第三話 主人公、謎の奇病の原因を突き止める、そして、奇病の感染を根絶する

 主人公たちがズパート帝国の帝都に着いてから二日目の朝。

 謎の奇病に感染したグレイを助けるため、帝都中央病院に向かった主人公、宮古野 丈とグレイの二人は、主人公が直感で奇病の原因が状態異常攻撃によるものだと気が付き、霊能力を使って治療することでグレイを救うことに成功したのであった。

 そして、帝都中央病院の外科部長である女性医師、ナディア医師と謎の奇病に関する話をするため、主人公とグレイの二人は、ナディア医師の診察が終わるのを待っていた。

 午前7時過ぎ。

 ひとまずナディア医師の診察が終わると、二人は彼女に呼ばれ、二階にある外科部長室へと向かった。

 ナディア医師に勧められるまま、僕とグレイの二人は外科部長室の中へと入った。

 外科部長室に入ると、僕とグレイは一緒にソファに座った。

 ナディア医師がコーヒーを入れると、僕とグレイにコーヒーを入れたコーヒーカップを手前の机に二つ置いてくれた。

 彼女は僕たちの反対側のソファに座り、コーヒーをすすると話し始めた。

 「ジョーさん、改めて御礼を言わせてもらうわね。患者さんたちの治療をありがとう。あなたの施してくれた治療のおかげで、患者さんたちの症状は治まって、ほとんど問題なかったわ。あなたが来てくれなかったら、患者さんたちの命は本当に危なかった。本当にありがとう。」

 ナディア医師が僕に頭を下げた。

 「頭を上げてください、ナディア先生。少しでもお役に立てたのなら良かったです。僕も治療できる自信があったわけじゃあありません。僕にできる精一杯のことをやって、偶然、上手くいっただけのことです。謎の奇病の正体が状態異常攻撃だったことには僕もいまだに驚いています。先生に伺います。先生は謎の奇病の正体が状態異常攻撃だとすると、どんな状態異常攻撃だと考えられますか?それと、2週間前、「聖女」がこの病院で初めて謎の奇病の患者の治療に成功したと聞いておりますが、「聖女」は一体どうやって奇病を治療したのか、ご存知でしたら、ぜひ、教えていただけませんでしょうか?」

 僕の質問に、ナディア医師はしばらく考え込んだ。

 それから、僕の質問に答え始めた。

 「まず、謎の奇病の正体についてだけど、状態異常攻撃による状態異常であることは間違いないと思うわ。どの種類の状態異常に該当するか、という質問だけど、状態異常にも色々あるわ。麻痺に毒、幻覚、石化、凶暴化、魔力低下、呪いなど、本当に様々よ。だけど、考えられるとしたら、麻痺と呪い、この二つが有力ね。麻痺が原因と仮定した場合、おそらく人体の呼吸器系統の器官を麻痺させるモノと考えられるわ。ただ、麻痺の場合、症状が長期間に渡って続くことはない。麻痺ならどんなに強力なモノでもほんの数時間しか継続しないはずよ。24時間以上も継続して効果を発揮する麻痺の状態異常攻撃なんて聞いたことがないわ。それも、帝都全域に2週間以上も連続して、死人が大勢出るほどの麻痺の状態異常攻撃をしかけるなんて、常人にできることではないわ。それは呪いにも言えることではあるけれどね。呪いの場合、呪いの効果も色々だけど、実際に死者が出ている以上、死の呪いが、一番可能性があるわ。麻痺と違って、死の呪いは人体に長期間作用する上、心臓発作や呼吸器系統の器官の破壊、といった症状が表れることがある。呪いには遅効性や即効性の物もあるし、方法や患者の体質で進行速度に差が生じることもある。今回の謎の奇病に一番症状が似ていると言えるわ。だけど、麻痺同様、帝都全域に2週間以上も連続して死の呪いをかけ続けるなんて芸当、できるわけがないわ。そもそも、死の呪いの魔法を扱える人間は現代にはほとんどいないと言われているわ。帝都に死の呪いの能力を持つモンスターが侵入した可能性もあるけど、そんな危険なモンスターが帝都に侵入すればすぐに騒ぎになるはず。モンスターが帝都に侵入した可能性は低いと考えるわ。今のところ、麻痺か呪い、このどちらかが奇病の正体だと、私は考える。帝都全域に今も広げ続けるその方法は分からないけれど。」

 ナディア医師はそう答えると、コーヒーを一口すすった。

 「それと、「聖女」様がどうやって患者たちを治療したかという質問だけど、あいにく私は、「聖女」様がこの病院に現れて患者たちを治療したその日は、帝都から馬車で二日ほど離れた小さな村に往診に行っていたの。だから、実際に「聖女」様がどうやって謎の奇病にかかった患者たちを治療したのかは、この目で直接見たわけじゃあないわ。ただ、その日現場にいた同僚の医師たちの話によると、ごく普通の回復術と変わらなかったと聞いているわ。回復術の結界で患者の体を覆って、大体30秒ほどで治療したそうよ。私も医師として一度「聖女」様にあって、詳しい話を聞きたいのだけれど、個人的な事情もあって、話を聞けずにいるの。他の医師たちが「聖女」様に帝城まで行って話を聞こうとしたんだけど、「聖女」様も謎の奇病の原因は分かっていない、「聖女」の持つ奇跡の力で治療できたのだと、城の者からそう言われてあっさり追い返されたそうよ。実際、「聖女」様は確かに治療ができるけど、患者たちは治療後、すぐに再発している。「聖女」様の使う回復術から何かしら奇病への有効な対抗策が発見できる可能性はあるかもしれないけれどね。」

 ナディア医師はそう言って、回答を終えた。

 「質問に答えていただき、ありがとうございます。謎の奇病の正体は麻痺か呪い、ですか?でも、先生のおっしゃるように、どちらにしても、帝都全域に2週間以上もかけ続けるなんて方法が実在するとは考えにくいですね。「聖女」が謎の奇病を治療した方法にもしかしたら何か謎の奇病への打開策があるかもと僕も考えたのですが、方法はごく一般的な回復術と変わらないのですか。弱りましたね。謎の奇病の正体を突き止める手がかりが「聖女」にあると僕は考えていたのですが。」

 僕もナディア医師も、共に、謎の奇病の正体について考え込んだ。

 僕は横に座っているグレイを見ながら言った。

 「僕たち「アウトサイダーズ」の六人は昨日の午後、このズパート帝国に船で到着しました。僕たちはすぐに冒険者ギルドへ行くと、そのまま二人一組に分かれて、帝都の街中を歩きました。三組ともバラバラの方角に別れて、帝都の中を歩きました。そして、午後六時にふたたびギルドで全員集合しました。その直後からグレイが謎の奇病に感染して、体調を崩しました。もし、グレイが謎の奇病に感染したとしたら、二人一組になって別れた、六時間足らずの間だと思われます。グレイが帝都の西側と南側を歩いていた六時間足らずの時間に、グレイの身に起こった何かにヒントがあるのではないかと、僕は考えます。グレイ、昨日の午後、玉藻と二人で王都の西側と南側を歩いていた時、何か変わったことはなかったか?よく思い出してくれ。」

 僕の問いに、グレイは考え込んだ。

 「う~ん、そう言われてもなぁ?特に変わったことなんてなかったと思うけど?あっ!?」

 グレイが突然、何かを思い出したような顔になった。

 「何か、思い出したのか、グレイ?」

 「そういや、昨日、西側を玉藻の姉御と二人で歩いていると、いきなり顔に水をぶっかけられたんだよ。ちょうど通りの住人が打水をしていたら、偶然、アタシと玉藻の姉御に水がかかったんだよ。まぁ、顔にマスクしていたし、大して濡れたわけじゃなかったしよ。ちょっとだけ水が口の中に入ったけど、何ともなかったら、その時は特に気にならなかったな。玉藻の姉御もちょっと水を飲んだみたいだったけど、平気そうだったぜ。ジョーからこの国の水は飲むなと言われていたけど、もしかして、それが原因だったりするのか?だけど、水を飲んだのは玉藻の姉御も同じだぜ?アタシだけ水を飲んだから病気にかかるのはおかしくねえか?現に玉藻の姉御はピンピンしてるじゃんよ?」

 「いや、この国の水を飲んだことが原因かもしれない。他に何も変わったことはなかったんだろ?それに、玉藻は僕と同じように状態異常攻撃に対する強い耐性を持っている。僕が使う死の呪いも玉藻には通じないほどだ。だけど、グレイ、君には僕や玉藻ほど状態異常攻撃に対する耐性を持っているわけじゃあない。飲食物はペトウッド共和国から持ち込んだ食べ物で済ませた。体を洗うお湯も、わざわざペトウッドから持ち込んだ水を沸かして使った。手を洗う時も同じだ。となれば、原因はこの国で使われる水にあると考えられるぞ。」

 僕は、謎の奇病に感染する原因が、ズパート帝国の水にあると考えた。

 「待ってちょうだい!生活用水については私たちも一応検査したわ。だけど、状態異常を引き起こす物質は検出されなかったわ。生活用水が原因のはずはないわ。」

 「呪いだとしたらどうですか?呪いの中には人の目には見えないモノもあるし、呪いは物質ではなく、魔力、エネルギーの類です。謎の奇病の原因が、ウイルスや細菌、毒物、化学物質であると先生たちは最初、お考えだったのでは?僕たちも初めはそうでした。謎の奇病の正体が状態異常の一種であることが分かったのはついさっきのことです。水が状態異常攻撃の魔法や能力で汚染された可能性については先生たちも想定されていなかったんじゃないですか?ナディア先生、もう一度、この国で使用されている水について調べていただけませんか?死の呪い、あるいは強力な麻痺の魔法が水を汚染しているかもしれません。どうか、調査をお願いします。」

 僕はナディア先生に頭を下げて頼み込んだ。

 「分かったわ。もう一度生活用水の検査を行ってみるわ。確かに1回目の検査をした時、私たちは奇病の原因を状態異常攻撃と捉えている者はほとんどいなかった。生活用水に状態異常を引き起こす魔法がかけられているなんて、考えていなかった。もし、もう一度検査をして、本当に水から状態異常攻撃の魔法や魔力が検出された場合は、即刻生活用水の使用中止を呼びかける必要があるわ。それに、水に魔法がかけられていたとしたら、今回の謎の奇病の流行は人為的に引き起こされた可能性が出てくるわ。ズパート帝国の安全を脅かすテロ事件に発展する恐れがある。そうなれば、国の根幹を揺るがす大事件になる。とにかく、急いで二回目の生活用水の検査を行うことにするわ。貴重なアドバイスをありがとう。」

