第八話 【主人公サイド:鵺】とある怪鳥の回想

 私の名前は鵺。

 大昔には、猿虎蛇という名前でも呼ばれ、正体不明の怪鳥として人間たちから恐れられた。

 私自身、私の出生についてはよく分かっていない。

 私が生まれた時、私は深い森の中の、木の上の鳥の巣の中にあった一個の卵から私は生まれた。

 周囲には親も兄弟も誰もおらず、雛であった私は独りぼっちであった。

 巣の中にいた私は、いつまで経っても親もやって来ないので、巣を出ることを決めた。

 高い木の上から下りるのは不安であったが、それは杞憂であった。

 私には四本の手足が付いていた。

 四本の手足を器用に使って、木の上の巣から木を伝って下りていった私だったが、途中で足を滑らせ、木の上から誤って落ちてしまった。

 しかし、私は無意識に自分の空を飛ぶ能力を発動し、地上への落下を免れ、空を飛ぶことに成功したため、助かった。

 生まれたばかりの私は、自分が空を飛ぶことができると知って嬉しかった。

 私は空を飛んで、自分の出自や親を知るため、旅に出ることを決めた。

 だが、幼い頃の私は常識を知らなかった。

 私が空を飛んでいると、人間や動物、鳥、虫、果ては妖怪たちまで、私の姿を見るだけで、私を気味悪がって嫌悪し、私を避けたり、時には人間たちに化け物と呼ばれ、矢を射かけられたりもされた。

 なぜ、私はみんなから嫌われなければならないのか、その理由はすぐに分かった。

 水面に映る私の容姿は、頭は猿、胴体は狸、四本の足は虎、尾は蛇、という、奇妙な体をしていたからだ。

 さらに、私の体には翼が全くないのにも関わらず、私は自由自在に空を飛ぶことができた。

 翼も羽もない生き物が空を飛べるわけがない、それは地上に存在するあらゆる生き物にとっての常識であった。

 私は、自分が何の生き物なのか、何故、翼もないのに空が飛べるのか、全てが謎に包まれた、正体不明の、気味の悪い生き物であることを知った。

 私はどこへ行っても、みんなから気味悪がられ、化け物扱いされた。

 私は何も悪いことをしたことがない、他の生き物を襲って食べたり、人間から物を盗んだりしたことはない、ただ、木の実を食べ、空を飛び、旅をする、それだけなのに、私は容姿が醜いという理由だけでみんなから嫌われた。

 私は成長すると、人間の言葉や社会の常識をある程度身に着けた。

 そして、自分自身の正確な種族は分からないが、「妖怪」と、人間たちから時に恐れられ、時には崇められる生き物の一種であると、自身のことを結論付けた。

 私は自分自身の妖力に磨きをかけ、天候を自由自在に操る力や、人間に化ける術などを習得した。

 とある都から少し離れた山奥の寺に、霊能力と剣術に秀でた有名な僧侶がいるとの話を聞き、興味を持った私は人間に化け、その僧侶に教えを乞うた。

 私に会った瞬間、その僧侶は一目で私が人間ではない、妖怪の類であることを見抜いたが、私の本当の姿を見ても私を差別することはなく、私に仏の教えや剣術、心の在り方を丁寧に教えてくれた。

 私が周りの者たちとともに生きる道を歩むためには、自身の容姿を醜いと非難されても、それを跳ね除ける心の強さと、周りの者たちを笑顔にするための努力を怠らないひたむきな優しい心を持つことが大切だと、私は僧侶から学んだのだった。

 僧侶との修行を終え、僧侶と別れた私は、祈祷師となって各地を旅することを決めた。

 干ばつや暑さ、寒さに苦しむ人間たちを助けるため、私は自身の天候を操作する能力を使い、雨を降らせたり、季節外れの雪を降らせたり、寒波を退けたり、などして、天災により苦しむ農民たちを助けて回った。

