第十四話 主人公、救援依頼を受ける、そして、マリアンヌ姫と再会する

 僕たち「アウトサイダーズ」が暴君にして前皇帝サリム・ムハンマド・ズパートを倒し、それから、「土の迷宮」を攻略し、それと「聖女」花繰たち一行を倒した日から二日後のこと。

 クーデターと、花繰たちのダンジョン攻略作戦の影響で、帝都にいた騎士たちは全滅、冒険者ギルド本部に所属する冒険者たちは約5割まで減少した。

 ズパート帝国の帝都周辺及び南部のモンスター駆除の依頼を担ってきた、冒険者たちの減少は大きな痛手となった。

 A級冒険者とB級冒険者が大勢亡くなったことも災いし、昨日の朝から冒険者ギルドに、モンスター駆除の依頼や、救援依頼が殺到した。

 死んだ前皇帝サリムと「聖女」花繰たちによって、傍迷惑な置き土産が残されたのであった。

 連中が悪事を働いたせいで、ズパート帝国の人たちも僕たちも、今でも非常に迷惑を被っているわけだ。

 僕たち「アウトサイダーズ」は、僕とグレイ、イヴの三人一組、酒吞とエルザの二人一組、玉藻と鵺の二人一組に分かれて、モンスター駆除の依頼や救援依頼の対応に協力をした。

 帝都郊外の遺跡に突如出現した、ゾンビ1,000匹の討伐、砂漠地帯の西側に現れたサーポパード200匹の討伐、帝都東側の元貴族の屋敷に住み着き始めたリッチー2匹の討伐など、SランクやAランクに相当する依頼の対処に当たった。

 騎士たちと冒険者たちの死が、ズパート帝国の治安維持に悪影響を及ぼしたのは間違いなかった。

 報酬の有無、報酬金額の高さに関わらず、出来る範囲で依頼を処理していった僕たちであった。

 そして、二日目の午後2時過ぎのこと。

 ひとまず、午前中に受けた依頼を予定より早く完了した、僕、グレイ、イヴの三人の下に、受付カウンターにいた受付嬢が慌てた様子で声をかけてきた。

 「お疲れ様です、ジョーさん!お仕事を終えられたばかりで申し訳ないのですが、至急、救援要請の依頼を引き受けていただけますでしょうか?場所は帝都から北へ馬車で二週間ほどいった砂漠のど真ん中、瓦礫の山がある場所だそうです。恐らく、「土の迷宮」付近ではないかと思われます。馬車で砂漠を移動していたところ、Cランクモンスター、ワームの大群に襲われ、遭難したとのことです。ワームの数は少なくとも50匹、Sランクに該当する案件です。現在、遭難者たちは瓦礫の山の上に避難し、何とかワームの大群から逃げている状況だそうです。遭難者たちの人数は10名とのことです。ですが、救援要請から2時間以上が経過し、遭難者たちの体力、生命が限界の状態であることが予想されます。すぐに救援へ向かっていただけますか?」

 「分かりました。すぐに救援へ向かいます。グレイ、アイテムポーチにありったけの水と氷を入れて持ってきてくれ。イヴ、「土の迷宮」の近くまで僕たちを瞬間移動で送ってくれ。時間がない。15分後にはギルドの前から出発する。いいね?」

