【中間選考突破!!】異世界が嫌いな俺が異世界をブチ壊す ~ジョブもスキルもありませんが、最強の妖怪たちが憑いているので全く問題ありません~
第一話 主人公、ズパート帝国へ降り立つ、そして、謎の奇病の流行に遭遇する
第五章 土の迷宮編
第一話 主人公、ズパート帝国へ降り立つ、そして、謎の奇病の流行に遭遇する
ペトウッド共和国を南に陸路で約4週間、海路だとペトウッド共和国の北西にあるセイル町の港から約1ヶ月かけて進んだところに、「土の迷宮」があるズパート帝国の首都があった。
ズパート帝国はペトウッド共和国の南側に位置し、ラトナ公国の南西部の一部とも接する大きな国である。
縦長に伸びた国で、国土の約3分の2が砂漠地帯である。国土の北側と中央部はほとんどが砂漠であるが、鉄や銅、銀、金、石炭、オリハルコンなどの鉱脈が多数あり、これらの鉱脈から採れる鉱物資源が国の主力産業となり、帝国の経済を支えていると言う。
世界のおよそ7割以上の鉱物資源がズパート帝国で採掘され、ズパート帝国から輸出される鉱物資源が魔道具や金属製品の製造、エネルギー資源の供給など、異世界の人々の生活には欠かせない存在となっている。
国土の南側には森や川があり、海に面した国の最南端に、ズパート帝国の帝都がある。南側に行くほど気候が穏やかになり、特に最南端が最も涼しいことから、ズパート帝国の帝都は海に面した国の最南端に設けられたのだと聞く。
ズパート帝国の北側、並びに中央部は昼間の平均気温が約30℃、最高気温は40℃に達する広大な砂漠地帯となっているため、ズパート帝国の国民の多くは、国土の南側で生活圏を築き、暮らしている。
僕たち「アウトサイダーズ」は、ペトウッド共和国の首都を出発してから十日後に、目的地であるズパート帝国の帝都へと到着した。
旅の途中、ペトウッド共和国の北西部のセイル町の港で、最新型のクルーザー「海鴉号」を購入した僕たちは、「海鴉号」に乗って海を渡り、セイル町の港を出発してから四日後の昼に、ズパート帝国の帝都の南側にある港へと無事、到着した。
普通の客船なら1ヶ月以上かかる距離を、「海鴉号」のおかげで、最短日数で移動することができた。
僕たちは港のとあるマリーナにクルーザーを停泊させてもらうことになった。
クルーザーから降りて、マリーナの管理会社へと行って停泊料を支払うことになったが、管理会社の社員から、入国に関して忠告を受けた。
「お客様、このズパート帝国では最近、原因不明の謎の奇病が流行していることはご存知でしょうか?特に、帝都では謎の奇病にかかる方が多く、外国人の方でも奇病にかかる方がいらっしゃいます。この奇病にかかると、高熱と呼吸困難、咳といった症状に見舞われる方がほとんどです。今のところ、特効薬はありませんが、幸いにも帝都の帝城には謎の奇病を唯一治療できる「聖女」様がいらっしゃいます。ですが、一人一回の治療につき10万リリスの治療費をお支払いする必要がございます。治療費が高額な上に、再発することも多いのです。原因も分かっていない以上、この国への長期の滞在はおすすめいたしかねます。十分、ご注意ください。」
「分かりました。僕たちもここへは仕事で立ち寄っただけですので、仕事が早く終わればすぐにまた別の国へ移動する予定です。ご忠告ありがとうございます。」
僕たちはマリーナの管理会社を出ると、港から帝都へと歩いて向かった。
港と帝都は隣接しており、帝都の中にはすぐに入ることができた。
帝都の街並みを見ると、レンガ造りの低い石壁が帝都をぐるっと囲むように建てられている。
町の建物を見ると、レンガ造りで、窓が小さく、ベランダが無い、四角い形の家や建物がほとんどである。
帝都の道路は砂利道で、インゴッド王国やラトナ公国のように舗装がされてはいない様子だ。
ズパート帝国の人々を見ると、オレンジ色の髪に浅黒い肌の、アラブ人のような顔立ちをしている。
服装もアラブ人が着るようなトーブやアバーヤに近い服を着ている。
ただし、元いた世界と違うのは、男性も女性も服は白一色であるという点だ。
元いた世界では、女性が着るアバーヤは黒色で、男性と色で区別していたはずである。
また、女性が顔を隠さず、ごく普通に顔を出している点も違うと言える。
アフリカ大陸や中東に行った経験は全くない僕だが、アラビアやアフリカの世界に一気に入り込んだ感覚をおぼえる。
これまでに見てきた異世界の国々とは全く異なる光景が僕の目の前には広がっていた。
帝都の現在の気温は20℃。
国土の3分の2が砂漠で覆われる、猛暑で有名なズパート帝国だが、帝国南部、特に帝国の最南端に位置する帝都は気温が割と低く、快適であった。
帝都を北に向かって進めば進むほど過酷な環境が待ち構えているとあって、帝都は人口が密集している。
帝都の街中はいつも人通りが多く、人混みをかぎ分けて進まなけれないけないほどだと聞いていた。
だが、門をくぐって、帝都の中心街を歩いていると、事前に聞いていた話とは真逆の光景が広がっていた。
帝都の中心街にもかかわらず、人通りは少なかった。
人混みをかき分けて進まなければいけないほど、通りは混雑しておらず、むしろ疎らである。
通りを歩いている人を見ると、皆、顔に布マスクを付けていて、顔色の悪い人や咳をしている人が多い。
平日の昼間にも関わらず、閉まっている商店も多く見受けられる。
通りを歩いている人や店を開いている人の中には顔色の良い人間もいくらかいる。
だが、顔色の良い人間のほとんどは、豪華な宝石類を身に着けていたり、札束を財布からドサッと出したりするような貴族や大商人など、中流・上級階級以上の人々のようであった。
貧しい人々は謎の奇病にかかり、まともな治療を受けられず、病気に苦しめられる死と隣り合わせの生活を送っていることが分かる。
謎の奇病が流行り始めてから2週間ほどと聞いているが、話に聞いていた以上にひどい状況である。
一刻も早く原因を突き止め、対処療法を見つけなければ、ズパート帝国が謎の奇病のせいで大勢の死人で溢れかえる事態が想像できる。
それに、今は特定の地域内に病気が流行するエピデミック程度で済んでいるが、もし、この謎の奇病が世界規模で流行するパンデミックにまで規模が拡大すれば、世界中で大勢の死者が出る最悪の可能性だってあり得る。
ただ、クリスの話によると、ズパート帝国を行き来する人々の中で、謎の奇病に感染している人は今のところおらず、ズパート帝国の南部や帝都で流行はとどまっているそうだ。
爆発的な感染力があるにも関わらず、ズパート帝国の中だけで流行しているという点は実に奇妙である。
ズパート帝国の環境の下でのみ感染力を増すウイルスなのだろうか?
それとも、他に何かズパート帝国の中だけで感染が広がる要因があるのだろうか?
謎の奇病が「聖女」にしか治療できない点と何か関わりがあるのだろうか?
