第十四話 主人公、女大公から依頼を受ける、そして、第四のダンジョンへ向け旅立つ

 グレイたちとロックバードの群れの討伐依頼を達成した日の翌日。

 僕は次のダンジョン、「土の迷宮」があるズパート帝国へ旅立つべく準備をしていた。

 ズパート帝国は国土の大半が砂漠で、日中の最高気温が40℃に達する地域もあるそうだ。

 「土の迷宮」は過酷な砂漠のど真ん中にあるとも聞いた。

 水や食料、回復薬などを大量に用意し、旅やダンジョン攻略のために備える必要があった。

 僕は朝から市場を歩いて回り、旅に必要な物を買いこんでおいた。

 無限収納の機能があるアイテムポーチがあるおかげで、大量の旅の荷物を収納し、重さも感じず、楽に旅ができる。

 このアイテムポーチが元いた世界にあったら、世界を揺るがす大発明になっていることだろう。

 僕は午前中に買い物を終えると、エルザと一緒に昼食を食べる約束をしていたため、エルザのいる彼女のツリーハウスへと向かった。

 ツリーハウスへと着くと、エルザがすでに昼食の準備をして待っていてくれた。

 本日の昼食のメニューは、ケバブであった。

 牛もも肉にはすでにニンニクやレモン、ワインなどで下味が付けられており、それを串に刺して、バーベキューコンロの網でじっくりと炙る。

 最後に、バーベキューソースと黒コショウをかけて完成である。

 串を手に持ち、ケバブへと齧り付くと、スパイシーな味付けと、ジューシーな肉汁が合わさって口いっぱいに広がる。

 エルザ自家製の冷えたレモネードも飲むと、口の中がさっぱりして最高だった。

 ケバブとレモネードを食べながら、僕はエルザと話をした。

 「いつも美味しい料理をごちそうしてくれてありがとう、エルザ。エルザと食べるバーベキューはいつも美味しくて楽しいよ。」

 「こちらこそ、ジョー殿と一緒に食事ができて我も楽しいぞ。これもジョー殿が友達になってくれたおかげだ。ありがとう。」

 「ところで、議長の引継ぎは上手くいってるかい?勇者たちが引き起こしたトラブルのせいで十分な引継ぎの時間が取れなかったんじゃないかと思ってさ。全く、死んだ後もトラブルを残していくとは本当に迷惑な連中だよ。」

 「ハハハ、確かにユグドラシルの不調が原因で、世界各地でモンスターたちが暴れ出すとは思ってもいなかった。だが、ジョー殿たちや国の皆のおかげで、父上も我も安心してモンスターたちの鎮圧を任せることができた。おかげで、父上からの引継ぎはある程度上手くいった。まだまだ不安は多いが、新議長としてペトウッド共和国のために頑張るつもりだ。」

 「そうか。それなら良かったよ。エルザがついにペトウッド共和国最高議会の議長に、この国の代表になるわけなんだな。ほんの数日前まで、肩を並べてモンスターたちと戦っていたことが嘘のようだよ。だけど、エルザが新議長として頑張るというなら、僕も全力で応援するよ。新議長就任おめでとう、エルザ。」

 「ああっ、ありがとう、ジョー殿。」

 「就任式は来週だったよね。エルザ、申し訳ないんだが、僕たち「アウトサイダーズ」は明日、ペトウッド共和国を旅立つことに決めたよ。行き先についてだけど、南にあるズパート帝国を目指そうと思う。ズパート帝国には「土の迷宮」と聖盾がある。何としても、早くダンジョンを攻略して、聖盾を一刻も早く破壊しなくちゃいけない。万が一、指名手配中の勇者たちの手に聖盾が渡ったりしたら、悪用される可能性大だからね。そういうわけだから、就任式には出席できなくなった。本当にごめん。」

 「気にしないでくれ、ジョー殿。就任式に出席いただけないのは少し残念だが、悪逆非道な勇者たちから世界の平和を守るために旅に出るのならば、仕方がないことだ。ユグドラシル襲撃事件のように、あの勇者たちが世界中に災いをもたらす悪事に手を染める可能性はある以上、アヤツらを放置はできん。勇者たちの悪事を止められるのはジョー殿たちだけだと我は思う。だから、我の就任式など気にせず、また「黒の勇者」として世界を救う旅に出るがいい。我の力が必要な時はいつでも力を貸そう。頑張ってくれ、「黒の勇者」殿。」

 「ありがとう、エルザ。新議長の仕事、頑張ってね。僕たちは明日の朝9時に冒険者ギルドを出て、旅立つつもりだ。良かったら、見送りに来てくれないか?玉藻たちもきっとエルザが見送りに来たら喜ぶと思うからさ。」

 「分かった。必ず見送りに行こう。」

 「それと、新議長就任のお祝いに、これを君にプレゼントさせてもらおう。」

 僕は、腰のアイテムポーチから、ネックレスを取り出した。

 金色の細いチェーンの先に、直径5センチほどの大きさの黄色い琥珀が付いたネックレスであった。

 僕は琥珀のネックレスをエルザに見せると、それを彼女に手渡した。

 「ジョー殿、このようなお祝いの品まで用意していただくことはないぞ。ジョー殿にはすでに返しきれないほどの恩をたくさん受けている。このような高い宝石までもらうわけには・・・」

 「良いんだよ。友達の出世祝いにプレゼントしたいのは当然だろ?何より、親友が国の代表になるんだから猶更ね。もっと高い宝石もあったんだけど、エルザにはその琥珀のネックレスが一番似合うかなと思って買ったんだ。琥珀には、僕の故郷じゃ活性とか、長寿とか、繁栄とか色んな意味があると言われていたけど、幸福をもたらす宝石だとされていたよ。これから新議長として新たなスタートを切る君に、この先幸多からんことを願ってのことで贈らせてもらうよ。遠慮せず、受け取ってくれ。その琥珀は、僕から君への友情の証でもあるからさ。」

 「ありがとう、ジョー殿。この琥珀のネックレスは一生大事にする。本当にきれいな琥珀だ。ありがとう。」

 エルザは僕に御礼を言うと、僕が贈った琥珀のネックレスを早速首につけてくれた。

 「よく似合ってるよ、エルザ。すごく綺麗だ。」

 「そ、そうか。綺麗か。そう言ってもらえると嬉しい。本当にありがとう。」

 エルザは少し照れ笑いをしながら、喜んでくれたのだった。

 「それじゃあ、僕はこれでお暇させてもらうよ。最後にこの町を少し観光でもさせてもらうよ。君と過ごした一ヶ月は本当に楽しかった。新議長になっても頑張ってね。それじゃあ、また明日。」

 僕はそう言うと、エルザと別れた。

 ツリーハウスから主人公、宮古野 丈を見送りながら、エルザは一人考えていた。

 「我は悲願であった議長の座を掴んだ。これからはペトウッド共和国最高議会を率いる新議長として、我が国の代表として働かねばならん。だがしかし、この胸に渦巻く寂しさは何だ?対抗戦を優勝して我は新議長就任の栄光を掴み取った。それなのに、我は、我はジョー殿と別れるのが辛い。我は政治家として、ジョー殿は冒険者として、互いに決めた道を進まなければならないのだ。我が新議長になれば、ジョー殿とはお別れをしなければいけない。始めから分かっていたことではないか?だけど・・・」

 エルザは空を見上げると、しばらくジッと空を見つめながら考えに耽った。

 それから、しばらくして一人呟いた。

 「だけど、我はやはりこのままジョー殿と別れたくはない。ジョー殿は過酷な旅をしている。我はジョー殿に救われた。今度は我がジョー殿を傍で支えるべきだ、いや、支えたいのだ。愛する男が世界を救うために戦っているのだ。ならば、支えてやらなくてどうする。父上や国の皆には迷惑をかけることになるかもしれんが、我はジョー殿の旅に付いていく。我は決めたぞ。我はジョー殿にどこまでも付いていく。そして、最後までジョー殿の旅を支え抜くのだ。」