 「了解だぜ、ジョー。」

 「承知した、婿殿。」

 「僕はギルドの購買部で回復薬と包帯、傷薬なんかを買って行くよ。それじゃあ、15分後に会おう。」

 15分後、準備を整え、僕たち三人はギルドの入り口前に集合した。

 「それじゃあ、出発だ。イヴ、頼むよ。」

 「任せよ、婿殿。」

 イヴが右手の指をパチンと鳴らした瞬間、目の前の景色がグニャリと歪んだ。

 次の瞬間、「土の迷宮」であった瓦礫の山から300mほど離れた位置に到着した。

 前方を見ると、50匹のワームの大群が、瓦礫の山の周囲を取り囲み、瓦礫の山の上にいる人たちを、大きな口を開けながら狙っている光景が見えた。

 「ワームは砂の中にいつも潜っていて、音に対して敏感と聞く。他にも砂の中にワームが潜んでいる可能性がある。なら、遠距離から音を立てずに仕留めればいい。」

 僕はそう言うと、霊能力を解放した。

 青白い霊能力のエネルギーが僕の全身を包んだ。

 次に、僕は右手に霊能力を集中させ、圧縮し、黒い色の霊能力のエネルギーを生み出した。

 死の呪いの効果を持つ黒い霊能力のエネルギーを右手に纏うと、僕は右手を砂の中にゆっくりと差し込んだ。

 「霊呪拳!」

 僕は右手に纏った黒い霊能力のエネルギーを、300m前方にいる、瓦礫の山の周囲にいるワームたちのいる砂に向かって注ぎ始めた。

 瓦礫の山を避けて、瓦礫の山の周囲にいるワームたちの体が浸かっている砂を、黒い霊能力のエネルギーが、死の呪いがゆっくりと音を立てずに浸食していく。

 死の呪いに浸食された砂に体を浸していたことで、「キシャーーー!?」という悲鳴を上げながら、ワームたちは死の呪いで体を侵され、次々と呪い殺されていく。

 砂の中に潜っていたワームもたまらず飛び出し、悲鳴を上げながら、死の呪いを全身に浴びて死んでいった。

 10分後、ワームたちが動かなくなったことを遠目から確認した僕たちは、瓦礫の山の上にいる遭難者たちの救助を始めることにした。

 「これでワームたちは、僕の死の呪いで一匹残らず全滅したはずだ。ただ、瓦礫周辺の砂はまだ死の呪いで汚染されている状態だから、避難者たちを下に下ろすわけにはいかない。イヴ、申し訳ないんだけど、僕たちがいるところまで、遭難者たちを瓦礫の山の上から転送してもらえることはできるかな?」

 「遭難者たちをここまで転送すればいいのだな。お安い御用だ、婿殿。見ているがいい。」

 イヴが右手の指をパチンと鳴らした瞬間、瓦礫の山の上にいたはずの遭難者全員が、僕たちの目の前に現れた。

 驚く遭難者たちに、僕は声をかけた。

 「皆さん、落ち着いてください。僕たちは冒険者ギルドから救援要請を受けて派遣されてきた冒険者パーティーです。「アウトサイダーズ」と申します。先ほど、あなた方を襲っていたワームたちは全てこちらで駆除しました。もう心配はいりません。体調の悪い方、怪我をされた方、喉が渇いている方がいたら、教えてください。すぐに対応いたします。」

 「あ、「アウトサイダーズ」だって!?アンタらが噂の、「黒の勇者」様の率いる有名なSランクパーティーか?いや、全く天の助けだぜ。」

 「兄ちゃんが「黒の勇者」様かい?おかげで助かったよ。ワームどもに襲われてもう駄目かと思ったぜ。本当にありがとよ。」

 「皆さん、本当にありがとうございます。救援はもう来ないのではないかと、諦めかけていたところでした。本当に、本当に助けていただき、ありがとうございました。」

 10名の遭難者たちは脱水症状が目立ったものの、幸い怪我はなかった。

 グレイが遭難者たちに水の入った水筒を配り、遭難者たちは美味しそうに水を飲んでいた。

 僕が遭難者たちの様子を窺っていると、メイド風の白いワンピースを着た、頭に白いリネン製のキャップを被った、地味な姿の一人の若い女性が立ち上がって僕にいきなり縋り付いてきた。

 「お会いしとうございました、「黒の勇者」様!私です!インゴッド王国王女、マリアンヌ・フォン・インゴットでございます!ずっと、あなた様を探しておりました!これまでの数々の非礼、お詫び申し上げます!どうか、どうか、この私に力をお貸しください!お願いいたします、「黒の勇者」様!」

 砂まみれで地味な庶民の格好をしているが、金色の瞳に金色の髪、美少女モデルのように整った顔立ち。

 間違いない。

 インゴット王国で、僕を能無しの悪魔憑きと呼んで、僕を笑って処刑した人間の一人、憎き復讐相手の一人、インゴット王国の王女、マリアンヌ姫その人であった。

 会ったのは一度だけだが、憎き復讐相手であるこのクソ王女の顔はよく憶えている。

 僕は縋り付いてくるマリアンヌ姫を引き剥がし、怒りを露わにした。

 「久しぶりだなぁ、マリアンヌ姫!僕を能無しの悪魔憑きと呼んで笑って処刑したお前の顔は一日たりとも忘れたことはない!遭難者たちの中にお前がいたと分かっていたら、誰が救援要請なんか受けるもんか!今更謝罪されても、僕はお前を絶対に許さない!この僕がお前に力を貸す!?そんなの死んでも御免だね!そっちから来てくれたおかげで出向く手間が省けた!元勇者たち同様、お前はここで今すぐ殺す!塵も残さず、消し飛ばしてやる!」

