第十五話 【処刑サイド:インゴット国王】インゴット国王、ユグドラシル襲撃事件を知る、そして、さらなる賠償金を請求されるハメになる

 主人公が「大魔導士」姫城たち一行を倒し、「ユグドラシル襲撃事件」を解決してから四日後のこと。

 インゴット国王、アレクシア・ヴァン・インゴット13世は、王城の執務室で、連日仕事に忙殺される日々を送っていた。

 三週間ほど前、勇者たちが王都を壊滅させる「ボナコン・ショック事件」を引き起こしたせいで、復興対策や難民対策、国民への謝罪や賠償などで仕事は山積みであった。

 100万人の難民に、復興対策の必要経費約2兆リリスという財政への負担。

 おまけに、ラトナ公国より「剣聖」たちが起こした問題への1兆リリスの損害賠償金の請求があり、早期の賠償金の支払いを求められ、財政をさらに逼迫していた。

 インゴット王国は財政破綻寸前に追い込まれており、一部の国民は財政破綻を恐れ、国外へと流出し始めた。

 国王や各大臣は休日返上で仕事に追われ、肉体も精神も限界寸前であった。

 三日前、突如、インゴット王国国内各地でモンスターたちが凶暴化し、暴れ回る事件が発生した。

 国の騎士たちや冒険者ギルドの冒険者たちを総動員して対処させたが、「ボナコン・ショック事件」で壊滅的被害を受け、人員が不足している王都周辺は多数の負傷者も出て、特に被害が深刻であった。

 「ボナコン・ショック事件」や聖剣及び聖双剣の紛失、ラトナ公国からの賠償金、「黒の勇者」への処刑疑惑、元勇者たちの脱獄などで、インゴット王国政府は、国内外を問わず、評判は最悪であった。

 国民たちは連日城の前で国王たちの辞任を求めるデモ活動を行い、新聞や雑誌などのメディアは、インゴット王国政府のこれまでの政策や対応を非難し、中には、歴史上稀に見ない愚王と、国王を強く非難する記事まで書かれる始末であった。

 ボロボロの国王や宰相、大臣たちであったが、そんな彼らをさらにどん底へと突き落とすニュースが飛び込んできた。

 国王が睡眠不足でフラフラの体を何とか起こしながら、必死に仕事へと取り組む中、血相を変えた宰相が、国王の執務室へとノックもせずに慌てて入ってきた。

 「大変です、国王陛下!またしても国の一大事です!」

 宰相の尋常ではない顔色の悪さと慌てぶりを見て、国王は驚き、訊ねた。

 「落ち着くのだ、ブラン宰相。国の一大事とは一体何が起こった?慌てず、ゆっくりと説明せよ。」

 宰相は深呼吸をすると、息を整え、それから国王に説明を始めた。

 「国王陛下、先ほどペトウッド共和国より世界各国に向け、声明が発表されました。声明の内容は、指名手配中の元「大魔導士」外勇者たちが「世界樹」ユグドラシルを、毒を用いて襲撃したとのことです。世界中でモンスターたちが凶暴化した原因は、元「大魔導士」たちがユグドラシルを枯らそうとしたために、大気中の魔力量が減少し、大気の変化にモンスターたちが刺激されたためとのことです。この声明を受け、ペトウッド共和国を始め、世界各国から我が国に対する非難と損害賠償金の請求が寄せられております。元ととは言え、脱獄して行方を眩ませた元勇者たちは、一応我が国の国民でもあります。ユグドラシル襲撃によるモンスターの暴走被害を受け、ラトナ公国を始めとする5か国からそれぞれ5,000億リリスの損害賠償金、ユグドラシルを管理し、ユグドラシルに被害を受けたペトウッド共和国からは3兆リリスの損害賠償金の請求が来ております。今回の損害賠償金の合計は5兆5,000億リリスに上ります。王都復興対策費の2兆リリスに、ラトナ公国への「火の迷宮」崩壊に関する損害賠償金の1兆リリスを加えると、8兆5,000億リリスの損失になります。損失額はすでに我が国の1年分の国家予算を超えました。各国からの損害賠償金は早期返済を求めるものばかりです。それから、元「大魔導士」たちがユグドラシルを襲撃した影響で、聖武器の一つ、聖杖が破壊されたとのことです。我が国を原因とする聖武器の紛失はこれで三つ目になり、これに関する非難も各国から届いております。陛下に申し上げます。至急、各国への弁明と謝罪、それに加えまして、各国との損害賠償金の減額交渉と、我が国への財政支援の交渉を行わなければ、我が国は確実に財政破綻いたします。陛下、どうかご決断を。」