 エルザは、主人公の旅に同行することを決意した。

 その夜、エルザは父、マックス・ケイ・ライオン議長に、新議長就任の先延ばしと、主人公、宮古野 丈の旅に同行したいことを申し出た。

 エルザの突然の申し出に驚いたマックス議長であったが、エルザの真剣な表情を見て、彼は悟ったのだった。

 「エルザよ。せっかく掴んだ新議長への就任を先延ばしにしたいとは、よっぽどの覚悟があってのことだろう。そこまでして、「黒の勇者」と、ジョー殿と旅がしたいわけだな?ジョー殿の旅が終わるのはいつになるか分からんぞ?新議長としての10年間を棒に振ることになるかもしれんぞ?それでも、お前はジョー殿に付いていきたいのか?」

 「はい、父上。ジョー殿は悪逆非道な勇者たちから世界を守る旅をしておられるのです。我はジョー殿の親友として、恩を受けた者として、彼の旅を傍で最後まで支えたいと思っております。以前の我は、新議長の座や、ライオン家の名誉にこだわっていました。ですが、今はそんなことより、真の勇者であるジョー殿とともに世界を救いたい、そう願うようになりました。新議長への就任が遅れることに未練はございません。どうか、我をジョー殿の旅に付いていくことをお許しください。お願いいたします。」

 エルザはそう言うと、マックス議長に深々と頭を下げて頼み込んだ。

 「頭を上げよ、エルザ。お前の覚悟はよく分かった。新議長就任の先延ばしの件は理解した。お前には新議長にはなってもらうが、お前が旅に出ている間は、儂が議長代行を務めることにしよう。他の議員たちには私からよく事情を説明しておく。何、「黒の勇者」とともに世界の危機を救う旅に出ると言うならば、誰も文句は言えまい。安心して、ジョー殿とともに旅をするがいい。旅をすれば、見聞を広め、己の強さを磨き、そして、世界を救う手伝いもできよう。旅が終わって帰ってきた時、お前が人間としてどれほど成長したのか見るのが楽しみだ。体に気を付けて、旅に行ってくるがいい。」

 「ありがとうございます、父上。必ず、旅をやり遂げてみせます。」

 「フハハハ。随分と頼もしくなったものだ。戦士として成長したこともあるのだろうが、やはり、あれか、愛の力というヤツか?お前はジョー殿のことが好きだからな。愛する男の傍を離れたくないのは当然か。お前も年頃の娘だし、色恋に目覚めるのは当然だ。儂もジョー殿との交際には賛成だ。エルザよ、今回の旅でジョー殿と仲を深めて、結婚しても全然構わんからな?結婚式を旅の途中であげることになったら、儂を必ず呼ぶのだぞ。お前の花嫁姿を見るなら、どこへでも飛んで駆けつけるからな。」

 「ち、父上、我は別にジョー殿と、け、結婚したいがために旅に出るのではありませんから。ジョー殿の親友として、ともに世界を救う旅に出るのです。ジョー殿も旅の間は恋愛は一切するつもりはないとはっきりと言っております。我らの旅は遊びでも、新婚旅行でもありません。変な冗談はお止めください、まったく。」

 「ハハハ、そうか。まぁ、儂は本当にお前がジョー殿と結婚しても構わんがな。とにかく、思う存分、旅を楽しんでくるがいい。」

 こうして、エルザは主人公の旅に同行する許可を得たのであった。

 時間は遡って、エルザとの昼食を終え、エルザと別れてから1時間後のこと。

 僕は、首都の南側にある国立植物園を訪ねていた。

 この植物園には、世界中から集められた珍しい草木が10万種以上集められており、異世界の植物を学び、また、観賞することができる、ペトウッド共和国の有名な観光スポットの一つである。

 銀色の薔薇に、青い向日葵、金色の朝顔など、現代日本では全く見たことのない異世界の植物たちを見て、僕はとても興奮した。

 植物園の中のカフェで一休みしていると、ふいにどこからか、僕を呼ぶ声が聞こえた。

 僕はキョロキョロと周りを見るが、僕に声をかけてくる人の姿は見えない。

 僕が首を傾げていると、僕の左手の方から、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 『おおい、もしもし、ジョー君。私だよ、クリスだ。聞こえるなら返事をしておくれ。』

 ラトナ公国の女大公、クリスの声が聞こえてきた。

 僕はクリスの声が聞こえてくるのが、自分の左手からだと気付いた。

 僕は左手のグローブを外し、クリスからもらった、左手の小指に嵌めている指輪を見た。

 『もしも~し、ジョー君。聞こえたら返事をしておくれ。』

 僕は指輪から聞こえてくるクリスの声に驚きながら、とりあえず返事をした。

 「もしもし、僕だ。宮古野 丈だけど。」

 『ヤッホー、丈君!私だよ、クリスだよ!どうだい?私の声が久しぶりに聞けて嬉しいかい?私は君とまた話ができて超ハッピーだよ!』

 指輪から、クリスのハイテンションで喜ぶ声が聞こえてくる。

 「クリス、何で僕の付けている指輪から君の声がするんだ?ただの貴族の身分を証明するための指輪だと言ってなかったか?」

 『アハハハ、ごめんごめん。実は君にあげたその指輪には、こっそり発信機の機能と通話機能を仕込んでおいたんだ。こうやって、君と連絡を取るために用意したのさ。黙っていたことは謝るよ。でも、ジョー君、君にどうしても至急頼みたいことがあって連絡をしたんだ。どうか怒らず、私の話を聞いてくれないかな?』

 クリスがいつも他人の都合を無視して自分の都合を押し付けてくることは分かっていたので、僕は諦めて彼女の話を聞くことにした。

 「はぁー。色々と聞きたいことはあるが、とりあえず君の話を聞かせてもらおう。それで、至急頼みたいことがあるそうだが、何かあったのか?」

 『ああっ、その通りだよ、ジョー君。実はね、隣国のズパート帝国が厄介なことになっていてね。そのとばっちりをラトナ公国も食らって大変なのさ。』

 「ズパート帝国だって!?ズパート帝国に向けて明日、ペトウッド共和国から旅立つ予定だったが、ズパート帝国で何か起こったのか?詳しく教えてくれ。」

 『三日前のことだよ。突如、ズパート帝国の皇帝が急死したんだよ。それで、ズパート皇家の長男である、サリム・ムハンマド・ズパート氏が、ズパート帝国の新皇帝に即位したんだ。新皇帝が即位した次の日、今から二日前に、ズパート帝国政府からラトナ公国に向けてとある声明が伝えられてきた。ズパート帝国が現在ラトナ公国に輸出している鉱物資源全ての値段を3倍に引き上げるという内容だ。我がラトナ公国はこれまで、ズパート帝国が輸出する鉄や銅、銀、オリハルコンなど、各種鉱物資源を輸入して、国の主力製品である魔道具や金属製品を開発してきた。ズパート帝国から輸入する鉱物資源の価格がいきなり3倍に値上がりされたら、我が国の企業や経済にとっては大打撃だ。すぐにズパート帝国政府へ連絡し、鉱物資源の値下げの交渉を求めたが、新皇帝の意向で鉱物資源の販売価格を適正価格に見直しただの、ズパート帝国が現在非常事態で財政がひっ迫しているために仕方がない措置だの言うばかりで、全くこちらの交渉に応じる様子じゃないんだ。

 実は、新皇帝となったサリム・ムハンマド・ズパート氏だが、元々あまり評判がよろしくない人物でね。先代皇帝も長男ではあるが、人格面に問題ありということで、彼を次期皇帝の座につけることには消極的姿勢だったと聞いている。新皇帝の就任のせいで、我がラトナ公国は大損害を被っているわけさ。だが、問題はそれだけじゃあない。ズパート帝国では現在、国内で原因不明の謎の奇病が流行しているそうなんだ。奇病の流行のせいで、ズパート帝国の国民は患者で溢れかえり、死者まで出る事態らしい。先代皇帝もこの奇病にかかって亡くなったそうだ。すぐに、ズパート帝国から入港してくる船や、国境を越えて移動する人たちを検問所を設けて調べさせたんだが、今のところ奇病を発症する人は見つかっていない。しかし、謎の奇病はズパート帝国内だけにとどまって流行している。実に不可解な事態だ。そして、ジョー君、ここからは君にも関係がある話だ。何とね、ズパート帝国に突如、「聖女」率いる勇者たちが現れ、謎の奇病の患者を治療しているそうなんだよ。」