 僕は霊能力を全解放し、右手に霊能力を集中させた。

 遭難者たちは豹変して激高する僕を見て、腰を抜かしている。

 僕が「霊波動拳」の構えをとって、マリアンヌ姫を殺そうとした瞬間、僕とマリアンヌ姫の間に、グレーの髪の中年男性が立ち塞がった。

 「そこをどいてくれ、オジさん!でなきゃ、アンタごとそのクソ王女を木っ端微塵に吹き飛ばす!死にたくなかったら、そこをどけ!」

 僕が睨みつけながら、男性に忠告した。

 「そこを何とか勘弁してもらえないかな、ジョー君?君がマリアンヌ姫を殺したりしたら、ブロンの奴もきっと困るし、悲しむよ。とにかく、ひとまず僕の話を聞いてくれないかい?」

 ブロンさんの名前が出てきて、僕は一旦、拳を収めた。

 「アンタ、ブロンさんのことを知ってるのか?それに、声が女のような声に変わったな?その姿、変装しているのか?とにかく、アンタの正体と話とやらを聞かせてもらおうか?」

 「分かったよ。僕の名前はシャドー・スミス。インゴット王国冒険者ギルド北支部の副ギルドマスターだ。ほら、北支部にいた時、謎の副ギルドマスターの噂話を君も聞いたことあるだろ?それが僕だよ。ちなみに今のこの姿は君のご推察通り、変装した姿さ。さすがに素顔は明かせないけどね。僕の目的は、ジョー君、君の同行を探りブロンに報告することと、君の捜索に向かったマリアンヌ姫の護衛及び調査のサポートだよ。ここまでマリアンヌ姫を導いてきたのは、この僕だ。僕はブロンより、君とマリアンヌ姫が接触した際、刀傷沙汰にならないよう、君たちの仲介役をするよう命令を受けている。御者に化けてここまで姫を連れてきたが、まさかこんな緊急事態に巻き込まれるとも、君が僕たちのピンチに派遣されてくることも、完全に想定外だった。マリアンヌ姫は本心から君に謝罪したいと思っている。僕もブロンもそれは確認済みだ。それに、マリアンヌ姫はインゴット王国の王女だ。今ここで彼女を殺せば、君は王女殺しの罪で、元勇者たち同様、指名手配されることになる。僕を含めた、この場にいる乗客全員の口を封じれば別の話だが。何の罪もない、関係のない乗客たちの命を奪う、そんな惨いことは優しい君にはできないはずだ。一度、マリアンヌ姫の話を最後まで聞いてあげてほしい。話を聞いた上で、それでも姫に復讐したいと言うなら、僕はもう君を止めたりはしない。僕の力じゃ止められないことも分かっている。ここは僕とブロンの顔を立てると思って、チャンスをくれないかな?この通りだ。お願い、ジョー君。」

 スミスに深々と頭を下げられ、頼み込まれたことで、僕はモヤモヤとした、拭いきれない怒りを胸にかかえながら、スミスの要求に返事をした。

 「そこにいるクソ王女の話を聞くつもりはない。今更謝罪の言葉なんて聞きたくもない。そのクソ王女を連れて、とっととインゴット王国に帰ってくれ。いずれ、時が来たら、あの国王のクソじじいと一緒に殺してやる。僕は復讐を止めるつもりはない。これから、ズパート帝国の冒険者ギルド本部前までアンタたちを送り届ける。僕の前からさっさと消えろ。僕の気が変わらない内にな。」

 僕はそう言うと、スミスとマリアンヌ姫の傍を離れた。

 困惑するグレイたちを背に、僕はイヴに言った。

 「イヴ、すまないが、ここにいる全員を今すぐズパート帝国の冒険者ギルドへと送ってくれ。後、僕の代わりに依頼達成の報告をギルドの受付でしておいてほしい。僕は少し気分が優れないから、このまま帰ったら自分の部屋で休ませてもらうよ。迷惑をかけるけど、頼むよ。」

