第二話 【処刑サイド:聖女外仲間たち】聖女たち、秘宝を盗む、そして、暗躍を始める

 勇者たちが王都を壊滅させ、犯罪者としてインゴット王国に捕まり、そして、王城の地下牢から脱獄した日のこと。

 勇者たちは脱獄した後、一時カナイ村の森に潜伏していたが、王国や冒険者ギルドから犯罪者として指名手配され、その上、ギルドによって制限措置を施され、勇者たちは勇者のジョブを失い、ジョブが「犯罪者」になり、レベルも0になってしまった。

 その事実にショックを受け、勇者たちはリーダの「勇者」島津と対立、ついに分裂してしまったのであった。

 勇者たちの分裂後、「大魔導士」姫城たち一行同様、ダンジョン攻略に動き始めた勇者の一団があった。

 「聖女」花繰 優美率いる男女6名からなる勇者一行であった。

 「聖女」花繰たち一行は、「聖女」花繰の指示の下、カナイ村を出て、一度王都へと戻った。

 非常線は張られていたが、王都壊滅を受け、警戒に当たる騎士たちは少なかった上、インゴット王国の騎士たちの国への忠誠心は存外低かった。

 インゴット王国の宝物庫から盗んだ現金1億リリスも花繰たち一行の手元にあったため、盗んだ金を使って警備をしていた騎士たちを買収し、花繰たち一行はあっさりと王都の中へと侵入した。

 王都は花繰たち一行や他の勇者たちのせいで、建物の多くは倒壊し、怪我人や難民で溢れていた。

 だが、花繰たち一行は我関せずと言った表情で、悠々と王都の街中を歩いて行く。

 花繰たち一行は、王都の中心部にある、インゴット王国国立博物館へと向かった。

 インゴット王国国立博物館は、インゴット王国の所有する貴重な文化財が収められた施設で、世界最大級の博物館で、約1,000万点に及ぶコレクションが所蔵されている。インゴット王国だけでなく、世界各国の歴史や文化に関連する数多くの文化財があり、インゴット王国王都の有名な観光スポットでもある。

 花繰たち一行がインゴット王国国立博物館の前にやって来ると、前日の「ボナコン・ショック事件」の影響を受けて、博物館の壁はボナコンたちの攻撃を受けて大きな穴がいくつも空いていた。

 その影響で当然、博物館は急遽、閉館となっていた。

 博物館に空いた壁の周りには騎士たちが数十人ほどいて、火事場泥棒による盗難被害を防ぐため、警備に当たっていた。

 花繰たち一行は博物館の向かいの通りの物陰に隠れて、博物館の様子を窺っていた。

 「ねえ、優美、博物館なんかに来てどうするつもり?優美が勇者に戻るために必要なアイテムがあそこにあるって言うから付いてきたけど、警戒厳重じゃん。あんなにたくさんの騎士はさすがに買収できないでしょ。どうすんの?」

 「回復術士」小松原こまつばら 春香はるかが、花繰に向かって訊ねた。

 「春香の言う通り、騎士さんたちの買収は難しいと思う。でも、あそこには私たちが勇者に戻るために必要なアイテムがあるのは確かなの。とにかく、騎士さんたちに見つからないようにこっそりと博物館の周りを探ってみようよ。どこかにきっと隙があるはずだから。」

 花繰たち一行は騎士たちに見つからないよう、博物館から少し離れた位置から、博物館の周囲を歩いて回り、侵入する隙がないか探った。

 博物館の裏手に行くと、博物館の裏手は無傷で、警備する騎士の姿は見当たらなかった。

 だが、博物館の裏手にある搬入口も通用口もすべて鍵がかけられ、閉まっている様子であった。

 「侵入するとしたら、通用口からがいいかな。みんな、夜になるまで待ってくれる?夜になったら、あの通用口から侵入しようと思う。祝吉君、祝吉君の力を貸してほしいんだけど、お願いしてもいいかな?」

 「ああっ、もちろんだぜ、花繰。花繰の頼みなら何だって聞くぜ。俺に任せとけよ。」

 花繰に笑いながら力強く返事をしたのは、「盾士」いわよしよし らくであった。

 「ありがとう、祝吉君。よろしくお願いね。」

 花繰が可愛らしく祝吉に向かって微笑んだ。

 「花繰、俺にもできることがあったら遠慮なく言ってくれよ。力を貸すからさ。」

 花繰に協力を申し出たのは、「盾士」上川うえかわ じゅんであった。

 「ありがとう、上川君。上川君のことはすっごく頼りにしているよ。私なんかに付いてきてくれて本当にありがとう。」

 花繰から感謝され、上川はすごく嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 「順、今回はお前の出番はなさそうだぜ。ご愁傷様。まぁ、黙って俺の活躍を見てるんだな。」

 祝吉が上川を挑発するように言った。

 「うっせよ、楽。あんまし調子にのんなよ。今回は出番を譲るが、そのうち俺の方が役に立つって、証明してやるよ。」

 上川が祝吉を睨みながら言い返した。

 祝吉と上川は、日本にいた頃から共に花繰のことが好きであった。

 故に、勇者たちが分裂を始めた際、彼ら二人は花繰に付いて行くことを決めた。

 花繰に何とかアピールをして、恋人になりたい、そんな下心を胸に抱いていた。

 祝吉と上川が一瞬、一触即発状態になったが、そんな二人を「盾士」郡元こおりもと すずが怒鳴った。

 「いい加減にしなさいよ、アンタたち!私らは遊びに来てるんじゃないのよ!勇者に戻るための大事な話をしてるところでしょうが!くだらない意地の張り合いをしている時じゃないでしょ!ホント、男って馬鹿ばっかりなんだから!」