謎は深まるばかりである。
帝都の現状を目の当たりにした僕は、他の五人に向けて言った。
「みんな、帝都の現状は見て分かる通り、謎の奇病のせいで、患者で溢れている。原因はまだ分かっていないが、空気感染の恐れがある。今から布マスクを渡すから、必ずこのマスクを付けて過ごすようにしてくれ。布マスクは予備もたくさん買ってあるから、交換するときはいつでも言ってくれ。」
僕はそう言うと、玉藻たち五人に布マスクを一枚ずつ渡した。
僕たちは顔に布マスクを付けると、それから冒険者ギルドへと向かうことにした。
ズパート帝国は、基本的に南部に人口が集中している関係で、冒険者ギルドは帝都にある本部に冒険者の大半が所属している。それと、中規模だが、北部に北支部がある。
僕は通行人に道を訊ねた。
「すみません。ちょっとうかがいますが、ズパート帝国冒険者ギルド本部はどちらでしょうか?」
「ゴホっ、ゴホっ。冒険者ギルドなら、この道を15分ほど真っ直ぐ歩いて進むと、右手に、三階建てのレンガ造りの大きな建物が見えます。それが冒険者ギルドですよ。三階建ての建物はこの辺にはほとんどないので、すぐに分かると思います。ゴホっ、ゴホっ。」
「体調が悪いところ、教えていただきありがとうございます。どうかお大事に。」
僕は通行人に御礼を言うと、通行人に案内された通りに道を進んだ。
15分後、右手に「ズパート帝国冒険者ギルド本部」という看板が入り口の頭上に掲げてある、茶色いレンガ造りの三階建ての大きな建物が見えた。
少し重そうな木製の両開きの扉が入り口に付いている。
僕はギルドの扉を開け、それから、仲間たちとともにギルドの中へと入った。
冒険者ギルドの中に入ると、昼間にも関わらず、冒険者たちやギルドの職員たちは数えるほどしかおらず、寂しい雰囲気であった。
冒険者たちやギルドの職員たちの表情はどこか暗く、皆、元気がない様子だ。
そんな人々の姿を見ながら、僕たちは受付カウンターへと向かった。
少し暗い表情で、受付嬢が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。ズパート帝国冒険者ギルド本部へようこそ。本日は当ギルドにどういった御用事でしょうか?依頼の受注、依頼の斡旋、それとも、冒険者登録でしょうか?」
「こんにちは。僕たちは全員冒険者です。こちらでしばらく冒険者活動をするべく、やってまいりました。すみませんが、ギルドの宿泊所を利用したいのですが、よろしいでしょうか?宿泊期間は1ヶ月、三食食事付き、部屋は一人部屋を六部屋お願いします。」
僕が受付嬢と話をしていると、玉藻たちが後ろから抗議してきた。
「お待ちください、丈様!これまで全員一緒の部屋で泊まってきたのですから、今回も全員同じ部屋に泊るべきです!六人部屋をとるべきです!」
「そうだぜ、丈!俺たちは仲間なんだぜ!いつもみたいにみんなで一緒に寝泊まりすればいいじゃねえか?何か不満でもあんのか?」
「丈君と私たちは常に一緒にいるべき!みんなで一緒にいた方が何かあった時、すぐに対応できる!みんなで一緒が一番安全!」
「我もどうせ泊まるなら、皆と一緒がいい。安全面を考えた上でも、皆の結束を固める上でも同じ部屋で寝泊まりする方が良いと思うぞ。我も六人部屋をとることを所望する。」
「アタシも別に全員一緒で構わねえぞ?みんなで一緒の方が絶対楽しいしよ、それに、ジョーと離れるのはなんか嫌じゃんよ。いつもみたいに全員一緒に寝ようぜ?」
玉藻、酒吞、鵺、エルザ、グレイの五人が、反対意見をそれぞれ出してきた。
「みんなの言いたいこともよく分かるけど、今回は一人一部屋で寝泊まりするべきだと思う。今、この国では謎の奇病が流行っているだろ。もしかしたら、ウイルスの空気感染が原因かもしれない。狭い室内で大勢の人間が密集している状態で感染者が出たら、感染が広がるリスクが上がる恐れがある。ここは一人一部屋ずつとる方がベストな選択だと思う。そういうわけだから、みんな一人一部屋で寝泊まりすることにする。良いかい?」
僕の指摘に、玉藻たち五人は納得した様子を見せた。
「確かに丈様のおっしゃる通りです。ここは感染リスクを抑えるため、個室に別れて泊まるのが賢明な判断です。
「いや、みんなで一緒にいることにも確かにメリットはある。だけど、今回は特殊な事情がある以上、そう判断すべきだと思っただけさ。玉藻にはこれから薬や病気に関する知識でたくさんお世話になると思うから、よろしく頼むよ。みんな、体調に異変を感じたら、すぐに玉藻や僕に伝えてくれ。」
僕はみんなにそう言うと、ふたたび受付嬢に話しかけた。
「お待たせしてすみません。部屋は一人部屋を六部屋お願いします。」
「かしこまりました。部屋は十分ございますので、こちらで受付させていただきます。恐れ入りますが、皆様のギルドカードをご提示いただけますか?」
「分かりました。」
僕たち六人はそれぞれ自分のギルドカードを取り出し、受付嬢へと渡した。
「拝見いたします。ええっと、ランクがSランク、パーティーネームは「アウトサイダーズ」、って、ええっ!?皆さんが有名なあの「アウトサイダーズ」の方々なんですか!?」
僕たちのギルドカードを見て、受付嬢が驚き、大きな声を上げながら言った。
受付嬢の大声が聞こえて、周りにいた冒険者たちや、他のギルド職員たちが僕たちの方を一斉に見てきた。
「「聖女」様に続いて、「アウトサイダーズ」までこの国に来てくれるなんて、天の助けだぜ、おい!」
「ああっ、その通りだぜ。ウチの冒険者もほとんどが病気にかかって倒れちまって、依頼がたまりにたまってる状況だからな。「アウトサイダーズ」が依頼をこなしてくれたら大助かりだぜ。」
「でもよ、いくら「アウトサイダーズ」でも病気はどうしようもねえだろ?アイツらまで病気にかかったら、マジでウチのギルドもこの国も終わるぜ。」
「「聖女」様って確か、一度「黒の勇者」様を殺そうとしたって話だろ?二人が鉢合わせしたりしたら、それこそ大変なことになるんじゃねえか?今、「聖女」様に死なれでもしたら大変だぞ。」
冒険者たちやギルドの職員たちは、期待と不安が入り混じった表情で僕たちを見てくる。
「黒の勇者」の正体が僕、宮古野 丈であることはこれまで秘密にしてきたが、最近になって、どこからか僕の正体に関する情報が漏れ、「黒の勇者」と元勇者たちが敵対関係にあることが明るみになってしまっている。
いずれは正体がバレる日が来ることは分かっていたが、このズパート帝国で「聖女」様こと花繰 優美と、その仲間たちは、新皇帝から恩赦を受け、勇者としての資格を戻してもらい、保護されている。
そして、現在、ズパート帝国内で流行する謎の奇病を唯一治療できる存在として重宝されている。