 「そうか。分かったぞ、婿殿。今日はもうゆっくりと休め。他の連中には妾たちから事情を説明しておこう。」

 「ありがとう、イヴ。グレイもよろしく頼む。」

 「ああっ。何か頼みたいことがあったら、いつでもアタシを呼べよな、ジョー。」

 「ありがとう、グレイ。それじゃあ、みんなで帰るとしようか。」

 こうして、僕たちは救援要請の依頼を無事達成し、イヴの力で冒険者ギルドへと一瞬で帰還した。

 依頼を終えた僕は、イヴとグレイに事後処理を任せ、ギルドの二階の宿泊所にある自分の部屋に籠った。

 食事もとらず、着替えもせず、ベッドの中で横になった。

 目の前に憎き復讐相手がいたのに復讐できなかった、マリアンヌ姫を殺せなかった悔しさと、自分への怒りで、僕の心の中はグチャグチャだった。

 異世界の悪党は一人残らず、殺す。

 全員、皆殺しにして地獄へ突き落す。

 優しい復讐鬼になる、と僕は以前、玉藻たちの前で誓った。

 異世界の悪党へは情け容赦なく復讐する、そう決めたはずだ。

 マリアンヌ姫は間違いなく、勇者たちやインゴット国王、光の女神リリアと同じ、僕が復讐すべき異世界の悪党だ。

 決して善人ではない。

 僕が愛し、守ると誓った異世界の優しい人々とは断じて違う、卑劣で残酷で、醜悪な心を持った悪人だ。

 邪悪な女神リリアの手先だ。

 あのクソ王女は生きる価値のない悪党なのだ。

 スミスや他の乗客たちさえいなければ、問答無用で殺していた。

 今は見逃してやる。

 だが、次会ったその時こそ、必ずあのクソ王女に復讐してやるのだ。

 僕はベッドの中で目を瞑りながら、マリアンヌ姫への復讐に思いを馳せていた。

 翌日の午前9時。

 僕は目を覚まし、ベッドから出た。

 シャワーを浴び、汗を流すと、下着を履き替え、いつもの黒い冒険者衣装に身を包んだ。

 一晩ゆっくりと寝て、シャワーも浴びて気分を切り替えた僕は、パーティーメンバーを誘って、一緒にギルドの食堂で食事をとろうと、自分の部屋を出ようとした。

 僕が自分の泊まっている部屋のドアを開けると、何故かスミスと一緒に帰ったはずのマリアンヌ姫が、僕の部屋のドアの前で、正座をして待ち構えていた。

 せっかく気分を切り替えたはずの僕の心は、マリアンヌ姫の顔を見た途端、一気にまた最悪な気分へと変わった。

 気持ちの良い朝が台無しにされてしまった。

 機嫌が悪くなった僕は、マリアンヌ姫に問いただした。

 「一体、これは何の真似だ、クソ王女?朝から僕の部屋の前で一体、何をやっている?スミスと一緒にとっととインゴッド王国へ帰れ、そう警告したはずだ。スミスはどうした?それとも何か、自責の念から僕に介錯を頼みにでも来たのか?殺してほしいと言うなら今すぐにでも殺してやるぞ?」

 僕の問いに、マリアンヌ姫は辛そうな表情を浮かべながら答えた。

 「おはようございます、「黒の勇者」様。昨日お休みになられた時から今までずっと、こうして「黒の勇者」様をお待ちしておりました。スミス様には止められましたが、私の意志でスミス様と一緒に帰国することをお断りさせていただき、あなた様とお話させていただきたく、待っておりました。私や父たち、インゴッド王国政府があなたに行った仕打ちは決して許されるものではございません。本当に申し訳ございませんでした。あなた様を誤って処刑したことについて、光の女神リリア様よりも厳しく叱責をされた次第です。「黒の勇者」様に改めてお願いがございます。光の女神リリア様より、真の勇者であるあなた様とともに、世界中で暴走する元勇者たちを討伐し、世界の平和を守るようにとの神託が下りました。私たちへの復讐を望まれるのでしたら、贖罪として私や父の命をあなた様に捧げる所存です。ですが、その前に、私とともに、元勇者たちの討伐にご協力をお願いいたします。今、この世界の平和を守ることができる真の勇者は、「黒の勇者」様、あなた様お一人なのです。どうか、人間と世界の平和を守るため、私に力をお貸しください。お願いいたします。」

 マリアンヌ姫が土下座をしながら、僕に頼み込んできた。

 だがしかし、僕の返事はもちろんNoである。

 「100%お断りだ。お前やリリアに協力する気は微塵もない。大方、リリアの奴が、自分が見込んで選んだはずの勇者たちが全員、勇者をクビになって犯罪者になった上、世界中で暴れ回るもんだから、自分の手には負えない連中の後始末を、今頃になってずっと放置してきた僕に頼みにきた、そんなところだろ?お前やリリアが勇者たちをしっかり育てていれば、少しはマシに育ったかもしれないが。いや、連中全員、元いた世界から頭のおかしい連中だったから、教育しても無駄だったか?僕をあっさり裏切ってすぐ処刑したキチガイばかりだもんな。お前とリリアの尻拭いをするつもりは僕には全くない。そもそも、僕はリリアの加護を全く受けていない。僕の戦闘能力は元いた世界から生まれつき持っていたものだ。リリアにどんなデタラメを吹き込まれてきたのかは知らないが、僕は僕だ。勇者でなく、ただの冒険者だ。帰ったら、女神リリアに伝えろ。いずれ必ず、お前に復讐する、僕がそう言っていたと伝えろ。話は以上だ。スミスがいなきゃ、自分でインゴット王国まで帰れ。じゃあな、クソ王女。」

