第十二話 【主人公サイド:イヴ】とある闇の女神の回想
妾の名はイヴ。
闇の女神にして、異世界アダマスの創造に関わった女神の一人である。かつては異世界アダマスのヒトと呼ばれる全ての知的生命体より女神として崇められ、魔族と呼ばれる知的生命体に初めて女神の加護を与えた存在でもある。
妾は神界と呼ばれる異世界に住む、全知全能の力に、不老不死の肉体、不滅の魂を持つ、神と呼ばれる種族の一人である。
妾は神々の中でも若く、神としての能力や経験は、先に誕生した高位の神々に比べれば、遠く及ばぬところもある。
妾は生まれつき、頭が良かった。同じ世代の他の神々に比べて、誰よりも早く知識を習得し、神の能力を自由自在に操ることができた。
探求心も人一倍強く、他の異世界の創造に関わる先輩の神々より教えを請い、様々な異世界の知識や、他の神々が操る高度な術式を習得した。
習得した知識や術式を基に、妾自身も独自に神の能力や、神の使う神術、画期的な道具の研究、開発を行うことに取り組むようになった。
高位の神々から見れば、妾の能力や研究は些細なモノにしか見えないことだろう。
だが、妾は何よりも知識を習得すること、己の探求心を満たすことをひたすら追い求めた。
いつしか、妾の独自に開発した神術の術式や、独自の研究は神界中の注目を集めるようになり、神界の他の神々、天使たち、神界に関わるあらゆる者たちから、妾は「若き天才女神」と呼ばれ、脚光を浴びるようになった。
生まれ持った重力操作の能力と空間操作の能力の扱いに長けていたことや、己の能力の向上、開発に取り組んでいたことも評価された。
持って生まれた才能に慢心せず、努力を重ね、成果を出し、真の天才と呼ばれるほどに己を高めてきたという自負はあった。
だからと言って、有頂天になることはなく、妾はあくまで、知識を習得し、己の知的探求心を満たし、良き研究者として在り続けることを常に心がけていた。
そんな妾の下にある日、アダマスと呼ばれる、まだ知的生命体の誕生していない惑星の創造、開発の仕事に取り組んでみる気はないかと、とある高位の神よりお声がけがあった。
妾よりもはるかに高位で、神界の頂点に立つ神であるその御方から直々にお声がけを受けたとあり、また、惑星開発や知的生命体の育成に興味を持っていた妾は即座に、その御方からの依頼を受け、惑星アダマスの創造開発及び知的生命体の育成という仕事を引き受けることを決めた。
けれども、惑星アダマスの創造開発及び知的生命体の育成という仕事を担当することになったのは、妾一人ではなかった。
妾の実の妹にして、光を操る能力と空間操作の能力を持つ、光の女神リリアも、共に仕事を担当することになった。
姉である妾と、妹であるリリアの仲は、正直あまり良くはなかった。
幼い頃は一緒に姉妹仲良く遊びもしたが、お互いに年を取り、大人になるにつれ、姉妹で過ごす時間が徐々に減っていった。
趣味や性格、価値観の違いも少なからず影響していた。
妾が研究に没頭するのに対し、妹のリリアはあまり研究熱心ではなく、趣味のガーデニングや昼寝を楽しみ、時には他の神々の友人と一緒に遊ぶ、ごく普通の女神であった。
妾が周りから天才と呼ばれ、リリアが妾と比較され、そのことを気にしていることも気付いてはいた。
妾には妾の生き方、リリアにはリリアの生き方があり、どちらの生き方も正解でも不正解でもなく、価値ある生き方なのである。
妾にはリリアのような社交性はなく、研究にばかりしか興味がなく、他の神々と遊んだり、酒を飲んだり、恋バナをしたり、などの他人との付き合いが下手であった。
会話の内容も、自身の興味がある知識や、自身の研究のことばかりで、トークスキルもあまりない。
研究者としての才能は人一倍あるが、それ以外は他の神々と変わらないか、あるいは劣るところもある、それが妾なのだ。
社交性や感受性という面では妾よりも優れ、研究以外のことを知るリリアの生き方もまた素晴らしい生き方であるのは事実だ。
話を戻すと、複数の神が組んで仕事をすることもあるため、妾はリリアとともに、惑星アダマスの創造開発及び知的生命体の育成という仕事を担当することに大きな懸念は抱かなかった。