 郡元に怒られ、祝吉と上川は張り合うのを止めた。

 「二人を止めてくれてありがとう、鈴。鈴にはいっつも助けられてばっかりだよ。「聖女」なのに頼りなくてごめんね。」

 「別に優美は悪くないから。この男二人が馬鹿なだけだから。優美は気にすることないからね。足手纏いになったらコイツらはすぐに切り捨てて大丈夫よ。まったく、付いてくるならもっとまともな男子に付いてきてほしかったわ。」

 郡元が残念そうな表情を浮かべながら言った。

 「そう落ち込まないでよ、鈴。少しでも男手がいるのは助かるじゃない。せいぜい、この男子二人をこき使ってやりましょうよ。」

 そう言って郡元を慰めるのは、「回復術士」千町せんまち あいであった。

 「愛も鈴もいつも本当にありがとう。日本にいた頃から二人には助けられてばっかりだよ、本当。けど、祝吉君と上川君にはもっと優しくしてあげて。二人も大切な仲間だから。ねっ?」

 「はいはい、ホント、優美は相変わらず優しいわね。でも、あんまり男子たちを甘やかすとすぐ調子に乗り出すから、時には強く言わなきゃ駄目よ。まぁ、私たち二人がいるから大丈夫だけどさ。」

 千町が笑いながら花繰に言った。

 「みんな、とりあえず、夜までどこかで隠れて過ごすことにしようよ。ちょっと怖いけど、王都の闇市に行ってみない?あそこなら国の騎士たちもやって来ないし、隠れるにはちょうどいいと思うから。」

 それから、花繰たち一行は王都の闇市、ブラックマーケットのある地域まで移動した。

 王国唯一の無法地帯、闇ギルドが支配するこの地域は、王国の騎士たちが出入りすることはほとんどない。

 勇者たちは以前、闇金に借金をしたせいで、闇ギルドが元締めである闇金に数十億の借金をしていた。

 闇ギルドの関係者に見つかれば酷い目に遭わされる可能性もあったが、他に隠れられる場所はなかった。

 花繰たち一行は闇市のある地域の中にある小さな廃屋へと入り、夜まで身を隠した。

 深夜12時。

 廃屋を出た花繰たち一行は、予定通りインゴット王国国立博物館へと向かった。

 博物館の裏手に回ると、辺りの様子を窺った。

 裏手の通用口には、警備の騎士たちや、博物館の警備員の姿も見えなかった。

 人目が無いことを確認すると、物陰から出て、通用口へと向かった。

 通用口の前に着くなり、花繰が祝吉に指示した。

 「祝吉君、祝吉君の力でこの通用口のドアノブを斬ってもらえるかな?」

 「おう、分かったぜ。だけど、俺、今はレベルが0だから、ちょっと時間がかかるかもしれねえけど、許してくれよ。」

 そう言うと、祝吉は、右手に装着してある、刀身の長さが60cmほどの剣と、長さが30cmほどの鋸歯状の長いスパイクが丸盾に付いたランタン・シールドを構え、ランタン・シールドの剣先を通用口の扉のドアノブへと向けた。

 「行くぜ、熱解盾剣!」

 祝吉の右手のランタン・シールドが、全体が熱を持ったように真っ赤に染まった。

 祝吉は高熱を帯びた剣先をドアノブへと近づけ、それから、ドアノブの周りを剣の熱を使ってゆっくりと溶かし始めた。

 「くそっ!レベルが0だと、やっぱり溶かすのに時間がかかるぜ!勇者だった時はこんな扉、簡単に焼き斬ったってのに!」

 祝吉は歯を食いしばりながら、さらに力を込め、熱した剣先でドアノブの周りをくり抜くように溶かしていく。

 五分後、祝吉は何とか通用口のドアノブをくり抜くことに成功した。

 「やったぜ!ドアノブの破壊、成功っと!」

 「ありがとう、祝吉君!それじゃあ、みんな、急いで中に入って。警備の人に見つかる前に目的のアイテムを手に入れなきゃ。」

 花繰たち一行は通用口を開け、博物館の中へと侵入した。

 薄暗い博物館の中を、花繰を先頭に、花繰たち一行は進んでいった。

 大きな扉の付いているとある部屋の前に立つと、花繰は小松原に指示を出した。

 「春香、この扉の鍵を開けてくれないかな?この扉の鍵は魔法の施された鍵で、博物館の職員じゃないと開けられない仕組みになっているらしいの。指紋認証みたいなものらしくて、職員以外の人は開けられないんだって。後、ドアノブに直接触ると警報が鳴るらしいから注意してね。」

 「オッケー!任せて、優美。私の「拘束結界」なら、結界に触れたモノを何でも止められるから、扉の魔法も止められるわ。ちょっと待ってて。」

 小松原は左手に持った縦1メートルほどの長方形型の大盾を、扉に向かって構えた。

 「拘束結界!」

 小松原の構えた大盾の前に、光の壁のような結界が現れると、結界がドアノブへと触れた。

 「くっ。前はみんなを包み込んで守れるくらい大きな結界を張れたのに、盾と変わらないくらいの結界を正面にしか張れないなんて。やっぱりレベルが0って言うのは厳しいわね。」

