の第八階層、地下の最深部を目指して行く。

 ある程度瓦礫が除去されていたため、約一時間足らずで、島津はダンジョンの地下の最深部へと何事もなく、到着した。

 しかし、島津の目の前に広がるのは、暗く広い地下空間と、地下空間のほぼ一面を覆い尽くす大量の瓦礫であった。

 瓦礫を移動させた形跡があるが、大量の瓦礫以外、地下には何も無かった。

 金色に光り輝く聖剣など、影も形もない、と言う、インゴッド王国の宰相や騎士たちが報告してきた内容そのものであった。

 国王や宰相、騎士たちが至宝である聖武器を全力で捜索し、そして、聖剣の紛失を確認し、調査報告として島津に伝えたことは、嘘偽りなく、間違いのない事実であった。

 普段は杜撰で怠惰で、民の幸せなどお構いなしの最低最悪のクズな国王たちではあるが、崇拝する光の女神リリアから預かった大事な聖武器である聖剣と「光の迷宮」を同時に失ったかもしれないとあり、普段と違って、懸命に捜索作業に取り掛かったのであった。

 「黒の勇者」こと主人公が復讐のため、「光の迷宮」とともに聖剣を木っ端微塵に破壊した後でもあった。

 それらが事実であり、覆ることのない結果である。

 だが、瓦礫の山だけしかない地下の最深部を見ても、島津は聖剣の捜索を諦めようとはしなかった。

 「確かに瓦礫の山だ。だけど、この瓦礫の下に必ず、本物の聖剣があるはずだ。これだけ瓦礫があれば、あのボンクラの騎士どもが弱音を吐いて、適当に調査を打ち切ってもおかしくはない。何、時間ならたっぷりとある。この邪魔な瓦礫さえどけて、慎重に調べれば、きっと聖剣は見つかるはずさ。わざわざダンジョン攻略をせずに聖剣を手に入れることができるなんて、むしろチャンスなぐらいだ。真の「勇者」であるこの僕を、聖剣が待っている。」

 島津は笑みを浮かべながら呟くと、ランタンを片手に、瓦礫を慎重にどかしていき、本物の聖剣を見つけるため、捜索作業を一人始めるのであった。

 本物の聖剣はとっくの昔に破壊され、今更瓦礫の山を除去して聖剣を捜しても無意味だと言うことに、無駄な悪足掻き、あるいは徒労に終わることに、島津は全く気付いてはいなかった。

 島津が「光の迷宮」跡地にて一人、聖剣の捜索作業を始めてから約一ヶ月が経過した。

 手切れ金としてもらった1億リリアがあり、金や食べ物には困っていなかった。

 基本的には「光の迷宮」跡地の中でキャンプ生活をしながら、捜索作業を行っていた。

 そして、時々、森周辺の村や町などに出向いて、安宿に泊まって風呂に入ったり、雑貨屋などで必要な物を購入したり、他の勇者たちに関する情報収集を行ったりしていた。

 だが、捜索を始めてから一ヶ月が経過しても、島津は聖剣を発見することができなかった。

 近くの店で購入した新聞を読みながら、島津は焦りや苛立ち、不満から、愚痴をこぼすのであった。

 「くそっ!?また、あの落ちこぼれの記事か!?どいつもこいつも、「黒の勇者」、「黒の勇者」と馬鹿みたいに褒めちぎりやがって!あの落ちこぼれの紛い物が真の「勇者」な訳ないだろ!女神様に選ばれた真の「勇者」はこの僕だ!「光の勇者」こそ本物の勇者なんだよ、馬鹿なゴミクズ共が!でも、姫城たちは死んだらしいな!馬鹿でビッチの分際で、この僕を、イケメンでも頭空っぽで金も稼げねえクズ、なんて馬鹿にした報いだ!ビッチ共を始末してくれたっていう点では、宮古野の奴もちょっとは役に立ったな。まぁ、いずれアイツはこの僕が始末することになるけど!」

 悪態をつきながらも、狂気に歪んだ邪悪な笑みを浮かべながら、新聞片手に呟く島津であった。

 「やっと半分は調べ尽くした。もう残り半分の瓦礫の下に、本物の聖剣が眠っているはずだ。聖剣を手に入れ真の「勇者」として覚醒した僕の力で、目障りなゴミクズ共を片っ端から始末してやる。そして、魔王を倒して、最強にして真の「勇者」になるんだ、この僕がね。」

 島津は新聞を読み終えると、ふたたび聖剣の捜索作業に取り掛かった。

 島津が聖剣の捜索を始めてから約二ヶ月が経過した頃。

 ようやく第八階層、地下最深部の全ての瓦礫を撤去し、最深部を隈なく探した島津だったが、聖剣を発見することはできなかった。

 おまけに、買ってきた新聞には憎き存在である、「黒の勇者」こと主人公の活躍を伝え、称賛する記事ばかり書かれていて、島津はさらに焦りと苛立ちに駆られ、近くにある瓦礫を蹴飛ばして、思わず八つ当たりする怒り様であった。

