第六話 主人公、対抗戦で優勝する
「ペトウッド共和国最高議会議長決定対抗戦」当日。
僕たちは対抗戦を順調に勝ち進み、ついに決勝戦を迎えることとなった。
決勝の相手は、因縁のあるグレイ率いる狼獣人派代表チームである。
ここまで戦った相手チームを全て撃破し、再起不能にまで追い込む快進撃を見せてきた僕たちだが、決して油断はしていない。
この決勝戦に必ず勝利し、対抗戦優勝の栄冠を手に入れる。
エルザを次の議長に就任させ、彼女から「木の迷宮」への立ち入り許可をもらう。
それから、エルザの「獣剣聖」のジョブとスキルが、「獣王」のジョブとスキルより優れていることを国民の前で証明するのだ。
蜥蜴獣人派代表チームとの試合から30分後、ついに決勝戦の時がやって来た。
僕たちは合図を受け、競技フィールド内へと入場した。
反対側の出入り口から、グレイ率いる狼獣人派代表チームが入場してきた。
両チームが入場するなり、観客席の観客たちからこれまでにない大きな歓声が上がった。
「頑張れー、獅子獣人派代表チーム!最高の決勝戦を見せてくれー!」
「エルザ様ー、「黒の勇者」様ー、応援していまーす!」
「グレイ、負けんじゃあねえぞ!獣人最速ってヤツを見せてくれー!」
グレイたち狼獣人派代表チームは、皆、黒のタンクトップにグレーのジーンズ、黒いブーツを身に着けていて、左肩にお揃いの狼の顔のようなタトゥーを入れている。
背中には、長さ150cmくらいのパルチザンを背負っている。
「獣槍術士」の、若い女性五人組でチームを組んでいる。
競技フィールドの中央まで進むと、両チームが互いに向き合った。
これから試合開始という時になって、僕の隣にいた玉藻が、僕にソッと声をかけてきた。
「丈様、試合前にすみません。至急、お話をしたいことがございます。試合開始を少し待っていただけますでしょうか?」
「至急の話?分かった。すぐに話を聞こう。審判さん、すみません、ちょっと試合の開始を待ってもらえますか?ちょっとチームで話をしたいことがありまして。すぐに終わりますんで。」
僕は審判に声をかけた。
「分かりました。5分間だけ待ちます。それ以上は認めません。よろしいですね?」
「はい、分かりました。ありがとうございます。」
僕たちは一旦、競技フィールドの中央を離れ、競技フィールドの後ろの壁まで下がった。
そして、五人で話を始めた。
「玉藻、至急話をしたいことがあるそうだけど、何だ?この試合に関係があることか?」
「はい、その通りでございます、丈様。丈様、あの狼獣人たちですが、おそらくバジリスクの毒を使っております。
玉藻の言葉を聞いてエルザは驚いた。
「何と、バジリスクの毒を使っているだと!?玉藻殿の言うことが事実ならば、すぐに大会運営委員に訴えなければ!明らかなルール違反だ!グレイめ、姑息な手段を使って我らに勝とうとは、許せん!神聖な対抗戦を何だと思っているのだ!」
グレイたちがルール違反をしている事実を知り、エルザは怒った。
「丈、どうすんだ?俺たちがこのまま大会運営委員にチクれば、狼獣人たちはルール違反で失格負け、不戦勝で俺たちの優勝ってことになるぞ。あまり気持ちの良い勝利とは言えねえが、優勝は間違いねえ。どうするよ?」
酒吞が僕に大会運営委員にグレイたちのルール違反を訴えるか訊ねてきた。
「いや、あえてここはグレイたちの違反を見逃そう。ルール違反を知った上で圧倒的な実力差で完膚無きまでに叩きのめす。そして、正々堂々とグレイたちの前で優勝するんだ。その方があの性根が腐ったグレイたちには良いお灸になるはずだ。みんなも、それで良いだろ?」
「さすがは丈君。相手がどんな卑怯な手を使ってきても、正々堂々と実力で迎え撃つ。努力と誠実さを決して忘れないその姿勢こそ、私たちのご主人様の証。丈君が正々堂々と迎え撃つと決めたなら、私たちも正々堂々と敵を迎え撃つまで。私たちならどんな敵が襲ってこようと必ず倒す。」
