第四章 木の迷宮編

第一話 主人公、ペトウッド共和国へ降り立つ、そして、派閥争いに巻き込まれる

 ラトナ公国から馬車を使って街道を北西に2週間ほどかけて進むと、「木の迷宮」があるペトウッド共和国があった。

 ペトウッド共和国はラトナ公国の北西、インゴット王国の西に位置する自然豊かな国で、国土の大半が巨大な木で構成される森林に覆われている。

 森林の中に各町や村がある、というより、森林の中に溶け込むように町や村が形成されていると言ってもいいだろう。

 主に林業と農業が盛んで、世界で最も木材の輸出が盛んであると聞く。

 ペトウッド共和国で採れる木材は大変良質で、建築材や木工製品の材料としては最高品質だとも聞いている。

 そして、もう一つの特徴が、獣人と呼ばれる種族がいて、獣人が建国し治める国であるということである。

 動物の耳や尾、翼などを持ち、顔や体つきは人間によく似た獣人と呼ばれる種族がいて、国民の大半が、彼ら獣人だそうだ。

 もちろん、人間も一緒にごく普通に暮らしていると聞いている。

 獣人たちは、人間とは異なるジョブとスキルを持つとも聞いている。

 僕たちは途中休憩を挟みながら、ラトナ公国の首都を出発してから約三日をかけて空を移動し、ペトウッド共和国へと到着した。

 ペトウッド共和国の首都の傍を飛んでいた時、首都の北側、後方に、全長700m、幹の太さは直径500mもある、葉っぱが青々と茂った巨大な大樹の姿が見えた。

 東京スカイツリーの高さを優に超えるその大樹の名は「ユグドラシル」。今回の僕たちの目的でもある「木の迷宮」が、その大樹の中にあると言う。

 ユグドラシル。異世界召喚物の物語でよく登場する、世界の中心にあり、九つの世界、宇宙を繋ぐと言われ、「世界樹」とも言われる巨大な木の名前である。

 この異世界アダマスのユグドラシルは、人々から同じく「世界樹」という別名で呼ばれているが、その役割は、異世界アダマスの、僕たちがいる惑星の大気を浄化し、新鮮な空気、酸素を生み出すことにあるそうだ。また、ユグドラシルの生み出す新鮮な空気には微量な魔力が含まれており、異世界アダマスの人間たちを、魔力やスキルの使える存在に進化させたとも近年では言われているそうだ。

 樹齢は約10万年。人間と魔族が対立する3,000年前より、人間の誕生以前よりもはるか昔から存在すると言われている。

 ペトウッド共和国、獣人、ユグドラシル、正に異世界召喚物のファンタジーの物語の世界観や要素がテンコ盛りである。

 だが、異世界召喚物の物語が嫌いで、異世界への復讐の旅をしている僕にとっては大して興味を惹かれるものではなかった。

 ペトウッド共和国の傍の森に人目を避けるよう着陸すると、森を出て、しばらく街道を進んだ。

 街道を歩いて進むと、頑丈そうな木材を使った高い外壁に囲まれた大きな町が見えてきた。

 石造りではない、木材で造られた壁に囲まれたこの大きな町こそペトウッド共和国の首都であった。

 門をくぐって、町の中に入ると、一風変わった街並みが見えてきた。

 ペトウッド共和国の家や商店、公共施設の多くは、巨大な木をくりぬいて、木をそのまま活用して建てられていた。

 高さ15メートルから20mほどで、幹の太さが60mぐらいの木をくりぬき、ドアや窓、バルコニーなどを設置している。屋根の部分は青い葉っぱが生い茂った木の枝である。建物でもあり、生きた木でもある。

 実にファンタジーな雰囲気のする建物の造りをしている。

 それから、元いた世界でも見かけたログハウスも見かけた。

 自然とファンタジーを感じさせる街並みを見ながら、僕たちは首都の通りを歩いていた。

 ペトウッド共和国の冒険者ギルドは、首都にあるギルド本部と、北部にあるギルド北支部の二つであった。

 僕は、狼の耳と尾を持つ獣人らしき通行人に声をかけた。

 「すみません。お訊ねしますが、ペトウッド共和国冒険者ギルド本部はどちらにありますか?」

 「ああっ、冒険者ギルド本部でしたら、この通りをまっすぐ進んで、突き当りの角を右に曲がって、しばらく進んで左手に見える三階建ての大きなログハウスがそうですよ。看板も出ていますし、すぐに分かると思いますよ。」

 「ありがとうございます。」

 僕は通行人に教えてもらった通りに道を進んだ。

 10分ほどして、「ペトウッド共和国冒険者ギルド本部」と書かれた木製の大きな看板がかかった、ログハウスには珍しい、三階建ての大きなログハウスの前に到着した。

 ギルドの入り口の扉は木製で、両開きになっていた。

 僕たちは扉を開け、ギルドの中へと入って行った。

 ギルドの中には、獣人の冒険者たちが大勢いた。僕と同じ人間の冒険者たちもいた。

 ギルドの受付カウンターへと向かうと、受付嬢が声をかけてきた。

 「いらっしゃいませ。ペトウッド共和国冒険者ギルド本部へようこそ。ご新規のお客様でいらっしゃいますね。本日は当ギルドにどういったご用件でしょうか?」

 「すみません。僕たちは冒険者をしているのですが、今回はこちらのギルドの宿泊所を利用したくて伺いました。二泊三日、三食食事付き、四人部屋を一つお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 「はい、大丈夫ですよ。ギルドの宿泊所をご利用ですね。二泊三日、三食食事付き、四人部屋を一つでございますね。かしこまりました。では、こちらの書類にサインをお願いいたします。それから、ギルドカードのご提示をお願いいたします。」

 「分かりました。」

 僕たち四人は、受付嬢にそれぞれ自分のギルドカードを渡して見せた。

 「拝見いたします。ええっと、ランクはSランク、パーティーネームは「アウトサイダーズ」、ってええ、あ、「アウトサイダーズ」ですか!?あの高ランクのハズレ依頼を次々と達成しているという噂の「アウトサイダーズ」の方々ですか!?」

 受付嬢が僕たちのギルドカードを見て驚きの声を上げた。

 「ええっ、確かに僕たちはSランクパーティーの「アウトサイダーズ」です。僕はパーティーリーダーを務めております、宮古野 丈です。僕のことはどうぞ気軽にジョーと呼んでください。」

 「ということは、あなたが噂の「黒の勇者」様ですね!ペトウッド共和国でもあなたのお噂は聞いております!Sランクモンスターのソロ討伐という歴代の勇者パーティーに匹敵するご活躍をなされたと!あなたのような有名人に当ギルドへお越しいただけるなんて感激です!あ、あの、良かったら握手をお願いできますか?後、サインもお願いします!」

