第十三話 主人公、事後処理に追われる、そして、不良娘たちの更生に付き合う

 「大魔導士」姫城たち一行を倒し、ユグドラシルを救って、それから聖杖を破壊した日の翌日以降のこと。

 僕たち「アウトサイダーズ」は対抗戦もダンジョン攻略も終えていたので、次のダンジョンがあるというズパート帝国へすぐにでも旅立つつもりでいた。

 しかし、ここで予期せぬ問題が発生した。

 「世界樹」ユグドラシルが一時枯れかけ、そのせいでユグドラシルから供給される空気に異常が生じ、大気中に含まれる魔力が減少してしまった。

 大気中の魔力の減少が、ペトウッド共和国内どころか世界中のモンスターたちを刺激してしまい、体調に異変を生じたモンスターたちが各地で暴れ出した。

 僕たちは他の冒険者や国の騎士たちと力を合わせ、この三日間、暴れ出したモンスターたちの鎮圧に駆り出されることになってしまった。

 まったく、姫城たちはとんでもない置き土産を残していってくれたものである。

 死んでも尚、世界中に迷惑をかけるとは、本当に傍迷惑な連中である。

 そんなトラブルもあったため、僕たちはトラブルを解決するため、もうしばらくペトウッド共和国に滞在するハメになった。

 ダンジョン攻略から四日目のこと。

 とりあえず各地で暴れ出したモンスターの鎮圧に成功した僕たちは、その日全員休みを取ることに決めた。

 僕は朝ゆっくりと起きると、着替えをして、ギルドの食堂でいつもより少し遅い朝食をとった。

 玉藻、酒吞、鵺の三人は、対抗戦からの疲れも溜まっていたのか、全員ベッドでスヤスヤと眠っていた。

 僕は朝食を食べ終えると、やり残した依頼があったのを思い出し、ギルドの食堂を出ると、泊っている部屋に一度戻って、外出の準備を整え、ギルドを出ようとした。

 Sランクのハズレ依頼ではあるが、きっと僕一人でも問題なくこなせるだろう。

 そんなことを思いながら、ギルドの一階の廊下を歩いていた。

 その時、ギルドの入り口のすぐ右横に見慣れた集団を見かけた。

 その集団がチラチラと僕を見てくる気が一瞬したが、僕はスルーした。

 僕は集団の横を通り過ぎて、ギルドの外へ出ようとすると、何故か声をかけられてしまった。

 「おい、ちょっと待てよ、「黒の勇者」!お前に話がある!」

 僕に声をかけてきたのは、狼獣人派代表チームのリーダーであったグレイだった。

 だけど、僕はエルザを散々馬鹿にし、さらに姫城たちの悪事に騙されていたとは言え加担したグレイと話をしたいとは思わなかった。

 第一、僕は正直、こういう不良っぽい女の子は苦手だ。

 グレイもグレイの仲間たちも、いかにもレディースとか女ヤンキーっていう感じのルックスだ。

 陰キャぼっちでコミュ障の僕にとって天敵みたいな連中だ。

 はっきり言って関わりたくない。

 関わったらきっと碌でもない目に遭わされるに違いない。

 僕はグレイを無視して先に進もうとする。

 だがしかし、グレイは僕の服の袖を引っ張り、しつこく呼び止めようとしてくる。

 「ちょっと待てって!無視すんなじゃん!アタシらの話を聞いてくれって!」

 面倒臭いのだが、ちょっとだけ話を聞くことにした。

 「何だ?僕に何の用だ?というか、お前ら何でここにいるんだ?てっきり刑務所にでもぶち込まれたと思っていたぞ?後、僕の服を掴むのは止めろ。さっさと離せ。」

 グレイは僕の服の袖を掴むのを止めると、僕に向かって話し始めた。

 「そこまで嫌わなくってもいいじゃんよ。アタシらだって今回のことは反省してる。あの後、親父たちにしこたま説教食らったしな。刑務所に入れられても仕方ねえことをやらかしちまったけど、アタシらはあの勇者どもに騙されていただけだってことで、何とか刑務所行きは見逃してもらったんだよ。その代わり、当分の間、無償で社会奉仕活動をすることで許してもらうことになったんだ。世間様にご迷惑をおかけしたし、アタシらがよそ様にまた迷惑をかけねえようしっかり見張るためにも、親父たちやギルドの目の届く範囲で活動させるってよ。それで、昨日から早速、無償で冒険者ギルドから依頼を受けてるんだよ。薬草採取とか人探しとか、どぶさらいとかをやってる。それと、怪我したアタシらをお前が治療してくれたって聞いた。お前が治療してくれなきゃアタシらは最悪死んでたかもしれないと言われた。重傷だったアタシらがこんなに早く回復できたのはお前のおかげだと聞いた。ユグドラシルを助けたのもお前だと聞いた。お前には本当に何から何まで世話になった。本当にすまねえ。感謝する。」

 グレイはそう言うと、僕に頭を下げた。グレイの仲間たちもグレイに合わせて僕に頭を下げてくるのだった。

 「別にお前らを助けたのは、お前らが事件の重要参考人だったからだ。証人に死なれたら困るしな。それに、姫城たちに騙されて悪事に加担したことも分かっていた。だから、情状酌量の余地があると思ったからだ。もし、お前らがあくまで自分の意思でユグドラシルを枯らすことに加担していたなら、僕は迷わず見捨てていた。まぁ、お前らがちゃんと反省して罪を償うと言うなら、僕はこれ以上何も言うつもりはない。僕を引き留めたのは御礼を言うためか?なら、僕はもう行ってもいいか?今日中に終わらせなきゃいけない依頼があるんだ。それじゃあ、社会奉仕活動頑張れよ。もう、他人に迷惑はかけるなよ。」

 僕はそう言うと、グレイたちの前から去ろうとした。

 が、またしてもグレイに引き留められた。

 「待つじゃんよ。まだ、話は終わってねえ。その、何だ、良かったらアタシらもお前の依頼を手伝ってやるよ。お前には世話になったし、恩返しさせてほしいじゃんよ。」

 グレイが、僕の依頼の手伝いを申し出た。

 「気持ちだけ受け取っておく。悪いが、僕がこれからやるのは、Sランクのハズレ依頼だ。はっきり言うが、怪我から復帰したばかりのお前らを連れてはいけないし、むしろ足手まといだ。付いてこられて死なれでもされたら困る。依頼は僕一人で十分だ。じゃあな。」

