第四話 主人公、「水の迷宮」を攻略する、そして、聖槍を破壊する

 主人公、宮古野 丈が元「槍聖」沖水たち一行率いる海賊団に占拠されたサーファイ連邦国に到着し、沖水たち一行に狙われる少女、メル・アクア・ドルフィンを無事、保護したその日の夜のこと。

 午後7時。

 メルちゃんのお風呂や着替えなどが終わると、「海鴉号」の操縦を酒吞、デッキでの見張り役をイヴに任し、メインキャビンでエルザの作った夕食を食べながら、僕たち「アウトサイダーズ」のメンバーは、メルちゃんを加えて、元「槍聖」たち一行への対策を話し合った。

 マリアンヌがインゴット王国政府より届いた、調査報告の内容についてみんなの前で話し始めた。

 「我が国の警備隊の調査によりますと、インゴット王国国立図書館の禁書庫より、「ドクター・ファウストの魔導書」と呼ばれる、多数の禁術が記された魔導書が偽物とすり替えられ、元「槍聖」たちの手に渡った可能性が高い、とのことです。大変お恥ずかしい話ではございますが、我がインゴット王国の政府内に、元「槍聖」たちを手引きし、盗まれた「ドクター・ファウストの魔導書」を元「槍聖」たちに渡した裏切り者がいる疑惑も浮上した、との報告もありました。本当に申し訳ありません。」

 マリアンヌが苦し気な表情を浮かべながら、僕たちに向かって頭を下げた。

 「頭を上げろ、マリアンヌ。起きてしまったことは仕方がない。今は元「槍聖」たちと海賊団の討伐の方が大事だ。真相究明は後回しだ。それで、沖水たちの手に渡ったって言う「ドクター・ファウストの魔導書」ってのは、具体的にはどういう本なんだ?「反魔力」についても説明を頼む。」

 マリアンヌは顔を上げると、ふたたび僕たちに向かって説明を始めた。

 「はい、ジョー様。「ドクター・ファウストの魔導書」とは、2,000年前に活躍した、我が国出身の高名な魔術士にして、「悪魔の天才科学者」の異名を持つ、ドクター・ファウスト氏が著者の魔導書だそうです。ドクター・ファウストは魔術だけでなく、錬金術にも精通し、現在、世界中で使用されている魔術や魔道具の基礎技術の一端を生み出した、優秀な研究者です。ですが、その一方で、非人道的な研究や材料、手段を要する、禁術指定される危険な魔術も多数開発したと言われております。そのドクター・ファウストが晩年、自身の研究成果の全てを記し、出版した本が、元「槍聖」たちに盗まれた「ドクター・ファウストの魔導書」なのです。「ドクター・ファウストの魔導書」には、ドクター・ファウストの開発した多数の禁術が記されており、その内容を危険視した当時のインゴット王国政府によってすぐに出版を止められ、すでに販売された本も全て回収され、廃棄処分されました。絶版となった「ドクター・ファウストの魔導書」ですが、我が国の国立博物館の禁書庫に一冊だけ、資料として保管されておりました。「ドクター・ファウストの魔導書」は別名、悪魔の魔導書と呼ばれ、その別名が付いた最大の要因が、メフィストソルジャーと呼ばれる「反魔力」と呼ばれる力を操る戦士を生み出す禁術が記載されていたことだということです。」

 マリアンヌは手元にあるコップから一口水を飲むと、説明を続けた。

 「古い文献によれば、まず、反魔力と呼ばれる力は魔力と反対の性質を持つ力で、魔力を無効化する力であるとのことです。反魔力には魔力を無効化する力があることから、反魔力を帯びた攻撃を受けると、魔力を持つ全ての生物に、死へと至らしめる猛毒のような効果も発揮するとのことです。この反魔力を自在に操り、魔力を使ったあらゆる攻撃、防御、魔法を無効化できる超人的兵士のことを、メフィストソルジャーと呼んだそうです。しかし、記録によりますと、メフィストソルジャーには数々の欠陥があり、メフィストソルジャーとなった人間は精神が凶暴化する、強い食人衝動に襲われる、反魔力で汚染された飲食物しか摂取できない、反魔力で汚染した物体しか操作できない、などの多数の欠陥を抱えていたそうです。当時のインゴット王国軍が魔力で人間を上回る魔族に対抗するため、ドクター・ファウストに協力を依頼し、開発して、試験的に戦場に導入したそうです。ですが、反魔力を使用する反動で常に強い食人衝動に襲われ、反魔力で汚染した魔族たちの死体の肉を与えるだけでは満たされず、味方の人間の兵士を襲って食べる、メフィストソルジャー同士で共食いを始める、などの問題を起こしたため、一定の戦果は出ましたが、あまりの欠陥の多さにメフィストソルジャーの開発は中止された、とのことだそうです。元「槍聖」たちが「ドクター・ファウストの魔導書」を使ってメフィストソルジャーになり、食人衝動から我が国で食人鬼連続殺人事件を起こし、反魔力を使ってサーファイ連邦国の海軍を破り、サーファイ連邦国を占拠する事件を起こした、というのが我が国の見解です。報告は以上になります。」

 マリアンヌの話を聞いて、僕たちは全員、その場で考え込んだ。

 「魔力を無効化する「反魔力」とやらを使われては、いくら我らでも元「槍聖」たちに勝つのは難しいのではないか?魔力を使った攻撃も防御も魔法も、魔力を使ったあらゆる手段が封じられてしまう。そうなっては、我らは元「槍聖」たちに手も足も出せなくなり、返り討ちに遭ってしまうことになりかねん。いかがする、ジョー殿?」

 エルザが「反魔力」への対抗策があるか、僕に訊ねてきた。

 「魔力を無効化する力か。「反魔力」ってのは確かに厄介だ。魔力は戦闘におけるエネルギー源だ。戦いに必要なエネルギーを無効化されたら、こっちは連中に手も足も出せない。エルザの言う通りだ。何の対抗策もなしに迂闊に攻め入れば、返り討ちに遭うだけ。何とかして、「反魔力」を封じる、あるいは対抗できる手段が必要だ。魔力を無効化する力、んっ!?」

 僕は、急に頭の中に一つの推測が浮かんだ。

 「どうしたのだ、ジョー殿?何か「反魔力」への良い対抗策が浮かんだのか?」

 驚き訊ねるエルザに、僕はゆっくりと答えた。

 「ああっ、エルザ。その通りだ。これはあくまで僕の勝手な推測だけど、反魔力は魔力を無効化する力だ。なら、反魔力以外の力は無効化できないってことは考えられないか?そう、例えば、僕の持つ霊能力は魔力には似ているが、魔力ではない。つまり、元「槍聖」たちの使う反魔力は、僕の持つ霊能力を無効化できない、ということになる。玉藻、酒吞、鵺、イヴの四人も魔力は一切持っていない。魔力とは異なる力を使用している。僕たち「アウトサイダーズ」のメンバー8人の内、5人には反魔力が通用しない。メフィストソルジャーとなり、反魔力を手に入れた元「槍聖」たちの攻撃は僕たちには意味をなさない、そういうふうに考えることはできないか?」

 「なるほど!ジョー殿の推測が正しければ、ジョー殿や先輩方を含む五人には元「槍聖」たちの使う反魔力は通じない可能性がある。魔力を持たないジョー殿たちなら、元「槍聖」たちを倒すことができるかもしれんぞ。活路が見えてきたではないか。」

 「でもよ、ジョーや姉御たちは良くても、アタシとエルザの二人は魔力を持っているんだぜ?ってことは、アタシら二人は、今回は足手纏いになるってことになるかもじゃん?」

 デッキで見張りをしているグレイが、メインキャビンの入り口から声をかけてきた。

 「いや、必ずしもそうとは言えない。反魔力は魔力を持つグレイとエルザにとっては確かに脅威かもしれない。でも、反魔力で無効化できるのは魔力だけだ。なら、魔力以外の攻撃は元「槍聖」たちにも通用するはずだ。魔力を纏った攻撃や魔法ではなく、強化した腕力やスピードによる剣や槍での単純な物理攻撃は十分通用するはずだ。魔力を使っていなければ、酸や劇薬、火などの攻撃も通用するはずだ。元「槍聖」たちのレベルは100、SS級冒険者に匹敵するほどだが、連中は不死身でもないし、弱点がないわけでもない。反魔力に気を付け、魔力以外の十分な威力のある攻撃さえぶつければ、二人にだって倒すことはできるはずだ。」

