第十一話 【処刑サイド:ゾイサイト聖教国聖教皇】女教皇、「黒の勇者」が味方になったと勘違いする、そして、自分が破滅へと向かっていることに全く気付かない

 時は遡り、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈と、主人公率いる「アウトサイダーズ」が、元「弓聖」鷹尾たち一行を討伐するため、「鳥籠作戦」という名の討伐作戦を開始したその日のこと。

 元「弓聖」鷹尾たち一行が、ゾイサイト聖教国を裏切った「白光聖騎士団」の元聖騎士たちを配下に加え、彼らから入手した大量破壊兵器ミストルティンを使って、ゾイサイト聖教国政府、リリア聖教会本部に対して、政府の明け渡し及び全面降伏をするよう、最後通告とも呼べる脅迫を行った日のこと。

 その日の午前9時。

 ゾイサイト聖教国の首都にある、壁や柱などが白一色の、外見がバチカン宮殿によく似た、巨大な白い宮殿に、光の女神リリアを崇拝、信仰するリリア聖教会の本部が入っていた。

 そして、宮殿の謁見の間にある玉座に、白い法衣を身に纏い、金色の教皇冠を頭に被った一人の女性が両目を閉じて、静かに座っていた。

 その女性の名前は、カテリーナ・イーディス・ゾイサイト。ゾイサイト聖教国の国家元首兼リリア聖教会の最高責任者で、聖教皇を務める女性である。

 また、インゴット王国王女のマリアンヌ同様、光の女神リリアからの神託を授かることのできる、もう一人の「巫女」でもある。

 カテリーナは玉座に座り、両目を瞑りながら、一人考え込んでいた。

 その表情は普段の落ち着いていて、どこか威圧感や荘厳さを感じる表情とは違い、眉間にしわを寄せ、酷く悩んでいて、どこか焦りを感じさせる表情であった。

 元「弓聖」鷹尾たち一行から、明日の午後12時までに政府の明け渡し及び全面降伏の要求に応じなければ、奪われた大量破壊兵器ミストルティンでゾイサイト聖教国各地を攻撃し、ゾイサイト聖教国を焦土に変える、と脅迫され、現状、打開策が無いため、カテリーナは元「弓聖」たち一行の要求に応じるべきか否か、判断に迷っていた。

 頼みの綱である「黒の勇者」こと主人公に今すぐ、元「弓聖」たち一行の討伐をしてほしいのだが、先日、元部下で裏切り者である、アーロン率いる「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが主人公を侮辱し、喧嘩をする騒動を起こしたため、討伐への協力を断られてしまっている大変苦しい状況に追い込まれていた。

 ラトナ公国政府に、「黒の勇者」に元「弓聖」たち一行の討伐へ協力してもらえないか、すぐに問い合わせ、交渉を試みたが、ラトナ公国政府からは「黒の勇者」本人の判断に任せる、との回答しかもらえなかった。

 「黒の勇者」こと主人公の所在を聞いても断られ、ゾイサイト聖教国政府を治めるカテリーナ自ら、改めて主人公に謝罪したいと言っても、本人から面会拒否との意思を確認しているため、主人公との面会の場を設けることはできないとも言われ、カテリーナやゾイサイト聖教国政府首脳陣はますます、頭を抱えることとなった。

 「黒の勇者」を「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが襲った事件は今や世界中で大スキャンダルとして報じられ、世界中を揺るがす騒ぎになっていた。

 光の女神リリア公認で、唯一の真の勇者である「黒の勇者」に刃を向け、「黒の勇者」がゾイサイト聖教国政府への協力を拒む事態が起こったとあり、聖教皇であるカテリーナや、ゾイサイト聖教国政府首脳陣、リリア聖教会本部に、説明責任や苦情を訴える声が連日、貴族たちや一般市民たちから大量に寄せられ、カテリーナたちはその対応に追われていた。

 「黒の勇者」や光の女神リリアに、ゾイサイト聖教国やリリア聖教会は見捨てられたのではないか、元「弓聖」たち一行を討伐できず、ゾイサイト聖教国は滅びてしまうのではないか、という大きな社会不安が、国内では市民たちから囁かれていた。

 磔刑にして処刑したはずの「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが、何者かの手引きで処刑から逃れ、国を裏切り、軍事研究所を襲撃して大量破壊兵器ミストルティンを全て強奪した事件はすでにニュースとなり、マスコミを通じて国民たち、世界中に伝わりつつあり、ゾイサイト聖教国政府やカテリーナの信用がさらに失墜する事態まで起こっていた。

 最早打つ手なしとも言える危機的状況に晒され、カテリーナの心は酷く焦っていた。

 「早く、早くこの最悪な状況を打開せねば。「黒の勇者」様と何とかコンタクトを取り、協力をこぎ着けぬ限り、元「弓聖」たち一行を討伐することはできません。私たちゾイサイト聖教国だけでは無理です。くっ、「白光聖騎士団」、あの出来損ないの聖騎士の裏切り者どもめ。「黒の勇者」様を怒らせ、私や我が国に恥をかかせただけでは飽き足らず、あろうことか、ミストルティンを盗んで、我が国や世界の平和を脅かす、リリア様の敵である元「弓聖」たち一行と手を組むとは、本当にどうしようもない人間のクズ、いえ、反逆者どもです。即刻、全員ギロチンで首を斬り落として斬首刑に処すべきでした。磔刑程度で下手に生かしておいたのが失敗でした。元「弓聖」たち一行か、あるいは別の何者かの手を借りて処刑からしぶとく生き残り、我が国を滅ぼそうとしてこようとは、本当に忌々しい出来損ないの若造どもです。光の女神リリア様からは今だ何もお言葉がありませんが、この状況をリリア様がお知りになれば、私もゾイサイト聖教国もリリア聖教会も、リリア様から神罰を受ける事態になりかねません。いえ、すでにこの状況をお知りになった上で、「黒の勇者」様に意図しないとは言え、危害を加えた私たちにお怒りで、私たちを見捨てられたとしたら、マリアンヌを通じて「黒の勇者」様に元「弓聖」たち一行の討伐を中止するよう神託を下していたとしたら・・・、くっ、どうして聖教皇で女神の「巫女」であるこの私が破滅しかねない状況に追い込まれなければならないのです!?」

 カテリーナは自身が破滅へと追い詰められつつある状況に、激しい苛立ちを露わにした。

 両目を見開き、玉座の上で右手に権杖を握りしめて座りながら、カテリーナは険しい表情を浮かべて言った。

 「唯一の希望は、ホーリーライト家の家出娘です。ゾーイという名の小娘が、「黒の勇者」様を上手く説得してくれさえすれば、何とかなるかもしれません。あの愚か者で裏切り者のアーロンに妹がいたとは、ホーリーライト家に娘がいたとは知りませんでした。「黒の勇者」様の怒りを買う元凶になった、私や我が国が破滅しかねない状況を招いた愚か者の一族の関係者が、我が国を救うかもしれない鍵になるとは。たかが15の、若いだけが取り柄の小娘で、裏切り者の妹の女が「黒の勇者」様のお眼鏡にかなったとは、実に信じがたい話です。調べさせたところ、ヘンリー枢機卿たちに追われていたその小娘を、「黒の勇者」様が助け、一緒に街中を歩いてデートをしていた、とのことだそうですが、「黒の勇者」様の同情を上手く買った、そんなところでしょう。アーロンも顔は美形でしたし、ゾーイとやらも多少、美しい顔立ちをしているのでしょう。もし、ゾーイが「黒の勇者」様に元「弓聖」たち一行を討伐するよう説得できたとしたら、望みはあります。ただ、調べた限り、ゾーイとか言う小娘とホーリーライト家との関係は良くありません。自慢の娘と私の前では言っていましたが、家出前は自宅に軟禁して虐待をしていた可能性があるとのこと。リリア聖教会の枢機卿にして、「白光聖騎士団」の元総団長である父親から虐待を受けていた、などと聞かされ、「黒の勇者」様がますます我が国を嫌いになることになりかねません。ゾーイが「黒の勇者」様の説得に成功した場合は、あの小娘が「黒の勇者」様の伴侶になることを特別に認めましょう。あくまで私に次ぐ、第二夫人としてですが。ホーリーライト家は国外追放程度で許してもいいでしょう。全く、こうも次から次へと予想外の問題が発生するとは、本当に不愉快です。ホーリーライト家、アーロン、あの愚か者たちさえいなければ。」