「聖女」たちや新皇帝も、ラトナ公国の貴族で大公家の一員である僕に簡単には手が出せないはずだ。
その逆で、僕も彼女らには簡単に手を出すことができない。
憎き復讐相手がすぐ目と鼻の先にいるのに復讐できないというのは何とも歯がゆい気分だが、今は辛抱するしかない。
だが、謎の奇病の原因に「聖女」たちが関わっていることを突き止め、「聖女」たちと新皇帝の悪事を暴きさえすれば、奴らを一網打尽にして仕留めることができる。
今は機会をうかがうだけにとどまっておこう。
不安げな表情を見せる受付嬢に向かって、僕は笑いながら答えた。
「安心してください。僕は別に「聖女」を傷つけたいとは思っていません。この国に来たのは偶々ですし、勇者たちとのいざこざはもうとっくの昔に忘れました。冒険者として何かお手伝いできることがあれば、いつでも言ってください。微力ながら、お手伝いさせていただきます。」
僕の言葉を聞いて、受付嬢や、周りにいた冒険者たち、ギルドの職員たちはホッとした表情を浮かべた。
「そう言っていただけますと、私たちも大変助かります。Sランクパーティーの皆様に力を貸していただけるのなら嬉しいかぎりです。実は謎の奇病が流行っている影響で当ギルドにて活動する多くの冒険者の方が病気で倒れ、未達成の依頼が溜まっている状況でして、ギルドの運営に支障が出ていて大変困っているところです。「アウトサイダーズ」の皆様に溜まった依頼を一つでも消化していただけると本当に助かります。どうか、よろしくお願いします。」
「分かりました。時間と手が空いている限り、依頼の処理に僕たちも協力させていただきます。」
「ありがとうございます。では、こちらが皆様のお部屋の鍵になります。失くさないようにお願いいたします。皆様も病気には十分注意してお過ごしください。」
チェックインの手続きを済ませると、僕たちは受付嬢から泊まる部屋の鍵を受け取り、ギルドの二階の宿泊所にある自分たちの部屋へと向かった。
「みんな、荷物を部屋に置いたら、僕の部屋に来てくれ。今後の予定について詳しい話をしたい。」
10分後、僕の部屋に、玉藻たち五人が集まった。
「まず、今回この国にやって来た目的は事前に話していた通り、この国で流行っている謎の奇病の原因を突き止めることにある。現状は「聖女」のみが治療可能というわけだが、治療のためには一回10万リリスの高額の治療費を請求され、裕福な人間だけが助かるという非常に歪で深刻な状況にある。しかも、例え治療できてもすぐに再発するため、このまま原因を突き止めることができなければ、患者は増える一方だ。下手をすれば、大勢の死人が出る上、世界中に奇病が流行するパンデミックを引き起こす可能性も否定できない。何としても、僕たちで奇病の原因を突き止めなければならない。みんなには、一番患者が多い帝都の街中を調査してもらいたい。ここ最近、帝都で何か変わったことがなかったか、どんな些細なことでもいいから情報を集めてほしい。それと、「聖女」たちの動向についても調べてほしい。「聖女」たちがズパート帝国に現れたのと同時期に謎の奇病が流行り始めた。「聖女」たちがズパート帝国に現れた直後の行動についてできる限り調べてほしい。僕やクリスの見立てでは、今回の謎の奇病の流行に「聖女」たちが、何かしら関わりがあると睨んでいる。「聖女」たちの行動を探ることが、奇病の原因を突き止める糸口になるかもしれない。みんな、よろしく頼む。」
「かしこまりました、丈様。」
「了解だぜ、丈。」
「任せて、丈君。」
「承知した、ジョー殿。」
「OK、ジョー。」
玉藻たち五人が力強く返事をした。
「それから、この国にいる間は、食事や水分補給はすべて事前に用意した食料や飲料水で済ませるようにしてくれ。食べ物や飲み水が原因の可能性も否定できない。十分注意してくれ。それと、調査は二人一組で行う。僕と鵺、玉藻とグレイ、酒吞とエルザの三チームに分かれて行動することにする。午後六時になったら、一旦冒険者ギルドへ戻り、僕の部屋で集めてきた情報について報告、整理を行うことにする。それじゃあ、各自チームに分かれて一旦解散とする。健闘を祈る。」
僕たち六人は三チームに分かれると、情報収集をすべく行動を開始した。
「僕と鵺は帝都の中心部で聞き込みを行うことにする。玉藻とグレイは帝都の西側と南側を頼む。酒吞とエルザは帝都の東側と北側を頼むよ。」
「かしこまりました、丈様。」
「へへっ、よろしく頼むじゃん、玉藻の姉御。」
「了解だぜ、丈。」
「よろしく頼む、酒吞殿。」
僕たち六人はギルドを出ると、それぞれ担当するエリアに向かって歩き始めた。
僕と鵺は帝都の中心部で聞き込みを始めた。
聞き込みを進めると、謎の奇病が二週間前、突如帝都を中心に流行し始め、爆発的に感染者が現れたと言う。
ズパート帝国の各医療機関に感染者が殺到したが、病名や原因が分からず、薬で症状を抑え込むのがやっとらしく、呼吸器系に疾患のある人や高齢者を中心に亡くなる人が大勢出たとのことだ。
感染者が出てから二日目のこと、突然、帝都の中央にある帝都中央病院に「聖女」たち一行が現れ、「聖女」が使った回復術によって重症患者だった人たちがたちまち回復したそうだ。
「聖女」の回復術のみが謎の奇病を治療する唯一の治療法だということが分かり、その事実を知った新皇帝がすぐに「聖女」たち一行に使者を送り、帝城に招いたそうだ。
それからは、新皇帝の庇護の下、勇者の資格を取り戻した「聖女」たちは、患者一人一回の治療につき、10万リリスの治療費を国に直接納めることを条件に、患者たちの治療を行うようになったそうだ。
一回10万リリスの治療費はさすがに高すぎるとの批判の声もあったが、「聖女」たちへの活動支援や、奇病の流行に対する対策費を補うため、といった理由で一蹴されたそうだ。
帝都中央病院の医師たちを中心に謎の奇病の原因の究明に当たっているそうだが、いまだこれといった成果は出ていないそうだ。
何より、患者の数が多く、原因の究明に割く人員が足りていないそうだ。
「聖女」たちの動向も探ってはみたが、「聖女」たちの疑わしい行動を見た人物には出会わず、空振りに終わった。
「大した情報はこれと言ってなかったな。大体事前に把握している情報ばかりだ。ただ、「聖女」たちは最初に帝都中央病院に現れ、重症患者たちを治療した。「聖女」たちが患者たちを治療した際の様子について帝都中央病院の人たちから聞けば、何かしら新しい情報が得られるかもしれない。明日、帝都中央病院に行って聞き込みをしてみよう。」
「丈君、街の中を歩いていて、少し気付いたことがある。」
一緒に聞き込みを行っていた鵺が僕に話しかけてきた。
「気付いたこと?一体、何に気が付いたんだ、鵺?」