 「ユグドラシル襲撃事件」と、それに伴う各国からの多額の損害賠償金の請求、そして、インゴット王国の財政破綻という三重のショックを受けて、国王は頭が真っ白となり、その場で倒れた。

 「へ、陛下ーーー!?」

 宰相が悲鳴を上げ、慌てて気絶した国王の傍に駆け寄った。

 翌日、国王は意識を取り戻した。

 だが、以前は立派だった金髪はすべて白髪に代わり、顔はさらに老け込んだように、皺がいくつもできていた。

 目もどんよりとしていて、光を失っている。

 以前の活発で煌びやかで健康そのものだった国王の姿はどこにもなかった。

 国王はフラフラとした足取りで、医者や部下の制止を無視して、執務室で仕事に取り組んだ。

 今ここで自分が倒れれば、各国との賠償金の減額交渉も、財政支援の交渉も失敗する恐れがある。

 自分の代でインゴット王国を潰すわけにはいかない。

 国王にも意地があった。

 宰相や各大臣とともに、財政破綻を防ぐための対策会議を行う中、国王の中にふと疑問が浮かんだ。

 「ブラン宰相、「ユグドラシル襲撃事件」の原因は聞いたが、ユグドラシルの現状はどうなっている?それに、事件を引き起こした元「大魔導士」たちの行方はどうなっておる?」

 ブラン宰相は少し気まずそうな顔をしながら答えた。

 「ユグドラシルは元「大魔導士」たちの使った毒によって一時枯れかけましたが、偶然、事件の現場に遭遇した「黒の勇者」がユグドラシルに解毒剤を注入したことで事なきを得ました。現在、ユグドラシルは専門家の指導の下、回復に向かっていると、ペトウッド共和国より報告がございました。事件を起こした元「大魔導士」たちは、「黒の勇者」によって全員倒されました。元「大魔導士」たちですが、突如、ヴァンパイアロードに変化し、一般市民を襲っていたらしく、全員モンスターとしてその場で討伐されたとのことです。」

 宰相の言葉を聞いて、国王は驚いた。

 「なぜ、そのことを早く言わんのだ!「ユグドラシル襲撃事件」を起こしたのはあの忌々しい元「大魔導士」たちだが、ユグドラシルを救ったのも「黒の勇者」ではないか。「黒の勇者」も我が国が召喚した勇者だ。我が国の勇者ではないか。「黒の勇者」がユグドラシルを救った事実を材料に賠償金の減額交渉ができる。わずかだが、活路が見えてきたではないか。」

 国王は、「黒の勇者」がユグドラシルを救った事実を材料に、各国からの賠償金が減額できるのでは、と考えた。

 だが、宰相は首を横に振った。

 「残念ですが、陛下、その願いは叶いません。最近入った情報によると、「黒の勇者」は先日、ラトナ公国の治安改善に貢献した功績が認められ、ラトナ公国の子爵の位を授かったそうです。さらに、ラトナ大公家の親戚として迎え入れられたそうです。「黒の勇者」はすでにラトナ公国の貴族であり、ラトナ公国に所属する勇者です。クリスティーナ・ニコ・ラトナ大公自ら、「黒の勇者」は自国の勇者であることを世界中に喧伝して回っています。「黒の勇者」を召喚したのは確かに我が国ですが、我々は一度彼を処刑しました。国籍も市民権も与えておりません。今更、「黒の勇者」の所有権を主張することは不可能です。我々の手元にいるのは、脱獄した元勇者の犯罪者たちです。あの犯罪者たちが我が国の勇者であるというのが世間の認識でして、「黒の勇者」はラトナ公国が誇る最高の勇者というのもまた世間の認識なのです。非常に残念ではございますが、「黒の勇者」を材料に賠償金の減額交渉はできませんので、ご理解ください。」

 宰相の説明を聞き、国王はガックリと肩を落とした。

 「くそっ!まさか「黒の勇者」をラトナ公国に奪われるとは。マリアンヌが行方を追っているが、ラトナ公国が「黒の勇者」を簡単に手放すわけがない。あの女狐め、私の隙を狙ってまんまと「黒の勇者」を奪っていきおった。相変わらず油断のならん女だ。私たちの手元に残ったのが、あの勇者とは名ばかりの犯罪者どもとは。今も逃亡中のあの犯罪者どもを一刻も早く捕まえ処刑しなければ、ヤツらが起こす問題でますます我が国は各国に賠償金を支払うハメになりかねん。こうなったら、ヤツらの懸賞金を上げ、さらに我が国独自で討伐隊を編成し、世界中に派遣するのだ。何、ヤツらは所詮Lv.0の犯罪者だ。捕まえて殺すなど簡単なことだ。宰相、すぐに元勇者たちの討伐隊を編成するのだ。分かったな?」

