第十話 【処刑サイド:弓聖外仲間たち】弓聖たち、悪質な嫌がらせを受ける、そして、完璧だった犯罪計画が崩れ始める

 「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈が元「弓聖」鷹尾たち一行を討伐するため、ゾイサイト聖教国に到着してから五日目のこと。

 元「弓聖」鷹尾たち一行がゾイサイト聖教国の南西にある世界最強最悪の刑務所、シーバム刑務所を占拠し、ゾイサイト聖教国政府に宣戦布告してから九日目のこと。

 早朝、午前9時。

 元「弓聖」鷹尾たち一行は、ゾイサイト聖教国政府に対し、明日の午後12時までに政府の明け渡し及び全面降伏を要求した。

 自分たちの要求を断った場合、傘下に加わった「白光聖騎士団」の元聖騎士たちがゾイサイト聖教国政府より強奪し、入手した大量破壊兵器、ミストルティンを使い、ミストルティンでゾイサイト聖教国を攻撃し、国を焼き尽くす、と脅迫した。

 大量破壊兵器ミストルティン1万本に、元囚人のヴァンパイアロード5万匹、「白光聖騎士団」の元エリート聖騎士のヴァンパイアロード3,500匹、グラッジ枢機卿率いる反教皇派50万人の兵たち、ゾイサイト聖教国の陰のフィクサーであるグラッジ枢機卿の各方面でのバックアップ、難攻不落の城塞であるシーバム刑務所、そして、自分たちと融合した六人の堕天使たちの規格外の戦闘能力、ゾイサイト聖教国政府を乗っ取る犯罪計画を成功させるためには十分すぎるほどの戦力を手に入れ、鷹尾たち一行は勝利を確信していた。

 シーバム刑務所を占拠してから十日目の明日には、ゾイサイト聖教国政府、リリア聖教会本部は降伏し、ゾイサイト聖教国は自分たちのモノになる、そう考えていた。

 唯一の懸念であった「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈は、アーロン率いる「白光聖騎士団」と喧嘩になり、ゾイサイト聖教国政府とは対立することとなった。

 主人公だけでは、ゾイサイト聖教国政府との共同戦線を拒み、主人公単独で自分たちを討伐しようと襲ってくる可能性は低い、とも考えていた。

 だが、鷹尾たち一行の予想に反し、主人公、宮古野 丈は、鷹尾たち一行が犯罪計画を推し進めたと知り、反撃作戦をすぐさま開始した。

 「鳥籠作戦」一日目。

 午後3時。

 シーバム刑務所の北側にある棟の最上階にある、所長室に、「弓聖」鷹尾の姿があった。

 最上階の所長室の窓の向こうには、グラウンドを挟んで、手下の元囚人のヴァンパイアロードたちがいる三つの独房棟が見える。

 所長室の椅子に座り、鷹尾は笑みを浮かべながら、呟いた。

 「ついに私たちの犯罪計画も最終段階に入った。7万人の人質に圧倒的な戦力、そして、ミストルティンという最強の切り札が私たちにはある。宮古野君がすでにゾイサイト聖教国に到着していたのには少し驚かされたけど、彼だけでこの刑務所を攻略し、私たちを討伐するのは絶対に不可能。偶然とは言え、私たちの犯罪計画は当初の予定より早く完了することになりそうだわ。計算以上の成果を得られるかもしれない。」

 鷹尾は自身の犯罪計画が予想以上に早く進んだことに、喜びを露わにした。

 そんな鷹尾の呟きを、彼女と融合する傲慢の堕天使、プララルドが聞いていた。

 『ギャハハハ!全く、その通りだぜ、スズカ!お前の犯罪計画は正に順調そのものだぜ!ゾイサイト聖教国の奴らは、俺様たちの力と戦略の前には全く歯が立たず、惨敗続き。この数日、たっぷりといたぶってやったからな!おまけに、俺様たちに切り札だったミストルティンを奪われ、俺様たちに逆らうことができなくなった!スズカ、お前が気にしていた、「黒の勇者」とか言う勇者も、ゾイサイト聖教国の奴らと仲違いして、全然攻めてきやしねえ!まぁ、たかが勇者のガキ一人に、俺様たちを倒すことなんざ、無理な話だがな!クックック、笑いが止まらねえぜ!ゾイサイト聖教国が俺様たちのモノになったと聞けば、あのクソ女神も顎が外れるほど、驚くこと間違いなしだ!マジで明日が待ち遠しいぜ!』

 「私の計画に抜けはない。けど、油断は禁物よ、プララルド。「黒の勇者」は単独でズパート帝国の軍隊を打ち破り、この前はサーファイ連邦国を占拠した海賊団を壊滅させた。「黒の勇者」の戦闘能力、そして、私たちへの復讐心を決して侮ってはいけない。例え、私たちが圧倒的な戦力と緻密な戦略を用意していても、用心は必要よ。警戒態勢は敷いているから、問題なく対処可能ではあるけどね。」

 『ヘイヘイ。さすがはスズカ。計画が成功に近づいてきても、一切気を緩めないとは、お前の徹底ぶりには感心するぜ。それでこそ、俺様が見込んだ女だぜ。』

 「念のため、後で刑務所内を見回りに行きましょう。「黒の勇者」でなく、ゾイサイト聖教国の連中がここへ侵入しようとしてくるかもしれない。追い詰められた鼠が、必死に生き残ろうと、悪足掻きで最後に噛み付いてこようとしてくる、なんてこともあり得るわ。ミストルティンに火を付けて、私たちを巻き込んで自爆する、なんてことも考えられる。大金庫の中は異常ないわね、プララルド?」

 『異常なしだぜ、スズカ。なるほど、潜入したスパイが俺様たちを巻き込んで自爆するねえ。確かに、あの頭のイカれた女神の信者どもなら、殉教だの何だの言って、やりかねねえな。けど、この建物は俺様たちや部下どもが見張っているから、自爆なんて起こりっこねえがな。スパイが大金庫に近づくのは100%無理な話だな。』

 大金庫内に保管してある、切り札の大量破壊兵器、ミストルティンの入ったジェラルミンケース100箱が全て無事に保管してあるとプララルドに聞き、鷹尾は安堵した。

 「4時に見回りに行くとしましょう。金庫の番は、下川君辺りに任せておけば大丈夫でしょ。早くゾイサイト聖教国政府が降伏してくれるのが待ち遠しいわ。」

 鷹尾はプララルドと話をしたり、コーヒーを飲んだりして、所長室で見回りに行く時間になるまで、過ごしていた。

 午後3時40分過ぎ。

 所長室の椅子に座ってプララルドと会話をしていた鷹尾を、ふいに強烈な眠気が襲ってきた。

 「フワァーーー!?何だか、急に眠気が?午後の陽気にあてられてしまったかしら?」

 『ヒハハハ!スズカ、お前も計画が上手くいきすぎて、あんまり暇すぎて、昼寝でもしたくなったか?』

 「フワァーーー!気が緩んでいるのかしら?でも、何だか、変にすごく眠い・・・」

 鷹尾はそう言うと、急に机に突っ伏して、スヤスヤと眠り始めた。

 『おいおい、しっかりしろよ、スズカ?まぁ、計画が上手くいってるし、特に襲撃もねえし、昼寝したくなるのも分かるけどよ。しょうがねえ。ちょっと寝かせてやるか。見回りなんぞ、別にせんでも大丈夫だろうしな。』

 プララルドが眠っている鷹尾を見ながら、呑気なことを言っていると、突然、バタン、バタンという、何かが倒れるような物音が、廊下から聞こえてきた。

 『んっ?何の音だ、今のは?』

 プララルドが気になって、所長室の扉の外、廊下側を壁越しに透視すると、そこには目を疑うような、驚愕の光景が広がっていた。

 廊下に立って警備を担当していた手下のヴァンパイアロードたちが全員、鷹尾同様、廊下に倒れて床で眠っているのである。

 ヴァンパイアロードたちが床に倒れて眠っているのを見て、途端にプララルドの脳裏に緊張が走った。

 『吸血鬼どもが全員、寝ていやがる!?マズい!?眠り毒にやられたに違いねえ!?くそっ、この俺様としたことが毒をバラまかれたことに気が付かねえとは!?おい、起きろ、スズカ!?敵だ!敵が来たぞ!早く起きろ!くそっ、駄目だ、全然起きねえ!?この俺様と融合したスズカまで眠らせるなんて、どんだけ強力な毒を使いやがったんだ!?おい、起きろ、スズカ!?マジでこのままだと敵に殺されるぞ!?起きろよ、スズカ!?』

 焦るプララルドであったが、鷹尾は主人公、宮古野 丈がバラまいた、無色透明で無味無臭の超即効性の眠り薬の効果のある毒煙を吸い込み、数時間は目覚めることのない、深い眠りへと就いてしまった。

 一向に起きようとしない鷹尾に、何度も起きろ、目を覚ませ、と呼びかけるプララルドであったが、プララルドの必死の呼びかけも虚しく、鷹尾は眠らされたままであった。

 混乱するプララルドと眠っている鷹尾のいる所長室に、主人公、鵺、スロウ、イヴの四人が侵入し、二人の隙を付いて、大金庫内に保管してあるミストルティンの入ったジェラルミンケースを全て盗み出し、処分した。

 同時に、刑務所の東側と北側に連なる四棟に閉じ込められていた人質の子供たち2万人は、主人公の仲間である酒吞、エルザ、グレイ、イヴの四人によって救出されてしまった。

 それと、主人公たちによって、刑務所各所に盗聴器が仕掛けられ、鷹尾たち一行は今後の作戦がほとんど筒抜けになってしまう事態になるのであった。

 午後7時過ぎ。

 主人公たちが第一作戦を終えてから約三時間後のこと。

 主人公によって眠らされていた鷹尾が、眠り薬の効果が切れて、ようやく目を覚ました。

 「フワァーーー!?あら、私、いつの間に眠ってしまったのかしら?すっかり外は夜だわ。いけない、見回りの時間をとっくに過ぎてる!?」

 『見回りなんて呑気なことを言ってる場合じゃねえぞ、スズカ!?お前は誰かに眠らせされたんだよ、今までな!俺様が必死に起きるよう、何度も声をかけても全く起きねえほど、強力な毒にやられてな!手下の吸血鬼どもも、恐らく刑務所にいる全員がやられたみてえだ!それに、最悪な知らせがある!ミストルティンを全部、奪われちまった!』

 プララルドから衝撃の知らせを聞かされ、鷹尾は一瞬で眠気が吹き飛び、困惑した。

 「私が眠らされた!?それに、ミストルティンを全部、奪われた!?一体、誰が?プララルド、あなた、大金庫に盗みに入った人間の顔は見ているの?」

 『すまねぇ、スズカ。大金庫からミストルティンを盗んだ奴の顔は見ていねえ。姿さえな。俺様自身も信じられねえ話だが、大金庫に近づいた人間は一人もいねえ。金庫は全くの手付かずだ。俺様はずっとミストルティンの入った大金庫を見ていた。けど、いつの間にか、金庫の中は空っぽになっちまってたんだ。俺様に気付かれず、大金庫にも触れず、賊は俺様たちの前からミストルティンを全部、盗んでいきやがった。俺様は決してよそ見をしてはいなかった。眠ったお前を起こそうと声をかけた時以外はな。部屋の中には、俺様とお前の二人だけだった。お前を眠らせた毒と言い、大金庫の中からミストルティンを盗んだ手口と言い、敵は只者じゃねえ、それは確かだ。』

 「くっ!?プララルドの目を欺いて、全く気付かれることなく、ミストルティンを全部盗み出すなんて、そんなこと普通の人間にできるわけが・・・!?いえ、いたわ!たった一人、この世に!「怪盗ゴースト」、またの名を「黒の勇者」!宮古野君の仕業に違いない!私としたことが迂闊だったわ!?」

 『か、「怪盗ゴースト」だと!?「黒の勇者」ってのは泥棒なんぞやってるのか!?勇者が泥棒をやってるだと!?あ、あり得ねえ!?そんなこと、いくらあのクソ女神でも許すわけが!?いや、「黒の勇者」が泥棒だなんて話、初耳だぜ!?スズカ、お前、その話、本当なんだろうな?どうして、俺様たちにそのことを話さなかったんだ、おい?』

 「「黒の勇者」は「怪盗ゴースト」を名乗って、元「槍聖」率いる海賊団から宝を根こそぎ奪い、壊滅させた。つい先日、その事実が世界中に公表されたばかりよ。当然、私も新聞でそのことを知り、研究した。プララルド、あなたたちに伝えなかったのは、「黒の勇者」が複数のジョブとスキルを女神から与えられた規格外の能力を持つ勇者であるとすでにあなたたちに伝えていたからよ。あなたたち堕天使と融合し、堕天使の力を使える私たちなら、「黒の勇者」に対抗できる、そう思っていた。それに、万が一、盗まれた時の対策は既に仕込んである。例の爆弾入りのダミーケースを爆破すれば、ミストルティン諸共、「黒の勇者」は爆発に巻き込まれて死ぬ。例え生き残っても、五体満足とはいかない。」

 鷹尾が落ち着いた表情でプララルドに答え、最後に口元に笑みを浮かべた。

 『ギャハハハ!そう言えば、そうだったな!爆弾入りのダミーケースとやらを500個ほど作って、ミストルティンの入ったケースや、空のケースと混ぜたんだったな!「黒の勇者」は爆弾入りのダミーケースも含めて、まとめて盗んで逃げやがった!なら、今すぐ爆破して吹っ飛ばしてやろうぜ!まだ、盗まれてから三時間ほどだ!奴も全てのケースの中身を確認し終わっちゃいねえはずだ!ミストルティンと一緒に、あの世まで一気に消し飛ばしてやろうぜ、スズカ!』

 鷹尾は引き出しから、赤くて丸いボタンがついた、緑色の小箱を机の引き出しから取り出した。

 「ダミーケースの爆弾の起爆スイッチは私の手元にある。ということは、宮古野君は爆弾入りのダミーケースの存在にまでは気が付いていない。プララルド、私が眠っている間、刑務所周辺で大きな爆発音は聞こえてこなかった?」

 『爆発音は一切、聞いちゃいねえ。ミストルティンが全て吹き飛べば、国中に響くほどの爆発音が聞こえるはずだ。奴はまだ、ダミーケースに気が付いていねえと見えるぜ。』

 「そう。ありがとう、プララルド。ミストルティンを奪われたのは計算外だったけど、こちらも万が一の時の対策はすでに準備済み。せっかく、私たちから必死にミストルティンを盗んだのに、その努力が一瞬で無に帰すなんて、お生憎様。何も知らず、私たちを出し抜いたと馬鹿笑いしながら、ミストルティン諸共、木っ端微塵に吹き飛ぶが良いわ。さようなら、「黒の勇者」。」

 鷹尾は冷たい笑みを浮かべながら、ミストルティンの入ったジェラルミンケースと共に混ぜ込んだ、爆弾入りのダミーケースの、爆弾の起爆スイッチのボタンを指で押した。

 しかし、起爆スイッチを押して1分ほど経過しても、鷹尾たちの耳に、大量のミストルティンが爆発し、「黒の勇者」諸共、ゾイサイト聖教国の国内を一瞬で焦土に帰るほどの巨大な爆発が窓から見えることもなければ、爆発音すら全く聞こえてこない。

 鷹尾が起爆スイッチを二、三度、押し直すが、鷹尾とプララルドの耳に、ミストルティンが大爆発する音は全く聞こえてこない。

 ミストルティンの大爆発が起こらない状況に、鷹尾とプララルドの二人は困惑を隠せないでいる。

 「ど、どういうこと!?スイッチは確かに押しているわ?なのに、爆発音が聞こえてこない?大量のミストルティンが爆発すれば、私たちの下にも爆発音は聞こえてくるはず!?いまだに聞こえてこないなんて、まさか、爆弾が全て不発に終わった?」

 『いや、そんなはずはねえ!?あの爆弾入りのダミーケースは全て、エビーラルドが作ったモンだ!材料は刑務所にあった火薬を使ったそうだが、威力や性能は間違いなしの高性能の爆弾だ!エビーお墨付きの爆弾が不発に終わったことなんて、一度もなかった!不発なんてあり得ねえぜ!となると、考えられるのは・・・』

 「ダミケースの爆弾を全て「黒の勇者」に解除されたと!?爆弾のトラップを見抜かれて、私たちはまんまとミストルティンを奪い返されたと、馬鹿笑いしていた本当の間抜けはこの私だと、そう言いたいわけ、プララルド!?」

 鷹尾が目を血走らせ、激しい怒りを露わにしながら、プララルドにきつく当たるように言った。

 『お、落ち着けよ、シズカ!?クールで知的なデキる女のお前らしくないぜ!?「黒の勇者」にしてやれたのは、俺様たちも同じだ!「黒の勇者」、奴のことを少々甘く見ていたぜ!だが、今は奴とどう戦うかを考えろ!こっちにはまだ人質もいる!いくら奴がミストルティンを持っていたとしても、すぐには手が出せねえはずだ!人質がいる限り、奴はミストルティンを使って俺様たちを攻撃できねえ!「黒の勇者」をお前の頭脳と戦略、俺様たちの力で迎え撃つことだけを考えろ!そもそも、奴は眠っているお前を殺そうとはしなかった!奴はお前を殺せる確証がなかった、奴はお前や俺様たちのことを警戒して直接は手が出せない、その程度の力しか持っていない、そうは思えねえかよ、スズカ?』

 プララルドに宥められ、鷹尾は深呼吸すると、落ち着きを取り戻した。

 「ごめんなさい、プララルド。八つ当たりみたいな真似をして。私らしくもない、大人げないことをしたわ。あなたの言う通りだわ。今は「黒の勇者」の次の襲撃に備えて、対抗策を用意するのが先決だわ。結界に守られた、標高5,000mもある、難攻不落のこの刑務所に彼が一体、どうやって侵入したのか、どうやって私たちに気付かれず、大金庫の中からミストルティンを盗み出したのか、どうやってダミケースの爆弾の罠の存在に気が付いたのか、色々と検証して調べる必要もある。「黒の勇者」の能力や手口を分析して、対抗策を練って用意し、迎え撃つ。それが私たちが今為すべきこと。私たちの犯罪計画は明日、完了する。計画は必ず成功させる。「黒の勇者」が妨害してこようが、私の犯罪計画は決して破られることはない。他にも、「黒の勇者」から何か被害を受けていないか、すぐに調べに行くわよ、プララルド。」

 『やっといつものお前に戻ったな、スズカ。その意気だぜ。泥棒なんて回りくどい、セコい搦め手を使ってくる勇者なんぞ、大したことはねえ。俺様たちが本気で相手すれば、そんなヘボ勇者は一発で返り討ちにできるぜ。クソ女神め、俺様たちを潰すためなら、手段を選ばねえ外道っぷりは変わっていねえらしいな。泥棒を勇者にして俺様たちを攻撃してくるとは、前にも増して外道っぷりに磨きがかかっていやがる。クソ女神も「黒の勇者」も、まとめて吠え面かかせてやるぜ。』

 鷹尾たちが「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈への闘志を燃やしていると、手下のヴァンパイアロードの一匹が、慌てた様子で、所長室の中に飛び込んできた。

 「た、大変です、タカオ様!ひ、人質の子供たちが全員、何者かに攫われました!それに、独房棟に妙なオウムがいて、大声でシモカワ様を馬鹿にするような言葉を鳴き叫んでいます!急いで一緒に来てください!」

 「分かったわ!すぐに現場まで案内して!」

 鷹尾はすぐに、手下のヴァンパイアロードに案内され、手下のヴァンパイアロードたちが寝泊まりする、中央の独房棟へと走って向かった。

 鷹尾が中央の独房棟へ到着すると、その後ろから、遅れて他の六人の仲間たちが走ってやって来た。

 独房棟のちょうど中央、ヴァンパイアロードたちのいる各独房から見える位置に、白い大きなオウムの入ったケージと、黒いマスクが置かれていた。

 ケージに入ったオウム、キバタンは大きな鳴き声で、目の前にいる鷹尾たち一行に向かって、嫌がらせのメッセージを何度も繰り返し言った。

 「シモカワ ユウスケ、ロリコン!シモカワ ユウスケ、ロリコン!シモカワ ユウスケ、ロリコン!~」

 キバタンは、刑務所中に響き渡るほどの大きな鳴き声で、下川を馬鹿にする嫌がらせのメッセージを何度も繰り返し叫び続ける。

 キバタンのメッセージを聞いて、周りにいるヴァンパイアロードたちが思わず、クスクスと、キバタンや下川から顔を背けながら笑った。

 キバタンの発するメッセージを聞き、下川は激怒した。

 「こ、この鳥公がぁーーー!?俺はロリコンじゃねえーーー!?テメエら、笑ってんじゃねえぞ、くそがっ!?笑った奴らは全員、ぶっ殺すぞ!?誰だ、こんな悪戯しやがったクソ野郎は!?この鳥公、いい加減、黙りやがれ!もういい!焼き鳥にしてやらぁー!」

 怒り狂う下川が、ロングボウを構え、火の矢を生み出し、キバタンを射抜いて焼き殺そうとする。

 「ちょっと待って、下川君!とにかく、落ち着いて!ケージの中にカードが入っているわ!何か書いてあるみたい!ひとまず、オウムを殺すのは待ってちょうだい!」

 鷹尾が、キバタンを焼き殺そうとする下川を制止した。

 「ちっ!?分かったよ、鷹尾さん!くそっ、ふざけやがって!」

 鷹尾はキバタンの入ったケージの蓋を開けると、ケージの中にある白い小さなメッセージカードを一枚取り出した。

 メッセージカードには、血のような不気味な赤いインクで、以下の内容のメッセージが書かれていた。


  人質はいただいた。


 メッセージカードには宛名は書かれておらず、ただ、短いメッセージカードが一言、書かれていただけだった。

 鷹尾がメッセージカードを手に取って読んでいると、他の六人の仲間たちも背後から、鷹尾が左手に持つメッセージカードを読んだ。

 「人質はいただいた。他にメッセージはない。差出人の名前も、宛名も書かれてはいない。人質の子供たちを全員、私たちからまんまと奪い返した、そう言いたいのでしょうね。後、私たちへの個人的な復讐、嫌がらせ、と言ったところかしら。ミストルティンだけでなく、人質の子供たち全員を、それも2万人も一度に救出するとは、敵ながら見事だわ、宮古野君。」

 鷹尾がメッセージカードを読みながら、人質の子供たちとミストルティンが奪われたこと、そして、「黒の勇者」こと主人公が犯人であると呟いたことで、他の六人の仲間たちや、周りにいる手下のヴァンパイアロードたち、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちは、皆、驚きの表情を浮かべた。

 「み、宮古野だって!?あ、あの野郎、いつの間にここに入り込みやがった!?いや、この俺をロリコン呼ばわりしやがって、マジでムカつくぜ、くそがっ!?必ずあの野郎をぶっ殺す!」

 「み、宮古野がこの刑務所に侵入しただと!?人質の子供たちとミストルティンを奪われただって!?た、鷹尾さん、ほ、本当に大丈夫なのかね!?宮古野は私たちを、特にこの私を殺そうと恨んでいるに違いない!?あ、アイツをどうにかする策はあるんだよな!?そうだと言ってくれ、なっ!?」

 「宮古野がここに侵入した!?人質の子供たち全員、奪い返されたって!?それじゃあ、私の可愛いペット君、宮古野に取られちゃったわけ!?マジ、ショックなんだけど~!?もう、宮古野、アイツ、ホント、マジでウザい!」

 「叶、アンタが重度のショタコンなのは知ってるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!宮古野の奴にミストルティンを全部奪われたってことの方がよっぽど問題でしょうが!?宮古野の奴がミストルティンを使って攻撃してきたら、私ら全滅するかもしれないじゃない!?ああっ、これじゃあ、孝に会う前に宮古野の奴に殺される!?どうしてこんなことになるのよ?」

 「私とエビーラルドが作った、爆弾入りのダミーケースはどうなったの、鷹尾さん?あのとっておきの爆弾トラップが効かなかったわけ!?宮古野の奴が爆弾を全部、解除したって言うの!?アイツ、そんなこともできんの!?アイツ、爆弾を解除する能力まで持ってんのかよ、くそっ!?」

 「人質の子供たちに、切り札のミストルティンまで奪われた。5万人の食料兼人質が残ってはいるけど、それまで奪い返されたら、私らヤバくない!?ゾイサイト聖教国の奴らが、私らが宮古野の奴に人質とミストルティンを奪い返されたことを知ったら、連中、私らの要求に応じてこないかもじゃん!?最悪、宮古野の奴と一緒に、ミストルティンでここを一斉攻撃してくるかもしれない!?一体、どうするの、鷹尾さん?」

 下川、下長飯、都原、妻ケ丘、乙房、早水の六人が、口々に不安や苛立ちを言った。

 「落ち着いて、みんな。宮古野君といずれ戦うことになるのは、みんな最初から分かっていたことでしょ。彼の作戦にしてやられたことは私も素直に認める。言い訳はしない。でも、私たちはまだ負けたわけじゃない。戦いは始まったばかりよ。一杯食わされた程度で動じているようじゃ、宮古野君と戦うなんて無理よ。私たちにはまだ、人質も十分な戦力も残されている。今は敵への分析と、今後の対策について考えることに集中しなさい。」

 不安な表情を見せる仲間たちや手下たちを、鷹尾は冷静な口調で諭した。

 「この黒い布は、ドッペルゲンガーマスクね。私たちがドッペルゲンガーマスクを使っていたことに宮古野君も気が付いて、これを使って刑務所に潜入してきた、と推測できなくもない。私たちの作戦を逆に利用してくるとは、さすがは常勝無敗のSランクパーティーを率いる、女神公認の勇者様、と言うべきかしら。でも、マスクは一枚しかない。たった一人で人質とミストルティンを盗み出すなんて、それもわずか三時間で犯行を完了させるなんて、あり得ない話だわ。けど、マスクを一枚だけ残した、ということは、宮古野君一人だけで犯行を全て行ったっていう、自身の能力を誇示する意味もあるかもしれない。下川君、このマスクを被ってもらえる?」

 キバタンとともに送りつけられてきたドッペルゲンガーマスクを手に取り、主人公の犯行を分析しながら、鷹尾はドッペルゲンガーマスクを被るよう、下川に指示しながら渡した。

 「お、俺があの陰キャ野郎の使ったマスクを被る!?た、鷹尾さん、いくら何でもそれは酷いぜ?」

 「良いから被りなさい、下川君。宮古野君にやり返したいのなら、憎い敵の使ったマスクを被ってでも復讐をする、それくらいの覚悟はあって当然でしょ。それとも、あなたは宮古野君にロリコン呼ばわりされたことをそんなに気にしていない、怒っていない、なんてふざけたことを私たちの前で言うつもりじゃないでしょうね?」

 「と、当然、怒っているに決まっているだろ!?俺はロリコンじゃねえ!?くそっ、宮古野の奴、覚えてろよ。」

 『ごちゃごちゃ文句を言ってねえでさっさと被れ、ユウスケ。テメエ、「黒の勇者」とやらへの怒りが全然足りねえぞ。憤怒の堕天使であるこのラスラルド様の相棒だってなら、敵の使ったマスクなんぞ、怒りですぐに被れるはずだぜ。ユウスケ、テメエ、ビビッてるんじゃねえぞ、オラ?』

 「う、うるせえぞ、ラスラルド!?俺が宮古野なんかにビビるわけねえだろうが!?被るよ、被りゃあいいんだろ!」

 鷹尾とラスラルドに急かされ、下川は渋々、ドッペルゲンガーマスクを被った。

 ドッペルゲンガーマスクを被った下川の顔や声、髪型などは、鷹尾たち一行のいた刑務所北側の棟を警備していた、一匹の元囚人のヴァンパイアロードそっくりに変身した。

 「どうだい、鷹尾さん、みんな?何か分かったかよ?」

 「下川君が変身した男だけど、この男は確か、私たちのいた北側の棟の警備を任せていた記憶があるわ。適当に選んだから、名前までは覚えていないけど、この男の顔は毎日見ていたから、私もよく覚えている。なるほど、私たちのいた棟の警備担当者の一人に宮古野君は変装して潜入していた。そして、私たちの会話を盗聴して、人質やミストルティンなんかに関する警備体制を調べ上げ、犯行に及んだ。でも、気になる点が一つだけ残されている。私たちのいた北側の棟の、正面入り口のドアの取っ手が破壊されていた。私のいた部屋のドアや、大金庫の扉は壊して開けた形跡がなかったわ。人質の子供たちを閉じ込めていた棟の方は、どうだったの?」

 鷹尾の質問に、人質の子供たちのいた東側の四棟を警備していたヴァンパイアロードの一人が答えた。

 「タカオ様、ガキ共を閉じ込めていた棟のドアは全く壊されていませんでしたぜ。間違いありません。」

 「となると、なぜ、私たちのいた棟の入り口のドアだけ、宮古野君は壊したのかしら?他の場所は全く扉を壊さずに犯行を終えている。いえ、宮古野君は犯行直前まで、ずっと私たちのいる棟で、部下に変装して私たち七人の動きを監視していた。そして、警備をしている振りをしながら、建物の外にいる仲間に、入り口のドアから毒ガスをバラまいて、私たちを眠らせるよう指示した。宮古野君は使われた毒薬への耐性を持っていたけど、毒を刑務所中にバラまいたのは彼の仲間で、外にいた彼の仲間が偶然、強引に破壊した。宮古野君は潜入して指示を出すリーダー役、それから、刑務所内に毒ガスをバラまいた役、人質の子供たちが監禁されていた棟や部屋のドア、ミストルティンの入ったドアを私たちに気付かれず破る金庫破りの役、ダミケースの爆弾を解除した役、少なくとも四人以上で犯行を行ったと考えられるわ。やはり、「黒の勇者」単独での犯行は不可能。けど、彼らは2万人の人質を連れたまま、一体どうやって、この刑務所を脱出したのか、そもそも、どうやってこの刑務所の中に潜入できたのか、という大きな謎も残っている。考えられるとすれば、首都の宮殿とここを結ぶ、地下の移動用の魔法陣、アレを使って潜入してきた可能性があるわね。乙房さん、エビーラルド、二人で移動用魔法陣が使われた形跡がないか、調べてきてもらえる?」

 「任せて、鷹尾さん。私とエビーなら、一発で謎を解いちゃうんだから。」

 『ちっ。どうせ分析をするのは私で、お前は黙って見ているだけだろうが、ハナビ。』

 「う、うっさいわね、エビー!?私だって調査ぐらいできるっての!」

 「二人とも、魔法陣の調査をよろしく頼むわよ。もし、使用可能な場合は、魔法陣は破壊してもらって結構よ。宮古野君が魔法陣を使って侵入してくるなら、魔法陣さえ壊せば、二度とここへは侵入できなくなるはずだしね。」

 鷹尾に指示を受け、乙房とエビーラルドは、刑務所北側の棟の地下室にある移動用の魔法陣の調査へとすぐに向かった。

 「宮古野君がふたたび、ここを襲撃してくる可能性も否定できないわ。独房にいるみんなは、食料兼人質の人間たちを奪われないよう、今夜から徹底して独房内で残りの人質たちを見張りなさい。良いわね?都原さん、妻ケ丘さん、早水さん、下川君、下長飯さん、後、「白光聖騎士団」の各隊長は、全員、所長室に集まって。明日からの警備体制について、これから会議を行うわよ」

 鷹尾はそう言うと、他の五人の仲間たちと、「白光聖騎士団」の七人の隊長たちを引き連れ、北側の棟の所長室へと戻り、会議を開くことにした。

 午後9時。

 「黒の勇者」への対策会議が、所長室にて鷹尾主導の下、始まった。

 「ついに私たちの宿敵にして最大の脅威である、「黒の勇者」が私たちへの攻撃を開始した。「黒の勇者」は変装して、今もこの刑務所内のどこかに潜伏して、私たちの動向を探っている可能性があるわ。恐らく、彼の次の標的は、残りの5万人の人質たちに違いない。ヴァンパイアロードたちの食料でもある人質たちを奪われるわけには絶対にいかない。絶対に何としても人質たちを死守するの。それができなければ、私たちは奪い返されたミストルティンでここを一斉攻撃され、全員、命を落とすことになる。ゾイサイト聖教国を乗っ取ることもできず、「黒の勇者」と聖騎士団の総攻撃を受けて全員、死ぬか、惨めに敗走するか、どちらにしても最悪の結末が待っている。分かったわね?」

 鷹尾から最悪の未来予想図を聞かされ、その場にいる全員に緊張が走った。

 「私たちの会話をいつ、どこで、「黒の勇者」が盗聴しているか分からない。十分そのことに注意するように。私たち幹部七人で、できる限り刑務所内を見回って、一人一人ステータスを鑑定して、変装した「黒の勇者」が紛れ込んでいないか、チェックを行うようにする。「白光聖騎士団」の皆さんには、人質たちのいる独房がある三つの棟の警備をお願いするわ。それから、アーロン、会議の後、グラッジ枢機卿に連絡をとってちょうだい。計画の予定を一部変更するわ。ゾイサイト聖教国政府への要求に対する回答期限を早めるわ。ゾイサイト聖教国政府が要求を断ってきた場合は、明日の日没とともに、反教皇派と、私たちの手下であるヴァンパイアロードたちの合同で、軍事クーデターを決行し、一気にゾイサイト聖教国を攻撃する、そう伝えなさい。細かい作戦の日時については、後でまた伝えるわ。部下たちにもグラッジ枢機卿との会話は聞かれないよう、注意しなさい。「黒の勇者」があなたの部下に化けている可能性もあるの。十分、気を付けるのよ。良いわね?」

 「かしこまりました、タカオ様。このアーロン、決して「黒の勇者」に後れを取ったりはいたしません。グラッジ枢機卿への連絡はお任せください。」

 アーロンが、鷹尾に自信ありげな表情を見せながら答えた。

 鷹尾たちが所長室で会議をしていると、地下の移動用魔法陣の調査を行っていた乙房とエビーラルドの二人が、調査を終え、所長室へと入ってきた。

 「お疲れ様、乙房さん、エビーラルド。調査結果を報告してもらえるかしら?」

 鷹尾の問いに、乙房の表情はどこか暗かった。

 「お疲れ様、鷹尾さん。あのさ、エビーと一緒に魔法陣を調べてきたんだけど、その~、魔法陣が壊されてたんだよね。」

 『地下の魔法陣だが、私たちが調査に向かい到着した時には、すでに壊された後だった。厳密に言えば、ここと通じる首都の宮殿側の魔法陣が壊され、移動には使えなくなっている。こちら側の魔法陣は破壊されてはいない。傷一つない状態だった。とは言え、魔力を流し込んでも、魔法陣は一切、起動しない。つまり、宮殿側の魔法陣が完全に破壊されている、ということになる。一応、指示通り、こちらにある魔法陣は私たちで破壊した。しかし、宮殿側の魔法陣が破壊されていた、ということは、「黒の勇者」が魔法陣を使ってこちらに移動し、侵入するのは不可能な話だ。故に、「黒の勇者」が魔法陣以外の方法でこの刑務所に潜入した可能性があると、私とハナビの二人は話し合い、結論を出したところだ。』

 乙房とエビーラルドの調査報告を聞き、鷹尾たちは困惑した。

 「すでに魔法陣が破壊されていた!?移動用の魔法陣を使わずにこの刑務所に潜入した!?この刑務所は、私たち以外は誰も通れない結界で覆われている。結界を無理やり突破しようとすれば、警報が作動してすぐに分かる。移動用の魔法陣を使わずにここへ侵入できるなんて、あり得ないわ。乙房さん、エビーラルド、あなたたちの報告を疑っているわけじゃあないの。宮殿側の魔法陣がすでに壊され、使用不能の状態だった。ということは、考えられる可能性は二つ。一つは、宮古野君は宮殿側の魔法陣を壊し、ここへ潜入して残ったまま、私たちを討伐する作戦を決行しようとしている。もう一つは、魔法陣を使ってここへ潜入してきた際、結界展開装置に細工を施して、作戦を終えた後、この刑務所を立ち去った、という可能性よ。明日以降も結界をくぐってここに自由に出入りできるよう、彼が装置の登録内容を書き換えていったかもしれない。私はこの後、結界展開装置に異常がないか、調べに行くわ。乙房さん、エビーラルド、報告をありがとう。」

 鷹尾は椅子に座ってコーヒーを一口飲むと、話を続けた。

 「不審な動きをしている者がいないか、全員、注意するように。それと、人質たちを奪われないために、毒ガスへの対策も必要だわ。「黒の勇者」は堕天使と融合した私たちさえ、簡単に眠らせてしまう、強力な毒ガスを使ってくる。もし、また、あの毒ガスを使われれば、私たちはふたたび毒ガスにやられて、残りの人質たちを奪い返されることになりかねない。毒ガスへの対抗策について、何か良いアイディアを持っている人はいないかしら?」

 鷹尾の問いに、下長飯と融合する、強欲の堕天使グリラルドが答えた。

 『ホッホッホ。毒ガスへの対策なら、この儂に任せよ。あらゆる毒ガスを無効化できるとっておきの魔道具がある。それを貸してやろう。キンゾウよ。ようやく儂らの出番が来たぞ。クズで最弱のお主が活躍できる番が来たんじゃ。頑張るんじゃぞ。』

 「クズで最弱は余計だ、グリラルド。私はこれでも最年長で元教師だ。年の功という奴を披露してやろうじゃないか。」

 「では、毒ガス対策は下長飯さんとグリラルドの二人にお任せします。決して宮古野君に悟られないよう、慎重に準備を進めてください。とっておきの魔道具の性能とやらを頼りにしていますよ。」

 下長飯とグリラルドに、毒ガス対策を鷹尾は任せた。

 「グリラルドはともかく、下長飯のオッサンに任せるのは、ちょっと心配じゃねえか、鷹尾さん?俺には「激高進化」の力がある。「激高進化」をずっと発動していれば、宮古野の奴がいつ、毒ガスをばらまいても、俺はすぐに耐性を得ることができる。俺に奴の毒ガスは効かなくなる。魔道具の警備は俺が担当する。最弱のオッサンじゃ、頼りねえしよ。オッサン、テメエは見回りでもしてろよ。戦いになっても、足引っ張るだけだろうしな。」

 「な、何だと、下川!?私は最弱でも足手纏いでもない!宮古野にビビッている君にそんなことを言われる覚えはないぞ。」

 「俺はビビッてなんかいねえ!ビビってるのはテメエの方だろうが、オッサン!最弱で年寄りなのは事実だろうが!さっきまで宮古野に殺されるかもしれねえとビビッて震えてたクズ教師の雑魚が、偉そうに俺に説教してんじゃねえぞ、コラっ!」

 下長飯と下川が、魔道具の警備を発端に、口論を始めた。

 「二人とも、口論は止めて。時間の無駄です。そこまで言うなら、下川君、魔道具の警備はあなたに任せるわ。あなたの方が魔道具の警備にも、戦闘にも向いている。だけど、魔道具を破壊されるようなミスは絶対に許されないわ。分かったわね?」

 「よっしゃー!警備は俺に任せてくれ、鷹尾さん!宮古野の奴も余裕で撃退してみせるからさ!」

 「くっ!?」

 鷹尾の言葉に、下川は喜び、下長飯は悔しそうな表情を浮かべる。

 「下長飯さんは、魔道具の設置と起動、刑務所内の見回りをお願いします。魔道具に異常がないかどうか、見回りも行いながら、点検も逐一、行ってください。下長飯さんとグリラルドには、今回は後方支援を担当してもらいます。その方がお二人には適任ですし、仕事がやりやすいはずです。サポート役として威力を発揮する二人が常に刑務所内を見回ってくれていれば、私も他のみんなも安心です。よろしくお願いしますね。」

 「あ、ありがとう、鷹尾さん。ちゃんと私の実力を理解した上での配置だったとは気づかず、つい焦ってしまった。サポート役は私とグリラルドに任せてくれ。必ずみんなの期待に応えてみせるよ。」

 鷹尾から励まされ、下長飯は急に元気を取り戻した。

 その様子を、下川はつまらそうな表情を浮かべながら見ていた。

 「都原さん、早水さんにも、独房棟の警備をそれぞれお願いするわ。妻ケ丘さん、あなたは東の監視塔から外の監視をしてちょうだい。乙房さん、あなたは下長飯さんとは別ルートで刑務所内を見回ってちょうだい。私は所長室から全体の指揮をとる。何か異常があれば、どんな些細なことでも、この私に報告するように。交代や休憩も取りながら、各自、持ち場で警備に当たるように。作戦については以上よ。細かい変更点があれば、明日の朝、また指示するわ。みんな、気を引き締めて警戒に当たるように。では、これにて会議を終了。みんな、解散してもらっていいわよ。」

 鷹尾から指示され、会議が終わると、所長室にいた他の者たちは皆、所長室を出て行った。

 所長室に鷹尾とプララルドだけが取り残されると、プララルドが鷹尾に訊ねた。

 『スズカ、本当に大丈夫なんだろうな?お前の立てた迎撃作戦には抜かりがねえように見える。けどよ、「黒の勇者」、奴がこの刑務所へ出入りしている方法ってのが、俺様にはどうも気になってしょうがねえ。変装してこの刑務所にずっと潜伏するなんて、ちょっと無理がねえか?それに、結界をいじって通れなくした程度で、奴は簡単に諦めるような奴とは思えねえ。「黒の勇者」からはなんとなくだが、俺様たちと同類の臭いを感じる。俺様たちも知らねえ、ヤベえ方法を躊躇わず使って攻めてくる、頭のぶっ飛んだ犯罪者の臭いみてえなモノを感じるぜ。いざという時の逃げる算段も用意しておけ。俺様はお前とまだまだ、このアダマスで愉快に暴れ回りたいからな。面倒な勇者の相手をずっとしたいと思うほど、この俺様は忍耐の強い方じゃねえ。他の奴らもな。』

 「分かっているわ、プララルド。万が一、当初の計画が上手くいかないと分かったら、その時点で計画は中止し、別の新たな計画の実行に向けて、動くつもりよ。宮古野君は現状、私たちとの直接対決に踏み切る自信は持っていない。いざという時は、いくらか犠牲を払ってでも、脱出し、また別の場所で、あなたと二人で新しい犯罪計画を実行すればいい。「黒の勇者」、宮古野君を確実に葬れるほどの新たな戦力も用意して、この世界を私たちの思いのままに操る。ただ、それだけのことよ。」

 『クックック。自分の仲間どころか、俺様の仲間まで容赦なく使い捨てようとするとは、本当に怖い女だぜ、お前は。あのクソ女神よりもずっと冷酷で頭が切れる。そんなところを俺は気に入ったんだぜ、スズカ。』

 「ありがとう、プララルド。さて、結界展開装置の様子を見に行くとしましょう。それと、念のため、「白光聖騎士団」の隊長たちに「風の迷宮」を攻略させに向かわせるとしようかしら。勇者の血を受け継ぎ、歴代最強の勇者パーティーを超えた、Lv.150の強化改造されたヴァンパイアロードの彼らなら、ダンジョンを攻略して「聖弓」を手に入れるなんて余裕のはず。戦力が足りないなら、増やして攻略させればいい。替えの駒だっていくらでもいるわ。「聖弓」を「弓聖」であるこの私が持っていると知れば、ゾイサイト聖教国政府やリリア聖教会の態度も少しは変わるかもしれない。「聖弓」を持つこの私が、ゾイサイト聖教国専属の勇者として力を貸すと言えば、連中の中からこの私を勇者として受け入れようと考える欲深い人間が現れるはずよ。朝まではまだ、十分時間もある。夜はヴァンパイアロードが最も活性化する時間でもある。一つでも多く保険を用意しておくのも戦略としては大事なこと。「黒の勇者」に邪魔されない内に、色々と準備を進めるとしましょう。」

 『あの元聖騎士どもに「風の迷宮」を代わりに攻略させるか。まぁ、アイツらは確かにLv.150の強化した吸血鬼だし、元々ある程度の実力は持っていた。ダンジョンを攻略して「聖弓」を手に入れることもできなくはねえだろ。ただ、アイツら、力はあっても、頭の方がイマイチ足りてねぇというか、どっか抜けてる感じがして、俺様的にはちょっと不安ではあるんだが。けど、Lv.150もあることだし、半不死身だし、多少お馬鹿でも何とかやるだろ。いざとなりゃ、替えの兵士を大量に作って送り込めばいいわけだしな。ダンジョン攻略も悪くねえな。』

 「見栄っ張りのお馬鹿な隊長さんがリーダーでも、彼らは使える駒よ、プララルド。ダンジョン攻略にいずれ使おうとも思っていたし、ちょっと計画が前倒しになっただけよ。攻略に失敗した時は、彼らの犠牲を参考に分析を行い、攻略に必要な戦力を用意してダンジョンを攻略させればいいの。強化改造した彼らの性能テストも兼ねて、今回のダンジョン攻略への派遣は良い実験になるはずよ。」

 『ヒハハハ!所詮、あの元聖騎士どもは実験用のモルモットってわけか!連中の性能テストとダンジョン攻略の一挙両得を狙おうってか?失敗しても、実験用のモルモットが死んだだけのことってか?どこまでも冷酷で計算高い女だな、スズカ。』

 「早速、「風の迷宮」を攻略するよう、指示を出すとするわ。私たちのダンジョン攻略阻止と、刑務所への襲撃、この両方を同時に行うことは、いくら宮古野君でもできるわけがない。仲間と手下の数を考慮した場合、人員の数はこちらが圧倒的に多い。少数精鋭では防ぎようがない。私の計画は常に完璧。どんなトラブルが起きようとも、すぐに計算を行い、完璧に軌道修正を行う。私の犯罪計画を止めることは誰にもはできないわ。」

 鷹尾は自信満々に、自らの犯罪計画を成功させることをプララルドの前で宣言してみせた。

 その後、結界展開装置のある東の監視塔へ見回りに行く途中、アーロン外六名の「白光聖騎士団」の隊長たちに、自分の代わりに夜明けまでに、「風の迷宮」を攻略して「聖弓」を手に入れてくるよう、アーロンたちに指示した。

 Lv.150の強化改造されたヴァンパイアロードであるアーロンたちに、「白光聖騎士団」の部下のヴァンパイアロード1,000名の大部隊が、ゾイサイト聖教国の北のトロスバレーにある「風の迷宮」を攻略し、「聖弓」を手に入れ、主である鷹尾に献上すべく、やる気満々で、巨大な蝙蝠に化けて、「風の迷宮」へと飛び立って行った。

 鷹尾はアーロンたちが「風の迷宮」を攻略し、「聖弓」を手に入れて、自分の下に献上してくること、「弓聖」としての力に覚醒し、真の「弓聖」となり、ゾイサイト聖教国の専属勇者兼国家元首となり、地位や権力を確実なモノにすること、自身の思い描く犯罪計画が成功に一歩近づくことなど、内心、期待していた。

 しかし、鷹尾のその願いは、一瞬で粉々に打ち砕かれることになる。

 何故なら、「風の迷宮」はすでに「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈によって攻略され、本物の「聖弓」も木っ端微塵に破壊され、ダンジョンは崩壊して瓦礫の山と化しているからである。

 午前1時過ぎ。

 鷹尾が「風の迷宮」の攻略をアーロンたちに命令してから三時間余りしか経っていないにも関わらず、アーロンたちがシーバム刑務所へと戻ってきた。

 所長室でアーロンたちの帰りを、ソファーの上で仮眠しながら待っていた鷹尾であったが、アーロンたちが思いの外、早く帰還したことに驚き、慌てて起きた。

 所長室へとやって来たアーロンたち七名の隊長の顔は、非常に暗かった。

 隊長たちを代表して、総団長のアーロンが、鷹尾に向かって報告を始めた。

 「タカオ様、大変申し上げにくいのですが、「風の迷宮」の攻略に失敗いたしました。結論から先に申し上げますと、僕たちが到着した時点で、「風の迷宮」がすでに崩壊しておりました。「風の迷宮」は瓦礫の山と化しており、「聖弓」を必死に捜索いたしましたが、発見には至りませんでした。ご期待に添えず、誠に申し訳ございません。」

 アーロンたちから衝撃的な報告を聞かされ、鷹尾もプララルドも、あまりの衝撃にしばらく言葉を失い、その場で固まってしまった。

 それから、ハッと意識を取り戻すと、鷹尾はアーロンに向かって訊ねた。

 「「風の迷宮」がすでに崩壊していた?それは本当なの?原因は一体、何なの?「聖弓」の捜索を行ったそうだけど、捜索はどの程度まで行ったのか、詳細な報告をしてちょうだい!」

 「ご命令通り、私たちは部下1,000名を引き連れ、「風の迷宮」攻略のため、「風の迷宮」がある、北のトロスバレーへと向かいました。「風の迷宮」のあるトロスバレーは別名、「死の谷」とも呼ばれる危険地帯で、その理由は、「風の迷宮」から漏れ出る、あらゆる生物の方向感覚を狂わせる白い霧が、谷一帯を包んでいるためです。ですが、僕たちがトロスバレーに到着した時、トロスバレーを覆う白い霧が消えてしまっていたのです。最初は場所を間違えたのかもしれないと思いましたが、近くに立ち入り禁止の立札があり、そこにはトロスバレーと書かれていました。地図も持っていたため、地図でも確認を行ったところ、僕たちは間違いなく、トロスバレーに到着したことが分かりました。異変を感じた僕たちはすぐに、谷の奥へと進みました。すると、伝承にある通り、「風の迷宮」と思われる、巨大な大聖堂と思しき巨大建築物を発見いたしました。けれど、「風の迷宮」と思しき建物は僕たちが到着した時には、巨大な瓦礫の山と化していました。白い霧が消失したのは、「風の迷宮」が崩壊したことが原因だと、僕たちはすぐに気付きました。尚、「風の迷宮」が崩壊した原因についてですが、周辺の山や地面に大きな亀裂がいくつも見つかったことから、「風の迷宮」付近で直下型地震が起こったためではないかと、推測されます。「聖弓」の捜索についてですが、瓦礫を除去し、全員で「風の迷宮」の最深部と思われる地下の階層まで、ひたすら捜索を行いました。「風の迷宮」は地下深くに続く構造で、地下も瓦礫だらけでしたが、瓦礫はほぼ全て除去し、瓦礫の下に「聖弓」が埋もれていないか、捜索しました。しかし、各階層を調べても、「聖弓」が出てくることはありませんでした。「聖弓」の欠片さえ発見できない状況です。残念ですが、「風の迷宮」の崩壊とともに、「聖弓」は失われてしまった、というのが僕たちの見解です。報告は以上になります。調査結果をお疑いのようでしたら、これからすぐにでも「風の迷宮」の跡地へとご案内いたします。「風の迷宮」が崩壊し、「聖弓」が失われたと知り、僕たちもいまだに信じがたい思いです。」

 アーロンからの報告を聞き終え、鷹尾はその場で頭を抱えた。

 「「風の迷宮」が崩壊していた!?「聖弓」が失われた!?原因は直下型地震!?「聖弓」を入手することさえできれば、私は真の「弓聖」を名乗り、ゾイサイト聖教国との交渉を優位に進めることができたはずなのに!?「聖弓」は私たちにとっての保険の一つでもあったのよ!?何故、私たちが「聖弓」を手に入れようとした矢先に、こんな問題が起こるの?これじゃあ、聖剣を失った「勇者」の島津君と状況が全く同じじゃない?この私まで島津君と同じトラブルに襲われるなんて・・・、同じトラブル?ま、まさか、そんなわけが!?」

 ハッと何かに気付いた様子の鷹尾に、プララルドが訊ねた。

 『ど、どうしたんだよ、スズカ!?「風の迷宮」が、ダンジョンが崩壊したなんて、俺様も驚いたが、元聖騎士どもは嘘を言っているようには見えねえぜ?地震如きでダンジョンが崩れたのにも少し驚きはしたが、三千年も建ってりゃ、ガタがきていてもおかしくはねえと思うぜ?あのクソ女神が作った、適当なモンだしよ。』

 「地震が原因じゃないわ、プララルド。「風の迷宮」は地震で壊れたんじゃない。意図的に、誰かの手で破壊されたのよ。恐らく「聖弓」もね。そして、「風の迷宮」と「聖弓」を破壊した犯人は、宮古野君、つまり、「黒の勇者」よ!」

 鷹尾の衝撃の推理に、プララルドとアーロンたちは皆、驚愕した。

 『く、「黒の勇者」が「風の迷宮」と「聖弓」を破壊しただと!?そ、そんなこと、できるわけがねえ!?ダンジョンはなぁ、たかが人間の勇者如きに破壊できる代物じゃねえ!クソ女神が作ったとは言え、紛いなりにも、女神が作り、女神の力が施された、この世界で最も頑丈な建物なんだぜ?ダンジョンが劣化して、地震の衝撃に耐えきれず、崩れたって言うなら、俺様にも分かる。だがな、いくら何でも「黒の勇者」がダンジョンと聖武器をぶっ壊したなんて、被害妄想も良いところだぜ?大一、クソ女神が許すわけがねえぜ?例え「黒の勇者」でも、ダンジョンと聖武器を破壊することを、あのクソ女神が許すわけがねえ?怒りまくったリリアに勇者をクビにされるか、最悪、俺様たちみたいに封印されるかもしれねえ!「黒の勇者」でも、そこまでキチガイなことをするわけがねえ、そもそも、できるわけねえぜ?頭大丈夫か、スズカ?』

 「タカオ様、プララルド様の仰る通り、いくら「黒の勇者」でも、「風の迷宮」と「聖弓」を破壊できるわけがありません。光の女神リリア様が大事に扱うようにと、勇者専用の武器と、勇者たちへの神聖な試練の場として与えた、聖武器とダンジョンの破壊をお許しになるわけがありません。それに、「黒の勇者」だけで「風の迷宮」を攻略して、「風の迷宮」を破壊する、そんな人外じみた真似をできるわけがございません。」