 「くそっ!「黒の勇者」、「黒の勇者」と、あの落ちこぼれのことばかり書きやがって!?ズパート帝国を救った英雄だの、救世主だの、馬鹿みたいに騒ぎ立てて、マスコミも民衆も馬鹿ばっかりだ!真の「勇者」は、英雄はこの僕だ!紛い物の宮古野なんかじゃない!ああっ、くそっ、イライラする!花繰たちが、この僕を、勇者には向いていないとか言って蔑んできた、媚びを売ることだけが取り柄の馬鹿女どもが死んでも、全然気分が晴れない!くっ、どうして、聖剣が見つからないんだ!?瓦礫の下は全部、探した!聖剣は確かにここにあるはずなんだ!?まさか、誰かが先にやって来て、聖剣を盗んでいったのか?いや、そんなことをする奴はいないはずだ。聖剣は勇者であるこの僕が持つ以外に利用価値はない。悪用でもすれば、女神から怒りを買う恐れがある。なら、聖剣はどこに眠っているんだ?伝承では、ダンジョンの一番奥にあると聞いていたけど、伝承が間違っているのか?もしかしたら、他の階層に眠っている可能性もあるんじゃないか?ダンジョンが壊れたせいでどこか別の階層に移動した可能性もあるんじゃないか?くそっ、こうなったら、全部の階層をしらみつぶしに調べるまでだ。聖剣は、聖剣は必ずあるはずなんだ!」

 島津は激しい怒りと苛立ちを露わにしながら、第八階層以外の、他の階層も調べることを決めた。

 寝る間や風呂に入る時間、食事なども不要だと言わんばかりに、これまで以上の急ピッチで、何かに憑りつかれたのような、狂ったような姿で、ひたすら瓦礫を取り除き、聖剣を捜索するのであった。

 島津が聖剣の捜索を始めてから約三ヶ月ちょっとが経過した頃。

 妄執ともとれる、驚異的なスピードで瓦礫をどけ、第五階層から第七階層までの瓦礫の下を、昼夜を問わず、懸命に捜し回った島津であったが、聖剣を発見することはできなかった。

 身バレを防ぐため、碌に散髪にも行かず、風呂にも入らず、髭も剃らず、着替えもほとんどせず、食事もせず、ひたすら聖剣を捜す現在の島津の容姿は、髪はボサボサで、髭が伸び、頬がこけ、服はボロボロで、悪臭が漂い、まるでホームレスのような姿であった。

 自身の容姿の変化も気にせず、町に浮浪者のような姿で買い物に行き、周囲の視線も気にせず、ただひたすらダンジョン跡の瓦礫の山の下で聖剣を捜す、という生活を送っていた。

 そして、久しぶりの買い出しついでに新聞を買って読むが、書かれているのは、「黒の勇者」こと主人公の活躍を伝え、称える記事ばかりであった。

 しかし、それ以上にショッキングな内容の記事が書かれていた。

 何と、「黒の勇者」こと主人公を、光の女神リリアが正式な勇者として認め、自分を含む元勇者たちの討伐を「黒の勇者」に指示する神託を、自分の元恋人でインゴット王国王女、女神の「巫女」であるマリアンヌが授かったこと、マリアンヌが「黒の勇者」と一緒に元勇者たちの討伐に参加していること、これらのショッキングな事実を知って、島津はたちまち激しい憎悪と苛立ちを露わにした。

 「くそっ!?何で、何であの落ちこぼれの紛い物が真の勇者になるんだ!?女神様に選ばれた真の「勇者」は、「光の勇者」は、エリートであるこの僕だ!才能も容姿も、全てが完璧なこの僕だ!女神様が宮古野なんかを真の勇者に選ぶわけがない!マリアンヌ、あの売女が、きっと宮古野に取り入るためにわざと嘘の神託を広めたに違いない!あのクソビッチ王女が、この僕を勇者様、勇者様と言って、この僕と結婚するとか言っていたくせに!散々我が儘に付き合ってやったって言うのに、あっさりこの僕を裏切りやがって!父親がクズなら、娘もクズ、いや、それ以下のゴミだな!宮古野と一緒に、真の「勇者」となった僕の剣でバラバラに斬り刻んでやる!」

 島津は主人公やマリアンヌへの憎しみを吐露するのであった。

 「けど、聖剣が見つからないのはマズい。沖水たちまで宮古野の奴に殺された。この僕を、ヒモニートでもすればいいと言って馬鹿にしてきた、あの変態のオタクどもが死んだのは別に構わない。が、宮古野、アイツは実際、強くなっている。姫城たち、花繰たち、沖水たち、22人もアイツに殺された。聖武器もないのに、あの落ちこぼれの紛い物に「七色の勇者」が負けるなんて、あり得ない。いや、アイツらは本物の聖武器を手に入れられなかった。勇者として覚醒できなかった。だから、宮古野なんかに殺されたに違いない。本物の聖武器さえあれば、聖剣さえあれば、宮古野なんかを倒すことなんて難しいことじゃあない。だけど、聖剣を見つける前に宮古野と戦うのは分が悪すぎる。早く残りの階層を調べて、一刻も早く聖剣を見つけなきゃいけない。そして、真の勇者はこの僕であることを、世界中のゴミクズ共にはっきり教えてやるんだ。」