「帝都の街中を歩いていたけど、この街の空気はそんなに汚れていない。私は天候を操作する力を持っていて、空気には敏感。この街を流れる空気から人間の命を脅かすような恐ろしいウイルスや細菌の類は感じられない。風邪のウイルス程度は感じるけど、むしろ日本にいた頃よりここの空気は綺麗。ウイルスの空気感染、飛沫感染の可能性は低いと私は思う。」
「本当かい、鵺!?だとすると、ウイルスが原因だと仮定した場合、感染経路は接触感染か経口感染の二つに絞ることができる。お手柄だよ、鵺!」
「丈君の役に立てたのなら嬉しい。丈君、もし良かったら、私の頭を撫でてくれる?」
「えっと、いや、ここじゃ人目があるしなぁ。往来の真ん中で女の子の頭を撫でるというのは僕にはちょっとハードルが高すぎるというか・・・」
「お願い、丈君。」
ウルウルとした瞳で鵺に頼まれ、僕は断れなかった。
「しょうがないな。そこの路地裏に入るから、そこでだったら良いよ。」
「ありがとう、丈君!」
僕たちは大通りを逸れて、路地裏に入った。
それから、僕は鵺の頭を優しく撫でた。
「えへへ、丈君に頭を撫でてもらった。幸せ。」
「アハハハ、僕なんかに撫でてもらって喜んでもらえるなら良かったよ。」
僕は3分ほど、鵺の頭を手で撫でてあげたのであった。
路地裏を出ると、集合時間までふたたび鵺と一緒に聞き込みを行ったが、他に新しい情報を掴むことはできなかった。
午後六時。
僕と鵺は聞き込みを終え、冒険者ギルドへと戻った。
二階の宿泊所の僕の部屋に向かうと、玉藻、グレイ、酒吞、エルザの四人がすでに僕の部屋の前に集まっていた。
僕は部屋の扉を開け、みんなを部屋の中へ入れた。
「みんな、聞き込みお疲れ様。お疲れのところ悪いが、早速集めた情報の報告をしてくれないか?まずは僕と鵺の方から報告をさせてもらうよ。」
僕と鵺は聞き込みで集めた情報をみんなに話した。
「「聖女」たちが患者を最初に治療した場所は帝都中央病院であることが分かった。帝都中央病院の職員が「聖女」たちがどうやって患者を治療したかなど、当時のことを詳しく知っている可能性がある。明日、みんなで帝都中央病院に行ってみることにしよう。それと、鵺の能力で、帝都の空気には人間の命を脅かす未知のウイルスや細菌はいないことが分かった。ウイルスの空気感染、飛沫感染の可能性はないと見ていいだろう。奇病の感染経路は接触感染あるいは経口感染のどちらかだと考えていいと思う。僕たちからの報告は以上だ。」
僕たちの報告が終わると、酒吞とエルザが次に報告を始めた。
「俺とエルザの二人は帝都の東側と北側で聞き込みを行った。帝都の中心部で奇病の感染者が出たのが分かってから三日後ぐらいから、東側と北側でも感染者が出始めたらしい。ただ、最初は軽い咳や微熱程度の症状だったらしいぜ。時間が経つにつれ、症状が悪化する奴や、最初から重症で病院に担ぎ込まれる奴が現れ始めたそうだ。」
「我と酒吞殿は患者を診察した町医者に話を聞いた。町医者によると、流行当初は風邪の症状に似ていたが、その後、肺炎や結核に似た症状の患者が急速に現れたと言っていた。患者の血液を調べたそうだが、特に異常は見つからなかったそうだ。回復術も使ったが、効果はなかったそうだ。原因が分からないため、具体的な治療法はなく、現状は咳止めや解熱剤などを処方するのが精いっぱいだと言っていた。我らからの報告は以上だ。」
「ありがとう、酒吞、エルザ。最後に玉藻、グレイ、報告を頼む。」
酒吞たちの報告が終わると、玉藻とグレイが報告を始めた。
「
「アタシも玉藻の姉御と一緒に街の中を回って聞き込みをしたが、病気の原因については分からなかったぜ。アタシは狼獣人で人一倍鼻が利くんだが、別に街の中で変なにおいは感じなかったぜ。「聖女」どもが街の中で毒やら何やら危ねえモノをばらまいたなら、このアタシの鼻にすぐ引っかかるはずだ。これはアタシの勘だが、病気の原因はアタシらの目や鼻ではすぐに見つからない場所にあるんじゃねえかと思う。」
「玉藻、グレイ、報告をありがとう。参考になったよ。」
僕は玉藻とグレイを労うと、情報の整理を始めた。
「みんなが集めてきた情報を整理すると、今回の奇病は帝都の中心部から感染が広がったことが分かる。中心部から離れた東側、北側、西側、南側では、中心部より感染者が出たのが遅れた点や、最初は軽症であった点から、そう考えていいだろう。となると、奇病の原因、感染源は帝都の中心部のどこかにあると考えていいだろう。」
僕は一拍置くと、話を続けた。
「問題は、奇病の原因が何か、ということだ。患者の血液を調べても異常は見当たらない。毒物が使用された可能性も低い。ウイルスや細菌が原因でもない。そして、僕たちの目や鼻ではすぐに見つからない場所、あるいはモノである可能性が高い。ううん、そうなると、原因は何だろう?まさか、状態異常を引き起こす魔法、あるいは状態異常の攻撃能力を持つモンスターの仕業か?だけど、この広い帝都全域に、しかも長期間に渡って、大勢の人間に命を脅かすほどの状態異常攻撃を、誰の目にも見つからず行うことが果たして可能だろうか?レベルが低かった「聖女」たちにそんなことができるだろうか?謎は余計に深まるばかりだ。」
僕たち六人は一様に頭を抱えた。
今のところ、状態異常を引き起こす魔法やモンスターが原因としか考えられないが、帝都全域に渡って、帝都中の人間に病気のような症状をもたらす、それも長期間に渡って誰にも見つからず状態異常を引き起こす方法が本当にあり得るのか、あまりに突拍子もない推測だと自分でも考える。
何か、何か見落としていることはないか、僕はひたすら考えるのだった。
その時だった。
「ゴホっ、ゴホっ。」
急に、目の前にいたグレイが咳をし始めた。
「大丈夫か、グレイ?どこか調子が悪いのか?」
「いや、大丈夫だ。なんか急に咳が出てよ。別に大したことはねえよ。」
「万が一のことがある。君が謎の奇病に感染した可能性は否定できない。ただの風邪かもしれないが、念のため、薬を飲んでおいた方が良い。玉藻、すまないが、グレイのために薬を作って、彼女に飲ませてくれ。解熱剤の用意も頼む。」
「かしこまりました、丈様。すぐに準備いたします。」
「ゴホっ、ゴホっ。大げさだぜ、ジョー。こんなんただの風邪だって。寝てりゃすぐに治るじゃんよ。ちゃんとマスクはしてたし、食べ物や飲み水もペトウッドから持ってきたモノしか口にしてねえし。手だって石鹸で洗ってる。そんなに心配しなくても大丈夫だって。」
「絶対に感染していないとは言い切れないだろう。とにかく、今日はこのまま薬を飲んでベッドで安静にしていろ。それと、交代で君を看病することにする。体に異変を感じたら、我慢せずすぐに僕らに言うんだ。分かったね、グレイ。」
「分かったよ、ジョー。本当に心配性だなぁ、お前は。」
