第八話 【処刑サイド:大魔導士外仲間たち】大魔導士たち、「黒の勇者」の強さに戦慄する、そして、大事件を引き起こす

 「ペトウッド共和国最高議会議長決定対抗戦」当日。

 「大魔導士」にして「木の勇者」姫城 麗華とその仲間である8人の女性勇者たちは、ギルドの受付嬢から話を聞き、対抗戦を見学するため、対抗戦の会場であるペトウッドコロシアムへと足を運んだ。

 途中、屋台で動物のお面を買い、顔に着けると、それから観戦チケットを買って、会場の中へと入っていった。

 四階の観客席に座ると、姫城たち一行は、対抗戦を観戦した。

 そして、主人公、宮古野 丈こと「黒の勇者」の存在を確認するとともに、対抗戦での「黒の勇者」の驚異的かつ圧倒的な戦闘能力を目の当たりにして、全員が言葉を失った。

 ヴァンパイアロードの眼を移植した自分たちの想像をはるかに超える「黒の勇者」の力に、彼女たちは戦慄した。

 「黒の勇者」と「獣王」のエキシビションマッチまで観た姫城たち一行は、「黒の勇者」の想定外の強さを見て、皆頭を抱えた。

 彼女たちと「黒の勇者」との戦力差は歴然であった。

 「黒の勇者」に見つかり、戦ったところで、即殺されることは明白であった。

 「獣臭いとか言ってる場合じゃねえし。宮古野があんなに鬼強いとかマジでないわ。聖杖を手に入れられてもアイツに勝てるかは正直微妙だわ、マジ。こりゃ、早く聖杖を手に入れて逃げねえとヤバいべ。」

 「つ~か、空を飛べるとか何なのアレ!?空飛ばれたら絶対にウチらの攻撃なんて当たんねえじゃん!マジで反則じゃん、アレ!」

 そう言ったのは、「魔術士」若葉 千夏であった。

 「ハンマーで全身ぶん殴られても全然平気って、どんだけ頑丈なのよ、アイツ!?ウチらの攻撃が当たってもあんなに頑丈なんじゃ、絶対意味ないじゃん。マズいよ、これは。」

 不安を口にしたのは、「魔術士」中原 綾であった。

 「力だってめっちゃ強いじゃん!猿の人たちの鎧が粉々に砕けたじゃん!あんな馬鹿力で殴られたら絶対に死ぬじゃん!あれはヤバすぎっしょ、マジで!」

 主人公の怪力に恐怖するのは、「魔術士」平江 陽子であった。

 「魔法だって使えるんでしょ。宮古野の黒い魔法を食らって、狐獣人の奴ら、瞬殺されてたじゃん。アレをまともに食らったら絶対にヤバいって。あの黒い魔法だけでも激ヤバじゃん。マジで対策しとかないとヤバいって。」

 主人公の魔法、厳密には呪いを目にして不安を口にするのは、「槌術士」中町 蘭であった。

 「持ってる武器もすごいじゃん。剣に変わったり、弓に変わったり、斧に変わったり、おまけに頑丈だし、ウチらの武器よりも断然性能が上じゃん。あんなすごい武器使われたら、ウチらの武器とか一発で粉々にされるかもじゃん。チートすぎるでしょ、マジ。」

 主人公の武器を見て不安を口にしたのは、「槌術士」蓑原 明だった。

 「回復も防御も強化もデバフも全部無効化するとか、アレだってチートじゃん。あんなことされたら、ウチの回復も結界も役に立たねえじゃん。宮古野、マジで強すぎじゃん、どうすんの一体?」

 主人公が回復術士の能力を無効化できることを知って弱音を吐くのは、「回復術士」梅北 舞であった。

 「瞬間移動までできるとかマジでヤバすぎでしょ。宮古野、狼たちと戦った時、ものすげえスピードで消えたじゃん。目に見えない攻撃とかそっちの方が一番ヤバいでしょ。あんなん見せられたら、マジでへこむわ~。前田が宮古野の悪口言ったせいでウチら全員、宮古野に恨まれるハメになってマジ最悪だわ。宮古野があんなに強いと分かってたら、絶対に媚び売ってたし。他の男どもより断然強いじゃん。つか無敵じゃん。マジ、ウチ男見る目ねえわ。」

