第十六話 主人公、謎の海賊出現を知る、そして、第五のダンジョンへ向け旅立つ

 僕たち「アウトサイダーズ」がズパート帝国を訪れてから約四週間近い月日が経過しようとしていた。

 グレイの強化トレーニングを終えた日から二日後の夜のこと。

 僕たち「アウトサイダーズ」のメンバーは、クーデター成功への貢献と、「聖女」たち一行を討伐したことへの功績を称え、感謝を表したいと言うナディア医師こと、ナディア皇帝陛下にお誘いを受け、オネスト宰相の御屋敷にて開かれるパーティーへと参加した。

 皇帝や貴族たちの出席するパーティーのため、通常ならタキシードやドレスといった礼服を着て参加するべきなのだろうが、クーデター直後で、前皇帝サリムのせいで国が疲弊し、大勢の国民が死亡する事件も起き、そんな中で皇家や貴族たち、政府の人たちが贅沢をするわけにはいかないとのことで、パーティー自体はとてもささやかなモノとなった。

 ホームパーティー感覚で来てほしい、服装も自由で礼服の着用は不要、と、招待状に書かれていたため、いつもの冒険者衣装で僕たち八人はパーティーへと赴いた。

 パーティー会場へと入ると、いつもの白衣姿のナディア皇帝がいた。

 僕はナディア皇帝に声をかけた。

 「こんばんは、ナディア皇帝陛下。この度は僕たち「アウトサイダーズ」をパーティーにお招きいただき、誠にありがとうございます。」

 「こんばんは、ジョーさん。来てくれて本当にありがとう。帝城が万全の状態だったら、城で開いたんだけど、誰かさんが滅茶苦茶に壊してくれたおかげで、他所様の御屋敷を借りて開くことになったわ。」

 「その件は本当にすみませんでした。どうか、ご勘弁ください、皇帝陛下。」

 「冗談よ。それに、その皇帝陛下って言う呼び方は不要よ。いつも通り、ナディア先生と私のことは呼んでちょうだい。そっちの方が落ち着くわ。」

 「分かりました。ナディア先生はこれからも医師を続けられるんですか?」

 「当然よ。皇帝になっても、私は医師を辞めることはしない。周りのみんなには多少、迷惑をかけることにはなるかもしれないけど、私は医師としても人を助ける道を歩みたいの。もちろん、皇帝としての仕事もきちんとこなすつもりよ。私が皇女の仕事をほったかして、死んだ兄の暴走を止められなかった分も含めて働くわ。」

 「そうですか。皇帝と医師、二足の草鞋を履くのはすごく大変なことだと思います。どうか、無理だけはなさらないでくださいね。陰ながら応援しています。」

 「一度本当に無理をして死にかけた人に言われても、いまいち説得に欠けるわね。でも、心配してくれてありがとう。あなたも無理はしないでね、ジョーさん。」

 「はい、もう絶対に無理はしません。自分の命は自分だけのものじゃない、この国に来てそれを嫌と言うほど痛感しましたから。お気遣いありがとうございます。」

 いつもの皮肉交じりの話をするナディア先生と、談笑する僕であった。

 僕とナディア先生が話をしていると、後ろにいたマリアンヌがナディア先生に声をかけた。

 「お話し中のところ、失礼いたします。初めまして、ナディア皇帝陛下。私はインゴット王国王女、マリアンヌ・フォン・インゴットと申します。この度は、我が国の不祥事のために、貴国に大変なご迷惑をおかけいたしました。インゴット王国政府を代表して深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。」

 マリアンヌがナディア先生に謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げた。

 オネスト宰相を始めとする元皇女派、現皇帝派の貴族たちは皆、顔を顰め、警戒した様子で、マリアンヌの方を見ていた。

 「頭をお上げください、マリアンヌ姫。あなた方、インゴット王国政府の方たちには色々と文句を言いたい気持ちもあります。あなた方が「レイスの涙」を「聖女」たち一味に盗まれる不祥事が起きなければ、500万人もの国民が死の呪いで虐殺される無差別テロは起こらなかったはずです。皇帝として、医師として、強い怒りをおぼえているのも事実です。インゴット王国政府への支援金の援助も白紙撤回することさえ考えました。ですが、今回の我が国の混乱には、死んだ私の兄、前皇帝サリム・ムハンマド・ズパートが、「聖女」たち一味と結託したことにも原因があります。それ故に、支援金の援助は引き続き行わせていただきます。ただし、支援金の額は減額させていただきます。我が国も現在復興途中で、財政に大きな余裕があるわけではありません。それから、制裁措置として、我が国から貴国への全鉱物資源の輸出を五年間、停止する措置をとることを決めました。すでにインゴット王国政府には通達済みです。あなたからの謝罪は確かに受け取りました。けれども、今後もインゴット王国政府の不祥事が続き、我が国にさらなる被害がもたらされるようであれば、貴国との国交断絶も我々が考えていることは覚えていてください。私からあなたに言えることは、これ以上はありません。」

 「寛大な処置、誠にありがとうございます。私を始め、インゴット王国政府はこれ以上、貴国に被害をもたらし、国交断絶に至らぬよう、最善を尽くす覚悟です。私自身も、「黒の勇者」様とともに、暴走する元勇者たちの討伐に全力で当たる所存です。どうか、今後とも引き続き、インゴット王国へのご支援をお願いいたします。」

 マリアンヌの言葉に、ナディア先生は複雑な表情を浮かべながら、耳を傾けていた。

 ナディア先生への謝罪を終えると、マリアンヌはパーティー会場にいる貴族たちの下へと向かい、謝罪の言葉を言って回っていた。

 「マリアンヌ姫、彼女も大変ね。インゴット王国の王女であり、光の女神リリアの神託を授かる「巫女」でもある。おまけに、元勇者たちの教育と管理に失敗して、暴走する元勇者たちのせいでインゴット王国は世界中から巨額の損害賠償金を請求され、国は財政破綻寸前。今後五年以内にインゴット王国は衰退、最悪、財政破綻して世界地図から抹消される、なんて危機的事態にまで追い込まれている。身から出た錆、自業自得ではあるけれど。巻き込まれるこちらからしたら、迷惑極まりない話よ。インゴット王家や現国王派の貴族たちにご退場いただいて、インゴッド王国政府の首脳陣を刷新してもらいたい気持ちもあるけど、そういうわけにもいかないのよね。王家の直系も、現国王と彼女だけという話だし、他に王家の血を継ぐ者はいないという話よ。インゴット王国が本当に立ち直れるかは、正直微妙なところね。」

