第六話 【処刑サイド:インゴット王国国王】インゴット国王、秘宝盗難事件を知る、そして、「聖女」たちがやらかしたと聞き苦悩する

 主人公、宮古野 丈が、ズパート帝国皇女でもあるナディア医師を暗殺から守り、皇女派の貴族たちを救出し、ナディア医師たちとともに新皇帝率いる現帝国政府に対し、クーデターを起こすことを決意したその日のこと。

 インゴット王国国王、アレクシア・ヴァン・インゴット13世は、元勇者たちの度重なる不祥事で8兆5千億リリアの損失を被り、国の財政破綻を回避するため、世界各国との交渉に毎日励む多忙な日々を送っていた。

 王都壊滅の復興費や、元勇者たちが引き起こした問題による巨額の損害賠償金はすでに王国政府の国家予算を越えており、おまけに国庫にはほとんど余裕がなかったため、各国から十分な財政支援を受けることができなければ、財政破綻はもはや確実という瀬戸際まで追い詰められていた。

 財政破綻回避のため、急遽大量の国債を発行したが、国内、海外の銀行や投資家たちはインゴット王国政府が元勇者たちの引き起こす問題でひっきりなしに巨額の損害賠償金を各国政府から請求されている状況を知っているため、インゴット王国政府の国債を買う者はほとんどいなかった。

 結局、インゴット王国政府は各国から財政支援を受ける以外に、財政破綻を免れる道はなかった。

 国王主導の下、各国政府に連日頭を下げ、粘り強く交渉した結果、何とか12兆リリスの支援金を受けることができた。

 しかし、各国政府とも5年以内に支援金を全額返済すること、全額返済できない場合、返済金の代わりに、国土の10%に当たる土地又は海を割譲すること、損害賠償金の減額には一切応じず、一年以内に全額賠償すること、という厳しい条件を付けてきた。

 世界一の大国と呼ばれていたインゴット王国であったが、今回の財政破綻に追い込まれた事態をきっかけに、もはやその栄光は失われ、実質的に世界六ヶ国の支配下に置かれる状態となった。

 各国政府からインゴット王国政府の国家予算について厳しく口出しされるようになり、国王たちは以前のように派手な生活や無駄遣いを一切できなくなってしまった。

 国王派の貴族だけでなく、他の派閥の貴族たちからも反発の声が上がり、国王たち政府重鎮を解任するべきとの声が、ついにインゴット王国政府内からも上がり出した。

 公共サービスの縮小も影響し、王城前では連日、インゴット王国政府に対する国民のデモが盛んに行われ、新聞や雑誌等のメディアはインゴット王国政府を激しく非難した。

 国民の他国への流出もさらに増え、インゴット王国は人口減少が加速した。

 総人口約3億人を誇っていたが、人口減少により、人口は今や2億人前後まで急速に数を減らしていた。

 5年以内にインゴット王国は滅ぶのではないか、そんな噂が世間では流れていた。

 国王は激務と心労によるストレスで、すっかり瘦せ衰えた姿に激変していたが、自分の代で栄光あるインゴット王国を潰すわけにはいかない、その一心から医師や部下たちの制止を振り切り、寝る間も惜しんで日々、公務に励んでいた。

 勇者たちの召喚以前は、宰相や大臣たちにほとんど仕事を任せっきりで、真面目に公務をこなさず、贅沢三昧な暮らしをして遊び惚けていたが、元勇者たちによる問題のせいで王国が財政破綻に追い込まれるまでになったことで、国王は自分がいかに王として仕事をしていなかったかを痛感した。

 王国政府の体制や財政が問題山積みで、汚職も横行していて、国庫にもほとんど余裕が無く、自分たち王族や貴族、官僚たちが予算を無駄遣いし、杜撰な政府の運営をしていた事実が嫌というほど分かった。

 夕方、国王が執務室で書類の確認や決済に追われていると、ノックもせずにブラン宰相がドアを開け、慌てて国王の前にやってきた。

 「国王陛下、国の一大事でございます!大変な事態が起こりました!」

 国の一大事、ブラン宰相からすでに何度も、聞き飽きるほどその言葉を聞いてきたためか、国王はもう観念したような様子で宰相に訊ねた。

 「また、元勇者たちが問題を起こしたのだな?良いから、申してみよ。」

 「はい、陛下。左様でございます。単刀直入に申します。ズパート帝国に逃亡中の「聖女」たちが、我が国の秘宝「レイスの涙」と「フェニックスの涙」を盗み出し、ズパート帝国に死の呪いをばらまくテロ事件を引き起こした可能性があるとの報告が入りました。」