 クリスの言葉を聞いて、僕は驚いた。

 「「聖女」だって!?ズパート帝国に花繰たちが現れたのか!?でも、アイツらはインゴッド王国の王都を壊滅させたり、「世界樹」であるユグドラシルを枯らそうとしたりする、極悪人の、指名手配犯だぞ?あの犯罪者どもが人助けをしているなんて、にわかには信じがたいな。」

 『ジョー君の言うことは最もだよ。あのクズ勇者たちがまともに人助けなんてするわけがない。僕が部下に調べさせたところによると、「聖女」たちが突然、ズパート帝国に現れ、たちまち謎の奇病にかかった患者を回復させたそうだ。聖女たちはすぐに新皇帝の下に呼ばれ、勇者に復帰させてもらうという恩赦をもらう代わりに、ズパート帝国で謎の奇病にかかった患者たちの治療に協力することを約束したそうだ。謎の奇病を治療できるのは「聖女」だけなんだそうだ。こうして、新皇帝と「聖女」たちは協力関係を築いたそうだ。しかし、この話には続きがあってね。「聖女」の治療を受けたければ、帝国政府に国民は一人一回の治療につき10万リリスを治療代金として支払わなければいけないそうだ。貧しい国民にとって、一回10万リリスの治療代は明らかに高すぎる。おまけに、「聖女」が治療して一度は治っても、謎の奇病が再発することも多いらしい。患者たちはいくら高額の治療代を支払っても、原因が判明しないために、治っても再発するという悪循環が続いているそうだ。もっと奇妙なことは、聖女たちがズパート帝国に訪れたと思われる直後に、謎の奇病が流行り出したということだ。謎の奇病の流行前後に聖女たちは現れ、たちまち奇病を直してみせた。あまりにタイミングが良すぎる、というより出来過ぎている、そんな風に私は思えてならない。謎の奇病の流行に「聖女」たちが何かしら関係していると、私は睨んでいる。君はどう思う、ジョー君?』

 「僕もそう思うよ、クリス。謎の奇病が流行り出した直後に、奇病を唯一治療できる「聖女」たちが現れる、なんてあまりに出来過ぎた話だ。作為めいたものを感じる。治療を受けたければ、高額の治療代を支払えなんて、どう考えたって患者の治療より患者から金をむしり取ることを考えている証拠だ。それに、レベルが低いアイツらの回復術で謎の奇病を直せるとはどうしても思えない。何かカラクリがあるに違いない。国のお偉方とグルになって悪事を働くとは、やはりアイツらは即刻殺すべきクズだ。詳しい事情は分かった、クリス。それで、僕は一体何をすればいいんだ?」

 『ジョー君、君に頼みたいのは、謎の奇病の原因解明だ。私も部下を使って調べているが、奇病の原因は全く分からない状況だ。そればかりか、調査していた部下の内、数人が謎の奇病に侵され、倒れる始末だ。だが、「黒の勇者」こと、ジョー君率いる「アウトサイダーズ」なら、例え謎の奇病が蔓延する国でも平気で調査ができると考えた。ジョー君たちには速やかにズパート帝国に向かってもらい、謎の奇病の原因を突き止めてほしい。そして、謎の奇病の原因が分かった場合、すぐに私に連絡をよこしてほしい。今、君がつけている指輪に向かって、コールと言えば、私を呼んで連絡をすることができる。連絡を切る時は、ハングアップと言えばいい。謎の奇病の原因に「聖女」たちが関係あると分かれば、「聖女」たちも、「聖女」たちを庇う新皇帝もただでは済まない。連中を追い詰め、一気に失脚させることができるはずだ。よろしく頼むよ、ジョー君。』

 「了解だ、クリス。必ず「聖女」たちの悪事の証拠を掴んでみせる。ところで、最後に一つ訊ねたいんだが、良いか?」

 『うん、何だい?』

 「君にもらったこの指輪だが、通話機能が搭載されているということは、僕の声をそっちで受信することができるわけだろ?まさかとは思うが、この指輪に盗聴機能なんて仕込んでないよな?今までずっと、僕のことを盗聴していたわけじゃないよな?」

 『・・・・・・』

 「なぜ、そこで無言になる!?」

 『さらばだ、ジョー君。ハングアップ!』

 クリスはそう言って、一方的に通話を切った。

 クリスの奴、僕のことを盗聴していやがった。

 あれほど盗聴はダメだと言ったのに、全く懲りていない。

 四六時中、盗聴をされていたかと思うと、急に気持ち悪くなってきた。

 「やっぱりこの指輪は捨てるか。この指輪を付けていたら、四六時中クリスに盗聴されてるわけだろ。気持ち悪いな、本当。この指輪を見せてエルザの申し出を断ろうとしたけど、ラトナ公国の貴族の証と言う割に、大した効果がないと言うか、最終的に説得に失敗して剣で斬りかかられる始末だし。やっぱ捨てるべきか。でも、この指輪のおかげでクリスと連絡が取れて、花繰たちの動向やズパート帝国の状況が分かったわけだし。う~ん、非常に遺憾だが、ここは我慢してこの指輪を付けることにしよう。復讐の旅が終わったら、絶対すぐにこの指輪は捨てる。絶対に、だ。」

 僕はいつか必ず、この盗聴機能付きの指輪を捨てることを固く決意した。

 クリスとの会話を終えると、ふたたび植物園内を見て回った。

 植物園での植物鑑賞を終えると、僕は植物園を出て、冒険者ギルドへと帰った。

 午後4時ごろ、ギルドに帰り着くと、ギルドの入り口の前で、グレイが立って僕を待っていた。

 僕はグレイに声をかけた。

 「こんにちは、グレイ。約束の白米を持ってきてくれたのか?わざわざ済まないな。」

 「良いってことよ。ここからアタシの実家までそんなに遠くはねえしな。それに、お前の好物と聞いちゃあ、すぐにでも届けてやりたかったしよ。約束の白米500㎏、確かに持ってきたぜ。今、取り出すから、受け取ってくれ。」

 グレイはそう言うと、腰のアイテムポーチから、白米500㎏の入った大きな袋をいくつか取り出したのだった。

 「おおっ、本当にありがとう、グレイ。おかげで旅の道中、米を食べることができるよ。本当にありがとう。」

 「へへっ。どういたしまして。ところでよー、ジョー、お前、いつ旅に出るんじゃん?行き先とかもう決まってんのか?」

 「ああっ、明日の朝9時にギルドを出発する予定だ。行き先はズパート帝国だ。ちょっとズパート帝国に行って依頼をこなすことになったんだ。良かったら、見送りに来てくれると嬉しいよ。エルザも見送りに来てくれるそうだし。僕たちがいなくなっても、あんまりやんちゃはするなよ。親父さんやエルザたちを困らせたりするんじゃないぞ?」

 「ハハっ、もうアタシらもやんちゃはしねえよ。これまでみんなに迷惑かけた分、しっかり世のため人のために働くつもりだ。そうか、明日の朝9時に出発、行き先はズパート帝国か。分かったぜ。」

 グレイはそう言うと、白米を渡して、僕の前から立ち去ったのだった。

 グレイと別れ、白米の入った袋を腰のアイテムポーチへと入れると、僕はギルドの中へと入った。

 ギルドの宿泊所の自分の部屋へと戻ると、玉藻、酒吞、鵺の三人が部屋の中で僕を待っていた。

 「ただいま、みんな。実はみんなに大切な話があるんだ。ちょっと聞いてもらえるかな?」

 「おかえりなさいませ、丈様。わたくしたちに話とは一体どのようなことでしょうか?」

 「実は少し前にラトナ公国のクリスから僕たちに連絡があった。クリスによると、僕たちがこれから向かう予定のズパート帝国で原因不明の謎の奇病が流行っているそうだ。その奇病にかかった患者が大勢いるそうだ。死亡者まで出る事態らしい。しかも、最悪なことに、謎の奇病の流行には、どうやら「聖女」たちが関わっている可能性があるそうだ。」