鵺が僕の言葉に賛同した。
他の三人も同様に賛同してくれた。
「さてと、それじゃあ、グレイたちを倒して優勝を掴み取ろう!グレイたちに努力と覚悟の違いを見せつけてやろうじゃないか!」
僕たちは話し合いを終えると、ふたたび競技フィールドの中央へと向かい、狼獣人派代表チームと向き合うように並んだ。
グレイがエルザに話しかけた。
「話し合いは終わったようだな、エルザ。どうした、アタシらにビビったか?棄権するなら今のうちだぜ、出来損ないのクズが。」
エルザはグレイの挑発を気にせず、グレイの顔をまっすぐに見つめながら言った。
「残念だったな、グレイ。我らは棄権などしない。貴様らに勝って、対抗戦で優勝する。ただそれだけだ。」
「その意気だ、エルザ。優勝するのは僕たちだ。グレイ、お前たちに見せてやるよ、実力と覚悟の差って奴を。出来損ないのクズが本当は誰なのか、たっぷりと教えてやるから覚悟しとくんだな。」
僕とエルザの言葉にグレイは激怒した。
「エルザの分際で生意気な口を利くんじゃねえ!アタシらが出来損ないのクズだとか言いやがったな!お前ら絶対許せねえ!全員、串刺しにしてやるじゃんよ!」
試合開始のゴングが鳴った。
試合開始とともに、狼獣人たち全員が僕に向けて槍を構えた。
そして、槍を構えながら、僕を包囲するように、グルグルと僕の周りを走って取り囲む。
「どうだ、「黒の勇者」!アタシらのスピードについてこれねえだろ!?アタシらに一度囲まれたら逃げることはできねえ!観念しな!」
グレイが走りながら、僕にそう言った。
獣人最速と言われるスピードで一気に包囲し、隙をついて一気に槍で敵を突き刺し、仕留める。
今大会で狼獣人たちが披露してきた必殺の陣形である。
強靭な脚力から生み出される高速の走りと、その走りを持続する驚異的な心肺機能が可能とする芸当である。
他の獣人たちをこの必殺の陣形で破ってきたことは、僕も狼獣人たちの試合を見ていたので知っている。
そして、この狼獣人たちの必殺の陣形を破る方法は既に準備してある。
僕は一気に霊能力を解放し、霊能力を全身に纏った。
さらに、霊能力を両足全体に集中させた。
「霊足!」
次の瞬間、狼獣人たちに包囲されていた僕の姿が突如、競技フィールド内から消えた。
包囲していたはずの僕が忽然と消えたことにグレイたちは驚き、走るのを止めて立ち止まった。
「き、消えた!?「黒の勇者」がいねえ!?どこだ、どこに消えやがった!?」
グレイたちはキョロキョロと周りを見る。
その時、ヒュッっとグレイたちの間を、青白い稲妻のようなものが通過していった。
青白い稲妻のようなモノが競技フィールド内を縦横無尽に走り回り、無数の残像を残して移動する。
グレイたちも観客たちも何が起こっているのか分からず混乱している。
「な、何だ!?何が起こっていやがる!?」
グレイたちが混乱する中、青白い稲妻のようなモノが、グレイたちの一人に直撃した。
「グハっ!?」
青白い稲妻のようなモノが直撃した影響で、グレイの仲間の一人は競技フィールドの壁にまで吹っ飛ばされ、気絶した。
仲間がやられたのを見て、グレイたちは慌てた。
「くそっ!?お前ら、稲妻に注意しろ!まともに受けるんじゃねえぞ!」
だが、グレイの忠告はすでに遅かった。
グレイの仲間たちは次々に、競技フィールド内に突如現れた青白い稲妻のようなモノのスピードに対応できず、背後から青白い稲妻の直撃を受け、全員競技フィールドの壁まで吹っ飛ばされ、壁に激突して気絶した。
時間にして約2分。突如競技フィールド内に出現した青白い稲妻によって、グレイ一人を残し、狼獣人派代表チームのメンバー全員が倒された。
仲間たちが全滅したのを見て、グレイは動揺した。
「おい、起きろ、お前ら!さっさと立て!何やってんだ、一体!?くそっ、何がどうなっていやがる!?」