 「僕の考えはまだ推測の域を出ません。ですが、可能性はあると思います。調査の方、よろしくお願いします。」

 僕の考えを聞いて、ナディア先生はすぐに外科部長室に他の医師たちを呼ぶと、事情を説明し、再度、生活用水の検査を行うよう指示を出した。

 他の医師たちが退出し、また三人だけになると、僕はふと疑問に思ったことを口にした。

 「そういえば、ナディア先生は先ほどからコーヒーを飲んでいらっしゃいますが、平気なんですか?どこか、体調に異変はあったりはしませんか?」

 僕の問いに、ナディア医師は笑いながら答えた。

 「心配無用よ。この病院内で使用されている水は、全部病院の貯水タンクから出ているモノよ。今、考えると、病院で寝泊まりしている私や他の医師たち、それに、奇病の流行前から入院している患者さんたちは、謎の奇病を一切発症しなかった。おそらく、貯水タンクの水を使っていたことが幸いしたのかもしれないわね。病院の外では、ほとんどの住民が共同井戸の水を使っているの。共同井戸の水が状態異常攻撃の魔法に汚染された可能性が考えられるわ。共同井戸は地下水脈を通じて全て繋がっているの。共同井戸を通じて汚染水が帝都全域に広がったと思われるわね。水質検査の結果が出てはいないから、本当に共同井戸の水が汚染されているかは断言できない。でも、恐らく共同井戸の水は何らかの状態異常攻撃の魔法に汚染されていると、私は思う。」

 「ナディア先生、謎の奇病の感染者ですが、感染者が最初に出たのは帝都中心部でしたよね?謎の奇病で先代の皇帝も感染したその日のうちに亡くなられました。そうなると、感染源は帝都中心部、さらに言えば帝城付近である可能性は考えられないでしょうか?あくまで素人の直感なのですが。」

 僕が感染源について話をすると、ナディア医師の顔が急に暗くなった。

 「ええっ、その可能性も考えられるわ。父の死が感染源の特定につながるのなら、父も少しは浮かばれることでしょうね。」

 ナディア医師の衝撃の発言に、僕もグレイも驚いた。

 「父の死!?ナディア先生、あなたはもしかして、ズパート皇家の方なんですか?」

 「お、お前が帝国の皇女だと!?何で皇女が病院で医者なんてやってんだ!?」

 ナディア医師がクスリと笑いながら、驚く僕たちに向かって言った。

 「そういえば、ちゃんとした自己紹介がまだだったわね。私の名前は、ナディア・ムハンマド・ズパート。このズパート帝国の皇女よ。もっとも、現皇帝である兄からは嫌われていて、皇家からほとんど絶縁されている状態だけどね。皇女として政務には最低限しか関わってこなかったし、医者の仕事にかかりっきりで、実家にもほとんど顔を出していなかったから、ちゃんとした皇女とは言えないわね。皇女である私が医師として働いている話は結構有名なんだけど、その様子だと知らなかったみたいね。まぁ、私のことはただの医者のナディア先生と思ってちょうだい。」

 ナディア先生がズパート帝国の皇女!?

 僕はその事実にいまだ驚きながらも、彼女に訊ねた。

 「ナディア先生がズパート帝国の皇女様だったとは驚きました。ですが、お兄さんである新皇帝と仲が悪いとは言っても、「聖女」たちや帝国政府の今の状況には問題がある以上、先生の口から意見することはできないのですか?「聖女」の治療を受けたければ、国民は一人一回の治療につき、10万リリスの高額の治療費を政府にその場で納めなければならない、なんて、あまりにも横暴な話です。深夜の急患も対応せず、患者を放り出すのも問題です。謎の奇病の流行という国の危機に対して、「聖女」たちや帝国政府は、人命を救うことより金儲けを優先しているとしか思えない態度です。あなたから新皇帝に現状を改善するよう、進言していただくことは本当にできないのですか?」

 僕の問いに、ナディア医師は首を横に振った。

 「残念だけれど、それは無理な話ね。兄のサリムは、昔から父に可愛がられていた私を毛嫌いしていた。私が世界最年少で医師になったことで、私のことを自分の王位継承権を揺るがす脅威と考えて、激しく敵視するようになった。兄が粗暴な性格で、よく問題を起こしては父に叱られ、父は兄の尻拭いをさせられ、父にとっては兄が頭痛の種だと言われていたことは国民の誰もが知っている話よ。正直、父が兄に皇帝の地位を継承させる気があったのかは微妙なところね。周囲では、兄ではなく、私を次期皇帝に推す声もあったわ。そのせいで余計に兄に嫌われてしまったわ。先代である父が亡くなった際、私は帝都から離れた村に往診に行ってた。父の訃報を聞いて、急いで帝都に戻ると、すでに父の葬儀は執り行われ、兄が新皇帝として即位していた。帝城に入ろうとしたけど、私は父の死に目に立ち会わず、葬儀にも出席しなかった親不孝者と呼ばれ、兄からもはや皇家の人間ではないと言われ、城に入ることを許されなかった。今の帝国政府や「聖女」様たちの行動に問題があることは分かってる。けど、私は新皇帝である兄からはっきりと絶縁され、帝国政府に意見できる身ではなくなったの。だから、ごめんなさい。あなたたちの期待に応えることはできないわ。」

 ナディア医師は申し訳なさそうな顔でそう言った。

 「ナディア先生、事情は分かりました。ですが、いくつか気になることがあります。そもそも、皇女であるあなたがいるにも関わらず、勝手に王位継承を行って良いものでしょうか?失礼とは存じますが、新皇帝に即位したあなたのお兄さんは評判がよろしくない人物だと聞いています。それに、先代皇帝や周囲は、次期皇帝の地位を継承させるならあなたを推す立場にいたはずです。本来なら、あなたが新しい皇帝に即位してもおかしくはなかったはずです。あなたのお兄さんが、あなた抜きに王位継承を行ったことは問題ではありませんか?遺言状などがあればそうではないかもしれませんけれど。それと、帝国政府にはあなたを慕う役人や貴族の方々だっていたはずです。皇女であるあなたが帝城に入れない、そんな不当な扱いを受けているのを黙って見過ごすとは到底思えません。即位についても彼らから反発があったはずです。あなたに味方する役人や貴族の方々は一体どうしているのですか?」

 ナディア医師は悩む表情を見せたが、僕の質問に答えた。

 「兄の王位継承は、兄が強行して行ったことよ。王位継承の際、先代皇帝、父からの王位継承に関する遺言状が公開されることはなかったそうよ。王位継承が私や周囲の了承を得ないまま、兄によって勝手に行われたのは事実よ。だけど、どうしようもないことなの。父や私に良くしてくれた貴族や役人のほとんどが、職を解任されたり、あらぬ罪を被せられて逮捕されたり、彼らの家族が人質に取られているの。帝国政府は今や兄によって私物化され、兄と、兄の部下、それと金で買収された騎士たちで支配されている。父の死や私の不在を利用した兄に帝国は乗っ取られてしまった。もはや、私にはどうすることもできない状況なのよ。このままだと、帝国は近いうち、兄たちのせいで滅びることになる。でも、私じゃそれを止めることはできない。」

 ナディア医師は、目からポタポタと大粒の涙を流しながら、苦しい胸の内を吐露してくれた。

 「すみません、ナディア先生。あなたを責めるつもりはありません。ただ、僕は真実が知りたかっただけなんです。あなたが孤立無援なこと、帝国政府がお兄さんに乗っ取られたこと、あなたが帝国の状況を憂いていることはよく分かりました。僕からあなたにお伝えしたいことがあります。結論から言います。今回の謎の奇病の流行は「聖女」が原因ではないかと僕たちは考えています。そして、あなたのお兄さんである新皇帝が「聖女」たちと結託し、今回の騒ぎを起こしたのではないかと睨んでいます。僕たち「アウトサイダーズ」は、ラトナ公国のクリスティーナ大公殿下より今回の謎の奇病の流行について調査を依頼されました。大公殿下も僕たちも、確証はありませんが、先日ペトウッド共和国で起こったユグドラシル襲撃事件同様、元勇者たちによる犯行ではないかと考えています。謎の奇病の流行は「聖女」がこの国に現れたのとほぼ同じタイミングで起こりました。「聖女」たちが何らかの手段を用いて、謎の奇病の流行を引き起こした可能性があります。このまま、「聖女」たちと新皇帝を放っておけば、さらなる問題が起こる可能性もあります。ナディア先生、僕たちはあなたの味方です。必ず、「聖女」たちと新皇帝の悪事の証拠を暴いてみせます。あなたに味方する役人や貴族の方々も救出してみせます。だから、元気を出してください。僕たち「アウトサイダーズ」があなたやこのズパート帝国を絶対に救ってみせます。」

 「ナディア、お前が苦労していることはよく分かったぜ。厄介ごとは全部、アタシらに任せろ。アタシらは天下無敵の「アウトサイダーズ」だぜ。「黒の勇者」だっているんだ。「聖女」も、お前のクズ兄貴もアタシらがひねりつぶしてやっからよ。だから、元気だせよ。」

 僕とグレイはそれぞれ、ナディア医師を励ますのだった。

 ナディア医師は泣くのを止め、落ち着きを取り戻した。

 「ありがとう、二人とも。そう、クリスティーナ大公殿下の依頼で来たわけだったのね。天才錬金術師にして敏腕政治家であるあの方が、「聖女」が謎の奇病の流行の原因かもしれないと、おまけに兄と結託して悪事を働いていると、そうおっしゃたわけね。だとしたら、大公殿下のお考え通りの可能性があるわ。自分たちで病気を広めといて、それを治してみせて、自分たちが本物の勇者であるように見せる芝居を行っていたと。兄と結託して金儲けまでする悪事を働いていると。それが事実なら、絶対に許せない!人の命を奪うような病気を人気集めや金儲けのためにばらまくだなんて、悪魔の所業よ!「聖女」や「勇者」を名乗る資格なんてないわ!人の命を弄ぶ輩だけは絶対に許すもんですか!急に闘志が沸いてきたわ!ジョーさん、グレイさん、ズパート帝国皇女として、私からも奇病の感染源の特定を依頼させてもらうわ!感染源が分かったら、すぐに私まで報告をしてちょうだい!感染源さえ分かれば、治療法も分かる!水質検査の方も急がせるわ!改めて、私たちに協力をお願いします!」

