第二話 主人公、ぼっちお嬢様とトレーニングする

 僕たち「アウトサイダーズ」がペトウッド共和国に着いて二日目の朝。

 僕たちは朝食を食べ終えると、エルザとの顔合わせのため、ギルドの一階の受付カウンターの近くで、エルザがギルドにやって来るのを待っていた。

 約束の時間の5分前に、エルザは僕たちとの顔合わせのため、ギルドへとやって来た。

 僕はエルザを見つけるなり、エルザの方に歩み寄って声をかけた。

 「おはよう、エルザ。ほとんど時間どおりだね。紹介するよ。後ろにいる三人が僕の仲間で、玉藻、酒吞、鵺だよ。三人ともS級冒険者で、僕よりもずっと強い凄腕揃いだ。君のことはこの三人にも話してある。今日からこの三人も君のトレーニングに協力してくれることになった。後、対抗戦にも一緒に参加してくれることになった。三人とも、この子がエルザだよ。」

 僕は、エルザと玉藻たちにそれぞれ紹介をした。

 玉藻、酒吞、鵺がエルザに向かって挨拶をした。

 「初めまして、エルザさん。わたくし、丈様の従者をしております玉藻と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

 「エルザだな?俺は酒吞だ。よろしく頼むぜ。」

 「私は鵺。よろしく、エルザ。」

 だが、三人の挨拶が終わった途端、何故かエルザは挨拶もせず、サッと僕の後ろに隠れてしまった。

 そして、僕の後ろでボソボソと小さな声で何か呟いている。

 突然のことに、僕も、他の三人も驚き、困惑した。

 僕は後ろにいるエルザに声をかけた。

 「エルザ、どうした?何で僕の後ろに隠れたりするんだ?三人が何か君に失礼なことでもしたのか?」

 エルザは僕の服の袖をクイっと掴むと、僕の右耳に向かって顔を近づけて言った。

 「ジョー殿、その、貴殿の仲間たちだが、緊張して上手く話せる自信がない。あんないかにもキラキラしたリア充といきなり話すのは無理だ。あの三人と話すのに今しばらく猶予はもらえないだろうか?」

 エルザのまさかの人見知り発言に僕は困った。

 「ちょっとエルザ、確かにあの三人はリア充に見えるかもしれないが、三人ともすごく話しやすくて、良い人ばかりだぞ。何より、これから一緒にトレーニングをして、対抗戦に出場する仲間だ。今から親睦を深めないと対抗戦までにチームを組むことはできないぞ。トレーニングだって、あの三人抜きじゃ厳しい。それに、昨日は初対面でもいきなり僕に声をかけて話ができただろ?何であの三人とは話せないんだ?リア充に見えてもそんなに話しづらそうには見えないぞ、あの三人は?」

 「その、ジョー殿は、何と言うか、我に何となく雰囲気が似ていたというか、あまりリア充には見えなかったというか、だからその、我と同じ日陰者の匂いがして、話しやすそうに見えたからだ。とにかく、あの三人と話すのは無理なのだ。何とか、当分の間、二週間、せめて、一週間は時間が欲しい。心の準備さえできれば、何とか話をするつもりだ。申し訳ないが、ジョー殿からあの三人に、改めて顔合わせの機会を設けると言ってほしい。必ずその時こそは話をする。頼む、この通りだ、ジョー殿。」

 弱ったぞ、これは。

 今日早速、エルザと玉藻たちと顔合わせを済ませて、対抗戦に向けてトレーニングをするなり、親睦を深めていったりしてもらおうと思っていたのに、まさかエルザがここまで人見知りが激しいとは。

 確かに玉藻たちはかなりの美人で一見リア充に見えるかもしれないが、この三人の協力抜きで対抗戦に向けてのトレーニングを行うのはちょっと厳しいぞ。

 対抗戦はチームで出場する訳だから、チームワークを確認して、本番までに連携をとれた方が良い。

 エルザがぼっちでリア充に対して苦手意識を持つのは、僕も同じぼっちのため分からなくもないが、それとこれとは別の話だ。

 だけど、この様子じゃ、玉藻たち三人と一緒にトレーニングするどころか、話ができないのも事実だ。

 仕方がない。

 エルザのトレーニングはしばらく僕一人で付き添うことにしよう。

 玉藻たち三人は、一人一人、機会を見て、僕が間に入って改めてエルザに紹介していくことにしよう。

 できれば、10日以内に、何とかエルザと玉藻たちが会話できるようになるよう、頑張るしかないな。

 元いた世界でも、異世界でも、ぼっちにはコミュ障という名の辛い現実の壁が等しく立ちふさがるらしい。

 僕は、困惑する玉藻、酒吞、鵺に向かって言った。

 「ごめん、みんな。エルザはその~、いわゆる人見知りってヤツらしくて、みんなと上手に話せる自信がないらしいんだ。決してみんなのことが嫌いなわけじゃあないんだ。僕も彼女と同じぼっちでコミュ障だから、初対面の人に緊張するのは分かるつもりだ。悪いけど、彼女の心の準備ができるまで、みんなと一緒にトレーニングをするのは待ってもらえるかな?彼女の準備が整ったら、またみんなで改めて顔合わせをしたいと思う。それで良いかな?」

 「そ、そうですか。それなら致し方ありませんね。では、エルザさんとの顔合わせはまた今度ということにいたしましょう。ですが、エルザさん。これだけはお伝えしておきます。大事な対抗戦前に、丈様と二人きりだからと言って、羽目を外さないように。良いですわね?」

 「人見知りだって言うなら、しょうがねえな。だがな、エルザ、もし、ちょっとでも丈に色目を使ったりしたらその時は承知しねえから、覚悟しとけよ。対抗戦とやらに出られないのが嫌ならな。分かったな?」

 「今回は大目に見てあげる。だけど、私たちが見てないところで丈君に変なことをしたら、それが分かった瞬間、あなたの命はないと思って。丈君は私たちの大事なご主人様、絶対に変な気を起こしたりはしないこと。エルザ、Do you understand?」

 玉藻、酒吞、鵺の迫力に、エルザは縮み上がってしまっている。

 「三人とも、そんなこと言ったら、エルザが怖がるだろ。エルザは恋愛とかに現を抜かすタイプじゃないし、エルザが僕に好意を向けることだってない。エルザは本当に人見知りで、三人と今は話せる自信がないだけで、対抗戦にかける熱意は本物だ。誰よりも対抗戦での優勝に闘志を燃やしているんだ。とにかく、彼女の心の準備ができるまで待っていてくれ。それじゃあ、とりあえず今日はこれで解散する。三人は自由に過ごしてもらって構わない。僕はエルザとこれから二人でトレーニングに向かう。じゃあ、みんなまた後でね。」

 僕は玉藻たち三人にそう言うと、エルザを連れてギルドの外に出た。

 ギルドの外へ出ると、僕はエルザに向かって言った。

 「エルザ、とりあえず今日からしばらくの間、僕と一緒に二人でトレーニングをしよう。一応、トレーニングになりそうな依頼をいくつか見つけてきた。その依頼をこなしながら、トレーニングに励むとしよう。それじゃあ、僕に付いてきてくれ。」

 「済まぬ、ジョー殿。それでは、よろしく頼む。」

 僕たちはペトウッド共和国の首都から東に街道を歩いて2時間ほどの距離にある、街道のすぐ傍の森へとやって来た。

 目的は、この森に住み着いたというDランクモンスター、コボルトの群れの討伐である。依頼書によれば、森に住み着いたコボルトたちが街道を通る通行人やキャラバンを襲い、死傷者が出ている上、他国との交易に支障が出ているとのことだった。尚、依頼主は、首都の小さな商人ギルドの一つであった。

 討伐する数は200匹。ランクはSランクで、依頼の達成報酬は400万リリア。高ランクで難易度が高く、おまけに相場以下の低報酬。

 明らかにハズレ依頼であった。

 僕たちは森の中をゆっくり進んでいくと、30分ほどして森の中の少し開けた場所に、コボルトたちの群れを見つけた。

 コボルトとは、身長180cmほどの大きさで、茶色い毛皮に全身を覆われた、犬の頭部を持つ、二足歩行するモンスターである。口には鋭い牙、手には鋭い爪を生やしていて、短剣や槍、斧、棍棒などを手に持っている。力は人間と大差ないが、動きが俊敏で、鼻が非常に利く。ある程度の知能を持つが、非常に獰猛な性格で、人間を襲って食べたり、人間の持ち物を好んで奪って身に着けたりもする。