 「いいえ、「風の迷宮」と「聖弓」を破壊したのは、「黒の勇者」よ。今から四ヶ月前、私がまだ、インゴット王国にて正式な勇者として認められていた頃、インゴット王国で「光の迷宮」が崩壊し、勇者専用の武器、「聖剣」が失われる事件が起こった。その時も、「光の迷宮」が崩壊した原因は地震だと、発表された。あの事件がきっかけで、私たち勇者の間で、勇者筆頭の座を巡る争いが起こった。インゴット王国政府もダンジョンと聖武器の管理を怠ったとして、世界中から非難を浴びた。でも、ちょうどあの事件の頃、宮古野君、「黒の勇者」がインゴット王国や世界各国から、私たち勇者を超える冒険者だと、真の勇者だと呼ばれるようになった。私たちは「聖剣」を失い、それまでの失態も重なり、「黒の勇者」と比較され、偽勇者なんて悪評まで立つようになった。「聖剣」を失った私たちじゃ、魔族討伐はできない、なんて周りから陰口を叩かれるようになった。「光の迷宮」が崩壊した時、「黒の勇者」はインゴット王国に、それも「光の迷宮」の割と近くで活動していた。私たちが勇者としての正式なデビューを行うちょうどその時期に事件が起こった。そして、今回、私たちが「風の迷宮」を攻略しようと動いた途端、「風の迷宮」が崩壊し、「聖弓」まで失われた。原因は「光の迷宮」の時と同じ地震だと。アーロンたちの話から「黒の勇者」は少なくとも五日前にはゾイサイト聖教国に到着していた。今日、私たちのいる刑務所を襲撃するまでに、最低でも五日の時間が彼にはあった。「黒の勇者」は私たちを討伐するために情報収集や作戦の用意を行っていただけと言えるかしら?そうとも言えないわ。「黒の勇者」は私たちが「風の迷宮」を攻略していない事実を知り、私たちの討伐より先に、「風の迷宮」を攻略して「聖弓」を破壊することを思いつき、そして、実行した。もしかしたら、私たちが「聖弓」を手に入れ、ゾイサイト聖教国政府に真の勇者を名乗って交渉するかもしれない、そう考えてね。「黒の勇者」、宮古野君は女神から私たち元勇者の討伐を命じられている。女神としては、私が「聖弓」を手に入れることを好ましくは思っていない。「黒の勇者」は何としてでも私たち元勇者に復讐したい。おまけに、「黒の勇者」は女神より圧倒的な力を授けられている。女神と「黒の勇者」の利害が一致し、女神がダンジョンと聖武器の破壊についても正式に許可を出した。「黒の勇者」が女神の許可を得て、ダンジョンと聖武器の破壊を実行した、そう考えれば、全ての辻褄が合うわ。「黒の勇者」、宮古野君は女神を完全に味方につけた。私たちを討伐するため、復讐するためなら、女神が許す限り、女神のサポートがある限り、何をしたって許される。最強のバックアップを受けた復讐者と言うべきかしら。「黒の勇者」、彼は想像以上に厄介な敵だと分かったわ。地震を起こすほどのパワーまで女神から与えられている、これが事実なら、彼は機会さえあれば、私たちを一瞬で葬る力さえ持っているかもしれないわ。何重にも対抗策を用意しないと彼には勝てない。そう考える必要があるわ。」

 鷹尾の推測を聞き、プララルドもアーロンたちも言葉を失った。

 『スズカ、お前の推測が仮に本当だとしたら、マジでヤバいぜ!?あのクソ女神はお前や俺様たちをぶっ潰すために、完全に手段を選ばなくなったってことになる!「黒の勇者」とか言う人間に、女神の加護だとかジョブだとかスキルだとか、そんなモンを通り越した力を与えたかもしれねえ!「黒の勇者」の奴は、もしかしたら、俺様たちに匹敵、あるいはそれ以上の肉体や能力の持ち主に改造されてるかもしれねえ。くそっ、仮に天使級に改造されていた場合は厄介だぜ。不老不死の体と不滅の魂まで持たされている可能性がある。天使を殺すことは俺様たちにも無理だ。何とか抑えつけることはできるかもしれねえが。準天使みたいな化け物まで作って寄越してくるとは、あのクソ女神が、マジで見境無しにブチ切れたと見えるぜ。俺様にとってもコイツは想定外だぜ。』

 「く、「黒の勇者」が天使級の怪物!?タカオ様たちでも殺せない、不死身の怪物かもしれないと!?女神リリア様までがあの憎き勇者に肩入れしていると!?くそっ!?どうして、どうして、あの男ばかりが優遇されるんだ!?聖教皇陛下だけでなく、女神様まで、「黒の勇者」に力も名声も富も、勇者の称号も、何もかもお与えになっただと!?あの悪魔が真の勇者、女神さまがお作りになった天使だと!?ふ、ふざけるなぁーーー!?」

 鷹尾とプララルドの話を聞き、アーロンは、自分を破滅寸前へと追い込んだ怨敵である「黒の勇者」が、自分が崇拝する女神リリアが特別の加護を与えた、堕天使でさえ殺せない、不死身にして女神の真の使徒とも呼べる天使級の存在であるかもしれないという可能性があることを受け入れられず、悔しさと憎しみから、周りの目も気にせず、その場で激高した。

 他の六人の隊長たちは、激高し取り乱すアーロンを慌てて取り押さえた。

 しかし、六人の隊長たちも「黒の勇者」に関する信じがたい推測を聞き、内心、激しく動揺していた。

 「落ち着きなさい、アーロン!プララルドの話はあくまで推測よ!「黒の勇者」が本当に準天使級の不死身の怪物かどうかは、まだ決まったわけじゃないわ!「黒の勇者」が女神と結託し、女神から私たちの想像以上の能力を与えられている、厄介で危険な敵であることは事実ではある!けれど、例え殺すことはできなくても、動きを封じることはできる!彼が本当に不死身かどうかも微妙なところよ!分かったなら、いい加減に取り乱すのを止めて、「黒の勇者」への対抗策を考えることに集中しなさい!プライドを傷つけられると、すぐに取り乱して、怒りの感情に流されて暴れ回るか、ひたすら自分を取り繕うか、どこかの勇者と全くそっくりね。これ以上、私の前で醜態を晒すようなら、あなたをここから追い出してもいいのよ。私は感情に流されて、物事を客観的に見ることができない、まともに計算のできないお馬鹿さんは嫌いなの。「黒の勇者」に復讐する気も、私の計画に協力する気もない、そう言うなら、好きにするがいいわ。私は別にあなたが自分からここを出て行こうと引き留めるつもりはないしね。他の隊長たちも好きにするが良いわ。最も、あなたたちだけで、「黒の勇者」やゾイサイト聖教国と戦えるのかは疑問だけど。」

 鷹尾の言葉を聞いて、アーロンは落ち着きを取り戻した。他の六人の隊長たちも、刑務所以外に行く当てもなく、「黒の勇者」やゾイサイト聖教国政府と自分たちだけで戦える自信があるわけではないため、刑務所に残る以外に道はなかった。

 「大変お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした、タカオ様。僕は引き続き、タカオ様とともに、「黒の勇者」やゾイサイト聖教国政府と戦います。例え相討ちになろうとも、「黒の勇者」を討ち取って御覧に入れます。どうか、この僕、アーロン・エクセレント・ホーリーライトに汚名返上のチャンスをください。お願いいたします、タカオ様。」

 アーロンがかしずきながら、鷹尾に頼んだ。

 「良いでしょう、アーロン。二度とこの私の前で同じような醜態を晒さないと誓いなさい。「黒の勇者」との戦いはこれからよ。「黒の勇者」を全力で倒すことにだけ集中しなさい。私やプララルドたちもあなたやあなたの仲間たちに手を貸してあげる。その代わり、必ず結果を出しなさい。分かったわね?」

 「はい、タカオ様。お許しいただき、ありがとうございます。必ずや、「黒の勇者」を討ち取ってみせます。タカオ様の計画成功のため、全身全霊でつくさせていただきます。」

 アーロンの言葉を聞き、鷹尾はひとまず納得した。

 「「風の迷宮」の調査、ご苦労様。あなたたち、もう帰っても良いわよ。部屋に戻ってゆっくり休みなさい。早朝、また詳しい指示を出すから。必ず、残りの人質たちを「黒の勇者」に奪われないよう、全力で死守しなさい。分かったわね?」

 鷹尾からそう言われ、アーロン外六名の隊長たちは、所長室から出て行った。

 アーロンたちが出て行った後、鷹尾は呟いた。

 「宮古野君、まさか彼に「風の迷宮」を先に攻略されるとは、予想外だったわ。「聖弓」まで破壊されるなんて。女神と「黒の勇者」が、「風の迷宮」と「聖弓」を破壊して、私たちの計画を妨害してくる、その可能性を失念していたなんて、私としたことがとんだミスをやらかしてしまったわ。私たちを排除するためなら、復讐するためなら、彼らも手段を選んでこない、至極当然のことよね。けれど、規格外の戦力を持っているのはこちらも同じ。女神のバックアップを受けているからと言って、私の立てた犯罪計画を全て打ち破ることは不可能よ。臨機応変な対抗手段をこちらはいくつも持っている。最後に笑うのは私たちよ、「黒の勇者」。」

 鷹尾は不敵な笑みを浮かべながら、勝利への自信を露わにした。

 「鳥籠作戦」二日目。

 午前6時。

 日が昇る直前の早朝、鷹尾はこっそりとアーロン外「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが寝泊まりしている、刑務所西側の棟を訪ねた。

 それから、アーロンの部屋を訪ね、ゾイサイト聖教国各地で軍事クーデターを起こし襲撃する作戦の詳細を教えると、アーロンにグラッジ枢機卿に作戦の内容を伝えるよう、指示した。

 誰にも見つからないよう、アーロンの部屋を出ると、ふたたび刑務所北側の棟の所長室へと、こっそりと戻ったのであった。

 午前7時。

 鷹尾たち一行はゾイサイト聖教国政府に対し、今日の午後6時までに全面降伏するよう、当初の要求より降伏する期限を早めた。

 要求に従わない場合、手下のヴァンパイアロードたちを放って、ゾイサイト聖教国各地を一気に襲撃し、無差別に国民を殺害すると脅迫した。

 ミストルティンを主人公に奪われはしたが、5万人の人質たちがいる上、ミストルティン以外の戦力は残ったままで、ゾイサイト聖教国政府を乗っ取るためには十分な戦力を有していたため、鷹尾たちにはゾイサイト聖教国に勝利するだけの自信がまだ、あった。

 ゾイサイト聖教国政府が要求を断ってきた場合、グラッジ枢機卿率いる反教皇派の軍勢50万人と秘密裏に合流し、大規模な軍事クーデターを起こして一気にゾイサイト聖教国を攻め落とす計画も進めていた。

 「黒の勇者」とゾイサイト聖教国が手を組み、反攻してこようとも、対抗できる自信があった。

 奪い返されたミストルティンで反撃されることが唯一の懸念であったが、ミストルティンの性能を分析し、ミストルティンはセイクリッドオリハルコン製の矢である都合上、ある一定以上の強風の下では強風に煽られ、狙撃目標が外れてしまう弱点があることを、鷹尾は見抜いた。

 強風を起こす魔法やスキルがあれば、ミストルティンの発射を妨害できると気付き、また、夜などの視界が悪い状況でも使用に制限がかかると気付き、ミストルティンで攻撃された場合への対抗策も用意したため、鷹尾たち一行はミストルティンなど恐れるに足りない、と高をくくっていた。

 午前9時。

 人質たちを監禁している三つの独房棟に、鷹尾たち一行の姿があった。

 手下のヴァンパイアロードたちに、アーロンたち「白光聖騎士団」も集まっていた。

 鷹尾が全員に向かって大声で話しかけた。

 「今日が私たちの計画の最終段階を進める大事な日となる!みんな、今日が計画の山場よ!こちらにはまだ、5万人の人質が残っている!ゾイサイト聖教国を攻め落とすだけの十分な戦力もある!奪われたミストルティンへの対抗策も用意した!「黒の勇者」に人質を奪われることだけは何としても防ぎなさい!昨日のような失態を犯さないよう、全員、気を引き締めて警戒に当たるように!私たちの勝利はもう目前よ!絶対に計画を成功させるわよ、みんな!」

 鷹尾の鼓舞する言葉に、聞いていた全員が「オー!」という大きな声を上げて、一斉に答えた。

 「「黒の勇者」を味方に付けて一度反撃を成功させた程度で、私たちを倒せると勘違いしているゾイサイト聖教国に、私たちを返って刺激するような愚かな選択をしたと、後悔させてあげるとしましょう。けど、人質は私たちにとって大事な交渉材料で保険の一つであることは変わらないわ。下長飯さん、グリラルド、例の毒ガス対策の魔道具とやらの設置をお願いしてもいいかしら?」

 鷹尾の問いに、グリラルドと下長飯が答えた。

 『無論じゃ。儂のとっておきの魔道具を披露するとしよう。キンゾウよ、準備はできておるな?』

 「ああっ、できているぞ、グリラルド。では、早速。強奪金庫!」

 下長飯が右手を突き出すと、右手が金色に光り輝く。

 下長飯の左横の空間に、ぽっかりと小さな穴が開き、下長飯が穴に右手を突っ込むと、中から銅製の四枚羽根の小型扇風機ような魔道具を取り出した。

 「鷹尾さん、これが毒ガスを無効化できる魔道具だ。グリラルド、詳しい説明をみんなにしてくれ。」

 『儂がか?昨日、貴様に散々説明したんじゃから、貴様がすればいいじゃろうが?全く、どこまで人任せの無責任な男なんじゃ、貴様は?50過ぎの大の男が情けない。はぁ、しょうがない。この魔道具の名前はピューリファイザーと言う。これは、先端に付く風車から空気を取り込み、取り込んだ空気を浄化し、あらゆる生物に無害な空気へと変えて送り込むという機能を持った、儂の自慢のコレクションの一つじゃ。これ一台で、この刑務所全体の空気を常に浄化できる優れた逸品じゃ。例え、「黒の勇者」とやらが毒ガスをバラまこうが、有害な病原菌をバラまこうが、このピューリファイザーは空気中のあらゆる有害物質を浄化し、無力化させることが可能なのじゃ。皆の者、お気に召していただけたかな?』

 「素晴らしいわ、グリラルド!これさえあれば、宮古野君は毒ガスを使って、私たちを眠らせることはできない!致死性の毒ガスやウイルスを使った攻撃にも対応できる!では、早速、ピューリファイザーの設置と起動をお願いするわ!」

 鷹尾に指示され、下長飯とグリラルドは、中央の独房棟のちょうど中心にピューリファイザーを設置し、魔力を流し込んで起動させた。

 ブーンという音を立てながら、ピューリファイザーが動き始めた。

 ピューリファイザーの起動を確認すると、鷹尾は下川に指示した。

 「下川君、ラスラルド、ピューリファイザーの警備をよろしく頼むわね。ピューリファイザーは今後の作戦にも使える重要な防御装置にもなり得る。宮古野君に破壊されないよう、必ず守り通してね。」

 「任せてくれよ、鷹尾さん!俺をロリコン呼ばわりしたあのクソ野郎には指一本、触れさせはしねえ!毒ガスなんぞ、この俺には全く効かねえ!「激高進化」は今も発動中だ!アイツがここに潜り込んで来た途端、俺の鉄拳でぶっ殺してやるぜ!とっとと来やがれ、宮古野!」

 『ユウスケ、昨日と違っていい感じに怒りが仕上がってきてるぜ。「激高進化」の調子も問題ねえ。「黒の勇者」が現れたら、俺たちで速攻で叩き潰す。魔道具の警備なんぞ余裕だ。スズカ、ユウスケと俺は絶好調だ。俺たちに任せりゃ、全部解決だ。』

 下川とラスラルドが、ピューリファイザーを必ず守り抜くと、自信を露わにした。

 「よろしくね、二人とも。都原さん、あなたは右側の棟を、早水さんは左側の棟を、それぞれ中心になって警備をお願いするわ。妻ケ丘さんは東の監視塔から外の監視をお願いね。乙房さんと下長飯さんは、刑務所内の見回りをしてちょうだい。「白光聖騎士団」の皆には、独房棟の警備を担当してもらうわ。下川君、都原さん、早水さんをリーダーに、各自警備に当たるように。元囚人のみんなは、決して自分たちの独房から出ないように。この後、各独房の扉に鍵をかけます。独房にいる人質たちを絶対に逃がさないよう、監視しなさい。私は所長室から全体の指揮を執ります。何か異常があれば、些細なことでもすぐにこの私に報告するように。では、各自持ち場についてちょうだい。」

 鷹尾は、残りの仲間たちと部下たちに、警備体制について指示を出した。

 鷹尾たちは「黒の勇者」こと主人公に、残りの人質たちを奪取されないよう、これまで以上に気合を入れて、警備へと当たっていた。

 午後1時20分。

 刑務所内に最初の異変が起こった。

 中央の独房棟のちょうど中心で、ピューリファイザーの警備を担当していた下川であったが、急に背後にあるはずのピューリファイザーから、ブーン、という四枚羽根を回転させる音が聞こえなくなったのを感じた。

 下川が後ろを振り返った瞬間、そこには原型も留めないほどに粉々に破壊された後の、無惨なピューリファイザーがあった。

 ピューリファイザーがいつの間にか粉々に破壊されている事実を知り、下川は途端に動揺した。

 「ピュ、ピューリファイザーが、ピューリファイザーが壊れちまってるー!?な、何で、どうしてなんだよ、くそがーーー!?」

 『ピューリファイザーが壊されただと!?こ、こんなこと、あり得ねえ!?ユウスケ、とりあえず落ち着け!?「激高進化」が解けかかっているぜ!怒りを燃やし続けろ!警戒を解くんじゃねえ!「黒の勇者」はまだ近くにいるはずだ!奴を逃がすんじゃねえ!』

 混乱する下川を、ラスラルドが諫めた。

 下川の悲痛な叫び声を聞き、独房のある棟を警備していた者たちが下川の周りに集まってきた。

 そして、無惨に破壊されたピューリファイザーの姿を見て、集まった誰もが皆、口を開けて驚愕した。

 さらに、第二の異変が起こった。

 突如、どこからともなく、キバタンの入ったケージと、ドッペルゲンガーマスクが、中央の独房棟の床に現れたのだった。

 キバタンが、下川たちの前で、嫌がらせのメッセージを何度も繰り返し、大声で鳴き叫ぶ。

 「ミヤコバル カナウ、バケモノ!ミヤコバル カナウ、バケモノ!ミヤコバル カナウ、バケモノ!~」

 嫌がらせのメッセージを聞き、右側の棟から急いで現場に駆けつけてきた都原は、途端に怒り狂った。

 「だ、誰が化け物ですって!?私は化け物じゃないわよ!?このオウム、今すぐぶっ殺す!」

 都原がキバタンの入ったケージを掴み、ケージの中にいるキバタンを殺そうと右手を振りかざした瞬間、早水が都原を止めにかかった。

 「落ち着いて、叶!これは宮古野の罠よ!叶は化け物なんかじゃないから!挑発に乗っちゃダメ!鷹尾さんにも言われたでしょ!このオウムはムカつくけど、大事な証拠よ!鷹尾さんに見せるまで、コイツは殺しちゃダメ!分かった?」

 「くっ!?分かったわよ、明日香!宮古野の奴、後で絶対、ぶっ殺す!私を化け物呼ばわりした借りは100倍にして返してやるわ!」

 早水に止められ、どうにか落ち着きを取り戻した都原であった。

 だが、最後の異変が、間髪入れずに、下川や都原、早水たちを襲った。

 元囚人のヴァンパイアロードたちと、人質の人間たちを閉じ込めている各独房の扉が、何度もドンドンと激しく内側から叩かれ、下川たちを呼ぶ声が聞こえてきた。

 「人質が逃げたぞー!?早く来てくれー!?」

 人質が逃げた、人質がいつの間にか消えてしまった、早く扉を開けて見てくれ、そんな声が、各独房から一斉に聞こえてくる。

 独房棟で起こった異変を聞きつけ、鷹尾、妻ケ丘、乙房、下長飯の四人が、慌てて独房棟へとやって来た。

 急いで各独房の扉の鍵を開け、独房の中を確認すると、独房の中に監禁していたはずの5万人の食料兼人質の人間たちが全員、いつの間にか逃げてしまった後だった。

 毒ガス対策用の重要な魔道具、ピューリファイザーは粉々に破壊され、主人公が犯行の証として残したキバタンの入ったケージと、ドッペルゲンガーマスクが残されていた。

 主人公に残りの人質を全員、奪還され、さらにピューリファイザーまで破壊された事実に、鷹尾は困惑と怒りを露わにした。

 「5万人の人質を全員、奪われたですって!?大事なピューリファイザーまで破壊された!?下川君、都原さん、早水さん、他の警備担当の者たち、一体、どうしてこんなことになってしまったのか、キチンと納得のいく説明をしてもらえるかしら?あなたたち、ちゃんと警備をしていたの?私の指示を聞いていなかったのかしら?」

 「た、鷹尾さん、俺は確かにピューリファイザーをちゃんと警備していたんだ!俺もラスラルドも、ピューリファイザーの傍からは片時も離れはしなかった!俺が前方、ラスラルドが後方を、ずっと見張っていたんだ!宮古野がピューリファイザーに近づける隙はどこにもなかった!でも、いつの間にか、ピューリファイザーが壊れてたんだよ!俺たちはちゃんと二人で見張ってたんだ!そうだろ、ラスラルド?」

 『ああっ、ユウスケの言う通りだぜ。俺もユウスケも、ピューリファイザーからはずっと目を離さず、警備していた。俺たちとグリラルド以外に、誰もピューリファイザーの傍に近づいた奴はいねえ。鼠一匹すらな。だが、いつの間にか、瞬きもしねえ一瞬の間に、ピューリファイザーがぶっ壊れてたんだ。俺もユウスケも嘘は言ってねえぜ、スズカ。』

 「おい、グリラルド、下長飯のオッサン!アンタら、俺たちに壊れかけの魔道具を守らせたんじゃねえのかよ!?メンテナンスとか言って触っていたけどよ、ちゃんとメンテナンスしてたのかよ?テメエらがどっか弄ったせいでぶっ壊れたんじゃねえのか?」

 下川が、グリラルドと下長飯の二人を非難した。

 『この儂が壊れかけの魔道具を渡したなどと、言いがかりをつけるでない、人間の小僧が!儂のピューリファイザーは常に完璧な状態で維持されておる!メンテナンスも完璧じゃ!小僧、ラスラルド、貴様ら二人がボゥーっと見張っていて、隙を付かれて「黒の勇者」に大事なピューリファイザーを壊されたんじゃろうが!言い訳なんぞしおって、みっともないぞ!』

 「下川、ピューリファイザーは正常に作動していた。最初からどこも壊れてはいなかった。私とグリラルドのメンテナンスも、軽く触れて外から見る程度で、別に壊すようなことはしていない。ピューリファイザーは絶対に守り通すと啖呵を切った割に、魔道具一つ守れないとは、君こそクズの足手纏いじゃないか?宮古野をぶっ殺すとも言っていたが、まんまとしてやられた上に、言い訳までするとは、本当にみっともない。」

 「下長飯、テメエ、調子に乗ってんじゃねえぞ、コラっ!簡単に壊れるような不良品を寄越したのはテメエだろうが!グリラルドがいねえと何もできねえ、役立たずのオッサンが、俺に偉そうに説教すんじゃねえぞ!テメエもグリラルドも、まとめてぶっ飛ばすぞ、ああん!?」

 下長飯が下川を挑発し、二人が一触即発の状態になった。

 「止めなさい、二人とも!今は喧嘩をしている場合ではないでしょうが!下川君、ラスラルド、ピューリファイザーは不良品の魔道具ではなかった!ちゃんと正常に動いていたのは、私や他の皆も確認している!方法は分からないけど、ピューリファイザーは宮古野君、「黒の勇者」によって破壊された、そう考えるのが妥当でしょうね。あなたたち二人がピューリファイザーの警備に失敗した、これもまた事実よ。敗北と失敗を素直に受け入れなさい。下長飯さん、グリラルド、下川君たちが自分たちの失敗の責任をあなたたちに押し付けようとした態度には問題があります。だけど、年長者であるなら、もう少し配慮ある言葉で言い返すこともできたはずです。下長飯さん、下川君をわざと挑発するような、大人げない態度は止めてください。下川君が第二の宮古野君になるような、あの時と同じような間違いをふたたび犯すようなら、あなたにはここから出て行ってもらいます。分かりましたね?」

 「す、すまない、鷹尾さん!?下川を挑発したことは間違いだった!下川、ラスラルド、挑発してすまなかった!私も言い過ぎた!許してくれ!」

 「ちっ!こっちこそ、悪かったよ、オッサン、グリラルド!ピューリファイザーが壊されたのは、俺とラスラルドのミスだ。すまねえ、鷹尾さん、みんな。」

 鷹尾に叱られ、下長飯と下川はひとまず和解した。

 「ピューリファイザーの件はここまでとしましょう。一番の問題は、大事な人質を全員、奪われたことよ。食料兼人質の人間を全員、「黒の勇者」に奪われた、これは大問題よ。独房の中で監視をしていた人たちは一体、何をしていたのかしら?何が起こったのか、正直に答えなさい。」

 鷹尾の問いに、独房で監禁していた人質の人間を見張っていた、元囚人のヴァンパイアロードの一匹が、鷹尾の前に出て、恐る恐る質問に答えた。

 「タカオ様、俺たちは確かに独房の中で人質の人間どもを見張っていたんです。昼間だけど、眠気もこらえて、ずっと人質を見張ってたんです。でも、今さっき、突然、目の前にいたはずの人質が消えちまったんです。まるで、煙のようにフッと消えちまったんです。始めから俺たちの目の前にいなかったかのように。独房の扉は、タカオ様たちが鍵を開けてくれるまで、ずっと閉まっていました。扉は一度も開きませんでした。いつ、人質が逃げたのか、どうやって、独房から逃げたのか、俺たちにも皆目見当がつかないんです。本当にすみません。」

 「都原さん、早水さん、「白光聖騎士団」のみんな、棟内を警備していたあなたたちは何か、警備中に気が付いたことはなかった?都原さん、あなたは確か、熱感知能力を持っていたわよね?あなたの熱感知に、何か引っかかったモノはなかった?」

 「ええっと、鷹尾さん、確かに私は熱感知の能力を持っているけど、ずっと使ってたわけじゃないの。だけど、熱感知の能力を使って、時々、独房の中を覗いて確認したわ。私が独房を調べた時、独房の中に三人以上の体温は検知されなかった。嘘はついてないわよ。マジで本当だから。宮古野の奴が独房の中に入ったら、すぐに分かったはずなの。だから、アイツがどうやって、独房の中にいる人質を連れ出したか、マジで分かんなくてさ。」

 「私も聴覚を強化して、変な音が聞こえたりしないか、グラトラルドと一緒にチェックしながら、警備をしていたわ。だけど、独房を破るような音や、宮古野の話し声なんかが聞こえてくることは全くなかった。ピューリファイザーが壊れたって言う下川の叫び声が聞こえる直前に、刑務所内の人の声とか息遣いが急に減った、そんな違和感を感じたわ。もしかしたら、人質は全員、一斉に外へと運び出されたんじゃないかって、私は思うんだけど。」

 「タカオ様、僕たち「白光聖騎士団」は全員、三つの棟の廊下から階段、出入り口まで、あらゆる場所に立って警備していました。3,500名全員が、棟内のあらゆる場所を、あらゆる角度から、隅々まで見張っていました。棟内に侵入した不審者は誰もおりません。出入口の警戒は特に厳重に行っていました。「黒の勇者」が棟内に侵入し、我々の警戒網を欺き、人質を全員、救出したとは、にわかには信じがたいことです。僕たちも「黒の勇者」の犯行の手口が分かりかねているところです。」

 都原、早水、アーロンからも報告を聞き、鷹尾はしばらくその場に立って考え込んだ。

 「独房の扉を無理やり開ければ、警報が鳴る仕組みだった。独房は今朝、完全に施錠した。私たちが駆け付けるまで、独房の扉は閉まったままだった。棟内は至る所に警備の人員が立っていた。熱感知によるチェックに、不審な人物は引っかからなかった。不審な物音が聞こえることもなかった。ピューリファイザーは朝から正常に起動していて、毒ガスは常に無効化される状況だった。独房内のヴァンパイアロードたちはずっと、人質たちを見張っていた。そして、ピューリファイザーは突然、下川君たちの気付かない内に破壊され、各独房にいた5万人の人質たちはいつの間にか、逃がされてしまった。気になるのは、人質が煙のように目の前から突然、消えてしまった、という点ね。人間が煙のようになって消える、そんなことはあり得ない。人質の人間全員が、肉体を煙のように変えられる能力を持っていたなら、話は別だけど。分厚い金属の扉と鉄筋コンクリートの壁に覆われ、独房内にまで見張りがいた状態で、5万人もいた人質を一斉に独房から脱出させる、そんな方法があると言うの?」

 『スズカ、大分苦戦しているみてえだな。頭脳明晰なお前にしちゃあ、珍しい。何となくだが、俺様には「黒の勇者」の奴が何をしたのか、おおよそ検討は付いているぜ。』

 「プララルド、あなた、「黒の勇者」がどうやって人質を一斉に奪い返したかが分かったって言うの?何か分かったことがあるなら、今すぐ教えてちょうだい。」

 『良いぜ。と言っても、かなり馬鹿げた、強引な方法ではあるがよ。召喚術ってのは、知っているか?』

 「召喚術?私たちを勇者としてこの異世界に召喚した、召喚術士とか言う人たちが使う魔法のことで合ってるかしら?」

 『その通りだ。まぁ、異世界召喚なんて大層なことは、女神の手助けなしには普通はできねえ。召喚術ってのは、遠くにあるモノや人を自分の下へと呼び出すって言う魔法だ。魔法陣で事前にマーキングしたモノや人間を、遠くにいても呼び出すことができる、言わば一方通行の転移魔法とも言える。と言っても、何十㎞も遠くに離れた人間や、とんでもなくデカくて重たい物を召喚するには、膨大な魔力が必要だ。そんなことができる召喚術士は早々、いやしねえ。けどよ、「黒の勇者」、奴はクソ女神がとんでもねえ加護を与えた人間だ。準天使級の化け物かもしれねえ奴だ。なら、奴の持っている魔力だって、桁違いの量に違いねえ。そして、奴が召喚術を使うこともできるなら、奴にとってはそう難しいことじゃねえはずだ。お前が今朝、人質の人間どものいる独房に鍵をかける直前までに、奴が独房の中に入り込んで、人質の人間どもに、召喚術用の魔法陣をこっそりと刻んでおく。それで、時間になったら、召喚術を発動して、独房の中にいる人質を全員、刑務所の外にいる自分の下へと召喚して逃がす。奴が昨日の内から召喚術を仕込んでいたなら、説明がつくぜ。』

 「「黒の勇者」は召喚術を使える、召喚術を使って一度に人質たちを全員、刑務所への外へと逃がして脱出させた。召喚術、久しぶりにその名前を聞いたわ。召喚術の存在は盲点だったわ。私たちは昨日、三時間ほど意識を失っていた。昨晩から今朝にかけてまで、独房に鍵はかけていなかった。警報装置も切ったままだった。迂闊だったわ。宮古野君が召喚術を使えるなら、プララルドの言ったやり方で、人質たちを一瞬で消したかのように独房から脱出させることもできなくはない。でも、それなら、ピューリファイザーは一体、どうやって破壊したのかしら?召喚術ではピューリファイザーを破壊することはできないはずよ。ピューリファイザーか、ピューリファイザーの周りに魔法陣を仕込んで、爆弾を送りつけてきて破壊した、とでも?」

 『爆弾なんぞ送りつけてきたら、すぐにラスラルドたちが気付くはずだ。爆弾を使って壊されたようには見えねえぜ。召喚術は関係ねえ。ピューリファイザーは恐らく、直接破壊された。「黒の勇者」は恐らく、「暗殺者」のジョブとスキルに近い能力を持っているに違いねえ。奴は自由に姿を消せる。声や足音なんかも消せる。「暗殺者」の能力持ちなら、俺様たちに気付かれずに、ある程度行動することができる。奴は姿を消しながら、ピューリファイザーからある程度離れた位置まで接近した。ラスラルドに気配を察知されない、ギリギリのラインまでな。それから、スピードのある風魔法を使って、ピューリファイザーを破壊した。ピューリファイザーは空気を吸い込むんだろ?なら、空気を利用する風魔法を他の空気と一緒に吸い込んじまう。そしたら、吸い込んだ空気と一緒に、奴の放った風魔法が炸裂して、ピューリファイザーは勝手に破裂して壊れたように見せかけて、破壊できる。「黒の勇者」は複数のジョブとスキルを持つ勇者なんだろ?なら、「暗殺者」の能力をいくつか持っていても、不思議はねえ。どうだい、俺様の推理はよ、スズカ?』

 「「黒の勇者」が「暗殺者」系のスキルを複数、所持している。「黒の勇者」が何かしら姿を消す手段を持っている可能性は私も考えていたわ。宮古野君は自分の存在を自由自在に消すことができる。それを可能とする「暗殺者」のスキルをいくつも持っていて、組み合わせて使うことができる。それが事実だとしたら、彼を発見することはかなり困難だということになる。もっと最悪なのは、召喚術士の仲間がいるかもしれない、ということよ。この刑務所に潜伏している召喚術士の仲間が、宮古野君や彼の仲間たちを自由に召喚できて、結界を飛び越えて何時でも彼らが侵入できるとなったら、かなりマズいことになるわ。今からでも爆弾を仕掛けて、それから、召喚術で脱出した後、爆弾でこの刑務所を吹き飛ばす、そんなことさえ可能になる、ということになりかねないわよ。」

 『それは、否定できねえな。他にも腕利きの召喚術を使える仲間が複数いたら、できなくもねえ。おい、となると、今すぐこの刑務所に奴が爆弾を仕掛けていかなかったか、調べさせねえとヤベえぞ。ミストルティン並みの爆弾なんぞ仕掛けられたら、いくら俺様たちと融合していても、命の保証はできねえぞ。俺様たち以外は全滅、なんてことになりかねねえ。急いで調べさせろ、スズカ!』

 「くっ!?みんな、急いで爆弾が仕掛けられていないか、調べるわよ!人質を全員、奪還した今を狙って、「黒の勇者」が爆弾で刑務所ごと私たちを爆破して殺そうと考えてもおかしくはないわ!徹底的に、隅々までチェックするのよ!さぁ、急いで!」

 鷹尾とプララルドの話を聞き、鷹尾から「黒の勇者」が爆弾を刑務所に仕掛けた可能性を指摘され、話を聞いていた仲間や手下たちは全員、大慌てで、刑務所内に爆弾が仕掛けられていないか、血眼になってチェックした。

 三時間後、午後4時。

 鷹尾たちは刑務所内を隅々まで調べたが、爆弾が仕掛けられた形跡はどこにもなかった。

 爆弾で刑務所を爆破される最悪の事態も起きなかった。

 爆弾が仕掛けられていないことを知り、安堵する鷹尾たちであった。

 「さすがに爆弾を仕掛ける余裕はなかった、あるいは、人質全員の救出が確認できる確証が得られない中で爆弾を仕掛けるのは躊躇った、と言ったところかしら。けど、油断はできないわ。定期的に爆発物等の不審物が仕掛けられていないか、見回りを行うようにしましょう。ゾイサイト聖教国が私たちの要求を飲むか否か、回答期限まで残り二時間を切った。元囚人のみんなは休んでもらって結構よ。さて、爆弾騒ぎで忘れていたけど、宮古野君、彼は今回もまた、オウムとメッセージカード、それと、ドッペルゲンガーマスクを送りつけてきた。検証を行うとしましょう。」

 鷹尾はそう言って、まず、キバタンの入ったケージの中から、一枚のメッセージカードを取り出した。

 メッセージカードには、以下の内容が書かれていた。


  貧血に気を付けろ、吸血鬼ども。


 「貧血に気を付けろ、吸血鬼ども。ヴァンパイアロードたちにやる食料は奪った、そう言いたいのかしら。けど、食料用の人間は何時でも攫って手に入れることができる。ゾイサイト聖教国を私たちの手中に収める時は刻々と迫っている。私たちの計画を止めるまでには至らなかったようね、宮古野君。後は、このドッペルゲンガーマスクね。今回も誰かに変装して私たちの妨害をしてきたようね。下川君、このマスクを被ってもらえる?」

 「ま、また、俺?あのクソ野郎の被ったマスクなんて、正直被りたくないんだけどさ。俺以外の奴じゃダメなのか、鷹尾さん?」

 「つべこべ言わず、さっさと被りなさい。ピューリファイザーを守り切れなかった失態は、これで帳消しにしてあげるわ。さぁ、被って。」

 「わ、分かったよ。くそっ、宮古野め、覚えてろよ。」

 下川は渋々、ドッペルゲンガーマスクを被った。

 下川の顔や声、髪型が徐々に、「白光聖騎士団」の元聖騎士の男性ヴァンパイアロードへと変わった。

 「どうだい、みんな?宮古野が誰に化けたのか、分かったか?」

 「あっ!?か、カール!?カールだと!?」

 下川の変身した顔を見て、アーロンが驚き、声を上げた。

 「アーロン、どうやらあなたのお知り合いのようだけど、説明してもらえるかしら?」

 鷹尾からの質問に、アーロンは困惑しながら答えた。

 「カールは、「白光聖騎士団」の一人です。そして、僕が率いる第一部隊の隊員でもあります。まさか、カールが「黒の勇者」の化けた偽者だったとは、気が付きませんでした。申し訳ありません、タカオ様。」

 「あなたの直属の部下だったわけね、アーロン?直属の上司でありながら、部下の異変に全く、少しも気が付かなかったわけ?憎い相手が変装して化けているのをみすみす見逃したと?あなたの上司としての部下への管理能力の無さがよく分かるわ。あなたに「白光聖騎士団」の指揮を今後も任せるかどうかは、あなたの活躍次第で決まる、ということを肝に銘じておきなさい。それで、このカールという男は「黒の勇者」による事件が起きるまで、どこで何をしていたのか、知っている範囲で答えなさい。」

 「はい、タカオ様。カールですが、中央の独房棟の警備を担当していました。僕の記憶ですと、シモカワ様やピューリファイザーのすぐ近くで警備に当たっていたはずです。今、分かったことですが、カールの姿が見当たりません。恐らく、カールはいつ、どこでかは分かりかねますが、「黒の勇者」に殺され、「黒の勇者」とすり替わったのだと思います。カールは寡黙な性格でして、仕事以外で他人と話をすることはあまりなかったもので、僕や他の隊員たちも、その、変装されても中々気付きにくい人物でして、それで「黒の勇者」にすり替わる人物として標的にされたのではないかと。」

 「なるほど。寡黙で口数の少ない男性ね。宮古野君も元々、口数の少ないところがあったわ。彼が変装に選ぶには、ちょうど適任の人間ね。おまけに、ピューリファイザーのすぐ傍で警備を担当していたと。ピューリファイザーの傍に何食わぬ顔で近づき、こっそりと誰にも気付かれないように風魔法でピューリファイザーを破壊した。それから、ピューリファイザーの破壊で皆の注意が逸れている内に、「暗殺者」のスキルも使ってこっそりと外へ脱出。そして、召喚術を使って、人質たちを刑務所の外へと召喚して脱出させた、というわけね。こちらの警備体制、厳密に言えば、アーロン、あなたとあなたの率いる部隊の行動と弱点を把握され、そこを的確に攻め込まれた、と言えるわね。今後は、あなたの部下が「黒の勇者」に変装されないよう、毎日、定期的にチェックを行いなさい。他の部隊の隊長たちにも命じます。同じ失態は二度と犯さないように、分かったわね?」

 「かしこまりました、タカオ様。部下たちの管理により一層、力を入れます。この度の失態、誠に申し訳ございません。」

 鷹尾に注意され、アーロンや他の六名の隊長たちは、頭を下げながら謝った。

 「検証はこれくらいにしておきましょう。最後の作戦に向けて準備を進めることに集中しましょう。ゾイサイト聖教国は人質が全員、奪還されたことを知って、恐らく、私たちの要求を拒んでくるはず。「黒の勇者」と一緒に、襲撃に備えて、あちらも準備を進めているはず。だけど、彼らが私たちに勝つことは不可能。今日の私たちの襲撃でそのことを彼らは身をもって知ることになる。フフっ、結果を知るのが楽しみね。」

 鷹尾はゾイサイト聖教国各地を襲撃する作戦の用意をすでに済ませていた。

 グラッジ枢機卿率いる反教皇派の勢力と秘かにタッグを組み、軍事クーデターを起こして、ゾイサイト聖教国を襲撃、占領する作戦を展開することを計画していた。

 作戦の詳細は知られないよう、慎重に準備を進めていた。

 今日の第一陣による先制攻撃で、ゾイサイト聖教国と「黒の勇者」にダメージを与え、ゾイサイト聖教国を乗っ取る自身の犯罪計画を大きく前進させるつもりであった。

 しかし、そんな鷹尾の考えた作戦は、「黒の勇者」こと主人公によって、完全に失敗に終わることになることを、この時、鷹尾たち一行は誰も予想していなかった。

 午後6時。

 鷹尾たち一行は、独房棟にいる2万5千匹のヴァンパイアロードの手下たちを一堂に集め、ヴァンパイアロードたちに指示した。

 「集まってくれたヴァンパイアロードのみんな、いよいよゾイサイト聖教国を乗っ取る計画の最後の作戦に取りかかる時が来たわ。約束の回答期限はとっくに過ぎた。ゾイサイト聖教国政府は、私たちに全面降伏することはしないと、Noという回答を突き付けてきた。大人しく降伏すれば、命だけは助けてあげたと言うのに、彼らは私たちと戦うという愚かな道を選んだ。例え「黒の勇者」を味方につけたところで、私たちとの圧倒的な戦力差は埋まらないというのにね。30分後、第一陣のみんなにはそれぞれ、5,000匹ずつのグループに分かれて、ゾイサイト聖教国の四方に、それとグラッジ枢機卿のいるシュットラの町へと向かってもらうわ。グラッジ枢機卿が指定した場所に、反教皇派の軍勢50万人の援軍がすでに待機して待っている。黒いローブを着た人間は味方よ。間違って攻撃しないように。国の四方から襲撃を行っている間に、シュットラの町からグラッジ枢機卿率いる軍勢で首都へ向かって進軍、敵防衛ラインを撃破する。敵はこちらの戦力を完全には把握していない。ミストルティンを使って攻撃してくる可能性は低い。万が一、増援が必要な場合はすぐに連絡を寄越しなさい。私たちや「白光聖騎士団」が増援に向かい、一気に敵を殲滅してあげるわ。第一陣であるみんなの勝利が、今後の作戦の勝利にも繋がる、重要な戦いであることを忘れないように。作戦を成功させれば、みんなには好きな報酬をプレゼントしてあげる。「黒の勇者」を討ち取った者には、最高の報酬を私たちからプレゼントしてあげる。作戦決行は午後7時。みんな、思う存分、暴れてきなさい。」

 鷹尾の言葉に、集まったヴァンパイアロードの手下たちは皆、色めき立ち、興奮し、やる気十分という様子である。

 「鷹尾さん、良かったら、私も第一陣のメンバーに混ざってもいい?宮古野の奴がどこに現れるかは分かんないけど、私を化け物呼ばわりして馬鹿にしたあのキモい陰キャ野郎だけは絶対に許せない。エクステンデッド・ヴァンパイアロードになった私の力で、アイツをぶっ殺してやるわ。あの陰キャ野郎の血を全部吸い尽くして、干物みたいにして殺してやるの。良いでしょ、鷹尾さん?」

 鷹尾が都原に、自身も第一陣の攻撃部隊に参加したいと、頼んできた。

 「そうねぇ。宮古野君がどこに現れるかは予想しかねるけど、もし、仮にシュットラの町から首都へと進軍する部隊に気付かれた場合、進軍ルートから見るに、応援に駆け付けるのには、西側からが最短で最善と言えるわ。なら、都原さん、あなたは西側の部隊をお願いするわ。宮古野君とエンカウントできるかは分からないけど、首都への進軍に遅れが出るような事態が起こった時は、西側の部隊を率いてすぐにカバーに入ってもらえるかしら?」

 「了解。任せてよ、鷹尾さん。宮古野の奴もついでにぶっ殺してあげるから。」

 都原は鷹尾に向かって、自信満々に宣言した。

 午後6時30分。

 日没とともに、鷹尾の指示を受け、2万5千匹のヴァンパイアロードたちが、シーバム刑務所からゾイサイト聖教国各地に向かって、巨大な蝙蝠の姿で飛び立って行った。

 そして、グラッジ枢機卿率いる反教皇派の軍勢50万人の兵たちと合流し、ゾイサイト聖教国各地を襲撃すべく、行動を開始ししようとしていた。

 だが、ヴァンパイアロードたちと反教皇派の軍勢を、予期せぬ緊急事態が襲った。

 ゾイサイト聖教国襲撃作戦の開始5分前、午後6時55分。

 ゾイサイト聖教国の北、南、東、西、それと、グラッジ枢機卿が領主を務めるシュットラの町に展開して作戦を進めようとしていた彼らに、主人公率いる「アウトサイダーズ」が奇襲攻撃を行ったのだ。

 北は大地震と魔法攻撃の雨あられ、南は巨大なブラックホール、東は猛毒の雨、グラッジ枢機卿のいるシュットラの町の、グラッジ枢機卿の屋敷には、巨大な霊能力の熱爆弾、が襲い掛かり、ヴァンパイアロードたちと反教皇派の軍勢を一気に壊滅させた。

 都原がリーダーを務める、ゾイサイト聖教国西側の森はと言うと、鵺が起こした暴風に大雨、そして、雷雲から放たれる無数の雷により、同じく壊滅状態に追い込まれた。

 突然、森周辺の天候が急変し、手下のヴァンパイアロードたちと、反教皇派の兵たちが次々に雷に打たれて、黒焦げになって感電死していく姿を見て、都原はたちまち、恐怖した。

 「くっ、どうなってんのよ、これは!?」

 動揺する都原のすぐ傍に雷が落ち、手下のヴァンパイアロードが感電死したのと同時に、都原の左足と左手に、雷が飛び火した。

 「キャアーーー!?」

 飛び火した雷の威力は凄まじく、エクステンデッド・ヴァンパイアロードである都原の左手と左足を、一瞬で黒焦げにし、重度の火傷を負わせるほどであった。

 「くそっ、くそっ!?」

 都原は火傷の痛みを堪えながら、暴風と大雨、無数の落雷が降り注ぐ西側の森の中を、必死に走って逃げた。

 蝙蝠に変身して、空を飛んで逃げようとする手下のヴァンパイアロードたちは、暴風や大雨の影響で上手く飛べず、鵺が放つ雷に打たれて感電し、撃墜されていく。

 傷ついた肉体を必死に再生させ、強化された脚力で、手下たちのことや襲撃作戦のことなどはすっかり放り投げ、シーバム刑務所に向かって森の中を必死に走って逃走する、無様な都原の姿があった。

 午後8時過ぎ。

 手下のヴァンパイアロードや、グラッジ枢機卿からの定時連絡を待っていた鷹尾たち一行であったが、いまだにどの部隊からも定時連絡が届かないことに、激しく困惑していた。

 「8時はとっくに過ぎている。どの部隊からも定時連絡が一切、来ないなんて、どういうこと!?1時間おきに必ず定時連絡するよう伝えたはず。まさか、どの部隊も全滅したとでも言うの!?」

 困惑する鷹尾の下に、消耗した様子の都原が、慌てて駆け寄って来た。

 「た、助けて、鷹尾さん!?血が、血が足りないの!?腕が、腕が再生しないの!?お願い、誰か早く私に血を吸わせて!?」

 都原の左腕は真っ黒に表面が焦げて重度の火傷を負っていて、おまけに血が不足しているため、吸血鬼の再生能力が使えず、都原は血に飢えて、苦しそうに助けを求めてくる。

 「み、都原さん!?そ、その怪我はどうしたの!?一体、何があったの!?」

 「血を、血を吸わせてー!?」

 「キャアー!?」

 血に飢えて我慢ができなくなった都原が、傍にいた鷹尾の血を吸おうと、正気を失って鷹尾に飛びかかった。

 「完全支配!離れなさい、都原さん!」

 鷹尾が全身を藍色に光らせ、慌てて「完全支配」を発動し、都原の意識を支配した。

 都原は意識を支配され、組みついていた鷹尾からゆっくりと離れた。

 しかし、血を欲する吸血鬼の本能を完全に支配することは難しく、ウゥーという唸り声を上げて、赤い瞳を血走らせ、都原は周りにいる他のメンバーに襲いかからん、という様子だ。

 正に血に飢えた野獣、いや、怪物そのものであった。

 「私が許可するまで、誰の血も吸ってはいけない、良いわね、都原さん!そこから一歩たりとも動いちゃダメよ!大人しく座って待っていなさい!」

 鷹尾に命令され、意識を支配されている都原は、飢えた獣の姿のまま、その場に座り込んだ。

 都原の傷つき、血に飢えた獰猛な吸血鬼と化した怪物然とした姿を見て、下川たち他の五人の仲間は皆、恐怖し、言葉を失ってしまった。

 「「完全支配」の力が無かったら、危なかったわ。まさか、正気を失うほどまでのダメージを受けて逃げ帰ってくるなんて。みんな、今の都原さんには絶対に近づいちゃダメよ。近づいた瞬間、血を吸われて殺されることになるわ。早水さん、妻ケ丘さん、下川君、「白光聖騎士団」、それと残りのヴァンパイアロードは今すぐ、食料となる人間を攫ってきなさい。早水さん、急いで都原さんのための食料用の人間を見つけてここへ持ってきて。早くしないと、都原さんは正気を失ったまま、飢え死にすることになる。みんな、急いで!?」

 「分かったわ、鷹尾さん!待っててね、叶!すぐに血を吸わせてあげるから!」

 「何で叶がこんなことに!?宮古野、アイツが何かしたのよ、くそっ!?」

 「都原、待ってろよ!すぐに俺たちで正気に戻してやるからな!行くぞ、お前ら!」

 早水たちは、「白光聖騎士団」や残りの手下のヴァンパイアロードたちを率いて、食料用の人間を確保するため、外に向かおうとする。

 「ま、待ってください、タカオ様!?僕たちも、他のヴァンパイアロードたちも、午後から血を吸っていなくて、山を下りて、人間のいる町や村を、人間を攫いながら往復できるほどの体力は残っていません!このままでは、山を越える途中で、全員、餓死してしまいます!何とか、他に食料用の人間の血を確保する方法はございませんか?」

 アーロンたち「白光聖騎士団」や、元囚人の手下のヴァンパイアロードたちが、食料用の人間を攫ってくる体力はないと、皆、困った表情を浮かべながら、鷹尾に相談した。

 「シュットラの町の人間を片っ端から攫いなさい!シュットラまで飛んで、その場で人間を襲って血を補給すれば、人間を攫ってここまで戻るくらいできるでしょ!シュットラまで飛んで行くぐらいの体力はあるはずよ!弱音を吐いている暇があったら、とっとと行きなさい!」

 「シュットラの町は襲わないとの、グラッジ枢機卿とのお約束があったはずです!グラッジ枢機卿は我々の大事なスポンサーです!グラッジ枢機卿の治めるシュットラの町を襲えば、グラッジ枢機卿との協力関係は破綻しかねません、タカオ様!シュットラの町を襲うわけにはいきません!」

 「シュットラの町を見逃す理由なんて、もうどこにもないわよ!定時連絡も来ない、都原さんがボロボロになって帰ってきた、この状況で作戦が失敗に終わったことが分からないわけ!?グラッジ枢機卿はすでに殺されていることが分からないの?アーロン、あなた、どれだけ頭の中がお花畑の間抜けなのかしら!?シュットラの町には、食料用の人間を集める以外に価値なんかないでしょうが!くだらないことを言っていないで、さっさと人間を攫ってきなさい!」

 激しく怒る鷹尾に叱責され、アーロンたち「白光聖騎士団」や、残りの手下のヴァンパイアロードたちは、シュットラの町へ食料用の人間を攫いに行くしかなかった。

 『待てよ、お前ら!スズカ、お前も一度、冷静になれ!作戦が失敗したのが悔しくて、頭にきているのは分かるが、とにかく落ち着け!元聖騎士どもの言っていることも一理ある。ここにいる吸血鬼どもは全員、疲弊している。襲撃作戦が成功すれば、成功したついでに、第一陣の連中が新しい食料用の人間を連れて戻ってくる予定だった。だがよ、第一陣の連中は作戦に失敗し、全滅した。恐らく、「黒の勇者」、奴に全滅させられた、そう考えるべきだろうぜ。素直に敗北を認めるしかねえ。それに、疲弊している吸血鬼どもじゃ、山を越えて、食料用の人間を攫って戻ってくるのは無理だ。そこで、俺様から提案がある。この刑務所のある山の周りには、低級のモンスターがうじゃうじゃといる。近くには、聖騎士団の部隊も来ている。ソイツらを代わりに攫って食料にすればいい。人型に近いモンスターの血なら飲めなくもねえはずだ。少なくとも、それで飢え死には避けられる。すぐに山を下りて、手に入れることができる。疲弊している吸血鬼どもにも、それくらいならすぐにできるはずだ。血の味に文句があるようなら、後でどうにかしてやればいい。それが一番、現実的な策だと俺様は思うが、どうだ?』

 プララルドの言葉に、鷹尾は冷静さを取り戻した。

 「フゥー。ごめんなさい、プララルド。取り乱してしまったようで、すまなかったわ。プララルドの提案通りに進めるとしましょう。みんな、すぐに刑務所周辺にいるモンスターと、聖騎士団の連中を攫って、ここに連れてきなさい。とりあえず、それで一時、この場をしのぐことにしましょう。十分な数の食料用の人間の確保は、次の機会に行うとするわ。みんな、よろしく頼むわよ。」

 リーダーの鷹尾が落ち着きを取り戻し、無茶な命令を取り下げたことに安堵し、早水たちや「白光聖騎士団」、手下のヴァンパイアロードたちは、食料の代用品である低級モンスターたちを攫って確保するため、刑務所の外へと次々に飛び立って行った。

 早水たちが、刑務所の山の近くにいた聖騎士団の部隊を襲い、聖騎士たちを攫ってくると、血に飢えて正気を失っている都原に聖騎士たちを与え、都原に聖騎士たちの血を吸わせて回復させた。

 聖騎士の血を吸って、左腕の火傷を回復させ、飢えと渇きを満たし、正気を取り戻した都原は、すぐに鷹尾たちに向かって謝った。

 「鷹尾さん、それにみんな、迷惑をかけて本当にごめんなさい!いくら血が欲しいからって、仲間のみんなに襲いかかるなんて、絶対に許されることじゃない!本当に、本当にごめんなさい!」