 「「聖女」だと!?あのクソ勇者ども、また問題を起こしやがったのか?王都壊滅と言い、ユグドラシル襲撃と言い、つくづく救いようがねえ外道どもだぜ。今度は病気を流行らせて人を殺そうってか?今すぐ捕まえてぶっ殺したい気分だぜ。」

 「まだ「聖女」たちが、花繰たちが奇病の流行と関係しているか、確たる証拠があるわけじゃあない。「聖女」たちはズパート帝国に到着するなり、謎の奇病をたちまち直してみせたそうだ。「聖女」たちはズパート帝国の新皇帝に近づき、勇者として復帰する恩赦をもらう代わりに、謎の奇病にかかった患者を治療する約束を交わしたと言う。だが、問題なのは、「聖女」たちの治療を受けたければ、国に一人一回の治療につき、10万リリスもの高額の治療費を払わなければいけないそうだ。それに、一度治療を受けて治っても再発することもある上に、謎の奇病は「聖女」だけにしか治せないらしい。原因不明のため、患者たちは病気が再発するたびに高額な治療費を払い続けなければならない。クリスとも話したが、「聖女」たちと新皇帝が手を結び、患者たちから治療費の名目で金を搾取している可能性が高いと僕は睨んでいる。さらに、謎の奇病にかかって先代の皇帝が亡くなり、つい先日新皇帝が即位したらしいんだが、この新皇帝は元々評判がよろしくない人物で、ラトナ公国に突然、鉱物資源の販売価格を3倍に引き上げると言って、ラトナ公国から金をふんだくろうとしている。新皇帝も「聖女」たちに劣らぬ悪党であると見ていいだろう。」

 「それで、丈君、私たちは何をすればいいの?クリスからそのことで何か依頼があったんでしょ?」

 「ああっ、その通りだよ。クリスからの依頼は、謎の奇病の原因を究明してほしいということだ。ズパート帝国の国民を苦しめる謎の奇病の原因を突き止め、その原因に「聖女」たちが関わっていることを証明するんだ。「聖女」たちが謎の奇病の流行と関わりがあると分かれば、「聖女」たちと、「聖女」たちを庇う新皇帝の悪事を暴き、失脚させることができる。幸い、僕たちには病気や薬に詳しい玉藻がいる。決して無理な依頼じゃあない。だげど、今回は何をしでかすか分からない勇者たちに加えて、国家そのものを相手に戦わなきゃいけなくなる。僕たち四人だけで、勇者たちと国の軍隊を相手に戦争をしなきゃならなくなるかもしれない。これまで以上に厳しい戦いが待っている。でも、僕は勇者たちへの復讐を止めるつもりはない。勇者たちが軍隊を味方に付けたとしても戦うつもりだ。三人とも、僕と一緒に戦争を戦ってくれるかい?」

 「もちろんです、丈様。例え戦場であろうと、最後まで丈様に付き従い、ともに戦い抜く所存です。ともに悪逆非道な勇者たちと皇帝の首を討ち取りましょう。」

 「俺も一緒に戦うぜ、丈。戦争なんて上等だ。敵は全員この俺がぶっ殺してやるよ。1万人だろうが10万人だろうが、100万人だろうが関係ねえ。クソ勇者もクズ皇帝もみんなまとめて地獄に送ってやるぜ。丈、俺がお前を戦争に勝たせてやっから期待して待ってな。」

 「私も丈君と一緒に戦う。相手がどんな手を使ってこようが、何人いようが関係ない。丈君の敵は全て蹂躙する。私たちに戦争を挑むなど愚かの極み。私なら竜巻を起こして国ごと吹き飛ばせる。クソ勇者もクズ皇帝もみんなまとめてきれいに掃除する。」

 「ありがとう、みんな。やっぱり三人は本当になるよ。だけど、鵺、頼むから竜巻で国ごと吹き飛ばすのはダメだから。一般市民も死んじゃうからそれだけは却下だ。とにかく、みんな、よろしく頼むよ。必ず僕たちで謎の奇病の原因を突き止め、「聖女」たちの悪事を暴こう。」

 僕たちはそれからズパート帝国に向けての移動や、到着後の調査などについて話し合った。

 今回は「聖女」たちとの戦いだけでなく、ズパート帝国の軍隊と戦争をすることになるかもしれない。

 大勢の人間を相手に戦わなければならない。

 戦争のない、平和な日本で生まれた僕にとって、戦争には恐ろしいイメージしかない。

 敵がもし、恐ろしい兵器を使ってきたら。

 核爆弾や化学兵器のような兵器を使ってきたら。

 相手が自滅覚悟で兵器を使って国一つ吹き飛ぶような事態になったら。

 そうならないためにも、慎重に事を進める必要がある。

 復讐と戦争の両立とは、実に難しい話である。

 だが、例え戦争に巻き込まれようと、僕の復讐の意志は決して揺るぎはしないのだ。

 そんなことを考えながら、その日の夜、僕はベッドで眠りに就いた。

 翌朝。

 ついに、ペトウッド共和国を旅立つ日がやってきた。

 ギルドで宿泊所のチェックアウトの手続きを済ませると、僕たちはギルドを出た。

 ギルドを出ると、入り口の外には、エルザとマックス議長、グレイ、グレイの仲間たち、ブラックマン議員が見送りに来てくれていた。

 僕は、見送りに来た人たちに挨拶をした。

 「おはようございます、皆さん。見送りありがとうございます。エルザとグレイだけじゃなく、マックス議長とブラックマン議員まで来てくださるとは驚きました。お忙しいところ、わざわざ僕たちのためにすみません。」

 「おはよう、ジョー殿。それから、「アウトサイダーズ」の皆さん。我が国の恩人が旅立つというのに見送りをしないわけにはいかんさ。貴殿らには本当に世話になった。国民を代表して御礼を言わせていただく。ところで、貴殿らに、ユグドラシル襲撃事件の御礼をまだ渡していなかったことを思い出してな。それで、ささやかながら、御礼の品を贈らせていただく。エルザ、前へ。」

 マックス議長がそう言うと、エルザが前に進み出た。

 「御礼の品はジョー殿、我が娘、エルザだ。エルザから貴殿らの旅に同行したいとの申し出があった。勇者としての救世の旅に、ぜひエルザを同行させてほしい。今のエルザなら、きっと貴殿らのお役に立つであろう。よろしく頼む。」

 マックス議長の言葉に、僕たちは一瞬耳を疑った。

 「はぁっ!?エルザを僕たちの旅に同行させるですって!?マックス議長、エルザは来週、新議長になる身ですよ。ペトウッド共和国の新しい代表になるんですよ。国の要人を危険な旅に同行させるわけにはいきません。第一、新議長の仕事はどうなるんですか?エルザが不在のまま、議会を開くわけにはいかないでしょう?」

 「分かっておる。エルザの新議長の件だが、就任式は行わないまま、今日付けでエルザを新議長に就任させ、エルザが不在の間は儂が議長代行を務めることで話はすでにまとめてある。各議員からもすでに了承はとってある。議会の運営には全く問題はない。それと、エルザの実力を先日ギルドで調べたところ、レベルが90にまで上がっていた。エルザは実績もあるとのことでS級冒険者に昇格した。貴殿らと同じS級冒険者ならば、警護の心配もそうあるまい。それに、ペトウッド共和国の議長であるエルザが傍にいれば、旅先で便宜を図ってもらうこともできる。各国のお偉方との交渉に役立つはずだ。何より、エルザ自身がジョー殿たちとの旅についていくことを望んでおる。儂も、貴殿らと旅をすれば、エルザの良き成長につながると思った。そういうわけだから、ジョー殿、エルザのことをよろしく頼む。」