 異世界召喚物の物語やゲームでよく登場するモンスターで、伝承では妖精や小人として描かれることもあるが、この異世界のコボルトは犬の頭を持つモンスターであった。

 コボルトは鼻が利くため、僕たちはコボルトの群れから100m離れた茂みの中にしゃがんで姿を隠した。

 「エルザ、今回のトレーニングの内容は、目の前にいるコボルトの群れを討伐することだ。数は全部で200匹、僕と君で100匹ずつ討伐する。コボルトの武器は何といっても俊敏さだ。1匹ずつすばやく確実に仕留めていかなければいけない。このトレーニングの目的は、君のスピード強化にある。足の速さや身軽さが武器の狼獣人に対抗できるスピードをこの訓練で身に着けるんだ。覚悟はいいかい?」

 「しょ、正気かジョー殿!?コボルトとは言え、相手は200匹もいるんだぞ!10匹程度なら我も一人で相手をしたことがあるが、一人で100匹を相手するのは無茶だぞ!アヤツらに嬲り殺しにされるのが落ちだぞ!貴殿はいつもこのようなことをしているのか?」

 「ああっ、その通りだよ。こんなことは僕たち「アウトサイダーズ」には日常茶飯事のことだよ。この前なんてウィスプ2,000匹に取り囲まれて燃やされそうになったけど、まぁ何とか討伐したよ。とにかく、今回のようなハズレ依頼をこれから毎日一緒にこなしてもらうからそのつもりで。」

 僕はエルザにそう言うと、ジャケットの左の胸ポケットから「如意棒」を取り出した。

 そして、如意棒を右手に持つと、如意棒に霊能力を込めた。

 すると、如意棒があっという間に、長さ120cmくらいの刀身に反りの入った黒いサーベルへと姿を変えた。

 「さぁて、如意棒、お前の初陣だ。よろしく頼むぞ。」

 「じょ、ジョー殿、ジョー殿の手の平に突然剣が現れたぞ!?何なのだ、その剣は一体?どうやってそんな剣を出したのだ!?」

 エルザは僕の手の平に突然現れた黒いサーベルを見て驚いている。

 「それは企業秘密だ。それより、さっさとトレーニングを始めるとしよう。僕が先行してコボルトたちに突っ込むから、君は僕の後に続いてくれ。それじゃあ、行くよ。」

 僕は霊能力を解放し、全身に霊能力を纏った。

 僕は隠れていた茂みから飛び出し、一直線にコボルトたちに向けて突っ込んだ。

 そして、高速でコボルトたちに近づくなり、右手に持っていたサーベルを振りぬいた。

 「セイヤっ!」

 コボルトたちは僕の振りぬいたサーベルの斬撃を受け、頭を落としたり、顔を真っ二つに斬られたり、胴体を切断されたりして、次々に倒れていく。

 コボルトたちは襲撃を受け、僕に向かってくるが、次々に斬り倒されていく。

 5分ほどで、コボルトたちは半分ほどにまで減っていった。

 周りをよく見ると、エルザもコボルトたちと剣で戦っているが、20匹ほどのコボルトに取り囲まれ、苦戦している様子だった。

 「エルザ、僕はもう100匹倒したぞ。残りは後、80匹くらいだ。剣技なら僕より君の方が上だ。とにかく、早く動くんだ。魔力を足に集中させろ。スピードで相手を翻弄するイメージを浮かべるんだ。コボルトの包囲網を一気に突破するくらい、早く動け。それができないなら、対抗戦で狼獣人たちには絶対に勝てないぞ。それでも良いのか?」

 僕はアドバイスと挑発をエルザに贈った。

 エルザはコボルトたちからの攻撃を受け止めながら、必死にコボルトたちの包囲網を突破しようと足掻いていた。

 「ここで負けるわけにはいかぬ。足に魔力を集中、足に魔力を集中。相手を翻弄するくらい早く動く。ジョー殿のようにすばやく動くのだ。狼獣人どもよりもコボルトよりも早く動くのだ。早く、早く、早く。」

 エルザの両足が徐々に光り始めた。

 そして、エルザの背中に獅子ではなく、狼のような顔の巨大なマークが浮かび上がった。

 「見えた!狼獣剣!」

 エルザの足がキラっと大きく輝くと、エルザは高速でコボルトたちの間をすり抜けた。

 そのまま、高速でコボルトたちの間を移動し、すれ違いざまに剣を振りぬいていく。

 エルザの高速移動からの斬撃で斬られ、80匹いたコボルトたちは次々に倒れていく。

 5分後、エルザによって、残り80匹のコボルトたちは倒された。

 エルザはコボルトたちを倒すと、息を切らし、その場で寝転んだ。

 「はぁ、はぁ、やったぞ!コボルトを全部倒した!新しい剣技を習得したぞ!」

 エルザは笑顔で喜んでいる。

 僕はエルザに近づき、声をかけた。

 「お疲れ、エルザ。やったね。すごいじゃないか。コボルトたちを全部倒しただけでなく、新しい技まで編み出すなんて。予想以上の成果だよ。この調子で頑張ろう。」

 「ああっ、ジョー殿。貴殿のアドバイスのおかげだ。一時はもうダメかと思ったが、貴殿の言葉を受け、活路が浮かんだのだ。長年の願いでもあった新しい技を編み出すこともできた。礼を言うぞ。なるほど、「黒の勇者」の強さの秘訣が少し分かった気がするぞ。常に自分自身を逆境に置きながら、その逆境を乗り越えるために知恵を絞り、創意工夫を凝らして戦うわけか。ハズレ依頼というものも使い方や工夫次第で自分をより高みに導く修行方法になるわけだな。実に参考になった。」

 「今日のトレーニングはこれで終了する。落ち着いたら、コボルトたちの死体を回収して、ギルドに戻って報告だ。その後は良かったら一緒に昼食を食べないか?新技の練習もしたいなら喜んで付き合うよ。」

 「それは有難い。では、ギルドに戻ったら、一緒に昼食を食べ、午後は新技の練習に是非付き合ってくれ、ジョー殿。」

 僕たちはそれから、コボルトたちの死体を腰のアイテムポーチに詰めて回収した。

 そして、徒歩で首都のギルド本部へと帰った。

 ギルドに戻ると、受付カウンターへと行き、依頼達成の報告をエルザと一緒にした。

 「すみません。受けていた依頼を一件達成しましたので報告に上がりました。確認をお願いします。」

 「かしこまりました。どちらの依頼になられますか?」

 「商人ギルドから出ていた、ペトウッド共和国の首都から東にある街道の傍の森に住み着いたコボルトの群れの討伐依頼です。依頼通り、コボルト200匹を討伐してきました。死体も持ってきているので、確認をお願いします。」

 「こ、コボルト200匹を討伐したのですか!?さすがは「黒の勇者」様ですね。あれだけの数のコボルトを依頼を受けてから一日足らずで討伐されるとは。かしこまりました。では、奥の解体所スペースで回収されたコボルトたちの死体を見せていただけますか?」

 「分かりました。エルザ、解体所スペースへ行こう。」

 僕がエルザと解体所スペースへ向かおうとしたその時、後ろから突然声をかけられた。

 「おいおい、ぼっちで出来損ないのエルザがギルドにいるじゃんよ~。しかも男連れじゃん。エルザなんかと組む奴がいるなんてマジで受けるじゃんよ~。」

 後ろを振り返ると、頭に狼の耳を生やし、尻には狼の尾を生やし、両耳にリング状の金色のピアスを付け、グレーの髪を右側に逆立て、左の側頭部を刈り上げたショートパンクヘアの髪型に、銀色の瞳を持ち、左肩に、狼の顔のような黒いタトゥーを入れた、黒のタンクトップに、グレーのジーンズを着て、黒い革のブーツを履いた、身長170cmくらいの、狼獣人の女の子が立っていた。背中には、150cmくらいの大きさのパルチザンを背負っている。