 ナディア医師の目は闘志で燃えていた。

 先ほど泣いていたのが嘘だったかのような、変貌ぶりである。

 この切り替えの早さが、彼女の強みなのかもしれない。

 「ええっ、もちろんです!必ず僕たちで感染源を特定してみせます!他にもできることがあったら、何でも言ってください!一緒にこの国を取り戻しましょう!」

 僕とナディア医師は固い握手を結んだ。

 ナディア医師との話を終えると、僕とグレイは外科部長室を出た。

 「さてと、とにかくまずは感染源の特定と、これの排除だ。帝城周辺の共同井戸のどれかが恐らく感染源だ。調査対象の共同井戸がどれだけあるかは分からないが、一刻も早く調べる必要がある。大仕事になるぞ。」

 「フワァー、仕事も大事だがよ、まずは朝飯を食おうぜ?寝不足な上に病気で体力をとられて腹が減ってしょうがないじゃんよ。朝飯食ってから一緒に仕事しようぜ?」

 「朝食をとるのは賛成だ。だけど、グレイ、君はしばらくギルドでお留守番だ。君は状態異常攻撃に対する耐性を持っていない。僕や、君を除くメンバーは全員、状態異常攻撃に対してある程度耐性を身に着けている。耐性のない君を感染源の調査に同行させることはできない。悪いが、今回は君抜きで調査を行う。反論は一切認めない。分かったな?」

 「ええっ!?アタシだけ留守番かよ!?でも、耐性がないのは本当だしな。しょうがねぇ。ジョーの言う通り、我慢してお留守番しときますよ。はぁ、アタシだけ除け者とか、ショックじゃんよ。」

 グレイが調査に同行できないことで、ガックリと肩を落とした。

 「そんなに気を落とすなよ。グレイにもその内、状態異常攻撃への耐性を身に着けるトレーニングを行うつもりだ。大丈夫、あのエルザも僕とのトレーニングを通じて状態異常攻撃への耐性を身に着けたんだ。グレイだって、トレーニングすれば、きっと習得できるはずだ。だけど、言っておくが、トレーニングははっきり言って命懸けになるからな。先輩たちからのしごきもあるから、覚悟しておくように。」

 「うへぇー。マジかよ。まぁ、「黒の勇者」に付いて行く以上、いずれそうなるとは思っていたけどよ。船の上でもパイセンたちのしごき、かなり厳しかったんだぜ?アタシとエルザが船酔いしてても、お構いなしに殴ってくるんだぜ?あれ以上のトレーニングとか、考えただけでゾッとするぜ。」

 「ハハハ。そんな軽口を叩ける元気があるなら、大丈夫さ。常人なら普通は聞いただけで逃げ出すからな。グレイなら大丈夫だよ、きっと。」

 僕はグレイとそんなおしゃべりをしながら、冒険者ギルドに歩いて帰るのであった。

 冒険者ギルドに戻ると、玉藻、酒吞、鵺、エルザの四人が、僕とグレイを出迎えてくれた。

 「よぉー、ただいまじゃん、みんな。もうこの通り、すっかり元気だぜ。」

 グレイの元気そうな様子を見て、四人ともホッとした表情をみせた。

 「心配かけやがって、この野郎。仲間になって早々、後輩に死なれたりしたら、俺たち先輩の面子が潰れるだろうが。」

 「酒吞、グレイが謎の奇病に感染したと聞いて一晩中心配してソワソワしてた。私も心配でたまらなかった。グレイが回復して本当に良かった。」

 「まったく、我らにいつも心配ばかりかけおって。貴様はいつもどこか気が抜けておる。だから、病気などにすぐにかかってしまうのだ。普段からもっと気を引き締めるのだ。だが、病気が治ったのなら何よりだ。よくぞ帰ってきた、グレイよ。」

 「おかえりなさい、グレイさん。大してお力になれず、申し訳ありませんでした。薬師として、わたくしにもっと力量があれば、グレイさんを治療できたかもしれません。力不足をお許しください。無事、回復したようで良かったです。丈様も付き添い、お疲れさまでした。それで、グレイさんはやはり「聖女」の治療を受けられたのですか?奇病の原因について何か分かったことはございましたか?」

 「ただいま、みんな。謎の奇病の正体についてなんだが、みんなにもぜひ知ってもらいたいことがある。とにかく、僕の部屋で一緒に朝食をとりながら話を聞いてほしい。エルザ、悪いんだけど、朝食の用意をお願いできるかな?サンドウィッチとかで構わないからさ。」

 「承知した、ジョー殿。すぐに用意するから待っていてくれ。」

 僕たち六人は、話をするため、僕の部屋に集合し、一緒に朝食をとることにもした。

 エルザの作ったハムレタスサンドを食べながら、僕たちは話を始めた。

 「謎の奇病の正体と感染経路について分かったことがある。まず、奇病の正体は状態異常であることが分かった。僕とグレイは初め、「聖女」のいる帝城に向かったが、深夜の急患は対応していないと言われ、追い返された。僕たちは仕方なく、帝都中央病院へ向かった。病院は急患だったグレイを受け入れてくれたが、急患の患者は他にも大勢いて、グレイの診察の順番は回ってこなかった。診察を待つ間も、グレイの容態はどんどん悪化していった。僕はそんなグレイを見て、何か僕にもできることはないか考えた。そして、僕はもしかしたら、謎の奇病の原因は何かしらの状態異常攻撃ではないかと考えた。一か八かの賭けではあったけど、僕は霊能力を使ってグレイを治療することを決めた。僕がグレイの体に霊能力のエネルギーを流し込むと、グレイの体調は回復したんだ。この事実から、謎の奇病の正体は状態異常であることが分かったんだ。帝都中央病院の外科部長を務めるナディア先生とも話をした結果、謎の奇病の正体は呪い、それも死の呪いではないかという結論に至った。グレイ以外のパーティーメンバーは全員状態異常攻撃への強い耐性を持っていることからも、グレイだけが謎の奇病に感染した証拠になった。」

 僕は一旦話を止めると、水を一杯飲んだ。

 僕はふたたび話を続けた。

 「次に感染経路だが、感染経路は共同井戸の水が原因だ。玉藻とグレイは昨日、帝都の街中を二人で調査していた時、偶然、顔に水をかけられるアクシデントにあったそうだな。その時、グレイは若干だが、共同井戸の水を飲んでしまった。死の呪いに汚染された水を飲んだため、状態異常攻撃への耐性がないグレイは謎の奇病、もとい、死の呪いにかかってしまったわけだ。帝都の共同井戸は全て地下水脈を通じて地下で繋がっているそうだ。帝都中に奇病が流行したのはそのことが要因だ。おまけに、呪いに汚染された水は一見、ごく普通の水とほとんど変わらない。まさか、生活用水に死の呪いがかけられているなんて、普通は誰も思わない。そんな人の心理を逆手に取った手法で死の呪いは帝都中に広がったわけだ。ここからはあくまで推測だが、死の呪いは「聖女」たちによってばらまかれた可能性がある。帝都全域の井戸水が死の呪いで汚染されるなんて、どう考えても自然に起こりうることじゃあない。明らかに人為的なモノが原因だと考えるのが普通だ。「聖女」たちは死の呪いをばらまく方法と、死の呪いを解呪する方法を手に入れ、それらを使って、意図的に死の呪いにかかった患者たちを作り、自分たちが患者たちを治療する救世主となる狂言を演じることを思いつき、それを実行に移した。目的は恐らく、勇者の地位を取り戻すことだ。「聖女」たちは自分たちが勇者の地位に戻るため、今回の謎の奇病の流行という騒ぎを起こしたと考えられる。さらには、新皇帝と結託して治療を名目に、患者たちから治療費として金を巻き上げる金儲けまで始めたわけだ。地位と金のために、奴らは死の呪いをばらまき、大勢の人間の命を奪い、お金まで奪った。正に人の皮を被った、悪魔の所業だ。「聖女」たちと新皇帝は絶対に許すわけにはいかない。何としてでも、僕たちで奴らの悪事を暴くんだ。」

 僕からの説明を聞き、他の五人も怒りを露わにした。

 「丈様のおっしゃることが事実でしたら、絶対に許せません!地位と金のために呪いをばらまき、何の罪もない人々を苦しめるなど、何と卑劣でおぞましいことをするのでしょう!一刻も早く、汚染問題を解決して、「聖女」たちを懲らしめなければいけません!」

 「自分たちで死の呪いをばらまいて、それを治して人気取りや金儲けをするだと!?ふざけた真似をしやがって!人の命を何だと思っていやがる!人を騙した上に、金だけでなく、命まで奪うなんて、正に鬼畜の所業だぜ!今すぐこの俺の手で「聖女」どもをぶっ殺してやりたい気分だぜ!」

 「勇者に戻るためなら、何をしてもいい、そんな道理は一切ない!呪いをばらまいて、罪もない人間を平然と殺すような人間に、勇者に戻る資格も、勇者を名乗る資格もない!そもそも、人間でもない!もはや害虫以下のケダモノ。「聖女」たちと新皇帝は即刻殺すべし!」

 「やはり此度の騒ぎの元凶は「聖女」であったか!インゴット王国の王都を壊滅させ、我の故郷では「世界樹」を傷つけ、今度はズパート帝国で死の呪いをばらまくなど、元勇者たちはつくづく許しがたい連中だ!我が剣にて全員、成敗してくれる!」

 「このアタシに呪いをかけたツケは大きいぜ!?ペトウッドの時に騙されてボコボコにされた借りもまだ返していねえしな!今度こそ、勇者どもをアタシの槍で串刺しにしてやるぜ!待ってろ、クソ勇者ども!」

 玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイの五人は、「聖女」たちと新皇帝への怒りで燃えていた。

 「「聖女」たちの悪事を暴くためには、まず感染源の特定と、これの排除が先決だ。感染源の位置だが、おおよその見当はついている。恐らく、帝城付近の共同井戸のどれかに、死の呪いをばらまく感染源がある可能性がある。帝城の周りにいくつ共同井戸があるか、正確な数は分かっていない。一つ一つ調べるのは大変かもしれないが、みんなにも協力を頼む。グレイは死の呪いへの耐性がないから、今回はギルドで留守番だ。感染源の調査はグレイ以外のメンバーで行うことにする。そういうわけだから、よろしく頼むよ、みんな。」