当時はリリアと完全に不仲ではなかった上、少しお互いに距離はあれど、実の姉妹でもあり、一緒に仕事をすることは、姉妹で過ごす時間が増え、仕事を通じてお互いを理解し合うこともできる機会も作れると思い、妾としては良いチャンスをもらった、とこの時は思っていた。
惑星アダマス、異世界アダマスの創造開発及び知的生命体の育成という仕事を共に引き受けたことが、後にリリアとの関係を破綻させ、姉妹同士で憎しみ合う事態を招くことになろうとは、妾もリリアも思ってもいなかった。
今から20万年前、妾とリリアの二人は惑星アダマスの地へと降り立った。
知的生命体がまだ誕生してはいないが、自然豊かで、魔力という未知のエネルギーが循環するアダマスに、妾とリリアは共に興奮し、喜んだ。
自然や環境保護に興味があったリリアが笑顔でアダマスの大地を踏み、草木や花々を見て笑顔で妾に話しかけてきたことは、今も妾は忘れていない。
妾も、惑星アダマスの中心深くから溢れる、後に魔力と呼ぶ未知のエネルギーを発見し、未知のエネルギーが惑星アダマスの進化にどのような影響を与えていくのか、研究するのが楽しみであった。
妾とリリアが惑星アダマスに降り立ってから10万年後、後に「世界樹」と呼ばれる神秘の大樹、ユグドラシルが誕生した。
惑星アダマスの内部から溢れ出る魔力が、アダマスに誕生する様々な動植物の進化に影響を与えていることを、妾は研究の末、発見した。
ユグドラシルは魔力を吸収したことで突然変異を起こし、全長700mを超える大樹へと成長した植物であることが分かった。
ユグドラシルは大気を浄化し、地上のあらゆる生物に無害な空気をアダマス全体へ供給する驚異的な能力を持っていた。加えて、体内に魔力を取り込むことで、より高純度の魔力へと変換し、浄化した空気と一緒に排出する能力まで持っていた。
ユグドラシルの誕生と、ユグドラシルが排出する無害で高純度の魔力を含んだ空気が惑星アダマス全域へと供給されるようになり、惑星アダマスの生命の進化はますます加速することになった。
「世界樹」ユグドラシルの誕生を妾もリリアも喜んだ。ユグドラシルの美しさや素晴らしさにリリアが誰よりも感動していたことは、今でもよく覚えている。
ユグドラシルの誕生をきっかけに、アダマスの生命の進化は加速し、通常の動植物より肉体が発達し、体内の魔力を攻撃や防御、再生などに使う能力を身に着けた生物が、アダマスに誕生し、急速に繁殖していった。
後に、モンスターと呼ばれることになる生物である。
モンスターたちの誕生、繁殖はある程度想定はしていた故、アダマスの生命の進化に深刻な悪影響を与えない限り、モンスターたちの繁殖には介入しないことを、妾とリリアは話し合って決めた。
アダマスが順調に独自の進化と発展を遂げていき、それらを見守り、時には進化を妨げない範囲で介入し、保護する。
妾とリリアは仕事を通じて話をしたり、共に過ごしたり、共に喜びを共有する時間も増えた。
女神としての仕事の充実感や、女神としての自身の成長を感じられて、妾はとても嬉しかった。
だが、そんな幸福だった日々は突如、終わりを告げることになった。
今から五万年前、地上についにヒトと呼ばれる知的生命体が誕生した。
妾とリリアの長年の悲願で、仕事の大きな目的の一つが、ついに誕生したのであった。
地上には、後に人間、獣人、魔族と呼ばれる、三種族の知的生命体が誕生した。
三種族の能力や進化の過程を見守る中で、妾は特に進化のスピードが他の種族よりも著しく早く、身体能力や知性、体内に内在する魔力のエネルギー量等に優れ、何より争いを好まないとても温厚な理性的性格を持った魔族こそ、惑星アダマスのさらなる進化、発展の鍵となる知的生命体、真のヒトと呼べる存在に最も早く到達できる存在だと考えた。
しかし、魔族の外見を見たリリアは妾に向かって、魔族を差別するような発言を言った。
「あんな悪魔のような醜悪な見た目をした生き物が、ヒトであると言うのですか?潜在能力は確かに素晴らしいですが、ああいった外見の醜悪な生物は大抵、誤った進化の道を辿ることが多いではありませんか?他の種族といずれ、外見の差から激しく対立する可能性が高いと思うのですが?」