 何とか扉の魔法を解除できるよう、小松原は額から汗を流しながら、結界を張り続けた。

 五分後、ガチャっという音が扉から鳴った。

 「よし、解除成功よ!みんな、私が結界を張っている内に中に入って!」

 小松原に言われ、花繰たち一行は急いで扉を開け、目的のアイテムがある部屋の中へと入った。

 部屋の中に入ると、郡元が花繰に話しかけた。

 「何とか、部屋の中に入れたわね。でも、優美、よくこの扉の仕掛けなんて知ってたわね?どうやって調べたの?」

 「私、日本にいた頃から博物館とか美術館を見て回るのが趣味だったの。お父さんが社会科の先生だから、ちっちゃい頃からよく博物館に連れて行ってもらってたんだ。異世界に来てからも、訓練がお休みの日にこの博物館へはよく来ていたの。それで、前にこの博物館に来た時、学芸員の人とお話しすることがあって、この博物館のことについて色々と教えてもらったの。今、私たちがいるこの大きな部屋は、博物館の収蔵庫なんだよ。ここには滅多に展示されることがない、超国宝級と呼ばれるくらいの文化財がたくさんあるの。私たちが手に入れようとしているアイテムも、その中の一つだよ。」

 「へぇー、優美が歴女だとは知ってたけど、博物館の警備まで調べるほどオタクとは知らなかったわ。それで、目的のアイテムって、何なの?」

 「うん、みんな、よく聞いてね。みんなに見つけてほしいのは、「レイスの涙」と言われる青い宝石と、「フェニックスの涙」と呼ばれる赤い宝石、この二つだよ。セットで保管してあるはずだから、二つとも忘れずに回収してね。たくさん棚があって探すのは大変だと思うけど、頑張って。私も一生懸命探すから。」

 それから、花繰たち一行は、たくさんの保管棚が並べられた広い収蔵庫の中を探し回った。

 世界最大級の博物館であるインゴット王国国立博物館の収蔵庫は、とても広く、保管物リストなしに目的の二つの宝石を見つけることは非常に困難である。

 砂漠の中から一粒のダイヤモンドを探すほどの、至難の業と言える。

 無謀とも言える挑戦である。

 だが、失った勇者の資格を取り戻す、その一念が花繰たち一行を突き動かした。

 五時間後、花繰たち一行に奇跡が起こった。

 収蔵庫にあるたくさんの保管棚の無数にある引き出しから、ついに目的の宝石二つを発見したのである。

 発見したのは、今回の宝石強奪計画の立案者である、花繰であった。

 「あった!みんな、見つけたよ!「レイスの涙」と「フェニックスの涙」を見つけたよ!」

 花繰の喜ぶ声が聞こえ、他の五人が集まってきた。

 「これが「レイスの涙」、こっちが「フェニックスの涙」か。お手柄だぜ、花繰。それで、この二つの宝石が、俺たちが勇者に戻るために必要なアイテムって言うが、どんな力があるんだ?」

 上川が花繰に訊ねた。

 「ええっとね、「レイスの涙」には強力な死の呪いの力が込められているの。昔、インゴッド王国の女王の王冠に嵌められていたことがあるらしいだけど、この「レイス」の涙が嵌められた王冠を被り始めた直後に急死したんだって。その後も、持ち主が変わるたびに持ち主たちがこの宝石を手にした直後に謎の死を遂げたの。それで、博物館が調査したところ、この「レイスの涙」には原因は分からないけど、強力な死の呪いがかかっていることが分かったんだって。」

 「し、死の呪い!?おい、花繰、そんな物騒なモノに触って何ともないのか?大丈夫か?」

 「大丈夫だよ、上川君。一緒に持っている「フェニックスの涙」があれば、死の呪いを抑え込むことができるの。こっちの「フェニックスの涙」には、持ち主を呪いや麻痺、毒といったあらゆる状態異常から守ってくれる力があるの。怪我や病気から守ってくれる力だってあるの。この宝石があれば、どんな怪我や病気、状態異常から回復する力を授かることができると言われているの。「レイスの涙」の涙の死の呪いを抑えるために、一緒に保管されているそうだよ。だから、大丈夫。」

 ニッコリと笑う花繰を見て、上川や他の四人もホッとした表情を見せた。

 「でも、「フェニックスの涙」はともかく、「レイスの涙」は使い道なんてあるの?死の呪いが込められた宝石なんて危ないだけで、持ってる意味なんてあるの?」

 郡元が首を傾げながら、花繰に訊ねた。

 「持っている意味はちゃんとあるよ、鈴。使い方もちゃんと私なりに考えてあるの。この「レイスの涙」を上手く使えば、私たちはまた勇者にきっと戻れるはずだよ。多少、みんなに迷惑をかけることもあるかもしれないけど、これがあれば、またみんなが私たちを勇者として必要としてくれるの。使い方については次の目的地に着いてから説明するから。とにかく、今は早くここを出よう。もうすぐ朝になるし、警備の人たちに気が付かれる前に急いで逃げよう。」