 僕は感染源の井戸の調査について、みんなに指示を出した。

 すると、玉藻が僕に向かって提案をした。

 「丈様、感染源の特定についてですが、私に一つ提案がございます。奇病の正体が呪いであるならば、丈様の持つ霊能力を使って感染源を特定できるのではないかと考えます。丈様は私たちの中で一番、呪いの扱いに長けておられます。霊能力の性質の一つは呪いです。霊能力を呪いとして日頃使っている丈様ならば、感染源から放たれる呪いを感覚的に捉えることが可能ではないかと思います。丈様、丈様のお力で呪いを霊視してみるというのはどうでしょうか?霊能力で呪いを視るイメージで霊能力を使えば、感染源から放たれる呪いを特定できるのではないかと考えます。」

 「呪いを霊視するだって!?確かにそれができれば、感染源の特定が早まるかもしれない。だけど、呪いを視ることが僕にできるかな?他人の呪いをじっくり視ることなんてほとんどないしなぁ?でも、試してみる価値は十分にある。自信はないけど、やってみるよ。」

 僕は玉藻の提案に従って、呪いの霊視に挑戦することを決めた。

 僕は両目を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。

 僕は霊能力を解放した。

 霊能力のエネルギーが、青白い光を放ちながら僕の全身を包み込んだ。

 僕は無心になって、自分の五感に霊能力を集中させ、感覚を研ぎ澄ませた。

 みんなが息を飲む中、僕はゆっくりと両目を開けた。

 僕は椅子から立ち上がると、窓の外を見た。

 すると、窓から見える通行人の体や家の中に、どんよりとした黒い靄のようなものが溜まっているのが視えた。

 そして、道路を見ると、道路の下を黒い靄が流れているのが視えた。

 後ろを振り返ると、玉藻たち五人の体の中に、黒い靄は視えない。

 もう一度窓の外を見ると、ふたたび黒い靄が視えた。

 間違いない。

 あの黒い靄こそ、「聖女」たちによってばらまかれた死の呪いに違いない。

 道路の下に見える黒い靄は、おそらく地下水とともに流れる死の呪いであろう。

 「視える!黒い靄が視える!あれが死の呪いだ!みんな、霊視成功だ!僕はこれから急いで死の呪いを辿ってみることにする!みんな、ここで待っていてくれ!」

 僕はそう言うと、部屋を飛び出し、ギルドの外へと出た。

 全身を青白く光らせながら歩く僕を、通行人たちが物珍しそうに見てくる。

 僕は通行人たちの視線を無視して、道路の下に視える黒い靄の跡を辿っていく。

 黒い靄を辿りながら、帝城付近まで歩いて行くと、黒い靄は、始めは細い線だったのが、だんだんと太い線へと変わっていった。

 黒い靄は共同井戸へと繋がっていた。

 一つ一つの井戸を見ていくと、黒い靄はだんだんと太くなり、色もより濃さを増していく。

 そして、黒い靄を辿り始めてから一時間ほど経過した頃。

 帝城のすぐ裏手にある共同井戸の前で、僕は足を止めた。

 「この井戸から出ている黒い靄が一番線が太くて、色も濃い。それに、ここは帝城のすぐ近くだ。ここに、問題の感染源があるのかもしれない。よし、入ってみるか。」

 僕は井戸の壁を両手両足を広げてつたいながら、井戸の底へと降りていった。

 井戸の底は薄暗いが、全身が霊能力で発光しているおかげで、視界は問題なかった。

 僕は井戸の底に手を突っ込んだ。

 僕の目には、今、井戸の水が死の呪いで真っ黒に汚染された水に視えている。

 僕が井戸の底を浚っていると、手に何かツルっとした、それでいて石ころのようなモノが当たった。

 それに、その石ころのようなモノに触れた途端、何かをはじくような感覚もあった。

 この感覚は、状態異常攻撃をはじく時の感覚とよく似ている気がした。

 僕は石ころのようなモノを手に掴んで取った。

 右手を広げてみると、手の中には、500円玉くらいの大きさの、一粒の青い宝石があった。

 そして、驚いたことに、手の中の青い宝石からはどす黒い靄が溢れ出ていた。

 「この青い石が、死の呪いをばらまく感染源か?この石から凄まじい勢いで呪いが出ているのは確かだ。ついでだから、この石の呪いを解呪してみるとしよう。」

 僕は青い石を右手で握りしめると、霊能力を右手に集中させた。

 右手の青白い霊能力のエネルギーが、死の呪いの効果がある黒い霊能力のエネルギーへと変わっていく。

 死の呪いは、より強い死の呪いで無効化することができる。

 「霊呪拳!」

 次の瞬間、パリーンという音が鳴った。

 僕は右手を開くと、手の平の上の青い石から、黒い靄が出ることはなかった。

 黒い靄はきれいさっぱり無くなっていた。

 「よし、解呪成功だ!念のため、霊能力を井戸水にも流しておこう。汚染された水はまだ井戸の中に残っている。呪いは時間が経てば自然消滅するだろうけど、この際、井戸水も解呪しておいた方が良いな。ちょっと時間はかかるけど、この際一気に問題を片づけてしまおう。」

 僕はふたたび井戸水の中に手を突っ込むと、そのまま今度は青白い霊能力のエネルギーを井戸水に流し始めた。

 霊能力のエネルギーの作用で、徐々に井戸水にかかっていた死の呪いは解呪されていき、元の透明で無害な水へと戻っていく。

 地下水脈を通じて、地下で帝都全域の共同井戸は繋がっている。

 僕はひたすら霊能力のエネルギーを流し込んだ。

 狭い井戸の中で片手を突っ込んだまま、壁にしがみついているのは、中々の重労働である。

 僕が井戸水の解呪、もとい浄化をしていると、上から声をかけられた。

 「お~い、アンタ、そこで何やってんの?井戸の点検なんて、頼んだおぼえはないよ?」

 40代ぐらいの女性が、井戸の底にいる僕を見つけて、声をかけてきた。

 「すみませーん!帝都中央病院からの依頼で、急遽水の浄化を頼まれたんです!後、30分くらいで終わりますので、もう少しだけ待ってください!ご不便をおかけしてしまい、申し訳ありません!」

 「そうかい。なら、なるべく早く頼むよ。水瓶に貯めておいた水がもう失くなって困ってるんだ。急いでおくれよ、お兄ちゃん。」

 「分かりました!本当にすみません!」

 30分後、僕は井戸水に霊能力のエネルギーを流すのを止めると、井戸の壁を伝って、井戸の外へと出た。

 完全に帝都全域の共同井戸の水を解呪できたかは分からないが、少しでも死の呪いによる汚染が解決できれば、それで良い。

 「お待たせしました。井戸水の浄化作業は終わりました。もう使っていただいても大丈夫ですよ。」

 「ありがとね、お兄ちゃん。おかげで助かったよ。」

 「いえ、仕事ですので。それじゃあ、僕はこれで失礼させていただきます。」

 僕は先ほど声をかけてきた女性に、作業が終わったことを伝えると、回収した青い石を腰のアイテムポーチに入れて、冒険者ギルドへと歩いて戻った。

 ギルドに戻り、自分の部屋へと入ると、玉藻たち五人が部屋で僕の帰りを待っていてくれた。

 「ただいま、みんな。感染源の特定と除去は無事、完了したよ。それと、井戸水の解呪もやってきた。おそらく、帝都全域の共同井戸の水は元の普通の水に戻ったはずだよ。謎の奇病の流行はこれで収束に向かったと考えていいと思う。」

 僕の言葉を聞き、五人は喜んだ。

 「大変お疲れ様でございました、丈様。ところで、感染源の正体は一体何だったのでしょうか?」

 玉藻から質問され、僕はアイテムポーチから共同井戸の底で発見した例の青い石を見せた。

 「この青い石が、感染源の正体だ。この青い石が、帝城のすぐ裏手にある共同井戸の底から見つかったんだ。凄まじい勢いで死の呪いがこの石から出ていたんだ。でも、僕の霊能力で解呪したから、もうただの石になったよ。後は、この石が何なのか、詳細を突き止める必要がある。死の呪いを纏った石なんて、普通の代物じゃあない。この石の出処を突き止めれば、「聖女」たちの悪事を証明する手がかりになると僕は思う。」

 「恐らくは何かしらの呪物の類なのでしょうが、生憎と私では分かりかねます。エルザさん、グレイさん、お二人はこの石について何かご存知ありませんか?」

 「いや、我もその石については分かりかねる。宝石のようにも見えるが、さっぱり分からんな。」

 「アタシもそんな石、初めてみたぜ。エルザの言うように、宝石のようにも見えるが、石に関してはアタシも詳しくはねえ。宝石商に聞けば、何か分かるんじゃねえか?」

 エルザとグレイの二人も、この青い石については分からないらしい。

 宝石商に聞けば、この青い石の詳細や出処が分かる可能性はあるかもしれない。

 「よし、なら、昼食を食べ終えたら、この後みんなで一緒に宝石店を回って、この青い石について情報を集めることにしよう。おっと、その前に一度、帝都中央病院へ行って、ナディア先生に報告をしなくちゃいけない。感染源は除去して、共同井戸の水も解呪したことを伝えないといけないな。ナディア先生もこれで少しは安心してくれると良いな。」

 僕が午後の行動について話をすると、玉藻から訊ねられた。

 「すみません、丈様。一つ質問なのですが、ナディア先生という方はお名前から察するに、もしかして女性なのですか?」

 「うん?そうだよ。ナディア先生は女性だよ。何でも、世界最年少で医師になったすごい人で、おまけにズパート帝国の皇女様なんだってさ。僕と大して歳が変わらないのに、帝都中央病院の外科部長をやっているって言うんだから、本当にすごい人だよ、彼女は。才色兼備って言うのは、ああいう人のことを指すんだろうね。」

 僕がナディア先生について答えると、玉藻が急に僕以外の四人に向かって言った。

 「皆さん、これより緊急の話し合いを行います!ああっ、丈様は参加されなくて結構です。私たち女性陣のみで話したいことですので。少々お待ちください。皆さん、一旦、部屋の廊下に出てください。」

 僕を一人部屋に残し、玉藻たち五人の女性陣は廊下へと出ていった。

 緊急の話し合い、それも女性陣のみでか。

 ナディア先生のことで何か気になることでもあるのだろうか?

 女の勘、なんて言葉があるが、ナディア先生に何か不信感を感じるような点があるのだろうか?

 少なくとも、僕は、ナディア先生は僕たちの味方であると、そう思っているが。

 それとも、他にナディア先生のことで何か気になることでもあるのだろうか?