 マックス議長、いや、マックス議長代行がそう言って頭を下げてきた。

 僕はエルザに訊ねた。

 「エルザ、本当に良いのか?あれだけ苦労して掴んだ新議長の職だぞ。僕の旅は正直いつ終わるか分からない。もしかしたら、新議長としての10年を棒に振るかもしれない。下手をしたら、旅の途中で命を落とすかもしれない。それでも、僕たちの旅についてくるつもりなのか?」

 僕の問いに、エルザは力強く笑いながら言った。

 「もちろんだ。覚悟はできている。我もジョー殿の旅に同行させてほしい。我の力はきっとジョー殿たちの役に立つ。新議長の仕事は確かに大事だが、それ以上に、「黒の勇者」の旅に協力することの方が大事だと考えた。世界各地で元勇者の犯罪者たちが暗躍していて、ジョー殿たちが元勇者たちから世界の平和を守るために戦っているとあっては、黙って見ておるわけにはいかん。ユグドラシル襲撃事件のような悲劇を繰り返させるわけにはいかないのだ。頼む、ジョー殿。我も貴殿の旅に同行させてくれ。絶対に足手まといにはならぬ。この通りだ。」

 エルザがそう言って、僕に頭を下げてきた。

 「分かったよ、エルザ。君の同行を認めるよ。どうせ止めても聞くつもりはないだろ。ただし、君はペトウッド共和国の議長だ、絶対に無茶はしないように。旅に同行している間は僕がリーダーだ。僕の指示には必ず従うように。いいね?」

 「ありがとう、ジョー殿。よろしく頼む。」

 エルザは僕から旅の同行を許可され、喜んだ。

 マックス議長代行も喜んでいる。

 「おっと、待ちな。エルザだけじゃあないぜ。アタシもお前の旅についていくぜ、ジョー。」

 グレイが突然、エルザ同様、僕の旅に同行すると言ってきた。

 僕は驚いて、グレイに訊ねた。

 「はぁっ!?グレイ、君も僕たちの旅に同行するって!?何でだ?君が僕たちの旅に同行する理由があるのか?大体、今は罪滅ぼしのために社会奉仕活動中だろ?それに、君は「シルバーファング」のリーダーだろ?パーティーリーダーの君が抜けたら、君の仲間たちが困るだろ?何より、僕たちの旅は危険そのものだぞ。いつ、何が起こるか分からないんだぞ?それでも、本当についてくるつもりなのか?」

 グレイは笑って答えた。

 「へっ、お前についていく理由ならちゃんとあるぜ。「黒の勇者」として人助けして回るんだろ?お前の旅に同行することだって立派な社会奉仕活動になるじゃんよ。アタシがお前の旅に同行することは、親父も仲間たちも賛成してくれた。お前のところで心も体も鍛え直してもらえとよ。パーティーの件も問題ねえ。アタシが不在の間は副リーダーが代わってリーダーを務めることになった。パーティーリーダーの変更の手続きはさっきギルドで済ませてきた。今のアタシはフリーだ。お前のパーティーに入る準備もできてる。アタシだってこう見えてA級冒険者だ。腕にはそれなりに自信がある。それに、アタシがいれば美味い手料理を毎日食わせてやるぜ。どうだ、アタシを連れていって損はないだろ?そういうわけだから、よろしくじゃん!」

 「よろしくって言われてもなぁ。良いんですか、ブラックマン議員?グレイと父親として向き合う時間を増やしていきたいと、傍で見守りたいと、そうおっしゃっていたじゃありませんか?せっかくグレイとの距離が縮まり始めたのに、グレイが僕と旅に出たら離れ離れになるんですよ?それに、僕の旅はとても危険な旅です。グレイを一度は殺そうとした元勇者たちとグレイがまた、戦うことになるかもしれないんですよ。本当に同行を許すおつもりなんですか?」

 僕の問いに、ブラックマン議員は穏やかな笑みを浮かべながら答えた。

 「娘と離れ離れになるのは私も寂しい。父親として傍で見守りたいのも事実だ。だが、娘は土下座してまで私に、ジョー殿の旅に同行したいと頼み込んできた。ジョー殿の旅に同行して人助けに協力することが本当の罪滅ぼしになると、真剣な顔でそう言ったんだ。それに、娘は貴殿の旅に同行することで、自身の人間としての成長につながるとも言った。私も、「黒の勇者」と呼ばれる貴殿と旅をすることが、娘にとって良き成長の機会になるのではないかと思った。少々やんちゃなところはあるが、根はいい子だ。迷惑をおかけすることもあると思うが、どうか娘の頼みを聞いてくれないだろうか?」

 ブラックマン議員はそう言って、僕に頭を下げた。

 「頭を上げてください、ブラックマン議員。分かりました。グレイの同行を認めます。娘さんの身柄は僕たちが責任を持ってお預かりします。グレイ、同行は認める。だけど、絶対に無茶はするなよ。やんちゃもほどほどにすること。リーダーである僕の指示には必ず従うこと。いいね?」

 「サンキュー、ジョー。これからよろしくじゃん!」

 グレイが笑って喜んだ。

 ブラックマン議員とグレイの仲間たちも喜んでいる。

 グレイの同行を知り、エルザが顔を顰める。

 「むっ。グレイ、貴様も旅についてくるのか。言っておくが、このパーティーにおいては貴様が一番下っ端だからな。付き合いの長さや実力から考えてもだ。くれぐれもまた馬鹿な真似をしでかして我らの足を引っ張るでないぞ。貴様はお調子者のところがあるからな。気を付けるのだぞ。」

 「はっ。エルザ、アタシはもう前のアタシとは違うんだよ。目先の欲で動くような馬鹿はしねえよ。それにな、今は負けちゃいるが、すぐに実力だって追い抜いてやるぜ。狼獣人若手のエースの力、たっぷりと見せてやるから、待ってろ。」

 エルザとグレイは火花を散らすのだった。

 「二人とも、喧嘩は止めるんだ。出発前から喧嘩するようなら、同行の話は無しだ。二人とも、これからはお互いの背中を預け合う仲間だ。わだかまりがあるかもしれないが、それは全て捨ててもらう。すぐに仲良くなれとは言わないが、同じパーティーの仲間であることは忘れないように。」

 「了解だ、ジョー殿。何とか受け入れられるよう、努力する。」

 「ちっ。分かったよ。アタシも努力はする。まったく、エルザまでついてくるとは思わなかっぜ。中々上手くいかねえもんだぜ。」

 僕から注意され、二人は仲間になることに渋々納得した。

 玉藻、酒吞、鵺の三人は、エルザとグレイの二人が新たに旅に加わることになり、自分たちの想定以上の状況になったことに頭を抱えた。

 「まさか、エルザさんとグレイさんが私たちの旅に加わるとは。年下とは言え、ライバルが増えた上に、丈様についてくるなんて、予想外ですよ、これは。」

 「おいおい、この二人がついてくるなんて予想外だぜ、本当。こりゃ、俺たちもうかうかしてらんねえぞ。下手したら、後輩組に先を越されちまうかもしれねえ。気合入れて、アピールすんぞ、二人とも。」

 「年下は丈君の守備範囲外。しかし、エルザもグレイも女子力が私たちより高いのも事実。決して油断はできない。ここは先輩組としての威厳をきっちり見せる必要がある。若さにはない大人の色気で丈君へアピールすべし。何としても、私たちが先に丈君の恋人になる。」

 玉藻たちが僕の後ろで円陣を組みながらブツブツと何か言っている。

 エルザとグレイの加入について、冒険者パーティーの先輩としてのアドバイスについてでも考えているのだろう。

 「三人とも、お話中悪いが、エルザとグレイの二人を僕たちのパーティーに加入させることを決めたよ。先輩として、みんなも二人のことをよろしく頼む。エルザ、グレイ、改めて三人を紹介する。金髪の女性が玉藻、赤髪の女性が酒吞、銀髪の女性が鵺だ。三人ともS級冒険者で、僕よりずっと凄腕の実力者だ。エルザはもう知っているから大丈夫だな。グレイは三人のことはまだよく知らないと思うが、三人ともパーティーの先輩で、大事な仲間だ。そして、いずれは師匠になる人たちでもあるから、敬意を払うように。三人とも、エルザとグレイに挨拶を頼む。」

