第九話 【主人公サイド:酒吞】とある鬼の回想

 俺の名前は酒吞。

 大昔は「酒吞童子」なんて名前で呼ばれ、鬼の王と恐れられた、史上最強の鬼だ。

 俺は生まれた時から捨て子だった。

 捨て子だった俺は、運が良いのか悪いのか、人間の盗賊の頭という男に拾われ、それから、盗賊として生きる術を学んだ。

 俺が物心ついた頃、鬼として俺の体に秘められた力が目覚め始めた。

 俺は小さい子供の姿で、牛や馬を片手で持ち上げるほどの怪力を見せた。

 俺は自分が人間じゃなく、鬼という妖怪であることを、育ての親である盗賊の頭から教えられた。

 何年か経って、育ての親である盗賊の頭が流行り病であっという間に死んじまった。

 盗賊の頭が死んだあと、盗賊団は解散になった。

 ひとりぼっちになった俺は、自慢の怪力を使い、一匹狼の盗賊として盗みをするようになった。

 俺は悪事を働く貴族たちや商人たちから、金品を頂戴し、自分が食うに事足りる分以外は、全部飢えで苦しむ貧しい連中にばらまくようにした。

 俺は鬼で盗賊でもありながら、いつしか世間から義賊と呼ばれるようになった。

 俺が都で鬼でありながら義賊として活躍する噂を聞きつけ、興味を持った他の鬼たちが俺の下に集まってきた。

 最も、俺が若い女の姿をした鬼だと知って随分驚かれもされたが。

 俺は、俺の下に集まってきた鬼たちと酒を酌み交わしたり、力比べをしたりして、仲を深めていった。

 そして、俺はついに俺を盗賊の頭とする、鬼だけの盗賊団を結成した。

 俺を筆頭に、鬼の盗賊団は都にいる、悪事を働く貴族たちや商人たちから根こそぎ金品を奪いつくし、自分たちの生活に必要な分以外は全部、貧しい連中に配ってやったのだった。

 酒好きの鬼の義賊がいるという噂が国中に流れ、「酒吞童子」という名前で俺はみんなからいつしか呼ばれるようになった。

 俺は鬼の盗賊団とともに、都のすぐ近くの山に拠点を築くと、毎日盗みをしては、一日の終わりに酒宴を開く、そんな日々を仲間たちと送っていた。

 だが、義賊と呼ばれる俺のことを快く思わねえ連中がいた。

 大貴族や大商人と呼ばれる連中だ。

 連中の中には、俺が率いる鬼の盗賊団によって財産を根こそぎ奪われ、無一文にまで追い込まれた奴もいた。

 連中は俺を人間の女を攫い、人肉を食らい、人の生き血を酒に混ぜて飲む、恐ろしい人食いの悪鬼だという、デマを流すようになった。

 さらに、徒党を組んで鬼の盗賊団を討伐しようと躍起になった。

 言っておくが、俺は別に人間を襲って食べるなんてことはしない。

 人の生き血なんぞを酒に混ぜて飲む、そんなキチガイみてえなことはしねえ。

 人間の女を攫ったことなど一度も無い。

 俺の子分の鬼たちも全く同じだ。

 人間の女を俺が攫ったなどと言っているが、真相は俺たちとは全く無関係の人攫いに攫われてそのまま行方不明になった女たちか、あるいは駆け落ちをした家出娘たちを強引に俺たちが攫ったことにして、俺たちの悪評を広めることに利用しようとした、というわけである。

 当然、根も葉もないデマを流されて、俺たち鬼の盗賊団は怒らねえわけがなかった。

 俺たちはデマを流した貴族たちや商人たちの家を襲って、金品だけでなく、服や食べ物といった家中のありとあらゆる物を奪った。

 ついでに、俺の怪力で連中の家を粉々に破壊してやった。

 本当は連中を全員、ぶっ殺してやりたい気分だったが、命だけは奪わず、見逃してやった。

 その判断が甘かったことを、俺は後々後悔することになった。

 貴族たちと商人たちは俺たち鬼の盗賊団から報復を受けたことで、ますます俺たちへの恨みを募らせるようになった。

 連中は俺たちの命を奪うべく、執念を燃やし、俺たちを付け狙った。

 俺たちのデマを流し続け、俺たち鬼の盗賊団を討伐しようと大人数の武装した兵で襲いかかってきたが、俺たちはデマを気にすることなく、襲いかかってくる兵どもを全員、返り討ちにした。