 受付嬢から握手とサインを求められ、少し恥ずかしかったが、握手とサインに応じた。

 異世界で有名人になるとは。

 できれば、元いた世界で有名人になれたら良かったのに。

 まぁ、元いた世界では、ご近所や学校から、呪われているとか、忌み子だとか言われて悪い意味で有名人ではあったけれども。

 「ありがとうござます!一生の記念にします!それで、今回はこの国へは冒険に、それとも、他に何か御用事でも?」

 「ええっと、今回はただの観光です。友人の勧めもあって、この国にはバカンスで来ました。」

 「そうですか。この国はとても自然豊かできれいな川や湖に、大きな滝、花畑、牧場、紅葉などを楽しむことができます。農業が盛んですから、新鮮な肉や野菜といったグルメも楽しめますよ。ぜひ、楽しんで行ってください。それでは、チェックインの手続きを進めさせていただきます。」

 受付嬢がチェックインの手続きを進める。

 「こちらが宿泊所のお部屋の鍵になります。失くさないようにお願いいたします。皆様の宿泊されるお部屋は二階にございます。宿泊料金のご精算は後日、こちらの受付カウンターにてお願いいたします。では、良いバカンスをお過ごしください。」

 僕たちは受付嬢から部屋の鍵を受け取ると、ギルドの二階の宿泊所の部屋へと階段を上って向かった。

 部屋に入り、それから荷物を降ろすと、僕は玉藻、酒吞、鵺の三人に向かって言った。

 「僕はこれから「木の迷宮」に関する情報集めと、「木の迷宮」付近で依頼が出ていないか探しにいってくるよ。みんなはこの部屋でゆっくり休むなり、どこかへ遊びに行くなり、好きにしてもらって構わないから。「木の迷宮」のダンジョン攻略は準備が整い次第、早ければ明日の夜にでも決行するつもりだから、みんなもそのつもりでいてくれ。それじゃあ、また後で。」

 僕は三人にそう言うと、泊っている部屋を出た。

 それから、ギルドの一階に降りて、ギルドの依頼書が貼られている掲示板へと向かった。

 「木の迷宮」のダンジョン攻略のため、アリバイ作りに使う依頼が必要であった。

 「木の迷宮」の近くで何かハズレ依頼がないか、僕は掲示板を隅から隅まで見て探した。

 そして、運がいいことに、一件だけ「木の迷宮」の近くのハズレ依頼の依頼書を見つけた。

 依頼書の内容は、ランバー村の森に住み着いたヤクルスの討伐依頼。討伐する数は10匹とある。ランクはSランクで、討伐報酬は500万リリア。ヤクルスはAランクモンスターであるから、一匹当たりの討伐報酬の相場は500万リリアである。本来なら10匹の討伐報酬の相場は最低でも5,000万リリアが妥当なはずだ。依頼書に書かれている討伐報酬は、相場の10分の1の金額しかない。高ランクで相場以下の低報酬、明らかにハズレ依頼である。しかし、依頼書には地図も付いていて、「木の迷宮」から馬車で1時間ほど北に行ったところにランバー村はあると書かれている。「木の迷宮」から割と近いので、僕たちには打ってつけの依頼であると言える。

 「よし、この依頼を受けるとしよう。」

 僕は掲示板から依頼書を剥がすと、依頼書を持って受付カウンターへと向かった。

 僕は受付嬢に声をかけた。

 「すみません。こちらの依頼を受けたいのですが、よろしいでしょうか?」

 「はい、依頼を受けられるということですね。かしこまりました。依頼書を拝見いたします。ええっと、ランバー村の森に住み着いたヤクルスの討伐依頼ですね。ランクはSランクで討伐数は10匹、討伐報酬は500万リリア、・・・ご、500万リリアですか!?本当にこの依頼を受けられるのですか!?どうみても相場より明らかに報酬が少ないですし、Sランクの超高難易度の依頼ですけど、大丈夫ですか!?」

 「はい、問題ありません。僕はS級冒険者で、所属するパーティーもSランクパーティーですので、問題はないと思います。僕は「アウトサイダーズ」というパーティーのメンバーでして、こういった依頼には慣れています。ですので、本当に大丈夫です。」

 「ああっ、今日このギルドに来られたというあの有名な「アウトサイダーズ」の方でしたか。失礼いたしました。確認のため、ギルドカードを見せていただけますか?」

 「ええっ、どうぞ。」

 「なるほど、確かにS級冒険者で、所属するパーティーも「アウトサイダーズ」とありますね。いやぁ、助かります。「黒の勇者」様率いる「アウトサイダーズ」に引き受けていただけるとは。こういったハズレ依頼と呼ばれる依頼は当ギルドでも引き受けてくださる冒険者の方が中々見つからないものでして困っていたところです。黒い髪に、黒い瞳、それに黒い服、そうですか、あなたが「アウトサイダーズ」のパーティーリーダーの「黒の勇者」様でしたか。「黒の勇者」様に引き受けてもらえるなら大丈夫ですね。かしこまりました。では、依頼の受理のお手続きを進めさせていただきます。」

 1分後、受付嬢から手続き完了が伝えられた。

 「お待たせいたしました。Sランクパーティー「アウトサイダーズ」の、ランバー村のヤクルス討伐依頼の受理を確認いたしました。依頼達成の期限は1年以内となっております。本日より1年以内に依頼達成をお願いいたします。依頼の受理をキャンセル、もしくは依頼が未達成の場合、ギルドよりランク降格や違約金の支払い等のペナルティが課されますのでご注意ください。依頼達成、心よりお持ちしております。頑張ってください。」

 「はい、ありがとうございます。頑張ります。」

 「木の迷宮」のダンジョン攻略のためのアリバイ作りの下準備はできた。

 次は、「木の迷宮」の警備体制や、ダンジョンの詳細な構造に関する情報を集める必要がある。

 僕がダンジョン攻略について考えていると、後ろから声をかけられた。

 「おい、黒い男、貴様が「黒の勇者」か!?」

 声をかけられたので後ろを振り向くと、身長160cmくらいで、ライオンの耳を頭に生やし、尻からライオンの尾を生やした、黄褐色の長い髪を内巻きにワンカールにしている、頭以外全身を、中世ヨーロッパの騎士のような銀色の甲冑を着こんだ、腰にロングソードを下げた小柄な女の子が、僕の背後に立っていた。