 「待てって。アタシらの怪我ならもうすっかり治ってる。それにアタシらはBランクパーティーで実戦経験も豊富だ。お前の邪魔になるようなことはしねえ。それに、エルザはお前と一緒にハズレ依頼をこなして強くなったんだろ。お前の戦いぶりをみればアタシらももっと強くなれるかもしれねえ。頼む、アタシらも連れてってくれ。この通りだ。」

 「ダメだ。何度頭を下げられようが断る。エルザと受けたハズレ依頼は、すべてエルザのトレーニング内容に合わせて選んだものだ。今回の依頼は別にお前らのトレーニング内容になるような依頼じゃないから見ても意味はない。それに、付いてこられて死なれたら迷惑だ。分かったなら、諦めろ。いいな。それじゃあ、僕はもう行くぞ。」

 僕はグレイの申し出を断り、一人ギルドを出るのだった。

 グレイの仲間が、グレイに話しかけた。

 「リーダー、どうして素直に自分だけ付いて行くって言わないんすか?アタシらはともかく、リーダー一人だけなら「黒の勇者」だって付いてくるのを許したかもしれなかったっすよ?リーダーだって、「黒の勇者」と二人っきりが良かったんじゃないんですか?」

 「しょ、しょうがねえじゃんよ。アイツと二人っきりになっても何話せばいいか、分かんねえじゃんよ。それに、アタシはあまり好かれていないのは分かってるから、余計にアタシだけ付いていくわけにもいかねえじゃん。ともかく、こうなったら、アイツの後を追うぞ。付いてくるなと言われても勝手に付いていくなら自己責任だし、文句言えねえはずだ。ほら、お前らも早くついてこい。行くぞ。」

 グレイはそう言うと、主人公の後を追ってギルドを出るのであった。

 リーダーのグレイに言われ、グレイの仲間たちもため息をつきながら、グレイの後に続くのであった。

 首都から街道を馬車で2時間ほど北に進んだところに、ランバー村という山と森に囲まれた小さな村がある。

 「木の迷宮」から馬車で約1時間ほど北に進んだところにあり、高台に登ると、うっすらと「木の迷宮」があるユグドラシルの木が見える。

 ランバー村は小さい村ながら、林業が盛んな村であると聞いている。

 依頼書によると、ランバー村周辺の森に、Aランクモンスター、ヤクルスの群れが住み着き、死傷者が出る被害が出ていて、おまけに、村の主な産業である林業に支障が出ているとのことである。被害の拡大を防ぐため、ヤクルスの群れの討伐を依頼したいとのことだった。依頼主は、ランバー村の村長であった。

 討伐する数は10匹。依頼の難易度はSランクで、報酬は500万リリアという相場の10分の1の低報酬。

 明らかにハズレ依頼である。

 元々は「木の迷宮」攻略のためのアリバイ工作のために受けた依頼であったが、ユグドラシル襲撃事件の際に、「木の迷宮」のダンジョン攻略を行ったため、アリバイ工作が最終的に不要になってしまった。

 ユグドラシルの不調が原因による各地でのモンスターの暴走への対処があったため、今回の依頼の遂行が遅れてしまった。

 依頼の未達成はギルドからペナルティを科されることになるため、こうして今日依頼を達成するために来たわけである。

 ランバー村に入ると、ヤクルスの群れが住み着いたという森の詳しい位置を通行人に訊ね、僕はランバー村の北側にあるヤクルスの群れが住む森の中に入ろうと向かった。

 だが、ここで一つ問題が起こった。

 何故か、グレイたちが僕の後を付いてきたのだった。

 僕は一旦立ち止まると、後ろを振り返り、グレイたちの方を見た。

 僕はグレイたちに声をかけた。

 「お前ら、何で僕に付いてくるんだ?言ったよな、付いてくるなと。Sランクのハズレ依頼で、巻き込まれたら死ぬかもしれないと。20人もいるお前らを庇いながらヤクルスの群れ相手に戦う余裕は僕にはないぞ。分かったら、とっとと帰れ。大事な社会奉仕活動の途中だろ?」

 僕はグレイたちを追い返そうとするが、グレイはしつこかった。

 「良いじゃんかよ、別に。お前の依頼の邪魔はしねえ。後ろから黙って見ているだけなら問題ねえだろ?アタシらだってもっと強くなりてえんだ。アタシらがもっと強ければ、あのクソ勇者どもに好き勝手な真似はさせなかったはずだ。アタシらなりに後悔をしているんだ。付いてくるなと言われても勝手に付いていくからな。お前から強さを学べば、アタシらも強くなれる。だから、今日は一日どこまでも付いていく。いいな?。」

 「はぁー。なら、勝手にしろ。だけど、本当に邪魔だけはするなよ。後ろで黙って見学していろ。絶対に前には飛び出すなよ。分かったな?」

 僕はグレイたちにそう言うと、ふたたび前を向いて歩き始めた。

 村から30分ほど北に森の中を歩いて進んでいくと、前方にヤクルスの群れが木の上で休んでいるのが分かった。

 ヤクルスとは、体長15mほどの大きさで、白い鷲の翼に、鷲の足を生やした、全身を緑色の鱗に覆われた大蛇のモンスターである。

 口からははみ出るように伸びた、長く鋭い牙を生やしている。

 普段は木の上で生活し、獲物を見つけると、木の上から滑空して獲物の背中に牙を突き立て噛み殺すのが特徴である。

 巨大な木が国中に生えているペトウッド共和国にのみ生息するモンスターである。

 異世界召喚物の物語ではあまり登場しないが、ファンタジー系のゲームで登場することがある。伝承では、翼を持つ蛇として描かれ、木の上から人間を襲う怪物としても描かれている。槍蛇という別名でも呼ばれている。