 カテリーナは、自身の不幸の原因が、アーロン外ホーリーライト家の一族の者たちであると、八つ当たりをするのであった。

 正確には、そもそもの発端は、ゾイサイト聖教国聖教皇で、光の女神リリアの神託を授かる「巫女」であるカテリーナが、自身の私利私欲のためにリリアからの神託の内容を捻じ曲げ、内容を改竄した神託を部下たちに伝え、行動を始めたことにある。

 リリア聖教会の腐敗した現在の体制、悪質な宗教団体化している現状にも、ゾイサイト聖教国及びリリア聖教会を私物化するカテリーナにも、問題がある。

 全てはカテリーナやゾイサイト聖教国政府の自業自得に過ぎない。

 午後4時過ぎ。

 元「弓聖」たち一行からの要求に応じるべきか否か、玉座に座り、両目を閉じて思案するカテリーナの下に、50代後半の中年男性の、豪華な法衣を着た大枢機卿で宰相を務める男性が慌ててやって来た。

 「きょ、教皇陛下、お喜びください!?大ニュースです!元「弓聖」たち一行に人質として囚われていたはずの子供たちが全員、救出されました!今、宮殿の前に突如として、2万人の人質だった子供たちが現れました!正に奇跡です!」

 宰相から突然、吉報を聞かされ、カテリーナは両目を見開き、驚いた。

 「な、何と!?それは誠か、宰相よ?詳しく余に説明せよ!」

 「はい、陛下。つい、10分ほど前のことです。突如、我々のいるこの宮殿の前の広場に、2万人の眠った子供たちが現れたのです。広場にいた聖騎士たちや市民、観光客たちも一瞬の出来事に、ただ突然、広場に大勢の子供たちが現れたと、口を揃えて言うばかりです。子供たちの素性を確認したところ、元「弓聖」たち一行に人質として攫われたはずの貴族の幼いご子息たちがいると分かり、すぐに人質の子供たちだと判明いたしました。人質の子供たちは皆、健康状態には何も問題なく、かすり傷一つないそうです。尚、一体、誰が、どのような方法で、元「弓聖」たち一行より、人質として攫われていた子供たちを救出したのか、現在、警備隊が捜査を行っております。報告は以上になります。」

 宰相からの報告を聞き、一瞬考え込んだ後、ハッと何かに気付いたカテリーナは、それから興奮を交えながら、笑みを浮かべて言った。

 「「黒の勇者」様だ!「黒の勇者」様が子供たちを救出してくださったに違いない!元「弓聖」たち一行に気付かれることなく、攫われた人質の子供たちを救出し、一瞬で余の宮殿の前に送り届ける、そんな奇跡を起こせるのは、あの御方以外にはおられない!余も、ゾイサイト聖教国も、リリア聖教会も、「黒の勇者」様と光の女神リリア様から見放されたわけではないようだ!宰相、救出された子供たちは手厚く看病をして、無事、親たちの下に送り届けるよう手配せよ!それと、大至急、「黒の勇者」様が元「弓聖」たち一行の討伐のために動かれたことを、人質の子供たちを全員救出した事実を、世界各国や各マスコミに向けて発表せよ!良いな?」

 「はっ!かしこまりました!すぐに手配いたします、聖教皇陛下!」

 カテリーナから命令され、大急ぎで謁見の間を立ち去り、仕事に取り掛かる宰相であった。

 「やはり信じて正解だった!さすがはリリア様が認められた、史上最強最高の勇者様です!無礼を働いた私たちへの怒りがあっても、正義のために、罪なき幼子である人質の子供たちを、我が国の民たちを助けてくださるとは、真の勇者と呼ばれるだけの御方です!「黒の勇者」様が元「弓聖」たち一行の討伐に動いてくださったとあれば、これでひとまず安泰です!国民の不安を払拭し、世界各国からの我が国への信用を取り戻すこともできます!光の女神リリア様は私も、ゾイサイト聖教国も、リリア聖教会も、見捨てられることはなかった!ありがとうございます、リリア様、「黒の勇者」様!」

 カテリーナは、光の女神リリアが自身の失態を許し、「黒の勇者」様が元「弓聖」たち一行の討伐のために、自分たちを助けるために動いてくれたと勘違いし、ただただ、玉座の上で、女神への感謝の祈りを捧げながら、喜ぶのであった。

 翌日、「鳥籠作戦」二日目のこと。

 午前9時。

 約二時間前、元「弓聖」鷹尾たち一行が、カテリーナ率いるゾイサイト聖教国政府に対し、政府の明け渡し及び全面降伏の要求への回答期限を早め、今日の午後6時までに回答するよう伝えてきた。

 もし、要求を断る場合、手下のヴァンパイアロードたちを使ってゾイサイト聖教国各地を襲撃し、無差別に国民を殺す、と脅迫してきた。

 謁見の間の玉座に座るカテリーナの前には、朝から大枢機卿たちが集まり、カテリーナに報告をしたり、意見を求めてきたりした。

 慌ただしい様子の大枢機卿たちに対して、玉座の上から落ち着いた口調で、大枢機卿たちへと語りかけた。

 「落ち着くのだ、皆の者。皆の焦る気持ちは分かる。今だ5万人の人質たちを取られている上、元「弓聖」たち一行は我が国を圧倒する兵力を有している。奴らに奪われたミストルティンの所在も不明だ。だが、余やお前たちには、「黒の勇者」様がついておられる。敵が要求の回答期限を早めたことや、ミストルティンを使って我が国を攻撃するとは言及してこないことから察するに、元「弓聖」たちは「黒の勇者」様が自分たちの討伐に動き出したことで焦り出した、ということだ。「黒の勇者」様が元「弓聖」たち一行からミストルティンを奪い返した可能性も否定できん。現時刻を持って、非常事態宣言を発令する。直ちに我が国の首都を中心に、国の四方に聖騎士団全軍で防衛線を敷き固めさせよ。各町や村には避難と、敵からの攻撃に備えるよう周知せよ。我が国にいる祈祷士を全員集め、各地に配置し、何時でも結界を張れるよう準備させよ。冒険者たちも徴兵し、防衛に参加させるのだ。念のため、ラトナ公国政府にも、「黒の勇者」様にも協力要請を出すとする。光の女神リリア様に仕える正義の使徒である余たちが、邪悪な元「弓聖」たち一行や吸血鬼どもに国を明け渡すことは絶対にあってはならん。何としてでも死守するのだ。分かったな?」

 カテリーナから諭され、命令を受けると、大枢機卿たちはすぐに元「弓聖」たち一行を迎え撃つため、本土防衛のため、行動を始めた。

 「最悪、私や私のいる首都を守り抜くことができれば、ゾイサイト聖教国が滅びることはありません。防御結界を張れる祈禱士たちも大勢、我が国にはいます。ミストルティンの直撃にも、この宮殿だけなら確実に耐えられるよう、すでに準備は整えています。「黒の勇者」様、あの御方は必ずまた、動いてくださる、そう信じています。「黒の勇者」様が元「弓聖」たち一行の総攻撃から我が国を守ってくださる、そうに違いないのです。」

 カテリーナは、元「弓聖」たち一行によるゾイサイト聖教国への総攻撃が始まると知り、「黒の勇者」こと主人公がふたたび自分たちを助けてくれることを、玉座の上から両目を瞑り、願うのであった。