 「なるほどじゃんよ!さっすがはアタシらのリーダー、「黒の勇者」様だぜ!反魔力への対抗策もすぐに思いつくとはな!トレーニングで習得した技を上手く使えば、アタシとエルザでも十分、元「槍聖」どもをぶっ倒せるってわけだ!血が騒ぐじゃんよ!」

 「ジョー殿の言う通り、我とグレイの二人も元「槍聖」たちを倒すことはできるわけだな。そうと分かれば、俄然やる気が沸いてきたぞ。フフっ、我の新技を連中にお見舞いしてやろうではないか。」

 反魔力への対抗策が見つかり、グレイとエルザがやる気を見せた。他のメンバーたちも笑っている。

 「さてと、反魔力への対抗策も見つかったわけだし、後は元「槍聖」たちと海賊団の討伐だけだ。連中をどうやって討伐するかはある程度、策をいくつか考えてはいるんだ。まずは、「水の迷宮」のダンジョン攻略だ。元「槍聖」たちより先にダンジョンを攻略して、聖槍を破壊する。元「槍聖」のさらなるパワーアップを未然に防ぐ必要がある。ということで、これより僕たち「アウトサイダーズ」は「水の迷宮」のダンジョン攻略に向かう。みんなから何か質問はあるかい?」

 僕が「水の迷宮」のダンジョン攻略を行うことを提案すると、マリアンヌが慌てた表情で反対してきた。

 「ジョー様、「水の迷宮」のダンジョン攻略には私は反対です!聖槍は魔族殲滅のための大事な聖武器の一つです!これ以上、聖武器を失う事態になれば、人間は魔族によって滅ぼされることになりかねません!どうかお考え直しください!」

 「よく考えろ、マリアンヌ。僕たちが「水の迷宮」のダンジョン攻略を行わず、聖槍が元「槍聖」たち一行の手に渡ってみろ。聖槍は元「槍聖」たちによって悪用され、被害はより拡大することになる。聖槍で沖水の奴がさらにパワーアップして、手が付けられなくなったらどうするつもりだ?そもそも、犯罪者予備軍の元「槍聖」たちに勇者の力なんかを与えた女神リリアに責任がある。リリアが食人鬼になるような連中に勇者の力を与えて、連中の悪意や悪事を助長させたことが原因だ。今、この世界は、人間は、魔族ではなく、お前が崇拝する女神リリアが選んだ勇者たちによって滅ぼされる危機にある。そんな世界滅亡の危機を、リリアから何の加護ももらっていない、さっさとリリアやこの世界から縁を切りたいと思っている僕が、何の見返りも求めず、救ってやると言ってるんだ。聖武器の一つを壊して世界が滅亡の危機から救われるなら、代償としては安いくらいだ。それにだ、どうせ僕が元勇者たちの討伐を終えたら、リリアはまた、新しい勇者をどこか異世界から連れてくるはずだ。当然、新しい勇者たちのために、新しい聖武器とダンジョンを用意するに決まっている。すでに4つの聖武器が失くなっているわけだしな。新しい聖武器が今すぐ欲しいなら、元「槍聖」たちの討伐が終わった後にでも、お前からリリアに頼めばいい話だろ?これ以上、文句を言うようなら、マリアンヌ、お前にはこのパーティーから抜けてもらう。元勇者たちの討伐からも外れてもらう。この船から今すぐ下りてもらう。分かったな?」

 僕は強い口調でマリアンヌに返事をした。

 「かしこまりました。ジョー様の言う通りにします。聖槍の破壊を進めてください。」

 マリアンヌが渋々、納得した。

 「分かったならそれでいい。そう暗い顔をするな。世界滅亡の危機を救うために必要なら、聖槍の破壊ぐらい、リリアは後から笑って許すに決まっている。人間やこの世界を守ってくれる、お前が崇める偉大な女神様なんだろ?なら、大丈夫さ。ああっ、それと、僕やイヴが聖槍を破壊したことはリリアには黙っていろよ?後々、揉め事になるのは御免だからな。もし、リリアに僕が聖槍を破壊したことを密告してみろ。その時は、僕は元勇者たちの討伐は止めて、イヴや他の皆と一緒に別世界へと旅立つ。いいな?」

 「かしこまりました、ジョー様。」

 「他にみんなから質問はあるかい?」

 僕がみんなに改めて訊ねると、玉藻が質問してきた。

 「丈様、一つ質問がございます。「水の迷宮」は海の中、海底にあるとのことですが、私たち全員、海に潜る力も技術も持っておりません。おまけに、「水の迷宮」があるのは、SSランクモンスターがひしめき、天候も非常に不安定な「魔の海域」と呼ばれる場所にあると聞いております。そのような海に長時間潜って活動するのは、わたくしたちには困難ではございませんでしょうか?」

 「大丈夫。その点もちゃんと策を考えている。「水の迷宮」を攻略する準備なら、すでに準備済みだ。攻略できる保証は100%断言できるわけじゃないけど、必ず成功させてみせるよ。まぁ、それは到着してからのお楽しみってことで。」

 「左様でございますか。さすがは丈様でございます。「水の迷宮」を攻略する準備をすでに整えていらっしゃるとは。私たちにお手伝いできることがございましたら、何なりとお申し付けください。」

 「ああっ、よろしく頼むよ。それじゃあ、僕は酒吞と操縦を代わるよ。酒吞、僕と操縦交代だ。後、鵺、イヴと見張り役を交代してくれ。エルザ、酒吞とイヴに夕食を出してくれ。その他のメンバーは休んでいてくれ。後、玉藻、メルちゃんのお世話を頼むよ。」

 僕はみんなに指示を出すと、酒吞と「海鴉号」の操縦を代わった。

 操縦席に座り、ハンドルを握ると、ハンドルに霊能力のエネルギーを注ぎ込み、「水の迷宮」のある「魔の海域」に向かって、フルスピードで船を走らせた。

 最高時速100ノットで、「海鴉号」は「魔の海域」に向かって夜の海を突き進んでいく。

 日付をまたいで、午前2時過ぎの頃。

 スピードを落とし、僕が操縦席で休憩をしていると、客室のベットで玉藻と一緒に寝ていたはずのメルちゃんが起きてしまい、僕のいる操縦席の傍まで来てしまった。

 メルちゃんが僕の隣に眠気眼で目をこすりながら、近づいて言った。

 「お兄ちゃん、まだダンジョンに着かないの?」

 「うん、メルちゃん。ダンジョンに着くのは後一日くらいはかかるかな?メルちゃんはベッドに戻って、玉藻おねえちゃんと一緒に寝てていいからね。」

 「メルね、変な夢を見ちゃったなの。明日、ものすごくお天気が悪いの。雨がたくさん降って、風もすごく激しいの。お船がすっごく揺れてたの。」

 「明日、ものすごく天気が悪い、か。メルちゃんは確か「占星術士」って言う、天気のことが分かるジョブとスキルを持っているんだったね。だとすると、スキルを無意識に発動させて見た正夢、予知夢と言ったところか。なら、天気の動きに要注意だな。嵐か台風の可能性があるな。ありがとう、メルちゃん。すっごい参考になったよ。心配しなくても、お兄ちゃんたちがいれば、どんなひどい天気もへっちゃらだからね。絶対に大丈夫だから。」

 「メル、お兄ちゃんのお役に立てたの?」

 「ああっ、すっごい役に立ったよ。本当にありがとう、メルちゃん。」

 「やったなの!メル、お兄ちゃんのお役に立ったの!」

 「うん。偉い、偉い。」

 僕は左手でメルちゃんの頭を優しく撫でた。

 僕に頭を撫でられて、メルちゃんは笑って喜んだ。

 呪われているだの、忌み子だの、ばい菌だの、日本にいた頃、みんなから嫌われていたこの僕が、こうして小さい子供に怖がられず、頭を撫でてあげられる日が来ようとは思ってもいなかった。

 相変わらずこの異世界がくそったれである、という認識は変わらないが、こういう人との触れあいを手にすることができたのは、唯一の救いだったのかもしれない。

 元勇者たちやインゴッド国王、モンスター、海賊などの反吐が出る糞以下のゴミがたくさんいるけれども。

 僕がそんなことを考えていると、メルちゃんが僕の隣の副操縦席へと座った。

 「メル、もっとお兄ちゃんとお話したいの。ダメ、お兄ちゃん?」

 メルちゃんがつぶらな瞳を向けながら、僕に頼んできた。

 「しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ。眠くなったら、ベッドに戻ってちゃんと寝るんだよ。」