リリアの魔族を一方的に差別し、他の種族を害する危険な種族になりかねない、という発言に、妾は怒り、反発した。
「外見だけで決めつけ、差別することは、惑星の知的生命体の育成と保護を仕事とする女神にあってはならん考え方だ、リリア!魔族は他の二つの種族よりも明らかに高い理性を有している!他の種族が同族同士で争う中、彼らは決して争いで解決を行うことはしていない!魔族は必ず、惑星アダマスの進化に欠かせない知的生命体となる!妾はこれまでの研究データから、それを確信している!魔族を差別するような発言や行動はこの妾が絶対に許さん!分かったな?」
妾の注意に、リリアは不満げな表情を浮かべながらも、渋々納得したのであった。
それからも、妾とリリアは、アダマスに誕生した知的生命体の観察や育成、保護に励んだ。
今から約4万年前、魔族が他の種族を追い抜き、真のヒトと呼べる知的生命体への進化を順調に進めていることを知った妾は、魔族たちの進化をさらに促すため、体内の魔力をより効率良くエネルギーへと変換し、ジョブとスキルという多種多様な能力を使用できるようになる術式、妾独自の女神の加護を開発した。
リリアの予想に反し、他の種族と交流が始まっても、魔族はその高い理性から他の種族たちとの争いを避け、交流を成功させつつあった。
妾は魔族たちにジョブとスキルを与える絶好の機会と捉え、魔族たちの前に、惑星アダマスの創造に関わる闇の女神イヴとして彼らの前に降臨し、彼らにジョブとスキルを与えた。
妾の存在や、女神の加護に最初は半信半疑な魔族たちであったが、妾によって自分たちがジョブとスキルという能力を与えられ、自分たちがそれらを使えるようになったことを知ると、すぐにジョブとスキルの研究や能力向上に取り掛かった。
ある程度の年月を経て、魔族たちはジョブとスキルを使いこなし、他の種族をより上回る進化を遂げ、文明のレベルを発展させていった。
ジョブとスキルを与えられて進化した魔族たちは、人間、獣人、他の種族の知的生命体を差別することはなく、彼らとも交流を続け、自分たちの開発した技術や道具、知識などを提供し、時には人間や獣人とも交配し、順調に他の種族と共生することに成功した。
進化した魔族たちとの交流を経て、人間と獣人も少しづつ、魔族に影響され、より良い進化を遂げつつあった。
魔族たちを中心に、妾は女神としてアダマスの全知的生命体から感謝され、崇められるようになった。
アダマスの知的生命体が魔族を中心に順調に発展し、いずれは妾やリリアといった神々と交流を持てる、真のヒトと呼べる知的生命体へと進化することを、妾は心から期待していた。
しかし、リリアはそれを面白く思ってはいなかった。
自身が内心、差別し、忌み嫌っている魔族が、知的生命体として順調に進化したこと、魔族を中心に妾だけが女神としてアダマスの知的生命体から信頼を集めることに、内心不満を抱いていたのだ。
リリアは妾に、魔族だけにジョブとスキルを与えるのは不公平だと、妾の方が人間と獣人を差別していると、非難し始めた。人間と獣人は魔族に比べ、数は多いが、魔族ほど高い知性と理性を持っておらず、好戦的な性格を持っていたため、妾は人間と獣人にジョブとスキルを与えることに懸念があった。
妾は、人間と獣人が魔族と遜色ないほどの進化を遂げた段階でジョブとスキルを与えても遅くはない、まだ女神の加護を与える段階ではないと言ったが、リリアは断固として妾の意見に反対した。妾は仕方なく、リリアに、人間と獣人にジョブとスキルを与える術式を教えた。
リリアは人間と獣人の前に光の女神リリアとして降臨し、妾から教わった術式を使って、女神の加護としてジョブとスキルを与えた。
確かに、リリアからジョブとスキルを与えられ、人間と獣人はさらに進化した。
けれども、リリアは、ジョブとスキルを与える術式を完全には再現しきれず、そのため、人間と獣人は魔族のモノより数段性能が劣る、中途半端な性能のジョブとスキルを持つこととなった。その影響もあって、人間と獣人の中には能力で勝る魔族に対し、次第に嫉妬心を抱く者が現れた。リリアの与えたジョブとスキルを使って、人間同士でも以前より激しく争うようになった。