グレイが動揺する中、突如競技フィールド内を縦横無尽に走っていた青白い稲妻が動きを止めて消えた。
そして、動揺するグレイの前に、青白い霊能力のエネルギーを全身に纏った僕がふたたび姿を現した。
突然姿を現した僕を見て、グレイや観客たちは驚いた。
「やぁ、グレイ。僕の攻撃はいかがだったかな?獣人最速のスピードって言う割には全然大したことはないな。君たちに一度囲まれたら逃げられないとか言ってたけど、あっさり脱出できたよ。おまけに、僕のスピードに全くついてこられなかったしね。獣人最速の肩書きは返上することをお勧めするよ。そんなトロい足じゃあ、僕たちには勝てっこないよ。恥をかく前におとなしく降参したら?」
「く、「黒の勇者」!?いつの間に!?テメエ、一体何しやがった!?あの稲妻はテメエの仕業か!?」
「その通り。あの稲妻は僕が全力で走った影響で発生したエネルギーの余波、残り香、あるいは残像と言ったところかな。君たちの目には僕が一瞬消えたように見えたかもしれないが、僕は超高速で競技フィールド内を走っていたんだ。青白い稲妻自体が僕と言った方がより分かりやすいかな。君のお仲間は超高速で移動する僕からタックルを受けて、その衝撃でノックアウトされたと、こういうわけさ。お得意のスピード勝負で負けた気分はどうだい?」
「ただ走ってタックルしただけだと!?アタシらの目には見えないスピードで走るなんて、そんなことできるわけが!?な、何なんだよ、何なんだよ、お前は!?」
「ただの通りすがりのS級冒険者だ。僕のことなんてどうでもいい。グレイ、これで5対1だ。もうお前に勝ち目はない。お仲間は僕が全員再起不能にした。もうお前に味方はいない。実力も僕たちが圧倒的に上だ。エルザのことを出来損ないのクズだと散々馬鹿にしていたが、どうやらお前たちの方が出来損ないのクズだったらしいな。散々人を馬鹿にして、自分たちの才能に胡坐をかいて努力をおろそかにした罰だ。おとなしく降参しろ。さもなければ、衆人環視の中でお前をボコボコにするぞ。お仲間以上の目に遭ってもらうことになるが、それでも良いというならかかってこい。僕たちはお前に一切容赦しないからな。」
僕はグレイを睨みながら、最後通告を行った。
「く、くそがあー!アタシは絶対に降参なんかしねえ!こうなったら、アタシ一人でもテメエらを倒す!全員、ぶっ殺してやる!」
エルザは最後通告を無視し、パルチザンを構えながら激高した。
「やれやれ、おとなしく降参すればこれ以上恥をかかずに済むって言うのに。仕方がない。エルザ、チームリーダーとして、いや、因縁の宿敵として、グレイに止めを刺してやれ。それがせめてもの情けだ。君の努力と覚悟を、そのクズに教えてやれ。」
「ああっ、了解だ、ジョー殿。今こそ、決着を着けるぞ、グレイ!」
エルザが剣を構えた。
エルザの両足に魔力が集中し、徐々に輝き始めた。
エルザの両足が光り輝く。
そして、エルザの背後に巨大な狼の顔のようなマークが浮かび上がった。
「行くぞ、グレイ!狼獣剣!」
エルザの両足がキラっと大きく輝き、エルザが超高速で剣を構えてグレイ目がけて突撃した。
「舐めんじゃねえ!狼牙爆槍!」
グレイの背後に巨大な狼の顔のようなマークが浮かび上がった。
グレイの槍の穂先が熱せられたように赤く光り輝く。
そして、グレイも両手でパルチザンを構えながらエルザ目がけて猛スピードで突撃した。
「死ねえ!エルザ!」
グレイがエルザに向けてパルチザンを突き出す。
だが、エルザは紙一重でグレイの突き出したパルチザンの一撃をかわし、グレイの懐へと飛び込んだ。
そして、エルザがすれ違いざまに剣を横に振りぬき、グレイの胴体を横一文字に斬り裂いた。
「グハっ!」
エルザに腹を斬られ、グレイは口から血を流し、そのまま地面に倒れた。
グレイは腹をおさえ、うずくまっている。