 「かしこまりました、陛下。ですが、あの元勇者たちは油断ならないところがございます。王城の地下牢から脱獄した件もそうですが、ペトウッド共和国では元「大魔導士」たちは突如、全員がヴァンパイアロードに変化しました。討伐された元「大魔導士」たちヴァンパイアロードは全部で9匹、Sランクに匹敵する脅威となりました。恐らくですが、元「大魔導士」たちは「モンスタープラント」の手術を受けていた可能性があります。「モンスタープラント」の手術ができる人間はごく僅かです。しかも、貴重なヴァンパイアロードの素材を移植できる人物となると、あのドクター・フランケンが関わっているかもしれません。」

 「あの闇医者が元勇者たちと関わっているだと!?あの男の医療技術には価値があるから野放しにしているが、まさかあの元勇者たちに強化手術を施すとは。金さえ払えば国を滅ぼしかねんテロリストにまで手を貸すとは、実に忌々しい。これまでは大目に見てきたが致し方ない。宰相、あの闇医者も国家反逆罪で一時拘束せよ。ただし、殺しはするな。あくまで監視をするのだ。ある程度なら研究もさせてやれ。あの男にはまだまだ利用価値があるからな。」

 「承知いたしました。至急、ドクター・フランケンの身柄を拘束いたします。元勇者たちの討伐隊ですが、他の逃亡中の元勇者たちもドクター・フランケンから「モンスタープラント」の強化手術を受けている可能性がございます。討伐隊は騎士だけでなく、高ランクの冒険者たちも雇い入れて編成いたしますが、よろしいでしょうか?」

 「それで構わん。財政難ではあるが、元勇者たちの討伐のためなら金は惜しまん。できる限り最高の人材を雇って、速やかに討伐隊を編成するのだ。そして、あの元勇者の犯罪者どもを即刻始末させるのだ。」

 「かしこまりました。すぐに手配いたします。」

 元勇者たちの討伐隊編成の話が終わると、国王や宰相、大臣たちは、各国との損害賠償金の減額交渉や財政支援の交渉のための対策について協議した。

 8時間に及ぶ会議を終え、国王が会議室を出ると、窓の外はすっかり夜であった。

 国王は次々と起こる国の問題に頭を悩ませた。

 「私は一体どこで間違えた?「黒の勇者」を処刑したあの日からか?勇者たちを異世界から召喚したあの日から全てが狂い始めた。私は確かに光の女神リリア様からの神託に従い、勇者たちを召喚した。勇者たちを精一杯もてなした。だが、蓋を開ければ、勇者たちは我が国を壊滅状態に追い込み、「世界樹」を枯らそうという凶行に及び、私や我が国は世界中から非難を浴び、私がもてなした勇者が犯罪者になる始末だ。なぜ、「黒の勇者」の存在を女神様は私たちにお教えくださらなかったのだ?なぜ、「黒の勇者」以外の勇者が全員犯罪者になるのだ?そもそも、あの勇者召喚は本当に我が国や世界にとって必要なことだったのか?私には分からなくなった。マリアンヌがいれば、女神様の真意が分かるのだが、それも叶わん。女神様よ、あなたは我々を見捨てられてしまったのですか?我々はあなた様の加護を受けた女神さまの子ではないのですか?」

 国王は、光の女神リリアの真意が分からず、女神への疑問を口にした。

 インゴット王国の崩壊は、国王の転落劇は、決して光の女神リリアだけの責任ではない。

 国王自身が歪んだ心の持ち主であり、これまでに行ってきた数々の悪事の報いを受けたというのも事実である。

 だが、光の女神リリアが魔族殲滅のために、犯罪者になる素質が十分にあった、冷酷非道な異世界の人間たちを勇者に選び、異世界アダマスへ召喚させたのも少なからず影響はしている。

 元勇者たちや国王以上に歪み、冷酷非道な心を持つ悪しき女神に支配されてきた異世界の歪みが、ついに現実となったのである。

 その歪みは、歪みの元凶である女神を妄信する国王や世界中の人間たちを災厄の渦へと巻き込み始めているのだ。

 国王やインゴット王国の人々をさらなる不幸が襲おうとしているのであった。






















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