 島津は主人公に対抗するため、勇者としての地位を取り戻すため、残りの階層での聖剣捜索により一層、力を入れるのであった。

 島津が残る第二階層から第四階層での聖剣捜索を開始してから三日目の夕方のこと。

 「黒の勇者」こと主人公が光の女神リリアより元「弓聖」鷹尾たち一行を討伐するよう神託を授けられたその日のこと。

 ゾイサイト聖教国のシーバム刑務所が、元「弓聖」鷹尾たち一行によって占拠され、全世界が衝撃を受けた日のこと。

 午後五時過ぎ。

 「光の迷宮」跡地の第四階層にテントを張り、ランタンの灯りを頼りに瓦礫を除去しながら必死に聖剣を捜索している島津だったが、そんな彼の前に突如、数人の人影が現れた。

 数人の人影は、全員、鎧を着た騎士の格好をしており、片手にランタンを持ちながら、島津の方へと近づいてくる。

 そして、一人の騎士風の若い男性が手に持っているランタンで島津の顔を照らしながら、島津へと近づき、声をかけた。

 「そこの男、ここで何をしている?我々はインゴット王国警備隊北支部の者だ。ここはれっきとした国有地だ。最近、ダンジョン跡地の森に若い浮浪者らしき男性が住み着いているようで物騒だと、近隣の町の住民より通報があって、この辺りをパトロールしていたんだが、若い浮浪者とはお前のことで間違いないようだな?ここや周辺の森へ許可なく立ち入ることは厳禁だ。今すぐテントを撤去してここを立ち退くんだ。それと、念のため、詰所まで一緒に来てもらうぞ。全く、ホームレスとは言え、勝手に国有地に住み着かれては困るんだよ。近くに立ち入り禁止の看板があったのが見えなかったのか?崩落事故にでも巻き込まれたりしたらどうするつもりだ?勝手に事故に巻き込まれて、後で上に責任を追及される俺たちの身にもなってくれよ、ったく。とにかく、一緒に来てもらおう。」

 島津に声をかけてきたのは、近隣住民から不審者がいるとの通報を受けた、インゴット王国警備隊の騎士たちであった。

 突然、警備隊の騎士たちがやって来た上、自身が王国政府より指名手配中の凶悪な脱獄犯の元勇者であることもあり、正体がバレれば、即逮捕、即処刑は間違いないとあり、島津は騎士たちの呼びかけを無視し、腰に提げている剣を抜いて、騎士たちに向かって光の斬撃を飛ばした。

 「くそぉー!?破邪一閃!」

 島津が呼びかけを無視して、いきなり剣を抜いて、スキルを発動して攻撃してきたため、騎士たちは慌てて剣や槍、盾などの武器防具を構えて応戦しようとした。

 しかし、Lv.0の「犯罪者」である今の島津の光の斬撃は、スピードはあるものの、威力はほとんどなく、島津に近づいて声をかけてきた騎士が剣で受け止めた瞬間、あっさりと勢いを失くし、淡い光の粒となって霧散した。

 「いきなり斬りかかってくるとは、貴様、どうゆうつもりだ!?貴様、我々はインゴット王国警備隊北支部の騎士だと、確かに名乗ったはずだ。だが、今の斬撃はまるで手応えがなかったな。立派な剣を持っているが、腕は三流らしい。どこぞの貴族のボンボンの家出息子か何かか?無駄な抵抗は止めろ。おい、全員、ただちにコイツを取り押さえろ。公務執行妨害並びに国有地への不法侵入に、傷害未遂で現行犯逮捕だ。」

 リーダーらしき騎士の合図を受けて、一斉に周りにいた他の騎士たちが島津へと飛びかかり、激しく抵抗する島津をその場であっさりと取り押さえた。

 「くそっ、離せ!離せ、ゴミクズ共!汚い手で僕に気安く触るな!」

 抵抗する島津に対して呆れた表情を浮かべながら、リーダーらしき騎士が言った。

 「〇月△日午後5時12分、公務執行妨害並びに国有地への不法侵入に、傷害未遂の罪で現行犯逮捕。汚いのはどっちだ、浮浪者が。おい、コイツの所持品を調べるぞ。身元が分かる物を持っているかもしれん。」

 リーダーらしき騎士に指示され、部下の騎士が島津の腰に提げている薄汚れた金色のアイテムポーチの中身を取り上げ、中身を調べ始めた。

 そして、アイテムポーチから一枚の銅製のカードを見つけた。

 カードに記載されている内容を見るなり、部下の騎士はたちまち驚いた。

 「おっ。これは、ギルドカードか?ええっと、ランクはL、パーティーネーム、勇者パーティー、ネーム、島津 勇輝、ジョブ、犯罪者Lv.0、スキル、破邪一閃Lv.0・・・た、隊長、こ、この男、指名手配中の元勇者です!し、しかも、「ボナコン・ショック事件」の主犯の、元「光の勇者」です!」

 「な、何!?こ、コイツがあの「ボナコン・ショック事件」を引き起こした、指名手配中の元勇者だと!?しかも、主犯の元「光の勇者」だと!?そ、そういえば、人相書きに特徴がよく似ている。瞳も黒い。腰に、金色のロングソードを提げている。間違いない。コイツが王都を壊滅寸前に追いやったテロリストだ。貴様ぁー、貴様のせいで王都にいた俺の同期に後輩、知り合いが何人も死んだんだぞ!おい、お前たち、コイツを詰所に連行する前に、俺たちでこのクソ野郎にキツいお仕置きをしてやろうじゃねえか?一人十発ずつコイツを殴れ!全員、このクソ野郎には恨みがあるはずだ!思いっきり殴ってやれ!ただし、殺すなよ!後で上に生きて引き渡さなきゃいけねえからな!半殺し程度にしておけ!良いな?」

 「了解です、隊長!勇者の皮を被ったクソ野郎、テメエのせいで俺の友達が何人も死んだんだ!覚悟しやがれ!」

 島津は手錠をかけられた状態で背後から蹴り倒され、地面に転がされた。

 それから、怒り狂う警備隊の騎士たちによって、殴る蹴るのリンチを食らうことになった。

 騎士たちは友人や親戚、家族を殺された恨みを晴らさんと、一人十発ずつの隊長の言葉も忘れて、凄まじい暴力と言う名の制裁を、島津に加えていく。

 騎士たちに暴力を振るわれ、島津の顔面は真っ赤に腫れあがり、歯が数本折れ、口からは血を流し、鼻からは鼻血を垂れ流し、さらに腕の骨や肋骨などにヒビが入るなど、重傷を負わされるのであった。