 ただ、人間に化ける術をおぼえても、私の右目は緑色の瞳をしていたため、人々から奇異の目で見られ、怖がられた。

 そのため、私は仕方なく眼帯を右目に着け、緑色の瞳を隠しながら、祈祷師をして旅をしながら人々を助けて回った。

 天気を自在に操る隻眼の女祈祷師がいる、という噂話が各地で話題になった。

 私は、自分が食うに困らないだけの少々の金銭、あるいは畑で採れた作物などを人々からもらう代わりに、天災に苦しむ人々を、自分の能力を使って助け続けた。

 私は凄腕の女祈祷師として有名になり、たくさんの人間たちが私を慕うようになってくれた。

 自分の天候を操作する能力が天災で苦しむ人々の助けになり、人々が笑顔になり、人々と笑って共に生きることができる、正に私が理想としていた暮らしであった。

 だが、そんな私の活躍を快く思わない連中がいた。

 私によって、雨乞いなどの祈祷の仕事を奪われたことに不満を抱く、陰陽師や祈祷師の人間たちであった。

 しかし、私と違い、彼らは雨乞いなどの祈祷をするたびに、祈祷料として法外とも言える、高額な金銭を祈祷料として、天災に苦しむ貧しい人々に要求していた。

 祈祷料が払えない村や村の人たちを、彼らは平気で見捨てていた。

 貧しい人々が低報酬で、確実な効果のある祈祷を行う私を頼るようになり、他の陰陽師や祈祷師たちを頼らなくなるのは当然であった。

 私に祈祷の仕事を奪われたことに不満と逆恨みを抱いた彼らは、有名な陰陽師の一門を名乗る人間たちを筆頭に、朝廷に、私が邪な術を使って、人々の関心を集め、いずれは朝廷の権力を脅かす脅威になると進言した。

 また、私の右目が緑色の瞳をしていることを調べ上げ、私が人間ではなく、妖怪であり、このままでは妖怪に国を支配されることにもなりかねない、という嘘偽りの進言を行った。

 有名な陰陽師の一門の人たちが全員で朝廷に訴えたこともあり、天皇の命令で、私は邪法を用いて民衆を誑かし、国を乗っ取ろうとした正体不明の妖怪として、国から追われる身になった。

 私は周りの人たちを笑顔にしたい、そのために祈祷師となり、人間たちを救ってきた。

 それにも関わらず、私は、私を妬んだ陰陽師たちや祈禱師たちが、朝廷の人々に吹き込んだデタラメのせいで、国の平和を脅かす化け物として追われることになってしまった。

 これまで、私を慕ってくれていた周りの人たちも、私が朝廷に追われる妖怪だと聞いて、みんな、手の平を返したように冷たくなり、私を無視したり、追い払ったりするようになった。

 私は自分がこれまで人間たちに尽くしてきた努力も、私が人間たちと築いたと思っていた絆も、私が人間たちを笑顔にしたいと思った志も、全てが水の泡になったことを知り、絶望した。

 不気味で醜悪な容姿をした、正体不明の妖怪である私がいくら努力したところで、誰も私を好きになってはくれない、私はただ都合の良い道具程度にしか思われていなかった、私のみんなを笑顔にして、みんなと共に笑って生きたい、そんな思いはただの幻想で無意味だったのだと、私は嘆き悲しんだ。

 悲しみと怒りと絶望に捕らわれてしまった私は、かつて教えを乞うた僧侶の言葉を忘れ、一匹の怒り狂った妖怪へとなった。

 人間たちへの憎しみと復讐心に捕らわれた私は、天候を操作する能力を使い、大雨や暴風、竜巻、雷、熱波、吹雪など、ありとあらゆる天災を引き起こし、都と都周辺の各地で暴れ回った。

 私の起こした天災で、人々は作物が採れず、飢えで苦しみ、また、住処を奪われ、病気も蔓延し、都と都周辺の各地は壊滅的被害を受けた。

 それから、私は朝廷に追われるようになってから毎晩、黒雲の中に身を潜めながら、私を退治するよう命令を下した天皇の住む御所の真上の上空から、大雨や暴風、竜巻、雷、熱波、吹雪など、ありとあらゆる天災を引き起こし、天皇を苦しめた。

 特に、私が引き起こした吹雪、ブリザードをもろに食らって、私の度重なる襲撃によるストレスも重なり、天皇が風邪をひいて寝込んだ姿を見た時は、腹を抱えて笑ったものだ。

 夜、私の鳴き声を聞いて、恐怖で眠ることもできず、怯える天皇の姿も実に滑稽であった。

 しかし、そんな私の復讐も長くは続かなかった。

 私の毎晩の襲撃に恐怖した天皇は、私が朝廷から追われる原因となった有名な陰陽師の一門の陰陽師たちや、武芸に秀でた貴族たちを集め、対策を話し合わせ、私を退治する作戦を考え出した。

 ある日の晩、いつものように黒雲に身を潜めながら朝廷の御所で臥せっている天皇に向けて、天候操作の能力を使って復讐を行っていると、急に隠れていた陰陽師たちと、弓を持った貴族たちの一団が、私の前に現れた。