 「やったー、なの!それじゃあね、メル、お兄ちゃんの冒険のお話が聞きたいの!」

 「冒険のお話かぁ。お兄ちゃんも冒険のお話ならちょっとだけ上手く話せるよ。そうだなぁ。それじゃあ、まずは、お兄ちゃんの初めての冒険のお話をしてあげよう。お兄ちゃんはね、遠いところからインゴット王国っていう大きな国に来たんだ。その国の北にあるアープ村って言う小さな村をね、400匹のゴブリンたちが襲っていたんだ。お兄ちゃんは玉藻おねえちゃん、酒吞おねえちゃん、鵺おねえちゃんと一緒に、ゴブリンたちを退治することになったんだ。それで・・・」

 それから、僕は船を操縦しながら、隣に座っているメルちゃんに、僕と「アウトサイダーズ」の冒険譚について話して聞かせた。

 何のひねりもない、ただのモンスター討伐の話だったが、メルちゃんは面白そうに僕の話す冒険譚を聞くのであった。

 そうして二時間ほど話をしていると、いつの間にかメルちゃんは僕の隣で気持ちよさそうに眠っていた。

 僕はそっと自分の着ているジャケットの上着を、眠っているメルちゃんの体に被せた。

 三時間後、船の操縦を酒吞に代わり、僕はグレイの作った朝食を食べると、その後、メインキャビンのソファーの上で眠った。

 副操縦席で眠っていたメルちゃんは、玉藻が客室のベッドへと抱えて運んでいった。

 午後三時頃、ソファーで眠っている僕の耳に、雨の降る音が聞こえてきた。

 ソファーから体を起こし、外を見ると、空は曇っていて、船の外は雨が降り、強い風も吹き始めた。

 「メルちゃんの予知したとおりになったな。このままだと、嵐か台風の中に突っ込むことになるな。よし、鵺に頼むとしよう。」

 僕はソファーから起きると、客室のベッドで眠っていた鵺を起こした。

 「鵺、寝ているところをすまない。実は、昨日の夜、メルちゃんが「占星術士」の力を使って予知夢を見たらしいんだ。その予知夢によると、この船は嵐か台風に巻き込まれることになるらしい。下手したら、この船は沈むかもしれない。鵺、君の天候を操作する能力で、嵐をどうにかしてほしい。すでに雨が降り始めて、強い風も吹き始めた。すぐに対処してほしい。頼むよ。」

 「了解、丈君。すぐに雨と風をなんとかする。」

 鵺はそう言うと、ベッドから体を起こし、すぐにデッキへと向かった。

 それから、空を飛んで、雲の上まで一気に飛んでいった。

 雲の上に到着した鵺が、雲を見下ろしながら言った。

 「なるほど。丈君やメルちゃんの言う通り、大きな台風が接近している。早く除去する必要がある。」

 鵺はそう言うと、右手を突き出した。

 鵺の右手が銀色にキラリと一瞬、光ると、風が吹き、台風の雲が北西に向かって移動を始めた。

 「どうせなら、このままこの台風をインゴット王国の王都にぶつける。丈君を処刑した害虫以下のクズ国王たちに天罰を与える。元勇者たちの暴走の原因の一つも奴らのせい。国王たちの慌てふためく姿が目に浮かぶ。」

 鵺がニヤリと笑みを浮かべながら、台風の進路を、インゴット王国の王都へと変えたのであった。

 鵺が台風の進路を変えると、主人公たちの乗る「海鴉号」の上には、雲一つない青空が広がっている。

 先ほどの雨や強い風も嘘のような、清々しい青空である。

 台風の進路を変えた鵺が、「海鴉号」のデッキへと空から降りてきた。

 僕は鵺に声をかけた。

 「お疲れ様、鵺。さすがは鵺だよ。おかげで嵐に巻き込まれずにすんだよ。本当にありがとう。」

 「どういたしまして。天候を操作するのは私の十八番。台風の進路を変えることくらいわけはない。ついでに、台風の進路をインゴット王国の王都に向かうように変えた。このまま台風が直撃すれば、王都はたちまち巨大台風に吹き飛ばされること間違いない。クズ国王に天罰を下してやった。」

 「ハハハ。そりゃあいい。王都は元勇者たちのせいで壊滅的被害を受けて復興中だ。そんなところに台風が直撃されたら、さらに被害が出て、復興費もさらに増えることになる。インゴット王国に住む罪のない人たちには申し訳ないけれど、国王のくそジジイを成敗するためだ。そもそも、あんなくそジジイをいつまでも国王の座に据えている王国民にも多少、問題はある。国王や王国民への良い薬にはなるはずだ。おっと、この話、マリアンヌにはくれぐれも内緒にするように。」

 「了解、丈君。この話は私たち二人だけの話。ふふっ、結果が楽しみ。」

 僕と鵺の二人は、笑い合った。

 僕と鵺が話を終えた時、玉藻に手を引かれてメルちゃんがデッキへとやってきた。

 「おはよう、いや、こんにちは、かな、メルちゃん。メルちゃんが夢で見た通り、台風がやって来たよ。だけど、もう大丈夫。鵺お姉ちゃんが台風を追い払ってくれたから、もう心配いらないよ。」

 「本当なの!?メルの夢が当たったなの!?それに、台風を追い払うなんて、鵺お姉ちゃんはとってもすごいの!鵺お姉ちゃん、ありがとうなの!」

 メルに褒められ、鵺が顔を赤くしながら喜んだ。

 「えへへ。メルちゃんに褒めてもらえて、私も嬉しい。ありがとう、メルちゃん。メルちゃんは本当に可愛い。」

 「じゃあ、僕はちょっと遅いけど、軽く何か食べたら、酒吞と操縦を代わるとしよう。鵺も食事をとって休憩をしたら、イヴかグレイと見張り役を交代してくれ。」

 「了解、丈君。」

 それから、僕は遅い昼食をとると、酒吞と船の操縦を交代することにした。

 「お疲れ様、酒吞。今のところ、航海は順調そのものだ。船の操縦を代わるよ。君はゆっくり休んでくれ。」

 「お疲れ、丈。俺はもう少し操縦しても平気だけどな。そいじゃあ、お言葉に甘えさせてもらって、俺は休ませてもらうぜ。お前もあまり無理はするなよ、丈。」

 「了解。無理はしないよ。操縦、お疲れ様でした。」

 僕は酒吞と船の操縦を交代した。

 僕が船の操縦をしていると、マリアンヌに連れられて、メルちゃんが僕のいる操縦席の方へとやってきた。

 「お兄ちゃんがまた、お船を操縦しているの。お兄ちゃん、また、お兄ちゃんの隣に座っちゃダメ?」

 「座ってもいいよ、メルちゃん。ほら、空もすっかり晴れて海もすっごい綺麗だろ?」

 メルちゃんは隣の副操縦席に座ると言った。

 「うん。海がすっごい綺麗なの。それに、お船もすっごく速いの。メル、こんなに早いお船、初めて乗ったの。」

 「ハハハ。そうだろ。このお船の名前は「海鴉号」って言って、お兄ちゃんの船なんだ。それと、世界一速いクルーザーと言われているんだ。お兄ちゃんが世界で初めて、操縦に成功した船なんだよ。」

 「そうなの!お兄ちゃんはやっぱりすごいの!「黒の勇者」様のお兄ちゃんはホントにすごいなの!」

 「ありがとう、メルちゃん。喜んでもらえて、お兄ちゃんも嬉しいよ。」

 「お兄ちゃん、メルにもお船の操縦、できる?」

 「う~ん、メルちゃんにはまだ早いかな。このお船はね、お船を操縦する人の魔力を吸って動いているんだ。今のメルちゃんがこの船を動かそうとすると、たちまちこの船に魔力を吸われて、魔力切れを起こして倒れちゃうかもしれない。そうだなぁ、メルちゃんがもっと大きくなって、レベルが90を越えたら、操縦が少しはできるようになるかもしれないな。」