 パンクファッションのその狼獣人の女の子の後ろには、同じパンクファッションの狼獣人の女の子たちが20人ほど立っていた。

 ソイツらはエルザや僕を馬鹿にしたような目で笑いながら一様に見てくる。

 エルザも狼獣人の女子たちを見るなり、ひどく嫌そうな顔をしている。

 「我に何の用だ、グレイ?また嫌がらせにでも来たのか?」

 「はっ、アタシらはお前と違って忙しいんだ。次の対抗戦に向けて練習がてら、モンスターを狩ってきたんだよ。ちょうどトロールを3匹仕留めてきたところだ。アタシらの槍でトロールどもを串刺しにしてやったところだ。お前こそ、ギルドに何の用だ?どうせ、対抗戦の代表メンバーを集めに来たってところだろ?いい加減、諦めろよ。出来損ないのお前と組みたい奴がいるわけねえじゃん?傍にいる男もどうせ金目当ての詐欺師だぜ、きっと。分かったら、とっとと諦めてアタシらの前から消えな。邪魔なんだよ。」

 エルザが少し落ち込んだような顔を浮かべる。

 何だ、このグレイとか言う失礼な奴は。

 僕を金目当ての詐欺師だとか、エルザを出来損ないだの好き勝手言いやがって。

 こういうチャラチャラした不良みたいな女たちは昔から嫌いだった。

 僕たちぼっちにとって嫌な相手である。

 異世界でもいるんだな、こういう嫌な手合いが。

 だが、たかがBランクモンスターのトロールを3匹討伐したくらいで、それも20人がかりで倒して調子に乗っているとは、そんなに大した奴じゃなさそうだ。

 「エルザ、こんな雑魚の言うことなんて気にするな。たかがトロールを3匹、それも20人がかりでなきゃ倒せない連中なんて大した奴らじゃない。君はコボルト100匹を一人で倒した。コイツらよりもはるかに格上だ。だから、こんな調子に乗っている雑魚は無視して大丈夫だ。さて、さっさと依頼完了の手続きを済ませるとしよう。時間の無駄だしね。」

 僕はそう言って、エルザの手を引くと、解体所スペースへと向かおうとした。

 「おい、待ちやがれ!テメエ、アタシらを雑魚とか言いやがったじゃんよ!?アタシら「シルバーファング」の強さを知らねえのか?大体、エルザにコボルト100匹なんて倒せるわけねえじゃん?ホラを吹いてんじゃねえぞ?」

 グレイは怒りながらそう言った。

 「なら、今ここで証拠を見せてやる。エルザ、アイテムポーチからコボルトたちの死体を全部出してくれ。コイツらに格の違いってヤツを教えてやろう。」

 「分かった、ジョー殿。それはいい考えだ。」

 僕とエルザはお互いにニヤリと笑うと、腰のアイテムポーチから、コボルトたちの死体を取り出した。

 ギルドの受付カウンターの前に、合計200体のコボルトの死体が山のように積み重なって現れた。

 ギルド内に積み上がっていくコボルトたちの死体の山を見て、ギルド内にいた冒険者たちやギルドの職員たちは皆、騒然となった。

 「どうだ、グレイ。これでも我がコボルト100匹を倒したことが分からんか?我はパワーアップしたのだ。そこにいる「黒の勇者」のおかげでな。それと、対抗戦にも出場する。もちろん、「黒の勇者」とその仲間たちとともにな。今の貴様らの実力で果たして我らに勝てると本気で思っているのか?」

 エルザの言葉や、目の前のコボルトたちの死体の山を見て、グレイたちはひどく動揺している。

 「本当にコボルトを一人で100匹倒しただと!?それに、そこにいる男が「黒の勇者」だと!?「黒の勇者」を仲間にしただと!?え、エルザ、テメエ、汚ねえぞ!外から来た人間に、それも「黒の勇者」なんて大物に頼るなんて、恥ずかしくねえのか?獅子獣人の代表なら同じ獅子獣人同士でチームを組めよ!「黒の勇者」なんて反則もいいところじゃねえかよ!」

 「参加者の資格に人間と組んではならない、などという決まりはない。我が誰と組もうと自由だ。「黒の勇者」は我と親友になったのだ。そして、今回の対抗戦で共に戦うことを誓ったのだ。「黒の勇者」、ジョー殿のおかげで我は急速にパワーアップをしている。お前も今回の対抗戦に狼獣人派の代表チームのリーダーとして出るのだったな、グレイ。対抗戦で貴様と戦うのを楽しみにしているぞ。」

 「グレイだったか?初めまして、僕は「黒の勇者」こと宮古野 丈だ。エルザの言ったことはすべて本当だ。僕はエルザとともに今度の対抗戦に出場する。言っておくが、例え女の子でも僕は容赦しないんでそのつもりでいてくれ。そうそう、トロールを3匹倒したんだってね。だけど、その程度の強さじゃ僕たちには絶対勝てないよ。僕たちは二人ですでにSランクの依頼をこなしている。エルザはこれからますますパワーアップしていく。対抗戦で恥をかきたくなかったら、今からでも参加を辞退することをお勧めするよ。予告する、君たちが対抗戦で優勝することは絶対にない。優勝するのは僕たちだ。対抗戦で優勝するのは諦めることだね。それじゃあ、僕たちはこれで失礼させてもらう。ギルドの職員の皆さん、申し訳ありませんが、コボルトたちの死体の後片付けをお願いします。後、討伐報酬は「アウトサイダーズ」の口座に振り込みをお願いします。じゃあ、行こっか、エルザ。」

 僕はそう言うと、エルザとともに、ギルドを後にしたのだった。

 僕たちが立ち去った後も、ギルド内は騒然としていた。

 グレイはショックのあまりその場で立ち尽くしていた。

 「あ、あり得ねえ。出来損ないのエルザがコボルトを100匹も一人で倒すなんて。それに「黒の勇者」と組むだなんて。「黒の勇者」と組まれたらアタシらの勝ち目なんてほとんどねえじゃんよ。やべえ、マジでヤバいじゃんよ。」

 「り、リーダー、「黒の勇者」と戦うなんて無理っすよ。「黒の勇者」が率いる「アウトサイダーズ」は常勝無敗のSランクパーティーっす。ウチらBランクパーティーじゃ歯が立たないっすよ。「黒の勇者」なんて一人でSランクモンスターをソロ討伐したって言う化け物じゃないすっか。それに、エルザの奴も「黒の勇者」に鍛えられてめちゃくちゃ強くなってるみたいっすよ。今からでも、他所からS級冒険者をかき集めて、チームを組んでもらった方がいいんじゃ?」

 「馬鹿言うんじゃねえ!そんな恥ずかしい真似ができるか!今度の対抗戦はアタシら狼獣人派の若手のデビュー戦なんだぞ!アタシらは狼獣人の期待のホープと呼ばれてるんだぞ!それに、散々、アタシらの手で優勝するって周りに言って回ってんだぞ!今更、他所の人間の冒険者に頼るなんて、出来るわけねえじゃんよ!とにかく、こっちも気合入れて、練習するしかねえじゃんよ!エルザみたいにSランクの依頼に挑戦してこっちもパワーアップするじゃんよ。」

 部下たちが制止する中、グレイはエルザに対抗するため、Sランクの依頼を受けることを決めたのだった。

 一方、僕とエルザはギルドを出ると、エルザのツリーハウスへと向かった。

 ツリーハウスへ着くと、僕はエルザの指示に従い、昼食の準備を手伝った。

 今回は、バーベキュー用のコンロを使って魚を焼くそうだ。

 エルザが取り出したのは、秋の味覚の代名詞、秋刀魚であった。

 脂ののった新鮮な秋刀魚が全部で10匹もあった。

 僕は驚いてエルザに訊ねた。

 「エルザ、今は夏のはずだけど、ペトウッド共和国じゃあ秋刀魚が獲れるの?」

 「ああっ、北西の海側で年中獲れるぞ。別に夏だからと言って、珍しくはないな。おおっ、ちょうど焼けてきたから、貴殿も一緒に食べるがいい。塩を振ってかけるか、カボスを絞って果汁をかけるか、好きに食べればいい。」