グレイはしぶしぶ僕の指示に従うのだった。
報告会を終えると、僕たちは自分たちの部屋へとそれぞれ戻った。
僕たちは交代で体調の悪いグレイを看病することになった。
グレイはただの風邪だと笑っていたが、油断はできない。
もし、グレイが謎の奇病に感染していたとしたら。
その時は、遺憾ではあるが、憎き復讐相手である「聖女」たちに治療してもらわなければ、グレイは最悪命を落とす可能性もある。
最悪の事態も想定していなければならないだろう。
僕はグレイが謎の奇病に感染していないことを願うばかりであった。
僕たちはその夜、二時間おきに交代しながら、グレイを看病していた。
午前2時頃。
僕はグレイの傍で彼女の看病をしていた。
グレイの様子だが、咳がだんだんとひどくなっている様子だ。
それに、顔も少しばかり赤い。
「グレイ、大丈夫か!?」
「ゴホっ、ゴホっ、く、苦しい。」
僕はグレイの額に手を当てた。
「熱っ!すごい熱だ!急にこんなに体調を崩すなんて、ただの風邪とは思えない。とにかく玉藻を呼んで診てもらおう。」
僕は急いで玉藻の部屋へ向かい、彼女を呼ぶと、グレイの容態を診てもらった。
「どうだ、玉藻!?グレイは風邪と言っているが、僕にはただの風邪だとは思えない。何か悪い病気、もしくは例の奇病にかかっているんじゃないか?」
「肺炎、インフルエンザ等の病気にかかっている可能性はありますが、私が調合した薬は呼吸器系の疾患に必ず効くはずです。ですが、私が調合した薬を飲んだにも関わらず、症状が治まるどころか、悪化しているということは、肺炎球菌やインフルエンザウイルスが原因ではない可能性があります。例の謎の奇病にグレイさんが感染している可能性も否定できません。今は一刻も早く設備の整った医療機関にグレイさんを運ぶ必要があります。もしくは、謎の奇病に感染しているとしたら、「聖女」による治療を受ける必要があります。早く何らかの処置をしなければ、グレイさんの命に関わります。」
「くっ、謎の奇病に感染しているとしたら、「聖女」に、花繰の奴に頼るほかない。グレイを帝城まで運ぶことにする。僕はこれからグレイと一緒に帝城へ向かう。玉藻はみんなを起こして事情を説明しといてくれ。」
僕はグレイを背中に担ぐと、急いで「聖女」のいる帝城へと向かった。
「霊足!」
僕は霊能力を全身に纏うと、「霊足」を使って、猛スピードで帝都の中を走り抜けた。
ズパート帝国の帝城は帝都のちょうど中心にあった。
アラブにある、カスール・アル・ワタン宮殿によく似た、白い石造りの、中央にドーム型の屋根がある巨大な宮殿である。
城門の近くまで到着すると、「霊足」を解除し、僕は城門の前へと早足で向かった。
僕は城門の前にいた門番の騎士に声をかけた。
「夜分にすみません。僕の仲間が謎の奇病に感染したかもしれないんです。どうか、「聖女」様を呼んですぐに治療していただけませんか?」
「駄目だ。「聖女」様はお疲れで、今はお休みになっておられる。「聖女」様の治療を受けたければ、朝の9時にまた城へ来い。順番待ちにはなるが、治療してくださるはずだ。」
「そんな!?仲間は今にも死にそうなほど苦しんでいるんです!お金でしたら、ちゃんとお支払いいたします!追加料金が必要ならお支払いします!どうか、「聖女」様を呼んでいただけませんか?お願いします!」
「うるさい!駄目なモノは駄目だ!例え金を積まれても、「聖女」様は夜、治療は行わない決まりになっている!とにかく、さっさと帰れ、この異国人風情が!」
急患にも関わらず、夜は治療しないだって!?
確かに「聖女」は一人だけだが、謎の奇病を治療できるのは「聖女」しかいないんだぞ。
目の前で今にも死にそうになっている人間がいるのに、助けずに見捨てるなんて、それが「聖女」と呼ばれる者のすることか!?
同じ赤い血の通っている人間のすることと言えるだろうか!?
「聖女」も、目の前の門番も、ズパート皇家の奴らも、全員冷酷非道な悪党だ。
僕は「聖女」たちの冷酷非道っぷりに心が怒りの炎で燃え上がった。
だが、今はグレイの治療が優先だ。
僕は「聖女」を頼ることを諦めると、急いで帝都中央病院へと向かった。
帝城から北に20分ほど歩いたところ、帝都の中心部と帝都の北側の境目とも言える場所に、帝都中央病院があった。
帝都の他の建物と違い、五階建ての白いコンクリート造りの、近代的な建物で、現代日本にある病院とよく似た構造をしている。
僕はグレイを担いだまま、急いで帝都中央病院の入り口へと駆け込んだ。
病院の受付カウンターに向かうと、受付の職員に向かって言った。
「すみません!急患なんです!僕の仲間が謎の奇病に感染したかもしれないんです!急いで診ていただけませんか!?」
「分かりました。では、こちらの問診票に記入をお願いします。それから、申し訳ありませんが、現在、当院は急患でいっぱいの状態でして、患者様の容態に合わせて順番を繰り上げることもありますが、しばらく待合室でお待ちいただくことになりますので、何卒ご了承ください。」
僕は問診票に症状を記入すると、グレイを担いだまま病院の待合室へと入った。
待合室の中は、100人近い患者でいっぱいだった。
大人から子供、老若男女問わず、大勢の診察待ちの患者がいた。
グレイと同じように、顔を赤くして、ひどい咳をしている。
それに、息苦しい様子だ。
深夜の救急外来をこれだけ多くの人間が受診するなんて異常だ。
背中にいるグレイの症状はさらに悪化している。
僕はようやく空いた待合室のソファーにグレイを座らせた。
「グレイ、待ってろよ。すぐにお医者さんが診てくれるからな。もう少しの辛抱だからな。」
「ゴホっ、ゴホっ。水、水が欲しい。」
「水だな。今、飲ませてやるからな。」
僕は腰のアイテムポーチから自分の水筒を取り出すと、グレイの口元まで水筒を持っていき、水を飲ませた。
水を飲んだら少し落ち着いたかと思ったら、またすぐにグレイは咳をするのだった。
診察室の方を見るが、いまだ呼ばれる気配はない。
待合室にはまだまだ順番待ちの患者がいた。
「早く診てくれ。このままじゃグレイの体がもたないぞ。」
僕は焦る気持ちを必死に抑えながら、グレイの診察の番が来るのを待った。
待合室で診察の順番が来るのを待ち続けてから1時間が経過した。
グレイの症状はますます酷くなる一方だ。
咳をし過ぎて、呼吸が上手くできず、とても苦しそうだ。
「グレイ、大丈夫だからな。後ちょっとの辛抱だからな。」
僕はグレイに声をかけるが、グレイは苦しさのあまり、意識が朦朧としている状態だった。
声をかけても反応がなくなったグレイを見て、僕は息が詰まりそうだった。
グレイが死ぬかもしれない。
僕の頭の中を、グレイが謎の奇病に感染して死んでしまう最悪な未来がよぎった。