 主人公の高速移動を見て、後悔するように言うのは、「槍士」五十町 薫であった。

 「獣人最強の「獣王」まで倒しちゃうしなぁ~。素手であのライオン男を倒すとかマジ強すぎでしょ。もし、宮古野がダンジョン攻略の邪魔してきた時、用意した戦力合わせても絶対にウチらの方が戦力不足でしょ。マジで不安になってきたわぁ。」

 対「獣王」戦を見て、戦力不足を口にするのは、「槍士」関之尾 桜であった。

 「みんなの言いたいことはよく分かるべ。聖杖を手に入れても、ウチらだけで宮古野に勝てる見込みはマジ低いわ。とりあえず、アイツに邪魔されねえ内に、ダンジョンを攻略して、聖杖を手に入れて急いで逃げるべ。ウチもまだ死にたくはないんで。宮古野のいない国に行って、レベルを上げて、勇者として実績を出せば、きっと大丈夫っしょ。みんなそう落ち込むなって。この麗華さまが付いてるんだから、心配するなだし。勇者に戻って、またみんなで贅沢するって決めたじゃん。みんなで一緒にリッチになろうじゃんよ、なぁ?」

 リーダーの姫城から励まされ、仲間たちは元気を取り戻した。

 「さてさて、そうと決めれば、早速ダンジョン攻略に協力してくれる人材を探さないとじゃん。宮古野のせいでボコボコにされて動けない奴ばっかだけど、どこかにきっといい人材がいるはず。ちょっくら、その辺をみんなでブラブラ歩いて探してみますか?」

 対抗戦の会場を出て、姫城たち一行は首都を歩き回り、ダンジョン攻略に協力してくれる人材を探し回った。

 そして、夜、首都の外れにある一軒の小さな酒場で、やけ酒を飲んでいる一人の若い獣人を見つけた。

 その獣人とは、対抗戦の決勝戦で主人公たちに敗れ、主人公たちに不正を暴かれ、おまけに狼獣人の派閥から追放処分を受けた、狼獣人派代表チームのチームリーダー、グレイ・ビズ・ウルフであった。

 16歳の未成年でありながら、グレイは敗北のショックと、狼獣人の派閥から追放された悲しさから、自暴自棄になり、一人酒を飲んで気分を紛らわせようとしていた。

 周りには酒場の店主と彼女以外はおらず、寂しい雰囲気が店内を漂っていた。

 グレイが狼獣人の派閥の代表の娘で、対抗戦で狼獣人派代表チームのリーダーを務め、さらに勝利のためなら不正まで働くことを知っていた姫城は、グレイをダンジョン攻略の仲間に引き入れることを思いついた。

 「カモはっけ~ん(笑)」

 姫城は仲間たちとともに酒場へと入ると、グレイに声をかけた。

 「もしも~し、実はアンタにとっても良い話があるんだけど、良かったらウチらとお話ししない?お酒も奢って上げるから、ちょっち耳貸してくんな~い?」

 「ヒック。誰だ、おめえ?アタシに何の用だ?アタシに声かけてもいいことなんてねえぞ。」

 「まあまあそう言わずに。とりあえずウチらの話を聞いてよ。絶対に損はさせないしだから。」

 姫城たちはグレイを囲むように座り、話を始めた。

 「実は~、ウチらこう見えて勇者なんだよねぇ。それでぇ、話ってのは、アンタにダンジョン攻略を手伝ってほしんだよねぇ。もちろん、ちゃんと報酬は払うし。だから、ウチらに協力してくんない?」

 姫城たちから彼女たちが勇者だと聞いて、途端にグレイは酔いから醒め、目を丸くして驚いた。

 「お前ら、例の指名手配中の勇者なのか!?インゴット王国の王都を壊滅させて、脱獄したって言う凶悪犯じゃねえか!?おい、冗談じゃねえぞ!いくら落ちぶれても、お前らみたいな犯罪者に協力なんてするわけねだろ!?アタシに近寄るんじゃねえ!とっとと失せろ!」