 花繰たち一行は「レイスの涙」と「フェニックスの涙」、二つの秘宝を収蔵庫から盗み出すと、急いで収蔵庫から出た。

 そして、警備の目をかいくぐり、博物館から夜明け前に脱出した。

 博物館から脱出後、花繰たち一行は盗んだ秘宝とともに王都の外へとふたたび出た。

 花繰たち一行は途中で馬車を見つけると、港のある王国南部へと向かった。

 馬車で街道を一週間かけて進むと、インゴット王国最大の港がある、南部の港町へと到着した。

 花繰たち一行は指名手配されているため、普通の客船に乗ることはできなかった。

 花繰たち一行は考えた末、ズパート帝国行きの高速貨物船に密航することを思いついた。

 貨物船の水夫を買収し、貨物船への密航を手伝ってもらった。

 高速貨物船の密航に成功した花繰たち一行は、高速貨物船に乗って、海を渡った。

 貨物船に密航してから11日後の午後、貨物船が目的地であるズパート帝国の帝都に面する港へと無事、到着した。

 貨物船からこっそりと降りると、花繰たち一行はズパート帝国の帝都の中へと入っていった。

 帝都の中心部に向かうと、花繰たち一行は近くの飲食店で昼食をとった。

 それから、偽名を使って安宿に泊まる部屋を確保すると、彼らは帝城の傍まで向かった。

 しばらく帝城の周りを歩いていると、帝城の裏手に、普段住民が使う共同井戸を見つけた。

 井戸を見つけると、他のみんなには分からないように、花繰はニヤリとした笑みを浮かべた。

 その笑みは、正に氷の微笑とも言えるほど、目は悪意で澱んでいて、ゾッとするような笑顔であった。

 帝都の中心部を回った後、一度宿に戻ると、花繰たち一行は宿で夕食を食べた。

 午後11時。

 花繰たち一行はふたたび、帝城の裏手にある共同井戸の前へとやって来た。

 井戸に近づくなり、花繰は周りに自分たち以外、誰もいないことを確認すると、懐から「レイスの涙」を取り出し、そして、「レイスの涙」を井戸の中へと落とした。

 花繰の行動に、他の五人は驚き、思わず声をあげた。

 「何やってんの、優美!?アレは死の呪いがかかった宝石なんでしょ!?誰かが間違って飲み込んだり、手にしたりしたら危ないでしょ!すぐに取り出さないと!みんなもすぐに手伝って!」

 千町がそう言って、「レイスの涙」を急いで回収しようと、井戸の中へ降りようとする。

 だが、そんな千町の行動を花繰は制止した。

 「待って、愛!愛の言うことは正しいよ。でも、私の話を聞いて。私たちは今、勇者のジョブと資格も失って、「犯罪者」になってしまった。このまま何の手柄もなしに勇者に戻してもらえることはできないよ。だから、私たちで勇者に戻るための実績を作るの。このまま「レイスの涙」を井戸の中に落としておけば、井戸の水は「レイスの涙」の持つ死の呪いで汚染される。汚染された水を飲んだ人たちは呪いにかかるかもしれない。だけど、私たちには「フェニックスの涙」がある。「フェニックスの涙」を使えば、呪いにかかった人たちは助けることができるの。多少の犠牲は出るかもしれない。でも、私たちが勇者に戻るためにはこれしか方法がないと思うの。呪いにかかった人たちはできるだけ助けるつもりだよ。私たちはこの異世界の人々を魔王から助けるために女神に選ばれて召喚された勇者なんだよ。私たち勇者は誰かを助けるために必要とされる存在じゃなきゃいけないの。私たちが勇者の義務を果たすためには、多少の犠牲を払ってでも、誰かを助ける覚悟が必要だと思うの。犠牲になった人たちの思いを背負って人を助け続ける、それが勇者だと私は思うの。だからお願い、私に協力して。」

 花繰の必死の説得を聞き、千町は迷った。

 「千町の言うことは正しいぜ。だけど、正攻法じゃ俺たちが勇者に戻ることは難しいんじゃねえか?それに、花繰が言うように、「フェニックスの涙」があれば、呪いにかかった人たちは治せるんだろ?上手くいけば、死人も出ず、勇者として困っている人たちを助けたって言う実績もできるぜ。俺は花繰の意見に賛成だ。みんなはどうなんだ?」

 祝吉が花繰の考えに賛同する意見を出した。

 「俺も花繰の意見に賛成だ。このままじゃ俺たちは一生犯罪者のままだ。ずっと犯罪者として追われることになる。それに、勇者のジョブを取り戻せなきゃ、俺たち全員、宮古野の奴に見つかったらその場で何もできずに殺されることにもなりかねねえ。多少、手を汚しても、勇者のジョブを取り戻してパワーアップできるようにしとかないとマズいと思う。」

 上川も花繰に賛同する意見を出した。

 「私も優美の意見に賛成よ。優美の考えたプラン以外に、私たちが勇者に戻れる方法はないと思う。私たち六人は回復と防御が主で、攻撃力が不足しているわ。おまけに、今はレベルが0にまで下げられて、大幅にパワーダウンしている。最弱の私たちが生き残るには、呪いをばらまいて、それを私たちが治して支持を集める以外に方法はないわ。」

 郡元も花繰に賛同する意見を出した。

 「私も賛成よ。呪いにかかって死んでしまう人が出た時は本当に気の毒ではあるけど、人間いつ、どこで、どんなきっかけで死ぬかなんて分からないじゃない。私たちも異世界に召喚されて勇者になるなんて思ってもいなかったでしょ。呪いで死んだなら、それがその人の運命だった、そう思えばいいのよ。優美が言うように、死んだ人の思いを背負って勇者に戻って人を助け続ければ、いつか許される日が来ると思う。だから、みんなで一緒に罪を背負って頑張ればいいじゃない。」

 小松原も花繰に賛同する意見を出した。

 「みんなが賛成って言うなら、私も一応は賛成する。できれば、私たちのせいで死人が出るのは嫌だけど。インゴット王国の王都が壊滅した原因は私らにも一応あるしさ。なるべく大事にはならないようにしてはほしいかな。私は回復術士だし、勇者に戻れたら呪いにかかった人たちの治療、一緒に手伝うから。」