 貴族たちに謝罪して回るマリアンヌ姫の姿を見ながら、ナディア先生が言った。

 「僕は別に滅んでもらっても構いませんけどね。インゴット王国の政府の連中はどいつもこいつも腐った人間のクズばかりですよ。王族、貴族、役人、騎士、ほぼ全員ですよ。僕を処刑したあの国とクソ国王がどうなろうが、知ったこっちゃありません。ただ、インゴット王国の中には僕もお世話になった人たちがいるので、その人たちに迷惑をかけない形で滅んでほしい、そう思っています。財政破綻で自然消滅してくれるなら、インゴット王家は滅んだ方が、この世界の平和に繋がると僕は思いますよ。」

 「真の勇者、なんて呼ばれる人間とは思えないほどドライな言葉ね。まぁ、自分を処刑した国を良く思う人間はまず、いないわ。滅んで当然、と言うのが普通の人間としての反応よね。聖人君主を気取らない、ごく普通の人間の価値観を持って動く、それがあなたの良さだと私は思うけどね。」

 「ありがとうございます、ナディア先生。僕は聖人君主でも勇者でもない、ごく普通の、冒険者をしている一人の人間です。それ以上でもそれ以下でもない。人助けもしますが、復讐のためなら容赦なく敵を殺します。自分の手を汚す覚悟も、地獄に落ちる覚悟も持っています。ただの、優しい復讐の鬼なんですよ、僕は。」

 「優しい復讐の鬼、か。あなたみたいな優しい人を復讐へと走らせる人たちは、きっとあなたが抱く覚悟も持たない、自分勝手な都合で動く、自分が悪人であるという自覚さえ持たない、救いようのない外道なんでしょうね。人を殺める復讐は単純な善悪で割り切れるものじゃない。それを分かって復讐を続けるあなたの苦労と悲しみがいつか報われる日が来ると良いわね、ジョーさん。」

 少し悲しげな表情を浮かべながら、ナディア先生は僕にそう言った。

 「少し風に当たりたい気分だわ。ジョーさん、庭に出ようと思うんだけど、ご一緒していただけるかしら?」

 「ええっ、構いません。正直、大人数でのパーティーって苦手なんです。人が少ない方が落ち着く性分なんですよ。」

 僕はナディア先生と一緒に、屋敷のパーティー会場を出て、屋敷の庭へと出た。

 外は雲がなく、月と星々が明るく夜空を照らしていた。

 しばらくの間、静かに夜空を見上げていると、ナディア先生が僕に話しかけてきた。

 「ジョーさん、この国を出る日はもう決めているの?」

 「はい。三日後に出発する予定です。準備はほぼ終わっています。サーファイ連邦国に行こうと考えています。」

 「サーファイ連邦国、海を挟んでこの国とはお隣さんね。あの国には何度か行ったことがあるけど、海がとてもきれいで、高級リゾートホテルもたくさんあって、バカンスを過ごすには最適よ。美味しい魚貝類を食べることもできるわ。けど、復讐が目的で訪れるあなたにはあまり関係ないことよね。ただ、復讐が終わったら、一日くらい、あの国でバカンスを楽しんでもいいと思うわ。偶には仕事や復讐のことを忘れて、息抜きをすることも健康管理として大事なことだから。この国でもあなたたちはいっぱい働いてくれたから、せめてあの穏やかな国でしっかり休養を取ってほしいのよ。」

 「お気遣いありがとうございます。旅の目的を果たしたら、先生の言うように、みんなで一緒にバカンスを楽しみたいと思います。せっかく、きれいな海のあるリゾート地に行くわけですし、仲間たちにも仕事を忘れて休息を取ってほしいと、僕も思っています。」

 「それが良いわ。あなたも私と似て、仕事中毒気味なところがあるから、休息をちゃんと取りなさい。話は変わるけど、ジョーさん、あなたに渡したいモノがあるの。」

 そう言うと、ナディア先生が白衣の左ポケットから、金のチェーンとオレンジ色の丸い宝石が付いたネックレスを取り出すと、そのネックレスを僕の首にかけた。

 ネックレスに付いているオレンジ色の宝石を右手の人差し指と親指でつまんで持ちながら、僕はナディア先生に訊ねた。

 「ナディア先生、このネックレスは一体?」

 僕の問いに、ナディア先生は微笑みながら答えた。

 「それは、先々代皇帝であった私の父が愛用していたネックレスよ。父も皇帝の傍ら、冒険者をやっていたの。冒険に行く時は、必ずそのネックレスを付けて行ったの。幸運のお守りだと言って、よく見せてくれたわ。ネックレスに付いている宝石は、確かカーネリアンだったかしら。そんなに高いモノじゃあないし、良かったら受け取ってちょうだい。」

 「お父さんの形見のネックレスですか?こんな大事なモノを赤の他人の僕が受け取るわけには・・・」

 「良いのよ。あなたは父が愛したこの国を、ズパート帝国を守った英雄よ。本来、暴走した兄を、サリムを止めるのは、妹で皇女の私の役目だった。兄を殺すのも本当は私の役目だったのに、その役目を赤の他人のあなたに押し付けてしまった。この国と私を救ってくれたあなたに、このまま何も御礼をせずに手ぶらで帰すわけにはいかない。死んだ父も、この国を守った英雄であるあなたが、「黒の勇者」様と呼ばれるあなたが、自分の形見であるそのネックレスを付けてくれたら、きっと喜んでくれるはずだから。」

 「僕が前皇帝と「聖女」たちを殺したのは、半分は良心ですが、半分は復讐が目的です。僕はただの冒険者で、復讐の鬼です。英雄なんて呼ばれる資格はありません。「賢帝」と呼ばれたあなたのお父さんの形見の品を受け取れるような人間じゃありません。前皇帝を、あなたのお兄さんをこの手で殺した男です。ただ、医師であるあなたに、人殺しをしてほしくなかった、そんな思いもありました。僕がこの国でやったことは、殺人と復讐です。僕がズパート帝国で行った復讐を忘れないための証に、このネックレスはありがたく頂戴します。」

 「あなたにとっては、この国で自分のやったことはただの復讐という理解でしょうけど、少なくとも、私やこの国の民たちはそう思ってはいないわ。あなたの復讐によって救われたと思う人間は大勢いるわ。私もその一人よ。あなたの復讐が、この国の人々を笑顔にしたの。そのネックレスを見る時、復讐の証としてだけでなく、私たちの笑顔も思い出して。あなたはみんなを笑顔にできる、優しい復讐の鬼なのだから。」

 そう言葉をかけてくれるナディア先生の僕を見る目は、とても悲しい目をしていた。

 「ありがとうございます、ナディア先生。先生のその言葉を聞けただけでも十分なくらいです。お父さんの形見のネックレス、大切に使わせていただきます。このネックレスに恥じないよう、僕は自分自身の思う正義と復讐を最後まで貫き通します。この世界の人たちから笑顔を奪う悪党たちに、僕は正義と復讐の鉄槌を下す覚悟です。」