 僕はただ首を傾げるばかりであった。

 一方、玉藻たち五人は廊下へ出るなり、五人で円陣を組み、話し始めた。

 「これより、緊急の話し合いを行わせていただきます。ナディア先生は女性だということですが、丈様はナディア先生なる女性に少なからず好感を抱いているように見えました。才色兼備、などという誉め言葉を使った点から、ナディア先生は容姿端麗な女性であることがうかがえます。グレイさん、あなたは実際に彼女と会ったそうですが、あなたから見た彼女の印象はどうでしたか?ナディア先生なる女性が丈様とどの程度親密な間柄なのか、その点も報告をお願いします。」

 「あのナディアとか言う医者は確かに美人だったぜ。まぁ、最初はジョーのことを嘘つき呼ばわりして、ジョーもあの女のキツい態度には困っていた様子だったぜ。アタシのことを下品だのガサツだの言ってくるし、インテリぶってる感じも気に入らねえな。けど、まともな医者だってのは確かだ。新皇帝になった馬鹿兄貴のせいで苦労しているとも聞いたぜ。病気の原因が「聖女」たちのせいだと聞いて怒る正義感はあるし、「聖女」たちの悪事を止めるのに協力するとも言ってくれたぜ。ジョーはあの女のことは認めているようだし、あの女もジョーのことを認めている様子だ。今後、二人の仲がどう進展するかは分からねえが、女として魅力があるかないかと聞かれれば、間違いなくある。美人だし、医者だし、おまけに皇女様だしよ。男なら、普通は誰でも好きになるんじゃねえか?」

 「グレイの話が本当なら、そのナディアとか言う女は油断ならねえ相手だぞ?美人で、頭が良くて、皇女様だなんて、普通の男なら即、惚れてもおかしくはねえ。性格がちょいとばかしキツいみたいだが、そういう女は姉さん女房的なところがいいとか言われて、男受けすることも多いと聞くぜ。俺たち同様、その女が丈に惚れて参戦してきたら、色々と面倒なことになるぜ、きっと。」

 「丈君は草食系男子。積極的にアピールしてくる女の子に弱い。気が強いけど、グイグイアピールしてくるようなお姉さん的な女の子に迫られたら、好きになる可能性は高い。美人な女医さんは男の子に結構人気があるタイプ。美人な女医さんとムフフフな展開になるシチュエーションは全男子の憧れのシチュエーションでもある。ナディアと丈君を二人っきりにするのは危ない。二人の仲がこれ以上進展しないよう、私たちで阻止する必要がある。」

 「わ、我はジョー殿がそのナディアとか言う女医と、その、いきなり男女の仲というか、大人の関係になるとは思えないのだが?鵺殿の考えは少々飛躍し過ぎではないか?しかし、ナディアなる女医が魅力的な女性であることは分かった。ジョー殿の表情を見る限り、ジョー殿がその女医に好感を抱いている可能性は否定できん。これ以上、恋のライバルが増えることは我も本望ではない。ジョー殿とナディアなる女医の仲が進展しないよう、我々で何かしら対策を打つことには賛成である。」

 「皆さんの意見はよく分かりました。ナディア先生なる女性が、私たちにとって強力な恋のライバルになる可能性があることが分かりました。よって、私たちの手で何としてでも、丈様とナディア先生、この二人の仲がこれ以上親密にならないよう、徹底して妨害することにしましょう。芽を摘むのは早いに越したことはありません。それが恋路にかかわることなら尚更です。皆さん、よろしいですね?」

 「「「「オオッーーー!」」」」

 こうして、玉藻たち五人による、ナディア医師に関する緊急対策会議は終わった。

 新たな恋のライバル出現を阻止するため、玉藻たち五人は結束を結ぶのであった。

 話し合いが終わると、玉藻たち五人が、部屋へと戻ってきた。

 「さっき、廊下からみんなの掛け声が聞こえてきたけど、何をそんなに気張ることがあったの?まぁ、深く訊ねるつもりはないけど。」

 「いえ、大したことではございません。どうか、お気になさらないでください。」

 僕の質問に、玉藻はそう答えた。

 それから、僕たちは僕の部屋で一緒に昼食を食べることに決めた。

 汚染水はどうにか解呪したが、まだ、ギルドの食堂で食事をとることは控えることにした。

 昼食はグレイが作ってくれることになった。

 グレイが昼食の用意をしてくれているのを待っていると、僕の部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 「すみません!「アウトサイダーズ」のミヤコノ・ジョーさんはいらっしゃいますか!?緊急の要件があります!」

 僕はドアを開けると、ギルドの受付嬢がドアの前に立っていた。

 僕は受付嬢に訊ねた。

 「はい、僕が「アウトサイダーズ」のミヤコノ・ジョーですが、緊急の要件とは何でしょうか?」

 「ああっ、いらっしゃったのですね!良かった!至急、ギルドの一階までお越しいただけますか?あなたに奇病を治してもらいたいと、大勢の方がギルドに殺到している状況なんです!とにかく、一緒に来ていただけますか?」

 僕は受付嬢にそう言われ、受付嬢の後を付いていく。

 僕と受付嬢のやり取りを聞いていた仲間たちも後ろから付いてきた。

 階段を下りて、ギルドの一階へ向かうと、ギルドの受付カウンターには大勢の依頼人と思われる人々が列を作って並んでおり、列はギルドの入り口の外まで続いていた。

 ギルドは、奇病の治療を依頼しに来た依頼人たちでごった返していた。

 「今朝、「黒の勇者」が帝都中央病院で謎の奇病に感染した患者を治療した話が口コミで広がったらしくて、30分ほど前から「黒の勇者」に治療をお願いしたいという依頼人の方々が受付に殺到している状況なんです!あまりにも人数が多い上、すぐに「黒の勇者」に会わせろとクレームまで出る有り様でして、急いで依頼人の方々への対応にご協力をお願いしたくて、お呼びしたところです!受付の方は私たちギルドの職員で対応させていただきますので、どうか至急、依頼人の方々の治療をしていただけますでしょうか?お願いします!」

 「事情は分かりました。では、受付の方はお任せします。僕は依頼人の方々の治療を行うことにします。」

 「ありがとうございます!では、よろしくお願いします!」

 僕は受付嬢との話を終えると、受付カウンターの横に立った。

 僕は依頼人の人々に向けて、大声で呼びかけた。

 「依頼人の皆さん、僕が「アウトサイダーズ」のパーティーリーダー、宮古野 丈です。これから、皆さんの治療を行わせていただきます。治療の順番は受付順とさせていただきます。受付カウンターで受付を済ませた方から順番にお越しください。それから、治療前に一つお願いがあります。治療後、共同井戸の水は飲むことを控えてください。本日の午前中まで、共同井戸の水は呪いで汚染されていました。私たち「アウトサイダーズ」の方で汚染水の浄化作業を行いましたが、浄化が完了した確証はまだありません。2週間前から今日の午前中までの間で貯めている共同井戸の水は絶対に飲まないでください。触ることも厳禁です。共同井戸の水の使用については、本日夜7時以降にお願いします。それと、皆さんの治療ですが、治療費は一切いただきません。ギルドへの受付手数料3,000リリスのみお支払いください。夜間の急患にも対応いたします。どうか慌てず、順番に治療を受けていただきますよう、よろしくお願いします。」

 僕の姿を見て、依頼人の人々が一斉に声を上げた。

 「おおっ、「黒の勇者」様だ!「黒の勇者」様がいらっしゃったぞ!しかも、治療費はいらねえだとよ!タダで治してくれるんだとよ!やったぜ、おい!」

 「タダで治してくれる上に、夜間も対応してくれるなんて有難い!これでもう安心だ!」

 「病気の原因は共同井戸の水と言ってたな?ウチも朝、井戸から汲んだ水を使ってたはずだから、すぐに捨てなきゃだなぁ!くそっ、帝国政府の役人どもは一体何やってんだ、本当に!?」

 「共同井戸の水が呪いで汚染されていただって!?そんなこと、あり得るのかよ!?」

 「「黒の勇者」様が呪いを浄化したって言うんだから、本当なんじゃないの?でも、おかげでまた、水が安心して使えるんだから良かったじゃない!」

 「ギルドへの受付手数料だけで診てくれるなんて、本当に助かるぜ!「聖女」様に治してもらうには10万リリスもかかるからな!大助かりだぜ!」

 依頼人たちは口々に喜びや不満を口にした。

 僕は後ろにいる玉藻たちに向かって言った。

 「すまない、みんな。僕は依頼人の皆さんを治療するから、みんなは先に昼食を食べておいてくれ。グレイ、後で僕におにぎりと水を持ってきてくれないか?治療しながら、食事を取ろうと思うから、用意を頼むよ。」

 「分かったぜ。でも、あんまり無理するんじゃねえぞ、ジョー。アタシらに手伝えることがあれば何でも言えよ。」

 「丈様、決してご無理はなさらないよう、お願いいたします。本日は朝から霊能力をすでに大分使っております。いくら丈様でも、何人いるか分からない患者たちをお一人で診続けることは相当なご負担になります。適時、休憩をとるようにお願いします。それと、私たちにできることがございましたら、遠慮なくお申し付けください。全力で支援させていただきます。」

 グレイと玉藻が、心配そうな表情を浮かべながら、僕に声をかけてきた。

 「ありがとう。大丈夫。絶対に無理はしないよ。みんなにも協力してほしいことがあったら遠慮なく頼らせてもらうよ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ、きっと。それじゃあ、治療を始めることにしよう。」

 僕は笑いながら、心配する玉藻たちに返事をした。

 それから僕は、ギルドの受付カウンターの前で、謎の奇病の治療を依頼しに来た患者たちへ治療を行っていった。

 患者たちは僕が体に霊能力のエネルギーを送り込むと、咳や高熱、呼吸困難といった症状がすぐに改善され、回復したのだった。

 受付嬢たちと協力をしながら、僕は数えきれない患者たちに霊能力を使って治療を行った。

 途中、グレイや他のみんなが運んでくれた、おにぎりや水、お菓子などを口に入れながら、僕は一心不乱に患者たちを治療し続けた。

 夜8時。

 相変わらず、患者たちが減る様子はない。

 軽症、重症を問わず、患者たちは僕の治療を受けるため、ギルドに押しかけてくる。

 一体、何人、何千人の患者を診察しただろうか?