 「そうなの?メル、まだ、レベルが30しかないの。運転できないの。残念、なの。」

 メルちゃんが「海鴉号」を操縦できないと知って、しょんぼりとした顔で落ち込んでしまった。

 「だ、大丈夫だよ、メルちゃん。そうだ、お兄ちゃんがメルちゃんのレベルが上がるよう、トレーニングをしてあげよう。そしたら、船の操縦もすぐにできるくらい、レベルが上がるかもしれない。だから、今は我慢しててね。」

 「本当!?わーい!お兄ちゃんがメルのトレーニングをしてくれるの!メル、必ずレベルを上げて、お船を操縦するなの!」

 「メルちゃんは頑張り屋さんで偉いなぁ。一緒にトレーニング、頑張ろうね。というか、5歳でLv.30はすごいな。元勇者たちなんて、Lv.20しかなくて、ドラゴンブラッドとかモンスタープラントとか、メフィストソルジャーとか、違法な手段で楽してレベルアップするようなクズばかりだからな。メルちゃんの爪の垢を煎じて、あのクズどもに飲ませてやりたい気分だ、まったく。」

 メルちゃんと話をしていると、近くにいたマリアンヌが僕に話かけてきた。

 「メルさんがLv.30とは驚きました。私が5歳の時は、「巫女」としてのトレーニングを始めたばかりで、レベルは2か3くらいだったと思います。メルさんの才能も相当なものですが、彼女にトレーニングを施したドルフィン族の方々の手腕も相当なものだと思われます。」

 「お前もそう思うか、マリアンヌ。今日の台風のことをメルちゃんは正確に予知して僕に伝えてきた。5歳ながら、メルちゃんの「占星術士」の能力はかなりのものだ。メルちゃんが元「槍聖」たちに捕まらなくて良かったと、本当にそう思ったよ。すでに僕たちは「魔の海域」へと入っている。メルちゃんの天候を予知する力がなければ、この船は沈んでいた可能性がある。メルちゃんが「水の迷宮」攻略の重要な鍵であることがよく分かった。しかし、解せないことがある。元「槍聖」たちがサーファイ連邦国を占拠したのは五日前のことだ。反魔力と海賊団を手に入れた連中が、なぜ、「水の迷宮」のダンジョン攻略にいつまでたっても動かないのか?メルちゃんの力なしに「魔の海域」を突破するのは難しい。だけど、常識外のパワーアップを果たした連中なら、メルちゃん抜きで「魔の海域」を強行突破して、「水の迷宮」のダンジョン攻略に動いてもおかしくはないはずだ?元「槍聖」たちはメルちゃんがいても、自分たちだけではダンジョン攻略はできないと言っていた。何か他に、すぐにダンジョン攻略へと向かえない理由があるようだが、それは一体、何だ?」

 僕が、元「槍聖」沖水たちが、なぜ、すぐにダンジョン攻略へ向かわないのか、理由を考えていると、マリアンヌが答えた。

 「恐らく、メフィストソルジャーになったことが原因だと思われます。過去に「水の迷宮」のダンジョン攻略に成功した歴代の勇者パーティーたちは、「槍聖」の持つ水を操作する能力を使用して、「水の迷宮」の攻略に成功したと、過去の勇者たちに関する文献で読んだおぼえがございます。この世界のあらゆる水は微量ながら、魔力を含んでいます。過去の「槍聖」たちは、魔力を含んだ大量の海水を、自身の水を操る能力で操作し、「水の迷宮」のある海の真ん中を切り開き、ダンジョン攻略への道を生み出して、「水の迷宮」を攻略したのだという記録がございます。ですが、メフィストソルジャーとなり、反魔力で汚染した物質しか操作できなくなった今の元「槍聖」では、通常の魔力を含んだ海水を操作できなくなったと考えられます。もちろん、「水の迷宮」の周辺の海水全てを常時、反魔力で汚染すれば、海水を操作することはできるかもしれません。けれども、反魔力で全ての海水を汚染することは実質不可能です。また、反魔力はエネルギーの消費が激しいため、反動で元「槍聖」は強い食人衝動に襲われ、空腹のせいでダンジョン攻略どころではなく、すぐに限界が来て倒れることになります。故に、元「槍聖」たちはダンジョン攻略に動けずにいると思われます。」

 マリアンヌの説明を聞き、僕はその場で思わず爆笑した。

 「アハハハ!そりゃあ、傑作だ!チート能力を手に入れたとか自慢げに言ってたくせに、逆にそのチート能力を手に入れたせいで肝心のダンジョン攻略ができなくなるとは、本当に馬鹿だなぁ、アイツら!おまけに、「槍聖」本来の能力まで失うなんて、なんてお粗末な話だ!メフィストソルジャーなんて禁術を使って、楽してパワーアップしようとするから、罰が当たるんだ!いや、人を襲って食い殺したり、海賊になって暴れ回ったり、一応努力はしているのか?明らかに間違った方向に向かって努力しているけど。なるほど、連中がインゴット王国を侵略して、新しいチートアイテムを手に入れてダンジョンを攻略するんだとか言ってた理由がよく分かった。ゲーマーを自称するなら、チートなんか使わず、コツコツ努力して、レベルを上げてゲームをクリアーしろっての。信念だとか根性だとか、努力だとかの言葉が、連中の頭の中にはないらしい。根性なしの狂った変態食人鬼どもめ、この僕がお前たちの堕落した精神にたっぷりと喝を入れてやる。そして、地獄のどん底に叩き落としてやる。」

 僕は元「槍聖」たちが破滅する姿を思い描き、ニヤリと笑みを浮かべた。

 「お兄ちゃん、ちょっと怖い。」

 メルちゃんが僕の顔を見て、ちょっと引いている。

 「ご、ごめんね、メルちゃん。お兄ちゃんはただ、悪い海賊たちをやっつけるとっておきの作戦を閃いて、それで嬉しくて笑ってただけなんだ。メルちゃんやサーファイ連邦国の人たちを苦しめる悪い海賊たちは、必ずお兄ちゃんが全員退治してあげるからね。冒険者って言うのは、悪者や悪いモンスターを倒す時は、こんなふうにちょっと怖い笑顔を浮かべるものなんだよ。でも、それが自信や強さを生み出す秘訣なんだよ。」

 「そうなの?なら、メルも悪者をやっつける時はニヤって笑うの!」

 メルちゃんがそう言って、僕の真似をして、口元をニヤリとさせて、笑ってみせた。

 「いいよー、メルちゃん。ついでに言うと、悪者が自信満々で何か言ってる時に今みたいに笑うと、悪者は怖がって、その場で混乱しちゃうんだ。今みたいな笑顔を、ポーカーフェイスって言うんだ。笑った後に、悪者をコテンパンにやっつけると、すっごく気持ち良いんだ。今度、見せてあげるね。」

 「分かったなの!お兄ちゃんのポーカーフェイス、メルも見たいの!」

 「よ~し、約束だよ。最高のポーカーフェイスを見せてあげるよ。」

 僕はメルちゃんに、元「槍聖」たちに復讐する時にポーカーフェイスを披露することを約束した。

 「ポーカーフェイスを無垢な5歳児に教え込む、このような方が真の勇者様だなんて。女神様の仰るように、確かに実力はありますが、どうも勇者には見えない、捻くれた部分があると申しますか。メルさんの教育に悪影響を及ぼす予感がして仕方ありません。」

 メルちゃんにポーカーフェイスを教え込む主人公を見て、悩み一人呟くマリアンヌであった。

 午後7時過ぎ。

 僕たちはようやく、「魔の海域」の中央にある、「水の迷宮」のちょうど真上へと到着した。

 イヴが千里眼で「水の迷宮」の周辺を見たところ、SSランクモンスターのリヴァイアサンに、Sランクモンスターのクラーケンなど、大型で凶悪な海のモンスターたちが何匹もうろついている、とのこと。