 僕はそう言うと、マリアンヌ姫を避けて、他のパーティーメンバーたちの泊まっている部屋へと向かった。

 「お、お待ちください!?ああっ、あ、足が痺れて!?」

 マリアンヌ姫が立ち上がって僕を追いかけようとするが、長時間正座していた影響で、足が痺れて立つことができず、廊下で尻もちをついている。

 無様な格好を見せるマリアンヌ姫を横目に、僕はパーティーメンバーの部屋を訪ねて行った。

 部屋に残っていたのは、イヴ一人だけであった。

 「おはよう、イヴ。一緒に朝食を食べに行かないか?他の皆は僕たちより先に仕事に出かけちゃったみたいでさぁ。どうかな?」

 「おはよう、婿殿。皆、早起きで仕事熱心なことだ。婿殿は気分の方はどうだ?廊下に、インゴット王国の王女がいて、また気分を害したのではないか?」

 「昨日ほどではないよ。仕事をするのに支障はないから大丈夫だよ。ただ、あのクソ王女の顔を朝一番に見ることになったのはすごく嫌ではあったけど。何でも、リリアが神託を授けたそうで、僕と一緒に元勇者たちを討伐するよう、命令されたんだと。もちろん、断ったけどね。あのクソ王女と、クソ女神のリリアの尻拭いのために働かされるなんて、真っ平御免だからな。イヴも皆も、どうしてあのクソ王女が僕の部屋の前にずっと座っていたのに、追い払ってくれなかったんだ?イヴなら一瞬で、あのクソ王女をインゴット王国に転送することだってできただろう?」

 「あのマリアンヌとか言う王女は、リリアの操り人形にして、インゴット王国の爆弾だ。婿殿にとっては憎き復讐相手の一人に違いないが、あの王女は生まれつき「巫女」というリリアの操り人形となるジョブとスキルを与えられ、リリアの命令通りに動く、操り人形なのだ。リリアが婿殿と協力して元勇者たちを討伐しろと、あの女に命じれば、あの女はリリアの命令を遂行するまで、何度でも婿殿を追いかけ、婿殿の前に現れる。さらに、王女はインゴット王国の国王が溺愛する愛娘だ。国王は親馬鹿というレベルであの女を可愛がり、育ててきたそうだ。今現在、インゴッド王国は元勇者たちが世界中で問題を起こす影響で、世界各国から巨額の賠償金を請求され、財政破綻寸前に追い込まれている。各国からの支援金を5年以内に返済できなければ、国土を分割し、明け渡す約束となっている。「聖女」たちが起こした問題のせいで、インゴット王国はさらなるダメージを受けた。国王の精神はすでに限界寸前だ。これで、行方不明となっている王女が死んだということが国王の耳に伝わったら、国王は精神が崩壊し、一体何をしでかすか分からんぞ?賠償金を帳消しにするため、国民を強制的に徴兵し、他国へ侵略戦争に乗り出す暴挙にもでかねん。王女を今ここで暗殺しても、リリアの奴が国王に婿殿への嫌がらせに、王女の死を伝える恐れもある。インゴット王国にも、婿殿が大事に思う人間が大勢いるはずだ。彼らの身の安全を愚かな国王やリリアの暴走から守るためには、あの王女という名の爆弾に傷がつかないよう、守るしかないのだ。婿殿にとっては不本意で迷惑な話だろうが。」

 イヴの説明を聞いて、僕はどっと気分が落ち込んだ。

 「何て傍迷惑な女だ。リリアの操り人形で、僕をしつこく追っかけてくる上に、死んだら国王が侵略戦争を起こしかねない、迂闊に殺せない上、事故で死なれても困る、世界の平和を左右する爆弾だなんて。元勇者たち同様、碌でもない奴だな、本当に。あのクソ王女め。」