グレイが戦闘不能になったのは明らかである。
審判が駆け寄り、グレイの容態を確認し、戦闘は続行不可との判断を下した。
試合終了のゴングが鳴った。
「試合終了!決勝戦の勝者は、獅子獣人派代表チームです!「第300回ペトウッド共和国最高議会議長決定対抗戦」の優勝は、獅子獣人派代表チームです!優勝決定戦にふさわしい最高の試合展開となりました。今大会最もスピードに優れ、獣人最速とも呼ばれている狼獣人派代表チームが、得意とするスピードで勝負し、敗北を喫してしまいました。しかも、試合開始わずか5分でスタメン選手が全員、再起不能となり、全滅いたしました。鷲獣人派代表チーム、猿獣人派代表チーム、狐獣人派代表チーム、蜥蜴獣人派代表チームに続き、獅子獣人派代表チームが見事圧勝する形になりました。私たち観客の目にも止まらない、誰も姿を捉えることができない、「黒の勇者」の稲妻のごとき超スピードの前に、獣人最速を誇る狼獣人たちは手も足も出ませんでした。また、狼獣人最速を自称するグレイ選手をエルザ選手が見事な剣技で打倒しました。さすがは「獣王」の娘、例え「獣王」を継いでおらずとも、ライオン家の不敗神話は決して途切れることを知らないようです。本大会の歴史にまた新たな伝説が1ページ加わったようです。本当に強い、強いぞ、獅子獣人派代表チーム。そして、優勝おめでとうございます、獅子獣人派代表チーム!」
実況役の解説に、会場内の観客席は獅子獣人派代表チームの対抗戦優勝を知って、熱気と歓声に包まれた。
「優勝おめでとう、獅子獣人派代表チーム!最高に面白い大会だったぜ!」
「エルザ様ー、優勝おめでとうございます!本当に、すごかったでーす!」
「エルザ様ー、優勝おめでとう!新議長になっても頑張ってください!」
「「黒の勇者」様、ありがとう!アンタのおかげで最高の試合が見れたぜ!俺たちは今日と言う日を絶対に忘れねえぜ!」
歓声たちが口々に、僕たち獅子獣人派代表チームにお祝いの言葉を贈ってくれる。
歓声の中、エルザが僕の方に駆け寄り、抱き着いてきた。
「やったぞ、ジョー殿!我は、我は対抗戦で優勝したのだ!」
「ああっ、その通りだ。エルザ、僕たちは優勝したんだ。君を馬鹿にする人はもういない。そして、君が新しいこの国の議長だ。本当におめでとう、エルザ。」
「本当にありがとう、ジョー殿!優勝できたのも、強くなれたのも、全部ジョー殿の協力のおかげだ!ありがとう、「黒の勇者」!」
エルザは僕に御礼を言うと、僕の顔の方に自分の顔を寄せ、僕の左の頬にキスをした。
唐突にエルザから頬にキスされ、僕はその場で固まってしまった。
エルザから長々と頬にキスをされ、僕はひどく動揺した。
エルザが僕にキスするのを見て、観客たちが騒ぎ立てる。
「おい、見ろ!エルザ様が「黒の勇者」にキスしているぞ!こりゃ、大物カップルの誕生だぞ!」
「やっぱりあの二人デキてたか。対抗戦もずっと二人だけで戦っていたし、よく一緒にいるのを見かけるし、怪しいと思ってんだよな。そうか、あの二人付き合ってたのか。」
「「黒の勇者」様がエルザ様のお婿さんになるなら、ライオン家もこの国も万事安泰でしょ。優勝の次は結婚式か。いいなあ。」
「エルザ様にもついに春が来たのか。しかもお相手が「黒の勇者」なら、誰も文句は言えねえな。男選びもちゃんとしているし、実力も申し分ない。さすがは次の議長になられる御方だぜ。」
観客たちが勝手に僕とエルザの仲を勘違いして騒ぎ立てる。
いや、エルザとはただの友達で結婚するつもりはないけど。
そもそも付き合ってもいないし。
陰キャぼっちの僕に彼女とかできるわけないし。
そんなことを考えていると、抱き合う僕とエルザを、玉藻、酒吞、鵺の三人が引き離した。
エルザが僕にキスしたのを見て、玉藻、酒吞、鵺の三人は怒っていた。