 俺率いる鬼の盗賊団は正に常勝無敗、無敵の盗賊団だった。

 俺たちは有頂天になっていた。

 ある日、いつものように悪事を働く貴族の家へ盗みに入り、無事、成功した俺と俺の子分たちは拠点のある山の廃寺で、戦果を祝って酒宴を開いていた。

 俺たちが夜遅くに酒宴を開いていると、突然、俺たちの前に山伏だと名乗る数人の男たちが現れた。

 話を聞くに、修行の旅をしているそうだが、道中道に迷い、山の中を彷徨い歩いていたら偶然、山の中に灯りを見つけたので、灯りを頼りにここまで来たそうだ。

 一晩泊めてほしいと言う山伏たちを、俺たちは当然疑った。

 俺たちは都でお尋ね者の鬼の盗賊団である。

 俺たちの外見は明らかに人間離れしているのに、そんな俺たちを怖がらないのは疑わしかった。

 夜の山道を歩いてくる、そんな危険な真似をする奴はまずいねえ。

 俺たちに恨みのある貴族たちや商人たちが俺たちを暗殺するために放った刺客かもしれねえと、俺たちは山伏たちを疑った。

 持ち物を調べてみたが、特に変わった物はなかった。

 背負子の中は法具と食べ物、水、薬、懐刀、少々の金ぐらいしか入っていなかった。

 手に持っていた金剛杖も調べたが、仕込み杖ではなかった。

 服の中も調べたが、武器や毒物を隠し持っているわけでもなかった。

 山伏たちが刺客ではないと判断した俺たちは、山伏たちを俺たちの拠点に一晩だけ泊めてやることに決めた。

 俺たちが酒盛りをしていると、山伏たちが一晩世話になるからと言って、俺たちにお酌をし始めた。

 山伏たちが俺たちに毒を盛ろうとしているのではと警戒もしたが、子分たちは平気そうな顔で山伏たちがつぐ酒を飲んでいた。

 毒が盛られている様子もないので、俺たちは山伏たちと身の上話や世間話などをしながら一緒に酒を飲んだ。

 そうして山伏たちと一緒に酒を飲んでいる内に、急に異変が起こった。

 突然、全身が痺れ、体が全く動かなくなった。

 子分たちも同じで、体が痺れて動けなくなると、口から血を吐いて次々に死んでいった。

 体が痺れて、その場で倒れた俺を、山伏たちは馬鹿にしたような笑いを浮かべながら冷淡な目で見下ろしてくるのであった。

 山伏たちの正体は、俺たち鬼の盗賊団を暗殺するために貴族たちが放った刺客であった。

 山伏たちは手首に巻いていた数珠の玉の一つに、玉に偽装した毒の丸薬を仕込んでいた。

 あらかじめ、解毒薬を事前にたっぷりと飲んでから俺たちに山伏の姿で近づき、毒を酒に混ぜて俺たちに飲ませたそうだ。

 刺客たちが俺たちと毒入りの酒を飲んでも平気だったのはそのためだった。

 刺客たちは俺の前で笑いながら種を明かすと、まだ息のある俺の首を懐刀で斬り落とした。

 俺は騙された悔しさと、子分たちを殺された怒りから、首だけになっても刺客たちに噛み付いてやった。

 俺は怪力だけでなく、不死身に近い生命力を持っていた。

 毒キノコを食べても平気だし、火傷をしても瞬時に治すことができた。

 大抵の毒は効かない、不死身に近い俺を麻痺させて動けなくするほど強力な毒があることには驚かされたが。

 首だけになっても生きている俺を、刺客たちは全員で必死に取り押さえた。

 首だけとなった俺を、刺客たちは取り押さえると討伐の証として朝廷に持ち帰った。

 刺客たちは腕っ節に自慢のある、武芸に秀でた貴族たちであった。

 だが、首だけになっても生きている俺を、朝廷の貴族たちは恐れた。

 すぐに貴族たちは都で最も有名な陰陽師を名乗る男を呼び出すと、首だけになった俺に呪いをかけさせた。

 陰陽師の呪いを受け、首だけとなった俺はとうとう死んだ。

 しかし、怨念のこもった俺の魂は成仏せず、首に宿り続け、それから俺の首は邪気を放ち、朝廷の貴族たちに災いをもたらした。