 千町も渋々納得した様子で、花繰の意見に賛同した。

 「愛、みんな、こんな方法しか思いつけなくて本当にごめん。みんなを巻き込んでしまって本当にごめんなさい。だけど、一緒に勇者に戻って必ず困っている人たちをみんなで助けてあげよう。「聖女」なのに、頼りなくて、本当にごめん。」

 花繰が目に涙を浮かべながら、仲間たちに向かって頭を下げて謝った。

 「優美だけの責任じゃないから。私たちだって、大して力になれなくてごめんね。だけど、勇者に戻ったら絶対優美を私たちが助けるから。だから、泣かないでよ、優美。」

 郡元がそう言って、花繰を抱きしめた。

 他の仲間たちも、花繰に励ましの言葉をかけるのであった。

 「ぐすん。本当にありがとう、みんな。」

 花繰たち一行は共同井戸の前から立ち去ると、ふたたび自分たちの泊まる宿へと戻った。

 花繰たち一行が共同井戸に「レイスの涙」を投げ込んだ日の翌日。

 共同井戸の水は「レイスの涙」によって、死の呪いに汚染された。

 おまけに、帝都全域の共同井戸は地下水脈で繋がっているため、花繰たち一行が「レイスの涙」を投げ込んだ井戸を発端に、帝都中の井戸水が死の呪いに汚染される事態になった。

 井戸水を飲んだ人間や井戸水に触れた人間が、死の呪いにかかり、高熱や咳、呼吸困難といった症状に襲われ、次々に倒れた。

 最初に死の呪いで倒れる人が出たのは、帝都の中心部であった。

 死の呪いに汚染された井戸水は無味無臭で、見た目には何の変化もなかった。

 そのため、人々は井戸水の異常に気が付くことなく、死の呪いに汚染された井戸水を利用した。

 汚染された井戸水を飲んだため、アフマド・ムハンマド・ズパート皇帝は、井戸水が汚染された日の翌日の午後に、死の呪いにかかり、宮廷医たちの治療もむなしく、60歳という若さで死去した。

 「賢帝」とも名高い皇帝の突然の訃報に、ズパート帝国の国民は皆驚き、悲しんだ。

 だが、そんな皇帝の急死以上に、花繰たち一行による井戸水の汚染が、原因不明の謎の奇病として、国民を恐怖と苦しみに陥れた。

 死の呪いは、帝都全域の共同井戸の水を、汚染が始まってからわずか三日で急速に広がった。

 帝都や帝都郊外に住む約7,000万人の人々が、死の呪い、もとい、謎の奇病に感染し、患者となった。

 花繰たち一行が来てから1週間の間に出た謎の奇病による死者の数は500万人にも上った。

 花繰たち一行の行いは「聖女」や「勇者」の行いではなく、正に悪魔の所業であった。

 花繰たち一行が共同井戸に「レイスの涙」を投げ込んだ日の翌日の午後、頃合いを見計らって、花繰たち一行は帝都中央病院へと足を運んだ。

 帝都中央病院は、謎の奇病に感染して苦しむ患者たちでいっぱいであった。

 原因不明、病名不明で、確実な治療方法が分からず、おまけに大勢の感染者が殺到したことで、帝都中央病院はパニック状態であった。

 そんな病院や患者たちの惨状を確認すると、花繰は患者の一人へと近づいた。

 「おばあちゃん、苦しそうですね?今、私が治療しますから、もう大丈夫ですよ。「聖光結界」!」

 花繰が左手に持っている聖盾のレプリカを構えると、オレンジ色に光り輝く結界を展開し、患者である老婆の体を、結界が包み込んだ。

 すると、30秒ほどですぐに老婆は回復してみせた。

 「どうですか、おばあちゃん?もう、苦しくはないでしょう?」

 「ええっ、もう何ともありませんよ。ありがとうございます、お嬢さん。」

 老婆が花繰に向かって笑顔で御礼を言った。

 花繰の力によって老婆が回復したのを見て、周りにいた患者たちは驚き、そして、我先にと、花繰に治療を受けようと、花繰の前に殺到した。

 「皆さん、「聖女」であるこの私が来たからには安心してください!必ず皆さんの病気を私が治療してみせます。どうか信じてください。」

 花繰が「聖女」であると自ら名乗り出たことで、患者たちは一瞬不安になった。

 「おい、「聖女」って確か、インゴット王国の王都を壊滅させた罪で指名手配中じゃなかったか?本当に大丈夫なのか?」

 「ゴホっ、ゴホっ。でも、今の見てたでしょ。あの「聖女」がお婆さんを治したところをさ。「聖女」はどんな怪我や病気も治す力があるって昔から言われているし、治療できるのは本当かもしれないよ?」

 患者たちは次々に不安を口にするが、病気を確実に治してもらえる存在は目の前の「聖女」以外にはいなかった。

 患者たちに他に選択肢はなかった。

 「お願いします、「聖女」様!どうか、私たちを治してください!」

 「分かりました。皆さん、列を作って、順番に並んでお待ちください。すぐに治療しますから。どうぞご安心ください。「聖女」であるこの私に任せてください。」

 花繰はそう言うと、患者たちを治療し始めた。

 花繰は懐に入れた「フェニックスの涙」でブーストされた回復術を使い、次々に患者たちを治療していった。

 花繰が治療する様子を、帝都中央病院の医師や看護師たちは黙って見守るしかなかった。

 「聖女」が帝都中央病院で謎の奇病を治療している話はたちまち帝都中に広まった。

 帝都中心部、特に帝城付近の患者たちは、「聖女」の治療を受けるため、帝都中央病院に殺到した。

 午後六時頃、花繰が患者たちを治療していると、30人ばかりの騎士の集団が、花繰たち一行の前に現れた。

 リーダーと思われる騎士が、紙を広げると、紙に書かれた内容を読み上げた。

 「元「聖女」外仲間たちに命ずる。謎の奇病の流行を阻止するため、貴殿らに帝国政府への協力を要求する。速やかに騎士たちに同行し、皇帝の前に参上されたし。尚、同行を拒否する場合はその場で元「聖女」外仲間たちを逮捕することを許可する。サリム・ムハンマド・ズパート皇帝より。」