 午後1時30分。

 謁見の間で玉座に座り瞑想するカテリーナの下に、宰相が慌ててやって来た。

 宰相の表情は驚きもありつつ、喜びに溢れていた。

 「教皇陛下、ご報告いたします!元「弓聖」たち一行に人質として攫われ、囚われていた五万人の人質たち、残りの人質たち全員が救出されました!」

 宰相の報告を聞き、瞑想を止め、両目を見開き、笑みを浮かべながら、カテリーナは宰相に訊ねた。

 「それは誠か、宰相?詳しく余に報告せよ!」

 「はっ。つい10分ほど前のこと、昨日同様、突如、我々のいる宮殿の前の広場に、元「弓聖」たち一行によって攫われ、囚われていたはずの5万人の人質たちが出現したとのことです。警備隊が確認したところ、元「弓聖」たちに攫われた被害者たちであることがすぐに判明いたしました。ヴァンパイアロードたちに血を吸われていたため、貧血状態の者が多数いますが、命に別状はないとのことです。人質たちは全員、病院へと収容作業を進めさせております。人質たちの証言によりますと、突然、自分たちの監禁されていた独房に、自分そっくりの動く幻が現れ、ヴァンパイアロードたちが幻に気付かぬ間に、一瞬で、宮殿の前の広場に移動させられた、と口を揃えて申しております。恐らく、「黒の勇者」がまた、人質たちの救出に動いてくれたものと推察されます。報告は以上です。」

 「報告ご苦労である、宰相。残りの人質たち全員、しかも5万人を一度に救出するとは、さすがは「黒の勇者」様だ!元「弓聖」たち一行がミストルティンをいまだに保有している可能性は否定できんが、ミストルティンを奴らがすでに持っていないとあれば、こちらから反撃することもできる!「黒の勇者」様が戦列に加わってくれさえすれば、元「弓聖」たち一行を本当に討伐できるかもしれん!人質を全員、救出してもらったことはこちらにとっては大収穫だ!宰相、人質たちは手厚く看護をした上、戦況が落ち着き次第、家族の下へと送り届けるよう、手配せよ!それと、「黒の勇者」様が元「弓聖」たち一行から5万人の人質たち全員を救出した事実を直ちに世界各国政府と各マスコミに速報として発表するのだ!良いな?」

 「はっ。かしこまりました、聖教皇陛下。すぐに仰せのままに手配いたします。」

 報告を終えると、命令を受けた宰相は足早に、カテリーナの前から去って行った。

 「人質たちが全員、無事に救出されたとは、大変グッドニュースです。国民たちの不安がさらに和らぎ、士気も上がることでしょう。戦争が本格的に始まるのはこれからですが、元「弓聖」たち一行の手駒が確実に減っているのも事実。犯罪者へと堕ちた元勇者に、裏切り者の愚か者の元聖騎士ども、元囚人の吸血鬼どもは全員、女神リリア様の反逆者として葬ってあげましょう。」

 カテリーナは笑みを浮かべてそう言うと、ふたたび玉座の上で瞑想を始めた。

 午後6時50分。

 元「弓聖」たち一行の要求に対する回答期限の午後6時をとっくに過ぎ、ゾイサイト聖教国各地は緊張に覆われていた。

 カテリーナ率いるゾイサイト聖教国政府首脳陣は、元「弓聖」鷹尾たち一行の要求には無言で回答した。

 無言という名の、実質Noという回答を元「弓聖」たち一行に突き返したのであった。

 宮殿の大会議室に作戦本部を置き、部下の大枢機卿たちとともに戦線の指揮を執るカテリーナの下に、部下の聖騎士が報告へとやって来た。

 「聖教皇陛下にご報告いたします!20分ほど前より、シーバム刑務所の方向より、我が国の四方に向かって、大量のヴァンパイアロードたちが空を飛んで、各地に集まりつつあるようです。それと、ヴァンパイアロードたちの一部がシーバム刑務所の麓の町、シュットラの方向へと降り立ったとの報告が入りました。それから、国の北側及び南側にて、黒いローブを着た武装した人間の一団がヴァンパイアロードたちと接触、合流したのを、遠方より確認したと、現地の指揮官より報告も入って来ております。黒いローブの武装した集団は少なくとも、20万を超える兵力と見られるとのことです。元「弓聖」たち一行に協力する第三勢力の存在ではないかと思われます。西側、東側、シュットラについても現在、確認を急がせております。尚、シュットラの領主で当地の指揮官であるグラッジ枢機卿との連絡が途絶いたしました。ヴァンパイアロードたちに襲撃され、グラッジ枢機卿外現地の部隊が攻撃を受け、壊滅した可能性も考えられます。報告は以上になります。」

 聖騎士からの報告を聞き、大会議室にいたカテリーナたち政府首脳陣に緊張が走った。

 「元「弓聖」たち一行に協力する第三勢力だと!?一体、何者なのだ、ソヤツらは?」

 「黒いローブを着た武装集団、数は最低でも20万。決して侮れん戦力だ。こちらの想定をはるかに超えている。首都から援軍を送るべきではないでしょうか、陛下?」

 「黒いローブと言えば、かつて我がゾイサイト聖教国政府に反旗を翻し、軍事クーデターを行おうとした、あの反教皇派と呼ばれた者たちが当時身に着けていた、反教皇派の証であり、象徴のはずです。真偽はこの場では分かりかねますが、仮に本当に反教皇派であった場合、国内に反乱分子が潜んでいる可能性も否定できません。内乱を起こされれば、首都も安全とは言いかねます、陛下。反教皇派と通ずる裏切り者が宮殿内や首都内にいる可能性も否定できません。」

 「左遷されたとは言え、我が国でいまだ影響力のあるグラッジ枢機卿が殺されたとあっては、その影響は計り知れません。グラッジ枢機卿の死で、彼と知り合いの国内外の大物たちが騒ぎ立てることも否定できません。我が国への不安が高まることは避けられません、陛下。」

 宰相外六名の大枢機卿たちが戦況を不安視し、カテリーナにそれぞれ意見を述べたり、対策をどうするべきか話し合ったりする中、カテリーナが大会議室内にいる者たちに向けて、落ち着いた様子で言った。

 「落ち着くのだ、皆の者。まだ敵からの攻撃は始まっていない。すぐに防御用の結界を展開させ、町や村への侵攻を防ぐよう、現地の部隊に急がせろ。反教皇派と思われる、元「弓聖」たちに協力する新たな敵対勢力の出現は予想外の事態だ。敵の兵力は未知数とは言え、こちらにも聖騎士団50万人、それに祈禱士たちや冒険者たちを加え、総勢70万人の戦力がある。寄せ集めの兵隊どもならば、問題にはならん。問題はヴァンパイアロードたちの方だ。凶悪な元囚人のヴァンパイアロードたちの方がはるかに厄介だ。元「弓聖」たち一行が援軍として加わってくる恐れもある。しかし、簡単に陥落するほど、我がゾイサイト聖教国の軍事力は甘くはない。それに、こちらには光の女神リリア様が派遣された、「黒の勇者」様がついておられる。あの御方は必ず、元「弓聖」たち一行を討伐するため、この戦いに参戦されるはずだ。悪人を決して許さぬと、リリア様が太鼓判を押されるほどの正義感を持ち、難攻不落の刑務所に立てこもった元「弓聖」たち一行から7万人の人質たちを救出される離れ業を成し遂げた、あの御方ならきっと、敵を倒してくださるはずだ。光の女神リリア様と「黒の勇者」様を信じよ、皆の者。女神様を信じる限り、邪悪な元「弓聖」たち一行に、余たちが敗北することはない、決してな。」