「エルザさん、あれほど丈様にちょっかいを出さないように言っていたはずです!どうやら、私たちの忠告をちゃんと聞いていなかったようですね。今すぐお仕置きです。そこに直りなさい!」
「エルザ、お前、あれほど丈には色目を使うなと言ったよな!?丈に手を出したら承知しねえと言ったよな!?今すぐミンチにしてやる!覚悟しろ!」
「エルザ、丈君に変なことをしたら命はないと言っていたはず。あなたは私たちの警告を無視した。丈君のほっぺにキスをするなど言語道断。即刻殺す!」
玉藻、酒吞、鵺の三人がそれぞれ武器を構え、鬼のような形相でエルザに迫る。
だが、エルザは三人にひるまず、逆に三人を挑発した。
「お前たちには感謝している。だがしかし、優勝と恋路は別の話だ。我は強くなった。そして、ジョー殿とは固い絆で結ばれたのだ。例え誰が相手であろうと、我ら二人の絆を引き裂くことは不可能。もし、我らの絆を引き裂こうものなら、相手になってやる。全員まとめてかかってくるがいい。お前たちを倒し、我はジョー殿と晴れて恋人になってみせる!」
エルザは剣を構えて、玉藻たちと戦おうとする。
「言うようになりましたわね。ならば、お望み通り、私の毒をその身に刻んであげましょう!」
「上等じゃねえか!丈の恋人の座が欲しいなら、力ずくで奪ってみやがれ!返り討ちにしてやらぁ!」
「やはりエルザは敵だった!丈君の恋人の座は誰にも渡さない!もはや仲間でも弟子でもない!バラバラに切り刻む!」
玉藻、酒吞、鵺の三人もエルザの挑発を受け、怒りがますますヒートアップする。
マズい。
せっかく優勝したのに、ここでエルザが死んだら、これまでの苦労が全部水の泡だ。
「木の迷宮」への立ち入り許可がもらえなくなる。
それに、優勝チームが優勝後、その場で殺し合いを始めるなんて、あまりに恥ずかしすぎる。
僕は慌てて四人の間に入り、仲裁に入った。
「ストーップ!四人ともそれまで!せっかく対抗戦で優勝したのに、優勝直後に優勝チームが殺し合いを始めたりしたら恥ずかしいことこの上ないぞ。せっかくの優勝が取り消しになるかもしれないぞ。これまでの努力が全部水の泡だ。それに、僕は大事な旅が終わるまで、誰とも恋愛をするつもりはない。恋人を作るつもりは全くない。分かったら、四人とも武器を納めて。よく頭を冷やすんだ。この後は大事な表彰式だってあるんだ。冷静になってくれ。分かったね?」
僕の言葉を聞いて四人は武器を構えるのを止めた。
武器を納めながら、少し残念そうな顔をしている。
「誰とも恋愛をするつもりがない、ですか。」
「恋人を作るつもりは全くない、か。」
「旅が終わるまで恋愛はお預け。」
「我とも、誰とも付き合わんか。また旅に出てしまうのか。トホホホ。」
四人が落ち着いたのを確認し、僕は四人に声をかけた。
「みんな、落ち着いてくれて何よりだ。それじゃあ、一緒に表彰式に出よう。皆さん、僕たちをお待ちかねだ。さぁ、行くよ。」
決勝戦が終わってから30分後、表彰式が行われた。
僕たちは表彰台へと上り、エルザが代表で優勝トロフィーを受け取ることになった。
マックス大会委員長が優勝トロフィーを持って、表彰台の前にやって来た。
そして、優勝トロフィーを表彰台にいるエルザへと手渡そうとした。
「優勝おめでとう、獅子獣人派代表チーム諸君。実に見事な戦いぶりだった。今大会は君たちのおかげで例年にない盛り上がりとなった。大会運営委員を代表して御礼を言わせてもらおう。エルザ、よく頑張ったな。儂も父としてお前の成長を見れて嬉しかったぞ。本当に優勝おめでとう。」
マックス大会委員長がお祝いの言葉を述べながら、エルザに優勝トロフィーを手渡した。
優勝トロフィーを手渡され、エルザも涙を流しながら喜んだ。
「ぐすん。ありがとうございます、父上。」
エルザが優勝トロフィーを観客席に向けて掲げた。
観客席から観客たちの優勝を祝う言葉や歓声が聞こえてくる。