 僕の言葉を聞いて、ナディア先生の顔が少しだけ明るくなった。

 そして、急にナディア先生が僕に抱き着いてきた。

 動揺する僕に、ナディア先生は耳元で囁いた。

 「大切な父の形見のネックレスをあげたのだから、必ず最後まで自分の信念を貫きなさい。復讐したいなら、必ず復讐をやり遂げなさい。「史上最強の狂戦士」とも呼ばれた私の父の形見があなたを守ってくれるはずだから。それと、絶対に死んじゃ駄目よ。必ず復讐をやり遂げて、生きてまた、この私に顔を見せに来なさい。約束よ。良いわね?」

 「分かりました。絶対に復讐をやり遂げて、生きて、また先生に会いに行きます。約束します。」

 「絶対よ。約束したからね。」

 約束を交わすと、ナディア先生は抱き着くのを止め、僕から離れた。

 「さてと、そろそろ会場に戻りましょうか。早く戻らないと、私とあなたが逢引きでもしてるんじゃないかと、勘違いされかねないから。」

 「ハハハ。僕と先生が逢引きしているですか?そんな勘違いをするような、頭の中が恋愛脳みたいな人は会場にはいないと思いますけど。まぁ、顔を出さないと不安に思う人もいるでしょうから、帰りましょうか。」

 僕とナディア先生は冗談を言いながら、庭を出て屋敷のパーティー会場へと戻ることにした。

 ナディア先生からもらったネックレスの宝石、カーネリアンは成功や勝利、そして、勇気という意味を持つ宝石だ。

 僕の復讐が成功と勝利で終わることへの願いと、復讐をやり遂げる勇気をもらったのだと、僕は思った。

 一方、主人公、宮古野 丈とナディア皇帝が庭で話をしている時、庭の隅から、二人の様子をこっそりと窺っている者たちがいることに、二人は気が付いていなかった。

 主人公たち二人の様子をこっそりと窺っていたのは、玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌの七人であった。

 主人公たちの一部始終をこっそりと窺っていた七人は、ナディア皇帝が主人公に抱き着き、迂闊に割り込めないムードを醸し出していたため、驚きや困惑、苛立ちなど、それぞれが様々な表情を浮かべていた。

 「ううっ、何ということでしょう。わたくしたちの懸念が的中していました。丈様とナディア先生があのような親密な仲に発展するとは。亡き御父上の形見の品を贈る、これはもう告白したも同然です。ナディア先生の丈様への好意は明白です。おまけに、あのようなロマンスを感じさせるシチュエーションまで作り出されては、迂闊に割り込むわけにもいきません。別れ際のお二人の切なげな姿など、ラブロマンスそのものです。ナディア先生はかなりの強敵だと言えます。私たちもうかうかしてはおられません。私たちも丈様とのラブロマンスを実現する必要があります。」

 「ナディアの奴、ジョーを連れ出して二人でどっかに行くもんだから気になって後をつけたら、あんな切ねえラブロマンスを見せつけやがって。俺たちだって、まだ丈とあんな恋愛らしいイベントしてねえんだぞ。ここいらで本気でテコ入れしねえと、最悪ナディアの一人勝ちもあり得る。まずはファーストキスだ。丈のファーストキスを俺たちで奪うんだ。それでナディアを追い越すぞ。」

 「ナディア、恐るべき女。プレゼントも告白する場所もタイミングもトークも、全て完璧だった。正に王道のラブロマンスのシチュエーションだった。愛する男の旅立ちを切なげに見送る大人の女、といった雰囲気だった。恋愛テクニックは私たちよりも一枚上手と感じた。このままではナディアの完全勝利で終わる可能性が高い。私たちも丈君と良いムードになる作戦を早急に実行すべき。」

 「ナディア殿までジョー殿のことを好いているとは。ズパート帝国の皇帝からも好意を寄せられるとは、ジョー殿はさすがというか、少々モテすぎなのでは。ジョー殿は陰キャだの、ぼっちだの、コミュ障などと、自分のことをいつも卑下しているが、我には少しおとなしいだけで、普通は好青年にしか見えんと思うぞ。元いた世界ではばい菌呼ばわりされるほど、周りの女子たちから嫌われていたと言っていたが、本当はそうではなく、ただのジョー殿の勘違いなのでは、そう思えてしまうぞ。とにかく、ナディア殿は我らにとって強力な恋のライバルだ。現状、最強のライバルと見た。父の形見のネックレスを贈ってからの愛の告白、見事としか言いようがない。我らが恋路において後手に回ったのは確かだ。」

 「ナディアの野郎、アタシのジョーに手え出しやがって。ジョーに興味ねえみたいな顔しといて、ちゃっかりプレゼントを贈って告白しやがった。元々頭が良いのは知っていたが、恋愛の方にも頭が回るみてえだな。くそっ。あんな見ていてこっちが恥ずかしくなるようなラブロマンスなんぞ見せやがってよ。アタシらもうかうかしてらんねえぞ。次に行くのはサーファイ連邦国だろ。なら、とびっきりエロい水着を買って、海でジョーをアタシらの水着姿で悩殺しようぜ。そのまま一気にラブロマンス突入と行こうじゃんよ。」

 「さすがは妾の婿殿だ。皇帝までも落とすとは、天晴だ。正妻である妾としては別に愛人の一人や二人、増えても構わん。だが、あのナディアとか言う女が妾を差し置いて、婿殿の正妻ポジションに就くことは容認できん。婿殿の正妻は妾だ。婿殿に必要以上にアピールをするのは許せん。一度、婿殿とは夫婦の在り方についてきっちり話をせねばならん。サーファイ連邦国に着いたら、埋め合わせとしてデートを要求することにする。水着を着て海でデートをするのも良さそうだ。フフフ、妾の抜群のプロポーションで婿殿の視線を釘づけにしてやろうではないか。今から楽しみだ。」

 「ナディア皇帝陛下とジョー様が男女のご関係とは存じ上げませんでした。私がジョー様に異性として意識されることはないでしょうね。私ではジョー様とあのようなラブロマンスどころか、デートすらできない。分かっています。分かっていますよ。どうせ、私はジョー様を処刑したクソ王女ですから。でも、少しくらいは恋人っぽいことをジョー様としてみたいです。ああっ、私の馬鹿。何であの時、ジョー様を処刑したんですか、あの時の私。ホント、馬鹿。」

 玉藻たち七人が、それぞれ自分の思いを口に出した。

 「皆さん、私たちはこれまで丈様のパーティーメンバーである、その立場に甘んじて異性としてのアピールが十分できていなかったと思います。ですが、幸い、次の目的地であるサーファイ連邦国とやらは、きれいな海のあるリゾート地がたくさんあるとのこと。この機会を利用して、丈様に猛アピールを仕掛けましょう。なりふり構っている場合ではありません。ただし、抜け駆けも、過剰過ぎるアピールも禁止です。丈様にドン引きされることなく、且つ、女としての私たちの魅力を余すことなく、丈様に伝えるのです。よろしいですね、皆さん?」