 認識阻害幻術で船と自分たちの姿を完全に隠している僕たちが、モンスターたちに襲撃を受けることはまず、あり得ないのだが。

 船の操縦を鵺に交代すると、僕はグレイの作った夕食を食べ、それからお風呂に入り、メインキャビンのソファーで眠った。

 翌朝、午前10時。

 僕たち「アウトサイダーズ」一行は、ついに「水の迷宮」のダンジョン攻略作戦を開始した。

 空は青空が広がり、海も穏やかな様子だ。

 僕は「海鴉号」の操縦を酒吞に任せ、デッキに残りのメンバーを集めた。

 「これより、「水の迷宮」のダンジョン攻略作戦を開始する。尚、今回のダンジョン攻略は、この船の上から行う。作戦の内容は、僕が如意棒を細いワイヤーに変形させる。そして、ワイヤーとなった如意棒を、「水の迷宮」の入り口から投入する。そして、「水の迷宮」の中を透視しながら、ワイヤーを進ませ、ダンジョン最深部にある聖槍までワイヤーを接近させる。後は、ワイヤーの先を巻き付かせ、霊能力のエネルギーを流したワイヤーで聖槍を破壊する。作戦は以上だ。みんなから何か、質問はあるかい?」

 「いえ、特にはございません。作戦成功を祈っております。」

 「私も特に質問はない。船の上からダンジョンを攻略する、丈君らしい奇抜な作戦。結果が楽しみ。」

 「我も質問はない。なるほど、海の中にダンジョンがある以上、海上からダンジョンを攻略する策を練ったわけか。さすがである、ジョー殿。」

 「アタシも質問はねえ。海の中に潜ることになるかと思っていたら、ワイヤーを代わりに潜らせてダンジョン攻略とは、中々面白いことを思いつくじゃねえか。さすがアタシらのジョーだぜ。」

 「妾も特に質問はない。婿殿の作戦を全力でサポートするだけのこと。フフフ、「水の迷宮」を海の中に入らずして攻略されるのを見たら、リリアの奴もさぞ悔しがることであろう。婿殿のお手並みを拝見するとしよう。実に楽しみだ。」

 「私も質問はございません。世界滅亡の危機を救うためなら、私も全力で支援いたします。作戦成功、心から応援しております、ジョー様。」

 「お兄ちゃんなら絶対、ダンジョン攻略できるなの!頑張って、なの!」

 玉藻、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌ、メルちゃんが、それぞれ僕に応援の言葉を贈ってくれた。

 「ありがとう、みんな。では、作戦開始だ。みんなは周辺の警戒を頼む。鵺、君はメルちゃんのお守りを頼む。」

 僕は全員に指示を出すと、全身から霊能力を解放した。

 次に、ジャケットの左の胸ポケットから、如意棒を取り出した。

 それから、右手に如意棒を持つと、青白い霊能力のエネルギーを流し込み、如意棒を黒くて細いワイヤーへと変形させた。

 霊能力のエネルギーを流し、太さや長さを調節し、直径5㎜、長さ500mほどの黒く細いワイヤーへと変形させた。

 僕は船のデッキから水面を覗き込んだ。

 そして、右手にワイヤーとなった如意棒を持ちながら、両目を静かに閉じ、霊能力のエネルギーを両目に集中させた。

 以前、ズパート帝国で「霊視」を使い、死の呪いに汚染された地下水の流れを辿ったことがある。それに、霊視を使って透視を行う話を元いた世界で聞いたおぼえがある。

 イヴは実際に神の力を使い、千里眼で透視を行っている。

 透視の能力は実在する。

 後は、霊能力で透視を再現するだけだ。

 僕は霊能力を両目に集中させると、両目をゆっくりと開け、水面を覗き込んだ。

 「霊視!」

 僕の両目に、水面より下の、海の中の光景が視えた。

 僕たちがいる「魔の海域」は、水深の平均が約4,000mあると言われる海だ。

 そして、海底から隆起した海山の上に、海面から水深30mの位置に、「水の迷宮」は建っている。

 「水の迷宮」は、古代ギリシャの「アテナ・プロナイアの神域」と呼ばれる遺跡によく似た姿をした、巨大な海底遺跡である。

 トロスと呼ばれる、古代ギリシャ・ローマ時代の円形の墳墓の構造をしている。

 直径100mの石造りの、中央に広場がある神殿で、周囲を長さ1mほどの石柱15本が囲んでいる。

 神殿の背後には、3本のドーリス式の特徴的な大きな柱が並んでいる。

 円形の神殿の中央には、ダンジョンの入り口である巨大な穴が開いている。

 僕はダンジョンの姿を確認すると、右手に持っているワイヤーに、霊能力を纏わせ、それから認識阻害幻術をかけた。

 霊能力のエネルギーを纏った、視えないワイヤーを、船の上から両手を使って、海の中のダンジョンの入り口までゆっくりと降ろしていく。

 ワイヤーがダンジョンの入り口を通過すると、僕はダンジョンの各階層を透視しながら、ワイヤーを慎重に降ろしていった。

 「水の迷宮」の構造は、各階層に水深50mほどの海が広がり、その中を大量のモンスターたちが泳いでいた。罠が仕掛けてある様子はなかった。

 遺跡の中に、水深50mの海が何層にも渡って広がっている、という物理法則を越えた光景には、毎度ダンジョンを攻略することながら、やはり慣れないものがある。

 認識阻害の幻術を使っているため、モンスターたちにワイヤーの存在を気付かれることはなく、各階層の底にある入り口に向かってワイヤーをゆっくりと進めていく。

 ちなみに、各階層にいたモンスターたちの構成だが、第一階層がレモラ、第二階層がサハギン、第三階層がセイレーン、第四階層がスキュラ、第五階層がカリュブディス、第六階層がシーサーペント、第七階層がクラーケンであった。

 いずれも海や水に関連するモンスターばかりであった。

 第一階層から第七階層までワイヤーを進めた僕は、ついに最後の階層である第八階層まで辿り着いた。

 第八階層の入り口からそっとワイヤーを降ろすと、ワイヤーの真下の海底に、青い台座に載せられた、長さ2mほどの青いロングスピアーがあった。

 間違いなく、本物の聖槍であった。

 聖槍の穂先の部分は台座に嵌まり、縦方向に台座に刺さっている感じだ。

 そして、もちろんながら、その聖槍を守るように、聖槍の後ろには巨大なドラゴンの姿があった。

 全長50mほどで、全身を青い鱗に覆われ、海蛇のような細長い姿をしている。三本指の四本の足を持ち、指の間には水色の水かきが付いている。背中と尾には、魚のような水色のひれが付いている。頭には一角獣のような長い一本の白い角が生えていて、ドラゴンの顔をしている。

 青色のドラゴンは蜷局を巻いて、海底で静かに両目を閉じて眠っている様子だ。

 僕は青色のドラゴンが眠っているのを確認すると、ワイヤーを慎重に降ろし、聖槍へとゆっくりと接近させた。

 それから、霊能力のエネルギーを流して、如意棒が変形した黒いワイヤーを聖槍に絡みつかせた。

 ワイヤーが聖槍全体に巻き付いた瞬間、僕は一気に霊能力のエネルギーをワイヤーに流し込んだ。

 「霊糸縛!」

 ワイヤーが聖槍を一気に締め付け、霊能力の力も加わり、聖槍は木っ端微塵に破壊された。

 聖槍を破壊した瞬間、ダンジョンの中が薄暗くなり、青色のドラゴンを残して、各階層にいたモンスターたちは途端に消滅した。

 「よし!聖槍の破壊に成功した!「水の迷宮」のダンジョン攻略完了だ!」

 僕はそう叫ぶと、ワイヤーに変形させていた如意棒を、元の10㎝くらいの棒状の姿へと戻した。

 僕の声を聞きつけ、酒吞を除くメンバー全員が僕の方にやって来た。

 「ダンジョン攻略おめでとうございます、丈様!これで、元「槍聖」たちの計画を一つ、防いだことになります!お疲れ様でございました!」

 「丈君、お疲れ様!さすがは丈君、私たちのご主人様!丈君の作戦通りに事が運んだ!これで、クソ勇者どもは「聖槍」を手に入れることはできなくなった!私たちの勝利と復讐が一歩前進した!おめでとう!」

 「お疲れ様であった、ジョー殿!作戦成功、誠におめでたいことだ!後は元「槍聖」どもをこの手で成敗するのみだ!引き続き、我も力を貸すぞ!期待して待つがいい!」

 「ジョー、お疲れ!さすがはジョーだぜ!マジで船の上からダンジョンを攻略するとはな!元「槍聖」どもも聞いたら、目ん玉ひん剥いて驚くぜ、きっと!元「槍聖」どもをアタシの槍で今度こそ、串刺しにしてぶっ殺してやるじゃんよ!」