 困った貴族たちは、俺の首を都から少し離れた場所に埋めて封印を施した。

 俺の首が埋められた場所には後に首塚大明神なんて社が建てられ、俺は神様みたいなものとして祀られるようになった。

 当の本人である俺は祀られたところで怒りが静まるわけはなく、人間への恨みを抱き続けた。

 いつか封印が解けたら、俺を欺き殺した人間どもに復讐してやる、そう思っていた。

 俺が封印されてから長い年月が経ったある日のこと。

 一人の爺さんが封印されている俺の下を訪ねてきた。

 白髪頭に丸眼鏡をかけた、優しそうな顔をした爺さんだった。

 驚いたことに、その爺さんは霊能力者だった。

 霊能力を持つ人間が俺の前に現れたのは久しぶりであったが、俺に呪いをかけて殺し、俺の封印に協力した憎たらしい陰陽師の男よりもはるかに強力な霊能力を持っていたことにも驚かされた。

 封印越しに、その爺さんは俺に話しかけてきた。

 「初めまして、鬼の王さん。それとも、酒吞童子さんとお呼びした方がいいかな?私の名前は宮古みやこ たけみち。とある大学で民俗学を教える教授をしている。簡単に言うと、学者をしている。君が長い間、封印をされていることは知っている。これでも私も霊能力者の端くれでね。妖怪に関する研究なんかもしているし、一般人より妖怪には詳しいつもりだ。実は君に相談というか取引をしたくてここまで来たんだ。もし、私との取引に応じてくれるなら、君の封印を解いてあげてもいい。どうかね?」

 『はっ。この俺の封印を解くだと?生憎、俺は人間なんかと取引をするつもりはねえ。どうせ、俺の封印を解く代わりに、俺を奴隷にでもして人殺しをしろだの、盗みをしろだの命令するつもりだろ?俺は自分の欲のために、平気で他人を騙して陥れる、人殺しだって平然とやるお前ら人間が大嫌いなんだよ。義賊と呼ばれた俺を、お前ら人間は騙し討ちして殺した。欲にまみれて、卑怯で冷酷なお前ら人間なんかの話を聞くつもりはこれっぽっちもねえ。とっとと帰りやがれ。』

 「そんな冷たいことを言わず、私の話を最後まで聞いてくれ。私が君の封印を解く取引の条件はただ一つ、それは、私のたった一人の孫を君に守ってほしいということだ。」

 『お前の孫を俺に守ってほしいだぁ!?俺をからかってんのか?そんな見え透いた俺にこの俺が引っかかると本気で思ってんのか、ええっ、爺さんよ?』

 「嘘ではない。私は本気だ。実は、今年で5歳になる可愛い孫が私にはいるんだが、孫は生まれつきとんでもなく強い霊能力を持っていてね。もうすぐ5歳ながら、すでに私の霊能力をはるかに上回るほどの力なんだ。だがしかし、孫の霊能力はあまりに強すぎて暴走し、邪気となって周囲に不幸をもたらしている。孫自身にも邪気による災いが降りかかっている状態でね。私もこれまで何とか孫の霊能力の暴走を抑えようとしてきたが、もはや私の力だけでは抑えきれなくなってきている。孫の霊能力は今後ますます増大し、さらにひどい暴走を引き起こす恐れがある。そして、孫の霊能力をこれまで抑えてきた私自身の命は残り幾ばくかしか残されていない。私は肺の病を患っていてね。先日医者から余命1年だと宣告された。私が孫に何かしてあげられる時間は残りわずかだ。だから、私に代わって、伝説の大妖怪、酒吞童子と呼ばれる君に、幼い孫の霊能力の暴走を抑えてもらい、それから孫の行く末を見守ってほしい。私のたった一人の孫を君に預けたい。どうか、私の頼みを聞いてもらえないだろうか?」

 爺さんの目は一見穏やかだが、真剣そのものだった。

 一度人間に騙され殺された俺だが、爺さんが俺に嘘をついているようには見えなかった。

 酒吞童子と呼ばれ、人間どもに恐れられた鬼であるこの俺の封印を解く代わりに、まだ小さい孫を自分の代わりに俺に守ってほしい、そんなことを取引として持ちかけるなんて、訳アリとしか思えなかった。