 「しっ、声が大きいって。確かにウチらは、今は犯罪者だけど、問題を起こしたのは別の勇者なんだし。ウチらはとばっちりを食らっただけなんだし。ウチらは、本当は無罪なんだし。それに、女神さまから勇者に選ばれたのは事実なんだし。ウチらはマジで勇者として魔族と戦うつもりなの。だから、そのためにはどうしても、「木の迷宮」にある聖杖を手に入れる必要があるんよ。ダンジョン攻略に協力してくれれば、勇者の覚醒に協力したってことで、アンタの信用も回復するし、上手くいけば、あのエルザって女から議長の座を奪えるかもじゃん。ウチらに協力すれば、アンタはもう一度表舞台に堂々とカムバックできるってわけ。どう、協力して見る気はない?他にアンタが復活できるチャンスなんて、ないんじゃねえの?大事なお仲間も守れるチャンスなんじゃねえの?」

 姫城の言葉に、グレイの心は大きく揺らいだ。

 自分のせいで、仲間たちまで狼獣人の派閥を追放されることになったという後悔が、グレイの心の中にはあった。

 姫城たちのダンジョン攻略に協力すれば、ふたたび仲間たちとともに、狼獣人の派閥に戻れるかもしれない、上手くいけば、本当にエルザに代わって新議長の座につけるかもしれない、そんな考えがグレイの頭の中に浮かんだ。

 追い詰められていたグレイは、酒のせいで判断能力が鈍っていたためもあって、ついに姫城たちの悪魔の誘いに耳を傾けてしまった。

 「とりあえず、お前らの話を詳しく聞かせろ。話の内容次第でお前らに協力してやってもいい。それで、ダンジョン攻略をするって言うが、アタシらは一体何をすればいい?」

 グレイが誘いに乗ってきたのを見て、姫城はニヤリと笑った。

 「アンタたちに頼みたいのは、ダンジョンの警備を破るのと、ダンジョン攻略中のウチらの護衛ってところ。ウチらだけじゃダンジョンの警備は破れないし、ダンジョンを攻略するのに戦力も足りないし、だから、その辺のサポートをアンタらに頼みたいってわけ。」

 「ダンジョンの警備を破るなんて、アタシらでもそう簡単にはできないぜ?ダンジョンの入り口前には常に見張りの騎士が立っているし、入り口から入れないよう結界まで張ってある。結界は中にいる騎士たちじゃないと解除できないはずだ。それに、警備を突破してダンジョンに入れても、アタシらとお前らだけじゃ、ダンジョンを攻略するにはどう考えても戦力不足だ。ダンジョンの中はモンスターだらけと聞くぜ。SランクやAランクのモンスターがうじゃうじゃいるなんて話もある。ダンジョンに入った途端、モンスターどもに囲まれて嬲り殺しにされるのが落ちだぜ。戦力不足は一体どうやって補うつもりだ?他に戦力に当てでもあるのか?」

 「警備を破る方法はちゃんと考えてあるし。ダンジョンの傍まで一緒に行って、ウチらは怪我人のフリをする。アンタは冒険中にウチらを見つけて介抱するフリをする。それで、入り口の見張りの騎士たちにアンタからウチらの治療を手伝ってほしいと言って、結界を解除してもらって、ダンジョンの入り口まで入れてもらうわけ。国のお偉いさんの娘のアンタの頼みなら、見張りの騎士たちも油断するっしょ。騎士たちが油断したところを狙って、気絶させちゃえば、余裕で警備は突破できるってわけ。戦力不足の件も問題ナッシング。ウチらとアンタらだけでもダンジョンを余裕で攻略できる秘策があるから大丈夫。それについては本番の時のサプライズってことで。そんなに心配しなくても、大丈夫だって。超安全で確実にダンジョンを攻略できる準備をしてるからさ。とりま、アンタの仲間にこれから声をかけて集めてくんない?アンタらが攻略に加わってくれれば作戦はバッチリだしさ~、お願~い。」

 「作戦の内容は大体分かった。お前らの言う方法なら警備は破れるかもしれねえ。だが、戦力不足を補う方法があるって言うが本当だろうな?アタシらをダンジョン攻略の囮にでも使おうってんなら、容赦なくお前らをぶっ殺すからな。後、ダンジョンを壊すようなことはすんなよ。「剣聖」だったか、お前らの仲間がダンジョンぶっ壊す事件を起こして騒ぎになってただろ?「木の迷宮」は世界樹の中にあるんだ。世界樹を傷つけるような真似だけは絶対にすんなよ。分かったな?」