 「お疲れ様だ、婿殿!「水の迷宮」を一本の細い糸だけで、海やダンジョンに入ることなく、ダンジョン攻略を成し遂げてみせるとは、さすがは妾の夫、「黒の勇者」だ!千里眼で様子を見ていたが、見事なお手並みであった!クククっ、後でリリアの奴が間抜け面を浮かべて驚く姿が目に浮かんでくるぞ!本当に見事であった、婿殿!」

 「お疲れ様でございました、ジョー様!苦渋の選択とは言え、これで元「槍聖」たちの手に聖槍が渡ることは失くなり、世界滅亡の危機が一歩、遠ざかりました!「水の迷宮」のダンジョン攻略、誠にお疲れ様でございました!」

 「お兄ちゃん、ダンジョン攻略おめでとうなの!お兄ちゃんはやっぱりすごいの!本物の勇者様なの!」

 玉藻、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌ、メルちゃんが、僕に労いの言葉をかけてくれた。

 僕は笑顔で駆け寄って来るメルちゃんを受け止めると、そのまま両手で抱え、彼女を抱きしめた。

 「これで悪者のパワーアップは防いだからね。後は、悪者たちを退治するだけだよ。もう少しでメルちゃんが大好きなサーファイ連邦国を悪者から救ってみせるから。待っててね、メルちゃん。」

「分かったなの!お兄ちゃんなら、絶対に悪い海賊たちをみんな、やっつけてくれるの!」

 僕とメルちゃんは抱き合い、笑顔で喜び合った。

 僕たちがダンジョン攻略成功を喜んでいると、イヴの顔つきが急に険しくなった。

 「皆の者、急ぎ船に掴まれ!海の底から面倒な奴がこちらに向かってやって来るぞ!全員、警戒態勢に入れ!」

 イヴの忠告を聞き、僕はメルちゃんと手をつなぎながら、デッキの手すりへと掴まった。

 その直後、船の横から、巨大な水柱を上げて、「水の迷宮」の最深部で眠っていた、青色のドラゴンが突如として、僕たちの前に現れた。

 『やっほー!やっと出られたぞ!くそリリアが、よくもこの我を騙して3,000年以上もあんな狭っ苦しいダンジョンに閉じ込めおって!絶対に許さん!リリアー、必ず貴様をこの手で葬ってくれるわぁー!』

 青色のドラゴンは、リリアに騙されて、聖槍を守る役割を無理やりやらされ、「水の迷宮」に閉じ込められたことに大層、お怒りのご様子であった。

 激高する青色のドラゴンを見て、メルちゃんは恐怖で震えている。

 認識阻害幻術を解除して、僕は恐る恐る、青色のドラゴンへ声をかけた。

 「あの~、お怒りのところ、大変申し訳ありません。どうか僕たちの話を聞いていただけますか?僕の名前は宮古野 丈。冒険者をしている者です。ホーリードラゴン、ファイヤードラゴン、ウッドドラゴン、グランドドラゴンの方々より、ダンジョンを攻略して、あなたを「水の迷宮」から解放してほしいとの依頼を受けてやって参りました。聖槍を破壊したのは僕たちです。女神リリアへの怒りは分かりますが、一度落ち着いてください。あなたはもう自由の身です。どうぞ、これからは自由にお過ごしください。では、僕たちはこれにて失礼させていただきます。」

 『待て!貴様、ダンジョンを攻略し、聖槍を破壊したということは、ただの冒険者ではあるまい。勇者に匹敵する実力の持ち主、あるいはリリアと袂を分かつことになった勇者ではないのか?どちらにせよ、貴様ら人間は愚かなリリアに与し、この我がリリアに何度、騙されてダンジョンに閉じ込められたと言っても聞く耳を持たなかった!あの御方は人間のことを信じ、愛しておられたが、貴様ら愚かな人間は、あの御方や我らを裏切り、愚かで狂ったリリアの手先へと成り下がった!もはや、人間に守る価値はないと考えた!貴様らの話も信用できん!人間殲滅の手始めに、まず、貴様らから殺してくれるわ!我が名はウォータードラゴン、竜王の一角にして偉大なるあの御方の使徒なり!覚悟するがいい、人間ども!』

 ウォータードラゴンは、僕たちの話を聞き入れることなく、人間殲滅を主張し、手始めに僕たちを殺すと言ってきた。

 怒りのあまり、頭に血が上って、対話での説得は不可能と僕は判断した。

 「メルちゃん、操縦席の方に隠れて見ていてくれ。あのドラゴンさんと、ちょっと荒っぽいことになりそうだから。いいね?」

 「分かったなの。お兄ちゃん、気を付けてね。」

 そう言って、メルちゃんは船の操縦席へと避難した。

 メルちゃんが避難したのを確認すると、僕は振り返って、ウォータードラゴンの方を向いた。

 「おい、ウォータードラゴン。こっちが下手に出れやれば、調子に乗るなよ。この船には小さな女の子だって乗っているんだ。小さな子供を怖がらせるような大人げないことをするんじゃない。リリアへの恨みは分かるが、関係のない人間までお前の復讐に巻き込むんじゃない。竜王のわりに、随分と短気で頭が悪いようだな、お前。他の竜王に比べたら、お前はただの小物、その辺にいるドラゴンと大差ないな。お前みたいなチンピラが、偉そうに竜王を名乗るな。今すぐ僕たちに謝罪しろ。そうしなければ、お前を容赦なくぶちのめす。分かったか、チンピラドラゴン?」

 僕は睨みながら、口元には笑みを浮かべ、ウォータードラゴンを挑発した。

 『き、貴様ぁーーー!この我をチンピラドラゴンだと言ったな!?小物呼ばわりしよったな!?ならば、この我を侮辱したこと、後悔させてくれるわぁー!』

 ウォータードラゴンが海面から体を大きく伸ばし、僕の方を見ながら、大きく口を開けた。

 僕は全身から一気に霊能力を解放し、霊能力のエネルギーを身に纏った。

 左の手の平を上に向けながら、左肘を軽く曲げ、胸の高さで止め、目の高さで手刀を作った。右の手の平も上に向けながら、右脇腹に添えて、手刀を作った。

 右肘が肩と平行になるくらい引き、右手刀を右耳の後ろに回した。左手刀は手の平を下に向け右脇腹に添えた。

 その体勢のまま、右手刀に、霊能力のエネルギーを集中させ、構えた。

 一方、ウォータードラゴンの口の中にも巨大な水の渦が生まれ、僕目がけて発射する体勢をとっていた。

 『我を侮辱したこと、後悔しながら死ぬがいい!傲慢で矮小な人間めが!食らえ!ブルー・ウォーター・ブレス!』

 ウォータードラゴンの口から僕目がけて、超高圧縮された大量の水が発射され、僕を吹き飛ばそうと襲いかかってきた。

 ウォータードラゴンの放った大量の水が迫った瞬間、僕は一気に右手刀を音速を超えるスピードで縦方向に振り抜いた。

 「霊波斬拳!」

 ウォータードラゴンの放った、超高圧縮された大量の水が僕の右手刀に接触した瞬間、僕の右手刀が、激流のような大量の水を縦方向に斬り裂いた。

 そして、僕の右手刀から放たれた衝撃波が、縦方向に鋭い風の刃となって大量の水を斬り裂きながら進み、そのままウォータードラゴンの顔面を斬り裂いた。

 『フギャアーーー!?』

 顔面を僕の手刀で斬られ、顔から赤い血を流しながら、ウォータードラゴンはのたうち回った。

 『い、痛い!?顔が、我の顔が切れたー!?痛い、痛いーーー!?』

 海面でのたうち回るウォータードラゴンに向かって、ニヤリと笑みを浮かべながら僕は言った。

 「どうだ、チンピラドラゴン、僕の「霊波斬拳」の斬れ味は?言っておくが、今のでも大分、手加減した方だぞ。僕はまだ3割程度の力しか使っていない。僕が本気を出したら、お前を一瞬で真っ二つに斬り裂くことだってできるんだ。僕のことを傲慢だの矮小だの、散々虚仮にしてくれたが、そっくりそのままお前に返してやる。いいか、二度とこの僕を本気で怒らせるな。それと、さっきの僕たちへの脅しに対する謝罪の言葉を聞かせてもらおうか。後、ダンジョンから解放した御礼の言葉もな。断るなら、もう一撃、本気の手刀をお前に食らわせてやる。さぁ、答えを聞かせてもらおうか、ええっ、チンピラ?」