 爺さんの話をすぐに信用することはできなかった。

 だが、俺は少しばかり目の前にいる爺さんに興味を持った。

 『封印を解く代わりに、孫を守ってほしいか?だが、お前の話が本当かどうかの証拠はねえだろ?それに、封印を解いた途端、取引の内容を挿げ替える可能性だってある。孫を守るために人殺しをしろ、盗みをしろ、なんて命令してくるつもりじゃあねえのか?お前の孫にずっと奴隷として服従しろ、なんてことにもなりかねねえ。この俺を信用させるだけの、誠意の証ってヤツを見せてもらわねえと、お前と取引はできねえな。』

 「ふむ。誠意の証を見せろか。なら、私は君の封印を解く代わりに、君に可愛い孫を守ってもらう。ただし、私や孫に仕える必要はない。霊能力の暴走から孫を守ってくれるだけでいい。孫をどのように守るかは君の判断に一任する。もし、この契約の縛りを違えた場合、私は自分の魂を君に差し出す。私の命と引き換えに取引をする、これでどうかね?」

 『お前の魂を俺に差し出すだと!?霊能力の暴走から孫を守るだけでいいだと!?そんな俺が一方的に得するような条件で良いのか?一度、魂を差し出すと言ったら撤回はできねえぞ?俺は容赦なく、爺さん、お前の魂を奪って殺す。孫を守ると言う名目で暴れ回るかもしれねえ。それでも、この俺と取引をしたいと言うんだな?』

 「ああっ、無論だ。私は大事な孫を守るためなら、残り少ないこの命を君に捧げる。それに、君は人間を嫌いだと言うが、私には君が心の底から人間を嫌っているようには思えない。人間は決して悪人ばかりではない。私の可愛い孫がきっと、そのことを君に証明してくれるはずだ。取引の条件は先ほど伝えた通りだ。私との取引に応じてもらえるかね?」

 『良いぜ。爺さん、お前と取引してやる。俺の封印を解いてもらう代わりに、俺はお前の孫を霊能力の暴走から守る。ただし、お前やお前の孫にこの俺が服従することは一切ねえ。俺は俺のやりたいようにお前の孫を守る。他の誰にも指図は受けねえ。そして、少しでも契約の内容を違えたら、その時は容赦なくお前の魂をいただく。分かったな?』

 「ありがとう。それで十分だ。孫のことをよろしく頼むよ。それじゃあ、取引成立だ。これより君の封印を解こう。」

 『待て。お前の孫の名前は何て言うんだ?』

 「宮古野 丈。丈は丈夫の丈と書くんだ。息子夫婦が私の名前から一字取ってつけてくれてね。少し恥ずかしがり屋の可愛い男の子だよ。君もすぐにあの子のことが気に入るはずだ。」

