第十八話 【EXTRAサイド:マリアンヌ姫&クリス】マリアンヌ姫、クリスと出会う、そして、主人公たちを追跡する

 時は遡り、主人公たちがペトウッド共和国に到着してから八日後のこと。

 勇者たちがインゴッド王国の王都を壊滅させた「ボナコン・ショック事件」を起こしてから四日後のこと。

 マリアンヌ姫は、「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈の後を追って、ラトナ公国へと向かった。

 しかし、勇者たちとインゴット王国の王族たちが、「黒の勇者」をあらぬ罪を被せて処刑しようとした事実はすでにラトナ公国にも伝わっており、マリアンヌ姫はインゴット王国とラトナ公国の国境沿いに設けられたラトナ公国の検問所で引っかかってしまった。 

 「黒の勇者」はラトナ公国の子爵で、ラトナ公国を治めるラトナ大公家の一員である。

 他国の王族とは言えども、国の重要人物に危害を加えかねない人物をあっさりと通してくれるわけがなかった。

 検問所で引っかかり、大使館で待機するよう伝えられた日から五日間、大使館内でマリアンヌ姫は足止めを食らった。

 そして、五日目にようやく大使館で待機する措置が解除され、マリアンヌ姫は大使館にてラトナ公国大公、クリスティーナ・ニコ・ラトナと面会することとなった。

 大使館にやってきたクリスは、マリアンヌ姫に会うなり、皮肉を交えながら挨拶をした。

 「これはこれはようこそ、マリアンヌ姫様。我が国の勇者である「黒の勇者」を処刑したあなたが今更、彼に何の御用ですかな?」

 クリスの皮肉交じりの挨拶を、苦しそうな表情を浮かべながら、マリアンヌ姫は答えた。

 「お久しぶりです、クリス大公殿下。各国首脳が集まる平和サミットの晩餐会で一度お会いして以来ですね。恥を忍んでお伺いいたします。私はインゴット王国を代表して「黒の勇者」様へ謝罪とお願いに参りました。私たちが彼に行った仕打ちが決して取り返しのつかない過ちであったことは潔く認めます。つきましては、どうか「黒の勇者」様との謁見をお許しください。彼に謝罪し、勇者としてお力をお貸しいただきたく、参上いたしました。何卒、謁見の許可をお願いいたします。」

 マリアンヌ姫はそう言って、クリスに深々と頭を下げた。

 「謝罪ねぇ。今更ジョー君に謝ろうなんて、遅すぎやしないかい?大体、自分を無実の罪で処刑しようとした人間を許す人間なんて、まずいないと私は思うなぁ。それに、君にはご自慢の勇者たちが他に40人もいるのだろう。彼らに頼ればいいじゃないか?まぁ、内5人は犯罪に手を染めて指名手配を受けて行方知らずだし、残りの勇者たちは君の国の王都を壊滅させる大事件を引き起こしちゃったし、全然頼りにならないのは分からないわけじゃないけどさぁ。」

 クリスから、インゴッド王国の王都が勇者たちによって壊滅させられたと聞き、その事実を初めて知らされたマリアンヌ姫は声を上げて驚いた。

 「我が国の王都が壊滅した!?それも勇者様たちが原因とは、どういうことですか、大公殿下!?」

 クリスは呆れた表情で、マリアンヌ姫を見ながら言った。

 「おやぁ、自分の国の王都が壊滅したのを知らないなんて、随分と呑気だねぇ、君は。自分さえ良ければ、国民がどうなってもいいと言う風にしか思えない無関心ぶりだねぇ。まぁ、良い。教えてあげよう。四日前のことだよ。勇者たちが王都の東側の草原地帯にいたボナコンの群れの討伐依頼を、冒険者ギルドに無断で受け、ボナコンたちの討伐に勇者たちが失敗した結果、凶暴化したボナコンたちが勇者たちの後を追って王都に侵入、王都でボナコンたちが暴れ回ったために王都は壊滅的被害を受けたそうだよ。「ボナコン・ショック事件」と呼ばれて、連日メディアが取り上げて騒いでいるよ。君、大使館にいながら事件のことを知らされなかったわけ?君の国の大使館の職員は随分と忠誠心が低い連中だな。それとも、可愛いお姫様が可愛がっていた勇者たちのせいで国が壊滅寸前に追い込まれたなんて不都合な事実は知らせるなと、君のお父さん辺りから圧力でもかかったのかな?まぁ、これからはよく新聞を読むべきだよ。後、信頼できる情報収集に優れた部下を持つべきだね、君は。自国の危機を王女が知らない、だなんてことが知れたら、国民から君は完全に信用を失うよ。ああっ、「黒の勇者」を処刑しようとした話が表に出た時点で、すでにどん底近くまで信用が落ちているだろうけどさ。」