 年齢は僕とほとんど変わらないように見える。その女の子は黄色い瞳で鋭い視線を僕に向けている。

 こういう年齢が近くて、気の強そうな感じの女の子は正直苦手だ。

 それに、あまり関わり合いにならない方がいい感じがする。

 僕は苦笑いしながら、返事をした。

 「ええっと、「黒の勇者」というあだ名で確かに呼ばれてはいますが、僕に何か御用でしょうか?」

 「フン、「黒の勇者」と呼ばれる割にはずいぶんとナヨナヨとしているな。本当に貴様、「黒の勇者」か?偽物ではあるまいな?」

 女の子は不機嫌そうな顔で僕を疑った。

 「まぁ、よくそう言われます。僕のギルドカードをお見せします。お疑いなら、どうぞご確認ください。」

 僕は自分のギルドカードを彼女に見せた。

 「何々、確かにSランクで、パーティーネームが「アウトサイダーズ」と書いてある。外見も噂通りだ。だがしかし、なぜジョブとスキルが書いていないのだ?ジョブとスキルが書いていないギルドカードなど見たことがないぞ。」

 「ああっ、それは、僕や僕の仲間は全員、ステータスを鑑定してもジョブとスキルが表示されないという特異体質を抱えているものでして。ですが、ジョブとスキルはちゃんと全員持っていますよ。ちなみに僕のジョブは魔術士、スキルは霊拳です。あまり知られてはいないんですがね。」

 「ジョブとスキルが表示されない特異体質とな!?随分と変わっているな、貴様は。しかし、貴様が「黒の勇者」というのは間違いないようだな。なら、話は早い。「黒の勇者」よ、貴様、この我と今すぐ勝負しろ。そして、この我に勝った暁には、三週間後に開かれる「ペトウッド共和国議会議長決定対抗戦」の、我がチームの代表を務める、名誉ある獅子獣人派代表チームの選抜メンバーに加えてやろう。どうだ、光栄に思うがいい。」

 急にその女の子は突然僕に勝負しろだの、議長決定対抗戦に出ろだの言ってきた。

 もちろん、僕の答えはNoだ。

 そんなことに付き合っている暇はない。

 ここは丁重にお断りしよう。

 「申し訳ありませんが、あなたと勝負するつもりはありません。議長決定対抗戦でしたか、そんな大会に出場する気もございません。あいにく、私は依頼を受けている最中でして、そのような暇はございません。恐縮ですが、どなたか他の方を当たってください。それでは、僕はこれで失礼します。」

 僕は女の子に頭を下げると、女の子の前から去ろうとした。

 だが、女の子が僕の前に回り込んで立ち塞がった

 「待て!貴様、この我から勝負を挑まれながら逃げる気か!それでも真の勇者か!それに、この我に勝てば、議長決定対抗戦への名誉ある大会出場権が手に入るのだぞ!貴様は名誉が欲しくはないのか!?」

 「すみませんが、そこをどいてください。何度頼まれようと僕の答えは変わりません。僕は別に勇者ではなくただの一介の冒険者です。あなたと勝負をする理由が僕にはありません。それに、大会への出場にも、名誉にも興味は一切ありません。僕は依頼をこなすのと、仲間たちとの観光旅行の予定があって忙しいんです。あなたにお付き合いする暇はありません。分かったら、そこをどいてください。他の方の迷惑にもなりますよ。それじゃあ、失礼。」

 僕は立ち塞がる女の子の脇を通って、ギルドの外へ出ようと入り口に向かった。

 しかし、女の子はしつこく食い下がってくる。

 「待つのだ!貴様、この我がペトウッド共和国議長の娘、エルザ・ケイ・ライオンと知っての狼藉か!?この我の申し出を断るということはこの国を敵に回すも同然の行為だ!素直に従わぬというなら、今この場で実力行使に移るまでだ!」

 後ろを振り返ると、エルザが僕に向かって、刀身が90cmほどのロングソードを腰の鞘から抜いて、僕に向けて構えていた。

 周りで僕たちの様子を一部始終見ていた、冒険者たちやギルドの職員たちが騒いでいる。

 初対面の人間に申し出を断られたぐらいで怒って人に向かって剣を抜くような女の子が、この国のトップである議長の娘とは、何とまぁ面倒なことだろうか。

 インゴット王国のように、この国のトップも、その娘も、案外碌でもない連中なのかもしれない。

 インゴット王国のあのムカツク国王や姫の顔が浮かび、イラッとしてくる。

 だが、僕はもうただの冒険者ではない。

 あまり使いたくはないが、この手を使わせてもらおう。

 「エルザさん、ギルド内での私闘は固く禁じられています。今すぐ、その物騒な剣を納めてください。それに、僕に剣を向けて怪我でもさせたらあなたのお父さんやこの国が大変なことになりますよ。」

 僕はそう言うと、左手のグローブを外し、それから左手の薬指にはめたラトナ大公家の印章が刻んであるシグネットリングを、エルザに見せた。

 「僕の小指の指輪を見てください。僕はラトナ公国のれっきとした貴族です。」

 エルザは僕の指輪の印章を見て、気が付いた。

 「そ、それはラトナ大公家の紋章!?き、貴様、ラトナ大公家の者なのか?」

 「その通りです。僕の本当の名前は、ジョー・ミヤコノ・ラトナ。ラトナ公国の子爵で、ラトナ大公家の一人です。つまり、僕に剣を向けるということは、すなわちラトナ大公家、そして、ラトナ公国に剣を向けるということになります。もし、あなたがこのまま剣を納めず、僕に斬りかかれば、間違いなく外交問題に発展します。ラトナ公国とペトウッド共和国との戦争にも発展しかねません。それでも、僕を斬ると言うなら、どうぞご自由に。ただし、あなたのせいでこの国が戦争に巻き込まれることになるかもしれませんが。」

 エルザは僕の言葉に動揺している。

 「「黒の勇者」がラトナ公国の子爵であるなど聞いていないぞ!?このまま剣を向ければ我が国はラトナ公国と戦争になるかもしれない。だがしかし・・・」

 冒険者たちやギルドの職員たちがエルザを必死に止めようとする。

 「お止めください、エルザお嬢様!「黒の勇者」様はラトナ公国の貴族、しかもラトナ大公家の方です!もし、怪我でもさせたらそれこそ一大事です!ライオン家の家名に傷がつくばかりか、ラトナ公国と戦争になりかねません!早く剣をお納めください!」

 「エルザお嬢様、大事な議長決定対抗戦が目前に迫っているのに代表チームのメンバーが集まらないためお困りなのは分かりますが、隣国を治める大公家の方に剣を向けることはあってはなりません。戦争になるばかりか、この国の獅子獣人たち全員の立場も危うくなります。お願いですから、どうか剣を納めてください、この通りです!」