リリアは不完全で劣悪な模倣品とも言えるジョブとスキルをばらまいて、惑星アダマスの知的生命体の進化をかえって邪魔した上、アダマスに差別や暴力、争い、破壊などを招く最悪の事態を引き起こしてしまった。
妾の懸念通りの事態になったわけだが、当の本人であるリリアはその失敗の事実が受け入れられず、妾と距離をとるようになった。
リリアは塞ぎ込むようになり、妾の呼びかけにも応じず、一日中自身の神殿に引きこもるか、神界で遊び惚け、仕事をサボるようになった。
アダマスでの失敗が尾を引き、以前よりも感情的になり、ヒステリックを起こすようになっていた。
以前の優しく、感受性豊かで、少しのんびり屋で、ごく普通の女神であったリリアの姿は、優しい笑顔を浮かべていたリリアの面影は失くなりつつあることに、妾は内心、心を痛めていた。
モンスターでありながら魔族や人間と同等の知性を持ち、妾たちの惑星アダマスの育成、開発の仕事に協力する「竜王」と呼ばれる七匹のドラゴンたちより、上司であるリリアが仕事場に来ない、仕事をサボられては困る、という苦情が寄せられるようになり、妾は竜王たちに謝るとともに、リリアのサボった分の仕事を引き受けた。
リリアが女神としての仕事を、とある高位の神より任された大事な仕事を勝手に放棄するようになったため、妾はリリアを見つけ、直接注意した。
他の仕事を担当したいならそれでもいい、惑星アダマスに関わりたくないならはっきり言ってほしい、と妾はリリアに向かって言った。
妾なりに気を遣い、リリアの女神としての再出発を応援するつもりでいたのだが、リリアはプライドを傷つけられたと思い、妾や魔族を激しく憎むようになっていった。
リリアはやがて、妾と魔族の存在を目障りに思うようになった。そして、妾と魔族を排除し、リリア自身を唯一神とし、自身が加護を与えた人間と獣人だけが神に選ばれた完璧な知的生命体としてこの惑星に君臨する、という考えを抱くようになった。それから、己の狂った願望を実現するため、リリアは秘かに行動を始めるようになった。
だが、狂ってしまったリリアの本心や行動に、妾は気付けずにいた。
仕事に復帰したリリアは、自身の過ちを認めるようなことを妾に言った後、万が一、人間と魔族が争いになった時、人間が魔族によって滅ぼされないよう、人間を守るための人間専用の武器を開発してほしい、と妾に頼んできた。
妾はリリアが反省していると思い、人間専用の武器の試作品を七つほど作り、それらをリリアに与えた。
人間という種族を保存するための、人間たちの最低限の自衛のための手段として、七つの武器の試作品を渡した。
後に、勇者専用の武器、聖武器と呼ばれる七つの、人間が魔族を滅ぼすための武器として、リリアや人間たちによって悪用されることになるとは、妾は考えてもいなかった。
約3,000年前のある日、妾はリリアに、一緒にズパート帝国の初代皇帝のピラミッドに、ズパート帝国の画家が描いた、妾とリリアを称える面白い壁画があるので、共に観に行かないか、と誘われた。
以前に比べて喧嘩をすることも多かったが、妾はリリアのことを妹として愛していた。少しでも離れがちだった距離を縮められるならと、リリアの誘いに乗った。
妾はリリアとともに、妾たち姉妹の壁画があるという、ズパート帝国のピラミッドへと向かった。
そして、妾はリリアに連れられ、壁画を観に行った。
「ほぅ。石壁のタイルに、横向きに人物や建物などを色鮮やかに、それでいて独特の画風で描かれている。チキュウのエジプトという国の古代の絵と作風がよく似ている。中々、よく描かれているではないか。」
「ええっ、そうですね、イヴ。」
妾が壁画に見入っている時、リリアが秘かに壁画へと施した、封印の術式を作動させた。
咄嗟のことに妾は反応できず、壁画の中へと吸い込まれていくのだった。
「アハハハ!引っかかりましたね、イヴ!永久に暗い壁画の中で封印されるがいい!さようなら、目障りで間抜けなお馬鹿さん!」