 二階の宿泊している部屋から、玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイの五人が心配そうな顔をしながら、一階にいる僕のところまでやって来た。

 「丈様、少しお休みになってください。これ以上、治療を行い続ければ、お体に障ります。」

 「玉藻の言う通りだぜ。丈、一旦休め。このままだと、霊能力が底をついて、本当にぶっ倒れちまうぞ。患者たちへの応対は俺たちに任せて、お前はとにかく休め。」

 「丈君、無理をしないで。午後からほとんど休憩も取れていない。これ以上の霊能力の使用は危険すぎる。本当に体が壊れてしまう。早く自分のベッドで休んだ方が良い。」

 「ジョー殿、無理をするでない。かなりきつそうな顔をしている。貴殿が限界まで力を使って治療していることは皆、分かっている。患者たちの命も大事だが、貴殿の命も大事だ。患者たちが心配なのは分かるが、ここは一旦休まれよ。」

 「ジョー、みんなが言うようにお前はもう休め。今日一日で町中の患者たちを治すなんて無理だぜ。ここは一旦、アタシらに任せてお前は部屋で寝てろ。お前はもう十分頑張ったじゃん。誰も文句は言わねえし、言わせねえよ。良いから、早く休め。」

 玉藻たち五人の言うように、僕の体力も、霊能力も大分ギリギリの状態だ。今日一日で帝都中の患者たちを治療するなんてできないことは分かっている。

 だけど、こうしている間にも、帝都には謎の奇病で、死の呪いで苦しむ患者たちが大勢いるのだ。

 治療の遅れが、死につながる可能性は否定できない。

 こうなったら、やけくそだ。

 みんなには迷惑をかけることになるかもしれないが、許してくれ。

 僕は椅子から立ち上がると、玉藻たちに向かって言った。

 「心配してくれてありがとう、みんな。そして、ごめん。僕はここで止まるわけにはいかないんだ。」

 僕はそう言うと、ギルドにいる人たちの間を走って通り抜け、ギルドの外へと出た。

 僕は全身に霊能力を纏うと、足の裏に霊能力を集中させた。

 「霊飛行!」

 僕の足の裏から、霊能力のエネルギーがジェット噴射のように噴き出した。

 僕は「霊飛行」を使って、一気に上空高く飛び上がった。

 雲を越える高さまで到達すると、僕は霊能力のエネルギーを使って上空で制止した。

 激しい風が吹きつけ、凍りつきそうな寒さが襲ってくる。

 高度1万mといったところだろうか。

 僕は霊能力のエネルギーを全力で一気に解放した。

 「霊光拳!」

 両手を広げる僕の全身が大きく光り輝くと、夜空を照らすように青白い霊能力のエネルギーの光が僕の全身から溢れ出た。

 帝都の上空に、帝都全域を照らすように、青白い光を放つ小さな太陽が生まれた。

 霊能力のエネルギーが光となって、帝都全域に降り注いだ。

 帝都の住民が一体何事が起きたのかと、続々と家から出て、夜空に浮かぶ小さな青白い太陽を見上げるのだった。

 「ウオオオッーーー!」

 僕は雄叫びを上げながら、霊能力のエネルギーを帝都全域に光として注ぎ込む。

 夜空に浮かぶ小さな太陽からの光を浴びると、帝都の呪いにかかっていた人々は次々に呪いが解呪され、体調が回復するのが分かった。

 五分後、帝都全域を照らしていた青白い光を放つ小さな太陽は突如、帝都上空から姿を消した。

 そして、小さな太陽の消滅とともに、青白い光を放つ一筋の流星が、帝都へと落下した。

 青白い流星は、冒険者ギルドの入り口前に落ちた。

 流星の落下の衝撃で、ギルドの入り口前には大きなクレーターが出来上がった。

 人々が恐る恐るクレーターの中を覗くと、そこにはうつ伏せになってクレーターの底で意識を失って倒れている、主人公、宮古野 丈の姿があった。

 人々がクレーターの周りで騒ぐ中、玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイの五人は人混みをかぎ分け、慌てて宮古野 丈の傍に駆け寄った。

 「丈様!?丈様、私の声が聞こえますか!?玉藻です、返事をしてください!?」

 「丈、起きろ!目を開けろ、丈!死ぬんじゃねえ、丈!」

 「丈君、起きて!死んじゃ嫌!目を開けて、丈君!」

 「ジョー殿、目を覚ますのだ!貴殿はこんなところで死ぬ男ではないだろう!?起きてくれ、ジョー殿!」

 「死ぬな、ジョー!アタシらを置いて勝手に死ぬんじゃねえよ!待ってろよ、すぐに医者を呼んでやるからな!絶対に死ぬんじゃねえぞ、ジョー!」

 玉藻たち五人が涙を浮かべながら、宮古野 丈に必死に声をかけ続ける。

 「おい、誰か早く医者を呼んでくれ!このままじゃ、ジョーが死んじまう!」

 グレイがクレーターの周りにいる人々に向かって言った。

 冒険者ギルドの職員がすぐに帝都中央病院へ連絡をした。

 五分後、帝都中央病院から馬車が来た。

 馬車の荷台から、他の病院スタッフとともにナディア医師が降りてきた。

 「皆さん、下がって!患者さんを収容します!そこをどいてください!」

 ナディア医師が、クレーターの底で意識を失い、倒れている宮古野 丈の傍へと急いで駆け寄った。

 グレイがナディア医師に向かって言った。

 「おい、ナディア、頼む、ジョーを助けてくれ!ジョーを助けてくれ、頼む!」

 「落ち着きなさい、グレイさん!ジョーさんは必ず私たちが助けるから!今は私たちに任せて!それじゃあ、収容するわよ!」

 ナディア医師たちによって、宮古野 丈は帝都中央病院へと運ばれていった。

 ナディア医師たちの検査により、宮古野 丈は体内の霊能力が欠乏して倒れたことが分かった。

 主人公の持つ霊能力が魔力とは似て異なるエネルギーであること、そして、魔力に換算した場合、そのエネルギー量はSSランクのモンスター100体分に相当することが分かり、ナディア医師を始めとする帝都中央病院の医師たちは驚きとともに、治療方法が分からず、頭を抱えた。

 欠乏した霊能力に相当する分の霊能力、あるいは魔力を体内に注ぐことが解決策ではあるものの、SSランクモンスター100体分に相当する魔力を用意することは事実上、不可能であった。

 ナディア医師はすぐにこの事実を、玉藻たち五人に伝えた。

 「ジョーさんを治療するためには、最低でもSSランクモンスター100体分に相当する魔力を彼に注入する必要があるわ。だけど、ウチの病院でもそれだけの量の魔力を確保することはすぐにはできないわ。自然治癒による回復を待つにしても、彼がこのまま目を覚まさない可能性は否定できない。残念だけれど、ジョーさんの早期治療はできないわ。本当にごめんなさい。」

 ナディア医師の説明に納得できず、グレイがナディア医師に掴みかかった。

 「ふざけんな!ジョーは命懸けで帝都に住む連中を治したんだぞ!太陽みたいになるまで、自分の命を削って、この国の奴らを助けたんだぞ!テメエは天才の医者なんだろうが!人の命を救うのがテメエの仕事だろうが!魔力が足りねだぁ?だったら、何とかして今すぐ用意しろよ!どんな手を使っても治せよ!」

 ナディア医師に掴みかかって抗議するグレイを、酒吞が引き離した。

 「止めろ、グレイ。その医者はできる限りのことをやってくれてんだ。そうキツく当たるもんじゃあねえ。丈の奴を止められなかった俺たちにも責任がある。丈が倒れて心配なのは分かるが、ひとまず落ち着け。」

 「分かったよ、酒吞の姉御。だけど、このままじゃあジョーは一生目を覚まさねえかもしれねえんだぞ?早く魔力を注いでやらなきゃ、ジョーは最悪、死んじまうかもしれねえ。アタシは、アタシはこのままジョーとお別れなんて嫌だ。」

 涙をこぼすグレイに、酒吞は言った。

 「心配するな、グレイ。要は、丈の奴に不足した霊能力を戻してやればいいって話だろ?だったら、話は早ええ。俺と玉藻、鵺の三人の力を丈の奴に注いでやればいいだけのことだ。俺たち三人の力を注いでやれば、丈の奴はまた元気になるはずだ。そうだろ、玉藻、鵺?」

 「ええっ、酒吞の言う通りです。私、酒吞、鵺の三人の妖力を注げば、おそらく丈様は元気を取り戻されるはずです。何も心配はいりませんよ、グレイさん。」

 「私、玉藻、酒吞の力を注げば、丈君はきっと元気になる。私たち三人は丈君の従者、丈君を助けるために存在する。私たちがいる限り、丈君は絶対に死なせない。約束する。」

 酒吞、玉藻、鵺の三人が、自分たちの力を宮古野 丈に注ぐことをグレイに伝えた。

 「でも、そんなことをしたら、姉御たち三人だって倒れるかもしれねえじゃねえか?丈が治っても、姉御たちが倒れたら、丈の奴だって悲しむ。なら、アタシの魔力も使ってくれ!姉御たちだけに任せるわけにはいかねえじゃんよ!」

 「グレイの言う通りだ!我の魔力も使ってくれ!少しでも先輩方の負担が減って、ジョー殿を助ける力になれば本望だ!遠慮なく使ってくれ!」

 グレイとエルザの二人が、自分たちの魔力も使うよう申し出た。

 だが、そんな二人の申し出を、酒吞たち三人は笑いながら断った。

 「有難い申し出だが、今回は遠慮させてもらうぜ。今のお前ら二人じゃ、あっという間に丈の奴に魔力を吸われて、すぐにぶっ倒れるのが落ちだ。ここは俺たち先輩組に任せろ。これでも俺たちは十年以上も丈の奴を支えてきたんだぜ。良いから、今回は俺たちに全部任せろ、後輩ども。」

 酒吞はそう言うと、ナディア医師に向かって言った。

 「そういうわけだ。ナディア先生とやら、今すぐ俺たち三人の力を丈の奴に注ぎ込む準備をしてくれ。遠慮はいらねえ。じゃんじゃん使ってくれ。」

 「SSランクモンスター100体分の魔力なのよ?それを知って尚、自分たちの力を彼に注ぎ込むと、そう言うのね?普通なら、許可しないところだけれど、あなたたち三人を信じてみることにするわ。他に彼を治療できる方法はないしね。だけど、あなたたち三人の命に関わると分かったら、即刻治療は中断するわよ。良いわね?」