 陰陽師たちは私の攻撃を防ぐ結界を天皇のいる御所に張った。

 同時に、弓を持った貴族たちが、私が潜んでいる黒雲目がけて、矢を放ってきた。

 当然、私はすぐに暴風を起こし、大量に放たれた矢を吹き飛ばそうとした。

 だがしかし、人間たちの用意した大量の弓と矢は、陰陽師たちが妖怪退治のための特殊な術を施した特製の弓矢で、私の起こした暴風を無視し、真っ直ぐに私のいる黒雲目がけて突き進んできた。

 人間たちの放った、妖怪退治用の大量の矢を全身に受けた私は、全身から血を流し、御所の傍の庭へと空中から落下した。

 空中から落下して息も絶え絶えな私に、陰陽師たちや貴族たちは、嫌悪感と軽蔑のこもった、醜悪な笑みを浮かべながら、私を、不気味で醜い化け物だの、人間に仇なす愚かで憐れな妖怪だの、私を言いたい放題侮辱しながら、私の体を嬲るように斬り刻んで殺した。

 私が死んだ後、私は自分を裏切り、自分を殺した人間たちへの強い怨念を抱いていたことから、私の亡骸には、私の怨念にまみれた魂が死後も宿った。

 私の亡骸からは強い邪気が発せられ、私の亡骸の周囲では天災が頻発した。

 季節外れの寒さが人々を襲い、疫病が蔓延した。

 困った人間たちは、私を殺した有名な陰陽師の一門の陰陽師たちに依頼し、私の亡骸を都から遠く離れた土地に埋め、厳重な封印を施した。

 それから長い年月が経ち、私の亡骸が埋められた場所は鵺塚と呼ばれ、私は人間たちから神様のような存在として祀られるようになった。

 人間の笑顔のために努力し、人間に尽くした私を、悪意ある人間のついた嘘や、私の普通ではない容姿を理由に、私を差別し、私を裏切った人間たちに祀られたところで、私の人間たちに対する憎しみと怒りはおさまるわけがなかった。

 いつか封印が解けたら、私を醜い化け物と呼んであっさりと裏切り殺した人間たちを皆殺しにしてやる、そう思っていた。

 私が封印されてから長い年月が経ったある日のこと。

 一人の老人が封印されている私の下を訪ねてきた。

 白髪頭に丸眼鏡をかけた、優しそうな顔をしたお爺ちゃんだった。

 驚いたことに、その老人は霊能力者だった。

 霊能力を持つ人間が私の前に現れたのは久しぶりであったが、私が邪法を使って民衆を誑かし、国を乗っ取ろうと企む妖怪だと言うデタラメを吹聴し、天皇や朝廷の貴族たちを先導して私を殺し、さらに私の封印に協力した、あの陰湿で醜悪な外道の、有名な陰陽師の一門の陰陽師たちよりもはるかに強力な霊能力を持っていたことにも驚かされた。

 封印越しに、その老人は俺に話しかけてきた。

 「初めまして、鵺さん。それとも、猿虎蛇さんとお呼びした方がいいかな?私の名前は宮古みやこ たけみち。とある大学で民俗学を教える教授をしている。簡単に言うと、学者をしている。君が長い間、封印をされていることは知っている。これでも私も霊能力者の端くれでね。妖怪に関する研究なんかもしているし、一般人より妖怪には詳しいつもりだ。実は君に相談というか取引をしたくてここまで来たんだ。もし、私との取引に応じてくれるなら、君の封印を解いてあげてもいい。どうかね?」

 『・・・・・・』

 「えっと、私の声が聞こえているかな?確かに声が届いているはずなんだが?返事をしてもらえるかな?」

 『帰れ。私は人間が嫌いだ。私はお前たち人間と取引をするつもりは全くない。私の封印を解く代わりに、私を奴隷にでもして人殺しをしろだの、雨を降らせろだの命令して、私を散々使い捨ての道具として利用し、いらなくなったら、また殺して封印する、そうするに決まっている。私はかつて、人間たちと仲良く共に生きたい、人間たちを笑顔にしたい、その一心で努力し、人間たちを助けた。だけど、お前たち人間は、邪悪な人間のついた嘘に惑わされ、それを信じ、私との絆を平気で捨て去り、裏切り、そして、殺した。人間は私を醜い化け物と蔑み、どんなに一生懸命尽くしても、最後には己の薄汚い欲望や身勝手な都合で裏切る、ゴミ以下の最低最悪の生き物。人間は全てこの地上から滅びるべき価値なき存在。私の中にあるのは人間への憎しみと復讐心だけ。私はいつか必ず人間全てを抹殺する。お前と話すことはこれ以上ない。さっさと帰れ。』