 「ありがとう。では、いただきます。」

 異世界で食べる秋刀魚の塩焼きはおいしかった。

 秋刀魚は脂がのっていて、身はホクホクとしていて柔らかい。

 塩気も効いていて、より秋刀魚の風味が引き立っている。

 カットされたカボスを絞って果汁をかけると、カボスのほどよい酸味と甘みが加わり、よりマイルドな味わいに変わった。

 あっという間に秋刀魚5匹を平らげてしまった僕だった。

 一年中、おいしい秋刀魚が獲れるとは、実にペトウッド共和国は素晴らしい国である。

 ペトウッド共和国の北西部を訪ねてみるのも悪くはないな。

 きっと、秋刀魚以外にもおいしい海の幸が食べられるに違いない。

 僕とエルザは昼食を食べると、一時間ほど小休憩をした。

 その後、エルザが編み出した新しい技の特訓を二人で行った。

 エルザが新たに編み出したのは、狼獣人の特性を持つ「狼獣剣」という剣技である。

 この技は、剣の威力は落ちるものの、狼獣人に勝るとも劣らない超高速で移動しながら剣を振るうことができる、スピード重視の戦いができるメリットがある。

 「狼獣剣」の精度やスピードが強化されれば、足の速さや身軽さが定評の狼獣人たちと互角以上に戦えるようになるはずだ。

 僕は夕方まで、黒いサーベルに変形させた如意棒を片手に、彼女の「狼獣剣」の練習に付き合ったのだった。

 練習を終えると、僕はエルザに明日のトレーニングの予定を伝え、ギルドへと帰った。

 ギルドに帰ると、玉藻、酒吞、鵺から今日一日、エルザとどこで何をしていたか質問攻めにあったが、とりあえず三人が納得するまで質問に答えたのであった。

 トレーニング二日目。

 僕たちは首都から馬車で南西に街道を2時間ほど進んだところにある、カシズ村という小さな村へと向かった。

 依頼書によると、カシズ村のすぐ傍の森に、Bランクモンスター、オーガの群れが住み着き、カシズ村の住人を襲って死傷者が出ているとのこと。住民は避難を余儀なくされ、村から全員退避したとのこと。ペトウッド共和国政府から一度騎士団が派遣されたが、討伐できず、撤退を余儀なくされたとのこと。そのため、カシズ村から今回、冒険者ギルドに討伐依頼が出されたそうだ。

 討伐する数は20匹。依頼のランクはSランクで、討伐報酬は200万リリア。

 当然、この依頼もハズレ依頼である。

 カシズ村の近くで馬車を降り、目的のカシズ村へと向かうと、カシズ村の中にオーガたちがいて、カシズ村を占拠していた。

 オーガたちは村の中を徘徊しては、建物を破壊し、暴れ回っている。

 牛や馬、豚などの家畜を襲って食べている。

 僕たちは村のすぐ傍の森の中に隠れて、オーガたちの様子をうかがった。

 オーガとは、身長5メートルほどの巨体に、赤い皮膚、筋骨隆々とした体格に、口から鋭い牙を生やし、頭部には2本の反り返った角を持つ、鬼のような姿をしたモンスターである。怪力と頑丈な皮膚を自慢とする、非常に凶暴なモンスターである。

 異世界召喚物の物語でよく登場するモンスターで、大きさや色は多少違いがあるものの、鬼の姿で描かれることが多い。伝承では、大男として描かれていたりする。

 僕たちは森の中からオーガたちを観察していた。

 カシズ村を襲いつくした後は、他の町や村へと移動し、カシズ村のようにふたたび襲撃するつもりだろう。

 早急に討伐せねばならない。

 「さて、今回のトレーニングはあのオーガの群れの討伐依頼だ。オーガは全部で20匹。僕が10匹、エルザが10匹、それぞれ討伐する。今回のトレーニングの目的は、相手の装甲を破壊する圧倒的なパワーを身に着けることだ。力自慢と頑丈さが売りの猿獣人たちに対抗するには、猿獣人たちを凌駕する圧倒的なパワーが必要不可欠だ。そこで、怪力と頑丈な皮膚を持つオーガと戦うことを考えた。あのオーガを一撃で粉砕できるパワーが身に着けば、猿獣人たちと互角以上に戦えるようになるはずだ。それじゃあ、覚悟はいいかい、エルザ。」

 「ああっ、もちろんだ。必ず猿獣人を超えるパワーを習得してみせる。」

 僕はジャケットの左の胸ポケットから、如意棒を取り出した。

 如意棒に霊能力を流し込み、長さ2メートルほどのハルバードへと変形させた。

 僕は霊能力を全解放し、全身に纏った。

 「それじゃあ、討伐開始だ!行くよ、エルザ!」

 ハルバードを両手に持って、僕はオーガたちのいる村の中へと突入した。

 僕を見るなり、飛びかかってきたオーガたちに、僕はハルバードを振り回し、叩き斬った。

 「トゥリャっ!」

 僕の振り回すハルバードによって、胴体や頭を叩き斬られ、オーガたちは次々に倒れていく。

 3分後、オーガ10匹をハルバードで倒した僕は、エルザの方を見た。

 3匹ほどオーガを倒したようだが、苦戦している様子だった。

 7匹のオーガたちが交互に飛びかかってはエルザを腕で殴り殺そうと襲っている。

 エルザはオーガたちの拳を剣でいなし、何とかガードしている様子だ。

 僕はエルザに声をかけた。

 「エルザ、こっちはもうオーガ10匹倒したぞ。ガードしているだけじゃオーガは倒せないぞ。魔力を両腕に集中させるんだ。オーガの体を思いっきり叩き斬るイメージを浮かべるんだ。猿獣人たちに勝ちたいなら、オーガぐらい一撃で粉砕できなきゃダメだ。とにかく、腕に力を込めて思いっきりオーガに剣を叩きつけろ。相手の反撃やら頑丈さなんて気にするな。思いっきり叩き込め。」

 エルザは剣でオーガたちの拳を受け止めながら、考えた。

 「魔力を両腕に集中、魔力を両腕に集中、そして、思いっきり剣を叩き込む。」

 エルザがガードしながら、両腕に魔力を集中させていく。

 エルザの両腕が徐々に光り始めた。

 エルザの背後に、巨大な猿の顔のようなマークが浮かび上がった。

 「見えた!猿獣人剣!」

 エルザはガードを解くと、そのまま剣を上段に構え、袈裟切りのようにオーガの胴体に重い斬撃を叩き込んだ。

 エルザの斬撃を受け、オーガは叩き斬られ倒れた。

 エルザは飛びかかってくるオーガを重い斬撃で一刀の下、斬り捨てていく。

 5分後、7匹のオーガたちはエルザによってすべて倒された。

 息を切らしながらも、立っているエルザに僕は声をかけた。

 「お疲れ、エルザ。見事、オーガを倒して、そして、また新しい技を編み出したようだね。「猿獣剣」か、すごい破壊力だね。頑丈なオーガの皮膚をあっさりと叩き斬るなんて、凄まじい剛剣だよ。これなら、力自慢の猿獣人たちとも互角以上に戦えるはずだ。よく頑張ったね。」

 「はぁ、はぁ、ありがとう、ジョー殿。ジョー殿の指導のおかげだ。オーガを一撃で倒せる技を編み出せるとは、今でも信じられない気分だ。だが、今回編み出した「猿獣剣」をしっかりと習得すれば、猿獣人たちにきっと勝てる。本当にありがとう。」

 「ハハハ、どういたしまして。ひと休みしたら、オーガたちの死体を回収しよう。その後は馬車を見つけて、ギルドに戻って、依頼達成の報告をしよう。ちょっと遅くなるけど、その後に昼食を食べることにしよう。」

 僕たちはひと休みした後、オーガたちの死体をアイテムポーチへと入れて、回収した。

 カシズ村を出て、しばらく街道を歩いていると、乗合馬車の発着所があったので、発着所で乗合馬車が来るのを待った。

 30分後、乗合馬車が発着所に来たので、僕たちは乗合馬車に乗って首都のギルド本部へと向かった。

 馬車を降りると、そのままギルドへと向かい、オーガの群れの討伐依頼の達成報告を行った。

 受付カウンターで依頼達成を報告すると、国も頭を悩ませていた案件だったため、ギルドの人たちから非常に喜ばれた。

 僕たちは報告を終えると、ギルドを後にした。

 そして、エルザのツリーハウスへと向かい、二人でちょっと遅めの昼食をとり始めた。

 今回はバーベキューコンロに網ではなく鉄板を敷き、豚肉とキャベツたっぷりの焼きそばを作った。

 異世界に焼きそば用の麺とソースがあることに驚かされたが、農業が盛んで食文化が発達したペトウッド共和国では、焼きそばを作ることもできるらしい。

 4人分の大盛りの焼きそばをエルザと二人で食べた。

 久しぶりに食べる焼きそばの味は、故郷の日本を思い出させてくれた。

 異世界に来てから、主食にパンと麺類しか食べていないが、もしかしたら、このペトウッド共和国でなら、白いご飯が、ライスが食べられるのではないだろうか、ふとそんなことを思ったりもした。