 最高指揮官で聖教皇であるカテリーナから叱咤激励され、大枢機卿たちや聖騎士たちは皆、落ち着きを取り戻した。

 午前7時過ぎ。

 作戦本部のある大会議室で戦況を見守るカテリーナたちの下に、続々と聖騎士たちが報告へ現れた。

 「ご報告いたします!先ほど、北側の部隊より報告が入りました!突如、ヴァンパイアロードたちと謎の黒いローブを着た武装集団が集まる北の平地にて大地震が発生、敵勢力のほとんどは地割れに呑み込まれ、壊滅したとのことです!また、空を飛んで逃亡を図るヴァンパイアロードたちに向けて無数の魔法攻撃が放たれ、逃亡を図ったヴァンパイアロードたちもまた、壊滅したとのことです!報告は以上になります!」

 「陛下にご報告いたします!先ほど、ヴァンパイアロードたちと謎の黒いローブを着た武装集団が集まっている西側の森の奥深くにて、突如、異常気象が発生し、異常気象が敵勢力を襲ったとのことです!異常気象の嵐は西側の森の上空のみに発生し、無数の落雷に感電し、敵勢力は瞬く間に壊滅したとのことです!尚、異常気象による我が方への損害は一切、ないとのことです!報告は以上になります!」

 「ご報告いたします!先ほど、ヴァンパイアロードたちと謎の黒いローブを着た武装集団が集まっている東側の森の奥深くにて、突如、大勢の悲鳴が、遠方より監視する東側の部隊に聞こえてきたとのことです!急いで東側の森に聖騎士たちが入り探索を行ったところ、敵勢力の姿が消えていた、とのことです!現場には、敵勢力が身に着けていたと思われる黒いローブや武器、鎧、持ち物だけが残っており、敵勢力の死体はどこにもなかったとのことです!何らかの攻撃を受け、敵勢力は壊滅した可能性があるとのことで、現在も現地にいる部隊が捜査を行っているとのことです!報告は以上になります!」

 「ご報告いたします!先ほど、ヴァンパイアロードたちと謎の黒いローブを着た武装集団が集まっている南側の丘陵地帯に、突如、地面より黒く巨大な謎の渦が発生し、巨大な謎の渦に呑み込まれ、敵勢力は一瞬にして壊滅した、との報告が現地の部隊より入りました!南側は一切の被害なく、敵勢力は壊滅し、敵からの増援も来ず、現在引き続き、監視を行っているとのことです!報告は以上になります!」

 「ご報告いたします!先ほど、シュットラ方面へと向かわせていた部隊より緊急の報告が入りました!突如、シュットラの町の南西方向より、巨大な爆発音が聞こえてきたとのことです!方向からして、ヴァンパイアロードたちが集結していると思われる南西の森、およびシュットラの領主にして現地指揮官のグラッジ枢機卿のお屋敷がある場所と、推察されるとのことです!現在、事実確認のため、爆発音の中心地へ急ぎ向かっているとのことです!報告は以上になります、聖教皇陛下!」

 聖騎士たちからの報告を聞き、カテリーナは満面の笑みを浮かべ、喜んだ。

 大会議室にいた大枢機卿たちや聖騎士たち、その他の者たちも笑みを浮かべ、その場で安堵し、互いに喜び合った。

 「やはり、やはり「黒の勇者」様が助けに来てくださった!ヴァンパイアロードたちと謎の黒いローブの武装集団を、敵勢力を一挙に壊滅させてしまうとは、さすがだ!リリア様が規格外のお力を与えた、史上最強最高の勇者様だ!「黒の勇者」様は余の、ゾイサイト聖教国の味方だ!元「弓聖」たち一行も第三勢力も、戦力を一挙に壊滅させられたと知り、今頃慌てふためいているに違いない!おまけに、こちらは一切の損害もなく、戦力を完全に温存することもできた!「黒の勇者」様が味方に付いた以上、余たちに恐れるモノは何も無い!だが、戦争はまだ始まったばかりだ!元「弓聖」たち一行を討伐するまで、警戒は解くな!引き続き、監視と防衛に当たるのだ!戦いはこれからが本番だと言うことを忘れるでない、皆の者!」

 カテリーナは勝利を喜びながらも、部下たちに警戒を緩めないよう、注意した。

 カテリーナたちが大会議室で戦況の報告を聞いてから15分ほど経過した頃のこと。

 一人の聖騎士が、慌てた様子で大会議室へと飛び込んできた。

 「た、大変です、聖教皇陛下!?ぐ、グラッジ枢機卿と思われる男性の死体が、空から落ちてきました!宮殿の前に、死体が落ちてきたのです!?」

 聖騎士の報告に、大会議室にいたカテリーナや大枢機卿たち、他の者たちは皆、どよめいた。

 「そ、それは誠なのか?死体がグラッジ枢機卿なのは確かなのか?」

 「はい!間違いないかと思われます、陛下!死体は体の左半身が焼けただれ、吹き飛んでおりましたが、死体の右手に、コンラッド・ジェームズ・グラッジの名前が裏面に刻まれた金色の丸い鏡のような物を握りしめておりました!全身は空から落下した影響でほとんど潰れており、顔も潰れて本人かは分かりかねますが、法衣を身に着けていた点から、死体はグラッジ枢機卿であると思われます!宮殿前の広場の、光の女神リリア様の石像の前に、空中から落下してきて、地面に激突したことによるショックが、直接の死因と思われます!現在、警備隊でグラッジ枢機卿と思われる男性の死体を収容し、宮殿内にて検死を行っている最中です!何故、空から男性が落ちて来たのか、原因は現在調査中です!」

 「グラッジ枢機卿と思われる男が空から降ってきた?しかも、余のいる宮殿の前の、光の女神リリア様の石像の前に落ちただと?聖騎士よ、今すぐ余をグラッジ枢機卿と思われる男の死体の下まで案内せよ!恐らく「黒の勇者」様の仕業に違いない!何か余たちにお伝えしたいことがあるのだろう!概ね想像は付くが!急ぎ案内せよ!」

 「はっ!かしこまりました!では、私の後を付いて来てください、陛下!」

 カテリーナは大会議室に宰相以外の大枢機卿たちを残し、聖騎士に案内され、グラッジ枢機卿と思われる男の死体が収容され、検死が行われている宮殿内の部屋へとやって来た。

 カテリーナが部屋に入るなり、検死を担当していた聖騎士たちが彼女に向かって敬礼し、それからカテリーナに向かって検死報告を始めた。

 「ご苦労様です、聖教皇陛下!宰相閣下!御覧の通り、現在、宮殿前に落下した男性の死体の検死を行っている最中です!現場には死体と、死体が身に着けている衣服、眼鏡、財布、鏡、ナイフ等の遺留品以外は見つかっておりません!死体は左半身が焼けただれ、左腕と左足がありません!何かの爆発に巻き込まれた時の損傷だと思われます!臓器の一部も激しく損傷しています!直接の死因は墜落死と思われます!死体が宮殿前に落下する直前、空から男性の悲鳴が聞こえるのを、宮殿前の広場にいた者たちが聞いております!顔面は潰れ、頭部の大半も潰れていて、頭部での本人確認は不可能と思われます!右手が残っていますので、右手の指の指紋を採取すれば、より詳細に遺体の身元を特定可能かと考えます!それと、遺体の右手が握りしめていた金色の鏡の裏面に、コンラッド・ジェームズ・グラッジの名前が刻まれておりました!財布の中にも、コンラッド・ジェームズ・グラッジ枢機卿と書かれた名刺が一枚、入っておりました!死体の年齢や性別、髪型、法衣を着ている点などからも、死体はグラッジ枢機卿の可能性が高いと思われます!司法解剖を行えば、より詳細な事実が分かるかと思います!報告は以上になります!」