 さて、伝承通りの姿をしているが、翼を持っている以上、空に逃げられては厄介だ。それに、蛇であるなら、獲物の体温を感知して襲ってくるはず。視覚をごまかして隙を突くのは難しい。

 「数は10匹。1匹も逃がすわけにはいかない。だけど、空を飛ばれたら面倒だ。なら、なるべく近づいて、油断したところをまとめて仕留めるか。牙に毒はないはずだ。だが、あの巨体に巻き付かれても面倒だ。よし、一応、呪いを全身に纏って突撃しよう。それが一番効果的だ。」

 僕は作戦を決めると、霊能力を解放し、瞬時に全身に纏った。

 それから、霊能力のエネルギーを圧縮し、死の呪いの効果を持つ黒い霊能力のエネルギーへと変換して全身に纏った。

 「霊呪鎧拳!」

 次に、ジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出した。

 右手に如意棒を持つと、如意棒に霊能力のエネルギーを流し、如意棒を黒いサーベルに変形させた。

 サーベルにも黒い霊能力のエネルギーを纏わせた。

 「よし、それじゃあ、行きますか。」

 僕は隠れていた茂みから出ようとする。

 その時、後ろにいたグレイが声をかけてきた。

 「おい、正気か?ヤクルスの群れ相手にお前一人で突っ込む気か?10匹もいんだぞ。いくらなんでも無茶だろ、おい。アタシらも加勢するぞ?」

 「結構だ。良いからそこでおとなしく見ていろ。すぐに終わらせる。」

 僕はグレイたちにそう言うと、ヤクルスたちのいる木の方へと向かった。

 僕が姿を現すなり、ヤクルスたちは一斉に翼を広げ、木の上から鋭い牙の生えた口を大きく開きながら僕に襲いかかってきた。

 ヤクルスの一匹が、僕の背中に牙を突き立ててきた。

 だがしかし、ヤクルスの鋭い二本の牙は、僕の体にぶつかった瞬間、ポッキリと折れてしまった。

 僕はすかさずヤクルスに、手に持っていたサーベルで斬りつけた。

 「霊呪剣!」

 ヤクルスはサーベルが纏っていた死の呪いを受け、その場で絶命した。

 他のヤクルスたちも襲い掛かってくるが、僕はヤクルスたちの攻撃をかわしながら、ヤクルスたちにサーベルで斬りつけ、一刀の下、倒していく。

 一匹のヤクルスが僕に巻き付いてこようとしたが、僕に巻き付こうと僕の体に触れた瞬間、僕の全身を覆う死の呪いの効果を持つ黒い霊能力のエネルギーに触れてしまい、叫び声をあげて苦しんだ。

 「キシャアアアー!」

 ヤクルスは叫び声をあげて、のたうち回り、その場で死の呪いに侵され、絶命した。

 僕の攻撃を受け、7匹のヤクルスが倒された。

 仲間たちが僕に倒されたのを見て、残りの3匹のヤクルスたちが形勢の不利を悟り、翼を広げ、空に逃げようとする。

 「逃がすか!」

 僕は、如意棒をサーベルからロングボウへと変形させた。

 そして、黒い霊能力のエネルギーを、黒い矢へと変化させると、ロングボウに黒い矢をつがえた。

 それから、ヤクルスたちに向かって、次々に黒い矢を生み出して、発射した。

 「霊呪弓必射!」

 空を飛んで逃げようとしていたヤクルスたちは、僕の発射した黒い矢に射られて地面へと墜落していく。

 墜落のショックと、即死の呪いの効果を持つ黒い矢の呪いを受けたことで、ヤクルスたちは地面に落下して死んだ。

 10分弱で、10匹のヤクルスの群れは、僕によってすべて討伐された。

 如意棒を元のサイズに戻し、ジャケットの左の胸ポケットにしまうと、僕はヤクルスたちの死体へと近づいた。

 それから、腰のアイテムポーチにヤクルスたちの死体を回収していく。

 ヤクルスたちの死体を回収していると、森の中から、僕とヤクルスたちの戦闘を見ていたグレイたちが姿を現した。

 グレイたちは全員、驚いた表情を浮かべながら僕の方へと近づいてきた。

 「マジでスゲエな。ヤクルス10匹をあっという間に一人で倒すなんてよ。アタシらでもせいぜい2、3匹倒すのがやっとだぜ。お前、いつもこんなことやってんのか?普通の人間ならとっくに死んでんぞ。これが「黒の勇者」の実力ってわけか。そりゃ、エルザの奴もめちゃくちゃ強くなるわけだわ。」

 グレイはそう言って、僕の倒したヤクルスに触ろうとする。

 「触るな!ヤクルスたちの死体には全部、死の呪いがかかっている!今、下手に触ったらお前も呪いで死ぬぞ!グローツラングだって即死させる呪いだ!絶対に触るんじゃないぞ、お前ら!」

 僕の警告を聞いて、「ヒっ!?」と声をあげて、グレイや、グレイの仲間たちはヤクルスたちの死体に触ろうとした手を急いで引っ込めた。

 「まったく、手のかかる連中だ。ヤクルスじゃなくて、僕の呪いで死んだりしたら僕の監督責任になるだろうが。いや、勝手についてきたのはお前らだから、どっちみち、僕に監督責任はないかもしれないが、それでも後味が悪すぎる。どうしてもヤクルスの死体に触りたいなら、呪いが抜けきった後で触らせてやってもいい。だけど、今後、僕の倒したモンスターの死体には絶対に迂闊に触ったりするな。死にたくなかったらな。」

 グレイたちは顔を青ざめさせながら、首を縦に振るのだった。

 「お前の使ってたあの黒い魔法って、死の呪いだったのかよ。そんな物騒なもん使ってたのかよ。アタシらはラッキーだったな。アタシらの試合でアレを使われたらマジでヤバかったじゃんよ。ふぅ、助かったぜ。」

 「死の呪いも加減すれば、相手を気絶させるぐらいだ。だけど、今、ヤクルスたちに使ったのは、敵を即死させる効果のある強い死の呪いだ。触れただけで耐性の無い人間は死ぬ。分かったなら、戦闘中の僕や、僕の倒したモンスターには迂闊に触るんじゃないぞ。」