「嫌だ!グレイとはまだ旅を始めたばかりなんだ!死なせてたまるか!」
大切な人を、大切な仲間を失うわけにはいかない。
僕はこのくそったれの異世界で、家族のように思える大切な仲間に出会うことができた。
祖父と両親を早くに亡くし、孤独だった僕に、ようやく心を開ける大切な人たちとまた巡り合うことができたのだ。
グレイとはほんの一ヶ月前に出会ったばかりで、敵対したこともあったが、今は大切な仲間だ。
僕はグレイを、彼女を失いたくはない。
「何か、何か僕にできることはないのか?でも、僕は医者じゃない。病気に関してはド素人だ。だけど、このままじゃグレイの命が危ない。僕にできることは本当にないのか?」
僕は苦しそうなグレイの顔を見ながら、必死に自分ができることを考えた。
原因不明の謎の奇病にグレイは感染した。
ウイルスや細菌が原因ではない。
肺炎やインフルエンザ、結核、風邪などの病気ではない。
でも、高熱と咳、呼吸困難の症状が表れている。
グレイが何らかの病気にかかり、体が異常を起こしている。
「いや、待てよ。原因や病名は分からないが、グレイは何かの病気にかかって、体が異常を起こしている。ということは、グレイは状態異常を起こしているとも言えるはずだ。もしかしたら、グレイが状態異常攻撃の魔法や能力で、病気のような症状になったとは考えられないか?例えば、麻痺だとか呪いだとかの状態異常攻撃を受けた可能性だってある。だけど、状態異常ならすぐに医師や回復術士といった専門家が気付いておかしくはない。専門家が見落とす可能性は低い。けど、専門家でも気付かない状態異常を受けていたとしたら?もし、状態異常なら、僕の霊能力で無効化できるかもしれない。僕の霊能力は死の呪いだって無効化できる。僕の霊能力はどんな状態異常攻撃も無効化できる。試す価値ぐらいはあるはずだ。」
僕は右の拳をギュっと握りしめると、霊能力を解放し、右の拳に霊能力を集中させた。
「はああっ!」
僕の右拳に霊能力のエネルギーが集中し、青白い光を放ちながら輝く。
僕は霊能力を纏った右手でソっと、グレイの顔の左頬に触れた。
僕の右手から霊能力のエネルギーがグレイの体へと流れていき、グレイの全身を霊能力が覆い、グレイの体を青白い光が包み込んだ。
30秒ほどグレイの顔に触れていると、苦しそうにしていたグレイの顔が落ち着きを取り戻した。
先ほどひどかった咳も止まり、熱も引いた様子だ。
僕は霊能力を流しながら、グレイに声をかけた。
「グレイ、気分はどうだ?まだ、苦しいか?」
僕の問いかけに、グレイが瞑っていた両目を開け、ゆっくりと口を開いた。
「さっきよりずっと気分が良い。息ができるし、咳も出ねえ。もう苦しくねえ。それに、体がポカポカして、スゲエ温かい。ジョーの手、スゲエ温かくて気持ちいいじゃんよ。」
グレイが穏やかに微笑んだ。
「そうか。気分が良くなったのか。どうやら謎の奇病の正体は状態異常攻撃らしい。僕の霊能力が効いていることが何よりの証拠だ。なぜ、状態異常にかかったのかはまだ分からないが、とにかくグレイの体調が回復したようで良かった。もう大丈夫そうだし、霊能力を流すのは一旦止めよう。」
僕はグレイの顔を触るのを止めた。
「グレイ、今はゆっくり休んでくれ。まだ夜明け前だ。しばらくここで眠っていろ。診察の順番が来たら起こすから。」
「ああっ、分かった。本当にありがとな、ジョー。」
そう言うと、グレイはふたたび両目を閉じて、待合室のソファーで気持ちよさそうに眠り始めた。
グレイの穏やかな寝顔を見て、僕はホッとした。
「良かった。僕の霊能力が効くかどうか分からなかったけど、本当に効いて良かった。油断は禁物かもしれないが、状態異常なら霊能力で無効化できる。後は再発しないことを祈るばかりだ。」
僕がグレイを一時的かもしれないが、何とか治療できたことに安堵していると、後ろから声をかけられた。
「すみません。あなたにお願いがあります。ウチの子を診ていただけませんか?あなたが今、そこの女性を治療していたのを見ていました。お金なら払います。どうかすぐにでもウチの子を診てください。この子はまだ4歳で、体も弱くて、おまけに咳が酷くて苦しそうなんです。どうかお願いします!」
4歳ぐらいの小さな男の子を両手で抱えた、20代後半ぐらいの母親と思しき女性が、僕に男の子の治療を依頼してきた。
「僕は医者でも回復術士でもありません。一時的な緩和治療になるかもしれません。完治はお約束できませんが、それでも良ければ何とか治療してみます。お金は結構ですので。」
「ありがとうございます!この子をお願いします!」
僕は右手に霊能力を纏うと、母親の腕の中で苦しそうに咳をしている男の子の顔に触れた。
僕の右手から男の子の体に霊能力のエネルギーが流れ込み、青白い光が男の子の体を包んだ。
しばらく触れていると、男の子は咳をするを止めた。
苦しそうだった表情から一転して、落ち着きを取り戻した様子だ。
男の子の穏やかな表情を見て、母親が涙を流しながら僕に御礼を言った。
「ありがとうございます!おかげで息子が助かりました!もう駄目かもしれないと思っていました!本当に、本当にありがとうございます!」
「いえ、僕は僕にできることをやったまでです。息子さんが本当に完治したかは分かりかねますので、必ずお医者さんの診察を受けてください。」
僕が男の子の治療を終えると、待合室にいた他の患者たちが僕の前に押しかけてきた。
「ゴホっ、ゴホっ、お願いします!私にも治療をお願いします。」
「ゴホっ。儂にも治療をお願いしますじゃ!」
「ウチの子にも治療をお願いします!さっきから意識が朦朧としていて、もう限界寸前なんです!」
「ゴホっ、ゴホっ。俺にも治療を頼む!苦しくてしょうがないんだ!頼む!」
大勢の患者たちやその家族に囲まれ、僕は思わずたじろいでしまったが、目の前で苦しそうにしている患者たちを放ってはおけなかった。
「分かりました。皆さん、とにかく落ち着いてください。完治は保証いたしかねますが、僕で良ければ治療させていただきます。順番に並んでください。治療には一人30秒から1分ほどかかりますが、すぐに終わりますので、慌てず、騒がず、順番に受けるようお願いします。一列に並んでお待ちください。」
僕はそれから、待合室にいる患者たちを、霊能力を使って治療した。
僕の霊能力で謎の奇病が完治する保証はないが、一時的にせよ、治療できることは確かだ。
僕が霊能力のエネルギーを患者たちの体に流し込むと、患者たちの症状は治まった。
あっという間に症状が治まったためか、患者たちやその家族は皆一様に大喜びした。
「ありがとうございます!さっきまで苦しかったのが嘘のようです!本当にありがとうございます!」
「おかげさまで大分楽になりました!本当にありがとうございます!」