 「「黒の勇者」様はラトナ大公家の方というだけではなく、世界中から真の勇者と呼ばれる方です。そんな方にエルザお嬢様が剣を向けて殺そうとしたという話が広がれば、ペトウッド共和国は全世界から顰蹙を買いかねません。下手をすれば、各国との友好関係を失い、この国が世界から孤立する恐れもあります。どうか、冷静になってください。今すぐ、その剣を納めてください。それがこの国のためです。」

 エルザは、冒険者たちやギルドの職員たちの説得に、ひどく心が揺さぶられている様子だ。

 「エルザさん、あなたの事情はよく知りませんが、あなたの軽率な行動があなたの国を存亡の危機に陥れる行為だということをご理解ください。僕があなたと勝負をして、議長決定対抗戦に出場することはありません。分かっていただけたなら、その剣を納めてください。それがお互いにとって一番の選択なはずです。」

 エルザは尚も剣を構えながら悩む。

 「分かっている、分かっているのだ!?だが、我がここで引き下がれば、ライオン家は議長の座を失うことになるのだ!?我の代で、建国以来、この国の議長を務めてきたライオン家の名誉と誇りが失われるのだ!?父が守ってきたものをこの我が全て壊してしまうことになるのだ!?代々続いた名誉と誇りを失う、そんな屈辱耐えられるはずがないだろう!」

 エルザはそう叫ぶと、剣を構えながら僕に向かって突進してきた。

 「我は絶対に引き下がるわけにはいかないのだ!百獣剣舞!」

 エルザの背後に、巨大な獅子の顔のマークが浮かび上がった。

 そして、エルザの剣が光り輝いた。

 エルザの剣がまっすぐ縦に振りぬかれ、僕の体を切り裂こうとする。

 僕はすかさず霊能力を発動した。

 「霊拳!」

 僕の全身を霊能力の青白い光が包み、僕は体に霊能力を纏った。

 僕は右手で、振り下ろされるエルザの剣の刃を掴んで受け止めた。

 エルザは剣の刃を素手で僕に掴まれたことに驚いた。

 「な、何!?」

 僕は剣の刃を掴んだ右手に力を込めた。

 次の瞬間、僕が右手で掴んでいたエルザの剣の刃が、パリンパリンと音を立てて、粉々に砕け散った。

 砕け散った剣の刃を見て、エルザは驚き、その場で崩れ落ちた。

 「そ、そんな!?我の剣が素手で受け止められて砕けるなど!?わ、我の渾身の一撃を赤子の手をひねるようにいなすなど、これほどまでに強いのか、「黒の勇者」というのは!?我の必死に磨いてきた剣も、家名を守るための覚悟も、何もかもあっさりと、全てが無駄だとでも言わんがように、粉々に砕いてしまうのか!?我は、我はどうしたら良いのだ!?この先、何ができるというのだ!?もう、何もかも失ってしまった、国も名誉も誇りも全て。我は無力だ。」

 エルザは目から大粒の涙を流している。

 周りの冒険者たちやギルドの職員たちは、エルザが僕に剣を向けて斬りかかったと言って騒いでいる。

 ううむ、これはちょっと、いや、かなりややこしいことになったぞ。

 あれだけ念を押して警告したのに、本当に斬りかかってくるとは思わなかった。

 だが、あくまで僕の行為は正当防衛だし、剣の刃を砕いたのも威嚇しただけにすぎない。

 しかし、このエルザという人はかなり切羽詰まった状況らしい。

 大事な議長決定対抗戦が迫っているのに、一緒に代表チームとして出場するお仲間がいないらしい。

 この国の現議長の娘が呼びかければ普通は集まりそうなのに、全く集まっていない様子だ。

 まぁ、初対面の人間にいきなり偉そうに命令してくるわ、怒って剣で斬りかかってくるわ、性格に難があるのは確かだ。

 他にも何か事情を抱えていそうだが、要するに面倒臭い人だ。

 あれだ。以前の僕と同じぼっちだ。

 いや、僕も冒険の仲間はいるけど、みんな年上だし、ぼくに同世代の友人はいない。

 訂正する。僕も彼女と同じぼっちだ。

 とにかく、同じぼっちの女の子を泣かせてこのまま見捨てるのは何となく気が引ける。

 いや、待てよ。

 このエルザはこのペトウッド共和国の議長の娘だ。

 もし、エルザ率いる獅子獣人派代表チームの議長決定対抗戦の優勝に貢献すれば、彼女に恩を売ることができる。

 優勝に貢献した見返りに、ダンジョンへ入る許可をもらうのはどうだろう。

 国に無許可でダンジョンに入って、聖杖を破壊するより、彼女を抱き込んで、聖杖の破壊に協力させる方が、手間はかかるが、より僕たちの身の安全が高まる。

 復讐のためなら、時には多少手を汚す必要もある。

 エルザを犯罪に加担させることになるが、ここは心を鬼にしなければならない。

 僕は目の前で泣いているエルザに声をかけた。

 「エルザさん、本来ならあなたが僕に対して行った行為は決して許されるものではありません。あなたの行為はラトナ大公家に刃を向け、戦争を起こしかねない危険極まりないものです。ですが、僕はラトナ公国とペトウッド共和国が戦争になることを望んでいません。幸い、僕に怪我はありませんでした。あなたが僕に謝罪し、僕の提示する条件をいくつか飲んで下されるのであれば、今回の一件は水に流しましょう。それに、お力になれるかは分かりませんが、あなたの言う議長決定対抗戦とやらについても詳しく事情を聞かせていただけますか?ラトナ大公家や僕の仲間たちとも相談する必要はありますが、可能であれば、その議長決定対抗戦の代表チームメンバーとして、僕も参加しましょう。とにかく、泣くのは止めて、僕とお話しませんか?」

 僕の言葉を聞いて、エルザが顔を上げた。

 「ほ、本当か!?本当に我を許してくれるのか!?貴様の言う条件を飲めば良いのだな!?代表チームに入ってくれるのだな!?」

 「ええ。とりあえず話を聞かせてください。代表チームに入るかどうかについては、あなたからまず詳しいお話を聞いた上で決めさせていただきます。さぁ、立って、どこかギルドの外でゆっくり二人だけで話をしましょう。良いですね?」

 僕はエルザの手を取り、立ち上がらせた。

 エルザは泣くのを止め、笑顔を浮かべた。

 「ぐすん。そうか、代表チームに入ることを考えてくれるのだな。分かった、二人だけでじっくり話をさせてもらおう。さすがは「黒の勇者」だな、懐が深い。では、早速、外に出よう。」