 騎士たちからリンチを食らいながら、島津は騎士たちへの激しい憎しみを露わにする。

 「ぼ、僕は、ゆ、勇者、なんだ!お、お前ら、後で、ぜ、絶対、後悔させてやる!」

 騎士たちからリンチを食らった島津は、騎士たちへの激しい憎悪を抱きながら、激痛によるショックでそのまま気を失ってしまった。

 島津を半殺しにした警備隊の騎士たちは、リンチを加えるのを止めると、気を失った島津を担いで、警備隊北支部の詰め所の一つへと連行していくのであった。

 警備隊の騎士たちに逮捕された島津は、詰め所の留置所へと入れられ、目を覚ますと、すぐに警備隊の騎士たちによって、キツい取り調べを受けることになった。

 午後7時過ぎ。

 場所は変わって、インゴット王国の王都の中央にそびえ立つ、巨大な黄金の城の国王執務室で、インゴット王国現国王、アレクシア・ヴァン・インゴット13世は、王国再建のため、書類の山と格闘しながら、必死に公務に当たっていた。

 これまでに元勇者たちが世界中で起こした問題による損害賠償金などで、インゴット王国政府は14兆1,000億リリアという巨額の損失を抱え、さらに11兆リリアの財政援助のための支援金という借金まで抱え、世界各国から早期返済を求められ、支援金を5年以内に完済できない場合は各国に領土の10%を明け渡さなければならない、という非常に厳しい状況に追い込まれていた。

 そして、つい先日、元「槍聖」たち一行率いる海賊団がサーファイ連邦国を占拠し、サーファイ連邦国に甚大な損害をもたらした件で、サーファイ連邦国新政府より新たに、10兆リリアの損害賠償金を請求されるハメにまでなった。

 元「槍聖」たち一行が、サーファイ連邦国の最新鋭の軍艦を沈めたり、海軍を崩壊に追いやったり、公共施設や民家を破壊したり、冒険者ギルドを破壊したり、無差別に大量虐殺を行ったりなど、これでもかと暴れ回った結果、元勇者たちを召喚し、管理、独占していたインゴット王国政府に過去最高額の損害賠償金が請求された、というわけである。

 インゴッド王国の損失はこれで、24兆1,000億リリアにまで膨れ上がり、さらに、各国からの支援金11兆リリアという借金まで加わり、財政再建への道はさらに遠のくことになった。

 人口流出に企業の流出、反国王派の地方貴族たちによる独立、分裂、経済の衰退などの別の課題もあり、国王を始めとした現王国政府首脳陣は頭を悩ませる日々を送っていた。

 話を戻すと、執務室で夜も必死に公務に当たっている国王の前に、とある人物が現れた。

 その人物は身長185cm、セピア色の髪をナチュラルマッシュヘアーの髪型でまとめ、色白で細身で長身、四角いレンズに金色のフレームの眼鏡を顔にかけ、茶色いチュニックとジャケットを着ている、20代後半の若い貴族風の男性であった。

 顔はあまり表情豊かとは言えず、能面のような、とてもクールで理知的な雰囲気を漂わせている。

 彼の名は、セピア・ド・プレーティー。28歳。

 退任したブラン前宰相の息子で、後任として選ばれたインゴット王国の若き新宰相である。尚、プレーティー家の長男でもある。

 セピア新宰相は執務室に入るなり、落ち着いた表情ながらも国王に向かって話しかけた。

 「公務ご苦労様です、国王陛下。ノックもせず、入室したことをお許しください。陛下に至急、ご報告したい旨があって急ぎ参りました。報告を始めてもよろしいでしょうか?」

 「セピア宰相、ご苦労である。至急、報告したいこととは何だ?例の、ゾイサイト聖教国の刑務所を占拠したと言う元「弓聖」たち一行に何か動きでもあったか?」

 「いえ、その件とは別件です。ですが、我が国にとっては非常に重要な案件であることは間違いありません。単刀直入に申し上げますと、指名手配中の元「勇者」、「ボナコン・ショック事件」の主犯であるシマヅ ユウキが約二時間前、我が国の警備隊北支部の騎士たちによって身柄を拘束、逮捕されました。現在、警備隊北支部が取り調べを行っていると、警備隊本部より報告がありました。他に逮捕された元勇者はいない、とのことです。」

 「何っ!?あの偽勇者のテロリストが逮捕されただと!?よくやった!警備隊北支部の騎士たちには後で私から報奨金を出すとしよう!そうか、あの憎き元勇者の、主犯のシマヅを逮捕できたのは喜ばしい限りだ!奴はまだ国内に潜伏していたのか!?逮捕時の状況などは分かるか?取り調べの進捗状況は?」