 『す、すみませんでしたぁー!もう二度とあなた様には逆らいません!さっき脅したことも謝ります!ダンジョンから解放していただき、誠にありがとうございました!我はチンピラドラゴンでした!本当にすみませんでした!どうか、どうか命だけはお助けください!お願いいたします、冒険者様!』

 ウォータードラゴンが謝罪と命乞いを始めた。

 「よろしい。お前のことを許してやる、ウォータードラゴン。二度と人間殲滅なんて馬鹿なことは考えるなよ。分かったな?」

 『はい!かしこまりました!』

 僕とウォータードラゴンが話をしていると、後ろからイヴがやって来た。

 「久しぶりだな、ウォータードラゴンよ。相変わらず、貴様の短気っぷりは治っておらんな。婿殿が手加減をせねば、貴様は本当に死んでいたぞ。婿殿に感謝するがいい。」

 イヴの姿を見て、ウォータードラゴンは驚いた。

 『い、イヴ様!?お懐かしゅうございます!イヴ様があのリリアによって封印されたと聞き、大変心配しておりました!ご復活、誠におめでとうございます!イヴ様が復活さえされれば、あのクソリリアなどいちころでございます!ところで、その、先ほどからこの黒い冒険者の男のことを婿殿と呼んでいらっしゃいますが、まさかイヴ様はご結婚されたのですか?』

 「その通りだ。正確には婚約の段階だが、結婚は目前だ。貴様の目の前にいるこの少年こそ、妾が加護を与えた真の勇者にして、リリアによって歪められたこの世界を救う救世主となる男だ。妾の封印を解いたのもこの少年だ。名前はミヤコノ ジョー。妾の婿殿にして未来の夫だ。くれぐれも婿殿の前で先ほどのような粗相を見せるでない。もし、また婿殿を侮辱するようなことがあれば、その時は妾が貴様を宇宙の塵へと変えてくれる。分かったな、ウォータードラゴンよ?」

 イヴがウォータードラゴンを睨みながら脅した。

 『か、かしこまりました、イヴ様!ご婚約、誠におめでとうございます!いやぁ、イヴ様もお人が悪い!最初からいなさるなら、一声この我に声をかけてくだされば、お婿様と争うようなことはいたしませんでしたのに!ジョー様、言え、婿様、どうぞ末永く、我が偉大なる指導者、女神イヴ様のことをお頼み申します!おっと、これは婚約祝いと謝罪の品に、是非お受け取りください、婿様!』

 ウォータードラゴンはそう言うと、ウォータードラゴンの額から青色に光り輝く石が現れ、フワフワと空中を浮かんで、僕の目の前にやってきた。

 『その石は「水竜の石」と言って、念じればいつでもこの我を召喚することができます。もし、何かお困りのことがございましたら、その石を使っていつでも我をお呼びください。いつでも、どこからでもあなた様やイヴ様の元に馳せ参じ、力をお貸しいたします。さぁ、お受け取りください。』

 「ありがとう、ウォータードラゴン。では、ありがたく頂戴するよ。怪我をさせてしまって御免な。」

 僕は「水竜の石」を受け取ると、腰のアイテムポーチへとしまった。

 「ウォータードラゴンよ、すぐに顔の傷を妾が治してやる。じっとしているがいい。」

 イヴがそう言って、右手の指をパチンと鳴らすと、ウォータードラゴンの顔の傷がたちまち塞がっていく。

 『ありがとうございます、イヴ様。婿様、イヴ様、それに他の冒険者の皆様。我からも依頼をさせていただきます。我と同じ他の竜王たちをダンジョンから解放していただきたく、お願い申し上げます。皆様ならきっと全てのダンジョンを攻略し、残りの我が同胞たちを必ず解放してくださると信じております。邪悪なリリアの野望も皆様ならきっと打ち砕いてくださると、我ら竜王一同、心より期待しております。それでは、皆様、我はこれにて失礼させていただきます。イヴ様、婿様、結婚式の際は必ず我もお呼びください。さらば、皆様!』

 ウォータードラゴンはそう言い残すと、海中深く潜って、僕たちの前から去って行った。

 「イヴ、ウォータードラゴンの傷を治療してくれてありがとう。回復魔法まで使えるとは知らなかったよ。さすがは闇の女神だ。フォロー、ありがとう。」

 「何、大したことではない。あの程度の怪我を治療するくらい、妾にでもできる。より高度な回復術や医療技術を持つ、医者や回復術士には及ばんがな。妾の部下が迷惑をかけてすまなかった。あの怒りん坊めが、相変わらず短気で、怒ると周囲の状況を判断する能力に欠けるところは治っておらん。妾にも気付かず、婿殿にいきなり喧嘩を吹っかけるとは、全く手のかかる奴だ。あれは竜王の中で最年少である故、少々未熟な部分がある。婿殿にチンピラ呼ばわりされても致し方ない。迷惑をかけてしまって、申し訳ない。」

 「イヴが謝ることは何もないよ。そもそも、ウォータードラゴンが怒った原因は、ウォータードラゴンを騙して、ダンジョンに幽閉したクソ女神のリリアだ。いずれその内、リリアには重い罰が下される時が来る。多くの者たちを利用し、苦しめ、殺した罪の報いからは、例え女神であろうと逃れることはできない。リリアが絶望して破滅に追いやられるその様を一緒に笑って見ようじゃないか。」

 「ありがとう、婿殿。では、リリアが破滅するその時が来るのを共に楽しみに待つとしよう。」

 僕とイヴは笑い合った。

 ウォータードラゴンとの戦いを終え、イヴと話をしていると、操縦席に避難して、僕とウォータードラゴンとの戦いを見ていたメルちゃんが、操縦席のあるメインキャビンから出て、走って僕の方にやって来た。

 「お兄ちゃん、すっごくかっこよかったなの!お兄ちゃんのポーカーフェイスがメルにも見えたの!お兄ちゃんが笑ったら、ドラゴンさんも困って、怒って、水をドバーっと吐いたの!それでね、お兄ちゃんが手でドラゴンさんの吐いた水をスパーンと斬って、ドラゴンさんのお顔も斬れて、一発で倒しちゃったの!ドラゴンさん、ビビッてたの!お兄ちゃん、とっても強かったなの!」

 メルちゃんが興奮気味に話しかけてきた。

 「ありがとう、メルちゃん。メルちゃんが応援してくれたおかげで、お兄ちゃんはあのドラゴンに勝てたんだ。メルちゃんは僕の戦う姿をよく見ていたねぇ。感心、感心。あのドラゴンは大した悪者じゃなくて、ちょっと怒って八つ当たりしてただけなんだ。本当はね、すっごく良いドラゴンなんだよ。でも、ポーカーフェイスの使い方がちょっとだけ分かっただろ?本当の悪者に使ったら、もっと面白いことになるから、期待して待っててね。」

 「分かったなの!メルもポーカーフェイスをもっとお勉強するなの!」

 僕はメルちゃんに、ポーカーフェイスを使った復讐ショーを披露することを約束した。

 「婿殿、こんな幼子にポーカーフェイスを教えるのは早すぎるのではないか?メルの教育にはあまり良くない気がするのだが?」

 「大丈夫だって!僕は5歳の頃に、死んだ丈道お爺ちゃんから、もし、自分が喧嘩することになった時は、ポーカーフェイスを使って相手を脅かせ、って教わったんだ。実際、僕は元いた世界でよくいじめられたし、よく喧嘩もした。その時、お爺ちゃんから教わったポーカーフェイスはすごく役に立った。幼い頃から自衛の手段を一つでも多く身に着けておいて損はない。特に、モンスターなんて危険な存在がいる、この異世界で生きていくなら尚更ね。」

 「ふむ。そう言われると、婿殿の言うことも一理ある。このアダマスでメルが生き残るために、何かしら自衛の手段を教え込むことは決して間違ってはいない。婿殿は子供思いの良い父親になれそうだな。」

 「アハハハ、僕が父親になる日は当分、いや、一生来ないかもだけど。まぁ、とりあえず、ダンジョンは攻略したし、サーファイ連邦国へ戻るとしよう。さぁ、次はお楽しみの海賊退治だ。元「槍聖」たちと海賊どもを全員、血祭りに上げるとしよう。」