 「そんな冷たいことを言わず、どうか私の話を最後まで聞いてくれ。私が君の封印を解く取引の条件はただ一つ、それは、私のたった一人の孫を君に守ってほしいということだ。」

 『お前の孫を私に守ってほしい!?お前、この私をからかっているのか?そんな見え透いた嘘にこの私が引っかかるとでも本気で思っているのか?』

 「嘘ではない。私は本気だ。実は、今年で5歳になる可愛い孫が私にはいるんだが、孫は生まれつきとんでもなく強い霊能力を持っていてね。もうすぐ5歳ながら、すでに私の霊能力をはるかに上回るほどの力なんだ。だがしかし、孫の霊能力はあまりに強すぎて暴走し、邪気となって周囲に不幸をもたらしている。孫自身にも邪気による災いが降りかかっている状態でね。私もこれまで何とか孫の霊能力の暴走を抑えようとしてきたが、もはや私の力だけでは抑えきれなくなってきている。孫の霊能力は今後ますます増大し、さらにひどい暴走を引き起こす恐れがある。そして、孫の霊能力をこれまで抑えてきた私自身の命は残り幾ばくかしか残されていない。私は肺の病を患っていてね。先日医者から余命1年だと宣告された。私が孫に何かしてあげられる時間は残りわずかだ。だから、私に代わって、伝説の怪鳥、鵺と呼ばれる君に、幼い孫の霊能力の暴走を抑えてもらい、それから孫の行く末を見守っていてほしい。私のたった一人の孫を君に預けたい。どうか、私の頼みを聞いてもらえないだろうか?」

 老人の目は一見穏やかだが、真剣そのものだった。

 一度人間に裏切られ、蔑まれながら殺された私だが、老人が私に嘘をついているようには見えなかった。

 鵺と呼ばれ、人間たちに恐れられた怪鳥の妖怪であるこの私の封印を解く代わりに、まだ小さい孫を自分の代わりに私に守ってほしい、そんなことを取引として持ちかけるなんて、訳アリとしか思えなかった。

 老人の話をすぐに信用することはできなかった。

 だが、私は少しばかり目の前にいる老人に興味を持った。

 『封印を解く代わりに、孫を守ってほしいと?だが、お前の話が本当かどうかの証拠はどこにある?それに、封印を解いた途端、取引の内容を挿げ替える可能性がある。孫を守るために人殺しをしろ、力を使って金儲けを手伝え、などと命令してくる可能性も大いにあり得る。お前の孫にずっと奴隷として服従しろ、などという最悪の事態にもなりかねない。この私を信用させ、取引に応じさせるだけの証拠、あるいは対価を要求する。要求を飲めないというなら、お前との取引は拒否する。』

 「ふむ。対価を差し出せか。なら、私は君の封印を解く代わりに、君に可愛い孫を守ってもらう。ただし、私や孫に仕える必要は一切ない。霊能力の暴走から孫を守ってくれるだけでいい。孫をどのように守るかは君の判断に一任する。もし、この契約の縛りを違えた場合、私は自分の魂を君に差し出す。私の命も対価として加え、取引をする、これでどうかね?」

 『お前の魂まで対価にしてこの私に差し出すだと!?霊能力の暴走から孫を守るだけでいいだと!?そんな私が一方的に得するような条件で良いのか?一度、魂を差し出すと言ったら二度と撤回はできない。契約内容を一度でも違えれば、私は容赦なく、お前の魂を奪って殺す。孫を守ると言う名目で天災を引き起こし、地上の人間たちを殺し回る可能性だってある。それでも、この私と取引をしたいと?』

 「ああっ、無論だ。私は大事な孫を守るためなら、残り少ないこの命を君に捧げる。手段だって選ばない。それに、君は人間を嫌いだと言うが、私には君が心の底から人間を嫌っているようには思えない。人間は決して君の言う悪人ばかりではない。私の可愛い孫がきっと、そのことを君に証明してくれるはずだ。取引の条件は先ほど伝えた通りだ。私との取引に応じてもらえるかね?」

 『分かった。ご老人、お前と取引をする。私の封印を解いてもらう代わりに、私はお前の孫を霊能力の暴走から守る。ただし、お前やお前の孫にこの私が奴隷として服従することは一切ない。私は私のやりたいようにお前の孫を守る。他の誰にも指図は受けない。そして、少しでも契約の内容を違えたら、その時は容赦なくお前の魂を奪って殺す。それで良いな?』