 聖騎士からの検死報告を聞き終え、それからグラッジ枢機卿と思われる男性の死体を見て、カテリーナは顔を顰めながら言った。

 「顔は潰れているが、死んだ男はあのグラッジ枢機卿と特徴がよく似ておる。何より、右手に握りしめていたあの金色の鏡、アレは大枢機卿の証であるセイクリッドミラーだ。昨年、大枢機卿たちに、大枢機卿の証と、身を護る防具として、大枢機卿たちの名前を刻んだ新品を余が直々に与えた。グラッジ枢機卿が大枢機卿であった頃、余が渡した物に間違いない。死んだ男はほぼ間違いなく、グラッジ枢機卿に違いない。だが、最も問題なのは、グラッジ枢機卿が黒いローブを着ていることだ!反教皇派と思われる、元「弓聖」たち一行に協力し、我が国を攻撃しようとした、謎の黒いローブを着た第三勢力、その者たちと同じ黒いローブを着ておる!グラッジ枢機卿と、グラッジ枢機卿の治めるシュットラの町とは、戦争開始直前に連絡が途絶えた!そして、シュットラにいる敵勢力を襲った謎の爆発、恐らくグラッジ枢機卿こそ、謎の黒いローブを着た第三勢力の首謀者に違いない!「黒の勇者」様はきっと、グラッジ枢機卿の裏切りに気付き、第三勢力を率いて、元「弓聖」たちとともに我が国を襲撃する企みを察知されたのであろう。結果、グラッジ枢機卿と、グラッジ枢機卿が率いる謎の黒いローブを着た武装集団は、「黒の勇者」様によって全員、殺された、そんなところであろう。グラッジ枢機卿め、女神様を冒涜するエロ写真を買った罪で逮捕され、左遷されたことに恨みを抱き、余とゾイサイト聖教国を裏切り、元「弓聖」たちと手を組み、復讐することを企んだに違いない。全く愚かな男だ。女神様を冒涜する罪を犯していながら左遷程度で済んだことに感謝もせず、余やリリア様を逆恨みして直接刃を向けてこようとは、つくづく救いようのない男だ。なるほど。光の女神リリア様に反逆する者には死を。「黒の勇者」様が女神様の石像の前にグラッジ枢機卿を空から落として殺したのは、女神さまへ反逆する愚か者は悲惨な末路を辿ることになるという、反逆者たちへの警告を意味するメッセージが込められているのだろう。余もお前たちも、光の女神リリア様と「黒の勇者」様を怒らせれば、このような悲惨な結末を迎えることになるわけだ。ふたたび「黒の勇者」様を怒らせ、刃を向けるような失態を犯すのではないぞ。そうだな、宰相?」

 「え、ええっ!?全く聖教皇陛下の仰る通りです!」

 カテリーナからグラッジ枢機卿が女神への反逆者として、見せしめに「黒の勇者」によって殺されたと言われ、顔を青ざめさせながら同意する宰相と騎士たちであった。

 「グラッジ枢機卿が謎の黒いローブを着た武装集団を率いる頭目、我がゾイサイト聖教国を元「弓聖」たち一行と共に襲った女神リリア様への反逆者である事実と、その罪は最早明確。死体は司法解剖を終えた後、即刻燃やせ。女神リリア様の石像の前で、民衆によく見えるように死体を燃やして処分するのだ。グラッジ枢機卿の墓を建ててやる必要はない。グラッジ枢機卿が反逆を企て、元「弓聖」たち一行と共に、我がゾイサイト聖教国や女神リリア様に刃を向けたことをすぐに、世界各国と各マスコミに発表せよ、宰相。それと、グラッジ枢機卿と関係があると思われる者たちの身辺チェックを行わせろ。貴族だろうと誰であろうと、徹底的に調べさせるのだ。令状なしの家宅捜索も許可する。グラッジ枢機卿に与する生き残りの裏切り者たちは、即刻逮捕し、首を斬り落として処刑せよ。分かったな?」

 「はっ!かしこまりました、陛下!直ちに全て手配いたします!」

 カテリーナから命令され、慌てて部屋を出て部下たちに指示する宰相であった。

 グラッジ枢機卿の死体の検死を終え、部屋を出ると、作戦本部である大会議室へと廊下を歩いて向かいながら、カテリーナは呟いた。

 「あの背信者の老いぼれが。商才があるからと大枢機卿に、財務大臣の地位に取り立てていましたが、金を稼ぐことと権力以外には興味のない俗物の分際で、光の女神リリア様を冒涜し、さらに刃を向けようなど、身の程知らずな。リリア様への信仰心無き者に、ましてや自ら信仰心を捨てる愚か者に、何の神罰もくだらないと本気で考えているとは笑止。「黒の勇者」様のおかげで敵の第一陣を壊滅できた上、国内に反乱分子の裏切り者がいたことも分かりました。裏切り者を粛正していただいたことも幸いです。「白光聖騎士団」と言い、グラッジ枢機卿と言い、私や光の女神リリア様に仇なす反乱分子がこんなにもすぐ身近に潜んでいたのには驚きました。元「弓聖」たち一行の討伐が終わり次第、教会の改革にすぐに着手せねば。「黒の勇者」様に大枢機卿を超える新たな役職へと就いてもらい、教会の改革に協力していただけないか、打診するとしましょう。背信者の反乱分子は尽く一掃せねばなりません。」

 リリア聖教の教えや、光の女神リリアに背き、自分やゾイサイト聖教国、リリア聖教会に仇なす可能性のある危険な反乱分子を一掃、粛清することを誓うカテリーナであった。

 「鳥籠作戦」三日目。

 午前11時。

 昨日の午後7時以降、元「弓聖」たち一行から、ゾイサイト聖教国政府に対する脅迫が届くことはなかった。

 シーバム刑務所のある山の付近で偵察任務等に当たっていた聖騎士の部下たちとの連絡が途絶したとの報告が、昨夜入ったが、それ以外に被害報告がカテリーナの下に届くことはなかった。

 作戦本部である宮殿内の大会議室で、大枢機卿たちとともに、戦況を見守るカテリーナの下に、聖騎士から一つの報告が入った。

 「ご報告いたします!シーバム刑務所の付近へ新たに派遣した部隊より報告が入りました!つい20分ほど前、元「弓聖」たち一行に動きがあったとのことです!元「弓聖」たち一行の仲間の一人が、刑務所全体を覆う結界に、結界の内側より攻撃を行っているのを、双眼鏡にて確認したとのことです!尚、結界は元「弓聖」たちの攻撃を受けても全く破壊されなかったとのことです!推測ですが、結界展開装置に何らかのトラブルが発生し、結界ごと刑務所に元「弓聖」たち一行は閉じ込められるアクシデントに見舞われたのではないか、と現地の隊員たちは捉えているそうです!報告は以上になります!」

 聖騎士からの報告を聞き、カテリーナや大枢機卿たちはその場で椅子に座りながら、考え込んだ。

 「刑務所を占拠された際、元「弓聖」たちによって刑務所の結界のコントロールを奪われたことは余も以前、報告を受けている。だが、昨日、「黒の勇者」様に第一陣の部隊を壊滅させられた翌日になって、結界ごと刑務所に閉じ込められるアクシデントに、元「弓聖」たちが見舞われるなど、偶然とは考えにくい。そもそも、結界を強引に破って刑務所を占拠した奴らが、刑務所の結界を今更破れんとは考えにくい。軍務大臣よ、貴様はどう見る?」

 「陛下の仰る通りかと、私も思います。シーバム刑務所の結界展開装置は、ラトナ公国大公にして天才錬金術士の呼び名を持つ、クリスティーナ・ニコ・ラトナ大公殿下が設計された、超大型の結界を展開可能とする世界最高レベルの結界展開装置です。とは言え、堕天使と融合した元「弓聖」たち一行の攻撃に耐えるほどの強度まではなく、装置自体のコントロールまで奪われてしまいました。仮に結界の強度を上げたとして、その強度を試すのであれば、結界の外側から攻撃し、強度を確かめるのが普通です。結界の内側から攻撃した、とあれば、結界を内部から破ろうとした、と考えるのが妥当と思います。これは私個人の推測ですが、元「弓聖」たち一行は結界展開装置や結界のコントロールを失う何らかのトラブルが発生し、結界の外に、刑務所の外へと出られなくなったのだと思います。結界展開装置を製作したのは、「黒の勇者」様が所属するラトナ公国のクリス大公殿下です。ならば、クリス大公殿下が「黒の勇者」様へ結界展開装置に、元「弓聖」たち一行を結界の外へと出られなくするための特別な仕掛け、あるいは手段があることを伝え、封じ込める工作を行ったとは考えられませんでしょうか?結界展開装置を破壊されない限り、あるいは結界を維持する魔力が尽きない限り、元「弓聖」たち一行はシーバム刑務所に閉じ込められ続けることになると思われます。」