 「冒険者の皆さん、ギルドの職員の皆さん、大変お騒がせしました。僕とエルザさんはこの通り、無事和解いたしましたので、今回のことは何卒この場にいる皆さんの胸の内にしまってください。お騒がせしてすみませんでした。それでは、私たち二人はこれにて失礼させていただきます。」

 僕は頭を下げると、そのままエルザの手を引いて、ギルドを後にした。

 「エルザさん、どこか二人だけで話ができる良い場所は知りませんか?内密な話もしたいので、できれば個室があるところが良いんですが?」

 「それならば、とっておきの場所がある。付いてくるがいい。」

 僕はエルザにそう言われ、彼女の後に続いた。

 彼女の後ろをついて、ギルドから北に歩いて30分ほど行くと、王都の郊外の森に出た。

 その森の中に入ってすぐの場所に、高さ15メートルほどの木の上に設置されたツリーハウスがあった。

 ツリーハウスには螺旋階段と広いバルコニーが付いていた。

 エルザが後ろを振り返って僕に言った。

 「ようこそ、我が秘密基地へ。ここは我の拠点の一つだ。このツリーハウスのある森は我が家の私有地だ。我以外、ほとんど誰も来ることはない。ここなら二人だけでゆっくり話ができるぞ。まぁ、遠慮せず上がっていくがいい。」

 エルザとともに、螺旋階段を上り、それから、ツリーハウスの中へと入った。

 ツリーハウスの中は人が10人ぐらい余裕で入れるほどの広さがあった。

 中には、テーブルと椅子が二脚、お菓子や食器の入った大きな棚が一つ、小さな本棚が一つあった。後、壁にはロングソードが三本ほどかけてあった。

 僕とエルザはテーブル越しに向かい合うような形でお互いに椅子に腰かけた。

 「エルザさん、あなたには色々と聞きたいことがありますし、お願いしたいこともあります。まずは議長決定対抗戦について詳しい話を聞かせてください。特に、なぜ、対抗戦が目前にも関わらず、獅子獣人派代表チームのメンバーがいまだに集まっていないのか、という理由です。」

 「分かっている。順を追って説明しよう。その前に、我に敬語は不要だ。さん付けも不要だ。貴様は我と同じ国を代表する家柄の貴族同士だ。それに、お前は我よりも強い。故にそのような堅い言葉遣いは無用だ。」

 「分かったよ、エルザ。それじゃあ、エルザ、君も僕のことはジョーと呼んでくれ。親しい人はみんなそう呼んでくれる。」

 「ジョー殿だな。分かった。では、本題に移ろう。ジョー殿、貴殿には三週間後に開催される、ペトウッド共和国最高議会の議長の座をかけて六つの獣人の派閥が戦う、「ペトウッド共和国議会議長決定対抗戦」の、獅子獣人派の代表チームにメンバーとして出場してもらいたい。今現在、とある事情から、獅子獣人派の代表チームのメンバーは全く揃っていない状況なのだ。このままでは建国以来、ペトウッド共和国の議長を続けてきた、獅子獣人派の筆頭である我がライオン家は、議長の座を戦わずして失う危機にある。故に、貴殿に相談を持ち掛けたのだ。」

 「獅子獣人派の代表チームのメンバーが決まっていないことは分かった。それで、メンバーが全く揃わないというとある事情ってのは一体何だい?」

 僕の問いに、エルザは暗い表情を浮かべると、僕に事情を説明し始めた。

 「それは、我が「獣王」のジョブとスキルを持たずに生まれてきたからだ。」

 「「獣王」のジョブとスキル!?それがないとメンバーが揃わないって、どうゆうことだ!?」

 「「獣王」とは、我がライオン家が代々受け継いできた、獣人最強のジョブのことだ。「獣王」のジョブとスキルは他の獣人たちを圧倒的に凌駕する力を持っている。ペトウッド共和国の建国以来、我がライオン家がずっと、ペトウッド共和国最高議会の議長の座に就いてこられたのは、この「獣王」のジョブとスキルのおかげが大きい。だが、我の代になって、それは失われた。我は「獣王」のジョブとスキルを授かることはできなかった。代わりに我は未知のジョブとスキルを授かり、周囲から失敗作や出来損ないと言われる始末だ。同じ獅子獣人たちは、私が引退する父に代わって獅子獣人派の代表チームのリーダーとなることを知り、皆、我では対抗戦で優勝することも、獅子獣人派の長になることも無理だと言って、我と共に対抗戦に出ることを諦めている。だが、我は対抗戦への出場を諦めることはできなかった。戦わずしてこれまで我が家が築いてきた名誉と誇りを失いたくはなかった。だから、冒険者ギルドに通い、外から来る冒険者たちに声をかけていた。そして、今日、「黒の勇者」と呼ばれるジョー殿を見つけ、声をかけたのだ。」

 「「獣王」のジョブとスキルを君が授からなかった、だけで大事な対抗戦の出場を諦めるなんて、いくら何でも冷たすぎやしないか?獅子獣人派の名誉と誇りがかかっているのに戦おうとしないなんて、よっぽどその「獣王」のジョブとスキルがすごいのか、あるいは「獣王」のジョブとスキルに依存し過ぎているのか。僕はどうにも後者のように思えてならないなあ。現に、人間の勇者なんて、そこら辺のC級冒険者より弱いって話だし。女神からもらったジョブとスキルだからと言って、ずっと強いままとは言えないんじゃないかなあ。ところで、エルザ、君が授かった未知のジョブとスキルって言うのはなんだい?参考に知っておきたいんだけど。」

 「我が授かったジョブの名前は「獣剣聖」、スキルは「百獣剣舞」だ。」

 僕はエルザの言葉を聞いて驚いた。

 「「獣剣聖」だって!?つまり、勇者たちと同じ「剣聖」に近いジョブってことじゃないか?「獣王」のジョブにも全然劣らない立派なジョブに聞こえるけど、なのに対抗戦のメンバーが集まらないのか?君を出来損ないとか言って馬鹿にするのか?それって、他の皆がおかしいんじゃないのか?僕には「獣剣聖」の方が「獣王」よりずっと強そうに聞こえるんだけど?」