 「婿殿は嫌であろうが、とりあえず王女は妾たちで預かるしかあるまい。少なくとも、「黒の勇者」と呼ばれる婿殿が王女を保護したと聞けば、インゴットの国王も暴挙に出る恐れは当面ないだろう。ただ、あの王女を通じて、妾や婿殿の動きがリリアの奴に伝わることになる。妾や婿殿を危険視するリリアが行動を起こす前に、何かリリアの動きを封じ込める対策を打っておいた方がよいだろう。」

 「結局、あのクソ王女を預かることになるのか。本当に最悪の気分だ。ええっと、リリアの動きを封じ込める対策かぁ。リリアは元勇者たちを僕に倒してもらいたい。だけど、元勇者たちの討伐が終われば、今度は僕とイヴを人類の敵だと言いがかりをつけて強引に襲ってくる恐れがある。イヴ、君の力で王女のジョブとスキルを一時的に使用不能にすることはできないか?元勇者たちの討伐が終わったら、魔族の住んでいる地域まで移動するのはどうだろう?」

 「ジョブとスキルに制限をかけ、一時的に使用不能にすることは可能ではある。だが、ジョブとスキルに制限をかける術はすでに人間たちの方でもある程度開発が進んでいる。妾が施す制限の方が人間のモノよりはるかに強力な効果を発揮するだろうが、リリアの奴が強引に解除してくる可能性は否定できん。「巫女」のジョブとスキルはリリア自身が独自に作り出したモノである故、制限の解除には大して時間はかからんだろうから、あまり有効な対策になるとは思えんな。」

 「そうか。制限をかけるだけじゃ有効打にはならないか。だとすると、どうしたもんか?いや、なら、こういうのはどうかな?僕とイヴはリリアの意思に関係なく、元勇者たちの討伐を行う。そして、元勇者たちの討伐後は、僕とイヴは別の世界へと旅立つ。もし、リリアが僕たち二人に途中で危害を加えてきた場合、元勇者たちの討伐は中止して、すぐに別世界へと旅立つ、という条件付きだ。もちろん、最後の別の世界へ旅立つという部分は嘘だ。リリアの奴には、イヴがアダマスに興味を失い、僕と新天地に向かい、新天地の開拓に乗り出すつもりだと。僕自身もリリアの別世界の開拓に同行することに賛成していると。そして、僕とイヴが立ち去った後のアダマスの管理は全てリリアに一任する。ただし、僕たちが別世界へと立ち去った後、アダマスが崩壊するような危機が起こっても、僕とイヴは一切リリアには手を貸さない。リリアは聖武器を作ることができない。聖武器を作れなければ、勇者を異世界から召喚して魔族と戦わせることもできなくなる。魔族が本気で人間と戦争を起こして、人間が滅ぼされることになっても、それは魔族殲滅を人間に呼びかけ、人間を魔族との戦いに先導した女神であるリリアの責任となる。クソ王女にこのメッセージをリリアへと伝えさせれば、リリアは嫌でも僕たちとの取引に応じざるを得ない。それに、アダマスが完全に自分一人のモノになると、ぬか喜びするはずだ。何でも他人任せで物臭な自称女神のリリアを後々、自らを破滅へと追い込む条件付きの取引だとも知らずにね。」

 僕はそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。

 「それは良い考えだ、婿殿。妾と婿殿がすでに結託しており、少しでも妾たちに危害を加えた場合、婿殿が元勇者たちを討伐する話はご破算になり、元勇者たちの暴走でアダマスは崩壊、責任は全てリリアの奴にあると、人間どもはリリアの奴を非難しまくることになるであろう。元勇者たちを倒すついでに聖武器も全て破壊してしまえば、聖武器を作れんリリアの奴は、異世界から勇者を召喚して魔族と戦わせることもできなくなる。魔族と人間との戦いを強行しても、魔族の方が圧倒的に人間より強い故、人間が滅ぼされることになっても、絶滅寸前に追い込まれても、それも全てはリリアの責任。そして、妾と婿殿に泣きついてきても、妾と婿殿は元勇者たちの討伐後は、リリアには一切手を貸さない、という条件を飲んでいるため、結局リリアの奴は責任をとらされ、破滅することになる。さすがは妾の婿殿だ。この短時間でよくそれだけの悪知恵が思いつくものだ。リリアへの復讐心が成せる業とも言えるな。婿殿の考えた作戦通りに進めるとしよう。」

 「お褒めいただき、ありがとう、イヴ。なら、廊下でのたうち回っているクソ王女をここに連れてきて、今の話をリリアに伝えさせることにしよう。どっちが利用される立場なのか、どっちが上の立場なのか、身の程知らずの自称女神に思い知らせてやるとしよう。」