 都原が大粒の涙を流しながら、鷹尾たち六人に向かって謝罪した。

 「良いのよ、都原さん。あなたはあの時、正気を失っていた。吸血鬼の体である以上、あの時は仕方のなかったことよ。私は怒ってなんていないから。」

 「叶、元に戻って本当に良かった。あのままおかしくなって死んじゃったらどうしようって、本当に焦ったんだから。ホント、助かって良かったわ。」

 「叶が助かって、本当に良かったわ。近くに聖騎士たちがいて、ラッキーだったわ。」

 「お前が俺たちまで襲うような目でこっちを見てきた時は、マジでちょっとビビったぜ。ここに戻ってくる前に、血を吸ってから戻ってこいよ。食料用の人間が切れてるのは分かってたことだろうが。俺たちがすぐに聖騎士どもを攫ってこなかったら、マジで危なかったんだぞ、お前。あんまし心配かけんなよ。」

 「叶が正気に戻ってくれて良かった。一回、人間に戻すことも考えたけど、迂闊に近づける状態じゃないし、間に合わなかったらどうしようって、ホント焦ったのよ。」

 「都原、君が無事で私も何よりだ。血を作る魔道具なんて、私もグリラルドも持っていないからな。吸血鬼の体は大変かもしれないが、血に飢えることのないよう、今後は注意しなさい。それなら、君もみんなも安心だろう。」

 鷹尾、早水、妻ケ丘、下川、乙房、下長飯が、それぞれ都原を慰め、励ました。

 「本当に、本当にみんな、ありがとう!」

 都原は泣きながら、鷹尾たちに向かって感謝の言葉を述べた。

 「回復したばかりのところで申し訳ないんだけど、都原さん、あなたの身に一体、何が起こったのか、ゆっくりでいいから、私たちに話してもらえるかしら?あなたと、あなたの率いていた西側の部隊に、何が起こったのか、何故、あなたは回復できないほどまでの怪我を負わされたのか、教えてもらえる?」

 鷹尾の問いに、都原はゆっくりと答え始めた。

 「ぐすっ。わ、私は作戦通り、集合場所の西側の森へ向かったの。反教皇派の人たちとも無事に合流して、西側から進軍しようとしていたの。でも、これから作戦を始めようってなった時、急に空の様子が変わったの。急に森の上に、黒い雲が現れて、それから強い風が吹いて、大雨まで降り出した。そしたら、そしたら、雲から突然、雷が落ちてきたの!雷が何度も何度も、私たちだけを狙っているみたいに上から落ちてきて、森の中にいたみんな、雷に打たれて、全員、死んだのよ!?飛んで逃げようとした奴らも雷に撃ち落されて、みんな死んだのよ!?私は訳が分からなくなって、私も雷に触れてしまって、腕と足をやられて、風も雨も凄かったけど、とにかく走って森の中から逃げるしかできなかった!あんな異常気象に襲われるなんて、雷が襲ってくるなんて、思ってもいなかったのよ!本当よ、全部、本当のことなのよ!みんな、信じて!」

 「落ち着いて、都原さん。みんな、信じているわ。あなたが私たちに嘘をつくはずがない。あなたはそんなことをする人じゃない。話してくれてありがとう。とても怖かったでしょう。でも、ここは安全だから。私たちも付いているから。もう大丈夫よ。安心して。」

 鷹尾はそう言って、パニック気味の震える都原の肩を優しく抱いて、宥めるのであった。

 「今日のゾイサイト聖教国の天気は朝から快晴だった。この刑務所付近で雨が降ることは一度もなかった。なのに、都原さんがいる西側の森に、それも作戦決行前に森の天気が急変した。都原さんの率いる部隊に、尋常でない数の雷が落ちてきて、都原さんを除く全員が雷に打たれて全滅した。偶然で片づけるわけにはいかないわ。「黒の勇者」、あるいはゾイサイト聖教国の仕業でしょうね。局地的に天候を操作する、そんな能力や武器を使って攻撃してきた、といったところかしら。とにかく、敵が厄介な攻撃方法を持っていることが分かったわ。くっ、人工的に天候を操作できるなんて、そんなことまでできるなんて!?」

 『天候を操作できる能力か。少なくとも、ただの人間には無理だろうな。天候を操作できる兵器、そんなモンをゾイサイト聖教国が作ったか、あるいはどっからか手に入れたか?だが、そんな兵器を持っていたなら、もっと早く使っていてもおかしくはねえ。そんなモンがあるなら、ミストルティンを盗まれた時点でゾイサイト聖教国の奴らはソイツを使ってここを攻めてくるはずだ。となると、「黒の勇者」、恐らく奴の仕業だろうな。天候を操るには、膨大な魔力がいる。そんじょそこらの人間には無理な話だ。クソ女神の奴が、きっと天候を操作できる能力まで、奴に与えたに違いねえ。天候を操る能力は厄介だぜ。戦場を自由自在に、思いのままに、自分に有利な状況へと作り替えることができる。この刑務所が大きな川の傍だったりしたら、土石流にやられて、刑務所ごと俺様たちは沈められてたかもしれねえ。ったく、一体、どれだけの加護を与えやがったんだ、あのクソ女神が!?』

 「宮古野君は天候を操作できる能力を持っている。恐らく、他の部隊も、グラッジ枢機卿も、それでやられた可能性があるわね。もし、彼と戦う時、地形を考えずに戦いを挑めば、私たちは返り討ちに遭うことになる。「黒の勇者」の戦闘能力を一から分析する必要があるわね。彼の持つ能力の詳細を把握できなければ、こちらは一方的にやられることになりかねないわ。この後、ゾイサイト聖教国の首都の国立図書館へ向かいましょう。図書館には直近の新聞や雑誌がある。「黒の勇者」に関する記事が載っているはずよ。片っ端から、新聞と雑誌を奪うのよ。「黒の勇者」の持つ能力を徹底的に調べつくす。下川君、下長飯さん、この後、図書館を襲撃するのを手伝ってちょうだい。」

 「休みなしかよ。分かったよ。女一人じゃ危ねえし。宮古野に襲われたりしたらイケねえしよ。お供しますよ。」

 「わ、私も一緒に行かないといけないのかね?首都に行くのは、危なくはないかね?宮古野だけじゃなく、大勢の聖騎士たちまで相手をしなくちゃいけなくなるぞ?大丈夫かね?」

 「図書館の襲撃程度、難しいことじゃないわ。それに、襲撃と言っても、やることは新聞や雑誌を盗む、それだけのこと。見つからなければ、大きな騒ぎにもならず、すぐに首都を脱出できます。宮古野君に勝つためには必要なことよ。協力を頼むわね、二人とも。」

 鷹尾に指示され、渋々、首都の図書館へ盗みに入ることに同行することになった、下川と下長飯であった。

 「だけど、その前に一つ、解決しておかなくちゃいけないことがある。何故、私たちの作戦が宮古野君にバレてしまったのか、ということよ。作戦の詳細を知っていたのは、この私にプララルド、アーロン、グラッジ枢機卿のこの四人だけ。作戦の日時や集合場所、反教皇派の勢力と合同で軍事クーデターを起こすこと、作戦の細かい内容は極秘にしていた。にも関わらず、作戦の内容は事前に敵側に漏れていた。ということは、誰かが作戦の内容をうっかり敵に漏らしたことになる。もしくは、盗聴されていた、ということになる。」

 鷹尾はそう言うと、食料用のモンスターの捕獲任務を終えて帰ってきたアーロンの方を見た。

 鷹尾に疑うような鋭い眼差しを向けられ、アーロンは困惑した。

 「た、タカオ様、僕が敵に情報を漏らした、とでも仰りたいのですか!?僕は決して敵に情報を漏らすようなミスはしていません!」

 「私が今朝、6時頃、あなたの部屋をこっそりと訪ねた。その時、あなたの部屋には、あなたと私以外、誰もいなかった。あなたや「白光聖騎士団」のメンバーが使っている棟の廊下や階段、あなたの部屋の周りには、誰もいなかった。あなたに作戦の詳細を伝え、それから、グラッジ枢機卿にも作戦の詳細を伝えるよう言った後、私はすぐにあなたの部屋を出た。私があなたの部屋にいたのは、わずか10分足らずのこと。私は誰にも姿を見られることなく、あなたの部屋を出入りした。それから、第一陣を派遣するまでの間、作戦の内容を口にしたことは一度足りともない。そして、今日の午後、「黒の勇者」に人質を奪われ、ピューリファイザーを破壊される事件が、作戦の直前に起こった。「黒の勇者」はあなた直属の部下にいつの間にか変装して、事件を起こした。アーロン、グラッジ枢機卿に作戦を伝える時、あなたの傍に、あなた以外の人間はいなかった?カールとか言うあなたの部下があなたの隣の部屋を使っていた、ということはなかったかしら?グラッジ枢機卿に作戦を伝えるとき、いつ、どこで、どのように作戦を伝えたのか、正直に答えなさい。」

 鷹尾の詰問に、アーロンは冷汗を流しながら答えた。

 「タカオ様が私の部屋を訪ねた後、僕は自分の部屋からグラッジ枢機卿に、通信連絡用の水晶玉を使って、グラッジ枢機卿と連絡を取りました。時間は、午前7時頃です。グラッジ枢機卿に作戦の詳細をお伝えしました。ですが、その時、僕の部屋に僕以外の人間はいませんでした。カールは僕の寝泊まりしている部屋からは、かなり離れた部屋を使っていました。グラッジ枢機卿と連絡を取った時以外に、僕は一度も、誰にも作戦の詳細を伝えていません。本当です、タカオ様!?」

 「私があなたの部屋を出てから、グラッジ枢機卿に作戦の詳細を伝えるまでの間に、あなたの部屋のドアが開くことはなかった?カールがあなたの下を訪ねに来なかった?部屋のドアに鍵はかけていたの?」

 「朝食の血を吸うため、一度、自分の部屋を出て、独房棟へと向かいました。6時30分頃です。自分の部屋に戻ったのは、7時前のことです。その間、自分の部屋のドアに鍵はかけてはいませんでした。」

 「なるほど。では、姿を消して潜入していた宮古野君があなたの部屋にその間に入り、あなたとグラッジ枢機卿との会話を盗聴していたかもしれないと。あなたの直属の部下があなたの部屋から出てきても、特に周りは気にしない。私より、あなたの方が接近しやすくて、情報を入手しやすい。「黒の勇者」がそう考えて、あなたの部屋に潜入し、あなたとグラッジ枢機卿との会話から、作戦の詳細を盗聴して知った。そう考えるのが、ごく自然でしょうね。こういうことになるなら、私からグラッジ枢機卿に直接、連絡を取るべきだったかしら?アーロン、あなたにグラッジ枢機卿との窓口役を任せていたけど、あなたに任せたのが失敗だったわ。自分の部屋に鍵もかけず、機密情報の話をするなんて、不用心にも程があるわよ?「黒の勇者」が刑務所内に潜入しているかもしれない、そう注意喚起していたにも関わらず、碌に自分の部屋に鍵もかけずにいるなんて、あなた、本当にゾイサイト聖教国の軍人だったの?聖騎士団のトップだったわけ?戦争における情報の重要性がどれほどのものか、本当に理解しているの?敵が潜入しているかもしれない可能性を知らされておきながら、自分の部屋のドアに鍵をかけない、その危機管理能力の欠如を疑う行動には、私も呆れて物が言えないのだけれど。」

 「も、申し訳ございません、タカオ様。」

 「アーロン、これからは自分の部屋のドアには必ず鍵をかけなさい。「黒の勇者」に隙を突かれて、あっけなく暗殺されても、文句を言う資格はないわよ。それと、あなたとあなたの部隊には今後、偵察任務や情報収集の任務からは外すことにするわ。あなたたちは「黒の勇者」から完全にカモにされている。今後は迂闊に作戦内容を敵に知られないよう、注意を払って行動しなさい。分かったわね?」

 「か、かしこまりました、タカオ様」

 アーロンは悔し気な表情を浮かべながら、鷹尾から叱責を受けるのであった。

 「「黒の勇者」に迂闊に作戦の内容を知られないよう、みんなも注意して。今後の作戦については、明日の朝、みんなに伝えるわ。捕まえた聖騎士たちは、「白光聖騎士団」のメンバーに警備を任せるわ。500人程度の人質なら、あなたたちでも警備はできるわよね?「黒の勇者」に奪われないよう、自分と手錠で繋いででも、必ず守り切りなさい。あなたたちの団長のように、私たちを失望させるような失態を犯すようなら、私たちはあなたたちを切り捨てる。あなたたちより優秀な人材を部下としてスカウトすることだってできるのよ?史上最強最高の聖騎士の意地と実力を見せなさい。私は決して部下を甘やかすようなことはしない。良いわね?」

 鷹尾の言葉に、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちは、皆、身が引き締まる思いであった。

 「他に仕事の無いメンバーは自分の部屋でゆっくりと休んで。私と下川君、下長飯さんは、これから首都に行ってきます。朝までには必ず戻るから。刑務所の警備を任せたわよ。では、各自解散。」

 鷹尾の合図に、他の面々は自分の持ち場や部屋へと、それぞれ戻っていった。

 その後、鷹尾、下川、下長飯の三人は空を飛んで、ゾイサイト聖教国の首都へと向かった。

 ゾイサイト聖教国の首都の国立図書館へと到着すると、グリラルドの能力で、警備員から図書館の鍵を奪い、図書館の中へと秘かに潜入し、図書館内に保管してあった、直近の、約半年分の新聞や雑誌を全て盗んだ。

 「黒の勇者」に関する情報が書かれている新聞や雑誌を全て盗むと、鷹尾たちは国立図書館を出て、夜の闇に紛れてゾイサイト聖教国の首都から脱出した。

 午前2時。

 ゾイサイト聖教国の首都の国立図書館から、目的の新聞と雑誌を全て盗み出した鷹尾は、所長室で、徹夜で盗み出した大量の新聞と雑誌の記事を読み漁った。

 「黒の勇者」の、インゴット王国での活躍から、サーファイ連邦国での元「槍聖」率いる海賊団の討伐まで、「黒の勇者」について書かれたありとあらゆる記事に目を通した。

 鷹尾と融合するプララルドも、鷹尾と一緒に「黒の勇者」に関する記事を読み、「黒の勇者」について分析を行った。

 午前7時。

 「黒の勇者」に関する記事に一通り、目を通した鷹尾とプララルドは、「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈の活躍と能力について、互いに意見交換を始めた。

 「改めて「黒の勇者」に関する記事を読み返してみたけど、「黒の勇者」の能力の多さには驚かされるわね。真偽は不明だけど、私の知らない能力を書いた記事まで書いてあったわ。プララルド、堕天使であるあなたから見た、「黒の勇者」に関する分析や意見を聞かせてもらってもいいかしら?」

 『「黒の勇者」、奴は間違いなく、俺様たち堕天使に匹敵、あるいはそれ以上の戦闘能力を持っていることは間違いねえ。枯れかけた「世界樹」を治療しただの、ズパート帝国で死の呪いにかかった国民全員の呪いを一瞬で解呪しただの、サーファイ連邦国を占拠した海賊共をたった十日で全滅させて国を奪い返しただの、奴の能力はこれまでのどの勇者をはるかに超えていやがる。歴代最強の勇者や魔王、そういった連中を軽く捻り潰すこともできるくらいにな。魔力を無効化する「反魔力」だったか、元「槍聖」どもの使っていた俺様たちも知らねえ厄介な禁術も「黒の勇者」には通用しなかった、とある。俺様たちから見れば、対策さえすれば大した力じゃねえが、「黒の勇者」は「反魔力」を使う元「槍聖」どもを倒した。奴には「反魔力」が効かない、あるいは「反魔力」にも瞬時に対応できるほどのいくつもの能力と戦闘経験がある、と見た方がいい。はっきり言うが、スズカ、お前と「黒の勇者」とやらの戦闘における実力差は明らかだぜ?奴の戦闘能力は種類も威力も桁違いだ。それに何より、奴は冒険者として場数をいくつも踏んでいる。現時点で、S級冒険者としては世界トップレベルの実力者だ。おまけに、クソ女神が馬鹿みたいに強力な加護を与えた勇者だ。いくら俺様と融合していても、戦闘経験の差という覆しようのねえハンデがある。まぁ、「黒の勇者」と直接戦うというなら、俺様に肉体の主導権を預けるか、あるいは、何重にも強力な罠を仕掛けて、奴の動きを封じ込める以外に対策は思いつかねえな。』

 「堕天使であるあなたでも、確実に勝てる保証はない、歴代最強の勇者や魔王を軽く捻り潰せる、それほどまでに圧倒的な戦闘能力を「黒の勇者」は持っている。戦闘経験の数という明らかな差も、私と宮古野君にはある。宮古野君を確実に倒すには、私たち全員で総力を挙げて、いくつもの罠や切り札を用意しない限り、それは実行不可能というわけね。たった一人の勇者に手こずらされることになるなんて、計算を少々、間違えたことは認めるわ。今更ながら、彼をこちら側に引き込まなかったことを後悔し始めている自分がいる。「光の勇者」、島津君が「黒の勇者」とは和解しないという方針に反対しなかった自分の愚かさを身に染みて感じているわ。あのプライドだけが高くて、支配欲の塊で、勇者筆頭としての能力に欠けた馬鹿な男に付き合っていた自分を説教したい気分よ。」

 『「光の勇者」が勇者のリーダーを務めるのは、この世界じゃ慣習みてえなモンらしいぜ。「七色の勇者」以外にも勇者が大勢召喚されたと、お前から聞かされた時も少々、驚いたがよ。恐らくだが、魔族を討伐できねえことにしびれを切らしたあのクソ女神が、勇者を大量に作って派遣すれば、魔族どもを殲滅できる、そう考えてお前らを異世界から勇者として召喚させたんだろうよ。言い方は悪いが、質より量を、って奴だ。「光の勇者」は本来なら、一番に女神の加護を与えられた、女神が寵愛する真の勇者のはずだ。けど、お前の元お仲間だった「光の勇者」の奴は、あまり出来が良くなかったらしい。物量作戦が上手くいかなかった時、「七色の勇者」や他の勇者が魔族どもを討伐できず、勇者として機能しなかった時の保険として、「黒の勇者」とやらをクソ女神の奴は作ったに違いねえ。量より質、単騎で魔族どもを殲滅できる決戦兵器として「黒の勇者」を作ったんだろうよ。きっとステータスを鑑定できねえよう、細工まで施して、魔族どもへの伏兵として用意したんだろうな。あのクソ女神の思いつきそうな、下衆なやり方だぜ。』

 「なるほど。そう言えば、「七色の勇者」以外に大勢の勇者が、41人も勇者が異世界から召喚されたのは史上初のことだと、インゴット王国の国王たちは言っていたわね。物量作戦が失敗した時のために、私たち「七色の勇者」が魔族を殲滅できなかった時は、単騎で魔族を殲滅できる能力を持った「黒の勇者」を使って魔族を殲滅する、女神リリアはそう考えた、ということね。豊富な能力を持ちながら、ステータスを鑑定しても魔族たちが能力を確認できない、これまでの勇者とは桁違いの能力を持つ勇者を万が一の時のジョーカーとして用意し、他の勇者に紛れ込ませていた。宮古野君は元いた世界では、クラスでは浮いた存在だった。単独行動の多い人間だった。彼はきっと、この異世界に来ても、いずれは自分から私たちとは離れ、行動を別にしていた可能性も高い。魔族からはノーマーク扱いされ、予想外の脅威として後々、出現し、戦場で猛威を振るうことになる。宮古野君の性格や日本にいた頃の彼の行動を把握した上で、彼を「黒の勇者」というジョーカーにすることを思いついたんでしょうね、女神は。本当、ずる賢い女神様ね。」

 『あのクソ女神は、リリアってのは、そういう奴だ。高飛車で冷酷で、どこまでも他人を見下す、自分より格下の奴は容赦なく使い捨てる、口から出る言葉は嘘ばかりの、悪魔よりも質が悪い、マジのクソ女だぜ。スズカ、あのクソ女神に媚びを売る必要はねえ。取引も交渉もするな。あのクソ女神が約束を守ることは絶対にねえ。こっちから脅迫して利用するつもりでいろ。じゃねえと、マジで死ぬほど後悔することになるぜ。堕天使である俺様たちとの契約を反故にするなんて、他の神や悪魔でさえ絶対にしない、邪神スレスレのクソ女神だからな。分かったな?』

 「了解よ、プララルド。私は別に女神リリアのことなんて、初めから全く信用していないから。女神の考えや行動には、私も最初から疑問を感じていた。「ルーカス・ブレイドの手記」を読んだ時、私は女神が、私たち勇者を使い捨ての駒としてしか見ていないことを確信した。魔族たちを倒しても、私たちを無事、元いた世界に女神が帰してくれる可能性は限りなく0に近い。女神に良いように利用されて終わるなんて結末を迎えるつもりは、私にはないわ。私たちの目的を達成するためなら、女神を利用できるだけ利用する、そのつもりだから。」

 『ギャハハハ!それでこそ、俺様の見込んだ女だぜ、スズカ!クソ女神の奴をとことん利用しようと考える、その図太さ、マジで最高だぜ!クソ女神だろうが、「黒の勇者」だろうが、俺様たちの邪魔をしてくる奴らなんぞ、蹴散らしちまえばいい!俺様たちを止められる奴はどこにもいねえからな!』

 「ありがとう、プララルド。これからもよろしく頼むわよ。まずは、宮古野君、「黒の勇者」をどうにかするとしましょう。彼はまた、私たちを攻撃してくる。恐らく、ヴァンパイアロードたちの食料として捕まえた聖騎士たちやモンスターたちを狙ってくるはず。狙いは分かっている。なら、対策さえすれば、彼の犯行を防ぐことも、撃退もできる。聖騎士たちを餌に、彼がどう動くのか、どういう能力を使ってくるのか、研究することもできる。私たちの計画を成功させるのは、ここからよ。」

 鷹尾はプララルドに笑みを浮かべながら答えた。

 プララルドとの意見交換を終えると、刑務所北側の棟の会議室で、鷹尾は他の六人の仲間たちと一緒に朝食を食べながら、「黒の勇者」こと主人公の戦闘能力に関する自身とプララルドの分析について話した。

 鷹尾とプララルドの分析結果を聞き、元勇者の仲間たちと他の堕天使たちは皆、思案に暮れた。

 「「黒の勇者」は女神があらかじめ用意しておいた最後の切り札、単騎で魔族を殲滅できるよう生み出された決戦兵器、というのが、私とプララルドの出した答えの一つでもある。そして、最悪の場合、堕天使の能力でも殺すことはできない、準天使級と呼ばれる不死身の存在である可能性もある。「黒の勇者」と私たちには圧倒的な戦闘経験の差もある。「黒の勇者」に勝つためには、私たち全員の力を結集して、何重にも対策や罠を講じなければ、決して勝つことはできない。彼はまた、私たちに攻撃をしかけてくる。私たちの持つ能力とチームワーク、それと臨機応変さが、今後の「黒の勇者」との戦いを大きく左右することになることを忘れないように。」

 「た、鷹尾さん、君やプララルドの分析が本当だとした場合、その~、私たちが宮古野に勝てるかどうかは怪しくなってきた、とも思えなくはないかね?準天使級という不死身の存在とやらだった場合、いくら堕天使の能力があっても、対策を講じたとしても、宮古野を殺すことは私たちにはできない、ということにならないか?宮古野やゾイサイト聖教国と和解して、あるいは交渉をして、私たちの命だけは助けてもらえるよう、頼んでみるのはどうだろうか?」

 下長飯が、主人公との和解を鷹尾や他のメンバーたちに提案した。

 「下長飯さん、私の話を聞いていましたか?宮古野君は女神が用意した最後の切り札、圧倒的な力を与えられた決戦兵器なんですよ?女神はそんな彼に、私たち元勇者全員を討伐するよう神託を授けた。すでに私たちはこの異世界を支配する女神から敵として認定されているんです。女神がかつて封印させた堕天使たちを復活させ、彼らとともに、女神のお膝元と呼ばれるゾイサイト聖教国に戦争を仕掛けている。おまけに、宮古野君は自分を処刑した私たち元勇者を憎んでいる。担任教師でありながら、教え子の宮古野君を侮辱しながら見捨てて、宮古野君の処刑執行の最後の後押しをしたあなたを、宮古野君が本気で許すと思っているんですか?私たちの中で一番、宮古野君に恨みを買っている自覚があなたにはないんですか?宮古野君を買収なんてできるわけないでしょう。自分を殺そうとした人間を、金を積まれた程度で許す人間はいません。買収なんて持ち掛けたら、余計に彼は怒って、あなたを即、殺そうとするでしょう。いい加減、甘ったれた考えは捨ててください。戦う以外に生き残る道はないんです。分かりましたか、下長飯さん?」

 「下長飯のオッサン、今更自分だけ抜けたい、逃げたいと思っても無意味だぜ。この刑務所から出た途端、宮古野や聖騎士団、果ては世界中の連中から四六時中、命を狙われ続けることになるぜ。グリラルドまで離れて行ったら、アンタはただの、Lv.0の「犯罪者」のクソ雑魚ジジイに戻って、逃亡中に捕まって殺されてあっけなく、THE・ENDだ。俺も、他のみんなもな。鷹尾さんの言う通り、全員で力を合わせて戦う以外に、俺たちが宮古野に勝って生き残る方法はねえ。覚悟を決めな、オッサン。」

 『キンゾウよ、スズカやユウスケの言う通りじゃ。「黒の勇者」は準天使級の怪物かもしれん。じゃが、元は人間。かつて本物の天使であった儂らからすれば、天使としてはひよっこも同然。殺せぬのなら、行動不能にすればよいだけのことじゃ。「黒の勇者」に怯える必要はない。女神をも翻弄した、儂ら堕天使の力と知恵があれば、「黒の勇者」と戦い、勝利することは可能じゃ。最年長の大人がびくつくではない、まったく。』

 「そ、そうだな、下川、グリラルド。二人の言う通りだ。殺すだけが勝利ではない。宮古野、アイツを身動きできないよう、封じ込めてしまえばいい。こっちには、強力な堕天使が六人もいるんだ。アイツが復讐に来ようが、何も問題はないんだ。そう、何も問題はない。」

 下川とグリラルドに声をかけられ、自信を取り戻した下長飯であった。

 「朝食を食べ終えて準備が出来たら、全員、一度、中央の独房棟に集合してちょうだい。午前9時までに集まるように。刑務所の警備体制について指示を出すから。」

 その後、鷹尾は昼食を食べ終えると、身支度をしながら、刑務所の警備体制や今後の作戦について考えていた。

 だが、この時すでに「黒の勇者」こと主人公が、次の襲撃の用意をしていたことを、鷹尾たち一行をさらに追い詰める作戦を進めていたことに、鷹尾たち一行は誰も気付いてはいなかった。

 「鳥籠作戦」三日目。

 午前9時。

 鷹尾は、他の六人の仲間たち、「白光聖騎士団」の元聖騎士たち、残りの元囚人のヴァンパイアロードたち2万5千匹を、中央の独房棟に集めさせ、警備体制について指示した。

 「昨日、「黒の勇者」の奇襲攻撃を受け、私たちは戦力の半数以上を失う大打撃を受けた。本来ならば、第一陣の攻撃が成功し、ゾイサイト聖教国を陥落させる第一歩を踏むはずだった。しかし、私たちの作戦は失敗した。私たちの計画は大幅な軌道修正を求められる事態になった。「黒の勇者」を倒さない限り、私たちの計画はいつまでもゴールに辿り着くことはできない。「黒の勇者」は必ずまた、私たちへ攻撃をしかけてくる。彼の狙いは恐らく、食料用として攫った聖騎士たち、それと、モンスターたちの可能性が高い。特に、聖騎士たちが救出目標として狙われる可能性が一番高い。今日からは防衛線を主軸とした作戦を展開します。まずは、拠点であるこのシーバム刑務所を守り、これ以上戦力を低下させないよう、防衛線を固めるとするわ。「黒の勇者」からの攻撃を防ぎ、「黒の勇者」を撃退すること、可能なら捕縛することを目標とします。聖騎士たちは全員、手錠で繋いでいるわよね、アーロン?」

 「はい、タカオ様。捕虜にした聖騎士たちは、この通り、部下たちが手錠で自分の体と繋いでいます。部下か捕虜、どちらかの片手を斬り落とさない限り、まず、救出はできません。手錠の鍵も盗まれないよう、手錠をしている部下とは別の者が、手錠の鍵を持っています。これならば、「黒の勇者」と言えど、捕虜の聖騎士たちの救出は簡単にはできません。」

 アーロンが、捕虜の聖騎士と手錠で繋がれた部下たちを見せながら言った。

 「確かに、それなら、いくら「黒の勇者」でも簡単に救出はできないわね。念のため、捕虜の聖騎士たちに召喚術用の魔法陣が仕込まれていないか、この後、すぐに確認をしなさい。30分おきに捕虜たちが全員いるか、チェックを行いなさい。あなたの部下も一緒に、外へと召喚術で捕虜を召喚して脱出させようとする恐れもある。十分、注意しなさい。毒ガスにもやられないよう、換気も行いなさい。けど、窓は人が通れないよう、最小限度に開け、換気も一回に付き、5分程度行うとします。換気については、他の建物も同様の対策を取ることとします。分かったわね?」

 「かしこまりました、タカオ様。」

 「妻ケ丘さん、あなたには西側の棟で「白光聖騎士団」の人たちと一緒に、捕虜の聖騎士たちの警備に当たってもらうわ。宮古野君が侵入したのが分かったなら、あなたとストララルドの魅了の力を使って、彼の動きを封じるの。宮古野君だって若い男子、なら、例え強力な状態異常を無効化できるスキルを持っていても、少しでもあなたを異性として意識すれば、彼はたちまちあなたに魅了され、眠って動けなくなる。派手に誘惑してでも、「黒の勇者」をあなたの女としての魅力で落とす。できるわよね、妻ケ丘さん、ストララルド?」

 「宮古野の奴を誘惑して落とせ、かぁ~!?あのキモい陰キャを誘惑しなきゃとか、ホント最悪!アイツに胸とかお尻を見せなきゃいけないとか、マジで嫌なんだけど!何で私がそんなことしなくちゃならないのよ、もう!」

 『レン、気乗りしないかもだけど、私と融合したあなたなら、どんな男だって確実に落とせる。「黒の勇者」は思春期真っ盛りの男の子。あなたの魅力で落とすことなんて、とっても簡単なことよ。「黒の勇者」はあの面食いの性悪女のクソ女神が秘密兵器に選ぶくらいの男の子。ひょっとしたら、案外、良い男に育っているかもじゃない。「黒の勇者」をあなたの虜にして、いざという時は彼氏から乗り換えるのも悪くないんじゃな~い?あなたの彼氏、あなたがピンチなのに全然助けに来ないし、それならいっそ、頼りになる男に乗り換える方がベストだと思うんだけど?』

 「う、うるさいわね!?孝の奴は多分、遠くに逃げていてすぐに来られないだけよ!後、宮古野の奴が怖くて、ここへ近づくのを躊躇っているだけよ!アイツはいざっていう時、自分じゃ決断できないところがあんのよ!私が傍にいないとダメなだけよ!私はそれでも、アイツの優しいところが好きなの!宮古野みたいな、何考えてるか分かんない、キモい陰キャに乗り換えるのだけは、絶対嫌だから!彼氏じゃなくて、あんな奴、奴隷扱いで十分よ!」

 『レンってば、本当に一途よねぇ。私、そんなあなたの一途で乙女なところ、嫌いじゃないわよ。ただ、タカシだったかしら、あなたの彼氏、あなたに寄生するだけのヒモ男になるようにしか見えないけれど。セックスが上手くても、それ以外はダメそうな感じよね。年を取ったら、セックスも満足にできない、金食い虫のオッサンにしかならない気がするけど。まぁ、レン、あなたが誰を好きであっても、私は応援してあげる。私はあなたの恋路がどうなるのか、それを見るのが今は楽しみだから。』

 「私は絶対に孝を見つけて、一緒に幸せになるんだから!ビッチのアンタみたいに、男漁りなんて絶対にしないから!本物の純愛が何か、アンタに教えてやるわ、ストララルド!」

 妻ケ丘とストララルドが、妻ケ丘の恋愛や「黒の勇者」を魅了することを原因に、二人で口論をするのであった。

 「妻ケ丘さん、ストララルド、口喧嘩はそれくらいで止めてちょうだい。あなたたち、本気を出さなければ、また宮古野君に、「黒の勇者」に私たちの計画を邪魔されることになるのよ。「黒の勇者」を倒さない限り、妻ケ丘さん、あなたが立野くんと再び巡り合うことはできなくなる。気持ちは分かるけど、今は作戦を成功させるために協力して。あなたとストララルドの力がどうしても必要なの。お願いして良いわね?」

 「わ、分かったわ、鷹尾さん。くっ、宮古野、こうなったら全力でアイツを誘惑して、奴隷にしてとことん利用してやるわ。あんな恋愛偏差値マイナス野郎なんて、一発で落としてやるわ。」

 鷹尾に諭され、ストララルドとの口論を止め、主人公を魅了することに渋々、納得した妻ケ丘であった。

 「では、捕虜の聖騎士たちの警備は、妻ケ丘さんたちにお任せするとして、次に、独房に捕えているモンスターたちの警備体制についてよ。モンスターたちを召喚術で攫うようなことは、きっと「黒の勇者」もしないはず。恐らく、大事な食料であるモンスターたちを殺して兵糧攻めを狙ってくるはず。別にモンスターたちは今日明日限りの、非常用の食料に過ぎない。けど、私たちへ少しでも多くダメージを与えるため、狙ってくる可能性も否定はできない。中央の独房棟は下長飯さん、東の独房棟は都原さん、西の独房棟は乙房さん、それから、各独房にいるヴァンパイアロードのみんなに、警備を担当してもらうわ。独房内にいるモンスターたちを殺されないよう、しっかりと見張りなさい。グリラルド、下長飯さん、独房棟の警備に適した魔道具があったら、それを使って警備システムの強化をお願いしたいんだけど、何かあるかしら?」

 鷹尾の問い、グリラルドが自信満々に答えた。

 『ホッホッホ。その言葉を待っておったぞ、スズカ。「黒の勇者」を追い詰めるための魔道具なら、すでに考え、用意しておる。キンゾウよ、出番じゃぞ。』

 「ああっ、行くぞ、グリラルド!強奪金庫!」

 下長飯が能力を発動し、亜空間にある巨大な金庫の中から、縦横30cm、高さ60cmほどの、立方体の形をした黒い大きな箱のような魔道具を取り出した。

 下長飯が、箱の上部の、取っ手が付いた蓋となっている面を開けると、箱の中から、無数の小さな黒い蝙蝠の姿をした、機械仕掛けの空飛ぶ蝙蝠人形が一斉にバサバサと飛び出し、独房棟の中を飛び回り始めた。

 黒い箱と機械仕掛けの蝙蝠たちを見ながら、鷹尾はグリラルドと下長飯に訊ねた。

 「グリラルド、下長飯さん、あなたたちが持っている黒い箱と、今、私たちの周りを飛び回っている蝙蝠の人形みたいなモノが、「黒の勇者」を追い詰めるとっておきの魔道具らしいけど、詳しく説明をしてもらえるかしら?」

 『ホッホッホ。儂らが今回用意した魔道具の名は、ハンター・バッド。キンゾウが手に持っている黒い箱が、蝙蝠たちを操る制御装置じゃ。そして、あの蝙蝠たちには、どんな侵入者も発見することのできる機能がある。あの蝙蝠型魔道具たちは口から特殊な超音波を常に発しておる。超音波がぶつかった対象から跳ね返ってきた音波に乱れがあった場合、対象からの距離や、帰ってきた音波の波長の差異に変化があった場合、異常を検知したとして、黒い箱に知らせる警報装置のような機能を持っておる。今、全ての独房棟にいる人間や生物に向けて、蝙蝠たちは超音波を発している。キンゾウの持つ黒い箱が各独房に巡らされた超音波の全データを記録、管理している。極めつけは、蝙蝠型魔道具たちは侵入者を検知すると、侵入者に向かって噛みつき、強力な麻痺毒を注入して攻撃する仕組みとなっておる。蝙蝠型魔道具の麻痺毒は、Sランクモンスターさえ一噛みで昏倒させるほど強力な毒じゃ。いかに「黒の勇者」が自由自在に姿を消すことができても、己の存在そのものを消すことだけは不可能じゃ。蝙蝠型魔道具の超音波を食らえば、すぐに奴がこの独房棟に侵入してきたことが分かる。そして、奴は全身を大量の蝙蝠型魔道具たちに噛み付かれ、麻痺毒に侵され、動けなくなる、といったわけじゃ。いかかじゃな、皆の者?』

 「なるほど、つまり超音波レーダーと無人戦闘ドローンの機能を併せ持つ兵器といったところかしら。この魔道具を作った人物を称賛したい気分にもなるけど、このハンター・バットがあれば、いかに「黒の勇者」が自由自在に姿を消すことができても、すぐに見つけて迎撃できる。これほどの魔道具を持っていたなら、出し惜しみせず、もっと早くに使ってほしかったけど。」

 『儂とて、「黒の勇者」の能力を知っておれば、すぐにこれを出したわい。キンゾウに、儂の持つコレクションを大まかに教えているのじゃが、コヤツは物覚えが悪い。「黒の勇者」の能力のことを訊ねても、全く知らず、スズカ、お主に聞けば良い、などと言う、相変わらず人任せの体たらくっぷりじゃ。おかげでハンター・バットを使うのが遅くなってしまったわい。』

 「う、うるさいぞ、グリラルド!?私だって必死にお前の持つコレクションを覚えようと努力しているんだ!宮古野のことについて調べる余裕まではないんだ!仕方ないだろう!」

 「グリラルド、下長飯さん、今は喧嘩などせず、「黒の勇者」の迎撃に集中してください。ハンター・バットが成果を出してくれることを期待しています。ですが、前回のピューリファイザーの時のように、ハンター・バットを「黒の勇者」に破壊されないよう、気を付けてください。では、この後、各独房の扉を閉めます。ヴァンパイアロードのみんなは、モンスターたちを「黒の勇者」に殺されないよう、監視をしてちょうだい。」

 鷹尾が独房棟の警備体制について指示をしていると、元囚人のヴァンパイアロードの一匹が、鷹尾の方へと近づき、恐る恐る手を上げながら、鷹尾に言った。

 「あの~、タカオ様、二つほど俺たちからお願いがあるんですけど、よろしいでしょうか?」

 「お願い?一体、何かしら?」

 「その~、人間の代わりにと集めてきた食料用のモンスターたちなんですが、あまり血が美味しくなくてですね。俺たち元々、人間だったじゃないですか?その、ゴブリンとかコボルトの血を吸うのにはかなり抵抗があってですね。何とか、美味しく血を吸えるようにしていただけないかと。」

 「モンスターたちの血を吸うのに抵抗があると?それと、もう一つのお願いってのは何かしら?」

 「はい。昨日の夜から、捕まえてきたモンスターたちが、俺たちのいる独房の中で、ところかまわず、糞をしたり、小便をしたりして、独房の中を汚して困ってるんです。昨日の夜は、血を吸った後、死んだ奴らの使っていた独房に入れて隔離しましたから、何とか夜を過ごせましたが、一晩明けると、隔離していた独房の中はモンスターたちの糞尿まみれで、とにかく汚されていまして、掃除が大変だったんです。この後、モンスターたちとずっと独房の中に一緒にいるとなると、その~、俺たちが寝泊まりしている独房の中まで、モンスターたちの糞や尿のせいで汚れることになって困るんですよ。タカオ様たちも、独房棟の中が結構、糞や尿の臭いがして、臭いとは思いませんか?可能でしたら、モンスターたちの糞や尿をどうにかする掃除道具か、あるいは魔道具をいただけないかと。」

 陳情に来たヴァンパイアロードに言われ、鷹尾たち一行は独房棟内の臭いを嗅いで、独房棟内の悪臭に気付いた。

 「確かに、いつもより、かなり臭うわね。さすがに刑務所内をモンスターの糞まみれにするのは、衛生的に問題があるわ。感染症なんかが起こったら大変ね。グリラルド、下長飯さん、糞や尿を掃除するのに適した魔道具は持っているかしら?」

 『掃除用具のコレクションは儂でも持っておらん。しかし、物を複製する魔道具を持っておる。刑務所内の掃除道具を必要な分だけ複製して、配ることはできる。後でその魔道具を貸してやるから、それで掃除用具を好きなだけ複製して補充すれば大丈夫じゃろ。』

 「ありがとう、グリラルド。後で希望する掃除用具を必要な分配るから、それを使って掃除しなさい。掃除で困ったことがあれば、独房の外で警備する者たちに声をかけなさい。」

 「あ、ありがとうございます、タカオ様。」

 「それと、モンスターたちの血が不味くて飲めない、というのもすぐに解決してあげる。みんな、私の方を見てちょうだい。」

 鷹尾がそう言うと、独房棟に集まっていた全員が一斉に、鷹尾の方を見た。

 鷹尾が右手を突き出すと、鷹尾の右手が藍色に光り輝いた。

 「完全支配!ヴァンパイアロードのみんな、あなたたちが守っているのは人間よ。あなたたちが血を吸っているのは人間。モンスターなんかじゃない。あなたたちが飲んでいるのは美味しい人間の血よ。みんな、美味しい人間の血を吸えて満足している。そうよね?」

 鷹尾の「完全支配」の力で、精神を完全に洗脳、支配された全てのヴァンパイアロードたちは皆一斉に、虚ろな表情を浮かべながら、一斉に答えた。

 「ハイ、タカオサマ、ソノトオリデス。」

 ヴァンパイアロードたちの洗脳が終わり、鷹尾は笑みを浮かべた。

 「これで当面の間は大丈夫でしょ。モンスターの血を美味しく飲めて、独房の掃除をしながら、人間と思い込んでいるモンスターたちの監視と世話をする、それくらいのことはできるでしょう。」

 『ギャハハハ!ゴブリンの血を飲むヴァンパイアロードなんて、見たことも聞いたこともねえ!飢えで弱り切った、ただの雑魚ヴァンパイアなら分かるがよ!まぁ、食料用の人間なんて、すぐに集められるし、これはこれで面白いから良いけどよ!ギャハハハ!』

 鷹尾がヴァンパイアロードたちを洗脳したのを見て、プララルドはあまりのおかしさに爆笑した。

 「そこまであなたにウケるとは思っていなかったわ。とにかく、これで独房の問題は片付いた。後は外の警備ね。下川君は西側の監視塔、早水さんは東側の監視塔から、刑務所の敷地内や、刑務所の外の監視をしてちょうだい。万が一、宮古野君を発見した時は、すぐには戦わず、所長室で指揮を執る私にまず、連絡して。彼を泳がせてから、一気に包囲して攻撃、捕えるとしましょう。みんな、「黒の勇者」に後れを取らないよう、気を引き締めて作戦に当たるように。必ず捕虜たちを奪われないよう、守り通すのよ。良いわね?」

 鷹尾の言葉に、「オオー!」という言葉で、一斉にその場にいた全員が答えた。

 「この刑務所の警備体制は万全。捕虜を奪うことも、モンスターたちを殺すことも、まず不可能。姿を消すことができても、ハンター・バットの超音波ですぐに侵入が分かる。迎撃態勢も整っている。刑務所本来の警備システムもいまだ健在。完璧な城塞と化したこの刑務所を破れるものなら、破ってみせなさい、「黒の勇者」。今回はあなたの思い通りにはいかないわよ。」

 鷹尾は、自身の考えた刑務所を防衛する作戦は完璧だと、自信を露わにした。

 だが、そんな鷹尾を予想だにしない事件が襲うことになった。

 午前10時30分。

 中央の独房棟の中心で、ハンター・バットの制御装置である黒い箱を両手に持ち、無数の蝙蝠型魔道具たちを使って警備を行っていた下長飯とグリラルドであったが、突如、彼らの身に異変が起こった。

 下長飯が両手に持っていたはずの、ハンター・バットの制御装置である黒い箱型の魔道具が突然、消えてしまったのだ。

 そして、黒い箱の代わりに、キバタンの入ったケージが、下長飯の両手の上に現れたのだ。

 ケージの中のキバタンが、刑務所中に響くような大きな鳴き声で、嫌がらせのメッセージを何度も繰り返し叫び続ける。

 「タカオ スズカ、クソガダイスキ!タカオ スズカ、クソガダイスキ!タカオ スズカ、クソガダイスキ!~」

 一瞬の出来事に、下長飯とグリラルドは激しく動揺した。

 「な、何だ、これは!?せ、制御装置の箱はどこに行ったんだ!?」

 『ハンター・バットの箱が消えた!?い、いかん、キンゾウ、そのオウムを今すぐ捨てるんじゃ!?』

 「く、くそっ、手から離れない!?」

 下長飯が何とか両手からキバタンの入ったケージを離そうとするが、両手ともケージの底に塗られた超強力接着剤のせいで、ケージの底とくっついてしまい、離すことができない。

 そして、下長飯がケージを手から離そうと必死にもがいている内に、ケージの中で大声で鳴くキバタンを侵入者と誤認した、大量の蝙蝠型魔道具たちが一斉に、キバタンの入ったケージを持つ下長飯とグリラルドの下へと飛来し、下長飯の全身に噛み付いた。

 「ギャアーーー!?」

 『き、キンゾウーーー!?』

 キバタンと誤認され、大量の蝙蝠型魔道具たちに一斉に全身を嚙み付かれた下長飯は、痺れ毒を注入され、あまりの激痛に昏倒し、白目を剥き、口からは泡を吹き、全身を痙攣され、全身を大量の蝙蝠型魔道具たちに噛み付かれたまま、その場で気絶した。

 下長飯の悲鳴や、キバタンの嫌がらせのメッセージを言う鳴き声を聞いて、一体何事かと、刑務所内にいたほぼ全員が、下長飯のいる中央の独房棟へと集まった。

 無惨な姿で気絶する下長飯と、キバタンの入ったケージ、ドッペルゲンガーマスクを見て、鷹尾は苛立ちを露わにした。

 「なぜ、下長飯さんがハンター・バットたちに襲われているの!?グリラルド、返事ができるなら答えなさい!」

 『わ、儂にもさっぱり訳が分からんのじゃ!?つい先ほどまで、ハンター・バットの制御装置を儂らは持っておった。キンゾウが両手に持ち、儂が制御装置をモニターし、蝙蝠型魔道具たちを使って、全ての独房棟の中をチェックしておったんじゃ。じゃが突然、キンゾウの手の上にあった制御装置が消え、代わりにオウムの入ったケージが現れたんじゃ!制御を失い、オウムを侵入者と勘違いした蝙蝠どもが一斉に、オウムごとキンゾウを攻撃したんじゃ!キンゾウの手にはケージがくっついてしまい、全く離れん!早くキンゾウに噛み付いている蝙蝠どもを引き剥がしてくれ!このままでは、キンゾウは毒でショック死してしまう!皆の者、早くしてくれ!』

 「くっ!?みんな、ハンター・バットたちを引き剥がすのを手伝って!急いで!」

 鷹尾やグリラルドの言葉を聞き、その場にいた全員は、下長飯を助けるため、下長飯の全身に噛み付く大量のハンター・バットたちを無理やり引き剥がし、一匹ずつ粉々に破壊したのであった。

 下長飯の救出を終えると、鷹尾は乙房に指示した。

 「乙房さん、エビーラルド、急いで下長飯さんの治療を頼むわ!」

 「分かったわ、鷹尾さん!全く、宮古野を追い詰めるとか言って何て様よ!みんな、このオッサンを運ぶのを手伝って!」

 『ちっ。とっておきの魔道具に逆に自分がやられるとは、情けない。手間をかけさせやがって。治療代は高くつくぞ、グリラルド。』

 『くっ!?す、すまん、エビーラルドよ!?キンゾウをよろしく頼む!』

 乙房とエビーラルドたちに連れられ、医務室で治療を受けるべく、下長飯とグリラルドはその場から抱えられて去って行った。

 乙房と下長飯が医務室へと去って行くのを見届けると、鷹尾は眉間にしわを寄せながら、周りにいる者たちに訊ねた。

 「捕虜を盗まれてはいないでしょうね?独房にいるモンスターたち、じゃなかった人間たちも無事なんでしょうね?」

 「鷹尾さん、捕虜の聖騎士は誰も奪われなかったわ。宮古野が私たちのいる西側の棟に来ることはなかったわ。」

 「タカオ様、捕虜たちはこの通り、全員、手錠で繋いで拘束しています。ツマガオカ様の御協力もあり、こちらの警備は問題ありませんでした。」

 刑務所西側の棟の警備を担当していた妻ケ丘と、アーロン率いる「白光聖騎士団」が鷹尾に答えた。

 「独房の方も無事よ、鷹尾さん。下長飯のオッサンがやられはしたけど、独房の中からモンスターたちが奪われることはなかったわ。仲間がやられはしたけど、捕虜たちを奪われず守り抜くって言う目標は達成できたはずよ。宮古野の奴、ざまぁみろって感じ。」

 都原が笑いながら、鷹尾に答えた。

 「そう。なら、下長飯さんが襲われた以外に被害はないと。防衛戦はこちらに軍配が上がったと見るべきかしら。」

 鷹尾はホッとした表情を浮かべたその時、第二の異変が起こった。

 二階の独房にいるヴァンパイアロードの一匹が、二階の廊下から、一階にいる鷹尾たちに向かて、大声で話しかけてきた。

 「大変です、タカオ様!?トイレが、トイレがありません!?独房のトイレが失くなっています!?みんな、自分の独房の中を見てみろ!空き室の独房もだ!トイレが、俺たちのトイレが失くなっちまってるぞ!?」

 「はぁっ!?トイレが失くなっているですって!?今すぐ独房の中を見せなさい!」

 鷹尾は慌てて、刑務所の全ての独房の中を調べた。

 そして、刑務所の全ての独房から、トイレが全て根こそぎ奪われている事実を知った。

 「本当に全ての独房からトイレが消えている。「黒の勇者」は独房からトイレを全て盗んだ!?な、なんでそんな悪戯のようなことをするの?」

 鷹尾が困惑していると、キバタンの鳴き声が耳に入った。

 「タカオ スズカ、クソガダイスキ!タカオ スズカ、クソガダイスキ!タカオ スズカ、クソガダイスキ!~」

 キバタンの存在に気付き、鷹尾はキバタンの入ったケージから慌てて一枚のメッセージカードを取り出した。

 メッセージカードには、以下の内容が書かれていた。

 

  ボナコンのクソよりフローラルなクソをあなたにプレゼント。


 メッセージカードのメッセージを読み、さらにキバタンの嫌がらせのメッセージまで聞き、鷹尾は左手に持っていたメッセージカードを握り潰し、目を血走らせながら激しく怒った。

 「誰がクソが大好きですって!?ボナコンのクソよりもフローラルなクソをあなたにプレゼント!?この私をここまで虚仮にするなんて、その舐め切った態度、絶対に許さないわ!ボナコン討伐に失敗したのは、私たちが処刑寸前に追い込まれたのは、宮古野君、あなたが原因よ!刑務所で糞まみれになる生活を味わえ、とでも言うつもりかしら!トイレを奪った程度で調子に乗るな、「黒の勇者」!」

 『お、落ち着け、スズカ!?今は「黒の勇者」への怒りをぶちまけることより、奴が今回、俺様たちに何を仕掛けてきたか、それを調べて整理するのが先だ。一度、頭を冷やせ。冷静になれ。「黒の勇者」のペースに呑まれるんじゃねえ。奴は独房からトイレを奪ったそうだが、他のトイレも奪われたかもしれねえ。刑務所全部のトイレが奪われたら、奴の嫌がらせ通り、俺様たちはトイレが失くなって困ることになるぞ?いつものようにマスクもある。きっと誰かにまた変装して、ここに潜り込んできたに違いねえ。グリラルドのハンター・バットの警戒網を潜り抜けて、逆にハンター・バットを利用してキンゾウを攻撃した方法もまだ、分かっちゃいねえんだ。リーダーであるお前が冷静さを失えば、俺様たちは「黒の勇者」に良い様にやられるだけだ。お前は安い挑発に乗るような、頭の悪い女じゃねえよな?そうだろ、スズカ?』

 プララルドから宥められ、鷹尾は徐々に冷静さを取り戻した。

 「ふぅー、ふぅー。ごめんなさい、プララルド。リーダーである私が怒りで取り乱すようなことは絶対にあってはならない。落ち着いて、状況を把握し、整理することにしましょう。みんな、今すぐ、独房以外に、刑務所内の各建物のトイレが奪われていないか、すぐに確認を行って。何か他に分かったことがあったら、私やプララルドに報告するように。」

 鷹尾は、周りにいる部下たちに、刑務所内の他のトイレが全て「黒の勇者」によって奪われていないか、確認するよう指示した。

 「宮古野君はまた、ドッペルゲンガーマスクを使って、この刑務所内に潜入した。今度は一体、誰に化けたのか、調べる必要があるわね。下川君、このマスクを被ってもらえるかしら?」

 「へいへい。結局、俺が毎回、被る、そういうお約束なんでしょ。はぁー。」

 下川は観念したような表情を浮かべながら、鷹尾から渡されたドッペルゲンガーマスクを頭から被った。

 下川の顔や声、髪型が、結界展開装置のある、刑務所の東の監視塔の中を警備していた、元囚人のヴァンパイアロードの一匹にそっくりに変身した。

 「どうだい、鷹尾さん?宮古野が誰に化けたか、分かったか?」

 「この男の顔にはあまり見覚えがないわね。どこの警備を担当させていたか、思い出しかねるわ。聖騎士の顔には見えないわね。人相は悪い方だし。」

 「あっ、この人!?」

 早水が突然、下川の変身した顔を見ながら、驚いた表情を見せた。

 「早水さん、この男が誰か、どこを警備していたか、知っているの?」

 「うん、鷹尾さん。名前は知らないけど、この人確か、東の監視塔にいたよ。ほら、例の結界を張る装置の部屋の前の廊下を歩いていたよ。私、今日、東の監視塔で警備を担当していたでしょ。監視塔の中を歩いていた時、廊下でこの人とすれ違って、肩がぶつかったのをおぼえてるわ。すぐに向こうがすみませんて言って、謝ってきたの。人相は悪いけど、元囚人の割にきれいな言葉遣いで話してきたから、凄く意外で、よく覚えているわ。そう、絶対にあの人よ。」

