第十九話 【魔王サイド:マヘタイト王国女王】魔王、人間との和平に悩む、そして、「黒の勇者」の存在に興味を抱く

 「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈が元「槍聖」たち一行と海賊団の討伐を終え、一日だけのバカンスをサーファイ連邦国のサーファイ島の南東にある海水浴場で、仲間たちと楽しんでいた日のこと。

 それから、闇の女神イヴによって、元「槍聖」たち一行とワイヒー・ライアーが違法ポルノのエロ写真を作って販売した裏ビジネスの証拠である、エロ写真の顧客リストと帳簿の写しが神界中にバラまかれ、光の女神リリアが、他の神々や天使たちから、ポルノスターと馬鹿にされ、笑い者にされた日のこと。

 インゴット王国から南東方向に海を挟んで遠く離れ、他の人間の治める各国とも海を挟んで距離を置いた、大陸ほどの大きさのある、人間社会とは隔絶された、大きな国があった。

 アメジス合衆国と呼ばれる人間の国家と海を挟んで対岸に位置する、その大国の名前は、マヘタイト王国。

 人間、獣人とは異なる第三の人類、知的生命体である、魔族と呼ばれる種族が治め、生活する国である。

 闇の女神イヴによって、異世界アダマスにおいて歴史上、初めてジョブやスキルなど、女神より加護を与えられた種族であり、闇の女神イヴより、真のヒトと呼ばれる存在である。

 魔族の多くの者は、炭や黒インク、あるいはワイバーンの革のような、とても黒い肌の持ち主である。

 銀色の瞳に、白色の髪を持ち、頭には山羊に似た二本の角を生やしている。

 人間以上に優れた身体能力に魔力、知性を持ち、決して争いを好まない高い理性を持っている。

 闇の女神イヴより女神の加護を与えられた魔族たちは、皆、闇の女神イヴを崇拝し、闇の女神イヴの教えに従い、自ら人間たちに戦争をしかけることはなく、本土防衛に努め、自国や種族の平和と繁栄を守り抜いてきた、とても温厚で理知的な種族である。

 約3,000年前、崇拝する闇の女神イヴが、光の女神リリアによって世界の果てに封印され、リリアによって、闇の女神イヴとともに人類絶滅を企む悪しき存在という濡れ衣を着せられてから、この3,000年間、魔王と呼ばれる存在をリーダーに、闇の女神の教えを守りながら、自国と種族の平和と繁栄を守るため、人間たちとの和平を結ぶため、光の女神リリアが送り込む勇者たちや人間側の軍隊たちと戦い続けてきた。

 かつては共に歩んでいた人間たちや獣人たちに裏切られ、マヘタイト王国のある大陸へと追いやられ、3,000年以上経った現在も、自分たち魔族に対する偏見や差別、攻撃を止めない人間たちへの不信感や不満不平、怒りを露わにする者たちも、中にはいた。

 しかし、他の知的生命体を脅かす侵略行為を否定し、全種族の平和と繁栄を訴える、闇の女神イヴからの教えを、魔族たちはその高い理性から、絶えず守り続けてきた。

 魔族たちをとりまとめてきた、魔族たちの長である、歴代の魔王たちのリーダーシップや人柄、誠実な仕事ぶりも、魔族たちが人間たちへの侵略行為に及ぶことを防ぐ要因ともなっていた。

 そして、時は現在。

 マヘタイト王国、人間たちからは通称、魔国と呼ばれる大国の首都の中央に、魔王の居城、魔王城があった。

 スロバキアのボイニツェ城にそっくりな外見で、真っ黒な壁が特徴的な、ファンタジー感が漂う、巨大な黒い城の姿をしている。

 そんな魔王城の王の間にある玉座に、一人の女性が、どこかソワソワした表情を浮かべながら、座っていた。

 身長165cmほどで、漆黒の肌に、銀色の瞳、ピンク色の強いピンクホワイトの長い髪に、前髪をパツンと切り揃えた、姫様カットの髪型の持ち主である。頭には、左右から山羊に似た、二本の角が生えている。