 焼きそばを食べ終えると、一時間ほど休憩した後、今日エルザが編み出した「猿獣剣」の練習をした。

 エルザが繰り出す「猿獣剣」の重い一撃を、ハルバードでひたすら僕は受け止め続けた。

 夕方まで一緒に練習をすると、僕はエルザと別れ、ギルドへと帰った。

 ギルドに帰ると、玉藻、酒吞、鵺から今日一日、エルザとどこで何をしていたか、また質問攻めにあったが、三人が納得するまで質問に答えたのであった。

 トレーニング三日目。

 僕たちはペトウッド共和国の首都から馬車で街道を西に進んだところにある山岳地帯へと向かった。

 依頼書によると、西の山岳地帯の山の頂上に、Sランクモンスター、グリフォン2匹が巣を作り、山から近くの町や村に降りては、人間や家畜を襲っているとのことだった。グリフォン2匹はおそらく夫婦で、繁殖活動のために山に巣を作り、人間や家畜を餌として襲い、攫っていくとのことである。依頼主は、山岳地帯の山を管理する貴族からであった。

 依頼のランクはSランク、討伐報酬は500万リリアで相場の4分の1。

 この依頼ももれなくハズレ依頼である。

 僕たちはグリフォンのいる山岳地帯で馬車を下りると、グリフォンの巣がある山の頂上へと歩いて向かった。

 1時間ほど山を登ると、グリフォンの巣がある山の頂上が見えた。

 巨大な鳥の巣の周りを、2匹のグリフォンが飛んでいる。

 僕たちは近くの岩陰へと隠れた。

 グリフォンとは、体長10メートルほどの巨体に、鷲の頭と翼、ライオンの胴体を持つモンスターである。空を自由自在に飛び回り、鋭い爪で獲物を掴んだり、引き裂いたりする。口の大きな鋭い嘴で獲物を突き殺すこともできる。

 異世界召喚物の物語やゲームでよく登場する有名なモンスターである。伝承通りの姿をしていて、正に空の王者と言わんばかりの迫力がある。

 グリフォンたちを見ながら、僕はエルザに言った。

 「さて、今回のトレーニングの内容は、あのグリフォン2匹の討伐だ。目的は、ずば抜けた視力と空を飛べる翼を持つ鷲獣人たちに対抗するため、空を飛んで戦う術を身に着けることにある。今回のトレーニングはこれまでよりさらにハードルが上がる。だけど、はるか上空から獲物を正確に捉える眼を持ち、空を自由自在に飛び回るグリフォンを空中戦で倒せるようになれば、空を飛んで攻撃してくる鷲獣人たちと互角に空中で戦うことができるようになるはずだ。空を飛べるというアドバンテージを失えば、鷲獣人たちは大きな打撃を受けることになる。お手本とは言いづらいけど、僕が空を飛んであのグリフォンを1匹倒すから、とりあえず見ていてくれ。大丈夫、エルザならきっと空を飛べる。」

 「じょ、ジョー殿、翼も無しに空を飛ぶなどいくらなんでも無茶ではないか?空を飛ぶ魔法があると聞くが、そんな魔法、我には使えんぞ。本当に空を飛ぶことができるのか?」

 「ああっ、大丈夫。君なら絶対に空を飛べる。いや、絶対に空を飛べなきゃいけないんだ。とにかく、黙って僕の戦う姿を見ていてくれ。」

 僕はジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出した。

 如意棒を右手に持つと、如意棒に霊能力を流し込み、黒いサーベルへと変形させた。

 僕は岩陰から出ると、霊能力を解放し、全身に霊能力を纏った。

 次に、僕は霊能力のエネルギーを足裏に集中させ、圧縮した。

 そして、圧縮した霊能力のエネルギーを足裏からジェット噴射のように噴き出した。

 その勢いで一気に、空中にいるグリフォン目がけて一直線に猛スピードで飛んで行った。

 猛スピードで飛んで来る僕にグリフォンは対応できずに驚いた。

 驚くグリフォンに猛スピードで接近すると、グリフォンの首めがけてサーベルを一閃した。

 猛スピードですれ違いざまに振りぬかれた僕のサーベルの一撃で、グリフォンの首が斬り落とされた。

 グリフォンを倒すと、僕は急いで減速し、空中高くでホバリング飛行のように制止した。

 空中から、真下にいるエルザに声をかけた。 「エルザ、今のを見ていたか?魔力を足裏にためて、圧縮して勢いよく噴き出せば、こうやって空を飛べることもできるんだ。グリフォンはあと1匹いる。君の手でソイツを倒すんだ。僕が見せたやり方で空を飛ぶイメージを思い浮かべるんだ。そうすれば、君は空を飛んで、鷲獣人たちと戦えるはずだ。自分の魔力を、空を飛ぶ力に変換するんだ。大丈夫、君なら絶対に空を飛べる。さぁ、飛ぶんだ、エルザ。」

 エルザは岩陰から出ると、剣を構えて、それから集中し始めた。

 エルザが集中している間に、怒ったもう1匹のグリフォンが僕を攻撃しようと、空を飛んで攻撃してくる。

 僕は何とかちょこまかと動き回って、グリフォンの攻撃をかわしていく。

 僕が使った霊能力を使って空を飛ぶ技の名は「霊飛行」。

 足裏に霊能力のエネルギーを集中させ、圧縮し、足裏から圧縮した霊能力のエネルギーをジェット噴射のように噴き出し、空を飛ぶという技だ。

 猛スピードで空を飛ぶことができるが、一直線にしか進めないという欠点がある。

 方向転換をする場合、空中で一度制止しないといけないため、やや隙が生まれる欠点もある。

 後、霊能力のエネルギーの消費が激しいため、連続して飛べるのは5分が限界である。

 僕は今、グリフォンから攻撃を受けているが、後3分ほどで空を飛べなくなってしまう。

 タイムリミットが迫る中、真下を見ると、エルザが目を閉じてじっと剣を構えている。

 「足裏に魔力を集中。足裏に魔力を集中。魔力を、空を飛ぶ力に変換する。魔力を使って我は空を飛ぶ。」

 徐々に、エルザの足裏に光り始めた。

 そして、エルザの足裏から眩しい光が漏れた。

 エルザがパッと目を開いた。

 「見えた!鷲獣剣!」

 次の瞬間、エルザの背後に巨大な鷲の顔のようなマークが浮かび上がり、そして、閃光とともに勢いよくエルザの足裏から光り輝く魔力のエネルギーがジェット噴射のように噴き出した。

 そして、その勢いで一気に猛スピードで空中高く飛び上がり、グリフォン目がけて急接近した。

 グリフォンに接近した瞬間、エルザがすれ違いざまに横方向に剣を一閃した。

 猛スピードで振りぬかれたエルザの剣の一撃を受け、空中を飛んでいたグリフォンの首が斬り落とされた。

 そして、首に続いて、グリフォンの胴体も地上へと落下した。

 「やった!やったぞ、ジョー殿!我は飛んだぞ!飛んだのだ!」

 エルザが空中を飛びながら嬉しそうに言うが、一向に止まる気配はない。

 「エルザ、一旦止まれ!力を緩めろ!そのままだとどっかへ飛んで行くことになるぞ!」

 「えっ、えっと、と、止まれ、止まるのだ!」

 エルザが気づいて、空中で制止したが、ホバリング飛行ができず、そのまま地上へと落ちて行く。

 「ウワァァァーーー!」

 僕は急いでエルザの下へと飛んで行った。

 「くそ!間に合え!」

 僕は落下していくエルザを空中でキャッチし、そのまま地面へと彼女を庇うように落下した。

 間一髪、エルザを抱きとめた僕は、地面に激突したが、霊能力で全身を守っていたため、怪我はしなかった。

 「エルザ、大丈夫か?怪我はないか?」

 「ああっ、大丈夫だ、ジョー殿。おかげでどこも怪我はしていない。やはり空を飛ぶというのは簡単にはいかないらしいな。だが、本当に翼無しで空を飛べるとは思わなかった。翼無しでも魔力を使って空を飛べるこの方法は大発見だぞ。魔術士たちに見せたら、世紀の発見とか言って、論文にしたがるレベルだぞ。こんな技を編み出すとは、さすがは「黒の勇者」だな。恐れ入ったぞ。」