 「りょうか~い!ウチらはアンタらを囮になんて絶対使わねーし。それに、前田の馬鹿みたいにダンジョンを滅茶苦茶に破壊したりもしねえから、安心してちょ。それじゃあ、早速ですけど、アンタのお仲間を集めてもらってくんない?ウチらは今日対抗戦があったペトウッドコロシアムの入り口前で待ってるから。そうだなぁ、今夜12時ちょうどに集合ってことで。そいじゃあ、ウチらは先に行って待ってるから~。よろしくね~。」

 そう言うと、姫城たち一行はグレイを置いて、酒場を出て行った。

 グレイは姫城たち一行から話を聞き終えると、勘定を済ませ、急いで仲間たちの下へと向かった。

 対抗戦で副リーダーを含む4人が怪我をして動けない状況ではあったが、夜遅くにもかかわらず15人の仲間たちが集まった。

 グレイ自身は対抗戦でエルザに腹を斬られ、重傷ではあったが、自身や仲間たちの復活のチャンスがかかっているとあって、根性で痛みを堪え、ダンジョン攻略に挑むことを決めた。

 深夜12時、ペトウッドコロシアムの入り口前に、姫城たち一行と、グレイたち「シルバーファング」が集まった。

 夜遅くで馬車も通っていないため、彼女たちは徒歩で「木の迷宮」のある「世界樹」、ユグドラシルへ向かった。

 深夜の街道を、首都から北に歩くこと1時間30分後、森の中にそびえ立つ、高さが全長700m、幹の太さが直径500mの巨大な木の前に到着した。

 彼女たちは一旦近くの森の中に姿を隠し、ダンジョンの入り口付近の様子を窺った。

 ダンジョンの入り口の周りには、入り口を覆うように、薄く光る膜が張ってあった。

 ダンジョンを侵入者から守る結界である。

 さらに、ダンジョンの入り口のすぐ真横には、二人の狼獣人の見張り役の騎士たちが立っていた。

 ダンジョンの入り口は予想通り警備が厳重であった。

 姫城がグレイに声をかけた。

 「それじゃあ、手筈通りよろしく頼むねぇ~。」

 「了解だ。そっちこそ、ヘマすんじゃねえぞ。」

 彼女たちは隠れていた森を出ると、ダンジョンの入り口へと近づいた。

 グレイたちが、怪我人のフリをした姫城たちに肩を貸しながら、結界越しに、見張りの騎士たちへと声をかけた。

 「すまねえ、そこの騎士さんたち。アタシはグレイ・ビズ・ウルフ。冒険者で、ウルフ家当主の娘だ。実は冒険中に怪我人を見つけたんだ。今すぐ手当てをする必要がある。悪いが、この結界を解いてもらって、中に入れてくれないか?それから、怪我人の治療を頼む。アタシらは回復薬とか包帯とかは十分に持ってないんだ。頼むよ。」

 グレイの声と姿を確認し、騎士たちが駆け寄ってきた。

 「グレイお嬢様じゃありませんか?こんな夜遅くにお仕事とはご苦労様です。今日は対抗戦にも出場されてお疲れでしょう。私たちも応援に行きたかったのですが、仕事があっていけませんでした。本当に申し訳ありません。怪我人の手当でしたね。すぐに結界を解除して中にお入れしますので、しばらくお待ちください。」

 騎士たちはそう言うと、結界を張る魔道具の方へと向かった。

 そして、グレイたちと姫城たちを中に入れるため、魔道具を操作し、結界を解除した。

 騎士たちがふたたび彼女たちの下へとやってきた。

 「お待たせしました、グレイお嬢様。さぁ、中へどうぞ。怪我人の手当をいたします。怪我人の怪我の程度はどれくらいでしょうか?詰所にはある程度薬が置いてありますので、命にかかわるような重傷でしたら手当は難しいですが、それ意外でしたらすぐに応急手当ができます。それで、この方々の怪我はどういった具合で?」

