第十話 【主人公サイド:玉藻】とある妖狐の回想
かつては「玉藻の前」という名前で恐れられた、九尾の狐の妖怪でございます。
私は生まれながらにして、高い妖力と優れた知性を持っておりました。
私はすぐに人間に化ける術をおぼえると、人間の社会へと入り込み、人間の言葉や読み書き、文化などを学び、習得しました。
さらには、人間の高名な薬師の下で薬学に関する知識を学び、人間の薬師に劣らない、薬や毒を扱う術を身に着けました。
私は薬師となって、人間たちに薬を売りながら人間社会で暮らしました。
時には、仕事の空いた時間に、近所の子供たちに読み書きや計算を教えました。
私はいつしか「玉藻先生」と皆から呼ばれ、慕われるようになりました。
種族は違えど、誰かから愛してもらえる、優しくしてもらえるのは嬉しいことでした。
ある日、朝廷の使者を名乗る者たちが私の前にやってきました。
とある高名な貴族の方より、私をその方にお仕えする女官の一人として迎えに来たと言います。
私は初めお断りするつもりでしたが、逆らえば、私の命ばかりか、私が読み書きを教えている近所の貧しい子供たちの命まで奪わんという様子でした。
私は逆らうことができず、女官になる道を選びました。
朝廷にて、私は、国の実権を握る一人と言われるその高名な貴族の男性に女官の一人としてお仕えすることになりました。
市井に、とても美しく賢い女の薬師がいる、そんな噂を聞いて、その貴族の男性は私を自身の愛人とするため、私を女官に任命したことが後で分かりました。
くだらない色欲のために、この私を朝廷の女官に任命したその貴族の男性に、私は嫌悪感を抱いていました。
私に見せかけの愛の言葉を囁いてきたり、勝手に私の手に触れてきたり、私の寝室に夜中勝手に入って来たりと、本当に気持ち悪い最低の殿方でした。
私は何とか我慢して、女官の仕事を続けていました。
ある日のこと、私はその貴族の男性に呼び出され、とある密命を受けました。
決して証拠の残らない暗殺用の毒を作ってほしい、と命令されたのです。
私は当然、その命令を断るつもりでした。
ですが卑怯にも、その貴族の男性は、私が以前読み書きを教えていた貧しい子供たちの命を人質に取ってきたのです。
命令に逆らえば、子供たちを無実の罪で殺すと脅してきたのです。
私は止むを得ず、その貴族の男性の命令に従いました。
私が作った、決して証拠の残らない数種類の毒を手に入れると、その貴族の男性は、それらの毒を使って、自身の政敵たちを次々に暗殺していきました。
目障りな政敵たちを私の作った毒で次々に排除し、その貴族の男性はついに国の実質的な最高権力者の座へと上り詰めました。
私は、その貴族の男性のお気に入りの女官となりました。
肉体関係も恋愛関係も一切ないのに、その貴族の男性の愛人として有名になりました。
まるで、私がその貴族の男性を誘惑し、陰から朝廷を、国の政治を操っているという噂まで流れる始末でした。
女官となってからの私の生活に、愛も優しさもありませんでした。
周りは、私に嫉妬して陰口を言う卑屈な人間や、私に取り入って甘い蜜を吸おうという金と権力目当てのあさましい人間ばかりでした。
そんな時、私がお仕えしていた貴族の男性が病に倒れました。
医師たちが病や病の原因について調べますが、一向に何も分かりませんでした。
ですが、私にだけは原因が分かっていました。
私が貴族の男性に頼まれて作った新しい暗殺用の毒を、その貴族の男性がうっかり誤って自分に使ってしまったのです。
皮膚から直接浸透する種類の毒でしたが、遅効性の毒で、皮膚に誤って塗った量も致死量ではなかったため、幸い命に別状はありませんでした。
高熱と咳に悩まされ、意識が回復しない様子でしたが、これまでに働いた悪事への罰が当たったのだと思い、解毒剤を渡すことはしませんでした。
そんな時、高名な陰陽師を名乗る方が、原因不明の病で倒れたというその貴族の男性の祈祷のために、その貴族の男性の下を訪ねてきました。
陰陽師の方は、貴族の男性の傍で看病している私を見て、私を人間ではなく妖怪だと言い、私が貴族の男性を呪い殺そうとしていると言いました。