 玉藻の呼びかけに、「「「「「「オー!」」」」」」と、他の六人も返事をした。

 主人公を巡るヒロインたちの恋のレースが加速し始めた瞬間であった。

 さて、場面は変わり、僕とナディア先生が屋敷のパーティー会場へと戻り、軽く食事をしたり、挨拶をしたりしていると、突然、数人の騎士たちが会場の中へと慌てて入ってきた。

 そして、オネスト宰相に何やら報告を始めた。

 報告を聞いているオネスト宰相の顔が緊張した表情へと変わり、何かしらの異変が起こったのがすぐに分かった。

 騎士から報告を聞いたオネスト宰相が、報告に来た騎士たちを連れて、僕とナディア先生の前へとやってきた。

 「皇帝陛下、ラトナ子爵殿に緊急のご報告がございます。先ほど、サーファイ連邦国政府より、各国政府に向けて、とある声明が発表されました。声明というよりも、宣戦布告ととった方が正しいと言えます。単刀直入に申し上げます。本日、サーファイ連邦国政府が、キャプテン・ダーク・ジャスティス・カイザーと名乗る人物率いる謎の海賊団の襲撃を受け、国を占拠された、との情報が入りました。海賊団によって政府首脳陣は全員殺害され、サーファイ連邦国は海賊団によって完全に支配、掌握されたとのことです。海賊団の首領、キャプテン・ダーク・ジャスティス・カイザーは、自身がサーファイ連邦国を侵略したこと、サーファイ連邦国の名前を廃止し、ダーク・サーファイ帝国と国名を改め、自らが皇帝になり国を治めること、これに異を唱える者たちは他国であろうと容赦なく滅ぼす、と一方的な声明を伝えてきたそうです。キャプテン・ダーク・ジャスティス・カイザーなる海賊の正体については現在、全力で部下たちに情報を集めさせています。皇帝陛下、ラトナ子爵殿、サーファイ連邦国は我が国と海を挟んだ隣国です。今現在、我がズパート帝国の兵力は3分の2以下まで落ち込み、国は復興の最中です。サーファイ連邦国は小さな国とは言え、優秀な海軍を持っていた国です。そのサーファイ連邦国の海軍を破る海賊など、只者ではありません。もし、今、疲弊している我が国の隙を突かれれば、我が国も侵略される恐れがあります。急ぎ、海岸線を中心に防衛ラインの守りを固める必要があります。サーファイ連邦国への渡航もすぐに中止する注意喚起を行う必要があると考えます。」

 サーファイ連邦国が謎の海賊団に占拠されたと聞き、僕とナディア先生は驚き、一瞬言葉を失った。

 次の目的地であるサーファイ連邦国が、訳の分からない海賊団に占拠されるなど、最悪のニュースとしか言いようがない。

 「オネスト宰相、すぐに防衛ラインの守りを固めてください。国民にも、サーファイ連邦国への渡航を無期限で禁止することを伝えてください。現在、サーファイ連邦国に向かっている我が国の船があれば、すぐにこちらへ引き返すよう伝えてください。海賊団の傍若無人な振る舞いを認めるわけにはいきません。頼むわよ。」

 「承知しました、陛下。」

 ナディア先生がオネスト宰相に指示を出すのを見ている中、ふと僕の頭にとある推測が浮かんだ。

 僕は、ナディア先生とオネスト宰相に向かって言った。

 「ナディア先生、お忙しいところすみませんが、ちょっと僕の話に耳を傾けていただけませんか?海賊団の首領、キャプテン・ダーク・ジャスティス・カイザーなる人物の正体について、少し心当たりがあるんです。」

 「ジョーさん、あなた、海賊の正体について何か知っているの?」

 「何と!?ラトナ子爵殿、海賊の正体が何者なのか、ご存知なのですか?」

 僕は顔を顰めながら、ゆっくりと話し始めた。

 「あくまで僕の推測ですが、海賊の正体は恐らく、元勇者の一人、元「槍聖」沖水 流太ではないかと思います。」

 「海賊の正体が元「槍聖」ですって!?また、インゴット王国の元勇者たちのせいなの!?ジョーさん、理由を詳しく聞かせて!」

 「僕が海賊の正体を元「槍聖」だと思ったのは、海賊の名前です。キャプテン・ダーク・ジャスティス・カイザーでしたか?僕の元いた世界では、中二病なんて呼ばれる、思春期の背伸びしたい子供たちが、自分でかっこいいと思う言葉を繋げたあだ名を名乗ったり、勇者ごっことか魔王ごっこをして遊んだり、妄想を楽しんだりすることがあるんです。元「槍聖」の沖水もいわゆる中二病のような発言や行動が目立つ男でした。自分のことを、キャプテン・ダーク・ジャスティス・カイザーなんて、子供じみて、ふざけた、意味不明なネーミングセンスのあだ名で呼ぶ、そんなことを現実にやる男は、元「槍聖」以外に考えられません。自身の中二病から生まれた子供じみた妄想を、手段を選ばず現実に実行しようとする狂人、元「槍聖」の沖水 流太が海賊となり、今回のサーファイ連邦国襲撃事件を起こした、と僕は睨んでいます。」

 「思春期からの妄想癖を拗らせ、自己の抱く妄想を現実化しようと無秩序な行動をとる、精神異常者、という理解で良いのかしら?」

 「幼稚な妄想をしたり、ちょっと痛々しい突飛な発言や行動があったりする程度なら、中二病も大した問題じゃありません。一つの個性だし、精神に異常があるわけではないです。ただ、元「槍聖」の場合は違います。彼は異世界に召喚され、勇者の力を手に入れ、異世界で無双するのだと、以前妄言を言っていたのをおぼえています。自業自得とは言え、勇者の資格を失った沖水には、自分の長年の夢であった勇者の資格を剝奪されたことは相当な屈辱だったはずです。サーファイ連邦国を占拠できるほどの力をどうやって手にしたかは分かりませんが、勇者になれないなら、海賊船の船長とか皇帝とか、勇者以外のかっこいい自分になりたい、そんな自分の願望であり妄想を実現することが、沖水の目的であり、沖水の奴は自分の幼稚な妄想を現実にするためには殺人さえ平気で行う、妄想が理性を上回り、善悪の判断能力を喪失した、歯止めの効かなくなった狂人、と捉えるべきかと思います。」

 「自己の妄想への過剰なまでの執着心から理性を失った精神異常者、というわけね。何でそんな危ない男が勇者に、「槍聖」になれたのかしら?女神リリアは一体何を考えて、そんなすぐにでも精神病棟に入れるべき人に「七色の勇者」の力を与えたのかしら?理解に苦しむわね。」