 「軍務大臣、貴様の考え通りなら、元「弓聖」たち一行はしばらくの間、刑務所の外へは出られず、閉じ込められたまま、ということになる。結界展開装置の結界を維持する魔力が尽きるとしたら、いつ頃になる?」

 「結界展開装置自体に魔石を大量に貯蔵するタンクがあるそうです。タンク内の魔石から供給される魔力のエネルギーだけで後、3ヶ月は問題なく起動します。仮に、タンクが空になった場合は、結界展開装置のある東の監視塔の屋上にある、空気中の魔力を吸引する装置へ自動的に切り替わって作動し、空気中より魔力を供給する仕組みになっています。結界の強度が20%ほど下がりますが、結界を刑務所全体に展開し、半永久的に維持することもできなくはありません。「黒の勇者」様とクリス大公殿下がどのような仕掛けを施したのか、それが装置や結界の維持にどの程度影響を与えるのかは分かりかねますが、大きな影響がないとあれば、装置自体を破壊されない限り、元「弓聖」たち一行を半永久的に刑務所へ閉じ込めることもできるかもしれません、陛下。」

 軍務大臣の意見を聞き、カテリーナは喜んだ。

 「半永久的に元「弓聖」たち一行を閉じ込められるのならば、これほど嬉しいことはない。フルパワーの結界で3ヶ月間、刑務所内に閉じ込めることができれば、元「弓聖」たち一行は食料難で餓死することになるはずだ。刑務所の食料は一ヶ月分しかないはずだ。仮に元囚人のヴァンパイアロードたちの分まで食べて食い繋いだとしても、結界が半永久的に機能すれば、食料はいずれ尽きる。ヴァンパイアロードたちに外から人間を攫わせ、奴らに人間の生き血を与えることもできなくなるはずだ。ヴァンパイアロードたちの方が先に根を上げ、飢え死にするに違いない。さすがは「黒の勇者」様だ。たった三日で敵の動きを完全に封じ込めてしまうとは。あの成り上がりのラトナ公国の、天才科学者気取りの女狐の入れ知恵というのは気に入らんが、まぁ良い。女神様に仇なす愚か者の犯罪者たちを刑務所に閉じ込められたのだからな。ただし、油断はできん。敵はかつて、女神様や歴代の勇者様たちを苦戦させた、地獄からやって来た超常の存在、堕天使だ。敵は結界の中で今も健在だ。結界を破って、ふたたび我が国を攻撃してこようと何らかの行動を起こすはずだ。警戒を怠らず、引き続き元「弓聖」たち一行を監視せよ。連中に何らかの動きがあれば、すぐに余へと伝えるのだ。分かったな、皆の者。」

 カテリーナは喜びを露わにしながらも、引き続き元「弓聖」たち一行の襲撃に備え、警戒に当たるよう、部下たちに命令した。

 「鳥籠作戦」四日目。

 午後5時15分。

 宮殿の対策本部のある大会議室で戦況を見守るカテリーナの下に、一人の聖騎士が報告に現れた。

 「ご報告いたします、陛下!シーバム刑務所を監視している部隊より報告が届きました!報告によりますと、突如、シーバム刑務所を覆っていた三枚の塀全てが木っ端微塵に破壊された、とのことです!塀が破壊されたのは、ほんの10分ほど前とのことです!塀が破壊されたことで、刑務所内部の様子を確認できるようになりました!刑務所を覆う塀が全て一瞬で破壊されたために、元「弓聖」たち一行がかなり慌てている様子だったと、監視を行っていた騎士たちより報告もありました。報告は以上になります!」

 騎士の報告を聞き、カテリーナや大枢機卿たちは驚くとともに、笑みを浮かべた。

 「刑務所の塀全てが突如、木っ端微塵に破壊されたか。元「弓聖」たち一行が慌てている様子だったと。フフフ、恐らく「黒の勇者」様の仕業に違いない。何故、今更、刑務所の塀を全て破壊したのか、その意図は分かりかねるが、何かお考えがあってのことだろう。いや、刑務所の塀はいざ、刑務所へ総攻撃を仕掛ける時、物理的障害になり得る。高さ100mもある分厚い石壁の塀は、結界が壊れた際の防御の要だ。最早敵の手に落ち、敵を守る城壁となった刑務所の塀を破壊されても不思議ではない。できれば、シーバム刑務所はなるべく被害を最小限に取り戻したかったが、緊急事態だ、致し方あるまい。何より、元「弓聖」たち一行が慌てふためいているという報告を聞けて、余はそれだけで満足だ。「黒の勇者」様は少しずつ、慎重に元「弓聖」たち一行を確実に仕留めるおつもりなのだろう。たったお一人で元「弓聖」たち一行を追い詰めるとは、さすがは史上最強最高の勇者様だ。「白光聖騎士団」の愚かどもを会わせさえしなければ、「黒の勇者」様とより良い関係を構築し、より早く元「弓聖」たち一行を討伐できたであろう。いやしかし、「白光聖騎士団」の馬鹿どもがこちらに残っておれば、結局あの馬鹿どもが「黒の勇者」様に無礼を働いたかもしれん。余が直々に出迎えに伺い、「黒の勇者」様に欲する人材をお聞きして、確かな人材を遣わせるべきであった。女神様公認の真の勇者様を、聖教皇で「巫女」である余が直接お出迎えに行き、もてなすのが筋であった。大事な仕事を他人任せにしてはいけない、と改めて良く分かったぞ。勇者様への扱いを誤ったインゴッド王国と同じ轍を踏むところであった。余もまだまだ若いな。」

 カテリーナは苦笑しながら、部下たちの前で「黒の勇者」こと主人公の活躍を喜び、自身への皮肉を述べるのであった。

 「鳥籠作戦」五日目。

 午前11時45分。

 宮殿の対策本部のある大会議室で戦況を見守るカテリーナの下に、一人の聖騎士が報告に現れた。

 「ご報告いたします、陛下!シーバム刑務所を監視している部隊より報告が届きました!報告によりますと、突如、元「弓聖」たち一行の立てこもるシーバム刑務所の建物内に、建物内を溢れ返させるほどの大量のゴミが現れた、とのことです!大量のゴミに押しつぶされ、刑務所内はパニックに陥っている様子で、元「弓聖」たち一行は大量のゴミが放つ悪臭で気分を悪くしたり、嘔吐したりと、大変苦しんでいる様子が見えたと、監視を行っている騎士たちより報告がありました!あまりに大量のゴミが放つ悪臭が、監視任務に当たる騎士たちの方まで風に乗ってくるそうで、シーバム刑務所周辺の環境への悪影響が懸念される、とのことです。尚、15分ほど前、首都近郊のゴミ処理場より連絡があり、ゴミ処理場のゴミが跡形もなく全て消えてしまった、とのことです!恐らく、シーバム刑務所を襲った大量のゴミは、ゴミ処理場に埋め立てていたゴミではないかと、推察されます!報告は以上になります!」