「リリア、馬鹿な真似は止めろ!リリアー!?」
壁画に吸い込まれ、封印されゆく妾を、リリアが冷たい笑みを浮かべながら、妾を罠に嵌め、封印する姿が目に移った。
それから3,000年以上の間、妾はリリアによって、「土の迷宮」の奥深くに隠された封印の壁画の中で、力を奪われ、封印されることになった。
まさか、目の前の壁画に妾を封印する術式が施されているとは思わなかった。
リリアの施した封印の術式は、妾の存在と妾の力を封じ込める強力なモノであった。
リリアにあれほどの封印の術式を作れるとは思ってもいなかった。まぁ、もしかすれば、他の神に教えてもらったモノかもしれんが。
妾が3,000年以上の長きに渡って封印されている間に、リリアの奴は妾が魔族と結託し、人間たちを滅ぼそうとしていたなどというデマを流し、アダマスの人間たちと獣人たちに魔族殲滅を呼びかけ、人間と魔族が争うよう仕向けた。
異世界から召喚した勇者たちと聖武器を使い、魔族殲滅を本格化させた。外部から完全に遮断された妾にはどうすることもできなかった。
実の妹であるリリアから裏切られた事実にショックを受け、助けを呼ぶこともできず、封印の中で妾は深く絶望した。
リリアがふたたび過ちを犯し、惑星アダマスに混乱を招き、知的生命体どころか惑星そのものを滅ぼしかねない事態を引き起こすのではないか、という不安もあった。
しかし、それ以上に、リリアへの怒りが、憎しみが、妾の心を支配していた。
妾は基本的に争いを好まぬ、博愛主義者だ。
戦争や暴力、犯罪の存在を、野蛮で愚かな行為だと考えている。
けれども、不器用なりにも姉として、仕事のパートナーとして接し、支えてきた妾に対し、逆恨みから永久に封印し、社会的に抹殺することを企み、実行したリリアへの、理性でも止めることのできない、激しい憎しみが、妾の中に生まれた。
理性を超える怒り、憎しみ、復讐心という感情の存在を、妾は生まれて初めて知った。
復讐に意味はない、虚しくて不合理なモノだと、戦争や犯罪と同じ野蛮で愚かな行為だと、本当にそう言い切れるだろうか?
憎むべき邪悪が存在し、邪悪な存在が誰にも裁かれることなく、平然とした顔でのうのうと生き、好き放題にやりたいことをやり、他人から幸せを不条理に奪い去っていく、そんなことがあっていい訳がない。
己の命や尊厳を懸けてでも、罪を背負い地獄へも落ちる覚悟で、己の信じる大切な何かのために、邪悪な存在へと復讐を果たすという復讐心は、決して無意味などではない、と妾は悟った。
リリアへの愛情を捨て去ると同時に、妾という存在を正当な理由もなく封印し、社会的に抹殺しようとしたリリアという邪悪へと復讐し、リリアを破滅させたいという復讐心が、妾の中に生まれ、生きる目標となった。
妾は封印されながら、リリアへの復讐のチャンスが巡って来るのを、ひたすら待ち続けた。
そんな妾にようやくチャンスが訪れた。
50年ほど前、壁画の封印に綻びが生じ始めたのだ。
妾はほんの少しずつだが、封印の外、外部へと干渉できるようになった。
自慢の千里眼を使い、妾が封印されている間に起こった出来事を調べ上げた。
リリアの奴は碌に封印の整備に来ないため、調べる時間は大いにあった。
調査の結果、リリアが魔族殲滅という己の狂った計画を実行するため、人間や獣人たち、異世界から呼んだ勇者たちを使って、魔族と長きに渡って戦争を行わせていることを知り、妾はリリアの所業に対し、激しく怒った。
だが、同時に魔族がいまだ滅んでおらず、健在であることを知った。
魔族が妾の教えを守り、リリアと人間たちからの攻撃を耐えながら、独自に文明を発展させ、種を存続させていると知り、嬉しかった。
魔族の存在が、妾の生きる希望となり、リリアへの復讐の活力となった。
そして半年前、ついに妾にリリアへ本格的に反撃し、復讐するチャンスが巡って来たのだ。
そう、異世界より「黒の勇者」こと宮古野 丈が、勇者としてアダマスに召喚されやって来たのだ。
妾はリリアがインゴッド王国に神託を授け、異世界よりこれまでにない大人数の異世界人を勇者として召喚し、魔族を一気に殲滅する邪悪で狂った計画を企んでいることを事前に察知していた。