 クリスの容赦ない毒舌を聞いて、マリアンヌ姫はその場で泣き崩れた。

 「そんな!?勇者様たちのせいで王都が壊滅したなんて!?私はそんな国の一大事を知らないままこの数日間を過ごしていたと!?私は、私は王女失格です!私が勇者様たちの世話係を勝手に辞めて勇者様たちを放置したために、そんなことに。王都の現在の状況はどうなっているのです?それに、勇者様たちの処遇はどうなったのですか?」

 「インゴッド王国の王都は現在、数えきれないほどの死傷者が出ているそうだよ。難民だけでも100万人は下らないそうだ。ボナコンたちのせいで王都はひどい悪臭に包まれ、建物の多くは倒壊しているとのことだ。復興にかかる費用は2兆リリスを超えるとも言われている。問題を起こした勇者たちはその場で拘束され、国家反逆罪の罪で全員捕まったそうだ。国王から直々に処刑を言い渡されたらしいが、勇者たちは処刑を恐れて脱獄したそうだよ。現在、勇者たちはインゴット王国並びに冒険者ギルドによって、全員指名手配されている。勇者が王都を壊滅させ、犯罪者になって、おまけに脱獄するとはいやはや、前代未聞のスキャンダルだね。元勇者たちを可愛がっていた君が今、国に戻ったら、国民から袋叩きにあうかもしれないね。そう考えると、このまま「黒の勇者」の捜索を理由に、国外逃亡するってのが賢明な判断かもしれないよ。」

 クリスから告げられた残酷な真実に、マリアンヌ姫は茫然となった。

 自身の至らなさと、自身に仕える部下たちの裏切りともとれる行動に、後悔と絶望で頭がいっぱいであった。

 勇者たちが犯罪者になってしまった、そうさせてしまった責任が、光の女神リリアから神託を授かる「巫女」であり、インゴット王国の王女でもある自身の失態が、マリアンヌ姫の心を苦しめた。

 国王や国民たちの期待を裏切ってしまった、そういった思いもあった。

 これ以上の失態は許されない。

 周りにいる部下たちは信用できないことが分かった。

 もう自分一人で「黒の勇者」を探し、協力を求める以外に道は残されていない。

 マリアンヌ姫は涙を拭い、一人で「黒の勇者」を探す決意を固めた。

 「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ございません。大公殿下、改めてお願い申し上げます。どうか、「黒の勇者」様との謁見をお許しください。どんなに口汚く罵られようが、殴られようが構いません。覚悟はできております。どうか、「黒の勇者」様と会わせてください。お願いいたします。」

 マリアンヌ姫はクリスに必死に頼み込んだ。

 だが、クリスからの返事は冷たかった。

 「ジョー君に会いたいというなら、好きにするがいいよ。だけど、彼はもうこの国にはいないよ。八日前にこの国を旅立ってしまったよ。行き先については特に聞いていないよ。言っておくが、彼は、「黒の勇者」は我が国の子爵で、ラトナ大公家の一員でもあり、そして、我が国が誇る勇者だ。謝罪と協力を頼むのは自由だが、彼の所有権が我が国にあることは忘れないでくれたまえ。何より、ジョー君は私の大のお気に入りなんだ。もし、彼に危害を加えようものなら、その時は例え君がインゴット王国の王女でも容赦はしない。ラトナ公国はインゴット王国と戦争する覚悟も用意も出来ている。分かったね?」

 クリスは凄みのある目で睨みつけながら、マリアンヌ姫に向かって言い放った。

 「分かりました。決して「黒の勇者」様に危害を加えることは致しません。お約束いたします。インゴット王国王家を代表して、この場で誓います。私たちが望むのは、「黒の勇者」様との和解だけです。色々とありがとうございました、クリスティーナ大公殿下。」