試合会場は本日最高の盛り上がりを見せた。
試合会場が優勝ムードに包まれ、盛り上がる中、突然、誰かがそれを邪魔するように叫び声を上げた。
「待ちやがれ!エルザたちの優勝は認めねえぞ!」
僕たちの優勝に難癖をつけてきたのは、決勝戦で敗れたグレイであった。
腹に包帯を巻き、愛用のパルチザンを杖代わりにしながら、ノロノロと歩いてやってくる。
グレイは僕たちのいる表彰台の傍までやって来ると、僕たちを指さしながら言った。
「エルザたちの優勝は認められねえ!エルザは獅子獣人の代表でありながら、同じ獅子獣人とチームを組まなかった!他所の人間の冒険者と組んだんだ!エルザ以外は全員、人間だ!そんなの、獅子獣人の代表チームとは言わねえ!人間のチームだ!獅子獣人の力じゃなく、人間の力で勝ったんだ!そんなのは獅子獣人の勝利とは言えねえ!エルザのやったことは対抗戦、いや、獣人全体への冒涜だ!そんなことをする奴の優勝なんて認められねえ、そうだろ、なぁ?」
グレイはエルザが他の獅子獣人たちと代表チームを組まなかったことを声高に取り上げ、非難した。
グレイの奴め、エルザと一騎打ちして負けておいて、獅子獣人の力で優勝したのではないと悪あがきをしてくる。
対抗戦に人間と組んではいけないというルールはないし、エルザは実力で各敵チームの大将たちを討ち取っていった。
エルザの対抗戦での優勝には全く非が無い。
僕はグレイのあまりの態度のひどさに腹が立った。
「おい、グレイ。対抗戦に人間が出場しちゃいけないとも、人間と組んじゃいけないともルールには書いていない。それに、エルザは実力で優勝を勝ち取った。各敵チームのリーダーを実力で倒した。エルザの優勝には何の非の打ちどころはない。非の打ちどころがあるのはむしろお前だ。グレイ、お前たち狼獣人が対抗戦で使用が禁止されているバジリスクの毒を使って戦っていたのは知っているぞ。狼獣人の力で戦っていないのも、対抗戦を冒涜しているのも、お前らの方だ。もし、バジリスクの毒を使っていないと言うなら、この場にいる全員の前で、お前の槍の穂先を舐めてみせろ。穂先にバジリスクの毒が塗られていなければ舐めれるはずだ。さぁ、舐めてみせろよ!」
僕はグレイに向かって、彼女の槍の穂先を舐めるよう言った。
「ぐっ、それは!?」
グレイは、バジリスクの毒が自分のパルチザンの穂先に塗られているのが分かっているためか、一向に穂先を舐めようとしない。
会場で事の経緯を見ていた観客たちも、大会関係者たちも驚いた顔で、グレイを見ている。
「どうした?舐められないのか?ということは、バジリスクの毒を対抗戦で使っていたことを認めるわけだな?重大なルール違反をしたことを認めるんだな?さぁ、どうなんだ?白状しろ!」
僕は大声でグレイを問い詰めた。
マックス大会委員長がグレイに訊ねた。
「グレイ選手、本大会でバジリスクの毒を使用していたことは事実でしょうか?すみませんが、あなたやあなたのお仲間の使用していた武器、並びに持ち物について検査させていただきます。もし、バジリスクの毒の所持並びに使用が確認された場合、今後あなた方の対抗戦出場は無期限停止とさせていただきます。バジリスクの毒の使用が対抗戦で厳禁とされていることはよくお分かりのはずです。申し訳ありませんが、至急検査にご協力願います。おい、検査員をただちにここへ呼んでくれ。それと、狼獣人派代表チームの控室にもただちに検査員たちを急行させろ。いいな?」
マックス大会委員長が大会運営委員たちに、狼獣人派代表チームの所持品検査を命じた。
グレイは顔を青ざめさせ、その場で崩れ落ちた。
「あ、アタシらは悪くねえ。え、エルザが「黒の勇者」なんて助っ人を使うのがいけねえんだ。「黒の勇者」の方がバジリスクの毒なんかよりよっぽど反則じゃねえか。空も飛べて、魔法も使えて、怪力で、どんな攻撃も効かなくて、アタシらなんかの何十倍も足が速いなんて、そんなバケモンが相手じゃ勝ち目なんてねえじゃんか。バジリスクの毒を使うぐらいのハンデがあって当然じゃねえか。何だよ、何がいけねえって言うんだよ!?」