 僕はそう言うと、ふたたびヤクルスたちの死体を回収するのだった。

 ヤクルスたちの死体の回収が終わると、僕は討伐が終わったため、首都のギルドへ帰ることにした。

 「それじゃあ、依頼は終わったし、僕はこれで帰ることにする。この依頼が終わったら、今日は休みを取ることになっているんでね。お前らも満足したなら、さっさと帰って社会奉仕活動をするんだな。じゃあな。」

 僕はグレイたちにそう言うと、ランバー村から帰ろうとした。

 「待ってくれ!実はお前に頼みがあるじゃんよ!アタシらに手を貸してくれ!頼む!」

 グレイが、僕に頼みがあると言って、引き留めてきた。

 「頼み?何だ、まさかエルザみたいにトレーニングに協力しろとか?悪いが、言った通りこの後は休みをとるつもりだ。頼みがあると言うなら、他の冒険者を当たってくれ。」

 「お前にしか頼めないんだよ!実はアタシら、対抗戦の前にお前やエルザの真似をして、Sランクのハズレ依頼を受けたんだよ。でも、結局依頼達成できずに撤退しちまったんだ。このままだと、依頼主が困るし、アタシらもランク降格になるかもしれねえんだ。だから頼む、力を貸してくれ、「黒の勇者」。」

 グレイたちが頭を下げて頼み込んできた。

 やはりコイツらと関わって碌なことがなかった。

 「何でお前らの引き受けた依頼の後始末を僕がわざわざしなくちゃいけないんだ?大体、お前ら「シルバーファング」はBランクパーティーだろ。どうしてSランクのハズレ依頼なんて受けるんだ?僕とエルザのトレーニングの真似をするにしても、Sランクを受けるなんて危険と言うか、無謀だろ。どっかの馬鹿な勇者がよく考えもせずにSランクのハズレ依頼を勝手に受けて王都を壊滅させたのを忘れたか?お前らはあのクソ勇者どもと違って、経験豊富な冒険者だろうが。誰か反対して止める奴はいなかったのか?まったく、本当に手のかかる連中だ。不本意だが、Sランクのハズレ依頼が放置されているなら、見過ごすわけにはいかない。とりあえず、そのハズレ依頼の依頼書を見せろ。まずはそれからだ。」

 「おおっ、協力してくれんのか。本当にすまねえ。依頼書はこれだ。」

 グレイは、腰に巻いているアイテムポーチから、依頼書を取り出すと、僕に渡した。

 僕はグレイの渡した依頼書に目を通した。

 「ええっと、何々、ホワイトクリフ山に住み着いて繁殖したロックバード200匹の討伐。ランクはSランク。討伐報酬は700万リリス。って、200匹!?ロックバードを200匹も討伐しろだって!?アイツらはデカイし、空を飛ぶんだぞ。それも200匹もって、僕一人だけじゃ相当骨が折れるぞ、こいつは。何で、お前ら、よりにもよって、こんな面倒な依頼を受けたりするんだ!?お前らのパーティーは確か近距離攻撃特化の「獣槍術士」中心のパーティーで、遠距離攻撃のできる「獣弓術士」や「獣魔術士」はほとんどいなかっただろ?受けるにしても、全然お前らのパーティーとは相性最悪じゃないか。どうしてこんな無茶な依頼を受けたりするんだ?本当にどうかしているぞ。これを僕に何とかしろと、そう言うのか?」

 「本当に、本当にすまねえ。あの時は対抗戦やらエルザへの対抗心やらで冷静じゃなかったんだ。本当に馬鹿なことをやっちまったと反省してる。でも、このままだとロックバードのせいで山の麓の村に被害が出続けちまう。頼む、アタシらだけじゃ依頼達成はできねえ。どうか、力を貸してくれ。」

 「いくら僕が、多少空中戦ができると言っても、そんなに長くは飛べないしな。おまけに200匹もいるとなると、全部仕留めるのは大変だ。こういうのはどちらかというと、僕より鵺の方が向いているんだけどなぁ。空を飛ぶロックバード200匹の討伐か。一旦ギルドに戻って、鵺に相談するか。鵺に協力してもらえれば、すぐに解決できるはずだが。」

 「悪い、「黒の勇者」。その依頼なんだけどよ、今日が依頼の達成期限なんだよ。ギルドから急ぎの依頼だって言われてよ。だから、ギルドに戻る時間はねえんだ。ギルドに戻ってたら、日が暮れちまう。下手したら、明日になっちまう。」

 「はぁっ!?今日中に達成しろだって!?いや、さすがにそれは無理だ。いくらホワイトクリフ山がここから近いと言っても、200匹のロックバード相手に僕一人で今日中に対処するなんてできないぞ。攻撃方法や作戦の用意もなしに挑むなんて無茶だ。今日中なんて言われてもなぁ?」

 僕は頭を抱えた。

 空を飛ぶロックバード200匹を僕一人で今日中に討伐する。

 あまりに厳しすぎるミッションである。

 空を飛ばれるのも厄介だが、200匹はあまりに多すぎる。

 1匹たりとも逃がすわけにはいかない。

 しかも、今日中に全部討伐してほしいとは。

 本当に面倒事ばかり引き起こす連中だ。

 やっぱり刑務所に入れて反省させておいた方が良かったのではないか?