 マリアンヌ姫はそう言って、クリスに頭を下げた。

 マリアンヌ姫との話を終えると、大使館を出て、クリスは自分の馬車に乗って、自宅の屋敷へと帰っていった。

 「やれやれ、今更ジョー君が本当の勇者だと気付いても手遅れなんだよ。あんな調子でジョー君に会って謝罪したところで、力を借りるどころか、その場で復讐されるのが落ちだろうね。まぁ、あの姫様がどうなろうと私の知ったこっちゃあない。ジョー君たちは今頃、ペトウッド共和国の議長決定対抗戦とやらに向けて頑張っているようだ。私のあげたトランスメタルが早速役に立っているようで嬉しいよ。ジョー君たちから早く優勝の報告が聞けるといいなぁ。」

 クリスはマリアンヌ姫への興味はすぐに失くし、主人公たちの近況が気になるのであった。

 クリスとの話を終えた日の翌日、マリアンヌ姫は部下を付けずに一人でラトナ公国内を歩いて回り、「黒の勇者」の行方に関する情報を集めるのだった。

 だが、普段から豪華なドレスしか着たことのない彼女は、街中で聞き込みをするための変装用の衣服を一着も持っていなかった。

 どこからどうみても、大貴族あるいは王族のご令嬢にしか見えなかった。

 すぐに身元がバレてしまい、「黒の勇者」の処刑に加担したインゴット王国の王女だということで、ラトナ公国の国民の誰もが、マリアンヌ姫に「黒の勇者」に関する情報を提供することを断った。

 マリアンヌ姫がラトナ公国内で「黒の勇者」に関する情報を集めていることは国中に広がり、マリアンヌ姫の容姿も伝わったため、マリアンヌ姫を見かけただけでラトナ公国の国民は彼女を避けるのであった。

 さすがのマリアンヌ姫も自身がラトナ公国の国民たちから避けられている事実に気が付き、急いで服屋で庶民の女性が着る服を買った。

 白色のシフトドレスと呼ばれるタイプのワンピースに、ベージュ色のコルセット、ベージュ色のペティコートを身に着けた。

 長い金髪をお団子ヘアにして、リネン製の白いキャップを頭に被った。

 一般庶民に化けた彼女はそれからも精力的に「黒の勇者」の行方を捜して歩き回った。

 しかし、一般庶民に化けたところで簡単に情報が得られるわけがなかった。

 一般庶民との接し方や、庶民の生活様式に詳しくないマリアンヌ姫の聞き込みは上手くいかず、ただ時間が過ぎていくだけであった。

 ラトナ公国で「黒の勇者」の行方を捜し始めてから七日目のこと。

 「黒の勇者」の行方が掴めず、首都のとある公園のベンチに一人座って落ち込むマリアンヌ姫の姿があった。

 「「黒の勇者」様の行方を聞いても、誰も知らないとおっしゃるばかりです。このままではずっと「黒の勇者」様にお会いすることはできないかもしれません。一体どうしたらいいのか?」