グレイは自暴自棄になって、バジリスクの毒の使用を自白した。
グレイの自白を聞いて、観客たちは怒り、グレイに向かって罵声を浴びせた。
「この卑怯者が!エルザ様たちの優勝にケチをつけといて、お前らはルール違反するとか最低だな!このクズ野郎!」
「対抗戦にバジリスクの毒を使うなんてご法度だ!正々堂々と戦っていない奴がよくも獣人の力だけで戦うだの、対抗戦を冒涜しただの言えたもんだな!恥を知れ、恥を!」
「決勝まで勝ち上がったのも他に汚ねえ真似を使ったんだろ!?俺たち狼獣人の顔に泥を塗りやがって!今すぐこの国から出て行け、最低のクズが!」
「エルザ様のことを出来損ないのクズだとか言って馬鹿にしていたが、お前たちの方が出来損ないのクズだ!今すぐ全員に土下座して謝りやがれ、史上最低のクズ野郎!」
観客たちは怒り、グレイに向かって、飲み物や食べ物などを投げつける。
優勝のお祝いムードから一転して、グレイたち狼獣人派代表チームへの怒りで暴動が起こりかねない非常に険悪なムードが会場全体を包んだ。
「皆さん、どうかご静粛にお願いします。グレイ選手たちのルール違反については現在調査中です。調査で違反が確認され次第、グレイ選手たちには大会運営委員会より厳重な処分を下すつもりです。今は獅子獣人派代表チームの優勝を祝う表彰式の真っ最中です。どうか、ご静粛にお願いいたします。」
マックス大会委員長が観客に呼びかけ、ひとまず観客の暴動はおさまった。
大会運営委員たちの座る席から、一人の男性がグレイの方へと歩いて近づいた。
身長180㎝の、白いシャツに黒いチュニックを着て、長い銀髪をオールバックにまとめ、顔には細いフレームの丸眼鏡をかけた、50代前半の細身の狼獣人の男性だった。
確か、大会副委員長を務めるブラックマン・ビズ・ウルフ氏である。
狼獣人派の現筆頭で、ペトウッド共和国最高議会の六人の議員の内の一人と聞いている。
そして、あのグレイの実の父親とも聞いている。
ブラックマン副大会委員長はグレイの正面に立った。
「親父?」
グレイが顔を上げ、ブラックマン副大会委員長の方を見た。
次の瞬間、ブラックマン副大会委員長が平手打ちでバチーンと、グレイの顔をひっぱたいた。
ブラックマン副大会委員長の平手打ちを受け、グレイの顔の左側は真っ赤に腫れていた。
「この大馬鹿者が!神聖な対抗戦でバジリスクの毒を使うなど、言語道断だ!これまで多少のやんちゃには目を瞑ってきたが、私はどうやらお前を甘やかしすぎたようだ!エルザ嬢への失礼極まりない発言、重大なルール違反をしておきながら謝罪すらしない横柄な態度、実にけしからん!グレイ、お前を我がウルフ家の一員から除名する!今日、この場でお前を勘当する!お前の仲間たちも狼獣人の派閥から追放する!仲間とともにどこへでも好きなところに行くがいい!二度と私の前に顔を見せるな、この恥さらしが!」
ブラックマン副大会委員長はそう吐き捨てると、グレイの前を去っていった。
「ま、待ってよ!?待ってくれよ、親父!?」
グレイが引き留めようとするが、グレイの言葉を無視し、ブラックマン副大会委員長は大会運営委員の自分の席へと戻っていった。
「あ、アタシが勘当!?派閥から追放!?二度と顔を見せるな、か!?お、終わった、もう何もかも終わった!?」
グレイは虚ろな目をしながら立ち上がると、槍を杖代わりにしながらヨロヨロとした足取りで僕たちの前から去っていった。
気まずい空気が僕たちの間を流れていた。
だが、これで良いのだ。
エルザの優勝と名誉を守るため、グレイたちの不正を暴くため、僕は自身の正義に則り、行動したまでだ。