 僕はイヴやメルちゃんとの会話を終えると、メインキャビンへと入り、ソファで休んだ。

 「酒吞、サーファイ島の北側に向けて船を動かしてくれ。」

 「了解だぜ、丈。後、ダンジョン攻略、お疲れさん。そこでゆっくり休んでな。」

 僕は酒吞に船の操縦を任せ、ソファで飲み物を飲んだり、メルちゃんや他のパーティーメンバーたちと会話を楽しんだりして、過ごすのであった。

 それから、日付をまたいだ深夜2時過ぎのこと。

 僕は操縦席に座り、夜の海を見ながら、「海鴉号」を操縦し、海を走らせていた。

 僕が操縦をしていると、また、メルちゃんが起きて、僕のいる操縦席の方へと眠気眼でやって来た。

 メルちゃんは僕の隣の副操縦席へと座った。

 僕はメルちゃんに訊ねた。

 「どうしたの、メルちゃん?また、変な夢でも見て起きちゃったのかな?」

 「ううん。違うの。メルね、久しぶりにね、パパとママとおばあちゃんの夢を見たの。」

 「そうなんだ。夢の中で、メルちゃんのパパたちはどんな様子だったの?」

 「ええっとね。パパもママもおばあちゃんも、みんな笑ってたの。メルのこと、いっぱい頑張ったね、って褒めてくれたの。お兄ちゃんやお姉ちゃんたちのこともいっぱいお話したの。三人とも、とっても嬉しそうだったの。」

 「そっか。パパもママもおばあちゃんも、みんな笑ってたんだね。それは良かったね。」

 「うん。だけどね、パパもママもずっと前に天国に行っちゃったの。だからね、おばあちゃんも、天国に行っちゃったから、もう夢でしか会えないのかもって、そう思ったの。」

 メルちゃんの急に悲し気な表情を見て、僕は一瞬言葉に詰まった。

 メルちゃんのおばあちゃん、マーレ大統領は沖水たちに殺された可能性が高い。

 マーレ大統領が生きている可能性は低い。

 メルちゃんは、僕同様、心を許せる、血のつながった家族はもうこの世にはいない。

 「メルちゃん、お兄ちゃんもね、メルちゃんと同じ年の頃に、両親とお爺ちゃんが天国に行っちゃってね。それからは、ずっと独りぼっちで生きてきたんだ。でもね、10年以上経ったある日、僕を家族だと言ってくれる、お姉ちゃんたちに出会ったんだ。お兄ちゃんには天国で見守っていてくれる家族も、一緒に今を生きる新しい家族もいてくれるんだって、お姉ちゃんたちに出会って気が付いたんだ。だからね、メルちゃんは独りぼっちになったわけじゃないんだ。天国には大好きなパパもママもおばあちゃんもいて、いつもメルちゃんを見守ってくれている。そして、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちがメルちゃんの新しい家族になる。メルちゃんは何にも寂しがることはないんだ。お兄ちゃんたちがこれからずっと傍にいるからね。いっぱいお兄ちゃんたちに甘えていいんだよ。遊びもトレーニングも、色んなことをして楽しく暮らせるんだ。お兄ちゃんたちがメルちゃんの家族になってもいいかい?」

 「もちろん、なの!メル、お兄ちゃんたち、大好きなの!メル、お兄ちゃんたちと家族になりたい、なの!」

 メルちゃんに笑顔が戻って、僕はホッとした。

 「よし、じゃあ、メルちゃんは今日からお兄ちゃんたちの大事な家族だ!ずっと一緒にいるからね!約束だよ!」

 「やったーなの!ならね、ええとね、お兄ちゃんにお願いがあるの。」

 「お願い?お兄ちゃんでできることなら、何でも聞くよ。言ってごらん。」

 メルちゃんが顔を赤らめながら、僕に言った。

 「あのね、お兄ちゃんのこと、パパって呼んじゃダメ?」

 「パパっ!?ええっと、お兄ちゃん、まだ17歳なんだけど、どうしてパパって呼びたいのか、理由を教えてくれるかな?」

 「ええっとね、お兄ちゃんは強くて、恰好良くて、優しくて、天国にいるパパによく似ているの。だからね、メル、お兄ちゃんがメルのパパになってくれたらいいなって、そう思ったの?」

 「アハハハ。そっか。そんなに僕はメルちゃんのパパと似ているのかぁ。可愛いメルちゃんの頼みだと、断れないなぁ。分かった。じゃあ、お兄ちゃんは今日からメルちゃんの新しいパパになります。だけど、パパになったら、いつも甘やかしたりはしないぞぉ。悪いことをしたら、パパは怒るからね。それでも良いのかな?」

 「うん、良いの。お兄ちゃんがメルのパパになってくれるなら、それでも良いの。」

 「メルちゃんは意外と頑固だね。じゃあ、今日からお兄ちゃんはメルちゃんのパパになります。メルちゃんもパパの娘になるわけだから、メルって呼び捨てにするからね。よろしくね、メル。」

 「は~い!よろしくなの、パパ!」

 こうして、僕はメルの新しいパパになり、メルは僕の義理の娘になった。

 異世界で、17歳で義理とは言え、娘ができ、自分が父親になる日が来ようとは。

 人生とは本当にどう進むことになるのか、分からないものである。

 僕はメルと夜の海を見ながら、メルが眠くなるまで、一緒におしゃべりをして楽しんだ。

 僕とメルの話を、こっそりと他のパーティーメンバーたちが立ち聞きしていることに、僕もメルも気が付いていなかった。

 「丈様がメルちゃんの義理の父親になるとは、これは想定外の事態です。丈様の子育てを全力でサポートしなければ。」

 「丈がメルのパパになるってか。ということは、メルに認められれば、俺はメルのママ、つまり、丈の奥さんってことになるよなぁ。おいおい、とんでもねえ大チャンスが巡って来たぜ。」

 「フっ。子供の好きな遊びは熟知している。私なら、メルちゃんをいつでも喜ばせることができる。この恋のレース、メルちゃんのママの座は私が先にいただいたも同然。」

 「わ、我とて、遊びについては詳しい方だ。楽しい一人遊びやカードゲームもたくさん知っているぞ。手品だってできるぞ。我が必ず先にメル殿のママになってみせる。悪いが、手加減は一切せんからな。」

 「へっ。エルザ、ぼっちでひきこもり気味だったお前より、アタシの方が遊びにはもっと詳しいぜ。子供は外で思いっきり遊びてえもんなんだよ。それに、アタシは料理だってできる。この中で一番料理が上手いのはアタシだ。メルの胃袋もハートもがっちし掴んで、アタシがメルのママになってやるじゃんよ。」

 「皆の者、悪いがメルのママになるのは、闇の女神であるこの妾だ。メルが婿殿の義理の娘になった以上、妻である妾こそ、メルのママに一番ふさわしい。妾はこのアダマスの創造に関わった、数多の知識を持つ、頭脳明晰な女神だ。遊びだけでなく、子供の教育、お勉強についても、ママとしてメルに楽しく教える自信がある。甘やかすことだけが母親の仕事ではない。遊びもお勉強も満足させられる、最高のママになってみせよう。」

 「ジョー様がメルさんの父親に。もし、私がメルさんのママになれたら、私にもジョー様と恋人になるチャンスが巡って来る!?インゴット王国流の遊びや作法などについては私も熟知しています。勇者を支えるジョブを持つ者の心得も、私ならメルさんに教える自信があります。私にだって、メルちゃんのママになる資格はきっとあります。絶対に皆様には負けませんから。」

 玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌの七人のヒロインたちは、メルにママとして認められ、誰が一番先に主人公の恋人、正妻のポジションを手に入れるか、秘かに火花を散らすのであった。

 主人公がメルのパパになったことをきっかけに、ヒロインたちの恋のレースが一気に加速したのであった。

 そんなことなど露知らず、メルと夜の海を見ながら、おしゃべりを楽しむ主人公であった。

 僕、宮古野 丈は今日、「水の迷宮」を攻略し、そして、聖槍を破壊した。

 ざまぁみやがれ、沖水。

 お前が「槍聖」として覚醒し、パワーアップする機会は永遠に失われたのだ。

 だが、沖水、そして、お仲間の六人、それと手下の海賊ども。

 僕の復讐はこれだけじゃあ済まない。

 必ずお前ら全員に絶望を嫌と言うほど味わわせてから、全員地獄に叩き落としてやる。

 僕の異世界の悪党への新たな復讐が、ようやく幕を開けたのであった。


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