 「そう言ってもらえるのは有難い。だがしかし、我の持つ「獣剣聖」のジョブを発現した獣人はこれまで一人もいなかった。「獣剣聖」のスキルである「百獣剣舞」は、本来ならさまざまな獣人の特性を纏った剣技を放てるらしいのだが、レベルが70にまで上がってもいまだに、獅子獣人の特性を纏った剣技しか使えないのだ。おまけに、父の持つ「獣王」のジョブとスキルにはあっさり負けてしまうほど弱い。名前こそ立派だが、とても強いとは言えないジョブとスキルなのだ。最近はレベルも中々上がらず、悩んでいる。皆が我とともに対抗戦に出場しないのは、そういう事情があるからなのだ。」

 エルザの話をまとめると、エルザの持つ「獣剣聖」のジョブとスキルは、獣人たちがいまだ見たことのないジョブとスキルで、現状最強と呼ばれる「獣王」のジョブとスキルよりも弱いから、 「獣剣聖」では議長決定対抗戦に優勝できないと、周りから思われているらしい。

 だがしかし、エルザはレベルが70あると言っている。Lv.70はA級冒険者クラスの実力に当たる。勇者でなんちゃって「剣聖」の前田の剣はLv.20しかなくとても弱かったが、彼女の剣は実際に強かった。本物の「剣聖」の剣より切れ味も技術もレベルも全て上だった。この手で受けたから分かる。最近はレベルが中々上がらないから悩んでいるとも言っている。要は、「獣剣聖」のレベルとジョブが上がって、「獣王」のジョブとスキルと同等、あるいはそれ以上だと認めさせるほど強くなればいいわけだ。

 「獣王」よりも「獣剣聖」の方が強いと分かれば、エルザを馬鹿にする奴はいなくなるし、エルザだって自分に自信が持てるようになるはずだ。

 何より、光の女神リリアから授かったジョブとスキルに甘んじている獣人たちの姿勢が気に食わない。あんなクソ女神が授けてもてはやされるジョブとスキルというなら、徹底的に価値を失くしてやりたい。

 なら、やることは一つしかない。

 エルザの「獣剣聖」のジョブとスキルを、獣人史上最強のジョブとスキルに変えてやるのだ。

 エルザをパワーアップさせて、議長決定対抗戦で他の獣人たちの代表チームを衆人監視の中で全員ノックアウトさせればいい。

 僕はエルザがパワーアップするのに協力し、ついでに一緒に対抗戦に出て、彼女の対抗戦優勝をサポートするのだ。

 「獣剣聖」のジョブとスキルが、「獣王」のジョブとスキルよりはるかに強いよう演出もしてやろう。

 女神の与えた「獣王」のジョブとスキルに依存しきった獣人たちと、「獣王」のジョブとスキルを与えた女神の鼻っ柱をへし折ってやる。

 僕の中に、新たな異世界への復讐計画が立ち上がった。

 僕はエルザにニヤリと笑いながら言った。

 「エルザ、議長対抗決定戦に僕も出場するよ。それから、君の「獣剣聖」のジョブとスキルがパワーアップするのに協力するよ。「獣剣聖」の方が「獣王」なんかよりずっと強いってことをこの国の連中に教えてやろう。なぁに、大丈夫。ちょっとスパルタな訓練をするけど、君なら三週間できっと「獣王」を超えられるはずだ。それに、僕には頼もしい教官役の知り合いが三人もいる。彼女らにも協力してもらおう。二人で一緒に新たな時代を築こうじゃないか。」

 「ほ、本当か!?対抗戦に出場してもらえるのはありがたいが、パワーアップなどできるだろうか?我も色々と訓練をしたが、レベルが上がらず、スキルは覚醒しなかったのだぞ。たった三週間で強くなれるのか、本当に?」

 「ああっ、間違いなく強くなる。強くしてみせる。約束するよ。それで、話は変わるけど、対抗戦のルールとか参加人数とかどうなっているのかな?後、敵チームの構成とかってどんな感じなのかな?」

 「対抗戦は六つの派閥の代表チームによる総当たり戦のトーナメント方式だ。参加者の資格に特に制限はない。5人1組のチームを作って試合を行う。相手チームが降参するか、全員戦闘不能になれば、その時点で勝ちとなる。ただし、参加者の生死を問わないデスマッチでもある。試合中に殺されることがあっても違反や罪には問われない。試合中はどんな武器や攻撃を使っても構わない。そして、最後まで生き残った代表チームの派閥が、新たなこの国の最高議会の議長の座を得ることになる。敵チームの構成だが、足の速さと身軽さが武器の狼獣人派、体内の魔力量が多く魔法の扱いに長けている狐獣人派、力自慢と頑丈さが売りの猿獣人派、ずば抜けた視力と空を飛べる翼を持つ鷲獣人派、手足や尾を切られても瞬時に再生できる回復力に定評がある蜥蜴獣人派、この5つの派閥に分かれる。どの獣人たちも手ごわい連中ばかりだ。これらの代表チームを制したチームこそが議長の座と最強の獣人の称号という二つの栄冠を手にするのだ。今年は、各代表チームは各派閥の筆頭である貴族の後継ぎ、次代の当主候補たちがチームのリーダーを務めている。おまけに、「獣王」のジョブとスキルを持つ者が出場しないとあって、例年以上の気合の入れようだ。なんせ対抗戦は10年に一度しか開催されないからな。このチャンスを逃しまいと、各派閥の若手の最高戦力が集められていると聞く。とにかく、油断は禁物だ。よろしく頼むぞ。」

 「了解。なるほど、5人1組か。なら、残りの三人のメンバーは「アウトサイダーズ」の他の三人にやってもらうとしよう。ああっ、一人狐獣人によく似た人がいるけど、狐獣人ではないから安心してくれ。妖怪という種族の人間でね、他の二人もそうだけど、みんなきっと喜んで代表チームのメンバーを引き受けるはずだから安心してくれ。ルールも敵チームの構成も大体分かった。多分、今のままでも余裕で全チーム撃破できそうだけど、それじゃあ面白くないし、やっぱりここはエルザの「獣剣聖」のジョブとスキルに存分に活躍してもらうことにしよう。よし、なら、早速明日から君のトレーニングを始めることにしよう。ギルドに帰ったら、君のことや対抗戦のこと、トレーニングのことなんかをパーティーのみんなに話しておくよ。もしかしたら、対抗戦よりトレーニングの方が大変になるかもしれないけど、覚悟はいいかい、エルザ?」

 「ああっ、望むところだ。対抗戦で優勝するためなら、どんな厳しい修行にも耐えてみせる。改めて、よろしく頼む、ジョー殿。」

 「うん、こちらこそよろしく、エルザ。一緒に優勝目指して頑張ろう。」

 僕とエルザは固い握手を交わした。

 「さてと、それじゃあ僕はお暇させてもらうよ。ちょうどお昼で、お腹も空いてきたし、ギルドに戻って昼食を食べるとするよ。じゃあ、また明日の朝、9時ごろにギルドで会おう。パーティーメンバーもその時に紹介するから。それじゃあ、またね。」