 「はっ。報告によりますと、元「勇者」のシマヅですが、「光の迷宮」跡地の地下に潜伏していたところを、付近の町の近隣住民からの通報を受けて「光の迷宮」跡地周辺をパトロールしていた、警備隊北支部の騎士たちによって発見され、職質を受けた際に抵抗したところを現行犯逮捕された、とのことです。若い浮浪者風の不審者がうろついている、「光の迷宮」跡地の森に住み着いているようで物騒だ、との通報があり、警備隊の騎士たちが巡回中に不審者を発見、逮捕直後に、所持品から指名手配中の犯人であることが判明したそうです。シマヅですが、警備隊からの取り調べに対し、自分は冤罪で無実だ、自分こそ女神様に選ばれた真の勇者だ、「黒の勇者」は紛い物の勇者だ、などと、意味不明な供述をするそうで、警備隊本部はシマヅに対する精神鑑定を行う必要があるとの見方を示しています。尚、逮捕時の状況ですが、王城の宝物庫から盗まれた多額の現金の一部に、聖剣のレプリカを含む武装一式、食料品、衣服、キャンピング用品などが押収されたそうです。逮捕時のシマヅですが、髪や髭などを無造作に伸ばし、衣服も汚れや破れた箇所があり、一見若いホームレスにしか見えない格好をしていたそうです。王城の牢獄を脱獄後の足取りについてですが、崩壊した「光の迷宮」跡地に、紛失した本物の聖剣がいまだにあると思い、他の元勇者たちとは離れ、一人聖剣を捜し続ける単独行動をとっていたらしいとのことです。他の元勇者たちに関する有力な情報を持っている可能性もあるため、警備隊では今もシマヅへの取り調べを行っているということです。以上が報告になります、陛下。」

 セピア宰相からの報告を聞き終え、国王は頭を抱えながら返事をした。

 「報告ご苦労である、セピア宰相。まさか、失われた聖剣をいまだに捜し続けていたとは。「光の迷宮」の崩壊は、聖剣の紛失は三ヶ月以上も前の話ではないか。我が国の捜索チームが血眼になって捜索しても発見できなかったのだぞ。それなのに、あの偽勇者は三ヶ月も瓦礫の山の下を、聖剣欲しさに這いずり回っていただと?ホームレスに成り果て、不審者として逮捕されるとは、何と情けない。話を聞いているだけで頭痛がしてくる。あんな男を、精神異常者を危うく可愛い娘と結婚させるところだった。私自身、如何に愚かだったかと、つくづく考えさせられる。ああっ、眩暈がしてきそうだ。」

 「陛下、本日の公務はこの辺で終えられてもよろしいかと存じます。最近は残業続きでしたし、ひどくお疲れのように見えます。代決できるモノでしたら、私や他の部下たちにお任せください。陛下に倒られてしまっては国の大事になりますので。」

 「気遣いを感謝する、宰相。そうだな。今日の公務はこの辺で切り上げるとしよう。偶には早めに休ませてもらおうか。それと、宰相、警備隊本部にシマヅの取り調べは早々に切り上げて、すぐに王都へ連行してくるよう伝えよ。どうせあの男は碌な情報も持っていないだろう。さっさと処刑してしまう方が良いはずだ。王城にて、国民たちの前で改めて処刑するのだ。あの偽勇者の処刑は、国民たちにとっても良いガス抜きになるはずだ。今度こそ、確実に、盛大にあの偽勇者を処刑するとしよう。処刑の手配も頼む。」

 「かしこまりました、陛下。すぐに陛下の御命令通りに手配いたします。偽勇者シマヅの処刑については、万事お任せください。」

 「うむ。頼んだぞ、セピア宰相。お前のような優秀な若者を新宰相に迎えることができて、私も、お前の父上も、本当に良かったと思っている。私が国王を退位した後の国政も、お前やお前の弟たち、お前の部下たちがサポートしてくれるなら、安心して任せられる。いつもありがとう、セピア宰相。」

 「お褒めいただき、恐悦至極です、国王陛下。まだまだ未熟者ではございますが、宰相として、父の後任として精一杯職務に励ませていただきます。王国再建に向け、私も弟たちも全力を尽くす所存です。」

 「ハハハ、期待しているぞ、セピア宰相!だが、お前も無理はするな!お前に倒れられては困るからな!」

 セピア宰相との話を終えると、国王は公務を切り上げ、自室で休むのであった。

 指名手配中のシマヅを逮捕できたという報告を聞け、国王は少しばかり気が和らいだ。

 同日午後8時過ぎ。

 場所は変わって、「黒の勇者」こと主人公とその仲間たちが夜の海を「海鴉号」で渡っている最中。

 セピア宰相より通信連絡用の水晶玉にて、元「勇者」島津 勇輝の逮捕及び処刑の再執行について報告を受けたインゴッド王国王女マリアンヌは、すぐに主人公と他のパーティーメンバーたちに、そのことを伝えるのであった。

 島津がインゴット王国政府に逮捕されたという知らせを聞き、主人公も他の仲間たちも皆、驚いた。

 「いやぁ~、まさか島津の奴が逮捕されるとは、本当に驚かされたな!しかも、本物の聖剣を捜すために「光の迷宮」の跡地に籠っていたなんてなぁ!「光の迷宮」が崩壊して、本物の聖剣が失くなったのは、もう三ヶ月以上前のことだぞ!?今更捜したって時間の無駄だろ?大体、失くなったすぐ後に自分で捜しに行けばいいものを、勇者クビになってから捜しに行くとか、何考えてんだ、アイツ?異世界に来てからのアイツは地球にいた頃より大分阿保になっている気がする。まぁ、他の勇者たちのように何か大事件を引き起こされなかったのは不幸中の幸いか。いや、出来ればこの手で復讐して地獄に落としてやりたいが、それができないのは残念だ。」

 「私もシマヅ氏が逮捕されたのには驚きました。まさか、我が王国内に、しかも、聖剣を求めて「光の迷宮」の跡地に潜伏していたとは、考えもしませんでした。てっきり、他の元勇者たちと一緒に何か良からぬことを企み行動しているとばかり思っていました。」