 宰相の報告を聞き、国王は思わず「グッ!?」という声を上げ、お腹を押さえた。

 「だ、大丈夫ですか、陛下!?」

 「き、気にするな。それより、報告を続けよ。」

 「はっ。先ほど、ズパート帝国のラトナ公国大使館及びペトウッド共和国大使館より連絡がございました。現在、ラトナ公国大使館には「黒の勇者」ことジョー・ミヤコノ・ラトナ子爵が、ペトウッド共和国大使館にはエルザ・ケイ・ライオン最高議長がおられ、両名からの連絡によりますと、ズパート帝国内にてインゴット王国国立博物館に所蔵されているはずの「レイスの涙」と思われし宝石を発見、この宝石が死の呪いを帝都中にばらまいていた事実を確認し、速やかに除去したとのことです。ズパート帝国では二週間前から謎の奇病が流行する騒ぎが起こっていましたが、その原因こそ「レイスの涙」ではないかと申しております。両国大使館より、「聖女」たちによって「レイスの涙」と「フェニックスの涙」が、インゴット王国国立博物館より盗難された可能性があるとの指摘を受け、早急に調べさせましたところ、国立博物館の収蔵庫より、「レイスの涙」と「フェニックスの涙」が盗まれている事実が判明いたしました。また、収蔵庫内から、逃亡中の「聖女」たちの指紋が検出されました。「聖女」たちが「レイスの涙」と「フェニックスの涙」を使い、勇者の資格を取り戻すため、帝都に死の呪いをばらまき、それを治す狂言を実行するため、無差別テロ事件を引き起こしたことが分かりました。それから、「聖女」たちがラトナ子爵、エルザ最高議長、ズパート帝国のナディア皇女の三人を、証拠隠滅を目的に暗殺者を放つ爆弾テロを、インゴット王国大使館前で起こしたとの抗議が届いております。幸い、「黒の勇者」ことラトナ子爵の活躍により、三人ともご無事だったとのことですが、これが「聖女」たちによる暗殺未遂事件だと発覚した場合、要人暗殺を図ったものとして、我が国に損害賠償金を請求すると申しております。損害賠償金の具体的な金額は申しておりませんが、最悪の場合、謎の奇病の流行騒ぎも含め、その額は途方もない金額になる可能性が懸念されます。我が国の損失はさらに膨れ上がることが予想されます。」

 宰相からの報告を聞き、国王は「カハっ!?」という声を上げ、吐血した。

 吐血した国王を見て、宰相が慌てて国王に駆け寄った。

 「へ、陛下!?すぐに医者をお呼びします!今はお休みになってください!」

 「だ、大丈夫だ。薬を飲めばすぐに治まる。それよりも、なぜ、今頃になって、「レイスの涙」と「フェニックスの涙」の盗難が発覚したのだ?なぜ、そのような重大事件が我々の下に報告として届かなかったのだ?国立博物館の連中は何と言っている?訳を説明しろ。」

 国王からの質問に、ブラン宰相は苦い表情を浮かべながらゆっくりと答えた。

 「職員たちを尋問したところ、盗難は一月前に発生したことが分かりました。ですが、イミテー館長が不祥事の発覚と、自身の責任追及を恐れ、職員たちに口止めをしていたことも分かりました。イミテー館長から多額の口止め料をもらい、買収に応じた者や、脅迫され止む無く口止めに応じた者が職員たちの中にいたとのことです。尚、イミテー館長は我々が博物館に捜索に入った直後、隙を見て行方を眩ませました。イミテー館長ですが、彼は、インゴット王国冒険者ギルド本部の元ギルドマスターで、不祥事を起こし逃亡中のガメツィー氏の弟であることが分かりました。それと、イミテー館長が国立博物館の館長に就任した三年前から、イミテー館長の手により秘かに博物館のコレクションが持ち出され、贋作とすり替えられていた事実も発覚いたしました。三年間で少なくとも、200万点以上の貴重なコレクションが持ち出されていたとのことです。イミテー館長は博物館から持ち出したコレクションをブラックマーケットを通じて売りさばき、私腹を肥やす悪事を働いていた事実が捜査の中で浮上いたしました。現在、全力をあげてイミテー館長の行方を追っております。流出したコレクションの行方についても目下追跡中です。」

 「な、何ということだ!?盗難事件が一月も前に起こっていただと!?それも、責任者である館長自ら事件を隠蔽しただと!?さらには、我が国の貴重なコレクションを裏で売りさばき、私腹を肥やしていただと!?こ、ここまで我が国の政治行政は腐敗していたと、機能不全に陥っていただと!?わ、私は一体、誰を信じればいいのだ!?誰が味方で、誰が敵なのか、私にはもう分からなくなった!?・・・宰相、ひとまず盗難事件が起こっていた事実を至急、ラトナ公国大使館とペトウッド共和国大使館に連絡せよ。損害賠償金については後日、改めて私が話をしたいと、それから、度重なる不祥事を起こしてしまい、申し訳なかったと、そう代わりに伝えてくれ。私はもう疲れた。今日は自室で休ませてもらう。面倒をかけるが、よろしく頼むぞ。」

 「かしこまりました、陛下。どうか、ゆっくりとお休みください。」

 国王はブラン宰相に伝言を頼むと、フラフラとした足取りで執務室を出て、自身の寝室へと向かった。

 元勇者たちがズパート帝国で無差別テロ事件や、他国の要人を狙う爆弾テロ事件を起こした。

 さらには、自国の国立博物館の館長が盗難事件を隠蔽、おまけに200万点もの貴重なコレクションをブラックマーケットで売りさばき私腹を肥やしていた、という部下の背信行為を聞き、あまりのショックに仕事をする気力を失い、今にも倒れそうな気分であった。

 国王の精神も肉体もボロボロであった。

 寝室に着くと、着替えもせずに国王はベッドへと倒れ込んだ。

 「何故だ、何故私ばかり、この国ばかりこんな目に遭うのだ?このままでは元勇者たちのせいで我が国は滅亡する。マリアンヌも一月前から行方知らずだ。あの子までいなくなってしまったら、私はもう生きていく自信がない。王家は私の代で完全に途絶えるかもしれん。こんなことになるなら、「黒の勇者」を処刑するんじゃなかった。私はなんと浅はかなことをしてしまったのだ。ご先祖さまにも、マリアンヌにも、国民にも、そして、女神さまにも会わせる顔がない。とにかく、これ以上、問題が起こらないことを祈るばかりだ。」

 国王は暗い表情でそう呟きながら、目を閉じて眠りに入った。

 インゴット王国の崩壊は、元勇者たちの暴走により、さらに加速していくことになる。

 国王たちのこれまでの怠慢が、インゴット王国の崩壊の一因であることも事実である。

 国王たちとインゴット王国を、さらなる不幸が襲いかかろうとしていたのであった。















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