 騎士からの報告を聞き、一瞬目を丸めて驚くとともに、すぐにその場で大笑いしだす、カテリーナと大枢機卿たちであった。

 「ハハハ!いや、報告ご苦労であった!刑務所が大量のゴミで溢れかえり、元「弓聖」たち一行が全身、ゴミまみれにされただと!?あまりの臭さに吐いていただと!?プっ、プハハハ!笑いが堪えられん!恐らく、「黒の勇者」様の仕業に違いない!敵に大量のゴミを送りつけ、ゴミと悪臭で苦しめるとは、実にユーモアのある作戦ではないか!国中のゴミの山を敵にぶつけるとは、大胆で恐ろしいことをするものだ!元「弓聖」たち一行のゴミを浴びせられて悶え苦しむ様をこの目で直接見れないのが残念だ!「黒の勇者」様だからこそできることだが、実際にそのような攻撃をされたら、敵としてはたまったものではない!「黒の勇者」様は戦略家としても優秀らしい!ますます余は「黒の勇者」様のことが欲しくなったぞ!元「弓聖」たち一行の討伐を「黒の勇者」様に全面的にお任せしても良いと思える!引き続き元「弓聖」たち一行の監視と警戒を続けるが、このままのペースで行けば、元「弓聖」たち一行の討伐される未来もそう遠くはないように思えてくる!そうは思わぬか、宰相、皆の者?」

 「ええっ、全く教皇陛下の仰る通りです!「黒の勇者」様がおられる限り、我らは安泰、そう言っても差し支えない活躍ぶりです!さすがは、女神様公認の、史上最強最高の勇者様であらせられます!」

 「ハハハ!本当にその通りだな、宰相!」

 カテリーナは、「黒の勇者」こと主人公によって、元「弓聖」たち一行の討伐が順調に進んでいると手応えを感じ、部下たちとともに笑って喜ぶのであった。

 午後3時5分。

 宮殿の大会議室で戦況を見守るカテリーナの下に、一人の聖騎士が慌てて報告に現れた。

 「緊急のご報告がございます、陛下!シーバム刑務所を監視している部隊より緊急の報告が届きました!本日午後3時、元「弓聖」たち一行の仲間の一人が、刑務所北側の監視塔の上より、刑務所北東の方角に向けて、巨大な音の衝撃波を使って大規模な攻撃を仕掛けてきたとのことです!」

 「何だと!?それで、被害の状況は!?」

 「ご心配には及びません、陛下!我が国への被害は一切、ございません!理由は分かりかねますが、元「弓聖」たち一行の放った巨大な音の衝撃波が途中で軌道を変え、元「弓聖」たち一行とシーバム刑務所の方向に跳ね返された、とのことです!衝撃波による自爆で、シーバム刑務所は東の監視塔を除き、全ての建物が崩壊し、元「弓聖」たち一行も刑務所の崩壊に巻き込まれ、重傷を負った様子だとのことです!監視任務に当たっている騎士たちが言うには、鼓膜が破れ、大気が震えたと感じるほどの巨大な音と衝撃波だった、とのことですが、敵の攻撃作戦は完全に失敗に終わった模様です!報告は以上になります!」

 騎士からの報告を聞き終え、カテリーナや大枢機卿たち、周りにいる者たちも皆、安堵した表情を浮かべ、喜んだ。

 「そうか!敵の攻撃は失敗に終わったか!巨大な音を使って我が国を攻撃しようとしてくるとは、やはり元「弓聖」たち一行は侮れん!しかし、音が途中で軌道を変え、刑務所の方向に勝手に跳ね返るなど、どう考えても偶然ではない!恐らく、「黒の勇者」様が何らかの方法で敵の攻撃を防ぎ、跳ね返し、逆に敵の攻撃を利用して刑務所を崩壊させ、元「弓聖」たち一行を攻撃したに違いない!流石は「黒の勇者」だ!推測だが、敵が今朝、大量のゴミを送りつけられたことに腹を立て、反攻作戦を仕掛けてくることを事前に予想し、敵の動きを察知して、いち早く対処してくださったのだろう!本当に頼りになる御方だ!「黒の勇者」様がいなければ、我が国は今頃、元「弓聖」たち一行によって滅ぼされていたかもしれん!聖騎士団全員でも、我が国の全戦力を持ってしても、「黒の勇者」様には遠く及ばんかもしれん!歴代最強の勇者パーティーですら比ではない力だ!正に史上最強最高の勇者、いや、女神様の真の使徒たる御方だ!堕天使たちに対抗できるのは「黒の勇者」様だけだと、リリア様が私に言ったことは本当であったな!元「弓聖」たち一行の討伐が終わり次第、「黒の勇者」様には改めて謝罪をし、最高の謝礼をお渡しせねば、余やゾイサイト聖教国の沽券に関わる!非礼を働きながらも、「黒の勇者」様を遣わしてくださったリリア様のお慈悲に感謝せねば!」

 カテリーナは、「黒の勇者」が早水たちによる「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」による大規模な奇襲攻撃を防いでくれた事実に、そして、「黒の勇者」を自分たちの下へと派遣した光の女神リリアに対し、深く感謝するのであった。

 「鳥籠作戦」六日目。

 午後11時30分。

 宮殿の自室で仮眠を取ろうとしていたカテリーナの下に、宰相が突如、報告に訪れた。

 「教皇陛下、お休み前に失礼いたします!元「弓聖」たち一行の動向に関して、新たな報告が現地の部隊より届きましたので、急ぎ報告へと参りました!」

 「ご苦労である、宰相。報告を申すがいい。」

 「はっ!本日午後11時過ぎのこと、元「弓聖」たち一行のいるシーバム刑務所より、若い女性の悲鳴が聞こえてきた、とのことです!暗視機能付きの双眼鏡で刑務所内を覗いたところ、刑務所跡の瓦礫の山の中に設けてあるテントの一つの前で、一人の少女が半狂乱となり、剣を振り回して、刑務所内の男たちを斬殺していた、とのことです!少女は元「弓聖」たち一行の一人の元勇者であると思われます!仲間たちに取り押さえられるほど、ひどく取り乱した様子だったそうです!恐らく、何らかの理由で刑務所内の男性たちとトラブルになり、結果、男たちを少女が殺したのではないか、と現地で監視していた騎士たちは言っております!報告は以上になります!」

 「ふむ。元「弓聖」たちの仲間の女が、突然怒り狂って暴れ出し、刑務所内の男たちを剣で斬り殺したか。仲間割れを起こしたのは間違いない。そして、恐らく原因は「黒の勇者」様だろうな。あの御方が何か、元「弓聖」たちが仲間割れを起こすように罠を仕掛け、その結果、女が罠に嵌められ、怒り狂って、刑務所にいる男たちを手にかけたのであろう。今日は朝から特に何も報告がないと思っていたが、そのような罠を敵に仕掛けて夜に攻撃を行うとは、流石は「黒の勇者」様だ。敵を仲間割れさせるための謀略まで仕掛け、見事、敵を罠に嵌めて追い詰めるとはな。見事な戦略だ。元「弓聖」たち一行は昼夜を問わず、「黒の勇者」様に襲われ、手も足も出せず、追い詰められていく。今日は良い夢を見れそうだ。報告ご苦労であった、宰相。もう下がって良いぞ。」

 「はっ。失礼いたしました。ゆっくりとお休みください、陛下。」

 報告を終えると、宰相はカテリーナの自室を去って行った。

 「「黒の勇者」様は寝ずに戦っておられるのだろうか?お体には気を付けてほしいものだ。あの御方に何かあっては、我が国、そして、世界の一大事だ。せめて、あの御方の無事を祈りながら、今夜は眠るとしよう。」

 カテリーナはそう呟くと、ベッドの中に入り、眠りにつくのであった。

 「鳥籠作戦」七日目。

 午後2時。

 宮殿の対策本部のある大会議室で戦況を見守るカテリーナの下に、一人の聖騎士が報告に現れた。

 「聖教皇陛下にご報告いたします!シーバム刑務所を監視している部隊より報告が届きました!本日午前12時頃、シーバム刑務所に立てこもる元「弓聖」たち一行が、正体不明の何者かによる大規模な襲撃を受け、壊滅的被害を受けた様子であるとのことです!元「弓聖」たち一行ですが、大量の鼠のような生き物たちに襲われ、さらに異常気象による落雷、爆弾と思われる爆発等に巻き込まれ、刑務所内にいるほとんどの者が死亡したのを、遠方より確認したとのことです!尚、刑務所内に残る敵勢力ですが、元「弓聖」たち7人と、アーロン元総団長率いる「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが700人弱、とのことです!生き残った敵の多くは負傷し、弱っている様子だったそうです!敵勢力の約9割が壊滅したのは間違いない、とのことです!元「弓聖」たち一行に攻撃を行った正体不明の何者かですが、これまでの経緯から「黒の勇者」様であると推測されます!報告は以上になります!」