 「僕もそう思っていたから、本当に島津の奴には驚かされたよ。どうやら島津の奴、求心力を失って他の元勇者たちに見限られたようだな。ある意味、一番没落した奴だな。僕は全然、不憫だとか可哀想だとか思わないけど。島津の処刑は一週間後らしいが、マリアンヌ、お前はどうする?今は犯罪者とは言え、お前、その、島津の奴とは元恋人だったそうじゃないか?処刑前に、元カノとして、せめてもの情けで顔を見に行ってやりたいと言うなら、イヴに頼んで島津の下まで送り届けるんだが?」

 「いえ、別に結構です。シマヅ氏との関係はとっくの昔に終わっています。王都を壊滅寸前に追い込み、大勢の国民を殺した、「勇者」の歴史に泥を塗った、女神様と人類に反逆する大罪人など、顔を見るどころか、声を聞くことさえ御免です。あのような愚かな男と一時期、恋仲であったなど、私にとっては人生の汚点、黒歴史に過ぎません。それに、今はジョー様たちと共に元勇者たちを討伐する大事な使命があります。シマヅ氏と面会する暇など一切、ございません。お気遣いは無用です、ジョー様。」

 「そ、そうか!?てっきり元カノとして何か一言言ってやりたいとか、そんな風に思っているかと思ったんだが?いや、別に会いたくもない元カレと無理して会う必要もないか。そういうものなのか?ううむ、恋愛ってのは、やっぱり複雑だな。」

 元カレである島津との面会をあっさり断ったマリアンヌを見て、意外だと驚き、恋愛とは何かとしばしその場で考え込む、主人公、宮古野 丈であった。

 「どう思います、皆さん?今は犯罪者とは言え、元恋人に対するマリアンヌさんのあの冷たい態度は?少し顔が良くて勇者のリーダーに選ばれたという理由だけで惚れた癖に、落ち目になった途端、他の男にあっさり鞍替えするとは、はしたないと思いませんか?わたくしには、今度はジョー様が自称女神に勇者扱いされるようになったからジョー様を慕うようになったと、肩書きだけでまた男に惚れているようにしか見えないのですが?」

 「俺も同感だぜ。ジョーがクソ女神に勇者に選ばれたから、落ち目の元カレを切り捨てたようにしか見えねえよな?確かに中身はゴブリン以下の、顔だけが取り柄のクソ野郎だったかもしれねえけどよ、ちっとばかし冷たすぎやしねえか、おい?」

 「色々理由を付けているけど、マリアンヌは基本面食い、恋愛黒歴史製造機。他にイケメンの、中身は害虫以下のクズ勇者が現れたら、すぐにそっちに惚れ直すに決まっている。私は常に丈君一筋、一途のピュアな乙女。面食いの冷たいクソビッチ王女とは格が違う。」

 「こんなことは言いたくはないが、マリアンヌ殿は本当にジョー殿が好きなのだろうか?話を聞く限り、とてもジョー殿とは正反対の、外見ばかりで中身は最低の男を好きになっているようにしか思えぬが?我がマリアンヌ殿の立場だったら、自分で元恋人の介錯人を務めようとするぞ。マリアンヌ殿は少々、薄情ではないだろうか?」

 「マリアンヌの奴がポンコツなのは元からじゃんよ。世間知らずの超お嬢様だぜ?王女様だからって、イケメンの中身クズ男ばっか言い寄ってくるもんだから、基本顔でしか男を選べねえようになったんじゃねえか?ジョーのことは勇者の肩書きだけでしか見てねえかもじゃん?元カレが犯罪者になるようなクズだってなら、アタシなら速攻で振るか、ぶち殺すかの二択じゃんよ?な~んか、イマイチ、マジで恋愛してる感じがしねえじゃんよ?」

 「マリアンヌは、リリアを崇拝する国の王女で、おまけにあの馬鹿女の「巫女」なんぞやっておるからな。面食いでいつも振られてばかりのリリアの奴と恋愛観が似てきてもおかしくはない。勇者を、運命の相手だの、白馬に乗ったイケメンの王子様だの言われて育ってきたから、面食いの勇者フェチの薄っぺらい女になったのであろう。妾は、男は断然中身で選ぶ。少し顔の良い下衆な男など、吐いて捨てるほどいる。中身の良い男は、婿殿のような男は、早々いない。妾が生涯愛する男は婿殿ただ一人。闇の女神で真の勇者の正妻たる妾の愛は、宇宙よりも果てしなく深く、純粋なのだ。まぁ、正妻である妾には、面食いのダメ女が婿殿の傍から一人離れて行こうが行くまいが、別に大したことではないが。」

 「面食いで、勇者フェチで、薄情で、世間知らずで、クソ王女、それと、あざとい、やはりマリアンヌさんが丈様に異性として振り向かれる可能性は限りなくゼロに近いと言えます。私たち清純派だけはこれからも丈様を真っ直ぐにお慕いするとしましょう。」

 玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴの女性陣は、コソコソとマリアンヌに対する陰口を言い合うのであった。

 だが、主人公は別として、陰口を言われている当人であるマリアンヌには、しっかりと玉藻たちの陰口が聞こえていた。

 「皆さん、私は皆さんが思っているような女ではありませんから!多少の非があるのは認めますが、私は薄情でも、面食いでも、勇者フェチでもありませんから!後、あざとくなんかありませんから!」

 「マリアンヌお姉ちゃん、あざとい、って何なの~?マリアンヌお姉ちゃんは、あざとい、なの?」

 「め、メルさん、変な言葉を覚えてはいけません!あ、あざとい、というのは、ちょ、ちょっと、女の子らしくて羨ましい、という意味の悪口なんです!悪口を言ってはいけません!後、私はあざとくはないのです、まったく!」