 「女神の考えていることなんて、僕にも分かりません。ただ、元「槍聖」の沖水という男は、中二病以前にすでに精神が狂っていた、これは間違いありません。これでも一応、同じ世界の出身で、あの男の異常性は何度も目にしてきました。ですが、元「槍聖」の沖水がサーファイ連邦国にいる、そして、世界の平和を揺るがす大事件を起こした。なら、僕の出番です。光の女神リリアより、「黒の勇者」として元勇者たちを討伐するよう、僕は神託を授かりました。ナディア先生、明日すぐにでもこの国を出て、僕はサーファイ連邦国へと向かいます。僕の船、「海鴉号」の出港許可をお願いします。元「槍聖」であろうとなかろうと、海賊団は僕たち「アウトサイダーズ」が必ず討伐します。どうか、ご安心ください。」

 「早速、またあなたの出番が来たようね。さっきバカンスの話を一緒にしたと思ったら、すぐに海賊退治に出かけなきゃならないなんて、本当に忙しい人ね。でも、たった六人で城攻めができるあなたたちなら、心配はいらないわね。あなたの船の出港許可証をすぐに発行させるわ。ただ、ジョーさん、くれぐれも無茶はしないでね。私との約束、必ず守ってね。」

 「はい、分かりました。出港許可、よろしくお願いします。ナディア先生、僕たちは今日のところはこれにて失礼させていただきます。早速、ギルドに戻って、出発の準備や打ち合わせをしたいと思いますので。本日はお招きいただき、本当にありがとうございました。」

 僕は御礼を言うと、ナディア先生たちに頭を下げ、仲間たちとともに、パーティー会場の屋敷を後にした。

 冒険者ギルドへと戻ると、僕たちはサーファイ連邦国への移動や、到着後の動きなどについて、僕の部屋で話し合った。

 話し合いを終え一人になると、僕は左手に嵌めているグローブを外し、左の小指に嵌めてあるシグネットリングを自分の顔へと近づけた。

 僕の小指のシグネットリングには、ラトナ公国大公、クリスティーナ・ニコ・ラトナによって、彼女と通信ができるよう、通信機の機能が内蔵されている。

 つい先日、その事実を知らされたばかりだが。

 クリスは変人で、彼女と話すのはちょっと大変だが、情報通である彼女なら、今回のサーファイ連邦国が海賊団に占拠された事件について、特に海賊団について何か知っている可能性があるかもしれない。

 すでにラトナ公国にも海賊団から声明が伝わっているはずだし、クリスも早速動き出したに違いない。

 「コール。」

 僕がそう唱えると、指輪が一瞬、キラリと光った。

 「もしもし、クリス。聞こえるか。僕だ。宮古野 丈だ。」

 『もしも~し、ジョー君!久しぶりに愛しい君の声が聞こえて、私はとても嬉しいよ!用件は分かっている。例の、サーファイ連邦国が海賊団に占拠された事件についてだろ?』

 どうせいつも盗聴しているから、僕の声はいつも聞いているだろうに。

 「お察しの通りだ。僕たち「アウトサイダーズ」はサーファイ連邦国を占拠した海賊団の討伐に向かうことを決めた。恐らくだが、海賊団の首領、キャプテン・ダーク・ジャスティス・カイザーとか言うふざけた名前の海賊の正体は、元「槍聖」で指名手配犯の沖水 流太だと、僕は睨んでいる。クリス、そちらで海賊団の正体や、元「槍聖」たちの動向について、何か情報を掴んではいないか?」

 『海賊団の正体は元「槍聖」たちだと、君は睨んでいるんだね、ジョー君。確かに、目的のためなら手段を選ばない、犯罪やテロといった悪事に平然と手を染める元勇者たちだと考えると合点がいく。それに、君の推測は恐らく当たっている。海賊団の正体について、いくつか気になる情報を掴んでいてね。私がこれまでに集めた情報と、君の推測を照らし合わせると、海賊団の正体は「元「槍聖」たちの可能性が高い。』

 「海賊団の正体についての情報を掴んでいるそうだが、詳細を僕に説明してもらえるか?」

 『了解、丈君。まず、インゴット王国で二ヶ月ほど前に、奇妙な連続殺人事件が多発したんだ。その殺人事件の犯人と思われる連中の容姿が、サーファイ連邦国を占拠した海賊団の一味とよく似ているんだ。』

 「奇妙な連続殺人事件?どういう事件なんだ?」

 『う~ん、あんまり耳障りの良い話じゃないよ。かなりグロテスクな話になるけど、説明するよ。二ヶ月前、インゴット王国内で、駆け出しの冒険者パーティーたちが依頼を引き受けた後、行方不明になる事件が頻発してね。最初は、モンスターに襲われて命を落としたんじゃないか、そう思われていた。だけど、事実は全く異なっていた。事件発生からしばらく経って、駆け出しの冒険者パーティーではなく、BランクやAランクの冒険者パーティーまで、依頼を受けた後、行方不明になる事件が続発した。事態を重く見たインゴット王国の各冒険者ギルドは、S級冒険者やA級冒険者で構成された特別調査チームを結成し、事件の調査を始めた。そして、ついに特別調査チームが事件の真実に辿り着いた。調査中の特別調査チームの前に、森の中で不審な動きを見せる、白髪の七人組の、冒険者風の格好をした若い男たちが現れた。白髪の七人組は、青い槍を持ったリーダー格の男とともに特別調査チームへ襲いかかった。白髪の七人組は、摩訶不思議な力を使い、特別調査チームを、一人を残し、全滅へと追いやった。一人生き残った調査チームのメンバーとともに、後日新たな特別調査チームが襲われた現場へと向かったところ、衝撃の事実が判明した。まず、襲われて死亡した調査チームのメンバーの遺体が食い散らかされていた。次に、白髪の七人組が不審な行動をしていた場所を見ると、地面に何かを埋めた痕跡が見つかった。地面を掘り返すと、地面の下から、冒険者と思われる人間の複数の死体が発見された。調査チーム同様、死体は全て、手足や頭部、内臓が食いちぎられていた。死体の噛み跡を調べた結果、噛み跡はモンスターではなく、人間のモノであることが分かった。ここまで言えば、もう君にも分かるだろ?白髪の七人組は、冒険者たちを襲って殺し、冒険者たちの死体を食べていた。食べた死体の残りを地面に埋めて隠し、証拠隠滅を図った。白髪の七人組はカニバリズム、食人行為を行っていたんだ。行方不明になった冒険者たちの依頼先を調べ回った結果、他にも地面から食い散らかされた人間の遺体が何百人と見つかった。特別調査チームを襲って以降、白髪の七人組はインゴット王国から忽然と姿を消した。ここまでがインゴット王国で起きた奇妙な連続殺人事件のあらましだよ。』