 聖騎士からの報告を聞き、カテリーナや宰相、周りにいる他の者たちは皆、笑顔で喜び合った。

 「報告ご苦労である!元「弓聖」たち一行が、敵の大半が壊滅したとは、喜ばしい限りだ!流石は「黒の勇者」様だ!わずか七日の内に、我が国を脅かしていた元「弓聖」たち率いる敵勢を壊滅寸前にまで追い詰めるとは、見事だ!我がゾイサイト聖教国の力を借りずに、少数精鋭で数十万の敵を倒してしまうとは、大した御方だ!それも堕天使なる強大な力を持った存在を味方につけた敵を追い詰めるとは、史上最強最高の勇者様だけのことはある!こちらは見ているだけで何も協力できんというのは、歯痒い気分ではあるが、「黒の勇者」様の邪魔をすることになって、ふたたび不興を買うことになるわけにはいかん!残る敵は、元「弓聖」たち一行に堕天使、それと、「白光聖騎士団」の裏切り者どもか!あの愚か者の裏切り者どもめ、しぶとく生き残りおって!さっさと死んで地獄に落ちればいいものを、悪運の強い連中だ!だが、最早追い詰められたも同然!元「弓聖」たちに反撃する余力はさほど残ってはいないはずだ!元「弓聖」たちと裏切り者どもが「黒の勇者」様によって処刑されるのは時間の問題!刑務所には結界が張られ、外へ逃げることもできん!我がゾイサイト聖教国の平和を脅かし、女神リリア様に刃を向けた罪深き反逆者どもは、もうまもなく滅びる!「黒の勇者」様と女神リリア様の御加護がある限り、余とゾイサイト聖教国が滅びることは決してないのだ!」

 カテリーナは高笑いしながら、元「弓聖」たち一行が壊滅寸前に追い込まれ、自身とゾイサイト聖教国が滅びる可能性は無くなったと、確信を得たかのように喜ぶのであった。

 午後4時10分。

 宮殿の対策本部のある大会議室で、部下たちと共に引き続き戦況を見守るカテリーナの下に、一人の聖騎士が報告に現れた。

 「聖教皇陛下に緊急のご報告がございます!シーバム刑務所を監視している部隊より緊急の報告が届きました!「黒の勇者」様の手によってほぼ焼野原と化して崩壊したシーバム刑務所の跡地に、突如、灰色の巨大な城塞が出現した、とのことです!元「弓聖」たち一行が何かの魔道具らしきものに魔力を注ぎ込んだ直後、赤い閃光とともに、一瞬の内に、巨大な城塞が出現したのを、遠方より監視していた騎士たちが確認した、とのことです!元「弓聖」たち一行と「白光聖騎士団」は全員、巨大な城塞の中に入り込み、ふたたび立てこもった模様です!敵は新たな城塞を築き、引き続き籠城する作戦に出た模様です!元「弓聖」たち一行が新たに築いた城塞の中で談笑する姿も確認された、とのことです!尚、敵が新たに築いた城塞ですが、二重の塀に覆われ、いくつもの建物や塔が建ち並び、一見古城にも見えるそうですが、砦として十分な機能があるように見える、とのことです!報告は以上になります!」

 聖騎士から緊急の報告を聞き、カテリーナや大枢機卿たちにふたたび緊張が走った。

 「おのれぇ。一瞬にして新たな城塞を築くとは、まだ、戦うために必要な余力を残していたとは、やはり侮れん相手だ。女神様が警戒する堕天使、実に厄介な存在だ。だが、刑務所は二日前にほとんど崩壊したはず。何故、二日前に新たな城塞を築く力がありながら、使わなかったのだ?何か、すぐには新たな城塞を築けぬ理由でもあったのか?そうでなければ、壊滅寸前に追い詰められたこのタイミングで新たに城塞を築いた、としか考えられん。けれど、新たな城塞を築いて、ふたたび籠城しても、「黒の勇者」様に籠城作戦は通用しなかったことくらい、敵もよく分かっているはずだ。となれば、新たに築いた城塞には何か特別な仕掛けや罠が施されていて、「黒の勇者」様を城塞に誘い込み、罠に嵌めて殺す計略を思いついたのかもしれん。元「弓聖」たち一行の様子からして、相当自信があるように見える。急ぎラトナ公国政府に、「黒の勇者」様にこのことをお伝えせねば。「黒の勇者」様と言えど、万が一、敵の罠に嵌められ、命を落とされることになってはいかん。宰相よ、すぐにクリス大公殿下と連絡を取る準備をせよ。余が直々に、大公殿下に元「弓聖」たち一行の動向に関して伝え、「黒の勇者」様にもお伝えするよう依頼する。」

 「かしこまりました、陛下!直ちにラトナ公国政府と連絡を取る用意をいたします!」

 宰相は急ぎ、聖騎士たちに指示し、ラトナ公国政府との通信連絡用の水晶玉を大会議室まで持ってくるように手配した。

 ラトナ公国政府と連絡を取る用意を進める間、カテリーナは椅子に座りながら考え込んでいた。

 「「黒の勇者」様のことだ。元「弓聖」たち一行が新たな城塞を築き、籠城したことをすでに察知しておられるかもしれん。だが、万が一のこともある。敵が「黒の勇者」様を城塞の中に誘い込み、仕掛けた罠で「黒の勇者」様を殺そうと考えているのは明白。まして、堕天使の能力とやらで築いた城塞ならば、普通の城塞ではないはずだ。敵が起死回生の秘策に用意した、「黒の勇者」様を殺すためだけに用意した特別の罠と考えられる。この情報をお伝えして少しでもお役に立てれば、私もゾイサイト聖教国も無事、「黒の勇者」様と協力して元「弓聖」たち一行を討伐せよ、というリリア様の神託を達成することになる。私には「黒の勇者」様とリリア様の御加護がある。「黒の勇者」様はきっと、元「弓聖」たち一行を討伐してくださる。大丈夫だ。「黒の勇者」様と女神リリア様を信じている限り、私もこの国も救われる。信じるのだ。」

 カテリーナは、元「弓聖」たち一行が新たな城塞を築き、反撃に打って出ようとしていると知り、「黒の勇者」こと主人公が元「弓聖」たち一行の罠をかいくぐり、無事、元「弓聖」たち一行を討伐することを願うのであった。

 カテリーナの願いに関係なく、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈は、元「弓聖」たち一行に正義と復讐の鉄槌を下し、皆殺しにして地獄に叩き落し、破滅させるべく復讐の用意を着々と進めていた。

 それと、カテリーナは気付いていなかった。

 「黒の勇者」こと主人公が、カテリーナが光の女神リリアの神託を勝手に捻じ曲げ、自身の復讐を土足で踏み荒らして妨害し、さらに勇者である自分を私利私欲のために利用しようとしたことに、激しい怒りと憎しみを覚えていることに。

 リリア聖教会を私物化し、己の私利私欲と権力のために、悪質な宗教団体を率いて悪事を働いているカテリーナを、自身が復讐すべき異世界の悪党と捉え、彼女に正義と復讐の鉄槌を下し、破滅させるべく、主人公が復讐計画をすでに考え、行動を開始しているということに。

 主人公によって、ゾイサイト聖教国聖教皇のカテリーナが破滅を迎える時は刻々と迫りつつあった。




















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