 「あざといは悪口だから言っちゃダメ、なの?分かりましたなの!」

 「そ、そう、あざといは悪口だから言っちゃダメなんです!」

 「「「「「「あざとい。」」」」」」

 「皆さん、いい加減にしてください!私は、あざとくなんかありませんから!」

 5歳のパーティーメンバー、メルに、「あざとい」という言葉の意味を尋ねられ、必死に答えをはぐらかそうとするマリアンヌと、しつこく追い打ちをかける他の女性パーティーメンバーたちであった。

 そんな女性陣たちのやり取りなど露知らず、島津の逮捕や恋愛の概念などについて、一人物思いに耽る主人公であった。

 「勇者」島津の逮捕から一週間後のこと。

 ふたたび場所は変わって、インゴット王国首都の王城前。

 午前12時50分。

 王城の正門前には、何千、何万人という数の、大勢の王国民たちが集まっていた。

 王城の正門前から続く首都の中央通りは、人で溢れかえるほど、大勢の人々でごった返している。

 約四ヶ月前に開催された、勇者たちの歓迎パレードの際は無観客で、中央通りには人っ子一人いない有り様であったが、その時とは違い、今回は大勢の国民が集まり、賑わっている。

 国民たちのお目当てはもちろん、元「勇者」島津への処刑再執行である。

 約三ヶ月前、王都を壊滅寸前に追い込み、死傷者及び難民の数は500万人超、王都の復興費約二兆円という甚大な被害をインゴット王国に与えた「ボナコン・ショック事件」の原因にして主犯である元「勇者」の島津が逮捕され、島津の処刑執行が王城前で執り行われることになったことが、政府より各マスコミを通じて、国中、果ては世界中に伝えられた。

 王城の正門前には大きなギロチンが設置され、ギロチンの上には、処刑される予定の島津が首を固定され、そのまま拘束されていた。

 ギロチンのすぐ横には、国王とセピア宰相外各大臣、騎士たちがいて、処刑執行の準備を行っていた。

 処刑場の前に集まった大勢の国民たちを前に、国王は演説を行う。

 「国民の皆様、今日は元「勇者」にして、「ボナコン・ショック事件」の主犯、シマヅ ユウキの処刑執行のために集まっていただき、誠に感謝する。約三ヶ月前、死者200万人、重軽傷者200万人、難民100万人、さらに王都の各施設、民家の多くが崩壊する「ボナコン・ショック事件」が起こった結果、我がインゴット王国は王都が壊滅寸前に陥る甚大な被害を受けた。大勢の罪もない国民が犠牲となり、王国は今もその時受けた被害のために、存亡の危機に晒されている。原因は、皆の目の前にいるこの男、偽勇者、シマヅ ユウキだ。この勇者の皮を被った悪魔が元勇者たちを扇動し、ボナコンの群れを王都に引き連れてこなければ、あの日の惨劇は起こらなかった。こんな悪魔をよく疑いもせず、勇者に任命した国王であるこの私にも責任がある。国民の皆様からの非難は甘んじて受け入れる。だが、私が国王を退位する前の最後の大仕事として、偽勇者シマヅの処刑をこの手で執り行うことをどうか許してほしい。勇者を謀り、我が国に壊滅の危機を招いた愚かな大罪人を、今日皆と共に裁きを下すことで、けじめをつけさせていただきたい。」

 国王は演説を終えると、宰相や他の大臣たちとともに、国民に向かって深々と頭を下げるのであった。

 頭を下げて謝罪する国王たち政府首脳陣の姿を、国民は複雑な表情を浮かべながら、黙って見つめている。

 国王は頭を上げると、ギロチンのすぐ傍へと近寄り、それから、ギロチンに拘束されている島津に、冷たい眼差しを向けながら訊ねる。

 「偽勇者のテロリスト、シマヅよ、貴様をようやくこの手で処刑できるとは、実に喜ばしい限りだ。私も、国民も、光の女神リリア様も、今日と言う日をどれだけ待ち望んでいたことか。王国再建の狼煙として、貴様を処刑してやる。勇者の歴史に泥を塗り、我が王国に壊滅の危機を招き、人類と女神様に反逆したその罪、貴様の首で償うがいい。遺言として最期に何か言いたいことはあるか、偽勇者?」

 国王の問いに、島津は必死に抵抗しながら、国王や民衆に向かって訴えるのであった。

 「僕は勇者だ!女神さまに選ばれた真の勇者だ!冤罪だ!無実だ!みんな、騙されるな!国王が言っていることは全部、嘘だ!王女のマリアンヌが言っていることも全部、真っ赤な嘘だ!「黒の勇者」こそ、紛い物の勇者だ!僕が本物の勇者だ!魔王を倒せる「光の勇者」なんだ!みんな、騙されるなぁー!」

 島津の悪足掻きともとれる発言に、傷だらけで薄汚れていて、全く自分の罪を反省していない姿に、犯罪者でありながらいまだに自分を「勇者」だと言い張る恥知らずな態度に、国王たちも民衆も、ただただ呆れるとともに、島津に対する激しい怒りや憎しみの感情が湧いてくるのであった。

 「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、この偽勇者の犯罪者!テメエのせいで俺の女房と子供は死んだんだぞ!さっさと地獄に落ちろー!」

 「息子を、アタシの息子を返して!アンタのせいで、アンタがボナコンの群れを連れてきたせいで冒険者だった息子は死んだのよ!アンタみたいな悪魔が勇者だなんて、ふざけたこと言ってんじゃないわよ、この人でなし!」