 クリスから連続殺人事件のあらましを聞かされ、僕はあまりのおぞましさに一瞬、声を失った。

 「犯人グループは白髪の七人組だったか?リーダー格の男は青い槍を持っていたと?青い槍が「聖槍」のレプリカなら、元「槍聖」で間違いない。白髪ではなく、僕と同じ黒髪だったはずだ、沖水の奴は。摩訶不思議な力を使って、S級冒険者やA級冒険者を倒したことを考えると、その摩訶不思議な力が容姿の変化と関わりがあるかもしれないな。だが、それ以上に、食人行為の方がはるかに問題だ。人間が人間を食べるために人間を殺す、おぞましいとしか言いようがない。白髪の七人組が元「槍聖」たちなら、連中が食人鬼になったのなら、絶対に放置するわけにはいかない。元「大魔導士」のようにモンスタープラントの手術を受けて、モンスター化している可能性もある。沖水の奴、ついに人間を辞めて食人鬼にまで成り下がったか。連中がパワーアップしているのは厄介だが、元「槍聖」たちが問題の白髪の七人組で海賊なら、問答無用で殺す。おっと、つい、熱くなった。クリス、白髪の七人組と海賊との関係性について説明を頼む。」

 『白髪の七人組がインゴット王国から姿を消して一月ほど経った頃、サーファイ連邦国の近くの海域で、白髪の髪に、青い槍を持った男を中心とする謎の海賊団が出没した。近くを航行する貨物船や客船、漁船だけでなく、海賊船まで、手あたり次第に襲い始めたそうだ。襲われた船は金品や食料を奪われるだけでなく、人間まで攫われるらしい。襲われた民間の船の生き残りは皆無だそうだ。それと、謎の海賊団は他の海賊たちの船を襲っては、他の海賊たちを傘下に加え、勢力を拡大していったそうだ。サーファイ連邦国の海軍が必死に調査、追跡するが毎回逃げられてしまったそうだ。白髪の七人組が姿を消した直後に、七人組のリーダー格の男とそっくりな特徴を持つ海賊が現れた。白髪の七人組と謎の海賊団はほぼ同一の存在だと私は考えた。我がラトナ公国の船もいくつかこの海賊たちにやられて、大損害を被っていたため、サーファイ連邦国政府と何とかしてこの謎の海賊団を討伐しようと、話をしていたところだったわけさ。しかし、まさか、サーファイ連邦国ご自慢の海軍が謎の海賊団に倒され、サーファイ連邦国政府が海賊どもに乗っ取られる事態にまでなるとは、私も想定外だった。謎の海賊団を、連中を甘く見過ぎていた。本当に悔しくてたまらない。現在、サーファイ連邦国のマーレ大統領とは連絡がとれない状況だ。海賊団の声明通りなら、マーレ大統領は海賊団に殺された可能性が高い。同じ女性政治家として、彼女は私の大先輩だ。とても素晴らしい人格者だ。確か、彼女には幼い孫娘が一人いたはずだ。お孫さんが無事だといいんだけど。』

 クリスが不安そうな声で、マーレ大統領の孫娘の安否を心配している。

 「クリス、約束はできないが、大統領の孫娘の行方は僕たちの方でも調べる。命に別条が無ければ、僕たちでその子を保護する。孫娘の名前は分かるか?」

 『ええっと、確か、メル。メル・アクア・ドルフィンだ。年齢は4歳か5歳くらいだったはずだよ。』

 「メル・アクア・ドルフィン。5歳くらいの女の子だな。了解した。必ず見つけ出してみせるよ。」

 『よろしく頼むよ、ジョー君。ドルフィン家は代々、天候を予知する「占星術士」のジョブとスキルを持っている家系でね。ドルフィン家は過去の勇者パーティーたちが、サーファイ連邦国の近くにある「水の迷宮」を攻略する際、常に勇者たちに同行し、サポートし続けてきた存在だ。謎の人食い海賊団の正体が、元「槍聖」たちである場合、メルちゃんは元「槍聖」たちにダンジョン攻略のために捕まったか、身柄を狙われている可能性がある。何としても、彼女を君たちの手で助け出してくれ。』

 「そういうわけなら、尚更助けないわけにはいかない。沖水の奴にダンジョン攻略をさせるわけにはいかない。絶対に、そのメルちゃんは僕たちで保護しなきゃならない。情報をありがとう、クリス。参考になったよ。海賊退治もメルちゃんの捜索も僕たちに任せてくれ。」

 『お役に立てて何よりだよ、ジョー君。世界の平和のため、愛しいジョー君のためなら、私は努力を惜しまないよ。おっと、いけない。ジョー君、ズパート帝国の謎の奇病の流行問題の解決をありがとう。やはり君に問題解決を依頼して大成功だった。前皇帝が引き上げた鉱物資源の販売価格も元の値段に変わったし、ズパート帝国との交易も改善された。我が国の経済も落ち着きを取り戻しつつある。サーファイ連邦国の問題はまだ残ってはいるがね。さすがは私の見込んだ男だ。これからも我が国の平和と発展のために協力を頼むよ、「黒の勇者」様。』

 「どういたしまして。こっちも復讐のために君には色々と世話になっているからな。海賊たちに関して何か新情報を掴んだら、連絡してほしい。僕たちの方でも、進捗があり次第、そちらに報告する。よろしく頼んだよ、クリス。」

 『了解だ、ジョー君。最後にジョー君、一つお願いがあるんだけど、いいかな?』

 「お願い?何だ?」

 『「お休み、愛してるよ、クリス。」って言ってもらえないかな?私にも頑張ったご褒美をくれないかな、可愛いジョー君。ねっ。お願い!』

 32歳のいい歳をした大人の女が、17歳の男子に何、ふざけたお願いをしているんだ?

 呆れて、僕はため息をつきながら、返事をした。

 「はぁー。一度だけだぞ。「お休み、愛してるよ、クリス。」。」

 『ウヒョーーー!!!最っ高ーーー!!!お休み、可愛いジョー君!愛してる!ハングアップ!』

 喜びの声を大音量で叫びながら、僕との通信を切ったクリスであった。

 「やっぱり、断るべきだったな。」

 今更ながら、クリスのリクエストに応えたことを後悔する僕であった。

 クリスとの通信を終えると、僕はベッドへと入り、眠りに就いた。

 翌日の朝。

 僕は朝食を食べ終え、旅支度を整えると、出発前にパーティーメンバー全員に声をかけ、クリスから入手した、白髪の七人組の食人鬼と、サーファイ連邦国を占拠する海賊団との関係性や、メル・アクア・ドルフィンという名前の女の子の保護を依頼されたことを伝えた。

 白髪の七人組の食人鬼の正体が、サーファイ連邦国を占拠した謎の海賊団で、元「槍聖」の沖水たちであるかもしれない、という僕の説明を聞いて、他のパーティーメンバー全員が驚き、言葉を失った。