 だが、今更こんなことを考えてもしょうがない。

 僕は必死に考える。

 ロックバード200匹を確実に仕留める手段はないか。

 僕は頭をフル回転させる。

 そして、一つの考えを閃いた。

 僕は先日、玉藻と合体した。

 玉藻は言っていた。

 彼女と合体したことで、彼女の持つ能力を僕も使えるようになると。

 玉藻との合体なしでも、彼女の能力を僕も使えるようになるのだと。

 ならば、僕も玉藻と同じように認識阻害の幻術が使えるのではないか。

 試してみる価値はある。

 僕は、ジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出した。

 右手に如意棒を持つと、如意棒に霊能力のエネルギーを流し込み、如意棒を黒い鉄扇に変形させた。

 僕はさらに霊能力を解放し、霊能力を全身に纏った。

 青白い霊能力のエネルギーが、僕の全身と鉄扇を包み込んだ。

 僕は両目を閉じた。

 鉄扇を顔の前に持っていくと、意識を集中した。

 10秒ほど意識を集中した後、両目を開けると、同時に鉄扇をサッと開いた

 そして、鉄扇を持つ右手を上に掲げた。

 「認識阻害幻術!」

 鉄扇が青白く光り輝くと同時に、鉄扇の先から薄い透明な膜が現れ、僕の体を包んでいく。

 間違いなく、玉藻の使う「認識阻害幻術」を再現したはずだ。

 後は、実際に僕の姿が周りから見えなければ成功のはずだ。

 僕は、正面にいるグレイたちを見た。

 グレイたちは急に僕の姿が消えたためか、驚き困惑している様子だ。

 「お、おい、「黒の勇者」の奴はどこ行った?今さっきまで目の前にいたよな?どこに消えちまったんだ?まさか、また例の高速移動か?」

 どうやら、グレイたちに僕の姿は完全に見えていないらしい。

 「認識阻害幻術」の発動に成功したようだ。

 これを応用できれば、僕一人でもロックバード200匹を討伐できるかもしれない。

 ぶっつけ本番にはなるが、きっと上手くいくはずだ。

 僕は幻術を解いて、グレイたちの前に姿を現した。

 「僕ならずっとお前らの前にいたぞ。高速移動はしていない。透明になっただけだ。ちょっと透明化の技のテストをしただけだ。」

 「うおっ!?びっくりした!いきなり、姿を現すのは止めろよ。つか、お前、透明になったって言ったな。透明人間にまでなれるなんてもう何でもありだろ、お前。「黒の勇者」ってのは本当に規格外だな、おい。お前の力、意味不明なほど凄すぎだろ。どうやったら、そんなに強くなれるんだ?」

 「別に僕はそんなに強くはないぞ。僕より僕の仲間の方がずっと強い。まぁ、良い指導役が傍に付いて指導してくれるからな。後はハズレ依頼を死に物狂いでこなしてきた。毎日命懸けのトレーニングをやってきたことも大きい。一概にどれをやったから、強くなったとは言えないが、毎日コツコツと努力を積み重ねてきたから、強くなれたとは思う。」

 「お前よりまだ強い奴がいんのかよ。お前より強い奴らに鍛えられて、しかも、ハズレ依頼を死に物狂いでこなしてきたわけか。そんだけ頑張らねえと、強くはなれねえってわけか。やっぱりそう簡単にお前みたいに強くはなれねえわけだな。でも、そんなお前にトレーニングしてもらったから、エルザはあんなに強くなったわけだ。今なら分かるぜ、あのとんでもねえパワーアップに至った理由がよ。」

 「そりゃどうも。今のお前の言葉を聞いたら、エルザとも少しは仲がマシになるかもな。もうエルザを馬鹿にするのは止めろ。エルザは新議長にもなるわけだしな。敬意を持って彼女と接するように。まぁ、その話は一旦置くとして、ロックバードの群れを討伐する案が思いついた。今日中に討伐しなきゃいけないんだろ?急いで、これからホワイトクリフ山へ向かうぞ。付いてこい。お前らには死体回収をしてもらうからな。いいな?」

 「おおっ、さすがは「黒の勇者」だぜ。頼りになるじゃん。アタシらにできることがあったら何でも言ってくれ。元々はアタシらが受けた依頼だしな。それじゃあ、よろしく頼むじゃん。」

 それから、僕とグレイたちはランバー村から馬車で街道を東に2時間ほど進んだところにある、ホワイトクリフ山へと向かった。

 ホワイトクリフ山は高さ900mほどの小さな岩山で、岩肌は真っ白で、草木はほとんど生えていない。

 白い砂岩でできた岩棚に、大きな穴がいくつも開いていた。

 そして、その大きな穴に、ロックバードたちは巣を作っていた。

 ロックバードは、体長5mから6mほどの大きさの白い巨大な鷲の姿をしたモンスターである。

 Dランクモンスターで、獲物を空中高くから正確に捉える眼を持ち、空を飛んで人間や家畜を足のかぎ爪で掴んで運び去ることができる。

 空を飛ぶことと、牛や馬を軽々と持ち上げる力があることが特徴だが、獰猛で肉食のため、決して侮ってはいけない危険なモンスターである。

 異世界召喚物の物語やゲームなどでよく登場するモンスターである。伝承では、象やサイを軽々と持ち上げて食べてしまう、超巨大な怪鳥として描かれている。

 ロックバードたちは200匹いると依頼書にあったが、巣には雛鳥たちもいて、雛鳥たちも含めると、その数はさらに増える。

 気の毒だが、雛鳥も駆除しなければ、いずれ人間や家畜を襲う恐ろしい怪鳥へと成長する。

 成鳥も雛鳥も一匹残らず、駆除しなければならない。

 僕はロックバードたちのいる崖から少し離れた岩陰に身を潜めながら、ロックバードたちの様子を窺った。

 ロックバードの成鳥200匹に、巣の中にいる雛鳥たち。

 崖の中腹の巣穴に死体ができると回収が面倒だが、それはグレイたちに任せることにしよう。

 僕は後ろを振り返ると、後ろにいるグレイたちに向かって言った。

 「これからロックバードたちを討伐する。僕がロックバードたちをすべて討伐するまで絶対にここを動くな。討伐が終わったら、合図をする。その後のロックバードたちの死体の回収はお前らに任せる。いいな?」

 「おう、分かったぜ。」

 「それじゃあ、行ってくる。」

 僕は立ち上がると、右手を前に突き出し、手を開いた。

 そして、目を閉じ、10秒ほど集中した。

 目を開けると同時に、幻術を発動した。

 「認識阻害幻術!」

 僕の右手から、薄い透明な膜が発生し、僕の全身を包み込んだ。

 今の僕は、姿形や声、体温、体臭、影などが一切消え、他人からは全く姿が見えない、認識されない状態にある。

 次に、ジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出すと、右手に如意棒を持ち、それから如意棒に霊能力のエネルギーを流した。