 「東の監視塔の警備を担当していた男ね。待って、東の監視塔には結界展開装置がある。それに、元囚人の割に丁寧な言葉遣いだった。早水さん、その男と話をしたのは、いつ頃のことなの?」

 「ええっと、確か10時よりちょっと前ぐらい。ちょっとお手洗いを借りたくて、最上階から下りて、お手洗いに歩いて向かってた時、廊下ですれ違って、肩がぶつかって、その時に少し話をしたの。顔が怖い割に、言葉遣いが丁寧で大人しそうで、物腰の柔らかい感じの人だったから、ちょっと驚いたわ。トイレを済ませた後、最上階に行く時、また廊下ですれ違ったけど、廊下に立って真面目に警備してて、私に気付いたら会釈までしてくる、元囚人にしては役人みたいに真面目な人だなぁーって感じだった。でも、東の監視塔にいたけど、特に異常なんて起こらなかったわよ、鷹尾さん?」

 「早水さんが東の監視塔の警備を担当していたこの男とすれ違ったのが、午前10時前後。下長飯さんがハンター・バットに襲われる事件の30分ほど前。元囚人の割に腰が低くて、丁寧な言葉遣いで話し、会釈までしてくる、役人みたいに真面目そうな男。なるほど。早水さん、あなたとその男がぶつかったのは偶然ではないわ。恐らく、あなたがぶつかった時、あなたがぶつかった男は、変装した宮古野君だった。あなたにわざと結界展開装置のある部屋の前の廊下でぶつかり、あなたに親近感や好印象を持たせるため、腰の低い、元囚人らしくない、真面目な男を演じたんでしょうね。そして、あなたから信頼を得た上で、結界展開装置のある部屋の近くで真面目に警備をしているフリをした。目的は、結界展開装置に何らかの細工をすること、あるいは結界展開装置の破壊よ!下長飯さんがハンター・バットに襲われた事件や、独房からトイレが奪われた事件は、そのことを隠すための目くらまし!宮古野君の本当の目的は、襲撃目標は、東の監視塔の結界展開装置よ!彼が何か、結界展開装置に細工を施した可能性が高いわ!急いで向かうわよ!」

 「あ、あの男が宮古野!?そういえば、どこか雰囲気が似ている気が!?ああっ、くそっ、アイツに騙されたって言うの!?グラトラルド、アンタ、ちゃんとステータス鑑定して周りの奴ら、チェックしろって言ってたでしょうが?何やってんのよ!?」

 『あ、アスカ~、僕はちゃんとチェックしていたんだなぁ~。いつも周りにいる奴はステータスを鑑定して、「黒の勇者」が変装していないか、チェックしてたんだなぁ~。僕はちゃんと、アスカとぶつかったあの男もチェックしたけど、間違いなく本人だったんだなぁ~。嘘はついてないんだなぁ~。』

 「早水さん、グラトラルド、今は東の監視塔に異常が本当に起こっていないか、調べるのが先よ。監視塔を調べれば、結界展開装置を調べれば、答えは明らかよ。ごちゃごちゃ言ってないで、付いて来て。」

 鷹尾は、早水、グラトラルド、下川、ラスラルドを引き連れ、結界展開装置のある東の監視塔へと急いで向かった。

 東の監視塔前に到着し、監視塔の周辺を観察しながら、鷹尾は言った。

 「刑務所を覆う結界自体は消えていない。東の監視塔が壊されている様子もない。みんな、監視塔の中に入るわよ。」

 そう言って、鷹尾が東の監視塔の出入り口のドアを開けようとするが、ドアノブは全く回らない。

 「おかしいわね。内側から鍵をかけたのかしら?中にいる人、聞こえたらここを開けてちょうだい。」

 鷹尾が、ドンドンとドアを叩きながら、監視塔の中で警備を担当している者たちに向かって、ドアを開けるよう呼びかけた。

 しかし、ドアの向かう側、監視塔内から応答は聞こえてこない。

 「変ね。しょうがない。マスターキーで開けるとしましょう。」

 鷹尾がそう言って、刑務所のマスターキーを一本取り出し、東の監視塔の出入り口のドアの鍵穴に、鍵を差し込んだ。

 しかし、鍵を鍵穴に差しても、鍵を回すことができず、ドアを開けることができない。

 「下がっていてくれ、鷹尾さん。俺がドアをぶち壊す。行くぜ、激高進化!」

 鷹尾がドアから離れると、下川がドアの前に近づき、能力を発動した。

 下川の全身が赤く光り輝いた。

 「粉々にぶち壊してやるぜ!オラァーーー!」

 下川が雄叫びを上げながら、右の拳を大きく振りかぶり、右の拳をドアへと思いっきり叩き込んだ。

 けれど、ガキーンという大きな音が鳴ったかと思えば、ドアを破壊しようと思いっきり右の拳を叩き込んだ下川が、右の拳を左手で押さえながら、苦しそうな表情を浮かべ、ドアの前でうずくまった。

 「い、痛ええーーー!ち、ちくしょう!このドア、なんて硬ええんだよ!くそっ、俺の拳を受けてもぶっ壊れねえとか、どうなってやがる!?」

 『ユウスケ、もっともっとこのドアへの怒りを高めろ!そして、もう二、三発、全力の拳を食らわせろ!怒りさえありゃ、こんなちっせえドアなんぞ楽勝でぶち壊せるはずだぜ?もっと本気を出せ、ユウスケ?』

 「分かってるつーの!いちいちうるせえぞ、ラスラルド!みんな、下がってろ!このドアは今すぐ俺が粉々にぶち壊す!オラァーーー!」

 下川がラスラルドにアドバイスを受け、ふたたび監視塔のドアを破壊すべく、両手で連続して何発もドアにパンチを打ち込み、ドアを破壊しようとする。

 しかし、下川の「激高進化」で強化された拳の連撃を受けても、ドアは全く壊れず、びくともしなかった。

 ドアを攻撃する下川の両手が真っ赤に腫れあがり、出血までし始めた。

 「くそっ、くそっ、何でぶっ壊れねえんだ、ちくしょうがぁっ!?」

 「もう止めなさい、下川君!あなたじゃそのドアを破壊することはできない!あなたの両手、傷だらけじゃない!何度も再生と強化を繰り返す、あなたの渾身のパンチが、このドアには全く通用しない!恐らく、宮古野君の仕業でしょうね!この監視塔に入れないよう、何かの魔法を施した!このドアや監視塔を壊されないよう、そして、私たちが監視塔の中に入れないようにする魔法をね!残念だけど、敵は私たちの能力を知った上で対策をして攻めてきている!諦めなさい、下川君。」

 「くそがぁーーー!?宮古野の奴、一体、何しやがった!?何で俺のパンチが効かねんだよ、くそっ!?アイツ、一体、どんだけ能力を持っていやがる?」

 鷹尾に止められ、監視塔のドアを破壊できず、下川は悔し気な表情を浮かべる。

 「プララルド、「黒の勇者」がこの監視塔に何をしたのか、あなたから見て分かることがあったら教えて。」

 『ラスラルドの「激高進化」で強化された拳の一撃を受けてもびくともしねえなんざ、普通じゃあねえ。鍵を使って開けようにも、鍵穴に鍵を差しても、鍵は全く回らねえ。ドアノブも全く動かねえ。監視塔の中を覗くが、中にいる奴は生きている。けど、こっちの声も、向こうの声も、全く聞こえねえ。まるで、この監視塔自体が厳重に封印されたような・・・いや、まさか、マジで封印されてんのか?だが、封印のエネルギーをどこからも感じねえ!?だけど、コイツは、どう見ても封印にしか見えねえ!?おい、これが封印だとしたら、マジでヤベえ!?おい、グラトラルド、テメエ、今すぐ結界に攻撃してみろ!』

 『えっ、プララルド、僕が結界を攻撃したら、結界は壊れちゃうんだなぁ~?結界が失くなったら、大変なことになるんだな?』

 『つべこべ言わず、結界を攻撃してこい!結界は多分、壊れねえ!さっさと相棒と行ってこい!』

 『アスカ~、プララルドの奴が結界を攻撃してこいだってさぁ~。ちょっと協力してくれるかなぁ~?』

 「しょうがないわね、ったく。結界が壊れても責任は取らないからね。」

 早水とグラトラルドは、東の監視塔から離れ、空へと飛び上がると、誰もいない北の監視塔の方を見た。

 早水は、北の監視塔の真上の結界に向け、ロングボウを構えた。

 「とりあえず、強めの一発を打ち込むとするわよ。魔力強化の能力はまだ、あったわよね?」

 『うん、アスカ。まだストックとして残ってるよ。』

 「了解。なら、一気に10倍まで強化するわよ。「吸収合体」って本当に便利だわ。」

 早水の全身が紫色に光り輝き、それから、「吸収合体」の持つ能力の一つを発動した。

 「魔力を10倍まで強化!ショートする前に、一気に結界をぶち抜く!水圧貫穿!」

 早水の構えるロングボウから、高圧縮された、水圧カッターのように鋭い、水のエネルギーで形成された水の矢が、猛スピードで、北の監視塔の真上を覆う結界へと直撃した。

 ドカーンという大きな衝撃音を上げながら、早水の放った水の矢は、結界を破壊しかねないほどの威力で結界へとぶつかった。

 しかし、魔力を10倍まで強化した、早水の放った渾身の水の矢は、何故か刑務所の結界を破壊できず、穴を開けることさえできないでいる。

 自身の渾身の矢の一撃が結界に通用しないことに、早水は激しく困惑した。

 「は、はぁ!?な、何で結界が壊れないのよ!?魔力を10倍まで強化したのよ!刑務所の結界は、私たちの能力なら簡単に壊せる程度の防御力しかないはずでしょ!?一体、どうなってんのよ、これは!?」

 『お、落ち着くんだな、アスカ!?ひとまず、プララルドたちのところに戻るんだな!プララルドの奴、何か知ってて、僕たちにわざと結界を攻撃させたんだな!プララルドに聞けば、理由が分かるんだな!』

 「くそっ!?宮古野の奴が結界にまで何かしたって言うの?マジ、最悪!」

 都原はグラトラルドに宥められ、苛立ちを若干残しながらも、鷹尾たちの下へと戻った。

 「鷹尾さん、プララルド、下から見ていたでしょうけど、刑務所の結界を攻撃したけど、何故か破壊できなかった!?一体、何が起こってんの?」

 「プララルド、説明をお願いするわ。」

 早水や鷹尾に訊ねられ、プララルドは苛立ちを露わにしながら、質問に答えた。

 『監視塔の時と同じだ。「黒の勇者」、奴が結界にまで封印を施しやがったんだ。俺様たちは奴の施した封印のせいで、この刑務所に閉じ込められた。刑務所から一歩も外に出られなくなったんだよ!くそがっ、これじゃあ、俺様たちは何もできねえも同然だ!このまま糞にまみれて、飢え死にして刑務所の中でお前らは死ぬことになる!俺様たちはずっと、この刑務所に永久に封印されたままってわけだ!やられたぜ、くそっ!?』

 プララルドから衝撃の事実を明かされ、その場にいた全員が驚きのあまり、言葉を失った。

 鷹尾はしばらく考え込み、それからプララルドに再度、訊ねた。

 「プララルド、刑務所にかけられた封印を解く方法はないの?刑務所の外に出る方法は何かないの?」

 『封印を解く方法は、まずねえ。この刑務所の結界にかけられた封印は、ただの封印じゃねえ。俺様が封印のエネルギーを、封印の術式を感知できないよう、偽装工作が施してある。おまけに、ラスラルドとグラトラルド、二人の攻撃でも全く歯が立たねえ。物理攻撃でも魔法攻撃でも破壊できねえ、俺様たち堕天使の能力さえ跳ね返すほど強力だ。さらに言えば、結界展開装置のある東の監視塔にまで破壊されないよう、もっと強力な封印が施されている。何が何でも、結界の外へは出さねえという徹底ぶりだ。「黒の勇者」、奴は封印の術式が使える。それもかなり高度な封印の術式をな。俺様たち堕天使に気付かれず、俺様たちを刑務所ごと封印する、奴はそう考えたに違いねえ。封印の術式を解除できるのは、「黒の勇者」か、あるいは女神のどちらかだけだ。俺もお前も、刑務所ごと封印して、後は自滅へと追い込む、ってのが「黒の勇者」と女神の立てた作戦だろうな。くそっ、「黒の勇者」が封印の術式のエキスパートだと分かっていたら、一ヶ所に留まるのは、悪手だとすぐに分かったってのによ。だが、あのクソ女神は封印の術式にはあまり詳しくはなかったはずだ?だとすると、他の神に力を借りたか、他の神が入れ知恵したか?クソ女神以外の神まで俺様たちの討伐に参加してきたかもしれねえ?いや、この封印の術式を保っているエネルギーだって普通じゃねえ。「黒の勇者」、奴は間違いなく準天使だ。間違いねえ。くそがっ、これじゃあ、2,700年前に逆戻りじゃねえか?グラトラルド、アスカ、テメエら二人の責任だ。テメエらが「黒の勇者」に気付かず、ボケぇーっと見張ってたから、こんなことになっちまったんだぞ?ったく、使えねえ連中だぜ!マジでイライラしてくるぜ!くそがっ!?』

 プララルドに叱責され、早水とグラトラルドは何も言い返せず、顔を顰め、黙っていることしかできなかった。

 「落ち着いて、プララルド。「黒の勇者」が高度な封印の術式を使えることはあなたにとっても予想外の事態だった。「黒の勇者」を発見できなかった私たち全員のミスでもある。けど、「黒の勇者」は私たちを刑務所ごと封印しただけで、私たちへの復讐を止める男じゃないわ。彼は必ず、またこの刑務所へとやって来る。これまでの他の元勇者たちへの討伐の際、彼は必ず、毎回、元勇者たちを自分の手で直接、殺害している。ということは、彼は結界に施した封印を解いて、またここへやって来る。召喚術を使用する可能性もあるけど。「黒の勇者」は私たちをここから逃げられないようにした。でも、その一番の目的は、私たちをここから一人も逃がさず、私たちを自分の手で復讐し、殺すことにある。なら、「黒の勇者」を捕まえ、彼に封印の術式を解除させれば、問題は全て解決する。それに、封印を私たちだけでも突破できる方法が見つけられないと本当に言えるかしら?これは私たちと「黒の勇者」との知恵比べとも言える。より頭の優れた戦略家が最終的に勝つ、そういうゲームよ。まさか、このまま何もせず、「黒の勇者」にやられっぱなしのまま、ゲームから降りるなんて、つまらないことを言うつもりはないでしょ?ねえ、傲慢の堕天使、プララルドさん?」

 鷹尾の言葉を聞いて、プララルドはふたたび闘志を燃やした。

 『フッ。この俺様が、傲慢の堕天使にして最強の堕天使であるこのプララルド様が自らゲームを棄権するだと!?そんなわけねえだろ、スズカ!刑務所に閉じ込められた程度で、この俺様がくたばったりするかよ!俺様たちは女神も勇者も魔王も恐怖する、最強の堕天使だぜ?俺様たちの能力があれば、刑務所の外に出ずとも、ゾイサイト聖教国を乗っ取ることもできる!「黒の勇者」をぶっ潰すこともできる!「黒の勇者」、奴は必ずまた、この刑務所にやって来る!そして、スズカ、俺様たちにはお前と言う最高のブレーンまでついてる!ワンサイドゲームじゃ、少々面白味もねえし、退屈だと思ってもいたしな!「黒の勇者」、俺様たちにぴったりの相手だ!久々に全力で戦える相手が見つかった!そうは思わねえか、ええっ、ラスラルド、グラトラルド?クソ女神が作った史上最強の勇者を俺様たちでぶっ倒す!そして、クソ女神の鼻っ柱をへし折ってやろうぜ?「黒の勇者」、奴とのゲームに絶対に勝つぞ、良いな?』

 プララルドの言葉を聞き、皆が元気を取り戻した。

 「調子を取り戻してもらえたようで嬉しいわ、プララルド。これからもよろしくね。みんなも、「黒の勇者」との戦いはこれからよ。戦いに勝利し、最後に笑うのは私たちよ。「黒の勇者」が何をしてこようが、彼の復讐は失敗し、彼は私たちに最後は敗北する。私たちは計画を成功させ、それぞれの目的を、願いを叶える。能力の多さと戦略なら、こちらも条件は全く同じ。必ず、「黒の勇者」との生存競争に勝つわよ。」

 鷹尾は改めて、「黒の勇者」との戦いと、犯罪計画を成功させることを宣言した。

 それから、鷹尾は他のメンバーと別れて所長室へと戻った。

 所長室に戻ってしばらくして、部下たちから、刑務所内の各建物に設置してあったトイレが全て、「黒の勇者」によって根こそぎ奪い取られた、という報告が入った。

 報告を聞き終え、部下が退室した後、鷹尾はしばし、机に頬杖をしながら考え込んだ。

 そして、とあることに気が付いた。

 「何故、毎回、オウムを犯行の証に残していくのか、分かったわ。あのオウムはただ、嫌がらせのメッセージを伝えるためだけのものじゃあない。ケージに入ったオウム、すなわち、籠の中の鳥、という隠された意味が込められていた。籠が刑務所、鳥が私たち、つまり、私たちは刑務所という名の籠の中に囚われ、どこにも逃げることのできない憐れな鳥、そういう皮肉を込めていたわけね。宮古野君は最初から、私たちがシーバム刑務所に立てこもったのを知った段階で、私たちを封印の術式で刑務所ごと封印して、刑務所の中に閉じ込めるつもりでいた。人質を救出し、私たちの最初の作戦を失敗させることができれば、その段階で刑務所ごと封印して閉じ込めることまで計画していた。まんまとこちらの立てた作戦を利用したわけね。それだけのことをやってのける実力と行動力がある。「黒の勇者」の名前は伊達じゃない。味方だったら天使、敵だったら悪魔、正に厄介極まりない男を敵に回してしまったわ。」

 鷹尾は苦笑しながら呟いた。

 『感心してる場合じゃないぜ、スズカ?トイレ不足の問題はどうする?さっさと解決しねえと、刑務所中に糞の臭いが充満して地獄になるぜ?それに、結界の封印への対抗手段とやらも早く見つけねえと、計画は進められねえぜ?』

 「心配無用よ、プララルド。トイレ不足の問題は、この後指示を出してどうにかするから。封印への対抗手段も、これからみんなで調査と話し合いを行い、対抗手段を見つけるとするわ。私たちの犯罪計画は決して誰にも止められない。最後に勝つのは、私たちよ。」

 鷹尾はすぐに他の仲間たちや部下たちを集めさせた。

 そして、グラウンドの外に大きな穴を二つ掘らせ、その上に仮設テントをそれぞれ張った。

 テントを男用、女用に分けると、テント内に掘った穴に用を足すよう、仲間たちと部下たちに指示した。

 グラウンドに掘った穴をトイレ代わりに、肥溜めに使用することで、どうにかトイレ不足の解決を図ることにした。

 けれど、刑務所内の一部の女性たちから、テントで分けられ、目隠しが施されているとは言え、肥溜めのような穴に用を足すのは、外でお尻を出して穴の中に排便、排尿することに対する抵抗感から反発の声が上がった。

 個室トイレではなく、他の女性からもまる見えで、正直言って恥ずかしい、付け加えて、男性たちから覗かれる不安がある、とのクレームが出た。

 何とか新しいトイレを確保してほしい、という強い要望の声が部下たちから上がり、その件も踏まえて、鷹尾たち一行は、刑務所北側の棟の医務室で、緊急対策会議を開くことを決めた。

 午後3時。

 刑務所の医務室にて、鷹尾たち一行は緊急対策会議を始めた。

 「みんな、これより緊急対策会議を行うわよ。下川君や早水さんから話を聞いていると思うけど、私たちは宮古野君のせいで結界ごと、この刑務所に封印され、刑務所の外へと出られなくなってしまった。さらに、刑務所内のトイレを全て奪われてしまった。私たちは一刻も早く、結界の封印を破る方法を見つけなければならない。このままだと、永久に刑務所ごと封印され、私たちは計画を成功させることも叶わず、この刑務所の中で朽ち果てるか、あるいは弱り切ったところを攻められて殺されるか、いずれにしてもBAD・ENDを迎えることになりかねない。全員の力を合わせなければ、この緊急事態を乗り越えることはできないわ。みんなの知恵と協力が必要なの。」

 鷹尾は、他の仲間たちに向かっていつになく真剣な表情を浮かべながら言った。

 「それと、この部屋に長くいることもできない。私たちは今、負傷した下長飯さんのお見舞いに行く、という体で現場を離れていることになってる。変装した宮古野君が、私たちのここでのやり取りを盗聴していないとも限らないわ。プララルド、医務室の外には誰もいないわね?隣の部屋にも、誰もいないわね?」

 『医務室の近くには誰もいねえ。この部屋から少し離れた廊下に、警備の奴が立っているが、盗聴している感じじゃねえ。両隣の部屋にも、上の部屋にも、下の部屋にも、誰もいねえ。ステータス鑑定にも「黒の勇者」らしき奴は引っかからねえ。だが、グラトラルドの奴がステータス鑑定に失敗した、厳密に言えば、ステータスを偽装した「黒の勇者」の奴にまんまと騙された可能性もある。堕天使である俺様たちの目を欺くほどの、ステータス鑑定を偽装できる能力まで奴が持っていたら、保証はできねえぜ。ステータスを非表示にできる、なんて芸当までされたら、さすがの俺様たちでもお手上げだぜ、おい。』

 「ステータスを偽装できる能力、そんなモノまで本当に使われたら厄介ね。私たちが「黒の勇者」を発見することはより困難を極める、ということになる。「黒の勇者」をどうやって見つけるか、その方法もすぐに見つける必要がある。けど、今はまず、結界にかけられた封印を突破する方法を見つけることの方が先よ。それと、トイレ不足の問題も早急に解決する必要がある。グリラルド、エビーラルド、この手の問題はあなたたち二人が一番、詳しそうに思えるのだけれど、何か良いアイディアを持っていたりはしないかしら?」

 鷹尾の問いに、グリラルドとエビーラルドがそれぞれ答えた。

 『封印が施されたのは、あくまで結界。儂ら自身に封印の術をかけられたわけではない。ならば、転移魔法でこの刑務所の外へと出ることができるはずじゃ。空間転移用の魔道具が儂のコレクションの一つにある。じゃが、あくまで、その魔道具は小さな乗り物に過ぎん。一度に運べるのは、7人が限界じゃ。おまけに、一度使用するのに、膨大な魔力を必要とする。何分、旧くて、人間が転移魔法の研究を始めた頃に作られた代物じゃ。儂ら全員の持つエネルギーを注いだとして、必要なエネルギーを貯めるのに最低でも、三日はかかる。三日の猶予をもらえれば、この刑務所から儂らだけでも脱出はできる。』

 『その空間転移用の魔道具をまた、「黒の勇者」の奴に壊されるかもしれないぞ?「黒の勇者」が、私たちが刑務所から脱出するのを、黙って指をくわえて見ているわけがない。エネルギーを注いでいる三日の間に、奴が魔道具の存在に気付いて妨害してくるに決まっている。「黒の勇者」を追い詰めるとっておきの魔道具だとか言っていた、お前ご自慢のハンター・バットを逆に利用されて返り討ちにあったのをもう、忘れたのか、グリラルド?これだから、物忘れのひどい年寄りは困る。お前の年を取った相棒もな。』

 『誰が物忘れのひどい年寄りじゃと、エビーラルド!?お前も一緒に警備をしておったのに、「黒の勇者」にまんまとトイレを奪われ、出し抜かれた間抜けじゃろうが!お前の改造した吸血鬼どもは全然、役に立っておらんではないか?お前の相棒の小娘だって、頭の悪い小娘じゃろうが?』

 『強欲で醜過ぎる、役立たずの年寄りどもに間抜け呼ばわりされる言われはないな。私の改造手術は完璧だ。今回、独房棟の警備のリーダー役を率先して引き受け、無様な醜態を晒して失敗し、お前の相棒の治療を私たちに泣いて頼んできたのは誰だ?グリラルド、キンゾウ、お前たちの魔道具はいまいち役に立たん。年代物の転移用の魔道具なんぞ当てにならない。封印を突破するのは、この私とハナビに任せろ。お前たち年寄りは引っ込んでいろ、グリラルド、キンゾウ。』

 『ぐっ!?』

 エビーラルドの言葉に、グリラルドと下長飯は、反論できないでいる。

 「エビーラルド、封印を突破するアイディアを閃いたようね?」

 鷹尾のさらなる問いに、エビーラルドが答えた。

 『無論だ。さすがの私でも材料無しにトイレを作ることはできない。だが、私の「改造魔手」の力と、改造手術の知識があれば、結界に施された封印を突破することはできないことではない。結界に施された封印は相当なモノだが、封印が通さないのは、私たちの存在や能力、結界への攻撃、それとモンスターだ。それ以外のモノは通す。現に結界には封印が施されているが、光や風、空気などを通している。水道の蛇口をひねれば水も出る。結界は刑務所の地下まで覆っているが、封印されても、水道管から水は出る。つまり、結界と封印の両方に引っかからないモノを使えば、刑務所の外との行き来は可能だ。私の能力で、スライム化できるヴァンパイアロードを作る。ヴァンパイアロードカスタムスライムとでも言おう。スライム化したヴァンパイアロードを大量の水に混ぜ、薄めて、水道管から刑務所の外へと流すんだ。スライム化の状態だと知能が大幅に下がるが、大量の水に混ぜて限界まで薄めれば、少々汚れた水のようになる。水道管からヴァンパイアロードカスタムスライムたちを水に混ぜて逆流させ、町や村へと潜入させる。人間どもが水道の蛇口を捻った途端に、ヴァンパイアロードカスタムスライムたちは水の中から実体化し、刑務所の外の町や村で活動することができるはずだ。奴らにトイレの部品を盗ませ、スライム化した体に取り込ませ、水に混ざって水道管を通ってこの刑務所へと戻らせる。そうすれば、トイレ不足も解決だ。部品さえあれば、トイレの組み立ても設置もすぐにできる。どうだ、スズカ、ハナビ、他のみんな?』

 「スライム化できるヴァンパイアロードを作って、大量の水に混ぜて水道管を通して刑務所の外へと放出する。もし、それが可能なら、やる価値は十分にあるわ。だけど、町や村に潜入させるなら、簡単に見つかって殺されるような人物はダメね。目撃者や証拠を消すことができ、潜入に長けた人材を選んで改造するべきね。となると、「暗殺者」のスキル持ち、あるいは暗殺任務や諜報任務の経験が豊富な者が適任ね。早速、その案を試してみることにしましょう。エビーラルド、乙房さん、強化手術の用意をお願いするわ。私たちに手伝えることがあったら何でも言ってね。」

 『ハナビ、私たちの出番だ。大急ぎで改造手術を行うぞ。作戦が上手くいけば、お前が欲しているトイレが手に入る。外で尻を丸出しにして、用を足さずに済むんだ。大変だが、頑張れ。』

 「もちろんよ、エビー!女子代表として、何が何でもトイレを手に入れるわよ!テントの中でみんなに見られながらするのは、今日で最後にするわよ、絶対に!」

 「頼むわよ、花火、エビーラルド。同じ女ならともかく、男どもがどっかから覗いているかもしれないと思いながら外でお尻を出すのは、マジで嫌。性犯罪者の男どもがうじゃうじゃいんのよ、この刑務所は。早く女子トイレを直さないと、全然安心できないわよ。」

 「恋の言う通り。あんな超臭い肥溜めみたいなところでするのはマジで嫌。私なんて、男の堕天使と融合してるもんだから、同じ女子たちからも避けられてホント、困ってんの。トイレに行く度に周りに気を遣うのは今日限りにしてほしいわ。花火、エビーラルド、本当に頼むわよ。私に手伝えることがあったら、全力で手伝うから。」

 「明日香も大変だよねえ。それもこれも全部、宮古野せいよ!アイツ、私らを刑務所に閉じ込めた上に、全部トイレを奪っていくとか、陰湿にもほどがあるでしょ!女子トイレまで奪うとか、いくら何でも酷過ぎない!?元から何考えてるか分からない陰キャだったけど、アイツ、マジでキチガイになってるわよ、絶対!」

 エビーラルドと乙房の二人に、封印を突破してトイレを外から確保してほしいと切に頼む、妻ケ丘、早水、都原の女性陣三人であった。

 「一刻も早く、トイレ不足を何とか解決しなきゃね。この場にいる男性陣の皆さんも、作戦に全力で協力してください。トイレ不足で困っているのは、あなたたち男性陣も同じはず。男性陣の方々はここ最近、失敗続きも多いですしね。この作戦にまで失敗したら、刑務所の女性たちからのあなたたちへの信頼が下がることにもなりかねない。男性陣の皆さんには、ここで少しは男の威厳というモノを見せていただけるかしら?」

 鷹尾の言葉が思わず胸にグサッと突き刺さる、男性メンバーたちであった。

 会議後、鷹尾たち一行は健康診断という名目で、独房棟から「暗殺者」のジョブ持ちのヴァンパイアロード5,000匹を選び、医務室に集め、乙房とエビーラルドが彼らをヴァンパイアロードカスタムスライムへと変える強化改造手術を施した。

 それから、刑務所のグラウンドへ移動し、作戦に向けた準備をさらに進めた。

 下長飯が大量の水を生み出す小型ポンプのような魔道具、ハイドロポンプを用意した。乙房は材料を集め、巨大な配水管を作り出した。都原は変身能力を使い、両手を巨大なモグラの手へと変身させ、地下の上水道管目がけて、グラウンドに穴を掘った。スライム化したヴァンパイアロードたちを混ぜた大量の水を入れる穴も掘った。下川と鷹尾は、放水作業のアシストを担当することになった。

 地下を掘り進め、地下の上水道管に、用意した巨大な配水管を接続させる作業も完了し、残るは5,000匹のヴァンパイアロードカスタムスライムたちを混ぜた大量の水を、ハイドロポンプからホースを通じて吸い上げ、ホースの先端を繋げた配水管から地下の上水道管へと流し込み、逆流させ、刑務所の外へと放出するのみである。

 自分たち以外の者には、部下たちには上水道管の点検作業や浄化作業という説明をし、約2時間弱という急ピッチで、地下の上水道管への配水管の接続作業を進めた。

 極秘裏に作戦の内容を進めたために、鷹尾たち一行には作戦を成功させる自信があった。「黒の勇者」こと主人公に作戦を気付かれることなく、妨害されることもない、という確信めいた自信があった。

 午後7時。

 作戦を決行する時が来た。

 リーダーの鷹尾が仲間たちに指示した。

 「みんな、作戦開始よ!放水開始!」

 下長飯がハイドロポンプを稼働した。

 鷹尾がホースの後端を押さえながら、ホースの後端をヴァンパイアロードカスタムスライムたちが混ざった大量の水が入った穴へと突っ込んでいる。

 下川がホースの先端を両手で掴み、配水管へとホースの先端を突っ込み、ヴァンパイアロードカスタムスライムたちが混ざった大量の水を配水管へと流し込むのをアシストする。

 ヴァンパイアロードカスタムスライムたちが混ざった大量の水が順調にホースと配水管を経由して、地下の上水道管へと流れ込み、刑務所の外へと放出されていく。

 封印の施された結界をも通過し、無事、ヴァンパイアロードカスタムスライムたちを混ぜた大量の水を一滴残らず、刑務所の外へと放出できたことに、鷹尾たち一行は皆、ホッとした表情を浮かべた。

 「水は一滴残らず、無事に流れた。逆流することも詰まることも無かった。作戦は順調に進んだと言っていいわね。後は結果を待つのみ。午後12時まで水道の使用は禁止よ。みんなも部下の人たちへの連絡を手伝って。12時になったら、蛇口を捻って結果を確認するとしましょう。それまでは、ハイドロポンプの水を利用するように。下長飯さん、下川君、二人で交代しながら、ハイドロポンプの管理をお願いするわね。くれぐれもハイドロポンプを壊されないよう、注意するように。では、一時解散としましょう。」

 鷹尾に指示され、鷹尾たち一行は一時解散し、それぞれ別れた。

 夕食やトイレ、休憩などを済ませ、作戦開始から約5時間後のこと。

 午後12時。

 グラウンドに下長飯を残し、残りのメンバー全員は医務室へと集合した。

 医務室の手洗い場の蛇口に集まり、仲間たちが固唾を飲んで見守る中、鷹尾が蛇口の栓を右手で掴みながら言った。

 「これから蛇口の栓を捻るわよ。作戦が成功していれば、トイレの部品を消化吸収したヴァンパイアロードカスタムスライムたちが水と一緒に蛇口から流れ出て来る。後は、戻ってきた彼らが体内に取り込んだトイレの部品を組み立てて、トイレを作って設置すれば、作戦は成功、トイレ不足は解決する。では、御開帳と行きましょう。」

 鷹尾がそう言って、口元に笑みを浮かべながら、蛇口の栓を捻った。

 がしかし、蛇口の栓を捻ったにも関わらず、蛇口から水は一滴も流れ出てこない。

 「おかしいわね。水が出てこないわ?」

 鷹尾は首を傾げながら、蛇口の栓を捻り、蛇口を全開にした。

 それにも関わらず、蛇口から水は一滴も出てこない。

 「水が出ないわね。エビーラルド、この蛇口が壊れている、ということはないかしら?」

 『いや、私の目で蛇口の構造を透視してチェックしているが、どこも壊れてはいない。蛇口に繋がる配水管も壊れてはいない。建物内の他の配水管が壊れて、どこか水漏れを起こしている可能性は否定できない。が、この医務室で会議を終えた直後、私とハナビでこの部屋の蛇口が正常に動くかチェックして、水が正常に出ることはチェック済みだ。水漏れが作戦の成功を確認するタイミングの直前に起こるなんて、まずあり得ないことだ。偶然起こったとしたら、不幸だとしか言いようがない。とにかく、刑務所全体の配水管をチェックする必要がある。地下の上水道管も破裂していないか、見に行くとしよう。』

 「分かったわ、エビーラルド。みんな、手分けして水漏れが起こっていないか、今からチェックを行うわよ。堕天使の皆さん、協力を頼むわ。」

 鷹尾たち一行はすぐに、刑務所内で水漏れが起こっていないか、刑務所内の各建物を徹底的にチェックした。

 しかし、刑務所内のどこを調べても水漏れは確認できない。

 それどころか、刑務所の各建物にある蛇口の栓を捻っても、蛇口から水が一滴も流れ出てこない、という最悪の事態が起こっていることを知り、鷹尾たち一行の顔は一気に青ざめた。

 午前2時。

 刑務所内のチェックを終え、医務室へとふたたび集合すると、水漏れが起こっておらず、さらにどの蛇口からも水が出てこないという、最悪の事態、最悪の事実を知り、鷹尾たち一行の顔は暗かった。

 鷹尾は作戦の失敗と、さらに蛇口から水が出てこないという最悪の事態に追い込まれたことを知り、焦りと苛立ちを露わにした。

 「くっ!?どういうことなの、これは!?水漏れが起こっていないどころか、どの蛇口からも水が一滴も出てこないなんて!?作戦は極秘裏に進めていた!私たち以外に作戦の内容を知る人間は一人足りともいない!なのに、作戦失敗どころか、蛇口から水が一滴も出てこなくなるなんて!?エビーラルド、私たちがヴァンパイアロードカスタムスライムたちを混ぜた水を流したせいで、刑務所の外で水道管が破裂して、ひどい水漏れを起こした、外の水道管にダメージを与えた、なんてことはないでしょうね!?」

 鷹尾がキッと、乙房とエビーラルドを睨みつけ、苛立った表情を浮かべながら、乙房とエビーラルドに詰問した。

 『ヴァンパイアロードカスタムスライムたちを混ぜた水を逆流させたからと言って、外の水道管が破裂することはないはずだ。作戦は慎重に進めた。水道管内でヴァンパイアロードカスタムスライムたちが暴れ回ることはない。水は順調に刑務所の外へと流れ出た。水の勢いの調整はグリラルドとキンゾウが行っていたが、二人の仕事にミスはなかった。放水作業の進捗状況はスズカ、お前もその目で確認したはずだ。偶発的に刑務所の外、結界の外の水道管が破裂し、水漏れを起こし、刑務所への水の供給が絶たれた可能性は否定できない。だが、作戦を開始したタイミングになってそのような偶発的トラブルが起こるとは、いくら何でも考えにくい。ヴァンパイアロードカスタムスライムたちが水道管を通じて一匹も戻ってこないというのもあり得ない。スライム化して自分から水道管を通って、この刑務所へ戻るだけの知性はある。恐らくだが、私たちの作戦は「黒の勇者」によって妨害されて失敗に終わった、ヴァンパイアロードカスタムスライムたちは全員始末され、外と刑務所を繋ぐ外の水道管を破壊され、刑務所への水の供給を絶たれてしまった、と考えられる。残念だが、私たちは「黒の勇者」によってまたしても作戦を見抜かれ、敗北した、ということになる。素直に敗北を受け入れるしかない、スズカ。私もハナビも、奴に敗北した悔しさを必死に堪えているんだ。本当に忌々しい勇者だ。』

 エビーラルドが、悔しさをのぞかせながら、鷹尾の問いに答えた。

 「またしても宮古野君に作戦を見抜かれたと言うの!?作戦の内容はこの医務室の中でしか話をしていない!作戦の内容を知る者は私たちだけ!それでも、作戦の内容は宮古野君に知られてしまった!私たちの誰かが、うっかり作戦の内容を漏らしたりしなければ、分かるはずはない!?まさか、私たちが医務室にいた時、彼もこの部屋の中に潜んでいた!?それとも、盗聴器が仕掛けられている!?そうでなければ、「黒の勇者」が私たちの作戦を見抜いて、妨害できるわけがないわ!プララルド、この部屋に「黒の勇者」が潜んでいた可能性はないの!?この部屋に盗聴器が仕掛けられていることはない!?」

 『奴がこの部屋に潜んでいた可能性は否定できねえな。奴は自分の存在を自由自在に消せる。ステータスを偽装して、消すこともできる。そう考えるべきだろうな。盗聴器が仕掛けられている可能性も否定はできねえが、盗聴器なんて物を使っていれば、盗聴器の魔力を感知できるはずだ。俺様も、他の奴らも、盗聴器の存在を感知していねえ。「黒の勇者」、奴が俺様たちでも感知できねえ、よほど精巧な盗聴器を作れるなら別だがな。魔道具を作る能力や技術まで持っている、となったら厄介だな。グリラルドの持つ魔道具が通用しねえのは、奴が魔道具に関する能力や知識を持っているからと考えれば、おかしくはねえな。どっちにしても、「黒の勇者」、奴は想像以上に厄介でヤバい。その気になれば、奴はいつでも俺様たち全員を暗殺できる。それをしねえのは、奴が俺様たちを嬲り殺すのを楽しむ下衆野郎だから、だろうな。スズカ、お前もお前のお仲間も、奴にひどく恨まれてる、そう言ってたよな?奴はお前たちへの復讐だと思い、俺様たち全員の討伐を楽しんでいる。じっくりと時間をかけて、俺様たち全員をいたぶって遊んで、仕留める、そういうつもりなんだろうな。あのクソ女神が勇者に選んだだけのことはある、頭のイカれっぷりだぜ。頭のイカれた、どこまでもしつこい、性格の悪い、最強最悪の勇者にして復讐の鬼にお前も、俺様たちも目を付けられた、そう思うんだな。全く、厄介でヤバい奴に目を付けられたもんだぜ、おい。計画より先に「黒の勇者」を見つけて、奴を始末しない限り、俺様たちに勝ち目はねえ。マジでこの刑務所に閉じ込められたまま、ここで奴に全滅させられて終わることになりかねねえ。奴を始末することを第一に考えるべきだと、俺様は考えるぜ?』

 プララルドの指摘に、その場にいた他のメンバー全員が皆一様に、表情をさらに暗くし、無言で考え込んだ。

 「宮古野君を、「黒の勇者」の始末を優先する必要がある。彼を殺すことができなければ、私たちは計画を前に進めることはできない。最悪、私たち全員が彼に復讐され、殺されることになりかねない。姿を消す能力も厄介だけど、魔道具に関する能力や知識まで持っている可能性があるなんて。彼が貴族の、子爵の地位を与えられたのは、この世界で一番技術力のある、ラトナ公国。魔道具の研究や生産が盛んな小さな国と聞いていたけど、あの国のバックアップを受けている彼なら、あの国で魔道具に関する知識まで彼が習得していたとしたら、技術面でもこちらにはハンデがあることになる。最新の武器と魔道具を使ってこちらを攻撃している可能性も否定できないわ。本当に厄介な敵だわ。早く彼を見つけて始末しなければ、これまでの苦労が全て水の泡にされてしまう。一刻も早く、「黒の勇者」という障害を排除しなければ。」

 鷹尾が深刻な表情を浮かべながら、皆の前でそう呟いた。

 『ラトナ公国は俺様たちが暴れ回っていた2,700年前にはなかった。魔道具の研究や生産が盛んな国の貴族になっている、か。なら、グリラルドの魔道具が通用しねえのも頷けるぜ。グリラルドの魔道具は高性能で、そんじゃそこらじゃ手に入らない、人間どもが作った、伝説級の魔道具だ。中には、魔族どもが作った魔道具や武器もある。だが、旧式であるのも事実だ。ラトナ公国とやらが最新のテクノロジーを持っていて、「黒の勇者」が最新の魔道具や武器、テクノロジーに関する知識を持って対抗してくるなら、こちらの魔道具や武器は奴の前では全て無力化される可能性もある。戦闘能力だけでなく、知識や道具にまで大きな差があるとしたら、スズカ、お前たちは勇者としてさらに差を付けられたって事実は理解できるよな?少なくとも、もっと頭を使わねえと奴には勝てねえ、そう思うんだな。じゃねえと、マジで奴に嬲り者にされてあっけなく殺されて終わる、マジでクソつまらねえ人生の終わり方をする。俺様たちはお前らへの復讐のとばっちりを受けて、また封印されるつまらねえ終わり方で終わるつもりはねえ。お前たちが「黒の勇者」にやられっぱなしのつまらねえ奴だと思ったら、俺様たちはスズカ、他の元勇者ども、お前たちとの融合を解いて切り捨てる。俺様たちに切り捨てられたくないなら、気合を入れろ、もっと頭を使え、「黒の勇者」を出し抜き、奴を一秒でも早く始末する、そのことをよ~く自分の脳味噌に刻みつけろ。分かったな?』

 プララルドが強い口調で、鷹尾たち元勇者へ向かって、忠告した。

 プララルドの言葉を聞いて、鷹尾を含む、その場にいる元勇者全員に緊張が走った。

 「分かっているわ、プララルド。私たちは宮古野君を、「黒の勇者」を必ず始末してみせる。あなたたち堕天使を失望させるような失態をこれ以上、犯すことはしない。「黒の勇者」を始末して、計画を成功させてみせる。決して「黒の勇者」に復讐されて終わるだけの、そんなつまらない最期を終えるような展開にはさせない。私たちは「黒の勇者」に殺された、お馬鹿さんでつまらない、無能な他の元勇者たちとは違う。油断もしなければ、頭も使う、計画を成功させるためならどんな手段も厭わない、「黒の勇者」以上の非情さも持っている。強敵が現れた程度で、簡単に諦めてやられるような人間はここには一人もいない。そうでしょ、みんな?」

 口元に笑みを浮かべる鷹尾の言葉に、他の元勇者の仲間たちは一様に首を縦に振り、賛同した。

 『全員、ちゃんと分かっているようだな?キンゾウの奴が一人いねえが、まぁ、奴は今一信用できねえし、お前ら六人が分かっているなら、それで構わねえ。はぁ、スロウラルド、アイツがさっさとここに戻ってきていたら、「黒の勇者」の奴にこんなに手こずらされることはなかったぜ。アイツの時間を操る能力があれば、いざって時は、時間を巻き戻して、いくらでもやり直しだってできるのによ。あのグウタラ女をさっさと見つけて連れ戻しておきゃあ良かった。肝心の時にアイツはいつもいねえんだよ。俺様たちが困ってる時にいつまでも外をぶらつきやがって。アイツをどうにかして、呼び戻さなきゃだな。くそっ、あのグウタラ女、今、どこで何していやがるんだ、ったく。』

 「怠惰の堕天使、時間を自由自在に操る能力を持つスロウラルド、だったわね。「ルーカス・ブレイドの手記」にも載っていたけど、時間を巻き戻すこともできるそうね?彼女がこの場にいたら、「黒の勇者」の攻撃を受けても、攻撃を受ける直前に戻ることもできた。完璧に防げたかは分からないけど、いくらか被害を防ぐことができた可能性もある。本当に惜しい人材ね。放浪癖があると聞いていたけど、彼女をどうにかして計画実行前に連れ戻しておくべきだったと、今、激しく後悔しているわ。プララルド、スロウラルドに今からでも応援を頼むことはできるかしら?」

 『スロウラルドは気まぐれな奴だ。一度面倒くさいと思ったら、すぐには手を貸すことはねえ。もしかしたら、俺様たちが「黒の勇者」やゾイサイト聖教国と戦っているのも知らず、最悪、無視して、どっかで食っちゃ寝しているかもしれねえ。ゾイサイト聖教国にはいねえかもしれねえ。アイツを見つけて、連絡を取る方法は、直接探して見つける以外にねえな。それに、トイレもねえ、水もねえ、大した娯楽もねえ、静かに寝る暇もねえ、となると、あのグウタラ女を連れ戻すのはマジで難しいぜ?』

 「発見も交渉も難しいと?気まぐれで怠惰な、その難儀な性格さえなければ、即戦力になってくれたかもしれないわね。ただ、彼女をコントロールできたかは、正直私でも難しいわね。あなたの「完全支配」でも永続的に支配してコントロールはできないわけだし。でも、何とか彼女を見つけて、こちらのサポートに入ってくれる方法もこれから考えるとするわ。刑務所の外の情報を持ってきてくれるだけでも助かるしね。」

 『今更あのグウタラ女が役に立つ場面は少ねえだろうが、いないよりはマシだ。アイツをどうにか連れ戻すことにも力を入れるとしようぜ。』

 「はぁー。彼女をすぐに連れ戻さなかったことがここまで計画に悪影響を及ぼすことになるなんて、計算ミスだったわ。スロウラルドの件も早急に手を打つとしましょう。私たちには計画を成功させるだけの力と余裕はまだ、残っている。外には、強力な味方となりそうな人材だっている。宮古野君に私たちの計画の邪魔は絶対にさせない。私たちの底力を舐めたことを後悔させてあげるわ、「黒の勇者」。」

 鷹尾は改めて、打倒主人公の意思を露わにしたのであった。

 自分たちの探している怠惰の堕天使、スロウラルドが自分たちを、他の堕天使たちをも裏切り、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈とともに、自分たちの討伐に協力しているという驚愕の事実に、鷹尾もプララルドたちも、誰も気付いてはいなかった。

 「鳥籠作戦」四日目。

 午前9時。

 「黒の勇者」こと主人公によって刑務所内のトイレを全て奪われたシーバム刑務所の中は、モンスターの糞や尿、グラウンドにある肥溜めに貯められた糞尿のせいで、朝から悪臭が漂っていた。

 おまけに、鷹尾たち一行の作戦が失敗し、主人公によって刑務所への水の供給を止められてしまったため、生活用水まで不足する深刻な事態に陥った。

 水を生み出す魔道具、ハイドロポンプがあるが、約3万人の人間の飲み水に、手や体を洗う水、モンスターの糞尿によって汚される刑務所を掃除する水、モンスター2万5千匹の飲み水などを十分に供給するには至らないのが現状であった。

 水が出なくなったことに対して部下たちから不平不満が殺到し、鷹尾たち一行は、自分たちの作戦が失敗し、「黒の勇者」によって刑務所への水の供給を絶たれてしまった事実を素直に認め、謝罪する他無かった。

 ハイドロポンプでひとまず生活用水の確保はある程度可能であることを伝え、納得してもらえはしたが、部下たちの中には、鷹尾たち幹部陣への不満や不信を抱く者たちも少なからず現れ始めていた。

 鷹尾は仲間たちや部下たちを集め、警備体制について指示した。

 「朝からお疲れではあるだろうけど、私の話を最後までよく聞いてちょうだい。私たちの計画は順調に行っていた。そう、「黒の勇者」が私たちの邪魔を始めた四日前までは。「黒の勇者」は私たちの想像以上の強敵である。そして、「黒の勇者」を見つけて始末しない限り、私たちの計画は失敗に終わることになりかねない。「黒の勇者」は今日も必ず、この刑務所の中に潜入し、何かしら攻撃を仕掛けてくるのは分かっている。「黒の勇者」を必ず見つけて始末することをこの場にいる全員に命じます。「黒の勇者」の始末に貢献した者には、私たちから最高の報酬を与えることを約束するわ。「黒の勇者」を殺すことができれば、結界の封印も解ける。自由に加えて、あなたたちの欲しい物を何でも与えるわ。地位でも金でも、何でもね。ただし、「黒の勇者」を始末できなければ、あなたたちには未来が無い。この刑務所の中で「黒の勇者」に殺されてあっけなく終わる最期を迎えることになる。栄光か死か、選ぶのはあなたたち次第よ。元囚人の皆さん、それに「白光聖騎士団」の皆さん、あなたたちの実力をそろそろ見せてもらえるかしら?」

 鷹尾の言葉に、身が引き締まるとともに、改めてやる気を出す元囚人のヴァンパイアロードたちに、「白光聖騎士団の元聖騎士たちであった。

 「「黒の勇者」の次の攻撃目標は何か、それは私にも断言できない。けれど、彼は毎回、刑務所内に潜入し、何かを奪っていくのが定番のパターンである。刑務所内にいる捕虜か、食料保管庫の人間用の食料か、グラウンドにあるハイドロポンプか、独房内にある備品か、いずれにしても私たちが生活に必要とする何かを奪っていく可能性が高い。特に、監視が厳重な場所ほど狙われる傾向が高い。今日からは敢えて独房に鍵をかけることはしないわ。独房の中が糞尿まみれで汚れている以上、元囚人の皆さんの半分には、刑務所の清掃業務に従事してもらいます。残りの元囚人の皆さんには、刑務所内の各建物の警備を分担して担当してもらいます。グラウンドのハイドロポンプや食料保管庫、各監視塔、ほとんど使われていない東側の四棟まで、徹底的に警備を行ってもらいます。少しでも異常を感じれば、すぐに私たち幹部陣に報告するように。「白光聖騎士団」には、捕虜にした聖騎士たちの監視と、刑務所内の見回りにも協力してもらいます。部下の皆さん、決して「黒の勇者」に後れをとらないように。」

 鷹尾はそう言って、部下たちに指示した。

 「さて、後は私たちだけど、独房棟の中央の棟は乙房さん、右の棟は都原さん、東の棟は下川君に、警備を担当してもらうとするわ。西の監視塔は早水さん、東の監視塔は妻ケ丘さんに警備を担当してもらうから。私はプララルドと一緒に刑務所内の見回りと、グラウンドにいる下長飯さんのアシストを担当するわ。「黒の勇者」、宮古野君の発見と始末に全力を注ぐように。良いわね、みんな?」

 鷹尾の言葉に、下長飯を除く他の五人の仲間たちは一斉に頷いた。

 『スズカ、私とハナビで夜の内にすでに「黒の勇者」を見つけて始末するための策を秘かに打っておいた。今、それを見せるとしよう。』

 「「黒の勇者」を始末する秘策を打った?是非、見せてもらえるかしら、エビーラルド、乙房さん?」

 「もちろんよ、鷹尾さん!さぁ、集まりなさい、エレファントマウスたち!」

 乙房がそう言って、右手を突き出し、右手がオレンジ色に光ると、数百匹の、鼻が象のように長く伸びた、奇妙な姿の鼠たちが、乙房や鷹尾たちの周りに一斉に集まってきた。

 奇妙な姿の大量の鼠たちを見て驚きながら、鷹尾が乙房とエビーラルドに向かって訊ねた。

 「乙房さん、エビーラルド、この鼻が伸びた鼠があなたたちの言う、「黒の勇者」を見つけて始末するための秘策だそうだけど、説明をしてもらえるかしら?」

 「了解、鷹尾さん。私とエビーラルドが徹夜でこっそり作った、秘密兵器よ、コイツらはね。エレファントマウスは本当に凄いんだから。エビー、詳しい説明をよろしく。」

 『ちっ。説明なら自分でできるだろうに。まぁ良い。よく聞け、お前たち。私とハナビが改造手術で生み出したこのエレファントマウスは、ただの鼠ではない。その名と姿の通り、鼻が象の形状に改造され、象以上の嗅覚を持つ。象の嗅覚はあらゆる生物の中でもトップクラスだ。このエレファントマウスの嗅覚は、どんな生物よりも優れている。そして、体はとても小さい。天井や壁の隙間、床下など、刑務所内のあらゆる場所に入り込むことができる。このエレファントマウスの強化された嗅覚を用いれば、「黒の勇者」がこの刑務所に潜入してきてもすぐに探知できる。エレファントマウスには昨日の夜から秘かに、この刑務所内にいる者たちの臭いを覚えこませた。ハナビたち以外の人間の臭いを少しでも感知すれば、感覚を共有している私とハナビにエレファントマウスが異常を伝える仕組みになっている。さらに、エレファントマウスたちは従来の鼠同様、体内に数種類の病原菌を持っている。敵を発見すれば、噛み付いて攻撃し、敵は傷口から感染症に罹り、苦しむことになる。例え、「黒の勇者」が体臭を消せたとしても、奴の体から離れた唾や涙、髪の毛、皮脂などの体臭までは消せないはずだ。それに、外部から魔道具を持ち込めば、魔道具に残る「黒の勇者」や私たち以外の、別人の臭い、それに魔道具自体の臭いも刑務所内に持ち込まれることになる。そうなれば、エレファントマウスがそれらの臭いを確実に感知して、すぐさま私たちに伝わることになる。どんなに優れた能力者でも、臭いを完全に消すことはできない。エレファントマウスは他にも1,000匹ほどいて、現在進行形で刑務所中を隅から隅まで、その鋭い嗅覚で刑務所内に異常がないか、調べている。今までのところ、異常は全くない。どうかな、スズカ、他の者たちよ?』