 騎士の読み上げた内容を聞いて、患者たちは皆、驚いた。

 「サリム殿下が新皇帝だって!?そんな馬鹿な!?あのドラ息子が皇帝になるなんてあり得ねえ!」

 「まだ、患者は大勢いるんだぞ!?いますぐ「聖女」様たちを城に呼びつける必要はねえだろ!?明日でもいいじゃねえか?」

 「お願いです!「聖女」様を連れて行くのは少し待ってください!まだ重症者が大勢残っているんです!せめて、今日診察に来られた方の治療が終わるまで、待っていただけませんか?」

 患者たちや医師たちが、騎士たちに向かって抗議するが、騎士は彼らの訴えを一蹴した。

 「ええい、黙れ!これは新皇帝からの王命である!逆らう者、邪魔する者はその場で問答無用で斬り捨てても良いとのお達しも出ている!刃向かえば容赦はせんぞ、分かったな!」

 騎士たちに恫喝され、患者たちや医師たちは止むを得ず、抗議することを止めた。

 「皆さん、本当に申し訳ありません。ですが、私たちは患者である皆さんを見捨てたりはいたしません。治療は必ずいたします。困っている人たちを助けるのが私たち勇者の役目ですから。皇帝陛下との話が終われば、またすぐに治療を再開いたします。どうか安心してください。」

 花繰が患者たちや医師たちに向かってそう呼びかけると、彼らは安心した表情になった。

 「では、元「聖女」外お仲間の皆さんには城までご同行願います。よろしいですね?」

 「はい、分かりました。」

 それから、騎士たちの案内の下、花繰たち一行は帝城へと向かった。

 そして、新皇帝のいる皇帝の間へと通された。

 花繰たち一行を、玉座に座る一人の男が出迎えた。

 身長は180㎝ほどで、ひょろっとした細身に、浅黒い肌、ボサボサとした長いオレンジの髪に、オレンジ色の無精髭を生やした、30代後半くらいの男性であった。

 白いトーブを着ていて、首には金のネックレス、両手の各指には宝石の付いた指輪を嵌めている。

 右手には酒瓶を持ち、花繰たち一行が目の前にいるにも関わらず、平然と酒瓶に直接口をつけ、酒を飲んでいる。

 酔っぱらっているせいか、顔は赤く、オレンジ色の瞳の目もどこか焦点が合っていない感じだ。

 はっきり言って、客人を迎える態度ではない。

 酒瓶に口をつけるのを止めると、玉座に座る男は花繰たち一行に声をかけてきた。

 「ウィー。ヒック。お前たちが元「聖女」とその仲間か?家臣共の報告によると、謎の奇病とやらを治せるらしいな?俺様は、サリム・ムハンマド・ズパート、この国の新しい皇帝だ。お前たち、この俺に協力をしてくれんか?褒美なら好きなモノをくれてやる。俺は死んだ親父と違ってケチケチしていないからな。どうだ、俺様の話に乗る気はあるか?」

 新皇帝サリムの提案に、花繰は答えた。

 「もちろん、ご協力させていただきます、皇帝陛下。謎の奇病を治療する代わりに、陛下にお願いがございます。私たちは問題を起こした他の勇者たちの巻き添えを食らい、インゴット王国の王都を壊滅させた、などというあらぬ罪を着せられました。私たちは心の底から勇者として困っている人たちを助けたいという強い思いがございます。つきましては、私たちにふたたび「勇者」のジョブと資格を取り戻すのにご協力いただけますでしょうか?ジョブが「犯罪者」、レベルも0という今の状況には大変困っております。どうか、私たちを勇者に戻してはいただけませんか?」

 花繰からのお願いに、サリムは笑って答えた。

 「ガッハッハ。良いだろう。この俺から冒険者ギルドに働きかけて、今日中にでもお前たちにかけられているギルドからの制限措置を解いてやろう。すぐに「勇者」のジョブと、元のレベルに戻してやる。ついでに、ズパート帝国の正式な勇者にお前たちを任命してやる。だから、この俺様の言うことに素直に協力しろ、いいな?」

 「かしこまりました、皇帝陛下。それで、患者たちの治療以外に、何か協力することはございますか?」

 「お前たちは患者どもを治療してくれればそれでいい。だがしかし、治療はこの帝城の中だけで行え。それと、患者一人一回の治療に付き、治療費として10万リリスを徴収する。治療費の徴収はこちらで行う。我が国の国庫にも限界はある。謎の奇病という国難を乗り越えるためにはどうしても金が入用だ。お前たち勇者を支援するためにもな。そういうわけだ。お前たちは適当に患者どもの治療をしてくれればいい。丸一日治療する必要もない。好きな時に治療をしろ。治療についてはお前たちの方で勝手に決めてやれ。だが、できる限りたくさんの患者を診ろ。金を払わん奴は追い返しても構わん。分かったな?」