 如意棒を黒いロングボウへと変形させると、僕は右手にロングボウを持って、ロックバードたちのいるホワイトクリフ山へと近づいた。

 ロックバードたちは白い岩肌の崖の中腹にある巣の中で休んでいたり、巣の周りを飛び回ったりしている。

 僕はロングボウを飛んでいるロックバードたちに向けると、霊能力のエネルギーで青白い光の矢を生み出した。

 空中を飛ぶロックバードたちは、ロングボウに矢をつがえる僕の姿が見えていない。

 僕はロックバードたちに狙いを定めると、ロックバードたち目がけて矢を発射した。

 「霊弓必射!」

 僕の発射した矢が猛スピードでロックバードたちに向かって放たれ、ロックバードたちは突然の奇襲に対応できず、矢に射られて撃ち落されていく。

 「グエっ!?」

 僕は次々に霊能力で矢を生み出しては、矢を発射し、ロックバードたちを撃ち落していく。

 仲間たちが次々に撃ち落されていくのを見て、ロックバードたちがキョロキョロと首を回して僕を探すが、「認識阻害幻術」を使っている僕の姿を、ロックバードたちは見つけることができない。

 その間にもどんどんすかさず矢を射かけ、僕はロックバードたちを撃ち落していく。

 地面には、すでに僕の矢で射られ、撃ち落されたロックバードたちの死体でいっぱいである。

 警戒したロックバードたちは、崖の中腹に開いた大きな穴の中の巣へと身を隠し始めた。

 だが、ロックバードは巨体のため、完全に巣の中へ姿を隠しきれないでいる。

 僕は場所を移動し、ロックバードたちの巣の正面の反対側にある斜面へと移動した。

 そして、斜面に陣取ると、巣の中にいるロックバードたち目がけて矢を放った。

 「グエっ!?」

 「ピピっ!?」

 巣の中にいるロックバードの成鳥と雛たちに向かって、容赦なく矢を射かけ、仕留めていく。

 巣の中にいたロックバードたちはすべて僕によって矢で射殺されたのであった。

 1時間後、ロックバード200匹と、巣の中にいた雛鳥たちは僕の手で全滅したのであった。

 ロックバードたちの全滅を確認すると、「認識阻害幻術」を解き、僕は斜面を降りた。

 そして、岩陰に隠れていたグレイたちと合流した。

 「終わったぞ、お前ら。ロックバードたちはすべて討伐した。逃げた個体はいなかったはずだ。巣の中にいた雛鳥も一緒に討伐しておいた。崖の中腹の巣にある死体はお前らで何とか回収してくれ。文句はないだろ?」

 グレイたちは口を開けて驚いていたが、すぐに喜び始めた。

 「ありがとよ、「黒の勇者」!マジでロックバード200匹を一人で討伐しやがった!本当にスゲエな、お前!これで依頼も達成できたし、アタシらもランク降格にならずに済んだぜ!ホントありがとな!死体の回収ならアタシらに任せてくれ!お前は休んでもらって大丈夫だ!」

 「ああっ、そうさせてもらう。ひたすら弓を射ったから、手と肩が痛くてたまらん。僕はしばらくここでゆっくりと休ませてもらう。死体の回収が終わったら、声をかけてくれ。」

 僕はグレイたちにそう言うと、地面に座り、岩に背中をもたれかかるようにして休むことにした。

 両目を閉じて、軽く仮眠をとることにしたのであった。

 40分ほど経過すると、ロックバードたちの死体の回収を終えたグレイたちが戻ってきた。

 「おい、「黒の勇者」。死体の回収が終わったぞ。後はギルドに戻って依頼達成の報告をするだけだ。協力ありがとな。」

 「ううーん、そうか。回収お疲れ様。それじゃあ、ギルドに戻るとするか。お前らは先に帰っていいぞ。僕はお腹が空いたから、麓の村で食事でもしてから帰る。今日はちゃんとした昼食をとっていないし、ロックバードの討伐もあったから、腹が減ってしょうがないんだ。そういうわけだから、ここでお別れだ。じゃあな。」

 僕はそう言って立ち上がると、グレイたちの前を去ろうとする。

 「おい、ちょっと待てよ。腹減ってるなら、アタシの弁当、分けてやるよ。手伝ってくれた礼代わりに、良かったら食っていけよ。たくさん作ってきたからよ。」

 グレイが僕にお弁当を分けてくれると言ってきた。

 特に断る理由もないので、ありがたく頂戴することにした。

 「じゃあ、遠慮なくごちそうになるよ。わざわざお店探すのも大変だしな。」

 僕がそう言うと、グレイは喜んだ。

 「そ、そうか。なら、遠慮なく食べていけ。アタシは結構、料理には自信があるんだぜ。じゃあ、ここで弁当を食うとしようぜ。準備するからちょっと待っててくれ。」

 グレイはそう言うと、仲間たちと地面に大きな布を広げ、弁当箱や水筒などを取り出して、広げ始めた。

 準備をしながら、グレイの仲間が、グレイに小さな声で話しかけた。

 「良かったすね、リーダー。昨日から買い出しして、朝早く起きて弁当作ってましたもんね。「黒の勇者」に手料理を食べてもらいたくてめちゃくちゃ気合入れてたっすもんね。ホント良かったすね。」