 「素晴らしいわ、エビーラルド、乙房さん。徹夜で昨日の夜から、これだけの性能を持つ生物を大量に生み出して警備に当たらせていたなんて。確かに、どんな犯罪現場にも必ず臭いは証拠として残る。臭いの元となる物質や物体がすぐに消えてしまいがちではあるけど、最新の科学捜査でも臭いを証拠として採用を認めようという動きがある。どんなに優れた犯罪者でも、犯行現場に臭いを残していく確率は高い。特に、刑務所という密閉されたこの空間の中なら尚更ね。早速、「黒の勇者」の能力分析を聞いて有効な対策を打つとは、さすがは堕天使の中でも頭脳派であるだけのことはあるわ、エビーラルド。乙房さんも協力をありがとう。エレファントマウスの成果を期待して待つとしましょう。」

 「へへーん、凄いでしょう!私とエビーが本気を出せば、宮古野の奴を見つけて始末するなんて、全然楽勝だから!ご褒美の報酬は私たち二人で総取りさせてもらうから!ごめんね、みんな!」

 乙房が、鷹尾たちに向かって笑みを浮かべ、自信満々に言った。

 「あんまり調子に乗っていると、痛い目に遭うわよ、ハナビ。下長飯のオッサンがハンター・バットを利用されて宮古野の奴に返り討ちに遭ったばっかりでしょ。エレファントマウスが凄いのは分かるけど、同じ目に遭わされないよう、気を付けなさいよ、ホント。」

 「明日香の言う通りよ。宮古野の奴がエレファントマウスに気付いて、何かしてくるとも限らないわよ。私たちまで鼠に襲われるようなことにならないよう、気を付けてよ。」

 「私はエクステンデッド・ヴァンパイアロードだから、普通の鼠に噛まれた程度じゃすぐに回復できるけど、それでも鼠に噛まれるのはマジで嫌。ハナビ、アンタ、平気で鼠に触ってるそうだけど、ちゃんと手洗ってるでしょうね?鼠を触った手で私たちに触ったりしていないでしょうね?」

 「おい、乙房。お前、まさか、鼠を何匹も触って洗っていないその手で、食料保管庫の食料に触ってはいないだろうな?鼠を直に触った手で食料に触ったりしたら、食料がばい菌まみれになって、下手したらばい菌が拡がって食料が全部ダメになるかもしれないくらい、ちゃんと分かってるだろうな?」

 早水、妻ケ丘、都原、下川が、不安げな表情を浮かべながら、乙房に不安や疑問をぶつけた。

 「ちゃんと手は洗っているから!鼠を改造した後、石鹸も使って、何度も念入りに洗ったから!エビーにも手が汚れていないか、チェックしてもらったから!女子なんだから、当たり前でしょうが!後、エレファントマウスに何かあれば、すぐに私たちに分かるようになってるから、宮古野の奴に何かされてもすぐに対処できるになってるから大丈夫だっての!鼻が利く以外、大した能力もないし、殺鼠剤で簡単に殺せるし!みんな、私とエビーのことはもうちょっと信用してよ!」

 『ハナビ、お前がもうちょっと頭が良かったら、みんなもお前をすぐに信用していたと思うぞ。実際、エレファントマウスの改造手術が終わった後、手も洗わずに自分の部屋へ戻ろうとしただろ。私が注意したから良かったものの、あのまま手を洗わずにいたら、下痢や腹痛で苦しむことになっていたぞ。』

 「ちょっ、エビー!?今、それを言わなくてもいいでしょうが!?ってか、アンタに言われなくても、ちゃんと気付いていたから!」

 乙房とエビーラルドの会話を聞き、やっぱりかと思い、その場で苦笑する鷹尾たちであった。

 「とにかく、乙房さん、エビーラルド、二人ともありがとう。エレファントマウスが効果を発揮してくれることを期待しているから。ただ、エレファントマウスを「黒の勇者」に利用されないよう、あなたたちも気を付けて。どんなに優れた武器だからと言っても、武器の性能を過信してはダメ。相手は百戦錬磨の、女神が派遣してきた史上最強の勇者。あなたたちも、みんなもそのことを絶対に忘れないように。それじゃあ、みんな、各自持ち場に付くように。健闘を祈るわ。」

 それから鷹尾たちはそれぞれ持ち場に付き、刑務所内の警備を行うのであった。

 午後4時58分。

 刑務所の北側の敷地を巡回していた鷹尾とプララルドは、朝から現在まで、何も事件が起こらないことに首を傾げていた。

 「もうすぐ午後5時になるけど、今朝から今まで、何も事件が起きる様子はない。「黒の勇者」を発見したという報告も、「黒の勇者」が襲撃してきた、何かを奪ったという報告もない。プララルド、各建物に異変が起こっている様子はない?」

 『いや、特に異変なんて起こっている様子はねえ。みんな、普通に仕事をしているように見えるぜ。』

 「そう。だけど、いつもは午前中から午後にかけて、日が昇っている間に宮古野君はいつも襲撃をしかけてきた。もう夕方よ。それなのに、何もいまだに攻撃をしかけてこないなんて、不自然だわ。あまりに静かすぎる。エレファントマウスを刑務所内に放って警備させたところで、彼がそう簡単に私たちへの復讐を止めるはずがない。まさか、すでに復讐を終えていると?私たちが気付かない内に何かを奪っていったんじゃ?」

 『俺様たちが直々に刑務所を見回っている中でか?だとしても、俺様の目には、何か刑務所から「黒の勇者」の奴に奪われたようには見えねえぜ?』

 その時だった。

 ドカーンという巨大な爆発音が突如、鷹尾とプララルドの二人に聞こえたと同時に、地面が立っていられないほど激しく揺れたのであった。

 「な、何なの、今の爆発は!?それに、この地震は一体!?」

 『す、スズカ、ヤベえぞ!?西の監視塔と東の監視塔の間の塀がぶっ壊されてるぞ!?それも、木っ端微塵にだ!?奴だ、「黒の勇者」がやったに違いねえ!?』

 「塀ですって!?くっ、急いで向かうわよ、プララルド!」

 鷹尾は背中に黒い二枚の堕天使の翼を生やすと、空を飛んで、西の監視塔と東の監視塔の間の塀へと向かった。

 その間にも、東の監視塔と北の監視塔の間の塀、北の監視塔と西の監視塔の間の塀、残り二枚の塀が次々にドカーンという大きな衝撃音を上げ、刑務所のある地面を激しく揺らしながら、砂山のようになるまで、次々に木っ端微塵に破壊されていく。

 高さ100mもある、刑務所を覆う三枚の分厚い石壁の塀は全て、主人公の仲間、酒吞によって三枚とも、瓦礫の山どころか、砂山のようになるまで、木っ端微塵に、修復不可能の状態になるまで徹底的に破壊しつくされたのであった。

 西の監視塔と東の監視塔の間の塀があった現場へと到着した鷹尾とプララルド、それに騒ぎを聞きつけた早水と妻ケ丘が空を飛んで、慌てて駆けつけてきた。

 周りを見ると、刑務所を覆っていた、高さ100mもある分厚い石壁が全て木っ端微塵に破壊され、刑務所が外からまる見えにされた状況に、鷹尾たちは激しく困惑した。

 「刑務所の塀が全て破壊された!?こんな砂山になるまで破壊された!?それに、あの地震のような揺れは尋常じゃない!?こんなことができるのは、「黒の勇者」、宮古野君以外はあり得ない!?まさか、刑務所内のエレファントマウスに気付いて、ターゲットを刑務所の外側、建物や施設の破壊に切り替えたと言うの!?くっ!?だとしても、高さ100mもある分厚い塀を三枚同時に、こんな砂粒みたいになるまで破壊するなんて、超高性能の爆薬でも使わない限り、できるわけが!?早水さん、グラトラルド、妻ケ丘さん、ストララルド、あなたたちは西と東の監視塔にいた!当然、塀の方も見ていたはずよ!塀に近づく不審者は見なかった!誰か塀に近づいた人間はいなかったの!?」

 鷹尾が苛立を露わにしながら、早水たちに詰問した。

 「お、落ち着いて、鷹尾さん!私もグラトラルドも西の監視塔の最上階から見張っていたけど、塀に近づく不審者なんて見なかったわ!塀に近づいた人間は、地上で見回りをしていた鷹尾さんくらいだったわ!そうでしょ、グラトラルド、恋、ストララルド?」

 『あ、アスカの言う通りなんだなぁ~!塀に近づく怪しい奴なんて、僕たちは一人も見ていないんだなぁ~!』

 「私たち四人とも、塀に近づく不審者は誰も見ていないわ、鷹尾さん!塀に近づいたのは鷹尾さんとプララルドの二人だけだったはずよ!そうでしょ、ストララルド?」

 『レンの言う通りよ。私も塀に近づく不審者なんて、誰も見ていないわ。もちろん、ずっと塀の方ばかりなんて見てはいないけど~、不審者を見つければすぐにその場でレンと一緒に捕まえるなり、攻撃するなりしたわよ。』

 早水、グラトラルド、妻ケ丘、ストララルドがそれぞれ、鷹尾の質問に答えた。

 「なら、どうして塀は粉々に破壊されたと言うの?地震のせいで壊れた、とでも言うつもり!?どう見たって、「黒の勇者」が、宮古野君が塀に近づいて、塀を破壊していったに決まっているでしょう!あなたたち四人とも、気が弛んでいるんじゃないの?私やプララルドの言葉をもう忘れてしまったようね?宮古野君をすぐに見つけて始末できなけば、私たち全員、この刑務所の中で彼に復讐されて殺されるかもしれないのよ!もしかしたら、あなたたちのすぐ傍に宮古野君が爆弾を設置して、あなたたちを爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばして殺していたかもしれないことが分からないの?だとしたら、あなたたち四人とも、頭の中がいまだにお花畑の間抜けとしか言いようがないわ!少しは、乙房さんとエビーラルドの二人を見習いなさい!外の監視も彼女らに任せた方がまだマシだったわ!もっと危機感を持って、自分から考えて行動して!もう高校生でも勇者でもないの!私たちは独立した、一人の人間で異世界という名の戦場を戦う戦士、そして、いずれは一国を指揮する政治家にもなるの!女神や勇者、ゾイサイト聖教国と戦っているという自覚を持ちなさい!戦う覚悟も、生き抜いて願いを叶える意志もない、と言うなら、私はあなたたちを切り捨てる!油断も甘さも情けも、不要なモノは一切捨てなさい!一度、自分たちの今の姿をよく見て、自己分析をしてみなさい!分かったわね?」

 鷹尾に激しく叱責され、悔しそうな表情を浮かべながら、返す言葉もない、早水たち四人であった。

 『グラトラルドたちへの説教はそのくらいにしてやれ、スズカ。奴の狙いが刑務所の塀を破壊することだったなんて、お前や俺様たちにも予想外のことだ。だが、ちょいと引っかかる部分がある。この塀の瓦礫だが、焼き焦げた痕がどこにもねえ。それに、あの時の爆発音、ありゃあ、爆破してぶっ壊した、って言うより、何かとんでもなく大きくて硬いモンで直接ブッ叩いたように聞こえたぜ、俺様には。全く持って信じがたい話だが、「黒の勇者」は爆弾を使ったんじゃねえ。何かとんでもなく重くて硬くてデカい物を、とんでもねえパワーとスピードでぶつけて塀をぶっ壊したんじゃねえかと、俺様は見るぜ。』

 「爆弾を使っていないですって!?何かとんでもなく大きな質量のある物体をぶつけて、物理的に破壊したと?でも、私たちの目には、高さ100mの塀を壊すような巨大な物体が塀にぶつかるのは見ていないわ?爆弾以外の方法で、この塀を木っ端微塵に破壊するなんて、それも私たちに見えない方法で同時に破壊するなんて、そんなことできるわけが!?」

 『そんなことできるわけが、というセリフを言うのは止めるんだな、スズカ。奴はクソ女神が作った、準天使級の化け物だぞ。「風の迷宮」を、ダンジョンを地震に見せかけて破壊した程の奴だ。ダンジョンを破壊したのと同じ方法を使ったんだろうぜ。召喚魔法で何か見えない細工を施した、山みてえにデカい鉄の塊でも塀の上に勢いよく落としたか、あるいは、馬鹿みてえにデカい巨大なハンマーを使って粉々にぶち壊したか、いずれにしても奴が爆弾じゃなく、常識外れの物理攻撃で塀を破壊していったのは間違いねえ。奴のパワーもスピードも魔法も、俺様たち堕天使の想定をはるかに上回ることはこれで分かった。だが、今はそれよりもっと気になることがあるぜ?例の嫌がらせのオウムとマスクが奴からいまだに届いていねえぜ?どこにもオウムの姿は見えねえ。まだ、奴の復讐は終わっていない、ということになる。いい加減、機嫌を直して、奴の次の攻撃に備えろ、スズカ。奴の復讐はまだ続いている。刑務所中を今からでも隈なく調べろ。』

 プララルドの言葉を聞いて、鷹尾は冷静さを取り戻した。

 「あなたの言う通りね、プララルド。宮古野君、「黒の勇者」の復讐はまだ、終わっていない。犯行の証であるオウムとドッペルゲンガーマスクが送られてこない、ということは、彼の復讐はまだ、続いている。塀の破壊は私たちの注意を逸らすためのブラフ。本当の目的は別にある。塀の修復については乙房さんたちに相談するとしましょう。今は、他のメンバーへの情報共有と、「黒の勇者」の次の犯行を防ぐことが最優先よ。早水さん、グラトラルド、妻ケ丘さん、ストララルド、あなたたち四人に汚名返上の機会を与えるとするわ。何が何でも、必ず「黒の勇者」を見つけ出して、彼の犯行を阻止しなさい。あなたたちの能力と頭をフルに使ってね。あなたたちの今回の失態は、いずれ他のメンバーや部下たちにも伝わる。これ以上、私や周りからの信頼を損なわないよう、自分たちの有能さをここで示しなさい。良いわね?」

 鷹尾は、早水たちに落ち着いた口調ながらも、どこか棘を含んだ言葉で、焦る四人に指示をしたのであった。

 鷹尾たちはすぐに、残りのメンバーである乙房、都原、下川、下長飯に合流した。

 手下の元囚人のヴァンパイアロードたちに、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちとも合流し、「黒の勇者」によって刑務所の塀が全て破壊されたこと、「黒の勇者」による犯行がいまだ続いていることなどを明かした。

 刑務所にいる全員が大慌ててで、「黒の勇者」の捜索や、刑務所内の異変の発見などに全力を尽くしたが、「黒の勇者」も異変も、何も発見できずにいた。

 いつ、どこで、どのような方法で、何を目的に攻撃をしかけてくるか、今現在、誰に変装して潜入しているのかさえも分からず、鷹尾たち一行は皆、頭を抱え悩んだ。

 「「黒の勇者」の手掛かり一つ発見できないだなんて、一体どういうこと!?乙房さん、エビーラルド、あなたたちの作ったエレファントマウスは何も探知していないの?「黒の勇者」の臭いをすぐに探知できるはずじゃないの?刑務所の建物の外に、宮古野君の痕跡は残っていないの?」

 「エレファントマウスを何匹か外に出して調べさせているけど、今のところ何も感知していないみたい。宮古野の奴の臭いを感じれば、すぐにエレファントマウスは嗅ぎ分けて知らせるはずなのに。くそっ、どうして見つかんないのよ?」

 『焦るな、ハナビ、スズカ。エレファントマウスはどんな臭いも見逃さない。奴がエレファントマウスを攻撃すれば、エレファントマウスが一匹でも異常を起こせば、手に取るように分かる。「黒の勇者」がエレファントマウスに何かした気配は微塵も感じない。エレファントマウスは外からも内からも、奴を確実に追い込んでいる。奴だって人間だ。いずれボロを出す。奴を追い詰め、仕留めるのはもう少しの辛抱だ。』

 「さすがはエビーラルド、凄い自信ね。それだけエレファントマウスの性能に自信がある、というわけね。確かに、最新科学や医学の視点が取り込まれたあのエレファントマウスなら、刑務所内に変装して潜伏し、今も逃げ回っている宮古野君を追い詰めることはできるでしょうね。エレファントマウスをもっと大量に作って、最初から刑務所の外の警備もエレファントマウスたちに任せるべきだったかしら?ねえ、外で警備を担当していた四人の皆さん?」

 鷹尾の嫌味も込められた言葉に、早水、グラトラルド、妻ケ丘、ストララルドは悔しさを堪えるしかなかった。

 『アスカ、グラトラルド、テメエら二人に関して言えば、外の監視任務失敗は二度目か?二度も同じようなミスをしやがってよ。100個もある能力を全然、活かし切れていねえよなぁ?これ以上、失敗が続くなら、テメエら二人とも飯抜きにするぞ?分かってんだろうな、おい、デブ?』

 『ご飯抜きは止めてよ、プララルド!?僕もアスカも必死に頑張ってるんだってばぁ!僕とアスカが活躍するのはここからだからさぁ~!だから、ご飯抜きだけは止めてよぉ~!ご飯が食べられなくなったら、僕もアスカも能力が使えず、戦えなくなっちゃうのは知ってるだろ、プララルド~!』

 『だったら、タダ飯食ってねえで、少しは役に立つところを見せやがれ!ったく、使えねえ奴らだぜ。』

 「早水さんとグラトラルドへのお説教はそれくらいにしときなさい、プララルド。二人だって、あなたの言ったことくらい、ちゃんと分かっているわよ。それはそうと、エビーラルド、「黒の勇者」に壊された刑務所の塀を、あなたの能力で修復することは可能かしら?」

 『さっき塀を見たが、あんな砂みたいになるまで壊されていたら、いくら私でも完全に修復するのは無理だ。塀の大部分は風で吹き飛んだり、刑務所の崖下へと落ちていったりして、完全に修復できるだけの材料はほとんど残っていない。私の専門はあくまで生物や人体の改造と修復だ。建築は本来、専門外だ。材料が揃っていれば、時間はかかっても単純な構造物なら、無生物でも修復はできる。だが、材料もないとなると、修復は不可能だ。残念だが、塀は諦める他ない。』

 「塀を破壊されたのは地味に痛手ではあるわね。あの塀は日光や風を遮る壁、あるいは敵からの攻撃を防ぐ城壁としての役割があった。これじゃあ、ますます日光に弱いヴァンパイアロードたちは動きづらくなる。ここは山頂だから、冷たい風も吹きつけてくるし。いざという時の最後の防壁も失われた。おまけに、外部から目視で私たちの姿を見やすくなってしまった。こちらの内情を敵に極力知られるわけにはいかない。今後の計画に支障が出かねないわ。本当に面倒なことになったわ。」

 鷹尾は顔を顰めながら、皆の前で呟いた。

 鷹尾たち一行が一時、「黒の勇者」の捜索を止め、夕食や休憩を取ろうかと話をしていた時、事件は起こった。

 午後7時1分。

 「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが生活する刑務所西側の棟の裏側に、鷹尾たちの目を盗み、一万人の元囚人の男性ヴァンパイアロードたちが、主人公がバラまいた覗き用アイテム、スリラーアイを片手にこっそりと集まっていた。

 主人公の持ちかけた偽の脱獄計画を信じ、準備万端で集まった、デレク外男性ヴァンパイアロードたちは、首謀者であるドナルド・チェイスに変装した主人公の到着を待っているが、予定の時刻になっても、主人公は現れないため、困惑していた。

 そんなデレクたちの前に突如、どこからともなく、キバタンの入ったケージと、ドッペルゲンガーマスクが現れた。

 ケージの中に入ったキバタンは、大きな鳴き声を上げながら、何度も嫌がらせのメッセージを繰り返し叫び続ける。

 「オトボウ ハナビ、ロシュツキョウ!オトボウ ハナビ、ロシュツキョウ!オトボウ ハナビ、ロシュツキョウ!~」

 キバタンは刑務所中に響き渡るような大声で鳴き続ける。

 「お、おい、そのオウムを黙らせろ!?」

 デレクたちが大声で鳴くキバタンを何とかしようと慌ててキバタンの入ったケージを掴み、中にいるキバタンを殺そうとした瞬間、たまたま風呂に入っていた「白光聖騎士団」の元女聖騎士たちが、風呂場の窓を開け、窓の外にいるデレクたちを発見した。

 そう、デレクたち元囚人の男性ヴァンパイアロードたちが集まっている刑務所西側の棟の真裏はちょうど、「白光聖騎士団」の元女聖騎士たちが使う風呂場の真裏であった。

 「アンタたち、そこで一体、何をやっているの!?そこを動くんじゃないわよ!?」

 すぐにオリビア率いる第三部隊、アイナ率いる第四部隊の、元女聖騎士たちの一団が、デレクたちの下へと、風呂から上がり、武装した姿で駆け付けた。

 キバタンの声や騒ぎを聞きつけ、鷹尾たち一行も現場へと駆け付けた。

 鷹尾たち一行が駆け付けると、オリビアとアイナ率いる元女聖騎士たちによって、デレクたち元囚人の男性ヴァンパイアロード1万匹が、武器を突き付けられ、拘束されていた後だった。

 「タカオ様、ちょうどいいところに来てくれたじゃん!聞いてくださいよ!コイツら全員、ウチらが風呂に入ってるのを覗いてたんすよ!全員、覗きの現行犯で捕まえったっしょ!ホント、マジ、キモい!マジ、サイテー!」

 「タカオ様、この元囚人たちは全員、覗き用の違法アイテム、スリラーアイと呼ばれる魔道具を所持していました!彼らが私たちの風呂を覗いていたのは間違いありません!恐らく、風呂だけではなく、トイレや着替えなども覗いていた疑いがあります!私たちだけでなく、タカオ様たちも含めた、刑務所の全女性がスリラーアイによる透視で覗きの被害に遭っていた可能性があります!現在、スリラーアイの入手元やこれまでの犯行について、尋問を行っているところです!」

 オリビアやアイナ、他の元女聖騎士たちが激しい怒りの形相を浮かべながら、覗きを行っていたと思われる元囚人の男性ヴァンパイアロードたちを拘束し、尋問している。

 オリビアとアイナの説明を聞き、鷹尾、乙房、早水、妻ケ丘、都原も、デレクたちが覗きを行っていたと知り、全員、怒りを露わにした。

 「経緯はともかく、私たちの裸や痴態を覗いて楽しんでいたと!?「黒の勇者」への対策でみんなが一生懸命働いている中、こんな大勢で今まで覗きなんてことをやっていたと?この愚かな男たちには、厳罰を与える必要があるわね、みんな?」

 「コイツら、全員、死刑に決まってるでしょ!?覗きとかマジ、サイテー!全員、今すぐ芋虫に変えて踏みつぶしてやるわ、この変態ども!」

 「覗きとかマジ最悪、つかマジ最低!コイツら、ずっと仕事せず、覗きばっかやってたんじゃない?だから、宮古野の奴に簡単に潜入されてたんじゃないの?覗きに集中して、私らに仕事押し付けてたクズの変態どもがこんなにいたとか、ホント最悪。」

 「こんな性犯罪者の変態どもなんて、即刻処刑するに決まってるでしょうが!?最低でも全員、去勢よ、去勢!私らの裸だけでなく、トイレまで覗いていたかもしれない、スカトロ趣味の変態までいんのよ!みんなが殺さないって言うなら、私がコイツら全員、ぶっ殺す!ああっ、もうお嫁にいけない!?」

 「キモい変態のオッサンどもに覗かれてたとか、マジで最悪!やっぱ男はピュアなショタの美少年だわ!私らを覗いたら殺されることも分からねえくらいのド低脳の変態のクズでしょ、コイツら?パパ活してた姫城たちの相手しそうな変態ジジイ以下の変態でしょ。つか、性犯罪者もいるんだっけ、元々。仕事もせずに覗きをするキモいオッサンは全員、ぶっ殺しても良くない?マジでいらないでしょ、ホント?」

 鷹尾たち五人の、女性幹部陣の、デレクたち元囚人の男性ヴァンパイアロードに対する怒りは凄まじかった。

 「覗きをしていたこの愚かな男たちの処分を決める前に、何故、彼らが覗きをしていたのか、どうやって覗きのアイテムを手に入れたのか、色々と調べることにしましょう。宮古野君の犯行の証であるオウムとドッペルゲンガーマスクがある、ということは、今回の覗きの主犯は、原因は宮古野君、「黒の勇者」でしょうね。さて、お話を聞かせてもらえるかしら、愚かな覗き魔の皆さん?」

 「オトボウ ハナビ、ロシュツキョウ!オトボウ ハナビ、ロシュツキョウ!オトボウ ハナビ、ロシュツキョウ!~」

 「ああっ、もう、うっさい!私は露出狂じゃないわよ!このクソオウム、ぶっ殺してやる!」

 乙房がショートボウと矢を構えて、嫌がらせのメッセージを叫び続けるキバタンを矢で射殺そうとする。

 そんな乙房を鷹尾が慌てて制止した。

 「落ち着いて、乙房さん!そのオウムは貴重な証拠品よ!検証が終わるまで、殺すのは待って!終わったら、煮るなり焼くなり、好きにして構わないから!」

 「くそっ!?宮古野の奴、必ず見つけてぶっ殺す!マジでムカつくわ、アイツ!」

 乙房を宥めた後、鷹尾はデレク外元囚人のヴァンパイアロードたちに再度、訊ねた。

 「愚かな覗き魔の皆さん、さっきの続きだけど、何故、あなたたちはここで覗きをしていたのか、どうやってその覗きのアイテムを手に入れたのか、正直に全てこの場で白状しなさい。正直に何もかも白状すれば、命だけは取らないと約束するわ。正直にだけど?無理やり吐かせることもできるのだけど、どうする?」

 鷹尾の問いに、デレクが代表して答えた。

 「タカオ様、どうか許してください。俺たちは別に覗きをするつもりはなかったんです。ただ、ドナルドに、いえ、「黒の勇者」の奴に、脱獄を持ち掛けられたんです。スリラーアイは脱獄には絶対に必要なアイテムで、俺たちが脱獄の仲間であることを証明する証にと持たされたんです。あの野郎に一杯、食わされたんです、俺たち全員。そのスリラーアイだって、今日の午後にアイツに指示されて受け取ったんです。覗きの暇なんてなかったんですよ、本当に。」

 「ドナルドとか言う男に化けた「黒の勇者」に、偽の脱獄計画を持ち掛けられ、脱獄のために必要なアイテムだからと、スリラーアイを渡されたと?覗き用のアイテムなんかで一体、どうやって脱獄するつもりだったのかしら?」

 「ドナルドの奴が言うには、刑務所西側の棟の裏に、地下の下水道管に続く秘密の入り口を見つけたと。下水道管の奥に、結界に引っかかっていない、人がギリギリ一人通れるほどの隙間を見つけたと、そこから外へ脱獄できるはずだと、そう言われたんです。地下の下水道管はとてつもなく長くて迷子になるかもしれねえ、だから、透視能力のあるスリラーアイを使えば、下水道管を透視して、道に迷わずに済むはずだと。後は奴の指示通りに、食料や水、灯りなんかを集めて、午後7時にここでみんなでこっそり落ち合う予定だったんですよ。俺たちは別にタカオ様たちを裏切るつもりはありませんでした。ドナルドだって、外に出られる方法をタカオ様たちに教えることができれば、きっと脱獄しても許してくれるはずだろうからって。俺たちだって、刑務所に閉じ込められて、ずっと封印されたままで終わるんじゃねえかって、ずっと不安だったんですよ。脱獄のチャンスがあるかもしれない、外に出られるかもしれない、そう言われたら、スリラーアイに手を出してでも自由を勝ち取りたい、そう思っちまいますよ。刑務所の中は捕虜共の撒き散らす糞と尿の臭いで臭くて、俺たちが必死に掃除をしている苦労が、タカオ様たちに分かりますか?自分の使うトイレも奪われて、自由も奪われて、捕虜の血も不味いし、水だって碌に使えやしない。誰だって、逃げたくなりますよ、こんな場所。」

 デレクは偽の脱獄計画の詳細を説明しながら、溜まりにたまった自身の鬱憤を鷹尾たちへと激しくぶつけた。

 デレクの話を聞き、鷹尾たちはデレクたちの話や彼らの抱く思い、彼らの指摘も確かであり、しばらくその場で考え込み、どう返答したら良いか、考え込んだ。

 「あなたたちの主張にも一理あるわ。偽とは言え、脱獄のチャンスがあるかもしれない、そう持ちかけられたら、心を動かされても、誘いに乗ってしまっても無理はないわね。刑務所の衛生環境について、改めて見直し、刑務所内の生活環境を整えることを約束するわ。あなたたち部下への配慮や、サポートが疎かになっていたのは素直に認めます。何か不満があれば、いつでも私たちに遠慮なく相談しなさい。良いわね?」

 「あ、ありがとうございます、タカオ様!本当に、本当に申し訳ございませんでした!」

 鷹尾の言葉に、安堵の表情を浮かべるデレクたちであった。

 「ただ、あなたたちの持っているスリラーアイは全て没収します。それに、そそのかされたとは言え、あなたたちが絶対に覗きをしていない、という証拠はないわよね?脱獄の件はともかく、覗きの件は別よ。覗きをした者たちは全員、この場で右手を上げなさい。」

 鷹尾が右手を突き出し、「完全支配」の能力を発動し、デレクたちの意識を支配し、質問に答えるよう、命令した。

 結果は、デレク外元囚人のヴァンパイアロードたち全員が、右手を上げ、覗きをしていた事実を認めた。

 もちろん、この結果を見て、その場にいた女性たち全員が改めてデレクたちに激しい怒りを露わにした。

 最終的に、覗きをした元囚人のヴァンパイアロードたち全員が、鷹尾たち女性陣や、「白光聖騎士団」の元女聖騎士たちから、殴る蹴るの凄まじい折檻を受けたのは、言うまでもない。

 集団覗き魔事件に関わっていない、他の刑務所の男性たちは、刑務所の女性陣たちから凄まじい折檻を受ける覗き魔の犯人たちを、戦々恐々とした面持ちで、黙って見ているしかなかった。

 覗き魔たちへの折檻を終えた後、鷹尾たちは改めて事件の検証に取りかかった。

 「ふぅー。覗き魔たちへのお仕置きはあの程度で許してあげるとしましょう。さて、改めて事件の検証に取りかかりましょうか。」

 鷹尾はそう言って、キバタンの入ったケージを手に取ると、ケージの中から一枚のメッセージカードを取り出した。

 メッセージカードには、以下の内容が書かれていた。


  丸見えだぞ、変態ども?


 「丸見えだぞ、変態ども、ねぇ。塀の破壊に、集団覗き魔事件、全部初めから計画されていたと?スリラーアイ、覗き用の魔道具を1万個も用意してバラまくなんて、一日二日で用意できることじゃあないわ。それに、スリラーアイは明らかに表で扱っている品じゃない。どう考えてもブラックマーケットや闇ギルドが扱っている違法な魔道具の一つね。どこかの闇ギルドともお付き合いがあったりするのかしら、宮古野君は?案外、インゴッド王国の闇ギルドが彼に手を貸しているのかも。どこかの誰かさんが、下長飯さんが闇金の借金を踏み倒して、闇ギルドから逃げている真っ最中ですしね。闇ギルドまで私たちの討伐に手を貸しているとなったら、シャレにならないわね、本当に。」

 『おい、スズカ、キンゾウの奴、闇ギルドからいくら借金してんだ、一体?闇ギルドが「黒の勇者」の奴に手を貸しているのが事実なら、またさらに面倒くせえことになるかもだが、一体いくら踏み倒したんだ?闇ギルドの奴に命狙われるなんて、よほどのことだぜ?』

 「私が知っている限り、確か10億リリアよ。それも利子はトイチ。借金をしてから二ヶ月以上は経過している。元本も含め、とんでもない額にまで借金は膨れ上がっているはず。私の知らないところで別の借金もしている様子だし、現状、下長飯さんには返済する意思も、返済の当ても無い。始めから踏み倒すつもりだったんでしょうけど。」

 『10億リリアだと!?キンゾウの奴、そんなに借金があんのかよ?しかも、よりによって闇ギルドが経営する闇金から借金して踏み倒そうなんて、アイツ正気か?そりゃ、闇ギルドの連中がブチ切れて、俺様たちの討伐に手を貸してきても仕方ないぜ。おい、キンゾウの奴はいずれ切り捨てねえと、本当ならすぐにでも切り捨てた方がいいぜ、マジでよ。闇ギルドの奴らは、組織全員をぶっ殺さねえ限り、どこまでもしつこく追ってくるぜ。アイツとつるんでいるお前や俺様たちも、アイツのとばっちりを受けて命をずっと狙われ続けることになる。貧乏神に加えて疫病神まで抱えるのは御免だぜ、俺様は。』

 「ゾイサイト聖教国政府を手に入れて、借金を返済させたら、下長飯さんとは手切れ金を与えて縁を切ることにしましょう。闇ギルドと問題を起こしても危機感を全く抱かないあの人と関わり続けるのは、私たちにとってリスクしかない。大量のスリラーアイを宮古野君に提供して、私たちの討伐に闇ギルドが手を貸しているのなら、今回の集団覗き魔事件の原因の一つにもなっているのなら、下長飯さんと一緒にいるのは今後もデメリットになりかねない。あなたの忠告に従うわ、プララルド。」

 『そうしておいた方が絶対に良いぜ、スズカ。』

 「下長飯のオッサンが覗きの原因かもって本当、鷹尾さん?闇ギルドがあのオッサンを恨んでいるから、宮古野の奴に手を貸してるかもしれないって言うの?あのオッサン、全然役に立たないわねぇ、ホント。あのオッサンのせいで覗きにあって、露出狂呼ばわりされたとか、マジで超ムカつく!あのオッサン、さっさと切り捨てた方が良くない?」

 『落ち着け、ハナビ。キンゾウはクズで年寄りだが、今の内は役に立つ。多少はな。「黒の勇者」を始末し、ゾイサイト聖教国を乗っ取ることができた後に、あの男は切り捨てる方向で良いだろう。それよりも、一つ気になることがある。大事なことだ。「黒の勇者」は大量のスリラーアイなる魔道具をこの刑務所に持ち込んだ。だが、エレファントマウスはスリラーアイの臭いを一切、感知しなかった。こんなことは普通、あり得ない。ハナビ、エレファントマウスを一匹、ここに呼べ。』

 「OK、エビー。」

 乙房がエビーラルドに指示され、エレファントマウスを一匹、自分の傍へと呼んだ。

 『ハナビ、没収したスリラーアイの臭いを、エレファントマウスに嗅がせてみろ。』

 エビーラルドの指示に従い、乙房が没収したスリラーアイを一つ手に取り、スリラーアイをエレファントマウスの鼻先へと近づけた。

 エレファントマウスが長い鼻で、スリラーアイをフンフンと嗅ぐが、それ以外に反応する様子はない。

 『おかしい。エレファントマウスはスリラーアイの臭いを嗅いでも、異常を感知しない。スリラーアイからは、囚人とハナビの臭い以外、全く感知していない、という反応が出ている。「黒の勇者」の奴め、恐らくスリラーアイを配る際、事前にスリラーアイ全てを洗ったに違いない。それに、消臭対策の施された手袋を付けていたに違いない。人間の皮膚そっくりに見える手袋をな。ちっ。この私のエレファントマウスの能力を調べた上でこまめに対策までしてくるとは、頭の回る奴だ。いちいち癪に障る。ハナビ、相手は悪知恵の働く、お前より上手の犯罪者のような男だ。簡単にぶっ殺す、なんて言って良い相手じゃない。「黒の勇者」、奴は頭の回る危険な男だ。今もどこからか、私とお前を見て、心の中で笑いながら、冷酷に復讐の牙を研いでいる、賢い猛獣だ。絶対に一秒足りとも気を抜くな。分かったな、ハナビ?』

 「わ、分かってるわよ、エビー!?宮古野の奴がヤバいってことくらい、私だってとっくに理解してるわよ!ムカつくけど、アイツは本当に強いし、頭も切れる。気を抜いたら、マジでやられるかもしれないってね。」

 エビーラルドと乙房が、エレファントマウスが主人公に通用しなかったことから、主人公と戦う危険を改めて確認し合った。

 そんな二人の様子を見ながら、鷹尾は言った。

 「エレファントマウスの強化された嗅覚による警戒網まで突破してくるとは、「黒の勇者」の能力と頭の回転の速さには、改めて驚かされるわね。闇ギルドまで味方に付けているかもしれない、その人脈の広さにもね。日本にいた頃のおとなしい普通の男子高校生だった彼からは想像がつかないわね。ほとんど会話したことがなかったけど、彼の内面や能力についてはあまり興味がなかった。警戒すべき点が一つあったけど。やはり、女神もそこに着目して、彼にとんでもない能力を与えようと、決め手の一つに考えたのかしら?いずれにしても、宮古野君に私たちはまたしてもやられた。今回は塀の破壊以外に物理的な被害は受けていない。集団覗き魔事件という、私たち女性陣にとって心理的なダメージは多少、あったけど。向こうも作戦の方向性を変えてきた、と見るべきね。恐らく、次からは私たちの精神に揺さぶりをかけてくる作戦を実行するつもりでしょうね。みんな、決して「黒の勇者」の誘惑や挑発に乗ってはダメよ。敵は私たちの精神や連帯意識、精神的な繋がりにダメージを与えることが狙いよ。デコイと思われる破壊工作に気を取られないよう注意して。敵は心理戦へと作戦を変更した。心理戦や頭脳戦なら、冷静に対処すれば、必ず「黒の勇者」に勝つことができる。私たちの精神力の強さを見せてあげるわ、「黒の勇者」。」

 鷹尾は、仲間たちや部下たちの前で、「黒の勇者」との心理戦に勝つことを表明したのであった。

 「黒の勇者」こと主人公との心理戦に、早くも破れ、仲間たちや部下たちとの連帯意識が、組織の結束力が早くも崩れ始めることになるとも知らずにだ。

 「鳥籠作戦」五日目。

 午前9時。

 独房棟に、刑務所内にいる仲間たちや部下たちを集め、いつものように警備体制について指示を出そうとした鷹尾であったが、そんな鷹尾の前に、「白光聖騎士団」の元女聖騎士で第六部隊隊長、ブルックリンを先頭に、彼女率いる元女聖騎士たちの部隊が皆、険しい表情を浮かべながら、鷹尾の前に現れた。

 ブルックリンの手元には、とある男の体を拘束した縄が持たれていて、縄で拘束されている男は、ブルックリンたち数名の元女聖騎士たちに逃げ出さないようにと取り囲まれながら入って来た。

 オリビア率いる第三部隊、アイナ率いる第四部隊も入ってきたが、彼女らが率いる元女聖騎士たちも険しい表情を浮かべ、ブルックリンたちによって拘束されている男や、他の「白光聖騎士団」の元男性聖騎士たちに、鋭い眼差しを向け、明らかに機嫌が悪い。

 ブルックリンによって縄で拘束され、元女聖騎士たちに取り囲まれながらやってきた男の正体は、「白光聖騎士団」の総団長にして、第一部隊隊長のアーロンであった。

 縄で拘束されているアーロンの顔はすっかり憔悴している。

 一体何事かと、鷹尾がブルックリンに驚きながら訊ねた。

 「おはよう、ブルックリン、それに「白光聖騎士団」の皆さん。ええっと、どうしてアーロンが縄で拘束され、連行されてきたのか、女性聖騎士たちが皆、不機嫌そうなのか、説明してもらえるかしら?」

 「おはようございます。タカオ様。理由は明白です。第一部隊隊長、アーロン・エクセレント・ホーリーライトですが、覗き用の違法アイテム、スリラーアイを所持していた事実が判明し、スリラーアイの所持の現行犯、及び覗きを行っていた容疑で拘束した次第です。昨夜、「黒の勇者」によって刑務所内に大量のスリラーアイが持ち込まれ、元囚人のヴァンパイアロードの半数以上が、スリラーアイを使い、女性用の風呂や更衣室、トイレなどを覗いていたことは私もオリビアたちより報告を受け、知っております。私が率いる第六部隊を中心に、「白光聖騎士団」の女性聖騎士たちで、念のため、男性聖騎士たちの中にも、「黒の勇者」より何らかの買収行為の見返りにスリラーアイを受け取り、覗きを行っていた者たちがいるかもしれない、と考え、緊急の抜き打ち検査を行いました。その結果、アーロン総団長の懐より、スリラーアイの現物が一点、見つかり押収した次第です。こちらが押収したスリラーアイになります。私たちの尋問に対し、アーロン団長はスリラーアイを「黒の勇者」から受け取ったおぼえも、覗きも行っていない、と一貫して容疑を否認しています。ですが、容疑が晴れない以上、自由にする訳にはまいりませんので、こうして縄で縛り、私たち女性聖騎士たちで常に脱走されないよう、監視し、拘束している状態です。報告は以上です。」

 ブルックリンから、アーロンより押収したというスリラーアイを渡され、報告を聞き、鷹尾はその場でため息を付き、頭を抱えながら、呆れたような表情を浮かべて言った。

 「はぁー。ブルックリン、それに他の女性聖騎士の皆さん、報告をありがとう。抜き打ち検査に逮捕、本当にお疲れ様。まさか、聖騎士の中からも覗きに関わっていた愚かな男がいたとは。それもリーダーである団長とはねえ。呆れて物が言えないわ。アーロン、正直に私の質問に答えなさい。このスリラーアイをあなたはいつ、どこで、誰から手に入れたの?何を見返りに受け取ったのかしら?それと、スリラーアイを使って覗きを行ったのかどうか、答えなさい。完全支配!」

 鷹尾がアーロンの顔の前に右手を突き出し、右手を藍色に光らせながら、「完全支配」の能力でアーロンの意識を完全に支配下に置き、自白するよう命じる。

 「ス、スリラーアイハカッテニボクノフトコロニハイッテイマシタ。ダレトモトリヒキハシテイマセン。スリラーアイヲモッテイルノニキガツイタノハ、キノウノサワギノスグアトデス。スリラーアイデオンナノコタチノヨロイノシタヲ、トウシシテノゾキマシタ。」

 鷹尾の「完全支配」の能力を受け、アーロンが自白した。

 アーロンが最後に、スリラーアイで自分たちの鎧や衣服の下を透視して覗きを行っていたと知り、その場にいたブルックリン外元女性聖騎士たちに、鷹尾外女性幹部メンバーは激しく激怒した。

 「やはり覗きを行っていたのね、アーロン!タカオ様に最初から尋問をお願いしておくべきだった!今すぐこの場でこの性犯罪者に厳罰を下すべきです、タカオ様!」

 「アーロン、テメエ、やっぱり覗いていたじゃん!団長の癖して、マジ最低!もう団長クビでしょ、この変態のクズは!今すぐウチの魔法で全身、燃やして火炙りにしてやるっしょ!」

 「アーロンさん、あなたのことは団長としてこれまで慕ってきましたが、残念です。覗きは立派な犯罪です。女性を傷つけ、貶めるような性犯罪者に、「白光聖騎士団」の総団長を務める資格はありません。タカオ様、厳格な処分をどうかお願いします。」

 ブルックリン、オリビア、アイナの三人の女性隊長たちが、スリラーアイで覗きを行っていたアーロンへの厳罰を、鷹尾に求めた。

 「三人ともとにかく落ち着きなさい。この場にいる他の女性たちもね。スリラーアイを「黒の勇者」や他の人間からもらったわけではなく、アーロン本人はいつの間にか、自分の懐の中に入っていた、そう私の質問に答えた。この私の能力の前で嘘をつくことは絶対に不可能。つまり、アーロンの知らない内に、彼の懐に、「黒の勇者」がスリラーアイを入れたんでしょうね。アーロンがスリラーアイを使って覗きを行い、私たちに咎められることになるまで計算してね。目的は恐らく、元囚人たちやアーロンにスリラーアイを使って覗きを行わせ、刑務所内の男女間の関係にヒビを入れること、男女を仲違いさせること。これは「黒の勇者」が私たちの精神に揺さぶりをかけ、混乱させる作戦の一つよ。「黒の勇者」の誘惑や挑発に屈してはダメ。男性だけでなく、女性のみんなも注意しなさい。それで、アーロンの処分についてだけど、彼を「白光聖騎士団」の総団長から解任、副団長のエイダンも副団長のポストから解任とします。後任の総団長はブルックリン、副団長はオリビア、アイナの二名とします。それと、アーロン率いる第一部隊には、刑務所内の清掃業務への従事を命じます。警備任務からはしばらく外れてもらうから。この私の許可がない限り、清掃業務以外の仕事には一切、関わらせません。アーロン、覗きなんて愚かで恥知らずで最低な行為を行った罰よ。宮古野君、「黒の勇者」に相打ち覚悟で復讐するとか言っていたけど、あなたのその軟弱な精神には呆れて物が言えないわ。覚悟も実力もない、大ぼら吹きでプライドが無駄に高くて、醜態を晒し続ける愚かさは本当に救いようがないわね。とっとと部下を連れて掃除でもしていなさい、愚か者。」

 「た、タカオ様、どうか、チャンスを!?どうか、僕に今一度チャンスをお与えください!お願いします、タカオ様!?」

 「くどいわよ、アーロン。しばらく掃除でもして、頭を冷やして、自分の愚かさについてよく反省しなさい。自分の愚かさを認識できていない今のあなたじゃ、掃除以外、何の役にも立たないわ。同じような醜態をまた晒せば、罰を与える、そう言ったことを忘れたのかしら?甘えるのもいい加減にしなさい。私たちは戦争をしている真っ最中なの。個人の欲望や感情に流され、冷静に、客観的に物事を判断できない人間が一番、戦場で足を引っ張るの。腕っ節の強さよりも、敵の戦略や罠に動じない頭脳や精神力の方が戦場では一番求められる力なの。アーロン、今のあなたは少し戦闘能力があるだけで、碌に考えもせず、自分の感情や欲望に流され、周りの人間の足を引っ張り、戦場をかき乱す、無秩序で愚かな足手纏いに他ならない。無駄なプライドも欲望も、不要な感情は一切、捨てなさい。自分が今、戦場にいて、常に敵に命を狙われていることを自覚しなさい。敵をどうやって倒すか、それと、今の自分が冷静に戦場で戦い抜ける戦士の姿をしているか、一度自己分析をしながら、よく考えてみなさい。分かったら、とっとと仕事を始めなさい。」

 鷹尾に叱責され、ガックリと肩を落とすアーロンであった。

 拘束していた縄をほどかれると、アーロンは第一部隊の部下たちを引き連れ、鷹尾に命令された通り、刑務所内の清掃業務に黙々と取り組むのであった。

 アーロンへの処罰を終え、鷹尾はブルックリン、オリビア、アイナに向かって言った。

 「アーロンには私なりに厳罰を下したつもりよ。罰の内容に不満があるなら、作戦説明後に改めて言ってちょうだい。さっき言った通り、今後の「白光聖騎士団」は女性メンバーを主軸に再編成を行うとします。新団長はブルックリン、あなたに任せるわ。副団長はオリビアとアイナの二人に任せます。副団長の二人には、ブルックリンのサポートを頼むわね。アーロンによる独裁体制が「白光聖騎士団」の運用や能力の発揮に障害となっている、と私は常々、思っていた。今回の一件でよく分かったわ。あなたたち女性聖騎士たちの行動力は本当に素晴らしいと思っているの。新生「白光聖騎士団」の今後の活躍に期待しているわよ、三人とも。よろしくね。」

 「ありがとうございます、タカオ様!新団長として、「白光聖騎士団」の再編成は全てお任せください!」

 「タカオ様、マジ、ありがと~!ウチが副団長かぁ~!マジ、下剋上って感じ!ぶっちゃけ、最近のアーロンって、全然役立たずって感じだったし~!他の男どももダメダメだったし、これからはウチら女の時代っしょ!マジ、ウチらに任せてくださ~い!」

 「タカオ様、私を新しい副団長に任命していただき、誠にありがとうございます。副団長に任命していただいた以上、ブルックリン新団長、オリビアとともに、「白光聖騎士団」の再編成と「黒の勇者」の討伐に向け、全力で力を尽くす所存です。本当にありがとうございます。」

 「期待しているわよ、女性聖騎士のみんな。あなたたちならきっと、「白光聖騎士団」の再編成も、「黒の勇者」の討伐もできる。「黒の勇者」の罠に引っかかる愚か者たちはあなたたちの中には一人もいない、そう信じているから。フフっ、結果が楽しみね。」

 ブルックリンたちの決意表明を聞き、新生「白光聖騎士団」が成果を上げることを期待する鷹尾であった。

 ただ、その様子を、「白光聖騎士団」の他の男性聖騎士たちは苦々しい表情で見つめていた。

 「さて、それでは今日の警備体制について指示するわ。まず、前提として、「黒の勇者」の攻撃方法や攻撃目標が変化している。「黒の勇者」は破壊工作を囮に、私たちの精神や仲間意識を攪乱するための罠を仕掛けて精神攻撃を仕掛ける心理戦へと戦略を変更しつつある。「黒の勇者」は常に刑務所内を変装して移動し、作戦を仕掛けてくる。例え味方の顔をしているからと言って、少しでも怪しげな誘いや挑発を受けたら、すぐに乗ってはダメよ。そんな場合はすぐに「黒の勇者」だと疑ってかかりなさい。「黒の勇者」の最終的な攻撃目標は私たちの精神。彼が次に何を仕掛けてくるのかは私にも分からない。けれど、必ず私たちの誰かに接触し、精神に揺さぶりをかけてくることはほぼ間違いないわ。仲間と言えど、不審な言動や行動を感じれば、すぐに疑いなさい。誘いや挑発に乗るのも厳禁。私たちや周りの者にもすぐに報告しなさい。具体的な警備体制についてだけど、独房棟は中央の棟は早水さん、右の棟は都原さん、左の棟は妻ケ丘さん、東の監視塔は乙房さん、西の監視塔は下川君、北の監視塔は私が、それぞれ警備を担当することとするわ。監視塔の担当は時折、刑務所内の見回りも行うようにします。元囚人のみんなには、半数は独房の清掃業務、半数は刑務所内の各建物の警備を行ってもらうとします。「白光聖騎士団」については、新団長のブルックリンの指示の下、行動するよう改めて厳命します。「白光聖騎士団」には、引き続き捕虜の監視を任せます。それと、第二部隊には、第一部隊同様、清掃業務を担当してもらいます。独房の清掃を手伝ってあげなさい。元囚人のみんな、独房の清掃で足りないものがあれば、遠慮なく相談してちょうだいね。第一部隊と第二部隊の連中もこき使ってあげて結構よ。作戦は以上よ。」

 「た、タカオ様、俺たち第二部隊まで独房の掃除を手伝えなんて、いくら何でもあんまりですよ!?俺たち、別に問題なんか起こしていませんよ!」

 エイダンが、鷹尾の方針に抗議した。

 「黙りなさい、エイダン。総団長のアーロンをサポートする立場でありながら、あなたはそれが満足にできない。もうあなたは副団長ではないの。あなたは一小隊の隊長にすぎない。清掃業務を手伝わせるのは今日だけよ。ただし、勤務態度に問題があるようなら、第一部隊同様、ずっと清掃業務に従事させることになるから、そのことを忘れないように。団長であったアーロンが責任をとって、副官であったあなたが何のお咎めも無し、だなんて、そんな甘い処分をこの私が下すと本気で思っていたの?アーロン同様、あなたにも戦場に立つ者としての自覚が足りていない、それを自分の口から語っている今の情けない自分の姿を、今一度見返して反省しなさい。分かったら、とっとと自分の部下を連れて独房を綺麗に掃除してきなさい。」

 「わ、分かりました、タカオ様。」

 エイダンは渋々納得し、部下を引き連れ、独房の清掃に取り組むのであった。

 「全く、あんな甘い考えの持ち主が「白光聖騎士団」の副団長だったなんて、どうかしているわ。「白光聖騎士団」を受け入れた時点で、すぐに審査して、再編成するべきだったと後悔しているわ。まぁ良いわ。すでに再編成は始まったことだし。問題は、宮古野君、「黒の勇者」の発見と始末ね。エレファントマウスによる嗅覚を用いた探知も彼には通用しなかった。臭いさえ現場に残さない犯行の徹底ぶりには驚かされたし、厄介だわ。どうにかして、姿を消している彼を発見する方法がないものかしら?」

 『変幻自在に他人に化けて、姿も自由に消し、証拠は一切残さない、か。全く厄介な野郎だぜ。何を考えているか、どうやって俺様たちを攻撃してこようと考えているのか、今一先が読めねえ、不気味さもある。いや、もし、この刑務所に潜入しているとして、「黒の勇者」の奴は、生活は俺様たちと大して変わらねえんじゃねえか?トイレや風呂、飲み水なんかは共有しているはずだ。いちいち、そのために召喚術で外の仲間に刑務所の外まで召喚を頼んで外で済ませる、なんて面倒なことをしているはずがねえ。それとも、奴は刑務所のどこかに潜伏できるスペースを作っていやがるのかもしれねえ。「黒の勇者」、奴だって人間だ。飲み食いもするし、糞も出す。小便もする。風呂にだって入る。疲れたら寝る。おい、スズカ、「黒の勇者」を見つけるヒントが分かったぜ。』

 「「黒の勇者」を見つけるヒントが分かった?是非、聞かせてもらえるかしら、プララルド!」

 『「黒の勇者」、奴は生きた人間だ。この刑務所に潜入して生活しているなら、奴は必ずどこかに自分がこの刑務所の中で生活している痕跡を残すはずだ。トイレや風呂も使うし、飲み食いだってする。もし、俺様たちと同じ場所でトイレや風呂を済ませようとするなら、普通に姿を見せてトイレや風呂を済ませようとするはずだ。透明になったまま、糞や小便はできねえ。風呂の湯を浴びるわけにもいかねえ。そこに奴の隙が生じる。この刑務所の連中はほとんど吸血鬼だ。人間よりも体温は低い。臭いも違う。奴がトイレや風呂を済ませようと体を見せた瞬間が、他の連中との違いを見分ける瞬間だ。食い物だって、人間の血じゃなく、肉や野菜、果物なんかだ。外から大量に持ち込んでいる可能性もあるが、人間用の食べ物をこの刑務所の連中が持ち歩いていたり、部屋に置いていたりするわけがねえ。要するにだ。「黒の勇者」本体でなく、奴の人間としての生活の痕跡を調べればいいんだぜ。男用の肥溜めで用を足す連中を見張ればいい。体温や体の違いですぐに分かる。風呂も同じだ。風呂や更衣室を使う連中の体を調べてみろ。刑務所内にいる連中の持ち物を調べろ。人間用の食べ物を大量に隠し持っている奴は怪しいぜ。念のため、刑務所のどこかに奴が潜伏するための隠しスペースを作っていないかも調べろ。隠しスペースを奪われて慌てている奴を捕まえてぶっ殺せば、それで全部、解決ってわけだ。どうよ、この俺様のアイディアはよ?』