 玉藻たち七人は皆、嫌悪するような表情を浮かべていた。

 「クリスさんのもたらした情報と、丈様の推測を照らし合わせると、食人鬼と海賊はほぼ同一人物と考えていいと思います。元勇者ともあろう者が、海賊になるだけではなく、人肉を食らうおぞましい食人鬼に成り下がるとは、私も驚きと軽蔑で言葉が見つかりません。元勇者たちをこれ以上のさばらせるわけにはまいりません。すぐにでもこの地上から葬らねばなりません。食人鬼たちの討伐、私も全力で加勢させていただきます、丈様。」

 「あのクソ勇者ども、外道だとは分かっていたが、人食いの化け物なんぞに成り下がるとはな。中々姿を見せねえと思っていたら、人を食うのに夢中になっていたわけか。人食いの化け物に生きる価値は微塵もねえ。全員、この俺がぶっ潰して木っ端微塵にしてやるぜ。」

 「元勇者たちは全員、害虫以下の外道。だけど、元「槍聖」たちはさらに下のゴミでしかない。食人鬼は滅殺すべし。死体も残さず駆除すべし。」

 「元とは言え、勇者が食人鬼になるなど、前代未聞である。おまけに、海賊になって国を乗っ取るとは、断固許すわけにはいかん。人を食う化け物が国を治めることは絶対に阻止せねば。我も元「槍聖」たちの討伐に全力で手を貸そう、ジョー殿。食人鬼どもめ、一匹残らず、成敗してくれる。」

 「元勇者たちってのは、全員化け物になりたがるようなキチガイばっかなのか?ペトウッドじゃ、吸血鬼になってアタシを襲ってきたしよ。ズパート帝国じゃ、体は人間でも、心は無差別テロを平然と行う怪物だったしよ。元「聖女」の最後なんて、見ていて吐き気が出るほどの下衆野郎だったしよ。今度は人食いの化け物になった挙句、海賊になって国盗りをするしよ。人を何百人も食ってるなんて、マジで気色悪いぜ。そんな化け物がアタシと同じ槍使いってのも気に食わねえ。アタシは今回、パワーアップした。パワーアップした槍で、今度こそクソ勇者どもを全員、串刺しにしてぶっ殺してやるじゃんよ。」

 「リリアめ。あの馬鹿女が、食人鬼なんぞに成り下がるようなおぞましい、反吐の出るような悪人に勇者の力を与えるとは、馬鹿さ加減に呆れて物も言えん。リリアも元勇者たちも完全に気が狂っておる。連中を一刻も早く始末せねば、本当にアダマスは連中のせいで滅びかねん。闇の女神として、このアダマスの管理者の一人として、妾も全力で力を貸すぞ、婿殿。ともに悪しき食人鬼たちを討ち滅ぼそうではないか。」

 「元「槍聖」たちが、オキミズ氏たちが、サーファイ連邦国を占拠した海賊で、おまけに我が国の冒険者たちを食い殺した食人鬼になるなど、信じられない思いです。私がお世話係を勝手に辞めて目を離したがために、このような深刻な事態を招いてしまったとしか言いようがありません。この失態は全力で償う所存です。私も微力ながら、ジョー様、そして、他の皆様方を支援いたします。元「槍聖」たちの討伐、ともに頑張りましょう。」

 玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイ、イヴ、マリアンヌがそれぞれ、思いを口にした。

 「元「槍聖」たちは、インゴット王国の冒険者ギルドが派遣した特別調査チームのメンバーたちを、S級冒険者やA級冒険者たちを倒すほどの力を手に入れている。Sランク以上の力を持った危険な相手だ。決して油断できない。摩訶不思議な力を使う、という証言があるが、食人鬼になったことと何か関係があるのは確かだ。元「大魔導士」たちのようにモンスタープラントの手術を受けてモンスター化したのか、それとも、別の何らかの力を手に入れたのか、連中の能力は未知数だ。マリアンヌ、お前は元「槍聖」たちの変化について、何か心当たりはないか?「レイスの涙」のように、インゴット王国の所有する危険なアイテムが元「槍聖」たちに盗まれて悪用されている可能性はないのか?」

 僕の質問に、マリアンヌ姫は頭を悩ませる。

 「我が国の所有している危険な魔道具や文化財、その他のアイテムが元「槍聖」たちに盗まれた可能性は否定できません。ただ、私もインゴット王国の全てを知っているわけではありません。先日、我が国の国立博物館から200万点以上の貴重なコレクションが、前館長によって、ブラックマーケットなどに横流しされていた事実が発覚したばかりです。もしかしたら、流出したコレクションを元「槍聖」たちが入手し、悪用している可能性もあります。私の方から、インゴット王国政府に連絡をとって、元「槍聖」たちの手に我が国所有の危険なアイテムが渡ったかどうか、大至急調査するよう指示を出します。調査結果が判明し次第、すぐにお伝えいたします。」

 「よろしく頼むぞ。無策で未知数の力を持つ敵に挑むわけにはいかない。何としてでも、敵の情報を掴んでくれ。お前のクソ親父の国王にも、大至急調べるよう、僕が言っていたと伝えてくれ。本当に国が滅びたくないならな、とも。」

 「かしこまりました、ジョー様。必ず情報を掴んでお伝えいたします。」

 「みんな、危険な任務にはなるが、最後までよろしく頼む。必ず、僕たちの手で人食い海賊団を、元「槍聖」たちを討伐してみせよう。」

 話し合いを終えると、僕たちは荷物をまとめ、ギルドの宿泊所の部屋を引き払った。

 一階の受付カウンターで宿泊代金の精算を済ませると、僕たちは、「海鴉号」が停泊している、帝都の南側のマリーナへと向かった。

 マリーナを管理する会社に一言挨拶すると、僕たちは「海鴉号」の下に向かった。

 「海鴉号」、僕がペトウッド共和国で出会った、世界最速の黒いクルーザー。

 どんな荒海も超高速で突っ切る、頼もしい僕の兄弟である。

 久しぶりに会った「海鴉号」の船体に触れながら、僕は呟いた。

 「待たせたな、兄弟。ようやくお前の出番だ。今度の戦場は海だ。お前にはたっぷり活躍してもらうからな。頼むぞ、「海鴉号」。」

 「ほぅ、これが婿殿の船か。中々良い船ではないか。船体が黒一色とは気に入った。妾と婿殿にぴったりの船ではないか。乗船が楽しみだ。」

 「ご自分の船までお持ちとはさすがです。海での冒険者活動も、長距離の移動も可能というわけですね。「黒の勇者」様にふさわしい、黒く猛々しい、立派なお船でございますね、ジョー様。」

 初めて「海鴉号」を見るイヴとマリアンヌが、「海鴉号」を見て感想を述べた。

 「お褒めいただきどうも。言っておくが、二人とも、この船の最高速度は100ノット、時速185㎞だ。世界最速のクルーザーだ。サーファイ連邦国まで全速力で海を突っ走るつもりだから、船酔いに注意してくれ。気分が悪くなったら、玉藻に相談するように。」