勇者として召喚された異世界人の中に、妾の協力者となり得る人間を見つけ、妾のリリアへの復讐の突破口を開くことはできないかと、妾は考えたのだ。
妾の協力者となり得るには、リリアの邪悪な支配を受けない理性に強靭な精神力、妾と共にリリアと戦えるだけの戦闘への高いポテンシャルが必要であった。
そのような人間が本当に見つかる可能性は限りなく低かった。
だがしかし、妾は賭けに勝利した。
リリアへの復讐を願う妾に幸運が、奇跡が舞い降りたのだ。
勇者召喚の行われたその日、妾は急いで千里眼にて召喚された異世界人たちを鑑定した。
異世界人たちを鑑定する中、一人の少年が妾の目に留まった。
一見、細身で華奢な普通の人間の少年に見えたが、少年の内側から、荒々しく、力強く、どこか禍々しさも感じさせる、歪で強大で異質な力を感じた。
少年の内に秘めた異質な力を抑えつける何かを感じた。
それと同時に、勇者として召喚された他の異世界人たちと比べ、少年の魂がとても純粋で穢れていないことを知った。
他の異世界人たちの魂は少年より明らかに邪悪で、穢れていた。
妾はリリアが少年にジョブとスキルを与える前に、リリアの加護が与えられる前に、妾の加護を与え、妾を救い、リリアのキチガイ染みた野望を阻止する存在へと秘かに育てることを決めた。
リリアの目を欺き、封印された状態から、何とか封印にできた綻びより、妾が与えられる精一杯の女神の加護を先に与えることに成功した。
後は、少年の内側に秘める強大で異質な力がいずれ覚醒し、リリアや他の異世界人の勇者たちの下を少年が離れ、少年が妾を救い、少年とともにリリアへと復讐する時が訪れるのを待つだけであった。
唯一の誤算は、インゴッド王国の愚かな王族たちに、冷酷で醜悪で愚かな勇者たちが、少年に、リリアの加護がないこと、ジョブとスキルがないことを理由に、愚かな迷信を信じて、後、少年への敵意や己の欲望から、異世界より召喚されて間もなく、何の罪もない少年を能無しの悪魔憑きと呼んで、いきなり処刑して殺そうとする、愚行の極みとも呼べるおぞましい行為に及んだことである。
だが、妾には最初から分かっていた。
少年が、インゴッド王国の愚かな国王や他の勇者たちに殺されるような生半可な存在ではないことを。
妾やリリアといった、女神にも匹敵する強大な潜在能力を少年が内に秘めている事実に。
そして、邪悪を激しく怒り、憎む、地獄の業火にも似た、悪に対する復讐心めいた怒りを持っていることにだ。
満点の星空が美しく輝く、どこまでも澄み切った闇夜のように純粋で穏やかな、正義と優しさに溢れる魂を持ちながら、同時に、邪悪という存在に対する激しい嫌悪と、悪を決して許さず、どこまでも焼き滅ぼさんとする怒りの炎も宿していることに。
内気で大人しそうな優しい少年の仮面の裏に、悪を激しく憎み、復讐することを一切、躊躇わない、地獄の神々や悪魔たちさえも驚くほどの、悪への異常なまでの復讐心を持った復讐者の顔を隠し持っていることにだ。
妾は千里眼を使いながら、少年のアダマスでの生活を見守り続けた。
少年は妾の思惑を超える成長と働きを見せ、リリアの邪悪な企みを次々に破壊していった。
愚かで冷酷で残忍な勇者たちへ復讐し、討ち滅ぼしていった。
リリアの信者で愚かで目障りなインゴッド王国の国王たちを、国ごと破滅寸前へと追い込んでいった。
リリアのせいで堕落し、腐敗したアダマスに蔓延る愚かで邪悪な人間の犯罪者たちを次々に地獄へと葬っていった。
そして、2ヶ月前、妾はついに、少年と、宮古野 丈こと婿殿と運命的な出会いを果たしたのであった。
妾が加護を与え、仲間たちとともに努力を重ね、リリアや勇者たちへの復讐を続け、「黒の勇者」と周りから呼ばれるほどの実力者に成長し、妾のリリアへの復讐の最高のパートナーとなった婿殿を目の前で見て、妾が喜びに打ち震えたあの日の、あの瞬間は、生涯決して忘れることはないだろう。
婿殿に封印を解かれてからは、婿殿と共に、リリアや元勇者たちへの復讐を行う旅をするようになった。