 僕は廊下へ出ると、僕の部屋の前で、長時間正座をしていたせいで足が痺れて、廊下の真ん中で転げ回っているマリアンヌ姫を見つけた。

 「おい、クソ王女。お前に話がある。条件付きにはなるが、お前を手伝ってやってもいい。話を聞きたいなら、いい加減起き上がって、僕に付いてこい。」

 「ほ、本当でございますか!?ぜひ、あなた様のお話を聞かせていただきます!あ、痛っ!?」

 マリアンヌ姫が急に笑顔を浮かべ、立ち上がろうとするが、足が痺れてまた、盛大に尻もちをついた。

 「本当に手のかかる奴だな。しょうがない。運ぶとするか。」

 僕はマリアンヌ姫の首根っこを掴むと、イヴの部屋まで引きずりながら、マリアンヌ姫を運んだ。

 「も、もっと優しく!?ぐ、ぐるじい!?」

 「うるさい。この程度で死んだりするか。良いから黙ってついてこい。余計なことはしゃべるな。」

 僕はマリアンヌ姫をイヴの部屋まで連れていくと、首根っこを掴むのを止め、マリアンヌ姫に向かって言った。

 「クソ王女。黙って僕たちの話を最後まで聞け。元勇者たちの討伐に僕たちも協力してやる。ただし、いくつか条件がある。今、お前の目の前にいるこの女性の名前はイヴ。闇の女神だ。僕とイヴは協力関係にある。もし、僕やイヴ、他の仲間たちに、お前やリリアが危害を加えてきた場合、その時点で元勇者たちの討伐への協力はなしだ。それと、元勇者たちの討伐が終わったら、僕とイヴは誰もいない別世界へと向かい、新天地の開拓に取り組むつもりだ。イヴはアダマスへの興味をほとんど失くしていて、別世界へと向かうことを望んでいる。僕もイヴと一緒に別世界へ行くことを望んでいる。正直、僕もアダマスにはうんざりしている。強制的にこんなクソみたいな異世界に召喚されて嫌気が差してたまらない。僕たちが別世界へと旅立った後のアダマスの管理は全てリリアに任せる。ただし、僕たちが別世界へと旅立った後、アダマスが崩壊するような危機が起こっても、僕もイヴも一切関知しない。決して手を貸したりはしない。今、僕たちが言った条件を全て飲むなら、元勇者たちの討伐に協力してやる。嫌なら、協力はしない。光の女神リリアにもそう伝えろ。分かったな?」

 マリアンヌ姫は目を見開き、僕とイヴの顔を見ながら、口を開いた。

 「そ、そちらに座っている方が闇の女神!?「黒の勇者」様が闇の女神と協力関係にあると!?闇の女神の存在を見過ごせと!?そ、そんなこと、光の女神リリア様がお許しになるはずがございません!「黒の勇者」様、あなた様はそこにいる闇の女神に騙されておいでなのです!目を覚ましてください!闇の女神は魔族が崇拝する、人間絶滅を目論む、悪しき神なのです!光の女神リリア様は、真の勇者であるあなた様こそ、我々人類の救世主だと仰っておりました!人類の怨敵である、闇の女神と、真の勇者であるあなた様が手を組む、そのような暴挙はあってはなりません!今一度、冷静になってお考え直しください!」

 「僕は非常に冷静だ。お前、僕の話をちゃんと聞いていたのか?僕とイヴは大事な仲間で、大事なパートナーだ。今回の「聖女」たちが引き起こした事件を解決できたのは、イヴの協力があったからだ。砂漠で遭難してワームたちに襲われていたお前の救援に手を貸してくれたのもイヴだ。イヴは人間の絶滅なんて全く考えていない。人間、獣人、魔族、分け隔てなく接する博愛主義者だ。大体、命の恩人であるイヴに向かって、その失礼な態度は何だ?困っているお前をリリアが一度でも助けてくれたことがあったか?ないだろ、そんなこと?「巫女」の箔を付けてくれただけで、ただ上から命令するばかり。お前が死にかけていた時、本当に助けた女神は、闇の女神だ。お前を奴隷のように扱うリリアより、何の接点もないお前を無償で助けたイヴの方が、立派な女神さまだと僕は思う。僕たちの提示した条件を飲めない、と言うなら、元勇者たちの討伐への協力は断る。お前とリリアだけで何とかしろ。他に用がないなら、さっさとこの部屋から出て行け。僕の意志は決して変わることはない。以上だ。」