私は確かに狐の妖怪で人間ではありませんが、貴族の男性を呪い殺そうとはしていませんでした。
貴族の男性が倒れたのは、私に作らせた暗殺用の毒の使用を誤った不注意が原因です。
けれども、陰陽師によって、私は国の最高権力者を誑かし、呪い殺そうとした恐ろしい妖怪と言われ、朝廷から追われる身となりました。
私は何とか手を尽くして朝廷の追っ手から逃れようとしましたが、追っ手はしつこく私を追いかけ、命を奪わんと付け狙ってきました。
ついに私も逃亡生活に限界がきて、力尽き、弱ったところを追っ手に殺され、魂を「殺生石」という石に変えられ、とある山中に封印されたのでした。
封印をされてから長い月日が経過しました。
ある時、封印されている私の下に、一人の老人が訪ねてきました。
その老人の名は、
驚いたことに、その老人はとても強い霊能力を持っていました。
そして、白髪頭に丸眼鏡をかけ、眼鏡の奥から優しい眼差しを向けながら、私に語りかけてきました。
「初めまして、九尾の狐さん。それとも、玉藻の前さんとお呼びした方がいいかな?私の名前は宮古野 丈道。とある大学で民俗学を教える教授をしている。簡単に言うと、学者をしている。君が長い間、封印をされていることは知っている。これでも私も霊能力者の端くれでね。妖怪に関する研究なんかもしているし、一般人より妖怪には詳しいつもりだ。実は君に相談というか取引をしたくてここまで来たんだ。もし、私との取引に応じてくれるなら、君の封印を解いてあげてもいい。どうかね?」
『この私の封印を解いてくださると?ですが、あなたのおっしゃる取引というものが信用できる保証がありますか?封印を解く代わりに、私に誰かを殺せだの、隷従しろだの言ってくるおつもりなのでしょう?あいにく、私は人間と取引をするつもりはございません。人間は私の愛や優しさにつけこみ、私を都合の良い道具として利用し、都合が悪くなれば裏切って殺そうとする、そんな高慢で醜悪な心を持つ生き物です。あなたの話を聞くつもりはございません。どうぞさっさとお帰りください。』
「まぁまぁ、そんな冷たいことを言わず、話を聞いてくれ。私が君の封印を解く取引の条件はただ一つ、私のたった一人の孫を君に守ってほしいということだ。」
『あなたのお孫さんを私がお守りする!?そんなことのために、大妖怪と恐れられるこの私の封印を解くおつもりなのですか?本気なのですか?』
「ああっ、私は本気だよ。実は、今年で5歳になる可愛い孫が私にはいるんだが、孫は生まれつきとんでもなく強い霊能力を持っていてね。5歳ながら、すでに私の霊能力をはるかに上回るほどの力なんだ。だがしかし、孫の霊能力はあまりに強すぎて暴走し、邪気となって周囲に不幸をもたらしている。孫自身にも邪気による災いが降りかかっている状態でね。私もこれまで何とか孫の霊能力の暴走を抑えようとしてきたが、もはや私の力だけでは抑えきれなくなってきている。孫の霊能力は今後ますます増大し、さらにひどい暴走を引き起こす恐れがある。そして、孫の霊能力をこれまで抑えてきた私自身の命は残り幾ばくかしか残されていない。私は肺の病を患っていてね。先日医者から余命1年だと宣告された。私が孫に何かしてあげられる時間は残りわずかだ。だから、私に代わって、伝説の大妖怪と呼ばれる君に、幼い孫の霊能力の暴走を抑えてもらい、それから孫の行く末を見守っていてほしい。私のたった一人の孫を君に預けたい。どうか、私の頼みを聞いてもらえないだろうか?」
老人の目は優しくも真剣そのものでした。
嘘をついている人間の目ではありませんでした。
たった一人の幼い孫を、死に行く自分に代わって守ってほしい。
病に侵された体を引きづって、こんな山の中までこの老人は孫のためにやって来たのです。
私は老人の思いに胸を打たれました。
もう一度だけ人間を信じてみよう。
私は老人との取引に応じました。
『分かりました。あなたの言葉を信じましょう。私の封印を解いていただく代わりに、私はあなたのお孫さんの身をお守りしましょう。ただし、私はあなたのお孫さんの身をお守りするだけで、お孫さんに仕えるつもりは一切ございません。ただの陰の護衛役、よろしいですわね?』