 「ありがとう。それで十分だ。孫のことをよろしく頼むよ。それじゃあ、取引成立だ。これより君の封印を解こう。」

 『待て。お前の孫の名前は何と言う?』

 「宮古野 丈。丈は丈夫の丈と書くんだ。息子夫婦が私の名前から一字取ってつけてくれてね。少し恥ずかしがり屋の可愛い男の子だよ。君もすぐにあの子のことが気に入るはずだ。」

 『丈、宮古野 丈。確かに覚えた。この私が気に入るほどの器の持ち主とは思わないが、お前の孫はこの私が責任を持って最後まで面倒をみる。私は決して契約を破ったりはしない。最後まで必ず契約通り、お前の孫を守り通してみせる。』

 こうして、私は老人との取引に応じ、封印を解いてもらった。

 封印を解いてもらってから1年ほど経った頃、老人は病で死に、この世を去った。

 私は老人との契約を守り、老人の死後、老人の孫、宮古野 丈という男の子にとり憑き、この男の子を霊能力の暴走から守ることになった。

 驚いたことに、老人は私以外にも二匹の妖怪と同じ取引をしていたことが分かった。

 玉藻、酒吞と名乗るその二匹は、この私と並ぶ伝説級の大妖怪で、私に負けず劣らずの実力者だった。

 私以外の妖怪にも孫の護衛を頼んでいたのには驚かされたし、老人の抜け目のなさと、老人がこの私の考えをまんまと出し抜いた事実に、少々腹が立った。

 この私だけでは、孫の子守りも護衛もできないと言われている気がして、実に不愉快な気分であった。

 やっぱり人間は信用ならない生き物だ、そんなことを思いもした。

 だが、実際に男の子にとり憑いてみて、その思いは一瞬で吹き飛んだ。

 一見、気が弱く、泣き虫で、いつも隅っこで一人で遊んでいる、弱弱しいただの男の子にしか見えなかった。

 しかし、宮古野 丈というこの男の子は6歳ながら、私や玉藻、酒吞の三匹の妖怪の妖力を合わせても抑えきるのがやっとという、私の予想をはるかに超える、とんでもなく桁違いの霊能力を持っていたのであった。

 老人が私に話したことは本当だった。

 他の二匹と契約したのも、私だけでは抑えきれないと考えてのことだとすぐに分かった。

 男の子の体から溢れ出る膨大な霊能力は、強力な邪気となって、男の子自身や男の子の周りの人間に災いをもたらした。

 私たち三匹の妖怪は、昼夜を問わず、霊能力の暴走を抑えることになり、とにかく大変だった。

 丈と名乗る男の子が成長するにつれ、暴走する霊能力はますます強くなり、抑えつけるのに私たちは苦労させられた。

 だけど、私は、宮古野 丈というこの可愛くて優しい男の子に、丈君に引き合わせてくれたあのお爺ちゃんに今でも感謝している。

 丈君は暴走する霊能力のせいで、周囲から忌み子だとか呪われているだとか言われ、いつもひとりぼっちだった。

 6歳で両親を交通事故で失い、それからは虐待や育児放棄をしてくる毒親の鏡のような叔父叔母夫婦に引き取られることになった。

 ご近所からは避けられ、学校でも同年代の子供たちから嫌われた。

 丈君の周りは、いつも自分のことだけしか考えていない、身勝手で、欲にまみれ、私が一番嫌いな差別やいじめを平気で行う、ゴミ以下の外道な人間しかいなかった。

 この私の手で何度、殺してやろうかと思うほどの、人間の皮を被った害虫以下のケダモノばかりだった。

 だけど、丈君はそんな辛い状況の中でも、決して笑顔を失うことはなかった。

 道に困っている人がいれば、丁寧に道を教え、時には目的の場所まで一緒に歩いて案内をしてあげる。

 自分より小さい子供が怪我をしていると、泣いている子供を笑って優しく慰め、怪我の手当をしてあげる。

 落とし物をして困っている人がいると、例え相手が自分の悪口を言うような相手でも一生懸命に探してあげる。

 学校で誰もやりたがらない美化委員の仕事を、自分から手を上げて、最後まで仕事をこなした。

 学校の掃除やゴミ捨て、掃除用具の点検など、面倒な仕事を、他の美化委員の人たちがサボっている中、最後までやり通した。

 周りの人たちが頑張っている丈君を見て、無駄な努力だのクソ真面目だの、馬鹿にするようなことを陰で言っていても、丈君は決して仕事を放りだすことはしなかった。

 学校の美術で丈君が一生懸命絵を描いて、それを呪いの絵を描いていると言って、クラスメイトたちが馬鹿にして、書き上がった絵を見て、嘲笑し、けなしても、丈君は怒らなかった。美術の先生に一人だけ、真面目に絵を描いていない、真面目に授業を受けていない、と難癖をつけられても、丈君はへこたれなかった。