 Bカップほどの胸に、スレンダーな体型で、薄いピンク色のイヴニングドレスを身に纏い、足には、薄いピンク色のピンヒールの靴を履いている。

 美しい澄んだ銀色の瞳に、二重瞼のパチンとした目で、美少女モデルのように整った顔立ちをしている。

 上品で華やかさもある一方、どこかはかなげな印象もある、10代後半の魔族の美少女である。

 彼女の名前は、ローズ・モキャ・マーブル。17歳の女性で、若きマヘタイト王国の女王にして、現在の魔王である。

 玉座に座ってソワソワと何かを待っているような彼女の前に、突如、執事服を着た、60代前半くらいに見える、口元に白いちょび髭を生やした、魔族の老紳士が現れた。

 「帰還が遅くなってしまい、大変申し訳ございません、女王陛下。執事セバス、ただいま、陛下より授かった各人間国家への和平を求める親書の送付、並びに人間社会の偵察任務を終え、帰還いたしました。ご迷惑、ご心配をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。」

 執事セバスの帰還に、ローズは笑顔を浮かべると、玉座から立ち上がり、セバスの下へと駆け寄った。

 「よく無事に帰って来てくれました、セバス!あなたがこうして無事、帰って来てくれたことが何よりです!各人間国家への和平を求める親書の送付と、人間社会の偵察任務、大変お疲れ様でした!わたくしの無理難題にいつも応えてくれて、本当にありがとうございます!帰還を祝いたいところですが、早速報告をお願いします!親書を送った人間たちの反応はいかがでしたか?人間社会の様子はどうでしたか?」

 ローズの質問に、セバスはやや暗い表情をしながら答えた。

 「陛下が書かれた、人間たちと我が魔族との停戦及び和平交渉を求める親書ですが、各人間国家に秘密裏にお渡ししました。ですが、各人間国家の反応は芳しくありません。特に、光の女神リリアの熱狂的な信者たちが治める、インゴット王国とゾイサイト聖教国は、相変わらず、我々魔族との敵対姿勢を表明しています。他の五カ国については、親書に対する反応は音沙汰ありません。光の女神リリアによる強力な支配が続いているため、我々との和平交渉に迂闊に臨むことはできない、というスタンスを維持しています。尚、インゴット王国は五ヶ月前に、異世界より新たに41人もの勇者を召喚しました。勇者たちに、独自に開発した聖武器のレプリカを与え、勇者たちによる魔族殲滅を表明しておりました。ゾイサイト聖教国も、二年前より、我々魔族との戦争に向け、軍備拡大を行っている模様です。残念ながら、陛下の望む人間たちとの和平交渉の実現は難しいと思われます。」

 セバスからの報告を聞き、ローズの顔は悲しみで沈んだ。

 しかし、突如、ローズの頭の中に、一つの疑問が浮かんだ。

 「少し質問をよろしいでしょうか、セバス?インゴット王国が異世界より新たな勇者たちを召喚したのは分かりましたが、勇者たちによる魔族殲滅を表明しておりました、とはどういうことですか?何故、過去形なのです?インゴット王国に、何か我々魔族を殲滅することを止めざるを得ない問題でも起こった、ということでしょうか?」

 セバスは苦笑しながら、ローズの疑問に答えた。

 「ええっ、まぁ、何と申しますか、インゴット王国は現在、召喚した勇者たちのために、国が崩壊寸前なのです。他の人間国家も、程度の差はあれ、召喚した勇者たちによって、国家存亡の危機に陥る大打撃を受けているようです。何でも、インゴット王国が召喚した勇者の内、召喚した40人の勇者が数々の問題を起こし、ついには勇者の資格を奪われ、犯罪者となって指名手配され、世界各国で暴れ回る事態を引き起こしています。元勇者たちの暴走による被害への損害賠償金の支払い、各国からの非難や制裁措置により、インゴット王国は財政破綻間近に追い込まれ、王国の崩壊は時間の問題だと、人間たちは言っております。」

 「な、なんと、勇者に選ばれた者たちが犯罪者となり、世界中で暴れ回り、国を滅ぼすほどの大事件を連続して起こしていると?光の女神リリアに選ばれた人間の守護者である勇者が、人間を襲っていると?人間社会は、人間たちは大丈夫なのですか?それに、暴走した元勇者たちが、我々魔族や我がマヘタイト王国を襲撃してくる可能性があります。急ぎ、防衛ラインを固めさせねば!?」