「兄ちゃんのおかげで病気が治ったぜ!本当にありがとよ!兄ちゃんは命の恩人だぜ!」
「奇跡じゃ!奇跡が起こったのじゃ!あなた様は正しく聖人様じゃ!「聖女」様以外に奇病を治せる方が現れた!神は儂らを決して見捨てられはしなかった!」
患者たちの喜ぶ姿を見て、僕は嬉しかった。
「皆さん、症状が治まったようで何よりです。ですが、完治したかどうかは保証できませんので、必ず医師の方の診察は受けてください。お願いします。」
僕が患者たちに向かって話していると、一番奥の診察室の扉が開き、怒鳴り声が聞こえてきた。
「さっきから一体何の騒ぎですか!?ここは病院です!皆さん、お静かに願います!それに、先ほどから呼んでいるのに診察室に来ないのはどうしてですか!?呼ばれたらちゃんと来てください!」
怒鳴り声を上げるのは、一人の女性医師であった。
身長は175cmほどで僕とほとんど変わらない。オレンジ色のセミロングの髪にウェーブをかけている。浅黒い肌に細身で、モデル体型で、やや吊り目がちだが、整った顔立ちをしている。白衣に、白いワイシャツ、紺色のパンツに、黒いローヒールの革靴を履いている。
だが、驚いたのは、彼女の年齢だ。
見た感じ、僕と年齢はほとんど変わらないように見える。
10代後半にしか見えない顔をしている。
患者の一人が、女性医師に声をかけた。
「ナディア先生、あちらにいる黒髪の若い男性が私たちを治療してくれたんです。あの方に触れられると、途端に熱が引いて、咳も止まったんです。すっかり症状が治まって楽になったんです。」
患者からの説明を聞き、患者たちの間をかぎ分け、ナディアと呼ばれた女性医師がずんずんと僕の方に向かって歩いてきた。
女性医師は僕を疑うような目で見ながら、僕に話しかけてきた。
「患者さんたちをあなたが治療したと言うのは本当かしら?にわかには信じがたい話だけど、現にさっきまで重症だった患者さんたちはみんな症状が治まっているわね。あなた、回復術士なの?けど、私たちがいまだ緩和治療しかできない謎の奇病を、完治に近い状態まですぐに直すなんて、凄腕の回復術士だということは分かるわ。治療ができるということは、病名もしくは原因が分かっているわけよね?良かったら、詳しく教えてもらえるかしら?」
僕は恐る恐る質問に答えた。
「ええっと、奇病の原因ですけど、恐らく状態異常攻撃の魔法か能力による状態異常だと思います。麻痺とか呪いとかの類かと。僕のスキルはあらゆる状態異常攻撃を無効化できるんです。それと、僕は回復術士じゃありません。魔術士みたいなものです。」
僕の答えを聞いて、女性医師は驚いたような表情を見せるとともに、怒りを交えながら僕に向かって言った。
「原因が状態異常ですって!?あなた、私を馬鹿にしているの!?帝都全域に住む人たちに状態異常にするなんてできるわけないわ!?私たち中央病院の医師たちが患者を検査したけど、状態異常攻撃を受けた形跡は見受けられなかったわ!それに、あらゆる状態異常攻撃を無効化できるスキルを持っているですって!?そんなスキルを持っているとしたら、大昔にいた、歴代最強と呼ばれた勇者パーティーの「聖女」くらいよ!大体、回復術士じゃなくて魔術士が治療を行えるなんて、そんなことあり得ないわ!ふざけるのも大概にしてちょうだい!私は真面目な話をしているのよ!」
女性医師がもの凄い剣幕で、僕に詰め寄ってきた。
僕はこういう気の強い女性が苦手だ。
特に同年代の見ず知らずの女性だと思わず委縮してしまう。
冒険者の女性相手なら多少慣れはしたが、冒険者以外となると、やはりどうにも上手く話せる自信がない。
僕のコミュ障はいまだ健在で、僕は女性医師の前で委縮し、固まってしまった。
僕が困っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「うるせえなぁ。散々人を待たせておいて、治療もしてくれなかった奴が偉そうにモノを言うんじゃねえよ。ジョーがいなかったら、アタシら全員病気で死んでたかもしれなかったんだぜ。ジョーに感謝するならまだしも、怒鳴り散らすのはおかしいだろ。ジョーは嘘なんかついてねえよ。ジョーが言ったことは全部本当だぜ。藪医者、テメエは知らねえだろうが、そこにいるジョーは「黒の勇者」と言われる本物の勇者様だぜ。テメエは「黒の勇者」が大嘘つきだと、そう言いてえわけか?」
僕を擁護する声を上げたのは、回復して目を覚ましたグレイだった。
「グレイ、もう起きても大丈夫なのか?無理はしてないよな?」
「ああっ、もうこの通りすっかり治ったじゃんよ。ありがとな、ジョー。」
グレイが立ち上がり、元気そうな笑顔で返事をした。
グレイの言葉を聞き、女性医師や患者たちは皆、驚いた顔をしている。
「この男が「黒の勇者」ですって!?今、世界中で真の勇者と呼ばれているS級冒険者の、あの「黒の勇者」!?ユグドラシルを元勇者たちから守り抜いた英雄だと言うの!?」
「だから、そう言ってんじゃんよ。ジョーはな、レイノウリョクとか言う不思議な力を持ってんだよ。枯れかけたユグドラシルを治したのもジョーなんだぜ。「黒の勇者」がとんでもねえ力を持っていることはテメエらだって一度は聞いたことあるだろ?謎の奇病をジョーが治療できたっておかしくはねえじゃんよ。」
「いや、確かに治療はできたけど、完治したかどうかは僕にも分からないからな。偶々霊能力が状態異常を無効化できたからであって、原因が状態異常じゃなかったら僕にだってどうすることもできなかったぞ。僕の霊能力は万能じゃないからな。後、僕を「黒の勇者」と呼ぶのは止めろ。そのあだ名のせいでいつも事件に巻き込まれてこっちはいい迷惑なんだ。迂闊に僕を「黒の勇者」とは呼ぶな。」
僕はグレイにツッコんだ。
「まさか「黒の勇者」と会えるなんて!「黒の勇者」の話は色々と聞いているわ。カトプレバスの死の視線を、死の呪いを浴びても平気なそうね。Sランクモンスター最強の状態異常攻撃を無効化できる「黒の勇者」が、謎の奇病を状態異常と言ったということは、奇病を状態異常と捉えて無効化したのなら、状態異常説はあり得ない話ではないわね。これは治療法を発見する上で大きな参考になるわ。だけど、帝都全域に住む人間に状態異常を引き起こすなんて、そんなことが可能かしら?それに、この奇病がもし、状態異常としたら、おそらくSランク以上の強力な状態異常ということになる。そうなると、状態異常を治せる者は限られてくる。Sランククラスの回復術士を集める必要があるわ。後は状態異常の種類さえ分かれば、治療法は確立できる。状態異常を引き起こしているものの正体を突き止めさえすれば、それが可能だわ。」
女性医師は奇病の原因や治療方法についてブツブツと独り言を呟いている。