 「いや、そんなことはないよ。多分、僕が考案したこの飛行方法は大分魔力を消費するし、コントロールも難しい。あまり使い勝手が良いとは言えないよ。でも、コツさえ使えば、短時間だけど、空を飛べるようにはなる。空を飛んで戦えるようになれば、鷲獣人たちに遅れを取ることはない。むしろ、連中の意表を突けるはずだ。とりあえず、「鷲獣剣」は時間をかけて練習しよう。君ならきっと対抗戦までに習得できるよ。」

 「ありがとう、ジョー殿。きっと我はこの「鷲獣剣」を習得してみせるぞ。」

 僕とエルザは抱き合いながら、笑った。

 しばらく休んだ後、グリフォンたちの死体をアイテムポーチへと詰めた。

 グリフォンたちの討伐を終えると、僕たちは山を降りた。

 それから、近くの町まで歩いて移動し、馬車を見つけて首都まで乗って移動した。

 ギルドに帰って依頼達成の報告を終えると、外はすっかり真っ暗で夜だった。

 僕とエルザは、エルザのツリーハウスへと行き、星空を見ながら外でバーベキューをした。

 今日のメニューは、スペアリブの炭火焼であった。

 エルザが前日から仕込んでおいたらしく、すぐに焼いて食べることができた。

 スペアリブの肉と皮に、塩と胡椒、ニンニク、マスタード、バーベキューソースがじっくりと染み込んでいて、とてもスパイシーな味であった。

 噛むと口の中で肉汁が広がり、辛さがアクセントになって、実に食べ応えがあった。

 エルザは自分が空を飛べたこと、Sランクモンスターのグリフォンを一人で倒せたことをすごく嬉しそうに語った。

 トレーニングを始めて、わずか三日で次々と新しい技を編み出したエルザのポテンシャルの高さに、僕は内心驚いていた。

 この調子なら、「鷲獣剣」を対抗戦までに習得し、鷲獣人たちと空で互角に戦えるかもしれない。

 エルザの成長ぶりを見て、僕も嬉しくなった。

 バーベキューを終えると、すでに夜遅くだったため、僕はギルドへと帰った。

 ギルドに帰り、自分の泊まっている部屋へ戻ると、玉藻、酒吞、鵺から帰りが遅いと言われ、今日一日、エルザとどこで何をしていたか、しつこく質問攻めにあったが、三人が納得するまでひたすら質問に答え続けたのであった。

 トレーニング四日目。

 僕とエルザは、首都の西側の一番端にある元貴族の屋敷という空き家へと徒歩で向かった。

 依頼書によると、この元貴族の屋敷にはとある有名な魔術士の貴族たちが住んでいたが、一家全員が人の精神を支配する危険な魔法を研究しており、違法な人体実験を行った罪で10年前に処刑されたらしい。だが、処刑された貴族たちの魂が怨念から成仏できず、レイスというモンスターになって、今も屋敷に居座っているとのこと。夜な夜なレイスの叫び声が近所に響き渡り、騒音被害をもたらす上、屋敷を管理する不動産業者が屋敷に入ったところ、レイスたちに襲われ、瀕死の重傷を負う被害が出ているとのことだ。

 討伐する数は全部で3匹。依頼のランクはSランクで、討伐報酬は500万リリアと相場の3分の1の金額。依頼主は、屋敷を管理する不動産業者。

 この依頼も毎度お馴染みハズレ依頼である。

 僕たちは元貴族の屋敷という空き家へと到着すると、門をくぐり、屋敷の敷地内へと入った。

 荒れ果てた屋敷の庭を通り抜け、屋敷の玄関前へと着いた。

 屋敷の玄関の鍵はあらかじめ借りていたため、鍵を使って玄関の扉を開けた。

 扉を開けて中に入ると、屋敷の中も壁が崩れ、床は埃だらけで、とても黴臭かった。

 玄関の扉を閉めて、しばらく様子を見ていると、突然屋敷全体がガタゴトと揺れ始めた。

 そして、揺れがおさまった途端、僕たちの正面に青白い光を放ちながら、三人の人影が現れた。

 三人の顔には生気がなく、目は白目を剥き、「アアーーー!」という叫び声を上げている。

 それから、僕たちに向かって、手から衝撃波のような攻撃を撃ってきた。

 僕たちは咄嗟に二手に分かれて、レイスたちの攻撃を避けた。

 レイスとは、死者の魂が成仏できずに強大な魔力を持って誕生する幽霊のモンスターである。Aランクモンスターで、強力な魔法を使って攻撃してくるのが特徴で、実体がないため、物理攻撃は一切効かず、魔法でしか攻撃して倒すことができない、非常に厄介な相手である。ただし、日の光に弱く、暗い所や夜の時間帯でしか活動ができないという弱点もある。

 異世界召喚物の物語でよく登場するモンスターで、伝承では生霊が怪物になったものとして描かれていたりする。

 僕はジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出した。

 そして、右手に如意棒を持つと、如意棒に霊能力を流し込み、黒いサーベルへと変形させた。

 さらに、全身に霊能力を纏うと、霊能力を右手に集中させ、青白い色の霊能力のエネルギーを、黒い霊能力のエネルギーへと変化させた。

 そのまま、黒い霊能力のエネルギーをサーベル全体へと流し、サーベルにも纏わせた。

 「エルザ、これから魔法を纏った斬撃を飛ばして攻撃する方法を見せるからよく見ていてくれ!魔法を付与した斬撃を飛ばして攻撃できるようになれば、体内の魔力量が多くて魔法の扱いに長けているという狐獣人たちと魔法で互角に戦えるようになるはずだ!魔力を剣に流して、剣自体に魔法を形作って纏い、斬撃と一緒に魔法を飛ばすんだ!魔法剣を使えるようになれば、レイスを倒すことだってできる!君になら絶対、魔法の斬撃が撃てるはずだ!よく見ていてくれ!」

 僕はレイス2匹に向かって、剣を構えると、そのまま横に一振り、縦に一振りして、レイスたちに向かって、呪いを付与した黒い斬撃を放った。

 「霊呪剣斬!」

 僕の放った黒い斬撃が直撃した瞬間、レイスたちは斬撃の纏った死の呪いの効果で苦しみ、叫び声を上げ、跡形もなく消滅したのだった。

 「霊呪剣斬」は、敵を呪い殺す「霊呪拳」を応用し、呪いの効果を持つ黒い霊能力のエネルギーを発生させ、それを剣に纏い、呪いの斬撃として敵に飛ばす技である。

 斬撃を受けた敵を斬り、さらに死の呪いを与える二重の威力がある。

 レイス2匹を倒すと、僕はエルザに言った。

 「今のは、呪いの魔法を剣に纏って、さらにそれを斬撃として放って攻撃する技だ。攻撃魔法なら何だって良い。君のイメージする攻撃魔法を剣に形作って、剣に纏って、斬撃として飛ばすんだ。君の剣は魔法の杖になり、魔法を斬撃として飛ばす剣になる。魔力を剣に流して、魔法を作って、剣に纏って、斬撃として飛ばす。この魔法剣が使えれば、残りのレイスを倒せる。狐獣人たちの魔法にも互角に対抗できる。さぁ、魔法の斬撃を撃つんだ、エルザ。」

 僕の言葉を聞いて、エルザは剣を構え、集中する。

 レイスは仲間が倒されたのを知って、僕たちに衝撃波の攻撃を撃ってくる。

 レイスの放つ衝撃波に、エルザはじっと耐える。

 「魔力を剣に流す。剣に魔法を作る。剣に魔法を纏う。剣に纏った魔法を斬撃に変えて飛ばす。」

 エルザの剣全体が徐々に光り始め、そして、大きく輝いた。

 エルザの背後に、巨大な狐の顔のようなマークが浮かび上がった。

 それから、剣と、剣を持つ両手を覆うように激しい炎が包み込んだ。

 「見えた!狐獣人剣!」

 炎の魔法を纏った剣を、エルザがレイスに向けて横に振りぬいた。

 エルザの剣から炎を纏った斬撃がレイス目がけて放たれ、レイスを直撃した。

 エルザの放った炎の斬撃を受けて、レイスは叫び声を上げながら、炎に燃やされ、消滅した。

 「やったな、エルザ。見事、魔法剣を編み出すことに成功したな。今の炎の魔法を纏った斬撃の威力はとても凄かった。君は間違いなく、魔法を使って攻撃できるようになった。これならきっと、魔法を使う狐獣人とも魔法で互角に勝負できるはずだ。魔法のレパートリーも増えれば、手数だって増える。本当におめでとう、エルザ。」