 玉藻、酒吞、鵺が、エルザとグレイに自己紹介を始めた。

 「コホン。私の名前は玉藻です。エルザさん、グレイさんよろしくお願いします。」

 「俺は酒吞だ。エルザ、グレイ、二人ともよろしくな。」

 「私は鵺。エルザ、グレイ、歓迎する。だげど、私たちが先輩であることは絶対に忘れないように。」

 エルザとグレイも自己紹介を始めた。

 「エルザ・ケイ・ライオンだ。改めて、よろしく頼む。」

 「アタシはグレイ・ビズ・ウルフだ。よろしくな、パイセン。」

 こうして、僕たち「アウトサイダーズ」に、エルザとグレイの二人が加入することになった。

 エルザとグレイの二人をパーティーに加えるため、一度冒険者ギルドに戻り、受付カウンターで、二人のパーティー登録を行った。

 パーティー登録が完了し、「アウトサイダーズ」のパーティーネームが刻まれた自分たちのギルドカードを見て、エルザとグレイの二人は喜んだ。

 「ついに我も勇者の仲間入りか。喜ばしい限りだ。」


 ネーム:エルザ・ケイ・ライオン


 パーティーネーム:アウトサイダーズ


 ランク:S


 ジョブ:獣剣聖Lv.90


 スキル:百獣剣舞Lv.90


 「へへっ。アタシもこれで勇者の仲間ってわけか。気合が入るぜ。」


 ネーム:グレイ・ビズ・ウルフ


 パーティーネーム:アウトサイダーズ


 ランク:A


 ジョブ:獣槍術士Lv.70


 スキル:狼牙爆槍Lv.70


 「これで二人とも正式に僕たち「アウトサイダーズ」の一員になったわけだ。改めまして、パーティーリーダーの宮古野 丈だ。よろしく頼む。それじゃあ、二人のパーティー登録も完了したし、ズパート帝国へ向け、出発するとしよう。」

 エルザとグレイのパーティー登録が終わると、僕たちはマックス議長代行、ブラックマン議員、グレイの仲間たちに見送られながら、冒険者ギルドを後にした。

 いよいよズパート帝国へ向け、出発したわけだが、ここで問題が一つ起こった。

 これまでは玉藻、酒吞が僕にとり憑き、僕が鵺に運んでもらって空を飛んで移動してきた。

 だが、エルザとグレイが加わった以上、彼女たち二人も鵺に抱えてもらって移動することはできない。

 空を飛んでのショートカットの移動はできない。

 予定を変更し、僕たちは船で海を移動することに決めた。

 ズパート帝国の帝都に行くためには、通常は陸路と海路の二つのルートに分かれる。

 しかし、陸路の場合は広大な砂漠を縦断しなければならない。

 平均気温30℃、最高温度40℃という猛暑に加え、夜は最低気温0℃まで下がり、時には砂嵐さえ起こる過酷な砂漠地帯を移動するというのは、あまりに過酷過ぎる。

 異世界召喚物の物語だと、主人公たちは冒険だのロマンだの言って平気で砂漠を移動しようとするが、僕はそんな非合理的で無謀な行動は決してとるつもりはない。

 異世界だから、勇者だから、チート能力があるから、冒険だから、なんて言うくだらない理由で、自分の身を危険に晒すつもりはない。

 安全で確実な方法を僕は常に選択する。

 くだらない異世界召喚物の物語のお約束とも言える展開に付き合うつもりなど僕にはない。

 僕たちは馬車を使って、ペトウッド共和国の北西部にある大きな港町、セイル町へと向かった。

 街道を馬車で北西に一週間進むと、目的のセイル町へと到着した。

 以前、エルザが北西部の海では、年中新鮮で様々な魚介類が獲れると言っていた。

 セイル町の中に入ると、魚介類を扱った商店や食堂が多く立ち並んでいた。

 僕たちはセイル町のとあるレストランで昼食を一緒に食べた。

 まだ秋に入ったばかりだったが、新鮮なカツオの刺身が出てきた。

 しっかりと血抜きされていて、全くカツオ特有の臭みがなく、とても美しい赤身であった。

 口に入れると、カツオの風味が口いっぱいに広がり、身も脂が乗っていて美味しかった。

 秋の味覚である戻りカツオを食べられたことは、とても嬉しかった。

 昼食を終えると、僕たちは客船乗り場ではなく、ヨットやクルーザーのあるマリーナへと向かった。

 普通の客船を使った場合、ズパート帝国に到着するのは一ヶ月後になる。

 だが、僕たちに一ヶ月も船の上で悠長に過ごす時間はない。

 ズパート帝国では今も謎の奇病が流行し、多くの人々が病で倒れているのだ。

 それに、「聖女」たちが僕たちより先に「土の迷宮」を攻略し、聖盾を手に入れられて悪用でもされたら一大事だ。

 僕は自分たち専用の船を買い、その船で移動することを決めた。

 エルザたちに話を聞いたところ、この異世界に船舶免許はないそうだ。

 誰でもお金を出せば、船を買って操縦できるとのこと。

 当然だが、僕に船の操縦技術はない。

 元いた日本でも船を操縦した経験など皆無だ。

 だがしかし、僕はこの異世界で多くのお金を稼いだ。

 僕の今の貯金は5億リリス。

 お金の力で、素人でも比較的扱いやすく、スピードの出る船を買えばいいのだ。

 僕たちはマリーナの傍にある船会社を訪ねた。

 「すみません、こちらでクルーザーを販売していると聞いたのですが?」

 受付に座っていた、猿獣人の中年男性の店員が応対してくれた。

 「いらっしゃいませ。クルーザーをお求めとのことですね。ちなみに、どういったクルーザーをお求めでしょうか?人数や設備などに応じて、ご案内させていただく商品が変わります。」

 「ええっと、そうですね。定員は10名ほどで、ベッドやトイレ、キッチン、お風呂といった設備は欲しいです。それと、比較的操縦しやすくて、スピードの出るものが良いです。僕たち全員、船の操縦は未経験なものでして、素人でも簡単に扱えると助かります。後、できる限り長距離をすぐに移動したいので、スピードも出るヤツでお願いします。」

 「かしこまりました。いくつかご希望に沿った商品がございますので、早速ご案内させていただきます。表のマリーナの方へどうぞ。」

 僕たちは店員の後をついていった。

 マリーナには、たくさんのクルーザーが停泊していた。

 「こちらの商品などいかがでしょうか?外装はゴールドで、ベッドやトイレ、キッチン、お風呂など、海上での快適な生活が可能な設備が一式揃っております。内装のインテリアや家具も全て職人に作らせた豪華な仕上がりになっております。定員は12名で、中は広々とした空間になっています。最高時速は60ノット、操作も比較的簡単です。燃料は魔石になります。燃料となる魔石は石炭と違い、大変高価ですので、燃料代が高くはなりますが、それ以外のお客様のご提示いただきました条件はすべて満たしております。いかがでしょうか?」

 僕は店員の紹介するクルーザーを見た。

 条件はほぼ満たしている。燃料代がかかるそうだが、その分スピードが出るなら許容範囲内だ。

 しかし、外装の色が気に入らない。

 ゴールド一色というのは、どこか成金趣味な感じがして嫌だ。

 それに、ゴールド一色を見ると、あのムカつくインゴッド国王や姫たちの金色の髪や服装が頭に浮かんできて、実に不愉快な気分になる。

 色を塗り直せば良さそうだが、そんな時間はない。

 これは却下だ。

 「すみません。どうもゴールド一色というのが僕の趣味には合わないものでして。他のクルーザーを案内してもらえますか?普通の白とかでも構いませんので。」

 「左様でございますか。こちらはインゴッド王国のセレブたちの間で大変人気のあるモデルなのですが、仕方ありませんね。では、隣のこちらのクルーザーはいかがでしょうか?外装は白一色。定員は10名。最高時速は50ノット。操作は先ほどのクルーザーとほぼ全く一緒で、とても簡単です。トイレやお風呂、キッチンなどの設備も備えております。燃料は魔石ではなく、石炭ですので、燃料代も抑えられ、大変リーズナブルな商品になっております。先ほどの商品と比べますと、スピードは若干落ちますが、それ以外のお客様の条件にはぴったしの商品になります。いかがでしょうか?」