 「かしこまりました、皇帝陛下。仰せのままにいたします。」

 「よろしく頼んだぞ。それと、先ほどから俺様と話をしているお前が「聖女」か?名は何と言うのだ?」

 「はい、私が「聖女」です。名前は、花繰 優美と申します。」

 「ユミだな。実に可愛らしい名前だ。「聖女」とあって見た目も美しい。気にいったぞ、ユミ。俺様の計画に貢献した暁には、俺様の妻として迎えてやろう。ズパート帝国の皇妃にしてやってもよい。」

 サリムがいやらしい視線で舐めまわす様子に、花繰を見ながら言った。

 「私が皇妃になるなど、もったいないお話です。ですが、他に皇妃になるにふさわしい方がいらっしゃらない時は検討させていただきます。」

 「フハハハ、「聖女」に勝る女がいるはずはないがな。まぁ、良いだろう。期待して待っているぞ。お前たちの部屋はすでに用意してある。好きに使えばいい。用がある時は使用人どもも好きに使っていい。」

 「ありがとうございます、皇帝陛下。」

 新皇帝サリムとの謁見を終えると、騎士たちに案内され、花繰たち一行は、帝城に用意された自分たちの部屋へと向かった。

 サリムが花繰を自分の妻にしたいという発言を聞いて、祝吉と上川の二人は終始不愉快そうな顔をしていた。

 「ちっ。あの親父、皇帝だからって偉そうにしやがって。花繰をいやらしい目で見やがって。皇帝じゃなかったら、マジでぶっ殺したくなるぜ、あのロリコン親父。」

 「俺も同じだぜ、楽。絶対、あのオッサン、未成年と援交やってる顔だぜ。あんなキモいロリコン親父の妻に花繰がなるのはマジで勘弁だぜ。あのオッサンが花繰に夜這いをかけてこねえよう、俺たちで花繰をきっちりガードしようぜ。」

 郡元、小松原、千町の女子三人も、サリムの態度には不快感をおぼえていた。

 「あのオッサン、優美を見る目がマジでいやらしかったんですけど。皇帝とか言ってるけど、本当に信用できんのかな、あのオッサン。」

 「優美を奥さんにしたいとか、歳考えろっての。どう考えたって、父親と娘ぐらいの歳の差ありそうじゃん。皇帝でもロリコンとかマジキモいんですけど。」

 「あの皇帝、私たちのことだっていやらしい目付きで見てきてすごく気持ち悪かったんだけど。それに、一回の治療代で10万リリス払えとか高すぎでしょ。金を払わない奴は追い返せとか言うし。絶対、金目的で私らを利用するつもりでしょ。ロリコンで金に汚いとか、マジでクズでしょ、あの皇帝。」

 仲間たちからのサリムへの評価は最悪だった。

 「みんな、皇帝陛下の態度に不満があるかもしれないけど、ここは我慢して。皇帝陛下のおかげで私たちはまたすぐに勇者に戻れるんだよ。それに、私なら平気だからそんなに心配しないで。ダンジョン攻略まで手伝ってもらって、奇病の治療も終わったら、みんなで一緒にこの国を出て、勇者として頑張ろうよ。みんなが一緒なら、絶対大丈夫だよ。」

 花繰はそう言って、仲間たちを宥めたのだった。

 それから、花繰たち一行は、新皇帝サリムの指示に従い、帝城にて患者たちの治療を始めた。

 だが、一人一回につき10万リリスの治療費を国に納めろ、というのはあまりに横暴だと、低所得者層を中心に国民から非難が上がった。

 しかし、財政難や「聖女」たちへの支援を理由に、帝国政府は国民の非難を一蹴した。

 新皇帝となったサリムからの王命であることも災いし、国民は非難を止めた。

 サリムの素行不良や、凶暴な性格は、国民の多くが知っていた。

 「賢帝」と呼ばれた亡き前皇帝の教育を持ってしても、サリムの性格の悪さが直ることはなく、前皇帝の悩みの種であったことは有名な話であった。

 国民は泣く泣く、10万リリスの治療費を国に払って「聖女」たちの治療を受けることを受け入れざるを得なかった。

 謎の奇病は帝都全域に広がり続け、ついには帝都郊外や、帝都から少し離れた南部の一部でも、謎の奇病の感染者が出始めた。

 花繰が治療をしても、再発する患者も多かった。

 中流階級・上流階級の国民は治療費を払って治療を受けることができるが、低所得者層の人々は治療費を払えず、花繰の治療を受けられず、近くの病院で処方された薬で症状を緩和するのがやっとであった。

 「聖女」花繰による治療は原則午前9時から午後5時までとされ、診療受付時間以外の診療は受け付けないとされた。深夜の急患にも一切対応しないという方針も出された。

 この診療時間の制限がさらに謎の奇病の感染者を増やす要因となった。

 ズパート帝国内で謎の奇病に感染する国民は増え続け、重症患者も死者も増える一方であった。

 謎の奇病の流行により、ズパート帝国の国民は、謎の奇病の感染による死と隣り合わせの苦しい生活を余儀なくされた。

 主人公、宮古野 丈がズパート帝国に到着する二日前の夜のこと。

 サリムに呼ばれた花繰は、一人サリムの執務室へと向かった。

 執務室に入ると、ソファに座って、相変わらずサリムは酒を飲んでいた。

 執務室の床は空になった大量の酒瓶が転がっていた。

 「よく来たな、ユミ。まぁ、俺の隣に座れ。」

 「では、失礼します。」

 花繰はサリムの隣に座った。

 花繰が隣に座るなり、サリムは腕を回し、花繰を抱き寄せた。

 「ユミ、お前のおかげで大儲けだ。たったの十日あまりで5兆リリスもの金が手に入った。馬鹿な国民どもはお前の治療を受けたいがために、どんどんと国に金を払う。お前は正に俺にとって幸運の女神だ。欲しいものがあれば、何でも言え。俺が何でも望むだけ買ってやる。」