 「いや、これも全てジョー殿のおかげだ。剣士である私が魔法を使える日が来るとは思ってもいなかった。魔法剣とは実に素晴らしい技だ。戦術の幅がますます広がったぞ。ジョー殿のアイディアや指導はどれも奇抜で感心させられるものばかりだ。ジョー殿が我が国の騎士たちに指導を施せば、我が国の軍事力はきっと飛躍的に向上するに違いない。本当に指導役として今すぐにでも父上たちに推薦したい気持ちだぞ。」

 「アハハハ、気持ちだけ受け取っておくよ。大勢の知らない人の前で話すのは正直苦手なんだ。緊張して教えられる自信は全くないね。何より、僕の指導方法より、エルザの飲み込みの早さの方が上達に影響していると思うよ。君の才能と努力あってこそ、「狐獣剣」を編み出すことができたんだ。とにかく、これで狐獣人たちへの対抗策もできた。残すは、蜥蜴獣人たちへの対抗策を編み出すだけだ。明日のトレーニングもこの調子で頼むよ、エルザ。」

 「ああっ、こちらこそよろしく頼む、ジョー殿。」

 僕たちはレイスの討伐の証である、レイスが残した魔石三個を回収した。

 それから、徒歩でギルドへと帰り、レイスの討伐依頼達成を報告した。

 報告を終えると、いつものようにエルザのツリーハウスへと向かい、二人で昼食を一緒に食べた。

 今日のメニューは、バーニャカウダーであった。

 バーベキューコンロでじっくりと炙った、パプリカ、アスパラガス、ズッキーニなどの野菜に、アンチョビとニンニクの効いた特製のバーニャカウダーソースを付けていただいた。

 野菜の甘味に、ほんのりと塩気の効いたバーニャカウダーソースが交わり、野菜のおいしさが口いっぱいに広がる。

 ペトウッド共和国産の小麦を使ったパンと一緒に挟むと、さらに美味さが倍増した。

 野菜とパンだけで食べる手が止まらなかった。

 野菜メインのランチというのも新鮮で、とてもおいしかった。

 昼食を終えると、1時間ほど休憩をした後、二人で「狐獣剣」の練習をした。

 エルザは炎の魔法を纏った斬撃だけでなく、氷の魔法を纏った斬撃も編み出すことに成功した。

 氷の斬撃は狙った相手を氷漬けにするほどの威力があり、相手の動きを封じるのにも使えそうだった。

 エルザの急速な成長ぶりに驚かされるとともに、彼女が対抗戦で活躍する姿が目に浮かび、思わず笑いがこぼれる僕であった。

 夕方まで練習をすると、僕はエルザと別れ、ギルドに帰った。

 ギルドに帰り、自分の泊まっている部屋へ戻ると、今日はいつもより少し早く帰ったためなのか、玉藻、酒吞、鵺から質問攻めにあうことはなく、三人とも機嫌が良さそうに見えたのだが、気のせいだろうか?

 その日は夜、ゆっくりと過ごせたのは確かである。

 トレーニング五日目。

 僕とエルザは、首都から馬車で街道を4時間ほど北に進んだところにある、小さな炭鉱へと向かった。

 依頼書によると、三ヶ月前、炭鉱で石炭の採掘作業をしていたところ、グローツラングというモンスターたちが突然現れ、現場の作業員たちを襲い、100人以上の死傷者が出る被害が発生したとある。グローツラングたちは炭鉱を自分たちの巣穴として占拠してしまったともある。ペトウッド共和国冒険者ギルド北支部が当初、事態の解決に当たったが、派遣した冒険者たちはグローツラングたちの討伐に失敗したとのことだ。依頼主は、炭鉱を経営している企業であった。

 討伐する数は2匹。依頼の難易度はSランク。討伐報酬は、300万リリア。グローツラングはAランクモンスターのため、1匹当たりの討伐報酬の相場は500万リリア。2匹だと討伐報酬の相場は1,000万リリアが妥当である。今回の討伐報酬は相場の3割程度である。 つまり、この依頼もハズレ依頼なのである。

 僕たちは馬車で炭鉱の近くまで降りると、歩いて問題の炭鉱へと向かった。

 30分ほど歩くと、問題の炭鉱のすぐ傍へと到着した。

 グローツラングとは、体長12メートルの、灰色の鱗を持ち、頭部には象の耳を持ち、口から象の牙を生やし、ダイヤモンドのように硬く光り輝く眼を持つ、大蛇の姿をしたモンスターである。

 グローツラングの最大の武器は、浴びた者を七日以内に呪い殺す死の視線という状態異常攻撃の能力である。

 カトプレバスというモンスターがほぼ同じ能力を使うが、あちらは浴びただけで人間を即死させる威力がある。

 それに、グローツラングの死の視線はカトプレバスと違って、効果が遅効性のため、回復術士による回復術で治癒することも可能らしい。

 しかし、グローツラングの眼はダイヤモンド並みに硬いため、眼を潰して攻撃を防ぐという手段がとれないので、ある意味カトプレバス以上に厄介とも言える。

 異世界召喚物の物語にはほとんど登場しないものの、ファンタジー世界がモチーフのゲームに登場することがあるモンスターである。伝承では、出会っただけで人を呪い殺す恐ろしい大蛇の怪物とされている。

 炭坑内に入る前に、僕はエルザにこうアドバイスをした。

 「エルザ、これからグローツラングたちのいる炭鉱へ突入しようと思う。知っての通り、グローツラングは浴びた者を七日以内に呪い殺す死の視線という状態異常攻撃を使うことができる。通常、状態異常攻撃を使うモンスターと戦う場合は、状態異常攻撃を回復できる回復術が使える回復術士と一緒に戦うのが定石だ。だけど、状態異常攻撃への対処法は回復術だけとは限らないんだ。状態異常攻撃は、同じ状態異常攻撃で相殺することができるんだ。さらに言えば、モンスターの放つ状態異常攻撃を超える威力の状態異常攻撃を使えれば、逆に相手を状態異常攻撃で倒すこともできる。そして、状態異常攻撃で最強とされる攻撃が、死の呪いだ。この死の呪いを魔力で再現して全身に纏えるようになれば、状態異常攻撃を受けても、全身を流れる死の呪いの力で瞬時に打ち消して回復できるし、状態異常攻撃どころかあらゆる攻撃から全身をガードできる鉄壁の鎧を常に身に着けることができるようになる。死の呪いも使い方次第で、回復にも防御にも使えるわけだ。今から僕が魔力を死の呪いに変換して身に纏う技を見せるからよく見ておいてくれ。ポイントは、全身から魔力を放出させて、魔力を限界まで圧縮して、その魔力を死の呪いの魔法へ変換するイメージを想像して、全身に纏う流れを意識することだ。相手を呪い殺すという気持ちを込めることも重要だ。それじゃあ、行くよ。」

 僕はエルザにそう言うと、霊能力を解放した。

 霊能力で全身を包み、纏った。

 さらに、霊能力のエネルギーを圧縮させ、青白い霊能力を、死の呪いの効果がある黒い霊能力のエネルギーへと変換した。

 「霊呪鎧拳!」

 そして、黒い霊能力のエネルギーを全身に僕は纏った。

 「どうだい、エルザ?これが死の呪いの魔法を全身に纏う方法だ。これが使えるようになれば、手足や尾を切られても瞬時に再生できる回復力がある蜥蜴獣人たちに対抗できるはずだ。どんなに優れた回復能力を持っていても、死の呪いの前では無意味だ。相手の回復や防御、攻撃さえも死の呪いは阻害することができるんだ。相手を触れただけで呪い殺すことだってできる。状態異常攻撃からも瞬時に回復だってできる。グローツラングたちの死の視線なんて全く問題じゃあない。さぁ、死の呪いを纏うんだ、エルザ。君になら絶対にできる。」

 エルザは難しそうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに死の呪いを身に纏うべく行動を始めた。

 「分かった。ジョー殿を信じてやってみよう。全身から魔力を放出させて、魔力を限界まで圧縮して、その魔力を死の呪いの魔法へ変換するイメージを想像して、全身に纏う、だな。」