 僕は真っ直ぐとした目で、マリアンヌ姫に向かってきっぱりと言った。

 マリアンヌ姫は僕の話が素直に飲み込めないようで、困惑した表情を浮かべながら、何も言わず、僕たちの前から立ち去っていった。

 マリアンヌ姫が部屋を出た後、イヴが話しかけてきた。

 「礼を言うぞ、婿殿。闇の女神である妾を庇ってくれる人間は婿殿だけだ。」

 「あのクソ王女がリリアに洗脳された操り人形なのは分かっている。だけど、命の恩人であるイヴを侮辱するあの失礼な態度だけは絶対に許せない。イヴは僕の大事な仲間だ。自称女神のリリアより何百倍、何千倍も素晴らしい、本当の女神さまだ。クソ王女がリリアの奴に僕たちの話をちゃんと伝えるかは疑問だが、その時は、真っ向から迎え撃って返り討ちにしてやるだけだ。復讐を始めた時点で、異世界の人間全てを敵に回す覚悟はできている。何も心配することはないよ、イヴ。」

 「ありがとう、婿殿。フフフ、さすがは妾の見込んだ男だ。ますますそなたに惚れたぞ。婿殿が世界全てを敵に回すというなら、妾も共に戦おう。妾と婿殿の邪魔をする者はこの手で一掃してみせよう。」

 「ハハハ。お手柔らかに頼むよ、イヴ。女神の本気は怖いからね。」

 僕とイヴは冗談を言いながら、笑い合った。

 「おっと、いけない。すっかり忘れてた。ギルドの食堂で一緒に朝食を食べようよ、イヴ。朝食を食べ終わったら、一緒に仕事にとりかかろう。」

 「承知した、婿殿。」

 僕とイヴは、イヴの部屋を出ると、ギルドの一階の食堂へ向かい、それから、一緒に朝食を食べた。

 その後、モンスター駆除の依頼や救援依頼を引き受け、いつものように冒険者活動へと励むのであった。

 一方、主人公、宮古野 丈との話を終えたマリアンヌ姫は、ギルドの一階の空きスペースの一角に置いてあるテーブルに頬杖をしながら、一人物思いにふけっていた。

 「まさか、闇の女神が復活していたとは。光の女神リリア様によって世界の果てに闇の女神は封印された、そのはずでしたのに。元勇者たちが世界中で暴走を始めたこの時期に復活するとは、何と言う不幸の偶然でしょう。最悪のタイミングで復活されたとしか言いようがありません。おまけに、「黒の勇者」様が闇の女神と手を結んでいるなど。もし、この事実をお知りになれば、リリア様は大層お怒りになるに違いありません。ですが、「黒の勇者」様は闇の女神を心から信頼し、大事なパートナーとも言っておられました。二人を引き剥がすことは難しいでしょう。条件を飲めば、元勇者たちの討伐に協力してくださり、「黒の勇者」様も闇の女神も別の世界へと旅立ち、一切こちらには干渉しないと言っておられますし、決して悪い条件とは思えません。闇の女神が、私や他の人間たちを「黒の勇者」様とともに助けているのも事実です。ここは「黒の勇者」様の条件を飲む以外、仕方がないでしょう。リリア様がお許しにならない場合は諦め、元勇者たちの討伐はリリア様に他に手段がないか、訊ねるほかありません。どうしてこうも、次から次に問題が起きるのでしょうか?私や父たちがリリア様の御意思に反し、勝手に「黒の勇者」様を処刑する過ちを犯したことが原因なのでしょう。私たちが世界に不幸をばらまき、罪深い私たちに神罰が下った、ということなのでしょうか?」

 マリアンヌ姫は頭の中で自問自答を繰り返した。

 僕、宮古野 丈は憎き復讐相手の一人、インゴット王国王女、マリアンヌ姫と思いがけない形で再会した。

 マリアンヌ姫への怒り、殺意、復讐心は今も僕の心の中で牙をむいている。

 僕を処刑した異世界の悪党の一人であることに変わりはない。

 今は復讐のタイミングではないため、一時見逃すことにする。

 だが、僕は必ずマリアンヌ姫に復讐する。

 あのクソ王女をいつか必ず殺してやる。

 僕の復讐に例外はない。

 異世界の悪党は全員、皆殺しだ。

 これからしばらく、マリアンヌ姫の顔を毎日見ることになるのは反吐が出そうだが、全ては復讐のためだと、自分に言い聞かせ、グッと我慢することに決めた。

 僕の異世界への復讐の旅路に、少々面倒なお荷物が加わることになった。
















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