 「腕や足を痛めている感じだ。それに、すり傷が少々ってところだ。多分重傷ではないと思うが、一応手当を頼む。」

 「かしこまりました。では、奥の詰所へどうぞ。ご案内いたします。」

 騎士たちがグレイたちを案内しようと背中を向けた瞬間、グレイが合図をした。

 「今だ!」

 グレイの仲間たちが一斉に騎士たちに襲いかかり、槍の柄を使って、背後から騎士たちの後頭部や首を殴り、気絶させた。

 「グハっ!?」

 「ガハっ!?」

 騎士たちが気絶したのを確認すると、姫城がグレイたちに声をかけた。

 「お疲れ~。ウチの作戦通りっしょ。これで第一関門は突破っと。それじゃあ、次はいよいよダンジョン攻略と行きますか。」

 「警備を突破したのはいいがどうすんだ?アタシらとお前らだけでダンジョンに入るのは無理だぜ。秘策があるとか言っていたが、大丈夫なんだろうな?」

 「もちのろん。ちゃ~んと用意してきてますって。まぁ、黙って見ていなさいな。綾ちん、桜っち、薫りん、準備OK?」

 「麗華、ウチはOKだよ。」

 「ウチもOK。」

 「ウチもいつでもいけま~す。」

 「そいじゃ、作戦開始と行きますか!」

 姫城がそう言うと、「槍術士」の関之尾 桜と五十町 薫が、それぞれ槍を構え、ユグドラシルの巨大な根元へと向かった。

 そして、二人はユグドラシルの根っこ目がけて槍を振り下ろした。

 「超貫通!」

 「回転槍!」

 二人の槍の一撃を受け、ユグドラシルの根に、深く大きな穴が開いた。

 姫城たちがユグドラシルの根を傷つけたのを見て、グレイたちは驚いた。

 「お前ら、一体何やってんだ!?「世界樹」は傷つけるなって言っただろうが!今すぐ馬鹿な真似は止めろ!」

 忠告するグレイを馬鹿にするように笑いながら、姫城は言った。

 「もう遅いし。ウチらがアンタらみたいなクズとの約束なんて守るわけないじゃん。クズとの約束なんて守る価値は一銭もねえべ。そいじゃあ、止めっと。無限詠唱!」

 「猛毒生成!」

 「大魔導士」姫城 麗華と、「魔術師」中原 綾がスキルを使い、魔法を唱えた。

 姫城と中原の持つ杖から、青黒い大量の液体が、ユグドラシルの根に開いた大きな穴に向かって発射された。

 青黒い大量の液体が穴からどんどんユグドラシル本体へと吸収されていく。

 そして、ユグドラシルに突如、異変が起こった。

 ユグドラシルの葉が急速に色を失い、枯れ葉となった。

 ユグドラシルの木の表皮にヒビが入り、ポロポロと崩れ始めた。

 姫城たちが注入した青黒い大量の液体が原因で、「世界樹」ユグドラシルが急速な勢いで枯れ始めたのだった。

 「キャハハハ、さっすがウチらの世界の除草剤だわぁ!パパの会社で使ってた除草剤を魔法でちょちょいと再現してみたけど、マジで効果パないわ!こんな馬鹿デケェ木もイチコロだわ!後はこの木が枯れるのを待って、ついでにダンジョンがぶっ壊れれば、余裕で聖杖を回収できるっしょ!いやぁ、我ながら、マジ頭冴えてるっしょ。」

 「さすがは麗華、これなら余裕でダンジョン攻略できんじゃん!マジ、頭いい!」

 「戦わずして勝つってヤツ?超クールじゃん!」

 「除草剤作ってダンジョン攻略とか普通思いつかないって。でも、これでウチら勝ち組確定じゃん。やったね!」

 異世界全体の大気を浄化し、新鮮な空気をもたらす重要な「世界樹」ユグドラシルをダンジョン攻略のために枯らそうという正気を疑う凶行に及んでいながら、呆然と見ているグレイたちの前で、姫城たちはケラケラと笑っている。

 姫城たちに騙され、ユグドラシルを枯らす凶行の片棒を担がされたことに今更気が付いたグレイたちは、姫城たちに激しい怒りを燃やした。

 「ふ、ふざけんじゃねえ!「世界樹」が枯れたら、この世界の生きてる奴全員が死ぬかもしれねえんだぞ!?空気が汚れて、地上では誰も生きていられなくなるんだぞ!テメエら、今すぐユグドラシルを元に戻せ!自分たちが何しでかしたのか分かってんのか、コラ!?」