 エルザは剣を構えると、目を閉じて、集中した。

 エルザの全身が徐々に光り始めた。

 そして、エルザの全身を魔力の光が覆った。

 さらに、エルザの全身を流れる魔力のエネルギーが、白い色から黒い色へと徐々に変色していく。

 エルザは全身に黒い魔力のエネルギーを纏った。

 そして、エルザの背後に、巨大な蜥蜴の顔のようなマークが浮かび上がった。

 「見えた!蜥蜴獣剣!」

 エルザの全身を纏っている黒い魔力のエネルギーが、エルザの握る剣全体を包み込んだ。

 エルザの全身と剣が、死の呪いの魔法を纏ったのだった。

 「すごいよ、エルザ。今、君は全身に、そして、剣にまで死の呪いの魔法を纏った。状態異常攻撃から瞬時に回復し、あらゆる攻撃を防ぎ、触れるもの全てを呪い殺す死の呪いを身に着けたんだ。それじゃあ、後は実戦あるのみだ。死の呪いでグローツラングを討伐してみよう。」

 「了解だ、ジョー殿。」

 僕とエルザは、炭鉱の中へと入っていった。

 僕はジャケットの左の胸ポケットから如意棒を取り出した。

 如意棒を右手に持つと、如意棒に黒い霊能力を流し込み、如意棒をサーベルへと変形させた。

 そのままサーベルに、死の呪いの効果を持つ黒い霊能力のエネルギーを纏わせた。

 炭坑の奥へと進むと、2匹のグローツラングがいた。

 僕たちの姿を見るなり、グローツラングたちの両眼が光った。

 僕たちは、グローツラングの死の視線の光を全身に浴びた。

 「痛っ!?」

 エルザが一瞬、胸をおさえた。

 僕は慌ててエルザに訊ねた。

 「大丈夫か、エルザ!?まさか、グローツラングの呪いがかかったんじゃ?」

 「いや、大丈夫だ、ジョー殿。ちょっと胸がチクっとしただけで、別に気分は悪くはない。死の呪いを浴びたのに、全然苦しくはない。どうやら、死の呪いを防ぐことに成功したらしい。呪いで呪いを無効化するとは、本当にすごいな。」

 「無事で良かった!なら、僕たちの死の呪いでアイツらに止めを刺すとしようか?」

 「ああっ、行くぞ、ジョー殿!」

 僕とエルザはグローツラングたちに向かって同時に走り、剣でグローツラングたちを斬りつけた。

 死の呪いを纏った僕たちの剣の一撃を受け、「キシャアアアーーー!」という鳴き声を上げると、グローツラングたちはその場で絶命した。

 グローツラングたちの死を確認し、僕とエルザは死の呪いを纏うのを止めると、二人でハイタッチして喜んだ。

 「やったね、エルザ!ついに死の呪いを纏うのに成功したんだ!強力な回復力を持つ蜥蜴獣人たちに対抗できる、最強の状態異常攻撃を君は身に着けたんだ!死の呪いから生まれた「蜥蜴獣剣」を完全に習得すれば、蜥蜴獣人たちを倒すなんて楽勝だよ!これで、他のすべての獣人たちへの対抗策が出揃った!後は、編み出したすべての技を習得して、より強力な技へと進化させれば、君の「獣剣聖」のジョブは覚醒して、きっと「獣王」を超えるジョブになるはずだ!そして、対抗戦で優勝だってできる!本当によく頑張った!」

 「ありがとう、ジョー殿!トレーニングを始めてたった五日でこんなにも強くなれるとは思っていなかった!ジョー殿と出会えて本当に良かった!我は新たに編み出した技全てを必ず習得してみせるぞ!そして、必ず対抗戦で優勝してみせる。これからもよろしく頼むぞ、ジョー殿!」

 「もちろんだとも!こちらこそよろしく、エルザ!」

 僕とエルザは、今回の五日間のトレーニングの成果を喜び、笑った。

 グローツラングたちとの討伐を終え、グローツラングたちの死体をアイテムポーチに回収すると、僕たちは炭鉱を後にした。

 馬車に乗って、首都まで戻ると、ギルドへ討伐依頼の達成報告に向かった。

 報告を終えた頃には、外はもう日が沈みかけていた。

 僕たちはギルドを出ると、エルザのツリーハウスへと向かった。

 対抗戦に向けた五つの新技を編み出したお祝いということで、二人だけでささやかなパーティーを行った。

 今日のメニューは、極厚の牛肉のステーキだった。

 1ポンドぐらいはあるステーキをバーベキューコンロの網でじっくりと焼いて、塩コショウとソースをかけて、豪快にかぶりついた。

 口の中で肉汁が広がり、シンプルな味付けながら、とても豪勢な夕飯になった。

 僕たちはステーキを食べながら、五日間のトレーニングの話をしたり、対抗戦に向けてのさらなるトレーニングメニューについて話をしたりしながら、二人で夕飯を楽しんだのだった。

 夕飯を食べ終えると、エルザに明日の予定を伝え、僕はエルザのツリーハウスを後にした。

 ツリーハウスからギルドへ帰る頃は、いつの間にか日付をまたいで深夜になっていた。

 ギルドの自分の泊まっている部屋へ帰ると、玉藻、酒吞、鵺の三人はまだ起きていて、僕の帰りを待っていてくれた。だがしかし、帰りが遅過ぎるだの、どこをほっつき歩いていただの、エルザと今まで二人で何をしていただの、と聞かれ、三人からお説教を食らうハメになった。三人の怒りがおさまるまでひたすら謝り続けた僕であった。

 トレーニング六日目から八日目にかけては、エルザと、玉藻、酒吞、鵺の三人の顔合わせを改めて行った。

 六日目は玉藻 、七日目は酒吞、八日目は鵺の順番に一人ずつエルザと引き合わせた。

 玉藻たちに討伐依頼に同行してもらったり、一緒に食事をしたり、エルザの技の練習に付き合ってもらったりしながら、エルザとの交流を深めてもらった。

 エルザは、最初は大分緊張していたが、玉藻たちと少しずつではあるが、依頼や練習、食事等を通じて、コミュニケーションがとれるようになった。

 玉藻たちからアドバイスを受けたりして、新たに編み出した五つの技の習得に頑張っていた。

 三人との改めての顔合わせは問題ないように思えた。

 ただ、まだ玉藻たちとの間には壁があるようで、エルザは玉藻たちを自分のツリーハウスへと招待することには抵抗があるようだった。

 玉藻たちとの食事や練習は、ギルドの食堂や訓練場で行った。

 エルザが玉藻たちを自分の秘密基地と称するツリーハウスへと招待できるようになれば、対抗戦に向けてよりチームワークを深めることにつながるのではないか、と考える。

 トレーニング10日目からは、僕、エルザ、玉藻、酒吞、鵺のフルメンバーで討伐依頼をこなしたり、食事をしたり、練習をしたりした。

 エルザは5人以上のパーティーでの活動経験は全くないと言っていたが、モンスターの討伐依頼をこなしている際も、決して指示や作戦を無視したり、他のパーティーメンバーとトラブルになることは無かった。

 ソロでの活動がほとんどではあったものの、さすがはA級冒険者と言うべきか、プロとして依頼の遂行に徹していた。

 玉藻たちとの会話も徐々に増えていき、連携も上達していっている。

 この分なら、議長決定対抗戦に全員で出場することができるだろう。

 着実にトレーニングの成果は出ている。

 後は、出場までに万全の準備を整え、大会当日を迎えるだけである。

 議長決定対抗戦で、獅子獣人派の代表チームとして出場し、優勝さえできれば、「木の迷宮」への立ち入り許可をもらうことができる。

 何としてでも、ダンジョン攻略のために優勝しなければならない。

 後、エルザを対抗戦で活躍させ、エルザの「獣剣聖」のジョブこそ、「獣王」のジョブを超える最強のジョブであることを証明してみせる。

 あの忌まわしい光の女神リリアから与えられて、獣人たちがこぞって褒めちぎる「獣王」のジョブの価値を粉々にブチ壊して、エルザを馬鹿にし「獣王」のジョブに甘えている獣人たちの頭に喝を入れてやるのだ。

 僕は、異世界への復讐には決して手を抜くつもりはない。

 徹底的に、異世界の悪を蹂躙し破壊しつくしてやる。

 僕の異世界への復讐の旅は、決して歩みを止めることは無い。




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