 「う、うるせえ!良いからとっとと準備しろじゃん!別にアイツのために作ったわけじゃねえし!ほら、くだらねえこと言ってねえで、ちゃっちゃと動け!」

 それから、グレイたちとともに僕は、グレイの作ったお弁当を食べることになった。

 女子20人に囲まれながら、男子1人だけでその中でお弁当を食べるというのは、どうにも落ち着かない。

 日本にいた頃は、僕が近くで弁当を食べるだけでクラスの女子たちから煙たがられてしまい、肩身の狭い思いをしたものだ。

 女子たちの嫌がる視線が気になり、クラスを出て、わざわざ空き教室で一人弁当を食べていたこともあった。

 大勢の女子に囲まれながら弁当を食べる日が来るなど、想像もしていなかった。

 少し緊張する中、僕は並べられたお弁当箱を見た。

 何というか、学校の運動会とかピクニックで出てくる重箱のお弁当であった。

 かなりの量のおかずが詰まっている。

 弁当の中身を見て、僕は衝撃を受けた。

 そこには、ずっと僕が恋焦がれていたメニューというか食材があった。

 それは、白米であった。

 白ご飯に海苔が巻かれた、まごうことなき見事なおにぎりがあった。

 僕は驚き、グレイに訊ねた。

 「グレイ、これ、もしかして、白米か?白米を使ったおにぎりだよな?ペトウッド共和国でも白米を見かけたことはなかった。どうしたんだ、これ?」

 「ああっ、アタシの実家は農家をやってんだよ。野菜から果物、小麦、牛、豚、鶏、羊、何でも育ててるぞ。アタシの家はでっかい畑をいくつも持ってて、牧場だって経営してるんだぜ。その米もアタシの家で育てたもんだ。小麦ほど需要がねえからそんなにたくさんは作ってねえけど、アタシの家や近所に配る分ぐらいには作ってんだ。もしかして、お前、米が好きなのか?」

 「うん、そうなんだ。米は僕の故郷じゃ主食なんだ。旅に出てから一度も食べることができなくて、ずっと食べたいと思ってたんだ。農業が盛んなペトウッド共和国でなら食べれるかもと思って探してはいたけど中々見つからなくてさ。まさか、グレイの実家で作っているとは思わなかった。怪我の功名って奴か。ロックバードの討伐を引き受けたおかげで白米を食べられるなんて。それじゃあ、このおにぎりを早速頂戴するよ。」

 僕はグレイの作ったおにぎりを手に取ると、勢いよくかぶりついた。

 口に入れた瞬間、懐かしい白米の甘味が口いっぱいに広がった。

 おにぎりに巻いてある海苔にはほんのりと塩気が利いていて、良いアクセントになっている。

 異世界に召喚されてから約三ヶ月あまり、ようやく念願の白米を食べることができた。

 白米が食べられないことは、僕の異世界生活にとって地味にストレスであった。

 白米が食べられないという不満は募るばかりで、異世界に召喚されたことをひどく恨んでいた。

 異世界なんて碌なもんじゃない、そう思っていた。

 だけど、今日、ようやく久しぶりに白米を食べることができた。それも異世界で、だ。

 僕は久しぶりに食べるおにぎりの味に感動するのであった。

 「グレイ、このおにぎり本当に美味しいよ。故郷の味がする。本当にありがとう。」

 「そ、そうか。そんなに喜ぶとは思わなかったぜ。たくさんあるから、好きなだけ食え。」

 「ありがとう。後、もし、白米が余ってたら、良かったら僕にいくつか売ってくれないか?本当に好きなんだよ、白米が。」

 「おう、良いぜ。何ならタダでやるよ。ついでに、明日、実家からお前のところまで届けてやるよ。500㎏ぐらいで良いか?」

 「ああっ、もう十分だよ。それだけあれば、旅の途中でもいつでも白米にありつける。よろしく頼むよ。」

 僕はグレイから白米をもらうことになった。

 僕は他のおかずも食べてみることにした。

 色々なおかずがあったが、やはりお弁当の定番というべきから揚げもあった。

 僕はから揚げを食べてみた。

 口に入れた瞬間、ジューシーな鶏もも肉の脂が口いっぱいに広がった。

 肉には醤油が染み込んでいて、それからニンニクの風味があり、食べ応えがあった。

 「このから揚げも美味い。おにぎりと一緒に食べるとさらに美味しい。これ全部、グレイの手料理なんだろ?本当に料理が上手なんだな、グレイは。ちょっと見直したよ。僕も以前は自炊してたけど、こんなに上手くは作れなかったな。本当に美味しいよ。ありがとう。」

 「へへっ。そうか。そんなに美味いか、アタシの料理は。気に入ってもらえて嬉しいぜ。ほら、こっちのコロッケも食べてみろよ。アタシの実家で採れたジャガイモで作ったんだ。これも結構自信あるんだ。」

 「ああっ、じゃあ、いただくよ。うん、美味しそうだ。」

 僕はグレイに勧められるまま、グレイの作ったお弁当を食べるのであった。

 誰かの手作りのお弁当を食べるのは本当に久しぶりだった。

 両親が亡くなって以来だろうか。

 何だかとても懐かしくて、温かい気持ちになってくる。

 お弁当を食べながら、僕はグレイたちと話をした。

 コミュ障のため、ジョークを言ったり、女の子が喜びそうな話をしたりはできないが、僕のこれまでの異世界での冒険について話をした。

 グレイたちからの質問に答えるような形となったが、それなりにウケたようなので良かった。

 エルザと付き合っているのか、とも聞かれたりしたが、付き合ってはいないと正直に答えた。

 やはり女の子という生き物は、恋バナが好きな生き物らしい。

 少しグレイたちが喜んだような気がしたが、気のせいだろうか?

 色んな話をしながら、グレイたちとの少し遅い昼食を楽しんだのであった。

 話が終わる間際、グレイから訊ねられた。

 「なぁ、「黒の勇者」、お前、また旅に出ちまうのか?ペドウッドに残ったりはしねえのか?アタシらもこの国のみんなもお前が残ってくれたら大歓迎だぜ。ずっとこの国にいても良いんだぜ?」

 「気持ちだけありがたく頂戴するよ。どうしてもやらなければいけないことがあるんだ。それをやり遂げるためにはまだまだ旅を続けなくちゃならない。すべてが終わったら、その時はまたこの国を訪ねるとするよ。後、「黒の勇者」って言う呼び方は止めてもらって結構だ。僕には、宮古野 丈って言う名前がある。ジョーと呼んでくれ。そっちで呼んでもらった方が落ち着くんだ。」