 グレイたちの怒りを他所に、姫城たち一行は馬鹿にするように笑うのだった。

 「はぁ~?今すぐ元に戻せとか言われても無理だし。枯れた木の直し方とかウチらが知るわけねえじゃん。つか、アンタらだって共犯だし。今更、抜けるとか言われても遅いから。それにさぁ、「世界樹」かなんか知らんけど、こんな木一本枯れたぐらいで人間が死ぬわけねえじゃん。環境破壊なんて世界中でやってるじゃん。木なんてそこら辺にいっぱい生えてんだから問題なくない?アンタら、マジでオーバーすぎ。チョーウケるんですけど。どうせもうこの木枯れちゃうからさ、諦めて聖杖を回収すんの、手伝ってくんない?朝までに回収して逃げれば大丈夫っしょ。そういうことだから、よろしく~。」

 「ふざけんな!ダンジョンの攻略は手伝うと言ったが、世界を破滅させるような犯罪に手を貸すつもりはねえ!やっぱりテメエら勇者は極悪人の犯罪者だ!せめてもの償いだ、テメエらはここでアタシらがぶっ殺す!行くぞ、お前ら!」

 グレイの合図を受け、グレイとグレイの仲間たちが一斉にパルチザンを手に持って、姫城たち一行に向かって突撃した。

 グレイたちの繰り出すパルチザンの刺突を受けて、姫城たち一行は、グレイたちのスピードに対応できず、首や心臓、腹などを貫かれて倒れた。

 姫城たち一行がパルチザンで貫かれたのを確認し、グレイたちは姫城たち一行が死んだと思った。

 「はぁ、はぁ。ざまぁみろ、極悪人ども。アタシらを騙した罰だ。地獄へ落ちろ。だけど、コイツらのせいでユグドラシルが枯れかけちまってる。急いで何とかしねえと。」

 グレイが、姫城たちのせいで枯れかけているユグドラシルへの対策を考えていると、突然、足元で死体になっていたはずの姫城たちが体を起こし、生き返った。

 そして、グレイたちに向かって肉食獣のように飛びかかってきた。

 姫城たちの奇襲に対応できず、グレイの仲間の数人が襲われて倒れた。

 姫城たちはグレイの仲間たちの抵抗を跳ね除け、グレイの仲間たちの首に噛み付いた。

 姫城たちはグレイの仲間たちの首に噛み付くと、血を吸い始めた。

 姫城たちに血を吸われ、グレイの仲間の数人が真っ青な顔色に変わって、その場で倒れていく。

 グレイと襲われなかった五人の仲間たちは、姫城たちが生き返り、仲間たちの血を吸う光景を見て驚いた。

 「な、何だよ、コイツらは!?確かにアタシらの槍を食らって死んだはずじゃ!?まさか、コイツら全員ヴァンパイアなのか!?でも、匂いはさっきまで人間だったはずだ!どうなってんだ、一体!?」

 グレイたちが困惑する中、口の周りを吸血した血でべっとりと汚している姫城たちが、左目の赤い瞳を輝かせながら、口からは鋭く伸びた四本の犬歯、否、牙を見せながら、恍惚とした表情のまま言った。

 「フゥー、ごちそうさんっと。いきなり槍をブッ刺してくるとかないっしょ?おかげでヴァンパイアロードの力をめちゃくちゃ使わなきゃいけなくなったじゃん。おまけにヴァンパイアロードにまでなっちゃったじゃん。マジで最悪なんですけど~。でも~、他に生き返る手段なかったし、しょうがなかったべ。初めて人間の血吸ったけど、意外と美味かったわぁ。マズいかと思ってたけど結構いけるわ。それに、ヴァンパイアロードになったおかげで力が溢れてくる感じ~。これならウチらだけでもダンジョン攻略できそうだわ。まぁ、ヴァンパイアロードになったのをごまかすのが後々めんどくせーけど。ああっ、もうアンタらは用済みだから、とりま殺すとするわ。ついでに罪も全部被ってもらうとするからよろしく~。」

 姫城たち一行は、人間を捨て、ヴァンパイアロードになってしまった。

 ヴァンパイアロードの再生能力を使って甦ったことで、彼女たち全員が、移植したヴァンパイアロードの片目から急速に肉体を汚染され、ヴァンパイアロードという吸血モンスターに変わってしまったのだった。