 なるほど、今度のクルーザーはとても普通だ。

 操作も簡単と聞くし、スピードもある程度出る。

 こちらが提示した条件も満たしているし、燃料代もあまりかからないそうだ。

 色も悪くない。

 よし、これに決めよう。

 そう思った時、グレイがクルーザーを見て声を上げた。

 「へぇー、この船の名前、「勇者号」って言うらしいぜ。「黒の勇者」の乗る船だし、ぴったしじゃねえか?」

 「なっ!?「勇者号」だって!?」

 僕は船体を改めて見ると、船体の横には「勇者号」という船名が書いてあった。

 「勇者号」だなんて冗談じゃない。

 あの外道の犯罪者どもの、憎き復讐相手の名前が書かれた船になど絶対に乗りたくない。

 「すみません。この船だけは絶対にお断りさせていただきます。船名がどうしても嫌いな名前でして。」

 「はぁ、そうですか。お客様の条件に合った良い商品だと思ったのですが。やはり最近の元勇者の不祥事が原因ですかね。「勇者号」という船名は人気の船名だったのですが、最近は船名が「勇者号」という理由だけで商品の購入を断るお客様が増えておりまして。性能自体は全く問題ないのですが、残念です。それより、つかぬ事をお伺いいたしますが、先ほどお連れ様が「黒の勇者」様が乗るとおっしゃっておられましたが、もしや、あなた様が「黒の勇者」様でいらっしゃいますか?」

 店員が恐る恐る僕に訊ねてきた。

 「ええっ、まぁ、あまりそのあだ名で呼ばれるのは好きではないんですが、「黒の勇者」というあだ名でよく呼ばれています。S級冒険者パーティー「アウトサイダーズ」のリーダーの、ジョー・ミヤコノと言います。」

 「く、「黒の勇者」様でございましたか!?「ユグドラシル襲撃事件」から世界を救った英雄にお越しいただけるとは光栄です。私どものような小さな船会社を訪ねていただけるとは感激です。すぐに社長をお呼びいたします。社長もあなた様の大ファンでして、よくあなた様の活躍が書かれた新聞記事を熱心に読んでおられます。今すぐ、お呼びいたしますので、少々お待ちを。」

 「い、言え、申し訳ないのですが、先を急いでおりますので、できればすぐに次の商品の案内をお願いします。あまり時間が無いものでして。」

 「左様でございますか。致し方ありませんね。では、次の商品をご案内させていただきます。次こそは必ず「黒の勇者」様に見合う最高の船をご案内させていただきます。どうぞこちらへ。」

 店員がそう言って、奥の方へと僕たちを案内する。

 しかし、中々条件に合った船が見つからないものである。

 船選びというのは意外に難しい。

 そう思っていた時、船会社の右横の大きなガレージ内に置いてある、一隻の黒い大型クルーザーが目に入った。

 黒いクルーザーというのはあまり見かけたことがない。

 今いるマリーナに置いてあるクルーザーのほとんどは白色である。

 僕は何故だか分からないが、ガレージにひっそりと置いてあるその黒いクルーザーが気になって仕方なかった。

 僕は店員に、黒いクルーザーの方を指さしながら訊ねた。

 「すみません。あのガレージに置いてある黒いクルーザーも売り物でしょうか?もし、そうでしたら、一度見せていただけませんか?」

 僕が問うと、店員は急に難しそうな顔を浮かべながら答えた。

 「申し訳ございません、お客様。確かにあの船も我が社の商品なのですが、あれはとんだ暴れ馬でして、とてもお客様におすすめできる商品ではございません。解体して、使えるパーツだけでも売ろうとしているところです。他にもっと良い商品がございますので、そちらから船をお選びください。」

 「暴れ馬ですか?ですが、僕はあの船に妙に惹かれるものを感じると言いますか、何か光るモノを感じるんです。すみませんが、僕たちにあの船を紹介していただけませんか?」

 「はぁ?構いませんが、本当にとんだ暴れ馬ですよ、アレは。ですが、お客様がそこまでご希望とあれば、ご案内させていただきます。」

 僕たちは一旦、マリーナを出て、黒いクルーザーのあるガレージへと向かった。

 ガレージに入ると、僕たちはその黒いクルーザーを店員に案内してもらった。

 黒いクルーザーの船名は、「海鴉号」。

 全長16m、全幅4.5mの大型クルーザーである。定員は15名。

 船体の外装は全てオリハルコンでできており、通常の鉄製の船よりもはるかに頑丈である。

 操縦席とU字型の大型ソファーがあるメインキャビンに、客室のステートルームが3部屋、調理場のギャレー、フライブリッジなどがある。

 風呂、洗面台、トイレ、キッチン、冷蔵庫、クローゼット、シングルベット6つが付いている。

 海上生活の設備も十分に備わっている。

 船の最後尾には、2基のエンジンが付いている。

 生活面に必要な機能はちゃんと揃っているが、店員の言っていた暴れ馬とは一体どういう意味なのか?

 「生活面に必要な設備はこちらの条件通り揃っているようですが、暴れ馬というのは一体どういうことでしょうか?」

 僕の質問に、店員は苦笑しながら答えた。

 「よく操縦席をご覧ください。アクセル用のレバーがこの船には付いていないでしょう。この船のエンジンはかなり特殊な仕組みなんですよ。」

 店員に言われてよく見ると、他の船と違って、操縦席に、アクセルを制御するためのレバーが付いていない。

 車のような円いハンドルと、エンジンのON・OFFの切り替えスイッチ、離着岸のためのスラスターを操作するジョイスティック、計器類、それと座席が付いている。

 船のアクセルを、スピードを操作する設備が見当たらないのだ。

 「この船は一体どうやって、スピードの調整をするんですか?エンジンの仕組みというのが関係あるんですか?」

 「その通りです。この船は、操縦者がハンドルに魔力を流し込むことで、エンジンに燃料である魔力が伝わり、動くことができるのです。操縦者の魔力を動力源に動くという仕組みになっています。操縦者がハンドルに流し込む魔力の量を調整することで、船のスピードが変わります。この船の最高速度は約100ノット、時速185㎞で海上を走行可能です。おそらく世界最速のクルーザーであると言えます。ですが、この船を動かすためには、操縦者が膨大な魔力を持っていることが必須です。この船で最高速度にて走ろうとすれば、操縦者は一気に膨大な魔力をこの船のエンジンに吸い取られ、昏倒してしまうという致命的な欠陥があるのです。私や他の社員、それに試乗に来られたお客様もこの船を操縦した経験があるのですが、スピードが上がるたびに膨大な魔力をこの船に吸い取られ、体調を崩す者が続出しました。最高速度にチャレンジをして、意識を失って事故を起こしかけたお客様もおられます。私どもがこの船を暴れ馬と呼ぶのはそのためです。この船は元々、ラトナ公国で開発されたものでして、エンジンの設計にはラトナ公国の大公殿下にして天才錬金術師としても有名なクリスティーナ・ニコ・ラトナ氏が携わっております。私どもも最初は世界最速にして最新式のエンジンを搭載したクルーザーという触れ込みでしたので、喜んで仕入れたのですが、蓋を開ければとんだ暴れ馬の欠陥品だったというわけです。この船を操縦できる人間は誰もおりません。乗れば大怪我間違いなしという曰くつきです。そういう事情がございまして、購入をお勧めいたしかねるわけです。」