 「ああっ、構わないぜ。」

 「私もそれで構いません。」

 「私も右に同じ。」

 ナディア医師の言葉に、酒吞、玉藻、鵺の三人は同意した。

 「では、私の後に付いてきて。」

 ナディア医師に言われ、酒吞、玉藻、鵺の三人は、ナディア医師とともに、宮古野 丈のいる治療室へと向かった。

 30分後、治療室には宮古野 丈の体へと霊能力のエネルギーを送り治療する準備が整えられた。

 宮古野 丈の体にはいくつもの電極が繋がれ、その電極のケーブルが出ている機械にはモニターらしきものが付いている。さらに、機械からは別に電極のケーブルが出ており、それらの電極には、酒吞、玉藻、鵺の三人の体が繋がれていた。

 「三人とも、これからジョーさんの体に、あなたたちの力を送り込む治療を始めるわ。体に異常を感じたら、すぐに言ってちょうだい。それじゃあ、始めるわよ。」

 「了解だ。行くぜ、二人とも。」

 「ええっ、もちろんです。」

 「いつでも大丈夫。」

 酒吞、玉藻、鵺の三人は、それぞれの妖力を、電極の付いたケーブルを伝えて、宮古野 丈に送り込み始めた。

 「ぐっ!?この力を吸い取られる感じ、久しぶりだぜ!異世界に来る前以来じゃねえか?」

 「そうですわね!異世界に来られて覚醒されたことで、さらに吸い取られる量が増えたかと!くっ!?」

 「二人とも、もうへばったの!?私はまだまだ余裕!丈君のためなら、いくらでも吸われてあげる!ぐぐぐっ!?」

 酒吞、玉藻、鵺の三人は、必死な表情を浮かべながら、宮古野 丈に妖力を注ぎ続ける。

 全ては愛する主人を助けるために。

 ナディア医師はモニター画面を見ながら、驚いた。

 「すごい!急速な勢いで凄まじい量のエネルギーがジョーさんの体に流れ込んでいく!開始30分ですでに25%もの不足分のエネルギーが充填されていく!ジョーさんもだけど、この三人の持つ力も尋常じゃあないわ!本当に信じがたい量のエネルギーだわ!」

 治療開始から2時間半後、ついに、エネルギーの充填が完了した。

 「よしっ!これで不足したエネルギーは100%、完全に補充されたはずよ!三人とも、もう止めてもらって大丈夫よ!」

 モニター画面を見ながら、ナディア医師が酒吞たち三人に声をかけた。

 酒吞たち三人は、額や体からびっしょり汗を流しながら、妖力を流すのを止め、ベッドの上で目を瞑っている宮古野 丈の方を見た。

 「丈、早く目を覚ませ。それで、俺たちを安心させてくれよ、おい。」

 「丈様、どうか目覚めてください。そして、いつものように笑ってみせてください。」

 「丈君、もう大丈夫だから。私たちの愛の力で丈君は必ず復活する。みんなが丈君を待っているから。」

 ナディア医師と酒吞たち三人が見守る中、宮古野 丈の体が一瞬、キラリと光った。

 そして、ついに、主人公、宮古野 丈はふたたび目を覚ました。

 「ううん!?あれっ、ここは?僕は確か空から墜落したはずじゃ?」

 僕が意識を取り戻すと、汗だくの酒吞、玉藻、鵺の三人がベッドから飛び起き、勢いよくベッドの上にいる僕に抱き着いてきた。

 「この大馬鹿野郎!心配かけやがって!俺たちを置いて勝手に死のうとするな!一緒に復讐するって約束しただろうが、この馬鹿!」

 「丈様、よくぞ目覚められました!私はもうふたたび丈様が目を覚まさないものと不安でいっぱいでした!もう二度と、命を削るような無茶はしないでくださいまし!私たちを置いてどこにも行かないでください!」

 「おかえり、丈君!丈君が目を覚ますって、私は信じていた!だけど、霊能力が空っぽになるような無茶はもう絶対にしないで!私たちと約束して!もう絶対に、何があっても離さないから!」

 涙を浮かべて抱き着いてくる三人を見ながら、僕は三人に向かって言った。

 「本当にごめん。約束する。もう二度とこんな無茶はしない。三人を置いて勝手に死ぬような真似は絶対にしない。僕は三人と一緒に最後まで復讐の旅を続ける。死ぬときも一緒だ。それと、僕を助けてくれてありがとう。三人が僕を助けてくれたんだろ。本当にありがとう。」

 僕は酒吞、玉藻、鵺の三人に謝り、そして、御礼を言った。

 僕が三人に抱き着かれながら話をしていると、声を聞きつけたエルザとグレイの二人が、治療室の中へと入ってきた。

 二人もまた、僕に抱き着いてくるのであった。

 「助かってよかった!もう二度とジョー殿が目を覚まさぬのではないかと心配であった!本当に、本当に良かった!」

 「ジョー、やっと目を覚ましやがったな!アタシらを置いて勝手に死のうとするんじゃねえよ!いつも無茶をするなって言うお前が一番無茶してどうすんだよ!もう二度とあんな馬鹿な真似はするんじゃねえぞ!」

 泣いて喜ぶエルザとグレイの二人を見ながら、僕は言った。

 「エルザ、グレイ、心配をかけて本当にごめん。もう二度とあんな無茶はしない。二人を置いて死んだりなんかしない。約束する。本当に心配をかけてごめん。」

 僕は、みんなとふたたび生きて再会できたことを喜んだ。

 僕たち六人が再会を喜びあっていると、ナディア医師が声をかけてきた。

 「皆さん、感動の再会を邪魔して悪いけど、ジョーさんはまだ治療を終えたばかりですから、彼にはすぐに病室に移動してもらい、入院してもらいますから。まったく、SSランクモンスター100体分の魔力が治療に必要なんて、前代未聞だわ。こんな症例に出会うことなんて、この先一生ないことでしょうね。ジョーさん、ひとまずあなたには入院してもらいます。それと、後で異常がないか検査させていただきます。意識が回復したようで何よりです。治療に協力してくれた三人も、二、三日は入院していただきますから。それから、そこの獣人の二人、許可も無しに勝手に治療室へ入るのは止めてください。医師と関係者以外、治療室に入ることは厳禁です。分かったら、すぐに出て行くように。」

 ナディア医師に注意され、エルザとグレイの二人は渋々、治療室の外へと出たのだった。

 それから、僕、酒吞、玉藻、鵺の四人は、帝都中央病院に入院することになった。

 三階の大部屋に四人一緒に入院することになった僕たちは、ナディア医師から検査を受け、経過観察を受けることになった。

 霊能力が欠乏状態になった僕に、酒吞、玉藻、鵺の三人が回復に必要なエネルギーを分けてくれたと改めて聞かされ、僕は彼女ら三人に頭が上がらない思いであった。

 僕よりも酒吞たち三人の回復の方が時間がかかったが、僕は治療後、約4時間、酒吞たち三人は治療後、約半日で全快したのであった。

 お見舞いに来たエルザやグレイ、担当医師のナディア医師も、僕たちの急速な回復に驚いていた。

 入院1日目の午後7時過ぎ。

 僕は病室を出て、一人ナディア医師がいるであろう、二階の外科部長室へと向かった。

 僕は外科部長室のドアをノックすると、「どうぞ。」という声が中から聞こえてきた。

 「失礼します。」

 僕がドアを開けて中に入ると、ナディア医師がコーヒーを飲みながら書類を読んでいた。

 「ナディア先生、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 「ジョーさん、あなたまだ、入院初日よ。動き回ったりしちゃ駄目じゃない。いくら回復が早いからって、あなたはそもそも重症患者で運ばれたわけなんだから、もっと自重してもらわないと。」

 「すみません。ですが、先生に色々と報告をしておかないといけないことがあったので、来てしまいました。許してもらえますか?」

 ナディア医師が呆れたようにため息をつきながら、返事をした。

 「はぁー、本当にしょうがない人ね、あなたは。私たち医師に負けないくらいの仕事中毒だわ。それで、あなたからの報告についてぜひ聞かせてもらえるかしら?」

 「はい。依頼された、例の謎の奇病の正体ですが、死の呪いであることが僕たちの調査で分かりました。感染源の正体と、感染源の除去にも成功しました。感染源はこれです。」

 僕は持ってきたアイテムポーチの中から、共同井戸の底で見つけた、青い石を取り出すと、ナディア医師に手に取って見せた。

 「この青い石が、感染源の正体です。この石から凄まじい勢いで死の呪いが放出されていて、この石から出る呪いが共同井戸の水を汚染していました。すでに、この石と、共同井戸の水に含まれていた呪いは解呪しました。この青い石ですが、帝城のすぐ裏手にある共同井戸の底から発見しました。恐らく何らかの呪物の類ではないかと思われますが、この石の詳細や出処についてはまだ掴めていません。ですが、この石を除去したので、謎の奇病の流行は直に収束するはずです。それと、昨日の夜、僕の力を使って、帝都全域に呪いを解呪する光を放ちました。恐らく帝都全域のほぼ全ての人間があの光を浴びて、死の呪いが解呪されたはずです。帝都の患者を大幅に減らすことができたと思っています。」

 「部下からも報告は受けているわ。あなたが冒険者ギルドで患者たちを治療したこと、呪いで汚染された水を飲まないよう注意したことなんかね。前回あなたに指摘されて、もう一度共同井戸の水の水質調査を行ったところ、水から死の呪いが検出されたわ。私も検査員たちも調査結果を見て驚かされたところよ。それに、あなたが突然、空を飛んだかと思ったら、帝都上空に突然太陽が浮かんで、太陽の光を浴びた患者たちが回復した話もね。私も夜空に突然、太陽が現れたのを見た時はびっくりしたわよ。天変地異の前触れかとも思ったわ。だけど、光を浴びた患者さんたちが良くなったのを見て、何となくだけど、ジョーさん、あなたの仕業じゃないかと思ったの。だけど、あなたが倒れた話を聞いて駆け付けた時は本当に焦った。おまけに、あなたの治療にはSSランクモンスター100体分の魔力が必要だと分かった時は、目が飛び出るくらいの衝撃を受けたわ。あなた、本当に一体何者なの?歴代最強と呼ばれた勇者パーティーの勇者でも、あなたほどの力は恐らく持っていなかったはずよ。空に太陽を作って、太陽の光で帝都全域の患者を治療する、そんな芸当、人間業ではないわ。もはや神の領域と言っても過言じゃないと、私は考える。インゴット王国の王族や勇者たちがあなたを処刑しようとした、という話があるけど、もしかして、あなたの持つその力が原因だったりするのかしら?光の女神リリアの脅威になるかもしれない、連中がそう捉えたとも推測できるのだけど、真相はどうなのかしら?」