 マリアンヌ姫がベンチで一人悩んでいると、杖をついて歩くグレーの髪の、丸眼鏡をかけた、腰の曲がった、優しそうな顔の老婆が、目の前を通りかかった。

 突然、老婆が公園の石畳につまづいて、マリアンヌ姫の前でこけて倒れた。

 マリアンヌ姫は慌てて老婆の傍に駆け寄った。

 「大丈夫ですか、お婆さん?」

 「あ、痛たた。大丈夫ですよ、お嬢さん。ちょっと転んだだけだから。年を取るとこんなことはしょっちゅうですよ。悪いけど、手を貸してもらえるかい?」

 腰を痛そうにさする老婆にマリアンヌ姫は手を貸した。

 マリアンヌ姫の手を取りながら、老婆はベンチへと座った。

 「ふぅ。助かったよ。ありがとう、優しいお嬢さん。」

 「いえ、私は大したことはしておりません。それよりも、腰の方は大丈夫ですか?」

 「ああっ、このくらい大丈夫さ。いつものことだから気にしないでおくれ。御礼に良かったら、飴を食べるかい?」

 老婆はハンドバックから飴玉を取り出すと、マリアンヌ姫に渡した。

 「ありがとうございます。いただきます。」

 マリアンヌ姫は飴玉を受け取ると、飴玉を口に入れ、舐め始めた。

 老婆と一緒に飴玉を舐めながら、ベンチで話を始めた。

 マリアンヌ姫はインゴット王国の貴族の屋敷で働くメイドを装い、主人に代わって「黒の勇者」に仕事の依頼をするため、ラトナ公国へ来たことを老婆へと話した。

 「「黒の勇者」様がラトナ公国にいるという情報があって、旦那様の代わりに仕事の依頼をするため冒険者ギルドに立ち寄ったのですが、すでに「黒の勇者」様は他の国へ旅立たれた後でした。このままでは、旦那様に叱られ、私はメイドをクビにされてしまうかもしれません。旦那様は何としても「黒の勇者」様に仕事を依頼するのだと言っておられます。ですが、「黒の勇者」様の行方が全く分からず、困っております。一体どうしたら良いものか?」

 マリアンヌ姫が悩みを打ち明けると、老婆が突然、何かを思い出したような表情を浮かべ、それから言った。

 「そういえば、昨日ペトウッド共和国に住む末の妹から久しぶりに手紙が届いてねぇ。確か、その手紙の中に、最近有名な「黒の勇者」様がペトウッド共和国に来たと書いてあったよ。何でも10年ぶりに開かれるペトウッド共和国の議長決定対抗戦に「黒の勇者」様も参加されるらしくて、大盛り上がりだとも書いてあったよ。ペトウッド共和国に行けば、もしかしたら、「黒の勇者」様に会えるかもしれないよ、お嬢さん?」

 老婆の言葉を聞いて、マリアンヌ姫は目を輝かせて喜んだ。

 「本当ですか、お婆さん!ペトウッド共和国に「黒の勇者」様がいらっしゃるのですね!「黒の勇者」様に会えれば、メイドをクビにならずにすみます!本当にありがとう!」

 「いいえぇ。私しゃ御礼を言われるほどのことは何もしていませんよ。「黒の勇者」様に会えるといいねぇ。ペトウッド共和国までは遠いから気を付けて行くんだよ、お嬢さん。」

 「はい。本当にありがとうございます、お婆さん。では、私はこれで失礼します。お婆さんもどうかお元気で。」

 マリアンヌ姫はベンチから立ち上がると、老婆に軽く一礼をして、それから足早に去って行った。

 マリアンヌ姫が立ち去った後、老婆はベンチから立ち上がり、杖をつきながら歩き始めた。

 「全く手間のかかるお姫様だよ。ジョー君の捜索に苦労しているみたいだから、ちょっとばかし手を貸してあげたけど。あのままじゃ、一生ジョー君に会えなそうな感じだったし。あのお姫様のお守りも結構大変だよ。思った以上に世間知らずだし、まともな部下もつけずに街中を迂闊に歩き回ってくれちゃってさ。怪しげな連中に自分が狙われていたのにも気が付いていない様子だったし。暗殺者の僕が陰から護衛していなかったら今頃どうなっていたことやら。まぁ、変装や聞き込みも少しはマシになってたし、あのお姫様も少しは進歩したってところかな。さてと、ジョー君たちがペトウッド共和国にいることは教えたけど、今のままジョー君とお姫様を会わせるのはやっぱり厳しいかな。あのお姫様がいきなりジョー君のところへ突撃して、ジョー君に殺されでもしたら一大事だ。二人が接触しても大事にならないよう、僕の方である程度お膳立てをしなくちゃね。ホント、今回の任務は骨が折れるよ。安請け合いした僕にも責任はあるけどさ。とりあえず、ブロンに報告をして、それからお姫様を追跡と行きますか。」