 僕はエルザのツリーハウスから帰ろうとしたが、エルザに引き留められた。

 「待ってくれ、ジョー殿。昼食なら良かったら、我と一緒に食べないか?ちょうど肉と野菜がある。二人で、ここでバーベキューをしないか?ごちそうするぞ?」

 「そうかい?なら、ごちそうになろうかな?しかし、バーベキューができるなんてすごいなぁ。」

 「フフフ、この秘密基地にはいつでもここで泊まれる準備がしてあるのだ。食材のストックも常に置いてある。今、準備をするからちょっとだけ待っていてくれ。」

 そう言うと、エルザは大きな棚の一番下から、肉や野菜、ソースなどを取り出した。

 それから、テーブルの下から、バーベキュー用のコンロや炭、マッチなどを取り出した。

 「本当にすごいな。肉も野菜も新鮮で冷えているけど、その棚は冷蔵庫や冷凍庫にもなっているのか?」

 「ああっ、これはラトナ公国で売っていた魔道具の一つだ。この秘密基地のためにわざわざ買った優れものだ。おかげでいつでもここで肉を焼けて食べれるから重宝している。」

 ラトナ公国には一時期滞在していたが、こんな便利な魔道具まで売っているとは知らなかった。

 大量のハズレ依頼の処理で、首都の魔道具販売店を見る暇がほとんどなかったが、こういうことなら、もっと首都を見て回るべきだった。

 もしかしたら、こんな現代日本レベルの便利な魔道具がいくつか見つかって、買っていたかもしれない。

 本当に惜しいことをした。そんな気分になった。

 僕はエルザと一緒にテーブルや椅子、コンロ、食器、食材などをバルコニーに運び出すと、バーベキューの準備をした。

 そして、そのまま二人で一緒にバーベキューを始めた。

 「外でバーベキューをするのもたまにはいいもんだなぁ。肉はおいしいし、ツリーハウスの上でバーベキューをするのはすごく新鮮だし、本当に楽しいよ。ありがとう、エルザ。」

 「そうか。そう言ってもらえると助かる。ほら、もっと肉を食べるがいい。どんどん焼くからな。」

 「アハハハ、分かったよ。じゃあ、遠慮なく食べさせてもらうよ。エルザは友達といつもこうやってバーベキューをやってるの?君の友達は羨ましいな、本当。」

 僕がそう言った途端、エルザが急に落ち込んだように暗い表情に変わった。

 「我に友達はいない。みんな我を馬鹿にして相手にしてくれぬ。いつも一人で冒険もバーベキューもしている。仕事でパーティーを組んでくれる者もいない。この秘密基地に来た客人は、ジョー殿が初めてなのだ。」

 そうだった。

 エルザは同じ獅子獣人で対抗戦に出てくれる人がいないから、他所から来た僕に声をかけてきたんだった。

 この秘密基地のツリーハウスも自分以外は誰も知らないとも言っていたような。

 エルザが僕と同じぼっちだったことをすっかり忘れていた。

 マズいことを聞いてしまった。

 「ごめんな、エルザ。悪いことを聞いてしまって。でも、これからは僕や僕の仲間たちが友達になるわけだから、もう一人で、ここでバーベキューをすることはないよ。今度はみんなで一緒にまたバーベキューをしよう。」

 僕がそう言うと、エルザの表情が明るくなった。

 「そ、そうか。ジョー殿はこの我と友達になってくれるのか。我に友達ができる日がついに来ようとは思ってもいなかった。ありがとう、ジョー殿。貴殿が我の生涯初めての友達だ。仲良くしてほしい。」

 「うん、こちらこそ。実は僕も同年代の友達は全くいないんだ。仲間はいるけど、みんな年上だしね。だから、エルザが友達になってくれるなら僕も嬉しいよ。よろしく、エルザ。」

 「そうだったか。ジョー殿も友達がいないのか。我がジョー殿の初めての友達か。それを聞くと、何だか嬉しいな。」

 「まぁ、ぼっちだった者同士、お互い仲良くやろう。僕も自分に初めての友達ができるのは、何だか不思議だけど、すごく嬉しいよ。」

 僕とエルザはお互いに照れて笑うのだった。

 バーベキューを終えると、僕はエルザのツリーハウスを出てギルドに帰ろうとした。

 だが、またしてもエルザに引き留められた。

 「ジョー殿、せっかく我が秘密基地に来られたのだから、もっとゆっくりしていかれよ。トレーニングは明日から始めるわけだし、今日はお互いの親睦を深めるため、一緒にゲームでもして遊ばないか?幸い、この秘密基地にはボードゲームやカードゲームもたくさん置いてある。お菓子やお茶もあるし、二人で遊んで交友を深めようではないか?」

 「ううん、できればすぐにギルドへ帰ってトレーニングメニューとか考えたいところだけど、まぁ、時間はまだたっぷりあるし、いっか。よし、じゃあ、二人で遊ぼうか、エルザ。」