 ヴァンパイアロードとは、人間の姿をした吸血鬼のモンスターである。

 異世界召喚物の物語やゲームでよく登場するモンスターで、伝承では人間の血を吸う死人や悪霊、蝙蝠の怪物として描かれている。

 ヴァンパイアロードはAランクモンスターで、Cランクモンスターのヴァンパイアの上位種にして進化個体である。

 人間の生き血を餌として好み、怪力や人を魅了する能力、肉体を破壊されても瞬時に再生する能力、人間サイズの蝙蝠への変身能力、高い知性などを持っている強力なモンスターである。

 一見不死身には見えるが、頭部を破壊されたり、全身を一気に焼かれたり細切れにされたりすれば、ヴァンパイアロードでも死んでしまう。

 また、日光に弱いため、昼間は活動できず、夜間でしか活動できないという弱点もある。

 だがしかし、強力で凶悪なAランクモンスターである事実は変わらない。

 姫城たち九人がAランクモンスター、ヴァンパイアロードであるのに対し、グレイたち「シルバーファング」はBランクパーティー。

 A級冒険者であるグレイを除くと、グレイの残りの仲間五人は、いずれもB級冒険者かC級冒険者である。

 明らかに、グレイたちの戦力の方が、姫城たち一行の戦力より劣っている。

 グレイたちが姫城たち一行に襲われ、倒されて生き血を吸われるか、そのまま殺されるか、という状況である。

 グレイは覚悟を決めた。

 「お前ら、ここはアタシに任せて逃げろ。時間稼ぎぐらいはしてやる。それから、急いでユグドラシルのことを親父たちやギルドに報告しろ。分かったな。」

 「そ、そんな!?リーダーを置いて逃げるなんてできません!」

 「うるせえ!良いからとっとと逃げろ!これは全部アタシが蒔いた種だ!それにもう時間がねえ!早く行け!」

 リーダーのグレイから命令され、グレイの仲間たち五人は急いで逃げ出した。

 「それで良い。親父たちに連絡が届けば、何とかなるかもしれねえ。おい、お前ら、お前らの相手はこのアタシだ。絶対に追わせはしねえ。アタシの槍で全員串刺しにしてもう一度地獄に送ってやる。覚悟しな!」

 グレイはパルチザンを構えながら、逃げた仲間たちを追わせまいと、姫城たち一行の前に立ち塞がった。

 「うっわ。チクられたらマジ面倒なんですけど。でも、まぁ後2時間もあればこの木も枯れるし、そしたらダンジョン攻略も速攻で終わらせて逃げるから問題ないけどね~。けど、アンタ邪魔だからとりま殺すとするわ。ヴァンパイアロードになってどんだけパワーアップしたか確認もしたいし。そんじゃサンドバックよろ~。」

 姫城たち一行は武器を構えると、一斉にグレイ目がけて攻撃を始めた。

 ヴァンパイアロードになってレベルアップし、不死身に近い再生能力まで手に入れた姫城たち一行の攻撃は凄まじく、たちまちグレイは追い詰められた。

 姫城たち一行の猛攻を受け、血まみれになりながら、グレイは救援が来るまで一人戦い続けた。

 だが、グレイ一人で、ヴァンパイアロードになった姫城たち九人を相手にするのは無理があり、やがて力尽き倒れた。

 全身から血を流し、ボロボロになり、意識が朦朧とするグレイの体の横を、冷たい風が吹き抜けていった。

 「あ~ん、このサンドバッグ、もうダメになったんですけど~。もっと色々と試したかったのに~。暇潰しにもなんねえとかマジ使えないわ~。」

 姫城たち一行がボロボロになって地面に倒れているグレイを見下ろしながら、馬鹿にし、笑うのだった。

 薄れゆく意識の中、グレイは後悔していた。

 「すまねえ、みんな。すまねえ、親父。やっぱりアタシはどうしようもねえクズだった。本当にごめん。」

 グレイの意識はそこで途絶えた。

 「大魔導士」姫城たち一行によって、「世界樹」ユグドラシルが枯らされようとしていた。

 世界規模の環境破壊が、世界の平和を揺るがす危機が今まさに起こっていた。

 だが、この危機を黙って主人公、宮古野 丈が見過ごすわけがなかった。

 「大魔導士」姫城たち一行の計画は全て主人公によって邪魔されることになった。

 そして、彼女たち全員が主人公によって悲惨な結末を迎えることになるのだった。

 けれども、ダンジョン攻略に浮かれる姫城たち一行はまだそのことを知らないでいた。





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