 老婆の声や口調が突然変わり、若々しい、男とも女ともとれない声色に変わった。

 老婆の正体は、インゴット王国冒険者ギルド北支部の副ギルドマスターにしてスパイ、情報収集のエキスパートであるスミス・シャドウであった。

 ギルドマスターのブロンの命令を受け、スミスは、主人公たちの行方の調査と、「黒の勇者」の捜索に取り組んでいるマリアンヌ姫の陰からのサポートを行っていた。

 マリアンヌ姫の「黒の勇者」の捜索が難航していることを知り、老婆に変装して彼女に近づき、「黒の勇者」の行方に関する情報を教えたのであった。

 さて、老婆と別れた後、旅行の支度を整えたマリアンヌ姫は庶民の姿へと変装し、こっそりと一人、大使館を出た。

 それから、ペトウッド共和国行きの馬車に乗り込み、「黒の勇者」がいると言われるペトウッド共和国へ向けて出発した。

 夜になって、マリアンヌ姫が大使館から姿を消したことが分かり、大使館の中は騒ぎになった。

 インゴット王国の王女が行方不明になった事実はしばらく口外されることはなかった。大使館の職員たちはマリアンヌ姫が行方不明になった事実を王国政府にはすぐには伝えず、隠した。

 もし、国王の耳に入れば、国王の怒りを買って処刑される恐れがあった。

 マリアンヌ姫の捜索を打ち切ると、大使館の職員たちは処刑を免れるため、逃亡の算段を始める始末であった。

 マリアンヌ姫が馬車でペトウッド共和国まで旅を続ける中、ペトウッド共和国の首都まで後1日で到着するというところで、突如、光の女神リリアよりマリアンヌ姫に神託が下りた。  

 『我が巫女にしてインゴット王国の王女マリアンヌよ、私は光の女神リリア。あなたに神託を授けるため、声をかけました。よく私の話を聞きなさい。』

 泊まっていた宿で寝ようとベッドに入った時に、突如、頭の中に女神から神託が下りたため、マリアンヌ姫は慌てて答えた。

 「は、はい、リリア様。いつも私たち迷える人間をお導きいただき、感謝いたします。神託を授けていただき、誠にありがとうございます。ぜひ、神託を私にお聞かせください。」

 『今回、あなたに新たな神託を授けます。今、世界は暴走を始めた勇者たちによって破滅の危機を迎えております。勇者たちの暴走を止められる者はただ一人、「黒の勇者」だけです。私が選んだ真の勇者である「黒の勇者」とともに、暴走する勇者たちを打ち倒し、世界の平和を守るのです。』

 「分かりました、リリア様。「黒の勇者」様とともに暴走した勇者たちを打ち倒します。ですが、私は以前、誤って「黒の勇者」様を処刑する過ちを犯してしまいました。「黒の勇者」様はきっと私のことを憎んでおいでのはずです。私だけでは「黒の勇者」様の説得は難しいと思われます。一体どうしたら良いのでしょうか?」

 『心配はいりません。「黒の勇者」は勇者として優れた人格の持ち主です。困っている民がいれば、例え何があろうとも必ず助ける心の持ち主です。あなた方は私の意に反して真の勇者である彼を処刑してしまいました。ですが、あなた方が心から彼に謝罪し、人民を救うために助けを求めるならば、彼はきっとあなたを許すはずです。そして、あなたの口から改めて彼に、この私が彼を真の勇者として選んだ事実を伝えるのです。そうすれば、暴走した勇者たちの討伐に彼も喜んで協力してくれるでしょう。』

 「分かりました。リリア様の仰る通りにいたします。おかげで胸のつかえがとれました。ありがとうございます。ですが、一つだけ分からないことがあるのですが、質問をよろしいでしょうか?」

 『何ですか、マリアンヌよ?』

 「なぜ、「黒の勇者」様が真の勇者であることをこれまで私たちに教えてくださらなかったのですか?リリア様が処刑は過ちであったことを教えていただければ、私たちはすぐにでも「黒の勇者」様をお探しし、謝罪をしました。なぜ、今、「黒の勇者」様が真の勇者であったという事実を私たちに打ち明けられたのでしょうか?何かお考えがあってのことだとは分かりますが?」