 「なるほど。「黒の勇者」本人ではなく、彼の刑務所での生活の痕跡を調べる、というわけね。プララルド、実に良いアイディアだわ。なら、早速、手分けして調べることにしてみましょう。乙房さん、エビーラルド、エレファントマウスを放って、男子トイレや風呂、刑務所の各建物内の臭いをチェックさせて。人間の男性の臭いや、人間用の食べ物の臭いなんかを重点的に調べさせるの。それから、早水さん、都原さん、妻ケ丘さん、あなたたちは独房と元囚人たちの持ち物検査を目視で確認してちょうだい。私は北側の棟と東側の四棟、乙房さんと下川君は西側の棟をそれぞれ目視でチェックし、持ち物検査や隠しスペースの有無のチェックを行う。風呂とトイレは、下長飯さんにチェックをお願いするとしましょう。例えこの場に変装した宮古野君がいたとしても、今から証拠隠滅を図るのには時間がかかる。これから毎日、同じチェックを担当を代えて抜き打ちで行うとしましょう。そうすれば、変装してここへ潜伏するのも難しくなるはずよ。みんな、早速チェックにとりかかるとしましょう。」

 鷹尾とプララルドのアイディアを聞き、鷹尾の指示の下、刑務所内のチェックが急遽、行われることとなった。

 変装して刑務所に潜伏していると思われる「黒の勇者」の、刑務所内での生活の痕跡を見つけるべく、持ち物検査や身体検査、隠された潜伏スペースの発見などに全力を挙げて取りかかる鷹尾たち一行であった。

 「黒の勇者」こと主人公は実際には、イヴの瞬間移動で刑務所へと首都のラトナ公国大使館から自由に行き来し、毎日、大使館で生活し、寝泊まりしているため、刑務所内に潜伏生活の痕跡が残わけはないのだが。

 作戦時以外は刑務所の外、ゾイサイト聖教国首都のラトナ公国大使館にいる主人公は、決してシーバム刑務所で変装して潜伏生活を送ってなどいない。

 自分たちが誤った推測の下、無駄な調査を行っていることに、調査が徒労に終わることに、鷹尾たち一行は誰も気付いてはいなかった。

 午前11時28分。

 「黒の勇者」の潜伏生活の痕跡を見つけるため、調査に取り組む鷹尾たち一行であったが、調査開始から約2時間が経過しようとしているにも関わらず、刑務所中を隈なく探しても、痕跡を全く見つけられずにいた。

 一度、北側の棟の所長室へと戻った鷹尾は、休憩がてら椅子に座って考え込んでいた。

 「東側の四棟は全てチェックした。誰もほとんど利用していないあの四棟なら、宮古野君が潜伏生活に使っていてもおかしくない、そう思って先に調べたけど、生活の痕跡は見つからなかった。隠しスペースもね。灯台下暗し、なんて言葉もあるし、案外、私たちが普段寝泊まりしているこの北側の棟に潜伏している可能性もある。だけど、私たちの動きを察知して、潜伏先を変えた可能性もある。それに、刑務所の外の、付近の山にベースキャンプを作り、そこで生活している可能性も否定はできない。あなたが面倒くさいと、手間だと思って否定した行為を躊躇なく実行している可能性も否定はできない。そう思わない、プララルド?」

 『それもそうだな。そんなことあり得ない、なんて言う方法を実際に躊躇なく実行する行動力と意志の強さが奴にはある。お前たち元勇者への執念じみた復讐心を持つ奴なら、召喚術でトイレや風呂なんかのためにいちいち、刑務所の外と往復するなんて馬鹿げたことを本気で実行しかねねえな。まぁ、まだ調査は始まったばかりだ。焦らず、確実にやっていこうぜ。それに、調査に気を取られ過ぎて警備が疎かになるのも良くねえ。キリの良いところで一度調査を終え、他の連中からの報告を聞いてさらに対策を考えれば良いだろう。』

 「焦りは禁物。「黒の勇者」が心理戦を仕掛けてきているこの状況の中で、最も注意して心掛けなきゃいけないことね。心に余裕を持ち、常に冷静に判断して対処することが勝利への鍵。その点は心配無用よ、プララルド。私も、他のみんなもね。何が起こっても簡単に動じる、罠に引っかかる間抜けなんて一人もいないから、大丈夫。」

 『大丈夫そうで安心したぜ、スズカ。一人信用できねえクズがいるが、まぁ、奴が最悪死んでも俺様たちは別に一向に構わねえけどよ。いずれ切り捨てること確定だしよ。それじゃあ、昼飯前に最後のチェックに行くとするか、スズカ。』

 「了解よ、プララルド。」

 鷹尾とプララルドが会話を終え、所長室を出て、自分たちが今現在いる刑務所北側の棟をチェックしようと椅子から立ち上がったその瞬間、悲劇は起こった。

 突如、鷹尾たちの頭上に所長室を埋め尽くさんほどの大量のゴミが出現し、鷹尾の頭上へと降り注ぎ、大量のゴミが一瞬にして彼女の全身を呑み込んでしまった。

 大量の生ゴミ、廃材、埃、ゴキブリ、鼠、蝿などといった大量のゴミと汚物が、刑務所中の各建物内を、床から天井、壁と壁の間までみっちりと詰まり、大量のゴミの一部は刑務所の窓ガラスを突き破り、溢れ出ている。

 強烈な悪臭を放つ大量のゴミが刑務所をパンクさせかねない勢いで一瞬で現れ、鷹尾たち一行や元囚人たち、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちを、全身ゴミまみれにして、ゴミの海へと沈めたのであった。

 何とかゴミの山から這い出た鷹尾であったが、想像を絶する悪臭に思わず、その場で吐いてしまった。

 鷹尾と融合するプララルドも嗅覚を共有していたため、大量のゴミから放たれる悪臭に思わず、強烈な吐き気をおぼえた。

 『「お、オエーーー!?」』

 鷹尾たちがゴミの中でゲロを吐いている中、鷹尾たち同様に、刑務所中から部下や仲間たちがゴミの悪臭のために嘔吐する声が聞こえてきた。

 「ゲホっ、ゲホっ、オエっ!?ゼェー、ゼェー、く、「黒の勇者」、よくも、よくもやってくれたわね!?この私の頭にゴミをぶちまけるなんて嫌がらせをしてくるなんて、絶対に、絶対に許すものですかぁー!?ペッ、口の中にゴミが入った!何て酷い臭いなのよ、これは!?」

 『ゲホっ、ゲホっ、オエっ!?ゼェー、ゼェー、「黒の勇者」の野郎、刑務所中にゴミをぶちまけやがったな!きっと召喚術で大量のゴミを刑務所に送りつけてきたに違いねえ!くそがっ、この俺様を、強欲の堕天使プララルドの体にゴミをぶちまけていくとは、冗談や嫌がらせ程度じゃ済まさねえ!陰湿なクソ勇者のガキが、こうなったら必ずこの俺様の手で奴を見つけて、この手でぶっ殺す!最強の堕天使を舐めてんじゃねえぞ、天使もどきのクソ勇者が!』

 「ゲホっ、ゲホっ、とにかく早くこの建物から非難しましょう。火でもつけられたら、一気に火災が起きて炎上しかねない。くっ、一体、どこから、これだけのゴミを集めてきたと言うの?」

 『スズカ、とにかく窓から空を飛んで脱出だ。窓が割れている。入り口はゴミに塞がれて、出るのは面倒だ。窓からならすぐに出られる。行くぜ。』

 鷹尾はプララルドの指示に従い、背中に黒い翼を生やし、割れた窓から刑務所長室を急いで脱出した。

 窓から空を飛んで脱出すると、大量のゴミが刑務所の各建物内を埋め尽くし、一部のゴミが建物から溢れ出て、大量のゴミによって刑務所がパンクし、仲間たちや部下たちが皆、頭から全身にゴミを被り、大量のゴミから放たれる悪臭、ゴミの中にいる大量のゴキブリや鼠、蝿などのせいで阿鼻叫喚する地獄絵図が、鷹尾とプララルドの二人の目の前に広がっていた。

 二人が悪臭に耐えながら、地獄絵図となったシーバム刑務所を空から観察していると、グラウンドから、主人公の犯行の証である、いつもの嫌がらせのメッセージを鳴いて叫び続けるキバタンの声が聞こえてきた。

 グラウンドに着陸すると、刑務所の割れた窓ガラスと一緒に降り注いだ大量のゴミの下敷きになって、全身にゴミを被り、今もグラウンドで激しく嘔吐して咳き込む下長飯の姿があった。

 「ゲホっ、ゲホっ、オエっ!?ゼェー、ゼェー、い、一体、何が起こったんだ!?何故、空から急にゴミが降ってくるんだ!?ゲホっ、ゲホっ、!?」

 『ゲホっ、ゲホっ、!?キンゾウよ、気をしっかり保て!恐らく「黒の勇者」の仕業に違いないはずじゃ!?もうすぐ助けが来る!おおっ、スズカ、プララルド、ちょうど良いところに来た!キンゾウの介抱を手伝ってくれ!吐き気止めがあったら、分けてもらえんか?キンゾウがゴミと臭いにやられて、このザマなんじゃ!頼む!』

 「ごめんなさい、下長飯さん、プララルド。吐き気止めの薬は持っていないの。乙房さんとエビーラルドに治療を頼むか、医務室から薬を取ってくる以外に解決策はないわ。この目障りで不快な大量のゴミを急いで撤去しないと、どちらも難しいでしょうけど。」

 『キンゾウ、悪いがテメエは隅っこの方で治療できるまでの間、休んでいろ。それよりもスズカ、また、例のオウムとマスクが届いているぜ。くそっ、マジでムカついたぜ、今回は!』

 鷹尾とプララルドが、下長飯とグリラルドと話をしている最中も、グラウンドの中心でケージの中に入ったキバタンが、大きな鳴き声で嫌がらせのメッセージを何度も、繰り返し叫び続ける。

 「ハヤミズ アスカ、ゴミタベル!ハヤミズ アスカ、ゴミタベル!ハヤミズ アスカ、ゴミタベル!~」

 キバタンの入ったケージへと歩いて近づくと、鷹尾はキバタンの入ったケージを取り上げ、中から一枚の白いメッセージを取り出した。

 メッセージカードには、以下の内容が書かれていた。

  生ゴミはクサくて美味いだろ、ゴキブリども?


 メッセージカードのメッセージを読んだ鷹尾の表情は途端に険しくなった。

 「生ゴミを送りつけてきた上に、この私をゴキブリ呼ばわりするとは、挑発のレベルをとうに通り越えたわ。「黒の勇者」、大量のゴミを送りつけて私たちの生活環境を奪い、ゴミや悪臭、害虫で私たちに精神的ダメージも与える作戦なんでしょうけど、この程度の嫌がらせに屈する軟弱な精神を持った者は私たちの中には誰一人としていないわ。私たちがあなたの潜伏生活の秘密を暴こうと躍起になったものだから、慌てて大量のゴミを送りつけて、証拠隠滅を図ろう、とでも考えたのかしら?この借りは必ず返す。あなたを殺して勝利するのは私たちよ、覚えていなさい、「黒の勇者」。」

 『この俺様を生ゴミを食うゴキブリだの抜かしやがって。クソ女神以上にムカつく下衆野郎だぜ。ここまで俺様を虚仮にした野郎は初めてだぜ。「黒の勇者」、この礼はたっぷりとさせてもらうぜ。準天使級の化け物だろうが、悪知恵の働くイカれたクソ勇者だろうが、テメエはこの俺様、傲慢の堕天使にして最強の堕天使、プララルド様がこの手で必ずぶち殺す。地獄に道連れにしてでもなぁ。明日、ここで騒ぎを起こしたその瞬間がテメエの死ぬ時だ、「黒の勇者」。』

 鷹尾とプララルドは、「黒の勇者」こと主人公への静かな闘志を露わにした。

 そんな二人の前に、キバタンの鳴き声を聞きつけ、刑務所内を埋め尽くすゴミの山から脱出し、全身にゴミを被った早水、都原、妻ケ丘、乙房、下川の五人が、鷹尾たちの方へと走って駆け寄って来た。

 しかし、駆け寄って来た五人の仲間の内、早水だけは冷静ではなかった。

 怒りの形相を露わにし、両目を血走らせ、両腕をゴーレムのような、石と鉄でできたような巨大な腕へと変化させながら、鷹尾の持つキバタンの入ったケージへと殴りかかった。

 「死ねえ、クソオウム!」

 鷹尾が咄嗟に怒り狂う早水をかわし、キバタンの入ったケージから手を離して後方へと下がると、早水は狂ったように何度も、ゴーレムのようにごつくて巨大化した両腕で執拗に、ケージの中に入ったキバタンを殺そうと攻撃する。

 「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!・・・」

 怒り狂った早水の猛攻を受け、ケージの中に入ったキバタンは全身をぐちゃぐちゃに潰され、あっという間に殺されてしまった。

 キバタンがすでに死んだにも関わらず、キバタンの死体に何度も攻撃を浴びせ続け、怒りで我を忘れて狂乱する早水を、鷹尾たち他の六人の仲間は慌てて取り押さえた。

 「落ち着きなさい、早水さん!よく見なさい!オウムならもうとっくの前に死んだわ!いい加減目を覚ましなさい!怒っているのは、みんな同じよ!敵の挑発に、宮古野君の挑発に乗ってはダメよ!このままだと、彼の思う壺よ!とにかく、落ち着いて私の話を聞きなさい、早水さん!」

 鷹尾や仲間たちの説得する声を聞き、早水はようやく落ち着きを取り戻した。

 「私は、私はゴミなんか食べない。ゴミまみれにされて喜ぶ変態なんかじゃない。宮古野、アイツだけは絶対に殺す。絶対に私の手で殺す。絶対によ。」

 「刑務所にゴミをバラまかれて、被害を受けたのはこの場にいるみんなも一緒。宮古野君へ復讐したい気持ちも同じよ。早水さん、宮古野君に裏をかかれて何度も辛酸を舐めさせられ、計画を邪魔され、怒る気持ちは分かる。けど、これは宮古野君の仕掛けた罠。今回一番の標的にされたのはあなた。あなたの精神に揺さぶりをかけ、同時にあなたを起点に刑務所内の人間関係にヒビをいれることが彼の目的よ。いつも冷静なあなたなら、私の言っている意味が分かるわよね。宮古野君の今日の犯行は間違いなくこれで終わった。彼は今頃、どこからか私たちの混乱する姿や、自分の作戦が成功しているかどうか窺っているはず。これは「黒の勇者」との心理戦。例え何が起きたとしても、自分の精神を乱されてはダメ。強い精神力を持って耐え抜くことが重要なの。恐らく、私たちが彼の潜伏生活の痕跡を見つけるため、本格的に調査を始めたのを知って、大量のゴミを送りつけて、ゴミとともに証拠隠滅を図ろうとしたに違いないわ。敵が焦り始めたのも間違いない。気持ちが落ち着くまで、早水さん、あなたはゆっくりと休んでちょうだい。他の人たちは直ちにゴミの撤去作業に協力して。このままだと、臭い大量のゴミに生活スペースを奪われることになる。部下全員に命じて、一緒に邪魔なゴミを撤去するわよ。良いわね?」

 鷹尾は早水を慰めながら、他の仲間たちに、部下たちと一緒に刑務所内を埋め尽くす大量のゴミの撤去作業に従事するよう指示した。

 鷹尾指揮の下、直ちに刑務所内の大量ゴミの撤去作業に、害獣害虫の駆除作業、汚れた廊下や壁などの清掃作業などが、刑務所総出で行われた。

 悪臭でダウンした下長飯と、嫌がらせのせいで精神的に深いダメージを負ってリタイアした早水は、乙房とエビーラルドの介抱を受けながら、グラウンドの隅で休んでいた。

 他の者たちが刑務所の清掃作業に従事する姿を見ながら、目に光を失い、どんよりとした底の深い闇を抱えた目付きで、心に主人公への憎しみや、リーダーである鷹尾への強い不満を抱えた早水が、ボソリと誰にも聞こえないような小声で呟いた。

 「このままじゃあいけない。鷹尾さんじゃあ宮古野の奴は倒せない。役に立たないリーダーはいらない。私が、宮古野を、「黒の勇者」を倒さなゃいけないの。」

 主人公への憎しみと、鷹尾への不満が爆発した早水は、現リーダーである鷹尾を排し、自分が新たなリーダーとなって「黒の勇者」を打ち倒すことを、鷹尾への裏切りを秘かに決意したのであった。

 午後2時。

 刑務所総出で刑務所内に主人公によってバラまかれた大量のゴミの撤去作業等に当たっている中、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが使う刑務所内西側の棟の女子トイレに、作業を抜け出し、七名の女子たちが秘かに集まっていた。

 早水、都原、妻ケ丘、乙房、ブルックリン、オリビア、アイナの、七名の主力女性メンバーたちであった。

 現在トイレを奪われ、使用不能である女子トイレに、早水に相談がある、と呼ばれ、他の女子たちは一時、作業を抜け出し、密談を行っていた。

 早水が、集まった他の六人の女性たちに向かって言った。

 「単刀直入に言うわ。鷹尾さんにはもう、リーダーとしての資格はない。彼女に宮古野は倒せない。私たちだけで宮古野を倒すの。鷹尾さんと男ども抜きでね。」

 早水の下剋上発言に、その場にいる他の女性たちは皆、驚きを隠せないでいる。

 「明日香、アンタ、正気?宮古野の奴に嫌がらせされて頭に来ているのは分かるけど、私たちだけで宮古野の奴を倒すのは、いくら何でも無理があるわよ。」

 「そうだよ、明日香。鷹尾さんのおかげで私たち強くなれたんだし、ちょっと計画通りに行ってないだけでしょ。宮古野の奴が邪魔してくるから遅れているだけで、アイツがボロを出したところを仕留めればいいだけでしょ。」

 「花火の言う通りだよ、明日香。それに、私らが勝手に動いて作戦が失敗したら、鷹尾さんや他の連中から怒られるどころか、最悪、私ら全員マジで切り捨てられることにもなりかねないでしょ。ちょっと冷静になんなよ。いつものアンタらしくないよ。」

 「私は反対です、ハヤミズ様。タカオ様の許可なく勝手に作戦を遂行し、万が一作戦が失敗に終われば、ハヤミズ様も私たちも責任を問われる事態になりかねません。「白光聖騎士団」の新団長として、私はそのような謀反を誤解させる作戦には賛同できかねます。冷静になってください、ハヤミズ様。」

 「そりゃー、ハヤミズ様の言ってることも分かるよ~。あの陰キャ勇者に散々やられて、腹立ってるのはさぁ~。昨日は男どもに覗きにあうは、今日は朝から頭にゴミぶちまけられるは、刑務所中ゴミだらけにされて鼻が曲がるほど臭くされるわ、掃除ばっかさせられるわ、計画も進んでいないわ、悪いことばっかしだけどさぁ~。でも~、タカオ様を裏切ったりしてミスったら、マジでウチら首が飛びかねませんって。逆らうのは止めといた方がいいっすよ、マジ。」

 「ハヤミズ様、「白光聖騎士団」の副団長として、私もハヤミズ様の計画には賛同いたしかねます。あの憎き「黒の勇者」への怒りに、ここ最近タカオ様の作戦が失敗続きであることへの不満も理解できます。ですが、「黒の勇者」はタカオ様の仰るように私たちに対し、心理戦を仕掛けてきています。狡猾なあの勇者の罠に嵌まり、作戦が失敗すれば、ハヤミズ様や私たちの立場は危うくなります。ここは感情を抑え、皆で一致団結して乗り切ることが得策なはずです。」

 早水の意見に、妻ケ丘、乙房、都原、ブルックリン、オリビア、アイナは反対した。

 「そう。なら、私とグラトラルドの二人だけで作戦は行うから。アンタたちはいつまでもゴミ掃除でもやってなよ。ゴミ掃除が終わった後、宮古野の奴を見つけて始末するって言ってるけど、本当に成功すると思ってるわけ?鷹尾さんの立てた作戦は全部、宮古野の奴に見破られて失敗した。レン、ストララルド、あんたたち二人、この前私らと一緒に外の見張りを担当して失敗した時、あの人とプララルドに役立たずだの、使えない奴だの散々なじられたのをもう忘れたわけ?外を一緒に見張っていたのは、あの二人も一緒でしょ?こっちにばっか当たって、自分はちゃんと見張ってました、みたいな顔してたけど、あの二人だって失敗してんじゃん。責任転嫁も良いところでしょ。能力だって、あの二人より私ら他の六人の方が役に立っているし、ぶっちゃけ命令しかしていないでしょ、鷹尾さんもプララルドの奴も。リーダーとしての能力がない、成功する作戦を立てられない、本当に切り捨てられるべき人間はあの二人の方だとは思わない?戦況が変われば、敵が変われば、リーダーを代えることも必要だと、私は思うの。あんたたち、別に鷹尾さんに告げ口したいなら、勝手にしてもらって構わないから。私は、私だけの力で「黒の勇者」を、宮古野の奴を倒す。アイツに一泡吹かせなきゃ気が済まない。役立たずになったリーダーにしがみついて巻き込まれて死ぬのだけは御免だから。行くわよ、グラトラルド。そこにいる腰抜け女たちにはもう用はないから。じゃあね、みんな。負け組になりたいなら、どうぞご勝手に。」

 早水はそう言うと、一人女子トイレを出ようとする。

 「待ちなさいよ、明日香。しょうがないわね。なら、私も付いて行ってあげる。アンタの作戦が失敗した時は一緒にミスを被ってあげる。止めようとしたけど、止められなかった、ってね。本当にアンタの作戦が成功した時は、私が副リーダーにでもなって、サポートしてあげる。友達だしね。最後まで付き合ってあげるわよ、このレン様がね。」

 「勝手に負け組とか言わないでもらえる。私は勝ち組になる女だから。何かあった時、私とエビーが傍にいれば、すぐに治療できるかもじゃん。しょうがないから、花火様も付き合ってあげますよ。明日香、本気みたいだし、まぁ、一回くらいなら手伝ってあげるとするわ。」

 「宮古野の奴に一泡吹かせたいのは、私らも同じ。鷹尾さん任せにせず、自分たちで頭を使って動くのも大事だしね。それに、ここ一応女子トイレだから、さすがに宮古野の奴に話を聞かれていることもないでしょ。この叶様がアンタの作戦を最後まで見届けてあげる。けど、あくまで傍でアンタを見ていたけど、止められなかった、マジで鷹尾さんを裏切ったわけじゃないから。責任を押し付けたりとかは無しだからね、明日香。」

 妻ケ丘、乙房、都原の三人が、苦笑しながら早水への協力や同行を表明した。

 妻ケ丘たちの言葉を聞き、早水は嬉しさから思わず、笑顔がこぼれた。

 「ありがとう、恋、花火、叶。アンタたちには絶対に迷惑はかけないから。作戦だって絶対に成功させてみせる。成功したら、絶対に御礼はするから。」

 「友達なんだから、当然でしょうが。困っている時はお互い様でしょ。いつも冷静で真面目なアンタに、超真剣な顔でマジに頼まれたら、放ってはおけないでしょ。言い出しっぺなんだから、頼むわよ、ホント。」

 「ありがとう、恋。任せて、作戦には自信があるの。そうよね、グラトラルド?」

 『もちろんなんだなぁ~、アスカ。「黒の勇者」もスズカもプララルドもきっと驚くんだなぁ~。僕とアスカの、「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」で、目に物を見せてやるんだなぁ~。』

 「「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」?何、それ?」

 乙房の質問に、グラトラルドが答えた。

 『「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」って言うのは、超強力な声で山を破壊する作戦なんだなぁ~。僕の「吸収合体」で得た能力の中に、ドラゴンへの変身能力と、身体強化の能力があるんだなぁ~。コモンドラゴンはドラゴンロワーという、敵を大きな鳴き声で威嚇し、敵の耳の鼓膜を破壊したり、衝撃音で吹き飛ばしたりできる攻撃が使えるんだなぁ~。僕の能力で喉や肺、耳なんかをドラゴンのモノに変化させて、身体強化の能力で限界まで強化するんだなぁ~。後は極限まで強化されたドラゴンロワーを放って、刑務所の周りの山を滅茶苦茶に破壊して、山崩れを起こして、麓の町や村を一気に壊滅させるんだなぁ~。能力で増幅したただの音なら、結界も封印も攻撃とは見なさず、結界をすり抜けて山を破壊できるんだなぁ~。僕とアスカのハイパー・ドラゴンロワーで、ゾイサイト聖教国を滅茶苦茶にぶっ壊してやるんだなぁ~。そうすれば、「黒の勇者」の奴に一泡吹かせてやることができるんだなぁ~。いくら「黒の勇者」でも、ハイパー・ドラゴンロワーを防ぐことはできないんだなぁ~。聞いた瞬間、奴の鼓膜は破れて気絶することになるんだなぁ~。』

 「へぇー。中々面白そうじゃん。馬鹿でかい声を使って、山をぶっ壊して、山崩れでゾイサイト聖教国の奴らを攻撃するなんて、考えたもんねぇー。」

 「そうでしょ、花火。みんなもそう思わない?守るだけじゃあ宮古野の奴には勝てない。こっちも攻めの姿勢を見せないと、アイツにずっと舐められっぱなしよ。「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」なら、確実に敵にダメージを与えることができる。見えない音の攻撃を防ぐ方法なんて、あるわけがない。宮古野の奴も、私のハイパー・ドラゴンロワーを食らった瞬間、耳の鼓膜がぶっ飛んで気絶して、その場でKOよ。山崩れに巻き込まれて生き埋めになって死んでくれたらさらにラッキー、というわけ。失敗する確率は限りなく低い。作戦が知られることもあり得ない。ちゃんと計算して用意は万端ってわけ。」

 「明日香、やるじゃない、アンタ。グラトラルドもね。なら、後は作戦を実行するのみってわけでしょ。宮古野の奴、きっとハイパー・ドラゴンロワーに手も足も出ず、その場でお陀仏よ。」

 「確かに音なんて防ぎようがないわよね。宮古野の奴にも通用する可能性ありかも。けど、油断しちゃダメよ、明日香。宮古野の奴は何をしてくるか分からないところがある。アイツは予測不能なことをしてくる。嵐を起こして強引に妨害してくるかもしれないし、マジで気を付けなさい。経験者である私からのアドバイスよ。」

 「ありがとう、恋、叶。作戦はこの場にいる七人しか知らないし、嵐の妨害を受けても私のハイパー・ドラゴンロワーは嵐を跳ね除け、山を一瞬で吹き飛ばせる。作戦に隙は一切ないわ。それで、ブルックリン、オリビア、アイナ、あんたたちはどうするの?鷹尾さんにチクりたいなら、別にチクっても構わないから。アンタたちがチクっても私たちは作戦を決行する。鷹尾さんの命令はアンタたちにとっては絶対なんだろうけど、このまま命令通り掃除ばっかりやっていても、埒が明かないわよ?「黒の勇者」への復讐はずっとできないままでしょうね。私たちは「黒の勇者」を自分たちだけで倒す、そう決めた。チクるのは構わないけど、作戦を直接邪魔するのだけは止めて。邪魔してきた時は、容赦なくアンタたち三人を殺すから。じゃあ、行きましょう、恋、花火、叶。北の監視塔で作戦決行よ。まずはシュットラの町をぶっ壊す。あの死んだ役立たずのグラッジ枢機卿が治めていた町を滅茶苦茶にしてやんの。憂さ晴らしにはちょうど良くない?北東に見える大きな山を崩せば、一撃でシュットラはぶっ潰れるわよ。」

 早水はブルックリンたちに向かってそう言うと、妻ケ丘、乙房、都原を引き連れ、作戦遂行のため、北の監視塔へと向かう。

 「お待ちください、ハヤミズ様。念のため、私も同行します。私の、ヴァンパイアロードカスタムグリフォンの強化された視力を持ってすれば、遠方からの迎撃も含め、すぐに異常に気付けます。万が一、作戦が失敗に終わる可能性が浮上した場合、異常を警告し、撤退のお手伝いをさせていただくこともできます。よろしいですね、ハヤミズ様?」

 「はぁー。団長が行くなら、ウチも行かなきゃだし、しょうがないなぁ~。作戦がミスるかもと分かった時は、ウチらで強引に連れ戻しますからねぇ~。ハヤミズ様たちに何かあったら、ぶっちゃけ困るのはウチらの方も同じですし~。頼みますよ、ホント~。」

 「しょうがありません。ハヤミズ様の気の済むようにおやりください。ですが、作戦が失敗するリスクがわずかでも察知された場合、力づくでもお止めします。私たちはあくまで北の監視塔でたまたま鉢合わせた、ハヤミズ様の作戦自体は把握していなかった、ということでお願いします。新生「白光聖騎士団」を任されたその日に問題を起こすわけにはいきませんので、そこはどうかご容赦ください。」

 ブルックリン、オリビア、アイナの三人も、お目付け役として、早水たちへ同行すると申し出た。

 「ありがとう、三人とも。作戦が成功して、私がリーダーの派閥を作ったら、あなたたちも特別に入れてあげる。私は決して「黒の勇者」との勝負を避けたりはしない。常に攻撃あるのみ、攻撃的な戦略で勝利を掴む。私が真のリーダーにふさわしいことを、あなたたちの前で証明してあげる。」

 早水は笑みを浮かべながら、鷹尾からリーダーの座を奪い取り、主人公へも復讐する下剋上作戦を決行する意思を露わにした。

 女子トイレを出ると、鷹尾に気付かれないよう、刑務所内を掃除する振りをしながら、早水たち七人は、北の監視塔へと歩いて向かった。

 北の監視塔前に到着すると、階段を上り、塔の最上階へと上った。

 最上階へと着くと、最上階の窓から、刑務所の周囲に異常がないか、「黒の勇者」の姿がないか、全員で注意深く観察した。

 午後3時。

 作戦を決行する時が来た。

 「周辺に異常なし。「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」開始よ。みんな、そこで見ていてちょうだい。」

 早水は自信満々に他のメンバーに向かって言うと、背中から黒い堕天使の翼を生やして、最上階の窓から外へと飛び、北の監視塔の天井に着地した。

 それから、シュットラの町がある方向、北東側の山の方を早水は見た。

 「行くわよ、グラトラルド!吸収合体!」

 『頑張ってね、アスカ!』

 グラトラルドの応援を受けている早水の顔から上半身にかけて、黒いドラゴンの鱗が生えた。

 喉や肺、耳、鼓膜が、極限まで強化されていく。

 早水がゆっくりと大きく息を吸い込んだ。

 ハイパー・ドラゴンロワーの発射体勢へと入っていく。

 次の瞬間、早水が北東側の山に向けて、「アー!」という、耳の鼓膜が破裂しそうになるほどの、大気を震わせるほどの大きな叫び声を上げて放った。

 音響攻撃とも言える超特大の大声が、早水渾身のハイパー・ドラゴンロワーが、大気を震わせながら、結界を通過し、凄まじい衝撃音となって、前方に見える刑務所北東側の山を破壊しようとする。

 だがしかし、早水のいる北の監視塔の真上と、北東側の山のちょうど間に、早水の「ハイパー・ドラゴンロワー」作戦を妨害するため、姿を消して空中に浮かんで潜む主人公がすでに先回りしていた。

 主人公が持つ巨大な黒いパラボラアンテナが、早水の放った、ハイパー・ドラゴンロワーによる音響攻撃の声を受け止め、逆に早水のいる方向へと反射して跳ね返した。

 主人公からの予想外のカウンター攻撃を受け、早水は自らハイパー・ドラゴンロワーによる強烈なダメージを全身に浴び、悲鳴を上げながら、空中高くから地面へと墜落していく。

 早水が、「キャアーーー!?」と悲鳴を上げながら、空中から地上に落下して、地面に激突した。

 早水は、主人公のカウンター攻撃を諸に食らったせいで、気絶して空中から地面に激突し、全身ボロボロになり、白目を剥き、口から泡を吐いて倒れている。

 強化していたにも関わらず、両耳の鼓膜が破れたのか、両耳の穴から血を流している。

 背中の翼が折れ、手足もあらぬ方向に骨折して折れ曲がっている。

 早水がカウンター攻撃の餌食に遭ったのと同時に、主人公の、ハイパー・ドラゴンロワーによる音響攻撃へのカウンター攻撃が炸裂し、結界展開装置がある東の監視塔を除く、シーバム刑務所の各建物を一気に崩壊させるほどの大ダメージも与えた。

 東の監視塔以外の、シーバム刑務所の各建物が崩壊したことで、建物内にいた者たちは全員、「ギャアーーー!?」という大きな悲鳴を上げながら、崩壊する刑務所の建物の瓦礫の下敷きとなり、押しつぶされたのであった。

 北の監視塔の方では、早水同様、ハイパー・ドラゴンロワーへのカウンター攻撃が直撃した影響で、乙房、妻ケ丘、都原、オリビア、アイナ、ブルックリンの六人は、崩壊していく監視塔の瓦礫の下敷きとなりながら、全員、白目を剥いて、全身ボロボロになって気絶するハメになった。

 結局、早水とグラトラルドの「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」は完全に失敗に終わったのであった。

 ハイパー・ドラゴンロワーを跳ね返され、重傷を負わされ、さらに、東の監視塔以外の刑務所のほぼ全ての建物が倒壊する大惨事を招いてしまった。

 刑務所内の、ヴァンパイアロード用の食料であるモンスターたちが建物の倒壊に巻き込まれ、ほとんどが死んでしまった。

 建物の崩壊に巻き込まれ、瓦礫に押しつぶされ、独房棟にいた元囚人のヴァンパイアロード2万匹の内、約5,000匹が死ぬことになった。手下の4分の1を失う被害となった。

 食料保管庫も崩壊し、鷹尾たちが食べる、人間用の食料も瓦礫のせいで段ボール箱ごと潰れ、いくつかダメになってしまった。

 早水たちの下剋上を狙った作戦が、逆に早水や、刑務所にいる他の者たちをより一層苦しめる、自業自得の最悪の状態をもたらす最低最悪の結果となったのであった。

 午後5時過ぎ。

 崩壊したシーバム刑務所の瓦礫の山から脱出した鷹尾は、負傷した体を引きづりながら、刑務所に一体、何が起こったのか、直ちに下川や他の生き残った部下たちと調査を始めた。

 そして、崩壊した北の監視塔で重傷を負って気絶する早水に、北の監視塔の崩落に巻き込まれたと思われる、負傷して気絶している妻ケ丘、乙房、都原、ブルックリン、オリビア、アイナの計七名を救助した。

 早水たちを救助した鷹尾であったが、彼女はすぐに疑問を抱いた。

 早水たちを救助し、怪我の手当をしてから1時間後、早水たち全員の意識が回復すると、鷹尾は早水たちに向かって自身の疑問を率直にぶつけた。

 「あなたたち七人に訊ねます。正直に答えなさい。言っておくけど、私の能力の前で嘘をつくことはできない。できれば、嘘なんてつかず、素直に答えてほしいものね。さて、あなたたちは何故、北の監視塔にいたのかしら?あなたたちにはそれぞれ、掃除を担当する持ち場があったはず。ブルックリン、オリビア、アイナ、「白光聖騎士団」の新リーダーであるあなたたちが三人揃って、持ち場を離れて、北の監視塔に集まって何をしていたのかしら?それと早水さん、わざわざ空を飛んで変身までして、空の上で一体、何をしていたのかしら?屋根の上にゴミは一つもないはずだけど?全員、あそこで一体、何をしていたのか、正直に答えなさい!」

 鷹尾が怒りの形相を浮かべ、鋭い眼差しを向けながら、うつむく早水たちに詰問した。

 激高する鷹尾の問いに、ブルックリンが答えた。

 「申し訳ございません、タカオ様。全てはハヤミズ様たちをお止めできなかった部下である私の責任です。ハヤミズ様たちは「黒の勇者」へと一矢報いるべく、「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」による反攻作戦を実行されたのです。タカオ様の許可なく作戦を実行するべきではない、そう申し上げたのですが、「黒の勇者」に一方的にやられているこの状況をどうにか打破すべきとの思いから、タカオ様には敢えて知らせず、極秘裏に作戦を実行されることを選ばれたのです。作戦が準備段階で失敗する恐れが少しでもあるならば、身を挺して私たちがお止めすることになっておりました。作戦の準備自体は順調に進んでおりました。私たちもハヤミズ様たちの作戦は成功する、そう確信させるほどでした。ですが、理由は分かりかねますが、「黒の勇者」によって作戦は察知され、反撃に遭った次第です。本作戦の失敗は、非は、私たち三人にもございます。けれども、全ては鷹尾様や他の皆のため、「黒の勇者」を討ち果たすために行ったものと、その私たちの思いに嘘偽りはございません。この度の失態、誠に申し訳ございません。罰はいかようにも受け入れる所存です。」

 ブルックリンが、深々と頭を下げながら鷹尾に謝罪した。

 ブルックリンに続き、オリビア、アイナの二人も、鷹尾に向かって頭を下げて謝罪した。

 「頭を上げなさい、ブルックリン、オリビア、アイナ。あなたたちは「白光聖騎士団」の団長と副団長として、出来得る限りのことをした。早水さんたちにサポートを指示され、トップである私の許可なく作戦を実行することのリスクも説明した上で、部下として全力でサポートした。作戦の内容が良かったのも事実でしょう。ただ、トップである、上司であるこの私を無視して、リスクの高い作戦を実行したことは問題よ。ハイリターンにはハイリスクが付きまとうもの。上司への報告を意図的に怠り、勝手な作戦を遂行して、自分が全て責任を負えばいい、では、現実は済まされない。ビジネスの世界でも、戦場でも、どこであろうとね。今後二度と、この私への報告を無視するような行動は絶対に許しません。破れば、本当に厳罰を下すわよ。あなたたちの素直さに免じて、あなたたちの罪は今回だけ不問とします。今は、新たに増えた瓦礫の山の撤去が優先よ。ほぼ全ての建物が崩壊し、居住スペースの確保すら困難な状況よ。傷が癒え次第、現場に戻って部隊の指揮を執りなさい。良いわね?」

 「寛大なご処置、誠にありがとうございます、タカオ様。本当に申し訳ございませんでした。」

 ブルックリンたちは鷹尾へ感謝した。

 「さて、部下たちに謝罪をさせて、自分たちは独断で作戦を遂行した失敗の責任をとることもせず、部下に責任を全部押し付けて、自分たちはだんまりを決め込むと?ふざけるのもいい加減にしなさい、あなたたち!宮古野君が、「黒の勇者」が変装して潜伏している事実は全員、分かっていたはずよ!どこで作戦を話し合って立てようが、盗聴されている危険があるの!あなたたち幹部陣や、ブルックリンたちが一ヶ所に集まって何かしていたら、あなたたちが何か作戦を行おうと動いていることぐらい、すぐに分かることよ!敵は私たちを殺すためなら何だってする、復讐の鬼なのよ!そして、「黒の勇者」と呼ばれるほどの評価を実力で勝ち取った、女神が認める史上最強の勇者でもある!堕天使であるプララルドも警戒するほどのね!もう日本で高校生をしていた頃とは全てが違うの!宮古野君が日本で陰キャだの、キモいだの、おとなしいだの、そう言われていたことは全て過去の話!もう宮古野君は私たちが知っていた頃の彼とは違う!力も地位も金も知識も人脈も、強力な女神の加護も持つ、世界最強の勇者なのよ!そして、恐ろしい力と頭も回る、冷酷で残忍な復讐鬼でもある!私たちは堕天使の力を手に入れた!必要な戦力も手に入れた!いくつもの戦略を駆使してきた!けれど、相手は百戦錬磨の最強の勇者となった男!付け焼き刃の力だけでは敵わない!ほんのわずかでも作戦にミスがあれば、ミスの隙を付いてすぐに反撃ができる経験値もある!私が防衛戦略を取ったのは、こちらから攻撃を仕掛ければ、「黒の勇者」はこちらの攻撃を逆に利用して攻めてくることに気付いたから!防衛線を敷き、「黒の勇者」を刑務所内で発見して取り囲み、仕留める方が成功の確率が高く、リスクも少ないからよ!自分から作戦を立案して動いたことは評価すべき点よ!けれども、私や他の仲間たちに相談もせず、独断で作戦を実行し、大失敗した上にその責任を全部部下になすりつけて自分はだんまり、知らんぷりを決め込むなんて、あなたたち四人とも最低よ!戦場を指揮する指揮官としても、一人の戦士としてもね!戦い抜き、生きて願いを叶える、そのためなら、ゴミや泥を被ってでも敵に勝利する、自分の心を押し殺しても己の信念を貫く覚悟が、強靭な精神力があなたたちには欠けている!いつまでも日本で高校生をしていた頃の自分のつもりなら、勇者としてチヤホヤされていた頃の自分が忘れられず、現実が見えないようなら、勝手にしなさい!あなたたち抜きでも、私や他の仲間たち、部下たちは最後まで一致団結して、宮古野君を倒し、ゾイサイト聖教国を手に入れ、計画を成功させるから!欲望や感情に流されて、過去に執着して、物事を冷静に分析できない、計算のできない、身勝手なお馬鹿さんは不要よ!自分たちの今日の失敗をよく思い出して、自己分析して反省してみることね!私は仕事があるから、これで失礼するわ!」

 鷹尾は力なくうつむく早水たちを厳しく叱責すると、瓦礫の撤去作業を手伝うため、早水たちを置いて、その場を立ち去った。

 撤去作業の現場に向かう道すがら、鷹尾は顔を顰め、舌打ちしながら呟いた。

 「ちっ。あの馬鹿どもが。この私の許可なく独断で、無断でハイリスクのある作戦を実行するなんて、本当に馬鹿としかいいようがないわ。せっかく手に入れた城塞が、刑務所が瓦礫の山に変わってしまった上に、瓦礫の撤去作業なんて仕事まで増やして。ゴミの撤去作業だってまだ、終わっていないって言うのに。本当に馬鹿で使えない連中だわ。仲間や部下の質まで敵に負けるなんて、本当に最悪よ。」

 『同情するぜ、スズカ。あの馬鹿女どもはマジで使えねえな。「黒の勇者」のヤバさをマジで認識できていねえ。「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」だったか?グラトラルドのデブが立てたんだろうが、詰めが甘いぜ、本当に。大規模な攻撃作戦を仕掛けようとしたら、「黒の勇者」の奴は何が何でも邪魔しようとするに決まってる。あっさり姿を消していた奴に見つかって、盗聴されて、作戦失敗しましたって、ところだろうぜ?あの馬鹿女どもがまた、勝手に馬鹿をやらかさねえか、しっかり見張っといた方がいいな。あの馬鹿女どもも用が済んだら、切り捨てる方向で行こうぜ。俺様たちはもっと良い融合相手を見つけて暴れられれば、それで良いしよ。』

 「あなたの言う通りね、プララルド。早水さんたちも所詮は、計算のできないただのお馬鹿さんだと、よく分かったわ。感情の制御もできず、目の前の現実も見えない、いつまでも成長しない、足手纏いのお馬鹿さんはいらない。最初の計画が完了し次第、彼女たちとは縁を切るとしましょう。次の計画の邪魔になっても困るもの。」

 『ヒハハハ!さすがはスズカ!いつだってクールでドライな女だぜ!さすがは俺様の選んだ女だぜ!』

 「はぁー。本当にここ最近、疲れることばかりね。宮古野君がここまでの脅威となって立ち塞がってきたのも想定外だったけど、利用できる人材の能力まで大きく差を付けられるなんて、本当にツいていないわ。けれど、私は決して諦めたりはしない。計画は必ず成功させる。どんなに邪魔されようが、どれだけ犠牲を払おうが、必ず私は計画を成功させ、目的を達成してみせる。私の精神が屈することは決してないわ、「黒の勇者」。」

 早水たちの暴走や人材不足に頭を悩めながらも、自身の犯罪計画を成功させることを改めて胸に誓う鷹尾であった。

 「鳥籠作戦」六日目。

 午前9時。

 独断専行した早水たちによる「ハイパー・ドラゴンロワー作戦」の失敗の影響で、シーバム刑務所は東の監視塔を除き、ほぼ全ての建物が倒壊し、瓦礫の山と化した。

 主人公から送りつけられてきた大量のゴミの山もあったため、刑務所は大量のゴミと瓦礫の山と化し、悪臭の漂う廃墟同然であった。

 倒壊した刑務所の瓦礫の山の中からキャンピングテントを見つけた鷹尾は、下長飯とグリラルドから、物をコピーする魔道具を借りると、すぐにキャンピングテントを大量にコピー生産して、自分たちや部下たちの寝泊まりするための仮設テントにして、刑務所にいる全員に、昨夜の内に配った。

 しかし、標高5,000mの山の上にあり、季節は秋に入っていて、常に冷たい風が吹きつけるシーバム刑務所は二日前に、主人公によって風を防ぐ高い塀を失い、昨日は暖房設備の整った刑務所の建物そのものまで失い、キャンピングテントだけで寒さをしのぐことは、鷹尾たち一行にとっても、部下たちにとっても厳しかった。

 建物の倒壊に巻き込まれ、手下のヴァンパイアロードたちの臨時の食料用にと捕らえていた下級モンスターが全て死んでしまい、ヴァンパイアロードたちのほとんどが血を吸えなくなり、弱って動けなくなってしまった。

 ヴァンパイアロードの弱点である直射日光を防ぐ建物も壁もないため、手下の元囚人のヴァンパイアロードの大半が、直射日光を恐れ、昼間は自分のテントに完全にひきこもり、活動停止に追い込まれた。

 ヴァンパイアロードたちの食料に、刑務所の各施設、マンパワーまで失い、悪臭を放つ大量のゴミの撤去作業、大量の瓦礫の撤去作業、鼠やゴキブリ、蝿などの駆除作業などができず、鷹尾たち一行は一気に追い詰められることになった。

 部下のヴァンパイアロードたちが機能不全に陥り、下手に使えば、血に飢えて吸血衝動で暴走しかねないため、刑務所の清掃作業は実質、鷹尾たち七人に、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちのごく一部のメンバーで行う他なかった。

 今の鷹尾たちの姿は、傍から見れば、切り立った高い山の頂上で、外部から孤立し、ゴミと瓦礫の山の中で極貧生活を送るホームレスの集団、あるいは遭難者の集団にしか見えない惨状である。

 ヴァンパイアロードたちの中には、ゴミ山の中から這い出てくる鼠を捕まえ、鼠の生き血を吸って、何とか飢えを凌ぐ者たちもいた。

 今や鼠が最高のご馳走にすら見え、テントの中で鼠に齧り付き、美味しそうに血を吸う手下のヴァンパイアロードたちの姿を見て、鷹尾たち一行はあまりに悲惨な光景を見て、ショックで言葉を失うしかなかった。

 元凶である早水、妻ケ丘、乙房、都原の四人の顔は、昨日から非常に暗かった。

 今も自分のテントの中にひきこもり、朝食も食べずに、テントの中で暗い表情を浮かべながら、それぞれ考え込んでいた。

 鷹尾は敢えて早水たちを放置し、下川や下長飯、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちと一緒に、朝から刑務所の清掃作業に励むことに決めた。

 「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈の捜索や捕縛、始末などをしている余裕はなかった。

 「鷹尾さん、アイツら放ったままで良いのかよ。そりゃ、テントの中でずっとひきこもっていれば、また勝手に暴走されることはねえけどよ。でも、俺たちだけで掃除するのは結構キツいぜ。アイツらが手伝ってくれれば、もうちょっと楽になるとは思わねえか?ったく、反省してるなら、サボってねえで、黙って掃除を手伝えよ。」

 下川が、鷹尾に向かって早水たちへの不満をこぼした。

 「中途半端な状態で現場に戻ってこられても、すぐに使い物にならず、また挫けて、ひきこもるだけよ。覚悟を決めて、自分の意志と力で挫折から立ち直ることができなければ、これから先戦い抜くことはできないわ。あなたや下長飯さんには負担がかかるのは申し訳ないけど、早水さんたちには自分を見つめ直して、自分から立ち直るための時間が必要なの。下手にかまって甘やかすわけにはいかない。そういうわけだから、ゴメンね、下川君。」

 「鷹尾さんがそう考えているなら、俺はこれ以上何も言うことはねえよ。さっさと立ち直ってくれねえかな、アイツら、本当。」

 下川はそう言うと、黙々とゴミ拾いを再開した。

 「宮古野君はきっとどこからか、この状況を笑って見ているのでしょうね。全て自分の作戦通りに行っていると。何もできずにゴミ拾いをすることしかできないと、私たちのことを心の中で嘲笑っているに違いないわ。彼の術中に嵌められたまま、というのが本当に腹ただしいわ。正確には、そんな状況を招いた指揮官たる自分の不甲斐なさにね。」

 『焦るなよ、スズカ。馬鹿女どもの暴走はお前や俺様にとっても計算外の事態だった。計画には無い、イレギュラーだった。結果は見ての通り、最悪の一言だ。「黒の勇者」、奴はお前たちの性格や短所を的確に捉えて心理戦を仕掛けてきているように見えるぜ。今日、奴が一体、どんな攻撃を仕掛けてお前たちや俺様たちに揺さぶりをかけてくるかは分からねえ。けどよ、奴のターゲットになりそうな人間はおおよそ検討が付くぜ。』

 「下長飯さんか、妻ケ丘さんね。オウムの嫌がらせのメッセージを受け取っていないのは、嫌がらせのターゲットになっていないのはあの二人だけよね。」

 『その通りだ。「黒の勇者」の奴がどっちを先に狙ってくるかは分からねえが、二人を見張っていれば、「黒の勇者」の襲撃を防ぐことはできるかもしれねえ。だが、今は動ける奴らが限られている。奴の襲撃を防げるだけの人員が圧倒的に足りねえ。レンの奴は昨日の一件で心がほとんど折れている。意外にも、クズのキンゾウの方が無事だし、役に立っている。確証はねえが、グリラルドと融合して、俺様たちの今の苦しい生活を支えているキンゾウの精神を壊そうと、キンゾウを狙ってくる可能性の方が高い。勘だがな。けど、俺様とお前の今の会話を「黒の勇者」の奴がどこからか盗聴していて、ターゲットも含め、作戦の内容を変えてくる可能性も否定できねえ。全く、厄介なクソガキ勇者だぜ。』

 「完全に敵にリードを許している状況としか言いようがないわね。「黒の勇者」の発見もできない、「黒の勇者」を迎え撃つこともできない、その余裕すらないなんて。昨日からずっと考えてはいるけど、良い防衛策が浮かんでこないわ。いっそ、ここを放棄して、別の場所で計画をリスタートさせる方がいいかもしれない、ともね。今なら損切りをするには間に合うんじゃないかと。グリラルドの魔道具で外へ転移して脱出することを検討すべきかもとね。あなたと私だけでも最悪、脱出できればそれでも構わないわ。ただ、逃亡先や逃亡方法はかなり限られてくる。インゴッド王国以外の闇ギルド、あるいはその他の地下組織にはなるでしょうね。」

 『お前の言う通りかもな、スズカ。ここを放棄して脱出する用意もしておいた方が良さそうだぜ。後でグリラルドの奴に、転移魔法の使える魔道具とやらを見せてもらうとしようぜ。ついでに、奴らから拝借するとしよう。ちっ。この俺様がたかが勇者のガキ一人相手に逃げ出すことまで考えるほど追い詰められるとは、マジでムカつくぜ。クソ女神の奴が準天使級なんて化け物を作っていたのは予想外だったぜ。だが、人間を準天使に改造する力も権限もリリアの奴にはなかったはずだ。もっと高位の神でねえとできねえことだ。チキュウの高位の神が手を貸していることは間違いねえ。けど、それなら、それ相応の対価を支払ったはずだ。一体、何を対価に払ったんだ、クソ女神の奴は?何かヤベえ取引をしたとしか思えねえ。アダマスの珍しい資源を全部売るぐらいのことはやりかねねえな、あのクソ女神ならよ。』

 「女神リリアがかなり現金な性格なことは分かっているわ。私たちや魔族を殺すためなら、何だってすることはね。地球の高位の神とやらに、人間や魔族、アダマスに住む生物の犠牲も厭わないような内容の取引を平然と行うことくらい、あり得なくはない。まぁ、ここで女神が地球の神とどんな取引をしたのか考えてもしょうがないわ。今は、無事生き残り、計画を成功させることに集中しましょう。「黒の勇者」や女神の妨害を排除して、前に進むことの方が重要でしょ、プララルド?」

 『それもそうだな。今は「黒の勇者」、それにクソ女神、奴らの妨害を排除して先に進むことの方が最優先だ。俺様もどうやって計画を前に進めさせるか、色々と考えておくぜ。』

 「ありがとう、プララルド。なら、私も掃除でもしながら、計画の内容について改めて修正案を考えるとするわ。」

 プララルドとの会話を終えると、鷹尾はふたたび刑務所の清掃作業に取り組んだ。

 午後2時。

 午後も刑務所の清掃作業に取り組んでいた鷹尾の前に、自分のテントにずっとひきこもっていた早水、乙房、妻ケ丘、都原の四人が揃って現れた。

 早水たち四人の顔は、以前暗さも残っているが、何かを決意したようにも見える。

 「四人とも、私に何か用かしら?テントを出てひきこもるのは止めたようだけど、戦う覚悟ができたということかしら?それとも、戦うことを諦めて、ここを出て行きたいということかしら?出て行くのなら、転移用の魔道具を下長飯さんとグリラルドから借りればいいわ。ただ、出て行く前に堕天使との融合は解いてもらうわよ。計画を成功させるために手を借りる、そういう契約だから。」