「ありがとう。それだけで十分だ。孫のことをよろしく頼むよ。それじゃあ、取引成立だ。これより君の封印を解こう。」
『少しお待ちを。あなたのお孫さんの名前は何というのです?』
「宮古野 丈。丈は丈夫の丈と書くんだ。息子夫婦が私の名前から一字取ってつけてくれてね。少し恥ずかしがり屋の可愛い男の子だよ。君もすぐにあの子のことが気に入るはずだ。」
『丈、宮古野 丈ですね。分かりました。気に入るかは分かりませんが、お孫さんの身柄は必ずお守りいたしますのでご安心を。』
こうして、私は老人との取引に応じ、封印を解いてもらいました。
それから1年後、老人はこの世を去りました。
私は亡くなった老人との契約に基づき、老人の死後、宮古野 丈という幼い少年にとり憑き、彼を霊能力の暴走から守ることになりました。
驚いたことに、老人は私以外にも二匹の妖怪と同じ取引をしていたことが分かりました。
酒吞、鵺と名乗るその二匹は、私と並ぶ大妖怪で、私に負けず劣らずの実力者でした。
私以外の妖怪にも孫の護衛を頼むとは、少々プライドに傷をつけられた気分ではありましたが、実際に少年にとり憑いてみて、その思いは一瞬で吹き飛んだのでした。
宮古野 丈という少年は6歳ながら、私や酒吞、鵺の三匹の妖怪の妖力を合わせても抑えきるのがやっとという強大な霊能力をその身に宿していました。
老人の言葉は全て真実だったのです。
少年の体から溢れ出る霊能力は、強力な邪気となって、少年自身や少年の周囲の人間に災いをもたらしました。
私たち三匹の妖怪は、昼夜を問わず、霊能力の暴走を抑えるのに必死でした。
少年が成長するにつれ、暴走する霊能力はますます強くなり、抑えつけるのが本当に大変でした。
だけど、私は、宮古野 丈というこの少年に、丈様に引き合わせてくれた老人に感謝しました。
丈様は暴走する霊能力のせいで、周囲から忌み子だとか呪われているだとか言われ、常に孤独でした。
6歳で両親を交通事故で失い、それからは虐待や育児放棄をしてくる叔父叔母夫婦に引き取られました。
ご近所からは避けられ、学校でも同年代の子供たちから嫌われていました。
でも、丈様はそんな辛い状況の中でも、決して優しさを失うことはありませんでした。
道に困っている人がいれば、丁寧に道を教え、時には目的地まで一緒に歩いて案内をします。
自分より小さい子供が怪我をしていると、泣いている子供を慰め、怪我の手当をしてあげます。
落とし物をして困っている人がいると、例え相手が自分の悪口を言うような相手でも一生懸命に探してあげます。
学校の授業や修学旅行で除け者にされても、そのことを恨んで誰かに意地悪をすることはありません。
口下手で、目立つのが嫌いで、不器用で生真面目で、やや自分に自信がない。
だけど、困っている人を放っておけず、さり気なく人を助ける、不器用な優しさの持ち主でした。
人間の愛や優しさに否定的だった私に、丈様は、変わらぬ不器用な優しさを見せ続けたのです。
私は誰よりも優しい丈様に好意を抱きました。
いつしか、私は丈様と本気で主従の契約を交わすことを考えるようになっていました。
それから、ついに丈様と主従の契約を交わす日を私は迎えたのです。
異世界という未知の世界へと召喚され、勇者たちへの復讐の旅を始めた丈様をお傍でお守りするため、私は丈様の前に現れ、主従の契約を交わし、行動を共にし始めました。
私は、丈様が望むなら、地獄の底までご一緒するつもりです。
この命に代えても、丈様をお守りし、丈様の復讐のお手伝いをするのです。
私は今、丈様と新たな契約を交わします。
丈様と一つになり、丈様の力の一部となって、共に戦うのです。
例えどんな困難が立ち塞がろうとも、私と丈様の絆の力があれば乗り越えられるはず。
私たちの新たな未来が今、切り開かれようとしています。
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