 『ちっ、細かいことを。』

 「えっ、リリア様?」

 『コホン。何でもありません。「黒の勇者」には勇者として特別なジョブとスキルを与えました。あなた方がステータスを鑑定できなかったのは、「黒の勇者」に与えたジョブとスキルには、対勇者に特化した力も備わっているためです。今回は大勢の勇者を召喚したため、勇者たちの中に邪な思いを抱き、徒党を組んで反逆を起こす者が現れる事態も懸念されました。そこで、私は反逆する勇者を倒せるほどの強大な力を持った勇者を一人作りました。暴走する勇者を倒し、勇者の暴走から世界を守る役目を持った者が必要だったのです。「黒の勇者」のジョブとスキルはあえて鑑定できないように私が特別に処置を施しました。勇者を確実に殺せる力を持った者が傍にいると分かれば、他の勇者たちから狙われる恐れがあったからです。まさか、あなた方が召喚後、すぐに彼を処刑するという野蛮な行動に出ることはさすがの私でも想定外の事態ではありましたが、「黒の勇者」が他の勇者と別れて行動したことは結果的に彼の身の安全を守り、そして、勇者としての彼の成長につながりました。他の勇者たち同様に、あなた方に甘やかされて育てられたりされれば、せっかく設けたストッパー役が機能しなくなるところでした。それに、他の勇者たちが育たずとも、「黒の勇者」は一人で他の40人の勇者以上の活躍をする実力もありましたので、特にあなた方に伝えずとも問題ないと考えました。ですが、残念なことに勇者たちは暴走を始めました。それも「黒の勇者」以外全員がです。聖双剣の破壊に始まり、インゴッド王国の王都壊滅、そして、「世界樹」ユグドラシルへの襲撃です。幸い、「黒の勇者」の活躍でユグドラシルは守られ、ユグドラシルを襲撃した元「大魔導士」たちは全員打ち倒されました。ですが、暴走する勇者たちは以前、世界各地に散らばり、暴走を続けています。「黒の勇者」以外の勇者全員が悪人へと堕ちてしまったことは大変遺憾ですが、希望はまだ残されています。「黒の勇者」とともに必ずや暴走する勇者たちを打ち倒し、世界を救うのです。それがあなたの、そして、人類の使命であり、私からの神託になります。分かりましたね、我が巫女、マリアンヌよ。必ず使命を全うするのです。』

 「はい、かしこまりました、リリア様。必ずやこの命に代えて使命を全ういたします。さすがはリリア様でいらっしゃいます。勇者たちの暴走の可能性まで予期しておられたとは、私たちもそこまで考えが至りませんでした。リリア様のご意思をくみ取れず、真の勇者である「黒の勇者」を処刑するという愚行を行った私たちをどうかお許しください。必ず、「黒の勇者」様とともに暴走する勇者たちを打ち倒して御覧に入れます。神託を授けてくださり、本当にありがとうございます。」

 『頑張ってください、マリアンヌ。あなたならきっと使命を全うすると信じております。』

 リリアとの交信はそこで終わった。

 光の女神リリアから新たな神託と使命を授かり、マリアンヌは使命感に燃えた。

 「今度こそ必ず、神託の内容を実現してみせます。必ず「黒の勇者」様と和解し、彼とともに暴走する勇者たちを打ち倒します。そして、世界の平和を守るのです。」

 リリアから授かった神託の内容を何度も思い返しながら、マリアンヌはその晩、ベッドの中で眠った。

 翌朝、急いで宿を出て、「黒の勇者」がいるペトウッド共和国の首都へとマリアンヌは向かった。

 だが、一日違いで、「黒の勇者」たち一行はすでにペトウッド共和国を去り、旅立った後であった。

 「黒の勇者」が旅立ってしまったと聞き、一度は肩を落としたマリアンヌではあったが、めげずに聞き込みを続けていると、「黒の勇者」がズパート帝国へ行くと言っていたことを冒険者ギルドの冒険者から聞き出した。

 「ズパート帝国ですね。ようやく後ろ姿が見えてくるところまで追いつきました。ズパート帝国へ行くとなると、陸路が最短ですが、かなり過酷な旅になります。ですが、私は絶対に諦めません。砂漠だろうが暑さだろうが関係ありません。必ず「黒の勇者」様に追いつき、彼を説得してみせます。そして、勇者たちの暴走からともに世界を救うのです。」

 マリアンヌ姫は「黒の勇者」の追跡続行を決意した。

 果たして、マリアンヌ姫が「黒の勇者」こと、主人公、宮古野 丈と出会うことはできるのか?

 ズパート帝国へ向かうマリアンヌ姫の努力が報われる日が来るのか、それは誰にも分からない。































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