 「いえ、陛下、その必要は今のところはないかと。実はこの話には続きがございまして、インゴット王国は異世界より41人の勇者を召喚しました。その際、41人目の勇者と、インゴット王国の王族たちや他の勇者たちがトラブルになり、その41人目の勇者を処刑したそうです。ですが、奇跡的に処刑から生き延びたその41人目の勇者、人間たちの間で「黒の勇者」と呼ばれる若き男性冒険者が、世界各国で起きるモンスター被害を鎮圧し、真の勇者と呼ばれる活躍を見せるようになりました。そして、世界中で暴走する元勇者たち40人を次々に打ち倒し、元勇者たちの脅威から世界各国を救って周っている、とのことです。何でも、ステータスを鑑定しても、何故かジョブとスキルが分からない、おとぎ話に出てくる「悪魔憑き」のような、特殊な体質の持ち主だそうです。さらに、元勇者たちによって枯れかけた「世界樹」ユグドラシルを復活させたり、ズパート帝国に蔓延した死の呪いをたった一人で浄化し、ズパート帝国の民たちを死の呪いから救ったり、ズパート帝国の暴君率いる軍隊を打ち破ったり、サーファイ連邦国を乗っ取った元勇者たち率いる海賊団を壊滅させたり、Sランクモンスターを素手にて一発で殴り殺したりと、とにかく活躍と話題に絶えないのです。勇者たちの暴走が始まってしばらくしてから、光の女神リリアより、「黒の勇者」を真の勇者と認める神託が授けられたそうですが、どうも、この「黒の勇者」という人物は、女神リリアの思惑を越えて、独自に行動している節が見受けられます。女神リリア自身にとっても想定外の事態が巻き起こっている状況と言えます。少なくとも、今、人間社会は暴走する元勇者たちによって、混乱の渦の真っ只中にいるため、我々魔族の討伐を行うどころか、考える余裕すらないと言えます。ただ、「黒の勇者」なる勇者は、常識をはるかに超えた力を持っていると聞きます。亡き先代、史上最強の魔王と呼ばれておられました、アイアン様に匹敵あるいはそれ以上の戦闘能力を持っている可能性がございます。元勇者たちの討伐後、光の女神リリアが、我々を殲滅させるため、「黒の勇者」を派遣し、戦争をしかけてくる可能性も否定できません。陛下もどうか、十分、ご注意ください。」

 セバスの報告を聞いて、急にローズはクスクスと笑い始めた。

 報告を聞いて笑うローズを見て、セバスが目を丸めながら訊ねた。

 「へ、陛下、私の報告に何かおかしいところ、至らぬところがございましたか?」

 ローズは笑うのを止め、笑みを口元に浮かべながら、セバスに答えた。

 「いえ、あまりに話が面白くて、思わず笑ってしまいました。自分たちが処刑した人物が真の勇者になり、自分たちが選んだ勇者たちが全員、世界を滅ぼしかねない犯罪者になり、国が崩壊寸前にまで追い込まれるとは、何と滑稽な話かと思いまして。インゴット王国ともあろう者が、そのような大失態を犯すとは、人間社会の腐敗や堕落が進んでいる証拠です。「黒の勇者」でしたか、規格外の力を持ちながら、光の女神リリアの思惑から外れて独自に行動する勇者ですか?本当に興味深い人物です。勇者を名乗る以上、警戒は必要でしょうが、もしかしたら、これまでの歴代の勇者たちと違い、私たち魔族との和平交渉に興味を持ってくれるかもしれません。たった一人で、自分を虐げた国や世界、人間たちを守り抜こうとする、その高潔な精神、闇の女神イヴ様の教えに通ずるものを、私は感じました。セバス、「黒の勇者」に関する情報を今後も集めるよう、手配してください。それと最後に、「黒の勇者」のお名前は分かりますか?」

 「はい。名前は、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。ラトナ公国子爵で、ラトナ公国を治めるラトナ大公家に所属しているとのことです。」

 「ジョー・ミヤコノ・ラトナ。確かに覚えました、その名前。フフっ、どんな御方なのか、是非、一度お会いしてお話を聞いてみたいものです。」

 セバスから「黒の勇者」の話を聞き、「黒の勇者」に強い興味を抱いた、魔王ローズであった。

 「黒の勇者」に、人間たちと魔族たちとの和平交渉を実現する鍵があるのではないか、そう期待を胸に抱くのであった。

 「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈と、「魔王」ローズ・モキャ・マーブル、この二人が出会う日が来るのか、この二人が出会った時、一体、何が起きるのか、それは誰にも分からない。




























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