 話が、謎の奇病の件から僕の霊能力について変わったことに、僕は苦笑いしながら、ナディア医師の問いに答えた。

 「僕が処刑されたのは、僕がステータスの鑑定をしてもジョブとスキルが表示されなくて、おまけに国王たちに反抗的な態度をとったので、能無しの悪魔憑きだ、と判断されたことが原因です。僕は、一緒に召喚された勇者たちとは元いた世界ではあまり親しくなかったので、あっさり裏切られて彼らに殺されかけました。僕が異世界から来た人間である事実を知る人間はほとんどいません。ただ、国王や勇者たちから不興を買って処刑された、そんな風に世間からは思われています。僕が処刑された真相はそんなとこです。僕の持つ霊能力の力が女神の脅威になる、そんな風に考えられたからじゃありません。不吉で目障りな邪魔者を消したかった、そんな理由で僕は処刑されたんです。僕の霊能力は先生が思うほど、大したものじゃありません。僕はただの人間の冒険者ですよ。僕の話はこれくらいにしておいて、ナディア先生、あなたはこの青い石について何かご存知だったりしますか?死の呪いを帝都にばらまくような危険な物が、国の中心である帝城のすぐ裏手にある共同井戸の底から見つかるなんて、こんなことが起こりえるでしょうか?僕はこの青い石を「聖女」たちがこの国に持ち込んで、死の呪いをばらまき、今回の騒ぎを起こしたと考えています。よく御覧になってください。」

 僕はそう言うと、青い石をナディア医師に手渡した。

 「あなたほどの力の持ち主を、ただ目障りだから、なんて言うしょうもない理由で処刑するなんて、インゴット王国の王族たちはどうしようもない阿保としか言いようがないわね。私の兄に劣らない、クズと馬鹿さね。勇者たちもそれは同じ、いえ、それ以上ね。でも、あなたがインゴット王国や勇者たちに利用されることにでもなっていたら、今頃世界は破滅していたかも、なんてこともあり得た話かもしれないわね。そう考えると、あなたが「黒の勇者」として単独で活動したことは結果的に幸いだった、という結論になるわけね。全く、インゴット王国がもっとしっかりしていたら、勇者たちのせいで世界が破滅の危機に陥る、なんて前代未聞の事態にはならなかったでしょうに。本当にいい迷惑だわ。」

 ナディア医師はそんなことを言いながら、僕が手渡した青い石をじっくりと手に取って観察するのだった。

 しばらく青い石を観察していると、急にハッとした表情に、ナディア医師の顔が変わった。

 青い石について何かに気が付いた様子に見えた。

 「ナディア先生、その青い石について、もしかして心当たりがあるんですか?」

 ナディア医師は困惑した表情を浮かべながら言った。

 「いえ、でも、まさかそんなわけが?この石があの宝石だったとしたら、とんでもない大事件よ!あの宝石がズパート帝国にあるはずがないもの?」

 「先生、あの宝石とは何ですか?僕に話していただけますか?もしかしたら、その石は先生の考える宝石かもしれませんし。」

 ナディア医師は手元のコーヒーカップからコーヒーをすすると、それからゆっくりと話し始めた。

 「もし、私の推測通りなら、この石は「レイスの涙」と呼ばれる世界最大のブルーダイヤモンドよ。そして、インゴット王国の国立博物館に所蔵されているはずの、インゴット王国の秘宝の一つよ。本来なら、インゴット王国の国立博物館の収蔵庫で厳重に保管されているはずの呪いの宝石なの。これが本当に本物の「レイスの涙」なら、国際的な盗難事件の盗品ということになるわ。まさか、博物館から盗まれたというわけ!?」

 「先生、「レイスの涙」とは具体的には一体どういう宝石なんですか?インゴット王国の博物館に保管されている秘宝だとおっしゃいましたが?」

 「5年前、私が12歳の頃、家族で一緒にインゴット王国へ旅行したことがあったの。その時、父と一緒にインゴット王国の国立博物館を訪ねたことがあるの。ちょうど年に一度の特別展が開催されていて、普段は未公開の貴重なコレクションが特別に展示されると聞いていたから、父と二人で貴重なコレクションを見に行ったわけ。その特別展で公開された貴重なコレクションの中に、「レイスの涙」があったの。「レイスの涙」は元々、インゴッド王家が所有していたけれど、「レイスの涙」が嵌められた王冠を被った女王が途端に急死した。気味悪がった王家が手放し、その後もたくさんの貴族や商人の手を渡ったけど、持ち主の全員が原因不明の謎の死を遂げた。最終的にインゴット王国の国立博物館が「レイスの涙」を入手し、調査した結果、「レイスの涙」には強力な死の呪いが込められていることが分かったの。でも、確か「レイスの涙」の呪いを抑えるために、「フェニックスの涙」と呼ばれる、強力な回復力を持ち主に与える世界最大のレッドダイヤモンドと一緒に厳重に保管されることになっていたはずよ。「レイスの涙」が盗まれたということは、恐らく「フェニックスの涙」も盗まれた可能性が高いわ。だけど、「レイスの涙」ほどの秘宝が盗まれれば、すぐに騒ぎになってもおかしくないわ。マスコミも利用してインゴット王国政府が必死に捜索するはず。となると、やっぱりこの石は「レイスの涙」とは別物ということかしら?だけど、死の呪いが込められた宝石なんて、他に聞いたことがないわ。もしかしたら、世界のどこかに「レイスの涙」とよく似た宝石がある可能性は、否定はできないけれど。」

 「いや、ナディア先生、先生の考えたとおり、この青い石はその「レイスの涙」と呼ばれるインゴット王国の秘宝かもしれませんよ。こういうことは考えられませんか?「聖女」たちは死の呪いが込められた宝石である「レイスの涙」の存在を知った。そして、インゴット王国の王城から脱獄後、「レイスの涙」を使って謎の奇病の流行騒ぎを起こすことを計画した。そして、インゴット王国の国立博物館から「レイスの涙」と「フェニックスの涙」の二つの秘宝をまんまと盗み出した。その後、盗み出した二つの秘宝を使って、謎の奇病を流行らせ、自分たちが奇病を治す勇者となる狂言を実行に移した。レベルが低かったはずの「聖女」が、死の呪いを解呪できたのは「フェニックスの涙」を持っていたからではないでしょうか?秘宝が盗まれても騒ぎになっていないのは、インゴット王国政府がこれ以上の不祥事の発覚を恐れて、故意に盗難の事実を隠蔽したか、あるいは、政府や博物館が盗難に単に気が付いていない、という可能性は考えられませんか?インゴット王国政府がかなり杜撰な仕事をしていることは先生もよくご存じのはずです。今のインゴット王国政府の評判だって最悪の一言です。その青い石が「レイスの涙」である可能性は高いと僕は思います。」

 「ジョーさん、あなたと私の推測通り、この石が「レイスの涙」で、インゴット王国から盗まれ、そして、「聖女」たちが今回の謎の奇病の流行騒ぎを起こした、ということが事実だとしたら、今回の一連の騒ぎは、盗難事件だけじゃすまない。ズパート帝国の安全保障を脅かす明確なテロ事件よ。「聖女」たちは勇者の地位と力を取り戻すためだけに、何の罪もない大勢の市民の命を奪う無差別テロを行ったことになる。今回の奇病の流行ですでに500万人以上の死者が出たわ。「聖女」たちが勇者の地位と力を失ったのは自分たちの暴走が原因にも関わらず、勇者の資格を奪った世間への不満からこんな大規模のテロを引き起こすなんて、自己中心的で気が狂っているとしか思えない。一刻も早く、インゴット王国政府に「レイスの涙」の盗難の事実を確認し、「聖女」たちをテロリストとして逮捕する必要があるわ。だけど・・・、「聖女」たちは新皇帝となった兄と結託している。兄が「聖女」たちのテロ行為を黙認した上に、彼女たちを庇い、事件の真相を闇に葬ろうと動く可能性がある。いけない!ジョーさん、兄と「聖女」たちは今頃、あなたやあなたの仲間を暗殺するために動き出したかもしれないわ!?急いで、ここから逃げないと!」

 ナディア医師は、僕たちが暗殺される可能性を危惧し始めた。

 「いや、逃げる必要はないと思います。もし、僕たち「アウトサイダーズ」が目障りになって排除したいと考えたなら、もうとっくの昔に暗殺を実行していてもおかしくはないはずです。僕が倒れてからもうすぐ24時間が経過しようとしています。連中は恐らく、何らかの事情で僕たちの暗殺ができなくなった、あるいは僕が意識不明の重体で倒れたと知って油断しているのか、どちらにしても、暗殺は実行しない選択をとったのではないかと思います。一応、警戒はしますが、僕たちの暗殺計画が実行される可能性は低いと考えていいと思います。むしろ、暗殺される可能性があるとしたら、ナディア先生、あなたの方が可能性は高いと思います。僕があなたと接触し、連中の悪事に気付いたと考え、暗殺者をあなたに仕向ける可能性があります。ズパート帝国の皇女であるあなたから糾弾されることを新皇帝は何よりも恐れているはずです。ナディア先生、これから僕たちであなたを警護させていただきます。僕たちは全員、回復済みです。警護には支障ありません。そういうわけですので、先生にもご協力をお願いします。」

 ナディア医師は呆れたような顔を浮かべながら僕に言った。

 「入院患者に護衛を頼むことになるとはね。普通は担当医師である私が患者であるあなたたちを護る側になるはずなんだけど。でも、仕方がないわね。第一、世界トップクラスのSランクパーティーのあなたたちを暗殺しようだなんて、いくら何でも無謀だわね。暗殺するなら、むしろ、非戦闘員の私の方が楽だと考えるでしょうね。それじゃあ、お言葉に甘えて警護をお願いするわ、「黒の勇者」さん。」

 「お任せください。あなたの身は必ず僕たちが守ります。そして、一緒に「聖女」たちの悪事を暴きましょう。」

 こうして、僕たち「アウトサイダーズ」は、暗殺からナディア医師を護るため、彼女を警護することになった。

 謎の奇病の原因を突き止め、謎の奇病の感染を根絶することに成功した。

 ひとまず「聖女」たちと新皇帝の悪事を一つ阻止したことになる。

 だが、まだ油断はできない。

 「聖女」たちの息の根を完全に止めるまで、奴らの脅威がズパート帝国の人々を苦しめ続けることになる。

 僕は必ず「聖女」たちの悪事を暴き、復讐する。

 正義と復讐の名のもとに、僕は「聖女」たちに死の鉄槌を下す、そう固く決意するのであった。



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