 「女神である妾が船酔いなどあり得ぬが、心配してくれてありがとう、婿殿。」

 「世界最速のクルーザーですか。私は自信がありませんが、船酔い程度でくじけたりはいたしません。お気遣いありがとうございます、ジョー様。」

 イヴとマリアンヌが船酔いにならないことを願う僕であった。

 荷物を積み終え、船の点検を終えると、僕たちはマリーナから出港しようとした。

 出港直前、マリーナの桟橋に、ナディア先生とオネスト宰相、数人の護衛の騎士たちが見送りに現れた。

 船のデッキから、僕はナディア先生たちに声をかけた。

「わざわざ見送りに来てくださったんですか?お忙しいところ、ありがとうございます。」

 「ギルドに向かったら、もう出発したと聞いて、慌てて追いかけてきたのよ。出港許可を出した途端に、私たちに何も告げずに出発するなんて、せっかちにもほどがあるでしょう。せめて、見送りくらいさせなさいよ、まったく。」

 「すみません。海賊退治が予想以上に急を要する案件だと分かったもので、すぐにみんなで出発しようという話になりまして。海賊退治は僕たち「アウトサイダーズ」にお任せください。必ず、海賊たちを全員、討伐してみせます。それと、ナディア先生、皆さん、お世話になりました。また、いつか会いましょう。それまでどうかお元気で。」

 「ジョーさん、「アウトサイダーズ」の皆さん、本当にありがとう。道中、どうかお気を付けて。ジョーさん、絶対に無理はしないでね。絶対に、また顔を見せに来なさいよ。」

 「ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます。」

 僕はナディア先生たちの別れの挨拶を終えると、操縦席へと戻った。

 「それでは出港だ!行くぞ、「海鴉号」!」

 エンジンのスイッチをONにすると、僕は左手でハンドルを握り、霊能力のエネルギーを流し込むながら、右手でジョイスティックを操作し、「海鴉号」を離岸させた。

 マリーナから出ると、徐々に霊能力のエネルギーを流し込む量を増やし、両手でハンドルを掴みながら、船のスピードを上げていく。

 手を振って僕たちを見送るナディア先生たちを背に、僕たちの乗る「海鴉号」はサーファイ連邦国へと向かって、海を進んでいく。

 主人公、宮古野 丈たちの乗る「海鴉号」を見送るナディア先生に、オネスト宰相が声をかけた。

 「行ってしまわれましたね、皇帝陛下。ラトナ子爵殿たちには本当にお世話になりました。正しく、あの方たちは我が国の救世主であり、真の勇者です。あの方たちがいなくなると思うと、少し寂しくなりますね。」

 「そうね。少し騒がしい人たちではあったけど、ジョーさんたちがいなかったら、私たちもこの国も、今こうして存在してはいなかった。変わり者ばかりだけど、間違いなくこの国の救世主よ。もう少し、彼らにはこの国にいてほしかったわね。ホント、これから寂しくなるわ。」

 「大した御礼も差し上げられませんでしたな。本人たちは、ハズレ依頼を受けられたおかげでボロ儲けしたから、御礼など不要だと言っておりましたが。Sランクのハズレ依頼を喜んで引き受けてくれるあの方たちには本当に助かりました。ハズレ依頼以外の依頼もたくさんこなしていただいたおかげで、我が国の治安を維持することができました。誠に救世主ですよ。」

 「本当よね。Sランクのハズレ依頼をトレーニング代わりに使ったり、お小遣い稼ぎに利用したりするなんて、ホント規格外の連中よ。まぁ、こちらは大助かりではあったけど。「黒の勇者」様と巡り合えた幸運に感謝しないとね。」

 「全くです。ところで、陛下、ラトナ子爵殿にアフマド様ご愛用のネックレスを渡していらっしゃいましたな?亡き御父上の、先々代の形見の品を贈られるとは、ラトナ子爵殿のことを相当お気に召されたようですな。アフマド様もご自身の形見のネックレスを「黒の勇者」様が身に着けてくれていると知って、天国からお喜びになっていることでしょう。あのネックレスは陛下に見合う、強い男にしか託さん、と酒の席でよく、アフマド様が仰っておりました。陛下の花婿候補が決まったと知り、私も嬉しい限りですぞ。」

 「なっ!?変な冗談はよしなさい、まったく!死んだ父のネックレスをあげたのは、あのネックレスが戦場での幸運のお守りだと、父から聞いていたからよ。他意はないわ。ジョーさんは冒険者としては腕は立つけど、ああいう気弱で人見知りな性格の男は私の好みじゃないわ。もっとたくましい性格の人が好みよ。変な勘ぐりや冗談はよしなさい、オネスト宰相。」

 「失礼いたしました。私としては、少し奥手な、穏やかな性格の男性の方が気の強い陛下とはちょうど釣り合いがとれるのでは、と思っていたものでして。それに、ラトナ公国と我が国は蜜月の関係にもございます。ラトナ大公家の方であるラトナ子爵殿を陛下の伴侶に迎えるのもアリかと思いました。陛下がどのような殿方を伴侶に迎え入れるのか、私も首を長くして待っておりますから。」

 「結婚なんて面倒臭い。けど、気が向いたらしてもいいかもね。この私に見合う男がいれば、の話だけど。ほら、さっさと仕事に戻るわよ。やることはまだまだたくさんあるんですからね。」

 少し顔を赤らめるナディア先生を、笑いながら彼女の後に続くオネスト宰相であった。

 僕、宮古野 丈が異世界アダマスに召喚されてから、四ヶ月あまりの月日が経過した。

 ズパート帝国での忙しい日々が終わったと思ったら、すぐにまた、復讐の旅に出ることになった。

 おぞましい人食いの海賊団となった元「槍聖」沖水たち一行が、サーファイ連邦国を占拠した。

 未知の力を手に入れ、パワーアップした食人鬼の元「槍聖」たち率いる海賊団の討伐に僕たちは向かう。

 例え、未知の力を手に入れようが、食人鬼になろうが、海賊団を率いていようが、僕は必ず元「槍聖」たち全員に復讐する。

 パワーアップを果たしたのは、僕たち「アウトサイダーズ」も同じだ。

 未知の力を持っていようが、弱点さえ掴めば、恐れることはない。

 元勇者たちがどんな手段を講じようとも、どんな悪事を働こうと、全部この手で粉砕してやる。

 待っていろ、「槍聖」たち。インゴット王国の王族たち。光の女神リリア。僕を虐げ、僕と敵対する異世界の悪党ども。

 お前たちがどんな悪事を企んでも、この僕が全て粉々にぶち壊す。

 お前たち全員に絶望を味わわせ、地獄のどん底に叩き落としてやる。

 僕の正義と復讐の鉄槌から決して逃れることはできないのだ。

 首を洗って待っているがいい。

 広い海原を走りながら、僕は異世界の悪党どもへのさらなる復讐を固く誓うのであった。






















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