「おい、藪医者!ブツブツ独り言なんか言う前に、ジョーに「ありがとう。」の一言くらいは言えよ。嘘つき呼ばわりした上に感謝もしないなんて、ジョーに失礼だろうが!」
グレイが怒った顔で女性医師に向かって言った。
「誰が藪医者ですって!?私はこう見えても世界最年少で医者になった女よ!この帝都中央病院で外科部長を務めるほどの腕があるのよ!いくら患者だからと言って、私でも藪医者呼ばわりされるのは許せないわ!その無礼な発言を今すぐ撤回しなさい!後、「黒の勇者」さん、一応、御礼は言っておくわ!患者さんたちの治療をありがとう!」
女性医師はグレイに怒りながら、一応、僕にも御礼を言ってくれた。
「グレイ、いくらなんでも藪医者なんて言ったりしちゃいけないよ。この人だって、精一杯患者さんたちを診てくれているんだ。深夜の救急外来でこれだけたくさんの患者さんを診るのはすごく大変なことだ。「聖女」たちには君が急患だと言っても門前払いを食らったが、この病院やこの人は君を受け入れてくれたんだ。ちゃんとしたお医者様だよ、この人は。僕が嘘つき呼ばわりされたことを怒ってくれたことは嬉しいけど、あまり失礼なことを言うもんじゃないよ。分かったね?」
「ちっ。分かったよ。ジョーが許すってんなら、アタシもこれ以上文句は言わねえ。藪医者呼ばわりしたのも謝るよ。多少はまともな医者だってことはアタシにも分かる。」
僕に窘められ、グレイも女性医師のことを認めた様子だった。
僕は改めて女性医師に向かって話しかけた。
「ナディア先生でよろしかったですか?僕の治療で完治したかどうかは分かりません。念のため、患者さんたちの診察を改めてお願いします。それと、もし、診察を終えられたら、少しお時間をいただけませんか?謎の奇病について先生にお話したいことや、うかがいたいことがあります。よろしいでしょうか?」
「分かったわ。患者さんたちの診察が終わったら、二階の外科部長室まで一緒に来てちょうだい。私もあなたには聞きたいことがあるわ。あなた、お名前は何と言ったかしら?」
「宮古野 丈です。ジョーと呼んでください。」
「ジョーさんね。分かったわ。」
「アタシはグレイ・ビズ・ウルフだ。よろしくな。」
「グレイさんね。あなたは診察が終わったら、帰ってもらって結構よ。あなたには別に用はないから。」
「こっちには用がある!アタシはジョーの連れじゃんよ!アタシも一緒に話を聞く!テメエの指図は聞かねえ!」
「ジョーさん、この人、あなたの恋人か何か?勇者様の恋人にしては少々品にかける気がするんだけど?こういうガサツそうな人が好みなわけ?」
「誰が品がないだと!?アタシをガサツな女だとも言いやがったな!言っておくが、これでもアタシはペトウッド共和国最高議会の議員の娘で、れっきとした貴族だ!社交界でのマナーだってちゃんと学んでんだ!テメエこそ、医者だからって偉そうにしてんじゃねえ、このナルシスト女!」
「誰がナルシストですって!?私はリアリストであって、あんな気持ち悪い人種じゃないわ!あなた、本当に貴族の娘なの?信じられない口の悪さだわ!ペトウッド共和国の貴族って、みんなこんな風に下品なの?」
「げ、下品だと!?テメエ、アタシのことを下品なんて言う奴は初めて会ったぜ!今すぐその澄ました面を一発殴ってやろうか!?」
グレイとナディア先生は周りの目も忘れて壮絶な口喧嘩を始めた。
この二人、どうやらとても相性が悪いらしい。
僕は二人の間に割って入った。
「ストップ!二人とも冷静になって!ここは病院内ですよ!騒いだら、他の患者さんの迷惑になります!周りの目も考えてください!とにかく、一旦落ち着いて!」
周りの患者たちの存在に気が付き、グレイもナディア先生もハッと我に返った様子であった。
「コホン。私は診察に戻ります。ジョーさん、それから、グレイさん、後で三人でお話をすることにしましょう。それでは、失礼。」
ナディア先生はそう言うと、診察室へと戻っていった。
「すまねえ、ジョー。つい、頭に血が上って、キレちまった。どうもアタシとあの女は反りが合わねえみたいでよ。迷惑かけてごめんな。」
グレイが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
「まぁ、人間、誰しも相性が悪い相手がいるもんだよ。僕もナディア先生はちょっと苦手ではあるよ。だけど、口喧嘩はほどほどにしてくれ。やるなら、人前は避けてくれ。後、冒険者じゃない一般人を殴ったりしたら駄目だからな。傷害罪で捕まったら、それこそ大変だからな。」
「本当にすまん。」
それから、僕とグレイは待合室で診察の順番が来るのを待った。
幸い、グレイを診察したのは、ナディア先生ではなく、別の医師であった。
診察室でまた二人が喧嘩になるのは御免被りたかった。
医師の診察によると、グレイの体には特に異常は見当たらないそうだ。
グレイの回復が確認でき、僕はようやく安心できた。
だが、なぜ、グレイが謎の奇病にかかったのかはいまだに不明だ。
グレイは謎の奇病に、正確には状態異常にかかっていた。
昨日の午後の帝都での調査を除けば、僕たち「アウトサイダーズ」は全員一緒に行動していた。
飲食物はペトウッド共和国から持ち込んだ食料で済まし、石鹸を使って手も消毒していた。
外出時はマスクを着用し、宿泊する部屋も個室をとった。
周囲に異常がないか、常に警戒はしていたし、帝都での調査も二人一組で行った。
奇襲対策も行っていたはずだ。
それなのに、グレイは状態異常にかかっていた。
僕たちが知らない何らかの方法で、グレイが状態異常攻撃を受けたことになる。
いつ、どこで、どうやって、グレイは状態異常攻撃を受けたんだ?
それに、今のところ、僕たちの中ではグレイだけが謎の奇病に、状態異常にかかったことになる。
僕を含む五人と、グレイの間に何か違いがあるのだろうか?
謎はさらに深まったと言える。
ナディア先生が指摘していたように、帝都全域の住人を状態異常にする、そんな芸当が果たして可能だろうか?
これも謎の一つと言える。
とにかく、今はグレイが回復したことを喜ぶとしよう。
けれど、原因を突き止めない限り、謎の奇病の流行は終わらない。
また、グレイが倒れることにもなりかねない。
一刻も早く、奇病の原因を突き止めなければいけない。
僕の異世界への復讐の旅に、新たな壁が立ちふさがった。
「聖女」たちが謎の奇病の流行に関わっているならば、何としてでも阻止しなければならない。
必ず謎を解いて、「聖女」たちの化けの皮を剥いでみせる。
僕は決して異世界の悪党どもを許しはしない。
新天地での新たな復讐が始まろうとしていた。
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