 「お前のせいで、仕事も、店も、大事な家族も、全部失ったんだ!お前みたいな極悪人が勇者を名乗るんじゃねえぞ、このイカれた下衆野郎が!」

 「「黒の勇者」様こそ、本当の勇者様だ!散々、好き勝手して迷惑をかけた上、王国を滅茶苦茶にした張本人が、「黒の勇者」様を侮辱するな、偽勇者のクソ野郎が!とっとと地獄に落ちやがれー!」

 国民たちは一斉に怒号を上げ、島津に対して激しい恨み言や罵声を浴びせ、中には島津の顔にゴミや石などをぶつける者たちもいる。

 「ゴミクズ共がぁー!?低脳のゴミが、僕を侮辱するなぁー!勇者である僕を処刑したら、どうなるか分かっているのか?僕が死ねば、人類が滅びることが分からないのか!?女神様が、女神さまがお前たちに罰を与えるぞ!?それでも良いのか、ゴミクズ共!?」

 反省もせず、悪態をつく島津を見て、呆れた表情を浮かべながら、国王は言った。

 「皆の者、静粛に!ゴミや石を投げるのは止めるように!処刑予定時刻1分前となった!これより、大罪人、シマヅ ユウキに対する斬首刑による処刑を執り行う!処刑人は合図を待つように!では、カウントダウン始め!」

 処刑人役の騎士たちがギロチンの傍で、国王からの処刑執行の合図を待ちながら、ギロチンの刃を落とす用意をする。

 国王が時計を見ながら、処刑執行の合図を出すタイミングを見計らっている。

 「インゴット王国のゴミクズ共!お前たち全員、呪ってやる!地獄から必ず、お前たちに復讐してやる!インゴット王国なんて滅びてしまえー!」

 島津が国王や民衆の顔を見ながら、最期に呪いの言葉を大声で叫んだ。

 「10秒前!9、8、7、6、5、4、3、2、1、処刑開始!」

 午後1時ちょうどに、国王の合図とともに、元「勇者」島津に対する処刑が執行された。

 高さ4メートルもある木製のギロチンの最上部から、重さ40㎏以上もある、重く鋭いギロチンの刃が、真下にある島津の首目掛けて一気に落ちた。

 そして、重いギロチンの刃が、島津の首に向かってストンと落ち、そのままバッサリと島津の首を斬り落とした。

 島津の首は血しぶきを上げながら斬り落とされると、ギロチンの前部にあるバケツの中へと落ちていった。

 斬首された島津の顔は、絶望と怒りと憎しみで、醜く歪んでいた。

 国王は、バケツの中に落ちた、斬り落とされた島津の頭部の髪の毛を掴んで掲げると、ギロチンの前に集まった民衆に向かって大声で言った。

 「国民の皆様、悪しき偽勇者は無事、処刑いたしました!これで、王国は、世界は、平和へとまた一歩、近づきました!偽勇者を処刑できたのは、国民が一致団結したからであります!今日と言う日を、この瞬間を、王国再建への足掛かりとし、共に頑張りましょう!インゴット王国万歳!光の女神リリア様万歳!」

 国王の言葉に、民衆は声を上げ、島津の処刑執行を皆で喜ぶのであった。

 こうして、「勇者」にして「光の勇者」、島津 勇輝は、インゴット王国政府により逮捕され、そして、処刑されたのであった。

 ホームレス同然に成り果て、すでに失われた聖剣を求めて崩壊したダンジョンの中を彷徨い、不審者として見つかり逮捕され、無様に命乞いをした挙句、極悪人としてギロチンで首を斬り落とされ、あっさり処刑される、という、勇者であった人間とは思えない、どこかあっけなく、惨めな結末であったと言える。

 しかし、実はこの一連の出来事には、まだ続きがあった。

 元「勇者」島津の処刑執行後、島津の遺体は国王の命令で火葬されることになった。

 土葬は不要、墓を建てる必要もなし、一片も残さず処分せよ、との命令が下された。

 だが、島津の遺体が火葬される前に、秘かに斬り落とされた島津の首を回収した者がいた。

 「イッヒッヒ。貴重な勇者の肉体のサンプルが手に入るとは、実にツイている。少しばかり金がかかったが、色々と手を回した甲斐があった。さて、君には私の新たな実験材料になってもらおうか、元「勇者」君。」

 天然パーマの白髪に、顔にかけた分厚いレンズの眼鏡、やせこけた血色の悪い顔の、どこか不気味なたたずまいの白衣を着た70代くらいの老人が、研究施設のような場所で、透明なガラスのケースに入った、島津の首を見ながら、不気味な笑みを浮かべて一人、呟いた。

 老人の名は、ドクター・フランケン。

 モンスターの細胞や肉体の一部を移植する非合法な移植手術、モンスター・プラントを得意とする、有名な闇医者で、マッドサイエンティストでもある。

 かつて、ペトウッド共和国で暴れ回った「大魔導士」姫城たち一行にヴァンパイアロードの眼を移植する強化手術を行った罪でインゴット王国政府に拘束され、インゴット王国政府の軍事研究所にて、政府の監視下の下、研究を続けることを許可されたのであった。

 ドクター・フランケンは秘かに政府の役人たちを買収し、処刑された島津の遺体から島津の首を回収させ、自分の下へと運ばせたのであった。

 ドクター・フランケンがこれから島津の首を用いて何を行おうとしているのか、何が引き起こされようとしているのか、それは誰にも分からない。

 だが、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈の、異世界の悪党への復讐がまだまだ終わらないということは確かな事実である。

 インゴット王国、そして、異世界アダマスの未来に、暗雲が立ち込める。





























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