 丈君はいつも、誰にも見えないところで、静かに笑っていた。

 丈君は本当の笑顔を知っていた。

 丈君は誰よりも、しあわせな笑顔が持つ価値の大きさを分かっていた。

 丈君の周りは、常に丈君を呪われているだの、忌み子だの言って、丈君のことを蔑み、差別し、虐める連中ばかりだった。

 そんなクズみたいな連中に囲まれているからこそ、本当のしあわせな笑顔と、誰かを笑顔にする努力と、努力の先にある自分自身の笑顔を、丈君の心は理解していたのだ。

 いつもは口下手で、目立つのが嫌いで、不器用で生真面目で、やや自分に自信がない。

 馬鹿正直で、少々お人好しなところもある。

 だけど、困っている人間を放っておけず、感謝もされないのに他人を助け、他人を笑顔にするために一生懸命努力し、そっと他人の幸せを笑って喜ぶことができる。

 そんな丈君を見ている内に、私の心に変化が現れた。

 人間は必死に自分や誰かのために努力する人間を馬鹿にし、都合のいい道具として利用して裏切る、どんなに努力しても容姿が醜いだの気に入らないだの言って差別し、冷酷に突き放す、他人の努力や幸せを笑って喜ぶ心を持たない、自分のことだけしか考えられない、身勝手な差別思想を持つ醜悪なゴミ以下の生き物だと、そう思っていた私に、丈君は、誰かを笑顔にする努力と、他人の幸せを心から喜べる笑顔を、変わらず見せ続けた。

 他の有象無象の人間はともかく、丈君だけは決して人を差別したり、他人の努力する姿を笑ったりしない、誰かのしあわせな笑顔のために努力できる、温かくて優しい本当の笑顔を知っている人間だと信じることができた。

 私はそんな誰よりも他人の幸せを喜べる優しい笑顔を持った、努力家の丈君のことが大好きになった。

 いつしか、私は丈君と本気で主従の契約を交わすことを考えるようにまでなっていた。

 丈君が成人したら、丈君となら結婚さえしたい、丈君こそ自分の運命の人だと思うようになった。

 それから、ついに丈君と主従の契約を交わす日を私は迎えた。

 異世界という未知の世界へと召喚され、勇者たちへの復讐の旅を始めた丈君を傍で守るため、私は丈君の前に現れ、主従の契約を交わし、行動を共にし始めた。

 私は、丈が望むなら、地獄の果てまで、どこまででも付いて行くつもりだ。

 この私の命に代えても、丈君を守り、丈君と一緒に、あの害虫以下の外道のクソゴミ勇者どもに復讐すると心に誓った。

 私は今日、丈君と新たな契約を交わすつもりだ。

 丈君と一つになり、丈君の力の一部となって、一緒に戦うと決めた。

 レベルアップのために、メフィストソルジャーなどというおぞましい食人鬼に成り下がり、大勢の罪のない人たちを食い殺し、さらに、海賊団を率いてサーファイ連邦国を大量虐殺の果てに乗っ取り、私たちの大事な可愛いメルのおばあちゃんまで殺した「槍聖」たちだけは絶対に許さない。

 自分たちの身勝手な願いを叶えるためだけに、大勢の人間を不幸にした連中の行為は決して努力とは言わない。楽して強くなりたい、暴れたい、お金儲けがしたい、性欲を満たしたい、そんなくだらない目的のために、他人を食い殺し、あるいは他人から財産や尊厳を奪い、みんなを不幸にする悪事に手を染め続け、みんなから笑顔を奪った、ゴミ以下の変態食人鬼である「槍聖」たちは、この世から一匹残らず駆逐する。

 例え「槍聖」たちがどんなチート能力とやらを使ってきても、私と丈君の努力と絆の力の前では何の意味もなさない。

 私たち二人の力で、「槍聖」たちに正義と復讐の鉄槌をお見舞いしてやるのだ。

 私たち二人で、笑顔あふれる未来を一緒に取り戻すのだ。

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