 それから、僕はエルザと二人でボードゲームやカードゲームをして過ごした。

 異世界のボードゲームやカードゲームに興味もあったため、僕はエルザに説明を受けながら、時間を忘れて楽しんだ。

 エルザと二人で遊んでいると、いつの間にか夕方になっていた。

 日も落ちようとしていた。

 僕はエルザと遊ぶのを止め、ギルドに帰ることにした。

 「じゃあ、エルザ、日も大分落ちたことだし、僕はこれで帰らせてもらうよ。また、明日の朝、ギルドで会おう。」

 「そうか。もう帰ってしまうのか。仕方ない。では、また明日の朝ギルドで会おう、ジョー殿。」

 エルザに惜しまれながら、僕は彼女のツリーハウスを後にした。

 ギルドへと戻ると、僕はすぐには泊っている部屋には戻らず、ギルドの掲示板へと向かった。

 そして、掲示板に貼ってあるいくつかの依頼書に目を通した。

 エルザのトレーニングメニューになりそうな依頼をいくつか見つけると、それらの依頼書を掲示板から剥がし、受付カウンターで依頼を受ける手続きを行った。

 僕が選んだ依頼はほとんどがハズレ依頼だったが、エルザの「獣剣聖」のジョブとスキルをパワーアップさせるためのトレーニングには最適だと思った。

 少し荒療治にはなるが、僕や「アウトサイダーズ」の仲間たちが同行するのだから、エルザに何か起こってもすぐに対処できるので、問題ないはずだ。

 僕は依頼の受理の手続きが終わると、ギルドの二階の宿泊所にある自分の泊まっている部屋へと戻った。

 部屋に戻ると、玉藻、酒吞、鵺の三人が部屋の中で僕を待っていた。

 「お帰りなさいませ、丈様。ダンジョン攻略の準備は順調に行きましたか?」

 「ただいま、玉藻。うん、ダンジョン攻略の準備はある程度できたよ。ただ、ちょっとダンジョンの攻略は先になったよ。実は、この国の議長の娘と名乗る方から依頼を受けてね。今度、この国の代表の議長を決める「ペトウッド共和国議会議長決定対抗戦」に、依頼主の人と獅子獣人派の代表チームにメンバーとして僕たち「アウトサイダーズ」全員に出場してほしいと頼まれてね。ただ、優勝に貢献した見返りに、ダンジョンへ入る特別な許可をもらえるよう約束を取り付けてきた。だから、悪いけど、みんなには一緒に対抗戦に出場してもらいたいんだけど、良いかな?」

 「かしこまりました。この玉藻、対抗戦優勝のために存分に腕を振るうつもりです。どうかご安心ください。」

 「俺ももちろん参加するぜ、丈。対抗戦とやらに優勝すればいいんだな?なら、俺が速攻で優勝させてやるよ。期待して待ってな。」

 「私も当然参加する。丈君のために優勝をプレゼントする。私がいれば一発で相手を全員吹き飛ばせる。優勝なんて決まったも同然。」

 「ありがとう、みんな。それで、実はみんなにお願いがもう一つあるんだけど、今度の対抗戦が開催されるまで三週間あるんだけど、その間に、依頼主の人のトレーニングにも協力してほしいんだ。エルザって言うんだけど、彼女は「獣剣聖」という特別なジョブとスキルを持っているんだが、中々パワーアップが出来ず、困っているそうなんだ。そこで、僕たち四人で彼女のパワーアップのトレーニングを行いたいと思う。彼女は代表チームのリーダーとして立派に戦い、対抗戦で優勝を勝ち取りたいという強い気持ちを持っている。僕としてはそんな一生懸命な彼女に是非、協力したいと思っている。彼女のトレーニングメニューになりそうなハズレ依頼をいくつか選んで引き受けてきた。みんなにもエルザのトレーニングに協力してほしい。よろしく頼む。」

 僕の言葉を聞いて、玉藻、酒吞、鵺の三人が少し怪訝そうな顔をしている。

 「丈様、そのエルザさんという方のトレーニングを引き受けるのは私たちも一向に構いませんが、その~、エルザと呼び捨てで呼ばれるほど、仲がよろしいのですか?」

 「ああっ、今日ギルドで出会って、すっかり意気投合したんだ。一緒に食事したり、遊んだりしたけど、すごくいい子だよ、彼女。」

 「い、一緒に食事をして遊んだだと!?丈、そのエルザって言う奴は女なんだよな?いきなりそんなに仲良くなれるもんか、普通?ちなみに聞くが、ソイツは美人だったりするのか?」

 「ええっと、まぁ、顔は整っている方だし、あくまで僕の主観だけど、美人の部類だと思うよ。ちょっと性格に難があるけど、モテそうには見えるね。」

 「丈君、そのエルザって言う子は丈君より年上、年下どっち!?まさか、年上?」

 「確か今年で16歳になったって言ってたから、僕より一つ年下だけど、それがどうかした?」

 「そ、そう。丈君よりは年下。なら、別に問題はない。気にしないで、丈君。こちらの話だから。」

 「そ、そう?なら、別にいいけど。とにかく、三人とも明日からエルザのトレーニングに付き合ってほしい。エルザのパワーアップに協力して、彼女が対抗戦で大活躍して優勝するのに貢献できれば、ダンジョン攻略はより確実になる。明日の朝9時に、ギルドでエルザとの顔合わせを行うつもりだから。みんなもすぐに仲良くなれると思うよ。それじゃあ、対抗戦優勝に向けて、みんなで頑張ろう。」

 僕は三人に向かってそう言った。

 僕は夕食前に汗を流すため、泊っている部屋を出て、ギルドの宿泊所に設置してある風呂場へと一人向かった。

 僕が風呂に入るため部屋を出ると、部屋の中には玉藻、酒吞、鵺の三人が残った。

 玉藻、酒吞、鵺の三人は、僕が部屋を出るなり三人で話を始めた。

 「お二方、どう思いますか、エルザさんという方のこと?今日出会ったばかりの殿方と下の名前で呼び合うほど仲良くなれるものでしょうか?それに、一緒に食事をしたり、遊んだりするなど、まるでデートをしていたかのように聞こえるのですが、どう思いますか?」

 「だよな。いきなり出会ったばっかの男と飯食ったり、遊んだりするって、それも二人だけなんて、デートにしか見えねえぞ、普通?そのエルザって言う女、丈にちょっかい出してきたりはしねえよな?もし、丈にちょっかい出してくるようなら、断固阻止しようぜ。」

 「いきなり会ったばかりの男の子と食事したり、遊んだりするのは友達とは言いにくい。傍目からみたらデートにしか見えない。年下だとは聞いているから、年上が好きな丈君の好みではないけれど、油断はできない。丈君に色目を使ってくるようなら、絶対に引き剥がすべき。とりあえず、明日会って確かめた方がいい。」

 「では、エルザさんには要注意としましょう。丈様に好意を寄せる可能性があるなら、その時は全力で阻止しましょう。クリスさんの時のようにならないよう、気をつけねばいけません。」

 玉藻、酒吞、鵺の三人は、エルザに対し、秘かに警戒をするのであった。

 そんなことなど露知らず、一人風呂で汗を流す、主人公、宮古野 丈であった。

 僕が異世界に召喚されてから二ヶ月あまりが経過した。

 ようやく三つ目のダンジョンがあるペトウッド共和国へと到着したものの、ちょっとばかり面倒なことに巻き込まれてしまった。

 だが、その面倒ごとのおかげでダンジョン攻略がよりスムーズに進みそうなのも事実だ。

 僕の復讐は少し先延ばしになったが、前進していることには変わりはない。

 待っていろ、僕を虐げる異世界の悪。勇者たち、インゴット王国の王族たち、光の女神リリア、僕と敵対する異世界の者たちよ。

 お前たち全員一人残らず復讐して、必ず地獄に落としてやる。

 僕の復讐からは決して逃れることはできないぞ。

 僕の異世界への新たな復讐が、新たな地で始まろうとしていた。


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