 『丈、宮古野 丈だな。気に入るかどうかは分からねえが、まぁ、お前の孫はこの俺が責任を持って最後まで面倒見てやる。この俺に二言はねえ。安心して任せな。』

 こうして、俺は爺さんとの取引に応じ、封印を解いてもらった。

 封印を解いてもらってから1年ほど経った頃、爺さんは死んでしまった。

 俺は爺さんとの契約を守り、爺さんの死後、爺さんの孫、宮古野 丈というガキにとり憑き、このガキを霊能力の暴走から守ることになった。

 驚いたことに、爺さんは俺以外にも二匹の妖怪と同じ取引をしていたことが分かった。

 玉藻、鵺と名乗るその二匹は、この俺と並ぶ大妖怪で、俺に負けず劣らずの実力者だった。

 俺以外の妖怪にも孫の護衛を頼むとは、少々プライドを傷つけられた気分ではあったし、爺さんにしてやられた気分でもあった。

 やっぱり人間は信用ならねえ、そんなことを思いもした。

 だが、実際にガキにとり憑いてみて、その思いは一瞬で吹き飛んだ。

 一見、ナヨナヨとした、覇気のない、弱っちいガキにしか見えなかった。

 しかし、宮古野 丈というこのガキは6歳ながら、俺や玉藻、鵺の三匹の妖怪の妖力を合わせても抑えきるのがやっとという、とんでもなく桁違いの霊能力を持っていやがった。

 爺さんが俺に話したことは本当だった。

 他の二匹と契約したのも、俺だけでは抑えきれないと考えてのことだとすぐに分かった。

 ガキの体から溢れ出る霊能力は、強力な邪気となって、ガキ自身やガキの周りの人間に災いをもたらした。

 俺たち三匹の妖怪は、昼夜を問わず、霊能力の暴走を抑えることになり、とにかく大変だった。

 丈と言うガキが成長するにつれ、暴走する霊能力はますます強くなり、抑えつけるのに俺たちは苦労させられた。。

 だけど、俺は、宮古野 丈というこのガキに、丈に引き合わせてくれた爺さんに今でも感謝している。

 丈は暴走する霊能力のせいで、周囲から忌み子だとか呪われているだとか言われ、いつもひとりぼっちだった。

 6歳で両親を交通事故で失い、それからは虐待や育児放棄をしてくる毒親の鏡のような叔父叔母夫婦に引き取られることになった。

 ご近所からは避けられ、学校でも同年代のガキどもから嫌われた。

 丈の周りは、いつも吐き気を催す汚ねえ心を持った連中ばかりだった。

 この俺の手で直接、ぶっ殺してやりたくなるような奴ばかりだった。

 だが、丈はそんな辛い状況の中でも、決して正義感を失うことはなかった。

 道に困っている奴がいれば、丁寧に道を教え、時には目的の場所まで一緒に歩いて案内をしてやる。

 自分より小さいガキが怪我をしていると、泣いているガキを慰め、怪我の手当をしてやる。

 落とし物をして困っている奴がいると、例え相手が自分の悪口を言うような相手でも一生懸命に探してやる。

 学校で自分のことを虐めてくる同級生がいても、決して自分から先に手をあげることはしなかった。

 ただ、自分の死んだ両親を馬鹿にされたり、自分以外に虐められている奴がいたりすると、丈は例え相手が上級生であっても、相手が何人いようとなりふり構わず、挑みかかった。

 丈が暴力を嫌いなのは知っていた。

 丈は誰よりも暴力の痛みを知っていた。

 それでも、大切な人間や、暴力に苦しむ人間が放っておけず、自分の心も体も傷つくのを必死に堪えて拳を振るっていた。

 いつもは口下手で、目立つのが嫌いで、不器用で生真面目で、やや自分に自信がない。

 おまけに馬鹿正直で少々お人好しだ。

 だけど、困っている人間を放っておけず、感謝もされないのに他人を助け、時には自分を犠牲にしてでも自分の正義感に乗っ取って馬鹿一直線に行動する。

 丈を見ている内に、俺の心に変化が現れた。

 人間は自分の醜い欲のために平気で他人を騙す卑劣な外道ばかり、そう思っていた俺に、丈は、変わらぬ真っ直ぐな正義感を見せ続けた。

 他の人間はともかく、丈だけは決して人を騙したり、卑劣なことをしたりしない、正義感を持った人間だと信じることができた。

 俺はそんな誰よりも正義感が強い丈のことを好きになった。

 いつしか、俺は丈と本気で主従の契約を交わすことを考えるようにまでなっていた。

 それから、ついに丈と主従の契約を交わす日を俺は迎えた。

 異世界という未知の世界へと召喚され、勇者たちへの復讐の旅を始めた丈を傍で守るため、俺は丈の前に現れ、主従の契約を交わし、行動を共にし始めたのであった。

 俺は、丈が望むなら、地獄の果てまで付いて行くつもりだ。

 この俺の命に代えても、丈を守り、丈と一緒にクソ勇者どもに復讐すると心に誓った。

 俺は今日、丈と新たな契約を交わすつもりだ。

 丈と一つになり、丈の力の一部となって、一緒に戦うと決めた。

 自分たちで死の呪いを国中にばらまいて、呪いを治す代わりに勇者に戻してもらい、おまけに何の罪もない貧しい連中から金まで巻き上げ、金を払えない者は見殺しにした。

 自分たちの欲のために大勢の人間を騙し、大勢の罪もない人間の命を奪った、俺が一番嫌いな嘘つきで卑劣極まりない外道である「聖女」どもは絶対に許さねえ。

 例え「聖女」どもがどんな汚い手を使ってきても、俺と丈の絆の力があれば何も怖いものはねえ。

 俺たち二人の力で、「聖女」どもに正義の鉄槌をお見舞いしてやるぜ。

 俺たちの新たな未来がこれから始まろうとしていた。





















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