グレイたちはこれまでに働いてきた悪事への報いを受けただけにすぎない。
自業自得というヤツだ。
エルザを散々馬鹿にして傷つけてきた罪への罰だ。
ざまぁみろ。
グレイによる騒動がおさまり、獅子獣人派代表チームの優勝も決まり、対抗戦はようやく終わるかに見えたが、対抗戦はこれで終わらなかった。
マックス大会委員長がとんでもない提案を言い出したのだ。
「お集まりの観客の皆さん。先ほどはちょっとしたハプニングもございましたが、無事対抗戦の優勝チームも決まりました。新しい議長には、儂の娘でもあるエルザ・ケイ・ライオン選手が就任することになります。対抗戦が予定通りに終わったことは喜ばしいことではございますが、対抗戦をリタイアするチームが続出したため、当初の予定時間より早く対抗戦が終了してしまいました。観客の皆さんの中には少し物足りなさを感じている方もいらっしゃるかと思います。そこで、大会運営委員で話し合った結果、急遽追加でエキシビションマッチを開催することを決定いたしました。エキシビションマッチでは、大会委員長であるこの儂、マックス・ケイ・ライオンが特別選手として出場いたします。そして、この儂の相手を務めていただくのは、獅子獣人派代表チームの「黒の勇者」こと、ジョー・ミヤコノ選手です。試合は、この儂とジョー選手の1対1で行わせていただきます。「獣王」対「黒の勇者」の戦いをどうぞ最後までお楽しみください。」
マックス大会委員長の突然の提案に僕も、仲間たちも皆驚いた。
「いや、なんで僕がマックス大会委員長と試合しなきゃいけないの?戦うならむしろ、チームリーダーのエルザでしょ?「獣剣聖」対「獣王」で戦うのが筋でしょ?なんで僕が「獣王」と戦わなきゃいけないんだ?おかしいだろ、それは?」
「じょ、ジョー殿、貴殿の言うことは最もだが、おそらく父上は純粋に貴殿と勝負をしたいのだろう。「黒の勇者」と戦うことを花道に議長を引退したい、とでも考えているに違いない。我との手合わせならいつでもできるが、ジョー殿とはそういうわけにはいかないからな。すまんが、父の我が儘を聞いてやってもらえるか。この通りだ。」
エルザから頭を下げられ、頼み込まれ、断ろうにも断れなくなった。
「分かったよ、エルザ。君のお父さんと戦うよ。まったく、こっちに事前の確認も取らないで勝手に試合を組むなんて。いきなり勝負を挑んできて勝手に代表チームに入れようとしてきたいつかの誰かさんのことを思い出すよ。やれやれ、似た者親子ってわけか。」
「あ、あの時は本当に済まなかった。反省している。恥ずかしいことを思い出させないでくれ。とにかく、よろしく頼む。」
「了解。あ~あ、なんでこうなっちゃうかなぁ~?「獣王」を倒すのは僕じゃなくエルザのはずだったのに。中々計画通りにはいかないもんだな。仕方ない。引き受けたからには全力でやるとするか。僕も「獣王」のジョブとスキルには前々から興味があったしね。獣人最強と呼ばれる力がどれほどのものか、是非拝見させてもらおうじゃないか。」
僕は、「獣王」マックス・ケイ・ライオン大会委員長とエキシビションマッチで戦うことを決めたのだった。
観客たちは、「獣王」対「黒の勇者」の戦いが見れると聞いて、こっちの気持ちも知らずに勝手に大盛り上がりしている。
正直、これ以上大勢の人の前で何かをするというのは嫌なんだけれども。
相変わらず、ぼっちでコミュ障の陰キャの僕に、異世界は優しくない。
これだから、異世界召喚物は嫌いなのだ。
いつも勝手に異世界の都合を登場人物たちに押し付けてくるところが気に入らない。
だが、今更こんなことを思ってもしょうがない。
とりあえず、「獣王」に勝って、それから復讐計画を先に進めるとしよう。
僕の異世界への復讐が少し遅れることになった。
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