 操縦者の魔力を動力源に動く船か。

 世界最速のスピードが出せるクルーザーというのは魅力的だ。

 操縦方法も決して複雑ではない。

 だが、エンジンの設計者があのクリスとはなぁ。

 クリスの発明品は画期的で優れたモノもあるが、欠陥品が多いのも事実だ。

 クリスの作った欠陥品の実験に巻き込まれてとんでもない目に遭わされたこともある。

 けれど、要はこの船を動かすために必要な魔力を操縦者本人が持っていればいいわけだ。

 船の外装はオリハルコンでできていて、とても頑丈で、どんな船よりも衝撃に強いと言える。

 魔力を吸われ過ぎれば意識を失うというリスクはあるかもしれないが、世界最速のクルーザーというのは実に魅力的だ。

 それに、船体の色が黒というのが気に入った。

 僕のトレードマークになりつつある黒色というのが、心惹かれるポイントでもある。

 僕はこの黒いクルーザーを、「海鴉号」を購入することを決めた。

 「すみません。この船を試乗させていただけませんか?」

 僕の言葉に、店員は驚いた。

 「ええっ!?この船を試乗されたいのですか?この船は本当に危険な欠陥品ですよ。怪我人が続出している船ですよ?試乗の際、怪我をされても当社は責任を一切負いませんが、それでもよろしいのですか?」

 「はい、構いません。それでは、詳しい操縦方法について教えてください。」

 それから、僕たちは1時間かけて、「海鴉号」の操縦について店員から指導してもらった。

 そして、いよいよ、海上に出て試乗することになった。

 試乗は僕が操縦席に乗って行うことになった。傍には指導役の店員が付いている。

 「それじゃあ、出向します!」

 僕は左手でハンドルを持ちながら、ハンドルに霊能力を流し込んだ。

 右手にはジョイスティックを掴み、ジョイスティックを操作して、マリーナからゆっくりと離岸した。

 それから、両手でハンドルを掴むと、霊能力をゆっくりと流し込みながら徐々に船のスピードを上げていく。

 僕は「海鴉号」で海上を走り抜ける。

 スピードメーターを見ると、60ノットを超えていた。

 時速111㎞で海上を走っている。

 隣にいる店員は驚いている。

 「何と、60ノットを超えても顔色一つ変わらないとは!?60ノットの時点で体調を崩される方も多いのです。体調はお変わりありませんか?気分が悪くはありませんか?」

 「いえ、問題ありません。なら、このままどんどんスピードを上げますね。」

 僕はさらに霊能力をハンドルに流し込んだ。

 船のスピードはぐんぐん上がり、70ノット、80ノット、90ノットと、スピードメーターの表示は変わっていく。

 そして、ついに最高速度の100ノットに到達した。

 凄まじいスピードで海上を僕が操縦する「海鴉号」は進んでいく。

 横で操縦を見ている店員も目を丸くして驚いている。

 「ひゃ、100ノット!?最高速度に到達ですか!?しかも気絶していない!全く顔色が変わらないなんて!この船を操縦できる人間が本当にいるなんて、信じられない!」

 「最高だ、「海鴉号」!お前がいれば、どんな荒海でもへっちゃらだ!よろしくな、新しい兄弟!」

 僕は最高速度で海上を走りながら、「海鴉号」に向けて言った。

 試乗を終え、マリーナに戻ると、僕は「海鴉号」の購入手続きに入った。

 「試乗を手伝っていただいて、ありがとうございました。早速ですが、ぜひ「海鴉号」を買いたいと思います。お値段はおいくらになりますか?」

 「「海鴉号」のお値段ですが、5,000万リリスでお売りいたします。元は3億リリスで仕入れた商品でしたが、解体寸前でしたし、お客様以外に操縦できる方はいらっしゃいませんので、特別価格で販売させていただきます。いかがでしょうか?」

 僕の貯金は現在5億リリス。

 大型クルーザーの相場は2億リリス前後と聞いていたので、5,000万リリスという値段はかなり安い。

 ハズレ依頼をこなし、コツコツと貯金をしてきたという日頃の行いが良かったのだろう。

 「はい、では5,000万リリスで購入させていただきます。口座引き落としで代金を支払いますが、よろしいでしょうか?」

 「かしこまりました。では、後日お客様の口座より代金を引き落とさせていただきます。それから、こちらの契約書にサインをお願いいたします。」

 僕は「海鴉号」の購入契約書にサインをした。

 「ありがとうございます。では、本日より「海鴉号」のオーナーはあなた様になられます。こちらが契約書の控えになります。紛失なされないよう、ご注意ください。」

 「ありがとうございます。これですぐに目的地へ行くことができそうです。ちなみに、次の目的地はズパート帝国の首都にある港なんですが、停泊料とかは高かったりするんですか?」 

「ズパート帝国ですか?1ヶ月程度の停泊料でしたら、7,000リリスほどで済むはずです。そんなに高くはありませんよ。」

 「分かりました。色々とご親切にしていただいて、ありがとうございました。」

 「いえ、こちらこそ「黒の勇者」様の乗る船を買っていただけるなんて、大変光栄なことです。この契約書は我が社の宝ですよ。社長や他の社員たちも見たらきっと喜びます。どうか道中気を付けてください。お客様の旅が良い船旅になることを祈っております。」

 僕たちは店員と別れると、マリーナから「海鴉号」に乗った。

 異世界で自分の船を持つ日が来るとは思ってもいなかった。

 この船さえあれば、みんなで世界中を旅することができる。

 海にもモンスターがいると言うが、僕たちなら海のモンスターにもきっと対応できるはずだ。

 僕は操縦席に座ると、「海鴉号」を動かし、セイル町のマリーナを出て、ズパート帝国へ向けて出発した。

 最高速度100ノットで、僕の操縦する「海鴉号」は広い海原を突き進んでいく。

 ナビを頼りに、海外線を沿うように進んでいく。

 「海鴉号」は猛スピードで海上を走る。

 玉藻、酒吞、鵺の三人は船酔いになることもなく、窓から見える景色を楽しんでいる。

 エルザとグレイの二人も窓から見える海と、「海鴉号」のスピードに初めは興奮して楽しんでいたが、途中から二人とも船酔いを起こした。

 エルザもグレイも顔色を真っ青にして、度々嘔吐した。

 「ウプッ。我が船酔いになるとは思わなかった。鍛練が足らぬ証拠だ。ウウっ、気持ち悪い。」

 「ウゲェー。き、気持ちワリい。初めての船だからはしゃぎすぎちまった。オエエー。」

 「玉藻、悪いが二人に酔い止めの薬を飲ませてやってくれ。それと、二人の看病を頼む。酒吞と鵺は残って、周囲に異変がないか、チェックを頼む。今のスピードならモンスターもそう簡単には追ってはこられないだろうが、念のため、警戒をしておこう。」

 「かしこまりました、丈様。お二人とも、下のステートルームに行って休んでください。酔い止めの薬を後で飲ませますから。」

 「ったく、手のかかる後輩たちだぜ。これから船に乗るたびに倒れて吐かれちゃ大変だぜ。俺たち先輩組できっちり鍛える必要があるな。」

 「船上でエルザとグレイのトレーニングをすることを提案する。戦闘は陸上でだけとは限らない。二人の体調が戻ったら、軽くトレーニングをしてあげることにする。今後の旅に備えて、二人には海に早く慣れてもらうべき。」

 「酒吞、鵺、ありがとう。でも、最初はほどほどに頼むよ。船酔いは体質的なものも関係あるから、無理はさせないでくれ。」

 こうして、僕たちの船旅は始まった。

 途中休憩を挟みながら、僕たち一行はズパート帝国を目指した。

 一刻も早くズパート帝国に着かなければ、謎の奇病のせいでズパート帝国はさらに大変な事態になりかねない。

 そして、ズパート帝国には復讐相手である「聖女」たち一行がいる。

 今回の原因不明の謎の奇病の流行にアイツらが裏で関わっている可能性がある。

 絶対にアイツらの悪事を暴き、復讐してやる。

 待っていろ。「聖女」たち。インゴット王国の王族たち。光の女神リリア。僕を虐げ、僕と敵対する異世界の悪党ども。

 お前たちの悪事は僕が全て粉々にぶち壊す。

 お前たち全員を地獄に叩き落としてやる。

 覚悟しているがいい。

 広い海原を走りながら、僕は異世界への復讐の旅に思いを巡らせるのであった。




















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