 淡々とした表情で語る鷹尾に対し、早水が答えた。

 「私たちはここに残るわ、鷹尾さん。もちろん、自分の意志でね。無断で作戦を行って失敗したことも、そのせいで宮古野の奴に返り討ちにあって刑務所まで破壊されたことも、ブルックリンたちに責任を押し付けるような無責任な態度を取ったことも、全て謝る。作戦失敗の一番の責任者はこの私。宮古野を、「黒の勇者」を勝手に過小評価して、「黒の勇者」との戦いに対する覚悟も努力も足りていない、どこか甘えていた情けない自分がいたと、ようやく気付いたの。私たちはもう、「黒の勇者」を馬鹿にしたりはしない。全力で、どんなことをしてでも「黒の勇者」を必ず倒す。今、その覚悟を証明するわ!」

 早水はそう言うと、自分のアイテムポーチから、毒々しい見た目の紫色のキノコが生えた廃材の木材を取り出し、右手に取って皆の前に見せた。

 「これが私の覚悟の証よ!吸収合体!」

 早水は全身を紫色に発光させながら、「吸収合体」の能力を発動した。

 そのまま、鷹尾たちの目の前で、廃材に生えたキノコをガツガツと食べ始めた。

 早水の思いがけない行動に、鷹尾たちは圧倒され、驚いた。

 「は、早水さん、あなた、一体何をするつもり!?」

 「あ、明日香、アンタ、ゴミに生えたキノコなんて食べたりして何考えてんのよ!?今すぐ吐き出しなさい!」

 鷹尾と乙房が声を上げて早水を止めようとするが、早水が二人を制止した。

 「止めないで、二人とも。言ったでしょ。これが私の覚悟の証よ。恋も叶もよく見てなさい。「黒の勇者」の奴に勝つためなら、私はゴミだって食べる。ゴミを食べる、上等よ。アンタのくれたゴミで私は「黒の勇者」、アンタを倒す。」

 早水の尋常なまでの覚悟に、打倒「黒の勇者」を掲げる思いの強さに、鷹尾たちは終始圧倒され、何も言えなかった。

 廃材に生えたキノコを完食した早水は、キノコから得た新たな能力を発動しようとする。

 「鳥の能力は捨てる。堕天使の翼があるんだから、鳥の能力は捨てるわよ、グラトラルド。良いわね?キノコの吸収は完了した。キノコの毒素の解毒はアンタに任せる。私はその間に、新しい能力を発動する。」

 『任せてよ、アスカ。今のアスカなら、新しい能力の発動もコントロールもすぐにできる。僕が最後まで全力でサポートするよ。』

 「行くわよ、パラサイト・マッシュルーム!」

 次の瞬間、早水の顔や手足の一部から、紫色のキノコが生え、それから、全身より無数の長くて白い菌糸が生え、白い菌糸が地面に向かって伸び、刑務所全体の地面を覆うように急速な勢いで広がっていく。

 早水の全身から生えた白い菌糸は刑務所中に広がり、それから刑務所中にいる、元囚人のヴァンパイアロードたちに、「白光聖騎士団」の元聖騎士たち、生き残った捕虜の聖騎士たちの体へと長い管のようになってこっそりと這いより、菌糸が彼らの体を突き刺し、体内に菌を注入した。

 鷹尾たち以外の、刑務所にいるほぼ全てのヴァンパイアロードと人間たちに菌を注入し、植え付け終えた早水は、力を消耗した影響でその場で片膝を付いて崩れ落ちた。

 「はぁ、はぁ、これが私の覚悟の証よ。大分、力を使ったけど、これでもう、「黒の勇者」には好き勝手させないわ。」

 『アスカ、パラサイト・マッシュルームは上手くいっているよ。キノコの毒は僕が除去したから大丈夫。だけど、能力と体力をかなり消費しているから、すぐに食事を取らないと、倒れてしまうよ。』

 「はぁ、はぁ、ありがとう、グラトラルド。すぐに栄養補給をするから、大丈夫よ。」

 早水はグラトラルドに御礼を言うと、アイテムポーチからすぐにパンと水筒を取り出し、食事を始めた。

 終始あっけに取られていた鷹尾たちであったが、すぐに早水の傍へ駆け寄った。

 「早水さん、あなた、一体何をしたの?体は本当に大丈夫なの?」

 「大丈夫よ、鷹尾さん、みんな。大分力を消費したけど、新しい能力の発動とコントロールには成功したわ。私のパラサイト・マッシュルームを使えば、「黒の勇者」はもう誰にも化けることはできないから。アイツは私の手で追い詰める。絶対にね。」

 「無茶し過ぎよ、明日香。ゴミに生えたキノコなんて食べて、下手したら本当に死んでたわよ。後でエビーラルドにも一応、診てもらいなさいよ。それで、パラサイト・マッシュルームっていう新しい能力を作って発動したそうだけど、どういう能力なのよ?」

 「心配してくれてありがとう、恋。私なら大丈夫だから、本当に。パラサイト・マッシュルームは、私がグラトラルドと一緒に考えて編み出した新しい能力よ。さっき私の全身から生えたキノコの菌糸、たくさんの白い糸には、特殊な菌が含まれている。刑務所中にいるヴァンパイアロードたちと捕虜に、菌糸を伸ばして、菌糸を突き刺して、特殊な菌を植え付けた。ヴァンパイアロードたちに寄生させた菌には、私にヴァンパイアロードたちの位置や健康状態なんかを伝える能力がある。ヴァンパイアロードたちに寄生させた菌と私の感覚は共有されているの。つまり、「黒の勇者」がもし、ヴァンパイアロードたちの誰かに変装して行動を起こそうとしたら、すぐに私には手に取るように分かる。仮に、菌に寄生されていなくても、菌が寄生していない奴が私の傍に近づけば、すぐにソイツが不審者だと、「黒の勇者」だということが分かる。半径100m以内なら、目を瞑っていようが、後ろを向いていようが、耳を塞がれていようが、感覚ですぐに察知できる。もうこれで、「黒の勇者」は誰かに変装して作戦を行うことはできなくなった。私を殺さない限りね。これが、私の、宮古野を倒すという覚悟の証よ。」

 早水の決死の覚悟を見て、鷹尾たちは皆、その覚悟の強さに驚かされた。

 「早水さん、あなたの覚悟の強さには感動したわ。ゴミを食らってでも、自分の命を削ってでも宮古野君を必ず倒す、その強い覚悟に、精神の成長には感服したわ。私の想像以上の成長をあなたは遂げた。この私を驚かせるなんて、本当に凄いわ。パラサイト・マッシュルーム、素晴らしい能力だわ。けど、出来たばかりの能力で消耗も激しそうね。本当に無茶はしちゃダメよ。宮古野君に対策されても、ショックを受ける必要はない。それぐらいの努力と覚悟なんだから。」

 「ありがとう、鷹尾さん。栄養補給さえしていれば、能力の使用には問題ないわ。少し休んだら、見回りがてら掃除も手伝うわ。「黒の勇者」も必ず見つけて始末する。アイツに、この私の覚悟を見せつけてやるのよ。」

 早水は、笑みを浮かべながら力強く鷹尾に向かって答えた。

 「明日香が頑張ってるんだから、私たちも頑張らなくちゃね。私もゴミ掃除手伝うわ。直射日光が何よ。コートを被ってさえいれば、全然大したことないんだから。むしろ、あったかくてちょうど良いくらいよ。エクステンデッド・ヴァンパイアロードの意地を見せてやろうじゃない。「黒の勇者」が何をしてこようが、命懸けで倒してやるんだから。」

 茶色いフード付きの長袖のロングコートを着て、頭にフードを被った都原が、笑いながら言った。

 「私も掃除を手伝うわ。明日香、体調が悪い時はすぐに言いなさいよ。私とエビーで診てあげるから。今日は一日、私が傍にいてあげる。アンタの決死の覚悟と努力を無駄にさせないよう、全力でこの花火様がサポートしてあげるんだから。「黒の勇者」に絶対に、何が何でも一緒に勝つわよ。」

 「ありがとう、叶、花火。花火、サポート任せたわよ。」

 鷹尾の前で、早水、妻ケ丘、都原、乙房の四人は力強く笑ってみせた。

 それから、元気を取り戻した早水たち四人は、それぞれ自分の仕事をすべく、鷹尾の前から去って行った。

 早水たちを見送った後、鷹尾は呟いた。

 「ようやく一皮剥けた、と言ったところかしら。早水さんが、あんな命懸けの行動に出るとは思わなかったわ。作戦自体もよく考えられているし、リスクを負うのは彼女一人。失敗は成功の母、なんて言葉もあるけど、今回は正にそれね。早水さんの成長が、他の三人の成長にも良い影響を与えている。私も彼女の行動から学ぶことはあったわ。ゴミを食べる、という挑発から、嫌がらせで送りつけられてきたゴミを食べて、逆に新しい能力を生み出して反撃しようとするとは、恐れ入ったわ。私たちも負けていられないわね、プララルド。」

 『ヒハハハ!アスカの奴、本当にゴミを食うとはな!だが、アイツの覚悟は本物だぜ!俺様も、他の連中も火が付いたぜ!「黒の勇者」もクソ女神も、どうせ逃げたところでしつこく追いかけてくるに決まってるぜ!逃げる算段も大事だが、戦わずに逃げるのはこの俺様のプライドが許さねえ!傲慢の堕天使の名は伊達じゃあねえ!そのことを「黒の勇者」の奴にきっちりと教え込んでやるぜ!俺様も一つ、命を賭けてやるとするぜ!ギャンブルってのは、頭と精神力がモノを言うんだ!より強い覚悟を持つ奴に、運は巡って来るもんだ!最強の堕天使であるプララルド様の覚悟の強さを見せつけてやろうじゃあねえか。』

 「覚悟の強さなら、負ける気はしないわ。覚悟の強さなら、私たちの方が上よ。そのことをきっちりと教えてあげるわ、宮古野君。」

 覚悟の強さならば絶対に主人公に負けることはない、そう口にする鷹尾とプララルドの二人であった。

 「黒の勇者」こと主人公が、自分たちへ復讐するためなら、共に地獄へ道連れにすることも躊躇しない、激しい憎悪と怒りと復讐心にまみれた、何者にも止められない復讐への覚悟を持っているとも知らずにだ。

 早水が新能力、パラサイト・マッシュルームを使い、刑務所の清掃作業をしながら「黒の勇者」の居場所や行動を探ろうとするが、夜になっても一向に、菌を寄生させたヴァンパイアロードたちにこれと言って不審な動きは特に見受けられなかった。

 菌に寄生されていない者が自分の傍を通ることも全く無かった。

 早水は徹夜してでも、食事以外のほとんどを疎かにしてでも「黒の勇者」こと主人公を発見してみせると、闘志を燃やし、寝ずに自分のテントの中で静かに刑務所中を、パラサイト・マッシュルームを駆使して警備していた。

 午後10時55分。

 寝ずに警備をしている早水が、能力で異変を察知した。

 「ヴァンパイアロードの位置が急に変わった!?西側の棟があった場所から、独房棟の中央の棟があった場所に移動した!?それも一瞬で!間違いない、「黒の勇者」が召喚術を使った!奴は今、中央の棟があった場所の近くにいる!」

 早水はテントを出て、独房棟の中央の棟があった場所にすぐさま向かおうとしたが、急に動きを止めた。

 「ヴァンパイアロードの反応が消えた!?どこにもヴァンパイアロードの気配を感じない?どういうこと?ヴァンパイアロードを殺したとしても、死体にはまだ、菌が寄生して残っているはず?まさか、死体を完全に消滅させた、と言うの?パラサイト・マッシュルームが死体に寄生されているのを見抜かれた?けど、問題ないわ!奴は今、殺したヴァンパイアロードに変装して姿を現しているはず!奴は独房棟の中央の棟があった場所にいる!今が取り押さえるチャンスよ!」

 早水はそう言うと、一人、独房棟の中央の棟があった場所へと急いで急行した。

 午前11時過ぎ。

 独房棟の中央の棟があった場所へと急いで急行した早水であったが、付近には動いている人影はほとんど見えない。

 周りには、元囚人の手下のヴァンパイアロードたちが寝泊まりしているテントがいくつもあったが、テントの中にいるヴァンパイアロードには特に異常は見当たらない。

 テントから出て、トイレに行ったり、水を飲みに行ったり、ちらほらとテントからヴァンパイアロードたちがたまに出て行くが、全員、パラサイト・マッシュルームの菌に寄生されている者たちであった。

 しばらく付近の様子を観察するが、不審者も異変も、特に見受けられない。

 「確かにヴァンパイアロードの反応はここで途絶えた。周りにいるヴァンパイアロードたちはみんな、菌に寄生されている。菌に寄生されていない奴の姿はどこにも見当たらない。すれ違うこともない。「黒の勇者」は変装するためにここでヴァンパイアロードを殺して、姿を現して行動しているはずなのに、何故、発見できないの?まさか、ヴァンパイアロードを殺したのは私の注意を惹くための罠、陽動作戦なんじゃ?マズい、「黒の勇者」はすでに何か攻撃を仕掛けた後なのかもしれない!急いでみんなに知らせなくちゃ!」

 早水が「黒の勇者」が攻撃を仕掛けてきたことに気付く2分ほど前のこと。

 「黒の勇者」が妻ケ丘の名前を使った、自分たちを誘惑する内容の偽のメッセージが書かれたメッセージカードの内容を読み、妻ケ丘から誘惑されたと勘違いした元囚人のヴァンパイアロードの男たちが十人ほど、自分たちのテントをちらほらと抜け出し、妻ケ丘が眠っているテントへと、こっそりと向かった。

 日頃から欲求不満が溜まっていて、偽の誘惑メッセージで興奮した男たちは、続々と妻ケ丘のテントの周りへと集まった。

 男たちは音を立てないよう、妻ケ丘のテントの中へと入っていった。

 そして、眠っている妻ケ丘に近づくなり、妻ケ丘の両手両足を一気に抑え、口を塞ぎ、ズボンを下ろして、眠っている妻ケ丘をレイプしようと襲いかかった。

 異変に気付いた妻ケ丘が叫び声を上げようとするが、口を塞がれ、さらに両手両足を抑えつけられ、必死に抵抗しようと暴れるが、興奮した男たちは妻ケ丘の服を破り捨て、妻ケ丘をレイプしようとする。

 妻ケ丘と融合している色欲の堕天使ストララルドが、妻ケ丘が男たちにレイプされそうになっている異変に気が付き、慌てて妻ケ丘へと指示した。

 『レン、「魅了幻夢」を使いなさい!早く!』

 興奮した一人の男が勃起した男性器を妻ケ丘の股間に挿入しようと迫った瞬間、ストララルドから指示を受けた妻ケ丘が「魅了幻夢」の能力をすぐに発動させた。

 妻ケ丘の全身が青く光り輝き、全身から薄い青色のガスのようなモノが発生し、妻ケ丘のテントの中にガスが充満した。

 青いガスを吸った瞬間、妻ケ丘をレイプしようと襲いかかったヴァンパイアロードの男たちは全員、トロンとした目付きになり、恍惚とした表情を浮かべながら、その場で急に倒れて、眠ってしまった。

 何とか男たちからのレイプを免れ、窮地を脱した妻ケ丘であったが、自分をレイプしようとして、傍で返り討ちに遭って眠っている男たちを見るなり、真っ赤な顔を浮かべ、怒り狂い、金切り声をあげながら、自分の愛用の剣を掴み、男たちの頭を剣で叩き斬り、テント内で暴れ回った。

 「このレイプ魔野郎ー!?超振動斬!このっ!?このっ!?このっ!?~」

 妻ケ丘は大きな声を上げ、レイプ魔の男たちの頭を剣で叩き斬りながら、テント中を血の海にするような勢いで、猛烈に暴れまくった。

 妻ケ丘の叫び声を聞いた早水は、全身から大粒の汗を流しながら、全速力で走って、妻ケ丘の使っているテントの方へと向かった。

 「くそっ!?一歩遅かった!無事でいてよ、恋!」

 騒ぎを聞きつけ、妻ケ丘のテントの下に、早水や鷹尾、他の仲間たち、「白光聖騎士団」の元聖騎士たち、他のヴァンパイアロードたちが慌てて駆け付け、暴れ回る妻ケ丘を取り押さえ、血の海となった凄惨な現場を見ながら、妻ケ丘から話を聞き始めた。

 男たちに突然、集団でレイプされたことに妻ケ丘はショックを受け、半狂乱となっていた。

 服を破られ、全身が赤い返り血にまみれ、手に愛用のロングソードを持ち、殺した男たちへの怒りが収まらず、興奮状態の妻ケ丘に、鷹尾が傍へと駆け寄り、ゆっくりとした口調で、妻ケ丘に話しかけた。

 「落ち着いて、妻ケ丘さん。ゆっくりと息を吸って。とにかく、落ち着いて話をしましょう。一体何があったのか、私に話してくれる?もう大丈夫だから。ストララルド、知っているなら、あなたからも状況を説明してもらえるかしら?」

 「こ、コイツらが、急に私のテントの中に入ってきて、そ、それで、私をレイプしようと襲ってきたの!?体を動けなくされて、犯されそうになって、そしたら、ストラが「魅了幻夢」を使えって言って、助けてくれたの!私はコイツらに犯されそうになったの!だから、殺したのよ!悪いのは全部、コイツらよ!私は、私は何も悪くない!」

 『レンの言っていることは全部、本当のことよ!急に男たちが私たちの眠るテントの中に入って来て、レンを無理やり犯そうとしてきたの!いくら私でもレイプは嫌よ!レンの悲鳴が聞こえたから、慌てて私がアドバイスして助けに入ったから良かったけど、もし、私が気付くのが遅れていたら、レンは男たちにレイプされて、大事な処女を奪われるところだったわ!レンは何も悪いことはしていないわ!悪いのは全部、そこに死体になって転がっているレイプ魔どもよ!スズカ、プララルド、あなたたち二人、部下に一体、どういう教育をしているの?部下にレイプを許すような適当な管理をしていると文句を言う権利はあると、私もレンも思うのだけど?』

 「ごめんなさい、妻ケ丘さん、ストララルド。これはリーダーである私の監督責任よ。もう二度とレイプ事件なんて起こさせたりはしない。部下たちへの再教育を直ちに行い、改善することを約束するわ。」

 『すまねえな、レン、ストララルド。吸血鬼どもへの洗脳や教育が足りていなかったのは認めるぜ。これは俺様のミスでもある。本当にすまねえ。吸血鬼どもには二度と手出しさせねえようにする。約束するぜ。だが、急にレンをレイプしようと吸血鬼どもが馬鹿を起こしたのは、偶然とは思えねえ。そもそも、レンを攻撃できねえよう、命令には基本従うよう、洗脳を施していた。俺様の「完全支配」はそう簡単には解けねえ。誰かがレンを襲うように吸血鬼どもを誘導しない限りな。恐らく、「黒の勇者」、奴が吸血鬼どもに何かしたに違いねえぜ。』

 「やはり宮古野君、「黒の勇者」の仕業と考えるのが自然でしょうね。まさか、元囚人のヴァンパイアロードを使って私たちをレイプさせようとするなんて、そこまで非情なことをしてくるなんて、本当に復讐のためなら何でもする、鬼、いえ、悪魔のような男としか言いようがないわ。」

 「鷹尾さん、私、今日は徹夜でずっとパラサイト・マッシュルームを使って警備をしていたけれど、15分くらい前に妙なことが起こったの。みんなもよく聞いて。刑務所の西側の棟があった場所、つまり、「白光聖騎士団」のヴァンパイアロードたちがいる場所から、一人、ヴァンパイアロードが一瞬で、独房棟の中央の棟があった場所に移動したのを感知したの。すぐに「黒の勇者」が現れたと私は気付いた。それからすぐに、ヴァンパイアロードの反応が消えたの。私は急いで、独房棟の中央の棟があった場所に向かった。けど、私が到着した時、周りにはほとんど動いている人影はなかった。テントからちらほら出て来るヴァンパイアロードが何人かいた。でも、私の周りにいたヴァンパイアロードは全員、パラサイト・マッシュルームの菌に寄生されている者しかいなかった。菌に寄生されていない、「黒の勇者」が変装して姿を現しているはずのヴァンパイアロードは、どこにもいなかったの。私のすぐ傍を通れば、私にはすぐに見分けが付く。なのに、「黒の勇者」の姿はどこにも見えなかった。それで私は気付いたの。「黒の勇者」がヴァンパイアロードを殺したのは、私をおびき寄せるための罠だと。私を元いた場所から引き離すための陽動作戦じゃないかって。私を遠ざけている間に、「黒の勇者」は攻撃を完了させようとしていると。でも、それに気付いた時、恋の悲鳴が聞こえてきたの。「黒の勇者」を見つけられなかったのも、攻撃を防げなかったことも謝るわ。恋、怖い思いをさせて本当にごめんなさい。けど、「黒の勇者」は私のパラサイト・マッシュルームに気付いていた。パラサイト・マッシュルームは寄生したヴァンパイアロードが死んでも、死体を養分にしばらく活動することもできるの。でも、私が中央の棟があった場所に着いた時、どこにもヴァンパイアロードの死体は無かった。恐らく、「黒の勇者」は死体を一瞬で消滅させた。でなければ、私が死体を発見できないわけがない。そして、奴の攻撃は午後11時よりもっと前に開始されていた。私のテントと恋のテントはすぐ隣よ。奴は私の新しい能力を調べ上げて、その上で、恋の傍にいて、目障りな私を陽動作戦で恋の傍から引き離して、攻撃を完了させた、恋を元囚人たちにレイプさせようとした、そう思うの。」

 早水の話を聞き、鷹尾はその場で一瞬、考え込んだ。

 「早水さんの推測通りかもしれないわね。となると、「黒の勇者」は早水さんの敷いた警備網を警戒しながら、作戦を遂行したことになる。最低でも二人以上のヴァンパイアロードを殺し、早水さんのパラサイト・マッシュルームの能力に引っかからないよう、ゆっくりと時間をかけてね。早水さんがパラサイト・マッシュルームの能力を編み出したのは、今日の午後2時過ぎ。その時、宮古野君は姿を隠し、どこかから早水さんがパラサイト・マッシュルームの能力を編み出したのを知った。それから、短い時間で能力を分析し、作戦を遂行した、ということになる。短時間で敵の新しい能力を正確に分析して、弱点まで突いて攻撃してくるなんて、恐ろしい分析力だわ。敵の戦闘能力を瞬時に解析する能力まで持っているとしたら、「黒の勇者」と直接戦う場合、こちらの攻撃を読まれないよう対策しないと、勝利するのは難しい。人間の姿をした歩く生物兵器、としか言いようがないわ。」

 早水と鷹尾の「黒の勇者」に関する新たな推測を聞き、その場にいた全員があまりに衝撃的な内容に、皆、言葉を失ってしまった。

 と、その時、鷹尾たちのすぐ傍に、主人公の犯行の証であるケージの中に入ったキバタンと、ドッペルゲンガーマスクが突如として、足元に出現した。

 キバタンはいつものように、大きな鳴き声で、鷹尾たちへの嫌がらせのメッセージを何度も繰り返し叫び続ける。

 「ツマガオカ レン、クソビッチ!ツマガオカ レン、クソビッチ!ツマガオカ レン、クソビッチ!~」

 キバタンの発する嫌がらせのメッセージを聞き、一度は落ち着いていた妻ケ丘がふたたび、我を忘れたかのように、目を血走らせ、剣を振り回しながら、怒り狂った。

 「宮古野ーーー!?殺す!?殺してやるーーー!?」

 怒り狂った妻ケ丘は、ロングソードを持ってケージの中に入ったキバタンへと突撃し、ロングソードから放たれる「超振動斬」の一撃で、ケージごと真っ二つにキバタンを斬り裂いた。

 それでも妻ケ丘の怒りは治まらず、周りにいる元囚人の男性ヴァンパイアロードたちをロングソードで襲い掛かり、無差別に斬り殺していく。

 「死ねえ、性犯罪者どもーーー!?」

 ロングソードを振り回し、怒りで暴走する妻ケ丘を、鷹尾たちが慌てて止めにかかり、怒り狂う妻ケ丘の手からロングソードを取り上げ、何とか抑えつけた。

 「離せ!離して!コイツらは、性犯罪者は全員ぶっ殺す!邪魔するなぁーーー!?」

 「落ち着きなさい、妻ケ丘さん!暴れるのは止めなさい!あなたが殺したのは、ただのオウムと、今回の事件には何の関係も無い人たちよ!性犯罪歴のある者も含めて、元囚人たちは私がきっちりと再教育するから!二度とあなたを襲わせたりはしない!私や、他の女性メンバーも、レイプなんて恐ろしいことは二度と起こさせたりはしない!あなたのその怒りをぶつけるべき本当の相手は、宮古野君、「黒の勇者」よ!復讐する意志が、覚悟があるなら、八つ当たりなんて真似はよしなさい!「黒の勇者」に復讐したいなら、彼以上の復讐への覚悟を持ちなさい!安っぽい復讐心じゃ、あなたはただ笑われて、彼に復讐されて殺されて終わることになる!良い、分かった?」

 鷹尾から説得され、妻ケ丘はやっと正気に戻った。

 「ふぅー、ふぅー。私は絶対に宮古野に、「黒の勇者」に復讐する!あの下衆野郎のチ〇ポを斬り取って、全身をバラバラに斬り刻んで殺してやる!アイツだけは絶対に殺す!」

 「そう。それで良いのよ、妻ケ丘さん。あなたが復讐すべき相手は「黒の勇者」ただ一人。そのことを忘れちゃダメよ。妻ケ丘さん、今日はもうゆっくり休みなさい。私のテントに来ると良いわ。乙房さん、早水さん、都原さん、あなたたちも一緒に来て。女の子だけでゆっくり話をして、過ごすとしましょう。男性陣は全員、何があっても私のテントに近づくのは禁止します。妻ケ丘さんの半径1m以内に近づくのも禁止。破れば、問答無用で殺すわよ。分かったわね、男ども。」

 鷹尾が睨みを聞かせ、周りにいる男たちを威圧した。

 男たちは青ざめた表情を浮かべながら、無言で首を縦に振るのであった。

 「みんなは先に私のテントに行って。私はもう少しやることがあるから。妻ケ丘さんのこと、よろしくね。」

 鷹尾はそう言って、妻ケ丘たち他の女性メンバーを先に送り出した。

 妻ケ丘たちを送り出すと、鷹尾は周りにいる男たちに向かって、右手を突き出し、「完全支配」の能力を発動して、男たちの精神に再洗脳を施した。

 「刑務所にいる男性の皆さんに確認するわ。あなたたちは女には一切、興味がない。性的興味があるのは同じ男。あなたたちは全員、ゲイよ。それと、今後、刑務所内でレイプ事件を起こしたら、自分で自分の局部を切り取りなさい。そうやって罪を償うのが当たり前、そうでしょ?」

 鷹尾に精神を再洗脳され、支配され、周りにいる男たちは皆、虚ろな目を浮かべながら、一斉に答えた。

 「ハイ、ソノトオリデス、タカオサマ。」

 「よろしい。そのことを決して忘れないようにね。」

 鷹尾は、刑務所内にいる男たちへの再洗脳の処置が完了したことに、ホッと安堵の表情を浮かべた。

 「これでひとまず、問題は解決ね。何かの弾みで洗脳が解けない限り、しばらくは問題ないはず。さて、事件の検証を行うとしましょう。血で汚れてしまったけど、メッセージカードの文字は読めそうね。」

 鷹尾は真っ二つに斬られたキバタンの入っていたケージから、キバタンの血で汚れたメッセージカードを取り出した。

 メッセージカードには、以下の内容が書かれていた。


  逆ハーレムは楽しんでいるかい、クソビッチども?


 メッセージカードに書かれたメッセージを読み、鷹尾は顔を顰めた。

 「レイプを逆ハーレムと言って楽しむクソビッチとは、随分好き放題言ってくれるわね。意図的にレイプ事件を起こして、妻ケ丘さんの心と体を再起不能に追い込もうとするとは、完全に犯罪者の思考そのものね。復讐と狂気に憑りつかれたサイコパスの愉快犯にしか見えないわ。これで女神公認の正義の勇者様なんだから、ブラックジョークも良いところだわ、本当。」

 鷹尾がメッセージカードを読み終え、考察を述べていると、死んだレイプ魔の男の一人が手に、メッセージカードと同様の白い紙を一枚、握っていることに鷹尾は気が付いた。

 レイプ魔の死体の手から紙を取り上げ、鷹尾は紙に書いてある内容を読んだ。

 その紙は、レイプ魔となった元囚人の男性ヴァンパイアロードたちに妻ケ丘をレイプさせるために主人公が用意した、元囚人たちを誘惑するメッセージを書いた、偽のメッセージカードであった。

 偽のメッセージカードには、以下の内容が書かれていた。


  私をなぐさめて、ダーリン?夜はアソコがうずくの❤

                             

             by 妻ケ丘 恋


 偽のメッセージカードのメッセージを読み終え、他のレイプ魔たちの死体からも同様のカードが見つかったことで、鷹尾はようやく集団レイプ事件の原因が分かった。

 「なるほど。妻ケ丘さんの名前で男たちを誘惑する偽のメッセージカードを作り、それを男たちにバラまいた、というわけね。手口自体は、スリラーアイを使って男たちに集団で覗きを行わせたのと大差ない。二度も同じ手口に引っかかるなんて、馬鹿なのかしら?飢えや寒さ、悪臭、日光なんかで弱っていて、頭も鈍っている。おまけに、性犯罪歴のある元囚人なら、ストレスの蓄積した状態なら、そそのかせば簡単に妻ケ丘さんをレイプするよう動かせる、と計算しての犯行のようね。でも、死んだ連中だけに配ったところで成功する確率は低い。大抵の者は、前回罠に嵌められて、覗きの罪でお仕置きを受けた者なら、疑ってかかるはず。となると、このカードを大量に作ってバラまいた、と考えるべきね。犯行時刻は、午後2時から午後11時の間。早水さんのパラサイト・マッシュルームの能力による警備網をかいくぐりながら、たっぷりと時間をかけて犯行に及んだ。犯罪者としても一流であることは認めるわ。」

 鷹尾は「黒の勇者」による犯行を検証しながら、自身の考察を述べていく。

 次に鷹尾は、ドッペルゲンガーマスクを手に取った。

 「恐らく、これが偽のメッセージカードをバラまいた時に使用した、変装用のマスクね。一体、今回は誰に化けて犯行を行ったのかしら?下川君、このマスクを被ってくれるかしら?」

 「分かってましたよ。もう俺が被るのがお決まりだってことぐらいね。」

 下川はそう言って、ドッペルゲンガーマスクを頭から被った。

 マスクを被ると、下川の顔は、ダークグリーンのロングストレートヘアーに、白い肌、赤色の瞳を持つ二重瞼の、20代前半の元聖騎士の女ヴァンパイアロードの顔へと変身したのであった。

 「どうだい、鷹尾さん?んっ、何か俺の声、女みたいじゃないか?」

 変身した下川の顔を見て、新生「白光聖騎士団」の副団長で、第三部隊の隊長でもあるオリビアが驚きの声をあげた。

 「ウソっ!?ウィロウじゃん!?いや、マジかよ~!?そういえば、アイツ、いねえし!?」

 「オリビア、どうやらあなたの部下のようね?早水さんの推測が正しければ、後一人、ヴァンパイアロードの犠牲者がいることになるけど、まさか、他にもいない部下がいたりはしないわよね?」

 「いや、ええっと~、ウチの部隊だけで500人はいるし、パッと見、全員いるかは確認してみないと分からないって言うかぁ~。ウィロウの奴は、ちょっと目立つ奴だったんで、ウチもよく覚えてたって言う感じで~。」

 「要するに、自分の部隊の隊員の顔を覚えていない、全員いるかどうか分からない、そういうことね。あなた、よくそんな調子でこれまで隊長をやってこれたんだから、私には謎だわ。せめて点呼をとって人数の確認ぐらいは毎日するはずじゃないの?これじゃあ、アーロンやエイダンと大差ないじゃない。他の隊長たちもちゃんと隊員たちのチェックを行っているの?よくこんな体たらくで史上最強最高の聖騎士団を名乗れたものねえ。私が聖教皇で査察を行う立場なら、全員、即刻隊長をクビにしていたわよ、絶対に。話を戻すけど、オリビア、このウィロウという名前の女性聖騎士はどういう人物で、今日、どこで何をしていたのか、知っている限り、教えなさい。」

 「ええっと、ウィロウは何つ~か、ちょっと妬みっぽい性格っていうかぁ~、ちょっとトゲトゲしくて、いじられキャラみたいな~。その~、ウチがウィロウの彼氏寝取っちゃって~、それを根に持たれていつまでもバチバチしてた、みたいな~、感じで。」

 「部下の彼氏を寝取って、あなたはその件でずっと恨まれていて揉めていたわけね。あなた、自分の部下の恋人を寝取った上に、マウント発言みたいなことを言って、いじめでもしていたんじゃないの?あなた、そんなことをして、よく刺されずに済んだわね。普通なら刀傷沙汰になって殺されてもおかしくないわよ。あなた、部下たちからの人望、限りなくゼロに近いわよ、絶対。それで、ウィロウは今日、どこで何をしていたのか、教えなさい。」

 「アハハハ。確か、今日は昼間は自分のテントでずっと休んでいたはずっす。夜になったら、刑務所の掃除を手伝うよう言ってたんですけど。基本、ウチとは極力顔を合わせたくないっていうか、会うとバチバチになっちゃうっていうかぁ~。隊全員で集まる時以外、最近はお互いほとんど顔を見てなくて~。すみません。」

 「はぁー。つまり、今日一日、彼女の行動を知る者はほとんどいない。隊長であるあなたも把握していない、ということね。殺してすり替わるには適した人物と言えるわね。まさか、女性にまで宮古野君が化けるとは、予想外だったわ。」

 「ウィロウって「黒の勇者」の奴と身長そんなに変わんない感じですし。それに、アイツ、男みたいな貧乳で、尻も小さいし、ガリガリだったし、男が化けてもウチらじゃ分からない感じ~、でしたし。まぁ、しょうがないっす。」

 「亡くなった人を悪く言うつもりはないけど、スタイルはあまり良い方じゃなかった。細身の男性が女装して化けることもできなくはない、というわけね。納得が行ったわ。オリビア、今すぐにあなたの部隊で他にも行方不明者の女性聖騎士がいないか、すぐに調べて私に報告しなさい。ブルックリン、アイナ、あなたたちもよ。念のため、男性聖騎士たちのいる部隊にも、行方不明者がいないか、調査を命じます。後、今後は毎日、朝と夜に各部隊は必ず点呼を取るように。絶対によ。「黒の勇者」が変装して潜入しているかもしれないと、実際に第一部隊で前例があったにも関わらず、何も対策をこれまでしてこなかったなんて、あなたたち全員、本当に「黒の勇者」と戦う覚悟があるの?本当にこれまでゾイサイト聖教国の軍人だったわけ?正直言って、肩書きだけの素人同然の新兵にしか見えないわよ。数だけ揃えても戦争には勝てないの。実力も覚悟もない、新兵以下の足手纏いに過ぎないなら、私はあなたたち「白光聖騎士団」全員を切り捨てる。「黒の勇者」と戦うのに邪魔になるようなら、あなたたちを配下に置くメリットは私たちにはない。分かったなら、二度と同じ醜態を晒さないように。」

 「す、すみません、タカオ様。」

 「隊員の管理が至らなかったことはお詫び申し上げます。各部隊に今一度、隊員の管理を徹底させます。団長として、聖騎士団を代表して謝罪いたします、タカオ様。大変、申し訳ございません。」

 オリビア、ブルックリンが、鷹尾に頭を下げながら謝った。

 「事件の検証は終わりよ。「白光聖騎士団」のみんなは、隊員のチェックを終えたら、各自自分の業務等に当たるように。元囚人のみんなも、用が無い者はテントで休むなり、掃除を手伝うなりしなさい。では、解散。」

 鷹尾が指示を出すと、集まっていた者たちは皆、解散して自分の持ち場へと戻った。

 集団レイプ事件の検証を終えた鷹尾は、現場で一人呟いた。

 「宮古野君の、「黒の勇者」の犯行はエスカレートしている。私たちへの復讐の過激さがどんどん増している。生死に関わるような直接的な被害まで出るようになった。これ以上被害が出る前に、何とか「黒の勇者」の動きを封じる必要があるわ。ここで反撃に向けた一手を何か打っておいた方が良さそうね。私たちが何もできない、やられっ放しの、籠の中の鳥ではないことを教えてあげるわ、「黒の勇者」。」

 主人公による復讐で度重なるダメージを受けたことで、主人公への反撃を秘かに決意した鷹尾であった。

 「鳥籠作戦」七日目。

 午前6時。

 他の女性メンバーたちと共に、集団レイプ事件、正確にはレイプ未遂ではあるが、レイプ被害を受けて情緒不安定な妻ケ丘を慰めるため、自身のテントにて妻ケ丘が眠りに就くまで、ほぼ一晩中、妻ケ丘に付き添っていた鷹尾であった。

 軽く仮眠をとった後、鷹尾は他の女性メンバーたちがテントで眠りに就いたり、テントの外でテントへ男たちが近づかないよう、交代で見張りをしたりしている中、こっそりテント内でペンを片手に、小さなメモ用紙へ、他の六人の仲間たちへと宛てた作戦に関する指示を書いた。

 「黒の勇者」による攻撃がエスカレートしていることもあり、防衛戦だけでは対応が不十分であると、鷹尾は考えた。

 「黒の勇者」に悟られず、ゾイサイト聖教国を攻撃し、「黒の勇者」の注意を自分たちから逸らし、かつ、一方的に攻撃される現状を打破し、反撃に出る必要があった。

 鷹尾はそのことを頭に踏まえた上で、とある作戦計画を思いついた。

 他の六人の仲間たちに宛てた指示の内容は、六枚の指令書のメモは全て書いてある内容がバラバラで短く、六枚の指令書のメモを全て揃えないと、指令書を書いた本人である鷹尾以外には、作戦の全貌が分からないように工夫を施した。

 仲間たちに宛てた指令書のメモには、それぞれ次の内容が書かれていた。


  (共通部分)


   今日の午後1時に実験を行うため、協力を求めたり。

   下記に記す作業に取り組んでいただきたし。

   尚、このメモの内容を読み終えたら、内容を暗記した上、速やかに細かく破り処分されたし。作業内容や実験の内容について口外することは無きよう、注意されたし。


  (下川宛て)独房棟のあった場所にて鼠を生きたまま、大量に捕獲されたし。

      鼠が見つからない場合はゴキブリなど可。

      捕まえた鼠はアイテムポーチ等に入れて、グラウンドにいる乙房さんに引き渡すように。


  (妻ケ丘宛て)西側の棟のあった場所にて鼠を生きたまま、大量に捕獲されたし。

      鼠が見つからない場合はゴキブリなど可。

      捕まえた鼠はアイテムポーチ等に入れて、グラウンドにいる乙房さんに引き渡すように。


  (都原宛て)西側の棟のあった場所にて鼠を生きたまま、大量に捕獲されたし。

      鼠が見つからない場合はゴキブリなど可。

      捕まえた鼠はアイテムポーチ等に入れて、グラウンドにいる乙房さんに引き渡すように。


  (下長飯宛て)実験用に捕獲した大量の鼠を捕えておくための檻などの大きな入れ物を用意されたし。鼠たちが絶対に逃げ出さないよう、特別頑丈な檻を用意されたし。鼠を檻に入れる前に、乙房さんに許可を得られたし。


  (乙房宛て)捕獲した鼠を実験用に改造されたし。

      改造の希望内容として、地下を潜行できること、人間その他の生物に対する高い殺傷能力があること、生命力が強いこと、以上三点である。

      改造後の鼠は、下長飯さんの用意した檻等に入れて管理されたし。


  (早水宛て)実験用の穴をグラウンドに掘られたし。

        地下を通る結界が見えるまで、出来るだけ深く大きな穴を掘られたし。

        穴を掘り終えたら、速やかに鷹尾まで連絡されたし。


 

 鷹尾は、「黒の勇者」こと主人公が、キバタンに嫌がらせのメッセージを覚え込ませ、毎回大きな鳴き声で、嫌がらせのメッセージを何度も叫び続ける、騒音爆弾として鷹尾たち一行に送りつける嫌がらせから、反撃作戦へのヒントを見出した。

 大量の鼠を捕まえ、人間を殺す生物兵器へと改造し、生物兵器化した大量の鼠たちに、ゾイサイト聖教国に住む人間たちを攻撃するよう指令を与え、刑務所のグラウンドに掘った地下へと続く穴から刑務所の外へと解き放ち、ゾイサイト聖教国を襲撃するバイオテロ作戦を思いついたのであった。

 仲間たちに秘密の指令書を渡し、自身が鼠に洗脳を施し攻撃命令さえ与えれば、すぐにでも改造した鼠たちでゾイサイト聖教国をバイオテロでパニックへ陥れることができる。

 例え鼠たちによるバイオテロが失敗しても、刑務所内にいる他の生物たちを捕獲し、改造と改良を重ねることで、何度でもバイオテロでゾイサイト聖教国を襲い、ゾイサイト聖教国を疲弊させ、追い詰めることができる。

 バイオテロが発生すれば、その度に「黒の勇者」は対応に追われ、自分たちを攻撃する暇も無くなり、上手くいけば、「黒の勇者」にバイオテロでダメージを与えることもできる、そう考えたのだった。

 鷹尾は、作戦の指令書のメモを朝食の直前に、他の六人の仲間たちへ、仲間たちに今日の仕事内容を記したメモだと、刑務所の清掃作業について指示したように装い、平静な表情でさりげなく渡した。

 朝食を食べ終えた後、鷹尾はいつものように仲間たちや部下たちを集め、刑務所の清掃作業や警備任務について簡単に口頭で指示すると、自分も他の者たちに混じって、刑務所の清掃作業に取り組みつつ、時折、作戦の進捗を横目でこっそりと観察していた。

 他の六人の仲間たちは、朝食を食べ終えると、鷹尾から渡された、秘密の作戦指令が書かれた指令書の内容に驚きつつも、すぐに鷹尾の意図を察知し、指令書に書かれた内容を覚えると、指令書のメモを念入りに細かく、バラバラに破り、グラウンドに設けたゴミを捨てて埋めるための穴の中へとさり気なく捨てるのであった。それから、鷹尾同様、刑務所の清掃作業を装いながら、各自、指令書通りに作戦に必要な作業に取り組んだ。

 午前10時30分。

 鷹尾が刑務所の清掃作業を行っていると、プララルドが話しかけてきた。

 『おい、スズカ。今日はやけに大人しいじゃねえか?「黒の勇者」へ反撃するんじゃなかったのか?掃除ばっかしてて、本当に大丈夫なのかよ?』

 「プララルド、あなたが不満を感じているのはよく分かっているつもりよ。ちょうどキリが良いし、休憩がてら一緒に話でもしましょう。少し場所を変えるとしましょう。」

 鷹尾は不満そうなプララルドを宥め、休憩を装い、刑務所北側の棟があった場所の、転移用の魔法陣が床に描かれている地下室へと足を運んだ。

 地下室に着くなり、鷹尾がプララルドに言った。

 「ここなら、おしゃべりをしても問題ないはずよ。さて、「黒の勇者」への反撃だったけど、そう急かさないでちょうだい、プララルド。私にも考えというモノがあるのよ。犯罪計画を完璧に成功させるために、入念な準備と時間を要する。妻ケ丘さんの件であなたが焦りを覚える気持ちは分からなくはないけど。」

 淡々とした表情で答える鷹尾の回答に、苛立ちや不満を抑えきれないプララルドは納得が行かず、鷹尾に再度、疑問や不満をぶつけた。

 『スズカ、お前の完璧な犯罪計画とやらはいつになったら、成功するんだ?俺様は面白いことが一緒にできる、そうお前が言ったから、お前に手を貸してやってきた。けどよ、最近のお前は「黒の勇者」とやらにやられっぱなしじゃねえか?俺様の催眠で男どもは全員、自分がゲイだと思い込ませた。けど、人間の本能はいくら俺様の「完全支配」でも完全には抑えつけられねえ。いずれ、ボロが出るぜ。吸血鬼どもに限って言えば、血に飢えて、ほとんど使い物にならねえ。人間用の食い物を与えちゃいるが、連中の空腹も渇きも抑えるのは無理だ。刑務所はと言えば、馬鹿どもの暴走のせいですっかり瓦礫の山だ。大量の臭ええゴミまでぶちまけられ、毎日鼻が曲がりそうだぜ。手下どもの結束力も、お前への求心力も下がりつつある。おまけに、いまや刑務所ごと封印されて、俺様たち全員、閉じ込められちまった。俺様も「黒の勇者」とやらを舐めていたのは認めるぜ。だがよ、スズカ、お前がこれ以上、何も面白いことができねえ、つまんねえ女で終わるなら、俺様も、他の堕天使どもも、お前との契約を終了する。そこら辺、ちゃんと分かっているだろうな?』

 「もちろん分かっているわ、プララルド。私も宮古野君、「黒の勇者」への分析や対策が甘かったことは反省しているし、理解している。彼や彼の仲間たちの戦力をもっと詳細に把握するべきだった。けど、私の犯罪計画はまだ、終わってはいない。むしろ、これからよ。ここ数日、私はただ、ボーっと見ていたわけじゃない。「黒の勇者」の行動や能力、そして、彼の裏をかく新たな作戦について考えていた。すでにいくつかの計画の軌道修正案は考えてある。そして、その内の一つをこれから実行する予定よ。作戦は着々と進みつつある。「黒の勇者」、宮古野君がこの私にアイディアをくれたの。彼のアイディアの一つを逆に利用させてもらうつもりよ。きっと、あなたにも満足してもらえるはずよ、プララルド。」

 『ほぅ。「黒の勇者」からヒントを得た作戦ねぇ。ソイツで一泡吹かせようと言うわけか。そりゃ、また面白れえじゃねえか、スズカ。他にも作戦があると言ったな?ギャハハハ、こりゃ、楽しみだぜ。期待してるぜ、スズカ。』

 「ええっ、期待していてちょうだい、プララルド。今回の作戦はちょっとした実験でもあるわ。成功すれば、大収穫、例え失敗しても、私たちは貴重なデータを得ることができる。宮古野君にこの私が考えた新たな犯罪計画は決して防ぎ切ることはできない。ゾイサイト聖教国政府を陥落させる日も、そう遠くはない。最初の作戦がどういう結果になるか、楽しみだわ。」

 鷹尾はそう言って、自信満々の笑みを浮かべながらプララルドへと答えた。

 鷹尾が自分の知らない内に秘かに反撃作戦を進めていたと知り、安心し、喜ぶプララルドであった。

 だが、鷹尾もプララルドも、自分たちの会話を、認識阻害幻術で姿を消した主人公とスロウに背後から聞かれていることに全く気が付いてはいなかった。

 鷹尾はまさか、自分が秘かに仲間たちに指示し、バイオテロで主人公やゾイサイト聖教国へ反撃する極秘作戦を進めていることを、すでに主人公に勘づかれているとは、この時、夢にも思っていなかった。

 午前12時。

 バイオテロによる反撃作戦の準備作業を順調に進めていた鷹尾たち一行であったが、作戦開始1時間前になって、突如、刑務所内各地で異変が起こり、異変が鷹尾たち一行を容赦なく襲った。

 グラウンドにて、捕まえてきた大量の鼠たちに生物兵器へと作り変える強化改造手術を施し、大きな黒い檻型の魔道具の中に、改造した鼠たちを入れて管理していた、乙房と下長飯の二人であったが、突然、檻の中にいる大量の生物兵器化した鼠たちが暴れ始めた。

 チュー、チューという大きな鳴き声を上げ、檻を破壊しようと、檻に牙で噛み付いたり、檻を爪で引っかいたり、興奮して檻の中を走り回ったりと、とにかく尋常ではない様子である。

 「な、何だ、一体?鼠たちが暴れ出したぞ?どういうことだ、乙房、エビーラルド?」

 「い、いや、私にも分かんないし?暴れるようなことしてないんだけど?そうよね、エビー?」

 『ハナビの言う通りだ、キンゾウ。私たちはただ、鼠を改造しているだけだ。私たちの手術は完璧だ。急に凶暴化するわけがない。』

 『貴様ら、そんなことを言っている場合か!?早く鼠を何とかするのが先じゃろ!?いや、早くこの場を逃げるべきじゃ!?』

 下長飯、乙房、エビーラルド、グリラルドが、鼠たちの凶暴化に困惑する中、突如、檻型魔道具の上部の蓋からドカーンという、大きな衝撃音が鳴った。

 檻型魔道具の上部の蓋に大きな穴が開き、それから檻型魔道具が下長飯たちのいる方向へと倒れてきた。

 玉藻特製の興奮剤の効果がある毒煙を吸って凶暴化した、生物兵器として強化改造された大量の鼠たちが一気に、倒れた檻の蓋に開いた穴から一斉に飛び出し、下長飯と乙房の二人に襲い掛かり、二人の全身に噛み付いた。

 「ギャアー!?だ、誰か、た、助けてくれー!?アギャアーーー!?」

 「キャアー!?か、噛むな!?暴走してる!?い、痛い!?助けてー!?」

 自分たちが生物兵器として改造した鼠たちに襲われ、パニックを起こしながら、全身を鼠にかまれ、鼠の持つ猛毒やウイルスにやられ、下長飯と乙房はあまりの激痛に白目を剥いて、その場で気絶した。

 下長飯と乙房を襲った凶暴化した大量の鼠たちは、そのまま刑務所全体へと散り、刑務所内にいる他の者たちへとターゲットを変え、次々に襲い掛かった。

 檻から脱走した、凶暴化し、生物兵器として強化改造された鼠たちの数は約2万匹。

 「白光聖騎士団」の元聖騎士たち、鷹尾、下川、都原、妻ケ丘の下にも、突如として凶暴化した生物兵器の鼠たちが襲いかかってきたことで、突然のバイオハザードの発生に、鷹尾たちは激しく困惑した。

 生物兵器化した鼠たちは狂ったように「白光聖騎士団」の元聖騎士たちに襲い掛かり、彼らの体に噛み付いた。

 二日前の午後から十分な血を吸えていない元聖騎士のヴァンパイアロードたちは、十分な体力がなかったため、半不死身の回復能力が機能せず、傷口から入った鼠たちの猛毒やウイルスにやられ、回復も出来ず、その場で倒れ、次々に死んでいく。

 元聖騎士のヴァンパイアロードたちが次々に鼠に襲われ、死んでいく光景を目撃し、鷹尾は悔し気な表情を浮かべながら、すぐに背中に黒い翼を生やし、空へと飛んで、襲い来る鼠たちの襲撃から逃れた。

 「みんな、空を飛びなさい!空から鼠たちを駆除するの!急いで!」

 鷹尾の指示を受け、生き残っている「白光聖騎士団」の元聖騎士たちはほぼ全員、蝙蝠へと姿を変えて空を飛び、鼠たちの襲撃から逃れた。

 鷹尾、下川、妻ケ丘、都原、アーロン、ブルックリン、アイナの、空中戦ができる七名が、空を飛んで、空から凶暴化して自分たちに襲い掛かって来る大量の生物兵器化した鼠たちを必死に攻撃し、駆除していく。

 生物兵器として強化改造した鼠たちが暴走し、自分たちを襲ってくるバイオハザードの発生に、自分たちが逆にバイオテロ攻撃に晒される事態の発生に、鷹尾は鼠たちを駆除しながら、歯ぎしりをして悔しがった。

 だが、間髪入れず、突如どこからともなく刑務所上空に現れた黒い雷雲から、無数の強力な雷が放たれ、西側の棟があった場所のゴミと瓦礫の山へと雷が落ち、ゴミと瓦礫の山を焼き払っていく。

 上空の黒い雷雲から放たれる無数の落雷に注意しながら、凶暴化した鼠たちを駆除しなければいけなくなり、鷹尾たちはますます苦戦を強いられた。

 ゴミと瓦礫の山の傍にいた元聖騎士のヴァンパイアロードたちに止めを刺すように、落雷が落ち、息のあるヴァンパイアロードたちを雷が焼き払い、殺していく。空中に避難していた元聖騎士のヴァンパイアロードたちの何匹かは、雷に打たれて死んでいった。

 無数の落雷による攻撃まで加わり、さらに窮地に追い詰められた状況に、鷹尾たちは恐怖と動揺を隠せない。

 「くっ!?どうして鼠たちが私たちを襲うの?それに、この落雷は!?まさか、宮古野君に、「黒の勇者」に作戦が見破られたというの?とにかく、早くこの鼠たちを駆除しないと!ああっ、うっとおしい雷が!?」

 自身が極秘裏に仲間たちと進めていた作戦が主人公に見破られたかもしれないことに、激しい動揺と苛立ちを露わにする鷹尾であった。

 地上にいる鷹尾たちが鼠たちの駆除に追われ、苦戦していたその頃、地上の状況を何も知らない早水は、黙々と鷹尾の指示通り、ひたすらグラウンドの地下で穴を掘り続けていた。

 だが、そんな早水を突如、異変が襲った。

 両手を巨大なモグラの手に変え、グラウンドの地下を掘り進んでいた早水であったが、土を掘っていた両手に突然、想像も絶する激痛が走った。

 あまりの激痛に、早水は土を掘るのを止め、両手を滅茶苦茶に振り回し、穴の中で悲鳴を上げながらのたうち回った。

 「キャアー!?手が、手が痛いーーー!?」

 主人公が死の呪いで刑務所の地下を汚染したため、刑務所の地下の土のほとんどが死の呪いですでに汚染されていた。

 死の呪いで汚染された土に触れた影響で、早水の両手は真っ黒に変色し、壊死し始めていた。死の呪いは両手だけでなく、早水の両腕を急速な勢いで汚染しようとしていた。

 『アスカ、早く両腕を切り離すんだな!死の呪いなんだな、これは!脳にまで回ったら死んじゃうんだな!早く外に出るんだな!』

 グラトラルドが慌てて早水に指示した。

 「チックショー!?」

 早水は巨大化した右手の爪で、左腕の肘から下の部分を急いで斬り落とした。

 激痛を堪え、両目から涙を流しながら、口と歯を巨大化させ、巨大で鋭い牙のように変形した歯で、自分の右腕を、肩から下の部分を食いちぎった。

 それから、背中に黒い翼を生やし、一気に穴の中を飛んで地上まで脱出した。

 再生能力を使い、失った両腕を急速なスピードで生やし、再生させると、早水は激しい怒りを露わにした。

 「くそがっ!?よくもやってくれたわね、「黒の勇者」!両腕を奪った恨みは、絶対に100倍にして返してやる!」

 『あ、アスカ、後ちょっと遅かったら、死の呪いに侵されて本当に死んじゃうかもだったんだなぁ!本当に危機一髪だったんだなぁ!なっ!?あ、アスカ、大変だよ!キンゾウとハナビが傷だらけで倒れてるよ!しかも、毒とウイルスにやられているんだな!早く治療しないと、二人とも死んじゃうかもなんだな!それに、周りのモノが全部、燃えているんだなぁ!こ、これは緊急事態なんだな!?』