 「そうか。分かったぜ、ジョー。少し残念だが、旅が無事に終わることを祈ってるぜ。アタシらに協力できることがあったら、いつでも頼ってくれ。力になるぜ。」

 「ありがとう、グレイ。その時はよろしく頼むよ。」

 僕たちは話を終えると、片づけをして、それから、ホワイトクリフ山を下山した。

 麓の村で馬車を見つけると、首都の冒険者ギルドまで戻った。

 冒険者ギルドに帰り着くと、外はすっかり夜であった。

 時刻は夜8時を過ぎた頃であった

 グレイたちは無事、ロックバードの群れの討伐依頼の達成報告をでき、皆喜んでいた。

 グレイたちから改めて御礼を言われた後、僕はグレイたちと別れた。

 グレイたちと別れ、ギルドの宿泊所の部屋に戻ると、玉藻、酒吞、鵺の三人が揃っていた。

 玉藻たちが僕に声をかけてきた。

 「お帰りなさいませ、丈様。大分遅いお帰りでしたが、何かございましたか?」

 「いや、大したことはないよ。実は今朝、ギルドでばったりグレイたちに会ってね。それで、彼女たちから急にハズレ依頼を達成するのに協力をお願いされてね。緊急性の高い案件だったから、仕方なく協力することにしたんだ。ちょっと遠出をすることになったから、帰りが遅くなってしまった。まぁ、依頼は無事、達成できたから良かったよ。」

 「丈、お前、あの狼どもの手伝いなんてしてたのかよ。本当にお人好しだな、お前は。まぁ、そういうところがお前の良さ、つうか魅力ではあるんだけど。しっかし、アイツらちゃんと反省してたんだろうな?また、悪さなんかしてなかっただろうな?」

 「大丈夫だよ、酒吞。グレイたちもあれから反省して、今は罪滅ぼしのために、無償で依頼を引き受ける社会奉仕活動をしているそうだよ。それに、今日はグレイたちから御礼に手作りのお弁当をごちそうしてもらったよ。それも白米を使ったおにぎりをだよ。後、グレイの実家から白米を500㎏タダでもらう約束までしたんだ。これからは懐かしい白米をみんなで一緒に食べれるよ。グレイたちも意外に根は素直でいい子たちばかりだよ、本当。」

 「ちょっと待って、丈君。グレイたちが丈君に手作りのお弁当をごちそうしたの?女の子たちに囲まれてお弁当を一緒に食べたの?おまけに、グレイがタダで丈君にお米をあげるって言ってきたわけ?」

 「そうだよ。ユグドラシル襲撃事件の際に手当てをしたことや、ロックバードの群れの討伐に協力したことへの御礼ってことで、お弁当を分けてもらったんだ。後、グレイの実家が農家で、ペトウッド共和国でもお米を作っている数少ない農家で、僕が、白米が好物だって言ったら、それも御礼にくれるって言ってくれてさ。ええっと、何かマズいことでもあった?」

 「いや、そういうわけじゃない。けど、手作りのお弁当に、たくさんのお米をタダでプレゼントするなんて、御礼にしてはちょっと多過ぎる気がする。」

 「そうかなぁ?別にそうは思わないけど?協力したのはSランクの討伐依頼だったし、不自然じゃない気もするけど?とにかく、グレイたちも更生の道を歩んでいるようだし、良かったじゃないか。僕はちょっと汗をかいたから、お風呂に入ってくるよ。それじゃあ、また後で。」

 僕はそう言うと、着替えを持って、ギルドの宿泊所に備え付けてある大浴場へと向かった。

 僕がお風呂に入るため、部屋を出た後、玉藻、酒吞、鵺の三人は話し合いを始めた。

 「先ほどの丈様のお話をどう思いますか、お二方?グレイさんたちが更生し始めたことは喜ばしいことではありますが、丈様に手作りのお弁当を振る舞って、その上、グレイさんはご実家からお米を500㎏もタダでくださる約束をしてくれたそうです。丈様がグレイさんたちの命の恩人で、ハズレ依頼の達成に協力した御礼だということは分かります。ですが、食事をおごるなら、何も手作りのお弁当を用意して振る舞う必要があるでしょうか?それに、異世界では希少なお米を500㎏もタダでプレゼントするとは、少々贈り物としては多過ぎる気がいたします。わたくしたちの知らないところでまた、丈様にちょっかいをかける女性が現れたと考えます。これは早急に対策を打たねばならないのでは?」

 「ああっ、その通りだぜ、玉藻。突然目の前に自分の命を救ってくれる王子様が現れて、コロッと王子様に恋に落ちるっていうありがちなヤツだぜ、きっと。手作りのお弁当を男に振る舞うなんて、その男が好きだって言ってるようなもんだぜ。グレイの野郎、俺たちがいないのを見計らって、丈の奴に近づいたに違いないぜ。くそっ、エルザだけじゃなくアイツまで参戦してくるとは思わなかったぜ。こりゃ、油断できねえぞ、おい。」

 「手作りのお弁当で好きな男の子の胃袋を掴むのは恋愛術の基本中の基本。料理上手で家庭的な一面をアピールできる。グレイがまさかそんなに女子力が高いとは思わなかった。私たちは三人とも料理ができない。これはまさしく計算外の事態。グレイは私たちにとって意外な強敵になる可能性が高い。何かしら丈君へのさらなるアピール対策を練って対抗する必要がある。家庭的なヤンキーっ娘はギャップ萌えもあって男受けするポイントが高い。これは何とかしないと絶対にマズい。」

 「お二方の意見に同意します。グレイさんは料理もできて、行動力もあり、それにこれまで丈様の周りにあまりいなかったタイプの女性です。グレイさんが私たちの恋のライバルになることは間違いないと見ていいでしょう。早速、丈様への緊急のアピール策を考えるとしましょう。」

 玉藻、酒吞、鵺の三人は、グレイという思わぬ恋のライバルの出現に驚き、強敵グレイへ対抗するための、主人公、宮古野 丈へのさらなる自分たちの魅力をアピールするための策を考え始めたのであった。

 そんなことなど露知らず、一人ギルドの大浴場で汗を流す主人公であった。

 そして、ちょうどその頃、グレイもとある決意をしていた。

 「よし。アタシもアイツの旅に付いていくか。アイツとこのままお別れなんて嫌だからな。何が何でも絶対に付いていく。それで、絶対に惚れさせてやる。」

 主人公の知らないところで、主人公の異世界への復讐の旅はより複雑で騒がしいものに変わっていこうとしていた。


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