 「ありがとうございます、陛下。私も陛下に出会えたことを大変幸運だっと思っております。これからも支援のほど、よろしくお願いいたします。」

 「ハッハッハ。任せておけ。それと、二人っきりの時は、名前で呼んでいいと言っていただろ。敬語も不要だ。この部屋には俺の許可なしには誰も入れないようにしている。人目なんぞ、遠慮するな。」

 「はい。では、サリム、今度城の宝物庫を見せてほしいの。城の宝物庫には珍しい宝石のコレクションがたくさんあるって聞いたわ。気にいったモノがあったら、もらってもいいかしら?」

 「もちろんだ、ユミ。愛するお前のためなら、宝石ぐらいいくらでもくれてやる。宝物庫から好きなだけ持っていけばいい。しかし、宝物庫のコレクション以上の宝石なら、帝都の宝石店にもたくさんあるぞ。そっちも欲しくはないのか?欲しいならこの俺が全部買ってやるぞ?」

 「ダ~メ。国が大変な時に、「聖女」である私が贅沢をしているって思われたら、国民に疑われたり、反感を買ったりするかもしれないもの。今は宝物庫のコレクションで我慢してあげる。でも、時期が来たら、豪華な結婚指輪やアクセサリーをプレゼントしてもらうから。よろしくね、ダーリン💛」

 「分かったよ、ハニー。しっかし、本当に女は怖いな。「聖女」が自分で死の呪いをばらまいて、呪いにかかった患者どもを治療する猿芝居をするとは、よく考えたもんだな。ユミに真相を聞いた時は本当に驚いたぜ。」

 「私はただ勇者に戻りたかっただけ。勇者に戻って人を助けたいのも本当だよ。でも、自分たちで病気をばらまいて治す以外に、勇者に戻る方法なんてなかったんだもの。亡くなった人には申し訳ないけど、これも女神に選ばれた勇者としての使命を果たすためだもの。私たちが勇者として誰かを助けるためには多少の犠牲は必要だった。それだけの話よ。」

 「クックック。ジョブが「犯罪者」になって、レベルが0になったはずのお前たちが、突然、謎の奇病が流行り始めたと同時にこの国に現れて、謎の奇病を治療したと聞いた時、俺はピンと来たぜ。こいつは何か裏があるってな。実際に会って、お前の目を見た時、感じたぜ。この女は俺と同類の狂った正真正銘のクズだってな。お前のその狂った目が、俺はたまらなく好きだぜ。」

 「私もよ、サリム。私もあなたを見た時、あなたのその目の奥に光る狂気を見て、喜びを感じたの。この人なら、本当の私を受け入れてくれるって。正直、みんなの前で良い子ちゃんぶるのって疲れるの。私のことを人畜無害のマスコットとか、優しい女の子扱いしてくるけど、本当の私は違う。私は、私を本当に必要としてくれる人が欲しいの。私を助けてくれる人、私の我が儘を聞いてくれる人、私の全てを受け入れてくれる人が、私の助けたい人間なの。私を必要としない、私を評価しない人間はいらない。そんな酷い人たちは絶対に助けてあげない。サリム、あなただけが私を本当に必要としてくれた人よ。あなたのためなら何だってしてあげる。私があなたを助けてあげる。愛してるわ、サリム。」

 「ああっ、俺様も愛してるぜ、ユミ。」

 サリムと花繰は互いに抱き合い、キスした。

 その後、二人はサリムの寝室へと移動し、一晩中愛し合った。

 帝城で出会ってから、花繰とサリムは互いに惹かれ合った。

 周囲の反応とは裏腹に、人には言えない狂気を宿した者同士として、強く惹かれ合った。

 二人はこっそりと密会するようになり、今では結婚まで約束するようになったパートナーにまでなった。

 二人の関係が進展しないよう、邪魔すると言っていた祝吉と上川の二人の男子だが、毎夜、花繰が入れた眠り薬入りのお茶を飲まされ、眠らされていた。

 他の女子三人も、まさか花繰とサリムが恋人同士になるはずがないと、そう思っていた。

 しかし、実際は、花繰は毎夜、自分の部屋を抜け出し、サリムとの逢瀬を楽しんでいた。

 サリムと結婚すれば、ズパート帝国の皇妃の地位と権力、莫大な富を得ることもできる。

 さらに、サリムは自身の良き理解者であった。

 勇者に戻り、ダンジョンを攻略して、聖盾を手に入れれば、「聖女」として覚醒もできる。

 例え、聖盾を手に入れられなくても、勇者の地位は残り、ズパート帝国の皇妃の座が自分を待っている。仲間たちも勇者に戻って、適当に地位や金をやれば、勇者の使命のことをうるさく言ってくることもない。

 サリムとともに、自身を崇め、必要とする人たちで構成された、自分にとって理想の国を築き上げること。

 今の花繰の頭の中には、そんな邪な野望でいっぱいだった。

 花繰たち一行がズパート帝国にて暗躍を始めたが、彼女らの目論見は破綻することになる。

 そう、「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈の出現によってだ。

 「聖女」花繰たち一行と新皇帝サリムの悪事は、主人公によって尽く全て打ち砕かれることになる。

 主人公による正義と復讐の鉄槌が迫っていることに、彼女らはまだ気が付いていない。


























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