 「はぁっ!?って、これは一体、何なのよ!?」

 グラトラルドに言われ、早水が周りを見ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。

 グラウンドでは、凶暴化した生物兵器の鼠たちに体を噛まれて瀕死の重傷を負って気絶して倒れている、下長飯と乙房の無惨な姿があった。

 刑務所の各場所は、鵺の落とした雷でゴミと瓦礫の山が黒焦げになり、全て焼き払われてしまっていた。

 刑務所の独房棟があった場所の近くでテントを張って寝ていた、2万匹の元囚人のヴァンパイアロードたちも、鵺の落とした雷で全員、死体が真っ黒に炭化するまで雷で焼かれ、感電死した。

 独房棟があった場所はほとんど焼野原で、元囚人のヴァンパイアロードたちの感電死した無惨な死体が地面に転がっていた。

 刑務所西側の棟があった場所も、「白光聖騎士団」の元聖騎士のヴァンパイアロードたちが、大量の生物兵器化した鼠たちによる襲撃、バイオハザードを受けて、鼠たちの猛毒とウイルスにやられて死んでいた。落雷による止めを受け、感電もし、黒焦げの死体も多かった。

 隊員の約8割である2800人、2800匹の元聖騎士のヴァンパイアロードたちを失うという、最悪な状況であった。

 凶暴化し、襲い来る強化改造された大量の鼠たちを必死に空中から攻撃して駆除し続ける鷹尾、下川、妻ケ丘、都原、生き残った「白光聖騎士団」の元聖騎士たちの姿があった。

 刑務所の食料保管庫では火災が発生し、食料保管庫に保管していた貴重な食料の入った段ボール箱は、食料保管庫と共に燃え尽きるところであった。

 あまりに衝撃的な光景を一度に目にし、危うく思考がフリーズしかけた早水であったが、ハッと意識を取り戻し、グラウンドで重傷を負って気絶している下長飯と乙房の二人を、自身の持つ治癒能力で必死に治療した。

 午後1時50分。

 ようやく刑務所内で凶暴化して暴れ、走り回る、生物兵器として改造された2万匹の鼠たちの駆除に、死んだ元聖騎士たちの死体の処理などを終え、疲れた表情を浮かべる鷹尾、下川、妻ケ丘、都原、生き残った「白光聖騎士団」の元聖騎士たちが、グラウンドにいる早水、下長飯、乙房の前に現れた。

 計画当初は約53,600人、死んだグラッジ枢機卿率いる反教皇派の軍勢を加えれば、約553,600人はいた手下たちが、いまや僅か700人ほど、生き残った「白光聖騎士団」の元聖騎士たちしかいない、というあまりに悲惨な状況である。

 刑務所は焼き払われ、ほとんど焼野原という状況である。

 食料保管庫ごと、自分たちの食べる食料はほとんど燃え尽きてしまった。

 おまけに、極秘裏に進めていたバイオテロによる反撃作戦は失敗し、逆に主人公に利用され、自分たちがバイオテロによって返り討ちにされる、という散々たる結果である。

 鷹尾たちが、「黒の勇者」こと主人公によって敗北寸前に追い込まれたことは誰の目にも明らかである。

 重苦しい空気が漂う中、早水が口を開いた。

 「鷹尾さん、こんなことを言いたくはないけど、私たちの作戦は失敗した。部下のほとんどを「黒の勇者」に殺された。ゴミと瓦礫の山どころか、私たちが寝泊まりするテントすら焼き払われた。刑務所は焼野原も同然。私たちの食べる食料も全て燃えてしまった。生き残ったヴァンパイアロードたちに与える食料用の人間もいない。捕虜の聖騎士たちは人質とは見なされず、全員殺された。はっきり言うけど、これ以上「黒の勇者」と戦うことは不可能よ。私たちでは「黒の勇者」には勝てない。あなたの頭脳も作戦も通用しない。私たちの敗北は確定した。悔しいけれど、この刑務所は放棄して、みんなで脱出して逃げる以外に道はない、と私は思うわ。他のみんなはどうなの?」

 早水の言葉に、他の五人の仲間たちも続けて口を開いた。

 「明日香の言う通りだと思う。「黒の勇者」とこれ以上、戦うのは厳しい。エクステンデッド・ヴァンパイアロードの私が血を吸える人間は、もう残っていない。人間用の食料じゃ代用はできない。特に私はね。このままじゃ、また理性を失って私がみんなを襲うのも時間の問題。外に逃げるべきだと、私は思う。」

 「鷹尾さん、私も悔しいけど、「黒の勇者」と戦うのは無理だと思う。せっかく改造した鼠たちは全部ダメにされるし、また作戦を見抜かれちゃったし、正直、「黒の勇者」に勝てる見込み無くない?ここを逃げるしかないと、私も思う。」

 「悔しいけど、あの下衆野郎には、「黒の勇者」には私たちじゃ勝てない。アイツと戦える手段も作戦も、私たちには無い。私はここで死ぬわけにはいかない。生きて孝の奴に会いたいの。悪いとは思うけど、私はここから逃げて生き延びる方を選ぶ。本当にごめんなさい。」

 「鷹尾さん、君にはこれまで世話になった。50過ぎのオッサンである私を見捨てず、若いみんなと一緒に引っ張ってきてくれたことには感謝している。だが、宮古野は、「黒の勇者」は、はっきり言って強すぎる。グリラルドたちの力を借りているけれど、結果はこれだ。私たちは宮古野の奴に負けた。このままでは、私も、君も、奴に殺されることになりかねない。転移用の魔道具で一緒にここを脱出しよう。逃げるが勝ち、という言葉もある。逃げ恥を晒しても生き残ることの方が大事だと、私は思うよ。」

 「俺は、俺は鷹尾さんとならどこへだって付いて行くぜ。俺は別に逃げたいとは思っていねえ。けど、このままここに残っても、宮古野の奴に、「黒の勇者」に殺される可能性もないとは言えねえ。アイツは想像以上に強ええ。今日の襲撃でそれがよく分かった。アイツはマジで強ええし、アイツの俺たちへのマジで復讐するっていう覚悟も、頭の切れの半端なさも感じた。逃げねえにしても、確実にアイツを殺せる切り札がねえと、マジで俺たち全員、殺されるぜ。それに、敵はアイツだけじゃねえ。アイツの仲間に、ゾイサイト聖教国の奴ら、その他大勢もだ。俺と鷹尾さんだけで相手をするってのは無理だぜ。」

 仲間たち全員から、「黒の勇者」との戦いを続けることは限界である、刑務所を放棄して刑務所の外へ、国外へ逃亡すべきでは、という意見が上がった。

 仲間たちが見守る中、両目を閉じながら、鷹尾はプララルドに訊ねた。

 「プララルド、この刑務所の敷地内に、刑務所の地下にも、生物兵器に改造できる生物は残っているかしら?」

 『残念だが、改造できそうな生物はほとんどいねえ。地上どころか、地下にいる生物まで死んでいやがる。生物兵器を使った作戦を行うのは無理だ。例え、これから他の生物を集めても恐らく、今日の二の舞になるのがオチだ。下手したら、今日よりも酷い返り討ちに遭うことになりかねねえ。俺様たちにはもう、手下も食料もほとんど残っちゃいねえ。大事な刑務所まで失っちまった。スズカ、何か「黒の勇者」の奴とまともにやり合える作戦なり、手段なりねえと、これ以上、「黒の勇者」の奴と戦うのは無理だぜ。奴はヤバ過ぎる。奴を確実に仕留める方法がないなら、こんな何も残っていねえ場所にいる意味はねえ。俺様はこのまま、ここに一生閉じ込められるのは御免だ。戦略的撤退って奴だ。ここを出ようと思えば出られる。俺様たちだけはな。だが、ここを出ても「黒の勇者」の奴はしつこく追ってくる。全員、バラバラに逃げても、奴に見つかってお前たちは殺され、俺様たちは封印される可能性が高い。お前たちはクソ女神から加護を受けている。クソ女神は加護を授けたお前たちの位置が正確に分かる。クソ女神が「黒の勇者」の奴にお前たちの居場所をチクれば、速攻でアウトだな。俺様たちはお前たちとの融合を解けば、しばらくは逃げられるが、肉体無しじゃ大したこともできず、結局「黒の勇者」の奴に見つかってアウトだ。一度女神に目を付けられたら、おまけに「黒の勇者」とか言う化け物じみた猟犬まで放たれているとあっちゃあ、逃げ切るのも無理ってもんだ。かと言って、降伏したところで、全員、最終的に処刑されるか、良くて処刑の時期が少し延びるぐらいか?後は、この中から犠牲を出してでも、「黒の勇者」の奴を仕留めて、一人でも多く生き延びる道だ。最悪、お前らの内、一人だけしか生き残らない、だが、一人は生き残れる、ってわけだ。スズカ、そして、残りの六人、お前らに命を賭けるだけの覚悟があるなら、勝って生き残る確率は限りなく低いが、生き残るための知恵と方法を授けてやる。無策で「黒の勇者」と戦ったり、無駄に逃げ回って殺されるよりはマシなはずだ。マジでお前ら全員の命を賭けの対象にした、最高にデンジャラスでカオスなギャンブルだけどな。どうするよ、お前ら?仲間を出し抜いてでも、裏切ってでも、何を犠牲にしても、一発逆転狙って生き残りたいって言うなら、手を貸してやるぜ?』

 プララルドからの提案に、鷹尾たち一行はその場で黙って考え込んだ。

 10秒ほどして、両目をふたたび開いた鷹尾が、プララルドに言った。

 「プララルド、私はあなたの提案に乗るわ。生き残れる確率は限りなく低い。けど、犠牲さえ払えば、「黒の勇者」を倒し、生き残ることができる。あなたが自信を持って言うからには、そういうことなんでしょ。なら、あなたの言う、最高にデンジャラスでカオスなギャンブルとやらに参加させてもらうわ。ここを逃げてもどの道、「黒の勇者」との戦いは避けられない。私は生き残るためなら、何だってする覚悟はとっくにできている。自分の命を賭けることもできなければ生き残ることはまず、不可能。参加者が私一人でも別に構わないわ。私の頭脳も、力も、運も、命も、全てを賭けてでも私は生き残ってみせるわ。」

 『ギャハハハ!良く言ったぜ、スズカ!それでこそ、俺様が相棒に選んだ女だぜ!その折れない精神力の強さこそがお前の良さだ!そして、俺様の提案するギャンブルで勝ち残るのに一番、大事なモンだ!「黒の勇者」だろうと、誰であろうと、この俺様の主宰するギャンブルの前じゃ、心が折れた奴から一番先に死ぬ!幸運をその手で掴み取ってみせろ、スズカ!』

 「もちろんよ、プララルド。私は必ず、ギャンブルに勝って生き残る。エントリーの一番乗りは誰にも譲らないから。他のみんなはどうする?ギャンブルへのエントリーは自由よ。別に不参加で、このまま転移用の魔道具を使って外に逃げるのもアリ。それもある意味、ギャンブルではある。でも、どうせなら、ちょっとでも勝率が高くて、勝負条件がよりフェアな方を選んだ方が得よね。ただし、この場にいる全員、ライバルになるかもしれないけどね。」

 鷹尾の言葉を聞いて、他の六人の仲間たちはさらにその場で悩み、考え込んだ。

 それから、口々に、プララルドの提案する命を賭けの対象とした、危険なギャンブルに参加するか否か、答え出した。

 「俺もエントリーするぜ。二番手は俺だ。どうせ戦うことになるなら、ちょっとでも自分に有利な方を選んだ方が生き残れる確率は上がる。鷹尾さん、俺と二人で組もうぜ?命を賭けたギャンブルだってんなら、一人より二人の方が賭ける命が一つ、増える。その分、また生き残る確率が上がるかもだろ?俺は考えるのは苦手だし、そうしてもらえると助かるぜ、マジ。」

 「私もエントリーするわ。ギャンブルに勝って、「黒の勇者」を殺せば、自分の飲む血も、命も手に入る。みんなより私の方が力が弱いのは事実だし、なら、ちょっとでもハンデを埋められて、戦って生き残れる方法を選ぶわ。精神力なら、我慢強さなら負けない自信、結構あるよ、私。」

 「私もエントリーするわよ。このハナビ様がコソコソ逃げ回るなんて、そんなの絶対に嫌だから。「黒の勇者」に、宮古野の奴に背中を向けて逃げ続けるなんて、あり得ないから。今日だってちゃんと無事、生き残ったしね。私、運の強さなら超自信あるし。それに、超頭の良いエビーも私には付いてる。最後まで生き残るのは、私とエビーだから。」

 「前言撤回。私もエントリーするわ。ゴミを食べてでも「黒の勇者」を殺す。「黒の勇者」を倒すためなら何だってする。そう覚悟を決めたのに、ここでまた、その覚悟を、これまでの努力を無駄にしたら意味がない。アイツに受けた屈辱の借りを返さないまま、逃げるわけにはいかない。私は絶対に逃げないし、諦めない。自分の体を犠牲にしてでも、「黒の勇者」を倒して、ギャンブルに勝ち残る。私の覚悟を改めて証明してやるわ。」

 「私もエントリーする。あの下衆野郎にレイプの借りを返さないと、やっぱり気が済まない。宮古野の奴を、「黒の勇者」を倒さなきゃ、私は二度と孝に会えなくなる。私には孝との愛の力がある。愛の力であの下衆野郎をぶっ殺して、絶対に生き残ってみせる。そして、私は孝と一緒に幸せを掴むのよ。」

 「私もエントリーするとしよう。私は知っての通り、ギャンブル好きだ。たくさん負けもしたが、たくさん勝ちもした。自分の好きなギャンブルで戦えるなら、むしろ望むところだ。ギャンブルの経験値なら、この中では私が一番だ。「黒の勇者」を倒して、必ずギャンブルに勝って生き残ってみせる。人生は予測不能のギャンブルだと、私は思う。どんな勝ち方でも最終的に勝てればそれで良いのさ、なんてね。」

 下川、都原、乙房、早水、妻ケ丘、下長飯が順に、ギャンブルへの参加を表明した。

 「まさか、全員参加するとは、私も予想外だったわ。でも、他に生き残れる方法は無さそうだし、ギャンブルは参加人数が、ライバルが多いほど、競争も激しくなる。その分、勝利した時に得られる報酬は増える。「黒の勇者」を倒して、無事生き残れる、おまけに私たちの強さを世界中に、そして、女神に証明できる。最終的に、自分の願いを叶えるチャンスを掴む権利も手に入る。ただ、最初に言った通り、私たちは今から全員、ライバルよ。裏切られても、騙されても、恨みっこなし。それと、「黒の勇者」という最大のライバルがいることもお忘れなく。プララルド、私たちは全員、あなた主宰のギャンブルにエントリーするわ。そういうことだから、よろしくね、ゲームマスターさん?」

 『ヒャハハハ!良いぜぇ、盛り上がってきたじゃねえか!なら、お前らが一度も味わったことのない、最高にデンジャラスでカオスな、命を賭けたギャンブルを用意してやるよ!クックック、まさか俺様たちがアレを使うことになるとはな!コイツは面白くなってきたぜ!』

 「そう言えば、生き残った「白光聖騎士団」の皆さん、あなたたちはどうする?さすがにあなたたち全員を外に逃がすことはすぐにはできないわ。どうせ逃げても、裏切り者の吸血鬼として一生追われて、「黒の勇者」か聖騎士団に殺されるのがオチでしょうけど。ギャンブルに参加するつもりもないなら、この場で自決するか、黙って「黒の勇者」に殺されるのを待つか、だけど、どうしたいのかしら?あなたたちの好きなようにしなさい。」

 鷹尾の言葉に、新生「白光聖騎士団」の元聖騎士たちは考え込んだが、総団長のブルックリンが答えた。

 「私たちもタカオ様とともに、生き残りを賭けたギャンブルとやらに全員、参加いたします。元より、私たちは皆、「黒の勇者」へと復讐し、「白光聖騎士団」の名誉を回復し、祖国を取り戻すために、タカオ様たちの下へとやってきました。殺された多くの仲間たちの仇も討たず、おめおめと自分だけ戦場から逃げ、復讐の本懐を果たさずに死ぬわけにはまいりません。史上最強最高の聖騎士の誇りと意地を、「黒の勇者」に見せつけてやりましょう。タカオ様たちと共に「黒の勇者」に勝利し、生き残るためなら、私たちは何だってする覚悟です。」

 総団長のブルックリンの言葉に、元聖騎士たちが全員、真剣な表情で首を縦に振り、頷いて賛同した。

 「参加者が一気に大分、増えたわね。まぁ、その方がよりギャンブルは盛り上がるし、ライバルは多いほど、燃えるものよね。プララルド、「白光聖騎士団」の彼女ら全員もエントリーすることになったわ。これでますます、あなたのギャンブルは面白くなったんじゃあな~い?」

 『まぁな。プレイヤーよりキャストとしてなら、ゲームの盛り上げ役くらいにはなるだろうぜ。俺様の主宰するギャンブルはマジでデンジャラスでカオスだからよ。元聖騎士どもにはちっとばかしキツいかもしれんが、コイツらが何人生き残れるか、ある意味見物だな。こりゃ、楽しい祭りになりそうだ。』

 「白光聖騎士団」の元聖騎士たちまで、自身の提案、主宰するギャンブルに参加すると聞き、プララルドは笑って喜んだ。

 「参加者は決まった。後は、あなたの言う最高にデンジャラスでカオスなギャンブルとやらのゲーム説明やら準備やら、色々と説明をお願いしたいのだけれど?」

 『クックック。良いぜぇ。ギャンブルの舞台にしてゲーム名は、「ブラッディ・モンスター・ハウス」だ。グリラルド、ブラッディ・モンスター・ハウスを今すぐ出せ。アレで久々に遊んでみようじゃねえか?』

 『ブラッディ・モンスター・ハウスじゃと!?アレを使って、どうするつもりじゃ?まさか、アレの中に儂ら全員、入らせるつもりか、プララルドよ?貴様、気は確かか?』

 『俺様は正気だ。ブラッディ・モンスター・ハウスに入って、命を賭けたギャンブルで勝負して勝つ以外に、「黒の勇者」の奴を倒す方法はねえ。奴に封印されたくないなら、さっさと出せ、グリラルド。俺様たち全員、覚悟はできている。ブラッディ・モンスター・ハウスで奴と勝負をつけるんだよ』

 『ちょ、ちょっと待っとれ。壊れてはおらんと思うが、念のため、点検を行う。アレが壊れておったら、儂ら全員、出れなくなって、自滅することにもなりかねん。少し待っとれ、皆の者。』

 『ちっ。しょうがねえな。さっさと点検を終わらせろよ、グリラルド。アレが使えなきゃ、肝心のギャンブル自体ができねえんだ。スズカ、ちょっと待ってろ。今、グリラルドが舞台のチェック中だ。チェックが終われば、すぐにゲームの説明ができる。お前も聞いたら最高にテンションが上がるぜ。』

 「そう。なら、期待して待つとしましょう。ブラッディ・モンスター・ハウス、名前からして、正に恐怖を連想させる、どこか不気味さもある、素晴らしいネーミングだわ。」

 鷹尾は笑いながら、グリラルドの「ブラッディ・モンスター・ハウス」の点検作業が終わるのを待つことに決めた。

 鷹尾たちが「ブラッディ・モンスター・ハウス」の点検作業を終わるのを待っていると、どこからか、キバタンの嫌がらせのメッセージを何度も繰り返し叫び続ける大きくて不快な鳴き声が聞こえてきた。

 「シモナガエ キンゾウ、ドロボウ!シモナガエ キンゾウ、ドロボウ!シモナガエ キンゾウ、ドロボウ!~」

 刑務所には現在、キバタンの鳴き声を遮る遮蔽物が何もないため、キバタンの鳴き声がよく通った。

 「わ、私が泥棒だと!?私は泥棒などした覚えは全く無い!?くそっ、宮古野の奴だな!?」

 キバタンの鳴き声を聞き、下長飯が慌てて嫌がらせのメッセージの内容を否定するとともに、怒りを露わにした。

 「はぁー。そういえば、まだいつもの嫌がらせのオウムが送られていなかったわね。今日の襲撃以外にもまだ、何か攻撃を仕掛けてきていたみたいね。鳴き声は北の方角から聞こえてくるわね。とにかく、オウムを回収しに行きましょう。」

 ため息をつきながら、鷹尾はそう言って、キバタンを回収すべく、鳴き声のする方角へと駆け足で向かって行く。

 他の六人の仲間たちと、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちも、急いで鷹尾の後に続いた。

 キバタンの鳴き声は、刑務所北側の北の監視塔跡から聞こえてくるようだった。

 北の監視塔跡の地下室へと、地上にぽっかりと開いて剥き出しとなっている入り口から階段を下りて行くと、地下室の中央に、ケージの中に入ったキバタンと、ドッペルゲンガーマスク、それと、開封済みと思われる段ボール箱三箱が置かれているのを、鷹尾たちは発見した。

 「シモナガエ キンゾウ、ドロボウ!シモナガエ キンゾウ、ドロボウ!シモナガエ キンゾウ、ドロボウ!~」

 「何が泥棒だ!?この私を泥棒呼ばわりするとは、言いがかりも良いところだ!全く腹ただしい!」

 憤慨する下長飯を見ながら、鷹尾はキバタンの入ったケージを手に取り、ケージの中から一枚の小さなメッセージカードを取り出した。

 メッセージカードには、以下の内容が書かれていた。


  ひとり占めはズルいぜ、下長飯?


 「ひとり占めはズルいぜ、下長飯?、ねえ。このカードに書かれているメッセージと言い、オウムが下長飯さんのことを泥棒と呼ぶことと言い、非常に気になる内容とは思いませんか、下長飯さん?それに、そこに置いてある段ボール箱も気になるわねえ。箱の中を調べてみるとしましょう。」

 鷹尾は下長飯の方を見ながらそう言うと、一緒に床に置いてある開封済みの段ボール箱を調べ始めた。

 「この段ボール箱だけど、外に伝票が付いているわ。納入先はシーバム刑務所、納入した商品は食料(肉類)と書かれている。開封されたのはごく最近。中身も間違いなく、お肉ね。中身を取り出した形跡もある。んっ、これは?」

 肉類の入った段ボール箱を調べている鷹尾が、箱の中に入っていた銅製の一枚のカードを見つけ、取り出した。

 それは、下長飯のギルドカードだった。

 「これはギルドカードね。ネーム、下長飯 金三、パーティーネーム、勇者パーティー、ランク、B、ジョブ、弓術士Lv.200、スキル、反発曲射Lv.200。これはどう見ても、あなたのギルドカードですよねぇ、下長飯さん?何故、あなたのギルドカードが、本来食料保管庫にあるはずの食料の入った段ボール箱の中に入っていたのか、納得のいく説明をしてもらえますか?」

 段ボール箱の中に入っていた下長飯のギルドカードの表面を、下長飯や、周りにいる他の者たちに見せながら、鷹尾が鋭い眼差しを向け、青い表情を浮かべ、狼狽する下長飯へと訊ねた。

 「し、知らない!?わ、私のギルドカードがどうして、箱の中に入っているんだ!?そ、そのカードは偽造かもしれない!?今、本物を出して見せよう!」

 下長飯が慌てて自分の懐を探すが、懐に入っていたはずの自分のギルドカードはどこにも見当たらない。

 「な、ない!?いや、そんなはずは!?いつも懐に入れて持ち運んでいたんだ!?おかしい!?どこに入れたんだ?ちょ、ちょっと待ってくれ!?」

 下長飯が、自分の服のポケットやアイテムポーチの中などを必死に探すが、一向に下長飯の体からギルドカードが見つかる気配はない。

 「下長飯のオッサン、テメエ、自分だけ助かろうとこっそり食料を盗んで、ここに隠してやがったな!どこまでクズで汚ねえ野郎だ、ああん!?今すぐぶん殴って殺してやるぜ!」

 「ま、待ってくれ!?わ、私は本当に食料を盗んではいない!?は、早まるな、下川!そ、そう、カードを盗まれたんだ、宮古野の奴に!これはアイツの仕掛けた罠なんだ!」

 「下川君、このドッペルゲンガーマスクを被ってくれる?宮古野君が誰かにまた変装して、下長飯さんからギルドカードを盗み取った可能性もあるわ。」

 「ちっ。分かったよ。ちょっと待っててくれ。」

 下川は苛立ちながらも、鷹尾の指示に従い、ドッペルゲンガーマスクを頭から被った。

 マスクを被った瞬間、下川の顔や声が、ダークブルーの天然パーマで、青白い肌に、赤い瞳で細長い目付きの、少々暗い表情の瘦せこけた20代後半の男の、元聖騎士のヴァンパイアロードへと変わった。

 「どうだい、鷹尾さん、みんな?今回は男みたいだな。」

 「な、ケ、ケイレブなりと!?ば、馬鹿な!?」

 「ディラン、今回はあなたの部下のようね?このケイレブとか言う男がどういった人物で、今日はどこで何をしていたのか、詳しく教えなさい。」

 鷹尾の質問に、「白光聖騎士団」の第五部隊隊長、ディランは慌てて答えた。

 「た、タカオ様、ケイレブは我が輩が率いる第五部隊の部下で、我が輩の腹心の一人なり!実力は隊の中でもNo.3で、常に我が輩と行動を共にする優秀な部下でござる!ケイレブは我が輩の護衛を務めており、今日も我が輩の傍で我が輩の警護をしていたなり!我が輩と共に鼠どもの襲撃から避難し、つい先ほど我が輩のすぐ傍にいたのである!そう言えば、いつの間にかケイレブの姿が消えているでござる!?お、おのれぇ、「黒の勇者」めぇ、い、一体いつ、ケイレブとすり替わったのでござる!?奴も我が輩たち同様に蝙蝠に化ける力を持っているなりと!?この我が輩が騙されるなど、くそっ!?」

 ディランは、「黒の勇者」が自分の腹心の部下に化けて自分を欺いていたと思い、鷹尾に説明をしながら、悔しがった。

 「言い訳をするのは止めなさい、ディラン。あなたは宮古野君に、「黒の勇者」にまんまと騙された。自分の護衛を担当する、腹心とも呼ぶ部下に変装されて近づいてきた「黒の勇者」に気付かず、見逃したわけね。腹心で護衛役を務める大事な部下の異変に全く気付かないなんて、あなた、管理職の才能無いわね。これまでの他の部隊の件もだけど、あなたたち、本当に史上最強最高の聖騎士団なの?ゾイサイト聖教国を守る聖騎士団を率いるトップだったの?やっぱり肩書だけの、素人同然の新兵にしか見えないわ。隊長たちが20代前半、他の隊員たちも20代前半から30代前半っていう偏った年齢層で構成されているのが前から気になってはいたんだけど、30代後半以上のベテランらしき人間が一人もいないなんて変よね?あなたたち、仲の良い、経験の浅いメンバーだけを集めて、経験豊富なベテランたちを追い出したんじゃないの?だから、「黒の勇者」に潜り込まれても、誰も気付かない、対策が遅れてたんじゃないの?何も言い返してこない、ということは図星ね。はぁー。あなたたちが急に疫病神に見えてきたわ。あなたたちが来てから、作戦が失敗するようになった。「黒の勇者」があなたたちとの共闘を拒んだのが納得行ったわ。肩書きと腕っ節はあるけど、軍人としての経験が浅く、統率はとれていないし、自信過剰で隙だらけ、そんな軍隊としては中途半端な集団と組んで戦争を戦う戦略家はいない。精々、特攻させるぐらいにしか使い道がないもの。足手纏いを大勢雇ってくれてありがとう、なんて思っているのでしょうね、「黒の勇者」は。戦力増強どころか戦力低下をもたらすリスク要因にあなたたちがなる可能性をもっと疑わなかった私にも責任はあるけど。」

 鷹尾から図星を突かれ、キツい皮肉の言葉でなじられるも、ディラン外「白光聖騎士団」の元聖騎士たちは何も言い返せず、黙ってうつむくことしかできなかった。

 「さて、話を戻すけど、「黒の勇者」は第五部隊のNo.3を務める男に変装して潜入していた。食料保管庫の警備を担当していた者たちはほとんど死んでしまったけど、「黒の勇者」は以前からケイレブに変装して、食料保管庫から食料の入った段ボール箱を持ち出していた。ケイレブはある程度、この刑務所では権力のある人間だった。警備担当者たちを言いくるめて、食料保管庫から食料の入った段ボール箱を堂々と持ち出すこともできた。私、あるいは下長飯さん、あなたから直接指示を受けたという名目でね。今日の襲撃の最中、ずっとディランの傍にいながら、「黒の勇者」が変装して襲撃作戦を陰で指揮していたと考えるならば、ケイレブに化けて行動していた辻褄が合うわ。下長飯さん、あなたが「黒の勇者」が化けたケイレブに食料を横流しされた見返りに取引を持ち掛けられた、あるいは、最初から「黒の勇者」だと正体を知った上で、自分だけ助けてもらえるよう何か取引でもしたのかしら?今日の襲撃も知っていて、私たちと同じ被害者になったフリをして、最終的には「黒の勇者」に助けてもらえる手筈だったのかしら?私たちの人間関係にダメージを与えるための「黒の勇者」の罠であるかもしれないけれど、下長飯さん、あなたが何かしら「黒の勇者」と不正な取引をして裏切っていた可能性も0とは言えませんよね?」

 「下長飯、テメエ、やっぱり裏切ってやがったのか!?グリラルドの奴もグルなんじゃねえのか、ええっ!?」

 「下長飯、アンタ、あの下衆野郎と裏で取引なんかしてたわけ!?だとしたら、今すぐぶっ殺す!」

 「下長飯のオッサン、「黒の勇者」の奴に自分だけは助けてもらえるよう、裏で取引してたんじゃないの?グリラルドも傍にいるのに、アンタの懐からギルドカードを盗むなんて、普通はできないでしょ。クズ教師のアンタなら、賄賂なり情報なり売って、宮古野と取引してもおかしくはないものね。」

 「箱の中を見てよ!ステーキ肉に、野菜果物、デザートまで、みんなが欲しい物が全部、揃ってるわよ!いくつか手を付けた後もある!下長飯、アンタ、ここでこっそり自分だけ横流ししてもらった食料を食べてたんじゃないの?作戦を漏らしていたのは、全部アンタなんじゃないの?」

 「クズ教師の汚ねえオッサンのアンタなら、平気で裏切りそうよね。私らへの復讐を手伝う代わりに自分だけこっそり助けてもらえるよう、「黒の勇者」の奴と裏で取引してたんじゃあねえの?逃げるが勝ち、とかさっきまで言ってたし、今度は私らの処刑に協力して自分だけ助かろうってわけ?宮古野の時と逆パターンってヤツ?マジで全身から血を吸い取って殺すわよ、このクソジジイ!」

 鷹尾、下川、妻ケ丘、早水、乙房、都原、仲間たち全員から裏切りを疑われ、下長飯は大慌てで弁明した。

 「し、信じてくれ、みんな!?私は食料の独り占めなんて企んではいない!?こ、これは罠だ!?宮古野の奴が私を陥れようと仕組んだ罠なんだ!?私もグリラルドもみんなを裏切るようなことは断じてしていない!?た、頼む、信じてくれぇー!?」

 下長飯が必死に弁明するが、鷹尾たち他の六人の仲間の反応は冷たい。全員、下長飯に鋭い疑いの眼差しを向け、疑念と怒りを抱いた表情を浮かべている。

 部下である「白光聖騎士団」の元聖騎士たちも、下長飯に疑いの目を向けている。

 「ぐ、グリラルド、お前からも何か言ってくれ!?私もお前もみんなを裏切っていない、そうだよな、なっ!?」

 『ええい、うるさいわい!儂は今、点検作業で忙しいんじゃ!貴様は元々、仲間から信用されておらんじゃろうが!「黒の勇者」なんぞと取引した覚えも、皆を裏切った覚えもないわ、儂にはな!儂が眠っている間の貴様の行動なんぞ知るか!クズで小心者で、いつも「黒の勇者」に復讐されるのではとビクついている貴様に、「黒の勇者」と裏で取引をするような度胸なんぞ全くないとは思うがの!儂は忙しいんじゃ!キンゾウも皆も、儂に話しかけるでない!全く、うるさくてかなわん!』

 「そ、そんな!?グリラルド、頼む、私の無実を証明するのを手伝ってくれえー!」

 下長飯に、下長飯が裏切っていない、無実であることの証明を頼まれたグリラルドであったが、「ブラッディ・モンスター・ハウス」の点検作業で忙しいと、下長飯の頼みをあっさりと断った。

 頼みの綱であるグリラルドに協力を断られ、追い込まれてその場で両膝を突き、激しく取り乱す下長飯であった。

 「下長飯さん、ここにある食料ですが、一日分を除いて、後は私たちが全てもらいます。どの道、これから生き残りを賭けたギャンブルを始めるわけですし、今更あなたが裏切っていようがいまいが、大して結果は変わらないでしょう。私たちも自分たちが生き残るためなら、仲間を裏切ることや犠牲にすることも覚悟の上です。ただ、このギャンブルであなたと一緒に組む人間は一人もいないでしょうね。あなたが平気で自分の命惜しさに裏切ってくることくらい、みんな分かってますから。一人でも頑張ってくださいね、下長飯さん。融合しているグリラルドにまで見限られないよう、彼を今から必死に説得するんですね。」

 鷹尾はそう言って、下長飯を冷たく突き放すのであった。

 「み、みんな、私を信じてくれ!私はみんなを裏切ったりはしない!一緒に助け合おう!な、なぁ、みんな!?」

 すがりつくように頼む下長飯の必死の訴えは虚しく、鷹尾も、他の五人の仲間も、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちも、全員、下長飯を無視して突き放すのだった。

 「く、くそぉー!?宮古野め、この私に裏切り者の汚名を被せた借りは必ず返してやるからな!?生意気な不良生徒のクソガキが、必ずぶち殺してやる!」

 主人公に罠に嵌められ、仲間や部下たちから完全に裏切り者扱いされることになり、主人公への復讐を決意する下長飯であった。

 主人公による一連の襲撃事件から約二時間後のこと。

 午後4時過ぎ。

 グリラルドによる「ブラッディ・モンスター・ハウス」の点検作業が完了した。

 『皆の者、待たせたな。「ブラッディ・モンスター・ハウス」の点検作業は完了した。ハウスの機能に問題は全く無い。魔力を注ぎ込めば何時でも使用できる。キンゾウよ、さっさと準備せい。断るなら、今すぐ貴様との融合を解くぞ?』

 「わ、分かっている、グリラルド!宮古野め、絶対に殺してやる!強奪金庫!」

 下長飯が右手を突き出すと、下長飯の右手が金色に光り輝き、下長飯の体の左側の空間にぽっかりと小さな穴が開いた。

 それから、下長飯は空間に開いた穴に右手を突っ込むと、20㎝ほどの暗い灰色の、城のようなミニチュアに似た魔道具を穴の中から取り出して、鷹尾たちへと見せた。

 『これが完全に起動する前の「ブラッディ・モンスター・ハウス」じゃ。キンゾウ、スズカ、ユウスケ、ハナビ、レン、アスカ、カナウ、お前たち七人の魔力を注ぎ込め。この「ブラッディ・モンスター・ハウス」を起動するには、SSランクモンスター10体分に相当する魔力を必要とする。一度起動すれば、条件が達成されるまで、永久に動き続ける。さぁ、魔力を注ぐんじゃ。』

 「了解よ、グリラルド。私たち七人でやればすぐに終わるわ。覚悟は良いわね、みんな?」

 鷹尾の問いに、他の六人の仲間たちは頷いた。

 下長飯が右手に持つ「ブラッディ・モンスター・ハウス」に全員で手を添え、鷹尾たちは七人は一気に魔力を解放し、全力で「ブラッディ・モンスター・ハウス」へと魔力を注ぎ込んだ。

 30秒後、突如、「ブラッディ・モンスター・ハウス」が赤く光り輝き、赤い光が鷹尾たち一行に「白光聖騎士団」の元聖騎士、その場にいる全員を包み込んだ。

 赤い光が止んだ直後、鷹尾たち一行の前に、目を疑うような光景が広がっていた。

 壁や屋根など全てが暗い灰色で、イギリスのロンドン塔によく似た、二重の高い塀に囲まれた巨大な城塞の中の敷地に、鷹尾たち一行と「白光聖騎士団」の元聖騎士たちはいつの間にか入っていた。

 中央にはホワイトタワーに外観が若干似た、八階建て、高さ約44mの、灰色の巨大な塔が建っている。

 敷地面積だけで東京ドームの倍近くはある、暗い灰色で、どこか不気味な雰囲気が漂う巨大な城塞が自分たちの周りに現れたのを見て、皆、口を開けて驚いている。

 『ギャハハハ!ようこそ、「ブラッディ・モンスター・ハウス」へ、命知らずの挑戦者ども!始めに言っておくが、お前たちは条件を満たさない限り、この化け物屋敷からは二度と生きては出られねえ!このギャンブルから勝手に降りることはできねえ!このプララルド様でもな!ここへ入った時点ですでに生き残りを賭けたギャンブルは始まっているんだ!頑張って生き残れよ、お前ら?ギャハハハ!』

 ギャンブルの主宰者であるプララルドが、笑いながら不気味にゲームの開始を、困惑する鷹尾たち一行へと告げた。

 「プララルド、「ブラッディ・モンスター・ハウス」の説明をしてちょうだい。このゲームをクリアして生き残り、ここから出るための条件とは何かしら?」

 『ギャハハハ!そう難しい条件じゃねえぜ!ルールは簡単、この「ブラッディ・モンスター・ハウス」を出たければ、自分の代わりに誰か一人人間を殺して、このハウスへ生贄として捧げればいい!この「ブラッディ・モンスター・ハウス」は、Fランクモンスターのミミックを素材に作った、生きた魔道具なんだよ!つまり、お前らは今、血に飢えた巨大な化け物の腹の中にいるってわけだ!コイツは元々、ゾイサイト聖教国の悪趣味な聖教皇が、腕利きの魔術士に作らせた、拷問用兼処刑用の魔道具なのよ!凶悪な死刑囚どもを中に入れて、囚人どもを殺し合わせて、それを見て楽しむためのなぁ!生きてここを出られた囚人には恩赦として減刑を与えると言ってなぁ。まぁ、入れられた奴のほとんどは殺し合いの末に、ハウスの中で死んで、ハウスに生贄として死体を食われてコイツを生かす養分にされちまったがな!動かすのは2,700年ぶりだから、コイツも久しぶりにお前らを食えるとあって、よだれを垂らして喜んでいるだろうさ!言っておくが、空を飛んで逃げようとしても無駄だ!見えない結界が張って合って、絶対に逃げられねえようにしてある!壁を破壊しても無駄だ!破壊しても瞬時に再生するから、無意味だ!この「ブラッディ・モンスター・ハウス」に食われず、外に脱出したけりゃあ、自分の代わりに生贄となる人間を殺す以外、方法はねえ!正に命を賭けた、最高にデンジャラスでカオスなギャンブルってわけだ!「黒の勇者」を殺すか、それとも、仲間を殺すか、お前たちがどっちを選ぶか、見物だぜ!それと、ヴァンパイアロードは殺しても人間じゃねえから、条件達成とはみなされねえ!吸血鬼ども、テメエらは「黒の勇者」か、そのお仲間の人間を殺す以外に助かる道はねえ!さて、今回は一体何人生き残れるか、見物だぜ!「黒の勇者」より先に、仲間に殺されねえよう、注意しろよ!今からライバルを減らしておくのも戦略としてはアリだしな!ギャハハハ!』

 想像を絶する「ブラッディ・モンスター・ハウス」の事実に、あまりに過酷で残虐なルールの内容を聞いて、鷹尾以外は全員、言葉を失い、その場で凍り付いた。

 「なるほど。あなたが仲間を裏切る覚悟があるかと訊ねてきたのは、そういうことだったのね。「黒の勇者」を殺すか、仲間を殺すか以外に、この「ブラッディ・モンスター・ハウス」から生きて脱出することはできない。脱出できなければ、ここで朽ち果てて、屋敷に食われて死ぬことになると。正に、命を賭けた、最高にデンジャラスでカオスなギャンブルね。このハウスを作らせた聖教皇とやらも相当、悪趣味で狂っているわね。とても聖職者とは思えない、残虐性だわ。ちなみに、確認だけど、転移用の魔道具で転移して脱出することはできないのかしら?後、他にもルールや注意事項があったりするの、プララルド?」

 『転移魔法での脱出は無理だ。この屋敷のせいで転移魔法は強制的に解除される。まぁ、俺様たち全員の力を全力で使い果たすまで、例の転移用の魔道具とやらにあらかじめ注いでおけば、転移して脱出もできなくはねえ。ただ、アレを使って脱出しても、時間稼ぎぐらいにしかならねえ。「黒の勇者」が後から追ってきたら、意味がないぜ?まぁ、最終的に使うかどうかはお前たちで勝手に決めろ。それと、中央にデカい塔が見えるだろ?アレはデス・タワーと言って、あの塔の中には各階ごとに特殊な殺し合いのルールがある。各階ごとにルールはバラバラで、ルールを破れば即死のトラップが作動する。だが、ルールを上手く利用して敵を罠に嵌めて殺せるメリットもある。あのデス・タワーこそ、この「ブラッディ・モンスター・ハウス」の醍醐味とも言える。けど、生半可な実力や覚悟じゃ、デス・タワーに入るのは無理だ。でもな、俺様はルールもトラップも全部、知っている。俺様たち堕天使と融合しているお前らなら、入れなくもねえ。「黒の勇者」はこの「ブラッディ・モンスター・ハウス」のルールを知らねえ。例え、この場にいても、俺様たちにデス・タワーの中に入られたら、迂闊には手が出せねえ。この場で姿を消してルールを聞いているなら、不死身かもしれねえ奴なら、すぐに俺様たちを不意打ちで一気に殺しにかかってきてもおかしくはねえはずだ。勘だが、奴はさっきの襲撃が成功したのを見て、刑務所から撤退したに違いねえ。何も知らずにのこのこと、この「ブラッディ・モンスター・ハウス」へ入って来た奴を、罠に嵌めて殺す絶好の機会でもある。知識と言うアドバンテージを、奴とのハンディキャップを埋めるための手段を、お前たちに用意してやった。後は、お前たちの運と実力、そして、精神力が、このギャンブルの勝敗を左右する。どうよ、ゲームマスターである俺様の采配はよぉ!』

 「素晴らしい采配よ、プララルド。さすがは最強の堕天使にして、このギャンブルのゲームマスターだわ。デス・タワー、あの塔は利用できる。あの塔を上手く利用して、「黒の勇者」を誘い込んで、罠に嵌めたところを殺せば、私たちはゲームをクリアーし、無事、生き残ることができる。邪魔者を排除し、計画をまた再開することもできる。では、早速、デス・タワーの案内をお願いできるかしら、プララルド。」

 『もちろんだぜ、スズカ!お前ならそう言うと思っていたぜ!デス・タワーを使いこなして「黒の勇者」、奴を殺せる最有力候補はお前だぜ!恐怖を克服し、上回る圧倒的な精神力の強さと、ルールを利用して敵を殺す頭の良さが、デス・タワーには必要不可欠だ!俺様の目の前で勝利をその手に掴んでみせろ、スズカ!』

 「デス・タワー、決戦の舞台には最高の舞台ね。使えるモノは全て使って、必ず勝利を掴んでみせるわ。期待しててね、プララルド。それじゃあ、タワーへと行きましょう。」

 鷹尾は笑みを浮かべながら、デス・タワーの方へと歩いて向かって行く。

 デス・タワーに向かう鷹尾の姿を見て、他の六人の仲間たちも後に続いていく。

 鷹尾たち一行がデス・タワーの入り口の扉を開けて中に入ろうとした時、「白光聖騎士団」の元総団長で、第一部隊の隊長のアーロンが、走って後方からやって来た。

 「お待ちください、タカオ様!この僕、アーロンもデス・タワーの中へ入らせてください!お願いいたします!」

 「別に私の許可はいらないわよ。入りたいなら、入りなさい。ただ、プララルドも言った通り、このデス・タワーには過酷なルールとトラップが仕掛けられている。生半可な実力と覚悟じゃあ、自滅することになる。プライドが高くて、すぐに敵の挑発に乗って取り乱すような性格のあなたに、このデス・タワーで戦うのはかえって自分を不利に追い込むだけだと思うけど?それに、第一部隊の指揮を執らなくて良いの?」

 「覚悟はできています。僕はもう、「白光聖騎士団」の総団長ではありません。過去の栄光もプライドも全て捨てて来ました。第一部隊の隊長の座は、副隊長へと譲りました。今の僕にあるのは、「黒の勇者」との決着を着けること、ただそれだけです。奴の言葉に惑わされて不覚を取った過去の僕ではありません。例え侮辱されようが、笑われようが、一向に構いません。この剣で、自分の全てを懸けて「黒の勇者」を斬る、それだけです。」

 アーロンが腰に差している聖剣のレプリカを見せながら、鷹尾に真剣な表情を浮かべ言った。

 「そう。なら、好きにしなさい。言っておくけど、私たちはあなたを助けたりはしないから。助けを求めても、私たちはあなたを絶対に助けはしない。私たち七人とも、自分が生き残ることで手一杯だし、全員ライバルですもの。デス・タワーに入る以上、あなたは私たちにとってもライバル。そのことを忘れないように。それに、あなたは「黒の勇者」との一騎打ちを望んでいる。勝負に水を差してほしくない、そう考えているのが分かる。潔く戦って散るなり、勝ち残るなり、あなたのやりたいようにやりなさい。あなたの戦士としての生き様を見せてもらうとするわ。」

 「ありがとうございます、タカオ様。「黒の勇者」との決着を着ける機会をいただき、誠にありがとうございます。」

 アーロンは頭を下げながら、申し出を受け入れてくれた鷹尾に感謝した。

 「デス・タワーに入る人間はこれで八人。デス・タワーは八階建てだそうだし、一人一フロアーずつに分かれて競うのも悪くないかもね。では、みんなで中を見学するとしましょう。」

 鷹尾はそう言うと、入り口の扉を開け、仲間たちと共に、デス・タワーの中へと入っていった。

 プララルドに解説を頼みながら、鷹尾たち一行はデス・タワーを一通り、見学して回った。

 そして、デス・タワーの構造や、特殊な殺し合いのルール、トラップなどを頭に入れると、鷹尾たち一行は、それぞれ自分の好みのフロアーに分かれて、「黒の勇者」こと主人公と戦うことを決めたのであった。

 午後10時過ぎ。

 鷹尾たち一行が「ブラッディ・モンスター・ハウス」の中にある、館のような建物にある部屋で各自、ゆっくりと休息をとっていると、突如、館の外から、「ブラッディ・モンスター・ハウス」全体に鳴り響くような、キバタンの不快で大きな鳴き声が聞こえてきた。

 本日二度目の、嫌がらせのメッセージを何度も繰り返し叫び続けるキバタンの大きな鳴き声が、自分たちのいる館のすぐ傍から聞こえてきたことで、鷹尾たち一行は全員、慌てて自分の部屋を飛び出し、館の外へと出た。

 「白光聖騎士団」の元聖騎士たちも他の建物から続々と外へ飛び出し、キバタンの鳴き声が聞こえる方へ向かうと、デス・タワーの入り口の近くに、キバタンの入ったケージが置かれていた。

 「ジゴクニオチロ、クソッタレドモ!ジゴクニオチロ、クソッタレドモ!ジゴクニオチロ、クソッタレドモ!~」

 デス・タワーのすぐ傍で大きな鳴き声で嫌がらせのメッセージを叫ぶキバタンの入ったケージを発見し、鷹尾たち一行の顔に緊張が走った。

 鷹尾はキバタンの入ったケージへと近づき、ケージの中からメッセージカードを取り出しながら呟いた。

 「何故、このオウムが「ブラッディ・モンスター・ハウス」の中にいるの?転移魔法が妨害されるなら、下位互換の召喚術も妨害されるはずなんじゃないの?まさか、もう既にこの「ブラッディ・モンスター・ハウス」の中に、宮古野君は、「黒の勇者」は乗り込んできたと言うの?」

 「こ、このオウムのメ、メッセージは、あ、あの時の、宮古野の奴が私たちに向けて言った、あ、あの言葉だ!?宮古野が、あ、アイツが本気で殺しに来たんだ!は、早く、何とかしなければ、わ、私もみんなも殺されてしまう!?」

 「落ち着きなさい、下長飯さん!みんなも落ち着きなさい!宮古野君と、「黒の勇者」と戦う、そのためにこの危険なハウスの中に入った、そうでしょ!そのために各自、準備を整えてきたはず!殺害予告程度でうろたえるんじゃ、「黒の勇者」にあっさり殺されるだけよ!敵は私たちが気を抜いているかもしれない、そう考えて、このタイミングを狙って殺害予告を送ってきた、このハウスに潜入してきたに違いないわ!敵のペースに呑まれてはダメよ、良いわね?」

 鷹尾は、「黒の勇者」が「ブラッディ・モンスター・ハウス」に自分たちを殺すために姿を消して乗り込んできたと思い、困惑する仲間たちや部下たちに向かって、落ち着くように注意した。

 メッセージカードに目を通すと、メッセージカードには、以下の内容が書かれていた。


  死神が迎えに来たぜ、悪党ども?


 主人公からの、自分たちへの殺害予告を意味するメッセージを読み、鷹尾の顔により一層、緊張が走る。

 「死神が迎えに来たぜ、悪党ども?、ね。ついに宮古野君、「黒の勇者」は私たちとの直接対決に向けて本格的に動き出したようね。彼を処刑したあの日に彼が私たちに向けて放った恨みの言葉に、殺害予告まで添えてね。姿の視えない復讐鬼、勇者の皮を被った死神、と言うべきかしら?決着を着ける時が来たわよ、みんな。全員、今すぐ配置に着きなさい。「黒の勇者」はすでにこのハウスの中へ身を潜めて、どこからか私たちを殺そうと狙っている。いきなり、この「ブラッディ・モンスター・ハウス」へ乗り込んでくるとは、大した度胸だわ、本当。こんなに早く攻め込んでくるとは思っていなかったわ。私たちが「ブラッディ・モンスター・ハウス」を新たに築いて中に入ったのを察知して、行動を起こしたんでしょうね。全員、「黒の勇者」の攻撃に今すぐ備えなさい。暗殺や不意打ちに注意するように。良いわね?」

 鷹尾に指示され、全員が「黒の勇者」を迎え撃つべく、慌てて迎撃の準備へと取りかかり出した。

 『「黒の勇者」の奴め、もう動き始めるとはな。恐ろしく行動の早い奴だ。まさか、前回の襲撃から撤退せずに、ずっと姿を消したまま、俺様たちの傍にいたんじゃ?この「ブラッディ・モンスター・ハウス」の構造を奴に調べられた可能性も否定できねえ。くそっ。この俺様の裏をかいてくるとは、どこまでもしつこくて頭の回る、ムカつくクソガキだぜ。スズカ、デス・タワーの秘密まで奴に嗅ぎつけられていたらヤバいぜ。だが、俺様たちと一緒に入っても、途中で奴が引き返せば、他の階に続く扉の開閉音が俺様たちに聞こえてくるはずだ。デス・タワーの中を案内する時、「黒の勇者」に尾行されていないか、俺様の目でチェックしていた。奴がデス・タワーの秘密まで知っている可能性は低いが、念のため用心しておけ。』

 「了解よ、プララルド。いよいよ、因縁に決着を着ける時が来たわね。だけど、この「ブラッディ・モンスター・ハウス」で行われる命を賭けたギャンブルに勝つのは、私よ。どれだけ強力な戦闘能力を持っていようが、強力な女神の加護を受けていようが、執着にも似た復讐心を抱いていようが、最後に勝つのは、欲望や感情に流されず、冷静に状況を分析できる頭脳を持った者よ。私の計算は完璧。迎撃作戦の計画にミスはない。何時でも迎え撃つ準備はできている。あなたに勝って、生き残り、私は必ず全ての計画をやり遂げてみせる。決着を着けるとしましょう、「黒の勇者」。」

 鷹尾は、「黒の勇者」こと主人公、宮古野 丈と「ブラッディ・モンスター・ハウス」で決着を着けると、主人公と戦い、勝利し、生き残って自身の思い描く犯罪計画を成し遂げ、自身の目的を達成することを、固く決意した。

 他の六人の仲間たちも、「白光聖騎士団」の元聖騎士たちも、「黒の勇者」を倒し、無事生き残ることを決意し、戦いの時に備えるのであった。

 だがしかし、元「弓聖」鷹尾たち一行が「黒の勇者」こと主人公に勝利し、彼女らの犯罪計画が成功することも、自身の願いを叶えることも、決して実現することはない。

 プララルドたち堕天使と融合し、堕天使の能力を得たところで、「ブラッディ・モンスター・ハウス」という罠を仕掛けたところで、いくら主人公の行動を計算、予測して迎撃作戦を立てたところで、全て主人公たちに通用することはないのだ。

 主人公が自分たちを破滅させ、皆殺しにして地獄へと叩き落すべく、鷹尾たち一行のこれまでの犯罪を犯罪ごっこと嘲笑うほど、徹底した情け容赦ない、犯罪など生温いと言える、壮絶で凄惨な復讐の準備を進めているのだ。

 「弓聖」鷹尾たち一行、プララルド率いる堕天使たち、アーロン外「白光聖騎士団」の元聖騎士たち。彼女たち全員が、主人公によって自分たちの仕掛けた罠や、堕天使との融合で得た能力、背水の陣で臨む戦いへの覚悟など、彼女たちの持ち得る全ての希望を尽く薙ぎ払い、木っ端微塵に吹き飛ばし、計算外の苦痛と恐怖と絶望をもたらす、暴風の如き壮絶な復讐を受け、皆殺しにされ、地獄のどん底へと叩きつけられる、最低最悪の結末を辿る復讐の嵐の真っ只中に入り込んでいることを、誰一人分かってはいなかった。



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