闇の女神である妾と主従契約を結びたい、妾を自分の従者にすると言われた時は、正体を明かしていなかったとは言え、少々、面食らったが、後悔は微塵もない。
むしろ、婿殿と魂で深く結びつくことができるとあって、願ったり叶ったりであった。
今も妾とともに復讐の旅を続ける婿殿だが、婿殿のチキュウにいた頃のことを、妾は詳しくは知らない。
婿殿の出自や力、チキュウでの境遇などには、謎や不可解な部分があり、婿殿の祖父なる人物の存在も気になってはいる。
チキュウの神々が婿殿に関する何らかの秘密をいまだに隠していることにも、妾は薄々、気付き始めているが。
レイノウリョクが暴走し、瘴気となり、自身や周囲に災いが降りかかり、周囲から孤立する日々を送っていたと、婿殿からは聞いている。
友人がほとんどおらず、周りから忌み嫌われ、他人と深く関わる機会がほとんどない上、元々内気で目立つのも苦手だったため、ぼっちでコミュ障な人間に自然となった、とも聞いている。
異世界での婿殿の生活を見ると、冒険や復讐の時を除けば、本人も認めるように、現在もぼっちでコミュ障な性格、人となりではある。
いつもは口下手で、目立つのが嫌いで、不器用で生真面目で、やや自分に自信がない。
馬鹿正直で、少々お人好しなところもある。
だが、元勇者たちや犯罪者たちなど、悪党どもが悪事を働いているのを見た途端、婿殿の姿は、普段の大人しい少年の姿から豹変し、悪党どもを情け容赦なく皆殺しにし、地獄へと葬る、邪悪な悪党どもへの激しい復讐心を持って復讐する、復讐の鬼へと姿が変わる。
理性を捨て、私利私欲や打算、野望、逆恨み、悪意、そういった邪悪な感情を持ち、悪事を働く悪党たちに、己の理性も感情も命も、己の持つ全てを懸けてただひたすら、真っ直ぐに、己が怒り憎む悪へと復讐する強靭な意志を、婿殿はずっと見せ続けてきた。
正義だの、法だの、女神の教えだの、そんな言葉を軽々しく口にして、邪悪な存在や悪事を黙って見て見ぬふりをする偽善者や傍観者が世の中の大半だ。
本当に心の底から悪を憎み、悪を討ち滅ぼすために、悪と直接戦い、己の存在全てを懸けて悪へと復讐し続ける者は、人間にも獣人にも魔族にもいない。本当に悪への復讐をできる者は婿殿以外にはいない、と妾は思う。
妾はそんな何人も遠く及ばない、決して揺らぐことのない悪への復讐心を持つ婿殿のことを心から愛している。
異世界という未知の世界へと召喚され、リリアや勇者たち、悪党どもへの復讐の旅を始め続ける婿殿を傍で守るため、妾は婿殿の前に現れ、主従の契約を交わし、共に復讐の旅を成し遂げることを誓った。
妾は、婿殿が望むなら、宇宙の果てまで付いて行き、婿殿と心中も辞さない覚悟だ。
闇の女神たる妾の全てを持ってして、婿殿を守り、婿殿と共に、馬鹿女のリリアと、愚かで冷酷で残虐な勇者たちに復讐し、破滅させるのだ。
妾は今日、婿殿と新たな契約を交わし、念願であった婿殿との合体を果たす。
婿殿と一つになり、婿殿の力の一部となって、共に復讐すると決めた。
己の犯罪計画を成功させるために、己の私利私欲を満たすために、「弓聖」たちは大勢の罪なき人間たちを冷酷無惨に殺し、殺した人間たちの顔や命、尊厳、幸福、全てを奪い、踏みにじった。
さらに、刑務所を奪い、元囚人たちを大量の吸血鬼に変え、他にも非人道的な悪事を次々に行い、ゾイサイト聖教国を脅迫して国を乗っ取り、我がモノにしようと、我が物顔で悪行の限りを尽くす、正義を侮辱する、下劣な悪党どもの極みである「弓聖」たちだけは、絶対に許さん。
例え「弓聖」たちが堕天使たちと融合して少しばかり強くなろうが、「弓聖」たちがどんな小賢しい罠を仕掛けてこようが、闇の女神たる妾と婿殿の、悪への復讐にかける覚悟と、圧倒的かつ絶対的な復讐の力の前では、何をしようが無意味だ。
妾たち二人の力で、「弓聖」たちに正義と復讐の鉄槌を下し、悪党どもを全員、宇宙の塵へと変え、破滅させてやるのだ。
妾たちの新たな復讐と未来がこれから始まろうとしている。
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